今更ながらあのネタのSSを書きました。
ちょっと長めの作品になります。
初めてなのでいろいろ不手際があるかもしれませんが、寛大な心で見ていただけると嬉しいです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1490808858
「待ってっ!!待ってよっ!!お姉ちゃん!!」
声が響く
幼さを残した聞きなれた声
同じ屋根の下、15年以上共に生きてきた愛しき妹の声
このやりとりも物心が付いたころから、ずっと繰り返してきた
そんな光景
「全くしょうがないですわね……」
そんな言葉と共に振り返ると息を切らした少女が一人、悲しげな顔をしてわたくしを見つめていた。
その容貌は真っ赤な髪とわたくしと同じ翠眼の少女――
ではなかった。
――髪は黒っぽく、瞳は紅い。
「お姉ちゃん……っ」
「あなたは……誰ですの……?」
何故か視界がぼやけて、その少女の姿を把握できない。
「お姉ちゃん……」
どこかで聞いたような……
そんな声が頭にこだまするのと同時に世界が白く白く染まって――
* * *
* * *
カーテンから漏れる朝日に覚醒を促される。
ダイヤ「ん……っ」
脳に酸素が行き渡るのを感じながら、先ほどまで見ていた不可思議なモノが夢だったことを理解する。
ダイヤ「……最近、年下に囲まれすぎているからかしら……」
まさかルビィじゃない誰かが妹なんて設定――いや、果南さんなら板に付いてるし、鞠莉さんならノリノリで楽しみそうですけど――ありえませんわ。
全く夢とは言え愛しの妹の姿を間違えるなんて。
そんな、自分の意思ではどうにもならない夢の中の自分への文句を払い捨てるように寝ぼけ眼を手で軽く擦ると――
ダイヤ「……えっ」
その指には不可解な水が――いえ、目から出ているのですから不可解でもないですわね。
わたくしは何故か涙を流していた。
* * *
洗面所で鏡を見ると思ったよりもはっきりと涙の筋が1本出来ていた。
理由はわからない。
まあ夢のことなので、これ以上考えてもしょうがない、と切り替えて
わたくしはさっさと顔を洗い涙の跡を消す
ダイヤ「……よし」
軽い身支度を終え食卓につくと、いつも通り母親が作った朝ごはんが並んでいた。
黒澤母「ダイヤ、おはよう」
ダイヤ「おはようございます、お母様」
わたくしに気付くと、お母様はわたくしたち姉妹と同じ色の瞳でいつも通り微笑みかけてくる。
そしてもう一人この家の家主
ダイヤ「おはようございます、お父様」
黒澤父「おはよう」
先に起きて食事を取っていた父にも朝の挨拶をする。厳格な父は母親とは打って変わって、わたくしたちとは見た目は似ていない。
――まあ、華も恥らう女子高生が父親と容姿がそっくりだったらそれはそれで困りますが――
いつも通り――我が家で唯一朝の食卓にいない妹のことはとりあえず置いておいて――朝食を済ませる。
それなりに時間に余裕を持ち、ゆっくりと古風な家柄に似つかわしい朝食――鞠莉さんに言わせるとザジャパニーズブレイクファースト!!――を食べ終え……未だに起きてこない妹に心の中で嘆息しながら
ダイヤ「ごちそうさまでした……ルビィを起こしてきますわ」
席を立つ
黒澤母「あら、珍しいわね。普段なら放っておいて先に行っちゃうのに」
ダイヤ「今朝は生徒会の仕事に少し余裕があるので……」
これは半分本当で半分嘘
あんな夢を見てしまったことに対する自分への戒めかなんなのか
とにかく、ルビィを一目見てから学校に行きたい気分でした。
* * *
「失礼します」と襖の前で一言を声をかけてから
ダイヤ「ルビィ、朝ですわよ。早く起きないと遅刻しますわよ。」
ドアの向こうでまだすやすやと眠っているであろう妹に向かって忠告する。
――ドサッと、何かが落ちる音がした。
大方、寝ぼけたルビィがベッドから落ちたのでしょう。自分と違ってマイペースな我が妹はベッドから落ちたぐらいではまだ寝ていそうだななどと
内心やれやれと思いながら、部屋に入る。
ダイヤ「ルビィ入りますわよ」
ルビィ「……おねえちゃん……っ」
ドアを開けた先には予想外の光景が広がっていた。
いや予想外だったのはルビィが起きていたということではなく――
――ルビィは泣いていた
今朝のわたくしのように
予想外の事態に一瞬呆然としたのも束の間、はっとしてルビィに駆け寄る
ダイヤ「ルビィ!?どうかしましたの!?」
ルビィ「あ……っ……な、なんでもない……っ」
焦って青ざめた顔で駆け寄るわたくしの姿と対比するかのようにルビィは違う意味で焦って顔を赤くして、首を振る。
その仕草を見て、怪我をしたとか、何かとんでもないことが起こったわけではないことを確認し、安堵する。
ダイヤ「怖い夢でも見たのですか……?」
ルビィの頭を優しく撫でながら
ルビィ「怖い夢……というか……」
涙の理由を問うと
ルビィ「寂しい夢……だったかな……」
ダイヤ「寂しい夢?」
ルビィ「お姉ちゃんが……私をおいてっちゃう夢……」
どこか空を見るような目でそんなことを言うルビィ
全く姉妹揃って朝から見た夢で泣くなんて、鞠莉さんが知ったら大喜びでからかってきそうですわね。
ダイヤ「全く……おいていったりなんてしませんから」
ルビィ「あ、うぅん……そうじゃなくて……」
ダイヤ「……?」
ルビィ「ダイヤお姉ちゃんじゃない……お姉ちゃん……?」
ルビィ自身も自分で言っていて語尾に疑問符がついている。
ダイヤ「……ルビィの姉はわたくしだけでしょう?」
ルビィ「あ、うん……そうだよね……ごめんなさい。」
ダイヤ「まあ、夢は得てして荒唐無稽なものですわ。大丈夫なら早く顔洗って朝ごはんを食べてしまいなさい」
ルビィ「はぁい」
ぼんやりと返事をして、とててと洗面所に向かうルビィの背中を見ながらひとりごちる。
ダイヤ「全く――」
――二人揃って、世界に一人しかいないはずの姉妹を間違えるなんて。
* * *
ルビィが朝食をかきこみ始めたのを尻目に、一人で登校して、ついた生徒会室にはすでに先客が二人
果南「おはようダイヤ」
鞠莉「ダイヤが遅れるなんてrareなこともあるんだネ!!」
果南さんと鞠莉さんが書類の整理をしていた。
ダイヤ「おはようございます。ちょっとルビィを起こすのに手間取って遅れただけですわ。」
果南「あはは、お姉ちゃんも大変だね」
ダイヤ「……そうですわね」
『お姉ちゃんじゃない……お姉ちゃん……?』
今朝のルビィの言葉が頭を掠める
鞠莉「それじゃ、早速で悪いんだけど、この予算案目通しておいてね!!」
ダイヤ「……はい」
ぼんやりとした頭のまま席に着くなり鞠莉さんから渡された予算案とやらに承認案を押す
鞠莉「……ダイヤ?」
ダイヤ「……はい?」
鞠莉さんが信じられないものを見るような目でわたくしを見つめていた。
鞠莉「こんな無茶な予算案通しちゃいけないと思うんだけど……」
ダイヤ「……は?」
言われてちゃんと目を通すと、恐らくお菓子の名前のだと思われる横文字がたくさん並んでいる。ついでに言うならどれもこれも後ろにたくさんの〇がついている。
こんな馬鹿げた予算案を出すのはどこのどいつだと思い目を凝らすと
『スクールアイドル部』
ダイヤ「うちの部じゃないですかっ!!!」
鞠莉「全くぅ~……ダイヤはそそっかしいね~」
ダイヤ「発案者はあなたでしょ!!」
いつぞやの再開のときのように鞠莉さんのネクタイをひっつかんで激昂する。
鞠莉「It's joke.」
返しまであのときまま。思わず呆れてしまう。
ダイヤ「……はぁ」
鞠莉「ダイヤったら朝からボケボケだネ!拾い食いでもしたの?」
果南「もう、鞠莉。真面目に仕事してよ……」
果南さんが大雑把に書類を仕分けしながら鞠莉さんを嗜める。
果南「でも確かに珍しいね。ダイヤがぼーっとしてるなんて。なんかあったの?」
ダイヤ「……大したことではありませんわ。」
果南「もうまたそうやって抱え込む……なんでも相談してって言ったじゃん」
ダイヤ「か、果南さん……」
その頼もしい言葉は、自分に自信がなかった頃幼き日のわたくしを守ってくれた果南さんを想起させるようで、つい――
ダイヤ「今朝……変な夢を見たんですの……ルビィじゃない……わたくしを姉と呼ぶ知らない誰かの……」
鞠莉「……ぷっ」
――言ってから、絶対に知られたくない相手もその場いたことを失念していたことを酷く後悔する。
鞠莉「……つ、つづけて……っ」
目の前でぷるぷると笑いをこらえている鞠莉さんに促されて続きを話す……前にさっきの予算案を丸めてぶつけてやりましたわ。
鞠莉「アウチッ!!」
ダイヤ「それにルビィも同じような夢を見たようで……私じゃない姉のような誰かの夢を……」
鞠莉「やはりルビィ絡みですか。ダイヤはルビィラバーだからね」
果南「立ち直り早っ……ってか、ルビィラバーってなに……」
果南さんは一連のやり取りを呆れた顔で見ながら
果南「でも夢のことなんでしょ?確かに姉妹揃って同じような夢見るのは不思議だけど……そこまで気にするようなことじゃないんじゃない?」
ダイヤ「まあ、そうなんですけどね……」
鞠莉「いや、そうとは限らないよ!!」
女3人揃っているのに一人で姦しさを体言している人間が茶々を入れてくる。
鞠莉「夢って記憶に起因するから、もしかしたら生き別れの姉妹がいるってことなのかも!!」
果南「いや、ないでしょ……それに姉妹揃って同じ夢を見た理由にもなってないし……」
鞠莉「いいえ!!夢というのは無意識下で繋がっているという説があって、地域によってはその集合的無意識が象徴として残ったりすることもあるくらいなのよ!!」
果南「ふーん……」
あ、難しい話が始まったと言わんばかりに聞き流すモードに入って作業を黙々と進める果南さん。
鞠莉「かなーん!!無視しないでよー!!」
ハグッ っと果南さんに抱きつく鞠莉さん
果南「……仕事しなさい」
果南さんは適当にあしらって、ペシっと書類のたばを鞠莉さんの額に叩きつける
果南「とりあえず仕事進めないと、放課後の部活に差し支えるよ」
ダイヤ「それもそうですわね……」
果南さんが真面目にやっているのに生徒会長と理事長がまともに仕事してないのもどうかと思うので少し集中して机に向かうことにしました。
ですが……
なんなんでしょう……この胸のつっかえは――
* * *
ダイヤ「わたくしは一体何をしているんでしょうか……」
結局、今日一日なんだかぼんやりしてしまい、練習もあまり集中できてなかったためか果南さんに「少し休んだ方がいいかも」と言われ練習を早めに切り上げて家路に付いたのですが
どうにも落ち着かず、今は自宅の奥まったところにある書庫で探し物をしています。
ダイヤ「……ありましたわ。」
手に取ったのは立派な様相の厚手の本。
これは網元黒澤家の成り立ちや歴史などがまとめられている本。
過去に大きな力を持っていた旧網元の史書ですから、もちろん公共の図書館でも探せば置いてあるとは思いますが
自宅の書庫もそこそこの蔵書量があり、なにより自分の一族のことをまとめた本ですから、ここで探した方が早いと思い
帰宅して早々、普段は入らない埃だらけの書庫にやってきたのです。
ダイヤ「まあ……仮に鞠莉さんの言うように生き別れの妹がいたとしてもこんなところにまとめられているとは思いませんが……」
ペラペラとページをめくり、軽く斜め読みしながら、それっぽい情報を探す。
ダイヤ「あ、これ……」
黒澤家の仕来りの項目を見つけ、そこに目を通す
『黒澤家は女系の家で産まれた娘には宝石の名前を付ける習わしがある。』
ダイヤ「これは知っていますわ……全くこの名前で子供の頃はいろいろと苦労を……まあ、それはいいですわ」
『黒澤家の番いは一生のうちに二人の子を産み育て、その姉妹の長女に婿養子を娶らせ跡継ぎとする。』
ダイヤ「……これ文脈通りなら二人とも娘前提なんですが、息子が産まれたらどうするんでしょうか。」
黒澤家は代々女系だとは聞いたことがあるが、まさか男が一度も産まれたことがないとでも言うのだろうか。
もし男児が産まれたら山にでもこっそり捨ててきてしまうのでしょうか。
ダイヤ「ぞっとしない話ですわね……」
いやな想像をしてしまったと少し顔しかめてながら文章を眺めていて、ふと「あれ……?」と思う。
ダイヤ「黒澤家の番いは一生のうちに二人の子を産み育て……つまり、お母様も二人姉妹ということですわよね。」
仕来りが正しいならそういうことになる……が
ダイヤ「わたくしとルビィの叔母に当たる方がいらっしゃる……でも、考えてみれば会ったことがないですわね……」
記憶を巡らせてみるが親戚一同の集まりでも叔母に当たる人間を見たことはない。というか話題にのぼったことすらない気がする。
いくら親族の集まりで分家を含めると相当な人数になるとは言え、定期的に集まる以上存在するはずの叔母に会ったことないというのはやや不自然だ。
ましてや話題にものぼらないというのは逆に触れられない理由がある気がする。
ダイヤ「……まあ、推察するに叔母様に当たる人物に不幸があったため誰も触れないとか、そういうことな気はしますが……」
お母様に聞いてみる……?いやしかし、故人の可能性がある――ましてや話題にすら出さない実の姉妹の話を聞くのは少し気が引ける。
ダイヤ「興味本位で聞くような話ではないですわよね……あら?」
ペラペラと本をめくっているとハラリと一枚の紙が床に落ちた。
ダイヤ「これは……家系図……ですわよね」
実物はあまりみたことがないが名前から線が引かれ、それが枝分かれし、その先に名前のあるそれは恐らく家系図であろう。
ダイヤ「わたくしとルビィの名前はないから……少し古いもののようですが……」
一番下に来る名前を見てそこに似つかわしくない横文字がないことからそれがわかる。またその一番下にある見覚えのある名前を見ていつの家系図なのか大体の察しが付く。
『琥珀』
ダイヤ「お母様の名前ですわ。ですが、お父様の名前がない……つまり、お母様が結婚される前に作られた家系図ということですわね。」
そして自分の母の両親――つまりわたくしとルビィの祖父母から枝分かれしているもう一人の名を見ると
『翡翠』と記してあった。
ダイヤ「黒澤翡翠……この方がわたくしとルビィの叔母様に当たる方というわけですわね。」
自分たちのようにカタカナで付けられた名前がないか、などと無駄に家系図を舐めるように見つめてしまいましたが、母の名前から察していた通り昔は宝石の名前も漢字だったようですわ。
わたくしも瑠璃や珊瑚と言った名前なら子供時代にからかわれなかったのだろうかなどと一通り家系図に目を巡らせてから、もう一度『翡翠』の名を見る。
ダイヤ「黒澤翡翠さん……やはり聞いたことはないですわね……」
やはり、わたくしたちの物心が付く以前……もしくは産まれる以前に不幸があった……
ダイヤ「……これ以上、詮索するのはやめましょう……」
情報を整理するとこの時点でほぼ故人である可能性が高いとわかった以上、これより先を考えるのは気が引けたので家系図を本に挟み、元に戻す。
ルビィ「――おねえちゃーん?どこー?」
居間の方からルビィの声が聞こえてくる。練習が終わって帰ってきたのだろう。
わたくしは書庫を静かに出て、帰宅し姉を呼ぶルビィの元へと向かう。
ダイヤ「ルビィ、おかえりなさい」
ルビィ「あ、お姉ちゃん!ただいま!体調大丈夫?」
ダイヤ「えぇ、先に帰って休んだらから今は元気よ」
ルビィ「そっかぁ、よかったぁ……あのねお姉ちゃんが元気になるようにプリンとスクールアイドルマガジンの最新号が売ってたから買って来たんだけど……」
妹の厚意に思わず頬が緩む
ダイヤ「ふふ、ありがとう。今お茶を淹れてくるから、おやつを頂いてから一緒に読みましょうか」
ルビィ「うん!」
嬉しそうに返事をするルビィ。朝の泣き顔が嘘のような可愛らしい笑顔。
ダイヤ「そういえば……」
ルビィ「ん?」
ダイヤ「今朝の夢のことは頭から離れましたか?」
自分は何故かずっともやもやしていたので、少し心配になる。
ルビィ「あ、うん。……善子ちゃんに話したらついにリトルデーモン4号が真の力に覚醒したのねとかからかわれちゃったよ」
ダイヤ「全く善子さんは……」
あの自称堕天使が嬉しそうにルビィをからかう姿に目に浮かぶ――いや、本人は本気で言ってるのかも?
