吹雪「新しい司令官? はぁそうですか・・・」 (234)
はじめまして、私は特型駆逐艦の1番艦、吹雪といいます。
私たちは今、正門で司令官の帰りを待っています。
曙「あーもうおっそいなあ……なにしてんだよあのクソ提督……心配ばかりかけさせやがって……」
摩耶「到着時間5分も過ぎてんじゃねえか。これほんとに時間あってんのかよ? 五十鈴、こっちから連絡取れないのか?」
五十鈴「まだ5分でしょ? 渋滞に掴まったのかもしれないし、あんた達これくらい静かに待ちなさいよ」
曙「なによ、そういう五十鈴だってさっきからあっちこっち意味もなく歩いてるじゃない」
山城「もしかして提督に何か不運が降りかかったのかしら……? 私の所為で? ああお姉さま……」
みんなそわそわしています。一刻も早く司令官の顔を見たいんでしょう。もう一月も会っていません。
かくいう私もさっきから落ち着きません。そんな私たちの様子を、憲兵さんが苦笑いしながら見ていますが誰も気にしません。
ふと視界に映った桜の花が目について、私はつぶやきました。
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吹雪「そういえば」
摩耶「なんだ!? 提督と連絡取れる手段でもあるのかっ!?」
吹雪「いえ……ただちょうど一年ぐらい前だなって……」
曙「はぁ? 何言ってんのよ吹雪?」
山城「ああ……提督と会った日ね?」
吹雪「はい……」
五十鈴「……なるほど。言われてみるとそうね」
そう。ちょうどこんな陽気な日でした。司令官がこの鎮守府に着任したのは……
新しく着任する司令官が憲兵に案内されながらこの鎮守府に入るのが見えます。
本来なら私たちも同伴するべきなのですが、遠巻きに眺めているだけです。
五十鈴「……何人目だっけ?」
山城「私は13人目」
五十鈴「そう。じゃあ私は10人目ね……」
つまらない世間話のように五十鈴さんは口にしました。
私にとっては8人目です。新しい司令官をこの鎮守府に向かい入れるのは。
3人目までは付き添いをしたりもしたけれど、今では皆と一緒に遠巻きに眺めるだけです。
摩耶「で、今度は何か月に賭ける?」
曙「何か月……? 何日の間違いじゃないの?」
摩耶「あたしは2か月と見るね」
曙「はぁ? マジで言ってんの……? あのナリを見なよ。どうみてもぺーぺーじゃない。新米の提督がここに来るの、初めて見たわ。あたしは1週間に賭ける」
五十鈴「五十鈴は20日ね……」
山城「わたしは初日に賭けるわ」
曙「あんたも大きく出たわね……まあ2か月よりは可能性ありそうだけど……」
摩耶「吹雪は……?」
吹雪「私は……」
ぼうっと眺めていたら、新しい司令官がこちらに気が付いて目が合いました。
若いなと思いました。真新しい制服に身を包んでいることから新米将校なのだと思います。
そんな人がここに来るのは初めてです。いつもはもう少し年を取り、やつれた顔をした人たちが来るのです。
ただどんな人であれ、ここに来る人種というのはなにかしらやらかして厄介払いされた人達です。それは私たちも含めて、ですけど。
吹雪「……一か月かな」
それからしばらくして、私たちは執務室に呼び出されました。
いつ来てもこの執務室は辛気臭くて嫌です。
まず日当たりが良くないし、埃が溜まっていて薄汚い。物が少なく質素なのに全然片付いてません。そしてお酒と、なにか据えたような嫌なにおいが漂ってるのです。
家具もボロボロで、あの電球も今は消えているけど、夜つけるとちかちか点滅します。多分目の前のこの司令官はまだ気が付いてないだろうけど……
ひとつ……前に来た時と違ったのは、壁にこぶし大の穴が開いていたことです。きっと前任の司令官がやったんだと思います。
提督「……」
司令官はしばらく何も言いませんでした。
この執務室を見て、自分がどこに飛ばされたのか理解したんだと思います。
今まで来た人たち同様、自分はこんなところに来るはずじゃなかった……とでも思ってるのかもしれません。
提督「今日からこの鎮守府に着任することになった。私の名は――」
摩耶「あーいーからいーから、そーいうの」
提督「……何?」
曙「どうせすぐ居なくなっちゃうんだし、名前とか覚えてもしょうがないでしょ?」
五十鈴「私たちの名前、資料を見て知ってるのよね?」
提督「あ、ああ……勿論だ。把握している」
山城「……ならそれでいいです。無駄なことは省きましょう」
司令官はしばし押し黙った後、これからよろしく頼むと硬い表情で言いました。
提督「ところで、君たちは前任の提督が何処にいるのか知らないか? 彼からの引継ぎがまだ済んでないんだ」
摩耶「しらねーよ、そんな奴」
吹雪「私が最後に見たのは2週間ぐらい前です」
五十鈴「脱走でもしたんじゃないの?」
提督「上からは……彼からここを引き継ぐよう言われたんだが……」
曙「そんなのあたし達に言われても知らないわよ。探したいなら自分で探せば?」
提督「……」
そのまま解散になり、私たちは部屋を出ました。
はじめの一か月、司令官は私たちと必要以上の会話をしませんでした。
演習でちょくちょく口を出すぐらいでした。
山城「気取ってるのかしらね」
曙「ふん、お高くとまってるのよ。ここに来るクソ提督はみんなそうよ」
摩耶「見下してるのさ、こんな鎮守府にいるあたしたちを。自分だって同類なのによ」
かといって話しかけられても、こちらも適当にあしらうのだけど……
でも摩耶さんの言う通りで、ここに着任したかつての司令官達は皆わたしたちを見下すような目で見てきました。
そして道具のようにコキ使うのです。自分に溜まったうっぷんを私たちで解消するかのように。そしてやがてそれにも耐えられなくなり、ここを出ていくのです。
あの新米司令官もきっとそれは変わらないでしょう。
今思えば、それはとんだ勘違いでした。彼は新人でとてもじゃないけど器用と言えるような人間じゃありませんでした。
ただここの生活に慣れようと、必死に頑張っていたんだと思います。
司令官の着任からひと月経って、私の予想がついに外れた日に……司令官ははじめて世間話をしてきました。相手は私でした。
提督「吹雪」
吹雪「はい」
提督「ここの生活は楽しいか?」
吹雪「……は?」
思わず声が上がってしまったのも無理はないと思います。
提督「いや……ただの世間話だ」
吹雪「そうですね……」
吹雪「万年資材不足で、人材不足で……ろくな装備も補充も無くて、修理ドックも壊れかけてて、ついでに個室の扉の立て付けが悪くてベッドも硬くて、
出撃後に疲れてても料理は自炊しないと出てこない環境を楽しいと言えるかといえば……どうでしょうね」
私は嫌味で返しました。でも本当の事です。
こういうことがすらすらと言えるようになった当たり、私も随分変わったんだなと思います。
提督「……楽しくはないか」
吹雪「その質問……世間話ですか。ほかの人にはしないほうがいいですよ。みんなきっと怒ります」
提督「そうか」
吹雪「……司令官はどうしてこんなところに飛ばされたんですか?」
提督「飛ばされた?」
吹雪「ここがどういうところか、知ってるでしょう。なにかしらやらかして、居場所がなくなった人が最後に来るところです。こんなところに来るのには相応の理由があるはずです」
提督「私は飛ばされたとは思っていない」
司令官の物言いに私は笑ってしまいました。彼は怪訝な顔をして聞いてきました。
提督「何故笑うんだ?」
吹雪「いえ、みんなそう言うので、つい」
提督「みんな?」
吹雪「ここを出て行った人たちです」
司令官が掃除をする姿を見かけるようになったのは、そのあたりからでした。
摩耶「ここはいつから家政婦なんて雇ったんだ?」
曙「ま、無能なクソ提督よりは家政婦のほうが役に立つからいいんじゃないの?」
山城「こんなことされても、別に印象良くなったりはしないんだけど……」
五十鈴「何のつもりか知らないけど、やることやってからそういうのはして欲しいわね」
そういった陰口はきっと司令官の耳にも入っていたと思います。
でも司令官は手を休めず、聞いてないふりを続けました。
私たち艦娘が司令官に最も期待することは何かといえば、それは実力です。
司令官の人柄がどうであれ実力があれば歓迎されるし、なければ歓迎されない。これは私たちの命に関わる問題で、当たり前のことです。
そして意外なことに彼の指揮は優秀で海戦は百戦錬磨の強者だった……と本当は言いたいけれど、世の中そんなに甘くはありません。
こんな辺鄙なところに飛ばされる者の実力などたかが知れてます。ここに来たかつての司令官同様……そして今回来た司令官は若く新米で、それにふさわしい実力でした。
曙「無能クソ提督」
提督「すまない……わたしのミスだ」
演習はこれまでに何度か行ったけど、司令官にとっては初の実戦。
命に関わるようなことではなかったけれど、摩耶さんと曙ちゃんがしなくてもいい被弾をして彼は失敗しました。
摩耶「あたりめーだろ。あたしだったらそんな馬鹿な真似はしねーよ。今後はお前の指揮には従わない。これからはあたし達で勝手にやらせてもらうからな」
提督「それは困る。お前たちを指揮するのは私の仕事でもあるんだ。もう同じミスはしない。次はうまくいくよう努力する」
摩耶「あのなあ……」
摩耶「その努力に殺されんのはあたしたちなんだよ! お前は遠くの安全な場所で適当な事言ってればいいかもしれないけどな、
こっちは命はってやってんだよ! わかってんのか、え!?」
提督「……申し訳ない」
山城「5人です」
提督「……なに?」
山城「私がここに着任してから、提督の無茶な指揮で沈んでいった娘達です。不幸ですよね。どうせ沈むなら自分の納得できる形で沈みたいですよね」
五十鈴「私たちのやり方が気に気に入らないって言うなら、上に報告でもしたら? なんなら解体でもする?」
提督「……」
摩耶「二度と口出しするなよ」
司令官はそのまま押し黙り、私は口を挟みませんでした。
私もここに着任して何度も理不尽な指揮に身を投じてきました。それで沈んでしまった娘も見ています。
激戦を潜り抜け、華々しく散りたい……なんて希望はもうないけれど、どうせ沈むのなら仲間の判断で沈みたいと思うのは当然のことでした。
切り。ぱぱっと終わらせたい
初戦の失敗で無能の烙印を押された司令官だったけれど、彼はそのままでいることを良しとしませんでした。
司令官に必要なのは経験だけでした。一度実戦に出ればカラカラのスポンジが水を吸うようにあらゆるものを吸収しようとし、それを身内にしたがりました。
そして隙を見ては質問や進言をするので、海戦では口論が絶えませんでした。
どんなに無視をしても、あるいは言っても口を出すことを止めず……ついには摩耶さんが折れました。
司令官は時に突拍子もないことを言って失笑や罵倒を買いましたが、その中には無視できないことも多分にありました。
彼の言葉に従うかどうかの判断は私たちに任されています。私たちはある時は司令官の言葉を無視したけれど、ある時は従いました。
そうして時が流れていき……そんなお決まりの日常が半年も続きました。
司令官は相変わらず世間話が下手で、家政婦だなんだと陰口を叩かれ無視されたけれど、それでも不満を言うことも無く、また掃除も止めませんでした。
そして海戦においては……私たちは司令官の言葉を無視するより、従うほうが多くなっていました。
五十鈴「結局、賭けはみんな外れね」
