家臣女「追いかけっこですよ領主様」 領主男「げぇっ」(147)

家臣女「またさぼりですか」

領主男「長く寝ていた気がする」

家臣女「一日は長いですよ領主様、とくにさぼりに費やされた一日は」

領主男「怒ってる?」

家臣女「怒ってません、ただ一発殴りたいと思っただけです」パシンッ パシンッ

領主男「ちょっと待て」

領主男「家臣、お前岩を素手で破壊してたよな」

家臣女「あれぐらい余裕ですよ、余裕」ゴキゴキ

領主男「殴るのは勘弁してくれないかな?かな?」

家臣女「可愛いアピールですか、うわっ」

領主男「命の危機を感じただけだ」

家臣女「領主様を狙う者が!?」バッ

領主男「ああ居るな、目の前に」

家臣女「やだなぁ、私がそんなことするわけないでしょう」

領主男「お前が頭がいいのか馬鹿なのか時々分からなくなる」

家臣女「馬鹿とは失敬な」

領主男「もしかするとバカと天才は紙一重ではなく同じものかもしれん」

家臣女「なにを哲学に浸ってるんですか」

領主男「いや、お前の存在そのものが哲学だよきっと」

家臣女「訳わからない事言ってないで仕事してください」

領主男「もうちょっとさぼ…もとい休憩してからじゃダメか?」

家臣女「永遠に休憩させてあげましょうか?」

領主男「ごめん、仕事する」

家臣女「そうしてください」

領主男「この流れ、前にもあった気がする」

家臣女「話を繰り返すなんて呆れた三文作家のやりかたですよ」

領主男「全くだ」

家臣女「じゃあ仕事してください」

領主男「領主は休みもまともに取れない…」

家臣女「……」

領主男「……」

家臣女「…少しなら手伝いますから」

領主男「ありがたい」

家臣女「全く私は領主様に甘い」

領主男「利用できるものは親でも使えだ」

家臣女「そんな事教えましたっけ?」

領主男「いや、これは親父の帝王学だ」フンス

花の月 三日目

 毎度のことながらどうも家臣には頭が上がらない。

 領主である、という事は分かっているのだがどうにも仕事を続けられない。

 あいつが手伝ってくれると言う事に甘えているのだろうか。

 だとしたら杜撰な事だ、直ることは無いだろうが。やはり家臣には頭が上がらない。

 家臣は何でもできるからついつい頼ってしまうのだ。

 あれが人間なら私も悔しかっただろうが…。

花の月 三日目

 毎度のことながらどうも家臣には頭が上がらない。

 領主である、という事は分かっているのだがどうにも仕事を続けられない。

 あいつが手伝ってくれると言う事に甘えているのだろうか。

 だとしたら杜撰な事だ、直ることは無いだろうが。やはり家臣には頭が上がらない。

 家臣は何でもできるからついつい頼ってしまうのだ。

 あれが人間なら私も悔しかっただろうが…。

 実はあれは、家臣は人ではない。

 所謂物の怪、妖怪の類だと説明されたのは青年になってからだ。

 代々我が血筋に従う者が居るとは親父に聞いていたが、まさか人外とは思わなかった。

 初めて見た時は思わず生唾を飲むほど綺麗だとは思ったが人外なら成程、魔性の美しさというやつか。

 しかしこの家臣、外面はいいが中身はと言うとやっぱり人外だ。

 素手で岩を叩き割るわ走り出せばクニの端から端まで一刻もかからないわ。

 おまけに頭も良いわとなったらもうどうしようもない。

――――――――――

―――――

―――


家臣女「何を食べてるんですか」

領主男「休憩がてら甘味をな」

家臣女「甘味なのはわかっています、見たことも無いものなので」

領主男「(目が輝いておるぞ…)ああ、これは蘭の国から来たものだ」

家臣女「舶来のですか…あら、では商人経由で?」

領主男「いんや、直接貰った」

家臣女「入国の記録には乗ってませんが…」

領主男「そらそうだ、さっき会ってきたからな」

家臣女「なんとまあ急な事で」

領主男「どうも妙な奴だった、行商をしつつ東の方に行くのだと言っていたな」

家臣女「すると…都に?」

領主男「恐らくそうだろうな、何をしに行くのだか」

家臣女「分かりませんね、舶来人の考える事は」

領主男「ああ分からん、分かろうとも思わない」

家臣女「おお非情な事で」

領主男「お前の考えも分からんのに赤の他人の事なんてわかる訳も無かろう」

