ファンッ!
※注意!
このSSは、METAL GEAR SOLID V THE PHANTOMPAIN 及び、初代METAL GEARのその後を妄想したSSです
両作品およびシリーズのネタバレを多分に含みますので、未プレイの方はご注意ください
また、このSSには『ヴェノム・スネーク』について、作者独自のイメージや考え、設定などが付加されています
彼のキャラクターに確固としたイメージをお持ちの方は、不快な気分になる可能性がございますので、あらかじめご了承ください
なお、このSSはいわゆる小説形式であり、セリフの前にキャラ名表示はございません(地の文はあります)
今日よりできれば毎晩、8~9回の投下を行う予定です
ご意見、ご感想は投下の間に、遠慮無くレスしていってください 喜びます
※注意!
それでは、SS本編をお楽しみください
――――――――――
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1459428486
[回想]未来の伝説
1 「鏡」
――――――――――
――ありふれた戦いのある日。
「はあっ、はあっ……くそっ」
豊かに生い茂った草花をかき分けて、一人の男が走ってゆく。
樹々に手を突いて体を支え、乱れる息をなんとか整えながら、彼は辛うじて前へ進んでいく。
「はあ……はあ……ああ……」
額を拭った左の袖は、鮮やかな赤に染まっている。
彼はそれを見た途端、なぜだか急に力が抜けたようになって、その場にへたりこんでしまった。
慌てて周囲に気を配るが、追手の足音は聞こえてこない。
どうやら、何とか撒くことができたようだ。
彼はそのことを確認すると、腰のポーチから小さな鏡を取り出した。
ヒビの入った鏡面に顔を映し、額の傷を確認する。
なんということはない、小さな切り傷だ。 細菌や寄生虫さえ入り込まなければ、治療も必要ない。
それでも、彼は自分の傷を、小さな肉の裂け目を、しばらく眺め続けた。
「…………」
彼にとって、それは一種の精神安定剤だった。
左手の紅の出所が、自分の傷なら安心できる。 彼自身も不思議なほどに。
――怖いのか? ジョージ。
彼の眼前に、かつて仲間に言われた言葉がフラッシュバックする。
――だからお前は、兵士には向いてないと言ってるんだ。
「そんなことは……」
彼は鏡を閉じ、ポーチへ押し込みながら空を見上げた。
本来なら満天の星空が見えるはずだが、今は濃い霧に覆われている。
心は癒やされないが、彼にとっては好都合だ。
あの恐るべき”髑髏”から、彼の姿を隠してくれる。
たった一人で彼の部隊を壊滅させた、怪物に……報復する機会を与えてくれる。
「……ああ、やってやるさ……あの骸骨野郎め」
沈む気持ちをなんとか奮い立たせ、彼は再び銃把を握る。
その先に、どんな道が待ち受けているかも知らないままに――
彼は、長い戦いへと足を踏み入れていった。
――――――――――
Last Episode
骸骨家族の歌
Skeletal Family
.
1 「鏡」
――――――――――
もう、十年以上も前のことだ。
美しい花に囲まれた、真っ白で清潔な病院の一室。
そこで、ある男が昏睡状態から目覚めた。
男は世界中から命を狙われ、世界中を敵に回した。
数えきれないほどの敵を屠り、仲間を失った。
それでも彼は、戦い続けた。
どれほど失っても、失ったからこそ、銃を手放すことはなかった。
そして、今。
護衛の兵士たちに囲まれた、真っ黒で薄汚い廃墟の一室。
ここで、彼は再び目覚めようとしていた。
「……ボス」
ベッドの傍らに腰掛けていた男が、杖に縋って立ち上がる。
その視線の先に横たわる”患者”は、彼に顔を向けて弱々しく声を発した。
「……今度は何年だ? カズ」
「ふん……一年も経っちゃいない。 だいたい半年ってところだ」
カズと呼ばれた男――カズヒラ・ミラーは、ほんの少しだけ頬を綻ばせて答えた。
しかしその小さな綻びは笑顔となる前に消え去り、再び無表情が彼の顔を支配する。
「半年……たった半年だ、ボス。 ……だが短くはなかった」
「…………」
「……あまりにも、長すぎた」
「……そうか……」
感情を押し殺したミラーの声、そして周囲の静けさから――
――歓声も、銃声も、まるで聞こえない静けさから――横たわる男は全てを察したようだ。
「……カズ」
「何だ」
アウターヘブン
「……俺たちの家は、どうなった」
そう聞かれた時、ミラーは息を飲んで、しばらく押し黙っていた。
ベッドに横たわる男は答えを急かそうとはせず、残酷な沈黙は容赦なく二人を包み込む。
数分後、静寂に耐え切れなくなったかのように、ミラーが口を開いた。
「……燃えた」
男が予想していた通りの、単純な答えだ。
「サイファー……いや、”愛国者たち”だ。 爆撃を……」
「生存者は?」
「……わからん……俺はFOXHOUNDで教練中だった。 あんたを運びだしてきた奴ら以外は……」
「…………」
男は俯いたままのミラーから視線を逸らし、少しの間考えこんだ後、静かに言った。
「……”あいつら”は?」
静かな部屋に、奥歯が砕けんばかりの歯軋りが響き渡る。
「……すまん……すまん、ボス。 みんな……炎の中を走ってきたんだ」
「…………」
ダイヤモンド
「部隊章は全て……焼かれてしまった」
ダイヤモンドドッグス――その全てがアウターヘブンへと置き換わった後でも、未だ彼らの心に残り続けるファントム。
捨てることも、忘れることも拒んだ彼の最後の幻肢が、炎に包まれて消えた。
かつてダイヤモンドドッグスの創設者であり、副官でもあった男は、そう言ったのだ。
「……そうか」
それを聞いたベッドの上の男は、まぶたを閉じて静かにうなずいた。
嘆くことも、怒ることもせず、ただ静かに――空虚に、男は問いかける。
「それで、カズ。 ……俺の方は、どうなってる?」
「……あの若造……ソリッド・スネークに、殺されかけたんだ」
「それは覚えてる。 ロケットランチャーを数発、まともにもらった……あそこまでやるとはな」
「……生き残るには、寄生虫補完しかなかった。 サイバネティクスですらどうにもならない状態だった」
「パラサイトセラピー……コードトーカーの遺産か」
「ああ。 それも”負の遺産”だ。 あんたの場合は、俺の眼のようにはいかなかったんだ」
そう言いながら、ミラーはサングラスを外してみせた。
光の下へ晒された彼の両眼は白く濁り、かつての失明を物語っている。
それでも彼が光を取り戻し、特殊部隊の教官へ就任できたのは、その眼球の代わりをとある虫が務めているからだ。
コードトーカーと名乗る老人が生み出し、この世に遺した寄生虫。
そのうちの一種が、ミラーの眼にも宿っていた。
アウターヘブン
「奴は、多くの虫と技術を俺たちに遺していってくれた。 だが、全ての器官を補完できるわけじゃない」
コードトーカーは自身も数々の虫に寄生されていたが、自前で済んでいた器官も当然ある。
そのような部分を補完することができる虫は、彼の体には無い。 つまり、サンプルが存在しないのだ。
虫をゼロから生み出すことはできない。 よって、そういった器官のパラサイトセラピーを行うのは難しい。
「あんたの場合……爆発の衝撃と炎で、全身の骨を酷く損傷していた。 脊椎もだ」
「…………」
「骨を代行する寄生虫のサンプルは、俺たちの手元にはなかった。 ……だが、前例が無いわけじゃなかった」
「……髑髏顔の男……それで”負の遺産”か」
ス カ ル フ ェ イ ク
「”髑髏に擬態するもの”……コードトーカーはそう呼んでいたようだ」
人間の骨は、多くの者が思っているよりも動的な器官だ。 決して不変のものではない。
その表面には骨芽細胞と破骨細胞、すなわち骨を作るものと壊すものが常に這いずり回り、再生と破壊を繰り返している。
かの虫はこれらの細胞の代わりを果たし、宿主に強靭な骨格を与え、代わりに幾ばくかの栄養を受け取る。
そしてさらに、神経や造血細胞の代役を務める虫との”共生”を行い、宿主を失血や痛みに対しても強く造り替えるのだ。
「奴にとって、あの”ビラガアナ”に協力した過去は消し去りたいものだったはずだ。 ……だから、探すのには苦労した」
「ここは?」
「かつてサイファー、と言うより、XOFが所有していた研究施設だ。 ここに虫の予備が隠されていた」
「それを俺に?」
「……ああ、それでなんとか、命を繋ぎ止めることができた」
「……それで……」
男はベッドの上に身を起こし、ミラーに話しかけようとして、ふと口をつぐんだ。
その目線はミラーではなく、自分が寝ているベッドの端の方に向けられている。
「……カズ。 これは?」
「……あんたの左腕だ。 虫が、造ったんだ」
男が昏睡状態に陥る前、彼の左肘から先には機械の義手が嵌められていた。
しかし今、そこにあるのは”虫の義手”だった。
むき出しの骨と血肉だけで組み上げられた腕。 寄生虫がつくりあげた構造物。
皮膚や脂肪は存在せず、遠目には真っ赤に染められているようにも見える。
「皮膚の代わりになる”覆い尽くすもの”……”スカルズ”に寄生していたあの虫で、カバーするはずだったんだが」
ミラーはおぞましい血みどろの腕から目をそらしつつ、やや早口で事情を話した。
まるで、ベッドの上の男を、敬愛しているはずの男を、怖れているかのように。
「あんたのDNAと適合する株が、見つからなくてな……今、選択培養しているところなんだ。 すまん、少し待っていてくれ」
「……カズ」
「……なんだ」
「鏡を」
「…………」
目の前に差し出された”左手”に、ミラーは鏡を手渡そうとはしなかった。
鏡は彼の手元にあり、なんなら彼が持って、ベッドの上の男に向けてやることもできる。
しかしミラーはためらい、震える声で言った。