摩耶「あいつ、予想以上に鈍感というか、タフというか……」
曙「あのクソ家政婦、生意気なのよ。ことあるごとにグチグチグチグチ横やり刺して……あーもうほんと気に食わないっ」
吹雪「他の司令官と違ってお掃除してくれるのはありがたいですよ。結構綺麗になりましたし……」
山城「ずっとそのまま家政婦でいればいいのに……」
でも私たちの評価は相変わらずで……転機が訪れたのは突然でした。
西方泊地奪還作戦。
内容はその名の通りで、三日前に占領されたという友軍基地を取り返す作戦です。
各鎮守府と合同して行う作戦に私たちが組み込まれたのには、理由がありました。
それは司令官の赴任後、私たちが地味に戦果をあげ続け、それが上の目に留まったから……というわけではなく、
深海棲艦に領地を奪われるなどという汚名を一刻も早く拭うため、軍は猫の手も借りたい状況で、かつ私たちの鎮守府が比較的近かったから……とのことです。
軍はこれ以上世間からのバッシングを避けるため、威信をかけてこの作戦を遂行する。お前たちも気を引き締めて取り掛かるように……なんて言われましたけど。
摩耶「こんな後方支援でやる気のあるやつがいるなら見てみたいね」
山城「しかもこんな雨が土砂降りで……暗いし波も風も冷たいし……ああ不運だわ……」
曙「あんたは発想がそれしかないのよ。交戦も少なくて、やることは前線への物資の補充だけ……楽して報酬が貰えるならいいじゃない」
五十鈴「どうせ雀の涙程度のものよ。これだけ艦隊を引っ張ってきたんだから、役割を考えて私たちの配分なんて少ないに決まってるわよ」
吹雪「まあ……少しでも報酬があれば、それでいいじゃないですか。もうすぐこの任務も終わりそうですし……」
なんて前向きに言ったけれど……私は一刻も早く帰投したい気持ちでいっぱいでした。
作戦開始から三日……疲れも溜まっていたし、辺りは薄暗く視界は悪くて、おまけに天候は最悪でした。
服は雨に打たれてびちゃびちゃで……きっとみんな同じことを思っていたはずです。
かなり前に軍は西方泊地を取り囲み、あとは敵主力艦隊との交戦を残すだけだと司令官から通信があったので、今夜にも片がつくかもしれません。
提督「お前たち、状況は聞いているか!?」
だから司令官の怒鳴り声が響いたのは突然だったのです。
摩耶「は?」
提督「友軍からの連絡は!?」
摩耶「なに言ってんだよ。あたしたちはなんも聞いてねーぞ」
司令官からの通信に、私たちは顔を見合わせました。
提督「みんな、聞いてくれ。作戦は成功した。西方泊地は無事奪還した」
五十鈴「ならいいじゃない」
曙「終わったなら帰投していい? あたし疲れたわー」
提督「だが敵主力艦隊を取り逃した。こちらの主力艦隊はほぼ壊滅。防衛ラインも突破された。まもなくお前たちと会敵する」
摩耶「……は? おい、ふざけるな聞いてねーぞそんなこと! なんでもっと早く言わなかった!?」
提督「現状、指揮系統が麻痺している。加えて総指揮官が私たちの存在を認知していなかったようだ。それが決定的になった」
曙「は、はぁ? なによそれ、ふざけてんの!?」
私も曙ちゃんと同じことを思いました。
確かに私たちは鎮守府が保有する艦隊としては最小ですけど……存在さえ把握していないというのは酷いです。
摩耶さんも舌打ちをして、それでも流石は私たちの旗艦です。すぐに切り替えました。
摩耶「わかった。やりゃーいいんだろ。で、敵戦力はどのくらいなんだ? 手負いなんだろう? 勝算はあるのか?」
提督「お前たちの戦力では到底敵わない。今作戦の主力艦隊のメンツは知っているな? 相手はこれを潰し、まだ余力を残している。更にそれを核に残存戦力も集まりつつあるらしい」
言われて、自分の装備を見ます。
古臭い武装です。メンテナンスも自分でやって、なんとか生きながらえている骨董品です。
最新鋭の装備を整えていた主力艦隊の面々に比べれば、ガラクタみたいなものなのかもしれません。
摩耶「じゃあ撤退するしかないな。無駄死にはごめんだ」
提督「……撤退は許されない。たった今、上から通達された」
摩耶「は?」
提督「言っただろう。軍はこの作戦に威信をかけていると。これだけの艦隊を引っ張って、奪還は成功したとしても敵主力艦隊を逃したとなればまた世間から非難を浴びる。
故に、敵前逃亡は許されない。総力を持って事にあたれ……だそうだ」
雨の音が聞こえなくなりました。
不思議です。土砂降りで風も強いのに、一切耳に届きません。
押し黙った提督に、摩耶さんが言いました。
摩耶「それはつまり……死ねって言うのか? あたし達に……?」
提督「……違う」
摩耶「どう違うんだ?」
提督「……」
摩耶「違わねえだろ! 多少でも勝ち目がある戦いなら私たちだってやってやるさ! でもこれはどうなんだ、勝算はあるのか!?」
提督「……無い。数も戦力も向こうが上だ」
摩耶「……」
提督「待て……待ってくれ。今考えている……」
摩耶「はっ」
摩耶さんが乾いた笑いを上げました。
摩耶「考えるも何も、やるしかねえじゃねえかよ。たとえここで逆らって敵前逃亡してもどうなる? 今度は軍法会議で殺されるようなもんじゃねえか」
提督「……」
摩耶「あんたはいいだろうさ。ここであたし達が死ねば多少のお咎めで済むだろうぜ。気楽なもんさ。でもあたしたちはなんだ? ここで沈むことに意味があるのか?」
提督「……」
摩耶さんの言葉の意味を、私は考えました。
進んでも引いても……私たちが艦娘として終わるのは変わりありません。
沈黙の後、摩耶さんは吐き捨てました。
摩耶「ちっ……艦娘として戦って、こんな地にまで堕とされて……それでもしがみついた結果がこれかよ。クソが……」
山城「いろいろ転々して生きながらえてきたけど、ここも壊滅して……結局私は姉さんとは会えず仕舞いに終わるのね……やっぱり不幸だわ……ああ姉さん……」
五十鈴「散るのなら華やかな場所でって思ってたけど……そうそう上手くいかないものね。ま、ただの雑魚深海棲艦に落とされるよりかは、マシなのかもね……」
曙「……」
曙ちゃんは何も言いませんでした。じっと、ただ遠くを見つめてるだけです。
私は……ただ急すぎて実感が湧いてきませんでした。それでも敵主力艦隊がここに来れば嫌でも思い知るんだと思います。
雨音が再び聞こえて、静寂を破ったのは司令官でした。
提督「敵は殲滅する」
摩耶「出来ないんだろ」
提督「そうだ私たちには無理だ。だから他の艦隊にやってもらう」
摩耶「どうやって? あたしたちで時間稼ぎが出来るのか?」
提督「無理だ。まっとうに交戦すれば瞬く間にやられる。だが深海棲艦は拠点を奪われ、今やっきになっているはずだ。
逃げ出しはしたが、一隻でも多くの艦娘を沈めたいはず……だから連れていく。今のお前たちは恰好の的だ。
ここから西南西30㎞に小島がある。お前たちは付かず離れずの距離を保ち、逃げる振りをしてその場所に敵を連れていけ」
摩耶「それから?」
提督「私はこれから総指揮官と近い鎮守府に通達して、その島に高速艦隊を向かわせる」
摩耶「……できるのか?」
提督「軍はその面子にかけてこの作戦は完遂させないとならない。ならばせいぜいそれを見させてもらう」
この時の私は余裕がなかったので気が付きませんでしたが……今思えば、たぶん司令官は怒っていたんだと思います。
提督「これが……今私が考えることのできる最善の策だ。お前たちはどうする?」
司令官の言葉に皆が顔を合わせて……最初に口を開いたのは曙ちゃんでした。
曙「従うわ」
五十鈴「まっ、他に方法考えてる時間もなさそうだしね」
山城「すこしでも姉さんに会える確率が上がるなら、そうするわ」
吹雪「私も異論ありません」
摩耶「……だそうだ。わかったか?」
提督「わかった。これより先は私がお前たちの指揮を執る」
切り。ぱぱっとぱぱっと終わらせたい。
西方泊地奪還作戦は次の日に終わりました。
長い長い夜……その明け方に敵主力艦隊は撃沈。摩耶さんと山城さんが大破して、五十鈴さんと曙ちゃん、そして私は中破しました。
私たちは友軍の軍艦に拾われ、そこで簡易処置を受けつつ夕方に鎮守府に戻ってきました。
軍港でボロボロになった私たちを迎えた司令官の狼狽ぶりは忘れられません。
無線越しの毅然とした態度は何処へやら……顔面蒼白になった司令官は必要以上に私たちの安否を気遣うので五十鈴さんに怒鳴られ、
摩耶さんと曙ちゃんにはウザいと背中を蹴られて追い出されました。
たぶん司令官は一睡もせずに待ってくれてたんだと思いますけど……まあ、私たちも疲れていたので……
今でも摩耶さんや曙ちゃんはその話題を出しては笑います。
曙「一週間安静って言われてもね……」
摩耶「なんつーか、こうゆっくりするのも久しぶりだけど……三日で飽きるな……」
五十鈴「私は……今まで余裕なかったからうれしいかな……いや、今もないけどさ」
山城「今回の作戦の報酬は貰えるのよね? 結構がんばったわよ、私たち……」
吹雪「療養期間が終わったら祝賀会だって司令官が言ってましたよ」
曙「吹雪、あんたクソ提督と会ったの?」
吹雪「うん。朝にちょっと。すぐまた出て行っちゃったけど……」
曙「ふーん、そう」
作戦終了からしばらくの間、司令官はよく鎮守府を空けていました。
その時は忙しそうだなとしか思わなかったけど、後から聞いた話では作戦報告に追われ、各地を奔走していたらしいです。
私たちは知る余地もなかったけれど、指揮系統が麻痺したとき、司令官はその権限がないにも関わらず指示や各地に応援要請したことについての是非を問われていたみたいです。
吹雪「曙ちゃん、何してるの?」
曙「ひゃあっ! ふっ吹雪!? あんたいつからそこに!?」
吹雪「今だけど」
曙「……」
吹雪「曙ちゃん?」
そして祝賀会の当日。すっかり全快していた私は暇を持て余していました。
なので散歩をしていると、車の荷台に乗った荷物を漁ってる曙ちゃんを見つけたので声を掛けました。
居心地が悪そうにもじもじしている曙ちゃんを不思議に思っていると
提督「む……吹雪」
吹雪「……司令官?」
曙「もーこのクソ提督! あんたがノロノロしてるから見つかっちゃったじゃないの!」
提督「あーすまん」
吹雪「……?」
聞くところによると……どうやら司令官はサプライズパーティーを開こうとしていたらしいです。
それを最初に曙ちゃんに見抜かれて、それからはふたりで祝賀会の準備を重ねていたみたいです。
そして今は買い出しから戻り、これから食堂で料理をするとのことでした。
吹雪「でも司令官、あらかじめ祝賀会開くって言ってたんですから、サプライズにはならないと思うんですけど……?」
曙「あはは、だっさ。同じこと言われてやんの」
提督「いや、でもクラッカーも買ったし……サプライズにならんかな」
その理屈はよくわかりませんでしたが……
結局全員に見つかり、司令官の企みはあえなく頓挫しました。
山城「やっぱりカレーなのね……」
提督「最初は一人で作る予定だったんだ。そうなると手の込んだものは作れなくてな……悪い」
曙「だ、か、ら! 最初からあたしに言ってれば、もう少しはマシなメニューにしてやったのに。まったくこのクソ提督は」
提督「お前たちはまだ病み上がりだろう? 無理に手伝う必要はないんだぞ」
吹雪「司令官、私たちは艦娘ですよ? 怪我なんて日常茶飯事ですし、これぐらいならすぐ治っちゃいます」
提督「……そうか、じゃあ次やる時は最初から手伝ってもらうか」
次……次。
次やる機会が、果たしてあるのでしょうか?
