【安価】奴隷「買われた先の屋敷から脱出する」 (50)



< ガラガラ……ッ


奴隷「……」

その日は馬車に揺られていた。

薄汚い、荷馬車の中。

娘は土汚れに塗れていたが、比較的健康な身体をしていた。

生まれつき丈夫な体質だったからだ。

娘は、奴隷だ。


< カタンッ

< 「そろそろお前の買主の屋敷に到着する、近くの湖で身体を流せ」


小窓を開けて商人の男がそう言う。

娘は無言で頷くだけだった。


馬車を止めた所で娘は降ろされた。

丘の上に湖があるらしく、馬車では行けないのでここからは歩きだと商人の付き人は言った。

娘は付き人の男と共に丘の上に歩いて行く。


男「見ないでやるから流してこい、『軟水晶』をやるからそれで湖に入りながら擦れば清潔になるだろう」

奴隷「……」

手渡された白色の石を娘は眺める。

ぬるりとした手触りと、香ってくる甘い匂いで彼女は不思議そうに首を傾げた。

奴隷となった時に、初めて買われた時の主人に身体を洗われた際、確か使っていたのだと。

そう娘は思い出した。


男「おい」

奴隷「……!」

呼ばれ、ハッと顔を上げる。


男「使い方は分かるよな」

奴隷「……はい」

男「それと、新しい買主に会ったら先ずは笑えよ」

男「幸い、お前は若くそれなりに顔立ちも悪くない……ウチの親方様は気に入らなかった様だがな」

奴隷「……」

男「悪い噂は聞かない買主だ、信用と愛情を勝ち取って来い」

男「もう戻ってくるなよ」スタスタ


付き人の男はそう言って、丘を下っていってしまう。

娘は湖に近づくと、汚れた衣服を脱ぎ捨てて水に入っていく。

久しぶりの水に身体を震わせる。

水面に映る自身の笑顔を見ながら、娘は水の中で尿を漏らしながら汚れを落として行った。


男「戻ったか、これに着替えろ」


汚れを洗い落として、先に言われていた通りに裸のまま戻ってくる。

そこで娘は男に白い布を渡される。

広げてみると、どうやらワンピースの様だった。


男「買主の趣味に合わなければ捨てられるかもしれんが、俺の趣味で買っておいた」

奴隷「……」

男「親方様に許可は得ている、着て行け」


娘は頷き、するするとそれを着た。

下着はない。

通常は裸で受け渡されるのだから、一枚着る事を許されるのはとても喜ばしい事だった。

奴隷の娘は男に微笑むと、馬車に乗り込んだ。


< 「行きましょう親方様」

< 「おう」


そして馬車が再び動き出す。



奴隷の娘は馬車に揺られている間に思い出していた。

彼女は生まれた時から奴隷だった。

奴隷の母親が当時の買主に孕まされ、それが分かった途端に再び商人に売り戻された。

身体の弱い母は娘を商館で産み落とすと同時に亡くなったという。

通常ならば捨てられてもおかしくなかった。

しかし誰が言い出したのか、娘を育てて売ろうという話になったのだ。

幼い時から娘は様々な女や獣人に囲まれて育ち、そして教育された。

他に子供はいない。

少女とも言える程度の若い娘はいたが、直ぐにいなくなった。

娘に何かを教えていて、全てを教え切る前に大体の者がいなくなった。



物心がつく頃、娘は商館の主人に教えられた。

自分は奴隷であり品物であると。

人の形をした道具だと、彼女は教わった。


そうして、娘は成長してから遂に売られた。


独り身のとある商人の元へ……

< ガタンッ!

奴隷「っ!」びくっ


馬車が不意に急停止して、衝撃に娘は驚いた。

外から何かを言い争う声が聞こえてくるのに、娘は聞き耳をたてる。


< 「……………何の真似だ、アンタ」

< 「ここより先は我が主の屋敷、ここで引き渡して頂きたい」

< 「無礼な、私に挨拶もなしか!?」

< 「その通りでございます」

< 「ルールが分かってない様だな、奴隷の売買は買主の住居で行う、これは奴隷の安全を俺達が見極める意味もある」

< 「おいそれとこんな所で引き渡す訳にはいかないんだよ」


< 「存じております、故にどうかこちらの金額でお願いします」

< ヂャラッ!


