悪の魔導士「大魔王様の復活だー!!」地下アイドル「もえもえキュン☆」キラッ (95)

――魔王城――

魔物「本当にできるのか」

「そんなのわかるわけねえだろ」

「しかし、やってもらなければ困る」

魔導士「静粛に。皆の不安も分かる。だが、私が大魔王様の復活を必ず成功させる」

魔導士「そして、我々魔族に未来永劫の繁栄を約束する!!」

「「オォォォォ!!!!」」

魔導士(古代の魔導書通りに復活の儀式を執り行い、術式も完璧に再現できている)

魔導士(古の時代、この世を支配したという大魔王様が復活さえすれば、大地を穢し、蹂躙する人間共を駆逐できるはず)

魔導士「さぁ!! 今こそ!! 大魔王様の復活だぁぁ!!!」

「「オオオォォォォ!!!!」」

魔導士「この世に新たなる闇を与えてくださいませー!!!」ゴォォォ

魔導士(こ、この反応……!! 間違いない!! 大魔王様が降臨される!!)

大魔王「――イエーイ!! 今日もたっくさーんもりあがっちゃおーねっ! せーのっ! もえもえぇぇ……キューン☆」

「「オ……オォォォォォォ!!!!!」」

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大魔王「ひっ!? え!? な、なにここ!? どこ!?」

魔導士「ご復活、おめでとうございます。大魔王様」

大魔王「え? え? な、なにが?」

魔導士「憎き人間共に大魔王様が封印され数千年の月日が経ち、魔族は衰退してしまいました」

魔導士「強大な力を失ったからとはいえ、誠にお恥ずかしい限りです」

大魔王「あの……ここライブハウスじゃあ……」

魔導士「しかし!!」

大魔王「ひぃ!?」

魔導士「今宵、貴方様がお目覚めになられた!! 大魔王様を復活させるべく、世界中を奔走し、散っていった同朋たちも浮かばれることでしょう!!」

大魔王「ス、スタッフさーん? いないのー?」

魔導士「皆の者!! 今日は大魔王様が復活を成し遂げられた日となった!! 今夜は騒ぎ、戯れよ!!」

「「オォォォォォォ!!!!」」

大魔王「ドッキリでしょ? ドッキリだよね?」

魔導士「さぁ、大魔王様。こちらの王座に腰を下ろしてください」

大魔王「あ、はい」

魔導士「何かお食べになられますか」

大魔王「あのぉ、企画の意図を教えてはくれないんですか」

魔導士「企画? おぉ、これは申し訳ありません。そうですね。大魔王様は封じ込められてから年月が経ちすぎている。記憶が曖昧になり、現状に困惑されるのも当然でしょう」

大魔王「ええと……」

魔導士「数千年前のことです。魔族が人間共の戦いに敗れ――」

大魔王「そ、そうじゃなくて! 私、あの、ええと……」

魔導士「大魔王様?」

オーク「ぶひひひ。大魔王さまぁ、良いお酒がありますぶぅ」

大魔王「ひぃ!? 豚ぁ!?」

オーク「ぶふっ!? ぶ、ぶたぁ!? 俺様をぶただとぉ!! い、いくら、大魔王様でも言っていいことと悪いことがあるんだぶぅ!」

大魔王「ひぃぃ……」

魔導士「無礼だぞ!! 下がれ!!!」

オーク「ぶひぃ……」

ガイコツ「でも、豚じゃん」

ゾンビ「だよなぁ」

大魔王(仮装……? けど、今日は普通のライブイベントの日だし、ハロウィンとか時季外れだし……)

大魔王(何がどうなってるの……わたしは確かに楽屋をでて、舞台袖で待機して……音楽が鳴り始めたからステージに向かって……)

魔導士「大魔王様。体調が優れないのですか」

大魔王「あ、あの、ですね……ここは……その……ライブハウスじゃあ……」

魔導士「ここは貴方様がかつて根城にされていた、魔王の城でございます」

大魔王「東京じゃないんですか」

魔導士「トーキョー? 初めて耳にする言葉ですが……」

大魔王「……」

ゾンビ「大魔王様って人間に近い形してんだな」

ドラゴン「バカ野郎。第一形態に決まってるだろ」

ゴーレム「変身できるのか」

ドラゴン「大魔王様は姿を小さくさせることで、本来の力を抑えているのさ。でないと、下級魔族たちが魔力に中てられて卒倒するからな」

オーク「そんなこともあるんだぶぅ」

ドラゴン「お前みたいなブタがそうなるんだよ」

オーク「ぶひー! 俺様は下級魔族じゃないぶぅ! 中級だぶぅー!!」

大魔王「すっごく大きなトカゲまで……」

魔導士「世界中の魔族がこの日を待ちわびていたのです。各地から集まっております。まさか、ドラゴンまで来るとは私も思ってはおりませんでしたが」

ドラゴン「大魔王様の復活を見ずして、魔族とは言えないだろう」

ガイコツ「確かになぁ」

魔導士「本当ならば、もっと多くの種族がいたのですが人間たちの勢いを止めることができず、魔族の種も激減してしまったのです」

魔導士「ですが、大魔王様が復活されたのです。もう魔族が栄華を極めることは確定したと言っても過言ではないでしょう」

ソンビ「やったぜぇ」

グリフォン「コケー!!! コケコケコケー!!!」

ドラゴン「ガオー!!」

ガイコツ「カタカタカカタカタカタカタカタカタ!!!!!」

オーク「ブヒヒヒヒ!!!」

魔導士「大魔王様の復活に皆もこうして歓喜しております。これからは我らと共に……」

大魔王「あの……お家にかえしてください……」

魔導士「……いえ、ここが貴方の住み家なのですが?」

大魔王「わ、私は大魔王じゃないんです。ただのしがない地下アイドルで……メジャーデビューを夢見てただけの……ふつうの18……じゃなくて21歳で……」

魔導士「は……?」

大魔王「わたしは……ふつう……うぅ……」

魔導士「大魔王様、どうしたというのですか」

ドラゴン「がおー? 様子がおかしいなぁ」

ガイコツ「大魔王様、何で泣いてるんだ」

オーク「ブヒぃ」

グリフォン「コケケケ? コケー」

ゾンビ「俺にきくなよぉ」

大魔王「うっ……ぐすっ……」

魔導士「うぅむ……」

ドラゴン「おい、どうなっているんだよ。大魔王様じゃないのか?」

魔導士「いや、復活の儀式は完璧だ。何度も見返したし、本番に備えての練習も何十時間と行った。失敗はまずありえない」

オーク「でも、困ってるみたいだぶぅ」

魔導士「恐らく、封印されていた月日が長すぎて、大魔王様の記憶が混濁してしまっているのだろう。仕方ない、宴は中止だ!!! 大魔王様はお休みになられる!! 部屋を用意しろ!!!」

大魔王(なにが……どうなってるの……)

――魔王の部屋――

魔獣少女「大魔王様。こちらがお部屋になります」

大魔王「ありがとう……」

魔獣少女「ゆっくりお休みになってください」

大魔王(コスプレしてる子みたいだけど……)

魔獣少女「なにか?」

大魔王(耳も爪も本物みたいだし、なにより足が太い……)

魔獣少女「もー、そんなに見つめないでください」

大魔王「ごめんなさい……」

魔獣少女「では、何かあれば呼んでください」

大魔王「は、はい」

大魔王「はぁ……」

大魔王「広い部屋……天井も高いし……ベッドも大きい……」

大魔王「……」

大魔王(これからどうなるんだろう……わたし……もう好きなスイーツも焼肉もラーメンも食べられないの……)

――宴会場――

「この料理、持って帰ってもいいのー?」

「いいよー」

ドラゴン「あ、自分の分も残しておいてくれると助かる」

「はいよー」

ドラゴン「我はドラゴンだから他のやつより多めに頼む」

「欲張りっすね」

ドラゴン「体がでかいからな」

魔導士「うぅむ。困ったな」

オーク「大魔王様、大丈ぶぅ?」

魔獣少女「やはり疲れているようでしたね。全然元気がなかったですし」

オーク「そっかぁ。寝起きで宴会だと、確かに疲れちゃうぶぅ」

魔獣少女「そうですねぇ」

オーク「ぶひひひ。き、きがあうねぇ、俺様たち。こ、このあと、あの、ぶひひ、いっしょに、ぶふっ、夜景でも見に行かないぶー?」

魔獣少女「ごめんなさい……オーク族とだけは付き合うなってお母さんに言われていて……」

オーク「ぶっひぃぃぃぃ!!!!」

ゾンビ「豚じゃ無理だろ」

ガイコツ「俺でもあの子は落とせなかったからなぁ」

ゾンビ「ガイコツも無理だろ」

魔導士「疲れているだけならいいのだがな……」

魔獣少女「どういうことでしょう」

魔導士「いや、気にしても仕方のないこと。明日になれば分かるだろう」

ドラゴン「実は失敗して、違う何かを召喚してしまったという可能性はないだろうな」

魔導士「それだけは絶対にない。古文書の通りに術式を描いたのだからな」

ドラゴン「ならばいいがな」

魔導士「もし間違いがあるのだとすれば、この古文書自体が間違えていることになる。が、大魔王様を封印した者、つまり人間たちが『賢者』と呼ぶ者が作った書だ」

魔導士「封印の術式に欠陥があったとは考えにくい。欠陥があれば、大魔王様はすぐに復活できただろうからな」

ドラゴン「何にせよ、我はここに滞在することにする。大魔王様があの調子では、不安なのでな」

魔導士「こちらとしてもありがたい。竜族の力ほど頼りになるものもないからな」

魔獣少女「それじゃあ、私も残っていいですか?」

魔導士「無理して残ることもないだろうに」

魔獣少女「いえ……その……」チラッ

ドラゴン「ガオー!!」ゴォォォ!!!!

「おぉー。上手く焼けた焼けたー」

ドラゴン「ふんっ。竜族の我ならば肉を焼くぐらい、鳥の雛の翼をもぎ取るようなものだ」

魔獣少女「ドラゴンさんが残るのなら……えへへ……」

魔導士「そうか?」

オーク「ぶふっ……! あ、あんなトカゲに……メスの顔になりやがって……!! クソビッチがぁ……!!」

ゾンビ「嫉妬、醜い」

ガイコツ「醜いのは外見だけにしとけよ」

グリフォン「コケケケ」

オーク「うるさいぶぅ!!」

魔導士「己の住処に戻るものは速やかに戻るように。帰ってみたら人間共に荒らされていた、なんてことにもなりかねないからな」

「それは困るべ」

「俺は帰るわ。また呼んでくれー」

――魔王の部屋――

大魔王「はぁー……」

大魔王(私って、ただの地下アイドルだったよね……?)