提督「肉は奮発したんだ。期待していいぞ。ケーキは曙に選んでもらった」
山城「ケーキですって!? そんなものがこの場に用意されているというの!?」
曙「厳選してきたわ。期待しなさい」
摩耶「おーすげえ、この肉霜降ってるぜ」
五十鈴「こらっ、触んないの」
吹雪「私、サラダ作りますね。曙ちゃん盛り付け手伝って」
曙「仕方ないわね。あたしに任せなさい」
みんなで祝賀会の準備をします。
なんだか、こういう皆でワイワイするのって本当に久しぶりで……私は昔のことを思い出しました。
この鎮守府に来る前は……私もよく休日にお菓子を作っていたのです。他の娘に分けてあげたり、一緒に食べたり、あるいは貰ったりして……懐かしい記憶です。
摩耶「と、ゆーわけで」
夜になって……準備も整い、皆が席に着いてそう切り出したのは、摩耶さんでした。
メインはカレーだけど、こんな色とりどりの料理が食卓に並んだのはこの鎮守府では初めて見る光景です。
それはきっとみんなも同じでしょう。
山城「……」
五十鈴「……」
曙「……」
吹雪「……」
お酒の入ったグラスを持ち、音頭を待ちますが。
摩耶「んっんっ」
見かねた摩耶さんが、顎をくいくいして促します。
提督「ん? 私か?」
摩耶「そうだよ。冷めちまうだろ、早くしろ」
提督「ああ……みんな聞いてくれ。今回の作戦は――」
曙「それだらだら続けるつもりなら、このグラスのビールぶっかけるからね」
五十鈴「気の利いた言葉で短くお願いね」
神妙な顔で口を開いた司令官に、曙ちゃんと五十鈴さんが釘を刺しました。
提督「皆の勝利を祝して、乾杯」
かんぱーいと、みんなでグラスを合わせます。もちろんクラッカーも使われました。
質素だけれど、華やかな祝賀会。それでも私たちにとっては十分過ぎるほど豪華でした。
山城「私は……私はお姉さまにも……このカレーを食べさせてあげたかった……」
曙「げぇ、あんた泣いてんの?」
摩耶「こいつ飲むと泣くんだよなあ」
私も……気分が高揚するのは久しぶりです。いつもは食事を楽しむ余裕も、こうして談笑するゆとりもありませんでした。
娯楽というのは素晴らしいものだと……そんな当たり前のことを、この日私たちは改めて実感したのです。
でも、司令官が居たのは最初のほうだけでした。
摩耶「おい提督、どこ行くんだよ?」
提督「私の役割を果たしに行く」
曙「はぁ? あんたまさか、これから仕事しに行くんじゃないでしょうね?」
提督「ずっと出ずっぱりだったからな。ここでやらないといけないことがまだ残っている」
五十鈴「明日にすればいいじゃない。今回の作戦、新聞にも載ってたわよ。どこもお祝いムードで、お偉さん方も仕事なんかしちゃいないわよ」
提督「だからこそ他と差を見せるんだ。お前たちの働きをきちんと報告しないと。
心配せずとも、しっかり上から金を搾り取ってやる。今回お前たちは、命がけで本当によくやってくれた。だからここからは私の戦いだ」
皆の視線が司令官に集まりました。それを居心地悪く思ったのか
提督「ただ……この酒は貰っていこうか」
弁明するようにそう言って、司令官は普通のお酒を一本持って食堂を後にしました。
翌朝、私は早くに目が覚めました。昨晩みんなから酒攻めに合い、早々に酔いつぶれたためです。
勝利の余韻も、娯楽の享受もどこへやら……頭痛というものは本当に度し難いものです。
外に出て新鮮な空気吸っていると、執務室の窓からちかちかと明かりが漏れているのに気がついて……私は執務室へ足を向けていました。
吹雪「司令官、居ますか?」
返事はありません。失礼しますと断りを入れてから私は中に入りました。
執務屋は前に来た時よりも片付いていました。空いていた穴も提督が補修したのでしょう。電球は相変わらずでしたけど……
司令官は机に突っ伏していました。仕事の途中で眠ってしまったんでしょうか。傍らには書きかけの報告書と山積みの書類……そして完食したカレーのお皿と、酒瓶がありました。
吹雪「……」
きっと司令官も楽しんだのだと思います。
私たちが色とりどりの料理に舌鼓を打ち、暴れまわった一方で……彼はひとりこの質素な部屋で、ちかちか点滅する電球のもと祝杯を挙げたんでしょう。
そして私は今更気が付いたのです。
昨日、司令官が仕事が残ってると言ったのは嘘ではないと思います。けどあんなに早く立ち去ったのは、上司が居てはやりにくいだろうという彼の配慮だということに。
司令官の寝顔を見ます。死んだように眠るその横顔は心なしかうれしそうに見えましたが、その目元には濃い隈と、隠し切れない疲労が残っています。
あれからずっと働き詰めで、本当は祝賀会を開く余裕も無かったのかもしれません。
私は……ようやくこの司令官という人がどういう人なのか、分かってきたような気がしました。
切り。
西方泊地奪還作戦からしばらく経ち……その貢献が評価され、私たちの鎮守府には予算が下りてきました。
言葉通り軍からもぎ取ったものを、司令官は有効に使ってくれました。
まずは私たちの旧式装備の一新と予備弾薬の補充。私たちの装備は骨董品から一気に最新鋭の装備へ……とはいかなかったけれど。
少なくとも、他の鎮守府に比べて見劣りする装備ではなくなりました。そして壊れかけていた修理ドックも補修され、劣悪だった食料事情も多少は改善されたのです。
出来れば使われていなかった工廠を再び開きたいとも、新しい艦娘を配備したいとも言っていましたが、流石にそこまで予算は回らなかったそうです。
そして私たちも個別に報償を受け取ることになりました。
ということで、最近の私たちの話の種といえば、もっぱら貰った報酬をどう扱うかについてでしたが……
五十鈴「正直持て余すわね」
山城「ですよね……」
喜びよりも困惑のほうが大きいというのが本音でした。
私たちはいつも生きることにいっぱいいっぱいで、急に懐に入った自由に戸惑っていました。
曙「吹雪はどうすんの? もう何に使うか決めた?」
吹雪「まだ。無難に貯金でもしようかな……」
摩耶「貯金って……こんな場所で、あたしたちはいつ死ぬかもわからないんだ。いくら懐に金抱えたってあの世には持っていけないぜ?」
吹雪「……そうですよね」
摩耶さんの言う通りでした。
前回の作戦もぎりぎりで、援軍の到着が少しでも遅れていたら私たちは今頃海に沈んでいたかもしれません。
それにこの鎮守府に来てから、私は何人もの沈んでいく同僚たちを目にしてきました。貯め込んだところで、先はないのかもしれません。
ならば、刹那的にぱぱっと使ってしまったほうがいいのかもしれませんが……
吹雪「料理……」
曙「ん?」
吹雪「私、前はよくお菓子作りしてたんだ。もう一度やってみようかな……」
五十鈴「ああ……打ち上げの時、吹雪料理の手際よかったわよね」
摩耶「いいじゃねえか。味見ならあたしに任せな」
山城「あなただと味見じゃ済まなそうね」
摩耶「へへっ残念でした。こう見えてもあたしだってお菓子の一つや二つくらい作れるんだぜ」
五十鈴「はいはい嘘嘘」
お昼休憩中……そんな話をしていると、窓越しに司令官の姿を見かけました。
吹雪「あ、司令官……」
皆も司令官のほうを見て……山城さんが口を開きました。
山城「あの方向は……出撃ドックね。遂に提督も出撃する時代になったのね」
五十鈴「艦娘ならぬ艦息ってところね。……これ、字面じゃないとわからないわね」
曙「はんっ。クソ提督が出撃するっていうなら、真っ先に先頭に立たせて背中を撃ってやるわよ」
摩耶「あー駄目だな曙。甘い甘い。あたしなら弾除けに使うね」
なんて、いつものように皆で軽口を叩きますけど……
摩耶「ん……」
曙「……」
五十鈴「……」
山城「……」
不思議な沈黙が流れました。
皆、この時間に司令官が何をするのか知ってるのです。
それは彼がここに来た当初からずっと続けてきたことで、私たちもその姿をからかい続けてきました。
私は……思い切って口を開きました。
吹雪「そんなに悪い司令官じゃないって……思うんです」
摩耶「……まあ、今までの屑共に比べれば……な」
吹雪「司令官、いつも掃除してるじゃないですか。それ……手伝ってあげませんか?」
曙「はぁ? なんであたしたちが家政婦の真似事なんてしないといけないのよ。あたしたちは艦娘で、戦うことが仕事なのよ。掃除をすることじゃないわ」
曙ちゃんの言うことはもっともだけれど……
五十鈴さんが窓の外を眺めながら、ぼんやりと言いました。
五十鈴「でも掃除だって、提督の仕事じゃないのよね……」
山城「私たち、前と比べて今はちょっとだけならゆとりあるけど……」
予想通り、司令官は出撃ドックに居ました。
袖をまくり汗を流しながら、黙々とデッキブラシで床をシャコシャコと磨いています。
集中しているからでしょうか、近づいても私たちの姿には気がつきません。
その様子を見た曙ちゃんはイライラした足取りで司令官に向かっていき、その手からブラシを奪いました。
提督「ん? お前ら……」
曙「言っておくけど、今回だけだからね!」
吹雪「手伝います司令官」
私たちの姿を見た司令官は、しばらく放心した様子を見せましたが。
摩耶さんが続けました。
摩耶「だから、あたしたちもやってやるって言ってるんだよ。ここはあたしたちがいつも使ってるんだ。好き勝手いじられたら不安だろ?」
五十鈴「ま、ちょうど良い腹ごなしの運動にはなるかもね」
山城「うえ……ここ……蒸し暑いわ……」
提督「いや、待ってくれ」
曙「はぁ? 何? 文句でもつけようっての!?」
提督「そうじゃない。役割分担をしよう。数日跨ぐつもりだったけど、この人数ならすぐに終わる」
普段あまり目に留めていなかったけど、ドックはかなり汚れていたようです。
熱い汚い最悪だの……あーだこーだと軽口を叩きながら、ふと五十鈴さんが司令官に尋ねました。
五十鈴「ねえ提督……あなた、どうして掃除なんてやりだしたの?」
山城「もしかして、私たちの印象を良くしたかったり?」
それは私も気になっていたことです。
確か司令官が掃除をする姿を見かけるようになったのは、初めて世間話をした頃ぐらいだったでしょうか?
