安部菜々「カーテンコール」 (23)

●事務所某所


雪美「ウサミン…!(キラキラ)」

菜々「は、はーい、ウサミンでーす!」

雪美「メルヘンチェンジ…ずっと見たかったです…!」

ほたる「雪美ちゃん、あのね、菜々さんは、菜々さんは…」

菜々「いえほたるちゃん言わないで!…雪美ちゃん。今ナナはウサミンパワーが足りません」

菜々「一週間!一週間後、本物のメルヘンチェンジを見せてあげます。待っててくださいね!」

雪美「う、うん…!ぜったい忘れない…!」



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ほたる「菜々さん…」

菜々「解ってます…」

菜々「無論1週間で凄いメルヘンチェンジを用意して見せます!」

ほたる「プロ…!!」

菜々「あはは…雪美ちゃんをがっかりさせたくないですしねー…いえ決して安請け合いではありませんよ!?」

ほたる「あの、でも。一体どうやって」

菜々「うーん、リスクもありますけどやっぱり目の前で変身して見せるのが確実ですよねぇ」

ほたる「えっ」

菜々「悪いけどほたるちゃんも手伝ってください。ちひろさんにお願いして、普段使わない倉庫とか、当日まで借りておいて欲しいんです」

ほたる「あ、はい…え、目の前で変身…?」

菜々「さあ、忙しくなってきましたよー!」

ほたる「菜々さん。菜々さんあの」

菜々(ビューンと走り去る)

ほたる「……(ぽかーん)」

ほたる「行っちゃった…」


●夕方の事務所/ちひろさんのデスク

ちひろ「なるほどそれで私のところに」

ほたる「はい…」

ちひろ「地階の第二倉庫なら使っていいですよ。菜々さんに『鍵は開けておくから当日までご自由にお使いください』と伝えてください」

ほたる「ありがとうございます……あの」

ちひろ「どうしました?」

ほたる「あの。菜々さんは、どうするつもりなんでしょう」

ちひろ「ウサミンに変身するんだと思いますよ?…準備大変だと思いますけどね。菜々さんらしいというかなんというか」

ほたる「…大変なら、私も準備をお手伝いしたほうがいいんでしょうか」

ちひろ「多分、菜々さんはほたるちゃんには準備を手伝って欲しくないと思いますよ」

ほたる「……」

ちひろ「もし『手伝ってください』と言われたらその時手伝ってあげてください―――菜々さんの部屋にも、当日まではお邪魔しないほうがいいでしょう…ふふ。寂しそうですね?」

ほたる「そ、そんな…」



ちひろ「ほたるちゃん、当日は行くつもりですか?」

ほたる「菜々さんと雪美ちゃんが良いといってくれたら、ですが」

ちひろ「ほたるちゃんには多分参考になると思いますから、是非見せてもらうといいですよ」

ほたる(…ちひろさんと話したあと、私は菜々さんにメールしました)

ほたる(少し考えてから、最後に『私に手伝えることはありますか』と添えました)

ほたる(返事は感謝の言葉と、『当日のレッスンが終わった後、雪美ちゃんを現場に案内してあげてください』とだけ、ありました…)


●数日後のレッスンスタジオ/休憩中

雪美「…あのね…ほんとは、ね」

ほたる「はい」

雪美「…メルヘンチェンジ。見せてくれるって。言ってもらえるって思わなかったから…すごく、嬉しかった」

ほたる「…」

雪美「だからね…ふふ…楽しみ…頼んでみてよかった…」

ほたる「…雪美ちゃんは、菜々さん、好きなんですね」

雪美「…うん…あのね。変身するの…」

ほたる「ウサミンパワーで、メイドさんとかに変身するんですよね」

雪美「そう…変身した菜々さん…すごくキラキラしてる…すごくステキ」

ほたる「うん…解ります」

雪美「前から見せてほしかったけど…なかなかちゃんと会えなくて…会えてよかった。ほんとにウサミンだった…」

ほたる「…当日のレッスン後に、私が現場に案内しますね」

雪美「…うん…!」


ほたる(…ウサミンは『歌って踊れる声優アイドルを目指してウサミン星からやって来た、17歳の女の子』です)

ほたる(声援とウサミンパワーでメルヘンチェンジして、カラフルメイドとかになります)

ほたる(ステージに立っている姿は、メルヘンチェンジした後の姿なのです)

ほたる(雪美ちゃんは、それを信じています。菜々さんは変身すると信じています。変身するところを見たいのは、当然かもしれません)