家臣女「私は領主様の考えてることなら大抵わかりますよ?」

領主男「………」

家臣女「…なにか?」

領主男「いや、なんでもない」

家臣女「ははぁ…それで」

領主男「なんだ」

家臣女「その甘味、名前は?」

領主男「(目が眩しい…)ああ、『かすていら』と言うらしい」

家臣女「かすていら?」

領主男「かすていら」

家臣女「かすていら!」

領主男「かすていらだ」

家臣女「成程、かすていらと」

領主男「いつまで繰り返すのだ」

家臣女「ははぁ…」

領主男「なんだ」

家臣女「いえ?なんでもありませんよ?」ジーッ

領主男「…欲しいのか?(物欲しそうな面をしおって)」

家臣女「…いえいえ、そんな卑しいこと考えてませんよ?」ジィィ・・・

領主男「……」

家臣女「……」ジー・・・

領主男「…食え」

家臣女「えっ?」

領主男「くれてやる、食え」

家臣女「ありがと…いやいりませんって」

領主男「お前は主の命令が聞けんのか?」

家臣女「…じゃあ、遠慮なく」

領主男「ほら、落とすなよ?」

家臣女「本当にいいんですね?」

領主男「男に二言はない、さっさと食え」

家臣女「…あむ」パクッ

領主男「(むっちゃきらきらしてる…)」

家臣女「むぐむぐ」モッキュモッキュ

領主男「美味いか?」

家臣女「おいひぃです!」モグモグモグ

領主男「今ならお前の考えがはっきりわかるな」

家臣女「なんかひぃました?」モッキュモッキュ

領主男「いや、なんでもない」

宵の月 二十七日目

 相変わらずあいつは読みやすいのか読みにくいのかわからない。

 しれっとした顔をしたかと思えば次の瞬間にはえらく表情豊かになっていたりする。

 普通の女であればほぉほぉで済ませられるのだが、家臣がやると駄目だな。

 何というか、可愛い?それともなんだろうか。

 あいつの事は出会った時からよく分からない、恐らくこれからも分からない。


 出会った時と言うと、思い出すのはあれだな。

 家臣の家は代々領主の家の頭領を護る役目があるらしい。

 代々双方の家の子供が遂になるように護り護られる関係にあるのだ…とは聞いた。

 そう言えば向こうの寿命ってどんな感じなんだろうな?後で聞いてみるか。

 まあそんなわけで初めて会った時はお互い子供の姿だったのだが。

 やけにはりきった子供家臣に手を握られた時は死ぬかと思った。

 あの馬鹿力で手を握られたのだ、あいつが子供で良かった。

 そう考えてみるとよく今まで大した怪我も負わずにに済んだものだ。

――――――――――

―――――

―――


蝉「ミーンミーンミーン」

領主男「……」カリカリカリ

家臣女「……」サラサラサラサラ

蝉「ミィィィィィンミィィィィン」

領主男「………………」ガリガリガリガリガリ

家臣女「……」サラサラサラサラ

蝉「ミィィィィィィィィンミィィィィン」

領主男「うぉぉぉぉぉぉ!」ガタッ

家臣女「どうしました領主様」サラサラサラ

領主男「暑い!」

家臣女「そりゃ夏ですもの」

領主男「むさい!」

家臣女「領主様が叫ぶと猶更むさいです」

領主男「気が滅入る!」

家臣女「仕事してください、もういい大人でしょう?」

領主男「駄目だ、この部屋はもう駄目だ」

家臣女「いつもの書斎でしょう」

領主男「もっとこう…想像力に溢れる場所で仕事がしたい!」

家臣女「要するに飽きたんですね」

領主男「このままでは命に関わる、暑くて」

家臣女「そうでしょうか?」

領主男「お前はなぜ平気なのだ」

家臣女「心頭滅却すれば火もまた涼しですよ」

領主男「お前それ言った僧がその後焼死自殺したの知ってるな?絶対知ってるな?」

家臣女「例えですよ、私は丈夫ですし」

領主男「お前が平気でも兵器でも知らんが私は平気でない」

家臣女「鍛錬が足りませんね」

領主男「鍛錬もくそもあるか、生半可な兵よりよっぽど鍛えてあるわ」

家臣女「そりゃクニで最強とは言われてますね」

領主男「うむ」

家臣女「私に勝ったことはありませんが」

領主男「あたりまえだろうが、勝てて堪るか」

家臣女「そんな自慢げに言う事でも…」

領主男「ともかくだ、こう暑くては仕事に支障が出る、すでに出ている」