提督「どうしても何も、どうせ長く居るなら綺麗なほうが良いだろう」
司令官はあっけらかんとそう言って、再びシャコシャコと床を磨きだしました。
私たちはぽかんと顔を見合わせて……摩耶さんが苦い笑みを浮かべました。
摩耶「ここにいる全員、あんたが長く居るとは思ってなかったよ」
ひと段落ついて、出撃ドックは前と比べて見違えるほど綺麗になりました。
摩耶「でも、なんつーか……こざっぱりするほど、ここのしょぼさが浮き彫りになるな……」
曙「いっそ掃除しないほうが良かったかもね」
流石にそこまでは言いませんけど……それでも、私も摩耶さんと同じ感想を抱いたのは確かです。
改めて自分がこの辺境の寂れた鎮守府にいることを再確認したようなものです。
提督「いや、良いドックだ」
感慨深げに言う司令官に、摩耶さんは疲れたように言いました。
摩耶「ハッ……あのなぁ提督。ここが良いドックだって言うなら、あんた他のところに行ったら腰抜かしちまうぞ……?」
提督「摩耶は……他の鎮守府のドックを見たことがあるのか?」
摩耶「ああ、あるよ……ここにいる奴らはみんなあるさ。他の鎮守府から飛ばされた連中だからな。でも、どこもかしこも……この鎮守府に比べたら天国に見えるぜ。
ここは何から何まで、すべてが最低だよ。ごみ溜めみたいなもんさ……もちろん、あたしたちも含めてな」
自嘲籠めて言いますが、私たちは反論しません。
事実、ここはそういう場所なのです。命令無視や敵前逃亡をした問題児、他にもいろいろな不祥事を抱えた艦娘や、司令官に不要と判断された艦娘がここに飛ばされます。
そんな艦娘にふさわしい環境が、ここには整っているのです。
司令官はかぶりを振るいました。
提督「でも、今は違う」
摩耶「あん?」
提督「今違う……私たちが皆で磨いた。ここは良いドックだ。きっともっと良くなる……日本一にだってなれる」
出撃ドックから覗く海を眺めながら、彼はつぶやくように言いました。
私たちはしばし言葉を詰まらせて……
曙「はっ……」
曙ちゃんが司令官の言葉を笑い飛ばしました。
曙「あっはは、ばっかじゃないの!? 日本一? あんたこのみすぼらしい出撃ドックを見た感想がそれっ!?」
五十鈴「まあ……下から数えれば一番なのは固いわよね……ほぼ間違いなく」
山城「提督も冗談を言うのね……知らなかったわ」
摩耶「ま、つまらない世間話よりは、こういう冗談のほうがまだ良いかもな」
提督「私は本気だ」
その顔があまりにも大真面目だったので、私も少し笑ってしまいました。
皆、司令官が本気で言っていたのは分かっていたでしょう。
彼はまだ新米で、希望を持ち甘い夢を見る事が出来る。それはかつて私たちが持ち、今は捨ててしまったもの……
こんな場所で持つ希望は毒でしかありません。それがたとえ他人のものであっても。でも……不思議と悪い気はしなかったのです。
その頃にはもう……司令官を家政婦と揶揄する人は居なくなっていました。
切り。
それから私たちはゆっくりと、それでも確実に戦果を挙げていきました。
元より練度は低くなかったのです。
何度も司令官の頭が変わっては無茶な命令に身を投じ、時には仲間の死を見つめながら……希望を捨て、夢を忘れてなお生き残ったのが私たちです。
十分な装備と設備があれば今まで以上の活躍ができるのは当然でした。
加えて、かつては深海棲艦と同じくらい脅威で疎ましかった存在がまったく別のものになりました。
今回来た司令官は新米だったけれど、彼は実戦に出るや否やめきめきと力を伸ばして……奪還作戦以降は自信を付けたのか更に実力をつけていきました。
今では旗艦の摩耶さんも普通に助力を求めます。曙ちゃんは相変わらずクソ提督と呼ぶけれど、もう無能呼ばわりすることはありません。
噛み合って居なかった歯車が噛み合うように……私たちは着実に前に進んでいったのです。
なので、疑問は当然でした。
摩耶「提督、なにやったと思う?」
曙「セクハラ」
山城「横領」
五十鈴「命令無視」
一言でいえば司令官は優秀でした。この鎮守府に似つかわしくないくらいに。
なぜ司令官がここに来ることになったのか……それは当然の疑問で、私たちの関心事でした。
五十鈴「あれ? でも提督って新人よね。となると いままでとはケースが違うのかしら?」
摩耶「まあまあ、とにかく賭けようぜ。前回は無効試合だったけど、今回は外さねえ」
曙「ははん、いいじゃない。望むところよ」
吹雪「私、前に司令官に聞いたことあります」
摩耶「お、ほんとか?」
吹雪「はい……なんでこんなところに飛ばされたんですか? って」
五十鈴「提督は何て?」
吹雪「自分は飛ばされたとは思ってないって、その時は……」
摩耶「なんだ。いつものやつじゃねえかよ」
山城「てことは、なんかやらかしたってことよね……まさか望んでここには来ないだろうし」
私たちは司令官の経緯について好き放題言い合いましたが……
それから数日間、任務が立て続けに舞い込んできて尋ねる機会を逃しました。
摩耶「んー、今回の遠征も楽勝だったなー」
五十鈴「やっぱ装備って大事よね。私、ほんと思い知らされたわ」
曙「むしろあんなポンコツ背負って今までよくやってこれたって話じゃない? やっぱ実力よねー」
山城「入渠施設も治って怪我を押したまま出撃することもないし……でもこれが普通なのよね……」
吹雪「私はおいしいご飯が食べられるのが一番うれしいです」
一連の任務を無事消化し、ちょうど修復も終えた私たちは食堂に向かっていました。
その途中……
摩耶「さてこれから昼飯だけど、作戦報告がてら提督も誘ってやるか」
吹雪「そうですね。いいよね、曙ちゃん?」
曙「吹雪……なんであたしに聴くわけ? 勝手にすればいいじゃない」
摩耶「お~い! 提督~!」
と、摩耶さんは外から二階にある執務室の窓に向かって大声をあげました。
しばらくして、司令官が慌てた様子で窓をあけて外を見まわし……私たちを見つけました。
私はふりふりと手を振っておきました。
提督「お前たち、戻ってたのか!」
摩耶「昼にしよーぜ、提督!」
すぐ行くと告げて、司令官は姿を消しました。
摩耶さんも大胆というか……こんなことが許される鎮守府は他にあるのでしょうか。
しばらくして姿を見せた提督は、なぜか埃をかぶっていました。
曙「あんた、どうしたの?」
提督「……こけた」
曙「うわー……だっさ」
山城「足……くじいた?」
五十鈴「なにー提督、そんなに五十鈴たちに会いたかったの?」
提督「そんなところだ」
摩耶「あはは、素直でいいじゃねーか。ほら、肩に掴まれよ」
提督「大丈夫だ。それより迎えに行けなくてすまなかったな。つい忙殺されてしまって……」
摩耶「いいっての。そもそも作戦終了報告も帰投する旨も通信で伝えてたんだし、必要ないだろ」
提督「まあ、そうなんだがな……ともあれ、任務ご苦労だった。大事なくてなによりだ。子細な報告はあとで頼む」
西方泊地奪還作戦以降、司令官は必ず私たちを迎えに港に来ていました。
あの作戦でボロボロになった私たちの姿がショックだったのかもしれません。でもまあ、私たちもそこまでやわじゃありませんから……
一瞬、ふらりとよろめいた司令官に気が付いて、私は尋ねました。
吹雪「あの司令官、大丈夫ですか?」
提督「ありがとう吹雪、平気だ」
吹雪「そうじゃなくて……疲れてません?」
提督「それはお互い様だ。昼を食べれば活力も湧くさ」
今思えば……私はもっと追及すべきだったのです。
そうして昼食を食べ終えた私たちは、ゆっくりとした時間を満喫していて……
提督が穏やかな口調で言いました。
提督「いい報告があるんだ」
摩耶「なんだ?」
提督「ここ最近、お前たちにはがんばって貰っていただろう。おかげで資材と資金も溜まって工廠を開くことができそうだ」
五十鈴「ほんと?」
提督「ああ。工事の目途もついて、近日中には使えるようになるはずだ。
今回は建造ドックには手を付けないが、これで装備開発や弾薬はわざわざ上に頼らなくて済むようになって、資材も有効に使えるようになる」
山城「へえ。提督……やるわね」
提督「お前たち働きあってのことだ。それと人員の補充についてだが……これはもう少し待ってくれないか。
今上に話を通しているんだが、思いのほかうまく進まなくてな……本当は私としては工廠より先に人員を補充したかったんだが……」
五十鈴「いいわよ、別に。いままでこの面子でやってきたんだから。それにいまこの鎮守府に新しい娘が来たって、その娘が可哀想なだけだわ。ここ、最低限の設備もないんだから」
提督「む、そうか……いや、そうだな……」
五十鈴「だから工廠を先に使えるようにしたのは正解だったんじゃないの? なんなら近代化改修もできるようにして欲しいわね」
提督「ふむ……」
五十鈴「ま、あくまで艦娘の視線での話よ。あなたが提督なんだから、好きに考えなさい」
提督「いや、ありがとう……参考になった。人員は補充は早めにしたいが……もう少し考えないとな。あとお前たちに聞きたいことがあってだな……」
それから私たちは司令官とこの鎮守府の現状や、これからのことについて話しました。
私が予想していた以上に、司令官はこの鎮守府の事を考えていたのです。きっとみんなも同じことを思ったでしょう。なので私もそれに応えようと意見を交わしました。
それもひと段落つき……摩耶さんが意地の悪い表情を浮かべました。
摩耶「なあ提督。あんた……なにやらかしたんだ?」
提督「なに、とは?」
摩耶「とぼけんなよ。あんたがさ、本当はここにいるような人間じゃないってことは、あたしにだってわかるぜ。余程のことをやらかしたんだろう? だからここに飛ばされた」
提督「……悪いが、私は飛ばされたとは思っていないぞ。やるべきことをやって、その結果ここに居る」
摩耶「あたしはさ、前の提督をぶっとばしてやったんだ」
提督「……」
摩耶「これがむかつく奴でな。できもしないことをあたしたちに押し付けて、失敗すれば自分を棚に上げてあたしたちのミスだと責め立てる。
こういう奴に限って外面は良くてな、余りにもむかつくんで、グーで殴っちまった。正直ここに飛ばされた時は清々したね。でも結果はこの有様さ。何も変わらなかった」
五十鈴「五十鈴も……だいたい摩耶と似たような理由ね」
曙「あたしもそうね」
摩耶「え? 曙はただ口が悪過ぎて飛ばされたんじゃなかったか?」
曙「はぁ!? なんですってぇ!?」
山城「私はただひたすら不運が重なって……行くとこ行くとこ全部壊滅して居場所がなくなって……お姉さまとも離れ離れになって……ああお姉さま……」
吹雪「私は……作戦を失敗して、それで不要だと判断されてここに」
私たちはお互いに、ここに来ることになった経緯を知っています。
今は笑って話せることだけれど、昔の私にはトラウマだったことです。
かつて私は侵攻作戦の旗艦を任されたことがありました。ただ司令官の指示に従い、そして失敗しました。
今の私ならあの時の司令官に進言をして侵攻作戦を成功に導くことができるかもしれません。でもそれはもう叶わないことです。
司令官は私を不要と判断し、責任を押し付ける形で私を捨てました。
提督「ふむ……いくらだ?」
摩耶「は?」
提督「どうせ賭けてるんだろう? いまいくらなんだ?」
摩耶「えーと確か……」
摩耶さんは金額を口にしました。
提督「そうか……ならもう少し待とう」
摩耶「おいおい、どういうことだよ提督?」
提督「どうせなら賭け金が上がったほうが面白いだろう」
摩耶「そりゃそうかもしれないけどさ……でもあたしとしては、今ここで聞きたいね」
提督「悪いが今話すつもりはないぞ」
曙「じゃあどのくらい貯まったら話すわけ?」
提督「そうだな……少なくとも今の三倍以上溜まって、いずれ私の気が向いたら、だな」
曙「返答になってないんだけど」
曙ちゃんがジト目で見ますが、司令官はあまり乗り気では無いみたいでした。
かと言って、それがトラウマになっている……という様子でもありません。
山城「それだけ焦らすのなら、期待してもいいのよね……?」
提督「期待はするな。言っただろう、そもそも私は飛ばされたとは思ってないんだ」
曙「あーこれはやっぱりセクハラね。間違いないわ。こういうクソ真面目なクソ提督ほど裏ではやばいもの溜め込んでるもんよ」
摩耶「やっぱそうか。だからあたし達には話せなくて煙に撒こうとしてるんだな……」
五十鈴「ま、提督も男の人だし、仕方ないわよ。でもあたしたちに手を出すのならそれなりの覚悟はしたほうがいいわよ? 実際何人か締め上げてきてるし」
提督「あのなあお前ら……」
山城「やだ提督……不潔だわ。近寄らないでくれますか?」
吹雪「司令官……」
提督「ま、待て、違う。誤解だ。私はセクハラなどしていない」
摩耶「よーしこれで候補が一つ消えたな」
提督「む……」
うまく乗せられてあっさり口を滑らせた司令官は、やられたといった顔で口を噤みました。
そしてあからさまに話の方向を変えてきました。
提督「ともあれ、この話はこれでおしまいだ。次の任務は二日後だ。各自身体を休めつつ演習を進めてくれ。摩耶はそれまでに今回の任務の報告書を頼む」
摩耶「はいはい、わかったよ」
そこで昼食はお開きになりました。
彼は新米の司令官です。だから司令官を養成する軍学校でなにか起こしたのでしょう。
