その日、僕は… (29)
その日、僕はとんでもないことをした。
唐突だが僕はカレーヌードルが好きだ。大好きだ。
毎回麺と具を食べるどころかスープまでも飲み干す勢いだ。
個人的に食べ終わったスープにご飯を入れるのも好きだ。腹がすごく減っているときはよくこれをやる。
とりあえず僕がどれだけカレーヌードルが好きかは伝わっただろうか。
そのカレーヌードルを、だ。僕は…その日…
麺すら食べきることなく捨ててしまったのだ。
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カレーヌードルが大好きなみんなはあらゆる食べ方を試してみたことがあるだろう。
定番なのはやはり湯を線のちょっと下までにすることによってスープをより濃厚にすることだろうか。
カレー感の増したちょっと粘性の強いスープは麺を食べたあとのご飯とも相性がいい。
5分待ってみる。2分まで待ってみる。
こうして伸びた麺や、かための麺を楽しむのもありだろう。
これらをだいたい試した者は次に何らかの具材を足す。
卵、スライスチーズ…その他野菜やウインナーなどの加工肉…
その可能性の広さはもはやカップ麺というファストフードの『短い時間で調理し食べられる』というコンセプトを破壊するにまで至る。
もともとカレーという味の汎用性の高さがそれに拍車をかけている。
その日の僕は瓶に入った液状チェダーチーズを入れてみることにした。
だがそのチェダーチーズ、冷蔵庫に入れていたとはいえなんと購入したのが2カ月も前のものだった。これがダメだった。
結構使っていたのだが、あと少しでなくなるところで放置してしまっていた。
僕はそれを使い切るためにカレーの汎用性に頼り、それを湯を入れる前に瓶の中のものを全てカレーヌードルに入れたのだ。
湯を入れて待つこと3分。
蓋を開けたときにまず一番に違和感を感じたのはその臭いだった。
チーズ特有の香ばしい香り…の方ではなく。
どこか発酵食品を強く感じさせる歪んだ臭い。
その時点でもう自分がとんでもないことをやらかしてしまったのではないかということに半分気がついた。
鼻からの呼吸を止めつつしかめた面で麺をすする。
次の瞬間口に広がるのは当然カレーヌードルの素晴らしき旨味ではない。
油の味。ただひたすら腐った油っぽい味。
口の中を侵す…油、油、油
僕はそれを飲み込むとすぐさま湯飲みについであったお茶を体内に入った麺を追わすように流し込んだ。
最悪だ…。なんだこれは…。
怪物。僕が生み出したのは…怪物だった。
僕は録画していたアニメを見ながら食べようと考えた。
汁のある麺類は伸びてしまうので、番組を80〜100%楽しみながら美味しく食べようと思うのなら、テレビ視聴とはやや相性が悪い。
それでもだ、そのときの僕には何か気を紛らわすものが必要だった。
しかし怪物は僕に楽なテレビ視聴などは提供してくれない。
正直もうそこそこ限界だった。
いつもならもうスープにご飯を入れたって食べ終わっている時間になっていた。
しかし、だ。この手元にある器にはまだ半分ほど麺が残っている。
僕は次の作戦に移ることにした。
『ガラムマサラ』
そのスパイスはカレーに刺激と深みを与える素晴らしき存在だ。
カレーライスを食べるならこれがなければカレーではないという人も多いのではないだろうか。
ガラムマサラさえあれば全てを終わらせることができる!なぜもっとこの方法を思いつかなかったのか!
僕は足早に台所に戻り棚を開けた。
だが……
そこにガラムマサラの姿はなかった。
そこでやっと切らしていたことを思い出した。
この時点でも結構僕はアホだったが、このときばかりは自分の馬鹿さ加減にため息がでた。
僕はテレビの前に戻りまた麺の入った容器と向き合う…
それはまだ最初に放った臭いをしっかりと残していた。
もう…無理だった。
僕は悲しい決断をした。
伸びきってもうスープすら殆どなくなったそれを二つの小さなコンビニ袋を二重にするとその中に倒しきれなかった怪物を封印してゴミ袋に捨てた。
当然腹は満たされることはない。
美味いとか不味いとかじゃなくて、そもそも麺を腹の中にそんなに入れていなかったのだから当たり前っちゃ当たり前だ。
僕はコンビニへ向かった。
家から400メートルもないくらい近くにコンビニはあったが僕は歩かなかった。
走った。コンビニへ、走った…。
自分が先ほどしたことを考えると、涙が出そうになった。
自分はなんてことをしてしまったのだろうかと。
店員「ありがとうございました〜」
僕は店内のポットで購入したカレーヌードルに湯を注ぐと外に出てコンビニ前のベンチへ座った。
なんの工夫もしなかった。
湯すら普通に、線まで注いだ。ぴったりにだ…
3分経過し蓋をとる。
鼻に入るのはもちろんいつもの香ばしいカレーの香り…。
それだけで口の中いっぱいに唾が分泌された。
割り箸を割り、麺をすする。
「うまいっ!!うまい…!」
外にいたのに、独りだったのに、思わず声が出た。
新たにコンビニに入店する客には不審な目で見られた。
それでも声は止まらなかった。
口の中を満たすスパイスの刺激。
味のしっかりと染みた具。
服を汚すような勢いですすられる麺。
「うまい!うまい!うまい!うまい!」
過去最高に、一口、一口、味わって食べた。
汁一滴残さず完食した。
食べ終わった後の容器と割り箸をゴミ箱に入れた。
コンビニを背に歩きだす。
行きに堪えた涙がそこで溢れだした。
その日、僕はとんでもないことをした。
自分の大好きなものを傷つけ、捨て去った。
もう二度とこんなことはしないと誓った。
その日、僕は……
カレーヌードルが、もっと好きになった。
おわり
やっぱり普通が一番なんすよね。
(-ω-)
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