ボカロP「実は俺は」(28)
※ボカロとバンドをテーマにいっちょ書いてみる。
※こんな人も、ボカロPの中にはいるんじゃないかなという感じの話。
※最後はほっこりで締めたい。
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キッチンは、週2回の回収の日まで放置されているパンパンのゴミ袋で足の踏み場もない。
床には古いスコアブック、何年も使ってないメイク道具、ギターピックが落ちている。
昼間だというのに閉めきった窓。
俺は組んだ太ももの上にエレキギターを置いて、半分残ったビールを飲み干す。
缶を置くと、赤いバツ印をクリックして編集ソフトを閉じた。
俺 (俺は、ロキ。ネットではちょっとばかり名の知れたボカロPだ)
俺 (さて、この前投稿したのはどこまで行ったかな…)カチッ
ニコ動のランキングを開くと、すぐに見つかった。
俺 「……けっ、しょぼい耳してんなニコ厨のバカどもは」
【オリジナル曲】夢で逢えたら【ミク】
あああああああ 中毒性ヤバすぎ
最高! 毎日聴いてる リピート止まんねえええ
すでにマイリスされてます、だと……?
ボカロ曲で一番好きかもしれない ミクの可愛い声に合ってる
PVないの? サビが滅茶苦茶いいわ 電波曲飽きてたからちょうどいい
俺 (右から左へと流れる、賞賛コメントの嵐。投稿したのは3日前なのに、もう50万再生を突破した)
俺 「バンド時代のボツ曲アレンジしただけだっつーの……本当、リスナーのレベル下がったよなー」グビグビ
俺 (たまに、"Aメロのリフが○○に似てる"だの"ありがちなJ-POP"だの批判的なコメントが出ると、
すぐに信者が総攻撃をかけてくれる。俺がわざわざ削除するまでもない)
俺 「あれだ、なんか思い出すと思ったらピエラーだ」
俺 (あそこのボーカル、雑誌でよく吠えてたな。同期の俺らを"薄っぺらい歌詞の癒し系気取り"って言ったのは忘れねえぞ)
もうロキさんしか聴いてない
ロキP最高! ロキさんはボカロPとして命かけてんだよ
CD出さないの? すぐプロデビューするボカロP多いし、こういうほうがいいわ
俺 「……こいつら多分、俺が元プロだって知らないんだろな」
俺 (……そう、これでいいんだ。ニコ動程度が、俺にふさわしい居場所なんだ)
俺 「……」グッ
□ □ □ □ □ □ □
友 「おー、俺久しぶりー!解散して以来だっけ?」ブンブン
俺 「ひっさしぶりだなー。10年前にもチラッと会っただろ、だから5年ぶりだよ。……お前ちょっと太ったんじゃねえの?」
友 「やっぱ分かる?実はさ―、引っかかっちゃって」
2日後。俺は久しぶりに、バンド時代のメンバーと会っていた。
ベースを弾いていた、骨ばった指も今はすっかり太くなって、
ファンの子に「女の子より可愛い」と称されたベビーフェイスは、肉づきがよくなって……まるで、ブラマヨの小杉だ。
俺 (メンバーで一番の美形だったコイツがこうなるとは、誰が予想したろうか)
俺 「ダイエットしろよー、元ビジュアル系」バンバン
友 「いやあ、嫁さんの料理が旨すぎてさ」テヘヘ
俺 「ノロケかー?お前今全日本の独身貴族を敵に回したぞ」
友は、俺の中学時代からの友達だ。
高校中退した俺がバンドを組むと言い出した時、まっさきに加入したメンバーで、バンドのリーダーでもあった。
俺 「お前さあ、なんで引退したの」
友 「んー?」
バンド時代に通っていた居酒屋で酒を飲み交わしながら、俺は何気なく聞いた。
俺 「お前だけならサポメンとかで食ってけたろ」
友 「……実は、さ。その時付き合ってた…ていうか、貢がせてたファンの女の子がいて」
俺 「お前、まさか」
友 「それが、今の嫁さん」
友 「……"できちゃった"って言われた時、頭真っ白になってさ。
でも一晩考えたら、"俺、この子が大好きだ"って気づいて……だから、音楽やめて、死ぬ気で食わせてこうって思った。
どんどんデカくなる腹見てたら、今までの自分が恥ずかしくなってさ。せめて…生まれてくる子供には、恥ずかしくない親父になりたくて」
友 「だから、お前らがまた新しいバンド組んでるの見て…正直、"バカじゃねーの"って思ってた。
バンド時代の衣装とか機材とか、全部実家の倉庫に突っ込んだよ。…息子はもう中学生だけど、親父が昔バンドやってたことは言ってないんだ。
