「じゃあみんな、気をつけて帰るんだぞ」
『はーい』
『先生さよなら~』
おわりの会のあいさつをして、今日も小学校の授業は終わり。放課後になったとたん元気になる男子とか、近くの席の友達とおしゃべりを始める女子とかを眺めながら、アタシはランドセルに教科書やノートをしまいこむ。
「梨沙ー、今日もアイドルの仕事?」
「うん。事務所にいって、レッスンしてくる」
「そっか、がんばってね!」
「ありがと!」
アイドルを始めてから、学校の友達と遊ぶ時間は減っちゃった。でも、こうして応援されるのは、なんだかこそばゆくて、あとうれしい。
「じゃあ、また明日ね!」
「梨沙ばいばーい」
ランドセルを背負って、教室を出る。廊下を歩きながら、今日のレッスンの内容を頭に思い浮かべる。
昨日のダンスレッスンで、トレーナーに注意されたポイント。今日はちゃんとできるようにして、ぎゃふんと言わせてやるんだから!
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「的場、また明日な」
「さよならー」
玄関のところで会った体育の先生にあいさつをしてから、上履きからスニーカーに履き替える。晴におススメされて買ったんだけど、確かに動きやすいし足が疲れにくい気がする。運動が好きな子だから、そういう靴にも詳しいのね、きっと。
まあ、ちょっとおしゃれ度が足りないのは仕方ないけど。そこはアタシのセンスでどうにかしちゃうんだから。
「………って、あれ?」
スニーカーに合うファッションを考えながら歩いていたら、校門のあたりで警備員のオジサンが大人の男に詰め寄っているのが見えた。
「先ほどからこのあたりをうろうろしているようですが、何を?」
「ああいえ、私は怪しい者ではなく、ただ――」
不審者ってヤツかしら? でもあのスーツ、すごく見覚えがあるっていうか……そもそもあの顔、めちゃくちゃ頻繁に見ているっていうか。
「なにしてんのよ、アイツ……」
なんでここにいるのよ、とか、なんで不審者扱いされてるのよ、とか。いろいろ言いたいことはあったけど、とりあえず二人が立っているところまで走って。
「ごめんなさい。そこの人、アタシのプロデューサーなの」
「プロデューサー? ああ、そういえばアイドルをやっている生徒がウチにいるって」
「それ、アタシのこと。だからそこの人、不審者じゃないから」
「そうか。私はてっきり、変質者が生徒の下校時を狙っているのかと……どうもすみませんでした」
「あー、まあ確かにヘンタイのロリコンなのは合ってるけど」
「ロリコン?」
「あー! なんでもないです! じゃあ梨沙、いこうか。どうも警備員さん、紛らわしいことをして申し訳ありませんでした」
強引に話を終わらせたPは、アタシを連れて駐車場まで歩きだす。警備員さんは、ぺこりと頭を下げながら見送ってくれていた。
「ありがとう。梨沙のおかげで助かったよ」
「ホントにね。ていうか、なにしてるのよアンタ」
「たまたまここの近くまで来たから、ついでに梨沙を拾って事務所まで行こうと思ったんだ。それで、校門の前で待っていたんだけど」
「警備員さんに怪しまれちゃった?」
こくんとうなずくP。まったく……。
「ヘンタイだから怪しまれちゃうのよ」
「ははは。俺は普通にしていたつもりなんだけどな」
「アイドルの卵はいないかなーとか、ちょっと探してたんじゃないの? うちの生徒を目で追いながら」
「………」
「ヘンタイ」
「仕事だよ、仕事……でも、迷惑をかけちゃったのは事実だ。ごめん」
「いいわよ、もう。迎えに来てくれたのはナイスだし」
電車で事務所まで行くよりも、Pの車の助手席で座ってるだけのほうが楽だもん。
「今後は怪しまれないようにするよ」
「当然よ! 次はかばってあげないわよ?」
「うん、わかってる」
話しているうちに、Pの車の前まで到着。後ろの座席にランドセルを置いて、アタシは助手席に乗り込む。
「リコーダー、持って帰るんだ」
運転席に乗ったPが、シートベルトを締めながらアタシの荷物の中身に気づく。
「今度音楽のテストがあるから、練習したいのよ」
「なるほど。偉いな」
「……アタシのリコーダーで、なにかキモイこと考えてない?」
「どうしてそんな発想にいたったんだ」
「ヘンタイはリコーダーで変なことを考えるって、どこかで聞いた気がするから」
「俺は変態じゃないから変なことは考えないなぁ」
「え?」
「いや、そこで『え?』はおかしいぞ」
「小学生のアタシにキワドイ衣装着せるのに?」
「いや、それは世間の需要を考えてだな……」
車を運転しながら、アタシを説得するように『自分は変態じゃない』と言ってくるP。
でもアタシはごまかされないわよ。Pはヘンタイだし、ロリコン!
