比企谷「田中くんはいつもけだるげ」 (37)

--奉仕部--

由比ヶ浜「やっはろー!」

雪ノ下「こんにちは」

比企谷「おう」

由比ヶ浜「いやぁ、遅れちゃってごめんね。優美子たちと話してたら長くなっちゃってさ」

雪ノ下「気にしなくて良いわ。今日はまだ誰もきていないから」

由比ヶ浜「そっか良かった」

コンコン


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雪ノ下「どうぞ」

太田「どうも」

田中「…………」

比企谷(なんかヤンキーみたいなのとヒョロとしたやつが入ってきたな……)

由比ヶ浜「あ、田中くんに太田くんじゃん。やっはろー!」

比企谷「え?なに知り合い?」

由比ヶ浜「ええ!なに言ってんのヒッキー。私たちと同じクラスの子じゃん!」

比企谷「そ、そうなのか?」(まったく、これっぽっちも記憶にない)

雪ノ下「あなた、いい加減クラスの人たちの顔くらい覚えておきなさい。二年になって何ヶ月経ったと思っているの?」

太田「いや、良いんだ。どちらかというとクラスじゃ目立たない部類だからな俺たち」

比企谷(その強面でか?)

田中「そうだねぇ……。休み時間のときだってそんなに騒ぎもしないし……。ふぁぁ」

由比ヶ浜「眠たそうだね、寝不足?」

田中「うん……。今日、八時間くらいしか寝てない……」

比企谷「……。たっぷ」

雪ノ下「日本の高校生の平均睡眠時間は六時間で、最適な睡眠時間は八時間と言われてるわ。つまりあなたは今日、時間だけに限って言えば理想の睡眠をとったことになる。"くらいしか"という言葉は適切ではないわね」

田中「……。はぁ」

比企谷(たっぷり寝てんじゃねえか。って突っ込もうと思ったけど雪ノ下に先を越されてしまった。なんか悔しい……。ってなんで突っ込めなくて悔しがってんだ俺。あれか?もしや俺の中には関西の血が流れているのか?うーむ、こんど新喜劇でも見てみるか。血が騒ぎ出したら関西の血が流れてるの確定な)

雪ノ下「まあいいわ。それでご用件はなにかしら?」

--数分後--

雪ノ下「要するにあなたのその、腑抜けた根性を叩き直してほしいというのが依頼なわけね」

田中「酷い言い方だけどだいたいそんな感じ。ずっとこのまま太田に頼りっぱなしっていうのもダメな気がしてきて……」

由比ヶ浜「田中くん、いつも太田くんに担がれて移動してるもんねー」

比企谷(え、なに。太田くん、タクシーなの?俺も今度から放課後になったらこの部屋まで運んでもらおうかな。料金は平塚先生持ちな。独り身だし公務員だし独り身だしお金もたんまり持ってるだろう)

太田「ああ、まあ別に俺は今のままでも構わないんだが」

由比ヶ浜「うーん、でもハタから見ていても正直、田中くんは太田くんに依存してる感じがするから……。私は田中くんの応援をしたいな」

雪ノ下「そうね。今はまだ良いかもしれないけどこれから先、田中くんが太田くんと別れるときがきっとくるでしょうし」

比企谷「で?なにか案はあるのか?」

雪ノ下「ええ、もちろん。今聞いた話だと田中くんは歩くスピードが遅い上に体力が驚くほどない。だから授業なんかに遅れないために太田くんに運んでもらっている。ならば最低限、人並み程度の体力をつければ良いだけのことよ。腑抜けた根性を直すのはそのあとね」

由比ヶ浜「あ、じゃあさいちゃんのときみたいに田中くんを鍛えるってこと?」

雪ノ下「そういうことになるわね」

比企谷(ってことは……)

雪ノ下「というわけでこれからあなたには毎日、死ぬまで走って、死ぬまで腹筋、死ぬまで腕立て伏せをしてもらうわ」

比企谷(容赦ねえなこの女……)

田中「…………」ブルブルブル

由比ヶ浜「ちょ、ゆきのん!田中くんが震えちゃってるよ」

太田「だ、大丈夫か田中!しっかりしろ。ほら深呼吸だ。吸って……。吐いて……」

田中「う、うん。スー……ハー……」

雪ノ下「?なぜ、震えているのかしら。今日はそれほど寒くはないと思うのだけれど」

比企谷(氷の女王さん、まさかの自分が冷気を出していることに気づかない。いや、自覚がないって怖すぎだろ)

