穂乃果「ケースハード」 (207)

――1944年 南洋某島――


ブロロロ…………


≪さぁ~♪ひゅめうぉ~♪かーなーえーるーのは♪みんなの♪ゆうーき~♪≫

凛「……空で歌を歌うバカがいるにゃ」


ドドドド… バリバリバリ!! グワァン…


≪われ被弾せり!降下する…位置不明!≫

ことり「あぁ……」

凛「マヌケにゃー」

ことり「でも、被弾って……ありえないよね?ここは制空権内だよ」

凛「鳥とでも衝突したんじゃないかにゃー」

ことり「ここには飛行機を撃墜するほどのトリさんはいないよ……」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1480256886





「うわぁーん!やられちゃったよぉぉーっ!」


ドォーン?






 第一幕「シルクワーム・ミッション」


凛「あそこだよ、ほんとに落ちたにゃー」プークスクス







花陽「園田少佐、落下傘が落ちてきますっ!」

海未「落下傘?……今の音は彼女の仕業ですか」

花陽「はい、発動機の故障と思われますが!」

海未「それ以外に何があるというのですか。ここまで足の届く敵機はいません」

花陽「近頃の工作精度は落ちる一方ですからねぇ……」

???「ぐふ」ドサリ

海未「ケガはありませんか?」

???「て、敵……敵機……」

海未「敵機?……ふ、つまらない冗談ですn」ドドドドド!!!


花陽「ピャアア!!!!」

花陽「本当にいたッ!敵です!エアコブラ、P-38ですッ!」ズガガガガガガ!!!!!

海未「まさか!」ズガガガガガ!!!

花陽「死ぬ!死んじゃいます~~~!!!」ダレカタスケテー!

――――――
――――
――


ギューン…


海未「行ってしまいましたか……」

花陽「助かった……?」

穂乃果「ぅ海未ちゃぁん……」ボロ…

海未「何だ、あなた、穂乃果でしたか!いい加減に上官に対する言葉遣いを改めなさい!」

海未「一体、空中で何をしていたのですかっ!」

穂乃果「えー、それはですねぇ……」アセアセ

海未「……まあ、生きて帰ってきたのに免じて許しましょう」

海未(しかしこれは……早急に対応が必要ですね……)



ブロロロロ…


穂乃果「追いつけるとも思えないんだけどなぁ……」

穂乃果(この搭乗員不足の時代に、なんでウチにはこんなに飛行機が余ってるのさ……)

海未「ふむ、近海の海に空母の所在なし。陸軍航空隊にて善処されたし……」

ことり「穂乃果ちゃん、敵機は見える?」

穂乃果≪うん、前方六キロ、ジャングルをかすめて飛んでるよ≫

ヒデコ≪……エアコブラはこの隼より少し速いはずなのに≫

フミコ≪追いついてゆく……≫

ミカ≪あいつ、私たちをかなりナメてるっ!≫

穂乃果≪追いかけるよっ!寄ってたかって仇討ちだっ!≫


ヴォォォーン…


穂乃果(……それにしても、どうしてこんな低空飛行を?)

フッ…


穂乃果≪えっ!?≫

ことり「どうかした?穂乃果ちゃん」

穂乃果≪消えた……≫

穂乃果≪かき消すようにエアコブラが消えた!上にも下にも、前にも後ろにもいない!≫

穂乃果≪どうしよう、ぅ海未ちゃぁん……≫

海未「変なこともあるものですね……」チャンヅケヤメナサイ

海未「仕方ありません。帰投してください」

海未「まったく、四式戦がじきに補充されて来るというのに……」

海未「あなた達では頼りなくて新型を任せられません!」クドクド

ヒフミ「」シュン…

穂乃果(うるさいなぁ……海未ちゃん何にもしてないくせに」

海未「穂乃果ァ!」

穂乃果「やべっ」

穂乃果「にーげよww」ダッシュ

海未「待ちなさいっ!今日という今日は許しませんよっ!」

海未「穂乃果ァァァーっ!!!!!」

――――――――――――
―――――――――
―――――
――



凛≪十二時方向敵機接近!!高高度!!≫ニャ

穂乃果「……またあいつだ」

穂乃果「偵察に来たのかなぁ……悠々たるもんだね、全く」

穂乃果「…………」

海未「追いかけてみますか?」ヌッ

穂乃果「いいのっ!?」パアア

海未「ええ、消える場所を確かめたいのでしょう?行ってみなさい」

穂乃果「ありがとうぅ海未ちゃん!」ダキッ

海未「……早く行きなさい、行ってしまいますよ」

穂乃果「うんっ!穂乃果曹長、出撃であります!」

ブロロロロ…

海未「くれぐれも、やられないで下さい」

海未「一度あることは、二度ある」

ヴォォォーン…


穂乃果(気づいているのかな、高度を下げ始めた……)

穂乃果(方向はこの前と同じだ)

???「」チラ

穂乃果(機種を振って後ろを見てる……?)

穂乃果(……ジャングルすれすれまで高度を下げた。そろそろ……)


フッ


穂乃果「消えたっ!」

穂乃果「怪奇現象……これは解決しなくちゃね!」ファイトダヨ


ヴォォォォォーン…

ピカッ


穂乃果「!」

穂乃果「今光ったのは何!?」


ヴヴヴヴ…


穂乃果(確か、この辺だった……)



穂乃果「!」

穂乃果「これはっ!」

穂乃果「ジャングルの中に、自然のトンネルができているッ!」

穂乃果「滑走路がある!ここからあのエアコブラは出ていたんだっ!」

穂乃果「いったい誰が……」

パッ!!


穂乃果「まぶしっ!」

???「」ドドドドドド

穂乃果「!!!」

穂乃果「エアコブラッ!正面に居たんだッ!」

穂乃果(まずい!このまま撃ち合いになったら落されるッ!!)

穂乃果「わぁぁぁぁーっ!!!」ババババババババ!!!!! ガガガガガガ!!!!


ガシャーン?ドォーン?


穂乃果(や…ら…れ…た…)

穂乃果「…………」

――――――――――――――
―――――――――――
――――――――
――――

穂乃果「…………」

穂乃果「……あれ、穂乃果、生きてる」ムクリ

穂乃果「あいたぁ!」ズキ

穂乃果(全身が痛む!)

ガチャリ

???「目、覚めましたか。あなた、脳震盪。少し寝るといいです」ジャキ

穂乃果「誰!?」ガイコクジン!?

穂乃果(この女、小銃を持っている……)

穂乃果「そ、それは、どこの国の!? あなたは……」

???「フランス軍の小銃さ。あんじゅももちろん、フランスの女性」

穂乃果「!?」

穂乃果(居たんだ)

???「私の恋人だ。ま、そう怒るな。火に包まれた残骸の中から君を引っ張り出したのは彼女だ」

???「ふ、それにしても君、私のエアコブラに正面から撃ち合いを挑むのは無茶だ」

???「君の隼は12.7mm2丁、私の方は37mm機関砲一門に12.7mm4丁の重武装だ!」

???「おまけにエンジンはシートの後方にあるから、私に弾が当たらない限り期待の致命傷にはならない」

???「もっとも私の弾は隼のエンジンブロックで止まったがね」

穂乃果(この人よくしゃべるなぁ)

穂乃果「……あなたはここで何を? なんで日本語ペラペラなの?」

???「私はCIAの工作員だったんだがね、操縦ができるんで前線を希望したんだ」

???「正解だったよ。四角四面でこちこちの教育隊はどうも私向きではなくてね」

???「脱走よりは、とここを選んだのさ」

???「おかげでこんな素晴らしい女性と出会えた」ダキッ

あんじゅ「///」

穂乃果(うわぁ……)

穂乃果「えと、ここはどこ?」

あんじゅ「フランス資本のリゾートホテル……の跡。飛行場付きの」

あんじゅ「客船や大型機が来て……レジャーの楽園……に、なるはずだったところ」

穂乃果「……りぞーとほてる?れじゃー?」

???「ふ、日本人が真の意味に気づくには200年かかる」

???「周辺にはシルクワームもよく育つ農園があってね」

穂乃果「???」

???「これだ」ウジャウジャ

穂乃果「カイコ!」

???「そう、私もこの虫の真似をしたってわけさ」

???「人間は繭をかける能力はないのでね……」

???「葡萄の木の助けを借りてね。それも特別に巨木化するジャイアント葡萄さ」

???「窓の外を見てごらん。御覧の通りのシークレットスペースさ」

???「シルクワームミッションってわけだ」ドヤ

穂乃果(トンネルの正体は、葡萄の木だったのか……)

穂乃果「くそぅ、どうりでパッと消えるわけだ……」

穂乃果「……私をどうするのさ」

???「彼女によれば……元気になるのを待つそうだ」

???「それを待って、こいつで銃殺してやると」

穂乃果「……あなたがやればいいのに」

???「……ふむ、考えてみよう」サワ

あんじゅ「あっ……///」

穂乃果「ちょっと!考えるなら静かに考えてよっ!」

???「……ふ、憶えておいてくれ。私の名は統堂英玲奈。中尉だ。」

穂乃果「……日本人みたいな名前だね」

英玲奈「ああ、日本名を持っているのさ」

英玲奈「戦争が終わったら大学へ戻る。お前もそうしろ、えーと……」

穂乃果「高坂穂乃果、曹長だよ」

英玲奈「高坂、ああ、憶えておこう」

英玲奈「そうだ高坂、私の専門は生命工学でね。まだ学部は少ないがいずれ私が作るんだ」

穂乃果「そう……私の帰るところはね、田んぼの泥の中だよ」

穂乃果「土手にはニラやセリが生えていて……」

穂乃果「泥の中にはヒルが居て血を吸われるんだ……」

穂乃果(眠い……一服盛られたのかな……)

穂乃果(ここで殺されるとは情けないよ……)

穂乃果「あぁ……こんなところで死ぬなんて私は何のために生きてきたんだろう……さっぱりわからない……」

英玲奈「私もだ、高坂。もっと勉強しないと世の中は分からんさ」

英玲奈「女の中はなんとなくわかったがね」ドヤ

穂乃果(何言ってんだこいつ)


パチ… パチパチ…


穂乃果(う、ん……?、なんだか暑いなぁ……)


ゴオォォーッ!!!!!


穂乃果「!!!」

穂乃果「も、燃えてる~~~ッ!?」

穂乃果「あ、熱い!助けて~!銃殺って言ったのは嘘だったの!?」

穂乃果「火あぶりだなんて卑怯な!穂乃果はジャンヌ・ダルクじゃないよぉ~~!」

穂乃果(早く脱出しないと!)

穂乃果(あぁ、この繭がそんなに広くなくてよかった……)

穂乃果「出口だ~~~~~!!」バッ

穂乃果「……海未ちゃん?」

海未「穂乃果っ!あなたは最高です!」

海未「よく一人で、敵の基地を焼き払い、撃退してくれました!」

穂乃果「撃退……」

海未「ええ、てっきりやられてしまったのかと思いましたが、潜伏していたのですね!」

海未「おや、その小銃……敵の武器を分捕るのは大変だったでしょう?」

穂乃果「え?」

穂乃果(あ、いつの間に背負ってたんだろう)

穂乃果(何か文字が刻んである……?)



”FRIEND”

穂乃果「フレンド……友達か……英玲奈の奴……」


ゴオオオオォォォォー…  ゴォォォ…




――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
―――――

バゥゥゥーン…  ヴィーーーン…


海未「ふむ、穂乃果もだいぶ四式戦に慣れてきましたね」

海未「これならば、補充兵にもなんとか顔向けができます」

花陽「20mm150発×2、計300、12.7mm350発×2、計700発!」

花陽「もう少し量が欲しいところですが、我慢できる搭載量ですっ!」キリ

凛「無線は相変わらず、遠く離れると通じが悪いにゃー」HAHAHA!!

ことり「米軍のはお聴きの通り、よく聴こえるのにね」KILL JAPS!

