博士「やった……ついにやった」
博士「勉強せずに頭がよくなる装置が完成したぞ!」
助手「おめでとうございます、博士」
博士「子供の頃からこの装置の開発を夢見て、ひた走ってきたが……」
博士「とうとう報われる時がきた……」
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父『勉強しろ!』
母『もっと勉強しなさい!』
教師『頭のいい子にならなければ!』
塾講師『勉強しなきゃ頭はよくならないのだ!』
博士「子供の頃から耳にタコができるほど聞かされ――私は思った」
博士「なぜ、勉強しなければならないのか、と」
博士「なぜ、勉強しなければ頭はよくならないのか、と」
博士「そして、いつしか将来の夢はこうなった」
博士「勉強しなくても頭がよくなる装置を作ろう、と――」
博士「そんな私が、脳科学の分野を志すのは当然のなりゆきだった」
助手「博士はその頭脳と情熱で、まだまだ未解明だった脳のメカニズムを」
助手「ほぼ100%といっていいほど解析して下さいました」
博士「うむ、≪勉強せずに頭がよくなる装置≫を開発するには」
博士「脳の仕組みを完全に理解することが必要不可欠だったからな」
博士「だが、これは通過点に過ぎなかった」
助手「おっしゃる通りです」
助手「脳の解析を終えたあなたは、すぐさま装置の開発を始めました」
博士「まずなんといっても、頭のよさに必要なのは≪知識≫だ」
助手「色んなことを知ってる人は、それだけで頭がいいと認識されますからね」
博士「私は数学、医学、言語学、物理学、化学、哲学、歴史学、生物学、政治学、音楽……」
博士「ありとあらゆる学問の知識を、超高性能コンピュータに叩き込んだ」
博士「いや、学問だけではない……それこそあらゆる知識を叩き込んだ」
博士「単純に考えれば、この知識を人の脳にインプットすることができれば」
博士「その人間は膨大な知識を得ることができるからだ」
助手「しかし、それだけでは不十分」
助手「知識はきちんと生かすことができなければ、宝の持ち腐れになってしまいます」
博士「その通り。頭でっかちの人間が出来上がるだけだ。そこで私は――」
博士「次に、いわゆる『天才』『臨機応変』『機転がきく』といわれる者たちの≪思考≫を分析した」
助手「彼らの思考回路を分析し、コンピュータで再現できるようになれば」
助手「先程の膨大な知識を効率的に運用できることにつながるからですね」
博士「この作業も大変手間取ったが、私はどうにか彼らの思考回路のパターンを見極め」
博士「それをコンピュータに覚えさせることができた」
博士「これで、≪知識≫とそれを生かす≪思考≫が揃ったわけだ」
助手「あとはこれを、どう人間に移すか、ですね」
博士「コンピュータに教え込んだ≪知識≫と≪思考≫をそのまま人間に移したら」
博士「間違いなく人間の脳はパンクするし、人格だって変わってしまうだろう」
博士「いくら天才になっても、それでは意味がない」
助手「なので、博士はどうにかこの≪知識≫と≪思考≫を、対象者に負担なくインプットできる方法を」
助手「ひたすら研究し続けました」
博士「ここが最大の難関だった。何度もくじけそうになった」
博士「しかし、諦めずに研究を続け、ついに――」
博士「私はそれを成し遂げたのだ!」
博士「この装置を使えば、たとえ元がどんなにバカな人間だろうと」
博士「その者は膨大な知識を身につけることができ」
博士「さらにそれを手足のように使える優れた思考能力も手に入る!」
博士「むろん、本人の人格や健康を損なうことはない!」
博士「私が長年夢見た≪勉強せずに頭がよくなる装置≫が完成したのだ!」
助手「僕も装置の完成の瞬間に立ち会えることを誇りに思います」
博士「ありがとう……君も私の手となり足となり、よく働いてくれた」
博士「この装置を作るまでに、私もだいぶ勉強してしまった、というのはなんともおかしな話だが……」
博士「これを使えば、さらに頭がよくなることは確実! 超天才になれる!」
博士「さっそく――」
助手「お待ち下さい」
博士「なんだ?」
助手「二人して熱を入れて語ってしまったため、もうすっかり夜も更けてます」
助手「とりあえず、明日にしませんか?」
博士「それもそうだな。今夜一晩、今の頭脳に最後のお別れを済ませるのもいいかもしれん」
次の日……
博士「今日でこの平凡な頭脳ともお別れだ……我々は天才となる」
助手「では博士、お願いします」
博士「うむ」
博士「このヘルメットをかぶり、このボタンを押せば――」カポッ
博士「私の中に無限にも等しい≪知識≫とそれを生かす≪思考≫が備わる!」
博士「すなわち、勉強せずに頭がよくなる!」
博士「スイッチオン!」ポチッ
助手「いかがですか?」
博士「…………」
助手「博士?」
博士「清々しい……実に清々しい気分だ。頭が冴えてくる」
助手「おおっ、ということは装置は成功だったのですね!」
博士「うむ、成功だ」
博士「しかも、私はこの進化した頭脳で、さっそくある結論を導き出してしまった」
助手「なんでしょう?」
博士「勉強しないで頭がよくなる装置などバカバカしい!」
助手「は……?」
博士「勉強をせず、頭がよくなってなんになる?」
博士「過程をすっ飛ばして結果だけを手に入れてなんになる?」
博士「何にもならないじゃないか!」
博士「バカバカしい……実にバカバカしい装置だよ、これは!」
博士「勉強はすることそのものに意味があるのだ! 結果的に頭がよくなるかどうかなど二の次!」
博士「何かに興味を持ち、知識を吸収し、試行錯誤を重ねる……この過程こそが人生の醍醐味なんだ!」
博士「こんなものは、勉強という尊い行為を台無しにするとんでもない装置だ!」
助手「博士、落ち着いて……!」
博士「ええい、こんなものは破壊する!」
グシャッ!
助手「あっ!」
博士「設計図も破棄だ」ビリビリッ
助手「あああ……」
博士「これでよし」
博士「私は勉強せずに頭がよくなる装置のおかげで、素晴らしい結論に至ることができた」
博士「勉強せずに頭がよくなる装置など、下らんと!」
助手「おお~……」パチパチ…
博士「おかげでスッキリしたよ」
博士「この装置のことはもう忘れ、明日からはまた新しい研究を始めようと思う」
助手「今の博士なら、もっといい発明をすることができますよ!」
博士「うむ、ありがとう!」
博士「では今日のところはもう解散しようか」
助手「はいっ!」
助手「……これでよし」
助手(実は昨日、博士に帰宅を促した後、僕はこっそりこの装置を使った)
助手(装置は完璧に作動し、僕の頭脳レベルを飛躍的に高めてくれた)
助手(そして、僕はレベルの上がった頭脳で、あの装置の中身を改造し――)
助手(勉強せずに頭がよくなる装置を、一晩で≪勉強せずに頭がよくなるなんて下らないと悟る装置≫にした)
助手(なぜ、そんなことをしたかって? ……決まってる)
助手(あの装置で頭がよくなるのは、僕一人で十分だからだ)
助手(今、この地球上で最も頭がいいのは、この僕で間違いないだろう)
助手(さて、これから僕がどうするかって?)
助手(僕より頭の悪い人間に説明したって無駄だろうし、説明するつもりはない)
助手(それに焦ることはない)
助手(これから僕がどうすべきかのアイディアは、頭の中に無限に湧き出てくるのだから)
― 終 ―
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