大魔王(家族も学校のみんなも私のことを可愛いって言ってくれて……だから調子に乗って田舎から東京にいってみたけど……)

大魔王(私よりも可愛い子なんてたくさんいて……けど、それでも、いつかゴールデン番組にでてやるんだって、武道館でライブしてやるんだって……)

大魔王「……」


地下アイドル『みんなー!! 今日もたくさん盛り上がっちゃおうねー!!』

『オォォォォォ!!!!』

地下アイドル『いっけない! まず、ご挨拶が先だよねー。それじゃあ、せーのっ』

地下アイドル『もえもえぇぇ……キューン☆』キラッ

『もえもえキューン!!!』

地下アイドル『わー、ありがとー! それじゃあ、一曲目、いっくよー!』

『フゥーフゥー!!』


大魔王「半分、自棄でやってたところもあったなぁ……」

大魔王「なんで……こんなところにいるんだろう……わたし……」

大魔王「かえりたい……見たいドラマだって……あるのに……お家に帰りたいよぉ……」

大魔王「うぅ……うぅぅ……」

魔導士『大魔王様』

大魔王「だ、だれですか……?」

魔導士『入ってもよろしいでしょうか』

大魔王「……一人にして」

魔導士『はっ。では、簡潔にお伝えしたいことだけを……』

大魔王「……」

魔導士『明日、体調が優れるようでしたら皆に大魔王様のお姿をお見せして頂きたいのです』

魔導士『大魔王様に相応しいお召し物もご用意いたしております』

大魔王「……」

魔導士『それでは、おやすみなさいませ』

大魔王「うぅ……」

大魔王「やっぱり……ドッキリでも夢でも……ないんだ……これ……」

――大広間――

ドラゴン「どうだった?」

魔導士「やはりまだ復調とまではいかないようだ」

ドラゴン「魔族の復古となる日だというのに、幸先が悪くないか」

魔導士「否定はしないが、予期せぬことが起こっても不思議はあるまい。何せ、大魔王様が封印されたのは数千年前のことだからな」

ドラゴン「それは言い訳にはならんぞ。魔導士よ」

魔導士「予定に変わりはない」

ドラゴン「大魔王様が自分を取り戻してくれることに期待させてもらうぞ」

魔導士「ああ……」

魔導士(ドラゴンが言ってた失敗……。『大魔王様でない何者かを召喚した』可能性……)

魔導士(いや、それだけはない。ないはずだ)

魔獣少女「ドラゴンさーん。このシーツを乾かしたいのですが」

ドラゴン「任せろ。我が翼が起こす風を見よ」バッサバッサ!!!

魔獣少女「わー!! すごーい!!」

ドラゴン「フハハハ!! 容易い!! 布切れ一枚など一度の扇ぎで十分だ!! フハハハハハ!!!」バッサバッサ!!!

――翌日 魔王の部屋――

大魔王「……」

大魔王「やっぱり、広い部屋だ……。1DKの部屋じゃない……」

大魔王「……」

魔獣少女『大魔王様ー。起きられていますかー? 朝ごはん、ご用意したのですけどー』

大魔王(食欲なんて……あるわけないよ……)

魔獣少女『起きてないのかなぁ』

ゾンビ『また時間を改めるか』

魔獣少女『そうですね……』

大魔王「……」

大魔王(事情を話せば、帰してもらえるのかな……?)

大魔王(そうだ。こうしていたって、きっと家には帰れない。だったら……)

大魔王「あ、あの!!」

大魔王「……あのー!!」

大魔王(もうどこかに行っちゃったのかな? 追いかけないと)

――廊下――

大魔王「迷った」

大魔王(ちょっと広すぎない、ここ。おかしいよ)

大魔王(武道館や東京ドームより広いんじゃないの)

ズゥン!! ズゥン!!

大魔王「ひぃ!?」

ドラゴン「ガオー!!!!」

大魔王(で、でかいトカゲさん……)

ドラゴン「よくねたー!!!」

ゴーレム「大きなあくびだな」

ドラゴン「これは恥ずかしいところを見られたな」

大魔王(今のがおーって、あくびだったの……)

ゴーレム「で、大魔王様は?」

ドラゴン「さぁな。よくわからん」

大魔王(私のこと、なんだよね……きっと……)

ゴーレム「俺は魔族として生を受けたことに疑問を感じたり、不満に思ったことはない」

ドラゴン「急になんだ?」

ゴーレム「人間に生まれたかった、と嘆く魔族も最近は多いと聞く」

ドラゴン「仕方あるまい。それだけ人間たちは大地の上に生きている」

ゴーレム「力だけならば、魔族の方が上だというのにな」

ドラゴン「我とて同じこと。竜族に勝る人間がいるとは思えない。が、数の問題だな」

大魔王(人間があんな怪物に勝てるわけ……)

ドラゴン「数多の人間に囲まれたら、流石に殺されてしまうだろう」

ゴーレム「俺もだ。だから、今までも何もできなかった。ただ指をくわえて、人間が住む場所を広げていくのを見ていることしかできなかった」

ゴーレム「しかし、そんな時代も終わる。大魔王様が復活してくれたのならな」

大魔王「……」

ゴーレム「我慢することはもうないのだ。数十万、数百万の人間が束になったところで大魔王様には敵うまい」

ドラゴン「かつての『勇者』や『賢者』と呼ばれた者も既に血は絶えたか、薄まっているとも聞いた。勝ち目は十分にあるだろうな。大魔王様が、本当に復活していればの話だが」

ゴーレム「我々の願い、必ずや成就させねば」

大魔王(何を勝手なことばっかり。私もその人間だし、なんで怪物たちのために戦わなきゃならないの。早く、お家に帰らなきゃ)

――大浴場――

大魔王「ここじゃない……」

大魔王「そもそもどこに行けば、あの人に会えるんだろう……」

大魔王「もう!!」

ゾンビ「おや。大魔王様もお風呂ですか?」

大魔王「ひぃぃぃ!?」

ゾンビ「何ですか。その気持ち悪いものを見たような反応は」

大魔王「だ、だって……あの……おなかが……」

ゾンビ「え? おぉ、これは失敬。また臓物がはみ出ていましたなぁ。直しておきます」グチュグチュ

大魔王「おぉぉ……」

ゾンビ「これでよしっと。大魔王様も一緒にお風呂、どうです?」

大魔王「け、けっこうです!!」ダダダッ

ゾンビ「あれぇ。どうしたんだ?」

ガイコツ「はやくこいよー」

ゾンビ「おぅ。わるいなぁ」

――中庭――

大魔王「もうやだ……しにたい……」

魔導士「大魔王様?」

大魔王「あ!? さ、探していたんです!!」

魔導士「私をですか。光栄の極みです」

大魔王「あの!!」

魔導士「はい?」

大魔王「……やっぱり、お家に帰りたいんです」

魔導士「ですから、ここが大魔王様の……」

大魔王「私は、大魔王じゃないんです」

魔導士「は?」

大魔王「私は……ただの……ニンゲンです……」

魔導士「に、んげん?」

大魔王「はい。私がどういう場所で、どういうことをしていたのか、今から説明したいと思います」

魔導士「なにを……あなたは……大魔王様のはず……」

大魔王「――以上です」

魔導士「知らない単語ばかりで、正直、混乱しているのですが」

大魔王「嘘ではありません。私は人間だけが住む世界でアイドルをしていて、18と偽って、人気を保っていました」

魔導士「生きてきた年月を偽ることで大衆の支持を得られるのですか」

大魔王「若い方がいいんです」

魔導士「魔族は生きてきた年月が長いほど、感心を持たれますが……」

大魔王「それは価値観の違いだと思います」

魔導士「そうですか……」

大魔王「私はここにいる意味がないんです。何の力もないですから」

魔導士「しかし……」

大魔王「おねがいしますぅ」ギュゥゥ

魔導士「うぉ!?」

大魔王「おうちにかえしてくだぁぁい……」

魔導士「うぅむ……」

魔導士(大魔王様の復活は失敗している。このままこの者を残しておいても、意味がないどころか、内紛すら勃発し兼ねないか……)

魔導士「分かりました。今から用意しますので、しばし待っていてください」

大魔王「帰れるんですか!?」

魔導士「それしかないでしょう」

大魔王「わーいっ! ありがとうございます!!」

魔導士(大魔王様が人間だと分かれば、竜族やゴーレム族が暴れ出すかもしれないしな)

大魔王(優しい人でよかったぁ)

魔導士「帰還の儀式は夜に行いましょう。他の者の目に触れては問題になりますので」

大魔王「わかりました」

魔導士「それまでは部屋にいてください。誰が来ても応対はしないように」

大魔王「もっちろんです!」

魔導士「では、また夜に」

大魔王「はいっ」

魔導士(参った……。この先、どうしたら……)

大魔王「……あの、部屋まで案内してもらえませんか?」

魔導士「あぁ……了解です……」

――大広間――

魔獣少女「結局、今日一日大魔王様は部屋から出てないみたいですね」

ゾンビ「一度、風呂まできてるのはみたぞ」

魔獣少女「そうなんですか?」

ドラゴン「何をしているのだ。決意表明をするのではなかったか」

魔導士「まだ体調が悪いそうだ」

ドラゴン「ちぃ……。治癒ぐらいできるだろう」

魔導士「生憎とその手の魔法は不得意だ」

魔獣少女「私が悪いところをペロペロしたら治ったりしないでしょうか?」

魔導士「怪我をしているわけじゃないからな」

オーク「ぶひっ。俺様もペロペロされたいぶぅ」

ゾンビ「その心が綺麗になるわけじゃないからなぁ」

ガイコツ「顔も直らねえよ」

オーク「オーク族をバカにするとおこるぶぅ!!」

魔導士(大魔王様が消えたとなればどうなるか。どこまで誤魔化せるかが問題だな)