ルビィ「あ、そういえば……」
ダイヤ「……?」
ルビィ「今朝見た夢のお姉ちゃん――あ、ダイヤお姉ちゃんじゃないお姉ちゃんね――善子ちゃんに似てたような……」
ダイヤ「……なるほど」
ルビィ「お姉ちゃん?何かわかったの?」
今朝、鞠莉さんが言っていた夢のこと『夢は記憶に起因する。』という言葉を思い出して
ダイヤ「夢って身近な人物が結びついて気付かないうちに自然に入れ替わってたりするじゃない」
ルビィ「うん」
ダイヤ「Aqoursのメンバーの中では善子さんは見た目が一番わたくしに似ていますから、夢の中でごちゃごちゃになってしまったのでは?」
ルビィ「あぁ……確かに言われてみればそうかもしれないね」
閑話休題。疑問にもいい感じに落とし処がついたところで
お茶を汲みにお台所へ行こうと立ち上がる。
そのときさっきの見た名前のことを一応ルビィにも尋ねてみようと――
ダイヤ「ルビィ」
ルビィ「ぅゅ?」
ダイヤ「黒澤翡翠……という名前に聞き覚えはありますか……?」
わたくしが知らないのにルビィが知ってることはないだろうと思いながら
ルビィ「うぅん、聞いたことないけど……」
ダイヤ「……そうですわよね」
ルビィ「……?」
少し訝しげにしているルビィを残して部屋を後にしたのだった。
* * *
数日後、姉妹揃って見た夢のことも記憶から薄れ始めたころ
授業を終え放課後、部室に向かう途中、廊下で千歌さんと曜さんを見つける。
千歌「ねー曜ちゃーん……ホントにやるの?」
曜「うん!絶対やりたい!」
千歌「うーん……」
二人で何かの計画をしているようだ
ダイヤ「どうかしましたの?」
曜「あ、ダイヤさん!!」
千歌「ダイヤさん……」
片や元気に、片や少し複雑な顔をしている。千歌さんがローテンションなのは少し珍しい。
千歌「曜ちゃんが参観日ライブやりたいって言ってて……」
ダイヤ「参観日ライブ……?」
曜「そう!パパがね、久しぶりに帰ってくるから見せてあげたいなーって思って!!」
曜さんがキラキラした表情で言う。つまり父兄の参観ライブということらしい。
千歌「たまたま鞠莉ちゃんのお父さんもちょうど休みがとれたらしくて……ついでにうちのお母さんも……」
千歌さんが最後の部分は少し嫌そうに言う。
ダイヤ「あら、いいじゃないですか。自分たちの日頃の活動を親御さんに報告するのも立派な親孝行ですわ。」
曜「だよね!だよね!」
千歌「えー!!ダイヤさんは敵だったか……」
そういえば前に梨子さんから聞いた話だと千歌さんはお母さんに見られるのは結構恥ずかしいようで今回もそれで反対しているようですが、わたくしとしては特別反対する理由もないし。ただ、少しの懸念はありますが……
ダイヤ「ただ、そうは言ってもうちのお父様が来てくださるかはわかりませんが……」
などと話しながら部室の前につくと中では
ルビィ「ないっ!!ないぃっ!!!」
妹が大騒ぎしていた。
ダイヤ「……なんの騒ぎですの?」
ルビィ「ピギィ!?お、お姉ちゃん……っ」
ルビィがわたくしの顔を見て青ざめる。
室内では善子さんと花丸さんが何かを探しているようだった。
ルビィ「ぁ、ぁの……」
花丸「あ、ダイヤさん。ルビィちゃんがね、いつも持ってる赤い石を失くしちゃったみたいで」
ルビィ「は、はなまるちゃん!」
千歌「石?なんでそんな……」
千歌さんの疑問を吹き飛ばすように
ダイヤ「なんですってぇ!?」
自分でも驚く程の怒号に部室が震える。ついでにルビィも震えている。
ルビィ「ピギィ!?ご、ごめんなさい!!」
ダイヤ「だからあれほど失くさないようにと……あぁ、もうとにかくどこで失くしたんですか?」
ルビィ「さっき部室に来る前はあったから……たぶんここで落としたんだと思う……」
ダイヤ「とにかく探しますわよ!!」
ルビィ「う、うん…!!」
状況が飲み込めずポカンとしている千歌さんと曜さんを尻目に、床に這いつくばって石を探す
鞠莉「今日もAqoursは賑やかだね!」
梨子「なにかあったの?」
大騒ぎしながら探し物をしていると残りのメンバーも続々集まってくる
千歌「あ、梨子ちゃん、鞠莉ちゃん……それに果南ちゃんも」
曜「なんかルビィちゃんが石?……を失くしちゃったみたいで」
曜さんの説明を受けて、梨子さんが首を傾げる。一方。果南さんと鞠莉さんはどこか遠くを見ている気がする。
果南「あーなるほど……」
鞠莉「Oh...血は争えないということだネ」
というかわたくしを見ていた。
千歌「はえ?二人とも何か知ってるの?」
ダイヤ「なんでもいいから皆さんも探すのを手伝ってください!!」
幼馴染二人に変なことを暴露される前に捜索を促す。
果南「はいはい……」
鞠莉「少しNostalgieな気分になるわね……」
ルビィの失せモノでわたくしが呆れられるのは正直納得いかないのですが、今は探すのを優先。
一方、わたくしたちが探している部室の反対側では花丸さんと善子さんが床を捜索している。
花丸「善子ちゃんの方は石あった?」
善子「ふふふ……」
花丸「善子ちゃん?」
善子「善子じゃなくてヨハネ!!……それはともかく感じるわ……ルビィの見失いし血の魔石……ここよ!!」
出窓のサッシに挟まった1cmほどの小さい石を持ち上げて善子さんが声をあげる。
ルビィ「あ!あった!」
善子「ふふふ……これが堕天使ヨハネの力……」
花丸「見つけてからいちいち溜めなくてもいいずら……」
ルビィ「善子ちゃんありがとうぅぅ……っ」
善子「リトルデーモン4号の悩みを解決するのも私の努め……というかヨハネよ!!」
ダイヤ「よかった……」
花丸さんは善子さんに呆れていますが、わたくしとルビィは一安心。
千歌「ホントに赤い石だ……これそんなに大切なものなんですか?」
曜「石……というか宝石?」
ダイヤ「ルビーですわ」
曜「ルビー……ってルビィちゃんのことじゃなくて、あのルビー?」
梨子「ほ、本物……?」
花丸「そうずら」
本物の宝石ということに動揺している2年生組と違って花丸さんは落ち着いている。
どうやら今回が初めてではないらしい。
善子さんの手からルビィの元に帰った『ルビー』を見て鞠莉さんが品定めをしている。
鞠莉「ルビィのやつは初めて見たけど……これは随分いいルビーね」
果南「さすが金持ち……見ただけで善し悪しがわかるのか」
確かに鞠莉さんは宝石にも詳しい。正直『ダイヤ』なんて名前が付いているわたくしよりも詳しいと思う。
しかし、宝石のことで負けるのは黒澤家の娘としてはなんだか悔しいので
ダイヤ「当然ですわ、これは黒澤家の娘である証なんですからっ!!」
ルビィの石を指差して大仰に叫ぶ
千歌「なんかかっこいい!!」
梨子「あはは……」
しかし、この啖呵に同調してくれるのは千歌さんだけだった。
* * *
ダイヤ「黒澤家は代々生まれた娘に宝石の名前を付ける習わしがある……というのは皆さんもご存知ですよね。」
一息つき、席に着いたAqoursメンバー一堂をぐるりと見回しながらわたくしは解説を始める。
ダイヤ「それと同時に自分に名付けられた宝石の名前と同じ実際の宝石を生まれたその日に授かるのですわ。」
千歌「え、じゃあダイヤさんはダイヤモンドを……?」
ダイヤ「えぇ、その通りですわ。さすがに普段から持ち歩いているわけではなく自室で保管していますが……」
ちらりと横目でルビィを見ると「ぅゅ……」と呻いて小さくなる。
梨子「どうしてルビィちゃんはそんな大切なものをわざわざ学校に……」
ルビィ「家だと……部屋が散らかってて失くしちゃうから……肌身離さず持っておけば大丈夫かなぁって……」
曜「でも、結果的に肌身離さず持ってられてないね……あはは」
目を右に左に泳がせて、しどろもどろ説明するルビィに曜さんが苦笑する。
花丸「まあ、よくあることずら」
千歌「よくあっちゃダメでしょっ」
花丸さんは本当に慣れっこなようで、いつも通りのほほんとのっぽパンを食べながらお茶を啜っている。
2年生組の総ツッコミにますます小さくなるルビィを見かねてか
果南「あールビィ。あんま気にすることないよ。」
鞠莉「そうそう、Noproblem!!」
果南さんと鞠莉さんがフォローをする。
その言葉にルビィは少し不思議そうな顔をしていたが、わたくしはなんとなく二人が何を言おうとしているのかわかって――
ダイヤ「ちょ、ちょっとお二人とも……」
二人の言葉を遮ろうとしたのですが
果南「私たちも小さい頃、ダイヤが失くしたダイヤモンドをよく一緒に探したから……」
鞠莉「ダイヤったら『お父様に叱られる~』って大泣きでね~。きっと黒澤家の血なんだね」
静止も虚しく過去の醜態を暴露される。
ダイヤ「よ、余計なこと言わないでくださいぃ///」
今考えてみると、日頃からダイヤモンドを持ち歩いていたのは些か無用心だったと思うし
ましてや、それを落とすなど、恥でしかないので本当に隠しておいて欲しかったのですが……
そんな昔話にほとんどのメンバーが笑い声を上げ、ますます顔が熱くなる。
その一方で梨子さんと善子さんはルビィがテーブルの上で指で転がしている宝石に興味があるようで――
梨子「生まれたときに貰う宝石かぁ……」
善子「くくく……リトルデーモン4号と共に歩んできたそのパワーストーンからは魂の鼓動を感じるわ……」
普段だったら誰かしらが茶々を入れる表現ですが『魂の鼓動』――その言葉選びに少し関心する。
ダイヤ「魂の鼓動……言い得て妙ですわね」
善子「……へ?」
かっこつけたヨハネモードから善子モードに戻って素っ頓狂な声を出す善子さん。
ルビィ「えっとね……黒澤本家に生まれた娘が持つ宝石は黒澤の血と魂を受け継いだ証として、生涯大切に持ち続ける習わしなの」
善子「な、なるほど……どうりでこの堕天使ヨハネの超直感で感知できたわけね……」
花丸「ボロが出た時点でやめておけばいいのに……」
しどろもどろ設定を説明する善子さんに花丸さんが容赦なくツッコミをいれる。
善子「う、うっさい!!」
しゃー!!と威嚇する善子さんを涼しい顔で受け流しながらマイペースにパンを頬張る花丸さん。
その横で今度は鞠莉さんが半身を乗り出してルビィの宝石を凝視している。
鞠莉「へー、そんなにImportantなものだったのね……。ダイヤは本当によく失くしてたからそこまでのものだとは……」
ダイヤ「……まーりーさーんー?」
懲りもせずに人の過去を穿り返す鞠莉さんをキッと睨み付けると、果南さんの後ろにさっと隠れて演技がかった声をあげる。
鞠莉「きゃー!!かなーん!!ダイヤがー!!」
果南「はいはい……でもさ――」
呆れ半分で適当に鞠莉さんに反応しつつも、果南さんもそこまで重用なものだとは知らなかったようで興味を示していた。
果南「生涯ってことは……死ぬまでってことだよね?」
ダイヤ「そうですわね。生涯を共にし、持ち主が亡くなったら、残された石は黒澤本家の宝物庫に納められるそうですわ」
幼い頃にあった祖母の葬式のとき、彼女の名を冠した石が宝物庫に納められるところを見た覚えがある。
その話を聞いて、さっきまでマイペースにパンを食べていた花丸さんも手を止めて――いや、口を止めて
花丸「それはマルも知らなかったずら」
ルビィ「ルビィも初めて聞いた……」
花丸「あ、ルビィちゃんも知らなかったんだ……じゃあ、マルが知ってるはずないね」
またすぐにマイペースに食事に戻る。
……どうやら、ルビィのことで知らないことがあるのが少し引っかかっただけらしい。
花丸さんったら意外と独占欲が強いのかしら?
