小さくて黄色い虫(17)

ふとした時、テーブルに虫がいるのに気がついた

虫が苦手な私ではあったが、なんとなくそれから目を離せない

いつもなら即座に臨戦態勢だったのだが…

いつから私はこんな臆病者になってしまったのだろう?

いや待て、決して虫を殺せない訳では無いのだ

できないのではなく、敢えてしないだけであって

無益な殺生を避ける、慈悲の深い人間になったのだろう

いや違う、そんなことはどうでもいい

問題はこの虫をどうするか、だ

私が呑気に考え事をしている間でも、その虫は1歩と動かなかった

なんだか心を見透かされた気分だ

"この人間には俺を殺す気が無い” という心を

というか、この虫を見つけてから歩いているところを見ていない

まさか……死んでいる?

それからじーっと見ていると、私を嘲るかのようにちびちびと歩きだした

2度も心を読まれ、3度目は無い事を祈るばかりだった

しかしなんだか、この虫は気持ち悪くないぞ?

歩く姿を見て思ったが、どことなく愛らしさすら感じる

私の脳内害虫リストには載せないでいてやろう

米粒ほどの体長、ほんのりと黄色い羽、人間の産毛ほどの足

そして、不必要にも思える黒い模様

お前はこの模様で何をしようとしていたんだろう?

よく枯葉や枝に擬態する虫は見るが、お前には要らないだろう

"床に落ちてカビが生えた米粒” の擬態なら完璧だろうな

そんな無意味さも、自分と重なって愛しく思えた

ああ待て待て、テーブルから落ちてしまう

私は少しだけ慌てて、そこらにあった紙で落ちる虫をキャッチしようとした

だが意外にも、この虫はテーブルの側面を歩いていた

こいつ、なかなかやる奴だな

前々から思っていたが、壁などを走る虫は何故落ちないんだ?

足に接着剤でも付けているのだろう、かなり不便そうだが

少なくとも私は足の裏に接着剤をつけたくない

そんなことを考えていて、虫が落ちたことにも全く気づかなかった

全く、地球の引力に勝てると思ったのだろうか?

虫は何事も無かったかのように、床を歩いていた

ふん、私だけが知っているぞ、お前は地球に負けたんだ

喋らない虫と会話している私が少し恥ずかしくなった

一人暮らしだ、虫と話したくもなるさ

いや、今はこいつと二人暮らしかな?

……なんてポエミーなことを考えるのだろう、私は

詩人になれるかもしれないな

ならないけど

この虫に名前はあるのだろうか

名前を調べることができれば画像も出てくる

こいつがいなくなって、私の記憶からも消えた頃に、その画像を見て

ああ、こんな奴もいたなぁ、と思うのが好きだ

偶然同級生に会った時にも似ている

……虫と同級生が同じというのはどうなんだろう?

まあいいや、とりあえず写真を撮っておけばいいだろう

適当なサイトで聞けば多分答えが返ってくる

さて、この虫自体はどうするかな

カブト虫すらまともに育てられない自分に飼育は無理だろう

だが折角の同級生だ、殺さず逃がしてやる

また会えたらいいな

驚くことに次の日にも、テーブルにその虫がいた

ちゃんと外に逃がしたのに、どうやって入ってきたんだろうか

また会ったなぁお前

なんだか妙に嬉しくなって、その虫が食べそうな物を調べた

明日来たらエサあげるから、来いよな

来てくれるかな、なんてヘンテコな期待を膨らませて、その虫を逃がした

虫と人間の間にも、友情が芽生えることを知った

おわり

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