女「――痴漢をやめてくださいと言ってるんです!」男「私は痴漢ではない。変態だ」 (9)

東京某所、鉄道某線、某日のある満員電車内でのよくある、いつも通りの日常で、今日も一人の女性が痴漢被害を受けていた。

女(もうやだ、何でこう毎日満員になるのかしら。給料も安いしさっさと今の会社やめて、フリーで生活できるようにホントなりたい)

女(今日だってこんなに天気いいのに、ガッタンガッタン電車に揺られなきゃいけないのよ。後輩ちゃんは入社早々、寿退社で辞めていったし……ハァア。疲れるなー、ん?)

女(今、私お尻触られてる? もしかして痴漢?)

女が確認するため視線を流れる都会のビル群から窓に映る後方の自分へと移した。

やせ型で無造作にカットされた短髪。長年着古されたと思われるチェックシャツにメガネと冴えない男性がいた。

その男をジロジロとチェックしていると、窓を経由して男性と目が遭った。男はバツの悪そうな顔を一瞬浮かべた瞬間、臀部にあった不快な感触は消え去った。

女(絶対今この男触ってたでしょ。触るのやめたからいいものの……ついてないなぁ)

女が安心したのをつかの間、再び臀部に先ほど同じ感触が流れた。それは規則正しく臀部の上部から下部へと、下部から上部へと流れるものではなく、時には円を描くように、時には臀部の強度を細かく確かめるように揉みこまれていった。まさに餅つき職人の業
のようであった。

女「……あの、やめてください」

女はこういった事象に慣れているのか、言葉の大きさは遠慮気味であるがハッキリとした口調で先ほど確認した男に向けて言った。

しかし、感触は止まらなかった。

女「いい加減にしないと訴えますよ」

今度は窓に映る男性に目を合わせながら言いのけた。だが、男性は今度は目が合っても知らん顔であった。

念のため臀部をまさぐっている手の持ち主が、後ろの男であることも確認した後、今度は強く言った。

女「痴漢をやめてくださいと言ってるんです!」

男「何を言っている。私は痴漢ではない」

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女「はぁあ!? 何を言ってるんですか。あなた痴漢行為をしてますよね? というより今こうやって、やめてくださいと言っている最中に動かしているこの手が何よりの証拠です」

そういって女は、男の手を払いのけた。

男「何か誤解をしているようですね。私のしているこれは痴漢行為ではない」

女「人のお尻を勝手に触っておいて、何が「私のしているこれは痴漢行為ではない」ですか。どっからどうみても痴漢でしょ。次の駅で一緒に降りてもらいますからね」

男「確かに……現代社会において電車の中で見知らぬ異性に対して許可なく肉体的接触をしている現象は痴漢だと言えるのかもしれません」

女「わかってるじゃない。痴漢さん」

(男→痴漢)

痴漢「それでも私は痴漢ではないと言い切れます」

女「何でなのよ」

痴漢「なぜなら――」

女「なぜなら?」

痴漢「痴漢ではなく変態だからだ」

(痴漢→変態)

女「ああ、はいはい」

この時点で、女はまだ気づいていなかった。ことの重大さに。ただ男が苦し紛れの言い逃れをしているだけだと思っていたのだ。

変態「これを見ろ」

変態はおもむろにチェック柄の上着を脱ぎ棄てた。なんと胸部には女性用のブラジャーが着用されていた。

そのまま自らブラジャーの上から胸をまさぐり始め、あろうことか恍惚とした表情を浮かべ始めたのだ。

女「認めるわ。あなたが変態ってこと。だから今すぐやめて上着を着なさい」

シャツのボタンをかけながら変態は言った。

変態「これでわかっただろ。私が痴漢ではなく変態だということが」

女「それとこれとは別よ。あなたは私のお尻を触ったことに違いはないでしょ」

変態「いいえわかっておられない。「痴漢」として痴漢行為を行っていたのではなく、「変態」として痴漢行為に見受けられる行為をしていただけなのです」

女「全くもって理解できないわ」

変態「やれやれ。ならば言い換えよう。私は痴漢でも変態でもない! ただの数学者である」

女「はい?」

変態「ですから、あなたが言う痴漢でもなく、変態でもなく、数学者であった、いや元々数学者になった、というべきか。日本語としてはおかしいですがここら辺のニュアンスはお任せします」