家臣女「要するに出かけたいと」

領主男「駄目か?」

家臣女「駄目ですよ」

領主男「かき氷奢るぞ?」

家臣女「…駄目ですって」

領主男「餡子付きで」

家臣女「…しょうがないですね」

領主男「よし、じゃあ行こう」

家臣女「待ってください領主様」

領主男「なんだ」

家臣女「まさかその褌一丁で出るつもりじゃないでしょうね」

領主男「勿論着替えるが…そうだ、水浴びをせねば」

家臣女「はい、では係りの者を呼んできますね」

領主男「お前は水浴びをせんのか?」

家臣女「そうですけど」

領主男「駄目だ、しろ」

家臣女「ええ…」

領主男「領主命令だ、しろ」

家臣女「しょうがない、分かりました」

前のは落としどころが分からなくなったので今回は落としどころを付けました
ぼちぼちやっていきます

―――――

―――

家臣女「それで、川ですか」チャポチャポ

領主男「駄目か?」ポチャン

家臣女「いえ、なんか祭りでも開こうとしてるのかと思って」パシャパシャ

領主男「昨日の今日で祭りなんて開催出来て堪るか」ヒンヤリ

家臣女「でも突発的花火大会とかやってるじゃないですか?」

領主男「ああ、あったなぁ」

家臣女「なんで六尺玉が民家にあったんでしょうね」

領主男「…冷静に考えるとなんであったんだ?」

家臣女「そう言えば一昨年は『畑に使う土地が必要だ』とか領主様言ってましたよね」

領主男「あーなんかあったな、土地が足りんから山を開拓させてくれって」

家臣女「それ許可を出した次の月には見事な段々畑になってましたよ?」

領主男「は?いやいや、あの山相当でかかったぞ?」

家臣女「いえ、実際見ましたって」

領主男「開いた口がふさがらん」

家臣女「なんかおかしいですよね、このクニの民衆って」

領主男「そう言えば川が氾濫しても一週間後には戻ってたし」

家臣女「山火事があっても一刻後には鎮火されてたり」

領主男「なんか普通だと思ってたがどうなってるんだこのクニ…」

家臣女「ですから突発的な祭りとか領主様が言い出したらもう」

領主男「やりかねんな」

家臣女「やりかねませんね」

領主男「……」

家臣女「……」

領主男「涼しいな」

家臣女「ええ、木陰がいい気持ちです」

領主男「あの頃と全く同じだな」

家臣女「あの頃?」

領主男「覚えてないか?ほら、小さい頃よく二人できたじゃないか」

家臣女「…そんなことも、ありましたね」

領主男「あったさ、忘れていたなんて悲しいぞ」

家臣女「忘れてました、暑くて」

領主男「それは冗談の類か??」

家臣女「さあ、どうでしょうね」

領主男「お前は妙な所で抜けてる」

家臣女「しっかりしているつもりなのですが」

領主男「ほら、あそこでお前がこけて水の中に落ちたんだ」

家臣女「そんなこともありましたっけ?」

領主男「やはり忘れてしまったか」

家臣女「?」

領主男「いや、いいんだ」

家臣女「はぁ」

領主男「それよりほら、これを見ろ」

家臣女「西瓜ですね、大きくて美味しそう」

領主男「川で冷やした、それに美味そうなんじゃないぞ、美味いんだ」

家臣女「かっぱらってきたんですか?」

領主男「どあほう、一国の領主が民衆から泥棒するわけないだろうが」

家臣女「領主だから『お前の物は俺の物、俺の物は俺の物』理論だと思いました」

領主男「酷い話だ、家臣はいつもそんな目で私を見ていたのか」

家臣女「冗談です」

領主男「その言葉が免罪符だと思ってないか?」

家臣女「便利な言葉ですね」

領主男「身も蓋も無く言いやがったな」

家臣女「正直に言ったまでです」

領主男「真顔で言われると冗談と本当の区別がつかん」

家臣女「便利なものですね」

領主男「おちょくりおって…相応の対価をを払い、相応の感謝を持って食する事で真の味を見る事が出来るのだ」

家臣女「また帝王学ですか?」

領主男「いや、持論だ」

家臣女「立派な事で」


領主男「まあ、この西瓜はなんか押し付けられたもんだがな」

家臣女「今までの偉そうな言葉は何だったんですか」

領主男「少しは格好つけさせろ、しかしこんなものを貰うとはな」

家臣女「まあ、領主様は慕われてますから」


領主男「そうだろう…あっ」

家臣女「どうしました?」