まあ、見た目変わりすぎてっから、誰も気づかねえんだけどさ」
俺 「……息子、何聴いてんだ」
友 「乃木坂46」
俺 「量産型アイドルか…ゴミじゃねえか、見事にアイドル商法に引っかかってやがる」
友 「ははっ、俺が息子ぐらいの年の頃はイエスとか、EZOとか、なんでも片っ端から聴いてたからなあ。息子の部屋から聴こえてくる音がもう
全部元ネタ分かっちまうんだよ。"あー、ここのAメロ、あの曲だなあ って感じで。お父さん悲しいね」
俺 「売れる曲ってのはたいてい、そんなもんだろ。決まったテンプレがあって、それに沿って作る」
友 「そのルールを知ってても、売れるとは限らないんだよなあ、俺らみたいに」
俺 「ウタダだってさんざん売れっ子って言われてたけど、あれ結局出荷枚数だしな。結局最後は事務所の力と華だよ、華」
友 「俺達、最高で何位だっけ」
俺 「35位」
友 「な、それが限界なんだよ。いくら大阪で人気あってもさ、メジャーの壁はデカかったんだ。バンドブームの中に埋もれるのが俺達の運命。
デビューできただけでも儲けモンだったんだろ」
俺 「…わかってるよ」
俺 「分かってんだよ…俺達はルナシーになれないなんて事ぐらい」
友 「じゃあ、なんで俺に電話してきたんだ?」
俺 「……」
友 「お前、まだどっかでバンドやってんのか?」
俺 「…バンドは、やってない」
友 「じゃあエンジニアとか?」
俺 「……」
俺 「なんも、してねえよ」
友 「そうか」
それからしばらく、俺達は黙って酒を飲んだ。
友 「なあ」
俺 「ん」
友 「もし、また…"Phantasm"やろうって言ったら、どうする」
俺 「……Phantasmはもう終わったんだよ」
友 「俺さ、今でも全曲ノーミスで弾けるぜ」
俺 「俺もだよ。全曲歌詞間違えずに歌える」
友 「じゃあ…」
俺 「…今更、誰が聴いてくれるってんだ」
友 「……」
それきり、俺達は何も言わないで酒を飲んで、そして別れた。
ボカロPをやってることは、結局最後まで言えなかった。
□ □ □ □ □ □ □
後輩A「そういやさ、営業2課の俺さん知ってる?」ジョボボ…
後輩B「いや」カチャカチャ
後輩A「なんでも、昔V系バンドやってたらしいぜ」
後輩B「マジで!?えっ、あの俺さんだろ?」
後輩A「マジマジ。ネットで見たけど、髪の毛とか真っ赤でさ、んで、スパンコール?ついた
キラッキラのコート着てて」
後輩B「うわー」ジョボボ…
後輩A「んで、クネクネしながら歌ってた」カチャカチャ
後輩B「なになに、プロだったん?」
後輩A「一応プロだったっぽいよ。パパパパパフィーで歌ってたもん」スッ
後輩B「なになに、なんて名前?」
後輩A「なんだっけなー、ふぁん…ファンタ…忘れた」ジャーッ、ゴシゴシ
後輩B「ふーん」
後輩A「ま、覚えてねえってことは大したバンドじゃなかったんだろ」
後輩B「あれだろ?V系四天王とか言ってた頃のバンドなんだろ?」
後輩A「うん。俺らが中学ぐらいの頃」
後輩B「俺お笑いしか見てなかったし、覚えてねーわ」カチャカチャ
後輩A「俺も―。ペニシリンとかシャムシェイドとか、ぼんやり覚えてる程度だわ」キュッ、フキフキ
後輩B「じゃああの人、全然売れなかったんだwっうぇw」
後輩A「あのキモさで売れたらもう奇跡っしょwww」
後輩B「ちょwっをまwwwラクリマとピエロdisってんのかw」
後輩A「もうV系自体奇跡みたいなジャンルだろwwwあれでオリコン1位とかwww」
―個室内―
俺 (こいつら女子かよ…)
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今日はここまで。
90年代は埋もれてしまったV系も多いけど、それを探すのが逆に宝探しみたいで楽しい。
乙です
ボカロPが主人公なんて、めずらしいですな
すごく期待してる
>>10
ありがとう。ボカロP主人公は確かに見たことないw
書き忘れてたけど、作中に出てくるバンド名は、主人公の以外は全部実在です。
男子トイレでうわさ話をしていた後輩の声を盗み聞きしてから、一ヶ月。
俺 (そろそろ来るだろうとは思ってたけど、早すぎんだろ。まだ半年しか経ってねえぞ)
ギターの弦を爪弾いても、昔作ったフレーズしか出てこない。
Cのマイナーからコードを押さえていっても、形ある曲にならない。
