日がな一日ベッドの上も退屈だろうと気を使って会いに来てやったというに、 当の鳴海さんといえば相変わらずのつれなさで憎まれ口を叩くのであった。
「べつに暇じゃありませんよーだ。こう見えて、すっごく忙しいんですから」
歩「結局、あんたの仕事ってのはなんだよ」
「それは……」
歩「企業秘密です、だろ?」
私の台詞を奪って鳴海さんが言う。
病室のベッドは眩しいくらい白くて、ベッドの主も相応に清々しく笑っていた。
病に侵された体で、しかし、そんなものを微塵も感じさせぬほど、普段通りに存在する鳴海さん。無理をしているのは明らかなのに、なぜか痛々しさは感じられない。先のない身の上であるはずなのだが、彼は希望に満ち溢れて見えるのだ。
これこそが、鳴海さんが奏でる論理の旋律。
私には、尊くて、眩しすぎて、思わず目を細めてしまう。
「それで、今日は何をされていたんですか? またピアノですか?」
歩「いや、今日はなんだか眠たくてな。昼寝してた。一日損した気分だ」
「鳴海さん、それって……」
言いかけて、しかし、言葉を飲み込む。
そんなことは他ならぬ鳴海さん自身が自覚していることだ。だから、私の為すべきことは、鳴海さんの体がどうあれ、普段通りに彼に接することだ。絶望の深淵にいてなお希望に笑う。そんな彼の論理を支えるのに、暗い顔はそぐわない。本当は今すぐにでも横にして休ませてあげたい。が、そういった気遣いの一切を堪えて、私は「それは勿体ないですねぇ」と相槌を打つに留めた。
「ですから、鳴海さんにプレゼントです」
鞄の中をがさごそと漁る。
鳴海さんのために用意した見舞いの品。
歩「クロスワード?」
怪訝な顔の鳴海さん。
「はい、クロスワードです。見舞いの品といえばクロスワード! これさえあれば退屈知らず。時間を無為に過ごすはめにならずにすみますよ?」
歩「難易度が相当ならな。自分で言うのも憚ったいが、そこらのクロスワードなら暇潰しにもなんねぇぞ」
「そこは心配なさらず。なにせ私の手作りですので!」
それはもう難易度が高いどころの話ではない。知恵比べで鳴海さんに一泡ふかせたい人を募集すれば、やる気に満ち満ちて協力してくれる人多数。ブレード・チルドレンって実は暇なんじゃないだろうか、との疑惑が濃厚になるくらいには協力者を得られた。なかでも世界的なピアニストの人が最も暇を持て余しているようで、寝る間を惜しんで鳴海さんのために高難易度のクロスワードを作っていた。
鳴海さん、愛されてますね。
ブレード・チルドレンがのりのりだったのは勿論だけれど、弟の困り顔を見てやろうと鳴海清隆氏も本気で参戦していたりする。彼ら彼女らの愛が重すぎて、もはやクロスワードがタウンページレベルであった。
歩「いや、これは……嫌がらせだろ」
「愛ですよ、愛。皆さん、鳴海さんのために知恵をしぼって作ったんですから」
歩「ふぅん。……で、あんたからのクロスワードはないのか?」
「ないですよ」
歩「ないのか」
「はい。……欲しかったんですか?」
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