興味はあったけれど、無理に聞き出す必要はないと思います。もっとお互いの時間を重ねて親密になれば、司令官も自ら話してくれるはずです。
摩耶さんや五十鈴さん、山城さん、曙ちゃん……そしてかつての私のように。それまでは好き放題予想を立てるのも悪くありません。
でも結局……私たちは司令官の口からその真相を聞くことはありませんでした。
切り。
ある日の朝早く、私は割り当てられた個室を出ました。
まだ辺りは薄暗いです。動きやすい軽装に身を包んだ私は日の出を拝むために港へ向かうと、そこには先客がいました。
吹雪「司令官?」
提督「吹雪? おはよう……早いんだな」
吹雪「司令官こそ……。どうしてここに?」
彼ははいつもの軍服姿ではなく、私と同じ動きやすい服装でした。
ということは私と同じ目的だと思ったのですけど……
提督「うむ……眠気覚ましだ。吹雪は走るのか?」
吹雪「はい。司令官もそうだと思ったんですけど……違うんですか?」
提督「そのつもりだったんだが……最近は気が乗らなくな。ここに来て、目が覚めたら戻るだけだ」
吹雪「いつも朝はここに?」
提督「大体な……」
まだ眠気が覚めていないのか、ぼんやりとした口調で言ってきます。
提督「最近は掃除も出来なくなって、情けない限りだ」
吹雪「それだけ忙しくなったってことです。仕方ないと思いますし……それで司令官を責める人は居ませんよ」
提督「だがな、こういうのは続けることに意味があると私は思うんだ。ままならないものだな……」
吹雪「……」
提督「ああ……私の事は気にするな。走って来ると良い」
司令官は眠そう……というよりは疲れているように見えました。
目を細めて水平線を見つめます。まだ完全に日が昇ったわけではないけれど、きれいな朝日が見えました。
しばらく眺めてから、私は口を開きました。
吹雪「私……昔、朝走ってたんです」
提督「ほう、そうなのか?」
吹雪「はい……でも止めてしまって、また走ろうって思ったんです。
ずっとやってなかったお菓子作りも……もう忘れてると思ったんですけど、こういうのって意外と覚えてるものなんですね……」
提督「……」
吹雪「みんな口にしませんけど、司令官には感謝してます。だから……あまり無理はしないでくださいね」
提督「うむ……ありがとう、吹雪」
その言葉を聞いて、私は久しぶりに走り出しました。
曙「はぁ? 秘書艦?」
吹雪「うん……司令官忙しそうだから私たちも手伝えないかなって……」
山城「秘書艦……そういえばそんなものもあったわね。懐かしい響きだわ……」
五十鈴「確かに最近の提督は忙しそうよね。掃除する姿も見かけないし……」
司令官の様子が気になった私は、皆に相談することにしました。
聞くところによると、やっぱり皆司令官が最近疲れ気味なのは分かっていたようです。
なので秘書艦をつけることには賛成、ということだったのですが……摩耶さんが憮然とした面持ちで口を開きました。
摩耶「……不要だとさ」
吹雪「え?」
摩耶「秘書艦だよ。先日あたしも提督に提案したのさ。でも言われたよ。あたしたちは今一番波に乗っていて、それを乱したくない。
任務の予定も先まで組んでて外すことができないって。まあその通りだったよ。これから先の任務はあたしたちのうち誰か一人でも欠けたら難しくなるだろうさ」
五十鈴「なるほどね。不要……というよりは秘書艦をつける余裕がないってことね」
摩耶「そーいうこと」
どうやら摩耶さんは既に司令官に進言していて、断られていたみたいでした。
司令官が、そして旗艦の摩耶さんが言うのなら間違いではないのかもしれませんが……
山城さんが、えーとと首を捻りながら口を開きました。
山城「私たちって今、ひと月後の合同侵攻作戦に向けて調整してるのよね?」
吹雪「はい……そう聞いてます」
これからひと月後、私たちは他の鎮守府との合同作戦に参加することになっていました。
もしその実力を示し作戦を成功に導くことができたなら……私たちは上に評価され、また前回のように予算が降りてくるかもしれません。
だから今、司令官が多少の無理を押してがんばるのは私にもわかりますし、それは勿論みんなだってわかってるのです。
摩耶「まあ、今が踏ん張りどころなのさ。あたしたちも、提督もな。あいつはやるべきことをやってるみたいだし、ならあたしたちも出来ることをするだけだ」
曙「それが終わったら秘書艦でもなんなりやればいいじゃない。あたしはパスだけど」
吹雪「そう言って曙ちゃん真っ先に候補しそうだよね」
曙「しないわよ」
まあ楽が出来るならやってあげてもいいけどね、と曙ちゃん。
きっと摩耶さんと曙ちゃんの言う通りなんでしょう。なら……私も出来ることをするだけです。
そしてひと段落ついたら、一度司令官とゆっくりお話ししてみるのもいいかもしれません。
北方海域侵攻作戦。
北方海域……大分前から深海棲艦と小競り合いが続いていた海域みたいです。
最近になって激しさが増し、新たに敵艦隊の中規模泊地が発見されたことから、大本営は大きくなる前にこれを撃滅することを決断し、これが今回の目的になりました。
私たちが複数の鎮守府との合同作戦に参加するのはこれが二回目です。
摩耶「そっちは片付いたか?」
五十鈴「ええ、あらかたね」
山城「偵察機からも敵影の報告は無いわ。ひとまず周辺の安全は確保ってところね」
曙「じゃあこれであたしたちの仕事は大体終わりね。あっけなかったわね。なんか肩透かしだわ」
摩耶「おーい提督、聞こえるか? 付近はあらかた掃討した。新しい敵影も今のところ見られない」
提督「了解した。引き続き哨戒にあたってくれ。まもなくこちらの主力が敵とぶつかる。それまで邪魔が入らないようにしてくれ」
摩耶「りょーかい」
今回の私たちの役割は、敵泊地周辺の制海権の確保と、その後の哨戒でした。要は露払いです。
この采配に不満はありません。前回はただの輸送係でしたし、むしろ皆の士気は高かったのです。
私たちの練度がいくら高くても敵主力とやりあえる装備ではありませんし、そもそもそういう編成ではありません。適材適所ということでしょう。
のんびりとお話をしながら哨戒をしていると、司令官から通信が入りました。
提督「味方から支援要請が入った。現在、東南方向50㎞地点で敵と交戦中とのことだ。至急向かい協力してこれを殲滅してくれ」
摩耶「ここの哨戒はどうするんだ?」
提督「代わりの艦隊を寄越すらしい。今交戦中の艦隊は私たちが一番近い。敵は駆逐、軽巡級が殆どとのことだ。頼んだぞ」
摩耶「はいよ」
支援要請を受けた私たちは交戦地点へと向かい、会敵、交戦しました。
敵の編成、数は報告通りで、私たちはこれを掃討していきましたが……
摩耶「提督、様子がおかしいぞ。味方の艦隊の姿が見えないし通信も入ってこない。そっちになにか連絡がいってないか?」
提督「いや、何も来ていない。まさか一足遅かったか……? でも轟沈するほどの状況なら、何かしら報告が入ってきそうものだが……」
摩耶「轟沈も何も敵は雑魚ばっかりだよ。よっぽど練度が低いか下手な装備でもなきゃ沈みそうにないぜ。そもそも交戦した痕跡がないんだ。場所は合ってるのか?」
提督「ああ、間違いなく。今、向こうと連絡をとる」
イ級の砲撃をかわし連装砲を撃ち込みながら、摩耶さんは司令官と話します。
相手は駆逐軽巡級の雑魚ばかりです。装備も一新し、士気も高い私達の敵ではありません。
少し待てと言い残して、司令官は通信を切りました。そして
提督「どうやらその場にいた味方艦隊は引き上げたそうだ」
曙「はぁー? なにそれ?」
曙ちゃんが顔をしかめて割り込みました。
提督「情報に食い違いがあったそうだが……やることは変わらない。敵主力とそいつらを合流させるわけにはいかない。ここで殲滅する」
山城「提督……偵察機から新たな敵の増援が確認されました。こっちに向かって来てます……」
提督「内容は?」
山城「駆逐軽巡級が多数。加えて今回は重巡、空母、戦艦級の姿もいくつか見られます。正直、私たちだけでは厳しいかと……」
提督「……」
摩耶「どうする? こっちは五十鈴が小破したぐらいだが、連戦で残弾が半分近くしか残ってない。まともに相手してたら捌ききれないぞ」
提督「そうだな。……ともあれ数と空母が厄介だ。だだっ広いところで戦ったらハチの巣にされてたちまち囲まれてしまう……」
いくら調子が良くとも、そうなれば私たちもおしまいです。かと言って、ここで引くわけにもいきません。
私たちがここを離れれば敵増援は敵主力と合流して、もしかしたらこの作戦は失敗してしまうかもしれません。
しばらく沈黙したのち、司令官は続けました。
提督「……北方向約10㎞地点に離島群があるな。そこへ向かってくれ。地形を利用してなるべく囲まれないようにするんだ。
私は応援を要請をするが、援軍が来るまでは持久戦になるだろう。無駄弾の使用はなるべく控えてくれ」
摩耶「わかったぜ。みんな、聞いての通りだ。とりあえず敵増援が来る前にここをぱぱっと片付けて、それから北に向かうぞ」
了解、と返事をします。そして敵を殲滅した私たちは離島群へ向かい、続く敵増援を迎え撃ちました。
交戦開始から2時間以上が経過して……しかし、いくら待っても味方の援軍は現れません。
残弾はみるみる減っていき、私たちは消耗していきました。そうなれば被弾は避けられません。私たちは全員中破し、これ以上の作戦継続は危うい状況まで追い込まれていきました。
摩耶「おい提督!? まだ援軍は来ないのか!? あたしたちはこれ以上は持ちそうにないぞ!?」
流石の摩耶さんも焦りの色を見せて、司令官に怒鳴りました。
提督「わかっている……さっきからすぐに着く、すぐに着くの一点張りで……もう少しで来るはずだ、持ちこたえてくれ!」
山城「それ、さっきも聞いたわ……」
曙「あーもーほんと人使いが荒い! クソ提督、これが終わったら特別報酬ぐらいだしなさいよ!」
五十鈴「また打ち上げでも開いて貰おうかしらね?」
提督「わかった、準備して待ってる」
曙ちゃんと五十鈴さんが場を和ませるために軽口を言います。
でも、次に入ってきた司令官の通信に、私たちは言葉を失いました。
提督「トラブルが発生した」
摩耶「なんだ?」
提督「増援の到着がかなり遅れるみたいだ。……来ないものと見ていい」
摩耶「は……?」
摩耶さんがぽかんと声を上げて、五十鈴さんが続けました。
五十鈴「ど、どういうこと? 私たちが支援要請してから何時間経ってると思ってるの? まさか、その支援艦隊も敵に襲われたの!?」
提督「違う、そいつらは……いや、来ない者のことは考えても意味がない。援軍は一切期待するな……我々は自力でこの状況を打破する」
押し殺したような声音で司令官は告げました。
私たちの間に隠し切れない動揺が走りましたが……すぐに切り替えました。
摩耶「で、どうすんだよ? 援軍が来る体で戦ってたから、もう碌に弾薬なんて残っちゃいないぞ……」
と、爆撃音が鳴り響き、曙ちゃんがよろめきました。
曙「……うぁっ、もう何なのよ!」
吹雪「曙ちゃん!?」
曙「へ、平気よ……このぐらいっ!」
そう強がるけれど、誰から見てももう曙ちゃんは戦える状態ではありませんでした。
私はその手を取って、曙ちゃんを強引に引っ張りました。
吹雪「駄目、下がって。私の後ろに!」
提督「どうした、何があった!?」
摩耶「……ちっ、曙が大破した。まずいな、これはいっきに崩れるかもしれない……」
提督「わかった……これ以上の戦線の維持は無理だ。我々は離脱する」
五十鈴「逃げるって簡単に言うけど……これ、逃げ切れるのっ!?」
山城「敵……どんどん集まってきてるわ……!」
地形を利用して逃げ回っているから囲まれはしないけれど、それも時間の問題です。
私たちの機動力も随分落ちていたのです。
提督「全員、弾薬の少ない装備はその場で破棄しろ。最低限の装備だけを残せ。五十鈴、お前はすべての武装を捨てて曙を運べ。殿は摩耶に任せる、吹雪と山城はその補佐をしろ」
摩耶「分かった。で、何処に向かえばいい」
提督「……元いた海域に戻るしかない。西へ針路をとれ。最悪逃げきれないと判断した場合は、全武装を放棄して近くの離島に上陸して救助を待つんだ。
私はしばらく返答できなくなるかもしれないが、通信は開いておく。何かあれば常に報告してくれ」
摩耶「……ああ、わかった」
私たちは最悪の事態を予想していたけれど、それは杞憂に終わりました。
命からがら戦線を離脱してから30分後、敵主力艦隊を撃沈したとの知らせが入り、敵増援もこの海域から撤退したためです。
私たちは無事友軍に救助されました。作戦は成功し、誰一人沈むことは無かったたけれど……晴れ晴れとした気持ちはありませんでした。
切り。
作戦終了からしばらくの間、私たちと司令官はロクに顔を合わせる機会がありませんでした。
私たちが休暇を言い渡され、療養している間……彼は前回の同じように鎮守府を留守にしていたためです。
ようやくまともな会話ができるようになったのは作戦終了から7日後……執務室に呼び出された日でした。
摩耶「作戦が成功したのに、なんの成功報酬もないってはどういうことだよ!?」
提督「……すまない」
そこで聞かされた内容に、摩耶さんが机を叩いて講義しました。
摩耶「確かにあたしたちは制海権を確保できなかったさ。でも、そもそもあそこはもあたしたちの管轄じゃなかっただろ?