海未「これは一千キロ程遠くの話し声ですね」

穂乃果≪ねぇ海未ちゃん、もう着陸していい?≫

海未「ええ、良いですよ……」

海未「ああ、電波警戒機のそばは飛ばないでくださいっ!現在債微妙な調整中だそうです!」

穂乃果≪はぁい……≫

穂乃果(電波警戒機、電探……つまりレーダー)

穂乃果(遠くから飛行機が分かるんじゃやりにくい世の中だなぁ)


ブロロロ…

穂乃果「ふぃー、つっかれたぁ……」

真姫「…………」

穂乃果(……あれ、見慣れない顔が。なるほど、今回の補充兵が来たんだね、一応あいさつしとこ)

穂乃果「こんにちはっ!私高坂穂乃果、曹長だよ!あなた達が今回の補充兵だよね?」

真姫「……西木野真姫、少尉よ……よろしく。」

補充兵s「まきちゃん」

穂乃果「うんっ!よろしくね!戦場だったら私の方が先輩だし、何でも聞いてねっ!」

真姫「ふん、我々はみっちり鍛えられてヤキが入ってますからご心配なく」

穂乃果「そっか!ま、そう堅くならずにやってよ」ヘラヘラ

真姫「」ブチン

真姫「その言葉遣いは何ッ!上官に向かって言う言葉じゃないわよねェ!」

真姫「私は少尉よ!実戦経験がないからと言ってナメナイデ!!」

真姫「無駄に鍛えられてきたわけじゃないわ!」

真姫「……ふんっ!行くわよ!」スタスタ

補充兵s「まきちゃん」スタスタ

穂乃果「……行っちゃった。ヤな奴~」

海未「西木野少尉は気が短いのです。気にしないでください」

穂乃果「……今度の補充兵はよほどもう訓練で焼きを入れられたのか、皆目つきがものすごい」

穂乃果(ま、空中じゃ気にしようもないけど)

ザザーッ


凛「電波警戒機に感度あり!!」

凛「敵大編隊当方へ向かう!戦爆連合の大編隊にゃ~!!!」

穂乃果「……もう出動なの?さっき降りてきたばかりだよ?」

海未「……つべこべ言わず行きなさい」


ズズズズ…   ブロロロロ…

ヴゥォーーーーン……


海未≪敵は艦載機ではありません!米国陸軍の攻撃隊です!≫

海未≪陸軍機同士の一戦!一歩も譲ってはなりません!≫

真姫(P-38、航続距離の長いのが現れたわね)

真姫≪高坂ァ!編隊から離れるな!!足手まといになるんじゃないわよっ!≫

穂乃果≪ほ、穂乃果が!?足手まとい!?≫

穂乃果≪いや、あの雲の中に入った方が……≫

真姫≪編隊戦闘が大鉄則よ!命令は私がするわッ!ついてきなさい!≫

穂乃果≪西木野少尉!後ろ!上!≫

真姫≪……ヴェェ!?≫


ズガガガガガガ!!! バリバリバリ!!!!!!!! 

ドォーン…


穂乃果≪なんでこっちに退避しないのさっ!≫

穂乃果(今のは避けられたはずなのにっ!)

穂乃果(……あれはP-47か!12.7mmを合計8丁!4000発も弾を積んだやつだ!)

穂乃果≪おーいっ!正面から撃ち合っちゃダメだよっ!≫


ドドドドド!!!  バリバリバリ!!!!!! マキチャン!!!!


穂乃果(駄目だ、補充兵は焼きが入りすぎていて融通が利かない!!)

穂乃果(教本通りにやったら落される!)

穂乃果≪もうっ!穂乃果知らないからねっ!≫


ヴゥーーーン…  ドドドドド…

ヴォーーン…


穂乃果(……なんだか、双方規則正しく、教本通りに空戦をやってるようだなぁ)

穂乃果(これじゃぁお互い手の内が読めて……先が読める)


穂乃果(こっちは合計1000発、相手は4000発……空戦が長引けばこっちが不利だし……)

穂乃果(英玲奈がここらの地形や対空砲の位置を調査済みだ……)

穂乃果(まあ、いいか……考えるのは止めよう)

穂乃果(フニャフニャ飛べばやられないものだよ……)

穂乃果(さ、そろそろ私もカモを見つけようかな)

穂乃果(救いは、敵も燃料の残りを気にしていることだね)


ヴヴゥーーーーン……

穂乃果(味方が見えないところを見ると、私一人になっちゃったのかな……)

穂乃果(お、一機いた)



穂乃果「……自由フランス空軍?あんじゅ、あの女か!」

穂乃果(フランス極東空軍の生き残りだったとはね!)

穂乃果(よし、このまま追いかけて……)

穂乃果「!!」

穂乃果(後ろからくるッ!)


ビュゥーーーン! ドドドドド!!!   ヴォーーン…


穂乃果「ひぇ~っ!あぶないっ!」

穂乃果(そして、こいつは……)



穂乃果≪飛び方でわかるよっ!あなたは統堂英玲奈ッ!≫

英玲奈≪ああ、そうだ……久方振りだな、高坂≫

あんじゅ「ッ!」ギューン!

英玲奈≪手出しはするな、あんじゅ!これは私と高坂の試合だ!≫

穂乃果≪試合?≫

英玲奈≪ああ、この前は奇襲で落としたが、こんどは対等だ!≫

英玲奈≪頑張ろうじゃないか!≫


ヴォォーーーン!!!


穂乃果(試合……うん、負けられないよねっ!)

穂乃果「ファイトだよっ!」


ギュイイィーン!!!!  ヴォォーン……

―――――――
―――――
―――


穂乃果(後ろについた……ここなら、きっとプロペラの回転反動にモノを言わせて左へ旋回するところだけど)

穂乃果(英玲奈は右へ行くか)

穂乃果(そこで私は下へ潜る)ギュイイィーーーン!!

英玲奈≪ッ!!どこだ!?≫


ヴォォーン!


あんじゅ≪下よッ!英玲奈!!下!≫

英玲奈≪何ッ!?≫


ドドドドドド!!! バリバリ!!


穂乃果「ぐぅっ!!」

穂乃果(危なかった……防護板なしのなしの隼ならやられてたよ)

穂乃果(でも、ここで引き下がるわけにはいかないッ!)


ヴォオォーーン!! ギュゥゥーン!!

英玲奈≪ガッデム!低空の運動性では奴の四式戦の方が上かッ!!≫

穂乃果≪P-47は7トンもある鈍重な奴!低空でひねるのは簡単ッ!≫



あんじゅ(くっ、このままじゃ……)

あんじゅ≪英玲奈ッ!!≫ドドドドド!!! バリバリ!!

英玲奈≪あんじゅっ!?≫

英玲奈≪何故撃った!?手出しはするなと!≫

あんじゅ≪助けたのよッ!≫

英玲奈≪高坂は撃つつもりはなかったはずだ!≫

あんじゅ≪人の気持ちは変わりやすいものよ!シルクワームで助けてあげたことなんて忘れてるかもねッ!≫

英玲奈≪ブシドーはそんなもんじゃないッ!帰れ!!お前とはもう絶交だッ!≫

ヴォォーン!! ズズズズ!!


穂乃果「…………」

あんじゅ≪ハッ!?いつのまに後ろにッ!!≫

英玲奈≪ハハハッ!あんじゅ……神に祈れよ!人の気持ちは変わりやすいものなんだろう!?≫

穂乃果「…………」




あんじゅ(……何故撃たないのッ!)

あんじゅ≪くっ……人の体で散々楽しんどいて、どっちが勝手なのよッ!≫


ギューン!! ブロロロロ…

穂乃果≪ふふ、私の勝ちだね!≫

英玲奈≪……何故撃たなかった?高坂≫

穂乃果≪私は友達の恋人に手を出すようなことはしないよ≫

英玲奈≪ふ、ははは……私たちは性格がよく似ているな!!≫

穂乃果≪お互い、体の中まで焼きが入っていなくてよかったね≫

英玲奈≪太古以来の人間の知恵さ!生き延びるためのな!≫

穂乃果≪ありがとう、友だち!楽しかったよっ!≫

英玲奈≪ああ、私もだ!≫

英玲奈≪お前は死なない!君は死なないよ!!≫

英玲奈≪開拓時代から私の先祖は、君みたいな友人はひとりも死ななかったと言っている!大丈夫だ!≫

穂乃果≪恋人を大事にねっ!穂乃果、英語はよくわからないけど、ムクレてるのはわかったよ!≫

英玲奈≪大丈夫さ、なるようになる!≫



ブロロロロ…    ブロロロ……



英玲奈≪高坂!日本の空中無線は距離が離れると雑音が大きくなって、聴こえなくなるぞ!専門家によく言っておけ!≫ザザ


穂乃果≪そのうち追いつくから待っててよ~!無線でも、自動車でも、レジャーでもね~!!≫ザザザ…



ブロロロロロ……   ブロロ…

人間が鉄器を武器として使い始めて以来、その轍に対する焼き入れの技術的優劣が、


時として勝敗を決定づけ、国の運命をも左右してきた。


中心まで硬化した鉄は硬いが、限度を超えた力には砕ける性質を持っている。


ケースハード――表面焼き入れ――。表面を硬く、内部には弾力性を残して完成させる技術。


折れず曲がらず、砕けないために。人が血でで学んだ鉄の処理法。


それは人自身にも当てはまることだ……。




ことり「……帰還したのは高坂曹長、一機だけだよ」

海未「ふむ。内地での猛訓練も一回戦で煙と消えましたか……」

 第一幕「シルクワーム・ミッション」 終

続きはまた今度、書き溜めができたら投下します
需要あるかは知らん

穂乃果「……異動?」

海未「はい。……いよいよここも敵の手に落ちる時が来ました。貴重な人員を失う前に、後退するのです」

穂乃果「負けを認めるってこと?」

海未「……いえ、これは……戦略的撤退です。」

海未「穂乃果……しばらく会えなくなります。どうか、ご武運を」


――――――――――
―――――――
―――――
―――




雲を上に見てすれすれに飛んでいると、ふと自分自身が四畳半の天井にへばりついて飛ぶ蠅のような気になるときがある。



パイロットにとって運命の分岐点となる雲の天井だ。

ヴォーン…


果南「あれは誰?あの九七戦は誰だ?」

花丸「さあ?……どうやらここが判らないようずら」

果南「今、滑走路の擬装を解くわけにもいかないしなぁ……」

花丸「前線からの異動兵が本日到着の予定ずら」

果南「そりゃ、分かってるよ」

果南「しかし、本来なら十二機編隊で来るはず……一機だけとは腑に落ちない……」



ザザ



≪監視哨から報告!敵艦載機群、当方へ向かう!機数約七〇!≫


果南「……あいつ、雲の上へ出るなんて気を起こさないといいけれど……」


≪爆音!大編隊です!≫


――――――――――――――
――――――――――
―――――




ヴォオォーーン!!!




穂乃果(雲の下は飽きた、上へ出てみるかぁ……)


ズズズズズズ……






穂乃果「うわぁぁぁぁーーーーっ!!!」







 第二幕「ブラックアウト108」


穂乃果(や、ヤバいよこれは!)ギュイン!


キイィーーーーン……


花丸「出てきたずら」

果南「あちゃー、見つかったらしいね」



穂乃果「くそぅ、まずったなぁ……」


ヴォォォォ……  ビュウゥーン!!!  ドドドドドド!!!


穂乃果(うわ、ここまで下がっても一機追いかけてきたよ、しつこい奴だなぁ……)


グワァァーン!


穂乃果(逃げ切れない……事もないか)

穂乃果(うまいこと木々の隙間を縫っていけば……)


ヴィィィーーン!!








≪ユー!!ガッデムラット!!!!≫ギューン……



穂乃果(ザマーこけ、あきらめたね)



穂乃果(髑髏と黒鷲の標識か……くそぅ)

穂乃果「もう一度出会えたら絶対落とす……カミついてでも落としてやる……」



果南「振り切ったようだね、やるじゃん!」

花丸「……でも、またフラフラし出したずら。あれじゃ燃料切れなっちゃう」

花丸「念入りに偽装しすぎたのかなぁ?」

花丸「……やっと気づいた、降りてくるずら」


ブロロロロ…


穂乃果(うひゃぁ~、この滑走路障害物だらけだ!擬装するのはいいけど、せめてちゃんと降りられるようにしてよ~!)


ブロロ…  キキキキ…   ガン!


穂乃果「わっ!」


ドシャーン!


花丸「降りてきてから壊すなんて……大丈夫なのかなぁ、あの人」

果南「ここでは飛行機が余って、搭乗員が足りない太平洋上でも怪奇な場所。一機や二機壊されたってなんてことないよ」






穂乃果「……申告します。陸軍航空兵曹長高坂穂乃果、転属命令より十一機と……」ボロ

果南「松浦大佐である。奮闘、ご苦労であった!休養しながら別命を待て……」








果南「……と、お堅い挨拶はここまでにして」

果南「穂乃果」

穂乃果「はぁ」

果南「他の十一機はどうしたの?」

穂乃果「…………」

穂乃果(……私にもわからない。気づいたら孤立していた)

穂乃果(ヒデコ、フミコ、ミカ……凜ちゃん……私が乗せていけばよかったなぁ)

穂乃果「雲海の上下旋回して探したのでありますが……雷雲を抜けたら自分一人になっておりました」

果南「そう……分かった。過酷な進出命令であった、同情する。ご苦労様……」


穂乃果(……なんだか、将校とは思えない人だなぁ)



ガチャ


善子「あ!あなたがさっき飛んでた九七戦の!?」

穂乃果「うぇ?そ、そうだけど」

穂乃果(誰だこいつ)

鞠莉「Oh!見てたわよ!とってもシャイニ~☆なフライトだったわ♪」

花丸「歓迎するずら~」

穂乃果「……あなたたちは?」

果南「彼女たちはウチの航空兵だよ。変なヤツしかいないけど、仲良くしてやって」

穂乃果「えっと、これだけしかいないの?」

善子「ええ、飛べる仲間は我々四人だけよ」

穂乃果「四人……」

鞠莉「そう、あなたを入れてね!」

穂乃果「これだけの飛行機があって、航空兵はたった四人……」ズラー


花丸「そう。ここは新型機の吹き溜まりずら。好きなのに乗ってよ」

花丸「ただ、紛らわしいから捕獲した敵機だけは乗らないようにね」

穂乃果「性能は?」

花丸「我が国のものより多少……というか、品質管理の面で……良好な機体が多いずら」

花丸「頑丈で、操縦してくる奴らも体格体力ともに優れている、十分喰ってやってくる……」


善子「従って、我々も喰わねばならないのよ!」


ドン


穂乃果(えび天丼……)

善子「……なぜ食べないの?他所にはもうこんなごちそうはないと聞いているのだけれど」

穂乃果「誰がそんなことを」

善子「この前補充されてきた子よ。博士寸前の大秀才だって、自分で言っていたわ」

善子「最初の出撃で未帰還になってしまった……海か、ジャングルか山の上か……何処へ落ちたやら」

穂乃果「…………」

鞠莉「僚機の海没を悼むのは分かるけどね……戦場ではしっかり喰わないと負けるわ!」

鞠莉「毎日ビフテキを喰っている奴らと戦うのよ!こっちも喰わねば仕事にならない……」

鞠莉「ここの統計上でそうなっているの!」

穂乃果「…………」


――――――――――
―――――――
―――――
―――

善子「津島善子よ。よろしくね!」

鞠莉「私は鞠莉よ!」

花丸「マルは花丸ずら~」


善子「おフロ入る?沸いてるわよ!」

鞠莉「背中流してあげようかしら?」

花丸「下着は洗った?入ってる間に洗濯してあげるずら~」



ザバーン


穂乃果(……ここは少し、キモチが悪いなぁ)

穂乃果(もしやこれは、貞操の危機ってやつなの?)