「ボ、ボス……それは……治療が、終わってからでも」
「治療なら終わった。 このままでいい」
「…………」
ミラーは折りたたみ式の手鏡を、渋々男の手の上に載せた。
それと同時にサングラスをかけたのは、目線が泳ぐのを隠すためだろう。
男は黙って手鏡を開くと、半年ぶりに見る”自分の顔”を、そこに映しだした。
「…………」
そこには、髑髏があった。
爆発の衝撃で吹き飛んだのか、もはや皮膚と呼べるようなものはあまりない。
しかし寄生虫が補填を始めた骨だけは、砕かれたであろう箇所さえも修復を終え、
その燃えるように紅く、硬い肌で彼の顔面を覆っている。
半年前の彼と鏡の中の男との共通点は、右の額に突き刺さり、角のようにも見える破片だけだった。
しかしそれも、戦闘の衝撃か、虫による骨再生の作用か、外部に露出している部分が長くなっているように見える。
その姿は、まるで……
「……鬼だ」
ベッドの上の男は、しばらく鏡を閉じようともせず、二目と見られない現実を見つめ続けていた。
スカルフェイス
顔の角度を変え、鏡の位置を変え、ゆっくりと味わうように、髑髏の顔を観察する。
やがてその時間が恐ろしくなったのか、傍らのミラーが声をかける。
「なあ……ボス」
それに対し、ベッドの上の男は顔も向けずに答える。
「俺をボスと呼ぶな、ミラー」
「………!」
言葉を失うミラーに、男は鏡を見つめたまま言った。
「BIGBOSSのファントム……それが俺だった。 ボスが”真のアウターヘブン”を築くための、隠れ蓑……」
「…………」
「二人で一人の、BIGBOSS。 お前もわかっていたんだろう」
「……だが、俺にとっての……皆にとってのボスは……!」
ミラーの言葉を遮るように、男は鏡から視線を外し、彼の眼を覗き込んだ。
サングラス越しに見据えられ、その紅い眼窩の奥の暗闇を見せつけられて、ミラーは思わず息を呑む。
そんな彼に、骸骨は言う。
「死んだよ」
「は……?」
幻
「BIGBOSSのファントムは、死んだ……殺されたよ、ソリッド・スネークに」
「……だ、だが」
「よく見ろ、ミラー。 ”これ”がBIGBOSSに見えるのか? このスカルフェイスが」
「…………」
気圧され、押し黙ったミラーの前に、男は紅く燃え続ける左腕を差し出した。
ファントム いたみ
「見ろ。 ……俺は幻肢さえも喪った。 何もかもを喪って、それでも残り続けた幻肢痛でさえ」
男はミラーの目の前で、左手を強く握りしめた。
剥き出しの指が剥き出しの手のひらに食い込み、組織がやぶれて血が滴る。
紅い腕をさらに紅く染めながら流れ落ち、それはミラーのコートに黒々とした染みを作った。
VENOM スカル・スネーク
「残っているのは骨だけだ。 真実も、幻も、憎悪も尽き果てた……蛇の骸だ」
スネークは血に塗れた手で丁寧に鏡を閉じ、言葉を失ったミラーへ差し出した。
ミラーは半ば呆然としながらそれを受け取り、血を拭いもせずにポケットへしまい込む。
「それで、ミラー」
「……あ……ああ」
「お前はなぜここに来たんだ? BIGBOSSの所じゃなく」
「…………」
ミラーはスネークの顔に視線を戻し、今度は目をそらさずに、じっと見つめた。
その虚ろな骨の奥に、何かを見出そうとするように。
「俺にとっては、奴も……もう、ボスじゃない」
「お前のもとを去っていったからか?」
「……確かにそれもある。 だがそれだけじゃない」
身をかがめてスネークに顔を寄せ、ミラーは言った。
「奴は……あんたを殺そうとしたんだ。 俺たちの家も」
「…………」
N313
「スネーク。 あの作戦は、奴が提案したんだろう? ……あいつはわかっていたんだ、こうなることが」
「……”息子”ならできる、と?」
「フォックスもだ。 あの男は、FOXHOUNDに入る前からBIGBOSSとの付き合いがある」
「…………」
「あの事件以降、行方が掴めていないんだ。 ……レジスタンスとか言っていた奴も、死体は見つかっていない」
「燃え尽きたんじゃないのか」
「いいや、違う。 奴らは、あの男の息子を助けるために送り込まれたスパイだ」
先程までの沈痛な面持ちではなく、憎悪をむき出しにした表情で、ミラーはスネークに訴えかける。
まるで鏡像に語りかけるように、彼の声は虚しい反響となって還り、声に乗せられた感情はさらに強くなっていく。
オセロット
「あの男の右腕は俺に言った。 『ボスは一人でいい』……」
「だから消しにかかったと?」
ファントム
「そうだ。 真実より大きくなった影が、奴は邪魔になったんだ! だから消した!!」
「…………」
激情とともに吐き出されたその言葉の、どこまでが真実なのかを知ることはできない。
どこからか、あるいはその全てが、彼が追い求めるただの幻に過ぎないのかもしれない。
しかし、BIGBOSSという幻さえも喪った骸骨は、自らの声を発することは無かった。
ただ、残された頭蓋の中で行き場を失い、歪みながら鳴り響く目の前の男の声を聞いていた。
「これが俺たちの、最後の任務だ。 スネーク」
そして蛇の亡骸は、男の声に、流されるままに。
「……BIGBOSSを、殺せ!!」
真実さえも飲み込む巨大な影を、この世界に落とそうとしていた。
――――――――――
今回はここでおしまいです 次回からは、「未来の伝説」と「骸骨家族の歌」を交互に投下していきたいので、
たぶん次の投稿は明日、未来の伝説の二つ目になると思います
スカルスネークの顔が気になる方は、コナミ公式MGSV:TPP LAUNCH TRAILER (ローンチトレーラー)の2:45あたりを見てみてくださいね
……ルビがめっちゃズレてしまった…… 次回からはあまり無いようにしますが、投下速度が確認のために下がってしまうかもしれません
ご了承ください……
[回想]未来の伝説
2 「霧」
――――――――――
人工物に乏しい森林の奥は、日が沈むと濃密な暗闇に覆われる。
その上深い霧が立ち込めている時は、数十センチ先すら満足に見通すことができない。
今自分の足が踏みつけようとしている物の形さえわからない空間では、獣や鳥も前へ進もうとはしない。
狩る者も狩られる者も皆巣の中に隠れ、霧と闇が晴れるのをじっと待つ。
しかしそんな中でも、前へ進み続けることができる動物もいる。
滑るように這うことで安全に移動し、他の生物の体温を感知して、その位置を見通すことができる生物――
――蛇だ。
「……ん? またか……」
N V G
暗視ゴーグルを装備し、腹ばいになって匍匐前進するその男は、まさしく一匹の蛇だった。
霧に覆われた密林の中を平然と進み、道中にいくつも仕掛けられたトラップや地雷を解除していく。
今、彼は5本目のワイヤーを切断し、その先に結び付けられていたグレネードを回収した。
その口元の表情に焦りや緊張は見えないが、油断もしていない。
その場で一旦進むのをやめ、兼ねてからの違和感を探すように、訝しげに周囲を見渡している。
「………!」
彼は起き上がって中腰の姿勢になり、NVGの側面にあるダイヤルを慎重に指で回した。
そうして初めて、彼の周囲数メートルの範囲に張り巡らされた、黒塗りのワイヤーが見えるようになる。
その全てがグレネードに通じたブービートラップなのだとすれば、この囲いから走ってぬけ出すことは容易ではない。
しまった、と舌打ちをした瞬間、彼の背後に何かが落ちてきた。
「うおおおおっ!!!」
咆哮をあげながら着地したその男は、両手に抱えたアサルトライフルを目の前の敵に突き付ける。
しかしその引き金を引く前に、NVGを装備した男の左手がしなやかにうねり、まるで蛇のようにフォアグリップへと絡みつく。
空いた右手は引っ張られた勢いでつんのめった相手を豪快に突き飛ばし、元の持ち主からライフルを完全に引き離す。
「うぐっ……!?」
「……ふん!」
ライフルが手の中で回転し、よろめく男に銃口を向ける。
その瞬間、形勢はあっけなく逆転した。 ゴーグルの男はライフルを構え直して、引き金に指を伸ばそうとする。
「……まだだっ!!」
しかしその一瞬の隙を突き、銃口を向けられた男は腰から棒状のものを抜いて、渾身の力を込めて振り回した。
引き金に指がかかるよりもほんの少しだけ早く、棒の先端はゴーグルから突き出たレンズを叩き上げる。
その勢いでNVG全体が弾き飛ばされ、暗闇の中に男の隻眼が露出した。
「……!」
霧を挟んで二人の視線が交錯した次の瞬間、眼帯を付けた男の目の前に差し出された棒状のもの――
――軍用懐中電灯のスイッチが入れられる。
「うわっ……!」
急に強力な光を浴び、眼帯に覆われていない左目が一時的に視界を失う。
そのチャンスを逃さず、懐中電灯を持った男は、かなり丈夫に作られているそれを相手の右肩に振り下ろす。
肩関節への衝撃で反射的に跳ね上がったライフルを、電灯の男は奪い返そうとはせず、蹴りあげて弾き飛ばした。
ライフルは霧の中を舞い、闇に溶けこむように見えなくなっていく。
「せいっ!!」
間髪入れずに再び振り下ろされた電灯を、隻眼の男は素早く抜き取ったナイフで受け止める。
金属同士がぶつかる甲高い音と共に激しい火花が散り、二人の男を照らしだす。
「……なっ」
見えていないはずなのに攻撃を見切られたことで、電灯の男はほんの一瞬固まった。
目の前の敵の異常な技術が、不安や混乱となって彼の体を縛り付ける。
そしてその一瞬を、見逃してもらえるはずもない。
「……見えたぞ」
「っ!!」
隻眼の男は左手で相手の手首を掴みとると、そのまま両手をくるりとひねった。
相手は手から電灯を取り落とし、さらに体勢を崩して重心のコントロールを失う。
本能が危険を察知するよりも早く、男の体は空中で一回転し、隻眼の男の足元へと叩きつけられた。
「がはっ……!」
肺を押しつぶされるように空気を吐き出し、男は咳き込みながら身悶えする。
