比企谷八幡(27)「あれから10年か……」 (32)

【比企谷家】


小町「ただいまー」

八幡「おう、おかえり。今日は遅かったじゃねぇか」

小町「いやあね、入社3年目ともなると、後輩の面倒見たりとかいろいろ大変なわけですよ……」

八幡「晩飯は用意できてるぞ。すぐに食うんなら温めるけど。それとも先に風呂にするか? それとも」

小町「じゃ、お兄ちゃんで」

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八幡「は?」

小町「あ、今の小町的にポイント高い?」

八幡「高くねぇよ……なに、俺と一緒にお風呂入りたいの?」

小町「え、なにそれ。ありえないんだけど。お兄ちゃん気持ち悪い」

八幡(ちょっと……真顔で気持ち悪いなんていわないでよ。お兄ちゃん傷ついちゃうよ)

小町「いただきます」

八幡「いただきます」

小町「ていうか、お兄ちゃんもご飯まだだったんだね。ひょっとして小町の帰り待ってたりしてた?」

八幡「いや別に……そんなに腹減ってなかったしよ」

八幡「まあ、それに飯は誰かと一緒に食ったほうがいいって健康番組でも言ってたしな」

小町「……そっか」

小町「うん、おいしい! お兄ちゃんほんと料理うまくなったよね。レパートリー増えたし」

八幡「まあな。時間はいくらでもあるから、花婿修行に勤しんでるんでな。料理もその一環だ」

小町「今のお兄ちゃんならどこにお婿に出しても小町安心だよ。お兄ちゃんは立派な専業主夫になれるよ」

八幡「おいおい、あんまり持ち上げるんじゃねぇよ」

小町「…………」

八幡「…………」

小町「お兄ちゃん、悪いこと言わないからさ。……そろそろ働いたら?」

八幡「う、うるせぇな……。俺には『家事手伝い』っていう立派な肩書が……」

小町「お兄ちゃん、男の人の場合、『家事手伝い』って言わないんだよ。お兄ちゃんは『無職』だよ。『27歳無職・職歴なし』だよ」

八幡「やめてくれよ……。つか、俺、高校大学の頃にバイトしてたし……」

小町「バイトは職歴に含まれないから履歴書にも書いちゃダメなんだよ。知ってた?」

八幡「マジかよ……」

八幡(つか、マジで男の場合は問答無用で『無職』扱いされるのってどうよ? ちゃんと家事手伝いしてる俺のような無職もいるはずだぞ)

八幡(女の場合は『家事手伝い』っていう都合のいい隠れ蓑があるのに男の場合にはそれが認められない)

八幡(これって『若い男は当然働いて生計を立てるべき』という暗黙の了解が含まれているようでならないんですが)

八幡(ふざけんな! 女性の社会進出を推進するなら、反対に男性の家庭進出を促すのもありだろーが)

八幡(こういうの、男女差別というか、ジェンダー的な偏見じゃないかと八幡思うなあ)