???「お流しします……」


穂乃果「ひえぇ!!!」

志満「私ではおいやですか?」

穂乃果(誰!?すごい美人が来たよ!?)

穂乃果「あ、いや……」

志満「……中では洗えません、出てください」

穂乃果「ヴェェ!?」

志満「あなたは患者です……」

穂乃果「カ、カンジャ?何の……?」

志満「何でも構いませんよ」




志満「外をを見てください」シャー

穂乃果「え?」


ザワザワ


穂乃果(船と……若い看護婦が、たくさん?)



志満「私たちの病院船は航行中に魚雷攻撃を受けてやっとここまでたどり着いたのです……もうどこへも行けません」


ゴシゴシ


志満「職務上、患者がいないと士気の低下を招来してしまうのです」

志満「あきらめて清潔になる治療を受けなさい」

穂乃果「治療……」


志満「見習いだった私が今は臨時総婦長です。本当の軍医殿も、総婦長殿も、病棟婦長殿も魚雷を受けた時に全員戦死されて……残っているのは私より年下の見習い看護婦だけ……」

志満「たとえ素人の私でも、私にはあの子たちの士気を持続させ、生きて帰る気力を失わせてはならない義務があります!」

志満「わかりましたか?分かりますね、航空兵殿!」

志満「分かったら観念しなさい……当番を決めて、毎日清潔治療をしてあげます。生きている限り……」モミモミ


穂乃果「いや、待ってそこは!」


志満「人体にそこもここもありません!ここは戦場です!往生しなさい!」ザバー



ブクブク

志満「あなたは、生きて帰りたいですか?」

穂乃果「もちろん、そう思ってるよ」

穂乃果「…………」

穂乃果「……私には妹が居てね、雪穂っていうんだ。雪穂も航空兵なんだよ……穂乃果が士官学校を中退したせいで、階級は抜かされちゃったけどね」エヘ

穂乃果「穂乃果ね、親に言われて学校に行ってただけで本当は軍人になるつもりなんてなかったんだ。飛行機は好きだったけどね。」

穂乃果「お国のために戦死するなんてまっぴらごめんだよ。生きて帰って、それで自分のために死にたい」

穂乃果「手でプロペラ回してでも……大怪我傷だらけ、手足を失っても、首が飛んでも……」

穂乃果「私は帰るつもりだよ」

穂乃果「たとえ鬼になってでも、人を喰ってでも……私は必ず、生きて家に帰る」





志満「…………」シュル…

穂乃果「えと、何で服脱いでるんです?」

志満「みんな同じようなことを言って帰ってこなかった……まだ子供っぽい顔をした、少女たちがね」

志満「いいわ、いよいよここの食料が尽きたら私を食べて生き延びなさい」

志満「私は名ばかりの臨時総婦長……医療の知識は、戦死された軍医さんや婦長さん、生き残った見習の女の子たちにも遠く及ばないけれど……」

志満「少女の心を癒す方法なら……”トラック島の志満ねぇ”の技量を上回る人はそう居ないはず……」チャプ

穂乃果「いや、でも……」アセ

志満「抵抗は直ちに止めなさい!士気の低下を招来する結果となってもよいのですか?」ギュ

穂乃果「あ、あわわわわわ……」




ブクブクブクブク……




―――――――――――
―――――――
―――――
―――





チクリ


穂乃果「あいたぁ!」

志満「……消耗分のビタミン補給です。船から降ろしてありますから量は十分、安心なさい。毎日でも……」


ザバーン… 


穂乃果(行っちゃった……)




穂乃果「…………」




穂乃果「流星群だ……」






穂乃果(みんな、あれを見るのを楽しみにしてたのになぁ……)



――――――――――
―――――――
―――――
―――


ピピピピピピピー!!!


≪敵艦載機群当方へ向かう!高度四〇〇〇、戦爆連合の大編隊です!≫

善子「出撃よ~~~~!!!」

鞠莉「シャイニー☆」

花丸「ずら~!」



バゥゥーン…  バルルルルル!!



穂乃果「ホータイ下さい、ホータイ!」

志満「穂乃果さん!あなた、戦う前から、負傷もしないうちに包帯を欲しがるんですか!?見損ないましたね!」

穂乃果「いや、違います違います!志満ねぇ……いや、総婦長殿!」




志満「……足に巻く?」





ギリギリギリ…


穂乃果「……よし」ギチギチ


志満(なんのつもりかしら?……まるでミイラ女みたい)



穂乃果「では!」ビシッ


ヴォーーーン!!!  バリバリ…



志満(ビタミンが足りているといいのだけれど……)







果南「何だって、穂乃果は三式戦で上がったんだ?対戦闘機空戦には向いていないのに」

果南「突っ込みは利くが引き起こすと目の前が真っ暗になるし……並みの体力ではグラマンに勝つほどの旋回性能は出せない、失神してしまう」

花丸≪さぁ?なぜか三式戦でないとダメだと言って聞かなかったずら≫



穂乃果(また雲の上か。でも今日は三式戦だし、ホータイも巻いてある)

穂乃果「ファイトだよっ!!」


ヴォオオオォォォーン!!!



善子≪穂乃果はどこ?付いてきてないわよ!?≫

鞠莉≪……Oh、雲の中に上昇していってしまったわ……≫



ズヴォォォーーン…  ズドドド!!


――――――――――
――――――――
―――――

果南「出てきたッ!昨日と同じ……追尾してるやつも同じだ!!」

果南(……バカな、三式戦がグラマンとの空戦が苦手なのを敵が知っているのを承知の上で、穂乃果なりにおびきだして昨日の奴を片付けようとしたのか?相手は熟練者だ!勝てるわけがない!)

果南(三式戦より九七戦の方が格闘にはまだましだ。昨日のように木の間をくぐって逃げれば落されることはないのに!!)


ギュィィィーーーン!!!!


穂乃果(やっぱりね、昨日の奴だ!喰うつもりだろうがそうはいかないよっ!内地に居た頃は旋回戦闘の訓練を嫌というほどやらされてきたんだっ)


グィィィーン!!  ヴィィィーン!!


穂乃果(1旋回、2旋回……)

穂乃果「うぐ……」

穂乃果(これは……想像以上にキツい!!)




果南「だめだ、グラマン相手に旋回戦闘をやったら、足に血が下がって貧血、気絶する!!」


志満(……そうか、足の包帯は……!)




≪はは、ラットめ!そのタイプのカワサキファイターに負けたことはないのだ!≫


穂乃果(くそ、バカにしやがって……!)


ギュイィーン!


穂乃果(10……20……う、目の前が暗くなって……)


穂乃果(昨日、私をバカにした……私は、生きて帰るつもりだけど!こいつは生かしておけないっ!)


キィィィーーン!!


穂乃果(50……60……70……)






キィィィィーーーーーン!!!!!





穂乃果(100……101……102……ああ、真っ暗になってきた)

穂乃果(……敵も同じだ!ここで旋回をやめれば喰われる……)






ゴォォ・・・







穂乃果(何も見えない……103……104……105……106……107……)







フッ…
















穂乃果(108……除夜の鐘……)














ヴォオオオオォォォォーン!!!!!



穂乃果「!!!」


穂乃果(目の前にッ!!)


穂乃果「もらったァ~~~~~~~~ッ!!!!!」ズドドドドドド!!!!! ガガガガガ!!!!!!





ボワッ!



ドォォーーーン!!





志満「……ミイラ女の勝ち」



――――――――――
―――――――
―――――
―――


ブラックアウト……現代の航空用語では、人体のGに対する限界を超えた状況をそう表現している。

耐Gスーツなどが開発され、人はその限界に今日も挑んでいる。

その点については米軍が先行していた。




日本軍は一に気力、二に気力、三に気力で装備の劣勢を補いつつ戦い……敗れた……




――――――――――
―――――――
―――――
―――

果南「……ここでの戦いはもう終わりだよ……あなた達が時間を稼いでくれたおかげでお迎えの艦隊が来た」

果南「生還したのはあなた一人……もうじき敵が上陸する……」


穂乃果「……何だったのさ」






穂乃果(こんなにあっさり逃げるなんて……あの子たちの犠牲は何だったのさ……!)






果南「…………」






果南「諸君らの奮闘により、大勢の非戦闘員が救われたのだ!!!決して無駄な犠牲ではなかった!!!」


果南「守るべきものは、銃前銃後で変わらん……心に留めておけ、高坂……!」





果南「さあ、次の戦場へ行こう。戦いの終わりはここだけの話……」







 第二幕「ブラックアウト108」終劇


続きはまた今度
いきなりサンシャインキャラ出して大丈夫だったかな



戦勢利非ざる時、最前線の監視哨は兵士もろとも置き去りにされるのが古来からの非常な習わしであった。

好むと好まざるにかかわらず、それが兵士の運命であった……。




 第三幕「海未の親心」




≪こちら偵察機101号……四方敵を見ず、四海平穏なり……≫ザザー


海未「……ふむ、一機しかいないというのに101号とはおかしな話です」

果南「景気づけだよ、機番は盛大な方がいいじゃない?」



ヴォーーン…



穂乃果(ふぁぁ……眠い……)

穂乃果(……平和だなぁ、前線とは思えない……)ウトウト



海未≪穂乃果、どうしたのです?≫

穂乃果≪わっ!≫

穂乃果≪本日、天気晴朗にして波高し!鳥の一羽、猫の一匹も見当た……≫ヴォォォ…


穂乃果「!!!」


ドドドドドドドドドドドト!!!!!


穂乃果≪わああぁぁ!ブタが居やがったよ!!十六機も!!≫ズドドドド!!!!

海未≪ブタ?な、何ですかそれは!?≫


ヴォォォーーーン!!!


≪カモだ、クラシックファイターだぜ!≫


穂乃果(卑怯だよ!こっちがひたすら気持ちよく飛んでるときに!)


バルルルル!!  バルル!  ギューーン!!!


