【モバマス】サンタさんと他愛ない日々を (49)

モバマスSSです。
地の分を含むのでご注意ください。
更新不定期。

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 ◇



――あつい。あつい。うでが、あつい。
ゆっくりと、意識が浮上していく。

腕が燃えるように熱かった。
そして、でろりと粘液質な液体が腕にへばりついてるような感覚。

……きもちが、わるい。

「……う、……ぁ……」

苦悶に満ちた喘ぎが、俺の口から漏れた。

そして、目が覚める。
朝を迎える。





 ◇

ぼやけた視界が広がった。
月並みな言葉だが、ただの見慣れた天井だ。
熱を感じない方の手は薄手の毛布を握りしめていた。

枕に乗せていた首筋はじっとりと汗をかいていた。
季節は夏。
このうだるようなこの暑さは寝苦しいことこの上ない。

朝、朝なのだ。
目は覚めている。

だというのに、夢で感じた焼けるような熱も、不快なへばりつくような液体の感触も残ったままだ。

首を枕に載せたまま、未だ熱を感じる腕の方へと向く。

―――そこに、在るのは元凶であった。

俺の腕を抱えるように眠りに就いている銀の髪。
その持ち主である彼女、イヴ・サンタクロース。
彼女は両手で大事な宝物のように俺の片腕を抱えている。

そりゃ、暑いはずである。
というかなぜこの女が俺の布団で寝ているのか理解出来なかった。

「……うにゃむ……へへふぇ……」

未だ夢の中に在る彼女は珍妙な寝言を零している。

……俺のパジャマの袖口を咥えながら。
くしゃくしゃ、ぺしゃぺしゃ、と時折耳慣れない小さな音が聞こえる。
この音、俺のパジャマの袖口が咀嚼される音でである。

なんでじゃ。



夢の中で腕に感じた燃えるような熱がイヴ・サンタクロースの体温なら粘液質な液体はなんなのか。考えてはいけない、と本能が警鐘を鳴らす。
……だが、視線はやはり違和感の場所へと向かってしまうもので。

袖口の辺りから指先まではべっとりとイヴの唾液に濡れていた。

人は理性を持つ生き物だ。
ゆっくりと、彼女を起こさないように俺は起き上がる。

怒ってははいけない、荒れ狂う感情に流されてはいけない。
スマイル、笑顔です。

注意しながらイヴになぜか抱えられている腕を引き抜く。

自然、俺のパジャマの袖が彼女の口元から外れる。
イヴの唾液が自然、糸を引いて、千切れるのが見えた。見えてしまった。

……ちょっとだけ、泣きたくなった。

羽織っていた薄手の毛布をイヴに掛けてやる。
ついでに、敷布団をイヴを中心にしてくるくると巻いて簀巻にしてやる。

窓から見える朝の光が、目に眩しく確かな熱を感じる。
ぶっちゃけ、ちょっと暑い。
カーテンを開き、簀巻を日向へと蹴り転がす。

「……う゛……あ゛ぁ……」

決して年頃の娘が出しちゃいけない声を漏らし、真夏の太陽光に焼かれる簀巻サンタ。
たちまちだらしなかった顔が苦悶に歪み、口元がぱくぱくと意味もなく動く。

溜息を一つ吐き、ひとりごちる。

「……池の水面で口をぱくぱくさせてる鯉って割りと真剣に怖いのってなんでなんだろ。やっぱでかいからかな」


そんな穏やかな寝起き。

一旦ここまで。
おやすみ

「わかってない!」

イヴは吠える。
非難がましい瞳を俺に向け、肩を怒らせながら。

「わかってない!わかってない!あなたはわ・かっ・て・な!ぁ!い!」
「……なにがさ」
「ぐるるるるるぅ!」

『ぐるるる』ってお前、どこの猛獣だよ。人間の言葉で頼む。
おおよそいい歳した娘さんが使いかねるような唸り声だ。というか、世の娘さん方は唸らない。多分。いや、唸るかもしれないけど多分少数派。

「女捨てすぎじゃないか」
「すぅーててなぁーいですぅー!むしろ全力で女の子してるじゃないですかぁ!」
「へぇ」
「なんかすごいなげやり!」

そりゃ、なげやりにもなる。
というか、真面目に相手するのも疲れそうだった。

「そもそも、ですよ。あなたの女の子像ってどんなのなんです?」
「……えっ、そりゃあ、あれだよ」

改めて女の子像と言われると中々難しいものがある。
そもそもの話、最も身近な異性で脳裏をよぎるのがサンタクロースである時点で我が人生は致命的に色気が足りないのでは。