彼の腕に絡みついた細い糸を確認すると、隻眼の男は笑いながら言った。
「ワイヤーに糸を結びつけておいて、トラップが解除されたのを感知していたのか」
「ぐ、うう……」
「罠と地雷で地面に敵の気を引きつけ、ワイヤーの切断状況で位置を知り、木の上から奇襲する。 なかなかのアイデアマンだな」
ふらふらと立ち上がる男にとどめを刺すことも、拘束することもせず、彼は嬉しそうに敵を評価する。
その間に投げられた男は体勢を立て直し、わずかに距離をとってナイフを抜く。
ルート 攻略法
「既存の順路にとらわれず、様々な”道”を見出すことに長けている……単独潜入向きだ」
「……ふざけ……るな!!」
隻眼の男は斬りかかってきた男の腕を軽々と掴みとると、電灯の時と同じように軽くひねってナイフを落とさせた。
しかし今度は体勢を崩されることはなく、ナイフを落とされた男は、掴まれた手首を逆にひねり返した。
相手と同じように武器を取り落としても、隻眼の男は余裕を失わない。
彼は片手で相手の手首を抑え、空いたほうの手のひらを敵の胸の中心へ叩き込んだ。
ノーガードで掌底を食らった男は数歩後ずさり、二人の間には再びわずかな距離ができる。
「……格闘センスも良い。 磨けばもっと光る」
再度咳き込みながらもファイティングポーズを取ろうとする相手を見て、隻眼の男はにやりと笑う。
彼はぴったりとした黒いスーツの左肩、”髑髏”の部隊章を指先で軽く叩いてみせた。
う ち
「”国境なき軍隊”に来ないか? お前ほど優秀なら大歓迎だぞ」
「誰が……!」
吐き捨てるように言った男を、それでも満足そうに隻眼が見つめる。
応じるようにファイティングポーズを取り、”髑髏”のボスは言った。
「良いぞ、来る気になるまで付き合ってやる。 ……久々に楽しめそうだからな」
――――――――――
骸骨家族の歌
2 「霧」
――――――――――
『――奴が居るのは、ザンジバーランド。 かつて、ツェリノヤルスクと呼ばれていた場所だ』
軍用ヘリの内部に据え付けられた椅子の上で、スカル・スネークはぼんやりと無線に聞き入っていた。
ヘリのパイロットとの間に会話はなく、視線を交わすことすらない。
半年前のように、壁に貼られた写真や情報端末とにらめっこして、作戦内容を確認することもない。
A C C
ここはもう、空中司令室ではないのだ。
バーチャスミッション
『奴が初めての任務で訪れた時、ここはほとんどがジャングルだった。 ……今でも、周辺部は同じだ』
最後の任務のために用意された空虚なヘリの中、スネークは思い出したように腕時計を見やる。
そのついでに、時計を巻いた左腕も軽く動かして、新しい手の調子を確認した。
虫が与えた血まみれの左腕には、かつて装着していたバイオニックアームの外装部分だけが、皮膚代わりに被せられている。
身に着けているスーツも、普通の軍服やスニーキングスーツではなく、頭部まで隙間なく覆うタイプなので髑髏顔は見えない。
ベッドの上での格好よりはマシな見た目になっているが、それで何か内面に変化が起こったわけでもない。
『森を切り拓いた中心部には、いくつかの建造物が確認できる。 表向きは資源開発用の施設だが……』
ヘリの側面にある窓から、ミラーの言う建物が徐々に見えてくる。
敷地面積が大きいメインの建物と、遠目には細い塔のようにも見える高層ビル。
それ以外にも、いくつか細かな施設が点在しているようだ。
『……それを造ったのは、奴が所有する組織だ。 おそらく内部は要塞、簡単には攻められない』
ヘリは要塞の真正面を避け、側面の森林部に接近していく。
徐々に鮮明になっていく建造物を観察しながら、スネークは立ち上がってヘリ側面のハッチを開け、
隙間なくマスクに覆われた顔を外気に晒した。
「……これ以上接近するのは危険です! 目視で発見される恐れが……」
久々に口を開いたパイロットに対し、スネークは腰から取り出したアンプルの口を切りながら、事も無げに答える。
「俺が”霧”を出す。 このまま限界まで近づけ」
彼の全身を覆うスーツの滑らかな表面を、アンプルから放たれた極小の虫が這い回る。
スーツに備え付けられた特殊な機構によって体の隅々へと移動したそれは、
幾代もの改良を重ねた末に得た”能力”を存分に振るった。
『だがそのスーツの力があれば……ぎりぎりまで接近できる。 後は、あんた次第だ』
虫たちによって発生させられた霧は瞬く間にヘリを覆い隠し、森の上空へとゆっくり流れていく。
遠目に見れば、それは密林で自然に発生した濃霧と大差ないだろう。
「……了解。 もう少し前進します」
ハッチの枠を掴んで立ち上がったまま、スネークは霧の向こうに浮かび上がる要塞との距離を目算で測る。
パイロットにどこで降ろせと指示を出すこともなく、ただ無言のまま、ゲーム開始の瞬間を待つ。
そんな彼の耳に、ぽつりとつぶやくように無線が入る。
『なあ……スネーク』
「まだ何かあるのか、ミラー」
『もう……カズとは呼んでくれないのか』
スネークはそれに答えようとはせず、パイロットに声をかけることもなく、空虚な沈黙だけをそこに残したまま――
――ヘリから、飛び降りた。
「……任務を開始する」
霧の中を落下しながら、誰に向けるでもなく彼は言った。
寄生虫によって骨格や筋の一部まで補完されたスネークの体は、超人的な身体能力をもって着地の衝撃を和らげる。
彼はゆっくりと身を起こすと、前方の空を見上げた。 そこには、上空から見るよりもはるかに大きな要塞がそびえ立っている。
ここからは”徒歩”だ。
「ふっ……!」
パラサイト・スーツを這い回る虫と、骨に擬態する”スカルフェイク”。
その両方を力の源にするスネークの両足は、十数メートルもの距離を一足飛びに駆けていく。
普通に抜けようとすれば簡単に迷い込んでしまいそうな密林の中でさえ、樹から樹へと飛び移り、まっすぐ目的地へと進んでいった。
そうやってしばらく進んでいくと、スネークは急に開けた場所へと飛び出した。
そこは巨大な建造物の周囲に点在する細かな施設群のひとつで、周辺は森が拓かれ、黄色い地面が露出している。
飛び移れる樹も見当たらず、スネークはそのまま平地の真ん中へと着地した。
彼が発する霧に辺り一帯が包まれているせいか、警備兵は侵入者の存在には気付かない。
スネークは手近な兵士に素早く背後から近づくと、その襟首を掴んで、思い切り腕を振り回した。
「んぐっ!? ……うわあああああっ!!!」
数十キロはあるだろう兵士の体が軽々と持ち上がり、絶叫と共に霧の中を飛んで行く。
わけもわからず同僚の背中に激突した彼は、二人揃って気を失い、その場に転がった。
やがて彼らのもとに、叫び声に呼ばれた周辺の兵士たちが続々と集まってくる。
「どうした! 何があった!?」
スネークは騒ぎ立てる彼らの懐へ霧に身を隠しながら接近し、次々に地面へ引き倒していった。
作業を淡々とこなす機械のように、彼は一言も発することなく警備兵たちを処理する。
不気味な沈黙はじわじわと、しかし確実に、施設全体を侵食していった。
最後の一人の腕を掴んだ時、スネークはそのまま投げ飛ばそうとはせず、その怪力で兵士を空中へ持ち上げた。
恐怖に歪む彼の顔をじっと見据えながら、スネークは淡々と尋問をする。
「BIGBOSSはどこに居る?」
忠義のためか、それとも過度の恐怖のためか、兵士はその質問には答えようとしなかった。
スネークは彼の腕を掴む左手に、徐々に力を加えながら言った。
「司令室がどの建物にあるか、それだけでもいい。 教えてくれ」
単純な握力だけで、大げさな音を立てながら兵士の前腕が軋む。
「くっ……クレバスの先っ……収容所の地下基地に……ああああああっ!!」
「…………」
骨を握りつぶされる痛みで気を失った兵士をその場に寝かせ、スネークは施設を立ち去った。
事前に用意しておいた航空写真を取り出して、おおよその目的地を割り出し、そこへ向かって再び歩き出す。
ミラーに無線をかけて情報を要請することも、端末を開いてマーカーを設置することもない。
ゴールまでの道のりを想像し、危険と手間を天秤にかけ、綿密な計画を立てていたかつての彼とは違う。
今はただ、霧に紛れて前に進めば良い。 生半可な兵士では、彼を押しとどめることはできない。
「…………」
スネークは二本目のアンプルの口を切ると、再び跳躍を始めた。
他の”道”など、考えもせずに――ひたすらに、霧の中の一本道を進んでいく。
その行き着く先に、彼の求めるものがあるという保証もないままに。
――――――――――
一本がわりと短かったので、予定を変更して二本投下しました 特に不満が無ければ、もうこのまま二本ずつにしちゃおうかなと思ってます
ところで、パラサイトスーツのミストはとても使いやすいですよね でもTPPは攻略法を自分で考えるのが楽しいゲームだとも思います
ルビの件、まだちょっとずれてますがなんとなく位置を察してください ご迷惑をおかけします
[回想]未来の伝説
3 「友」
――――――――――
「うぐっ……!」
隻眼の男のパンチを顔面で受け、名も無き兵士は背中から地面に倒れ伏した。
ダウンを奪われるのはもう何度目になるかわからないが、今回は立ち上がる気力も残っていないらしい。
ようやく勝敗が決したことを確認し、隻眼の男も息を整えながらその場に座り込む。
倒れている男ほどではないが、彼も体中にあざを作り、所々に血をにじませていた。
満身創痍にも関わらず、隻眼の男は満足気に笑いながら言う。
「ふう……大した奴だ。 久々に本気を出させてもらった」
倒れた男は腕を支えにしてなんとか身を起こし、近くの樹に背中を預けた。
青あざに縁取られた目で隻眼の男をじっと見つめ、軽く咳き込みつつ声を絞り出す。
「……あんた……げほっ……一体、何者だ?」