領主男「西瓜をもらったはいいが切る事が出来ん」

家臣女「貸してください、それ」

領主男「ほい」

家臣女「何等分がいいですか?」パシッ

領主男「んー八等分がいいだろう、流石にお前は光物を持ってきたか」

家臣女「いえ?」サクッ

領主男「……おい、手刀って西瓜を真っ二つに切る事が出来るのか?」

家臣女「出来ないんですか?」サクサク

領主男「決めた、お前にはこりんざい勝負を挑まん」

家臣女「どうせ負けますもんね」サクリ

領主男「うるさい」

家臣女「はい、どうぞ」

領主男「おお、見ろこの色艶」

家臣女「ほんと、美味しそう」

領主男「では頂くとしよう」シャク

家臣女「いただきます」シャクッ

領主男「………」シャクシャクシャク

家臣女「………」シャクシャクシャクシャク

領主男「…夏だな」

家臣女「夏ですね」

―――――

―――

領主男「なあ、家臣」シャクシャク

家臣女「なんでしょう領主様」シャクリ

領主男「前から気になってたんだが、お前はどれぐらい生きるのだ?」

家臣女「と、申しますと?」

領主男「お前は人ではないな」

家臣女「ええ、あまり公然とは言って欲しくないのですが」

領主男「今は二人きりだからいいだろう」

家臣女「二人きり、ですか」モジモジ

領主男「今までも二人きりの時間の方が多かっただろうに、なにを今更」

家臣女「まあ、そうですが」

領主男「それで気になったんだ」

家臣女「私がいつまで生きるかと?」


領主男「もしかしたら数百年単位でお前が生きるかもしれんしな」

家臣女「…ありませんよ」

領主男「ほう?」

家臣女「私は領主様が死なない限り死にません、領主様の死ぬ時が私が死ぬときです」

領主男「契約か?」

家臣女「そうですね、代々そういう契約になってます」

領主男「お前はそれに同意したのか?」

家臣女「いいえ」

領主男「嫌ではないのか?」

家臣女「嫌?」

領主男「自分の知らぬところで生き方を決められて、僕となることを決められて、死ぬ時を決められて」

家臣女「……」

領主男「嫌ではないのか?逃げ出したくはないのか?」

家臣女「……分かりません、ですが私にはこれ以外生き方が無いのです」

領主男「…そうか、すまなかった」

家臣女「ただ、私は」

家臣女「私は今までの私を恥じたことも嫌ったこともありません、逃げ出したいと思ったこともありません」

家臣女「私はそれでいいのだと思っています、これが答えでは駄目ですか?」

領主男「いや、いい」

家臣女「はい」

領主男「私はただ、お前が自分の事を嫌になって無ければそれだけでいい」

家臣女「…はい」

領主男「それだけでいいんだ」シャクシャク

家臣女「・・・」シャクシャク

領主男「あっついなぁ」

家臣女「そう、ですね」

―――――

―――

領主男「ふぅ、食った食った」

家臣女「結構な量在りましたからね」

領主男「片づけは…まあいいか、埋めとけば」


家臣女「あら、いいんですか?」

領主男「どうせ自然の物だ、自然に還るさ」

家臣女「そうですね」

領主男「さて、行こうか」

家臣女「息抜きも終わったようですし、仕事しましょうね」

領主男「げっ、覚えてたのか」

家臣女「忘れてたら領主様の家臣なんて続きませんよ」

領主男「なるほど、それは確かに」

家臣女「領主様はさぼることにかけては天下一品の腕をお持ちですから」

領主男「ふふ、もっと褒めていいぞ?」

家臣女「褒めてませんって」

領主男「家臣、では今言ったこと忘れるなよ」

家臣女「なにをです?」

領主男「私が城から出るたびに追いかけて、城に連れて帰ってくれ」

家臣女「それは当然、仕事ですから」

領主男「絶対に忘れるんじゃないぞ」

家臣女「絶対に忘れる訳ないじゃないですか」

漆の月 五日目

 こうして家臣の事について書いていると、嫌でも色々と思いだす。

 物心がついてからこの方ずっと一緒に居たのだから当然なのかもしれない。

 私の半身、私の記憶の半分、私の心の半分。

 そういう存在なんだと言う事を今日嫌でも理解させられた。

 私にはあいつが死ぬと言う事が無いと思っていた。

 いや、想像したくなかった。よりにもよって家臣が死ぬなんて。