――深夜 中庭――

魔導士「これでいいはずだが……」

大魔王「あのー」

魔導士「来られましたか」

大魔王「ええと……帰ることができるんですよね……」

魔導士「はい。この古文書の通りに術式を用意したので、問題はないはずです」

魔導士「ただ……」

大魔王「ただ、なんですか」

魔導士「今から行う魔法は、『賢者』が大魔王様を封印する際に行ったとされるもの。つまり、封印の義」

大魔王「ふ、封印って……」

魔導士「転移させる魔法ではないため、貴方がいた世界に戻ることができるとは約束できません」

大魔王「そ、そんなのって!!」

魔導士「申し訳ありませんが、この日、この場での帰還を望まれるのであれば、そこは了承していただきたい」

大魔王「もし、帰れなかったら?」

魔導士「私にも分かりかねます。知らない世界へ行くのか、それとも何もない空間に閉じ込められてしまうのか」

大魔王「問題ないって、言ったじゃないですか!!」

魔導士「術式に関しては問題ありません。問題なく、魔法は起動することでしょう」

魔導士「その後のことは保障できない、というだけです」

大魔王「うっ……」

魔導士「どうされますか?」

大魔王「どうされますかなんて言われても……」

魔導士「提案なのですが、貴方が無事に元の世界に戻ることができる方法を確立できるまでの間、大魔王として魔族を率いてはもらえないでしょうか」

大魔王「はぁ!?」

魔導士「手違いで貴方をここへ呼んでしまったことは、申し訳なく思います。故に無事に帰還してもらいたい」

大魔王「私は人間ですよ? 貴方達が敵視している」

魔導士「人間ではありますが、この世界の住人ではありません。謂わば、異世界人。敵意など持ち合わせておりません」

大魔王「けど……私は……」

魔導士「無論、貴方はずっと隠れ、私が帰還の方法を探す。という手段もありますが、大魔王様が不在のままでは、私も立場上自由に動けなくなります」

魔導士「貴方が表に立ってくれているほうが、はるかに探しやすくなりますし、探す時間も豊富に得られる。どうでしょうか」

大魔王「普通の人間ですよ? いきなり大魔王なんて言われたって……」

魔導士「全力で助力いたします」

大魔王「でもぉ」

魔導士「やはり、ここで戻られますか」

大魔王「絶対に戻れるわけじゃないんですよね……」

魔導士「残念ですが」

大魔王「……」

魔導士「……」

大魔王「約束、していただけますか。私、まだやり残したことがたくさんあるんですっ。だから、絶対に元の世界に戻すって約束してください」

魔導士「勿論です。お約束します」

大魔王「それじゃあ……帰還の方法がわかるまでの間だけなら……」

魔導士「感謝いたします。今宵、大魔王様は完全復活を遂げたことになりました」

大魔王「で、どうしたらいいんですか?」

魔導士「まずは改めて皆の前に出て、挨拶をしていただきたく思います」

大魔王「挨拶、ですか」

魔導士「大魔王様のために誂えた衣装も用意しております。どうぞ、こちらへ」

――謁見の間――

魔獣少女「大魔王様が挨拶してくれみたいですね」

ゴレーム「待ちわびたぞ」

ドラゴン「遂に目覚められたか」

オーク「ぶひぃ。楽しみだぶぅ」

ガイコツ「これで人間たちに対抗できるな」

ゾンビ「強い魔族が戻ってくるんだな」

魔導士「鎮まれ。これより、大魔王様から激励の言葉を頂戴する。大魔王様、どうぞ」

大魔王「……」ヨロヨロ

大魔王(衣装、めちゃくちゃ重いし……歩きにくいぃ……)

魔獣少女「キャー!! だいまおーさまー!!」

ドラゴン「ガオー!!!」

ゴーレム「オオォォォォ!!!!」

オーク「ぶっひぃぃぃぃ!!!」

大魔王「ひぃ!?」ビクッ

魔導士「静粛に!!」バンッ

ゾンビ「ひっ」ビクッ

大魔王「あー……えーとですねー……そのぉ……」

大魔王(皆を扇動するような挨拶をって言われたけど……。どうしたらいいんだろう……ファンのみんなにやってたようなやり方しか知らないし……)

魔獣少女「やっぱりカリスマありますねぇ。オーラを感じますっ」

ドラゴン「全くだ。我らの長としの威厳が滲み出ている」

ゴーレム「大魔王様。この日を、どれだけ待ったことか」

大魔王「ご挨拶が遅れて、ごめんなさい。私が、復活した大魔王ですっ」

大魔王「みんなー! 人間が憎いかー!!」

「「オォォォォォ!!!」」

大魔王「人間が許せないかー!!」

「「オォォォォ!!!」」

大魔王「人間をやっつけたいかー!!」

「「オォォォォ!!!」

大魔王「よーし!! いい度胸だー!! みんなー!! 私につづけー!!」

>>28
訂正

ゴレーム「待ちわびたぞ」→ゴーレム「待ちわびたぞ」

「「ウオォォォォォ!!!!!」」

ドラゴン「どこまでもついていくぞー!!! がおーん!!!」

ゴーレム「オォォォォ!!! オォォォォォ!!!!」

魔獣少女「大魔王様ー!! ステキー!!!」

オーク「ぶひぃぃ!!! 俺様もがんばるぶぅ!!!」

ガイコツ「カタカタカタカタカタカタカ!!!!」

ゾンビ「うっひょぉー!! テンションあがってきたー!!!」

グリフォン「コケコッコー!!!」

大魔王「おぉぉ……」

大魔王(すごい熱狂っぷり……。私のファンの人たちでもここまでじゃなったなぁ……)

大魔王「いいよー! みんなー! やる気、十分だねー!! みんなのそういうところだーいすきっ!」キラッ

「「オォォォォォォォォ!!!!!!」」

ドラゴン「大魔王様に好きだって言われたぞ!! ガオー!!!」

ゴーレム「ぬぅ……! 大魔王様は心を掌握する術をよくわかっている……」モジモジ

魔獣少女「私もだーいすきでーす!!」

魔導士「大魔王様、そろそろ」

大魔王「あ、はい。それじゃあ、みんなー。私はこれから人間たちと戦うための準備に入るから、またねー! バイバーイ!!」

ドラゴン「ガオー!!!」

ゴーレム「オォォォォ!!!」

魔獣少女「はーい!!」

魔導士「お疲れ様でした。中々良い演説であったと思います」

大魔王「ああいう風にしかできないので……。大魔王らしかったですか?」

魔導士「さぁ。何分、大魔王様を知っている魔族は生き残っておりませんから」

大魔王「そうなんですか……」

魔導士「会議室に移動しましょう。これからの指針を決めなくてはなりませんから」

大魔王「はいっ。よろしくお願いします」

魔導士「こちらこそ」

魔導士(不安はあったが、『あいどる』という種族は大衆を上手く操る能力があるようだな。それを上手く利用できれば……あるいは……)

大魔王(すっごいドキドキしたけど、ステージの上で歌って踊るのとあんまり変わらない気もするなぁ)

大魔王(これぐらいでいいなら、やっていけそうだけど……)

オーク「大魔王様、人間寄りの姿だけど、可愛いぶぅ」

ガイコツ「もう少し肉がないほうが好みなんだがなぁ」

ゾンビ「俺はもう少し、肉に痛みが出ている方が好きだな」

ドラゴン「それにしても大魔王様は噂通り、恐ろしいな」

グリフォン「コケケ?」

ドラゴン「魔力を全く感じなかっただろうが」

ゴーレム「そういえば……」

魔獣少女「魔力がないんですかね」

ドラゴン「違うな。前にもいったが、大魔王様の放つ魔力は毒にもなる。下級の魔物がその魔力に中てられて死ぬこともある」

オーク「つまり、大魔王様はその魔力を極限まで抑えてくれているってことかぶぅ」

ドラゴン「それ以外になにがある。あれだけ抑え込まれている魔力……。正体を現したときに漏れ出す量は星すらも飲み込みかねないな」

ゴーレム「底が知れぬ、か」

ドラゴン「大魔王様が本気になるところを拝められないかもしれないな。本気になれば、大魔王様以外は死滅するかもしれないのだから」

魔獣少女「すごすぎるぅ」

ゾンビ「大魔王様が本気になるときは、きっと魔族が絶滅するときってことか。そうならないために俺たちもがんばらないとな」

――会議室――

魔導士「ここです」

大魔王「広い……。私の知ってる会議室って、長テーブルが二つ並んでるだけの部屋なんだけど……」

魔導士「魔族が衰退する前は数多くの幹部がおり、各種族の長だけで100名はいました。かつての大魔王様は幹部と長をこの部屋に呼び、日々領地を広めるために会議をしていたと聞いています」

大魔王「真面目な人だったんですね」

魔導士「部下の意見もしっかり耳にいれる方ではあったようですね」

大魔王「部下がついてくるわけですね」

魔導士「そして、今は貴方がそうならなくてはならない」

大魔王「期間限定ですよね?」

魔導士「短期間といえど、不信感を抱かせてはなりません。内紛が勃発すれば、最悪貴方が殺されてしまうこともあります」

大魔王「うぅ……」

魔導士「そうならないように、私も務めますが」

大魔王「よろしくお願いします」

魔導士「大魔王様をお守りすることが私の役目です。ご安心を」

大魔王「はぁ……。それで、これからのことを話すって、具体的には何をしていくんですか……?」

魔導士「魔族と人間が長きに渡り、争っていることは説明したはずです」

大魔王「やっぱり人間と戦うってことですか」

魔導士「無論です。魔族の復古、領地の奪還は我らの悲願なのです」

大魔王(戦争……ってことだよね……。いきなり言われても現実感ないんだけど……)

大魔王「私も、戦わないとダメ、なんでしょうか」

魔導士「いいえ。貴方がお城にいてくれて構いません。戦場に出るのは私たちで十分ですから」

大魔王「いいんですか?」

魔導士「何の力もない貴方が戦場に出ていけば、殺されますよ」

大魔王「で、ですよねー」

魔導士「殺されるのならまだしも、貴方が生け捕りにされてしまうこともありえますから」

大魔王「い、いけどりって……」

魔導士「想像を絶する拷問を受けることになるでしょう」


大魔王『やめて!! もうゆるして!! いやぁー!!』

『げへへ。こっちは嫌がってねえみたいだけどなぁ』


大魔王「それだけは嫌ぁ!! 私、そんなの耐えられない!!」

魔導士「ですから、ここに留まっていてください」

大魔王「そうしますぅ」

魔導士「手足を?がれて口を割らないほど、貴方は強くないでしょうし」

大魔王「え? 拷問ってそっち系なんですか?」

魔導士「それでは、本題に入りましょう。まず、この地図を見て頂きたい」

大魔王「はい。世界地図ですか、これ」

魔導士「ええ」

大魔王(私の知ってる世界地図とは全然違うなぁ)

