鞠莉「いざゆけ私のスターブライト号」 (20)
両親親の知り合いの家から誕生日に馬を一頭貰えることになった
まだ幼子の私にとって、今までの誕生日より、その日を一層楽しみにしたのは言うまでもなかった
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「一頭好きなのを選んでもいい」と言われた私の目に、ある馬が飛び込んで来た
風になびく深い栗毛、額には…星の紋章
「あの馬がいい」
私がそう言って指し示すと馬主は渋い顔した後、口を開いたわ
「そいつはもういい年の馬だ、お嬢ちゃんにはもっと若い馬の方がいい」
今思えば、正しい配慮だったのかもしれない
幼い私は駄々をこねた、わんわん泣いて両親と馬主を困らせた
今思えば子供の癇癪だったと思う
でも、あの時折れてくれた大人たちと、我儘な自分に感謝してるわ
だって、あなたと出会えたんだもの
初めてあなたに乗った時の事は、今でも覚えてる
子供が乗るには大きな背に乗せられて
その景色は…私の見たことない物だった
視界が開けて、文字通り世界が広がった
手綱を引いて駆け出せば、潮風に心が軽くなった
どこまでだっていける、そう思ったの
初めて私以外を乗せたのは果南とダイヤだっまかしら
私の見てる世界を二人にも見せてあげたい、そう思って引っ張って来たんだっけ
小さい頃のダイヤは泣き虫だったから…大きなあなたが嘶いただけで泣き出してたわね…
果南は度胸が据わってたから、案外すんなり走って楽しんでたかしら…
人って十数年で変わったり、変わらなかったり…面白いわね?
高校一年の終わりに、一端お別れしたわね
あの時の私は大切なものを見つけられなくて、彷徨って
独りぼっちだと…思い込んでた
そんな、愚かな涙に濡れた私の手を、あなたは黙って受け入れてくれた
二年越しに、帰って来た時
町も、学校も、友も
全てが少しずつ…変わっていて
それが無性に、悲しかった
別れも再会も涙なんて…弱い女だと思ったかしら
全てが上手くいった日
私達は空回りして、溺れるように足掻いて、抗って
それでも、針の穴に糸を通すような奇跡の末に、全部が繋がった
これはあなたが私の、十数年ぶりの夜泣きに付き合ってくれなかったら、起こらなかった事かもね?
Aqoursは私を入れて九人、なんだから
ちかっちと曜と梨子の三人で来た事もあったっけ
ちかっちは「なんで果南ちゃんこんな楽しい事教えてくれなかったの!」ってぶつくさ言ってたわね
梨子は何を言っても「無理」の一点張りで……結局曜と一緒に乗ったっけ…
二人乗りなんてしたことないのによく落とさなかったわね…?
ダイヤと果南が花丸を連れてきたこともあったわね
二人して馬に乗る花丸を心配そうに見つめてあーでもない、こーでもない…ふふっ、親子みたいだった
花丸が「やってみたいことがあるずら!」っていうから何事かと思ったけど
貴方の耳元で一心不乱に念仏を唱えてたっけ
流石のあなたもちょっと不服そうだったわね?
あのころ一年生の三人が目を輝かせて乗り込んできた時は何事かと思ったけど…
花丸が二人を引き連れて来たみたいで…
いつになくルビィの目が輝いてたっけ…犬とか苦手なのに…意外ね?
襲われなきゃ大丈夫なのかしら…?
善子は人の馬に勝手に小難しい名前つけてたわね
正直なところ善子のセンスは嫌いじゃないけど…
あなたの名前は一つよ、ね?
昔話に付き合わせちゃったかしら?
ごめん、ごめん…つい、懐かしくなって
もうあなたもすっかり老馬、お互い出会ってからずいぶん年を取ったわね…
あ、私はまだまだピチピチの現役だけど?
……なんで微妙に顔を背けるのよ
……花丸も念仏の中で言っていたわ
諸行無常、変わらない物などありゃしない
万物万象はまるで流れる水のように絶えず変化していく
それでも…あなたはずっと、一緒に居てくれた
その灯台のような星の輝きが、私の道標になった
だから、ありがとう
さ、そろそろお開きね
明日は久しぶりに島を一周しましょうか?
色んな人を背に乗せて来た、あなただけど
あなたを一番乗りこなせる名ジョッキーはこの私
そうでしょう?
おやすみ、スターブライト
おわり
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