ダイヤ「御婆様の御葬式のときはまだルビィも小さかったですからね。覚えていないのも無理ありませんわ。実際わたくしもそのときに見たのを覚えていただけですし。」
死んだときの取決めを生きている間に聞かされるのも縁起のいい話ではないですしね。
宝物庫に件の宝石を納めるときにお母様が幼いわたくしに言ってくれた言葉を反芻しながら、続きを説明する。
ダイヤ「生涯を共にした宝石は黒澤の娘として生きた証となり、未来永劫黒澤家で大切に保管されるのですわ。」
梨子「なんだかロマンチック……」
千歌「いーなー……私もそういうかっこいい伝統が欲しかったなぁ」
そんな話を聞いて、梨子さんはうっとりと、千歌さんは少し羨ましそうにルビィの宝石を見つめていた。
善子「ふっふっふ……」
善子さんがまた不敵に笑う。
花丸「善子ちゃん……今度はなにずら」
善子「善子じゃなくてヨハネよっ!!……魂の器たる、魔石ならこの堕天使ヨハネも常に身に纏っているわ……」
と言いながらどこから取り出したのかコロンと美しく輝く石を机の上に取り出す
千歌「あぁ、善子ちゃんがいつも儀式?に使ってるやつだよね!」
善子「そうよ!……ってだからヨハネっ」
度重なるヨハネ訂正。
ここまで天丼をされると、もはや軽々しく『ヨハネ』とは呼び辛い気がしてきますわね……。
などとくだらないことを考えていたら、半身を乗り出した鞠莉さんが再び宝石鑑定を始めていた。
鞠莉「あらこれ……本物のジェダイトじゃない」
善子「え?」
再び善子さんが間の抜けた声をあげる。
鞠莉「しかも、これもさっきのルビーに負けず劣らずいい品ね……てっきり善子のことだから、適当に沼津の出店とかで買った綺麗な石かと思ったわ。」
善子「え、うそ……こ、これ本物の宝石……?」
梨子「よっちゃん、知らないで持ち歩いてたの……?」
本人もまさか本物の宝石だとは思ってなかったらしく、鞠莉さんの善子呼びも動揺からかスルーしてしまっている。
まあ、わたくしもジェダイトという宝石は聞いたことがないので、詳しい人じゃないとわからないものなのかもしれません。
善子「い、家の金庫で他のと一緒に保管した方がいいかしら……」
花丸「急に小心者に……」
曜「でも、善子ちゃんも本物の宝石持ってるなんてすごいね!」
善子「そ、そうでしょう……ちなみに善子じゃなくてヨハネよ!」
あ、今度はちゃんと訂正しましたわね。
しかし、曜さんの言うとおりですわね。
ダイヤ「確かにわたくしやルビィのような特殊な事情の場合はともかく……学生が持ち歩くには少々高価なものですしね……」
親から誕生記念に貰った誕生石等ならともかく、ましてや持ち歩くというのはかなり特殊な気がしますわ。
鞠莉「……え、そうかな?」
心の中で鞠莉さんを特殊な事情の人間側に追加する。
果南さんはいつも通り「これだから金持ちは……」と呆れていた。
梨子「誰かからの貰い物とか?」
善子「そうね……」
梨子さんの問いに善子さんが頷き
善子「これは子供の頃、ママから御守りとして貰ったの。『きっとあなたのことを守ってくれるから大切に持っていなさい』って」
ルビィ「なるほど……その御守りの力でヨハネちゃんになったんだね」
善子「だからヨハネ……ってあってる!?」
ある意味、空気の読めないルビィのヨハネ呼びに善子さんは少し赤くなる。
善子「……こほん。まあ、綺麗な石だなと思ってはいたけどまさか本物だったとは……」
善子さんは窓から射し込む陽光を反射してキラキラ光る石を見つめながら
善子「魂の石か……ふふっ」
とご機嫌そうに呟く。
この一連の話を終えて――わたくしはふと、この前見た家系図のことを思いだす。
もしわたくしの予想通り、翡翠さんが既に亡くなられているなら――その石も家の宝物庫にあるということでしょうか……?
* * *
件の黒澤家の宝物庫は、黒澤家敷地内の隅の方にある蔵の地下にある。
宝物庫というだけあって、誰でも入れるわけではない場所で、入れるのは黒澤家の人間だけ
――まあ、つまりわたくしは立ち入れるのですが。
ただ、入る資格があるだけで鍵は持っていません。
成人したら貰えるそうなのですが、どうにかして入れないものか……
……と考えても仕方がないのでお母様に宝物庫の鍵を貸して欲しいと頼んだところ
あっさりと貸してくれました。拍子抜けですわ。
お母様は『ダイヤも女の子だものね。宝石が並んでるなんて言われたら興味湧くのもわかるわ。でも悪いことはしちゃダメよ?』
とだけ
ふふっと笑って『私もダイヤと同じくらいのときにお母様に頼んで入ったわねぇ……もう長いことあそこには入ってないけど……』と
どこか懐かしいやら寂しいやら、そんな顔をしながら呟いていた。
お母様の思う理由と違う目的で入ることに少しの後ろめたさは感じましたが
別に悪いことをしようというわけではないもの。ただの確認ですし。
ダイヤ「おい……しょ……」
蔵の奥にある地下への階段を下り、重々しい宝物庫の扉を押し開ける。
少々埃っぽい宝物庫内には、丁重な作りの木箱が並んでいた。
その木箱は何故だか物悲しさや寂しさを仄かに匂わせていて――まるで棺桶のようだなという印象を受けました。
ダイヤ「棺桶――あながち間違った表現ではないかもしれませんね……」
箱の上部は観音開きになるようで、それもまるで棺のイメージを色濃くする。
いずれ自分の石もここで眠るのかと思うと少し複雑な気持ちになりますわね……。
とりあえず、一番左端から箱を開けて中を覗き込むと、わたくしやルビィの持っているような宝石と同じくらいの大きさの石が台座にはめ込まれている。
ダイヤ「……これが」
先祖代々続く慣習なので、箱はかなりの数があるので間をいくつか飛ばしながら右端に向かって中身を順番に確認していく。
ダイヤ「これは瑠璃……でしょうか。こっちの縞々のは……なんでしょう」
今度、鞠莉さんにでも聞いてみようかしら……
順番に確認していくと、見覚えのある石に辿り着く。
ダイヤ「これは……御婆様の石ですわね。」
幼き日の葬儀で見た石を確認してから、一個戻って左の箱を開けてみる。そこにも存在感のある宝石が鎮座している。
ダイヤ「こっちは恐らく、大叔母様に当たる方のものでしょう……」
そして逆に祖母の木箱から右側には箱が5つ。
開けて中を確認するとなにも入っていなかった。
ダイヤ「空……ということはこれがお母様の箱ということでしょうか。」
思い返してみると御婆様が亡くなった次の日には宝石をここに納めていたし、ここまで見た宝石たちもここに戻るべき形であるかのように綺麗に鎮座していたことから
持ち主が亡くなってから作るのではなく、娘に宝石を授けると共にこの木箱もセットで作られるということだと考えられますわね。
ダイヤ「それじゃあ……こっちのはわたくしとルビィの……あら……?」
母の箱の横にあるのは、恐らく叔母様の箱……そしてわたくしの箱、ルビィの箱と続くはずなのですが
――何故、お母様のものとあわせて右側に空の木箱が5つあるのでしょうか?
ここまで来た感じからすると、恐らく生まれた順に木箱が並べられているのだと思いますが……。
ダイヤ「……端の1つは予備とか……?」
恐らく特注品であるそれに予備があるのかとは思いましたが、それよりも――
ダイヤ「お母様の箱と思われるモノの隣の箱……」
これが恐らくお母様の姉妹――つまりは妹に当たる翡翠さんの石が納められている木箱。
一息ついて――箱を開けた
ダイヤ「えっ……」
その箱の中には翡翠が鎮座……
……していなかった。
ダイヤ「中身がない……?え、どういうこと……?」
予想外の展開に少し困惑しながらも右端の3つの箱も確認する。
同様にその3つも空。
少し混乱しながらも、何か見落としがないかと考える。
箱の並びがわたくしの予想とはズレている?
ダイヤ「……気は進みませんが。確認してみましょうか。」
懐からここにくる際に持ってきていた、自分の『ダイヤモンド』を取り出す。
ダイヤ「……まさかはめたら死ぬなんてことはないですよね。」
柄にも無く、オカルトなことを考えてしまいましたが、気を取り直して……
自らの石を右から3つ目の箱に入れてみる。
ダイヤ「……綺麗に納まりましたわね。」
まるで最初からそこにあったかのように――ダイヤモンドは綺麗に納まりました。
縁起が悪いのでさっさと箱からダイヤモンドを取り出し、一つ右隣の木箱の中の台座にも置いてみる。
……がこちらではなにかしっくりこない。
つまりこれはルビィの木箱ということでしょう。
ダイヤ「……?」
混乱する思考を整理すると――
ダイヤ「翡翠さんは御存命ということ……?」
もしくは存命中に石を失くしてしまったとか……?
全然ありえない話ではないですが、ここまでの木箱の中に空のものはこの5つしかなかった。
――数が数だけに飛ばし飛ばしだった為、中には空のものもあったかもしれませんが……
それだけ大切な習わしとして受け継がれ来たもの……
自分が石を外で落としたときの両親の鬼の様な形相から、余程の理由でもない限り紛失するということもないのではと思いなおす。
見つけるまで家には絶対に入れないと言われ果南さんや鞠莉さんに泣きついてどうにか見つけた、なんてこともありましたわね。
ダイヤ「これで疑問が解決すると思ったら、かえって疑問が増えてしまいましたわね……」
他に可能性を考えるとすると……翡翠さんが持ち逃げしてしまったとか?