(変態→数学者)

数学者「つまり曲線物体A――ここではあなたの臀部――のA地点からB地点へ、はたまたC地点を中心とした円を物体B――ここでは私の手――が移動した場合の変化情報を収集していたというわけです。数学者として!」

女「つまり、あなたは痴漢ではないという、ことを言いたいわけね」

数学者「その通りです。やっとわかってくれましたか。助かります。許可をとらずに実験を行った点については素直に謝罪を致します。申し訳ございませんでした」

女「許すわけないでしょ。あなたが変態であろうと数学者であろうと痴漢行為を行ったことには違いないのだから、あなたは痴漢でしょ」

まくし立てるように言い切った。

数学者「やはり何もお分かりいただいておられないようだ。確かに痴漢行為を行っていた瞬間の私は痴漢であったかもしれない」

女「でしょ」

数学者「だが、私が自らの恥部、一般的ではない性癖を暴露した時点で痴漢ではなく変態へと変化したのです。その時点で私は変態ではなくなっているのです。同様に変態であった私は数学者へと変化したのです。要するに痴漢であった私は過去のものとなり、今は紛うことなき数学者としてこの場に存在していることがお分かりになるでしょう」

女「そんなの屁――

〇〇「屁理屈だ!!」

そこには大学生であろうか。体として成長はしているが幼さ残る若者が立っていた。

実はこの若者は以前からたびたび女と同じ車両に乗っているのを見つけては、さりげなく近くまで寄り女を目で追っかけていたのであった。

若者がこれまでの人生で初めての恋であった。確かにそれは恋であった。

若者「その女性が痴漢行為を受けているのを、お、俺は見た。よ、よってあなたは痴漢だ。ま、間違ってますか」

数学者「ふふふ、若造の割には勇気がある方だ。そこは褒めてやろう。だが、現実はそうでないのだよ。なぜなら今となっては数学者として、「実験として」結果的に周りから見たら痴漢行為をしていたということに過ぎないのだから」

若者「だからそれが屁理屈だと言っているんです」

女「そうよ。彼の言う通りだわ」

若者「それ見たことか」

女「もっと言いなさい」

若者は嬉しかった。特殊な場面ではあるが、憧れの女性と同じ立場に立っている事実に興奮すら覚えていた。

数学者「勇気ある若者よ。若いな」

数学者は気づいていたのだ。若者は若者であって、若者ではないことに……

若者「あぁん、あんま調子乗んない方がいいんじゃない痴漢野郎」

若者は数学者の胸元を掴みかかり、これでもかと挑発した。どうだろう、この勇ましくも醜い姿、恋した女にカッコいいところを見せようと悪者に挑む姿、これこそが男、いや漢の姿ではないだろうか。

(若者→勇気ある若者)

勇気ある若者「認めちまいなよ。自分は最低最悪の痴漢野郎ですってなぁ」

お知らせしよう。勇気若者のカッコいい場面はここで終了をお知らせする。胸ポケットスマホが零れ落ち、運悪くディスプレイが表示される形で落下をしてしまった。ディスプレイには女の顔がハッキリとわかる写真が映しだれていた。それも自宅でくつろいでいるパジャマ姿の女がである。

三人の中で静寂が流れた。

勇気ある若者「…………」

女「…………」

数学者「……とりあえず、手を放してくれるかな」

勇気ある若者は何も言わずそっと数学者の胸元から手を離し、うなだれるように手を下した。

女「……気持ち悪い」

勇気ある若者「いえ、これは、違うんです、たまたまというか、なんというか、あのーですね、何かの間違いというか、とにかく、とにかく誤解なんです」

勇気ある若者は必至の形相で女に弁解を試みるが、「このストーカー」の一言であっけなくへし折られた。

(勇気ある若者→ストーカー)

ストーカー「……」

数学者「これで少しは感じ取れたのではないですか? いかにこの世が曖昧な存在で満たされているのかということを」

女「そ、それは」

ストーカー「もう人生終わりだ……」

数学者「いいですか。あなたや私も、そこで雑草のように立ち呆ける彼も世界単位で見ればただの日本人なわけです」

(数学者→日本人A)