「……俺のことは、スネークとでも呼んでくれ」
スネークと名乗った男は、腰のポーチから葉巻を取り出して口にくわえた。
次にライターを引っ張りだし、火をつけようとしたところでふと手を止め、顔を上げて問う。
「そっちは? 何て呼べばいい」
その質問に対し、兵士はしばらく黙っていたが、やがて観念したように口を開いた。
「……ジョージだ」
「ジョージか。 いい名前だ」
「……ありふれた名だろ」
「ああ。 だが偉大な人物と同じ名前だろう」
G.W
「大統領?」
「いや、作家の方だ。 『1984年』」
「ああ……」
スネークがにやりと笑うと、ジョージの頬も僅かに緩む。
傷だらけの男たちの間には、奇妙な充実感が満ちていた。
スネークは改めてオイルライターの蓋を開き、葉巻の先に火を灯す。
暖かなオレンジの光が、一瞬だけ二人を照らした。
しかしその光の源は、怒号と共に地面へ落ちる。
「――伏せろ!!」
咄嗟にジョージが振り返った先には、霧の中に浮かび上がる長い影があった。
人間の脚ほどの胴回りを持ったその大蛇は、鎌首をもたげてジョージの方へと這ってくる。
その先にある、黒塗りのトラップワイヤーなど気にも留めずに。
「っ!!」
ジョージが身をかがめたその瞬間、大蛇は鋭く跳び上がり、手負いの獲物へと襲いかかった。
十数キロはするであろう体が、波打ちながらワイヤーの上へと落下する。
大きくたわんだワイヤーは、その端に結び付けられたグレネードのピンを引き抜く。
ジョージの目には、その光景がスローモーションのように映っていた。
グレネードのレバーが跳ね上がり、赤い閃光が暗闇の中に放たれる。
そして耳を引き裂かれるような衝撃と共に、彼の意識は白い霧の中へと落ちていった。
――――――――――
骸骨家族の歌
3 「友」
――――――――――
森のなかに建てられたザンジバーランドの捕虜収容所は、塀に囲まれたいくつかの建物から成っている。
それぞれはあまり大きなものではなく、石造りの小さな牢屋といった風情だ。
しかも今は閑散としていて、霧に覆われていることを差し引いても、建物の間に人の姿は見えない。
「………?」
他の建造物と比べれば小規模で見通しもいいが、収容所である以上警備は厳重なはずだ。
予想に反して誰も居ない状況に、スネークはひとり首を傾げる。
「……罠か? さすがに勘付かれたか」
そうとわかっていても、彼には既に撤退という選択肢はない。
スネークは迷わず、塀を飛び越えて施設内部に侵入した。
塀の内部に入っても、周囲に警備兵の姿は見えない。
新しい寄生虫の入ったアンプルを取り出してスーツにセットしながら、スネークは建物の間を歩いて行く。
アンプルから出た寄生虫はスーツの表面を這いまわり、やがて彼の全身を覆う。
そのままちょうど施設の中心あたりにまで来た時、スネークの背後で、金属が擦れるような音がした。
「…………」
彼がそちらへ振り返った途端、霧の中から幾本もの光の筋が伸びてくる。
そして遅れてきた銃声と共に、強烈な衝撃が彼の腹部を襲った。
「!!」
瞬時に跳躍し、スネークは機銃の掃射から逃れる。
一度建物の屋上に着地し、さらに跳躍して建物の背後に回る。
弾丸の雨を受けた壁が背後であっさりと崩れていく音を聞きながら、スネークは自分の腹部を見やった。
先ほど這わせたばかりの寄生虫――金属を代謝するメタリックアーキアと共生するタイプの虫が作り上げた鎧は、
機銃の弾の直撃で完全に剥がれ落ちていた。
スーツ自体は多少焦げただけで済んでいるが、当然ながら次はないだろう。
寄生虫によって強化されているとは言え、彼の骨がこれ以上の衝撃に耐えられるという確証もない。
『……おい! 大丈夫かスネーク!?』
「ああ……少し撃たれただけだ」
平然と答えるスネークの様子に安堵の息を漏らしながら、ミラーは独り言のように言った。
OSTRICH ボツ
『” 駝鳥 ”……実在していたのか。 不採用になったと聞いていたが……』
「知っているのか。 アレは何だ?」
G
『正式名称は「グスタフ」。 量産メタルギアの類だ。 ……核は積んでいないが』
「歩兵の支援用機か?」
『そうだ。 各種センサー類を詰め込んだ「歩く管制塔」……霧やステルスは意味をなさないぞ』
パーツ同士が擦れて軋む音と、重たい足音がスネークの背後から響いてくる。
それらはスネークが隠れている場所を囲い込むように歩を進めているようだ。
鉄の駝鳥による十字砲火を浴びれば、いくら虫で出来た体でもひとたまりもない。
「……今回は独りでやるつもりだったが、さすがにこれの相手をするのは無理そうだ」
『既に支援機を投下した。 投下地点はあんたの真上……まあ、なんとか受け取ってくれ』
「支援機? よくそんなものが残っていたな」
『ほとんどは燃え尽きたさ。 ……だが、”それ”は既に現役を引退していたから難を逃れた』
スネークは霧に覆われた空を見上げて、そこからゆっくりと落ちてくる機械の姿を確認した。
鋼鉄の装甲、丸い頭部、まるで人間のような機構腕、そして二本足。
数年ぶりに会うかつての”相棒”――そのままの姿だ。
『軍事博物館に寄贈していたのを、一応取り寄せておいたんだ。 ……そんな骨董品しか用意できなくてすまんな』
「……世界一頼りになる骨董品だ。 メンテナンスは?」
『無論、完璧だ』
『グスタフ』のセンサーがスネークの姿を捉え、機銃掃射を再開するその寸前に、彼は大きく跳躍した。
建物の屋上に飛び乗り、さらに上へとジャンプする。
パラシュートを切って自由落下を始めていた機体に空中で掴まり、古風な操縦桿を握りしめる。
「……行くぞ」
スネークの声に応えるように、独特の機械音声を響かせて、『D-Walker』は戦場へ降り立った。
スネークとD-Walkerは崩れかけた屋根の上を器用に駆け回って反対側に飛び降り、軽やかに通路へと着地する。
そこにはグスタフが一体待機していたが、突然現れた同サイズの二足歩行機に混乱しているのか、すぐに機銃を撃つことはなかった。
正気を取り戻したグスタフが照準を合わせる前に、D-Walkerの左側面に取り付けられたガトリングガンが放たれる。
戦車などと戦うことを想定した弾丸はグスタフの装甲を軽々と食い破り、機体を炎上させた。
その顛末を確認する暇もなく、D-Walkerは身をかがめて高速走行モードへと移行し、素早く通路を走り抜ける。
施設の入り口近くで警戒していた一体も不意を突いてガトリングの餌食にすると、スネークはD-Walkerを旋回させ、
追いかけてきた数体のグスタフに向かって残りの弾を掃射した。
霧の向こうからの攻撃に怯んだグスタフの懐へ、スネークは一気にD-Walkerを突っ込ませる。
右側面の機構腕が握るマチェットは、高速走行の勢いそのままにグスタフの腹をつらぬく。
さらにD-Walkerはそのグスタフを盾代わりに引きずりながら別の一体へと接近し、マチェットで袈裟懸けに切り裂いた。
しかし次の獲物の方へ走ろうとしたところで、スネークの体が大きく揺れる。
「ぐっ……!」
側面から近づいて来ていたグスタフの機銃が、切り裂かれた味方の機体もろともD-Walkerの脚部を射抜いていた。
片足を半ばから切断されたD-Walkerはバランスを崩して転倒し、スネークも地面へ振り落とされる。
だがまだ、D-Walkerは死んでいない。 それは操縦者が居ないと何も出来ない車両ではなく――
バディ
――”相棒”なのだ。
「……迎撃モード!!!」
音声認識システムが友の声を捉え、AIを搭載したサポートヘッドが起動する。
機体上部の補助アームに固定された二丁の拳銃が、正確無比な射撃を続けざまに見舞った。
「うおおおおおっ!!!」
カメラとセンサー類を拳銃弾に破壊され、視界を失ったグスタフをスネークの飛び蹴りが打ち据える。
操縦士が昏倒したのか、完全に動かなくなった機体から飛び降りると、スネークは最後の一体へ向かって走りだした。
もはや彼と敵を隔てる盾は何もない。 グスタフは後退しながら機銃を乱射し、スネークは弾丸の雨の中へ飛び込んでいく。
その光景を――”バディ”が死へと突き進んでいく姿をカメラ越しに見ていたAIが、何を思ったのかは知る由もない。
機械を超えた何かが記憶板の中に目覚めたのか、高度な知能が冷静に状況を分析して、作戦遂行に必要な行動を割り出したのか、
それとも、機銃の弾丸に貫かれた体が誤作動を起こしたに過ぎないのか――それはわからない。
しかし、D-Walkerが唯一動かせる機構腕を振り上げて、その手の中にあったものを投げたことだけは……紛れも無い事実だった。
まるで、それが自分に向けて投げられたことを、機械が予想外の動きをしたことを、知っていたかのように。
スネークはグスタフの数メートル手前で軽く跳び上がりながら、D-Walkerから引き継いだ最後の武器――
――鉄をも切り裂くマチェットを、しっかりと掴みとった。
「せいっ……やああああ!!!」
着地と共にスライディングし、弾丸とグスタフの両足を潜り抜けながら、大上段に構えた剣を突き立てる。
敵の体を真っ二つに斬り裂いて、スネークは静かに残心の構えを取った。
爆発の音を背後に聞きつつ、呟くように相棒へと言葉をかける。
「……ありがとう」
その声を、音声認識したわけではないだろう。
しかし、スネークがそう呟いたのと全く同時に……D-Walkerは、その機能を永久に停止した。
――――――――――
今回はここまでです Dウォーカーは車両じゃない、世界中のプレイヤーにそう言いたい
[回想]未来の伝説
4「血」
――――――――――
ジョージが目を覚ました時、森の中は幾分か明るくなっていた。
霧の濃さは相変わらずで遠くを見るのはほとんど不可能に等しいが、近くのものの色を判別する程度はできる。
