神様まみれの村 (12)

・オリジナルで書いてみました
・みじかいです

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旅人がその村に着いたのは、ちょうど夕暮れがぼうっと地平線へ隠れる頃だった。

夜になる前に辿り着けたのはまったく幸運なことだった。

「もし」

旅人は、ちょうど目に入った村人に声をかけた。彼は柔和な笑みをうかべて、旅人を見つめた。

「旅の方ですか」

「ええ、先ほどこちらの村に着きました」

「日が暮れる前でよかったですね。このあたりの荒野は狼も出ますから」

「ええ、まったくです」

旅人は、村人の様子がおだかやなことに安堵した。

そして、言った。

「実は、今晩泊まる場所がないのですが」

「それはたいへんですね」

「ええ、まったくです。なのでその、よろしければあなたの家に泊まらせていただけないでしょうか。もちろん、相応のお礼はさせていただきます」

旅人は真新しい銅貨3枚を取り出して、村人に見せた。行商人との取引がうまくいって、今はやや懐があたたかい。

村人はその銅貨をまぶしそうにながめて、返事をした。

「少々せまいですが、うちでよければ……」

「ありがとうございます」

旅人は村人に銅貨をわたそうとした。しかし、相手はそれをさえぎった。

「そのお金は、“いま”私が受け取るわけにはいきません」

「いま?」

旅人は不思議に思った。いままでの村では、金銭を先に先にとせがまれることが多かった。

「私に家に神様がいるので、その銅貨は神様に供えてください」

「なるほど」

旅人は納得した。金がほしいことにちがいはないが、この村では、金銭欲を信仰心というブーケで隠しているのだ。

家は枯れた木の匂いがする、小さな小屋だった。

奥にかまどがあり、その手前にすすけた机と椅子。

その机の左には寝台がある。

「神様はどちらに?」

旅人はたずねた。石像や絵、小さな祭壇などがあるのかと思ったが、見当が外れた。

「こちらが私の家で一番えらい神様です」

村人はかまどを指さした。目をこらすと、灰の中にいくつか、きらりと光るものがあった。

なるほど、そういう信仰もあるのかと旅人はかまどに銅貨をなげこんだ。

出すものは出した。旅人は椅子の背もたれに手をかけた。

「すわってもいいでしょうか」

「かまいませんが、その前にお供えをおねがいします」

旅人は顔をしかめた。かまどには今しがた銅貨をなげ入れたではないか。

「かまどには……」

「ええ。かまど様は一番にえらい神様ですが、その椅子もこの家では四番目にえらい神様なんですよ」

旅人は閉口した。それは彼が一神教の信徒だからではなくて、端的に自分がタチの悪い村に来てしまったことに気づいたからだった。

旅人は無言で椅子に銅貨をのせ、その上にどっかりと腰をかけた。

村人によれば少なくともあと2人の神様がここにおわすらしい。

「いまから食事をつくるのですが、旅人さんを召し上がりますか。

 ああ、食器にはお供えはいりません。ただの食器ですから」

村人の言葉に、旅人はしずかにうなずいた。

しばらくして。

出された食事はキャベツと干し肉が入ったスープだった。

せいぜい銅貨1枚分の価値はあるか、と旅人は机にひじをつきながら思った。

そこで旅人は、しまったという顔をした。椅子が神様なら……。

「その机は」

村人の言葉を待たずに、旅人は銅貨一枚を机の上に、わざと大きな音を立てて供えた。

「失礼、信仰心が暴走することってありますよね」

「いいんですよ。神様は寛大でいらっしゃいますから」

村人はにっこりと笑って、皿にスープを注いだ。

食事を終えると、旅人は寝台からできる限りはなれた床に腰をおろした。

旅人の見立てでは、寝台が二番目くらいの神様だった。

「旅人さん、よろしければ寝台をつかってください」

「いえ、私は固くてつめたい床でかまいませんよ。神様の上で寝そべるなんて大それた真似はできませんから」


村人はじっと目を細めた。

「私だって神様の上に寝そべることはできません。この寝台はただの寝台です」

「そうなんですか」

それならば、と旅人は寝台に横たわった。寝台の上には毛布がおいてあり、ふかふかとあたたかかった。これならぐっすり眠れそうだ。

その様子を見た村人が言った。

「ところで、旅人さん。

 神様を身体にまとうって、とても神秘的な気持ちになりませんか」

旅人は皮袋を引き千切らんばかりの勢いで、毛布に銅貨をちりばめた。

翌朝毛布をじゃらじゃら言わせながら目をさますと、村人はかまどで鍋の様子を見ていた。。

旅人はその様子を注意深く見守った。

お供えは1日に一度、と言い出されたらどうしよう。

旅人は昨晩だけでかなりの散財をしていた。これ以上出すと、旅をつづけるのが難しくなりそうだった。

「おはようございます、旅人さん。良い夢は見られましたか」

「ええ、まったく。おかげさまで、二度と目を覚ましたくなくなるような、そんな朝ですね」

旅人は寝台からまったく動かないで言った。


「食事のご用意ができていますので、どうぞこちらに」

村人がそう言っても、旅人は動かなかった。

「神様と過ごした夜の余韻を、スープと一緒に味わいたいのですが、かまいませんか」

「かまいませんよ」

村人は昨晩の残りを温め直したスープに、パンをやや乱暴に千切って入れて、旅人に差し出した。

その様子を見て、旅人はしてやったりという気持ちになった。

「失礼、スプーンをいただけますかな」

旅人は、優雅な口調で言った。

「かまいませんよ」

村人はスプーンを差し出した。

そして、それを旅人が受け取ったあとに、してやったりという顔で告げた。

「さきほど、そのスプーンが神格化したのですが」

旅人はスプーンを取り落とした。

おわり

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