ダイヤ「温かい貴女と」千歌「手を繋いで」 (11)

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ダイヤ「──いいですか、ルビィ。先方がいらっしゃったら、必ず上座にお通しするのですよ。基本的には部屋の奥ほど上座です。」

ルビィ「うん」

ダイヤ「車でお送りするときは、運転席の後ろに座っていただくのですよ? 助手席ではありませんからね?」

ルビィ「うん、大丈夫だよ」

ダイヤ「それから、汁物の椀の蓋を開けるときは必ず両手で──」

ルビィ「お姉ちゃん」

ダイヤ「なに? 他に何か心配事でも……」

ルビィ「時間」


ルビィはそう言って、部屋の奥の方に掛けられた時計を指差す。


ルビィ「千歌ちゃん、待ってるよ」

ダイヤ「……あ、はい」


……確かにあまり遅いと、いつものように頬を膨らませて、可愛らしく怒る彼女の姿が目に浮かぶようです。


ルビィ「大丈夫だから、ね?」

ダイヤ「……そう、ね」


後ろ髪を引かれる気分ではありますが、わたくしは頷いて、外に出ます。


ルビィ「いってらっしゃい」

ダイヤ「……いってきます」


わたくしは十千万旅館を目指して、お正月の沼津を歩き出しました。





    *    *    *





千歌「ダイヤさん、いらっしゃい。」


千歌さんの家に着くやいなや、軒先で出迎えられる。


ダイヤ「千歌さん……! こんな寒い中、どうして外に出て──」


わたくしは思わず貴女の手を取る。

手もこんなに冷えて──

……温かいですわ。


千歌「うわっ ダイヤさん手冷たい! 氷みたいだよ! お湯用意するから、早く中入ろっ!」

ダイヤ「え、あ、はい」


逆に冷えた手を心配されてしまいました。





    *    *    *





旅館の中では、従業員の人たちが仕事をしています。

わたくしは千歌さんに手を引かれ、いつもの通り彼女の部屋に通される。

千歌さんは、


千歌「少し待ってて、今お湯もって来るから」


とだけ言って、パタパタと部屋を出て行ってしまう。

──待つこと数分。

お湯を入れた洗面器を持って、戻って来ました。


千歌「はい、どーぞ」

ダイヤ「あ、ありがとうございます……」


──ちゃぷん、とお湯に手を浸ける。

寒さに悴んでいた手がお湯に驚いたのか、少しビリビリとした痛みを感じたあと、じんわりと真から温まっていくのを感じる。


ダイヤ「……あったかい……」

千歌「当旅館自慢のお湯だからね! 贅沢な暖の取り方だよ!」

ダイヤ「……お湯沸かしたにしては随分早いと思ったら」

千歌「あ、お姉ちゃんたちにはナイショにしてね! 叱られちゃうから!」

ダイヤ「……はいはい。それにしても、お正月だと言うのに、大変そうですわね。」


この部屋まで来る途中、パタパタと働き回る従業員の方々を見るに、やはりそういう時期なのですわね。


千歌「あはは、この時期の旅館は忙しいからねぇ……。外で待ってた方がバタバタしないかなって」

ダイヤ「そういうことでしたか……。ですが、それなら手袋くらい、していれば……」

千歌「ダイジョブだよ、チカの手あったかいから」

ダイヤ「む……そういう話をしているのでは……」

千歌「──それにね」


──ちゃぷん。

洗面器のお湯の中で千歌さんが手を重ね、指を絡めてくる。


千歌「……ダイヤさんの冷たい手は、チカがあっためてあげるって、決めてるから」

ダイヤ「千歌さん……」


わたくしの冷え切った手は、お湯に浸けてもすぐには体温を取り戻せていなかったのか、こうしてお湯の中で握った手からも千歌さんの温度が伝わってきた。


千歌「えへへ……まだ、冷たいよ」

ダイヤ「──それでは……このまま温まるまで、こうしていてくれませんか……?」

千歌「うん、喜んで……」


洗面器を挟んで二人、暖を取りながら手を繋ぐ。


千歌「んしょ……と」


洗面器をひっくり返さないように、静かに、千歌さんが出来る限りわたくしの近くへと、足を崩さないまま、ずりずりと寄って来る。



ダイヤ「もう……はしたないですわよ」

千歌「だって、手繋いだままだし」

ダイヤ「……まあ、そうですけれど」


わたくしの小言もそこそこに──


千歌「ダイヤさん……」


千歌さんがなんのためにわざわざ対面にいるのかと、言わんばかりに

──コツン

おでこをくっつけてくる。


千歌「……えへへ」


ふわふわとした彼女の髪から、シトラスのような香りが──


千歌「みかん」

ダイヤ「あの……モノローグに突っ込まないで頂けますか……?」


えぇと……蜜柑のような香りが──


ダイヤ「……というか、どうしてわたくしが感じた匂いについて、貴女が言及できるのですか」


わたくしは思わず、怪訝な顔をしながら、顔を引いて尋ねる。

まるで誰かに聞いたみたい


千歌「うん! 鞠莉ちゃんがね、」

鞠莉『ダイヤったらね、千歌っちからはいっつもシトラスみたいないい香りがするんだってノロケてくるのよ。』

千歌「って、言ってたから」


まさに誰かに聞いていました。


千歌「ダイヤさんの匂いはなんだろー……」


そう言って、またわたくしに顔を寄せて、すんすんと匂いを嗅ぎ始める。


