志希「ねえねえ法子ちゃーん」
法子「志希ちゃん、どうしたの?」
志希「コレコレ、さっき作った薬なんだけどさ~」
法子「く、薬?」
志希「そうそう。冗談半分で作ったら本当に出来ちゃったから、持ってきたんだけど……法子ちゃん、どう?」
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法子「どうって言われても……。そもそも、薬ってどんな薬なの?」
志希「ん~、簡単に言ったら――自我を芽生えさせる薬?」
法子「へ?」
志希「まだ実験段階なんだけどさ~」
志希「さっきその辺にあった花にかけたらぐるんぐるん動き出しちゃって」
志希「フレちゃんもおどろいちゃって、大変だったんだ~」
法子「す、すごいね。その薬」
志希「まあね。もう少し調べてみよっかな~って思ってるんだけど、どう? 法子ちゃん、サンプル品試してみる?」
法子「え、サンプル品?」
志希「はいこれ」ポイッ
法子「え、あ」ワタワタ
志希「液体を吸収できるものだったら、大体おっけーみたいだから、使いたかったら使ってみてね」
志希「それじゃあ、アタシまだやることあるから。じゃあね~」テクテク
法子「行っちゃった……」
法子「……」チラッ
法子「これどうしよう……」
――――
――
―
法子「志希ちゃんに薬貰ったけど、何か使い道ないかなあ」
法子「でも、物に自我を芽生えさせる……ってどういうことなんだろう」
法子「ん~、よくわかんないなあ」
法子「とりあえず、ドーナツ食べよっと」
法子(あたしは、いつも通りゴソゴソと袋からドーナツを取り出す)
法子(そこから普通のリングドーナツを取り出した――そのときだった)
法子「あっ」ポロッ
法子(手から零れ落ちたドーナツは、くるくると螺旋を描いてテーブルの上へと落ちた)
法子(そこには、さっきの薬が……)
パシャッ
法子「く、薬が……」
法子(蓋がとれて中身が零れた薬は、そのままドーナツにかかってしまった)
法子(ど、どうしよう……)
法子(あたしはどうすることも出来ず、しばらくそのままじっとしていた)
法子(しばらく時間が経った後……それは突然起きた)
ドーナツ「」モゾ…
法子「わっ!? う、動いた!」
法子(そう、薬のかけられたドーナツはモゾモゾと動き出したのだ)
ドーナツ「」ノソノソ
法子「あ、ダメダメ! そっち行かないで!」ガシッ
ドーナツ「」モソモソ
法子「う、うぅ……、これどうしよ……」
法子(手のひらの中でもぞもぞと動くドーナツ)
法子(異様に思えたけど、でもどこか『生き物』のようにも思えた)
法子(突如として命が与えられた、あたしのドーナツ)
法子(その日、あたしはケージを買って帰った)
法子(ドーナツをペットにする――普通、ありえないことではあったけどそれは現実のことだった)
法子(……そして、あたしはドーナツの観察日記をつけることを始めた)
――――
――
―
【観察1日目】
あたしはこのドーナツに『ナッツ』という名前を付けることにした。
ナッツは、今日も元気にケージの中を動き回っているものの、体が丸い形をしているので、動くのも大変そうだ。
観察日記をつけるうえで、ナッツがどんなことをするのか分かればいいなあ。
(追記)
そう言えば、ナッツのことを志希ちゃんに話したら「法子ちゃんおもしろ~い」と笑われた。
志希ちゃんは、この薬の研究をしているみたい。何か分かることがあるのかな?
【観察3日目】
ナッツは餌がなくても、大丈夫なみたい。
そもそも、どうやってナッツは動いているんだろう?
分からないことは多いけど、ナッツ自身楽しそうにしている。
それを眺めるのがあたしの日課。
ナッツ~、と名前を呼ぶとあたしの方へ来てくれる。
ナッツ、かわいいなあ。
【観察6日目】
ナッツは、日を重ねるごとに素早く動くようになっている。
元気なことはいいけど、ケージの隅に頭をぶつけているのは痛そう……。
【観察10日目】
今日は、志希ちゃんがナッツの様子を見に来た。
あたしがナッツのことを紹介すると、志希ちゃんは「う~ん」と難しそうな顔をしていた。
なにかおかしいことでもあったのかな?
今度、志希ちゃんに聞いてみないと!