だからこそ、彼はすぐに、自分の視界を染める赤色に恐怖することになった。
「う……ああ」
唇を震わせて呻きながら、ジョージは自分に覆いかぶさっている男の肩を揺さぶる。
彼の重く屈強な体はまだ暖かかったが、ぴったりとしたスーツは血の色で染め上げられているように見えた。
「大丈夫か? おい……スネーク! おい!」
「ん……ああ……」
スネークは苦しそうに身を捩り、ジョージは彼が生きていたことに安堵する。
だがおびただしい量の赤い色が目の前にある以上、手放しで喜ぶことはできない。
メディック
「傷を見せてくれ……俺は医者だ。 大丈夫、応急処置くらいならできる……」
「ああ……そうか。 頼む……」
自分に言い聞かせるように呟くジョージに、スネークは小さな声で応えた。
ジョージは彼の体の下から這い出ると、血まみれの背中に顔を近づけて診察する。
彼のスーツと皮膚はところどころ破れ、棘のようなものが突き出している部分も見える。
しかし改めてよく見ると、そこまで出血するような傷は無いようだ。
「……あの大蛇が上手く盾になったようだ。 この血も、ほとんど蛇のものだな……」
「そいつはありがたい……」
「だが、いくつか破片が刺さっているし……少し触るぞ」
「うっ……あああ……!」
「……やはり、肋骨にもダメージがあるようだ。 早く治療しないと……」
ジョージはポーチから包帯とガーゼ、消毒液の小瓶を取り出すと、手早く処置をほどこした。
「……どうして俺なんかを……」
白い包帯に滲んでくるどす黒い赤から目をそらし、ジョージは独り言のように呟いた。
その苦しそうな表情をじっと見つめながら、スネークは彼の本心を突く。
「……血が怖いのか?」
「…………」
唇を噛んで黙ったジョージに追い打ちをかけることはなく、ただ自分から話すのを待ち続ける。
そんなスネークの様子を見て、ジョージは諦めたように話しだした。
「……自分の血は平気なんだ。 病院に担ぎ込まれた患者の血も。 ただ……」
「仲間や敵の血が、自分のために流れるのが怖いか?」
「…………」
スネークは何とか身を起こして、樹の根に腰を下ろした。
腰につけていたバッグの中身を確認し、話を続ける。
「才能は有り余るほどだが……お前は、兵士には向いてないな」
「……そんなことはわかってる。 仲間にも、何度も言われてきた」
「ならなぜ兵士に?」
「医師になりたくて、軍の奨学金を」
「……医者としても腕は良いようだが、戦場から去る道もあっただろう」
「そうかもな……」
ジョージは俯いて、蛇の血で染まった両手を見下ろした。
「……だが、俺も人を殺したんだ。 庇ってくれた仲間を、死なせたこともある」
「…………」
「敵兵を撃った時の感触や……仲間の最後の言葉が、肌に染みこんで消えないんだ」
ジョージはその両手で、隠すように顔を覆った。
乾ききらない血が移り、彼の顔も赤く染まる。
VENOM
「俺の体を巡り続ける……毒みたいに。 俺が逃げることを許してくれない」
深くうなだれたジョージに、スネークはしっかりとした口調で言った。
「それは毒じゃない、お前の血だ。 ……皆お前の一部となって、お前と共に在る」
「…………」
「……さあ、肩を貸してくれるか? とりあえず霧の中を抜けだそう」
「……ああ」
ジョージは立ち上がってスネークの腕を掴み、怪我を気遣いながら引っ張り上げる。
包帯を巻かれた背中を右手でさすりつつ、スネークはなんとか歩き出すことができた。
「……それで? 霧を抜けたらどうするんだ?」
マザーベース
「無線で基地に連絡する。 その後はフルトンだ」
「フルトン回収システム!? そのバッグの中身が? ……あんな乱暴な方法で、怪我は大丈夫なのか」
「慣れると案外……おい! そこの樹にトラップを仕掛けたのを忘れたか?」
「おっ……と。 す、すまん……」
慌てて足元を確認するジョージに、スネークは微笑みながら言う。
「……お前は単独潜入向きだと言ったが、相棒が居たほうが良いかもしれんな」
ジョージも少し気まずそうに笑い、それを素直に肯定する。
「そうだな。 俺にはあんたの真似は出来そうもない」
「いやそうじゃない……お前は人を気遣うのが上手いと感じたんだ。 サポートをしやすい」
「そうか?」
「ああ。 それこそ、俺には真似できん」
「……なら、その相棒には誰がなってくれるんだ? あんたか?」
「ははっ、今はそうだな。 俺がお前の、最初の”バディ”だ」
お互いを気遣い、支えあいながら、二人の男は霧の中を歩んでいく。
数十分前は敵同士だった彼らは、いつの間にか”友”になっていた。
そして二人は、いつか”伝説”になっていくのだ。
1995年――その年に、終わりを迎えるまで。
彼らは、霧の中を歩き続ける。
――――――――――
骸骨家族の歌
4「血」
――――――――――
『スネーク、ちょっと良いか?』
「……ああ。 なんだ?」
突然入ってきたミラーからの無線に、スネークは立ち上がって答えた。
その声に驚きはなく、むしろやっぱり来たか、という感情が透けて見える。
ミラーの口調も、どこか気まずそうだ。
『それが……D-Walkerを輸送したヘリのカーゴに、DDが忍び込んでいたらしい』
「……ああ」
『しかもヘリの中でスタンナイフを抜いて暴れまわって、無理矢理近くに降ろさせたと……』
「……今、足跡を見つけたところだ」
スネークが見下ろした先、彼の足元には、一人の警備兵が倒れていた。
生きてはいるものの意識はなく、白目をむいて軽く痙攣している。
さっきスネークが確認した首元には、スタンナイフに特有の四角い火傷が付いていた。
『そうか……もう結構な歳なんだがな。 ヘリのパイロットは、あんたにグスタフの注意が向いていて助かったと』
「回収するべきか?」
『いや、あいつもこれが最後だとわかってるんだろう。 ……あんたと一緒に居たいんだ。 死に場所くらい選ばせてやれ』
「…………」
無線が切られた後も、スネークはしばし無言でその場に立ち尽くしていた。
その赤い左手が添えられている金属製の鞘は、D-Walkerの機構腕から取り外したものだ。
中にはかつての相棒の”遺品”が収められている。
バディ
DDも、D-Walkerと同じ――スネークの相棒だった。
子犬の時に彼が拾い、彼と共に戦場を駆けたことも数知れない。
ここ数年はFOXHOUNDの訓練所で暮らしていたため、惨劇に巻き込まれることもなく生き延びている。
しかしその命も、今スネークと共に在ろうとすることで、危険に晒されているのだ。
彼らの慕ったボスは、ソリッド・スネークに殺された……そう言っていたにも関わらず。
未だにスネークは、バディ達と離れられずに居た。
「…………」
マチェットの柄を擦りながら、スネークはしばらく物思いに耽った。
しかしその思考も、唐突に響いた狼犬の遠吠えによってかき乱される。
「! ……DD?」
スネークはその場で高く跳躍し、手近な建物に登って周囲を見下ろした。
寄生虫の数が減ってきたのか、徐々に薄くなってきた霧の向こうで小さな影が動いている。
目を凝らして見ると、それは案の定、灰色の毛並みを持つ犬の姿だった。
DDはその鋭い嗅覚で友の存在を感知したのか、スネークの方を見上げている。
老犬らしく悠然と構えながらも、どこか楽しげな様子で短く吠え、彼は背後の森の中へと入っていった。
「……呼んでいるのか?」
長い付き合いの中で身についた勘が、その行動の意図をスネークに教える。
スネークは呼びかけに応じてDDを追いかけようとし、すぐに考えなおして躊躇した。
兵士が言っていたBIGBOSSの居場所は、このあたりの地下にあるという話だ。
ここでDDを追いかけ森へと入れば、地下からは遠ざかることになる。
「…………」
スネークは逡巡の後、建物を飛び降りて森へと走った。
兵士の情報も確実とは言えないし、たとえ遠回りになったとしても、行き着く先はどうしようもなく同じだ。
彼は森の入口までたどり着くと、樹々の向こうにちらちらと見える灰色の尾を追って歩き始めた。
DDは時々振り返りながら、一定の距離を保って森の奥深くへと進んでいく。
周囲に敵兵や罠は無く、スネークはただ淡々と、獣道程度の小さな轍をかき分けて行った。
「ん? ……おい、DD!」
しばらく進んだ所で、DDは突然走りだした。
年齢からは想像もつかない軽やかなステップで樹々を避け、あっという間に見えなくなる。
つられるように駈け出したスネークは、DDに踏み固められた草の位置だけを頼りに残りの道を進む。
たとえ相手が素早い犬でも、スネークの体とて、もはや普通の人間ではない。
彼らの距離はすぐに狭まり、やがてスネークは、DDが目指した目的地へとたどり着いた。
「………!!」
そこには、息を切らしたDDが彼に背を向けて座り込んでいた。
そして、一人の男がその前に屈み込み、灰色の毛並みを優しく撫でていた。
「……お前も随分、待たせるな」
男がゆっくりと立ち上がると、DDはその足元を離れ、スネークのもとへと戻ってくる。
DDはスネークに向かって一度だけ短く吠えると、そのまま彼の脇を通り抜けて、森の入口の方へと歩いて行った。
スネークはその動きを目で追った後、再び目の前の男に視線を戻す。
そこに居るのは、真っ白な髪と髭をたくわえた、隻眼の老人。
スニーキングスーツに似た特殊な服を身につけ、赤いベレー帽を被り、葉巻をくわえた屈強な兵士。
「……BIGBOSS」
半年前まで、鏡の向こうに見ていた顔が、そこにあった。
「久しぶりだな、ジョージ」
無線のコール音が鳴り、ミラーの声が頭蓋骨に響き渡る。
ターゲット
『ついに目標を見つけたな。 ……俺たちの仇を』
「…………」
スネークは左手を鞘に、右手をマチェットの柄に添えた。
それを見て、BIGBOSSもアサルトライフルのグリップを握りしめる。