八幡「第一あれだ。働いたら負けだ。社畜になってこき使われて、挙げ句鬱になってKAROSHIとかしたら元も子もないだろ」

八幡「命が一番大事だ。仕事と命とどっちを取るかって言われたらそりゃ命を取るに決まってる。だから俺は仕事を捨てたんだ」

小町「相変わらず捻くれた極論だなあ。でも、お兄ちゃんって変なところでまじめだし、なまじっか雑用スキル高いもんね」

小町「社畜適性はありそうだから、無理な仕事押し付けられて、でもぼっちだから誰も助けてくれなくて体調崩すってことはありえたかも」

小町「そこんとこは小町ほっとしてるよ。お兄ちゃん、元気でいてくれてありがと(はあと)」

八幡「皮肉こもってんなあ……。でも心配してくれてありがとよ」

小町「でもさあ、お兄ちゃん」

小町「今はお父さんもお母さんも元気だし、小町も働いててそこそこの収入は有るからお兄ちゃんを養っていけるけど」

小町「ずっとこのままの生活が続くってわけじゃないよ」

八幡「…………」

小町「お父さんもお母さんも年を取るし、小町だって……いつまでもこの家にいるとは限らないわけだし」

八幡「小町、いま付き合ってる奴とか……いるのか?」

小町「今はいないよ。いないけど……」

小町「とにかく、お兄ちゃんの老後とか……想像したらちょっと、ね。最近、孤独死とか多いし」

八幡「孤独死とか世間やマスコミが勝手に一人暮らし=孤独だというレッテル貼ってるだけであって――」

小町「お兄ちゃん!」

八幡「……は、はい」

小町「小町、今日は結構まじめな話してるんだからね」

八幡「……分かってるよ」

八幡「両親が年金暮らしになって俺を養う余裕もなくなり、小町も家を出ていって、独りになった俺がどうなるか心配ってことだろ?」

小町「うん」

八幡「まあ、人間追い込まれたら本気出すからな。死ぬ気で頑張れば何とかなる」

小町「じゃ、お兄ちゃん追い込まれたら就職するの?」

八幡「全力で頑張って生活保護の受給権を獲得する。リア充社畜共の血税で、健康で文化的な生活送れるとか最高だな!」

小町「クズだ……最低なクズがいる!」

八幡「いいか小町、生存権は憲法で保障された国民の権利であってだな――」

小町「ちゃんと義務を果たさない人に限って権利とか声高に主張するよね……小町そういうの本気で軽蔑しちゃう」

小町「お兄ちゃんのこと、ほんとに嫌いになっちゃいそうだよ」

八幡「う……」

八幡(え……マジで? 小町に本当に嫌われちゃったら俺……冗談抜きで生きていけない)

小町「だからさ」

ぎゅ

八幡「…………」

小町「……あんまり小町を悲しませないでよね」

八幡「……分かってるよ」

八幡「つかさ」

小町「ん、何?」

八幡「お前、会社でも一人称『小町』とか使ってるわけじゃねぇよな……」

小町「当たり前じゃん。お兄ちゃんの前でだけだよ。あ、これも小町的にポイント高い」

八幡「はいはい、そうかよ」

八幡「……飯、さっさと食おうぜ。冷めちまうまえにな」

小町「うんっ」

【八幡の部屋】

八幡(高校時代。俺の将来の夢は専業主夫だった)

八幡(現在、相も変わらず忙しく働く両親と小町の代わりに毎日家事をしていたおかげで、俺の主夫スキルはかなり上がっている)

八幡(あとは十分な収入のある年ごろの女性と結婚できれば、一応は親と小町を安心させられるわけだが)

八幡(ってもな、普段外に出るのって買い物とか必要最低限な用事があるときくらいだし)

八幡(四六時中家にいては女性との出会いなどありはしない)

八幡(かといって、『婚活』とか出会い求める系に顔を出すとか、そういう気にはなれねぇな)

八幡(第一、『27歳無職・職歴なし・年収ゼロの男』とか需要ゼロだよなあ……。俺が女だったとしたら見向きもしねぇよ)

八幡(You Tuberになって彼女募集とかどうだ? 家でもできるし簡単そうだな)

八幡(……ま、オフ会開いたら参加者ゼロ人不可避だろうけど)

八幡(そもそも結婚とかそれ以前に……まともに人づき合いできないっていう)

八幡(分かってはいる。親のすねも無限ではない。齧り尽くしてしまえばそれで終いだ)

八幡(となると……いずれ働きに出ざるを得ないという結論に行き着いてしまう)

八幡(だが……それは今なのか?)

八幡(今日の仕事を頑張ったものにだけ明日は来ると労働者はのたまうが、別に仕事を頑張らなくても明日は来るし)

八幡(働かずに食う飯も普通にうまいから困る)

八幡(明日、ハロワに行こう! ま、今はそんな考えで、とりあえずは静かな日常を食い潰していてもいいじゃないか)

八幡(明日って結局明日だし、明日になったらもう今日だから、実際、明日なんて永遠に来ないと思っていればいい。うわあ屁理屈)

八幡(……俺は、求めているのだろうか)

八幡(結婚相手。いや、そんな具体的かつ非現実的なモノではなくて、抽象的な)

八幡(ほんのひとかけらの、ちっぽけなきっかけを)