雪ノ下「まあ、そんなことよりも……。取りあえず腹筋から始めましょうか」

田中「え……今からするの?」

雪ノ下「ええ、もちろん。善は急げって言うでしょう?」ニコッ

由比ヶ浜「ゆきのん、笑みが怖いよ……」

比企谷(完全同意)

--数分後--

田中「死ぬ……。死んじゃうよぉ……」

由比ヶ浜「腹筋、十五回程度したら死んじゃうんだ……」

比企谷「想像以上に貧弱だな、こいつ……」

太田「うむ。しかし体力のない田中としては、これでも頑張ってるほうだぞ」

比企谷「そ、そうなのか」

太田「ああ。普段なら二、三回やっただけで腹が攣って悶絶するぐらいだからな。十五回は素晴らしい結果だと思うぞ。田中」

比企谷(腹って攣ったりするもんなのか……?)

田中「ありがとう太田……」

雪ノ下「はぁ……。これは思ってた以上に時間がかかりそうね」

比企谷(それから数日間、田中は徹底的に雪ノ下にいじめ……。もとい、しごかれ続けた。そして……)

比企谷「昼休み現在、田中は雪ノ下の命令で運動場の周りを走っている」

由比ヶ浜「ヒッキー、誰に説明してるの……?」

比企谷「に、してもよくやるよな。あいつ」

由比ヶ浜「うん。結構頑張ってるよね」

太田「うーむ……」

比企谷「どうした?」

太田「いや、そのだな……。こう言ってはなんだが、田中にしては頑張り過ぎてる気がするんだ」

比企谷「……。なにか問題でもあるのか?」

太田「問題はない。むしろ喜ばしいことだ。ただ……。今の田中は自分の意思であの鍛錬を行っているようには、とても思えないんだ」

比企谷「はぁ……」(俺の目には田中が必死こいて雪ノ下の指示に従ってるようにしか見えないんだが……。友だちだからこそわかるなにかでもあるんだろうか……。なにかってなんだよ?)

雪ノ下「あなたには一生理解出来ないものよ」

比企谷(おい、ちょっと待て。なにナチュラルに俺の頭の中と会話してんだよ、お前は。氷の女王は人の心を読む能力でも持ってるのかよ)

由比ヶ浜「うーん、自分の意思じゃないってことは嫌々やってるってこと?」

太田「わからん。だが、いつもの田中じゃないことは確かだと思う」

由比ヶ浜「どうしよう、本人に直接話を聞いた方が良いかな?」

比企谷「どうだろうなぁ。普通に尋ねて事情を説明してくれるとは限らないし、そもそも自分の意思じゃない云々っていうのは、あくまで大田の主観でしかしないわけだし」

由比ヶ浜「そ、そうだけどさ……。でも、もしなにか問題を抱えてるんだとしたらなんとかしてあげないと」

比企谷「なんとかって言われてもな……」

???「ししょー!」

比企谷「ん?なんだ、田中のところにちっこい女が寄ってきたぞ」

太田「あれは……。もしかして宮野か?」

比企谷「宮野?知り合いか?」

由比ヶ浜「ちょ、ちょっとヒッキー!宮野ちゃんも同じクラスの子だよ?」

比企谷「……。へえーあんなの居たんだー」

由比ヶ浜「あ、あんなの……?」

雪ノ下「あなた、本当に大丈夫なのかしら?主に頭の辺りとか」

比企谷「問題ない。頭の中はちゃんと専業主夫になりたいという夢と働きたくないという思いで一杯だ」

雪ノ下「ああ、良かった。ちゃんと腐った思考をしているわね。一安心だわ」

由比ヶ浜「今ので安心しちゃうんだ……」

宮野「みなさーん!」

比企谷「お、宮野とやらが、疲れきった田中と一緒にこっちにやってきたぞ」

由比ヶ浜「宮野ちゃんやっはろー!」

宮野「やっはろーです、由比ヶ浜さん。それに大田くんと雪ノ下さんと、ひきが…やくん」

比企谷(ああ、惜しいな。"ひきが"まで出たのに最後のやが出るのにちょっと時間がかかちまってたぞ。具体的に言うと三点リーダ一個分ぐらい。ちなみに俺は三点リーダーの数は偶数じゃないとちょっと気になってしまうタイプの人間です。まあ、そんなことよりも……。こいつは俺の名前をうろ覚えしてたわけだから、俺も今の今までこいつの名前とかを知らなかったことに関してはなにも悪くないと思うんだけど)