魔導士「この城がある場所は、ここになります」カキカキ

大魔王「周りには何もないんですか」

魔導士「広大な森林が広がっており、人間もここまではそう簡単に辿り着けません。結界も張っていますし。とはいえ、人間たちはこの辺りまで領土を広めています」カキカキ

大魔王「森林のすぐ外側ですか」

魔導士「はい。なので、必然的に最初に攻め落とすことになる人間たちの領地も決まります」

大魔王「森の周囲にある街とかですか?」

魔導士「ええ。幸い、森林の周囲に街と呼べるだけの集落はありません。十数人ほどの人間が集まり生活しているだけの村があるだけです。攻め落とすだけなら簡単でしょう」

大魔王「どうして今まで攻めなかったんですか?」

魔導士「この城に駐在している魔族が少数ということもありますが、大きな問題は人間たちの報復に耐えるだけの兵力がないことです」

魔導士「反撃に対する準備なくして戦はできません」

大魔王「だったら、すぐには攻められないんじゃあ……」

魔導士「大魔王様が復活した今、魔族たちの士気は頂点に達しているといってもいいでしょう。また復活に伴い各地に散っていた魔族たちの結束も固まりつつあります」

魔導士「大規模な戦はまだ無理ですが、それでも大魔王の復活を人間に知らせる意味はあります」

大魔王「意味、ですか」

魔導士「人間共とて、大魔王の存在を無視することはできません。容易には手を出してこれないでしょう」

魔導士「大魔王との戦闘を想定し、時間をかけて兵力をかき集めるはず。我々はその間に、領地を広め、魔族の行動範囲を拡大させます」

魔導士「領地さえ確保できれば、魔法による罠も仕掛けられます。戦術の選択肢が増えるのです」

大魔王「そうなんですか。よくわかんないですけど」

魔導士「では、その旨を皆に伝えてもらえますか」

大魔王「はい?」

魔導士「人間共の集落を潰す、と」

大魔王「あー……。素朴な質問、なんですけども……その村に住んでいる人間たちは、生け捕りにするんですか?」

魔導士「数名ならば人質として役に立ちそうではありますが、過半数の人間には死んでもらいます」

大魔王「えぇ……」

魔導士「人間たちが我々にしてきたことを考えれば、妥当でしょう。奴らは……我々魔族に……」

大魔王「えっと……別に殺すことはないんじゃないかって……」

魔導士「異世界の住人である貴方には分からないかもしれませんが、我々には人間を殺すだけの恨みも理由もあります」

大魔王(目が怖いよぉ)

魔導士「いくら貴方が大魔王様とはいえ、殺すなという命令には従えません」

大魔王「……」

魔導士「人間共は、確実に葬ります。見せしめにもなりますし」

大魔王「あのー」

魔導士「くどいですよ」

大魔王「みんなに命令しちゃっても、いいですか?」

魔導士「は?」

大魔王「人間を殺すのは禁止ーって」

魔導士「な……!? そんなことをしたら、暴動が起きます!!! やめてください!!」

大魔王「だってぇ……」

魔導士「これは戦争なのです!! 我々魔族がどれだけ辛酸を舐めさせられたか……!! ここでその恨みが少しでも晴らすのです!!」

大魔王「けど、ほら、人間って割と丈夫だし、生かして魔族のために働かせるほうが、いいかなーなんて……」

魔導士「舐めている!!!」バンッ

大魔王「ひぃ!?」

魔導士「大魔王様が封印されてからというもの、魔族は理不尽に狩られ、不必要に虐殺されてきたのです」

魔導士「そんな人間たちのために労働の場を用意するなど、考えられない!!」

大魔王「あのぉ、大魔王がいた時代はぁ、魔族が同じことしてたとか……?」

魔導士「……」

大魔王「あ、やっぱり、してたんですか? だったら、お互いさまってことで……」

魔導士「そう簡単に割り切れるものではありません!!」

大魔王「うぇ……」

魔導士「ともかく、人間共を生かそうなどと考えないでください」

大魔王「一応、みんなの意見もきいたほうがいいと思うんですけど」

魔導士「結果は分かりきっています。おやめください」

――謁見の間――

オーク「いきなり集められたけど、なんだぶぅ」

ガイコツ「早速、戦争するんじゃねえの?」

ゾンビ「腕がなるぜぇ」

魔獣少女「その腕、落ちてますよ」

ゾンビ「おっと、いけねえ」

ドラゴン「このタイミングで招集か。戦で間違いないな」

ゴーレム「ああ……。楽しみだ……」

魔導士「大魔王様がお見えになる。静粛に」

大魔王「ふぅ……ふぅ……」ヨロヨロ

大魔王(この正装、やめてほしい……)

ドラゴン「大魔王様、何用でしょうか」

大魔王「えっとですね。重大発表があります」

魔獣少女「なんだろー」

大魔王「――明日、私たちは人間たちが住んでいる場所を奪いにいこうとおもいますっ」キラッ

「「オォォォォ!!!!」」

魔獣少女「やったぁー!!」

ドラゴン「待ってたぜ!! このときを!! ガオー!!!」

ゴーレム「にんげん……!! この手で頭をトマトのように握りつぶしてやるぅ……!!」

オーク「ぶひぃぃぃぃ!!!」

グリフォン「コケケケケ!!!!」

大魔王「でも、一つだけ、私と約束してほしいことがあるのっ」

ガイコツ「なんだなんだ?」

大魔王「人間を一人も殺さないようにしてねー!!」

「「……」」

大魔王「イエイっ☆」

「「……」」

大魔王「……」

大魔王(あれ……あれ……? 空気がおかしい……)

魔導士(だからやめてほしいと言ったんだ……。下手をしたら反大魔王派閥すら発足しかねないぞ)

ドラゴン「大魔王様……。それはどういった理由で?」

大魔王「え?」

ゴーレム「魔族を数千年も虐げ、住む場所さえも奪ってきた人間を何故殺してはいけないのか」

オーク「わけがわかんないぶぅ」

魔獣少女「えぇー? 殺しちゃダメなんですかぁ」

大魔王「ほら、そんなやられたらやり返す、みたいなのは延々と繰り返しちゃいますし」

ガイコツ「しかし、今はもう大魔王様がいるじゃあないですか」

ゾンビ「そうだそうだ。大魔王様がいれば人間たちがやり返してきても平気じゃないか」

ドラゴン「奴らの反撃など恐れる必要すらない」

ゴーレム「大魔王様!! 人間たちは死んで当然だ!! 大魔王様だって封印され、悔しい思いをしてきたはず!!」

「んだぁ。大魔王様ぁ、やっちゃいましょうよぉ」

「ニンゲンなんて殺してしまえー!!」

「ニンゲン死すべき、慈悲はない」

大魔王「えぇと……あのぉ……」オロオロ

魔導士(そろそろ私が割って入るべきか。このまま組織が瓦解するのは望ましくない)

大魔王(このままじゃあ……本当に殺し合いになっちゃう……そんなことになったら……私が悪の大ボスってことになるし……)

大魔王(何とか、説得しないと……)

大魔王「みんなー!! おちついてー!! 人間を殺しちゃ駄目な理由はちゃーんとあるのー!!」

ドラゴン「聞かせてほしい」

大魔王「そもそもみんなは人間なんかよりずーっと強いと思うの。人間なんてちっぽけな力しかもってないもん」

ゴーレム「しかし、その貴方が数という人間最大の武器に敗れ、封印されてしまった」

大魔王「そうだけど、人間数人相手ならドラゴンさんががおーっていうだけで勝っちゃうはずです。たぶんっ」

ドラゴン「ふんっ。ま、まぁ……そうだなぁ……ふふっ……」モジモジ

魔獣少女「嬉しそうですねね、ドラゴンさんっ」

ドラゴン「う、うれしくない!! 当たり前のことを言われただけだからなっ!」

大魔王「つまり領土を奪い返すためだけなら、みんなが怖い顔で脅しちゃえばいいわけですし、人間たちを本気にさせる必要はないと思うんだー」

オーク「そうかぶぅ?」

大魔王「あと、憎き人間は殺さずに私たちの奴隷としてこき使ってやる方がいいと思うよ? 殺せばそこで終わりだけど、奴隷にしちゃえば何年も苦しみを味わうことになるんだしね」

魔導士(働かせるとは、奴隷としてだったのか……!!)