【観察14日目】
ナッツを飼い始めて2週間目。
ナッツは最初のころよりは大人しくなったみたい。
ペットは結構大変だ、ってイメージがあったけど、ナッツは手がかからないから飼うの楽しいかも。
【観察20日目】
今日は真剣にナッツがどうやって生きているのかを考えてみた。
まず、ナッツはドーナツだ。
ドーナツが動くというのは、どういうことなんだろう?
あたしが手足を動かせるのは、脳があるから。
でも、ドーナツが動くには?
志希ちゃんの薬が、ナッツに脳を作ったのだったら……。
ぷすぷす。ここまで考えて、あたしの脳はショートした。
糖分糖分。ドーナツ食べよっーと。
【観察25日目】
今日、ナッツのことについて話があると、志希ちゃんに明日ちょっとだけ時間ちょうだいって言われた
なんだろう? なにかわかったのかな?
ナッツは少しだけ元気がない。
ナッツ~、大丈夫~?
もぞもぞ動くナッツを見て、あたしは笑った。
なんだか、意思疎通できてるみたい。
――――
――
―
法子「志希ちゃん、いるー?」
志希「……うーん」
法子「志希ちゃん? どうかしたの?」
法子(志希ちゃんは白衣を着て、なにやら難しそうな顔をしていた)
法子(目の前には書類の山が溢れかえっていた)
法子「志希ちゃん、それ……」
志希「そうそう、前に渡した薬なんだけどさあ」
志希「ちょーっと、おかしいなあと思って薬を国立の研究機関に送ってみたんだ」
法子(スケールが違うような……志希ちゃんってやっぱり凄いんだなあ)
志希「アタシの見込みではさ~、この薬は非生命体に自律神経を植え付けて、まるで生命体かのように動かすのが目的だったわけ」
法子「えーっと……」
法子(志希ちゃんの話が難しい……)
志希「でもさ。そうじゃなかったんだよね。出来上がった物の有機構造をIRとかNMRで同定しようとしてみてもピーク位置もバラバラでわけ分かんなくて」
志希「で、そう言えばアタシってこの薬どうやって作ったんだっけ? って思ってみたんだけど、その時適当に作ったから実験ノートつけ忘れちゃってたんだよね」ニャハハ
志希「志希ちゃん、実験者失格~って思ったんだけど、この薬の仕組みを知りたくなっちゃって」
法子「……う、うん」
志希「一番初めにこの薬を使った花をサンプルとして送ってみたんだけど」
志希「そしたらどうにもこの薬、生体内に注入後に有機物が変異して生物体みたいに振る舞ってるんじゃないかなって思ったんだよね~」
志希「それで、さっき研究所からサンプルの測定結果が送られてきたんだけど」
法子(それがコレ、と見せられたもののその紙に何が書いてあるのかさっぱり分からなかった)
法子「これ、どういうことが書いてるの?」
志希「んー、簡単に言うと――」
志希「寄生虫?」
法子「え……?」
法子(あたしは目を丸くした)
法子(え、あ……き、寄生虫?)
>>20 ※ミス
志希「一番初めにこの薬を使った花をサンプルとして送ってみたんだけど」
志希「そしたらどうにもこの薬、目的物質に注入後に有機物が変異して生物体みたいに振る舞ってるんじゃないかなって思ったんだよね~」
志希「それで、さっき研究所からサンプルの測定結果が送られてきたんだけど」
法子(それがコレ、と見せられたもののその紙に何が書いてあるのかさっぱり分からなかった)
志希「どうにもこの薬、ファージみたいに生物体に注入されると、その中で増殖して、目には見えない微生物みたいに働くみたいなんだよね」
法子「ふぁ、ファージ?」
志希「そうそう。ファージって細胞内に遺伝子を注入して中で増殖するんだよね~」
法子「そうなんだ……」
法子(バイオケミカルは難しいよね~、と志希ちゃんは呟いていた)
法子(そもそも、あたしは全部話が分かってないんだけど……)
志希「で、さっきの薬の話なんだけど」
志希「法子ちゃんの……なんだっけ? ナッツ、で合ってる?」
法子「……うん」
志希「そのナッツがどうやって動いているのかっていう謎」
志希「あれは微細な寄生虫がドーナツ内部を侵食してるんじゃないのかなって結論づいたってこと」
法子「えーと、それって」
志希「そうそう。ドーナツ内部の小さな穴を縫うように微生物が増殖して――で、下部に集まった微生物の集団が動かしてるんじゃないかって」
法子「……」
法子(その様子を想像して、あたしはゾッとした)
法子(そう、あたしがこの一か月ほど可愛がっていたナッツの正体――それは、寄生虫だった)
法子(寄生虫ってことは……あれは、む、虫?)