ほたる(もし、変身するところを見せないと言えば、雪美ちゃんはがっかりしたでしょう)

ほたる(だから、本当に『変身』を見せてあげられれば、それが一番いいのでしょう)

ほたる(だけど―――)

ほたる(それに失敗したら、雪美ちゃんは傷つくのではないでしょうか)

ほたる(雪美ちゃんのきらきらした笑顔を見ていると、菜々さんが『メルヘンチェンジを見せてあげる』と請合った理由が解る気がしました)

ほたる(だけど、それはひどく高いハードルなのではないでしょうか)

ほたる(当日まで、もうそんなに時間がありません)

ほたる(菜々さんは一体、どんな準備をしているのでしょう。期待に苦しんだりしてないでしょうか―――)


●当日朝/事務所前

菜々「あっ!雪美ちゃん、ほたるちゃん。おはようございまーす!!」

ほたる(そんな私の心配をよそに当日の菜々さんはすごく元気でした!!)

雪美「おはようございます…あのね、今日…!」

菜々「フフフ。楽しみにしててくれたみたいですね!でもちゃんとお仕事しなきゃダメダメです。」

雪美「解ってる…!」

菜々「きちんとお仕事してレッスンして―――それから来てくださいね。キャハッ☆」

ほたる(いつもどおりのステキな笑顔で、さっそうと歩いていく菜々さんを、私はなんだかぽかーんとした顔で見送ったのでした…)


●当日・地階第二倉庫/レッスン後

菜々「あ、雪美ちゃん、いらっしゃい!ちゃんとレッスン、頑張ってきましたか?」

雪美「…うん…いっぱい…がんばった…!」

菜々「えらいです!ナナもウサミンパワーを溜めてきた甲斐があるというものです」


ほたる(菜々さんはそう言って、雪美ちゃんの髪を撫でました。左手には、魔法少女のバトンとウサギをモチーフにした、柄の長いマイク)
ほたる(倉庫には、スピーカーや照明機器が運び込まれているようでした…菜々さんは1週間、この準備をしていたのでしょうか?)
ほたる(菜々さんは、おどおどと倉庫を見回す私に、にっこりと笑って…)

菜々「じゃあ、さっそく始めちゃいましょう!はい雪美ちゃん、これ」

雪美「これ…なあに…?」

菜々「照明とスピーカーのスイッチですよ。メルヘンチェンジしたら、歌わないとウソですから!…雪美ちゃんがスイッチ入れたら歌って―――チェンジです!」

雪美「せきにんじゅうだい…!」

菜々「では…始めましょうか。さあ、雪美ちゃん。いつでもいいですよ」

雪美「うん…!」

ほたる(わくわくをこらえられない顔で、雪美ちゃんは渡されたスイッチを押しました)
ほたる(照明はつかず、『メルヘンデビュー』の前奏が流れ始めて…そして)

菜々「メルヘン、チェーーーーンジ!!」


ほたる(私は、目を疑いました)
ほたる(そのとき、パッと照明がついて、あたりが眩しくなって―――)
ほたる(バトンを手にした菜々さんがくるりと回ると同時にキラキラッて光って―――)
ほたる(そしたらそこには、さっきまでの服はもうどこにもありません。キラキラ光る可愛い衣装。ウサギの耳…)
ほたる(『変身した』菜々さんが、そこにいたのです…!)

菜々「愛と希望を両耳にひっさげ、ナナ、がんばっちゃいまーす!!」

雪美「ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミン!」

菜々「ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミン!」

ほたる(雪美ちゃんは大興奮)
ほたる(菜々さんはそれに答えて、倉庫の狭さを感じさせない程に大きく踊って、歌って)
ほたる(私はそれを、目を丸くしてただ見ていたのです…)


ほたる「すごい…すごかったです!!」

ほたる(一曲どころか何曲も歌って、雪美ちゃんを送り出して、あとは私と菜々さんの二人だけ)
ほたる(私は驚きを隠せず、興奮していました)

ほたる「まるで、本当に変身したみたいでした。全然わからなかった―――!一体、どうやってあんなことを?」

菜々「あははは…いや、まあ…ありがとうございます…」

ほたる「菜々さん…?」

ほたる(なんだか、嬉しそうじゃ、ない…?)