俺 (……全ッ然曲が出てこねえ…)ボスッ
ベッドにダイブして、散らばったスコアを1枚とる。どうやら耳コピの練習で起こしたやつらしい。
楽譜の上に小さく『Sleep my dear 96年 ラジオパレード』と書いてあった。
俺 (そろそろ新曲投稿しねえと……あー、でもやる気起きねえ…)ゴロゴロ
俺 (4人でバンドやってた頃は、誰かが助けてくれたけど、今は一人だしな)カチッ
起き上がって、PC画面で適当に打ちこむ。
ミク『あーあーあー、あああー』
俺 「……」カチッ
F1キーを押してスリープにすると、俺はスマホを取って、耳に当てた。
□ □ □ □ □ □ □
G 「俺の方から連絡してくるなんて、珍しいな」カチッ、キュッ
俺 「ま、まあな」
G 「んじゃ、ちょっと機材の調節すっからさ。そこらへんに座って待ってて」ギュイイーーン…ギッ、ギィ…
翌日。俺は都内のライブハウスにいた。
ステージに立ってコンポーザーのツマミをひねってるのは、俺達Phantasmの元ギター。
俺達と同じ41歳なのに、まだ髪は金髪で、ソフトながらも化粧をしている。解散した後も連絡を取り合ってる唯一のメンバーだ。
俺(機材の調節まで自分でやるのか。……ソロってのも大変なんだな)
G 「っし、終わった!んで、どーしたんだよこんなとこまで来て」クルッ
俺 「い、いや…別に用事ってわけじゃ、ないんだけどな」
俺 「……」
俺 「あの、さ。今俺、ボカロ使って色々やってみてんだけど」
G 「へえ、すごいじゃん」
俺 「いや…趣味の範疇だよ。……それでさ、なんか詰まっちゃって」
G 「よくあることだろ。気にすること無いって。それで食ってるわけじゃないんなら、ゆっくり行けよ」
俺 (……確かに。でも、それなら何で俺はこんなに焦ってんだ?)
俺 (忘れられるのが怖いのか?あの信者が離れてくのが嫌なのか?……分からない)
俺 (だって、あんなに熱狂してくれるファンなんか…バンドやってた頃はいなかった)
G 「そういや、知ってたか?ドラムのあいつが、今ピンクブレイドの社長やってんの」
俺「!?」
ピンクブレイド――俺達がインディーズの頃から所属していた、小さな芸能事務所だ。
G 「その反応だと知らなかったみたいだな。俺らがいた頃はV系バンドと演歌歌手がちょこちょこいるだけだったのにさ、
あいつ商才があったみたいで、今じゃお笑い芸人だの俳優だの、沢山抱えてる。そこそこデカくなったみたいだぜ。
Dは解散した後エンジニアとして残ってたらしいんだけど、負債と社長の椅子押しつけられて、3年で急成長」
俺「まあ、Dは大学出てたからな…」
G 「俺は中卒、お前は高校中退、友は商業だっけ?……Dだけ国立大出ててさ、頭使うのは全部あいつに任せてたよな」
俺「メンバー1の勝ち組だな…」
G 「お前だって、建設会社の営業マンだろ?十分だよ」
俺「お前もやってみろよ、気が滅入るぜ。展示場で、自然派の木材使った家の魅力を一日中語って、健康志向の客を釣るんだ。
……バンドやってた頃のほうが、金はないけど楽しかった」
G 「ハハハハハ」
俺「お前はソロなんだっけ」
G 「あちこちのバンドにサポメンで入ったり、後は編曲の仕事受けたりだな。独身だし、一人で食ってけるぶんは稼げてるから満足だよ」
俺「……」
俺「この前、友が言ってたんだけど…もう一回Phantasmをやらないかって」
G 「まずは友が20kgは痩せねえと」
俺「…だよな…じゃあ、俺そろそろ行くわ」ガタッ
G 「あれ、聴いてかねえの?後1時間だぜ」
俺 「今度な」
と言いつつ、俺はまだ一度もGのソロライブに来てない。
G 「俺!」
出口の階段に足をかけた俺に、Gが呼びかける。
G 「俺は、いつでも再結成する準備は出来てるから。友にもそう言っといてくれよ」
俺「……」
G 「本気だぞ!もう売れるとか売れないとか、そんなのどうでもいいからさ」
俺「……分かった」
□ □ □ □ □ □ □
家に帰ると、PCの画面が真っ暗な部屋で青い光を放っていた。
俺「あ、つけっぱだったのか…」
俺「……」
俺「畜生!」ガツンッ
なんだか無性に腹がたって、画面を殴りつける。
動画はいつの間にかループ設定になっていたらしく、右から左へと嵐のように賞賛コメントが流れる。
すげえええ ロキさん最高! wwwww
なんだこのリズム感のよさ この歌チョー好き!