雪ノ下「あなたは存在がほぼ無いも同然なのだから、宮野さんがうろ覚えしていたのも無理はないわ。むしろ、間があったとは言え比企谷くんの名前が出たことは奇跡に近いわね」

比企谷(お前、本当なんで俺の考えてることがわかるんだよ)

田中「はぁ……。はぁ……」

由比ヶ浜「田中くん、すごい疲弊しきってるね」

太田「大丈夫か田中?水を買ってきたんだが飲むか?」

田中「う、うん」ゴクゴク

宮野「みなさん!どうして田中くんをイシメているんですか!」

太田「ちょっと待て宮野。別に俺たちは田中をイジメているわけじゃないぞ」

宮野「?そうなんですか?」

比企谷「田中がうちの部に、マイペースすぎる自分を治してほしいって依頼してきたんだよ。だからまあ、取りあえず最初に体力作りから始めようってことになってただな……」

宮野「そうだったんですか。田中くんがイジメられてたわけではなかったんですね、良かったです……。良くないですー!」

比企谷(え?なに二枚舌?)

由比ヶ浜「なにが良くないの宮野ちゃん?」

宮野「みなさんは今のししょーを変えようとしているんですよね?それはダメです!ししょーがししょーじゃなくなったら、ししょーじゃなくなっちゃうじゃないですかー!」

雪ノ下「宮野さん……。だったかしら。あなた、少し落ち着きなさい」

宮野「あ、はい……。すみません。取り乱してしまって」

比企谷「それよりも、さっきから言ってるししょーって言うのは田中のことか?」

宮野「そうですー。田中くんは私のししょーなんです」

田中「俺はとっくの昔に破門したつもりなんだけどね……」

由比ヶ浜「ししょーってなんのししょーなの?」

宮野「決まってるじゃないですかー。けだるげのししょーですよ!」

比企谷「……はぁ?」

太田「ああ、それについては俺が説明しよう。宮野は田中のけだるげなところをえらく買っていてな。それに憧れて弟子入りしたんだ」

由比ヶ浜「?へぇ、そうなんだぁ」

比企谷(絶対理解してないなこいつ)「あー要するに、宮野としては田中が真人間になってしまっては困るというわけか」

田中「遠回しに俺、ダメ人間って言われてない……?」

太田「考えすぎだ、田中。今の比企谷の発言にそんな意図はないと思うぞ」

比企谷(あった、ありまくったぞ。むしろそれしかなかったぐらいだ)

雪ノ下「宮野さん、さっきも言ったけど私たちは田中くんに依頼を受けて彼を鍛えているの。だから……」

宮野「うーん……。あ!そうだ、良いことを思いついたです!」

比企谷(良いことじゃないほうに葉山の魂をかけるぜ)

宮野「私は奉仕部に依頼をします。内容は田中くんが奉仕部の依頼を取り下げるように説得することです!」

由比ヶ浜「え?そ、それってつまり」

比企谷(もうわけわかんないです!)

雪ノ下「その返しは予想していなかったわ……」

宮野「それでどうなんですか?私の依頼引き受けてくれるんですか?」

比企谷「おいどうするよ?」

由比ヶ浜「どうするって言われても一応、依頼なんだから受諾した方が良いじゃないかな」

比企谷「そうは言ってもこれは奉仕活動の内に入るのか?」

由比ヶ浜「う……。た、確かに、ゆきのんはどう思う?」

雪ノ下「そうね、私としては……。出来るだけ依頼は断らず、依頼者のアシストをしていきたいとは思ってるのだけれど」

比企谷「ほう、意外だな。てっきり『考えるまでもないわ。こんなくだらない依頼引き受ける方がどうかしてるわよ。そんなこと一々、尋ねないでくれるかしらアホでおばかの由比ヶ浜さん』って言うかと思ったぞ」