 だから家臣が、私が死なない限り死ぬことは無いと聞いた時

 正直私は心の中で安堵していた。

 罵倒されるかもしれない、蔑まれるかもしれない。

 だからこの気持ちはこの日誌の中だけに収めてしまうつもりだ。

――――――――――

―――――

―――

家老A「若!探しましたぞ!」

領主男「じいじゃないか、どうした」

家老A「祭りじゃ!」

領主男「は?」

家老B「祭りじゃ若!」

家老C「今宵は夏祭りじゃ!」

領主男「は?今宵?今夜の晩?」

家臣女「どうしました領主様」

領主男「いや、なんか知らんが」

家老A「おお家臣殿!今宵は祭りですぞ!」

家臣女「…今宵?」

領主男「同じ反応をするよなやっぱり」

家臣女「なぜこんな唐突に?」

家老B「そりゃ若様が祭りの話をしていたから…」

領主男「おい家臣、お前誰かに言いふらしたか?」

家臣女「いえ全然?忘れてましたし」

家老A「人の口には戸は立て掛けられぬとはよく言ったもんですな!」カラカラカラ

領主男「……」

家臣女「……」

領主男「なあ、なんだか急に恐ろしくなってきた」

家臣女「奇遇ですね、私もです」

家老A「若、浴衣は既に手配してありますぞ」

領主男「えっ」

家老B「家臣殿のもじゃ、きっと似合いますぞ」

家臣女「いつ採寸したんでしょう」

領主男「目測じゃないか?」

家臣女「そんな馬鹿な…」

領主男「もう何が来ても驚かん」

―――――

―――

領主男「おい、入っていいか?」

家臣女「まだです、入ってきたら殴ります」

領主男「やめてくれ、死んでしまう」

家臣女「だったら入らないでください」

領主男「恥ずかしいのか?もしかして」

家臣女「乙女の恥じらいってやつを理解できませんかね」

領主男「乙女?」

家臣女「殴り倒しますよ?」

領主男「私が死んだらお前も死ぬだろうに」

家臣女「それもそうでした、死なないぐらいに張り手をかまします」

領主男「それもそれで不味い事になりそうだがな」

家臣女「分かったら開けないでください」

領主男「わーったわーった…」

家臣女「そう言えば、丈はどうでした?」

領主男「…ぴったりだ、怖い位に」

家臣女「……」

領主男「お前はどうだ?」

家臣女「…まあ、お察しの通り」

領主男「まあ、ずれてるよりはましじゃないか?」

家臣女「そう言う事にしておきましょう」

領主男「…そろそろいいか?」

家臣女「はい、大丈夫です」

領主男「ええい、ままよ!」ガラッ

家臣女「……」

領主男「……」

 その瞬間、世界が硬直した

 凹凸の利いた流線型を贅沢に惜しげも無く前面に押し出す挑戦的さの中に優美さを秘めた浴衣

 しとやかに流れる様な長い黒髪と淡い青が絡み合いまるで見返り美人の様

 いや元々こいつはぜっせの美人のたぐいだがそれでも普段見慣れたはずの私がはっとするほどの破壊力

 ………完璧だ

領主男「…って何を考えてるのだ私は」

家臣女「……」

領主男「おーい?家臣?」

家臣女「…はっ!?」

領主男「どうした、ぼーっと呆けおって情けないぞ」

家臣女「あ、はい、ええと…すみません?」

領主男「なぜ疑問形なのだ」

家臣女「ちょっと暑くって…」

領主男「まあまだ残暑も厳しいからな、無理はするなよ?」

家臣女「勿論です」

領主男「……」

家臣女「……」

領主男「…似合ってるぞ?」

家臣女「へっ!?」

領主男「だから似合っていると言っている、だから胸を張れ」

家臣女「あ、ありがとうございます…」

領主男「(まあここは褒めるのが一番だろう、実際似合っているし)」

家臣女「あ、あの…」

領主男「ん?」

家臣女「領主様、格好いいですよ」

領主男「……」バキューン

家臣女「…?」

領主男「お、おう…そうか、似合っているなら民への示しも付くからな」ドキドキ

家臣女「…じゃあいきましょうか」ニコッ

領主男「…oh」

―――――

―――

ワーワーワー

トレタテノスイカダコラ!

アメチャン!リンゴアメダヨー!

チチウエーアレカッテー

領主男「盛況だな」

家臣女「祭りと宴会になると本気を出すクニとか呼ばれてるらしいですよ」

領主男「いつの間にそんな事に…?」

家臣女「さぁ…」

ワカ!