この曲でボカロにはまったwww いやほおおおおおううう
俺「うるせえよ!俺が歌った時はキモいだの、ありがちだの叩いたくせに、ミクの声にして絵くっつけただけで
手のひら返ししやがって!カップ麺をどんぶりに入れればラーメンとして食うのか、テメーらは!?
こんな機械音声で満足なら、防犯ブザーでも聴いてろ!!」ガンッガンッ
俺「ハア…ハア…ハア…」
気がつくと、画面は蜘蛛の巣のようにひび割れていた。
俺「…くそっ」ボフンッ
俺「……」
ボヤーン…
P『いやー、君たち曲はまあまあいいんだけどさ、歌詞が平凡だよね~』
P『悪いんだけど、この曲ボツで。もっと魂こめて書いてよー。きつく抱いてまぶたにキスを落とすとか、
正直聞き飽きてんだよね。君たちシャズナみたいに華があるわけじゃなし……こんなゴテゴテのラブソング、
向いてないんじゃないの?』
P『何、その顔。不満なら今すぐ解散して大阪帰りなよ。覚悟してたんでしょ?メジャーに来るってのはこういうことだよ。
褒められてチヤホヤされたいだけなら、地元のライブハウスで歌ってればいいじゃない。インディーズでお気楽にやってれば?
それとも君は、最初からローカル目指すバカなの?』
ボヤーン…
俺(20年前に、プロデューサーに言われた言葉が蘇った。今の俺はローカルだ。ぬるま湯に浸かったバカだ)
俺(そうだ…ボカロ使って曲投稿するぐらいなら、ギター担いでオーディションに行けってんだ。
自分の才能に自信がないから、わざわざ回り道してるんだろ)
俺(……ああ、歌いてえなあ)
□ □ □ □ □ □ □
今日はここまで。
ファンタズマゴリアが元ネタなんかな
年代微妙に違うか
Gと会ってから一週間ほど経った水曜日。俺は仕事が終わった後に再び友と会っていた。
俺 「ここ、居酒屋だけどラーメンも食えんだよ」パキッ
友 「へえ、値段も手頃だしいいかもな」ズルズル
俺 (…あれ)
俺 「なあ、お前ここどしたんだ?」チョンチョン
自分の目尻を示しながら聞くと、友は「ああ」と笑いながら、目尻にできた引っかき傷に手をやる。
友 「ちょっと、息子とやりあってさ」
俺 「?」ズルズルーッ
友 「……中学生だし、親なんてうざったいぐらいでちょうどいいんだよ」
俺 「親に手ェ上げたら、その時点で親子関係終了だろ」モグモグ
友 「宿題やれってうるさく言ったのがまずかったのかなあ」
俺 「中退した俺が言うのもなんだけどさ、宿題ぐらい言われる前に終わらしとけよ。そこまで量ねえだろ」
友 「……」
なんだか、友の様子がおかしい。反抗期と言ったが、相当酷いのではないか?