≪チョロチョロとよく回る奴め!≫


≪大尉!もうガス欠になる!帰艦しよう!≫


≪チッ……黄色いアヒルの子め!今度会ったらただじゃ……≫ザサ




穂乃果≪帰った……こっちは目が回ってフラフラだよ!≫

穂乃果(うー、気持ち悪い……)オゲェ



ブロロロロロ…  フラフラ… オエ…




果南「……何かの徴候は傍受してある?」

海未「いえ、何も……戦闘機同士の通話は聞こえましたが、艦隊の通話はありません」

海未「ただ、帰艦しようと言っておりましたから……空母が居るのは間違いありません」

果南「空母のいる理由は?目標は?」

海未「分かりません……ただ、ここではないのは確かです」

海未「戦線がここを通り過ぎて後方へ移動してしまったので見当がつかない……というのが、私の見解です」

海未「……この前哨を潰しに来ると思いますか?」

果南「…………・」




果南「来るかもしれない」

海未「なぜです?」

果南「手強いと思えば無用の出血を慎むのが彼らの伝統、基本的思考形態……」

果南「無害と判れば飛び越して先へ行く」

海未「なら、安全なのでは」

果南「あるいは、そうかもしれない……しかし」

果南「今日、九六戦が発見された……一機でも戦力として存在するならば、潰しに来るだろうね」

果南「アメリカ人は中途半端な殺しはしない!インディアン掃討の歴史を見れば判る」

海未「今度は私たちが掃討される番……ですか」

果南「ああ、日本本土まで、ね」

海未「…………」


穂乃果「おげぇぇ……うぇ……」


よしみ「搭乗員が飛行機酔いしてどうする?」

いつき「我が帝国軍航空隊も質が落ちたもんだなぁ」

穂乃果(……うるさいなぁ、飛行機に乗ったこともないくせに)オェ




海未「何か言いましたか、あなた達……?」

よしみ「は、少佐殿、それは……」

海未「文句言ってないでその穴をパッチで塞ぎなさい!偵察機はこれ一機!ここでは国宝ですよ、国宝!」

いつき「はいぃ!!」ヒエエ


海未「…………」



穂乃果「ぅ海未ちゃん……」

海未「……ご苦労様です、穂乃果。私のいない間に腕は鈍っていなかったようですね」フフ

海未「あなたが追われたのは米国の新型艦載機F6F、ヘルキャットですよ」

海未「旧式の九六戦で振り切ったなら大したものです」

穂乃果「……ネコには見えなかった、あれはブタだよ」

穂乃果(まあ、何でもいいか……)



海未「穂乃果、吐き気は収まりましたか?」

穂乃果「まだ……」

海未「……落ち着いたら戻ってきなさい。食事とお風呂の用意ができています」

穂乃果「うん……」オエ



――――――――――
―――――――
―――――
―――



ザザァ… ザァ…


海未「…………」

海未(海は、広いですね……)

海未「ことりは元気にしているでしょうか……」



果南「海未」

海未「……大佐殿、どうしてこんなところに」

果南「それはこっちの台詞だよ」


果南「海を見ていたのかい?」

海未「ええ。……考え事をするには海を見ながらが一番良いのです」

果南「あなたが海、海って言ってるの、なんかだ面白いね」フフ

果南「隣、いいかな?」

海未「どうぞ……」

果南「ありがとう」ニコ


果南「私、ずっとあなたの話が聞きたかったんだ……あなたと、高坂曹長がどんな関係なのか、とかね」ニヤ

海未「……別に、何もありませんよ」

果南「嘘は駄目だよ、海未。あれでいて穂乃果は上官を下の名前で呼んだりしないんだ……あなた以外は、ね」

果南「何かあるんでしょ?」


果南「もしかして、恋仲だったり」


海未「分かりましたよ!観念しました……洗いざらいお話しします」


果南「あ、ついでに……”ことり”ちゃんのことも聞きたいな」

海未「……聞いていたのですか」ジト

果南「聞こえたんだよ。ほら、これ、あげるからそんな顔しないで」ゴト


海未「これは、お酒……ですか!?一体どこでこんなものを……」

果南「前の基地で作ったのをこっそり持ってきたんだ。ま、質は保証できないけどね」

海未「全く……あなたは不思議なお方です。とても軍人とは思えない……」

果南「ふふ、自分でも思ってるよ……たまには、こんな上官も良いでしょう?」

海未「……そうかもしれませんね、さ、呑みましょう」

果南「乗り気だねぇ」

海未「酔っ払ってしまいたい気分になったのです……どうせ、敵襲があってもどうしようもないのです……」


トクトク…


果南「それじゃ、聞かせてもらおうかな」

海未「……話せば、長くなりますが……」


―――――――――――
―――――――
―――――
―――



7年前……


――陸軍士官学校 入学式当日――

凛「」オロオロ…

穂乃果(お、あの子も候補生なのかな?)

穂乃果「ねえ!何か困ってるみたいだけど、どうしたの?」

凛「あ、その……道に迷って……確か、この辺だったと思うんだけど」

穂乃果「そっか!それじゃ、私が案内してあげるよ!」

凛「え!本当!?」

穂乃果「うん!付いてきてよ!」

凛「やった~!ありがとにゃ~~!!」

凛(しまった)

穂乃果(にゃ?)

凛「あ、その……ちょっと猫の気持ちになったっていうか……」

穂乃果「へぇ~!面白いね、君」クスクス

凛(よかった)ホッ

穂乃果「それじゃ、行こうか!」

凛「いっくにゃ~~~~!!!」

穂乃果(続けるんだ、それ……)


穂乃果「ここだよ!」ドヤ

凛「よかったにゃ~~!!」



凛「?」

穂乃果「どうしたの?」

凛「えっとね、誰もいないんだけど……」

穂乃果「え……そんなはずは……」ハッ

穂乃果(し、しまった!完全に忘れてた)

穂乃果「士官学校は去年、和田倉門外から移転したんだった……」サーッ

凛「ええええ!?」

凛「大変にゃ~~~~!完全に遅刻だよ~~~~~っ!!!」ダッ

穂乃果「待って」ガシ

凛「何で止めるの!?早くいかなきゃ!!」

穂乃果「……移転先がどこだか知ってる?」

凛「えと、知らない……」

穂乃果「移転先は座間……東京から神奈川に移転したんだ」

凛「」


海未「……ふぅ、こんなものですかね。引っ越しも楽ではありません」ドサ

海未(実家を離れるのは少々不安ではありますが……いえ、弱音を吐いてはいけません。わたしは武家の跡継ぎ……強く生きねばならないのです)

海未(……それにしても、相部屋の二人はどうしたのでしょうか?いくらなんでも遅すぎるような……もう日が暮れてしまいます)

海未(高坂穂乃果さんに、星空凛さん……いったいどんな方なのでしょうか)


海未「……少し、敷地内を散歩してみましょうか」






「貴様ら……!根性が足りんのだ!武人たるもの……」ガミガミ

穂乃果「」

凛「」

海未(おや、あれは……全く、初日から説教を受けるなど、たるんでいますね)



「聞いているのか!?高坂!星空!」

海未「……うん?」






海未「どういうつもりです?高坂さん、星空さん……!」

凜「穂乃果ちゃんは悪くないにゃ……凜が場所を間違えたのがいけないんだ……」

穂乃果「や、穂乃果も間違えてたし、凜ちゃんは全然悪くないよ!むしろ一緒に怒られてくれる子が居て心強かったっていうか……」ヘラヘラ

海未「な、なんてことを言うのですか……!入学式を欠席しておいて、その態度!あなたは最低です!!!」バチコーン!

穂乃果「へごっ!」ビターン

海未「まさか、あなたの様な人がここにいるとは思いませんでした!ああ、同じ日本人として情けない……」

穂乃果「痛い……」

穂乃果(穂乃果もこんな人がいるとは思わなかったよ!)


凜「いきなりぶつなんてひどいにゃ!!」

海未「あなたもです!!大体なんですか、その言葉遣いは!はしたない!」

凜「な……!!!もう怒ったにゃ!!穂乃果ちゃん、こいつやっちゃおうよ!!!」

海未「望むところです!あなた達のような軟弱者に舐められたのでは我慢なりません!」


穂乃果「わ~~っ!落ち着いて、落ち着いて!」

凜「穂乃果ちゃん!良いの!?」

穂乃果「いいの、いいの!穂乃果たちが悪かったんだ……」

穂乃果(いきなり殴られたのは納得できないけど)

海未「……ふん!」スタスタ


バタン!


穂乃果「あぁ!待ってよ!」

凜「あんな奴、放っておけばいいにゃ~」プンスコ

穂乃果「や、そういう訳にもいかないでしょ……穂乃果、追いかけてくるよ!」ダッ

凜「穂乃果ちゃん!?」





海未「あぁ……またやってしまった……」

海未「直ぐに手が出るのは、私の悪い癖ですね……」ハァ

海未(これから一緒に生活し居てゆく仲間だというのに……これではもう顔向けできません……)

海未(私はいつもこうです……理想を求めるばかりに、他人にまで厳しく接してしまう……)



海未(……やはり木の上は落ち着きますね……昔はよく木登りをしたものです)



穂乃果「おぉーーーい!!ぅ海未ちゃぁーーーん!!」

海未(……高坂さん)

海未(探しに来てくれたのですか……申し訳ありませんが、今は顔を出すわけにはいきません……)



穂乃果「みーつけた!」ヒョイ

海未「ヴァア!」


ドサー!


海未「うぐぅ……」

穂乃果「あっ……ごめん海未ちゃん」


スタッ


海未「いえ、良いのです……高坂さん、あなたも痛かったでしょう」

穂乃果「穂乃果は大丈夫だよ!平手打ちはお母さんのを喰らい慣れてるからね!」

海未「……意外です、厳しい親御さんだったのですね」

穂乃果「うん!穂乃果のお母さんは陸軍の大佐さんなんだよ!」エッヘン

穂乃果「穂乃果がちゃんとしてないから厳しいけど、ほんとは優しいんだ!」


海未「……本当に、怒っていないのですか?高坂さん……」

穂乃果「え?そりゃあ、びっくりはしたけど……」

穂乃果「きっと、海未ちゃんもお母さんと同じ……穂乃果のために怒ってくれたんでしょう?だったら、感謝しないと」


海未「…………」

>>108
生活し居てゆく→生活して行く


海未「うぅ……」グズ

穂乃果「えぇ!?何で泣くのさ!?」

海未「嬉しかったのです……私は、この性格のせいで友人と呼べる人は出来なかった……人が寄り付かなかったのです……」

海未「初めて私を受け入れてくれた……」

穂乃果(お、重い……重すぎるよ、海未ちゃん!)

穂乃果「そ、そんな大げさな……」

海未「……星空さんの様子はどうでしたか?」

穂乃果「えっと、怒ってた……かな?」

海未「そう、ですよね……うぅ、いいのです……それが普通なのです……」

穂乃果「大丈夫だよ!凜ちゃんすっごくいい子だもん!」

海未「そうなのですか?……高坂さんと星空さんはお知り合いだったのですね」

穂乃果「いや、今朝会ったばかりだよ?」

海未「そんな短時間で人格は判らないでしょう……」

穂乃果「わかるよ!だって……ほら!」



凜「…………」

海未「あっ……!」

穂乃果(海未ちゃん、ファイトだよっ!)コソ

海未「ッ……」



海未「星空さんッ!」

凜「」ビク

海未「その、先ほどは……大変な失礼をいたしました……あなたを馬鹿にするようなことを言って申し訳ありません」

海未「誰にだって、間違いはあります……それは分かっています。あなた達に悪気が無かったのも判っていました……」

海未「……他人に厳しくしすぎるのは、私の悪い癖です……どうか、お許しください」




凜「うん、凜も……ごめんなさい」

凜「海未ちゃんが怒るのは当たり前だよね、悪いのは凜だもん。分かってたよ……」

凜「でも、ちょっと頭に血が上っちゃって……凜、怒られるの慣れてなくて……本当にごめんなさい」

凜「海未ちゃん……これからも、凜と仲良くしてくれる……?」

海未「!!」

海未「はい……!もちろんですとも!」


穂乃果「良かったね、海未ちゃん!友達が二人もできたよっ!」

海未「ええ、ええ……本当によかったです……あなたのおかげです……ありがとうございます、高坂さん!」

穂乃果「ねぇ、私たち、もう友達なんだからさ!そんなよそよそしい呼び方はやめようよっ!」

凜「そうにゃ、そうにゃ~~~~!!!」

海未「う……そう、ですね」



海未「穂乃果、凜!」

海未「あなた達は……最高です!」

―――――――――――
――――――――
―――――
―――

果南「へぇ、士官学校時代からの仲なんだね」

海未「ええ……私と凜は性格がまるで違いますから、よく喧嘩をしたものです……その度に穂乃果に仲裁に入ってもらって……」フフ

海未「穂乃果には、感謝してもしきれません。この出会いが無ければ、きっと私は今までの戦いで死んでいたでしょう」

海未「彼女は……堅物だった私を変えてくれたのです」

海未「焼き入れられて、芯まで硬化した私をへし折って……新しい私を作ってくれたのです」


果南「ふふ、海未……あなた中々愛が重いね」

海未「なっ!?愛ですって!?そんなものではありません!」


果南「冗談だってば、もう……」クスクス


果南「ところでさ、その凜って子はどうしてるの?」

海未「……彼女は、少し前まで私と穂乃果が以前いた基地で通信技師をしていたのですが……」

海未「穂乃果によれば、異動の際の洋上飛行中に行方不明になったと……」

海未「おそらく、もう生きてはいないでしょう」

果南(そうか、あの十一機の中に居たのか……)

海未「穂乃果は……自分が凜を乗せて行けばよかったと後悔しています……」

海未「彼女が思いつめた表情をしているのは、きっとそのせいでしょう……」

果南「……悪いね、思い出したくなかったでしょう」

海未「いえ、良いのです……私たちは、戦争の駒なのです。こうなるのは覚悟の上です」

海未「もっとも……彼女たちもそうであったかは、私には判りかねますが」

果南「…………」



海未「さぁ、続きを話しましょうか……次は、ことりの話ですね」


――――――――――
―――――――
―――――
―――



ガヤガヤ… ニャー!!! ピャアアァ!