< 「……金貨、だと……それもこの枚数!」

< 「……」



< カタンッ

< ギィイ……ッ


奴隷「!」


女執事「やぁこんにちは、お嬢さん」

外の様子が静かになって、数分もしない内に馬車の扉が開いた。

そこに居たのは奴隷の娘が見ても美しい、白銀に艶を持つ髪を後ろで束ねた、褐色肌の女執事の姿。

しかし奴隷の娘は一歩後退りをする。

その執事の声はしわがれた老夫の物だったからだ。

軽い声色はまさに長年を生きた老人のそれだった。


女執事「おやおや……怯えている、心配しなくていい娘さんや」

女執事「私は女執事、貴女の住む屋敷の奴隷と使用人の管理をしている者です」

女執事「これから長い付き合いになるでしょう、どうかお見知りおきを」

奴隷「……っ、ぇ…あ」


どうしたらいいのか、娘が困った様子で女執事を見る。


男「……話の通りだ、奴隷」

女執事の背後から出てくる、付き人の男。

その様子は不機嫌そうで、何かを言いたげに奴隷の娘を見てから口を開いた。

男「ここでお別れだ、この執事と買主の所へ行け」



【Chapter1……『屋敷の夜』】


小さな屋敷だった。


女執事「我が主は只今休眠中でございます、どうかお静かに」

奴隷「はい」


娘が見てきた、奴隷を買える余裕のある者は基本的に裕福でありそれなりの豪邸や屋敷に住んでいた。

安価な自分を買っていく金の無い商人ですら、そういった所に住むのだ。

だが奴隷の娘が案内された屋敷は小さな邸宅だったのである。

横に、申し訳ない程度の二階建ての家屋が建っていたが、恐らく部屋数は少ないだろう。


女執事が屋敷の扉を開くと、音も無く奴隷の娘を手招きする。

娘は小さくお辞儀をしてから中へ入った。



< カチャンッ


奴隷「……っ、え……」

屋敷へ入り、背後で女執事が扉の鍵をかける音が聞こえてくる。

しかし娘は屋敷の内部を見てビクリと背中を震わせた。

内部は……『広い』のだ。

外観から分かる規模では、奴隷の娘でも内装や構造は想像出来るレベルのものだったのだ。

恐らく二階へ続く階段のあるエントランスホールを始めとして、多少の違いはあれど一階と二階は共に同じ部屋数と広さであると。

そう娘は予想していたのだ。


だが、彼女の目に映ったのは広大な教会の礼拝堂を思わせる、様々な装飾を施された硝子細工のランプに照らされた広間だった。


女執事「何か気になりましたかな?」

不意に娘の耳元で老人の声が囁かれる。

奴隷「!……いえ……広くて、驚いてしまいました」

女執事「ええ、広いでしょう」


女執事「昔は多くの貴族がこの屋敷へ来たものです、今となっては少々広過ぎる様に感じられるでしょう」

奴隷「昔から続く貴族の……?」

女執事「……」


奴隷の娘は口に手を当てて押さえる仕草をする。

余計な事を聞いたのかと思ったのだ。

娘の顔を見て、女執事は妖艶に微笑んだ。


女執事「そうです、我が主は由緒正しき古くからの貴族です」

女執事「かつては王族とも繋がりがありましたが、現在ではそういった関係は消えてしまいました」

奴隷「……」

女執事「意味が無かったのですよ、他者との繋がりなど」

そう言って、しわがれた老人の声をした女執事は礼拝堂のような広間の奥へ歩いていく。


女執事「我が主は夜まで起きません、貴女にはまず部屋を与えるよう言われております」

女執事「着いて来て下さい……離れないように、お気を付けて」


奴隷の娘は小さく頷いて女執事の姿を追う。

広間を照らす光の配置のせいか、礼拝堂のような広間を抜けた先は見えなかった。



奴隷の娘は広間を抜けた先で女執事に待たされていた。


奴隷(……どうなってるんだろう、この屋敷の中……)