志希「それでさ~、法子ちゃんってファージが細胞内で増殖しすぎるとどうなるか知ってる?」
法子「え……?」
法子(あたしは志希ちゃんの問いかけに首を横に振る)
志希「ファージってね、細胞を食い破って外に出てくるんだよ」
法子「……?」
志希「うーん、つまりね――増えすぎちゃって、その寄生主を壊しちゃうの」
法子(だとすると、ナッツは――)
志希「ちょっーと、ヤバいかもね♪」
法子「あ、あたし家に帰らなきゃ――!」タッタッタ
法子(急いでその場を立ち去ると、あたしはすぐに家へと向かった)
――――
――
―
法子「……」
法子「この中に……ナッツが」
法子(部屋のノブを回すと、キィと扉は開いた)
法子(おそるおそる、部屋に足を踏み入れる)
法子「な、ナッツ?」
ナッツ「」モゾモゾ
法子「ひっ……!」
法子(ナッツはケージの中でモゾモゾとその体を犇めかせていた)
法子(ナッツは今にもその体を破裂させんとばかりに、膨らませていた)
法子(いや、き、気持ち悪い……!)
ナッツ「」モゾ…
法子「は、はやく何とかしないと」
法子「でも、どうやって――」
法子(焦るあたしの目の前で、ビチビチとナッツの体に亀裂が入り始める)
法子(これ、は、破裂しちゃう――!)
法子(だ、誰か……!)
法子(そのとき――後ろの扉が勢いよく開かれた)
志希「は~い、後ろからごめんね~」ガチャ
法子「志希ちゃん!?」
志希「バーナーでめらめら~」
ボワッ
法子(志希ちゃんはバーナーでケージの中に火をつけると、すぐに手元にあった消火器で火を沈下させた)
法子「……」
志希「法子ちゃんごめんね、非常事態だったから」
法子「ううん……志希ちゃん、ありがとう」
法子(もしも、このままナッツが破裂していたら――あたしはどうなっていたんだろう)
法子(目の前の有様に溜息をつきながら、あたしは志希ちゃんと部屋の後片付けをした)
――――
――
―
志希「法子ちゃん、この前はほんとごめんね」
法子「ううん、大丈夫だよ」
法子(後日、あたしの元に謝りに来てくれた志希ちゃんは本当に申し訳なさそうな顔をしていた)
志希「これ、お詫びのお菓子」
法子「わっ、ドーナツだ! やったー!」
志希「それじゃあ食べよっか」
法子(そう言うと、志希ちゃんはポットから紅茶を淹れてくれた)
志希「でさあ、この前の薬のことなんだけど」
法子「うん、どうしたの?」
法子(ドーナツに口をつける前、志希ちゃんはあたしにこんなことを言った)
志希「もしも、動物に使ったらどうなろうって思ってたんだよね」
法子「動物に?」
志希「そうそう。元々、自我のある生物に適用させた結果とか面白そうだなって」
志希「キョーミあっただけなんだけどね」
法子「うーん……」
志希「まあ、あの薬もう作れないし意味ないんだけど」
法子「そうなんだ……。でも、もう作らない方がいいと思うよ」
志希「にゃはは、確かに!」
法子(けらけらと志希ちゃんは笑っていた)
法子(あたしは、そんな志希ちゃんを見てドーナツを見下ろす)
法子(ナッツのことを思い出すと、ちょっとドーナツは食べにくいかも……)
志希「ドーナツ、食べないの?」
法子「え、あ……食べるよ!」
法子(あたしはいつものようにドーナツを口元まで持ってくる)
法子(ドーナツのいい香りが鼻に漂った)
法子(そのとき――ドーナツが『ぴくり』と動いたような気がした)
法子「……?」パクリ
法子(あたしは、美味しくドーナツを頬張った)
志希「……」
法子(志希ちゃんは、そんなあたしを眺めていた)
法子「ドーナツ、美味しいね」
志希「良かった~」
おわり
『過去作』
仁奈「人間の気持ちになるですよ」
など書いてます。
良かったら、読んでみてください。
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