海未「……何やら食堂の方が騒がしいですね」

穂乃果「行ってみようか?」

海未「……野次馬ですか、あまり感心しませんね」

穂乃果「ちがうよっ!ほら……凜ちゃんの声じゃない?これ」


海未「……確かに、そうですね」

穂乃果「ほら!行こうっ!」





凜「なんで南さんが凜とかよちんの話に入ってくるの!?」

ことり「え、えぇ……」

花陽「駄目だよ凜ちゃん!そんなこと言ったら!」

凜「やだやだ!かよちんが取られちゃうよぉ~~~~!!!」


穂乃果「……なにあれ」

海未「穂乃果!早く止めに入りますよ!」


海未「凜!」

凜「海未ちゃん?」

海未「何をしているのですか!……ほら、その子を離しなさい」

凜「やだ!かよちんは凜の大切な幼馴染なんだもん!」

海未「大切な幼馴染なら、困らせては駄目でしょう……一体何があったと言うのですか」



ことり「あの!ここだと少し話しにくいので……その、場所を変えましょうか」


ザワザワ…


海未「……あぁ、何ということ」

ことり「さ、外へ……」





海未「申し訳ありません!うちの凜がご迷惑を……」ドゲザ

ことり「あの、そんな、迷惑だなんて……」

穂乃果「……一体何があったのさ?」

凜「かよちんが、南さんと相部屋になって……すっごく仲良くしてたから……取られちゃうって思ったの……」

花陽「凜ちゃん!わたしはどんなことがあっても、凜ちゃんから離れたりしないよ!」

凜「か、かよちん……」ジーン


凜「かよち~~~~~ん!!!!」ダキ

花陽「リンチャン!」ピャア!

穂乃果(なんだこれ)


凜「その、南さん……じゃなくて、ことりちゃん」

凜「ごめんなさい!凜、ちょっと早とちりしてゃったっていうか、久しぶりにかよちんと会えて頭が真っ白になっちゃって……」

ことり「あはは、良いんだよ、そんなの……」

海未「いえ!それでは私の気が済みません!」ドゲザ


凜「海未ちゃん、いい加減頭上げなよ」

海未「誰のせいだと思っているのですか!?」

凜「なんのことかにゃ~」


穂乃果「…………」

穂乃果(いつもの調子に戻った……良かった、のかな?)

ことり「うふふ……面白いね、あなた達!……ねぇ名前、聞いてもいいかな……」

穂乃果「え?……うん!私は高坂穂乃果だよ!」

ことり「穂乃果ちゃん……とってもいい名前……」

穂乃果「ありがとう……ことりって名前も良い名前だと思うよ、可愛いし!」

ことり「ありがと、穂乃果ちゃん……」フフ

――――――――――
―――――――
―――――
―――


果南「随分、変わった出会いだね……」

海未「そうでしょう、そうでしょう?全く、凜の奔放ぶりには苦労しましたよ!」ヒック

果南「……随分酔いが回ってきたようだね?海未」

海未「そんなことはありません!まだまだ素面ですよ私は!!」


海未「……話の続きをしましょうか……あれは、秋のある日のこと……私はことりから、ある相談を受けたのです」


――――――――――
―――――――
―――――
―――


海未(ことりからの呼び出し……私は、愛の告白でもされるのでしょうか)


ことり「海未ちゃん……ごめんね、急に呼び出したりして」

海未「はい!?いえ、大丈夫ですよ!?」ビク

ことり「……?」

海未「……何でもありません。して、ことり……話とは、何でしょうか?」

ことり「……うん、実はね」



ことり「私……穂乃果ちゃんのことが好きになっちゃったみたいなの!!」

海未「」

ことり「だから、その……ちょっと手伝ってほしいっていうか……」

ことり「海未ちゃん?」

海未「」ハッ

海未「ええ、ええ!お安い御用ですとも!」

ことり(今日の海未ちゃん、なんか変だなぁ……)

海未「それでは、早速アタックです!」

ことり「えぇ!?ちょっと早くないかな……」

海未「何を言っているのです!恋は熱いうちに叩かねばならないのです!さ、行きますよ!」グイグイ


海未「約束しましょう!あなた達を必ず幸せにして見せます!」



ことり「穂乃果ちゃん……お昼、一緒していいかな?」

穂乃果「ことりちゃん!勿論だよ!」

凜「凜も行くにゃ~!」


海未「凜!あなたはこっちですよ!あなた、今回の試験で赤点だったのでしょう!?このままでは卒業できません!」

凜「そんな、海未ちゃんひどいにゃ~!!」

海未「これもあなたを思ってのことです……凜、私はあなたと共に卒業したいのです……」

海未(本当はことりのためですが)

花陽「私も付き合うよ!凜ちゃん!!」

凜「二人とも……」ジーン

凜「分かったにゃ!穂乃果ちゃん、ことりちゃん!また後で!」ダダダ

花陽「ピャア!凜ちゃん待って~!」


ことり「あはは……」

穂乃果「大変だね……さ、私たちも行こっか」

ことり「……うん!」ギュ

穂乃果「わっ!ことりちゃん!?」

ことり「えへへ……凜ちゃんの真似だよ♪」

ことり(ありがとう、海未ちゃん……!)



海未(ことり、頑張ってください……あなたたちの幸せを祈っております……)

凜「海未ちゃん、何してるの!早く行くよっ!」

海未「……はいはい」クスクス


――――――――――
―――――――
―――――
―――


果南「へえ、青春だねぇ……」

果南「でも……寂しくなかったの?凜ちゃんじゃないけどさ、親友が取られちゃうって思ったり」

海未「……まあ、寂しくないと言えば嘘になりますが……穂乃果は何というか、少し私の中の位置づけが違うのです」

海未「例えるなら……私は穂乃果は娘のように思っているのですよ」

海未「娘の幸せを願うのは、親の務めですからね」フフ

果南「親ならもっとこう、娘を家に置いておきたいとか……ほら、海未って父親っぽいし」

海未「何を言うのです!私が女らしく見えないとでも!?」


果南「……うん、髪を切ったら見えないかなぁ」

海未「なんと!?」


海未「……その後、ことりと穂乃果は順調に距離を縮めていったのですが……」

海未「ここで、事件が起きます」


海未「支那に駐在していた高坂大佐……穂乃果の母親が、戦死したのです」

海未「あの日から穂乃果は……少し、変わってしまったように思います……」

――――――――――
―――――――
―――――
―――


ことり「……穂乃果ちゃん、今日も帰ってこないね」

海未「ええ……一体どこをほっつき歩いているのか」

ことり「このまま、会えなくなっちゃうのかな……嫌だよ、そんなの……」

海未「…………」


コンコン


海未「……誰でしょうか」


ガチャ

 
海未「あなたは……穂乃果の妹の……」

雪穂「高坂雪穂です。突然申し訳ありません……今日は、その……お伝えしなければならないことがあるのです」



雪穂「姉は……学校を辞めました。今日、正式に届けを出してきました」

ことり「嘘……」

海未「何故……何故です!?」

雪穂「それは……私の口からは言えないことです」

海未「……ッ!穂乃果は今どこに!?」

雪穂「…………」


雪穂「今は、神保町の実家に……」


海未「ことり!行きますよッ!今すぐ!」

ことり「うん……海未ちゃん!」





穂乃果(怒ってるだろうなぁ、海未ちゃん……それに、ことりちゃんにも悪いことしたなぁ)

穂乃果(あんなに穂乃果のこと好いていてくれたのに)


穂乃果「はぁ……」


「穂乃果ぁーっ!!」

穂乃果「ばぁちゃん、どうしたの?」

「お友達来てるがどうする?」

穂乃果「……居ないって言っといて」

穂乃果(海未ちゃんかな……いや、ここは知らないはずだよね)


穂乃果「はぁ……寝よ……」グデー



ガヤガヤ…


穂乃果(ん……今何時……?)フアァ


穂乃果「……外が騒がしい」


ホノカー! ハノケチュン!


穂乃果「…………」



海未「穂乃果ぁー!居るのでしょう!?いい加減に出てきたらどうです!?」

「だから、穂乃果は居ないと言っとるじゃろうが!!」

ことり「穂乃果ちゃん!お願い……!もう一度お話しさせて!」


ガラガラ


穂乃果「…………」

海未「穂乃果!?」


穂乃果「うるさいよ二人ともっ!居ないって言ったら居ないんだよっ!!」


ことり「穂乃果ちゃん……やっと出てきてくれたね……」ポロ

穂乃果「……ことりちゃん」

ことり「本当に良かった……もう会えないかと思ってた……」グス

海未「穂乃果、無理に戻れとは言いませんが……せめて、理由だけでも教えてくれませんか?」

海未「……やはり、お母様のことが関係しているのですか?」

穂乃果「ねえ、どうしてここが判ったの?」

海未「あなたの妹から聞いたのですよ」

穂乃果「……そっかぁ、口止めしてたのになぁ……場所なんか教えたら、海未ちゃんたち絶対押しかけて来るもん」


穂乃果「海未ちゃんの言う通り……お母さんが死んだから、私は学校を辞めた」

穂乃果「私、お母さんを一番尊敬してたんだ……だから、同じ場所に立ちたくて……お母さんと一緒に居たくて、士官学校に入ったの」

穂乃果「だから、目標がなくなっちゃったんだ。それだけだよ……今は、落ち着く時間が欲しいんだ」


海未「穂乃果……」

穂乃果「ごめんね、二人とも……大丈夫、死のうとかは考えてないから」

穂乃果「今は一人にして……お願い」

海未「…………」


ことり「また、会えるよね!?穂乃果ちゃん!」

穂乃果「……うん、会えるよ……大丈夫」


ガラガラ



穂乃果「……ごめんね」



――――――――――
―――――――
―――――
―――

海未「結局……彼女に再開するのは、戦争が始まってからになってしまいました」

海未「あの時果たせなかった約束……今がそれを果たす好機なのです」

海未「ことりは、今でも穂乃果のことが好きだと言っていました」

海未「あの二人を無事に本土に返すのが、私の務め……手始めに私は、看護婦に紛れさせてことりを返すことに成功しました」

海未「急にいなくなれば怪しまれますから、彼女は戦死したことになっています」

海未「……次は、穂乃果の番」



果南「……へぇ、独り言を聞かれたのが私でよかったね」

海未「えぇ、全くです」クスクス



果南「……ねぇ、海未。もう九六戦の偵察飛行は止めさせようか?あれは戦闘機としては旧式、偵察機としては装備に欠ける……まさに、中途半端」

海未「ある以上は飛ぶのが義務……友軍が太平洋上に存在する以上、偵察飛行は必要な任務……」

果南「しかし……」


海未「松浦大佐、あなたに頼みたいことがあるのです」

果南「私に?」

海未「ええ、あなたにしかできないことです……」


ザァァ…  ザァ…


果南「判った、取り合っておくよ」

海未「……感謝いたします」


ザァ…


果南「最後尾など霞んで見えない大艦隊を、昔は何度も見た……あの大艦隊はどこへ消えたのか……」


果南「淋しいなぁ……」


――――――――――
―――――――
―――――
―――


海未「穂乃果の遭遇したF6Fから考えて……北東が怪しいですが、ここの電探では探知できません」

海未「一番上へアンテナを上げれば感度もよくなりますが、そうすれば目立って、潜水艦からも発見される」


むつ「敵は無線封鎖をしている……艦隊らしきものの感度はゼロです!」


果南「穂乃果……夕暮れにもう一度飛んでほしい」

穂乃果「……はい」

果南「もう一度だけだよ……頼んだ……」



穂乃果「もう一度だけってことは後は飛ばなくてもいいってことか!」

いつき「今度は還れないということとも受け取れる」

穂乃果「縁起でもないことを……」



穂乃果(これで最後か……最初のころは、こいつのポンコツぶりに随分困らされたものだけど)

穂乃果(いざお別れってなると淋しいなぁ)


海未「穂乃果」

穂乃果「ぅ海未ちゃん!?」

海未「しっ、静かに……この会話を聞かれるわけにはいきません」


海未「いいですか……状況は厳しいままです」

海未「しかし……たとえ体に敵弾を受けても、二〇キロ以内までは力の限り飛んで帰ってきなさい」


海未「二〇キロまで来たら、後は私が引き受けます……!」

海未「心配せずとも、他の者は私たちの関係は知りません……しかし友人であろうとなかろうと、将来の搭乗員の安全に関わる研究……」


海未「この豆電球は他の機体にはないものです……零戦にも、中攻にも、艦爆にもない」

海未「やられたら、これが点灯する位置まで帰ってきなさい……」


海未「本土で、ことりが待っています……ことりを、頼みました」

穂乃果「……え?」

海未「話は、これでお終いです……ご武運を」



バルルルルルルル!!  バルル!




海未「卑怯な振る舞いはするな!弱音は吐くな!望みは捨てるな!」

海未「あなたには、生きて還る義務がある!日本には、あなたの帰りを待つ人がいる!」

海未「生きて還りなさい!私からの命令です!」


海未「最後の命令ですッ!!最後の……」


バウゥゥゥーーーーーーン!!!!


海未「…………」




グォォ…


穂乃果(あはは、変なもんだ……口パク見てるだけで言ってる言葉が判るんだからなぁ)


穂乃果「まあ、何か知らないけど……本日も天気晴朗、すべてこの世は事も無し……」

穂乃果「ブタも見えない……」


ピカ


穂乃果「!!!」


ヴォォォォーーーーーン!!!!


穂乃果「また来たっ!」

穂乃果「くそぅ、電探の威力か……!飛び立った時から探知していやがったんだ!!」


ヴォォォーーーン!!!


≪今度は逃げられんよ、イエローダック!≫


ドドドドドドド!!! バリバリバリ!!!


むつ「偵察機より入電、ヒ連送!」

むつ「われ空戦中、位置、本当より東北東42海里……約78キロ」

むつ「空母3、戦艦4、重巡6、軽巡及び駆逐艦多数。敵速22ノット、北北西へ向かう」


海未(穂乃果……信じています……)



ヴォォォーーーン!!