別の鎮守府の管轄で、あたしたちはその支援に行っただけだ。……そいつらは居なかったけどな。なのにその責任を取らないといけないのか? それは違うだろ?」
提督「……」
摩耶「あたしたちは本来の役割は果たしていたはずだ。違うか?」
摩耶さんが道理を求めるように尋ねます。
私たちは司令官の言葉を待ちましたが、彼は口を噤んだまま何も言いません。
見かねた五十鈴さんが続けました。
五十鈴「……提督、例え百歩譲ってその責任を負ったとしても……今回の作戦で私たちは主要装備の殆どを失ったわ。
なのにその代用も、まして作戦で消費した燃料も弾薬も一切補充されないのは、流石におかしいんじゃないの?」
提督「……」
五十鈴「作戦が失敗したなら話は分かるわ。でも今回は成功したし、被害も少ないと発表されたわ。総指揮官が勲章を受け取るともね。
だというのに、私たちのこの扱いはどういうことなの? これなら作戦に参加しないほうがよかったじゃない」
提督「……本当にすまない」
司令官は絞り出すように口にしました。
その姿を見て、曙ちゃんはいらいらした口調で言いました。
曙「だ、か、ら! 別にクソ提督に謝って欲しいわけじゃないのよ! あんたはあの作戦でやることやったじゃない。
あたしはただ納得のいく説明が欲しいだけ。いえ、納得なんて出来ないからいいわ。でも、なにかあるんでしょ? それを言いなさいよ!」
提督「……すまない」
曙「だから、謝るなって言ってるの……!」
それから私たちは何度も説明を求めました。
けど、司令官は私たちと目を合わせることも無く、ただ申し訳ないと私たちに頭を下げるだけでした。
確かに、この鎮守府は今まで冷遇されてきました。でも最近は戦果も上げはじめて、だからこそ今回の作戦にも組み込まれたのだと、そう思っていました。
だというのに、この扱いはあんまりです……
摩耶「ちっ……もういい……」
機嫌悪く言い捨てて、摩耶さんは部屋を出て行きました。
結局、司令官は謝罪以外の言葉を持ち合わせていませんでした。
私も少し……残念に思いました。曙ちゃんと同じです。例え納得できなくても、なにか事情があったのなら話して欲しかったのです。
私たちはもう仲間なんですから。でも……司令官はそう思ってくれてないのでしょうか……?
摩耶さんに続いてみんな部屋を出て行き、私は最後に取り残された司令官を見ました。
彼は目深に帽子をかぶっていて……その目元が青くなっているのがちらりと見えたような気がしました。
切り良いとこまで。ぱぱっと。あと少しで終わるはず。
それから過ごした2か月間を、私はあまり思い出したくありません……
責めるように言ってしまったけれど、誰も司令官の責任だと思っていたわけではありません。あの戦いで、彼はその役割を十分果たしてくれました。
けど、私たちは理由が欲しかったのです。あの時、私たちは一時は死を覚悟しました。さらに虎の子の装備の大半を失い、いたずらに戦力も削られました。
いったいなんのために戦ったのか……その理由が欲しかったのです。
けれど彼は答えてくれず……あれ以降、司令官と私たちの間には溝が出来てしまいました。
山城「不幸だわ」
五十鈴「そうね……」
山城「とても不幸だわ」
吹雪「そうですね……」
山城「やっぱり私の所為だわ……私が不幸を招いてるの。全部私の所為なんだわ……」
曙「あーうっさい! こっちはいちいちあんたの不幸自慢に付き合ってらんないのよ。やるなら一人でやってなさい!」
山城「うう……」
摩耶「こら山城を苛めるなよ」
曙「ふん、あんた程度の不幸であたし達がどうにかなるもんか。冗談じゃないわ」
吹雪「山城さん、曙ちゃん慰めてくれてるんですよ」
山城「あ……あげぼの~」
曙「うわ、うざっ。く、くっつくんじゃないわよ!」
しばらく経てば、私たちはいつもの軽口を叩けるくらいにはなりました。
そうです、私たちはいくつもの困難を経験してきました。今更これぐらいではへこたれません。
だからギクシャクしている司令官との関係もすぐに元に戻るはずだと、この時は思っていたのです。……けど、そうはなりませんでした。
司令官が私たちを露骨に避けるようになったのです。避ける……というのは少し違うかもしれませんが。一番印象なのは、私たちの目を見て話さなくなりました。
そして以前のように積極的に世間話をしてくることも、相談してくることも無くなったのです。
そんな日がひと月も続いて……
摩耶「まあ……前に戻っただけさ」
とは摩耶さん。
けれどその瞳には何か物足りなさのようなものがありました。
曙「あたしはむしろ清々したわ。馴れ馴れしく話しかけてこないし、気楽なもんよ」
山城「そういえば、昔はこんなもんでしたよね……提督が来る前なんてもっと悪かったわ。たまに話しかけられたと思ったら無理難題ふっかけてきたし……」
五十鈴「その点今の提督は無茶振りしてこないからいいわね。指揮に影響はないみたいだし……ま、いいんじゃないかしら……」
なんて、みんな言うけれど……
その顔はすっきりしたものではなく、それが本心ではないのは私にもわかりました。
摩耶「提督、護衛任務は無事終わったぞ」
提督「……わかった、帰投しろ」
摩耶「了解」
タンカー護衛任務を終え、摩耶さんがその旨を司令官に伝えます。
彼は言葉少なく通信を切りました。以前は労いの言葉も、その後から続く軽口の応酬もあったのですが今はありません。
曙ちゃんはやれやれとかぶりを振るいました。
曙「遠征遠征遠征。ほんとコキ使ってくれるわね、あのクソ提督は」
五十鈴「仕方ないわよ。あれだけの大損失だっただもの。誰だって取り返さないとやってられないわ」
山城「けどようやく元の装備も戻ってきて、これでとんとんってところかしら……?」
あの作戦の損失を取り戻すように、私たちは精力的に働きました。
私たちも行き場のない憤りをぶつけるものが欲しかったのです。
吹雪「……」
摩耶「どうしたんだ吹雪? 浮かない顔して」
吹雪「いえ、秘書艦……」
摩耶「ん?」
吹雪「秘書艦の話……無くなっちゃったなって……」
摩耶「ああ……」
摩耶さんが曖昧に頷きます。
司令官が私たちと距離を取り、その話を切り出す機会がなくなってしまったのです。
彼はただ事務的に機械的に仕事を回し、私たちはそれに応えていきました。
だから2か月も経てば損失は十分取り戻し……代わりに私たちの溝はますます深まっていったのです。
ある日の夜。
私は曙ちゃんのお部屋にお邪魔していました。
吹雪「なんか私、いやだな……」
曙「何が?」
私の貸したお菓子作りの本を見ながら、曙ちゃんが尋ねてきます。
吹雪「今のこの状況……すごくもやもやするの」
曙「は? なんでよ。装備も戻ったし、今度近代化改修できるようになるんでしょ? 順調でいいことじゃない」
吹雪「……司令官とお話ししたい」
曙「ふーん」
吹雪「曙ちゃんは?」
曙「私は別に……。話がしたいなら声かければいいじゃない」
吹雪「でも、話しかけにくくて……。なんか司令官、壁作ってる。目も合わせてくれないし……」
最後に世間話をしたのは、一緒に食事を取ったのはいつのことだろう?
数か月前のことだけれど、ずっと昔の事のように思えました。
今はもう朝走る時に司令官を見かけることも、昼に掃除をする姿をみかけることもありません。
吹雪「なんでだろう……曙ちゃんは何か心当たりない?」
曙「知らないわよ、あんな奴……」
むすっとした表情で言います。司令官のことを持ちかけると、曙ちゃんは決まってこんな顔をします。
摩耶さんも五十鈴さんも山城さんも……みんな現状に納得してないはずです。
だから私は立ち上がることにしました。
吹雪「よし、決めた」
曙「何?」
吹雪「私、明日司令官とちゃんと話してみる」
曙「話すって……何をよ?」
吹雪「全部。思ってる事全部」
曙「ふーん」
吹雪「曙ちゃんはついてきてくれないよね。いいよ、私一人で行くから」
曙「ちょっと……なに勝手に決めてんのよ」
吹雪「じゃあ一緒に来てくれる?」
にこっと笑いかけると、曙ちゃんはあんたねぇ……とジト目で睨んできましたが。
ため息をついて言ってきました。
曙「はぁ……いいわよ。あたしもいい加減言ってやりたいことがあるんだから」
曙ちゃんの返事を聞いて、私はようやく前向きに考えることができました。
そうです。司令官がここに来た当初、彼は私たちに歩み寄ってきてくれました。なら、今度は私たちの番です。
けれど……それは叶いませんでした。
その夜、眠りについた私たちはけたたましい警報に飛び起こされました。これの意味することはひとつ、スクランブル。深海棲艦が攻めてきたのです。
続いてきた司令官の全体放送で、私たちは司令塔へ集まりました。
提督「深海棲艦がこの鎮守府に向かっているのを、味方哨戒機が発見した」
摩耶「なんでこんな場所にまで深海棲艦が? 前線は何をやってたんだ!?」
提督「見逃したらしいな。すでに他の鎮守府にも知らせが届いて艦隊をこちらに向けてくれているはずだが、会敵はお前たちのほうが早い。
敵はまだ近海沖にいるはずだが――」
と、爆音が轟き、司令塔が大きく揺れました。
私たちはバランスを崩してその場に崩れ落ちました。
五十鈴「どういうこと!? もうここまで来たの!?」
提督「……」
摩耶「提督? おい提督! 大丈夫か?」
提督「あ、ああ……平気だ。先行隊がいたのか? ともあれお前たちは直ちに出撃しろ。もしかしたら……ここは落ちるかもしれない。
そうなれば陸より海のほうがお前たちは安全だ」
吹雪「司令官は……?」
提督「私は役割を果たす。さあ行け!」
迷ってる時間はありません。
私たちは急いで出撃ドックへ向かい、抜錨しました。同時に司令官から通信が入りました。
提督「無事出撃できたか?」
摩耶「ああ、装備も問題ない」
提督「よし……まずは湾内に入り込んでいるだろう敵を掃討する。山城、偵察機は?」
山城「もう飛ばしたわ」
再び爆音がして、その方向を振り向きました。
そこには灯台が攻撃され、崩されるのが見えたのです。
五十鈴「灯台が……向こうね……!」
それによって敵の位置が割り出されました。
被害を広げるわけにはいきません。私たちは早急に敵を殲滅するために向かいましたが、続いてまったくの別方向から爆発音がしたのです。
あの方向は……食堂でしょうか? ということは……
摩耶「提督、まずいぞ……!」
提督「ああ、敵は分散しているな……最低でも2艦隊いる」
曙「ちょっと、クソ提督。これ……守りきれないんじゃないのっ!?」
焦りの口調で曙ちゃんが言います。
けれど、司令官はすんなりと肯定してきました。
提督「だろうな……攻めるならまだしも、防衛となると流石に5人ではどうにもならん。
だが相手の戦力が分からない以上は分散はするな。多少の被害は覚悟する。私たちはここを死守し、増援を待つ」
摩耶「提督、今回は本当に増援は来るんだろうな!?」
山城「もしかして、また前みたいに来なかったりしないわよね……?」
提督「流石に鎮守府が攻められているにもかかわらず、増援を寄越さないほど軍も馬鹿じゃない。安心しろ今連絡が入った。既に高速艦隊がこっちに向かっている」
摩耶「……わかった。みんないくぞ、敵を殲滅する」
そして明け方には全ての深海棲艦が殲滅されました。
もともと哨戒を潜り抜けた敵の数は少なかったようです。対してこちらは多数の友軍が来て、それが到着するや否や瞬く間に鎮圧してしまいました。
騒動の収まった湾内から海を眺めます。まだ残存勢力がいるかもしれないと、そこには名だたる艦体が燦然と並んでいました。
朝日の元に佇む彼女たちは強く美しく、それはかつて私たちが夢見た光景で……
五十鈴「ボロボロね私たち……」
振り返れば、そこには深海棲艦によって破壊された鎮守府がありました。
港は半壊し、出撃ドックは潰れて当分は使い物にならないでしょう。せっかく使えるようになった工廠には砲弾の爪痕が残り、食堂の屋根には大きな穴が開いていました。
傷ついた鎮守府を眺めながら、私たちは呆然としました。ようやく失ったものを取り戻したのに……これを立て直すのに、いったいどれだけの時間がかかるのでしょうか……?
