【艦これ】艦娘落語「粗忽長門」 (19)
谷風「やーやーどうも、谷風さんだよ」
谷風「世の中にゃ色んな艦がいるもんだけど、中でもとかく扱いに困るのはそそっかしい艦、粗忽者」
谷風「ただただ慌てて失敗したもんなら窘めるのに遠慮もないが、人のためだと気張った末じゃあ、叱るか褒めるか難しい」
提督「五月雨、もっと資源を節約するにはどうしたらいいだろう」
五月雨「はい提督、お困りだと思って、出撃前に兵装の弾薬を全部抜いておきました」
谷風「笑顔でこんなこと言われちゃあ、つい許しちまいたくなるってもんだね」
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谷風「ここは西のとある鎮守府、戦艦姉妹のお話」
谷風「この姉妹、艦隊戦はめっぽう強いくせして、これが揃ってとんでもない粗忽者」
陸奥「ねえ長門、私の41センチ砲知らない?」
長門「なんだ陸奥、そこにあったやつなら清霜が見たいとせがんだので貸したぞ」
陸奥「あらまあ、だったら私は今日の出撃に何を装備していけばいいのよ」
長門「……そう言えば今日が出撃予定だと、言っていたようないなかったような」
陸奥「とにかくこうしちゃいられないわ、急いで明石に相談しなくっちゃ」
陸奥「……というわけで明石、どうにかならないかしら?」
明石「ええ、お話は分かりました。分かりましたが、それは全く問題ないですね」
陸奥「あら、問題ないなんてどうして断言できるの?」
明石「どうしてってあなた、陸奥さんの出撃予定は明日だからですよ」
陸奥「でも、私は今日出撃するのに装備がなくて困ってるのよ? 明日出撃する時に装備があったって意味がないわ」
明石「いえ、ですからね、その今日が間違いで、本当は明日なんです」
陸奥「今日が間違いって、それじゃ私が今日出撃だって長門に教えたことと理屈が合わないわ」
明石「ああもう、わかんない人だなぁ……!」
谷風「一事が万事こんな具合だから、周りからはあれじゃ『ビッグセブン』じゃなくて『うっかりエイト』じゃないか、なんて言われてたようで」
谷風「さて、そんな鎮守府の近くの港で、ある夜真っ黒い人影が打ちあげられた」
谷風「前例も何もないもんだから海軍も上へ下への大騒ぎ、急いで駆逐艦を検分に遣って人影の正体の究明をはかる」
谷風「そうなると噂好きが多い艦娘のこと、物珍しい漂着物を一目見ようと、あっという間に黒山の人だかり」
陸奥「あらまあ、わざわざ死体を見に来るなんて、悪趣味な艦も多いのね」
朝潮「失礼します、お集まりの皆さんの中でこの艦の情報をお持ちの方はいらっしゃいませんか?」
陸奥「向こうで朝潮ちゃんが尋ねて回ってるわね、何をしてるのかしら」
朝潮「すみません、どなたかご存知ないですか」
陸奥「ごめんなさい、ごめんなさいちょっと通して……あなた主砲が邪魔ね」
朝潮「すみません……おやこれは陸奥さん、お疲れ様です」
陸奥「こんにちは朝潮ちゃん、何か訊いてたみたいだけどどうしたの?」
朝潮「ええ、昨夜打ちあがった艦の検分を仰せつかったのですが、どうにもなんだかよくわからないものでして」
陸奥「うーん……私には人の形に見えるわね」
朝潮「そうでしょう? ところがこんな姿の艦は、今まで報告がないんです。ひょっとすると新種の深海棲艦なのか……」
陸奥「私も見てみていいかしら?」
朝潮「はい、そうしていただけると助かります」
陸奥「……これはまた、変わった顔ねぇ……のっぺらぼうに毛が生えたみたい」
朝潮「違いますよ陸奥さん、そっちは後頭部で顔は反対側です、ほら」
陸奥「あら本当、結構整った顔立ちじゃない、割とタイプだわ」
朝潮「そうじゃなくて、何か知ってることはありませんか?」
陸奥「そうね、目が二つ、鼻が一つ、口は一つ……それにこの尖った角みたいな髪飾り、どこかで見たような……」
朝潮「覚えがあるんですか?」
陸奥「そうだわ! この顔、長門じゃないの! 間違いないわ!」