≪大尉!奴は基地まで帰れない……放っておけ!≫

≪いや、このアンティークは私の好みだ!私が仕留める!≫

≪追うなっ!!深追いは命取りだ!!≫

≪それよりも基地そのものを叩く!叩き潰す!本隊はもう攻撃に移っている時間だ!≫


ズズズズズズ! バルルルル!


穂乃果「ぐぅっ……!」

穂乃果(今度こそは駄目だ、被弾した……目が回る……とても二〇キロまでは還れない……)

穂乃果(でも……還らないと、海未ちゃんが怒る……ことりちゃんが悲しむ……)


穂乃果「…………」



パッ…


穂乃果「!!」

穂乃果「点いた!灯が点いたっ!」

穂乃果「海未ちゃん!」


穂乃果(ああ、でも……もう体が……)

穂乃果(ごめんね、海未ちゃん……約束、守れなくって……)


バルルルルル…





穂乃果(幻覚……ああ、もう駄目だ……海の底から誰かが手招きしているよ……)



穂乃果「海未ちゃん……さよなら……」

――――――――――
――――――――
―――――
―――


ザァァ… ザァ…


穂乃果(う、ん……?)

穂乃果(ここは……あの世?)



果南「目が覚めたかい?穂乃果」


穂乃果「……還ってこれた!そんな!着陸した覚えはないのにどうして!」

果南「……この機体には海未の無線操縦装置が積んであった」

果南「誘導装置付きの実験機材だよ……二〇キロ以内ならここから作動させられる」

果南「通信隊は真っ先に狙われた・・・・・人も建造物も、跡形もない」



果南「残ったのはこれだけ……あなたを誘導するこの小さな装置だけだ」


穂乃果「海未ちゃん……」


人は己自身に課した義務のために生き、義務のために死んだ。

豚との違いはそこにある。



……今は昔の女の物語だ。



穂乃果「ありがとう……」




 第三幕「海未の親心」終劇




アメリカ領某島――かつて楽園であったこの島は

堅牢な砲台を備え、近海を監視する海上要塞と化していた……。


≪14時方向、距離9マイル、ジャップサブマリン!大型だ!≫


≪奴らも逆探を使っているが、我々のSG6.2インチレーダーには無力だ!≫

≪射撃十秒前!各自耳を塞げ!……10、9、8、7……≫








≪ファイア!≫


グオオォォォーーーーン!! ズドドドドドドド… ゴォォ…






 第四幕「真空管作戦」



≪アヒルは轟沈した。ご苦労、警戒を解く≫



「たぶん充電するために浮上航行していたんだろう。自分たちのレーダー波探知装置を過信したな」

「時代は変わった。日本製の高性能夜間潜望鏡も双眼鏡も、レーダーの威力には原始人の棍棒だ」

「この戦争はもう結着がついた……あとは何人のジャップを殺せるかのゲームみたいなもんだ!気楽な話さ……」


花陽「……殺す……絶対殺す……」ジャキ


聖良「お待ちください!まだ早い!」

花陽「しかし……潜水艦の乗組員のことを考えると腹が煮えくりかえる様で……!」

聖良「覚悟の上で来たのです。大作戦の捨て石……」


花陽「奴ら、水着なんか着ちゃって……まるで海水浴みたいです」

聖良「好機でしょう、それだけ敵は油断しているのです」

聖良「ここはサンゴ礁で穴だらけ、潜入するにはもってこい……」


花陽「命令は……砲台の破壊ではありませんでしたよね?鹿角中尉!」


聖良「そう。この砲台は巨大で、防備も厳重……とても破壊できるようなものではありません」

聖良「やるのは、ただ一つ……」









「ヘイ!ジャップ!」


聖良「……しまった!」


ドドドドドドド!! バババババ!






「日本兵が上陸!?人数は?あと一人?」

「特殊部隊でもない限り、一人じゃ何にもできない」

「そのうち勝手に自殺でもするだろうよ」








花陽「鹿角中尉!心配しないで成仏してください!」

花陽「私、一人には慣れていますから……」

花陽「いつも一人で山ごもりをして、お米を炊いていましたから……」


花陽「炎熱の夏も、極寒の冬の夜も……いつも、体の弱った父に代わって一人だった」

花陽「今から……私は世界最大の釜を造る!私は素人じゃない……!」


花陽(大きな砲台……実に手ごろな良いカマだ)



ピチョン… ピチャ…


花陽(夜明けまでに作戦は開始される……日の出まではあと四時間か)


花陽(充分だ……たぶん)


カツ  カツ  カツ…


花陽(確かにここは穴だらけだ……目標を探すには具合がいい)

花陽(少し、顔を出してみよう)ヒョイ


花陽「…………」

花陽(あれが電探……あれが通信アンテナか……)

花陽(我が軍が占領していた時の配置そのままに拡充したのか)

花陽(なら、通信所の建物の一も、通路も大体同じか……うん)

――――――――――
―――――――
―――――
―――

「ジャップが一人でもいると気になるな」

「奴らも人間だからなぁ……きっと寂しいだろうなぁ」

「私は一人なんてまっぴらだよ」

「ドアは閉めとけ。入り込まれると面倒だ」



花陽「…………」

花陽(食べ物はいっぱい捨ててある)

花陽(ゆとりというのは恐ろしいものです……パンやら果物やら、食べかけの肉やら……新品まで捨ててある!)

花陽(これは太るなぁ……ああ、別世界だ……)


花陽(何でこんな国と戦争なんか始めたんだ……勝てるはずがない……)



花陽(じゃあ、私は一体何をしているんだろう?)






花陽(駄目!)ブンブン

花陽(一人でいるとあれこれ考えすぎて邪念がわく。炊飯の時は頭を空白にして火だけを見つめることにしていた)


花陽「…………」


花陽(亡霊でも幽霊でもいい……出てくれるとにぎやかなんだけどなぁ)



ガシッ


???「見つけた……」


花陽「ピャアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」




「……例の日本兵か?」

「野鳥か何かだろう……少なくとも、人間の声じゃないさ」




花陽「ば、ばけもの……」スチャ


善子「待ちなさい……!私は日本兵よ!津島上等兵!撃たないで!」

善子「空戦中に撃墜されて、残骸にしがみついて洋上を漂流して……半年前、この島に流れ着いたの!」

善子「半年も待ったのよ!?友軍の反攻を!淋しくて淋しくて気が変になりそうだったわ!」ダキー

花陽「うひゃあ!?」

花陽(この人、ゴミに隠れて暮らしていたのか……すごい臭い)


善子「やっと来てくれたのね……!」ジーン


花陽「私は技術者です……兵隊じゃありません」

善子「技術者?」

花陽「そうです……私は小泉花陽、技術少佐……護衛の鹿角中尉は戦死しました」

善子(あ、上官……まぁいいか、非常時だし……見たところ、私より年下だし)


善子「それなら、何をしに来たの?」

花陽「大作戦の援護をするために来ました」

善子「援護?一人で?」

花陽「……そうなっちゃいましたね」


善子「反攻作戦なの?大艦隊や大輸送船団が来るの?上陸部隊は?」

花陽「何も知りません……」


花陽「私の任務はただ一つ……」


花陽「あそこです」


善子「通信所……」

花陽「ええ」

善子「何をするの?」

花陽「行けば判ります……行けたらの話だけど」



善子「行けるわよ……こっちに来て」

花陽「え?」


善子「あそこはゴミ捨て場の下を潜って行けば、床から中に入れるわ」

善子「いつも中に入って、新しい食べ物をいただいてるのよ」

花陽(うぇ、この中に入るのか……)

善子「安心して、この中を通ってるのは気づかれていないわ」


ガサ… ゴソ…


花陽「なるほど……これは堪りません。ゴミのトンネルだ」

花陽「上も下も、ただただゴミしかない……」

善子「当たり前じゃない」


花陽「しかし……自分もゴミになったような気がします」

善子「確かにそうね、私たちはゴミよ」


善子「この島に捨てられたのよ……敵が裕福じゃなかったら餓死するところだった」

花陽「同感です……」


善子「静かに、そろそろ出るわよ」


ギィ…


善子「ここは通信所の中よ……どうする?」

花陽「……無線機に取りついている人数は?」

善子「夜間は二人……」



グゥ… クカー…


善子「なのだけど、今日はお休みみたいね」


花陽(敵など来るはずがない……か)




花陽「無線機は、この扉の向こうか……」


ガチャ


ヴゥーン  ヴゥーン


善子「すごい……!部屋中無線装置だらけね!」

花陽「ええ!ここは通信所というよりも大基地、太平洋上の無線中継の”要”ですっ!」

善子「で、こいつらをどうするワケ?」


花陽「……少々手荒ですが……」



ガン! ガン! ガッシャァーーーン!!!


花陽「ひたすら壊すんですッ!」ガン!


バキン! ガシャン! ゴン!


善子「ちょっとあなた!技術者って言ってたじゃない!?いくらなんでもそんな単純な!」

花陽「時間がありません!単純ですが、通信機材はそれで使い物にならなくなる!」


ドドドドドドドド!!  ズガガガガガガガ!!


花陽「真空管という真空管をたたき割るんですッ!」


ドン! ドンドン! 


「何だ!?何にが起きている!?」

「おい、部屋のドアが開かないぞ!?」


花陽(そろそろ時間が……)

花陽「これでとどめッ!八秒信管ですっ!退避ーッ!」ブンッ

善子「え!?ちょっと待って……」


グワァァァーーーーーン!!  グワァーーーーーーン!!


花陽「……やりました……成功です」





ドドドドドォォーーーーーーーーーーーーン!!!  グラグラグラグラ!





花陽「うわぁぁーっ!?ゴミが総崩れです!」

善子「これは八秒信管の手榴弾なんてものじゃないわ!砲台の一斉射撃よ!」




「ジャップの大船団だ!バトルシップも多数!反攻だ!」


「何!?通信ができない!?破壊されただと!?」

「送受信も中継もすべて不可能です!援軍が来るまでここを持ちこたえるのは不可能!」

「この要塞を敵の手に渡してはならん!最新のレーダー、最新の通信機材……ここは現代のアラモだ!」

「しかし……休養中の看護婦部隊や慰問団の女優達も多数います……彼女らを巻き添えには……」


「アラモには栄光あるのみ!!諸君に神の祝福を!!」



カッ 


グオオオオオオォォーーーーーーン!!!




――――――――――
―――――――
―――――
―――


花陽「げほっ、ごほっ!」

善子「ジョーダンじゃないわ!島全体が爆発したみたい!」

花陽「……ゴミが衝撃をやわらげてくれなかったらこっちもお陀仏だった……」


花陽「……そうだ、船団は!?」

善子「無事よ。砲撃は当たらなかったみたいね」

花陽「そっか、良かった……」

善子「あの船団は……撤退する陸兵を乗せているのね」

善子「判ったわ。あなたの仕事は米軍の援軍を撤退作戦中、来させないためのものだったのね」

花陽「ええ……」


花陽「あの船団のどれかに、私の友達が……生きていたらだけど、乗ってるの」

花陽(凜ちゃん、ことりちゃん、穂乃果ちゃん、海未ちゃん……)

善子「そう……少佐殿のお友達なら、さぞ優秀な人が乗っているのでしょうね」

花陽「そんなことはないよ……私たち、どちらかというと落ちこぼれ組だったし」

花陽「一人は中退、一人は成績不振で留年、私も含めて、残りの三人も卒業はしたものの成績は良くなかったし……」

善子「……そんなことはないわ。士官学校に受かったってだけでも凄いわよ」

善子「あなた、年はいくつなの?」

花陽「……あんまり言いたくないんだけど、今年で三十二歳。あなたは?」

善子(げ、普通に年上だったわ……)

善子「ふ、女性に年齢を聞いてはいけないのよ……」

花陽「えぇ……」



ザァ… ザアァ…


善子「これから、どうしようかしら……」

花陽「私は……本当は、ずっと技術本部に戻りたかった……もう、人殺しなんてしたくなかった……なんて、都合が良すぎるかな」

善子「そんなの、本部に居ても同じじゃない?人を殺す兵器を作るんですもの」

花陽「自分が殺すのと、自分が作った兵器が殺すのは訳が違うよ……」

花陽「でも、そうだね……これからは、もっと違うものを作りたいなぁ……」

花陽「でも、私は軍の技術者だしなぁ……」

善子「そんなことなら、心配はいらないわ……大日本帝国は、もうじき消えるもの」

花陽「……どうして?」

善子「分かっているでしょう?……私たちは、奴らの逆鱗に触れてしまったのよ」

花陽「…………」



花陽「……確かに、米軍に通信の手段は破壊された」

花陽「でも……我が軍は去り行くのみで、この島はどうもしなかったのに……一時的に通信を止めただけなのに……」

花陽「我が軍の反攻と勘違いして自爆したんだ……」

善子「まさか、米軍はそんなやり方はしないわ……人命第一よ」

花陽「……例外は、どこの国の軍隊にもあるんだよ……」




花陽「砲台が、まるで焼きガマだ……掩蓋が赤く焼けて……なんでこんなことに……」




この島の砲台が壊滅したのは今でも機密事項だと、米軍の戦史に詳しい人は言う。


何事にも例外はある。よほど特異な指揮官が居たのかもしれない……




我が軍では、特に珍しい存在ではなかったが……


善子「ねぇ、私たちもあれに乗せてもらえないかしら」

花陽「無理だよ……幸い、食料は残っているし……きっと、終戦も近い」

花陽「おとなしく、ここで生き延びることを考えよう」

善子「……そうね」




 第四幕「真空管作戦」終劇



育った環境が人の能力に作用するのは古来、事実である。

それが人生を「陽転」させる場合もあれば「暗転」させる場合もある。

人それぞれ時期と場所が「運命」となって人生を支配しているに違いない。



ザザー ブオオオン…


穂乃果(はぁ……内地に帰れると思ったら、潜水艦から降ろされて、こんな小さな輸送船に護衛もつけずに乗せられて……いくら本土が近いからって警戒心が無さすぎるよ)

穂乃果(松浦大佐が乗っていった船にはたくさん護衛がついていたのに……私も同じ軍人のはずなのに……)


穂乃果「頼むから、沈まないでよね……!」




≪右舷三十度、雷跡二本!取り舵いっぱい!急げ!≫


穂乃果「……何だって?」






ズシィィーーーーーーン!!! ドドドドドドド!!