大魔王(即興で考えた言い訳にしては説得力あるかなぁ……)

ガイコツ「おぉ……。大魔王様……さすがだなぁ……」

ゴーレム「確かに。頭を握り潰すのは一瞬で終わる。奴らにその苦痛があるかもわからんか」

ドラゴン「うーむ……。そういう理由ならば、構わないか」

大魔王「ふぅ……」

魔導士「大魔王様」

大魔王「はい!?」

魔導士「奴隷として働かせるつもりだったのですか」

大魔王「は、はい。魔族のために生きてもらう、つまりは奴隷ですよ」

魔導士「申し訳ありません。人間を労働力として生かすという点しか見えていませんでした。奴隷としてならば、ありとあらゆる苦しみを与えることができますね」

魔獣少女「きゃー!! 大魔王様、こわーい!! すてきーっ!!」

ゾンビ「ひゅー。魔族の鑑だぜぇ」

「ニンゲンに体洗ってもらおうかなぁ」

「ニンゲンにご飯つくってもらおう」

「ニンゲンって手足千切ったらどんな風に鳴くか興味ない?」

大魔王(なんとか殺さない方向にもっていけそう)

魔導士「聞いての通りだ!! これより我が軍は人間の集落に攻め入り、そして奪われたかつての領地を取り戻す!!」

「「オォォォォ!!!」」

魔導士「そこに住む人間は生け捕りにしろ!! 抵抗するものは殺しても構わない!!」

「「オォォォォォ!!!」」

大魔王「殺しちゃ、ダメ!」

「「オォォォォ!!!」

魔導士「失礼しました。抵抗されてもなんとか生け捕りにしろ」

ドラゴン「勢い余って殺してしまう場合もあるかもしれんが、それは事故ってことでいいか?」

魔導士「許可する」

大魔王「ダメですってばぁ!!」

ドラゴン「しかし、この鋭い爪と鋭い牙を見てくれ。人間なんて容易く引き裂いてしまうぞ」ギラッ

大魔王「すっごい強そー! かっこいい!」

ドラゴン「だろう? ふふん」

大魔王「でも、殺しちゃダメ」

ドラゴン「むぅ……」

ゴーレム「俺は卵を握ろうとすると絶対に割るぐらいには握力を調整できない」

魔獣少女「私も人間に誘拐されそうになったときに思い切り蹴ったら、人間はすごい勢いで吹っ飛んでいったからなぁ。抵抗されたら殺しちゃうかも」

ゾンビ「俺レベルになると、遭遇しただけで人間は嘔吐するからな」

ガイコツ「臭いからじゃねえの?」

オーク「俺様も人間のメスに吐かれたことあるぶぅ」

ガイコツ「醜いからじゃねえの?」

グリフォン「コケー!! コケコケー!!!」

魔導士「ふむ。卵が奪われそうになったら殺しても仕方ないな」

グリフォン「コケッ」

大魔王(だ、ダメだ……。これは絶対に殺しちゃうやつだ……。今、私の立場は大魔王だからこのままいけば――)


『人間を虐殺した大魔王を許すなー!!!』

『大魔王でてこーい!!』

『捕まえたら全裸にして晒してやるぞー!!』


大魔王(どうしよう……。元の世界に戻るまではなんとか穏便に済ませたい……)

大魔王「……そうだっ」

大魔王「よーし!! みんなのやる気はじゅーぶんに伝わったよー!! うんうん! 大魔王様もうれしいなー」

大魔王「ここは、私も一肌脱いじゃおっかなー」

魔獣少女「脱ぐの!?」

ドラゴン「魔王様が第二形態になられるぞー!!! ガオー!!!」

ゾンビ「ありがたや……ありがたや……」

ガイコツ「骨だけになったらサイコーだな」

大魔王「私も一緒に戦うぞー!! おーっ☆」

「「……」」

大魔王「……。私も、たたかうぞー!」

「「ウオッォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」」

ドラゴン「ガオォォォォォン!!!!」

ゴーレム「オォォォォォォ!!!!」

魔獣少女「だいまおー! だいまおー!!」

魔導士「な……!?」

オーク「伝説の大魔王様と一緒に戦えるのかぶぅ!? マジでぶぅ!?」

ゾンビ「良い時代に生まれたわ。俺、ゾンビだけど」

ガイコツ「もう死んでもいいわ。俺、ガイコツだけど」

魔導士「大魔王様!! 何を言っているのですか!!」

大魔王「魔王だし、やっぱり皆に直接指示出したいんですけど」

魔導士「貴方は城にいてくれて結構です。指示なら私が出しますから」

大魔王「でも、みんなも喜んでるみたいですし……」

ドラゴン「ガオー!!! ガオォォォォォォ!!!!」

ゴーレム「ウオォォォォォ!!!!」

魔獣少女「だいまおーさまー!! いっしょうついていきまーす!!!」

魔導士「確かに、大魔王様自らが戦場に赴くことで高い士気を維持できますが、そこまでする必要のない戦です。危険を冒してまで貴方が外に出なくてもよいかと」

大魔王「そこまでの危険がないなら、別に一緒に行ってもいいと思うんですけど……だめですか……」

魔導士「うぅむ……」

魔導士(今後のことを考えれば、ここで絶大な支持を得ていたほうが行動しやすくはなるが……)

大魔王(私が見張ってれば誰も殺さずにすむし、人間を生け捕りにしなくても済むかも。誰も傷つけないで村から追い出せればいいんだけどなぁ……。追い出すのも悪いことだけど……)

ドラゴン「早速行きますか、大魔王様!!」

大魔王「そうですね。いっちゃおーっ☆」

魔獣少女「おー!」

ゴーレム「今日が魔族復活の第一歩となる日……!!」

オーク「準備万端だぶぅ」

ゾンビ「いつでもいけるぜぇ!」

ガイコツ「野郎ども!! 大魔王様につづけー!!」

「「オォォォォ!!!」

魔導士「ええい、お前たち冷静になれ。無闇に動き回れば失敗するかもしれないぞ」

大魔王「みんなー! ちゃんと並んでねー。整列ー」

「「オォォォ!!」」

大魔王「大きい体の子は後ろねー」

ドラゴン「俺、後ろだな」

ゴーレム「俺もか」

魔獣少女「私は一番前でいいですかー」

――森林地帯――

ワイワイ……ガヤガヤ……

「ニンゲンをどうやって生け捕りにしてやろうか」

「オレは自慢の触手で捕えてやるぜぇ」

「手足を?げば動けなくなるはず」

ドラゴン「お前ら、静かに行軍しろ」

ゴーレム「人間に感づかれたら逃げられてしまうぞ」

オーク「ぶひっ。俺様専属の奴隷ができるぶひひひひ」

ゾンビ「ご飯はいつだ?」

ガイコツ「どうせ腹からでてくるから食うなよ」

魔獣少女「大魔王様っ。一緒に人間共を捕まえましょうねー」

大魔王「う、うん。そうだね」

魔獣少女「えへへ。うれしいなぁ、大魔王様の後ろを歩けるなんてー」

魔導士「ピクニックじゃないんだぞ。気を引き締めろ」

大魔王(村についたら一斉にとびかかりそうな勢い……上手く指示しないと……)

>>53
訂正

「手足を?げば動けなくなるはず」→「手足をもげば動けなくなるはず」

魔導士「そろそろ森を抜けることになります」

大魔王「すぐそばに村はあるんですか?」

魔導士「ええ」

ドラゴン「ククク……。いくか」

ゴーレム「人間たちの悲鳴が聞こえてくるようだ」

魔獣少女「つかまえるぞー! 5匹はつかまえるぞー!!」

大魔王「ストップ!! みんなはここにいて」

ドラゴン「なに?」

大魔王「私が外の様子を見てくるから」

魔導士「危険です、大魔王様」

大魔王「私が大魔王だって、誰も気づかないと思うし、平気です」

魔導士「万が一ということがありますから」

大魔王「それじゃあ、貴方がついてきてくれますか? 貴方も、人間寄りの姿だしすぐにはバレないと思うんですが」

魔導士「ええ、まぁ……私が魔族であることを一目で看破できる人間は少ないでしょうが……」

大魔王「だったら、護衛お願いします。まずは偵察にいかないと、何があるかわかりませんから」

ゾンビ「大魔王様自ら先陣切るとか猛将すぎるだろ」

ガイコツ「ほんと部下想いの長だなぁ」

ドラゴン「……」

大魔王(先に村の様子をみて、住んでる人が全員上手く逃げられそうな場所から襲い掛からないと……うまくいくかはわからないけど……)

魔導士「大魔王様は私の後ろに」

大魔王「はいっ」

魔導士「しかし、驚きました。異世界の住人である貴方がこうも積極的に行動するとは」

大魔王「あはは……」

大魔王(だって、放っておくとみんな人間を殺しちゃいそうだし)

魔導士「もしかしたら……」

大魔王「はい?」

魔導士「いえ、それはないですね」

大魔王「何の話ですか?」

魔導士「もしかしたら貴方が本物の大魔王様ではないかと思って」

大魔王「ないですないです! わたしはただの地下アイドルですから!」

――村 周辺――

「そろそろ休憩にしないかー」

「おーそんな時間かー」


魔導士「あれが最初に落ちる集落ですね。村にいる人間は十数名ほどです」

大魔王(ゲームとかでよくみる村そのものって感じ……。現実感ないなぁ……)

魔導士「兵を動かしますか」

大魔王「ええと、ちょっと待ってください」

魔導士「はぁ……」

大魔王(うーん……。柵とか塀があるわけじゃないから、どこから襲っても村の人たちは自由に逃げられそうだけど……)

大魔王(こっちの走るスピードが勝ってたら、追いついちゃうよね……これ……)

魔導士「何か気になることでも? 我々の脅威になるものはなさそうですが」

大魔王「まぁ、そうなんですけどね。小さな農村ってだけですし」

魔導士「確かに狭すぎて大魔王が復活してすぐに攻め落とす場所としては相応しくないかもしれませんが、人間たちにとっては良い宣伝になるでしょう」

大魔王「宣伝……。なるほど。ちょっと考えがあるんですけど」

魔導士「なんでしょうか」

村娘「お水持ってきましたよ」

村人「お、ありがとう」

農夫「いつも悪いなぁ」

村娘「いえいえ、この村で生活できるのも皆さんのおかげですから」

村人「くぅー。できた娘だ。どうだ、うちの倅の嫁になんねえか」

村娘「あ、そんな……まだ早いですよぉ……」

農夫「照れちゃってかわいいねぇ」

村人「純朴なままに育ってほしいなぁ」

農夫「全くだぜ」

村娘「や、やめてくださいよぉ」

村人「はぁー。平和だねぇ」

村娘「良い天気ですよねぇ」

「――やっほー!!! みんなー!! ちゅーもーくっ!!!」

村娘「えっ?」

大魔王「突然だけど、お邪魔しちゃってまーす!! 私、だいまおー!! よろしくにゃんっ☆」キラッ

村人「な、なんだ、おめえ」

農夫「いきなりなんだよ」

村娘「だい、まおー?」

大魔王「今日は、ゲリラ的な感じで登場してみたよー!! イエーイ!!」

ザワザワ……ザワザワ……

「なんだありゃあ」

「変態?」

「キチゲェか?」

大魔王(ゲリラライブではいつもこんな感じでやってたけど、やっぱりちょっと違うなぁ……。まあ、いいや)