『さあ、殺せ! 遠慮はいらん。 ……あんたの顔も、人生も、何もかも滅茶苦茶にしたその男を……殺せ!』
虚しく反響する怨嗟の声に突き動かされ、スネークはマチェットを抜いて中段に構えた。
自身も銃の安全装置を外しながら、裏腹に優しい声で、BIGBOSSは静かに語りかける。
「お前は……多くのものを喪ってきたな。 真実も、愛する人も、家族も……幻でさえも」
「…………」
「私がその根源であると言われれば、何も言うことはできん。 ……それは事実だ」
スネークは空いた左手でありったけの寄生虫アンプルを取り出し、まとめて封を叩き折った。
ミストタイプ、アーマータイプの虫達が瞬く間にスーツを覆い尽くし、その能力を発揮する。
消えかけていた霧はどんどん勢いを取り戻し、やがては数メートル先も霞むほどの濃霧となって辺りを覆う。
「……懐かしいな。 お前と初めて出会った時も、こんな霧の中だった」
メタリックアーキアの金属代謝によって、スネークの体は鈍色の鎧で守られていく。
もはや小銃弾程度では傷つけることも難しい化け物に、BIGBOSSは臆することなくライフルを向けて言った。
「あの時から、ずっと……私は多くの物をお前から奪ってきた。 お前が私の幕を下ろしてくれるなら、それも良いだろう」
マチェットとライフルをそれぞれ構え、二人の蛇はじりじりと距離を詰める。
「だが私も……俺も、最期まで戦士として生きたい。 全力で行くぞ」
「……言われるまでもない。 あんたが首を差し出すとは思っていない」
スネークの返答に、BIGBOSSは満足そうに微笑んだ。
「さあ、ジョージ! ……人生最高の再会にしよう!!」
引き金に指がかかり、マチェットを握る指に力がこもる。
そしてほとんど雄叫びに近い掛け声と共に、最後の戦いは始まった。
「……来いっ!!!」
BIGBOSSが構えるアサルトライフル、そのアンダーバレルに取り付けられたグレネードランチャーから、
スネークへ向けて榴弾が放たれる。 それ自体は間一髪でかわしても、爆風と金属片の雨は避けられない。
胸のあたりの鎧を一部削り取られ、衝撃でよろめいたスネークに弾丸が追い打ちをかける。
機械のように正確な射撃は鎧の薄い部分を的確に捕らえ、衝撃を貫通させてダメージへ変換する。
「ぐっ……!」
それ以上の攻撃を受ける前に、スネークは背後へ跳躍して霧の中へと身を隠した。
BIGBOSSは音と僅かな残像でスネークの位置を予想し、素早く銃口を向ける。
しかし周囲の樹を利用して立体的に飛び回る敵が相手では、鎧の隙間を突くどころか、
まともに弾を当てることすら難しい。
やがて、枝を蹴る音は銃口の追跡を振り切り、凄まじい速度で頭上から飛びかかってきた。
「!……はあっ!!」
だがBIGBOSSは、スネークの手が届くまでの一瞬を使って銃を向け直し、あまりにも精密な動きで引き金を引く。
銃弾は胸の中心を覆う鎧、その最も薄くなってしまった場所を見事に貫き、背中の鎧に内側から当たって音を鳴らす。
「……っ!?」
しかし勢いを失い、落下していく鎧と目を合わせたとき、BIGBOSSは驚愕して目を見開いた。
その虚ろな眼窩の奥には、鎧を纏っているはずの男の、爛々と輝く瞳が見えなかったのだ。
視線を下に移すと、そこには下半身もない。 ただ、鎧の上半分だけがそこにあった。
「デコイだと……!?」
「うおおおおおっ!!!」
咆哮と共に、マチェットの刃が一閃する。
脱ぎ捨てられたパラサイトスーツの上半身もろとも、BIGBOSSのライフルが真っ二つになって地面へ落ちた。
スーツに隠れるようにして飛びかかってきたスネークは、真っ赤な顔と左腕を外気に晒しながら、
右手に構えたマチェットを袈裟懸けにBIGBOSSへ振り下ろす。
「……ふん!」
BIGBOSSは蛇のようにしなる腕でマチェットを握る手首を捕まえると、渾身の力を込めてひねった。
空中で半回転するスネークの右手へさらに手刀を食らわせて、半ば無理矢理武器を叩き落とす。
しかし武装を失ったスネークに駄目押しで打ち込んだBIGBOSSの掌底は、逆に掴まれてカウンターの機会を与えてしまう。
「……まだだっ!!」
スネークはBIGBOSSの腕を引いて体勢を僅かに崩させ、隙を生じた顔面に血まみれの左拳を突き出した。
パンチや掌底を当てようとはせず、ただ左手を彼の目の前へと差し出して――
――思いっきり握りしめる。
「うっ……!」
剥き出しになっている左手の組織が弾け飛び、血しぶきがシャワーのように隻眼へ降りかかる。
思わぬ目潰しを食らってよろめくBIGBOSSをよそに、スネークは足元のマチェットを蹴りあげて再びその手に握りしめる。
「……せいっ!!!」
間髪入れずに振り下ろされた刃は、咄嗟に構えたナイフを安々と切り裂き、BIGBOSSの上腕へと食いこむ。
そしてそのまま、彼の腕を一刀のもとに切り飛ばした。
「ぐっ……う……」
左腕を失い、完全にバランスを崩した胴体へ回し蹴りが突き刺さる。
スネークは仰向けに倒れたBIGBOSSへ馬乗りになって、マチェットを喉元に突きつけた。
残った右腕もしっかりと膝で押さえ、あらゆる反撃の機会をも奪い取る。
「……強くなったな、ジョージ」
どこか満足そうに笑うBIGBOSSの上で、スネークは無言のままマチェットを持ち上げた。
確実に首を斬り落とせるように、両手で慎重に刃を構える。
左手から流れて柄を伝い、切っ先から落ちた血のしずくが、BIGBOSSの顔を紅く染めた。
「…………!」
そして、声を発することもなく――何の前触れもなく、スネークはマチェットを振り下ろす。
「………?」
しかし、数秒が経ち、数十秒が経ち……いくら経っても、血しぶきが上がることはなかった。
BIGBOSSが瞑っていた目を開くと、彼の顎の数センチ手前で、マチェットの切っ先は止まっていた。
そこから伝い落ちる血のしずくが、一定のリズムを刻みながら彼の喉を濡らし続けている。
『おい……どうしたんだスネーク? とどめを刺したのか?』
無線から流れる声には応えず、スネークはBIGBOSSを凝視する。
正確には、BIGBOSSの腕、切り落とされた左腕の断面を、じっと見つめながら彼は言った。
「……なぜだ?」
答えあぐねるBIGBOSSに、スネークは髑髏顔でもわかるほどの驚愕と共に問いかける。
「なぜ……血が流れないんだ?」
スネークの視線の先にある”腕”――BIGBOSSの左腕からは、一滴の血も流れてはいなかった。
その断面から覗いているのは、血管ではなく火花を散らすケーブル、筋肉ではなく金属繊維の束、
皮膚ではなく強化プラスチックの外装、骨ではなく鋼鉄の骨格……あらゆる物が、生命を持たなかった。
それはサイバネティクスと呼ばれる技術で造られた、偽物の腕だった。
スネークは膝に力を込め、BIGBOSSの右腕の感触も確かめる。
関節から金属の軋む音が聞こえてくると、スネークはBIGBOSSの拘束を解いて立ち上がり、一歩後ろへ下がった。
「あんたほどの男が、なぜ両腕を失っている? 他にもあるのか? ……どこで失った?」
「……お前には……関係ない」
「違う! ……それほど大規模な戦場は、ここ最近では一つしかないはずだ」
マチェットが手の中から滑り落ち、地面に突き刺さる。
スネークは後ずさりながら、自分の顔を両手で覆った。
まるで何かに怯えるように、何かを否定するように、顔を左右に振りながら問う。
「……アウターヘブンでやられたのか? あの日の爆撃で……!!」
『スネーク! 何を言っている? 一体どうしたんだスネ……』
「黙れっ!!」
スネークは腰に付けていた無線機を握りつぶし、地面に叩きつけた。
「ボス、教えてくれ……助けに来てくれたのか? あの時……」
「…………」
「……頼む」
BIGBOSSは身を起こし、地面に座り込んでスネークへ向き直った。
視線を伏せて、言い難そうに口を開く。
「……子供と、一部の非戦闘員だけしか、助けられなかった」
「………!」
それを聞いた瞬間、スネークはその場に崩れ落ちた。
両手で顔を覆い、呻くように、小さな声を絞りだす。
「……すまない」
「ジョージ……これは元々、俺がやるべきだったことだ」
「いや……違う。 ……俺が間違っていた」
スネークは、そう言いながらゆっくりと顔を上げた。
目の前の男とは似ても似つかない、剥き出しの髑髏のような顔を……包み隠さずに。
「あなたこそ……俺の、俺達の……”ボス”だ」
髑髏顔の男はよろめきながら立ち上がり、ふらふらと歩き出した。
BIGBOSSはその背中に声をかけたが、男には既に聞こえていない。
彼にはもう、何も残ってはいないのだろう。
顔を失い、過去を失い、仲間を失い……そうして得た、BIGBOSSの影も失った。
残された骸骨の中に満ち、その体を動かしていた言葉さえも、彼は自ら握りつぶして捨てた。
今、彼の中にあるのは完全なる”空”――無音の暗闇だけだった。
「――――」
……しかし、その中に。
暗闇に差し込む、一筋の光のように――ある”声”が、響きはじめる。
「――……」
それは、”声”ではあっても、”言葉”ではない。
言葉を持たない、人とは異なる生き物の、高らかな遠吠えだった。
「…………DD?」
その声の主は、ふさふさとした灰色の毛並みをなびかせながら、男の前を堂々と歩いて行く。
ある程度離れたところで振り返り、もう一度吠えて、また歩きだす。
……輝き続けるダイヤモンドドッグは、友が骸になった後も、導くことをやめはしなかったのだ。
「…………」
男は、その声に引き寄せられるように、ふらつきながらもDDの後を追いはじめた。
何度もつまづきながら、それでも深い森の中を、前へ前へと進んでいく。
目的などなく、意思もなく、ただ……導かれるままに。
――――――――――