菜々「…仕掛けは簡単なんです」

ほたる「えっ…」

菜々「よくある早替わりの仕掛けです。今日の私の服に仕掛けがありました」

ほたる「仕掛け…」

菜々「一枚の布に見えて、実は衣装が袋状にたたまれているんです。ほら」

ほたる「あ、本当。裏側にさっきまでの服…」

菜々「簡単に解けないよう、畳んだところはワイヤーでしっかり留めてあって。ワイヤーを抜くと衣装が広がります…ワイヤーはほら。このバトンのお尻に繋がっていて、右手に持ち替えて大きく振るといっぺんにワイヤーが抜けて、全身いっぺんに変化するわけです」


菜々「スカートと袖は大きく膨らんで欲しかったのでプラスチックのボーンが入れてあります。照明に輝くようにスパンコールを沢山つけて、構造上許される限り光沢素材を使いました。回転しながら全身一度に変わって、照明を浴びてあちこちが光るから―――どうやって変わったのか解らない。ぱっと見には『変身』したようにしか見えなかったでしょうね」

ほたる「凄い―――え、菜々さん?」

菜々「あとではあとちゃんにお礼言わないといけません―――どうしました?」

ほたる「菜々さんは、朝もこの服を着ていましたよね?」

菜々「ええ、そうですよ?」

ほたる「折りたたまれた布地で。あちこちワイヤーで留めてあって…ずっとそんな仕込み衣装を着て…?」

菜々「いやー、正直苦しかったです。ご飯も食べられないしトイレは大変だし、あはは」

ほたる「どうして、そこまで…」

菜々「どうしてって…朝会ったときと今で服が違ったら、不自然だから…」

ほたる「……衣装、苦しかったはずです。準備も、大変で…たった一度の、この変身のために、どうして?」

菜々「…ほたるちゃんは、お芝居を見に行ったことがありますか?」

ほたる「えっ?」

菜々「ナナは、カーテンコールがあまり好きじゃありませんでした。悲劇に倒れた人も、すごく悪かった人も、並んで笑って―――ただの人になっちゃう」

ほたる「菜々さん…」

菜々「―――あの瞬間、夢から無理に覚めさせられるみたいで。寂しかったのを覚えています」


菜々「ずーっと夢を見てる子は、居ません。誰だっていつかは夢から覚めるもの…だけど、いつ夢から覚めるかは、自分で選びたいじゃないですか」

ほたる「……」

菜々「だから、ウサミン星人ナナにカーテンコールはありません。雪美ちゃんが見てくれてる夢を、守りたかったんです…いつか自分で覚める日がくるまでは」

ほたる「……」

菜々「そして、覚めた後、大人は雪美ちゃんの夢を大事にしていたんだ、と解ってもらえたら、なおいいですね―――だからナナ今日は頑張りました!大成功と言っていいんじゃないでしょうか!」

ほたる「でも…菜々さん、あんまり嬉しそうじゃない…」

菜々「心残りがあるとしたら―――ほたるちゃんですかねー」

ほたる「わ、私?」

菜々「はい。ほたるちゃんにも信じさせられたら、最高でした。本当に変身したみたい、じゃなくて。『本当だったんだ!』って」

ほたる「……!」

菜々「まあ難しいですよねー用意してるの知ってたんだもん。それでもなお、というにはナナ修行が足りませんでした…あ」

ほたる(そのとき、衣装のスパンコールが一粒剥がれて、落ちました)
ほたる(菜々さんはそれを拾い上げて―――)

菜々「よかった。歌ってるときじゃなくて」

ほたる(そう言って、笑いました)
ほたる(菜々さんの手の中で光ってるそれは、あのときは確かに魔法のようにきらきらしていたのに、もう、安物のプラスチックにしか見えなくて)
ほたる(それを手にして笑ってる菜々さんが、なんだかとても―――なんだかとても―――)

菜々「…ってなんでほたるちゃん泣くんですかっ!?」

ほたる「ごめんなさい…」

菜々「え、えっ」

ほたる「ごめんなさい、ごめんなさい」



菜々「え、今泣くような話でしたか?ほたるちゃん何も悪いことしてないですよね!?」

ほたる「ごめんなさい…」

ほたる(私はわんわんと泣きました)
ほたる(『本当に変身したみたい』。自分の言った言葉が、よみがえります)
ほたる(きらきらをただのプラスチック片にしたのは、私でした)
ほたる(ちいさなプラスチックがそのとき、私には『アイドルということ』そのものに見えました)
ほたる(ただのプラスチックを、それを承知で本物にしようとしていた、菜々さん)
ほたる(その笑顔がとても眩しくて、遠くて)
ほたる(どれほど走れば、そこに近づけるのか解らなくて)
ほたる(私はその日、いつまでも泣いたのです―――)




(おしまい)

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