ダイヤ「いや……それこそダイヤモンドみたいな高価なものならともかく……直径1cm程度の大きさの翡翠を持ち逃げする理由があるかしら」
自問自答する。
改めて今ある疑問を整理してみましょう。
・亡くなると共に納められるはずの宝石箱のうち、空の箱が3つではなく5つあるのか
・仮に右から4つ目の箱が翡翠さんのものだったとしたら、叔母に当たる翡翠さんとこれまで会ったことも、そして存在すらも聞かされたことがないのは何故か
・同時に翡翠さんの身に不幸あって、親族が意図的に話題に出さないようにしてるのだとしても、何故この宝物庫にその翡翠が納められていないのか
ダイヤ「……」
一つ目の疑問から考える。
――いや、まさかそんなことがあるのでしょうか。ありえない仮説が口からこぼれる。
ダイヤ「……わたくしとルビィ以外に黒澤の娘がいる……?」
じゃあ、この最後の箱に入るのは翡翠さんの娘さんの石……
いや、それもおかしいですわ。
ダイヤ「もし、翡翠さんに娘がいたとしてもお母様――琥珀さんが本家であるなら、翡翠さんは分家……娘がいても石を授ける理由がないですわ」
個人的に娘に贈っていたとしても、ここに箱があるのは辻褄が合わない。
――ふと鞠莉さんの言っていたことを思い出す
鞠莉『夢って記憶に起因するから、もしかしたら生き別れの姉妹がいるってことなのかも!!』
ダイヤ「まさか……」
いやしかし、それならルビィと揃って、いるはずのない姉妹の夢を見たことにも説明が付く……
ダイヤ「本家に隠された子がいる……?」
そして今日、印象に残った善子さんの持っていたジェダイト
この前ルビィが言っていたこと――
ルビィ『今朝見た夢のお姉ちゃん――あ、ダイヤお姉ちゃんじゃないお姉ちゃんね――善子ちゃんに似てたような……』
ダイヤ「まさか……善子さんが黒澤家の隠し子で実は黒澤ジェダイト……?」
そして翡翠さんは生きていて、隠し子である黒澤ジェダイト――つまり今の善子さんをなんらかの理由で引き取って身を潜めたとか……
そこまで考えて――これ以上考えるのはやめた。
ダイヤ「もし仮にそうだったとしても、これ以上詮索することに意味がありませんわ。事実だとしてもそうじゃなかったとしてもこれ以上探ってもいいことがありませんし……」
これはわたくしの心の片隅だけにしまっておきましょう。
人生はなんだかわからないことがあるくらいが丁度いい、そういうことにして
わたくしは木箱を閉じて、宝物庫を静かに去りました。
* * *
黒澤父「――参観日ライブ?」
ルビィ「うんそうなの!Aqoursのメンバーの家族に見てもらうミニライブ!」
黒澤父「俺はそういうのには興味ないんだが……」
黒澤母「あら、嘘ばっかり。ルビィの自己紹介PVエンドレスで見てるところこの前見たわよ」
黒澤父「お、おい!!」
ルビィ「え、そうなの!?えへへ……ちょっと恥ずかしいな……」
黒澤母「全くあなたはいつもアイドルなんて破廉恥だなんて言っておきながら娘大好きなんだから」
お母様が嬉しそうに言う。
黒澤母「ダイヤが生まれたときなんか嬉しすぎて、地方紙の号外が出ちゃったくらいなのよ。『黒澤家長女を出産』なーんて」
ルビィ「へぇ!そうなんだ!」
黒澤父「そ、その話はやめなさい……ダ、ダイヤはどうなんだ……?」
ダイヤ「……え?」
夕食の席、先ほどの宝物庫から出て以来少しぼんやりしてしまっていて、家族の会話を完全に聞き流していた。
ダイヤ「あ、えっと……なんでしょうか、お父様。ちょっとぼんやりしていましたわ。」
ルビィ「参観日ライブのことだよ!」
ルビィがほっぺに米粒をつけたまま元気に答える。
ダイヤ「あ、あぁ……そうですわね。お父様も是非一度、見に来てくださるとわたくしも嬉しいですわ。」
黒澤父「そ、そうか……」
黒澤母「ふふ……じゃあ、その日はどうにかお休み取って二人でお邪魔するわね」
ルビィ「やったぁ!」
はしゃぐルビィを尻目に私事でぼんやりしている自分に胸中で活をいれる。
決まったとなれば本番も近い……わたくしもしっかりしなければ……
* * *
鞠莉『グッドイブニーング、ダイヤ♪』
夕食を終え、自室に戻ると携帯が鳴り響いていた。
着信に出ると鞠莉さんの甲高い声が耳を突く。
ダイヤ「なにかありましたの……?」
鞠莉『いやいや、今日部室で宝石騒ぎがあったじゃない?』
ダイヤ「宝石騒ぎって……」
鞠莉『昔は一緒に石を探して見つけたあとも『お父様にすっごい叱られたー』って泣きながら私や果南に電話をかけてきてたなぁって、思って心配になっちゃって♪』
ダイヤ「今日、失くしたのはわたくしじゃないんですけど……」
つまり、今日の事件にかこつけて凝りもせず、からかうために電話を掛けて来たようだ
鞠莉『いやいや、そうは言ってもダイヤモンドって意外ともろいじゃない?誤ってハンマーで叩いたりしてたら大変だなって』
ダイヤ「それ、どういうシチュエーションですか……」
鞠莉『あれー?ツッコミに覇気がないな……もしかして、お疲れ気味だった?』
ダイヤ「……まあ、少し考え事をしていて」
鞠莉『んー……?悩み事があるなら聞くよ?』
鞠莉さんの声音が少し真面目になる。
全くいつもからかってくるのに本当は優しくて面倒見がいいんですから鞠莉さんは……
ダイヤ「いえ、大したことではないので……むしろ、鞠莉さんと話してる方が気が紛れていいですわ。」
鞠莉『んーダイヤがそれでいいなら……それで、ダイヤをHammerでBangしちゃったりしてない?』
ダイヤ「あぁ、その話に戻るんですね……さすがにわたくしもダイヤモンドを金槌で叩くと砕けるということくらいは知っていますわ」
ダイヤモンドは瞬時に与えられる衝撃に弱いため、金槌等で叩くと簡単に砕けてしまう。
これは理科の教科書にも載っているようなことですし、有名なのではないでしょうか。
鞠莉『あとルビィの『ルビー』とダイヤの『ダイヤモンド』でジャパニーズおはじき遊びとかもしちゃダメよ?』
ダイヤ「しませんけど……それまたなんでですか」
鞠莉『あら、これは知らないのね?ダイヤモンドとルビーで叩きあうと砕けるのはダイヤモンドなのよ』
ダイヤ「え、そうなんですか?」
鞠莉『YES.ダイヤモンドは硬度は最も高いけど、靭性はルビーやサファイアよりも低いのよ』
何故か宝石講義が始まってしまいましたが、鞠莉さんはやはり宝石に詳しい
鞠莉『あぁ、だからダイヤのダイヤモンドハートもルビィの何気ない一言でハートブレイクしちゃったりするのね!』
ダイヤ「しちゃってませんから。それにしてもルビーはともかく、サファイアにも弱いんですのね」
鞠莉『え?ああうん。だってルビーもサファイアも同じだし』
ダイヤ「同じ……?あぁ……どちらも元はコランダムという石で、それに含まれる不純物の違いで色が変わるんでしたっけ……」
なんだか、そんなことをルビィが必死に説明してくれたことがあったような気がする。
自分の宝石だからと言ってせっせとルビーのことを調べる幼き日の妹を思い出して少し頬が緩む。
鞠莉『そうそう、クロムが多く含まれると赤色のルビーに、それ以外の色のものは全てサファイアと呼ぶのよ』
ダイヤ「鞠莉さんはやはり宝石に詳しいですわね」
鞠莉『ふっふーん♪そうでしょそうでしょ。だから前々から不思議だったのよねー』
突然、不思議などと言われてはてと思う
ダイヤ「不思議とは……?」
鞠莉『いやだって、ダイヤの妹にルビィなんて、ちょっと不自然じゃない?』
ダイヤ「そうでしょうか?」
鞠莉『私だったらルビィの相方は絶対サファイアにするわね!』
ダイヤ「姉妹は漫才コンビじゃありません。まあ、ルビーに対してサファイアという理屈はわかりますが、わたくしが先にダイヤと名付けられて生まれてきたからじゃないですか?あとは響きとか……」
鞠莉『えーそれならかえって浮いちゃうからルビィには『ルビー』じゃなくて『パール』とか付けるかな!』
ダイヤ「え、なんで真珠……?」
鞠莉『Oh...sorry.ダイヤの家はVideo gameの類は置いていないんだった。』
ダイヤ「は、はぁ……」
よくわかりませんが、恐らくゲームの中でそういう対のものがあるということでしょう。
わたくしが相槌を打つと鞠莉さんは『まあ、でも――』と切り出し
鞠莉『――ダイヤはダイヤだし、ルビィはルビィだよね』
と、急にロマンチックなフレーズを言い出しました。
ダイヤ「は、はい……あの、鞠莉さんどうかしましたの?」
いつもと違う切なげな鞠莉さんの声に少しだけドキリとする。
普段おちゃらけてるのに急にセンチメンタルな感じにならないで欲しいですわ。
鞠莉『Sorry.本当はね、今日の部室でのこと考えてたら懐かしい気持ちになって……それで、少しダイヤと昔話がしたかったの』
ダイヤ「なら最初からそうおっしゃればいいのに」
全く変なところで捻くれてますわね。
鞠莉『んー……なんか私そういうキャラじゃないし?あとダイヤはからかった方が面白い反応してくれるし♪』
ダイヤ「まーりーさーんー?」
鞠莉『あはは♪それそれ♪元気出るじゃない』
ダイヤ「……はぁ全く」
いい話をしていたと思ったらこれなのですから……
鞠莉『ライブも近いんだから、もっとPowerfulにいきましょ!せっかくパパも見にきてくれるんだから頑張らなきゃ!』
ダイヤ「そうですわね。わたくしの家も両親共に来てくださるそうなので……」
鞠莉『Wao!?ホントに?ダイヤよりダイヤモンドヘッドなダイヤパパが見に来てくれるなんて!気合い入っちゃうわね!』
ダイヤモンドヘッドって……まあ、確かにお父様は厳格で御堅い方ではありますが
でも、気合いが入るというのは同感ですわね
ダイヤ「お互い頑張りましょう」
鞠莉『Yes♪』
宝物庫のことで少しもやもやとしていたが鞠莉さんとたわいのない雑談が出来て少し気分転換が出来ましたわ。
明日からはライブに向けて、より一層集中して、練習を頑張らねばいけませんわね……
* * *
キンコンカンコンと幼い頃から聞き続けてきた、「ウェストミンスターの鐘」の音が4時限目の終了を告げる。
その鐘の音に対抗するかのように腹の虫がぐーぐーと不平不満を漏らしているので
周りの子たちがわいわいと昼休みをどう過ごすかを話し合ってるのを尻目に
マルはとりあえずのっぽパンを取り出して食べ始める。
善子「ずらまる、またパンなの?太るわよ?」
花丸「んー……太ってから考えるよ」
ルビィ「花丸ちゃん、そんなこと言ってるとお姉ちゃんに叱られちゃうよ?」
オラがパンに噛り付いているとルビィちゃんと善子ちゃんがマルの机の周りに椅子を置いて自分たちのお昼ご飯を広げていた。
いつも通りお昼はAqours1年生の2人と一緒。
善子「ライブも近いのに花丸さん!たるんでますわ!!ってね」
花丸「むー……わかったよ。じーちゃんもばーちゃんも見に来るって言ってたし、今日はのっぽパン2個で我慢するずら……」
善子「……あんた普段どんだけ食べてんのよ」
善子ちゃんが冷たい視線を送ってくるけど、しょうがないよね。お腹が空くのはマルがどうにか出来る問題じゃないし。
ルビィ「あはは……それはともかく、花丸ちゃんの家も参観日ライブこれそうなんだね!」
花丸「うん、楽しみにしてるって。善子ちゃんのうちは?」
善子「善子じゃなくてヨハネ……っ!!」
この前いじられすぎたせいなのかな、なんかいつもよりも語気が強い気がする。
まあ、あのときは確かに少し気の毒になるくらい弄られてたもんね。
花丸「……。……ヨハネちゃんのうちは?」
善子「……うちは都合悪いみたいで行けないって言われたわ。」
ルビィ「え、善子ちゃんのお父さんとお母さんは来れないの?」
善子「なんか急用らしくってねぇ……」
善子ちゃんは昼食のサンドイッチをパクつきながらぼやく
善子「まあ、いつものことだから。うち割と放任主義だし。別にそれが嫌ってわけでもないし……そのお陰で配信とかも自由に出来るしね」
ルビィ「あ、確かにうちで配信なんてやったら叱られちゃいそう……」
配信――マルには未知の領域の話が始まった。
ルビィ「そういえば、善子ちゃんって昔から配信とかしてたの?」
善子「昔……って言っても中学生くらいからだけどね」
ルビィ「中学生……どうして始めようと思ったの?」
善子「あら……聞きたい?」
ルビィ「うん」
善子「――神のお告げがあったからよ」
その珍回答にマルはパンの最後のひとかけらを飲み込んでから、善子ちゃんの顔を覗き込んで諭すように言った。
花丸「善子ちゃん……ルビィちゃんはそういうことが聞きたかったんじゃないと思うよ」
善子「いやいや、本当よ!!」
ルビィ「……」
花丸「……」
善子「……」
沈黙。……そして、沈黙。
善子「……ごめんなさい」
オラとルビィちゃんの沈黙攻撃に耐えられなくなって善子ちゃんが降参する。
善子「まあ、神のお告げだったのかは知らないけど……夢を見たのよ」
ルビィ「……夢?」
善子「んー……具体的に説明するのは難しいんだけど……なんていうか、生き別れの妹……?が呼んでるみたいな……そんな夢」
そういいながら、善子ちゃんが少しだけ切なそうな顔をしていた。
善子「私ね、夢の中でその妹を必死に探していて……夢から覚めてもなんだかどこかにいる妹を見つけ出さなくちゃいけない気がして。今考えたらそんなことあるはずないのにね。でも、いてもたってもいられなくなっちゃって……。
とにかく、世界中に向けて『私はここにいるよ!』ってことを伝えられればどこかにいる妹にも届くかなって……それが始めたきっかけ……かな」
珍しく少し自嘲気味に話す善子ちゃん。
善子「笑っちゃうでしょ?いもしない妹探しのために始めたなんて……」
普段は堕天使とかなんとか言っているけど、これは本気だったんだなって。そういう情感がなんとなく言葉から伝わってくる。
善子「――でも、そのお陰で堕天使ヨハネとして更なる覚醒が出来たし、結果としてよかったと思ってるわ!!……ってルビィ?」
善子ちゃんの視線の先――ルビィちゃんがポカンとしていた。
馬鹿にしてるとか、信じてないとか、そういう感じじゃなくて……どっちかというと鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔
ルビィ「え、あ……そ、そっか……」
善子「ちょ、ちょっと!!ここで引かないでよ!!ルビィが聞くから話したのよ!?」
歯切れの悪いルビィちゃんの返事に善子ちゃんが焦る
ルビィ「あ、ううん……ごめん、そうじゃなくて……」
善子「……?」
ルビィちゃんは少しだけ、考えてから
ルビィ「ルビィも最近、似たような夢を見たから……」
善子「え……そ、そうなの……」
ルビィ「うん……ダイヤお姉ちゃんと違う……もう一人のお姉ちゃんの夢。」
善子「き、奇遇ね……お互い生き別れの姉妹の夢を見るなんて……」
なんとなく、場が静かになる。
善子「も、もしかして……ルビィが――」
花丸「ありえないずら」
善子ちゃんの言葉を遮るようにマルは言った。
ルビィちゃんと善子ちゃんがその言葉に少しビクリとして
善子「な、何がありえないのよ……?」
花丸「ルビィちゃんと善子ちゃんが実は姉妹って話ずら」
善子「確かに現実味のない話に聞こえるかもしれないけど、事実は小説より奇なり……って言葉もあるじゃない!現に二人とも同じ夢を見て……」
お気に入りのおもちゃを取り上げられたような顔をする善子ちゃん。
でもマルはそれを否定するように――
花丸「逆に言うなら夢を見ただけでしょ?偶然だよ。それに……」
ルビィ「それに……?」
花丸「二人の誕生日はいつ?」
マルの問いに
善子「7月13日」
ルビィ「9月21日……あっ」
自分たちの誕生日を口にしてみて、二人は気付いたようで
花丸「二人の誕生日は2ヶ月ちょっとしかあいてないでしょ?人間の妊娠期間は10ヶ月……早産でも短くて8ヶ月とかだから……二人が姉妹っていうのは物理的に無理があるずら」
ルビィ「そっか……そうだよね」
善子「……全くずらまるは夢がないわね。でもそうね……私とルビィが姉妹だったら同じ学年になることもなかったわけだしね」
二人は少し残念のような、安心したような、複雑な顔をしていた。
なんとなく、この話題を続ける空気じゃなくなったと思ったのか、二人はライブの衣装の話を始めていた。
程なくして、昼休みの終了を告げる「ウェストミンスターの鐘」が再び鳴り響き、二人は自分の席に戻っていった。
――事実は小説より奇なり……か……
そんな善子ちゃんの言葉を反芻しながら、マルは今日の放課後はとある場所に行こうと胸に決めたのだった――。
* * *
前から少し違和感を感じていた。
でも、その違和感もただの気のせいのはずだった。
なのに――
机の上に大きく広げられた2部あるソレは
今見ると更に違和感を色濃くして襲い掛かってくる。
そして、今日初めて目を通す最後の1部を手にとって。
それを……広げる。
「……そんなことって」
これは妄想である。妄想のはずだった。妄想であって欲しかった。
そして間違いであって欲しかった。
* * *
月日の流れは速いもので
件の参観日ライブの当日を迎えました。
何かと忙しい田舎のご家庭ですが、善子さんのご家族以外は全員参加という参観日ライブの名に恥じない客入り
皆、ステージ脇から客席を見て親御さんの姿を確認すると、それぞれが嬉しそうに、また恥ずかしそうに、かつ今から始まるライブに向けて自分に気合いを入れている。
……約2名を除いて
千歌「うわ……お母さん、ホントに来てる……」
果南「く……せっかく黙ってようと思ったのに、千歌のお母さんから情報完全に筒抜けだよ!?」
千歌「そんなことチカに言われても困るよ……」
お二人とも家族と仲が悪いというわけでもないでしょうに何がそんなに嫌なのでしょうか?