由比ヶ浜「ゆきのん、私のことそんな風に言わないし!」

比企谷「本当にそう言い切れるか?」

由比ヶ浜「…………多分」

比企谷(いや、そこは自信を持って言い切れよ。一応友だちなんだから)

雪ノ下「そんなことより、著しくクオリティーの低い私の声真似をしないでくれるかしら。この上なく気持ち悪いから」

比企谷(完成度が高かったら真似して良いのか……?)「まあ取りあえず、部長の雪ノ下がこう言うんだ。こんな依頼でもちゃんと受けた方が良いだろ」

由比ヶ浜「そうだよね。うん、よし!宮野ちゃん」

宮野「はい!聞いてました。じゃあ田中くんの説得をお願い……」

雪ノ下「説得するのはあなたよ。私たちはあくまでサポートをするだけ」

宮野「そ、そうなんですか?」

由比ヶ浜「うん、奉仕部はね、魚を上げるんじゃなくて、釣りをやる……。だったっけ?」

比企谷「釣り方を教える、な。釣りそのものをしちゃったら魚を上げるのと大差ないだろ」

由比ヶ浜「そ、そっか」

宮野「じゃ、じゃあ私が頑張らないといけないんですね…。よし!田中くん!」

田中「…………グウ……」

太田「おい、田中起きろ!」

由比ヶ浜「立ったまま寝ちゃってる!?」

太田「すまん。先ほどからこうやって呼びかけているんだが、一向に目を覚ます気配がなくてだな。おそらくここ数日のトレーニングの疲れが、たまっているんだと思う」

比企谷「通りで二人ともさっきから俺たちの会話に入ってこないわけだ……」

田中「うーん?」

太田「おお、起きたか田中。ほら宮野がお前に話したいことがあるみたいだぞ」

田中「え、宮野さんが?」

宮野「は、はい。あの、え、えっと田中くん!」

田中「なに?」

宮野「その……」モジモジ

由比ヶ浜「宮野ちゃん、頑張って!」

比企谷(え?なにこの愛の告白をするかのような空気)

宮野「田中くん、奉仕部の依頼を取り消して下さい!一生懸命努力する田中くんなんて田中くんじゃないですから!」

雪ノ下「ひどい言い草ね」

比企谷(普段のお前の暴言よりかはマシだと思うがな)

太田「それでどうするんだ、たな……」

田中「わかった。辞める」

宮野「え?」

田中「辞める」

太田「…………」

宮野「…………」

比企谷(幕切れ、あっさりしすぎだろ……)

--放課後--

由比ヶ浜「いやぁ、まさか田中くんがずっとゆきのんにビビってて、訓練を辞めたいって言い出せなかったなんて思いもしなかったよね」

雪ノ下「気のせいかしら、なんだか説明的なセリフに聞こえるのだけれど……」

比企谷「そんなことより、結局太田の言っていたことは当たってたわけだな。しっかし……」

雪ノ下「なに?」

比企谷「いや、ただ田中も不幸だなと思ってな。この部に依頼しにきたばっかりに雪ノ下にイジメられてたんだから」

雪ノ下「あら、心外ね。私はただ、依頼を遂行していただけよ。勝手に田中くんが怯えていただけじゃない」

比企谷「昔からイジメてるやつってのはイジメてる自覚がないもんなんだよ。宮野だって最初は田中がイジメられてると思ってただろ。客観的に見てもそういう風に写ってたってわけだ。つまり、お前は無自覚の内にイジメをしていたということになるんだ!」

雪ノ下「相変わらずものすごい屁理屈なのに、なぜか筋が通っているように聞こえるわね」

由比ヶ浜「それよりもちょっと残念だよね」

比企谷「なにがだよ」

由比ヶ浜「いや、せっかく田中くん、自分を変えようと一念発起したのに途中で諦めちゃったからさ……」

雪ノ下「そうね、でも……」

雪ノ下「自分の悪いところをちゃんと自覚して、改善しようとしていたのだからそれだけでも大きな進歩と言えるでしょう。どこかのひねくれ男は自覚すらしていないのだからね」

比企谷「ばっか、お前。ひねくれは短所じゃねえぞ。常人とは違う視点、思考で物事を捉えることが出来る素晴らしい性格だ」

雪ノ下「あなたの場合、違う視点、思考でしか物事を"捉えなれない"の間違いではなくて?」
  
由比ヶ浜「ああ、なんかそっちの方が正確かも」

比企谷(ク……。あながち間違いでもないから反論出来ねえ……)