広間の先にあったのは、人が三人横並びに歩けるのが限界という程に、狭い通路だった。

屋敷の正面から見たのでは気付かなかっただけで、奥行きは広い屋敷なのかと娘は思った。

そう思っていたが、彼女は不自然な風を頬に感じて上を向き、気付いた。

礼拝堂のような広間もそうだったと、その時に理解した。

天井の高さがおかしい事に。




その高さ、彼女の目算で明らかに二十メートルを越えていたのだ。





奴隷(何処かで窓が開いてる? それとも……)


不自然な広さ。

不自然な構造。

不自然な空気の流れ。


奴隷の娘は通路の突き当たりにある、六角形の部屋で待たされている。

女執事が通路から入って手前左、扉の中に鍵を探してくると言って入ってしまったからである。

何の鍵かは分からなかった娘だが、六角形の部屋を見回す限りでは四つの扉のどれかを開ける鍵を探していると考えた。


奴隷「……あれ」

女執事「お待たせしました」

奴隷「きゃ……っ」


何か、決定的におかしな事に娘は気付きそうになる。

そこで背後にいつの間にか戻って来ていた女執事が現れなければ、それが分かっただろう。

悲鳴を上げそうになるのを抑えて、彼女は女執事に振り向いた。


女執事「はて、如何された」

小首を傾げ、女執事が奴隷の娘に笑いかける。


奴隷「……いえ、ぼーっとしていました」

女執事「少々お疲れの様ですが、暫く屋敷を歩けばお休みになれますゆえ……」ニコッ


女執事は優しく微笑みかける。

そうして、奴隷の娘を部屋の東側の扉へ案内した。

娘は六角形の部屋を振り返るが、何も怪しい物はない。

女執事が娘に続いて扉を潜ると器用に後ろ手に鍵をかけていた。


奴隷「……」

奴隷(両側から施錠出来るようになっている……?)


鍵をかけるその姿を、やはり娘は何処か違和感を覚えてしまう。

それに近いものを先程の部屋で感じたのだ。

通路から入り、鍵の管理をしている扉を含め、更に四つの扉のあったあの部屋で。


奴隷(…………六角形の、部屋……)