善子「来てくれるだけ、マシじゃないの。何がそんなに嫌なの?」
と思っていたら、善子さんが代弁してくれました。
千歌「何が嫌って……ねぇ?」
果南「こういうの見た後って、しばらく看板娘だなんだって大変なんだよ……」
あぁ、なるほど……なんとなく察しが付きましたわ。
家業の手伝いをしなくてはいけない人たちは大変ですわね。
……それだと、わたくしも他人事ではないのですが
客席をチラリと見るとお父様とお母様は椅子に座ったまま背筋を伸ばして綺麗な姿勢で開演を待っていた。
ダイヤ「お二人とも……気持ちはわかりましたが舞台に立つ以上は――」
果南「わかってるって……そこは全力でやるよ」
千歌「あはは、心配しなくても、ライブ始まったらパフォーマンスに必死でお母さんどころじゃないよ、きっと」
……まあ、確かにお二人ともそういう私情で手を抜いたりする人たちではないですわね。
千歌「さて……それじゃ、皆――いくよ!!」
「Aqours!!サーンシャイーン!!」
いつもの掛け声と共に舞台に踊り出る。
娘たちの晴れ舞台に会場は少ない人数ながらも一気に盛り上がる。
そんな中で――わたくしは気づいてしまった。
Aqoursメンバーの父兄等がそれぞれ自分の娘に熱視線を送る中
何故かわたくしとルビィのお父様の瞳だけは別の娘――津島善子さんを凝視していた。
* * *
曜「楽しかったぁ♪」
鞠莉「Yes!最高のライブだったね♪」
ライブ後、終始最も張り切っていた、曜さんと鞠莉さんがハイタッチをしている。
曜「えへへ、パパに『曜、最高に可愛かったぞー!!』なんて褒められちゃった!」
鞠莉「うちのパパもマリーのパフォーマンスにメロメロだったわ!今日は帰ったらVictory celebration――祝勝会だって!」
梨子「何に勝ったの……?まあ、うちのお母さんにも喜んでもらえたけど」
花丸「マルもじーちゃんとばーちゃんに褒められたずら!」
善子「よかったじゃない。うちの家族も来られればよかったんだけどなぁ……」
各々が親族からのお褒めの言葉に高翌揚している一方で
千歌「……一瞬声が上ずっちゃったところ……帰ったら絶対ネタにされる……」
果南「私も当分回覧板のネタにされそう……。交換日記かって……」
千歌さんと果南さんはこれからされるであろう家族からの冷やかしに頭を抱えていた。
父兄の方々には一言二言感想を貰ったのち、先に帰っていただいて、今はライブの後片付け。
家族が来られなかった善子さん以外は親族からの喝采に照れたり、笑ったり、喜んだり……頭を悩ませたりしていた。
ただ、何も言わずに立ち去ってしまった人が一人……
ルビィ「……」
ルビィが少し虚ろな顔をして、静かに片付けをしている。
ダイヤ「ルビィ。あまり気にしない方がいいですわ。」
ルビィ「お姉ちゃん……」
それはわたくしたちのお父様でした。
お母様からは『二人とも輝いていたわ』とお褒めの言葉を賜ったのですが、お父様はライブが終わると気付いたらその場からすでに姿を消していました。
ルビィ「お父さん……やっぱり、ルビィたちがスクールアイドルやることには反対なのかな……」
ダイヤ「……こうして見に来てくれた以上、そんなことはないと思いますが……。お父様は人前で面と向かってわたくしたちを褒めるようなタイプではないですし、家に帰ったらきっと褒めてくれますわよ。」
そう、きっと……そうに違いない
ルビィ「うん……そうだよね」
ダイヤ「だから、元気を出してルビィ。精一杯がんばったことはちゃんとお父様にも伝わっているはずよ。」
気の弱い我が妹を気遣いながらも周りを見回してみると
ライブ後、思い思いの感情の昂ぶりのせいなのか片付けの進みが遅いなと思い
ダイヤ「皆さん、早く撤収作業しないと終バスがなくなってしまいますわよ!」
手を叩いて、皆を先導する。
手が止まり気味だった皆が作業に戻っていく。
そんな中
善子「ねえ、ダイヤさん」
善子さんがわたくしに話しかけてきました
ダイヤ「善子さん?どうかしましたか?」
善子「その……ルビィ、大丈夫?」
どうやら落ち込んでいるルビィの心配をしてくれているようで
ダイヤ「……。」
善子「御堅い人だとは聞いてたけど……娘の生ライブを見て感想の一つも言わずに帰っちゃうなんて」
ふと、今日のライブを思い返す。
親が見に来るということで、わたくしもルビィもいつもよりも気合いが入っていて、いつも以上のパフォーマンスが出来ていたと思う。
ダイヤ「……。」
しかし、お父様は『わたくしたち』を見ていなかった。
善子「……ダイヤさん?」
善子さんの声に我に変える。
ダイヤ「……え?……ああ……まあ、そういう人なのですよ。」
善子「……そういうもんなんだ。……なんだかルビィもダイヤさんも大変ね」
……どうしてなのだろう
どうして、お父様は――『善子さん』のことばかり見ていたのでしょうか……
* * *
撤収作業も無事終え、それぞれが家路に付く。
ルビィは気疲れもあったためか、少しふらふらとしている。
ダイヤ「ほら、ルビィ……もうちょっとで家に着くから……」
ルビィ「うん……」
疲れて歩みの遅い妹の手をきゅっと握って帰路を進む。
程なくして我が家が見えてくる。
ルビィ「あれ……?」
我が家の前には大柄な人物が仁王立ちで待っていた。
ダイヤ「……お父様?」
ルビィ「も、もしかして……!!」
ルビィの目がキラキラと輝きを取り戻す。
わたくしも少し安心して……さっき自分でも言いましたが、あのお父様が人前でわたくしたちを褒めるなんて考えづらいですものね。
と心の中で改めて安堵する。
家の前で娘たちの帰りを待っていた黒澤の主はわたくしたちの姿を認めると、まっすぐこちらを見据えた。
黒澤父「ダイヤ……ルビィ……」
ダイヤ「お父様、ただいま帰りましたわ。」
ルビィ「お父さん!!ライブどうだった!?」
ルビィが興奮気味にお父様に感想をねだる。
しかし、お父様の目は――酷く冷たかった。
黒様父「ダイヤ、ルビィ」
ダイヤ「はい」
ルビィ「うん!」
黒澤父「……あのグループとはもう関わるな」
ルビィ「……え?」
ダイヤ「はい……?」
予想外の言葉に姉妹揃って固まる。
黒澤父「お前たちも黒澤家の娘だろう。ああいう破廉恥なものにいつまでも熱中しているんじゃない。」
ルビィ「え……?え……?」
黒澤父「わかったな」
お父様が何を言っているのかよくわからなかった。
混乱する頭でわたくしは必死に考える。
ルビィ「ま、待ってよ……!!だって、お父さん……ルビィたちのこと応援してくれて……!!」
ルビィが悲痛に叫ぶ。ルビィの言うとおり、この前までお父様はわたくしたちのことを応援していくれたはずなのに
ダイヤ「そ、そうですわ……いくらなんでも唐突すぎますわっ!!」
わたくしも声を荒げて抗議する。……が
黒澤父「もうあのグループとは関わるな……わかったな」
再度、Aqoursを辞めるように忠告し、身を翻して家に入っていってしまいました。
ルビィ「そん……な……」
ルビィが力なくその場にへたり込む
ダイヤ「ル、ルビィ……!!」
ルビィ「なんで……っ……なんでぇ……っ」
妹は大粒の涙をぽろぽろと零しながら、その場にうずくまってしまった。
* * *
いつまでも家の前でうずまっているルビィをそのままにしておくわけにはいかないので
どうにかして立ち上がれる程度まで、ルビィを落ち着かせ、手を引いて家に入る。
ルビィ「なんで……っ……ぐす……っ……なんでぇっ……」
依然ルビィは泣き止まない。
大好きだった、スクールアイドルを――Aqoursを辞めろと宣告されたのだ。
ぼろぼろ泣いているルビィを支えながら、恐らくわたくしも真っ青な顔をしていたのでしょう……
お母様が心配そうに駆け寄ってきた。
ダイヤ「……お母様。……お父様から……Aqoursを辞めるように……言われました……」
黒澤母「……そう……みたいね……」
どうやら先に戻ってきた、お父様から軽く事情は聞いているようだ。
ダイヤ「……どういうことでしょうか」
黒澤母「ごめんなさい……私にもよくわからなくて……とにかく、あのグループは辞めさせるの一点張りで……」
ダイヤ「そう……ですか……」
お母様も酷く困惑している様子だった。
ルビィ「お父さん……やっぱりルビィたちの活動……気に入らなかったのかな……」
ルビィが悲しげに呟く
その姿は……わたくしのためにスクールアイドルを封じていた、押し込めていた、そんな前のルビィのようで
見ていられなかった。
わたくしは立ち上がる。
ダイヤ「……お父様と話をしてきますわ」
ルビィ「お姉ちゃん……」
理由はどうあれ、こんな一方的なやりかたでは納得がいきません。
ダイヤ「大丈夫……心配しないで……ルビィの――いえ、わたくしたちの大切な居場所はちゃんと守りますから」
ルビィ「うん……」
* * *
胸中、理由はどうあれなどといいましたが……理由はわかっている気がします。
今日のお父様の態度の急変。
今まで何気なく調べていたこと、ライブ中のお父様の様子……それが嫌な形に繋がっていることに背筋が凍る。
それでも……このままにしておくわけにはいかない。ルビィのためにも……そして、わたくし自身のためにも。
お父様は和の香る自室で目を瞑ったまま、胡坐をかいて座っていた。
ダイヤ「お父様……」
黒澤父「……なんだ」
お父様は目を瞑ったままわたくしの声に反応する。
一息……呼吸を整えてからわたくしは問いかけました。
ダイヤ「……何が気懸かりなんですか?」
わずかにお父様の体が揺れた気がしました。
黒澤父「……なんの話だ?」
ダイヤ「……何故お父様は『スクールアイドルを辞めろ』ではなく『あのグループと関わるな』と仰ったのですか?」
黒澤父「……そこまで違いのあることか?」
ダイヤ「……わたくしたちがスクールアイドルを辞めても……Aqoursと関わり続けることそのものに問題があるのではないですか?」
黒澤父「……そこまで深い意味はない。」
ところどころに間のある、重々しい会話。
正直、今でも具体的なことは言いたくなかった。
それでも、このままじゃ事態が膠着するだけだと早々に悟って、その名を切り出した。
ダイヤ「……善子さんが何か関係しているのですか?」
再びの間の後
黒澤父「……誰のことだ」
お父様が答える
ダイヤ「Aqoursのメンバー……黒髪で右側にシニヨン――お団子を作っていた子ですわ」
お父様はわずかに顔を蔭らせ
黒澤父「……そうか」
それだけ、口にして再び黙り込んだ。
……この反応、善子さんが関係あるのはほぼ間違いないでしょう。
どんどん嫌な予感が的中していく。
これ以上先に進んでいいの……?
もし、わたくしの仮説通りならこの先にあるものは……
『……ルビィの――いえ、わたくしたちの大切な居場所はちゃんと守りますから』
ルビィの心配そうにわたくしを見つめる顔が頭をよぎる。
……いえ……ルビィと約束しましたわ……
……わかっていて尚、この先に進むのはもしかしたら外道のすることなのかもしれません。
それでも……決めたのです。わたくしは、ルビィは……わたくしたちはAqoursとして輝いていくのだと――
重苦しい空気を胸いっぱいに吸い込んでから…わたくしはその名を口に出した。
ダイヤ「黒澤翡翠さん……ですか?」
ここで初めて、お父様が目を見開き、驚いた顔でわたくしの見た。
黒澤父「……どこでそんな名前を聞いた?琥珀からか?」
やはり……やはり翡翠さん絡みのこと……
ダイヤ「いいえ、お母様に聞いたのではありません。書庫でたまたま昔の家系図を見つけただけですわ。お母様の妹さん……わたくしたちの叔母に当たる方ですわよね。」
黒澤の主は苦虫を噛み潰したような顔をする。
ですが、わたくしの態度を見てこれに関して隠すのは意味がないと悟ると
黒澤父「……ああ、確かに翡翠は琥珀の妹だ」
と口にする。
ダイヤ「その方は今どちらに?……親戚の集まりでも見たことがお会いしたことがありませんわ。」
黒澤父「……翡翠は事故で死んだ」
ダイヤ「……本当に?」
黒澤父「……何が言いたい」
これ以上踏み込んでくるな。そんな雰囲気に気圧されそうになるが、それでもわたくしは言葉を続ける。
ダイヤ「本当はご存命で……娘さんがいるのでは……?」
黒澤父「……」
お父様は黙り込む。
ダイヤ「その沈黙は肯定ということですか?」
黒澤父「……ダイヤ」
搾り出すようにわたくしの名前を呼ぶ。
行間に匂わされる意味はわかりますが……もう、引き返すわけにはいかないのです。
ダイヤ「やはり……黒澤ジェダイトさんがいるということですか……」
ポツリと零れるように口をついた核心
――と思っていたのですが
黒澤父「……?……何の話だ……?」
ダイヤ「え……?」
17年も同じ屋根の下で生きてきた父親。
ですから、会話の中で隠し事をしていたらなんとなくわかります。
また同時にその反応は限りなく嘘偽りないとわかるものでした。
お父様は本当に『ジェダイト』を授かった娘の存在を知らない……?