比企谷「しかしだな、田中のあの性格は必ずしも悪いものとは限らないんじゃないのか?」

由比ヶ浜「あ、話逸らした……」

雪ノ下「どういうことかしら?」

比企谷「ああ、働き蜂の法則って知っているだろ?」

雪ノ下「ええ、もちろん。良く働く蜂が20%、普通に働く蜂が60%、あまり働かない蜂が20%の割合で、働き蜂の集団は形成されているという法則ね」

由比ヶ浜「へえ、働き蜂って名前なのに、そんなに働かないのもいるんだね」

比企谷「ああ、それでここからが興味深いところなんだが、良く働く20%の蜂を色んな巣から集めて、そいつらをまとめて一つの巣にやるとどうなると思う?」

由比ヶ浜「?働き者ばっかり集めたんでしょ?だったらみんな、懸命に頑張るんじゃないかな」

比企谷「違うんだな、これが。その集団の中でも良く働くのは20%だけなんだ」

由比ヶ浜「え、じゃあ残りの80%は?」

雪ノ下「普通に働くのが60%、あまり働かないのが20%よ」

由比ヶ浜「さっきと同じじゃん!」

比企谷「そう、ついでに言うとあまり働かない蜂を集めても今言った、2:6:2の割合になる」

由比ヶ浜「ええ!なにそれ!面白い。どんな蜂を集めても、怠け者と働き者が出てくるんだ」

比企谷「ああ、で、ここからは俺の推測なんだが、働き者だったやつを集めて、この割合になるのは、『他のみんなが頑張ってるから俺そんな張り切らなくても良いやー」みたいな気持ちになるからだと思うんだ。逆に……」

雪ノ下「怠け者を集めて2:6:2の割合になるのは、みんながやらないなら自分がやらないと、と言う心境になるから、と言いたいのかしら」

比企谷「ああ、まあそんなところだ」

由比ヶ浜「へぇーへぇー」

雪ノ下「で?」

比企谷「うん?」

雪ノ下「長々とあなたのウンチク話を聞かされて、もううんざりしてきたわ。結論を言ってくれるかしら」

比企谷「この長さの話でうんざりするんだったら、小学校の朝礼の校長の話なんか聞いてたときのお前の心情が知りてえよ。まあ良い、詰まるところ俺が言いたいのは、怠け者がいなくなってしまうと、他の誰かが怠け者になってしまうかもしれないってことだよ」

由比ヶ浜「はぁ……なるほど……?」

比企谷(わかりやすいぐらいの知ったかぶりやめようね)「今、俺が話した働き蜂の法則を、うちのクラスに当てはめてみるとだな、怠け者の田中を見て、こんな風にはならないようにしないと、という心理が働いて物事に精力的に取り組んでいる生徒が何人かいると思うんだ」

比企谷「それなのに、田中が真人間に戻ってしまったらどうなる。別の誰かが怠け者になるだけだろ。だったら、いっそ田中はずっとあのままで良いというわけだ」

由比ヶ浜「要するに反面教師として必要ってこと?」

雪ノ下「暴論も甚だしいわね。怠惰な生活を送っている言いわけにしか聞こえないわ」

比企谷「ずいぶん辛辣な意見だな」

比企谷(雪ノ下のような生粋の真面目人間からしたら、田中のあの性格はどうしても『悪」に見えてしまうのだろう)

比企谷(俺も蜂の法則を利用して田中を擁護したが、しかし実際のところはどうなのだろう。田中は今のままで良いのだろうか。それとも変わらないといけないのだろうか……。答えは……)

比企谷「答えなんてないのかもしれんな……」

比企谷(俺はそうひとりごちた)