消沈の中、摩耶さんが口を開きました。
摩耶「提督……」
しばらく待っても、司令官から返事がありません。
摩耶さんは繰り返しました。
摩耶「提督、聞こえるか? 提督……?」
いっこうに返答がなく、私たちは顔を見合わせました。
艤装を外し、司令塔へ向かいます。司令官は居ましたが、床にうつ伏せに倒れていました。
脈拍を確認して生存を確かめます。ひとまず安心するも、それが異常事態であることは司令官の様子を見れば一目でわかりました。
曙「あたし、誰か呼んでくるわ! ここには軍人や他の鎮守府の人も来てるはずだから」
吹雪「うん。お願い」
曙ちゃんが急いで部屋を飛び出して行き、私たちは司令官を運んで楽な姿勢にさせてあげました。
山城さんが司令官の顔色を覗きこんで、不安げに聞いてきます。
山城「提督……大丈夫かしら……? 眠ってるだけよね? そうよね……?」
五十鈴「山城、あまり揺らしちゃ駄目よ」
摩耶「やっぱ無理してたんだな。いや、当たり前か……無理してないわけがないんだ……」
吹雪「……」
私は……何も言えませんでした。
司令官がずっと無理を押し通して来たのを私たちは知ってます。けれどそれを止めることができず、今回の襲撃で彼は遂に限界を迎えてしまったのです。
深海棲艦の襲撃という騒動は収まったけれど、私たちの鎮守府は傷つき、司令官は倒れました。
先の見えない不安の中……私たちはただ曙ちゃんを待つことしかできませんでした。
切り。
襲撃からしばらくの間、鎮守府は混乱状態が続き、見かけない人の往来が絶えませんでした。
というのも責任者たる司令官が病院に搬送され、この鎮守府の現状を正確に説明できる人がいなかったためです。
私たちは何度も呼び出されては説明を要求されましたが、司令官ほどに把握している訳ではありません。
ようやく事態が落ち着いたのは2日後。司令官が意識を取り戻してからでした。
代提「君たちの提督が意識を取り戻したみたいだ」
摩耶「ほ、本当か!?」
執務室に呼び出され、開口一番にその男性は言いました。
危うく私たちは詰め寄りそうになりましたが、男性が手で制した為にその場に押し留まりました。
代提「と言っても、酷く憔悴しているみたいでね。医者が言うには養生が必要で、当分はここには戻って来れないそうだよ。
僕も彼からここの引継ぎの要件を済ませたら、すぐに追い出されちゃったよ」
吹雪「引継ぎ……ですか?」
代提「うん。僕は代理の提督としてここに派遣されたんだ。以後よろしく頼むよ」
と言って司令官代理は敬礼を見せました。
私たちも慌てて返しました。敬礼をするのは久しぶりでした。
代提「じゃあこれからのことについて話そうか」
摩耶「ちょっと待ってくれ! 提督はいつ戻って来るんだ?」
代提「戻って来る? さあ、どうだろう……ここの生活は、彼にとって相当辛いものだったみたいだ。本人にその意思があるかどうか……」
私には返す言葉がありませんでした。
思い返せば、記憶の中の司令官は張り詰めた表情ばかりです。
もちろん楽しい記憶もありましたが、それもすぐに陰ってしまい……
代提「話を戻すよ。まずはこの鎮守府はしばらく復旧作業で忙しくなる。またいつ深海棲艦が攻めてくるとも限らないからね。
それと再襲撃に備えて僕の艦隊を引っ張ってきた。少しの間だが、君たちと過ごす仲間だ。仲良くして欲しい。ちょうど来たようだ、入ってくれ」
司令官代理の声で、10人の艦娘が執務室へと入ってきました。
誰もが世間にその名を馳せる艦娘です。私たちは互いに紹介し合い、儀礼的な挨拶を交わしました。
代提「これからの君たちの任務は、ここの復旧作業と近海の哨戒が主になる。あとは手が空いたら合同演習にも付き合ってほしいね」
それから司令官代理は今後のことをいくつか話して、この場は解散となりました。
司令官代理が着任してから3週間。
深海棲艦の襲撃で傷ついた鎮守府は、驚くべき速さで復旧を遂げていきました。
工廠はその本来の機能を取り戻し、近日中には近代化改修も出来るようになるそうです。
食堂の復旧も終わり、港はまだ整備中だけれど出撃ドックは一新され、少なくとも私たち艦娘が戦うには十分な環境が整いました。正直に言えば襲撃前よりも良くなったのです。
私たちが司令官とコツコツ重ねてきたことが、こんな短期間で済んでしまったのです。
けれど、私の胸には喜びよりも虚しさがありました。
摩耶「なんかさ……惨めだぜ」
曙「……そうね」
哨戒任務を終えて。
ぽつりとつぶやく摩耶さんに、いつもの快活さもなく曙ちゃんが同意します。
摩耶「これならまだ馬鹿にされたほうがマシだ。いままで散々冷遇して来たくせに、いきなりこんな施しを受けて……どう思えばいいんだよ」
山城「不幸じゃないけど……なんなのかしらね。よくわからないわ……」
五十鈴「私情を抜きにすれば、喜ばないといけないんでしょうね。これで艦娘として戦う最低限の環境は整ったんだから」
そして新しく来た艦娘達……彼女たちも良い人でした。
今は慣れてしまったけど、この鎮守府は他の鎮守府と比べると、本当にごみ溜めのようなところなのです。
私も初めてここに来たときは、その汚さや環境の悪さに驚き、嫌悪を感じた程です。
でも彼女たちはそんな素振りも見せず、私たちと合同演習や共同任務を行うときも嫌な顔をしません。私には逆にそれがつらいのです。
無茶苦茶を言っているのは分かっているけれど……摩耶さんの言う通り、これなら馬鹿にされたほうがまだマシだったのです。
吹雪「司令官……戻って来るかな……」
私はつぶやきました。
摩耶「どうだろうな……戻ってきて欲しいけど、正直あたしにはわからない……」
五十鈴「例え戻って来なくても……私は提督を責められないわ。提督が無理してるのは分ってたのに、ただ見てるだけだったんだもの……」
山城「もしこのまま戻って来なかったら……その時はまた別の提督が来るのかしら……」
曙「……そうかもね。なんかあたし、ちょっと疲れちゃったわ」
力無く曙ちゃんが言います。
その言葉を、誰も否定することは出来ませんでした。
その次の日、私たちは司令官代理に呼ばれて執務室へと集まりました。
彼の秘書艦も居たのですが、私たちが来ると入れ替わるように出て行ってしまいました。
代提「まあ、楽にしてよ。今日君たちを呼んだのは任務とはまったく関係ないことだからね」
吹雪「はぁ……」
彼はそう告げて、しばらく考えるように黙してから口を開きました。
代提「ここがどういう鎮守府なのか僕は知ってる。噂でも聞いたことがあったけど……まあ想像以上だったよ」
摩耶「……想像以上に酷かったか?」
代提「そうだね。ここまで劣悪な環境の鎮守府とは想像だにしなかった……こんな場所があるもんなんだね……」
苦笑いをして言ってきます。
別に苛立ちはしません。そう思うのが正常です。ただ、この司令官代理がどんな意図でそれを口にするのか気になりました。
代提「この鎮守府の有様もそうだが、君たちもだ」
曙「は? あたしたち?」
代提「ここに来る艦娘はかなり反抗的で、扱いにくいと聞いていた。でも蓋を開けてみればどうだい。反抗的どころか、君たちは僕の艦隊にも引けを取らないほど優秀だ」
五十鈴「……貴方、何が言いたいの?」
不信も露わに五十鈴さんが尋ねます。
代提「彼のおかげかい?」
山城「彼……?」
代提「君たちの提督のことだ」
司令官代理の言葉に、私たちはしばらく沈黙しました。
代提「そう身構えないでくれ。僕はね、彼と同期なんだよ。よき友でありライバルだったと思ってるよ。向こうがどう思ってくれてるのかはわからないけどね……」
改めて司令官代理の姿を眺めます。
いかにも裕福そうな育ちで、言われてみれば年齢は司令官に近いでしょう。
司令官の軍服はやつれ始めていましたが、この人のはピシッと真新しいままでした。
代提「ここの提督代理となったのは僕の意思だ。と言っても父親の力を頼ってしまったのは不本意だったんだけど……よければ彼がここでどう過ごしていたのか教えてくれないか?」
摩耶「それはまた、どうしてだ?」
代提「友人が倒れたんだ。何があったのか知りたいと思うのは当然だろう? 過去の報告書を見れば大体の察しはつくけど、君たちから直接聞きたいんだ」
摩耶「……」
代提「ふむ……確かにいきなり聞かせてくれと言うのもあれだね。そうだな……君たちは彼がどうしてここに来たのか、彼からその理由を聞いたかい?」
曙「知らないわ……あんたは知ってるの?」
代提「ああ知っている。よし、わかった。それを教える代わりに、君たちからも教えてもらいたい。それでどうだい?」
私たちは顔を見合わせました。
司令官がこの鎮守府に来た理由……結局はぐらかされて教えてもらえなかったことです。
私たちはその理由にお金を賭けていました。ここでそれを教えてもらうことは、それを反故にすることです。
それが悪いことだと分っていたけれど……私は口を開きました。
吹雪「私……知りたいです」
摩耶「……あたしもだ。みんなはどうだ?」
摩耶さんも同調してくれて、それから尋ねました。
否定の声は上がりませんでした。
代提「わかった。じゃあ話そうか……といっても簡単な話だよ。軍学校で、彼は元帥の息子をコテンパンにやっつけてしまったのさ」
吹雪「元帥の息子……ですか?」
代提「そう。元帥はご老体に近くてね。年が相当離れているからか、かなりの子煩悩で有名だった。
その息子といえば甘やかされて育ったせいか、努力もせず家柄に胡坐をかく奴だったよ。そいつも僕たちの同期だったんだけど……」
司令官代理は話を続けました。
事の始まりは、その元帥が軍学校へ視察しに来たことだそうです。でも視察というのは名目で、実際は授業参観みたいなものだと揶揄していましたが。
学校側ももちろんそれを把握してるため、元帥の息子に花を持たせようと演習を行ったみたいです。そこで当て馬に選ばれたのが当時主席だった司令官でした。
やっぱり司令官は優秀だったそうです。だから学校側も当然身の振り方を把握してると思っていたけれど……
ふたを開けてみれば彼は元帥の息子をこれ以上無いくらい完封してしまったそうです。
恥をかかされた息子の怒りは相当で、でも子煩悩の元帥の怒りはもっとすごくて癇癪に近かったそうです。
元帥の怒りは息子に恥をかかせた彼と教師陣に向いて……それから紆余曲折を経て、彼はここへ来たとのことでした。
吹雪「……なんていうか、司令官らしいと思います」
山城「真面目過ぎるというか、不器用なのは提督らしいわね……」
摩耶「馬鹿だなあ、提督は……素直に負けてれば、こんなごみ溜めに来ることもなかったってのによ」
五十鈴「それについては人の事どうこう言えないでしょ……同じようなものじゃない、私たちも」
代提「僕もね、彼は本当に馬鹿なことをやったと思うよ、今でもね。でも、彼は後悔してなかったよ」
私は司令官の言葉を思い出しました。
彼は言っていました。自分は飛ばされたとは思っていない。やるべきことをやってここ居ると……
もしかしたら強がりだったのかもしれません。でもそこに後悔の色が無かったのは確かです。
曙「ていうか、あいつは何も悪くないじゃない。ロクに実力も無いその元帥の息子ってのが提督になっても迷惑なだけだわ」
代提「その通りさ。あの息子に提督の器はない。でも彼は提督になって、これからどんどん出世していくよ。強力な後ろ盾があるからね」
吹雪「……」
代提督「今の海軍は力ばかりが肥大してしまっているんだ。だから誰もが深海棲艦は二の字で派閥争いに躍起になっている。身内に潜む敵のほうがずっと脅威なのさ。
そうなれば重宝されるのは扱いやすい人間だ。……いや、話が逸れたね。それで聞かせてくれないか、彼の事を」
それから、私たちは司令官のことを話しました。
彼がここに来た初日から現在に至るまでを。話し終えたとき、司令官代理は深いため息をついて顔を覆いました。
代提「……こんなの倒れるに決まってる。なんの引継ぎも無く提督になって、まして補佐も無く一人でこれだけの仕事を回すなんて……」
摩耶「そんなに大変な事なのか……?」
代提「僕たちは軍学校を出たら先輩提督の元につくんだ。そこで補佐をしながら実践を学び、それではじめて鎮守府を任されるようになる。
でも彼はいきなりここに飛ばされた。右も左もロクに分からないまま……むしろ出来てしまったことが悲劇だよ」
私は後悔の念に苛まれました。
今となっては遅いことだけど、私たちは無理やりにでも司令官を止めるべきだったのです。