わたくしがその反応から、次の言葉に窮しているのを見て
黒澤父「……とにかく、Aqoursだったか……あのグループにはもう近づくな……」
という言葉と共に腰を上げ、部屋から出て行こうとします。
ダイヤ「ま、まだ話は終わってませんわ!!」
お父様の背にわたくしは荒げた声をぶつける
ですが、お父様は振り向きもせず、ただ――
黒澤父「翡翠のことは……琥珀には言わないでやってくれ。」
――そう言った
ダイヤ「え……?」
黒澤父「俺はもうあいつを悲しませたくはない……」
わたくしはその言葉の圧からか哀愁からなのか……それ以上何も言い返せなくなり
部屋に一人取り残されたのでした。
* * *
ダイヤ「……」
自室に戻り、一人考える。
何かを掛け違えている……
確かなのは、お父様はなんらかの理由で善子さんとわたくしたちを遠ざけようとしていて
翡翠さんと善子さんにはなんらかの関係がある。
考えを整理してみて、ふと
ダイヤ「……確かにこのままでは説明が付いていないことが一つありますわね。」
説明が付かない……善子さんが仮に翡翠さんの娘だったのだとしても、『ジェダイト』を授かる理由がありませんわ。
石を授かるのは本家の娘だけ――即ち翡翠さんの娘は分家の子に当たるため、ここが矛盾します。
……と、思考をめぐらせていると突然
机の上から大きな音が鳴り響く
ダイヤ「……!?な、なに……!?」
現実に引き戻され音のする方に目を向けると、携帯がけたたましく着信を告げていました。
ダイヤ「あ、あぁ……電話でしたか……。……果南さん?」
ガラパゴス携帯の液晶に表示される松浦果南の文字
着信ボタンを押して電話に耳を傾ける
果南『あ、ダイヤ!!やっと連絡ついた!!』
ダイヤ「あ、ご、ごめんなさい……ちょっと立て込んでまして……」
果南『大丈夫――いや、大丈夫じゃないけど、なんとなくの事情はLINEでルビィから聞いたよ……Aqours辞めさせられるって本当……?』
電話越しでも果南さんが心配し、また動揺しているのがわかる。
ダイヤ「……そう、お父様から言われましたわ……」
果南『そ、そんな……』
改めて突きつけられた事実に果南さんは言葉を詰まらせる。
果南『……ダイヤのお父さん、確かに厳しいし、ちょっと怖いところあるけど……こんな横暴なやり方……。ましてやダイヤやルビィに対してこんなことする人じゃなかったと思うんだけど……』
昔からわたくしを振り回し続けていた、幼馴染が言うとなんだか含蓄がありますわね。
……しかし、その通り。……いくらなんでもやり方が強引すぎる。……つまり、強引に引き離すだけの理由がある。
果南『せっかくまた鞠莉とダイヤと……一緒にスクールアイドルが出来ると思ったのに……』
ダイヤ「果南さん……」
果南『鞠莉から……千歌から……皆から貰った最後のチャンスだと思ったのに……』
そう……これはわたくしたち姉妹だけの問題ではない……
一緒に駆け抜けて、これまでも、そしてこれからも一緒に輝こうと決めたAqoursの皆の気持ちもあるのですから。
ダイヤ「わたくしがどうにかしますわ」
果南『ダイヤ……』
ダイヤ「絶対に……絶対にどうにかしますわ……!!」
ここで折れてはいけない。
わたくしは自然と果南さんに向かって啖呵を切っていました。
* * *
ダイヤ「皆から貰った最後のチャンス……そうですわよね」
一先ず、通話を終え、無機質に日付と時間だけを告げる携帯を見つめながらひとりごちる。
……?……貰った……?
何故か、その単語が引っかかった。
ダイヤ「……?あ、あら……?」
ふと記憶の中に印象的だったあのときの会話の一文が甦る。
善子『これは子供の頃、ママから御守りとして貰ったの。』
ダイヤ「貰った……確かに善子さんは『貰った』と言っていましたわ」
そう、確かに善子さんはあくまで『貰った』と言っていた。そう『授かった』とか『持ってた』ではなく『貰った』と
――わたくしたちは物心が付いたときにはすでに当然のように授かっていた石を貰ったのだと
そしてこうも言っていた。
善子『『きっとあなたのことを守ってくれるから大切に持っていなさい』って』
その石の『何が』善子さんを守るのか……。
ダイヤ「どうして気付かなかったのでしょう……」
わたくしは確認を取るために手に持ったままの携帯から電話帳を呼び出し、五十音順で一番上にいる人物に電話する。
有難いことに先方には1コールが鳴り終わる前に電話に出ていただけました。
鞠莉『ダイヤ!?今、どうなってるの!?』
鞠莉さんが開口一番激しく状況説明を求めてくる。
一転、わたくしはこのとき何故かとても冷静でした。
――これから至るであろう事実を受け止める為でしょうか
ダイヤ「鞠莉さん」
鞠莉『What!?』
ダイヤ「宝石のジェダイト……善子さんがこの前持っていた宝石なんですが……」
鞠莉『……??』
ダイヤ「その宝石……別称などはありますか……?」
鞠莉『え……?……ダイヤ、今そんな話してる場合!?』
鞠莉さんは混乱している。
ですがゆっくりと……わたくしは言葉を紡ぐ。
ダイヤ「……はい。大事なことなのです。何か知っていたら教えていただけませんか?」
鞠莉『え、えぇーっと……そうね……ネフライト……は一応別の宝石か……。……あ、そうね日本で割と知られてる和名では――』
鞠莉さんの台詞と、彼女が今から言うであろうとわたくしが予想していた言葉が完全に一致した
――『翡翠』って呼ばれてるわね。
* * *
黒澤家の娘が授かる石はその持ち主の血と魂を宿す。
善子さんを守る『何か』は翡翠さんの『魂』
つまり、翡翠さんは娘である善子さんに自らの半身を御守りとして預けた。
同時にこれは自分で石を持たないことによって自分の正体を気取られづらくすることも出来る。
それならもっと他の誰かに渡してしまえばいいのでは?
とも思いましたが、生まれたときからあれだけ大切にするように強く教え込まれれば、例え事情があっても心理的になかなか手放しづらいものです。
正直、自分でも自らのダイヤモンドを大切に保管すると言われても、誰か他の人間に預けたり、管理を任せるのはとてつもなく抵抗を感じます。
……では、仮にこのダイヤモンドを自分の手の内で保管できない状況になったとしたら誰に託すでしょうか?
恐らくお母様かルビィか……わたくしの跡継ぎになる子――即ち娘だと思います。
ダイヤ「ただ……まだ解決していない問題がありますわ……」
何故宝物庫の空箱は5つあったのでしょうか。
最後の1つは誰のものなのか、これが解決していません。
一周回って善子さんとは全く関係ない別の人の可能性もあるのですが
ダイヤ「それだと、今度はAqoursとわたくしたち姉妹を無理やり遠ざけることに説明が付かない……」
つまり、繋がりがどこにあるかはともかく善子さんは無関係ではない。
『翡翠』の所在からしても、善子さんの母親に当たる方……ないし彼女の近縁の人間が翡翠さんである可能性は非常に高い。
ダイヤ「……ですが、こればっかりはどうにも調べようがないですわね――」
――本人に聞く以外には
再び電話帳を開き、『津島善子』にコールする。
鞠莉さんとは打って変わって、なかなか出ない。
どうしようかなと思っていると、やっと通話が繋がりました。
ダイヤ「もしもし、善子さんですか?」
善子『ダイヤさん!?大丈夫なの!?』
やや息を切らせて善子さんが通話に出る。
ダイヤ「……芳しくはないですが……その、つかぬことを聞いてもよろしいですか……?」
善子『な、なに?ヨハネに答えられることならなんでも答えるわ!!』
ダイヤ「その……善子さんのお母様のお名前は……津島翡翠さんですか……?」
善子『……なにそれ?……今聞くこと……?』
確かに全うな反応ですわね。
ダイヤ「はい……今聞く必要があることなのです。」
善子『……??……なんかよくわからないけど……』
どうか……
善子『うちのお母さんは津島善江よ。津島翡翠なんてかっこいい名前だったら、こんな地味な名前つけられなかったと思うわ。……いや、私の名前はヨハネだけどね!?』
ダイヤ「そう……ですか……」
予想の範疇ではありましたが、少し落胆する。
善子『それがどうしたのよ……?』
ダイヤ「いえ……続報がありましたら、連絡するので」
善子『ダイヤさん……』
ダイヤ「……なんですか?」
善子『少し声が疲れてる……あんまり無理しないでね』
ダイヤ「……えぇ、ありがとうございますわ」
通話を終え、再び思考を始める。
もし善子さんの母親が翡翠さんならば、仮説を前に進めることが出来たし、そこを切り口に本人に話を聞くことが出来たかもしれない。
だが違った。……まあ、ここまで来たら別人という説よりは改名したと考えるのが適切でしょう。
ただ、翡翠としての名を捨てている以上、彼女が本人だとしても尋ねたところで答えてくれるとは思えません。
いっそ、お母様に聞いてみるのがいいでしょうか……?
『翡翠のことは……琥珀には言わないでやってくれ。俺はもうあいつを悲しませたくはない……』
お父様の言葉を反芻して、その行動はあまり推奨されないものだと思いなおす。
悲しませる――つまり、お父様の言うとおり『翡翠さんは死んだことになっている』と考えた方がいいかもしれない。
改めて……この問題はこれ以上知っていいのか。
その深淵を覗いてしまっていいのか……。
知ったら戻って来れないのではないか……。
そんな恐怖に身が竦む。
「お、お姉ちゃん……いる?」
そのようなことを思案していたら、襖越しにルビィが尋ねてきた。
ダイヤ「入っていいですわよ。」
ルビィ「……お姉ちゃん……っ……」
襖を開けたルビィはそのまま、わたくしの胸に飛び込んできた。
ルビィ「お姉ちゃん……っ」
ダイヤ「……ルビィ」
ルビィは震えていた。
わたくしが一人考えている間も突然起こった大事に怯えていたのだろう。
ルビィ「ごめんなさい……お姉ちゃんも悩んでると思ったんだけど……ルビィ、ひとりじゃなんか……おかしくなりそうで……っ……。……あの……っ……あのね……っ」
ダイヤ「ルビィ……そんな遠慮しなくてもいいのよ。……確かにお姉ちゃんも不安だけど、わたくしはルビィのお姉ちゃんなんだから……。」
ルビィ「ぅ……っ……うっく……っ……」
胸の中で小さな妹が嗚咽をあげる。
この小さな妹を……今まで大切にしてあげられなかったこの子の気持ちを……今度はわたくしが姉として守ってあげなければ。
ルビィ「……やっと……っ……」
ダイヤ「……え?」
ルビィ「やっとおねぇちゃんと……っ……いっしょに……ぐすっ……スクールアイドル……っ……できるようになった……のに……ぅっく……っ……」
ダイヤ「……」
ルビィ「やっとおねぇちゃんが……っ……むかしみたいに……っ……わらってくれる……ように……っ……なったのに……っ……」
ダイヤ「……っ!!」
――思いあがっていた。
ルビィはボロボロになってもずっとわたくしのことを考えてくれていた。
スクールアイドルが大好きだったわたくしと、好きでいられなくなってしまったわたくしと、それでもスクールアイドルが大好きだったわたくしを
ずっとずっと……そして、今でも考えていてくれていたのだと……
守ってあげねば……?いいえ……ずっと守られていたのはわたくしじゃありませんか……。
だとしても……だからこそ、この子とわたくしの居場所は絶対に守らなくてはいけない。
取り戻したあの時間を……輝きを……もう手放したくない。
何より、またそう思わせてくれた大切な妹と仲間たちのためにも……
ルビィをぎゅっと抱きしめる。
ルビィ「なんでこうなっちゃうの……かなぁ……っ……なんで……っ……わかんないことばっかで……っ……ルビィ……っ」
ダイヤ「……そうですわね。知らないままじゃ……何もわからないままですものね……」
先にある闇……それは恐らくわたくしの想像通り触れてはいけないものなのでしょう。
だからお父様も遠ざけようとする。
ですが、それでも……知らないまま、流されるまま……大切なものを取り上げられて泣き寝入りするわけにはいかない。
Aqoursとしての活動は人生の中ではほんの一瞬のことかもしれない。
お父様からしたら瑣末なものかもしれない。
この大きな黒澤家という波からしたら木っ端のようなものかもしれない。
それでも……かけがえのない大切なものを守るために……怯えている場合ではないですわよね。
* * *
ダイヤ「今日は一緒に寝ましょうか……きっと、一人じゃ落ち着かないし。……ルビィも……わたくしも……」
ルビィ「……うん……ありがと、お姉ちゃん……」
繋いでいるルビィの小さな手がきゅっと握ってきたので、わたくしも優しく握り返す。
ダイヤ「……一緒にいたら少しだけ落ち着きましたか?」
ルビィ「……うん」
ダイヤ「なら……自分の部屋から枕を取っておいでなさい。慣れた枕の方が寝やすいでしょう。」
ルビィ「あ、うん。取ってくるね」
さっきよりも落ち着いた足取りで自分の部屋に戻っていくルビィを見て一先ず安心する。
とは言ったものの……これから、どうしましょうか……
正直、手詰まりですわ。
これ以上どうやって核心に近づけばいいのか……打つ手がない状態
と、そのとき、再びプルルルルルと大きな音が近くで鳴り響く
ダイヤ「ぴぎゃぁ!?こ、今度は誰ですの!?」
半ば喰い気味に通話ボタンを押すと
千歌『ひゃぁ!?ご、ごめんなさい!?』
千歌さんでした。
ダイヤ「あ、千歌さん……。ご、ごめんなさい……少し取り乱しましたわ……」
千歌『い、いや……やっぱり皆も電話してきてる感じなのかな?』
梨子『夜分に失礼します……でも、どうしても心配で……』
ダイヤ「梨子さんもいるんですのね?」
曜『私もいるよー!!』
受話器越しに2年生の3人の声が聞こえる。
ダイヤ「曜さんも……すみません。ご心配をおかけしてしまって……」
千歌『メンバーのピンチなんだから、心配しないわけないよー!』
曜『だから千歌ちゃんちに泊まって作戦会議中であります!まあ、その・・・ホントはなんか落ち着かなくて千歌ちゃんの家に来ちゃっただけなんだけど』
曜さんがてへへと笑う
ダイヤ「そうですわね……確かに今は不安ではありますが……少しは落ち着きました。ルビィも一先ずは泣き止みましたし。」
梨子『そっか……よかった……』
梨子さんがほっと胸をなでおろしているのが想像できる。
逆に言うならそれほど心配を掛けていたわけで……