ワカガイタゾー!

ツカマエロー!サケシコタマナガシコメー!

領主男「げっ」

家臣女「人気者ですね」

領主男「酔っぱらいの絡み程面倒なものはないのだがな?」

家臣女「それでも人気があるのはいい領主ですよ」

領主男「まあそれは嬉しいんだがな」

家臣女「ほら、どんどん集団で近寄って」

領主男「流石に樽を飲まされたら潰されるんだがな!」

家臣女「逃げます?」

領主男「逃げるか」

家臣女「じゃあ向こうの丘までぇ…っ!?」コケッ

領主男「危ない!」ガシッ

家臣女「あ、ありがとうございます」

領主男「どうした?走れないのか?」

家臣女「この浴衣…足が動かしづらいです」

領主男「走るのは無理か?」

家臣女「すみません…」

領主男「…しょうがない」グイッ

家臣女「へっ」

領主男「暴れるなよ?(姫抱きなんて初めてした)」

家臣女「ちょ、この体勢って」

領主男「暴れるなよ!」ダッ

家臣女「……」カァァァァ

領主男「(こいつもこんな顔するんだな)」タカタカ

家臣女「…あの」

領主男「なんだ?」タカタカ

家臣女「…重く、ないですか?」

領主男「馬鹿言うな、お前が重かろうと重く無かろうと関係ない」タッタッタ

家臣女「いや、そういう事じゃ」

領主男「良いから大人しくしてろ、落しゃしないから」

家臣女「……はい」

領主男「(…軽いな)」

―――――

―――

領主男「よし、ここまでくれば平気だな」ドサッ

家臣女「……」ポー・・・

領主男「どうした?足でも捻ったか?」

家臣女「あ、いえ、なんでもありません」

領主男「ならいいのだが、そもそもお前が怪我を負うなんて想像もつかんが」

家臣女「失礼な事言いますね」

領主男「そうか?」


家臣女「今まで怪我は負った事はありませんが…もしもの事があるじゃないですか」

領主男「もしも、か」

家臣女「怪我しないなんてことは言えないですから」

領主男「…そうだな」

領主男「家臣、見えるか?祭りの灯りが」

家臣女「見えます、綺麗ですね…」

領主男「あれは私のクニの民だ」

家臣女「ええ」

領主男「私はあれを護らなきゃならないのだな」

家臣女「そうです、それがあなたの仕事です」

領主男「昔は、そんなこと考えもしなかった」

家臣女「それは…子供ですから」

領主男「ただ『クニで一番偉いのだ』と、そればかりが頭にあった」

領主男「親父もおふくろも健在で、二人とも死ぬことは無いのだと思っていた」

領主男「だが親父はあっさり死んじまった、クニを護って死んじまったんだ」

家臣女「お父様は、進行してきた千の兵を一人で相手取ったと言われています」

領主男「おふくろもそうだ、あんなに元気だったのに親父が死んだとたん引っ張られるように死んじまった」

家臣女「………」

領主男「だからクニを継がなきゃならなかった、誰かがやらなきゃならなかった、やるしかなかった」

家臣女「何年前、でしたか」

領主男「十三年前、まだ十二歳の頃だ」

家臣女「…そんなに経ったんですね」

領主男「ああいう光を見ていると時々不安になる」

家臣女「どうして…」

領主男「領主として初めてあの光を見た時、あれを護る事が出来っこないと思った」

領主男「護らなきゃならないのは知っていた、でもどうしても…出来そうになかった」

家臣女「今でも十分、十分すぎるほどにやってますよ」

領主男「そうだろうか…本当にそうだろうか?民は私に不満を抱いてないだろうか?」

家臣女「それは…」

領主男「怖いんだ、怖いんだよ私は。いつか護れなくなることが」

家臣女「領主様、こっちに来てください」

領主男「どうした?」

家臣女「……」ギュゥ

領主男「!!」

家臣女「大丈夫…大丈夫です、私がついてますから」ギュゥゥ

領主男「本当にか?」

家臣女「大丈夫、私はあなたが死ぬまで一緒に居ますから」

領主男「分かった、約束だぞ」

家臣女「ええ勿論、だから…安心して」

領主男「……」ギュゥ

家臣女「今日だけは。甘えていいですよ?」

領主男「………」

家臣女「…領主様?」

領主男「……zzzzz」グゥグゥ

家臣女「ちょ、寝てるんですか?今良い所なのに寝てるんですか?」

領主男「かしんーこの馬鹿力ー」スピー

家臣女「うわぁ寝言でむかつく事言ってますよこの馬鹿殿、しかも酒臭っ」

領主男「zzzz…」スヤスヤ

家臣女「もう知りませんからここで放置しましょう、風邪ひいてもしょうがないですね」スタスタスタ

領主男「…かしんーどこだー」グゥグゥ

領主男「………」ムニャムニャ

領主男「………」グゥグゥ

領主男「かしんー…しんじてるからなー、約束だぞー」

漆の月 七日

 昨日は何故か草むらで寝ていたし前後の記憶が曖昧だ。

 景気づけに差し入れの酒を飲んだのがいけなかったかもしれない、美味いので一升飲んでしまった。

 よく覚えていないので書くことはこれしかない、祭りには行ったのだろうか。

 なんか忘れてはいけない事があった気がする…無かったかもしれない。

 家臣の浴衣姿も忘れてるのが一番痛い、悲しみで立ち直れないかも。

――――――――――

―――――

―――


領主男「……はぁー…」

領主男「ふんっ!やぁっ!」ブゥン ヒュッ

領主男「はぁ…せいやぁ!」ヒュォッ

家臣女「何をしてるのです?」

領主男「見て…ふっ、分からんか?」ヒュァッ

家臣女「剣術のように見受けますが…随分と刃先が遠い」

領主男「薙刀だ、これは」ヒュッ

家臣女「使った経験は?」

領主男「いや無い、だから試しに使って見ようかとな」ブォッ

家臣女「この間は馬に乗りながら弓術をやってましたね」

領主男「流鏑馬な、あれは前々から興味があった」ヒュンヒュンッ

家臣女「薙刀…中々面白そうですね」

領主男「やってみるか?」ピタッ

家臣女「ええ、是非に」

領主男「ほら」ポーン

家臣女「ふむ」パシッ

領主男「家臣も初めてだよな?」

家臣女「ええ、まあ適当にやってみます」ハァー・・・

領主男「ふむ」

家臣女「………いきます」

領主男「了解」

家臣女「……………」ビュンビュンヒョッスチャッ

領主男「…!?」

家臣女「……………」ヒュアッヒャンヒャンブァッ

家臣女「……………」ヒョッヒョッブッヒャァン

領主男「止まれ!止まれって!真顔は怖いから!」

家臣女「今良い所だったのに…」

領主男「分かった、お前が私より強いのは分かったからやめなさい」

家臣女「了解しました…お疲れですか?」

領主男「ああ、まあ少し疲れた」

家臣女「その辺の者を呼んできます」

領主男「あい分かった、頼んだよ」

―――――

―――

家臣女「お待たせしました、水とどら焼きです」

領主男「おおどら焼きか…うん、美味しそうだな」

家臣女「……」ジィーッ

領主男「ほら、半分」パカッ

家臣女「ありがとうございます!」キラキラ

領主男「(もう遠慮する事すらしなくなったな)」

家臣女「美味しいですね、これ」パクパク


領主男「(まぁ、だが)」モグモグ

家臣女「~~♪」キラキラ

領主男「(こいつのこんな顔を見るのも悪くはないな)」

家臣女「?何か顔についてます?」

領主男「ああ、いやなんでもない」

家臣女「おいし~…」パクパク

領主男「そろそろ夜かな」

家臣女「そうですね…だんだん寒くなってきたみたいです」

領主男「そうか…」

家臣女「どうしました?」

領主男「家臣、星を見に行かないか?」

家臣女「星を?どこからでも見れるじゃないですか」

領主男「いやな…なんでわからんのだ」

家臣女「はい?」

領主男「私はお前と星を見たいのだ」

家臣女「……はい?」

領主男「お前と、二人で、星を見たいのだ!」

家臣女「…逢引ですか?」

領主男「もうこの際そうでもいい、分かったら来い、分からなくても連れて行く」ガシッ

家臣女「ちょ、領主様どこに!?」

領主男「誰も居ない場所だ!(なんでこんな事をしているのだ私は)」

家臣女「せめて着替えさせてください領主様…」

萩の月 十五日

 なぜ私が家臣を誘ったのかは分からない

 強引に誘うなんて普段の私なら絶対にやらない事だと言う事は分かっている

 ただ、何か大きなものに引っ張られるように私は家臣の腕を引っ張りながら町を突っ切り、森を越えていった。

 森を抜けると、一面の芒野原だった。

 ざわざわと通り抜ける風が芒の穂を揺らし頬を擽る。

 家臣はくすぐったいように肩をよじった。