失ったものばかりに目を向けてしまって、もっとお互いに話をするべきだったのです……
代提「そしてやっぱりというか……どうして北方海域侵攻作戦で報酬が支払われなかったのか聞いてないんだね」
五十鈴「あなた、何か知ってるの……?」
代提「ああ。あれは少し騒ぎになったからね……」
北方海域侵攻作戦……司令官と私たちが疎遠になるきっかけになった作戦です。
曙ちゃんが詰め寄りました。
曙「教えなさいよ。なにがあったの? あの時どうしてあたしたちはあんな待遇を受けたわけ?」
代提「君たちの提督があの作戦の総指揮官を殴ったからだよ」
山城「殴った!? 提督が……? どうして……」
代提「ここにある報告書を僕も見させて貰った。君たちだって、あの作戦を疑問に思わなかったかい?」
摩耶「ああ、思ったぜ。味方の支援要請で駆けつけてみれば肝心の味方は居ないわ、こっちのピンチには誰も駆けつけてこないわ……どういうことだったんだ?」
代提「ただの嫌がらせだよ。嫉妬といってもいい」
摩耶「嫌がらせ……?」
代提「総指揮官は君たちが気に食わなかったらしい。その前の作戦……西方泊地奪還作戦だったね。そこで君たちは想像以上の働きをみせて報償まで貰った。
こんな寂れた鎮守府で大した戦力が無いにも関わらずね。お灸を据えてやろうとでも思ったんだろう」
摩耶「……なんだそりゃ……そんな馬鹿げた理由であたし達は死にかけたのかっ!?」
代提「そんな馬鹿なことが通るのが今の海軍なんだ。正直に話せば、こんな寂れた鎮守府の一艦隊が沈んだところで誰も気にしはしない。
最悪捨て駒にでも使うつもりだったんだろう」
摩耶「……」
代提「君たちの提督は、それはもう怒ったらしい。その総指揮官の顔面に一発ぶち込んでやったそうだ。
もっとも彼はその場で憲兵に取り押さえられて、それ以上の苦痛を味わっただろうけどね」
吹雪「……」
私は司令官の目元が青くなっていたことを思い出しました。
あれは気のせいではなかったのです。
曙「なんであいつは話さなかったのよ……。言ってくれれば、あたしたちだって納得できたのに……」
代提「さてね……ただ、彼はその場の激情に任せて、君たちが命を懸けてしたことをすべて無駄にしてしまったんだ。
本来君たちに与えられるはずだった報酬は、彼の迂闊な行動のせいで賠償金という形ですべて総指揮官に渡ってしまった」
五十鈴「それで……その責任から更に自分を追い込んで提督は倒れてしまったってことね……」
曙「あのクソ提督……なんなのよ。一人で全部溜め込んで、勝手に自滅して……」
ぎゅうと曙ちゃんがこぶしを握ります。
きっと提督は……あまりの申し訳なさに私たちに打ち明ける勇気がなかったんだと思います。
本当にすまないと、言葉を絞り出していた司令官を思い出します。でもやっぱり、私は話して欲しかったです。
私たちは……今まで多くの司令官にぞんざいに扱われてきました。けど彼は私たちと共に戦い、そして私達の為に怒ってくれました。
結果は残念だったけれど、私はそれを嬉しく思うのです。
代提「……彼に会いたいかい?」
吹雪「司令官に会えるんですか!?」
代提「ああ。一週間後に療養を終えて戻って来る。だがすぐに会いたいのなら、病院まで手配しよう」
私たちは顔を見合わせましたが……
摩耶さんがかぶりを振るいました。
摩耶「いいや。提督が戻って来るっていうなら、あたし達はここで待つぜ」
代提「そうか……」
司令官代理はしばらく口を噤んだ後、改まった口調で言ってきました。
代提「知っての通り彼は……あいつは不器用な人間だ。今の海軍でやっていくには難しいだろう……。だから、君たちが支えてやって欲しい」
摩耶「言われなくても。こっちには言いたいことが山ほどあるからな。あの馬鹿提督め……もう遠慮なんかしねえ」
山城「そうよね……こっちが遠慮なんてしてたらまた倒れちゃうわよね」
曙「あのクソ提督、帰ってきたら説教ね……」
吹雪「あのみんな……司令官は病み上がりなんですから、無理させたらだめですよ?」
息撒くみんなを宥めます。
そこでふと気が付いたように、五十鈴さんが司令官代理に尋ねました。
五十鈴「貴方は……どうして提督にそこまで肩入れするの? 今のこの話だって……それに鎮守府の復旧だって、本当はここまでする必要はなかったんじゃないの?」
司令官代理は少し間をおいてから口を開きました。
代提「今の海軍は腐っているんだ。下らない派閥争いも権力争いも、誰も彼もが自分の利益のみ求めて動いている。
でも僕たちの代でそれを変えてみせる。そういう時……彼みたいな人間に隣に居て欲しいんだ。君たちも、彼のそういうところが気に入ったんじゃないのかい?」
五十鈴「……そうね。安心して命を預けられる提督なんてそうそういないわ」
曙「ふんっ、ま、他のクソ提督に比べたら大分マシな部類ってだけよ」
代提「……彼も部下には恵まれたようだな。けど、君たちの行く先は厳しい。あの深海棲艦の奇襲も、もしかしたら図られていたのかもしれない。
だとしたら、とんだ悪手だったけどね。……僕が手を貸せるのはここまでだ。君たちの船旅がより良いものであることを願っているよ」
切り。
そして私たちは……今までの事を思い返しながら、正門前で司令官が来るのを待っていたのです。
予定到着時刻から20分ほど過ぎて、一台の車が到着しました。中から現れたのは司令官です。
彼は私たちの姿に気が付いて、一直線にこちらへやってきました。そして私たちの目の前に立ち、一息ついてから口を開きました。
提督「……すまない」
しばし沈黙して……
私たちはどっと笑いました。司令官はその様子に困惑していましたが……
摩耶「やっぱ駄目だったな、これは。簡単すぎる」
曙「ホント、流石にこれだけ分りやすいと賭けにもならないわ」
提督「な、何の話だ……?」
五十鈴「提督が開口一番なんていうか、みんなで賭けてたのよ」
山城「みんな予想は同じで、正解でしたけど」
提督「む……そうか……」
司令官は口を噤んでから、やがて意を決めたように口を開きました。
提督「聞いてくれ。私は……お前たちに謝らないといけないことがある」
摩耶「いいよ、もう。全部聞いたぜ、あんたの同期から」
提督「え?」
五十鈴「提督がどうしてここに来たのか……あの作戦でどうして私たちが不遇な扱いを受けたのか……その理由も全部ね」
提督「……そうか。……でも謝らせてくれ。私はお前たちの成果をすべて無駄に――」
摩耶「あーストップ! ストップストップ!」
提督「……む」
摩耶「だ・か・ら! もういいって言っただろ……謝らないといけないのはあたし達だって同じだ。提督一人に負担をかけちまった」
五十鈴「おあいこってことね。あと提督……これから私たち貴方に遠慮すること止めたから覚悟しときなさい」
山城「提督も……きつい時はきついって遠慮なく言って下さい。肩ぐらいは揉んであげますから」
曙「それからクソ提督! 次またムカつく奴をぶっとばしたくなったら、その時はあたし達に一言断りを入れてからやりなさい! いいわね!」
提督「……わかった。今度やるときはお前たちの許可を得てからやろう」
そこで初めて司令官を笑みを見せました。その場の空気も和やかになり……私は司令官の傍によってその腕を引っ張りました。
吹雪「司令官! 私たち退院祝いに料理作ったんです。来てください!」
摩耶「病院食は味気なかっただろ? あたしたち全員で作ったんだぜ。言っとくけど残したら承知しねーからな」
提督「お、おい……私は病み上がりだぞ」
五十鈴「病み上がり? 一か月もさぼってただけでしょ。これからバンバン動いて貰うんだから、しっかり栄養取りなさい!」
山城「まさか賭け金がこんな形で使われるなんてね」
曙「ほらクソ提督、ちゃっちゃと歩く!」
曙ちゃんが司令官の背中を押して、私たちは軽口を言い合いながら司令官を食堂へと連れて行きました。
翌朝。
朝早く起きた私は港へと足を向けました。港はまだ復旧工事をしていましたが、それも直に終わるでしょう。
お目当ての人影を見つけて、私は傍に歩み寄りました。
提督「吹雪? おはよう……早いな」
吹雪「そうですか? 最近はずっとこの時間に起きてましたよ」
提督「そうか……お前はあれから走り続けてたんだな」
吹雪「……はい」
目を細めて水平線を眺めます。
海に浮かぶ朝日は鮮やかな色で雲を照らし出していました。
気持ちよい波音に身を委ねながらその光景を眺めていると、司令官がぽつりとつぶやきました。
提督「ここに来てよかった」
吹雪「……え?」
提督「お前たちに会えた。やはり私は間違ってなかったんだと……そう思える」
吹雪「もう……そんな馬鹿な事言うの司令官だけですよ」
提督「馬鹿とは酷いな」
吹雪「もう遠慮はしないって決めたんです」
提督「なんだ、遠慮とはそういう意味の遠慮だったのか?」
司令官は小さな笑みを見せますが、私は指を立てて説明しました。
吹雪「いいですか司令官……確かにここもようやく設備が整ってきましたけど、それでも他の鎮守府に比べたらまだスタートラインにも立ってません。
資金も資材も人材もありませんし、立場も弱いしで問題が山積みです」
提督「流石秘書艦だ。よくわかってる。頼もしいぞ」
吹雪「……こんなところに来てよかったなんて言うのは司令官ぐらいです」
私は秘書艦を務めることになりました。
駆逐艦は2人いるので任務にあまり影響が出ないようにとの配慮からです。
と言っても皆一度は経験しておきたいということで、時期が来たら変わる予定です。次は曙ちゃんの番です。
提督「そんなことはない……ここはもっと良くなる。私たちが同じ希望を抱けば、きっとなんだって出来る」
鎮守府を仰ぎ見ながら、司令官はつぶやくように言いました。
ふと私は皆で出撃ドックを掃除した日を思い出しました。あの時も、司令官は根拠のない自信で同じようなことを言っていたのです。
吹雪「日本一にだってなれる……ですか?」
提督「ああ、勿論だ」
私も鎮守府を眺めます。
小さく小汚いおんぼろな鎮守府です……司令官には一体どのように見えてるのでしょうか?
不思議でした。彼も私たちと同じです。理不尽に翻弄され、挫折を味わい、傷ついて……そんな夢想が叶わないことは身に染みて分ってるはずなのです。
なのに……司令官は前を見ることを止めません。
吹雪「……」
ちらりと司令官を見上げます。静かに鎮守府を眺めるその瞳を。
一体何が見えているのか……司令官ほど楽観的にはなれないけど、私も同じものを見たいと思いました。
彼がこれから何処へ進み、何を見ていくのか、傍に居て一緒に見たいと思ったのです。
吹雪「司令官」
提督「なんだ?」
吹雪「いえ、昨日言えなかったことがあったので……」
私は一息ついてから言いました。
吹雪「お帰りなさい司令官。これからもよろしくお願いしますね」
提督「うむ。こちらこそよろしく頼む」
私たちはようやく足並みを揃えて走り出すことができました。
行く先が困難なのは分っています。いつか壁にぶつかり挫折を味わうこともあるでしょう。
でも今は、この胸に再び灯った希望を信じてみることにしました。それはきっと、みんなも同じです。
だからこの灯が消えるまでは走り続けてみたいと……今はそう思うのです。
おしまい。
あとがき書いたら依頼出します。
あとがき。
完結させることが第一だったので短くまとめるつもりだったのですが、意外と長くなりました。
ともあれ読んでくれてありがとうございます。感想は起爆剤になったのでとても助かりました。
大和「提督」提督「んあ」
大和「提督」提督「んあ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1435274987/)
前作です。これで終わっても良い感じなのですが、もしかしたら加筆修正してまたあげるかもしれません。
その時はよろしくお願いします。ではでは。
このSSまとめへのコメント
今まで読んできた中で一番感動した
よかった…提督が死んじゃうとかじゃなくて…本当に良かったよ(泣)
久しぶりに最初から最後までブレ無いで内容も良いものが読めて興奮したわ…
久々にいいSSに出会えたよ
すげー良作に出会えた
つくんならこんな提督の下につきたい。こんな仲間にも恵まれたい
やっぱPVは意味がないんだな。
本屋で数多ある本の中から一冊、すごい本を選び出したあの興奮と似てる
書いて書いて書き続けてほしい。
書き続けるなら、俺は読み続ける
感動したわぁ…。
グッジョブ(・Д・)ノ
胸が熱くなるな。