ーー翌日ーー

田中「太田、ごめんね。俺、あの鍛錬に耐えらなくて……」

太田「まあ、そんなに気にすることはないと思うぞ。これから徐々に頑張っていけば良いんじゃないのか?」

田中「うんそうだね……」

比企谷「…………」

戸塚「八幡?」

比企谷「おお、戸塚か」

戸塚「どうしたの?田中くんたちをジッと見ていたみたいだけど……。もしかして仲良いの?」

比企谷「いいや、まったく全然これっぽちも」

戸塚「一言で四回も否定したね、ハハハ……」

比企谷「ただ、田中が奉仕部に依頼しにきてたから、ちょっと気になってただけだよ」

戸塚「へえー。田中くん、どんな依頼で奉仕部を訪れたの?」

比企谷「えーっとだな……」

ーー数分後ーー

比企谷「とまあ大体こんな感じだな」

戸塚「そんなことがあったんだね。うーん、でもなんだか残念だなー」

比企谷「なにをそんなに残念がる必要があるんだ?」

戸塚「いやぁ、実はさ。僕、ちょっと前に田中くんにお願いしたことがあったんだよね」

比企谷「なにをお願いしたんだ?ギャルのパンティおくれーとか、17号、18号についてる自爆装置を取り外してくれ、とかか?」

戸塚「えっとね……」

比企谷(あっれー僕のボケはスルーですか、そうですか)

戸塚「休み時間のときに良かったらテニスを一緒にしないかって誘ったんだ」

比企谷「なん……だと……?」

戸塚「一応、最近でも休み時間にテニスの特訓をしたりしてるんだ。でも一人だとやれることが限られてくるから、誰か一緒に練習を手伝ってくれそうな人を探したりしてて……」

比企谷「そんなの普通に他のテニス部員に頼めば良いんじゃないのか?」

戸塚「うん、でもみんな、部活でテニスやってるから休み時間はテニスしたくないって……」

比企谷「ああ、なるほどな」

戸塚「だからそのこう言っちゃ失礼なんだけど、暇そうな人に声をかけたりしてて」

比企谷「で、田中を誘ったと」

戸塚「うん、でも彼、『ごめん。俺、身体動かすのあんまり好きじゃないんだ。それに体力が小学生よりなくて、すぐバテちゃうから多分足でまといにしかならないと思う』って淡々とした口調で断ってきて」

比企谷「そっかー良かったー!」

戸塚「え?」

比企谷「いや、なんでもない、なんでもない。話続けて」

戸塚「う、うん。だからね。田中くんがもしも体力をつけて、それで運動とか好きになってくれたら僕の練習も二人っきりで手伝ってくれるかな……。なんて」

比企谷「二人……っきり……だと……?」

戸塚「八幡?」

比企谷(結論。田中は変わらない方が良い。つーか、絶対変わるな。少なくとも高校卒業するまではそのままでいろ。いやー、結構簡単に答え出たなー。昨日『答えなんてないのかもしれんな……』って一人カッコ良くつぶやいていたのがウソみたいだ。ハッハハ)

戸塚「は、八幡?話聞いてる?」

比企谷「お、おう。聞いてるぞ」

比企谷(本当に田中が訓練を辞めてくれて良かった。宮野が訓練を辞めるよう説得してくれと、依頼してくれたお陰だな。ん?そう言えば宮野が、あの依頼を良い思いつきと言ったとき俺、良くない思いつきの方に葉山の魂をかけてたな。あーごめん。葉山ー。ものすごい良い思いつきだったわ。だから大人しくコインになっててね)

比企谷「そんなことより戸塚、そう言うことならなぜ俺を誘わなかったんだ?俺なんて昼休みの間、大体暇を持て余してるんだが」

戸塚「え?だって八幡、いつも本とか読んでいるから暇そうに見えなくて……」

比企谷「いや逆だ逆。暇だからこそ、本を読んだりしてんだよ」

戸塚「そうなんだ。じゃあ、その……。今日テニスの練習の手伝い……」

比企谷「も、ももももちろん良いとも!なんだったら、明日も明後日も手伝ってやるぞ」

戸塚「本当?良かったーやっぱり八幡は優しいね」

比企谷「お、おう……」

戸塚「それで田中くんがもし、体力をつけてくれたら三人でやりたいね」

比企谷「三人……?」

戸塚「?そうだよ」

比企谷(うん、やっぱり田中は、田中くんはいつもけだるげになってなければならない)

比企谷(天使戸塚のこの上なく可愛い顔を見つめながら、俺は改めてそう結論付けた)





END

これでこのSSはお終いです
こんな拙作を最後までお読み頂きありがとうございました

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年07月07日 (木) 21:17:03   ID: sebxsvXD

いつか誰かが書く気がしてた

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