 第五幕「闇夜の仮面舞踏会」




≪右舷中央魚雷二発!船体が折れます!≫


穂乃果「ほらああああ!言わんこっちゃないよっ!」



≪総員撤退せよ!総員撤退!≫


ギギギギ! バリン!  ギャー!


穂乃果「非常灯も消えた!これじゃぁ誰が誰だか判らない!」

穂乃果「わあああ!水が!水が入ってきたよっ!」バシャバシャ


ガシッ


穂乃果「誰!?私の手をつかんだのは!?」

???「ウチもあなたが誰だか知らんけど、とにかくこっち来て!」


???「こっちや!」グイ


穂乃果「駄目だ!転覆するよぉ~~~~~っ!!!」グラグラ

穂乃果「無茶だったんだ!こんな輸送船で私たちを呼び戻そうとするなんて!」


???「……や、そうとも限らんよ」



ギギギギギギ! バシャ!



穂乃果「外に出た!奇跡だ!」

???「あんま口開けんといて、重油を飲み込むよ」



???「さ、早く船から離れて!沈没に巻き込まれるよ!」




ドオーン…



ドガァーーーーーーン!!!



穂乃果「潜水艦が浮上して……とどめを刺してるんだ」

???「重油攻め、水責め、火責めか……地獄やね」


穂乃果「あれ、潜っていくよ」


ヴヴヴヴヴヴ…


穂乃果「ああ、飛行機まで飛んできた……爆撃される……」

???「見て!あれは味方や!」


ズズズズ


「助けてくれ……」

むつ「航空兵か?」

「違う、野戦重砲連隊の……」

むつ「ごめん、助け船が来るまで泳いでいて!」

「おい!そんな薄情な!」


ヴヴヴヴ


むつ「あなた達は航空兵!?」

???「せや!フィリピンから脱出してきた!」

むつ「よし、乗って!」


むつ「ウソ言ってたら投げ飛ばすよ」

穂乃果「何だって!?こんなヘロヘロのゲタバキ機で来やがって大口叩かないで!四発の二式大艇か、せめて爆弾くらい積んで来てよ!」

???「後の兵は?」

むつ「助けるのは航空兵だけ……」

穂乃果「あの漂流者が見えないの!?あなたは鬼なの!?」


むつ「そう、鬼だよ!心を鬼にして、搭乗兵だけを助けて来いと命ぜられている……」

むつ「あなたたち二人も鬼だよ……鬼の仲間だ」

穂乃果「…………」



ヴォォォーーーーン…


むつ「まさか、本土と目と鼻の先でボカチン喰らうなんてね」

???「日が沈んだけど、大丈夫?」

穂乃果「飛行時間は?実戦経験は?夜間飛行の訓練は?」

むつ「うるさいなぁ!私が操縦してるんだから任せてよ!ヒヨコだけどね!」



???「……高度を下げて!山影に紛れて飛びな」

むつ「何だ、えらそうに……」

???「夜戦が追尾しているッ!」

むつ「そんな馬鹿な、ここは本土の沿岸……」ヴィーン


ドドドドドドドド!!!!! ボン!


むつ「わああああああああああ!!!」

穂乃果「すごい!どうしてあいつが見えたの!?」

???「見えたから、見えたんよ!火が付いたらもう手遅れや!」

???「海岸線へ突っ込んで、フロートで陸地にのし上げるんよ!」


ジャバーーーーン!!!  ガガガ


穂乃果「勢いを殺しきれてない!」


ガクン! ブォン!


穂乃果「わあああああああああ~~~~~っ!」ピューン


ドオォォーーーーーーーン!!!



穂乃果「ああ……」

???「お迎えさんがやられてしまうとはね……座席のバンドが仇になって放り出されなかったんや」

穂乃果「助かったのは私たちだけ……」


穂乃果「私は高坂穂乃果、曹長だよ……ねえ、あなたの名前は?」

???「東条希、曹長や。階級が同じでめでたい限りやね」

穂乃果「あの船内の構造がよくわかったね!何回乗ったの?」

希「あの船?初めてやで」

希「でも……ウチにはわかるんよ。非常灯が消えても、でんぐり返しになってもわかるんよ……」

穂乃果「???」

希「ここは九州の海岸のどこかやね……あれを見て、帰っては来たけど……こんな有様じゃあ、もう長くはもたんね」


ザァ…


穂乃果「あ……死体……」

希「輸送船の溺死者が漂着しはじめたんや……子を亡くした親がたくさん出たなぁ……」


――――――――――
―――――――
―――――
―――


にこ「相手は黒衣の未亡人”ブラックウィドゥ”と呼ばれる、ノースロップP-61夜間戦闘機よ!」

にこ「高性能の射撃管制電探と重武装の強力無比な憎むべき夜間戦闘機!」

にこ「対するあんたらの搭乗機には電探は無い!月光なんかの一部の夜戦には付けてつけてはいるが性能がまだまだ不安定!」

にこ「従って、頼りになるのは……」


にこ「あんたたちの目玉よ!わかるわね?」


にこ「目玉の性能を上げるために、うんと喰って精をつけてもらうわ!」

にこ「昼間に寝て、夜行動物になってもらう!」

にこ「ただし、女遊びは厳禁よ!視力が落ちるわ!」



穂乃果(こりゃあ当分はことりちゃんを探せないなぁ……)

希「どうせそんな縁のないウチらやん……悲しいなぁ」

穂乃果「……そうだね」



――航空兵宿舎――


希「必然的にウチらはペアになったなぁ」

穂乃果「…………」

希「何や、浮かない顔やなぁ……ウチと一緒はイヤか?」

穂乃果「そんなんじゃないけどさぁ……なんだか妙な気分なんだ、本土に帰ってきたのに何故か落ち着かない……」



穂乃果「はぁ……やっと家に帰れると思ってたのになぁ……負けると判っていてなんで戦わなきゃならないのさ」

希「ま、人生そんな甘いもんじゃないって事!もうひと頑張りしようや」

穂乃果「……はぁ」


穂乃果「ねぇ、トイレはどこ?」

希「外や、外……ほら、あそこ」

穂乃果「えー、暗くて見えない……付いてきてよ」

希「用足しくらい一人でしなさい……」

穂乃果「……しょうがないなぁ」ガチャ










ドボン!



希「……うん?」ガチャ


穂乃果「希ちゃぁん……」

希「何?下肥に落ちたん!?……わーっ!そのままこっち来んといてっ!」



ジャー ザバー!


希「これで電探付きの夜戦にケンカ売るんは心許ないなぁ……」



――――――――――
―――――――
―――――
―――



カンカンカン!


希「ほら、穂乃果ちゃん……時間や、早く起きな」

穂乃果「……もう少しだけ」

希「こら!あなたが遅れるとウチまで中将さんに怒られるんよ!?」バサー

穂乃果「あぁ、お布団……」

希「さっさと支度しな!」





希「これが、ウチらの搭乗機や」

穂乃果「九九艦爆……海軍のはあんまり好きじゃないんだけどなぁ」

希「こらこら、そんなこと言ってる場合とちゃうやろ」


穂乃果「ああ、情けなや……かつて敵を恐れさせた急降下爆撃機も今や旧式化して、二人乗りの九九カンオケ……それに斜め銃を取り付けた応急夜戦……」

穂乃果「戦闘機に追われたら逃げ切れる代物じゃない……」

希「大丈夫や……何とかなる……ウチが何とかするよ」


希「ウチの言う通りにしな……空中でも、地上でも」



ヴィィィーーーーーン


穂乃果≪こんな山奥を哨戒するのは、火の用心みたいで迫力がないや……≫

希≪心配せんでも、夜間出撃する特攻機狩りにブラックウィドウが出動してくる……必ずね≫


ボッ…


穂乃果≪何か光った!?あれは……?≫

希≪離陸した特攻機がやられたんや!≫

穂乃果≪P-61はどこ!?≫

希≪向こうから来る……ウロウロ飛んでりゃあ必ず来るよ≫


ヴィィィーーーーーン!!


希≪思った通りや!後ろ!後ろに回り込んできたでっ!接近してくる!≫

穂乃果≪え?何で見えるのさ!≫

希≪近づいてくる……猫がネズミをなぶるように……気づいていないと思って近づいてくる!≫

希≪斜め銃は装填してるね!?≫

穂乃果≪大丈夫だよっ!≫

希≪よし、穂乃果ちゃん!ウチが合図したら斜め銃をぶっ放すんや!≫

穂乃果≪分かった!≫



ヴィィィーーーーン!!


穂乃果≪……ねぇ希ちゃん!まだなの!?≫

希≪我慢せぇ、我慢!もう少しや!≫

穂乃果≪でも……!≫

希≪……そろそろ行くで!≫


グゥン! 


穂乃果≪うわぁっ!≫フワリ

希≪馬鹿ッ!ベルトはちゃんとしめといてや!≫

希≪今や!今!早く撃つんや!≫


希≪撃てッ!≫

穂乃果≪わああああああああっ!!!≫


ドドドドドドドドド!!! ガガガガガガ!!!


ボンッ! グォォーーン!!



穂乃果≪やったッ!レーダーに勝ったよっ!≫


希≪喜ぶのはまだ早いで……仲間が集まってきた!≫


ドドドドドドドド!!!


穂乃果≪撃ってきた!?≫

希≪山間を飛ぶで!目ェ回さんといてな!≫


穂乃果≪待って……やばいよ!さっきので穴が開いて操縦索が切れかかっている!≫

希≪な……何やて!?≫

希≪ウチが修理する!穂乃果ちゃん、操縦代わっといて!≫グイ

穂乃果≪そんなムチャな!≫


希≪あほ!生きるか死ぬかや!ムチャクチャもクソもあらへんわ!≫



ヴィィィーーーーーン!!!


穂乃果≪真っ暗闇で何が何だかわからないよ!≫

希≪ウチの言う通りに飛べば大丈夫や!山にぶつけないように低く飛べば、敵の電探もお手上げや!追ってくる奴はそう多くないはず!≫


ヴゥーーーン!!  ドドドドドドド!!


穂乃果≪しつこい奴もいるよっ!≫


希≪前方、崖!思いっきり引っ張って!≫

穂乃果≪え?でも……≫

希≪大丈夫や!操縦索は結んだ!ウチを信じてッ!≫


穂乃果≪……こうなったらヤケクソだッ!≫


グン!  ヴォォォーーーーン!!!


穂乃果≪上がったっ!≫



ドオオォォーーーーーーーン!!!



希≪どうやら、アイツはそのまま崖に突っ込んだようやね≫

穂乃果≪そろそろ限界だよっ!落ちる!≫

希≪分かった!谷川に降りるんや!思い切って突っ込め!≫

穂乃果≪暗くてわからないよっ!≫

希≪右や、右!もう少し右!≫


ザザザザザー!!! 


穂乃果≪ひいいいぃーーーーーーーっ!?≫






穂乃果「…………」


希「穂乃果ちゃん、無事?」

穂乃果「なんとかね……」


穂乃果「それにしても……不思議だよね」

希「何が?」


穂乃果「真っ暗闇なのに、何で操縦索の修理が出来たのさ?」

穂乃果「いや……船からの脱出だって、夜戦が忍び寄っているのだって……どうしてあなたにはわかったの?」

希「…………」






希「あぁ……ここは暗いなぁ……ウチの家を思い出すよ」

希「電灯はあるにはあったけど、金が無くて……ほとんどないも同然……」

希「夜になると、ウチの家族は闇の中を手探りで暮らしていた……」

希「暗闇の中で、手ざわりを頼りに、手作りのオモチャで遊んだ……父さんからは猟銃の分解結合を闇の中で教わったんや……」


希「戦争をしている日本は……江戸時代、原始時代と、科学の先端が同居してるんや。だからここまでやれた……」

希「でも……これからは、ウチのような”原始人”は次第に消えていなくなる……科学だけが頼りになる……」











ドスッ!