場合によっては病院に連れていくか警察のお世話になるレベルかもしれない。
俺 「あの、さ。あんまり子供に対して下手に出るのってどうなの。俺、高校中退してバンドやってたけどさ。
解散した後にちゃんと勉強して大検取ったし、就職もしたよ。自分の始末ぐらい自分でつけさせろよ。
もう中学生だろ、男なんだからもっとビシバシ、厳しく育てねえとつけあがるぞ」カリカリ、モグモグ
友 「俺さあ、一応ちゃんとやってきたつもりだよ?こんな太ってまで頑張って働いてさあ、あの子が
小学校上る前に一軒家も用意してやって、塾やめたいって言い出した時も怒らなかったよ。
それでなんだよこの仕打ち…」グビグビ
俺 (やっぱ、酷いみたいだな)
友 「そりゃあさあ、子供の側なんて要求だけしてりゃいいだろうけどさあ、お父さんだって言いたいこと山ほどあるよ!
お前が生まれてから、こっちはベースもロクに触れてねえんだぞ、ルナシーの再結成だって我慢したんだぞ、
もっと欲しいCDあったけど、お前の小遣いにしてやったんだぞー!」ゲフッ
俺 「おい、飲み過ぎだぞ」
友 「卑怯だと思うけどさあ、こういうこと言うの…でも、ちょっとぐらい応えてくれたっていいじゃん……」グビグビ
友 「…分かってんだけど、うぅ…」コテン
俺 「おい!……もう潰れてるよ、はええなこいつ」
俺 「……送ってくか」
俺は友の腕を肩に担ぐと、カードで支払いして居酒屋を出た。
酔っ払った友からなんとか自宅の住所を聞き出し、タクシーの運転手に最短距離で走るように言う。
俺 (……俺達が東京出てきて、もう20年になんのか。……そりゃ、東京の地理も覚えるわな)
タクシーは渋滞している道を器用に迂回しながら、夜の街を練馬まで走る。
俺 (色々めんどくさくなったなー、仕事とか家庭とか…あーあ、今20年前に戻れたらなあ……)
キィッ
運転手「えーとですね、2800円になります」
俺 「んじゃ、3000円で」スッ
運転手「はい、200円のお釣りになります。んじゃ、どうもっ」
俺 「はい、はーい。おやすみなさーい…」バタンッ ブロロロロロ…
俺 「…ふう」
俺 「おい、着いたぞ酔っぱらい。いい家住んでんじゃねえか、え~?築何年だオメエコラ」ズルズル
友 「10年…ローンはにじゅうねん…」
俺 「へえ、頭金しっかり貯めてんだな。ローンも短めとは堅実じゃねえか」ピンポーン
奥さん「おかえり、晩ごはんまだ…」ガチャッ
奥さん「えっ、嘘、やだ!」カァァ
俺 「久しぶり。友がちょっと潰れちまったから送ってきたんだけど……そのTシャツ、今も着てんだ」
俺の覚えている奥さんは、厚底ブーツにステッカーだらけのトランクを持って、
ガイコツが印刷された黒Tシャツを愛用する高校生だった。一児の母となった今も
ファッションセンスが変わってないことに、俺は不思議な安堵を覚える。
奥さん「あ、ありがと……じゃあちょっと上がってかない?結構足ふらついてるし、休んで行ったら?」
俺 「んじゃ、お言葉に甘えるかな」
大丈夫だと言おうとしたが、奥さんの言うとおり、実は足元もおぼつかない。
俺をリビングに通すと、奥さんは友を隣の寝室に寝かせて、茶を入れてくれた。
奥さん「はい、どうぞ。肝臓にいいんだよ、これ」コトッ
俺 「悪いな、ちょっと休んだら行くから」ズズーッ
茶を飲みながら、リビングを見回す。壁にボコボコと穴が空いているのを、カーテンで隠している。
床には引っかき傷が走り、ドアにはまったガラスも割れていた。
奥さん「布団余ってるし、帰れなそうなら泊まってもいいよ」
俺 「いやあ、さすがにそこまで厚かましいマネは出来ねえよ」コトッ
俺 「あの、さ。友が愚痴こぼしてたんだけど……息子って、そんなひでえのか」
奥さん「……」
俺 「築10年でリビングの壁に穴空くって、相当だろ…恥ずかしい事言わせようとしてんのは分かってるけど…」
奥さん「…中学で、友達がいないらしいの」
俺 「息子が?」
奥さん「うん…休み時間もずっと一人だし、何かグループ作る時も余ったとこに入れてもらうんだって。
いじめられてるとか、そういうのじゃないんだけど…とにかく社交性がなくて、誰か親切な子が話しかけても
イーッてやるんだって」