……まあ、ただのロリコンじゃないけど。頼りになるロリコン? うん、それでいいか。
「今日、学校はどうだった?」
「別にいつも通りよ。授業を受けて、友達とおしゃべりして」
「授業でわからないところとかは」
「ないわよ。アタシ成績優秀なんだから!」
「はは、さすがだな。一度、梨沙の授業風景を見てみたいよ。授業参観とか行けないかな」
「アンタ親じゃないでしょ……」
だよなあ、と笑うP。相変わらず、気の抜けるようなバカっぽい笑い方。
「学校のほうは心配なさそうだな。じゃあ、今日のレッスンは」
「昨日、うまくいかなかったところがあったから。今日はリベンジね」
「ダンスは梨沙の得意分野だから、トレーナーさんに負けられない?」
「そういうこと。絶対汚名挽回してやるんだから!」
「それ、たぶん『汚名返上』か『名誉挽回』が正しいと思うぞ」
「あ」
間違えた……ちょっと悔しい。
「ははっ」
「あー! バカにしてるでしょその笑い方!」
「そんなことはないよ。俺が梨沙くらいの歳の頃は、四字熟語なんて存在すらほぼ知らなかったくらいなんだから。惜しい間違いができるだけ俺より上だ」
「アンタの子どもの頃と比べられても」
「それに、梨沙なら次はもう間違えないだろう?」
「ん………トーゼンでしょ!」
「はは、やっぱりそうだよな」
またまたいつもの気の抜けた笑顔になるP。ホント、バカっぽい顔。パパの渋くてかっこいい笑顔とは大違い。
でも、なんでかしら。見てると落ち着くから、嫌いじゃないのよね。
「そうよ。ふふっ」
かっこいい顔はパパで十分! だから、Pはずっとこういうバカっぽい顔をしていてほしい……なんて、思っちゃうくらい。
「実際、梨沙の学習能力の高さは尊敬しているんだ。レッスンでも台本でも、のみこみが早いから」
「まあ、アタシの才能ってヤツかしら?」
「あとはもう少し俺への当たりを優しくしてくれれば」
「それはダメ」
「だよな」
「アタシに文句を言われないくらい完璧なプロデューサーになれば、問題ないでしょ」
「正論だ」
アタシはこれからトップアイドルへの道を突き進んでいくんだから、Pもちゃんと成長してついてきてくれないと困るのよ。
「よし、決めた! アタシは世界一のアイドルになるから、Pは世界一のプロデューサーになりなさい!」
「世界一! 目標が大きいなあ……」
「なによー、男ならシャキッとうなずきなさいよ」
「もちろん、そうなれるように精進はするよ。でも、世界一って単語を聞くと、どうしても」
「ふーん」
……実際、Pが世界一のプロデューサーになれるかって言われると、どうなのかしら。なってほしいのは確かだけど、うーん。
「………あ、そうだ! だったら!」
「どうかした?」
名案を思いついたアタシは、びしっとPを指さして。
「世界で、一番のロリコンになりなさい!」
「………え?」
「だから、世界で一番のロリコンになって」
「………」
「………」
「ぷっ」
「ちょっと、なんで笑うのよ!」
「いや、だってさ……はははっ! 急にベクトル変わったというか」
「でも、Pなら絶対なれるわよ。だってアタシのプロデューサーだもん」
「なんだそれ……けど、そこまで言われたら、なってみるか?」
「そうそう! どうせ元々ロリコンなんだから、いっそ世界一になっちゃいなさい! あ、でもキモイのはナシよ?」
「難しい注文だなぁ。ロリコンなのにキモくないって」
うーむとうなりながら、ハンドルを右に切るP。気づけば、事務所はもうすぐそこだった。
さあ、あの鬼トレーナーをぎゃふんと言わせる時が近づいてきたわ!
「アタシも頑張るから、アンタも頑張りなさい! いいわね!」
「………うん。そうだな」
開き直ったように笑うP。アタシもそれにつられて、一緒にめいっぱい笑ってた。
おしまい
おわりです。お付き合いいただきありがとうございます
こんな日常の一コマがあればいいなあという妄想です
過去作
的場梨沙「私のプロデューサーは、ロリコンです」
小松伊吹「キス魔奏」
モバP「なっちゃんと水着と夏祭り」
などもよろしくお願いします
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