千歌『あー!!でもやっぱり心配だよぉー!!もう今からダイヤさんちいこう!!』
梨子『無茶言わないの!』
相変わらずな千歌さんの言動で状況に反して少し可笑しくなってしまう
ダイヤ「ふふ……もう遅いですし、それに家に来ても入れてもらえないと思いますわ」
千歌『そうだよねぇ……あーもう!!私もダイヤさんとルビィちゃんと姉妹だったらー!!』
ダイヤ「それだと千歌さんも活動を辞めさせられてしまいますわよ?」
千歌『……っは!!言われてみればそうだ!!』
ダイヤ「ふふふ……っ」
思わず笑いが漏れる。
曜『千歌ちゃん、ダイヤさん呆れちゃってるよ』
ダイヤ「いえ……むしろこういうときは千歌さんの猪突猛進な姿勢に心が救われる気がします……考え通しだったのでこういう雑談でも元気が貰えるようですわ。」
千歌『え、ホントに?よかったぁ!……でも、ほら実は姉妹だったとかそういうの漫画でよくあるじゃん?颯爽と実は私あなたたちのお姉さんだったのよー!!ってチカチーが参上するのだ!』
その話題はタイムリーすぎてこっちは笑えないですわね……言えないですけど。
梨子『あはは……でも、どっちにしろダイヤさんと姉妹ってのは千歌ちゃんじゃなくても皆無理があるよね』
梨子さんが意味深なこと言う。
ダイヤ「……?……どういうことですの?」
梨子『あ、いえ……深い意味はないですけど、ダイヤさんって1月1日生まれじゃないですか』
ダイヤ「……そうですわね」
梨子『曜ちゃんが4月17日。千歌ちゃんが8月1日。それで私が9月19日……』
曜『あ、なるほど』
わたくしも梨子さんの言いたいことに気付く。
ダイヤ「ふふ……確かに誕生日が10ヶ月以内では難しいですわね」
2年生組との会話はなんだか漫才でもしているようで少し気分が和らぎますわね。
千歌『あ、そっかぁ……。じゃあ、ダイヤさんちの養子になるとか!!』
曜『いや、そんないきなり無理だから』
ダイヤ「養子……ですか」
千歌さんの口から飛び出した養子という言葉。
善子さんは翡翠さんの養子である……という可能性はありえる。
どちらにしろ、一番右端の空箱を説明出来る理屈には成り得ませんが……
梨子『あーもう話がしっちゃかめっちゃかでダイヤさん困ってるわ!とりあえず、何かあったらまた連絡してください』
曜『24時間体勢で相談受け付けるよ!』
頼もしい仲間たちに囲まれたなとしみじみ感じますわね。
恐らく受話器の向こうで曜さんは敬礼をしているのでしょう。
その様子を思い浮かべてまた少し可笑しくなる。
ダイヤ「ええ、ありがとうございます」
謝辞を述べて電話を切ろうとしたら
千歌『ダイヤさん』
千歌さんが真面目な声で――
ダイヤ「なんですか?」
千歌『Aqours……絶対に続けようね……』
ダイヤ「えぇ……もちろんですわ」
今、一番原動力になる魔法の言葉を口にして、一旦お開きとなった。
* * *
ルビィ「お、お姉ちゃん!!」
千歌さんたちとの電話を追え程なくして、ルビィがバタバタと部屋に駆け込んできた。
ダイヤ「ル、ルビィ?今度はどうしましたの?」
ルビィ「善子ちゃんが今配信してるの!!」
ダイヤ「は?」
ルビィは小脇に抱えた自分のノートパソコンを置いて、善子さんのチャンネルを開く。
善子『今宵は緊急生配信……堕天使ヨハネのリトルデーモンたちのピンチにつき……今から儀式を執り行います。』
……本当にやっている。
……ああ、先ほど電話したときやたらばたばたしていたのはこの準備をしていたからということですわね。
それにしても、リトルデーモンたちってことはわたくしもリトルデーモンに含まれているんでしょうか。
全くこの人は自分が渦中の人間だとも知らずに……
善子『では……いつも通りこの2つのパワーストーンを使って儀式を始めましょう……』
ダイヤ「……は?」
ルビィ「善子ちゃん……ルビィたちのために……」
ルビィが涙ぐんでいるが、いやそれどころじゃない
今、善子さん――
ダイヤ「2つのパワーストーンとおっしゃいました……?」
ルビィ「お、お姉ちゃん……?」
配信画面のコメント欄を探してすぐさまそこにコメントを打ち込む
『そのパワーストーンってなんですの?』
善子『あら、堕天使ヨハネのパワーストーンを知らないということは初見さんかしら?……まあ、いいわリトルデーモンたちの理解が世界を変える礎となる。無下にはしないわ、教えましょう。』
コメントを拾うのが早い。そして出来る範囲で要望はきちんと聞く。配信者の鑑のような方で助かりましたわ、堕天使ヨハネさん。
善子『ヨハネを天界の使者から守護する魔石……ジェダイト……そして……』
前に部室で見た宝石と
善子『堕天使とその生涯共にしてきた誕生石……サファイア……!!』
善子さんの返答とともに視聴者たちが『でも堕天使ヨハネの誕生石はルビー』『7月の誕生石はルビーでしょww』と煽っている。
そして、それと同時にいつぞやの鞠莉さんとの会話が想起される。
『え?ああうん。だってルビーもサファイアも同じだし』
『いやだって、ダイヤの妹にルビィなんて、ちょっと不自然じゃない?』
『私だったらルビィの相方は絶対サファイアにするわね!』
ダイヤ「揃った……最後のピースが……」
――黒澤家の歴史――
――二人の娘と宝石――
――5つの空の木箱――
――消えた黒澤翡翠――
――養子――
――誕生日――
――そして、ルビィとサファイア――
そういう……そういうことだったのですか……
全てが……全てが繋がった……
繋がった……けど……
こんなことって……
* * *
翌朝、わたくしはすやすやと可愛らしい寝息を立てるルビィの横を静かに抜けて、あの方――専ら朝に強いからもう起きているでしょう――に電話を掛ける。
花丸「……もすもす?」
ダイヤ『花丸さんですか?ダイヤですわ』
花丸「ダイヤさん!?そっちは大丈夫ずら?」
ダイヤ『ええ、そのことについてなんですが……一つ手伝って欲しいことがありまして……』
花丸「……ずら?」
* * *
準備を終えたわたくしはお父様の自室の襖の前に座り。
ダイヤ「失礼します」
部屋の主に向かって声を掛ける。
――返事がないので、襖を開ける。
部屋の座椅子の上に黒澤の主は静かに鎮座していた。
黒澤父「……ダイヤ、まだ入っていいと言った覚えはないぞ」
ダイヤ「ダメだと言われても、入らないわけにはいかないので」
黒澤父「……その頑固さ、誰に似たんだろうな」
ダイヤ「さぁ?」
父の皮肉を聞き流して、昨日花丸さんに頼んで手に入れた証拠を差し出した。
ダイヤ「これを……」
黒澤父「なんだ……これは……?」
さて、わたくしが昨日花丸さんに頼んだコレですが……
花丸『新聞のコピーを取ってきて欲しい……ですか』
ダイヤ「えぇ……恐らく今のわたくしでは自由に図書館に行っている余裕はないでしょうし……。何より花丸さんなら図書館にも詳しいでしょう……。欲しい日付は……」
花丸『17年前の元旦と16年前の7月13日と9月21日……だよね』
ダイヤ「え……?」
花丸『……7月13日には書いてあるよ』
ダイヤ「そう……ですか……花丸さんはすでに気付いていたのですね……」
花丸『……正直、ダイヤさんにも言うつもりはなかったずら。……これは知らなくていいことだと思ったから』
ダイヤ「……」
花丸さんは語りだした。
『気付いたの……というか確認を取ったのは本当に最近なんだけどね
お昼休みに善子ちゃんとルビィちゃんが同じような生き別れの姉妹の夢を見たって聞いたとき。
ただ、9月21日の方は前から知ってたよ。
マルは昔から図書館にはよく通ってたからさ
図書館って昔の地方紙とかも納められてるって聞いて、何気なく、自分の生まれた日の新聞を見せてもらったんです。
そしたら……出生記録に『国木田花丸』って名前があって
それでなんとなく嬉しくなっちゃって。そうだ!ルビィちゃんの生まれた日の新聞も見てみようと思って。
……でも、9月21日にルビィちゃんの名前はなかった。
そのときはよくわからなかったけど、あとになって考えたとき届出を出さなかったんだなぁくらいにしか思わなかったんだけど……』
花丸『……そんなことって』
ダイヤ「……7月13日の出生記録――黒澤ルビィ」
黒澤父「……。」
ダイヤ「こんな特徴的な名前……黒澤家の娘以外ありえませんわよね?」
黙り込むお父様に対しわたくしは続ける
ダイヤ「そして……この日は津島善子さんの誕生日と同じなのですわ。」
黒澤父「……そうだな」
ダイヤ「……こっちは17年前の元旦――わたくしの生まれた日のものですわ。」
そちらには大きく黒澤家長女ダイヤ出生の記事が大きく取り上げられていた。
ダイヤ「まさか、元旦から号外を出させられるなんて新聞社の人も大変ですわね」
本来元旦の新聞は大晦日に作るので1月1日のわたくしの記事が載るはずはないのですが、
概ね、わたくしの誕生に歓喜したお父様が無理言って地方紙の号外を刷って貰ったのでしょう。
ですがそれは同時に……
ダイヤ「ルビィのときは新聞に取り上げない……ましてや届出すら出さないというのは少し違和感を感じさせるものですわよね。」
黒澤父「……」
ダイヤ「お父様……」
嘘であって欲しいけど、もう戻れない
ダイヤ「ルビィは……サファイアだったのですね……」
* * *
9月21日からルビィの名前が消されたのではなく……
そもそも黒澤家に3人目の娘が生まれることがまずかったんですわよね。
善子さんとルビィ――いえ、ルビィとサファイアは……双子だったんですね。
双子が時間差で生まれてくるというのはそこまで珍しい話でもありません。
その影響で双子なのに誕生日が違うということもあると聞いたことがあります。
じゃあ、その時間差というのはどれくらい開きうるものなのか……
調べてみたら、80日以上離れて生まれた記録もあったそうです。……なら2ヶ月ちょっとくらいなら不可能ではないと……
ここからはわたくしの推測になってしまいますが……
お父様もお母様も黒澤の家に3人目の娘が出来てはいけないという仕来りをちゃんと把握出来ていなかったのではないでしょうか
そして双子を懐妊し、そのうちの一人目……ルビィ――即ち善子さんが産まれてからその事実を知った。
それもお母様は知らないまま、お父様だけが……
……ルビィが産み落とされ、長い長い出産との戦いの間に……
その仕来りを知ったお父様は……ルビィを翡翠さんに預け、二人は名前を変え……そして
* * *
ダイヤ「あとから産まれてくるサファイアをルビィとして取り上げたのですね……」
黒澤父「……。……あのときほど、この家の仕来りをちゃんと勉強していなかったことを後悔したことはない」
お父様は観念したようにゆっくりと語りだした。
黒澤父「ルビィ――善子さんだったな――が産まれた日――7月13日、喜びの余り、すぐさま新聞社に電話をして出生記録欄に載せてほしいと頼んだ
琥珀はまだ病院のベッドだったがもう一人のお腹の子が産まれてくるまでは時間がかかりそうとのことだったので、黒澤の娘の出生をちゃんと世に広めておくのは自分の仕事だと息巻いていてな
そのとき、俺の爺さん――ダイヤの曽祖父に当たる人間にこう言われたんだ」
『産まれた子は女児だったか?』と
ダイヤ「……?どういうことでしょうか……?」
黒澤父「俺も同じ感想を抱いた。俺は素直に娘だったことを報告したら爺さんはこう言ったんだ。」
『それはよかった。もし男児だったら、なかったことにしなければいけないところだったな』と
ダイヤ「……!!」
黒澤父「最初は耳を疑った……だが、黒澤家に女児しか生まれない理由それは……」
ダイヤ「男児が生まれたら……そもそもいなかったことにした……。それこそ産まれた新生児を捨てた……」
言葉を失った。
まさかそこまでとは
黒澤父「俺も最初は冗談かと思ったが、明らかに爺さんの目は本気だった。……急に血の気が引いて、あることが頭をよぎった」
ダイヤ「……黒澤家の番いは生涯に2人の娘を儲ける習わし……」
黒澤父「そうだ……だから聞いたんだ『もし3人目の娘が出来てしまったら』と」
ダイヤ「……」
『そりゃなかったことにするしかないだろう。そういう決まりだ』
黒澤父「それを聞いて俺は青褪めた……しかし、妊娠したことは周りに言ってはいたが双子であることは周りに言ってなかったのが幸いだった」
ダイヤ「わざと双子を懐妊したことを隠していたのですか……?」
黒澤父「……あぁ、ダイヤのときに劣らぬように双子の出産を号外で出してもらおうと思ってたんだんがな」
……とんだ親馬鹿ですわね。――と言いたいところですが
黒澤父「ただ一人だけは双子を妊娠したことを知っていた……それが」
ダイヤ「黒澤翡翠さん……ですか」
黒澤父「……そうだ。」
お父様は一旦空を仰いで間を持ってから……続ける。
黒澤父「翡翠は琥珀の妹で……ダイヤとルビィ……お前たちに似て仲の良い姉妹だった。
だから琥珀が妊娠したときはおおいに喜んでくれたし、妊娠期間中はダイヤ……お前もよく世話をしてもらっていたんだぞ。
……翡翠は頭のいい娘だった。俺が黒澤家の仕来りを知り、それを翡翠に相談したら、彼女はこう言った。」
『ルビィは私が引き取るわ。そして私ともどもいなくなったことにして、産まれてくるサファイアをルビィとして育ててあげて。これなら二人とも生きることができるから。』と
つまり……
7月13日 黒澤ルビィ――後に津島善子となる女児が生まれる。
その少し前に、次の黒澤の娘ルビィに授けられる『ルビー』とその棺桶となる木箱が作られる。
また既にこの時点でお腹の子が双子と知っていたお父様はもう一人の娘――黒澤サファイア――後の黒澤ルビィに授けることとなる『サファイア』と木箱を作ることを頼んでいた。
もちろん、このことも含めて号外が知らしめるために黒澤家内部には気付かれないように外注は黒澤家が関係ないところを選んで特注で作ってもらい、それを両方とも授ける準備が出来ている状態だった。
そして本来の黒澤ルビィが産まれたその日に彼女に『ルビー』が授けられた――
……だが、仕来りを知ったお父様と翡翠さんはサファイアが世に生まれたら殺されてしまうことを知り、
産み落とされたルビィには代わりの石『サファイア』を授け……その子供を養子として預かった黒澤翡翠は善江とルビィは善子と名前を変え、津島の男に婿に行った……。
そして、9月21日……黒澤サファイアは黒澤ルビィとして誕生し、『ルビー』を授けた。
