喪黒「ほほう、あなた、そのアニメのキャラクターのことを愛しているのですね」 (17)


喪黒「私の名は喪黒福造……人呼んで笑ゥせぇるすまん」

喪黒「ただのセールスマンじゃございません」

喪黒「私の取り扱う品物は心……人間のココロでございます」

喪黒「この世は老いも若きも男も女も、心の寂しい人ばかり」

喪黒「そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします」

喪黒「さて、今日のお客様は――」


≪肝尾 琢郎 30歳 公務員≫


ホーッホッホッホッホ……

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【役所】

上司「何度言ったら分かるんだ!」

肝尾「すみません……すみません」

上司「君、もう三十にもなってちゃんと仕事を覚えられないなんて、恥ずかしくないのか!」

肝尾「すみません……」




同僚「肝尾って異動して半年になるのにまだ日常業務もまともにこなせないんだよね。しわ寄せは全部こっちに来るし参っちゃうよ」

非常勤女「こっちも大変ですよ。肝尾さんの指示って全然要領得ないですし。正直、いないほうが部署がうまく回るというかー。あの人暗いし、話すること自体嫌っていうか、不快なんですよね」

同僚「おいおい、そこまで言ってやるなって。可哀想だろ」

非常勤女「絶対、結婚できないタイプですよねー、あの人」

同僚A「結婚どころか、あいつ、女に相手にされないんじゃないの。顔もキモいし」

非常勤女「アハハハ、そこまで言ったらカワイソウですよー」


肝尾「……お先に失礼します」

【街中】

肝尾(また陰口叩かれてた……。いいんだよ別に。リアルの女とか、マジで面倒臭くてウザいだけだろうし)

肝尾(相手にされないんじゃないんだよ、こっちが相手にしていないだけなんだって)

肝尾(つーか、何だよ結婚って。お前らにごちゃごちゃ言われる筋合いはねえよ)

肝尾(俺にはちゃんと嫁がいるんだし)スス

肝尾(はは、可愛いなあ。愛してるよ、OOO。俺を慰めてくれるのは君だけだよ)

肝尾「……はあ」

喪黒「ホッホ、そちらが、あなたの奥さんですか」

肝尾「ひっ!」

喪黒「スマートフォンの待ち受けに写った奥さんの写真。いいえ、写真というよりは、絵のように見えましたがねえ」

肝尾「だ、誰ですか……あなたは」

喪黒「ワタシですか。見ての通り、しがないセールスマンでございますよ」

肝尾「あの、キャッチセールスとかだったら他を当たってください」

喪黒「まあまあ、そう言わずに。こちら、ワタシの名刺です」

肝尾「はあ……。えっと、喪黒……さん?」

肝尾(ココロのスキマをお埋めします……?)