諦めるな。
そうだよ、簡単だ。女の子っぽさ、女の子っぽさだろう。
記憶を搾り出すんだ、俺。

「……ほら、アイドルの五十嵐響子、みたいな」

ほら、頑張れば出てくる。
やっぱりやればできるじゃん、俺。

「家事万能、容姿端麗、柔らかな物腰みたいな――」

五十嵐響子という俺の求めに応じて我が脳内に降臨した大天使について語ろうとしたそれは予想外のものに遮られた。

掌に柔らかな感触と、熱を感じる。
気づけば俺の掌はイヴの両の掌に包まれていた。

金の瞳から慈愛に満ちた眼差しが俺に真っ直ぐに注がれている。
イヴのその口元は薄っすらと笑みの形を浮かべている。

この表情を、俺は知っていた。
決まって毎年、聖夜の前後になると彼女は姿をあまり見せなくなる。
俺から理由を尋ねることはないし、イヴから語ることもない。

ただ、その頃に浮かべている心の奥に灯を灯すような笑みだ。
そして、イヴはゆっくりと口元を動かす。

「あなたは女の人のお友達、少ないですもんねぇ」

どこかしみじみとした、イヴの不意打ち気味の言葉のナイフが俺の硝子の心をズタズタに切り裂いた。
なんか、こう、……同情されていた。

そして、イヴは俺の掌から左の手を離すと自分の胸元にやり、ふんすと胸を張ってからのたまうのだ。

「現実をっ、見るべきだと思いますっ!」

見た目ファンタジー、脳内お花畑、職業サンタクロース(トナカイ付き)、に現実を突き付けられる稀有な、稀有すぎる状況は容易く俺の心を粉々に砕いた。

だからこそ、こんな茶化しに茶化された馬鹿みたいな状況でそれに気づいたのは奇跡に近かったのかもしれない。
金色の瞳が強い決意の光を帯びて輝いていることに。

「だから、目の前の女の子とかっ、見ておくと損しないかなぁって、ずっと。それと……させるつもりもないかなぁ。ぜったい、絶対……ですよ」

きっと、俺は遠回しに告白されていた。
少なくとも今、この場で真っ直ぐに好意をぶつけられているのだということは分かった。

―――応えなければいけない。
自然と覚悟は決まっていた。
いや、元々決まっていたのだろう。それを言葉に出す勇気がなかっただけで。

イヴに握られていた掌を握り返す。

か細い声が漏れる。
緊張のせいか、イヴの喉がこくり、と鳴った。

「……ぁっ」

イヴの睫毛が震える。
そして、金色の瞳が涙に潤んだのが分かる。

「少しだけ、聞いて欲し―――」
「のんじゃった」

俺の言葉を遮るようにイヴから放たれる謎の言葉。
……『のんじゃった』なんの話だ。





「ボタン、呑んじゃった」

イヴはもはや、半泣きだった。

猛烈に嫌な予感がした。
俺はイヴに喰いちぎられてボタンの失われたパジャマの袖へと視線をやる。

そう、『喰いちぎられた』のだ。
イヴの口の中に、ボタンは入っていったのだ。

「お前……まさか……」
「だって、だって……『ぺっ』てあなたの前でボタンを吐き出すのなんて、はしたないじゃないですかぁ!」

野獣のようにボタンを喰いちぎるのははしたなくないと申すか。
……なんだか頭が痛くなってきた。

「……まぁ、それはそのうち出て来るだろう。だからだな、今は俺の――」

どこから出てくるのか、そんなことは置いておく。
もはや、置いておかないとやってられなかった。

「いや」
「話をだな――」

「いやぁぁ、ですぅぅぅ!」

イヴは俺に背中を向けると、叫び声をあげて走り出した。

「えぇ……」

突然の出来事に頭が追いつかない。

「今はその話だめ。マジメな話だめぇ……ですよぉ。わたし、すごく格好わるいからだめですぅ!?」

どんどん、と廊下を駆け抜ける足音がする。
そもそも格好いいところがヤツにあったのかについては審議の必要があったが、今はそれはどうでもいい。

踊る銀の髪を追い、俺は走り出す。

「手短に済ませるから!」
「それはそれでやぁですぅ!」

確かに。
ストレートな告白はともかくとして、おざなりなのはちょっと嫌かもしれない。

外に逃げ出す訳でもないようだから、逃げる場所など元々ない。
イヴは物置に使っている一室に飛び込み、そのまま扉を閉めるなり鍵をかけた。
俺は、鍵の掛けられた扉の前で荒い息を吐く。

自然と、木製の扉越しに言葉を交わすことになる。

「もうちょっとしっかりしたシチュエーションがいいんですぅ!」
「わかった、わかったから!」
「どうせなら、情熱的なのがいいです」

柄じゃないのが分かりきっていたものだから、若干げんなりする。

「……きちんと、追いかけてくださいね」
「はいはい」
「本当に聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
「もぅ~」

扉越しに聞こえる声は不満そうで少し笑える。

「……えへへ、楽しみですね」

元々、こちらに届けるつもりもなかったのだろう。
囁くような透明な感情を乗せた声が僅かに漏れ聞こえてくる。
扉に背を預けて、瞼を閉じる。

なんとなく、右腕を持ち上げてみると、ボタンという留め具を失った袖が捲れ上がった。
ふと、ここにあったボタンが今はヤツの胃袋に収まっているのかと考えてしまう。

「ホント、意味がわからん」

絶対にこんなの、お馬鹿だ。しかも、ひどく疲れる。
だというのに。

「あー。楽しい」

俺は一歩、一歩と踏み出していく。

「めしー、めしの時間じゃー」

俺がそう言った少し後に背後で鍵が外され、扉の開く音がする。
そして、気の抜けるような声が聞こえる。

「おー!」



願わくば。
願わくば、この少し間の抜けたサンタさんとの他愛ない日々がいつまでも続きますように。




【モバマス】サンタさんと他愛ない日々を END

これにて完結。
生まれ変わって純真な子供になったらプレゼントは幼馴染ポジの美少女サンタクロースとかを頼みたい。
ここまでお付き合い頂き感謝感謝です。

おい、ボタンはどうした!?

というより、告白シーンが抜けてるぞ

>>44
サンタさんはトイレ行かないからサンタさんの胃酸(サンタ酸)で溶けました
告白シーン……知らない子ですね……

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