変な夢を見たと思った。
どこか分からない、何もない真っ白な部屋で、特徴のないおっさんが言ったんだ。
「好きなところから人生をやり直させてやる。ただし、3回だけだ。使うと最後、今の自分には戻れない」
それだけ言って、気が付いた時には自室の布団に包まる俺がいた。
留年して、大学二年生をもう一度やり直すことになることが決定していた俺は自嘲気味に願った。
『テスト期間前……いや、後期の開始時点に戻ってくれ。そしたら勉強をちゃんとするから』
ってさ。そしたらぱっと眩しくなって、やっぱり俺は自室にいた。
でも、何か変なんだ。
単位発表の出た三月の上旬、まだコートを着る人もいるような気温なのに、部屋着のスウェットを着ていた俺は汗ばみ始めたんだ。
何かおかしいな、と思ってスマホで天気を調べようとした時だった。
日付は、後期授業開始日を示していた。
それだけだったらエラーだと思うさ。でも、心の端で夢を信じる気持ちの俺もいたんだ。
それくらい不思議なことが、一度くらい人生で起きてもいいじゃないかと。
ありえないことだって分かっていても、誰だってそういう不思議な経験を、一度くらい体験してみたいと思うだろう。
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意気揚々と夏服を身にまとい、何となく見覚えのある景色を見ながら、大学に向かった。
後期最初の授業で、何となく聞き覚えのある言葉を繰り返し聞いて、俺はこれが現実だと悟った。
そうなれば、俺はあと2回、この権利を行使することができる。
その使いどころをどうすべきか。一回は何かの失敗の保険に残すとしても、もう一度、俺は好きなところをやり直せる。
今から戻って……例えばもっと昔、子供の頃まで遡って神童ぶって見るべきか。いやいや、就職活動で希望企業に入社できるまでやり直すか、それとも。
色んな選択肢を考えながら、それからも日常を惰性で過ごした。だってさ、退屈なんだよ。一度やってきたことなんだから。
留年だけはしないように勉強はしたけれど、一度経験したことを繰り返すのって、案外退屈なものなんだ。
当時付き合っていた彼女、桃子とのデートなんて、その最たる例だ。
11月に迎える俺の誕生日を、サプライズで祝ってくれたんだけど、俺はその日何があるかを鮮明に覚えていた。
それなのに、夜中に家まで押しかけてきて、サプライズプレゼントを貰うというイベントを、さも初めて体験したかのように振舞わなければならない。
新鮮さを感じることもなく、俺は機械的にそれを受け取り、作り笑いで喜んでみせて、次のデートでは前回と同じお返しを用意してみせた。
結局のところ、退屈さを感じつつも楽な方に動いてしまうんだ。
だって、先が見えてるっていうのは、言い換えると失敗をしないってことだ。
勿論、前回からの小さな変化はある。例えばその日、俺が学食で何を食べたかなんて覚えていないし、その選択が変わってしまったことで、友達が明らかに前回食べてなかったようなメニューを食べてしまったりだとか。或いは一度読み上げて飽きてしまった本ではなく、違う本を読むようになって、大学の同級生に話しかけられた、とか。
そんな些細な変化はあれど、授業の内容が変わってしまったであったり、或いは両親が病に伏したりといった、そういう問題は今のところ、まったくもって起きていない。
それならば、少なくとも半年、大学を留年しないよう、このまま大きな挑戦をせずに生きていくのが正解ではなかろうか。
クリスマス、桃子とデートをしているときに、こんなことを言われた。
「龍也、変わったね。なんか、悟っているっていうか、何ていうか」
普段はのほほんとした雰囲気の彼女だが、それを指摘してきて油断ならんと思ったね。
悟ってるという言い方が正しいのか分からないけれど、やり直しがきくと思うと、心に余裕が出てくるんだ。
追いつめられることもなく、焦ることもなく。失敗しても、やり直せばいいや、って。
ゲームみたいなもんだよ。リセットボタンがある人生って。
このままいけば、俺は成功者になれると思ったよ。
誰だって思うよな。失敗しないんだから。失敗したら、成功するようにやり直せるんだから。
そして年が明けて後期の試験期間も間近になったころ、桃子に言われたんだ。
「別れよう」って。
曰く、サプライズで祝った時から何だか冷たい気がした。
曰く、昔の俺らしくない、何だか悟った雰囲気が気に食わない。
曰く、曰く、曰く。
とにかく、やり直して以降の俺が、桃子の好みから外れていたらしい。
馬鹿な女だと思ったよ。俺だって、お前よりもっといい女を捕まえられる人生をこれから歩むんだ。
一年以上付き合った女だったけど、特に惜しむこともなく俺はその言葉を了承した。
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