━━━━━━━ コツッ……コツッ……




屋敷内の広大さは娘の想像を遥かに上回り、そして恐怖を抱かせていた。

既に一時間、六角形の部屋から出た先の回廊を歩き続けて庭園と思われる場所を歩いていた。

その庭園は恐ろしく整えられたバラ園であった。

女執事以外にも使用人がいると聞いていた娘だったが、その手入れの繊細さ、精密さは彼女が知る中では相当の技術の持ち主だと感じられた。

所詮は多少の読み書きと手先の怪我を治す程度の回復魔術、それに加えて夜枷の技術を教え込まれた奴隷。

娘は自分がこの屋敷に慣れる事が出来るだろうか、そう心配してしまう。


女執事「……あちらに見える扉が、貴女のお部屋となります」ピタッ

バラ園の半ばで、静かに女執事が老人の声で呟いた。

振り向く事はせずに女執事は続ける。

女執事「これから約三時間、夜まで時間がありましょう」

奴隷「?」

女執事「貴女がお休みになれなかった時の為に、一つだけ説明しておきます」

女執事「夜は私がお迎えに上がるまで、決してお部屋を出ないで頂きたいのです」


表情を見せず、声音も変えず。

女執事は淡々と娘に告げた。


女執事「貴女はこの屋敷に来たばかりです、更に言えば貴女は奴隷の身分でもある」

女執事「この屋敷に入ってから様々な物に関して不思議に思う事があったでしょう」

女執事「ずっと貴女の意識がこの屋敷の持つ特異性に向いていました、どうやら我が主の思っていた以上に貴女は賢いようだ」


奴隷「…………」

言い様の無い、不気味な空気を奴隷の娘は感じ取る。

しかし表情や口には出さないように、吐息すら潜めて女執事の言葉を聞いていた。


女執事「夜はお部屋を出てはいけません」

女執事「一度は好奇心に負けて出たとしても、私が助け出せるのはその『一度だけ』です」

奴隷「……」

女執事「理由はそれこそ奴隷の貴女にお教えする必要は無いという事を、ご理解いただきたい」

女執事「良いですね?」スッ…


振り返ったその眼は。

最初に会った時とは全くの別人かと思う程に、黒く濁っていた。


女執事「……良いですね、『奴隷』様」

奴隷「は……はいっ」


娘はそう言うしか出来なかった。



< パタンッ

< カチャンッ


奴隷「…………は…ぁ……っ」ドサッ

案内された部屋の中央で奴隷の娘は糸が切れたように崩れ落ちた。

得体の知れない威圧感、或いは別の重圧に精神的に押し潰されてしまっていたのだ。


小さなランプの灯りが部屋を照らしていた。

娘は疲れた様子で薄暗い部屋を見回す。

入って来たバラ園からの扉を部屋の南側として、正面の壁際に清潔な白のベッド。

その両脇に小さなチェストが置かれている。

西側の壁には金細工の施された鏡が掛けてあった。

そして東側にはトイレと小さな浴場へ続く扉がある。


奴隷「…………」

奴隷「どうしよう……かな」





体の疲れ以上に精神的に疲弊していた娘は、女執事の言葉を思い出す。

夜は部屋を出てはいけない。

その意味は何なのか、出たらどうなるのか。

娘の中で何度も疑問が浮かんでは女執事の眼を思い出してしまい、その度に忘れようと頭を振るの繰り返しをする。

次第に疲れと疑問が奴隷の娘の体をベッドへと誘い、そのまま一時の眠りに就かせてしまった。



奴隷(…………)

奴隷(心配、してるかな……)

微睡みの最中に彼女は瞼の裏で、ある男を思い出していた。

まだ初潮を迎えたばかりの時。

彼女を最初に買った、とある商人の男。




……奴隷の娘は、はっきりと過去を思い出す前に深い眠りに落ちる。

彼女が眼を覚ました時には、時刻は夜になっているであろう十二時を過ぎた頃だった。




……【■■の■■■の記録】……



創世記1259年、彼女は母エイリアデと父クィンの間に産まれる。

創世記1259年、3ヶ月後。彼女の母エイリアデが当時の町の領主により殺害される。

創世記1264年、父クィンが流行り病『獣の病』により錯乱。当時の■■の■■■を殺害する。

創世記1264年、半月後。異例の幼児である彼女を■■■化する現象が発生。

創世記1264年~1277年、半■■■化した彼女に恋をした男キルムが接触。

創世記1277年、冬の月。男キルムとの間に子供を孕む。

創世記1278年、娘を出産。一時的に■■■の力が消失した事を確認。

創世記1291年、■■■■の■■■が暴走。大陸の三割の『名前』が消失する。

創世記1292年、娘の存在が■■■■の■■■によって消失しかけた際に■■の■■■が覚醒状態に。

創世記1293年、■■■■の■■■が死亡。無理な魔法の行使による虚脱状態になり、■■の■■■が衰弱する。

創世記1298年、危篤の彼女の希望により、名前が消失してしまった娘を新生児にまで時間操作する。





【chapter1-2……『狂気を誘う屋敷』】



< カチッコチッカチッコチッカチッコチッカチッコチッ…………

< ポーンッ……ポーンッ……


奴隷「…………」もぞっ…

奴隷「…………」ぱちっ

奴隷「~~!!」ガバッ


静かな部屋に響き渡る時計の音に、奴隷の娘は目を開ける。

ベッドの上に横になってそのまま眠ってしまったと思う前に、現在の時刻が十二時を過ぎている事に跳ね起きた。

買主に挨拶をする筈が、初日から無礼を働くなど有り得ないからだ。

奴隷の娘の首筋を一筋の汗が伝い流れる。


奴隷「あぁああっ……どうしよう、どうしようっ!」バサッ

ベッドを飛び降りて、彼女は部屋の扉を開けようとする。





……彼女に何か声をかけろ……
「>>下2」






…ッ…ッ…【ォ・・・はョ・・・う】…ッ…ッ…


奴隷「っ!?」

聴こえた。


ドアノブは握ったままで、部屋を振り返る。

誰かいる訳ではない。

或いはトイレか、浴場か。

不気味に掠れた声が聴こえたのは気のせいか、そう娘は考える事にした。


< ガチャッ……ガチャガチャッ

奴隷「あれ……開かない……」




握るドアノブを見て、娘は思い出した。

鍵穴。

部屋に案内された後に背後で施錠する音がした。

あの時には既に鍵をかけられていたのだ。


奴隷(これは?)