希「ぐぅっ!?」

穂乃果「希ちゃん!?」


「え……日本人か!?」


穂乃果「馬鹿野郎ッ!敵味方の見分けもつかないのかッ!?友軍だぞ、友軍!」

穂乃果「希ちゃん!すまない……地上に降りて油断していた……」


希「ええ、ええんよ……ウチはな、この戦には生き残れないと思っとったんよ……それが、ウチの前世からの巡り合わせなんよ……」

穂乃果「希ちゃん……しっかり……」







第二次大戦の終わりまでは、確かに江戸時代と科学時代が同居していた。


互いに補い合い、生きていた……。


それが終わったのが昭和二十年の八月十五日だ……。






希「穂乃果ちゃん……ウチらが消えても……闇夜の舞踏会に生き残れる国になれるかどうか……ウチは、心配だよ……」


希「さよなら……さよ……なら……ほの……か……」





 第五幕「闇夜の仮面舞踏会」終劇






黄金郷──エルドラドは、神々の国の近くにあると、古人は書き遺している。

多くの記録には、そのエルドラドを実際に見て、生きて帰ったものは居ない……

とも記されている。



ヴォォーーーン


≪上方注意、カラス一羽……繰り返す、上方注意、カラス一羽……≫


亜里沙≪──カラス確認した。こちら燕六号、上昇する。こちら燕六号、上昇する≫

亜里沙(カラス……F-13か。こちらが上がれないのを承知で、悠々と偵察して行く……舐められたものだね)


亜里沙≪頭に来た……こうなったら意地でも追いかけるッ!≫


ヴィィィーーーーーン!!!


≪駄目だ!エンジンが息をつくぞ!F-13は速い!≫


ヴィィィーーーーーン…


バルル… ババババ…


≪……おい、どうした!?≫


≪燕六号!応答せよ……燕六号!どうした!?≫


シャーーッ


≪酸素が切れたのか!?おい、燕六号!起きろッ!≫



亜里沙≪……え?≫


亜里沙(あ……落ちる……)



ドオオォォーーーーーーーン!!!






第六幕「エルドラド成層圏の伝説」




カチ コチ カチ コチ





絵里「亜里沙は、死んだのね……」

雪穂「ええ……無茶な飛行をしたばかりに……お悔やみ申し上げます」


絵里「……もっと妹に経験があれば、死ぬことはなかったのに……」

雪穂「経験……どういう意味です?」

絵里「高坂少尉さん、だったわね……まるで学生さんみたいな方だから驚いたわ」

雪穂「はあ……いつも絢瀬大尉殿の後について飛ぶのが精一杯でしたが」


絵里「妹は……気を失う前にエルドラドを見たか……生きて帰れば聞けたでしょうにね」

雪穂「エルドラド?」

絵里「黄金郷のことよ……」


絵里「アンデスの高い山の上……インカの民だけが知る、幻の『エルドラド』」

絵里「妹は……死ぬまでにそれを見たいと言っていたわ」

雪穂「登山家……ですか」

絵里「ええ、一体何に影響されたんだか……こういうご時世だから、登山などしている暇は無くなってしまったけれど」

絵里「もう少し経験を積んでいれば、B-29にも追いつけたでしょう」

雪穂「あれはF-13です!B-29の派生型、高高度専門の高空偵察機です……経験よりも何より、迎撃する戦闘機の性能が問題です」

絵里「超高空への挑戦という事なら、なおさらの事、妹を希薄な空気……低圧で凍てつく大気に慣れさせておくべきだった」

絵里「妹はまだ、焼き入れの終わっていない刀みたいなものだったわ……」

雪穂「我々の戦闘機は、三式戦飛燕一型です……高高度での戦闘を想定して作られた戦闘機ではありません!」

雪穂「もうすぐ二型に代わりますが、それでさえ成層圏近くの戦闘となればF-13相手の戦闘には限界があります」

絵里「…………」


絵里「そんな事、私に話していいのかしら?私がアメリカのスパイだったら……」

雪穂「絢瀬大尉のお姉さんですから……それに、もう……」

絵里「……もう?」

雪穂「いえ、失礼しました……ご遺骨とご遺品をここまでお送りするのが私の役目……」

雪穂「滅多に外出できないものですから、その……気が緩んだといいますか……その、失礼いたします」

絵里「もうお帰り?」

雪穂「ええ……」


雪穂「…………」

絵里「何か?」

雪穂「あ、あの……お名前は」

絵里「絵里よ。どうかお命を大切に……薄い空気に負けないで」

絵里「またお話しできる機会があったら、エルドラドの伝説を聞いて頂戴」

雪穂「は……はい」



ジャリ ジャリ


雪穂「エルドラド……」


ウゥーー! ウゥーー!


雪穂「……エルドラド」



雪穂「……空襲警報!?」ズルッ


バッシャーーーーーン!!!


雪穂「…………」ビショ


雪穂「F-13か……」

雪穂(駄目だな、また振り切られる……あの性能には追いつけない」

雪穂(……あの人は、経験を積めば追いつけると言った)


雪穂「どういう意味だろう……?」


――――――――――
―――――――
―――――
―――

雪穂「高坂雪穂、ただ今帰還しました」

果南「……雪穂、どうしてそんなに濡れてるのさ」

雪穂「はぁ、まあ……色々ありまして」

果南「ま、そんな事はいいんだ……あなたに会わせたい人が居る」

雪穂「……?」



ガチャ


雪穂「……お姉ちゃん?」

穂乃果「や、久しぶり!元気してた?」

雪穂「どうして、ここに居るの……?」

穂乃果「まぁ、色々ありまして……」エヘ


雪穂「生きてたんだね……お姉ちゃんなんかすぐやられちゃうと思ってたよ」

穂乃果「もう、私を何だと思ってるのさ!?」

雪穂「とにかく、生きてて良かったよ……これ、ことりさんから」ピラッ

穂乃果「ことりちゃんから?」

雪穂「そう、今の住所と、電話番号。早く連絡して、安心させてあげなよ」

穂乃果「うん……!行ってくるよ!」タッタッタッ


穂乃果「あ、そうだ!」クルッ


穂乃果「雪穂、ありがとね!戦争が終わったら、たくさん土産話を聞かせてあげるよっ!」

雪穂「……うん、楽しみにしてるよ」

穂乃果「それじゃ!」タッタッタッ


雪穂「全く……私は何もしてないっての」

雪穂(戦争が終わったら、か……その時まで私は生き残れるだろうか)


雪穂「亜里沙……どうしてあんな事……」


――――――――――
―――――――
―――――
―――


リーン リーン リーン


チャプ…


絵里「いらっしゃい……」

雪穂「……いくら夏だからって、夜中にそんなことをしなくても」

絵里「遊びではないわ、とても大切なことよ……さぁ、来なさい!」


バシャ


雪穂(……水の中が妙に明るい……不思議な池だなぁ)


ブクブク…


絵里「」クイクイ

雪穂(おいでおいでされましても……息が続かない!)


ゴボゴボ


雪穂(やばい……死ぬ、死ぬ!たすけて……)


バシャ!


雪穂「ぶはぁ!」ザバー



バシャ


絵里「息をもっとつめて!最初に思いっきり吸い込むのよ!」


絵里「なるべく長く、潜り続けるのよ!」バシャ


ブクブク…


雪穂(ひいぃぃ!このままだと本当に死ぬ……)

雪穂(ごめん、お姉ちゃん……約束……)


ピカッ!


雪穂(あれ……不思議だな……絵里さんが、金色に光って……)

雪穂(いや、絵里さんだけじゃない!湖全体が金色だっ!)


ザバーッ!


雪穂「はぁ、はぁ……」

絵里「どうしたの?そんなに慌てて」

雪穂「はぁ、ひぃ、ひぃ……み、見えた……」

絵里「何が……?」

雪穂「何もかも……あなたも、金色に見えた……」

絵里「……そう」



チャプ…


絵里「私が、エルドラドの使者だと言ったら……あなたは信じるかしら?」


雪穂「…………」


絵里「……もういっぺん潜ればわかるわ!さぁ!」

雪穂「うぇぇぇ!?あの!?」


バシャ!


雪穂(うぶぶぶぶ……)ゴボゴボ


雪穂(……あれ、おかしいな……今度は金色に見えない)

雪穂(それに、水の中では裸眼だと焦点が合わないはずなのに、月の光で辺りがはっきり見える……なぜだろう)



バシャ!


雪穂「ぷはぁ!」

絵里「大分、息が続くようになったわね……本当は、高山に登って訓練しなければいけないんだけどね」

絵里「今はこれしか方法がないわ……妹は、私と潜るのを恥ずかしがって付いて来なかった……」


絵里「そして、死んだ……」

絵里「エルドラドを見ずに、妹は死んでしまった……」

絵里「多くの探検家が幻を見た……アンデスの高峰にあると言われた黄金都市……」

絵里「誠実な学者までもが、死に至る前に日記に書きのこしている見聞録……」

絵里「人の体力の限界を超えた高山にだけ存在する黄金郷……」


絵里「さぁ、もう一度!」


――――――――――
―――――――
―――――
―――

≪電波警戒機に感度あり……B-29らしきもの単独……北上接近。三〇分で広島上空に達する見込み≫


雪穂「F-13だ!偵察に来たな!」

果南「高坂!酸素の残量には注意して飛べよ!絢瀬大尉の二の舞にはなるな!」

雪穂「了解!」


ヴォォォォ… ヴォォォーーーーン!!!


絵里(……あれは)


絵里「どうか、ご武運を……」



ヴィィィィーーーーン


雪穂(エルドラドは……少なくとも五千メートル以上登った高いところにある)

雪穂(F-13の高度は一万二〇〇〇……エルドラドを下に見るってわけか)


≪燕三号、エンジン不調、引き返す!≫

≪燕七号、エンジン不調……引き返します≫

≪燕八号、油圧低下、帰投します≫


雪穂≪何だ何だ!?私一機!?くそぅ……何だってんだ≫


雪穂(あの高度まであと六分はかかるな……酸素が持たないか……)

雪穂≪高度差一〇〇〇……≫


スゥ…


雪穂(駄目だ……酸素がなくなった!)

雪穂(エンジンも出力が低下している……飛燕二型改のエンジンは強力だが、排気タービン過給機なしでは……完璧な排気タービン付きのF-13には不利だ)

≪高坂……酸欠になるぞ!無理するな、降下しろ!≫


雪穂(寒い……苦しい……)


雪穂(さ、酸欠だ……水の中の時と同じだ……)


グォォォ…


雪穂「…………」



ドドドドドドドド!!!  バン!


雪穂「はっ!?」

雪穂「やったな、くそっ!」


ヴォォォーーーーン!!!


雪穂(あれ……どうしたんだろう……世界が金色に見える!)

雪穂「金色の雲……金色の空……金色のF-13!翼も何もかも金色だ!あれを撃ってもいいのか……?」


雪穂「……いや、やるしかない!」


ドドドドドドド!!!  バリバリバリ!!


雪穂「駄目か……酸素はないが、まだ追いつける……もう一度!」


ヴォォォーーーーン!!!


≪どうしたことだ……あの二機は平行してもう三十分も飛び続けているぞ!?≫

≪あのままでは日本アルプスを越えて日本海へ抜けて行く!≫


雪穂「エルドラド……成層圏の、神々の国……」


雪穂「……!!!」



雪穂「凍っている……!」

雪穂「F-13の中で、人間も、機械も……黄金の滴の塊になっているッ……!」

雪穂「気密室が敗れたんだ……それでも、F-13は自動操縦のまま固まっているんだッ!」


ヴォォォォーーン


雪穂「あぁ……なんて荘厳なんだ……F-13が黄金郷へ……エルドラドへ入って行く……神々の王国へ……」


雪穂(……私も同じだ……眠たい……眠ってしまいたい……)




雪穂(私はエルドラドを見たよ……エルドラドを……)



雪穂「…………」
















ズシィーーーーーーーーーーン!!!




あのF-13がどこへ行ったのか、記録にはない。


ただ、一人だけにはそれがどかへ行ったか分かっていた……。


エルドラド……永遠の黄金郷へ入っていったのだと。


1992年、政情不安定なペルーへ入国した一人の老女があった。


彼女は一人、インカの遺跡を越えて、更にアンデスの高峰を目指して登って行った。


酸素系の装備も何も持たず……よろめく足で、死力を振り絞って登って行った。


最期に出会ったアンデスの民に、老女はこう言ったという。


──私はエルドラドへ行く……あの人や、弟のいるエルドラドへ──


そして彼女は、再び降りては来なかった……。


アンデスの民の話では、年老いた日本の女性が、永遠のエルドラドへ入った……と、そう伝えられている。


登山者は酸素不足から来る高山病にかかると、様々な症状を体験するという。


頭痛、眠たさ、けだるさ、脱力感、吐き気、視野中心の暗黒ホール、炸裂する星雲のような黒い線の放射が見えることもある。


そして……最も幸運なものには、世界が金色に見える。


大地も枯草も、輝く黄金となる……物みなすべて、純金の造形物に見える。



エルドラド、黄金郷の伝説は、高山における酸欠が引き起こした幻影だったのかもしれない。


人はみな、それを実在すると信じたいのだ──。


 


 

 第六幕「エルドラド成層圏の伝説」終劇



このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom