【ゆるゆり】ケーキ屋のお客さん (16)
「ありがとうございましたー!」
ケーキ屋のバイトを始めてから数か月。
始めは分からないことだらけだったここでの仕事も、今ではすっかり慣れきっていた。担当が接客だけってのもあるけれど。
「ふぅー」
つかの間の休息。
数か月も同じ場所で仕事をしていれば、どの時間にどれくらいお客さんが来るかもなんとなく分かってくる。
時計の針を見るとちょうど三時半。お客さんの来るピークを超え、少しリラックスできる時間帯だ。店の中にも、さっきまでくつろいでいた最後の一人が出ていき、今は誰もいない状態になっていた。
「んー……」
腕を伸ばして軽く体をほぐす。立ち仕事って時々こうしないとすぐに疲れちゃうんだよね……
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「……?」
ふと、ガラス越しに外の様子を見てみると、赤い髪の女の子が、外に置かれているお店のボードをじっと見つめていることに気がついた。
彼女は余所行きの服装で、赤紫色の目をボードに書かれた言葉を何度も何度も反復するかのように左右に動かしている。
容姿を見る限りだと、私より一回り小さいくらい。彼女はおそらく小学校高学年……もしくは中学生あたりだろうか。
彼女の様子を観察していると、自分が昔、あの子のような自分より少し小さいくらいの妹をしきりに欲しがっていたことを思い出す。結局望みが叶うことはなかったが、今でも友達の撫子のような姉妹に憧れる。
撫子は「うちみたいに出来の悪い妹がいると苦労するよ」って言ってたけど、それでもやっぱり羨ましい。もっとも、実際に苦労を経験してないから言えることだけど。
そんなことを考えていると、しばらくボードを眺めていた彼女が、意を決したかのように店のドアを開けて入ってきた。
がちゃ
「いらっしゃいませ」
私の声を聞いた女の子は、おどおどした様子で軽く会釈をした。
恐る恐る入って来る彼女は、まるで何も知らない異国の地に迷い込んだ人のよう。実際に見たことは無いけど、きっとこんな感じなんだろうな。
「……」
彼女は姿勢を低くして、目の前のショーケースに置かれているケーキ達を、一つ一つ手に取るように眺めている。
きっと、どのケーキにするか悩んでいるのだろう。私もこういう時なかなか決められないタイプだから、この子の気持ちがよく分かる気がした。
「う〜ん……」
「どれにするか迷ってるの?」
興味本位で、私から彼女に話しかけてみた。
「はい……なかなか決まらなくて」
「ふふ、その気持ち、よく分かりますよ」
予想通りの返事を受け取って心の中でガッツポーズ。大したことでもないのに、人の心を読み取れた時はなぜか嬉しくなる。
「どのようなケーキをお探しですか?」
上機嫌になった私は、ひとまず簡単な質問をしてみることにした。
「ええっと、ちょっと大人向けのケーキが食べてみたい……かなぁ」
「大人向け……それでしたら、こちらのガトーショコラやザッハトルテはいかがですか?」
私は左端にある二つのケーキを彼女に勧めた。
「ガトーショコラかぁ……確かに気になるけど……う~ん……」
「普段食べてるケーキとかあるの?」
ちょっと気になったことを聞く。
「いつもはショートケーキとかイチゴムースとか……」
ああ、そういう感じなのね。
要は、ほんのちょっぴり、背伸びがしてみたいのだ。たとえそれがケーキというささいな物であったとしても、「大人っぽくなりたい」という願望が表れているのだろう。
そんな、彼女くらいの年齢に見合ったかわいらしい悩みに、私は少しだけ笑みをこぼした。
「それでしたら、間をとって、イチゴチョコなんていかがですか?」
ふと思いついて、私がこんな提案をしてみると、彼女は顔をぱっと輝かせて「それにします!」と答えた。
どうやら、彼女を満足させることができたらしく、私は再び心の中でガッツポーズ。
今日はすこぶる調子がいい。
ちょこん
彼女は他に誰もいない店内の端っこの席に座った。いかにもA型って感じだ。
「お飲み物は何になさいますか?」
「あ……コーヒーにします!」
と言っていたので、遠慮なくコーヒーカップにコーヒーを注ぐ。ほんのりと苦味はあるが、まろやかで飲みやすい、特製のブレンドコーヒー。これなら彼女でも飲めるかな?
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
ケーキとコーヒーをテーブルの上に置く。
「えへへ……いただきます」
彼女は礼儀正しく手を合わせる。その仕草にはいちいち愛嬌があって、私は目が離せなくなっていた。
「あむっ……ん~、おいしいよぉ」
「そう……良かった」
彼女が満足気に口元を緩ませているのを見て、私の提案が間違っていなかったことを安心した。これで失敗したら悲しいものね……
私は再び元の位置に戻る。
「……」じーっ
「?」
何か……視線を感じる……
「あの……どうかなさいました?」
「あっ、いえ、その……」
「お姉さんの服、すごくかわいいなあって……」
「へっ!?」
そ、そんなダイレクトに……
「あ、ありが…とう……///」
顔、赤くなってないかな……
「そっ、それより、イチゴチョコレートケーキのお味はいかがですか?」
なんだか恥ずかしくて仕方ないので、無理やり話題を変えてみる。
「はい!すごくおいしいです!」
「そう、それなら良かった……」
別に聞かなくても、さっきの反応で分かったんだけどね。
……っていうか、いつの間にか話し方も砕けちゃってるし。動揺しちゃってるのかな。
……ま、いいや。むしろ年下の女の子と話すなら、このくらいがちょうどいいのかもね。
「お姉さんはバイトさんですか?」
「そう、私はバイト。いつかは自分の店を持ちたいなって思ってるけど」
「へえぇ、すごいなあ……」
「まだ夢だけどね」
「お姉さんならきっと持てますよ!」
「ふふ、それはどうも」
大した話でもないのに、笑ったり驚いたり、表情豊かな子だ。見ているだけでおもしろい。
「ぷえっ、やっぱり苦あい……」
あらら、コーヒーはまだ早かったか。渋い顔しちゃってる。
「くすっ……」
「ああっ、お姉さん今笑ったでしょ!」
「ごめんなさい、つい……」
「もう~」
怒ってるような言い方とは裏腹に、顔は恥ずかしさを含んだ苦笑い。
かわいいなあ。
ぽろっ
「あっ」
彼女と談笑していると、私がズボンのポケットに入れていた紙ナプキンが床へと落ちていった。
「あ、どうぞ」
「どうもありがとう」
彼女は足元に落ちたそれを拾って渡してくれた。
(良かった……汚れてないみたい)
「大切なものなんですか?」
「え……」
「それを渡した時に、お姉さんほっとしてたから、もしかしてそうなのかなあって」
「……実はさっき、友達がここに来てね。その時に書いてくれたみたい」
簡単なイラストとメッセージが付いていることを除けばただの紙ナプキン……でも、私にとってそれは特別な紙ナプキンなのだ。
「いいお友達ですね」
「……うん」
まあ、バイト先を勝手に教えちゃったり、私に構わず映画を見に行くのはどうかと思うけど……それでも大切なことに変わりはない。
「あっ、今のお姉さんの顔、とっても良かったですよ」
「へっ!?」どきっ
「なーんちゃって!」
「ちょ、ちょっとからかわないでよ……」
「えへへ……」
「ごちそうさまでした」
店に入ってから三十分ほど経った頃、彼女はケーキの最後の一口を食べ終えた。
「ケーキ、すごくおいしかったです」
帰り際、彼女は私に話しかけてくれた。
「またいつでもいらしてくださいね」
「お姉さんが働いてるなら行こうかなあ」
「あらそう?じゃあ私はしばらく辞められないみたいね」
ちょっとした冗談でも、彼女は顔を綻ばせて笑ってくれた。
「お姉さん、またね~」
「ありがとうございましたー!」
がちゃ
「……」
わずか三十分。
本当にちょっとの時間だったけど……楽しかったなあ。
なんていうか、話すだけで心が満たされていくような……幸せなひと時だった。
そういえば、名前は何だったんだろう……
って、客の個人情報を知りたいだなんて、さすがに傲慢だよね。
さてと、残りの仕事も頑張りますか……
「おっ、あかりちゃーん!」
「あ、櫻子ちゃん!」
その声を聞いた私は、ドアに背を向けていた体をすぐさま反転させた。
ガラス越しに、赤い髪の女の子の隣に、もう一人の女の子が立って話しているのが見えた。
あの子……見覚えがある。
あれは確か、撫子の妹さん。
「友達……だったんだ」
友達の妹の友達。
お世辞にも近い関係とは言えないけれど、それを知っただけでも、私達二人の距離がとても近くなったように感じられた。
そして、もう一つ。彼女の名前を知ることができた。
「あかりちゃん……かあ」
声に出してみると、天真爛漫な彼女にぴったりな、良い名前だということが実感できた。
「……また、会えるよね」
きっと、彼女はまたこのケーキ屋にやって来る。
もし来たら、今度はもっといろんなことを話して、もっと彼女について知って……そして、もっと仲良くなれたらいいな。
それまでここのバイトを続けなくちゃね。
「……ふふっ」
浮足立つ気分を胸にしまい、私は今度こそ仕事へと戻った。
オッワリーン
大室家22話の後に起きたこと、という設定。
めぐみちゃんとあかりちゃんって、絶対お似合いだと思うのです。
いつの日か、二人が原作で絡むことを切に願っています。
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