僕「神様はいつだって不公平なんだ」 (10)

とある病院で一人の男の子が生を受けました。名前は僕と言います。
しかし、僕君には他の赤ちゃんと明らかに異なる部分が幾つかありました。
生まれつき目がカエルのように飛び出し、口が鳥のように突き出して、人間離れした悍ましい容姿をしていたのです。
先天性の身体障害。神様が僕君に与えてくれた初めてのプレゼントでした。
僕君はその特筆すべき点を除けば、他の子どもたちと同じようにすくすくと元気よく成長しました。
ですが、幼稚園に入園する頃になりますと、僕君は他の子どもたちから気味悪がられ、異端者として扱われるようになります。

「ねーねー僕君!僕君の顔おかしくない?」

両親はこれまで僕君に障害のことなんて伝えていませんでしたから、僕君は当然不思議に思います。
そして

「僕の顔がおかしいってどういうこと?」

と、おかしな顔で、おかしな問いかけを投げかけるのです。

「僕君の顔はおかしいよ!みていて気持ち悪いよ!」

「私に近寄らないで!うつっちゃう!」

僕君は泣きながら言いました。

「なんでひどいこと言うの?僕がなにかしたの?」


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結果、僕君は入園初日から、仲間はずれにされ孤立しました。
先生たちも内心気味悪がってあまり関わろうとはしません。
両親もそれは予想の内だったようで、僕君を半ば放置気味にしていました。

「今日もみんなと遊んでもらえなかったなあ」

いつもの様にひとりぼっちでお家に帰っていたところ一匹の野良犬を見つけました。
しかしその野良犬はひどく見窄らしく、耳が片方千切れており、片目に深い深い傷を負っておりました。

「うわあ!気持ち悪い犬だなあ!かわいくないや!」

「あっちいっちゃえ!」

僕君は犬を振り払います。
野良犬は僕君の顔を睨みつけるかと思うと、くぅーんと情けない声を響かせながら何処かへ去って行きました。
その時ふと、僕君はあることに気付きます。

「もしかして、僕の顔もあの犬みたいにおかしかったから馬鹿にされたのかな?」

僕君は急ぎ足で家に帰りますと、両親に向かって問いただしました。

「お父さん、お母さん、僕の顔は他の人と違うんですか?おかしいんですか?」

僕君の両親は、まだ幼い未熟な僕君にあまりにも無慈悲で残酷な現実を突き付けます。

「そうだよ、お前の顔はおかしいんだよ」

「もうとっくの昔に分かってるかと思ってたけど、アンタは頭もちょっと弱いみたいだね」

僕君は打ちひしがれました。
あぁ、僕は馬鹿にしたあの気持ち悪い野良犬と同じだったんだなと。
僕は馬鹿にする側なんじゃなくて、馬鹿にされる側なんじゃないかと。
蹲って涙を流している僕君に、両親は更に追い打ちをかけました。

「アンタみたいな気持ち悪い子ね!本当は殺処分でも良かったのよ!」

「早く勝手に死んでくれないかしら?事故に遭ってほしいくらいだわ」

僕君はその言葉を聞き、目から涙がこれでもかというくらい溢れます。
涙が一滴残らず枯れるまで泣き尽くしますと、今度は声を喉が張り裂けそうなくらいあげました。
甲高く、耳障りで大きな声。
まるで自分の不運さを天の上に住んでいるであろう神様に訴えかけるように。
母は近所迷惑になると思ったので、僕君のお腹を蹴り上げ、喉を締めました。

「くるじい……たずげで……」

「お前が大きな声を出すからいけないんじゃないか、反省しなさい」

父はそう静かに言い放ちました。そして、見ているだけで一切止めようとしません。
優雅にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいます。
母は必死に僕君の首を絞めて、恨みつらみを言い続けました。

「アンタの所為で近所からもハブられてんのよ!」

「ママ友の一人だってできやしない!」

「全部アンタが悪い!アンタさえいなければ!」

この日を境に、母親による虐待が始まりました。
幼稚園では同級生に人間未満の扱いを受け、家では家畜同然に扱われました。
ですが、僕君は自分が悪いのだから仕方が無いと、自分の気持ちに蓋をします。
しかしそう長く続く訳もなく、僕君はある時、家出をしてしまいました。

「家出しちゃった……戻ったら怒られちゃう」

僕君はどうしたものかと考えておりますと、いつの間にか公園に着いていました。

「僕がよく遊んでる公園だ」

好都合なことに、他の子供達はいません。
僕君はひとまずドーム型の遊具の中に入ることにしました。

「湿ってる……雨でも降るのかな」

お空を見上げますと、雲行きが怪しく雨が今にも降ってきそうでした。

「傘持ってきてないや……」

そんなことを呟いておりますと、遠くから何やら怪しげな影が近寄ってきます。

「や、やばい!隠れなきゃ……!」

影は僕君にゆっくりと、ゆっくりと近付いてきました。

「お、お前は前にあった犬じゃあないか!」

近付いてきた影は、僕君が以前に出会った気持ち悪い野良犬でした。

「お前も行き場がないからここに来たの?」

犬は黙ったままです。

「僕は、家出しちゃったんだ、帰ったら怒られちゃうから帰れない」

「そうだ!この前、お前のこと馬鹿にしちゃってごめんね、僕はお前なんか馬鹿にできないのに」

「人間の言葉が犬にわかるとは思えないけど、言っておかなくちゃあいけないと思ったんだ」

「本当にごめんなさい」

僕君は以前、犬に働いた無礼を謝りました。
そして、長い沈黙が続きます。
10分ほどたった頃でしょうか、僕君が痺れを切らし、もう一度犬に話しかけようと思った矢先、
ぽつり、ぽつりと雨が降ってきました。

「お前、そんなところにいたら濡れちゃうよ、こっちにおいで」

野良犬は言われなくても分かっているという風に尻尾をバタバタと震わせますと
少しだけ、僕君との距離を詰め、ドームの中に入ってきました。
それを見た僕君は、犬がちょっとばかし自分に心を許してくれたのだと好意的に捉え、また話しかけることにしました。

「お前はどうしてそんな耳と顔なのかわからないけれど」

「僕は生まれつきこの顔だったってお母さんに言われたんだ」

「僕だって好きでこんな顔に生まれたわけじゃあない」

「なのに、みんなみんな、僕をばかにするんだ、顔がおかしいって」

「でもおかしいのはばかにする方じゃないか」

「どうして僕はこんな顔で生まれたきたの?おかしいじゃないか!」

一息置きますと、目尻に涙を浮かべ、肺から全ての空気を押し出し、自らの心中を吐露しました。

「神様はいつだって不公平なんだ」

「きっと、僕みたいな不運な人を見て、面白がってるに違いない」

僕君は、やり場のない悔しさでドームの壁を殴りつけました。
何度も、何度も、そうしていると、僕君の拳は傷だらけになって出血してしまいました。

「血が出ちゃった……でも手はあんまり痛くないんだ」

「僕の心が痛いんだ」

僕君は傷だらけの手で、チクチクと痛みを感じる胸を抑えつけます。

「痛いんだ……痛いんだ……」

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