喪黒「肝尾さん。あなた、奥さんの待ち受けを眺めながら、ちょっぴり寂しそうな顔をしてましたね」

肝尾「い、いや……そんなことは……。というか、どうして僕の名前を?」

喪黒「まあまあ、細かいことはいいじゃありませんか。どうです? これから私の馴染みのバーで一杯。何か悩み事がおありなら、お話しの相手になりますよ」

肝尾「え、いや、でも……」

喪黒「でも、何です? これから何かご予定がおありですか? おうちでお嫁さんが夕飯の支度をしてお待ちだとか。それともデートのお約束でも?」

肝尾「………………」

肝尾「……いえ」

喪黒「そうですか。ではご案内しましょう。さあ、こちらへ」

【BAR―魔の巣―】

マスター「………………」キュッキュッ


喪黒「ほほう、あなた、そのアニメのキャラクターのことを愛しているのですね」

肝尾「はい。『俺の嫁』なんです」

肝尾「高校生の頃、試験勉強の合間にたまたま見た深夜アニメに出てきたキャラで。それまでは、たいしてアニメなんて見ることもなかったんですけど」

肝尾「この子を一目見た瞬間、もう、完全に惚れてしまったといいますか、もう好きで好きでたまらなくなって」

喪黒「つまり、このキャラクターの見た目に惹かれたと?」

肝尾「いえ、違います! 最初は確かに見た目でしたけれど、アニメを見続けるに従って、彼女の内面とか仕草とか、彼女の全部が好きになって!」

喪黒「具体的にどういうところが?」

肝尾「例えば……、いわゆるツンデレキャラっていったらテンプレっぽいですけど、本当は人見知りなのに、気を許した相手には乱暴な言葉を投げかけたりするんです」

肝尾「性悪とか呼ばれるけれど、素直になれないだけで、構ってもらえないと嫉妬するところも可愛いですし」

肝尾「本当は優しくて良い子で、大事な時にはいつも周りのことを想って行動するし、争い事は誰より嫌ってるところも」

肝尾「カラスが死ぬような卵焼きを作ったり字が下手でひらがなを間違ったりするところも、もう何もかも本当に可愛くて……!」

喪黒「……」

肝尾「あ、すみません。こんな話聞かされても気持ち悪いだけですよね。アニメキャラを愛してるだなんて」

喪黒「い~え~、そんなことはありません。肝尾さんがどれだけ彼女のことを愛しているのか、よぉく分かりました」

喪黒「愛にはさまざまな形があるものです。何も後ろめたく思うことはありません」

肝尾「……そうですか」ゴクゴク

肝尾「ふぅー」カラン

喪黒「肝尾さんは、そんな愛しの彼女と一途な愛をはぐくみ、めでたくご結婚されたと。なにせ、『俺の嫁』なんですからねえ」

肝尾「……は、はい」

肝尾「おやおやおや、そんな幸せの絶頂にあるはずのあなたが、どうしてそんな暗い顔をして、ため息をついてしまうのです?」

肝尾「その……。仕事が上手くいっていないこともありますけど」

肝尾「どうしても越えられない壁があるじゃないですか。彼女はどれだけ願っても、画面の外に出てきてくれない!」

肝尾「彼女が作ったお菓子を食べたり、一緒にデートに出掛けたり……それから、……とにかく世間のリア充どもが当たり前のようにやっていることを……」

肝尾「僕も……僕もそういうことが、したいんです……!!」

喪黒「ホホ……ナルホドナルホド、肝尾さんの気持ちはよぉく分かりました。アナタのお悩み、解決できるかも知れませんよ」

肝尾「解決って? そんなことできるわけ……」

喪黒「アニメのキャラクターと、現実の世界で付き合うことができればいいのでしょう?」

喪黒「あなたに、この眼鏡をお渡ししましょう」

肝尾「眼鏡? 何ですか、これは」

喪黒「この眼鏡をかければ、あなたの願いは叶います」

肝尾「こんな何の変哲もない眼鏡をかけたらって……。ちょっと、これって詐欺とかそういうのなんじゃ……」

喪黒「ホッホッホ、騙されたと思って使ってみてください。きっと、あなたのご期待に沿えること請け合いですよ。お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それがなによりの報酬でございます」

肝尾(タダなのか。タダなら別に……もらうだけならいいんじゃないか。胡散臭い話だけど)

喪黒「ただし」ズイッ

肝尾「は、はいっ?」

喪黒「その眼鏡をかけるのは、1週間に1回、30分間だけにするように。よろしいですね……約束ですよ」

――――――――
――――

【肝尾の住むアパート】

肝尾「ただいま」

シ――――――ン

肝尾「……」

肝尾「はああああ……今日も嫌な一日だった」

肝尾「……」チラ


騙されたと思って使ってみてください。きっと、あなたのご期待に沿えること請け負いですよ。


肝尾(かけてみるか……この眼鏡)

肝尾(あのおっさん、30分だけって言ってたっけ。一応、アラームをセットしておくか。よし、これでいい)

肝尾「………………」スチャ


肝尾「……」

シ――――――ン

肝尾「何だよ。何だよ……何も変わらないじゃないか。あのオヤジ……やっぱり俺を騙し」

カタンッ

肝尾「ん」

肝尾「何だ、ドアの郵便受けに何かが……手紙? こんな時間に誰が?」

肝尾「て、手紙っ……! ま、まさか……!」

ビリッ パラパラ

肝尾「あ、あ、ああっ……」




≪ まきますか まきませんか ≫




――――――――
――――

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「朝です!朝です!しゃっきり目ん玉開けやがれです!
寝るしか能がないですかー?寝てばっかりいるとブクブクのブタさんになっちゃうですよ?
もぉ~~~早く目を覚ますですぅ!」

「ん~~おいしいですぅ。やっぱりOOOの焼いたスコーンは最高ですぅ。
お前もさっさと食べるです!残したりしたら二度とお天道様を拝めなくしてやるです。
へ、食べさせてほしいですって?……しゃーねーなぁです。さっさと口を開けるです。はい、あ~~ん♪
て、やると思ったですか、このおバカ!」