(女→日本人B)

(ストーカー→日本人C)

日本人A「生物学で言えば、それこそ100億種あると言われる種の内のたった1種であるヒトであるわけです」

日本人B「そうかもしれないけど――」

日本人C「あはははははははははh」

(日本人A→ヒトA)

(日本人B→ヒトB)

(日本人C→ヒトC)

ヒトA「あまり好きな考え方ではありませんが唯物論的な考えで言えば、様々の物体の集合体に過ぎないのです」

ヒトB「集合体……」

ヒトC「シュウゴウタイ!! シュウゴウタイ…… シチジダヨ、ゼンインシュウゥウウゥゴォオオオォォォオォ」

(ヒトA→集合体A)

(ヒトB→集合体B)

(ヒトC→集合体C)

集合体A「広大な宇宙、138億年たった今も拡大していく宇宙にとって我々とは何とちっぽけなもの何だろうか」

集合体B「宇宙にとって私たち、いえ私という存在を形づくっているように見える物体の集合体の儚さ……」

集合体C「ちっぽけ、ち〇ぽけ、ち〇ぽの毛。いひひひひ」

(集合体A→ちっぽけなものA)

(集合体B→ちっぽけなものB)

(集合体C→ちっぽけなものC)


ちっぽけなものA「わかっただろう。私が痴漢行為をしたかどうかなんて、絶大なる宇宙においてさしたる問題ではない。真に大事なこととは何か。それに気づく瞬間から全ては始まるのさ」

ちっぽけなものB「その通りですね。私間違ってました。ちっぽけなものが勝手に作り出した罪の意識なんて、もっとちっぽけなものだということを」

ちっぽけなものC「だ、誰の何がちっぽけやって、やかましいわ」

ちっぽけなものD「あのー、すみません」

ちっぽけなものA「こう考えると、汚れ切った世界というのも悪くないのかもしれませんね。幾分か世界が美しく見えてきませんか」

ちっぽけなものB「安月給だとか、結婚だとか、そんなものに縛られてるから世界は狭かったのですね」

ちっぽけなものC「ねぇねぇ、知ってた? 俺ってぇ、Bカップもあるんだ。男なのに。凄くない?」

ちっぽけなものD「ちょっといいですか」

ちっぽけなものA「世界は一つ、一つはせk……はい、なんでしょう」

ちっぽけなものD「私(わたくし)、こういったものでして」

そういってちっぽけなものな、ただ識別するためだけに「ちっぽけなものD」と名付けられた、生物学的に言えば霊長類のオスが一枚の名刺を差し出した。

ちっぽけなものD「後ほど、私と一緒に来てくださいますか。証拠の映像を収めておりますので、言い逃れはできないと思います」

ちっぽけなものB「なんと書いてあるのですか。私にも見せていただけませんか」

立ち尽くすちっぽけなものAの手に残された名刺を除きこむと、肩書の欄には弁護士と印字されていた。ちっぽけなものAのかたわらでちっぽけなものAの手がちっぽけなものBである私の臀部をまさぐる映像と思しきものが見えた。

ちっぽけなものD「この映像がある限りいつでもあなたを「ちっぽけなもの」でも「変態」からでも「痴漢犯罪者」に引き戻すことができるのです。ちっぽけなものなモノであると同時にあなたはただの痴漢犯罪者なのです。あなたの演説は素晴らしいものでしたが、続きは朝廷でお聞かせいただければ幸いです」

宇宙から見ればちっぽけなものかもしれない。だけれども結局は自分という世界からでしか、物事は理解できないのであれば、自分というちっぽけなものも無碍には決してできるはずがない。

(ちっぽけなものA→痴漢犯罪者)

(ちっぽけなものB→女)

(ちっぽけなものC→若者)

(ちっぽけなものD→弁護士)


痴漢犯罪者「……わかりました。すみませんでした」

女「あれ、なにがあったのかしら」

弁護士「では、おりましょうか」

3人は静かに、次に停車した駅で降りていった。

こうして、あるいつも通りの日常の、ありふれた物語は何事もなかったかのように幕を閉じた。




若者「そういや、なんであの弁護士は映像をとってたんだろう……」


~FIN~

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