―――――

―――

家臣女「わぁ…」

領主男「満天の星、か」

家臣女「ええ、城から見るのとは別の趣がありますね」

領主男「城下町の光もいいが、こうして真っ暗闇の中で見るのも良いだろう」

家臣女「綺麗…」

領主男「聞いているか?」

家臣女「あ、ええ」

領主男「何処かに座れる場所はあるかな…っとあそこだ、ほら」

家臣女「隣に座ってもよろしいのですか?」

領主男「勿論」

家臣女「では失礼して…」ペタン

領主男「……」チラッ

家臣女「沢山の星、見惚れちゃいますね」キラキラ

領主男「……っ」ドキン

家臣女「見ました?流れ星です!」

領主男「あ、ああ(こいつこんなに可愛かったか?)」

 岩をも砕くとは到底思えない程細くて白い腕や、凄まじいスピードで地を駆けるとは到底思えない程華奢な脚

 舞う星々に目を輝かせる家臣を見て、ただ”可愛い”と、私はこいつに対してそう思った。

 こいつに告白をしようだなんて突飛な考えが唐突に降って沸いたのはその時だ

 なぜだか知らないが、今しかない気がした

  今ならいける!なんて根拠のない、勢いだけの告白だった

領主男「なあ家臣よ」

家臣女「なんですか領主様?」

領主男「好きだぞ」

家臣女「はいはい、私も好きですよー」

領主男「えっ」

家臣女「あれが北極星ですかね?」

領主男「いやいや、そう言う事じゃなくてだな」

家臣女「煽てて仕事をさぼろうとしてませんか?」

領主男「そんなことはないのだが(この鈍感が!)」

家臣女「それよりあの星座見てくださいよ、大四角形って言うらしいです」

領主男「いや、好きだと言うのは『一生傍に居てくれ』って意味でだな」

家臣女「それこの間言われましたって」

領主男「えっ」

家臣女「覚えてないんですか?」

領主男「いや全然」

家臣女「あの時酔っぱらってましたからねー」

領主男「なんだと…」

 自分の失態をこれほどまでに嘆いたことは無い

 おのれ酒め、これから酔っぱらう事は絶対にないだろう

 そして私の一世一代の告白は失敗に終わったのだ、南無三

家臣女「それに、今更な感じもしますから」

領主男「うん?」

家臣女「だって約束したじゃないですか」

領主男「約束?」

家臣女「あら、忘れちゃいました?」

ああそうだ

まだ親父もおふくろも居る頃

二人ともまだ子供でいれた頃

私と家臣は約束したんだ

子領主「うわぁ!綺麗な川だぞ家臣!」

子家臣「わぁ…本当に綺麗、涼しいですね」

子領主「気に入ったぞ!この場所を秘密の場所にしよう!」

子家臣「秘密の場所?」

子領主「そうだ、私と家臣だけが知っている場所だ」

子家臣「二人だけの…?」

子領主「そうだぞ家臣、二人だけの秘密の場所だ」

子家臣「秘密の…」

子領主「嬉しいか?家臣」

子家臣「はい!嬉しいです」

子領主「そうかそうか!お、あそこに魚が」タッタッ

子家臣「待ってください領主様ー!あっ」ズルッ

子領主「家臣!?」

子家臣「ひゃぁっ!?」バッシャーン

子領主「家臣!大丈夫か!?」

子家臣「うぅ…びしょぬれ」ビショビショ

子領主「怪我はないか…良かった」ホッ

子領主「家臣はおっちょこちょいだな」

子家臣「…ごめんなさい」

子領主「うん?」

子家臣「ごめんなさい、きちんとしますから…だから、だから見捨てないでください、お願いします…」ガタガタ

子領主「お、おい家臣!?」

子領主「約束だ家臣、私は傍に居る、ずっとお前の傍に居る」

子家臣「りょうしゅさまぁ…りょうしゅさまぁ…っ」グスグス

子領主「約束するぞ家臣、私はお前の傍に居る。だからお前も約束しろ」

子家臣「約束…?」

子領主「私がもし、将来仕事をさぼったりして城を抜け出したらお前は私を連れ戻してくれ」

子領主「何度逃げ出しても、何度も繰り返しても、お前はその度連れ戻してくれ」

子家臣「つまり…それって…」

子領主「私を追いかけてくれ、どこまでもいつまでも追いかけてくれ」

「家臣、私と追いかけっこをしよう」

これにて終了です 読んで下さった方には全力で感謝を。

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