俺 「話しかけてもらえるだけ上等だろ…マジで嫌われたらそんなんもねえぞ」
奥さん「小学校の時に、トロい子だったからクラスでイジメの標的になって……学区外の中学に入れたんだけど、
そこでもダメでね…担任の先生が、"結局本人次第なんですよ"って面倒くさそうに言ってた」
俺 「んで、学校のイライラを全部親にぶつけてる、と…バカだなそいつ」
奥さん「相変わらず、俺はハッキリ物言うんだね…」
俺 「真実だろ。親に解決してもらおうってのが甘いんだよ。中学生だろ?バスだって大人料金で乗るようになってんだぞ。
ブチ切れて家の資産価値下げるぐらいなら、そのエネルギーを使って解決しろってんだ。
可哀想だとは思うけどさ、結局のところ、その甘えのせいで上手く言ってねえんだろ」
奥さん「実は、私も同意見なんだ。小学校でイジメられてるって分かった時も、嫌なら行くなって言ったのに、
行く行くって騒いだのはあの子の方でさ…こっちがどんな解決策提示しても、バカみたいに毎朝学校行くんだもん…
もう、どうすればいいのか分かんない」
俺 「息子って、親のこと嫌いなのか」
奥さん「嫌いだよ。特に友のことは。腹が出てるのも嫌、仕事がサラリーマンなのも嫌、無趣味で、どこにも連れてってくれないのが嫌…
何か不満あったら言ってみろって聞いたら、そういうんだもん。お手上げだよね」
俺 「こじつけじゃねーかよ」
ガチャッ…トントントン
息子 「なあ、ハラ減ったんだけどなんかねえの?……誰そいつ」
俺 「年上の人にそいつはねえだろ。"そちらは、どなた?"だクソガキ。ついでに言うともう日付変わってんぞ。
中学生ならとっとと寝ろ、勉強以外で起きてんじゃねえ」
息子 「!」
階段を下りてきた息子は、いかにもぼっちでござい、という雰囲気の陰気な少年だった。
体は平均より小さく骨ばっていて、黒髪が目にかかっている。おまけに猫背で、客のこちらをぎょろりと嫌な目つきで見てきた。
息子 「……チッ」
俺 「おい、お前今舌打ちしたか?」ガタンッ
奥さん「あ、あの…」
俺は行きかけていた息子の肩をつかんで、グイッとこちらに引き寄せた。
俺 「……俺の子供の頃はな、客にそんな態度取ったらはっ倒されたぞ。お前随分甘やかされてんだな」
息子 「……」
俺 「お前に言いたいことは山ほどあるけどな、俺は口下手だから、この一発に全部込めることにする」
バシンッ
息子 「っ、」
奥さん「息子くん!」ガタッ
引っ叩かれて赤くなった頬をおさえて、息子は涙目になっている。
奥さんはしばらくオロオロしていたが、俺がカバンを持って「じゃ」と会釈すると、
見送ることに決めたのかついてきた。
奥さん「……ごめんなさい」
俺 「謝るぐらいなら、もっと厳しくしろよ。奥さんも友も優しすぎるんだよ」
息子 「……チッ」
俺 「おい、お前今舌打ちしたか?」ガタンッ
奥さん「あ、あの…」
俺は行きかけていた息子の肩をつかんで、グイッとこちらに引き寄せた。
俺 「……俺の子供の頃はな、客にそんな態度取ったらはっ倒されたぞ。お前随分甘やかされてんだな」
息子 「……」
俺 「お前に言いたいことは山ほどあるけどな、俺は口下手だから、この一発に全部込めることにする」
バシンッ
息子 「っ、」
奥さん「息子くん!」ガタッ
引っ叩かれて赤くなった頬をおさえて、息子は涙目になっている。
奥さんはしばらくオロオロしていたが、俺がカバンを持って「じゃ」と会釈すると、
見送ることに決めたのかついてきた。
奥さん「……ごめんなさい」
俺 「謝るぐらいなら、もっと厳しくしろよ。奥さんも友も優しすぎるんだよ」
奥さん「……難しいじゃない」
俺 「ためになんねえぞ」
俺は靴を履いて玄関のドアを開けた。
奥さん「…でも、ありがと」
俺 「ああ」
玄関がパタン、と閉まる。俺は行きかけた足を止めて、友が終の棲家にするつもりの2階建てを見上げた。
俺 (……ほんと、つまんねえな。今の俺らの人生)
□ □ □ □ □ □
一旦切ります。
>>18
一応バンド名の元ネタはそこから来てる。
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