ドアノブにある鍵穴の上に、紋が刻まれていた。

雫の形をしている。


奴隷「…………」



……彼女に声をかけろ……
「鍵を探せ」
「(自由)」

>>下2




…ッ…ッ…【君…デは……あけ…ら、レなィ……】…ッ…ッ…



奴隷「……?」

やはり聴こえる。

君では開けられない、そう言った気がした。


気のせいではない。

確かに掠れた声が聞こえてくるのだ。


奴隷「私じゃ開けられない?」

奴隷「……」


二度、声は聴こえたがそれ以上は聴こえてこなかった。

娘は部屋とドアノブを交互に見て、それからゆっくりとベッドに戻る。

鍵を外からかけられてしまった以上、中からでは開けられない。

やはりあの女執事を待つしかないと諦めたのだ。



< カチッコチッカチッコチッカチッコチッ……


奴隷「……」

いっそ、朝まで寝てしまって良いのかもしれない。

そう娘は時計を眺めながら思い始める。


女執事が迎えに来なかった以上、出られる事はない。

ならやはり眠るしかないように考えられた。

奴隷の娘は壁に掛けられた鏡を見る。

商館でよく娘に話しかけていた、商人の付き人をしている男。

彼に着せて貰ったワンピースが部屋の雰囲気を僅かに明るくしてくれている。


奴隷「……」



【浴場に行ってみる】

【眠る】

【部屋の中を探索(場所も指定、但し浴場は部屋の外となる)】

>>下1




ベッド脇のチェストを娘は開ける。

片方には新品のシーツや、何の為に用意されたのか刷毛などが入っていた。

そしてもう片方にあるチェストを開くと、思わず娘は後ろに下がってしまう。


奴隷「……っ」

一段目にびっしりと敷き詰められていた羽根。

よく見ればそれら一本一本が羽根ペンであると気付く。


奴隷「……」

奴隷「何でこんなにあるんだろう……?」


一本手に取ると、娘はその羽根を撫でながらペン先を見る。

インクに漬けていないにも関わらず、 そこには黒い雫が揺れていた。

他の羽根ペンも全て同じだった。


奴隷(不思議……どうしてこの状態で置いておけるのかな)

奴隷(魔法、魔術なのかな?)


『自室……チェスト一段目』
羽根ペン(20本)



< ガタガタッ

開かない。


奴隷「?」

奴隷「……?」スッ


二段目、三段目と開けようとする。

しかし開かない。

鍵穴のような物は無く、引っかかっている訳でもないのにである。

奴隷の娘は小首を傾げてゆっくりとチェストを見回してみる。

右側面に、二段目と三段目に当たる位置で紋章が描かれていた。

渦を巻いているような、緑の紋章。

三本の線が斜めに入っている、赤の紋章。

娘にはどういう物か分からなかったが、それらがロックしているという事だけは何となく理解した。


『自室……チェスト』
一段目(解放)
二段目(封印)
三段目(封印)



……行動……
「>>下1」




< サァァア……


浴場に続いている扉を開くと、脱衣所に出た。

左側の銀で装飾された扉の向こうから聴こえる、水の流れる音。

そちらが浴場だろうと娘は頷いて、右手側の小さな扉がトイレであると理解して服を脱ぎ出した。

服とはいえ、ワンピース一枚を脱いだだけだったが。


久しぶりのお湯に浸かれる事を楽しみにして、娘は扉を開けた。


奴隷「暖かい……!」

寝起きで身体が冷えていたのもあり、顔や肌を撫でる湯気に背中をぞくぞくと震わせる。

奴隷である彼女にとって、こういった入浴の自由を与えられるのは何よりも嬉しい事だった。

屋敷に来る前までいた新しい商館の主人は、何が気に入らなかったのか事あるごとに娘を痛めつけては入浴もさせない事が多かったからである。

奴隷の娘は嬉々として夜風を浴びながらゆっくりと湯船に足を入れようとした。


< バタンッッ!!


その一瞬で背後の扉が閉まってしまうまでは。

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