大魔王「今日、いきなり登場しちゃった理由なんだけどぉー……。わかるひとー☆」

「「……」」

大魔王「んー、だーれもわかんないのぉー? だいまおー、ちょっと寂しいなぁ」

村娘「あ、あのぉ……だいまおー……って……」

大魔王「それじゃあ、みんなー!! あっちをみてー!! みぎむけー、みぎっ!」

村娘「右……?」

ドラゴン「ガオー!!!!」


村娘「ひっ……!?」

村人「な、なな……!?」

農夫「も、森になんかいるぞ!!」

大魔王「おっきいトカゲさんの顔がみえるでしょー? 近くにいるように見えるけど、実際は結構遠くにいるんだよー? どれぐらいの大きさかわかるよねー」

村人「あ、ありゃあ、ど、どらごんじゃねえか……?」

「ドラゴンって……!?」

農夫「にげろ……」

村人「にげろー!!! 魔物だー!! 魔物がでたぞー!!!」

「うわぁぁぁ!!!」

「あいつら森から出ないんじゃなかったのよぉぉ!!」

村娘「あ……あぁ……」

大魔王(よし……。もう少し時間を稼いで、村人全員が逃げ終わるぐらいに合図を出せば……)

大魔王「あー! ちょっとー!! どこいくのー!! イベントはこれからだよー!! ぷんぷんっ!!」

魔導士「大魔王様」

大魔王「どうかしました?」

魔導士「人間共が皆、逃走を始めています。早急に兵を呼びましょう。捕えられる人間を逃しています」

大魔王「あー、うー」

大魔王(もうちょっとぐらい粘らないと……)

大魔王「別にこんなちっぽけな村の人間なんて奴隷には向いてないかもしれないですし、逃しちゃってもいいんじゃないですか」

魔導士「奴隷に向き不向きはないでしょう。要は、使えればいいのです」

大魔王(こわっ……)

魔導士「よろしいですか」

大魔王「はい?」

魔導士「魔王の軍勢を呼び、この村を制圧いたしましょう」

大魔王「制圧は殆どできてると思うんですけど」

魔導士「これでは足りません。同朋も満足しないでしょう」

大魔王「そういうものなんですか?」

魔導士「そういうものです。理解していただきたい」

大魔王(まあ、あれだけ遠くに逃げてくれていれば大丈夫かな。ドラゴンさんは追わせないようにしないと)

魔導士「皆の者!!! 我々の領土を取り戻すときがきたぞ!!!」

「「オォォォォォォォ!!!!!」」

オーク「ぶひぃぃいぃぃ!!!」

グリフォン「コケー!!! コッコッコッコッコ!!!」

魔獣少女「いやっほー!! 人間たち、かくごー!!」

ガイコツ「骨も残らねえとおもえー!!」

ゾンビ「骨に言われたくないだろー?」

ゴーレム「オォォォォォォォォ!!!!!」

ドラゴン「ガオー!! 焼き払ってくれるわー!!!」

大魔王「ドラゴンさん」

ドラゴン「なんだ?」

大魔王「あなたは私の傍にいてください」

ドラゴン「……となりにいてもいいのか?」

大魔王「勿論です」

ドラゴン「がおー」スリスリ

大魔王「よしよし」

大魔王(ドラゴンさんの皮膚、ゴツゴツしてるぅ)

魔導士(竜族を意図もたやすく手懐けるとは……。普通の人間ではないのかもしれない)

魔獣少女「あれー? 人間、あんまりいないですよー」

ガイコツ「全員、逃げ出したのか」

ゾンビ「なんだとぉ」

ゴーレム「どういうことだ……」

大魔王「私がいきなり出てきたからびっくりして逃げちゃったみたい」

魔獣少女「確かに大魔王様が出て来たら卒倒するもんね」

オーク「ぶひぃ……奴隷、ほしかったぶぅ……」

大魔王「まぁまぁ。次、村を襲うときに捕まえればいいじゃないですか」

オーク「それもそうだぶぅ! 次、がんばるぶぅ!」

大魔王(こんな感じでやっていけば、殺される人はいないかも。元の世界に戻るまではこうやって上手に――)

ドラゴン「大魔王様、あそこに人間が一人だけいるようだ」

大魔王「へ?」

村娘「あぁ……うぅ……」

大魔王「おぉ……」

大魔王(腰が抜けて動けなくなってるっぽいなぁ……どうしよう……)

魔導士「捕えろ」

ドラゴン「言われずとも!!」

ゴーレム「ニンゲン……!! ニンゲン……!! 恨み、晴らすとき!!」

オーク「ぶっひぃ!! メスだぶぅ! ぶひひひひっ!!」

ガイコツ「皮と骨だけならよかったんだがなぁ」

ゾンビ「俺みたいに腐ってみないかい?」

グリフォン「コケー!! コケコッコー!!」

魔獣少女「なにしちゃってもいいんですよね? とりあえず、私が蹴ればどこまで飛ぶのか見てみたいんですけど!」

「皮を剥ぐか」

「この触手で穴という穴を塞いでやろうかぁ」

村娘「あ……あぁ……」ガクガクッ

大魔王「まってー!!!」

魔導士「なに……?」

ドラゴン「何故、止める」

大魔王「ええと……その……」

大魔王(今の勢いだと、絶対にあの子が怪我するような気がする……)

大魔王「その子は私の奴隷にしますっ!」

魔導士「……」

魔獣少女「大魔王様のお世話なら、私がしますけど?」

ドラゴン「我もするぞ」

オーク「俺様もしたいぶひひ」

大魔王「奴隷とお世話係は別だから」

ゾンビ「そーなのか?」

ガイコツ「けど、まぁ、記念すべき最初の奴隷は大魔王様のものでいいんじゃねえか?」

ゴーレム「異論はないが……」

大魔王「それじゃ、けってーい! あの子は私の奴隷だからね!」

大魔王「さぁ、立って」

村娘「あ……ぅ……こ、ころさないで……く、ださい……」

大魔王「殺さないって」

村娘「あぁ……ぅ……あ……」

ドラゴン「立たぬか、人間」

ゴーレム「無理矢理立たせてもいいんだぞ」

村娘「あ……」フラッ

大魔王「あぁ、ちょっと! 大丈夫!?」

魔導士「気絶したようですね」

ドラゴン「軟弱な生き物め」

ゴーレム「群れていなくては何もできぬ矮小な種族よ」

ガイコツ「俺たちだって群れてるよなぁ?」

ゾンビ「あぁ、群れてる」

ゴーレム「やかましいぞ」

大魔王「と、とりあえず、この人間を城に持って帰りましょう」

魔導士「私が運びましょう」

大魔王「お願いします」

大魔王(これ、完全に誘拐だよね……隙をみて逃がしてあげないと……)

ゴーレム「大魔王様、この土地の守りはどうする」

大魔王「はい?」

ゴーレム「小さくも折角取り戻した我らの領土。留守にするわけにはいかないはず」

大魔王「あー、そうですねー」

魔導士「人間が様子を見に戻ってくることは間違いないでしょう。そのときのために数種族は残したほうが賢明かと」

大魔王「誰を残すのがいいと思います?」

魔導士「私が決めてもいいのですか?」

大魔王「はいっ」

魔導士「では、僭越ながら私が決めさせていただきます」

魔獣少女「わたしかなー」

オーク「ブヒヒヒ。俺様かもしれないぶぅー」

ドラゴン「ふむ……」

魔導士「――では、領土の守護を一任する」

ゴーレム「大役、見事果たしてみせよう」

ゾンビ「がんばるぞー」

ガイコツ「おぉー」

ゴーレム「大丈夫か……」

ゾンビ「いきなり不安になってんじゃねーよぉ」

ガイコツ「俺たちも中級魔族だからヘーキだって」

ゴーレム「……」

ドラゴン「鬱陶しそうだな」

大魔王「あれで大丈夫なんですか?」

魔導士「他種族間には相性がありますから、完全に手と手を取り合って、というのは難しいことかもしれません」

大魔王(ふぅん。怪物同士でもそういうのあるんだ……)

魔導士「しかし、現状では気が合う仲間だけを集めるほどの余裕はありません」

オーク「俺様がどうして守備隊じゃないんだぶぅ。おかしいぶぅ」

魔獣少女「まぁまぁ、領土が広がればそれだけチャンスはありますって」

――森林地帯――

村娘「すぅ……すぅ……」

魔導士「……」

大魔王「よく眠ってますね」

魔導士「ええ」

ドラゴン「大魔王様」

大魔王「はひぃ!?」

ドラゴン「何を驚いている」

大魔王「いえ、別に」

大魔王(急に後ろから大きな顔が出て来たら、びっくりするって)