ヴェノムの最初のバディは、Dホースじゃなくてイシュメールだと思う
次回、最終回です
[回想]未来の伝説
5「歌」
――――――――――
「なあ、お前……歌ってみる気はないか?」
マザーベースのヘリポートで、カズヒラ・ミラーは唐突にそう言った。
その傍らに立っていたジョージは、ぽかんとした表情で彼の顔を見る。
と言っても、彼の顔は今、スタッフ用のマスクで覆われていて見えないのだが。
「……あの、それは自分に言ってるんですか?」
「他に誰がいる?」
とぼけた顔で首をかしげるミラーに、ジョージは少し困惑した。
彼はMSFの優秀な兵士であり、ヘリで傷病者を手当てするメディカルスタッフのチーフでもあるが、当然ながら歌手ではない。
歌ってみないかと言われても、すぐに返答できるはずもない。
「ええと……もしかして、平和の日の話で?」
「そうだ。 もちろんメインはパスの歌だが、それだけというのも寂しいだろう?」
「はあ……」
平和の日というのは、一週間ほど後に開催を控えたイベントのことだ。
戦いに生きる兵士たちが集うマザーベースで、みんなが一時の平和を謳歌する、特別な日。
当日のステージでは、彼らとともに生活する女学生――パスによる歌が披露されることになっている。
「で? どうなんだ?」
「え?」
「やるのか? やらないのか!?」
「いや……その前に、なぜ自分が?」
とりあえずイエスかノーの答えを引き出そうとするのは、商売上手なこの男が、
何か面倒なことをやらせたい時の常套手段だ。
それを承知しているジョージは、まず彼の腹を探ることにした。
ミラーは腕を組み、サングラスを光らせながらそれに応じる。
「……本当は、ボスに歌って欲しかったんだがな。 どうしても嫌だと言うんだ」
「それは……そうでしょうね」
そう言いながら、ジョージは停止しているヘリのほうへ目をやった。
そこで操縦士と作戦の最終確認を行なっている彼らの”ボス”――ネイキッド・スネークは、
ミラーと違って、好んでステージに上がるようなタイプには見えない。
「それなら副司令である俺が! ……とも思ったが、俺にはギターの演奏があるだろう?」
「ええ、まあ……」
「セシールはその日用事があるようだし、アマンダやストレンジラブは取り付く島もない……」
「エメリッヒ博士は?」
「何言ってるんだ? ヒューイの歌なんて誰も聞きたくないだろ」
それは確かにそうだ、と思わず頷くジョージに、ミラーは滔々と続ける。
「とにかく、客受けの良さそうな連中はみんな非協力的でな……だがお前ならどうだ?」
「……客受けが良いとは思えませんが」
「そうでもないだろう。 ここの奴らはボスや俺含め、みんな一度はお前に助けてもらってる」
「怪我の多い仕事ですから……」
「優秀で人当たりもいいし、ルックスも悪くはないよな? 地味に慕われているぞ、お前は」
「…………」
真顔で褒めちぎるミラーを見ながら、やはりこの男は天才的に商売上手だと、ジョージは再確認する。
人材に対する確かな観察眼に裏打ちされた、おおげさ過ぎない絶妙な褒め言葉。
彼をよく知らない者ならば、簡単に”ビジネスパートナー”にされてしまうだろう。
しかしジョージには、彼の言葉の裏がよくわかる。
すでに何度か”ビジネス”の餌食となり、ミラーに対してはすっかり疑り深くなっているのだ。
「……そんなこと言って、本当は自分とボスの声が似てるから選んだんでしょう?」
「ん……いや、まあ、それも無くはないが……」
「カセットテープやレコードの録音ならまだしも、生で自分が歌うのは荷が重いですよ」
「……カセットテープ?」
サングラスの奥で、ミラーの瞳がきらりと光る。
ジョージが自分の失言に気がついた時には、既に手遅れだった。
完全に、”スイッチ”が入ってしまっている。
「ほお……なるほどなぁ! 確かに録音ならバレないかもな……」
「う……副司令? 一体何を……」
「あのBIGBOSSが歌手デビュー……重厚で渋いプロ顔負けの歌声……」
「……あの……」
「販売形態はカセットテープで、いつでもどこでも聴き放題! 初回特典にはコスプレバンダナも付いてくる!」
どんどん妄想をふくらませるミラーを見て、ジョージは深くため息をついた。
恐れ多くもBIGBOSSのゴーストを仕立てようとは、ミラーも大概冒険家だ。
マザーベース司令と副司令の喧嘩ともなれば、手当てをするジョージも一苦労なのだが。
「よぉーし!! そうと決まればジャケット撮影だ! おーいボスー!! ……ほら、お前も来い!」
「えっ、自分も映るんですか!?」
スネークとジョージのツーショットなら詐欺にならないとでも思ったのか、ミラーは彼の腕をぐいぐい引っ張っていく。
真相を知らないスネークものんきなもので、記念写真の撮影には乗り気のようだ。
「確かにこの面子で撮ったことはなかったな。 良い提案だ」
スネークはヘリからパイロットも下ろすと、なぜか上機嫌で横一列に並んだ。
ミラーの想定した写真とは少し違うものになりそうだが、彼もあまり気にせず、嬉しそうに三脚とカメラをセットする。
やがてタイマーが作動し始めると、ミラーは小走りに戻ってきてスネークとパイロットの間に入った。
すぐにシャッターが切られ、フィルムが一枚分巻き取られる。
「ん? ……おい、ジョージ!」
撮影が無事終わったことに安堵し、ヘリに乗り込もうとしたジョージをスネークが呼び止める。
困惑する彼の腕を掴んで引き戻し、自分の隣に立たせて肩を抱く。
「せっかく写真を撮るんだ、マスクで顔を隠してたら意味無いだろう?」
「え? いや自分は……」
「良いから取れ、ほら。 恥ずかしがってどうする」
「……はあ」
ジョージは渋々マスクを脱いで、腰のポーチにしまった。
スネークはそれを見てにんまりと笑い、ミラーに言う。
「おいカズ! もう一枚頼む!」
二枚目の写真を撮るとき、なぜだかスネークは最初の時より嬉しそうだった。
ミラーとジョージの背中に手を回し、シャッターが再び切られるのをじっと待つ。
……そうしていると、とても伝説の兵士には見えない。 ジョージも、ミラーも同じだ。
これから後ろのヘリに乗って、戦火を潜り抜けてくる傭兵たちだとは思えない顔をしていた。
そこにはただ、儚い時間を切り取って、友との思い出を残そうとしている男たちが居た。
友情と、希望と、平和だけがあった。 やがて全てが消え去ったとしても、記憶の中に残る輝きがそこにあった。
「よし……そろそろ行くぞ!」
フィルムがまた一枚分巻き取られると、男たちはボスの号令に従い、ヘリへと乗り込んでいく。
かけがえのないひとときは過ぎ去って過去になり、争いの歴史の中へ埋もれていった。
しかし、残っていくものもある。
二人の男を写した写真は、9年の時を経て、この先に繋がっていくのだろう。
彼らが創る――未来の伝説へと。
――――――――――
骸骨家族の歌
5「歌」
――――――――――
森を覆う霧は徐々に晴れて、辺りの植物は再び太陽の恩恵にあずかろうとしていた。
飛ぶのをこわがっていた蝶や小鳥たちも顔を出し、透き通った空気の中を存分に舞いはじめる。
逆に、独壇場を失った蛇たちは巣穴へと戻り、夜の暗闇が訪れるまで眠りにつく。
霧が出なくなったのは、元凶の寄生虫が住み着ける特殊なスーツが、半分以上も失われたことが大きな理由だろう。
しかし残されたスーツのもう半分、腰から下に住む寄生虫が霧を出さないのは、彼らが川の水に浸っているからだ。
DDを追って森を歩き続ける髑髏顔の男は、誘導されるままに小さな清流の中へ足を踏み入れていた。
美味しい水を存分に飲める虫達には、濁った霧など必要なはずもない。
ふさふさとした灰色の尻尾はその先端を濡らしながら、やがて小さな洞窟へと入っていった。
川の流れは洞窟の奥へ続き、その下半分を水で満たしている。
髑髏顔の男は身をかがめて、その暗闇の中に進んでいく。
「……これは……」
しばらく歩いたところで、男はDDが何を頼りに進んでいるのかを知った。
彼らが進む先から、風と共にわずかな匂いが流れてくる。
人間にとってはわずかな香りだが、犬の嗅覚ならば感じるのは容易だろう。
男はいつの間にかDDを追うのをやめ、自分の意思で足を動かすようになっていた。
DDを傍らに従え、水に足をとられながらも、しっかりと奥へ進んでいく。
洞窟の天井は次第に高くなり、そして唐突に途切れた。
男は立ち上がり、頭上の穴から差し込む光の中で立ち止まった。
そこは、清流に囲まれた小さな花畑のような場所だった。
元は洞窟の途中にできた広めの空間だったのが、何かの衝撃で天井の一部が崩落したのだろう。
上から落ちてきた岩や土砂は水たまりの中心に小島を作り、清流と日光が植物を育てる。
そうして自然に造られた花壇を覆い尽くすように、純白の花が咲き誇っていた。
「………!」
男は息を呑み、その真っ白な花畑を凝視した。
焼けただれた瞼を見開き、剥き出しの歯を震わせて、花々の中心にあるものを見つめる。
そこには、一人の女性が横たわっていた。
長い黒髪をひとつにまとめ、白い肌を惜しげも無く露出した、美しい女だ。
彼女は長い足の先を水の中に沈め、眠るように、花たちに抱かれていた。
「なぜ……ここに……?」
男は澄んだ川の水を激しく波たてながら、一歩一歩、女性の方へ歩いて行く。
近くでよく見ると、衣服がぼろぼろに朽ちているのにもかかわらず、女性の肌は少女のように瑞々しかった。
しかし、男は知っていた。 彼女が既に、とうの昔に、死んでいることを。
「……クワイエット……」
その名前は、もう10年以上も前に男のもとを去った、ある狙撃手の通名だった。
彼女は彼の敵であり、仲間であり、暗殺者であり、相棒でもあった。
そして、彼の……。
「……こんな所まで、歩いてきたのか? あの砂漠から……」