……ですが、まだ矛盾点がありますわね。
黒澤父「ルビィの誕生日のことか」
ダイヤ「はい……これだと届出を出しているルビィは7月13日生まれですわよね……」
黒澤父「そこは厳密に言うならルビィは9月21日にルビィとして産まれている」
ダイヤ「……?どういうことですか?」
黒澤父「本来のルビィ――つまり今の善子さんが産まれた後の2ヶ月余りの間にその子は既に善子に改名し、翡翠は津島の男に婿入りして、善子を養子として引き取った」
ダイヤ「……とてつもない行動力ですわね。」
黒澤父「だが結果としてそれが幸を成した。本来兄弟に同じ名前を付けることは出来ないが次女は既に戸籍上ルビィではなくっていたから、ルビィが産まれた2ヵ月後にはルビィと名付け役所に届け出た」
ダイヤ「なるほど……そして、9月21日にルビィの名を新聞に載せなかったのは……」
黒澤父「なるべく目立たないため……だな。調べようと思えば7月13日の新聞にある黒澤ルビィと実際の黒澤ルビィの誕生日が違うと気付くが、普通そこまでする人間などいないだろう……」
確かに……花丸さんを除いて……
ダイヤ「あの……」
黒澤父「……琥珀のことだろう」
ダイヤ「……はい、お母様には……双子のうち先に産まれた一人目のことをどう説明したのかなと……」
黒澤父「これも翡翠の提案だったが……先に産まれたルビィは妊娠8ヶ月ほどで産まれた所謂未熟児だった……それ故に琥珀が妊娠と戦っている間に亡くなってしまったと説明した……。そのときに翡翠も事故で亡くなったと一緒に伝えた。」
ダイヤ「……そうですか」
黒澤父「……最愛の妹と娘の死でしばらくの間、琥珀は酷く塞ぎ込んでしまったが……」
ゆっくりとわたくしを見て
黒澤父「ダイヤとルビィがいたから……乗り越えられたと言っていたよ……」
ダイヤ「……お母様」
ですが……
ダイヤ「何故、お母様に事情を説明しなかったのですか……?それなら翡翠さんもルビィ――えぇと善子さんもどこかで生きていることがわかったじゃないですか」
黒澤父「それは翡翠の勧めだった」
ダイヤ「翡翠さんの……?」
『姉さん……ダイヤちゃんが産まれたときもすごくすごく嬉しそうだったから、もし自分の娘がどこかにいるってわかってたら、会いたくなっちゃうと思うからさ……もしかしたら何かの弾みで娘を探してることが露呈したらどうなる……?』
それは普通の親が子に持つ愛情に対する悲しい保険……
『きっと私も逆の立場だったらそう思うだろうし……どうやったって、どっちかを隠さないといけない』
『どっちがマシ……なんて口が裂けても言えないけど、産まれた子供を取り上げて殺されるよりは……ね』
『それに逆の立場なら姉さんもきっとこういう道を選んだと思う……だから』
『だから、この悲劇は私がこの子と一緒に消えて……終わらせるよ』
* * *
目の前で大きな音がした。
お父様が机に拳を突きたてた音だった。
黒澤父「……俺は何も出来なかった。」
ダイヤ「……お父様」
黒澤父「仕来りなんて馬鹿馬鹿しいものに娘を奪われそうになっても、何も出来なかった……結局、琥珀から娘と妹を奪って……」
ダイヤ「……今からやり直すことは……出来ないんですか……?」
仕来りはきっとこれからも続く
田舎という閉鎖的な空間で行われる慣習を完璧に消し去ることはとても根気のいることだろう
ましてや黒澤家は網元としての立場がある。
それを鑑みれば表立って、どうこうすることは出来ない……
ダイヤ「それでも、ちゃんと説明をして……正しい距離を皆で考えれば……」
黒澤父「……本当にできると思うか?」
ダイヤ「……それは」
黒澤父「それに善子さんにどう伝える?実はお前は津島善子ではなく、黒澤ルビィで育ててくれたのは実の母親ではなく叔母の翡翠だったと……言えるか?」
……わたくしは何も言えなかった
黒澤父「琥珀は翡翠が死んでから……宝物庫には近寄らなくなった。本人は口にはしないが……いろいろ思い出してしまうからだろう。だからこの問題は黒澤本家の人間……今となっては俺以外には知りうる人間はいないはずだった」
ダイヤ「……」
お父様の言葉で自分のしでかしたことの重さを認識する。
黒澤父「翡翠が全ての不幸に終止符を打ってくれたんだ……」
ダイヤ「……そんな……」
そんな誰かが不幸にならなければ解決しないことなんて
黒澤父「だからダイヤ……これは知っている人間が黙っていなければ悲劇が繰り返されてしまう……。琥珀も、翡翠も、ルビィ、サファイアも……」
ダイヤ「わ、わたくしは……」
どうすればよかったのだろうか、何もしなければよかったのだろうか
黒澤父「今回のことも……俺がもっとしっかりと宝物庫の管理をしていればダイヤに背負わせることもなかったんだ……本当に……済まない」
ダイヤ「そんな……!!それはわたくしが勝手にやったことでお父様の責任では……」
黒澤父「だから……お前たちのAqoursでの活動を続けるのを……許すことは……出来ない……」
ダイヤ「あっ……」
言葉が出ない。落とし処が……ない。
ダイヤ「でも……」
どうにかして、どうにかしてあの場所に――Aqoursに戻るための言葉を考えるが……出てこない。
黒澤父「頼む……」
ダイヤ「……」
お父様が十数年かけて背負ってきた問題は……わたくしには重すぎて……
黒澤という血の呪いが……脚に絡み付いてくるようで……
うまく息が出来ない。誰か……誰かこのしがらみを解いて……
藁にも縋る思いで祈ると――声がした
「――ちょ、ちょっと……まずいよぉ……」
「うっさいわね!さっきまでぴーぴー泣いてたじゃない!!こっちなんでしょ!?」
黒澤父「……なんだ?」
ダイヤ「この声……」
突然、部屋の襖が激しく開け放たれた
善子「お邪魔しまーす!!」
善子さんが大きな声と共に部屋に入ってくる
黒澤父「……!?」
ダイヤ「……善子さん!?」
善子「全くいつまで説得に時間かかってんのよ!!」
ダイヤ「え、いや……その……」
語気の強めな善子さんに気圧されて、思わず半歩後ろに下がってしまう
善子さんは一息ついて、お父様に向き直ってから口を開きました
善子「ダイヤとルビィのお父さんですね」
黒澤父「あ、あぁ……」
お父様は面食らいながらもどうにか返事をしている。
その返事のようなものを聞き終える前に善子さんは――
頭を下げていた。
ダイヤ「……よ、善子さん!?」
善子「二人のAqoursでの活動を許して貰えませんか」
黒澤父「……」
善子「決して後ろめたいことはしていません。それにさせません。ですから、お願いします。」
黒澤父「……そういうわけにはいかないんだ……」
それでもお父様は首を縦には振らなかった。
善子「……あー……もう!!」
突然善子さんが――キレた
お父様の胸倉を掴んで
善子「ルビィが泣いてるのよ!?」
叫んだ。
ルビィ「よ、善子ちゃん!?」
ダイヤ「善子さん!?」
善子「あんたの娘がっ!!!」
ルビィと二人掛かりで善子さんを抑えようとするが善子さんは止まらない
善子「あんた父親なんでしょ!?それなのに娘たち泣かせてんじゃないわよっ!!!」
こんな可愛い娘たちの自由奪って何してんのよ!!旧網元だかなんだか知らないけどっ」
善子さんは最後に思いっきり息を吸い込んで
善子「私の親だったら、そんなもん全部かなぐり捨てて、自由に元気にやりたいようにやらせて、いつも笑って生きてくれることを望んでくれるわよっ!!!」
言い放った。思いっきり叫んだため肩が上下している。
そして、お父様は――
黒澤父「……済まない」
――涙を流していた。
黒澤父「……済まなかった……」
善子「え、あ……いや……泣き……え……?」
黒澤父「ルビィ――本当に……済まなかった……」
ルビィ「お、お父さん……」
ダイヤ「お父様……」
ルビィが身を竦ませてから、お父様に歩み寄る。
そして善子さんはルビィと入れ替わるように後ろへ下がった。
黒澤父「ダイヤ……ルビィ……」
ルビィ「お父さん……」
ダイヤ「……はい」
黒澤父「……君も」
善子「ひゃ、ひゃい!」
黒澤父「……本当に……済まなかった……」
ああ、そうかと――わたくしは思う。
お父様は……やっと謝る事が出来たんだと、自分が業を背負わせてしまった……娘たちに……
* * *
善子さんを送る帰り道、善子さんは夕日を仰ぎ見ながら
善子「なんか存外すっきり解決しちゃったわね……」
などと言う。
ダイヤ「ホントに驚きましたわよ……」
善子「驚いたのはこっちよ!……突然、目の前で男泣きされるなんて……」
まあ、確かに大の大人……しかも、実質内浦を取り仕切っている男の涙ですからね。
ルビィ「ルビィ……お父さんが泣いてるところ初めて見たかも……」
ダイヤ「……大丈夫、わたくしも初めて見ましたから……」
たぶん、これが最初で最後でしょうし……ね
善子「それにしても……なんか不思議な人だったな」
善子さんの言葉が夕闇に吸い込まれていく
ルビィ「不思議?」
善子「なんか……懐かしい……?……みたいな。会ったの初めてだと思うんだけど……」
黒澤父『善子さん……。一つ聞いていいかい……?』
善子『な、なんですか……?』
黒澤父『君は……今、幸せかい……?』
善子『……そうですね。何一つ不自由がないとは言わないけど、お父さんもお母さんも私の好きなようにやらせてくれるし……』
善子さんはわたくしとルビィの顔を順番に確認してから
善子『こんなに素敵な仲間がいるから……私は今、幸せです。』
ルビィ「そういえば、善子ちゃんは堕天使なのに今幸せって言ってよかったの?」
善子「……そうねぇ。」
善子さんはくるりと振り返りながら――
善子「仲間を守るためなら……多少幸せになってもいいかなって思っただけよ」
笑顔でそう言い放つ。
普段、目を引く宵闇色の髪が棚引いて夕暮れに空に溶けて消えるような不思議な錯覚を覚えました。
* * *
あれからしばらく経ったある休日のこと、わたくしは生徒会の仕事で学校に来ていたのですが、たまたま本を返しに来た花丸さんと昇降口で鉢合わせしました。
花丸「そういえばあのこと……無事に解決したみたいでよかったずら」
ダイヤ「解決……したのでしょうか……」
わたくしは少し渋い顔をする。
結局のところAqoursの活動には何も言われなくなったが――
善子さんの啖呵でうやむやにしてしまっただけな気がしなくもない。
ダイヤ「それに今回のこともわたくしが変に好奇心を持たなければよかっただけなのではないでしょうか……。好奇心は猫をも[ピーーー]とはよく言ったものですわね……。」
花丸「そうかなぁ?……どっちにしろ、参観日ライブで善子ちゃんを見たらダイヤさんのお父さんは二人の活動を止めたんじゃない?」
ダイヤ「……それは……そうかもしれないけど」
花丸「だから、結局のところ……ダイヤさんが真実に辿り着かなかったら解決はしなかった……と思う」
花丸さんは断言はしなかった。
わたくしが知ろうが知るまいが、花丸さんは真実に近付いていたし、結局のところ善子さんが啖呵を切ることで同じ結果になっていたのかもしれない。
そういう意味であえて言葉を濁したのだろう。花丸さんの厚意を無碍にするのも、よくないと思い一先ず話を区切る。
ダイヤ「今でも……ルビィと善子さんは……あのままでいいのか……少し考えてしまうことがあります。」
花丸「そうずらねぇ……。……でも、世の中には知らなくていいことがたくさんあるから。もし知らなくちゃいけないことなんだとしても、ルビィちゃんも善子ちゃんも……今知る必要はないんじゃないかな」
ダイヤ「……まあ、それはそうかもしれませんわね」
知ってしまえば、戻ることは出来ませんしね。
わたくしのように……
花丸「ダイヤさん」
ダイヤ「なんですか?」
花丸「半分はマルが背負うから」
ダイヤ「ふふ……ありがとう花丸さん」
この小さな賢将が半分背負ってくれるなら、わたくしも当分はがんばれそうだなと思う。
ダイヤ「そういえば……」
花丸「ずら?」
ふとあの日あの時、どうして善子さんはあそこまで強引な方法を取ったのか疑問に思う。
ダイヤ「善子さんってあんなに強引な方法を取る人だったでしょうか……と」
花丸「うーん……これはマルの妄想だけど」
ダイヤ「……?」
花丸「きっと、どこかの誰かが……善子ちゃんが一番笑って生きてくれることを望んだからじゃないかな」
ダイヤ「……そう……そうですわね」
何気なく見上げた、ステンドグラスが陽光を反射して、まるで紅玉のように、碧玉のよう、そして翡翠のように混じり光るその様がとても綺麗だなと感じる――そんな昼下がりでしたわ。
<終>
お目汚し失礼しました。
面白かった
間違えではないようだし細かいけど、元旦より元日にした方がいいんじゃない
>>63
ご指摘ありがとうございます。
調べてみたら、確かに元日の方が適切な表現でしたね・・・
そもそも元旦と元日に意味の違いがあるのを初めて知りました
我ながら、まだまだ勉強不足ですねぇ。
精進します。
乙
ミラチケより前かパラレルってことでおk?
>>65
一応パラレルってことで・・・
この話の原型考え付いたのがちょうど11話放映当時くらいだったので
13話で善子母と黒澤母が出会ってるシーンを見てかなり唸ってこういう形に落ち着きました・・・ww
善子母は整形したってことにすれば、無理やり説明できなくもないのですが
そこまでするならパラレルにした方が話としてはすっきりするかなぁ・・・と
もしかしてダイヤさんの狐の嫁入り書いた人?個人的にはこのSSもそれも好きだったから過去作品とか教えて欲しいです
>>68
わたしはあの作者さんとは違う人ですよ。
むしろ、ダイヤさんの狐の嫁入りを読ませていただいて、その作品にとても感動し、それに触発されて書いたものです・・・ww
漫画は書いたことがあるのですが、SSとして・・・それもこの長さの物語を書かせて頂いたのは初めてなので、そういう意味ではこれが処女作になります。
ダイヤさんの狐の嫁入り・・・わたしも大好きで、自分もこんな物語が書きたいと思って筆を執りました。
期せずして、憧れの執筆者さんから頂いたものと似たような感動や感情を受け取って頂けたなら、これ以上嬉しい事はありません。
ご清覧、本当にありがとうございます!
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