ドラゴン「そのニンゲンには何をさせるつもりなんだ」

大魔王「ええと、奴隷扱いだからぁ」

魔獣少女「やっぱり、腕とか足の一本ぐらいは切り取っちゃうんですか?」

「目玉とかくり貫くのか」

「触手で上からも下からも責め倒すのか」

大魔王「そんなおそろ――」

魔導士「(大魔王という立場をお忘れなく)」

大魔王「え……」

魔導士「(人間寄りの発言をすれば、私でも擁護ができない事態に発展するかもしれません)」

大魔王「うぅ……」

魔獣少女「どうしたの、大魔王様?」

大魔王「も、もちろん! この人間にはそれはもう、みんながドン引きするぐらい、ひっどいことしちゃうつもりだよー!」

魔獣少女「えー!? どんなことですかー!?」

ドラゴン「興味あるな」

大魔王「ま、まずは、当然、その、辱める!」

オーク「ぶひぃ、興奮してきたぶぅ」

「はええな」

魔獣少女「どうやってですか?」

大魔王「まず、服を脱がします。それで縄で縛ります。それから放置します。あとは無視します」

ドラゴン「むぅ……? それは苦痛になるのか?」

大魔王「だって、ほら、女の子だし、裸にされて縛られてる時点で相当な苦痛だよー。もう殺された方がマシってぐらいに」

オーク「いかんいかん、俺様の棍棒がぶひってきたぶぅ」

「どこが棍棒だよ」

「その縫い針絶対出すなよ」

ドラゴン「ニンゲンはそうなのか」

大魔王「そうだよー。貴方もそう思うでしょ?」

魔獣少女「え?」

大魔王「他人の前で裸になれないでしょ?」

魔獣少女「大魔王様に命令されたら喜んでなるけどなぁ」

大魔王「うそでしょ……」

オーク「ぶひぃぃ!! 大魔王さまぁ、その命令してあげてほしいぶぅぅ!!」

大魔王「あのブタさんの前で裸になってもいいの?」

魔獣少女「それは……ちょっと……」

オーク「ぶひっ……」

魔導士「この人間の裸体を衆目に晒すというのであれば、十分に苦痛となるでしょうね。精神的に、ですが」

大魔王「うんうん。そうそう。脱ぐっていうのはプライドすらも剥ぎ取るからね。プライドを捨てた女はすぐ脱いじゃうけど」

ドラゴン「よくわからんな」

魔獣少女「ドラゴンさんはいつも裸だもんね」

ドラゴン「着衣の文化がない魔族に、裸体という概念はないからな」

オーク「大魔王様、つまり城に戻ったらそのニンゲンを脱がして観賞用の動物にしちゃうわけぶぅ?」

大魔王「え……」

オーク「ぶひひひひ。た、たのしみだぶぅ」ジュルリ

「触手を絡めてもいいのか?」

「腕ぐらいは突っ込んでもいいよな?」

大魔王「あー……えー……。私、専用の奴隷だから、私の部屋でやるつもりなんだー」

オーク「ぶひ!? それじゃあ、俺様達はそのニンゲンが辱められているところを見れないってことぶぅ!?」

大魔王「そーでーす! 残念でしたー!」キラッ

オーク「そりゃないぶぅ!! ぶひぃぃぃぃぃん!!!」

魔獣少女「大魔王様の部屋にいけばいいだけなんじゃあ……」

大魔王「こ、こら! そんな気安く大魔王の部屋にきていいと思ってたら、ダメだぞっ! めっ」

――魔王の城 大魔王の部屋――

魔導士「よっと」ドサッ

村娘「うぅ……」

大魔王「はぁ……なんとか誤魔化せた……」

魔導士「大魔王様」

大魔王「は、はい」

魔導士「やはり村人を全員逃がすために、ああやって自身が先陣を切ったのですね」

大魔王「結局、逃がせてませんけど……」

魔導士「異世界の人間である貴方に、この世界の理を説いても意味はないでしょうし、私にその資格はありませんが……」

魔導士「いつか、割り切っていただかなくてはならない日も訪れるでしょう」

大魔王「そ、それって……」

魔導士「それまでに貴方を元の世界に戻す術を見つけられるように努力はします。もし、大魔王が人間を殺すことを躊躇うだけでなく、制止しようというのなら魔族の崩壊すら招く」

大魔王「だって……いきなり殺せとか……」

魔導士「私はこれで。今日はゆっくりとお休みください」

大魔王「あ、はい。お疲れさまでした」

大魔王「はぁ……」

大魔王(こっちだって訳も分からないまま大魔王役やってるんだから、ちょっとぐらい好きにやってもいいじゃない)

大魔王(急に「今日はこういうキャラで」なんてことは良く言われてきたけどさ、流石に怪物たちの王って要求はされたことないし)

大魔王「まぁ、もえもえきゅーんとか言わなくていいって点ではマシかもしれないけど」

村娘「うぅん……ぅ……」

大魔王「あっ」

村娘「ひぃ!?」

大魔王「ああ、驚かないで」

村娘「こ、ここ、どこなんですか……? わ、わたし、ど、どうして……ここにいるんですか……」

大魔王「ええと、怯えないで。私は何もしないし……」

村娘「みんなは……村の人たちは……どうなったんですか……」

大魔王「だからさ――」

村娘「ひっ……!?」

大魔王(そりゃ、こうなるよね……。誘拐犯が目の前にいるんだもん。これじゃあ、こっちの話は聞いてもらえそうにないなぁ)

大魔王(どうしよう……)

――書庫――

魔導士「これか……」

魔導士「……」ペラッ

魔導士「いや、関係なさそうだな」

魔導士「ふぅ……」

魔導士(大魔王様を復活させるために膨大な時間をかけ、世界中の古書、古文書、魔術書をかき集めただけあって、そう簡単には見つからないか)

魔導士(そもそも、この中に正しい術式を示した魔術書があるとも限らない)

魔導士「出口はまだ見えないが、探すしかない。大魔王に力がないことはいずれ発覚するのだからな」

魔獣少女「どもーっ」

魔導士「なんだ?」

魔獣少女「飲み物、お持ちしました」

魔導士「ああ、ありがとう。そこに置いてくれ」

魔獣少女「はぁーい」

魔導士「……」ペラッ

魔獣少女「あのぉ……。大魔王様は今、何をされているんですか?」

魔導士「何故だ?」

魔獣少女「大魔王様に気安く部屋にきちゃいけないって言われたので……」

魔導士「今頃は奴隷で遊んでいるのではないか?」

魔獣少女「いいなぁ……。私も奴隷ほしいなぁ」

魔導士「次に奪い返す領土は更に広い場所にするつもりだ。機会はいつでもあるだろう」

魔獣少女「本当ですか? たのしみだなぁ」

魔導士(それを許してくれるかどうかは、別だがな)

魔獣少女「でも、私としては大魔王様とももっと仲良くなりたいですね」

魔導士「大魔王様と? あのドラゴンでさえ、大魔王様に対しては一歩退いているのに、度胸があるな」

魔導士(あまり近づいてほしくないのが本音だが)

魔獣少女「私も大魔王様の姿を見るまでは絶対にお近づきになんてなれないだろうなーって思ってましたけど、けど最初の挨拶のときに……」ガタッ

魔導士「ん?」

魔獣少女「――イエーイ!! 今日もたっくさーんもりあがっちゃおーねっ! せーのっ! もえもえぇぇ……キューン☆」キラッ

魔導士「……!?」ビクッ

魔獣少女「これでみんなとの距離を一気に縮めようとしてくれる大魔王様と仲良くなりたいって思うのは普通じゃないですか? ね? ね?」

魔導士「ど、どうだろうな。そもそも、お前は大魔王様が発した言葉の意味を分かっているのか? 特に最後のもえもえとか、きゅーんとか」

魔獣少女「わかりませんっ! けど、なんとなく、可愛い感じがしますから、おどけるときに使う叫び声みたいなことだと思ってます」

魔導士「そうか」

魔獣少女「ちがうんですか?」

魔導士「古代語だからな。よくわからん」

魔導士(私も知りたいぐらいだ)

魔獣少女「大魔王様のほうから歩み寄ってくれているのに、私たちが引いてしまうのはおかしいですよ。はい」

魔導士(こいつ、今のところ最も危険な存在かもしれないな……)

魔導士「仲良くなるなとは言わないが、それでも相手は王だ。敬いの精神を忘れてはならない。長を立ててこその組織。そこを崩してしまえば、王の存在が希薄になる」

魔導士「君はもう少し考えて、大魔王様と距離を保つように

魔獣少女「えー」

魔導士「魔王は魔族の象徴たる存在だ。決して近しい存在ではない」

魔獣少女「大魔王様だってみんなと仲良くしたいから、ああいう挨拶をしたんじゃないんですか?」

魔導士「大魔王様がそう思っていても、君たちから近づいて行くのはおかしいということだ。誰もが遠慮をなくしてしまえば大魔王様の威厳がなくなる。そうなれば魔族の終わりだ。分かったか」

魔獣少女「むぅ……。はぁい」

――大広間――

魔獣少女「ぶぅー」

オーク「おっ。俺様の真似かぶぅ。ぶひひひ。うれしいぶぅ」

魔獣少女「違いますぅ!」

ドラゴン「機嫌を傾けてどうした」

魔獣少女「魔導士様から、大魔王様と仲良くするなーって言われただけです」

ドラゴン「ほう……」

魔獣少女「いいじゃないですかね。別に」

オーク「うんうん、俺様もいいと思うぶぅ。大魔王様は親しみやすいぶぅ」

魔獣少女「ですよね、ですよね」

オーク「お、俺様たち気が合うぶぅ。や、やっぱり、その……ぶひひひ……」

魔獣少女「ドラゴンさんはどう思います?」

ドラゴン「魔導士は近づけさせたくないのだろう。我々を大魔王様に」

オーク「ぶひ? 何言ってるんだぶぅ?」

ドラゴン「気にするな。我が見定めてやろう。クックック……。魔導士よ、好きにはさせんぞ……」

――廊下――

魔導士「今日の成果はなし、か」

魔導士(焦りは禁物だが、焦燥感を抱かずにはいられないな。時間が経てば経つほど大魔王の正体に感づく者も増えていくだろうし)

魔導士「はぁ……」

『きゅぴーん! やっほー!! おまたせー!! 今日は貴方の為だけのワンマンライブだよー!!』

魔導士「な、なんだ?」

『それじゃあ、一曲目いっくよー! あなたにラブラブどっきゅんだよー!』

魔導士「……」

『きゅーん、きゅんっ♪ きゅーん、きゅんっ♪』

魔導士(歌いだした……? このような歌を奴が聞いてしまえば……)