朝潮「……そう言えば、聞いたことがあります。一度沈んだ艦娘は深海棲艦として蘇り、私たちの敵となるという学説があるとかないとか」
陸奥「きっとそうよ!……かわいそうに、こんな姿になって……」
朝潮「心中お察ししますが、後は我々に任せて――」
陸奥「長門ったら、沈んだなら出かける前にそう言ってくれれば良かったのに……」
朝潮「……はあ? あの、今日のいつ頃二人はお話を?」
陸奥「話どころか、彼女まだ部屋にいるのよ」
朝潮「ええと、だとしたら全くの別人、もとい別艦ということでは……」
陸奥「いいえ、私が長門を見間違えるはずないわ。ちょっと待っててちょうだい、当人を連れてきて確認してもらうから」
谷風「朝潮の制止も聞かず、陸奥は両舷最大船速、長門の元へと走っていった」
谷風「そんなことは露ほども知らない長門は、部屋で日課のトレーニング中」
長門「九十四、九十五……」
陸奥「長門! 長門!」
長門「九十六、九十七……」
陸奥「長門! 八八艦隊の長門!」
長門「八十八、八十九……ん? 陸奥か、どうした?」
陸奥「もう! どうして言ってくれなかったのよ!」
長門「言わないとは、いったい何をだ」
陸奥「それじゃああなた、やっぱり気付いてないのね?」
長門「だから陸奥よ、いったい私は何に気付かないんだ」
陸奥「あなたは昨夜沈んだのよ!」
長門「ああ昨夜沈んだことか……なんだって!?」
陸奥「前々から人の事ばかり気にして自分を疎かにするとは思ってたけど、まさか自分が沈んだことまで気にしないなんて……」
長門「なあすまない、どうして沈んだと分かったんだ」
陸奥「長門ったら、昨夜港に打ちあげられたことも忘れたの?」
長門「ならば噂の港の黒い人影、あれは私だったのか」
陸奥「そうよ、この目で見たもの。あれは長門だったわ」
長門「しかしどうにも納得がいかない。私は沈んだ記憶が全くないんだ」
陸奥「あなた忘れっぽいじゃない。大方自分が沈んだことも忘れて、そのまま帰ってこうして親指だけで腕立てしてるんでしょう」
長門「そうかな……そう言われると、なんだかそんな気もしてきたな」
陸奥「分かったらさっさと行くわよ」
長門「行くとは、やっぱり極楽にか」
陸奥「その前に港で死体を確かめるのよ! 朝潮ちゃんは人違い、もとい艦違いだって言ったけど、見比べてみれば同じと分かるはずだわ」
谷風「こうして二人は踵を返し、件の港に逆戻り」
谷風「本当に長門を連れてきたもんだから、朝潮も呆れ返ってすぐには物が言えない」
陸奥「見なさい長門、あなたを見物にこんなに大勢集まってるわ」
長門「これはなるほど大注目だ、嬉しいやら恥ずかしいやらだな……すまない通してもらえるか、主砲を少し除けてくれ」
朝潮「……もういいでしょう、この死体は長門さんではないということです」
陸奥「いいえ、ここに倒れてるこれが長門、あなたよ」
長門「なるほど……しかし私の顔はこんなにのっぺりして毛むくじゃらだったかな」
陸奥「あら長門ったら、顔はこっち側よ」
長門「ふむ、目が二つ、鼻が一つ、口は一つ……それにこの角のような髪飾り、確かに私によく似ている」
朝潮「ですから、長門さんはここにちゃんと生きてるじゃないですか」
長門「いや、私も最初はそう思っていたんだが、どうもうっかり沈んだことを忘れてしまっていたらしい。この死体は昨晩沈んだ私だ」
陸奥「当人が言うんだからやっぱり間違いないわね……ここにこうして死なせておくのも迷惑でしょう。長門、引き取るからあなたを負ぶってもらえる?」
朝潮「ああもう駄目ですよ、勝手に持って行かないでくださいって」
長門「……ところで陸奥、一つ不思議に思うことがあるんだが」
陸奥「どうしたの?」
長門「負ぶさっているのが私だとして、負ぶっているのはいったい誰なんだ」
谷風「これにておしまい、どっとはらい」
(原典:落語「粗忽長屋」)
以上です。
なんだか煙に巻かれるようですが、原作の方は哲学的な問いかけを感じられる不思議な噺となっています。
興味があればぜひ調べてみてください。
このSSまとめへのコメント
うまいな。