ダイヤ「ち、ちょっと! やめてください!」

千歌「えー? なんでー? ……あ、なんかよくわかんないけど、良い匂い……」

ダイヤ「何故って……まだ、今日は湯浴みを済ませていないですし……」

千歌「冬だから、へーきだよ。あ、夏でも別に平気だけど」

ダイヤ「そういう話ではなくて……!」

千歌「チカにくっつかれるの……いや?」


千歌さんはそう言って、上目遣いでわたくしの目を覗きこんでくる。


ダイヤ「ぅ……い、嫌なわけないでしょう……」

千歌「えっへへ♪ だよねー♪」


わたくしの返答を聞くや否や、ご機嫌になって、またわたくしのおでこに自らのおでこをコツンとぶつけてくる。



ダイヤ「それ……ずるい……」

千歌「んっふっふー♪ チカもいい加減ダイヤさんの扱い方がわかってきたんだよ!」

ダイヤ「…………。」


──いい加減、手も温まってきたので、お湯から手を出す。

もちろん、無言で取り出だしたので、重ねられた千歌さんの両の手を押しのける形になります。


千歌「え」

ダイヤ「……。」


用意してくれた、タオルで手を拭く。

……無言で。


千歌「あー……えっと……もしかして、怒った?」

ダイヤ「…………。」

千歌「ご、ごめん……あ、あの……」


千歌さんは焦って、わたくしに倣うように、お湯から手を出して、タオルで手が帯びた水気を吸い取り処理する。


千歌「ダ、ダイヤさん……」

ダイヤ「洗面器」

千歌「ぇ……」

ダイヤ「ひっくり返しますわよ? 今すぐ片付けろとは言いませが、部屋の隅の方に持って行っておいた方がいいのでは?」

千歌「あ……ぅ……はい……」


言われるがまま、部屋の隅に洗面器を移動して、

その後、所在なさげに、キョロキョロとする。


ダイヤ「どうしたのですか?」

千歌「え……いや……その……」


可哀想なくらい──いえ、可愛そうなくらい狼狽える千歌さんを見て、思わず。


ダイヤ「ふふ……」


笑いが漏れてしまいました。


千歌「……あ!?」


ここでやっと意趣返しされたことに気付いて千歌さんが声をあげた。


千歌「ぅ、ぅー!! ダイヤさんのいじわる!!」


そう言って、前述の通り、可愛らしく頬を膨らませて怒る貴女を見て、


ダイヤ「ふふ、わたくしの手綱を握ろうだなんて、十年早いですわ」


わたくしは得意気に胸を逸らす。



千歌「むー……」

ダイヤ「うふふ」

千歌「はぁ……まあ、いいや」


そういって、とてとてとわたくしの近くに戻ってくる。

再びわたくしの対面に腰を降ろしたのを確認してから、


ダイヤ「千歌さん──」


抱きしめる。


千歌「ぅー……/// またそういう不意打ち使って……/// どっちがずるいのさぁ……///」

ダイヤ「貴女の照れる姿が可愛くて、つい意地悪してしまうのよ」

千歌「なにそれ……///」


彼女の背中に両の手を回し、より強く抱き寄せる。

千歌さんの温度を、存在を、噛み締め、

──こんなとき口から漏れる言葉など、ほとんど決まっていて、


ダイヤ「千歌さん……好きよ」


いつもの通り、変わらぬ愛を伝える。


千歌「うん……/// 私も好き……」


愛の応酬。

そのまま、わたくしの手は自然と千歌さんの髪を撫でる。


千歌「ん……」


千歌さんは小さく声をあげて、大人しくなる。


ダイヤ「いつもの元気はどこに行ってしまうのでしょうね」

千歌「……だ、だって……/// 大人しくしてないと、ダイヤさんやめちゃうんだもん……///」

ダイヤ「そんなことはないと思いますけれど」

千歌「……さっきみたいに怒るんだもん……」


そう言ってまたぷくーと頬を膨らませる。


ダイヤ「いちいち、そういう可愛い仕草をするからですわ」

千歌「じゃあ、どうしろっていうのさっ///」

ダイヤ「……どうすればいいと御思いですか?」

千歌「ぅー……///」


千歌さんはますます恥ずかしがって、小さく呻いた後、


千歌「……ぎゅーってされるの……好き、だから……もっと、ぎゅってしてて……///」

ダイヤ「ふふ、よく言えました……」


その言葉を聞いてより一層強く抱きしめる。



千歌「うん……///」


一生離れないように、放さないように……。


千歌「ずっと……ずーっと……ぎゅってしててね……」

ダイヤ「ええ……嫌がっても、離してあげませんから……」

千歌「うん……大好きだよ、ダイヤちゃん」

ダイヤ「……ええ、わたくしも大好きよ、千歌。」


そう言ってから、貴女の腰に手を回す。そのまま、抱き寄せる形で、


千歌「……んっ」

ダイヤ「……ん」


わたくしは貴女の唇を塞いだ。

そのとき触れ合ったお互いの唇は、まるで溶けてしまうのではないかと錯覚する程に──熱かったことを忘れることはないでしょう。

──そんなわたくしのお正月はゆっくりと、のんびりと、幸せに、過ぎていくのでした。





<終>

終わりです。お目汚し失礼しました。


温かい、お正月の一時でした。


またダイちか書きたくなったら来ます。

よしなに。

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