「晴れた日は散歩に限るです。太陽の光を浴びないとひねくれた性格になっちゃうですぅ!
はあ、それにしても、日曜の公園は恋人ばっかりですぅー……。っ……なに、じっと見てるですか?キモいですぅ~!勘違いも甚だしいですぅ!
でも、お前がどうしてもと言うのなら……手ぐらい繋いでやってもいいです……。か、勘違いするなですよ!
お前がみじめでどうしようもないからOOOが救いの手を差し伸べてやっているですぅ~!」

「やりましたわねぇ~!寄るな触るな抱きつくなですぅ!このブタ人間っ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【会社】


上司「肝尾! また同じミスの繰り返しか!つい昨日説明したじゃないか。お前は日本語も分からんのか、ええ!?」

肝尾「………………」

上司「おい! 何とか言ったらどうなんだ!」

肝尾「……へへ」

上司「ん?」

肝尾「ふひ、ふひひひひひひ……」

上司「っ」ゾクゥ

上司「も、もういい。自分の席に戻りなさい」


非常勤女「うわあ、肝尾さん。またひとりでニヤニヤ笑ってますよ……。気持ち悪。何か心ここにあらずって感じだし。同僚さん、何とか言ってあげてくださいよ」

同僚「嫌だよ、俺だって気持ち悪いし。はぁー、もうあいつにどんな業務振っても時間の無駄だわ。もう俺が全部やるよ」

非常勤女「ええー。大変ですねえ、同僚さん」

同僚「代わりにルーティンワークの一部を非常勤女さんたちに回すから、頼むよ」

非常勤女「ええー!? ちょっとそれはないですよー!」

【肝尾の住むアパート】

肝尾「ただいま」

シ――――――ン

肝尾「ふ、ふふふへ……」

肝尾「あと一週間、あと一週間経てば……また彼女に会える」

肝尾「あと一週間……」

肝尾「一週間?」

肝尾「いっしゅう……かん……?」

肝尾「はぁ……はあ……はぁ……」

肝尾「一瞬間なんて……待てるわけないだろ」

肝尾「会いたい……会いたい……会いたい……彼女に会いたいっ」

肝尾「この眼鏡を……この眼鏡をかければ今すぐ……彼女に会えるっ……」

肝尾「約束なんか……知ったことかっ……!!」


スチャ


肝尾「……」

ツンツン

肝尾「! OOO!」クルッ




喪黒「はぁ~もう9時を回ってるですぅ。夜は眠りの時間ですぅ。さっさと電気を消すですぅ、ブタ人間!」(CV:大平透)




肝尾「ぎゃあああああああああっ!!?」

肝尾「も、も、喪黒……さんっ……」

喪黒「いけませんねえ、肝尾さん。あれほど忠告したのに。アナタは約束をお破りになった」

肝尾「ひ、いや……これはその……だって!」

喪黒「たった一週間、待っていれば。あなたは至福の30分間をいつまでも享受することができた。その代償、アナタの身を以て受けていただきましょう」

肝尾「な、何をっ……!」






喪黒「ドーーーーーーーーーーン!!!!」






肝尾「うわああああああああああああああああああっ!!」


――――――――
――――

【SHOP―虎のアナ―】

客A「お、ロー〇ンの同人だ。久しぶりに見た」

客B「お、この絵師さんの絵好きなんだよなー。折角だし買うか」


客B「おー、原作絵の再現度高いじゃん」

客A「それにしてもこのモブの名前、肝尾琢郎ってwww」

客B「見た目が典型的ななキモオタだなwwwお前かよwwww」

客A「は?wwお前だろwwww」





喪黒「オーホッホッホ……、これで肝尾さんもようやく、無制限に二次元と三次元の壁を超えることができましたね」

喪黒「キャラクターに現実世界に来てもらうか、自分が現実世界から二次元の世界に行ってしまうか」

喪黒「アニメオタクと称される種族の方々には、どちらの方が本望なのでしょうかねえ」

喪黒「もっとも、肝尾さんが眼鏡を通して見た世界は、仮想的で拡張的な、仮初の現実に過ぎなかったわけですが……」

喪黒「ホッホッホ……オーーーホッホッホッホ……」




〈 終 〉

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