彼と彼女が別れたのは、アフガニスタン――砂嵐が吹きすさぶ、砂漠の中だった。
そこで彼女は彼を救うために、自らの喉に寄生した、大量殺戮兵器の引き金を引いた。
その毒が世界に拡がるのを、彼へ届くのを防ぐため、彼女は自ら姿を消したのだ。
花の中で横たわる彼女の傍らには、古ぼけた小瓶が転がっていた。
ラベルは既に残っていないが、おそらく何かの酸か、消毒液のようなものを飲み干したのだろう。
自らの声帯とわずかな肺を、残らず焼き尽くしてしまうために。
「初めて会った時も……この花が咲いていたな? ……だから、ここで?」
男は彼女のそばにひざまずき、その横顔に語りかけた。
最期が楽だったはずはない。 それでも、安らかな表情だった。
とても死体には見えない。 実際、表面はまだ生きているのだろう。
かつてコードトーカーが研究した狙撃手の遺体のように、日光と水だけで、その皮膚は生き続けている。
だが、その内側は、骨格や臓器は、とっくに朽ち果て、風化しきっているだろう。
不用意に触れれば、何もかも崩れ去ってしまうかもしれない。
「……答えてくれ……!」
しかし、男は触れずにいられなかった。
あの時手放してしまった、彼女の肌に。 ”BIGBOSS”であるがゆえに掴めなかった、その指に。
「……クワイエット!」
その瞬間、白い霧が彼らを包む。
それは周囲を浮遊する、無数の微小な虫たち――長い間宿主を失い、新たな居場所を求めていた彼らが、一斉に飛び立っていた。
彼らは嵐のように男を包み、そのわずかな動きを結集させて、上向きの風を巻き起こす。
天から降り注ぐ光を反射し、ダイヤモンドダストのように輝く虫たちの中で、何かが舞い上がるのを男は見た。
風に揺られ、ひらひらと落ちる、小さくて、白いもの。
男は思わず、それに手を伸ばす。
失ってしまった左手を、真っ赤に染まった片腕を、高くかかげてそれを掴もうとする。
そして――その花びらは、彼の手の中に収まった。
白い、暖かな肌を持った、彼の左手の中に。
「………!!」
それは彼女が肺の中に吸い込み、宿し続けていた花だったのだろう。
手のひらを開いた瞬間に、風化した花びらは幻のように崩れ去っていく。
だが彼の左手は……いや左手だけではない。
顔や、頭や、全身を覆い尽くした白い肌は、いつまでも消えなかった。
男の顔は、既に髑髏の顔ではなく、BIGBOSSの顔でもなく、ヴェノム・スネークの顔でもなく、
かつて友にジョージと呼ばれた、一人の若い医者の顔に、戻っていた。
現象としては、”スカルズ”と呼ばれる特殊部隊が他人を傀儡とする際に用いた、寄生虫の一時的な移植と同じだろう。
しかし彼女の体表に住んでいた虫は、長い時間の中で特殊な変異を遂げたのか、
それとも元々遺伝的な適合があったのか、ジョージの体との完全な共生を果たしていた。
まるで最初から彼の皮膚であったかのように、しっくりと馴染んでいる。
下半身のパラサイトスーツに居た虫も取り込まれたのか、金属を代謝するメタリックアーキアによって、頭部の破片も崩れ落ちていく。
脳に埋まった部分はそのままなのだろうが、少なくとも見た目には、彼の”角”は消え去っていた。
「ああ……そうか。 そうだったな……」
肌を取り戻した頬に、一筋の涙が伝う。
もう20年以上も流していなかったその雫を、まるで優しく拭うように、皮膚の虫が吸いとった。
「お前たちは、ずっと……俺と共に在る」
ジョージは胸の中心、彼の血が集まり送り出される、心臓のある場所に手を当てた。
白い霧と一緒に跡形もなく消え去った、彼女の遺体が寝ていた場所ではなく、陽光が差し込む空へと目を向ける。
「俺の体を、巡り続けていたんだ」
虫たちが吸いきれないほどの涙を流し、ジョージは慟哭した。
………………
………………
しばらくすると、ジョージは立ち上がり、彼女が寝ていた場所を見下ろした。
そこには、彼女が愛用していたスナイパーライフルが寝かされている。
おそらく彼女の最期の時まで、主人と共にあったのだろう。
バレルはところどころ錆び付いていて、半分腐った木のストックには、白い花がたくましく根付いている。
ジョージはそれを手に取ると、その場所に深く突き立てた。
銃と花の墓標は、これからもこの美しい花畑で眠り続けるのだろう。
「……ありがとうな、DD。 お前のおかげだ」
彼が泣いている間、ずっと寄り添ってくれていた友の頭を、ジョージは優しい手つきで撫でた。
DDはぱたぱたと尾を振りながら、一声鳴いてそれに答える。
「これからも、俺と一緒に来てくれるか?」
返事の代わりとばかりに立ち上がり、身を震わせた彼と共に、ジョージは来た道を引き返していった。
今度はしっかりとした足取りで、振り返ることもなく洞窟を進んでいく。
やがて再び光のもとへ出ると、そこには一匹の白馬が佇んでいた。
懐かしいいななきと共に、ジョージの方へと歩いてくる。
「お前は……D-Horse?」
「……オセロットが引き取ってきた馬なんだがな。 奴や俺も含め、この10年間誰もその背に乗せようとしなかった」
ジョージが声の方に目を向けると、白髪の上にベレー帽をかぶり直した、隻眼隻腕の男がそこに立っていた。
「……ボス!」
「足が必要だろう? お前の馬だ、お前に返そう……ジョージ」
BIGBOSSは昔の姿に戻ったジョージを見て多少驚いたようだったが、すぐに柔和な表情へ戻って歩み寄ってきた。
慌てて説明しようとするジョージを制し、おおらかに笑ってその肩を叩く。
「ははっ……言わんでもいい。 自分だけの記憶にしておけ」
「……ああ」
「そうだ、これも持ってきてやったぞ。 ……大事なものなんだろう、置いていくな」
つられて笑顔になったジョージに、BIGBOSSはD-Walkerのマチェットを差し出した。
ジョージはうなずいてそれを受け取り、腰の鞘に再び収める。
「……そういえば、お前が脱いだスーツを持ってくるのは忘れたな」
「いや、あれはもう良いんだ。 マスクも霧も、もう必要ない」
NAKED
「上半身裸で大丈夫か?」
「雨と陽の光を浴びるのには、むしろちょうどいい」
ジョージは眼帯を外して紐を引きちぎると、それも寄生虫の擬態なのか、肩まで伸びてしまった後ろ髪を乱雑に結わえた。
それが終わるとDDを抱え上げて馬の背にのせ、自分も鞍にまたがり手綱を握る。
そんな彼を見上げて、BIGBOSSは静かに言った。
「……良い家族を持ったな」
ジョージは振り返り、ボスの顔を見つめて答える。
「ああ。 俺を許し、一部となって……支えてくれた」
「お前は……戦場を離れるんだな。 ジョージ」
「……そのつもりだ。 どの道、もう死ねない体だろうしな……これからは生きるために、歩こうと思う」
「そうか。 ……幸運を祈る」
残された右手で敬礼をするボスに、ジョージはあえて敬礼はせず、サムズアップで返した。
そしてお互いに笑顔をかわした後、ふと真顔になって、ジョージは彼に問いかける。
「ボス……あんたは? これからどうするんだ?」
「俺はここに留まる。 ……留まるしかない」
BIGBOSSは手を下ろし、ジョージの顔をまっすぐ見つめて言った。
その表情に笑顔は無いが、悲しみもない。 ただ、強い意思だけを宿していた。
「お前と俺は違う。 俺には、お前の真似はできないんだ」
「……わかった。 だが、また会える日を……いつまでも、待っている」
二人の男は振り返り、互いに背を向けた。
ジョージは”家族”と共に森の向こうへ、BIGBOSSはただ一人、要塞へ向かって歩いて行く。
かつて並び歩いた友とは、逆方向にある未来へ――足を踏み入れていった。
「……そうだ。 俺には……私にはまだ、やることが残っている」
斬り落とされた腕を拾い、BIGBOSSは歩き続ける。
私
「……ソリッド・スネーク……”BIGBOSS”は死なん。 いつか、決着を付けよう」
アウターヘブン
”真の天国の外側”へと。
「いつの日か……また会おう!」
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to ”METAL GEAR 2 SOLID SNAKE”……
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}三三`三`三)_______ _ _____ ___ ___
/ニ/ニ/ニ.∠ニ_ニ∠ニニニ∠ニニ|∠ニ/ /ニニ∠ニ_ニ〃ニニ.|∠ニニニ}
/―/―/―//ーー7 7ー/ /ー/lー|/ー/_ /ー6 ̄7ーー7/ー/lー| / ┴'‐ノ
/ / / //  ̄7 / / / 二 | /〈 ノ  ̄7/ 二 | Λ }
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「さて、これからどこへ行こうか? DD」
「……ん? なんだ、不満そうだな」
「D-Horseもか」
「ああ……そういえば、お前たちと歩いてる時は、いつも音楽をかけてたな……」
「だが、今は勘弁してくれ。 今回はカセットを持ってこなかったんだ」
「……いや、鼻歌で良ければ聞かせてやってもいいが」
「…………」
「……フン……フン、フフン……フン、フン……♪」
「……どうだ?」
「案外気にいったみたいだな?」
「まあ、この一節しか知らないから、同じところをループするだけなんだが」
「ん? ああ……そうだな」
「……今の俺には、そのほうが合ってるな」
「永遠に回り続ける……この歌が」
――――――――――
終わり
以上です 最後まで読んでくれてありがとうございます
もし感想、意見の他に質問などあれば遠慮せずレスしてください なるべく答えたいと思います
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