魔導士「大魔王様!!」

『え? はい?』

魔導士「入ってもよろしいですか?」

『ええと、ど、どうぞ』

魔導士「失礼いたします」

――大魔王の部屋――

魔導士「外まで声が聞こえていました」

大魔王「迷惑でしたか?」

魔導士「今の貴方は大魔王です。軽率な行動は控えて頂きたい」

大魔王「すみません」

魔導士「それで、何故歌っていたのですか」

大魔王「この子の緊張をといてあげようとおもって……」

魔導士「なに?」

村娘「……」

大魔王「ずっと部屋の隅で膝抱えてるから……あまりにもかわいそうで……」

魔導士「それであなたなりに考えた結果が歌ですか」

大魔王「正確には歌と踊りです。こう……」

大魔王「今夜もドッキドキしていってねー☆ きゅーん、きゅんっ☆」キラッ

大魔王「ってな感じで」

魔導士「あまり城内でそういうことはしないように」

大魔王「どうしてですか」

魔導士「何度も言うように、貴方の正体は隠さなくてはならないからです。貴方がそう道化を演じれば演じるほど、皆は勘違いし、距離を詰めてくる」

魔導士「近しくなれば、それだけ正体を隠すのも難しくなる。単純な理由です。貴方も死は望まないはず」

大魔王「そうですけど……でも……」

村娘「……」

大魔王「私は、あの子を逃がします。絶対に」

村娘「……えっ」

魔導士「やめてください。誰かにその瞬間を見られたらどうするつもりですか」

大魔王「逃げ足が速かった、とでも言えば……」

魔導士「あのですね……」

大魔王「こういうのはどうですか。中庭で公開凌辱の準備をしていたら逃げられてしまった、とか」

魔導士「普通の人間が大魔王様から逃げることはできません」

大魔王「逃げられる大魔王もいていいじゃないですか」

魔導士「居ては困るんです!」

大魔王「それじゃあ、どうやって逃がせばいいんですか!?」

魔導士「逃がせる前提で話を進めないでください!」

大魔王「私は逃がせたいんです!!」

魔導士「ですから……」

大魔王「そこは、譲りません」

魔導士「……分かりました。この一件は私が預かります。余計なことはしないように」

大魔王「私の判断で逃がしちゃいけないってことですか」

魔導士「はい」

大魔王「できるだけ早くしてください」

魔導士「善処します。それでは」

大魔王「やくそくですからねー」

大魔王「ホントに大丈夫かな」

村娘「……あの」

大魔王「なに?」

村娘「にがすって……」

大魔王「うん。絶対にここから逃がしてあげるから、それまで辛いだろうけど我慢して」

村娘「あなたは……だいまおう……って……」

大魔王「ええと、一応そうなんだけど、大魔王じゃないっていうか……」

村娘「どういうこと、なんですか」

大魔王「私は、普通の人間なの。そもそも、あんな怪獣たちの王に見える?」

村娘「いえ……」

大魔王「だよねー。顔はそこそこ可愛いと思ってるの。いや、ほんと、そこそこだけど」

村娘「人間……なんですか……。どうして大魔王って呼ばれているんですか?」

大魔王「私が大魔王として呼ばれちゃったから、みたい。まだ、私もよくわかってないけど」

村娘「はぁ……」

大魔王「扱いは違うけど、私と貴女は境遇が似てる、のかもね。どっちもここから簡単には動けないって点だけかもしれないけど」

村娘「……」

大魔王「だから、ここでは楽にしていて。私は貴女を傷つけたり、襲ったりしないし」

村娘「けど、私の村を襲いましたよね……大魔王なら止めることもできたんじゃあ……」

大魔王「そ、そうなんだけど、私の事情も聞いてほしいの。聞いてくれる?」

村娘「聞きます……」

――廊下――

魔導士「全く……。あの捕えた人間を……」

ドラゴン「何の話だ」

魔導士「むっ……。なんでもない。何か用か」

ドラゴン「いや、大魔王様の様子が気になってな」

魔導士「お休みになられたところだ。気にすることは何もない」

ドラゴン「そうか」

魔導士「私ももう休む。お前も竜族とはいえ、休息は必要だろうに」

ドラゴン「確かにな。本気を出せば七日間ぐらいは寝ずに動けるぞ」

魔導士「早く休め。我々はこれから忙しくなる」

ドラゴン「……」

魔導士「なんだ?」

ドラゴン「大魔王様に会わせてはもらえないのか」

魔導士「休まれたと言っただろう」

ドラゴン「本当か?」

魔導士「なんだと……?」

ドラゴン「本当は、会わせたくないだけではないのか?」

魔導士「……」

魔導士(竜族だけあって、察しがいいな。ドラゴンが敵に回れば、厄介なことになるぞ)

ドラゴン「なんとかいったらどうだ、魔導士殿」

魔導士「嘘を吐く理由がない」

ドラゴン「憶測で語って良いなら、いくらでも仮説は組めるぞ」

魔導士「くっ……」

ドラゴン「例えば……。そう、大魔王様には秘密がある。その秘密を知られるわけにはいかない」

魔導士「……!」

魔導士(顔に出すな……。冷静を保て……)

ドラゴン「違うか?」

魔導士「秘め事などありはしない。妄想癖でもあるのか」

ドラゴン「そうか。我の考えすぎか。では、我も休むとしようか。がおー……。眠いしな」

魔導士(やはり……早急に問題を解決せねばならないか……)

――大魔王の部屋――

大魔王「――ってわけなんだけど、信じてくれる?」

村娘「……」

大魔王「ダメ?」

村娘「あなたの言う、あいどるというのが良く分からないんですけど……」

大魔王「さっきみたいに人前で歌いながら踊る人のことを、私たちの世界では『アイドル』っていうの」

村娘「そうなんですか……。不思議な職業ですね」

大魔王「こういう世界にも踊り子とかいるんじゃない?」

村娘「居ますけど、あなたのように妙な歌に合わせて踊ることもないですから」

大魔王「妙って……」

村娘「す、すみません! あの、良い意味で妙ってことで……!!」

大魔王「良い意味で妙って……」

村娘「そ、そうじゃないんです! だから、おこ、怒らないでください……!」

大魔王「まぁ、妙だよね。そう、こんな歌でさぁ、メジャーデビューとかできるわけないんだよね。なによ、もえもえきゅーんって、バカじゃないの」

村娘「え……?」

大魔王「私だってどうせ歌うなら普通の歌が良いもん。ファンの人たちには悪いけど、もっとロックな曲とかがいいわけ」

村娘「ろっく……岩みたいな歌ですか……」

大魔王「そんな年齢でもないしねー。一度、曲の雰囲気に合わせてツインテールにしたときなんて、流石に自分でも「似合わないなー」って思ったし」

大魔王「ファンの人たちはかわいーって言ってくれるから、歌ってるときはその気になっちゃうけど、やっぱり一人になるとねー」

村娘「……よくわからないんですが、貴方はあいどるであることが嫌だったんですか?」

大魔王「不満はあったかなー。プロデューサーのご機嫌伺いとか、自分のやりたかったアイドルとはかけ離れてたし」

村娘「それは、あの……元の世界に戻りたくはないってことですか? その、ずっと大魔王として……ここで……」

大魔王「それは、ない!」

村娘「……」

大魔王「ここにいたら、大好きなラーメンも焼肉もスイーツも食べられないし、スマホもないし、遊園地もないし。なにより、友達にも応援してくれていたファンの人にも、お母さんとお父さんにも会えない」

村娘「あ……」

大魔王「私は、早く帰りたい」

村娘「確かに……一緒ですね……」

大魔王「え?」

村娘「あの、もう一度見せてもらえませんか、先ほどの歌と踊り。興味があります」

――城下町 城内――

兵士「陛下。魔物の森近隣にある村より住人が来られております」

国王「何かあったのか」

兵士「それが……魔物に村を襲われたと……」

国王「まことか」

兵士「幸運にも住人の殆どは逃げることができたようで、怪我人はいないようです。ただ……。娘を魔物に連れ去れたと申している者が……」

国王「うぅむ……。大昔、賢者が大魔王を封印し、人間と魔族との戦は成立しないものだと思っておったが……」

兵士「もう一つ、恐ろしい証言を聞いたのですが」

国王「なんだ」

兵士「その、大魔王がドラゴンと共に襲ってきたと……」

国王「な……に……!?」

兵士「自分もおとぎ話のものとばかり思っていました。寧ろ、大魔王など創作とばかり……」

国王「無理もない。大魔王など数千年前の伝説にすぎん……しかし……」

兵士「このような事態に対応できるものなのでしょうか」

国王「勇者と賢者を呼ぶしかあるまい……」

兵士「は……!? お、おられるのですか、勇者殿と賢者殿が!?」

国王「過去の偉業を鑑みれば、勇者と賢者の一族は一国で保護すべきものだからな」

兵士「では、数千年も前から、勇者殿と賢者殿の一族は国に守られてきたと?」

国王「一応な。ただ、ここ数百年、どういった扱いだったのかは私にもわからん。一部の大臣が予算分配等の管理はしていたようだが」

兵士「もはやそれだけ力を失くしてしまっているということですか。であるならば、自国だけでなく同盟国からも兵士と魔術士を集めたほうがよろしいのでは?」

国王「だが、大魔王が復活していれば、何千、何万の兵が束になっても倒せはせん。倒せるのであれば封印という手段を用いたはずがない」

国王「故に、唯一大魔王を封印する術を知っている勇者と賢者の一族に頼らざるを得ない」

兵士「封印の方法を知っている者は他にいないということですか」

国王「封印する術と、その封印を解く術は表裏一体と聞く。賢者は勇者の一族以外にそれを漏らさないように努めてきたらしい」

国王「現代にかつての大魔術を知る者は一族以外にいないはずだ」

兵士「そこまで徹底されていたのですか」

国王「大魔王の復活など、あり得てはならないからな。しかし、数千年という月日が経ち、遂に安寧は崩れ去ったのかもしれない」

国王「――村人をここへ。その後、大臣たちを招集。緊急会議を行う。全兵に非常事態宣言を発令する」

兵士「はっ! 各員に非常事態宣言を発令いたします!!」

国王「国の、いや、世界の一大事か……」

――魔王城 廊下――

魔導士(大魔王様にも釘を刺しておく必要がなるな。あまり部下と接しすぎるとドラゴンのように訝しむ者が増えてしまう)

魔導士「大魔王さ――」

『その姿勢を保って』

『こ、こうですか』

『そう。いいわね』

『は、はずかしい……のですが……』

『はぁ? なに言ってんの?』

『ひぃ……』

魔導士(一体なにを……。まさか、本当に言われていたようなことを……?)

魔導士「大魔王様、よろしいでしょうか」

『あ、はーい』

魔導士「一体、何をされているのですか?」

大魔王「この子がもえもえきゅーんってときのポーズをとってみたいっていうから、教えていました。きゅーんっ☆」

村娘「きゅ、きゅーんっ」

魔導士「随分と余裕があるな、ニンゲン」

村娘「ひっ」ビクッ

大魔王「いいじゃないですか、これぐらい」

魔導士「仮にも奴隷という立場でここにいるのですから、相応の態度で居てほしいものです」

大魔王「隅っこで震えているよりはいいと思いますけど」

魔導士「しかし、他の者が今の光景を目の当たりにしたら、どう映るか……」

村娘「す、すみません……」

大魔王「何か御用ですか?」

魔導士「ええ。明日以降、部下との接触はなるべく避けて頂きたく思います」

大魔王「さっき聞きました」

魔導士「貴方が道化を演じる演じないに関係なく、極力避けてほしいのです。竜族が既に感づき始めているので」

大魔王「私のことに、ですか」

魔導士「異世界の人間とまでは考えていないでしょうが、探りを入れてくることはあるでしょう」

大魔王「でも、無視するって難しくないですか」

魔導士「私についていれば問題ありません。窮屈でしょうが、お願いいたします」

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