「お兄ちゃん、電話ー」

【リビング】

八幡「何、オレオレ詐欺? それとも還付金系か?」

小町「いや、出る前から詐欺前提とかお兄ちゃん疑り深すぎるよ」

八幡「人を見たら詐欺師だと思えってよく言うだろ。つか、俺に電話掛けてくる相手とか心当たりがないぞ。宗教の勧誘?」

小町「まあ、いいからいいから。すごく素敵な相手からの電話だよ。はい受話器」

八幡「……おう」



八幡「もしもし」

『も、もしもし。あ、あたしだけど……』

八幡「…………」

『あ、えっと……ヒッキー、だよね』

八幡(ヒッキー……)

八幡(懐かしい響きだ。後にも先にも、こんな変てこなあだ名で俺を呼んだやつは、あいつ一人しかいない)

八幡「……その声は……由比ヶ浜、か?」

『あ、覚えててくれたんだー。そうだよ、あたしだよ。久しぶり……高校のとき以来だね。ヒッキー元気してた?』

八幡「あ、ああ……まあ、健康ではあるな」

『そっか……』

八幡「で、何でうちの家電に掛けてきてんだよ……お前知ってたっけ?」

『だってヒッキー勝手に携帯のアドレス変えてるし……。あたし大学落ちて、それから疎遠になっちゃったじゃん』

『小町ちゃんにメールしようかと思ったけど……何かそれもためらっちゃって。だから、ちょっと家電調べて』

八幡「え、調べたのかよ。何それ、ちょっと怖いんだけど。お前ストーカーなの?」

『ストーカーじゃないし! ていうか久しぶりに話してるのにストーカー呼ばわりとか酷くない!?』

八幡「おい声でけぇよ……。わかった、ストーカー発言は撤回するから」

八幡「……で、何の用だ? 今更、わざわざ俺に電話かけてくるって……高校の同級生の訃報とかじゃねぇよな?」

『ううん、違うよ。あたしの知ってる限り、みんなは元気でやってる』

八幡「じゃ、何なんだよ」

『その……ヒッキーにいろいろ伝えたいこととかあるんだ。だから、……どこかで会わない?』

『あ、ヒッキーの都合に合わせるから! あたしは全然、時間とか大丈夫だし』

八幡「直接会わなくても口頭で伝えてくれたらいいだろ。今、時間あるからちょっと長電話になってもこっちは大丈夫だ」

小町「ま、実際はいつでも時間があるお兄ちゃんなんですがね」

『あ、えっと……。でもでも、あたしはもう時間ないっていうか……ていうか電話代高くつくしっ』

『それに、ちゃんと会って……話がしたいから。その……覚えてる? ゆきのんと、隼人くんのこととか』

八幡「さあな。……今の俺には何の関係もないことだ。別に興味もない。悪いが断る……じゃ、切るぞ」

小町「このハゲお兄ちゃーん! (対応が)ちーがーうーだーろー!」

『あ、ま、待って……!』

八幡「……何だよ。まだあんのか?」

『……たいから』

八幡「何て?」

『あたしが会いたいの! ヒッキーに!』

八幡「……え?」

『明日の11時に千葉駅前のOOで待ってるから!!』ガチャン!!

ツーツー

八幡(……切りやがった。つか、明日かよ……さっき俺の都合に合わせるって言ってなかったけ?)

八幡(けれども。今更、かつての同級生に俺がわざわざ会いに行くべき理由などあるだろうか)

小町「あー、急にJR千葉駅前の△△に買い物行きたくなったなあ」

小町「□□が欲しいけど明日も仕事だし買いに行けない……小町超欲しい! 明日中に欲しい!」チラッチラッ

八幡「……はぁー」

小町「ね! ね! だからよろしくね、お兄ちゃん!」

八幡「仕方ねぇな……小町に頼まれた買い物のついでに、……○○にも寄ってみるか」

小町「お兄ちゃん、ファイティン!」

八幡「何をだよ……。つかお前、さっきさりげに酷い暴言吐かなかった……?」

小町「え、何だって? お兄ちゃん?」

八幡「……はぁー」

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