吸血鬼「日の光を死ぬほど浴びたい」(95)


吸血鬼「ま、文字通り死んじゃうんですけども」

男「いきなりどうしたんだ?」

吸血鬼「いや、ほらさ。私だって明るい世界ってものを見てみたいわけよ」

男「吸血鬼のくせに」


吸血鬼「吸血鬼だからじゃない」

男「まあ、わからんでもないが」

吸血鬼「あー、何とかならないかなー」

男「いくらなんでも無理だろ。あきらめろ」

吸血鬼「えー」

男「えー、じゃない」

吸血鬼「ぶーぶー」

男「全く。お前は子どもか」

吸血鬼「失礼な。少なくとも大抵の人間よりは年上だよ?」

男「知ってる。お前が人間じゃないってのは間違いないからな」


吸血鬼「最初は信じなかったくせに」

男「当たり前だろ! たまたま見つけた洞窟が地下街に繋がってたってだけでも信じられないのに、いきなり吸血鬼が出てくるなんてすぐに信じられるか!?」

吸血鬼「ま、それが普通の反応だよねー」

男「そうだそうだ」

吸血鬼「でもさ、男は私を見ても逃げなかったじゃない。ほとんどの人間はあわてて逃げちゃうんだけど」

男「そりゃあ、見た目だけは普通の女の子だったし」

吸血鬼「見た目だけ、って何よそれ」

男「そのままの意味だ。むしろ俺は、他の奴らがなんで逃げたのか不思議だな」

男(中身はともかく、見た目は絶世の美少女なのになあ)


吸血鬼「そう言われればそうだね。ちょっと血を分けて欲しいって言って近づいただけなのに……」

男「あきらかにそれが原因だ!」

吸血鬼「えー。男にも同じこと言ったけど逃げなかったじゃない」

男「お、俺のことはいいだろ別に」

吸血鬼「いやいや。今後の参考に聞かせて下さいよ、男さん」

男「何の参考にするつもりなんだ……」

吸血鬼「うーん。次の獲物を逃がさないようにするため?」

男「じゃあ、なおさら教えられないな。どうせ参考にならないだろうし」

吸血鬼「なんでさー。ケチ!」

男「ケチでけっこう」


吸血鬼「もー。あれ、そういえば何の話してたっけ?」

男「お前が日の光を浴びたいって言う話だろ?」

吸血鬼「そうそう! 本当にどうにかならないかなー」

男「だから無理だって」

吸血鬼「いや、もしかしたら何か方法があるかもしれないしさー」

男「と言うか、吸血鬼が日の光に弱いってのは本当なんだな」

吸血鬼「うん」

男「てっきりデマかと思ってた」

吸血鬼「まあ確かに、世間の吸血鬼伝説はほとんどデマだよ」


男「例えば?」

吸血鬼「んー、本当は十字架も聖水もにんにくも平気ってところとか」

男「後は、血を飲んだ相手が吸血鬼になるわけじゃないって感じか?」

吸血鬼「そうそう。それが本当なら、今頃世の中は吸血鬼だらけだよね」

男「だな。お前に血を吸われた俺も吸血鬼になってるはずだし」

吸血鬼「いやー、その説はどうも。ごちそうさまでした。なんてお礼を言ったらいいか……」

男「いくら吸血鬼といえど、女の子が空腹で倒れるのを目の前で見て放っておけないからな。気にすんな」

吸血鬼「いやいや、ほんとに助かったんだよ? ただでさえ地下街に迷い込む人間って少ないのに、皆逃げちゃうし。危うく餓死するかと……」


男「そんなに血が飲みたいなら、地下街から出て人間を襲えばいいだろ。いや、よくないけど」

吸血鬼「どっちやねん。そもそも私、夜しか外に出られないもん。人間が外出するのは昼間でしょ?」

男「夜に出歩く人間だっているぞ?」

吸血鬼「魔物討伐隊くらいでしょ」

男「それもそうか……」

吸血鬼「あー、それもこれも、私が昼間外出できたら解決するのになー」

男「おい、お前。もしかして明るい世界を見たいってのは食欲のためか?」

吸血鬼「まあ、それもある」

男「あるのか……」

吸血鬼「ちょ、ちょっだけだよ?」


男「いや、勝手にロマンティックな理由だと勘違いしてた俺が悪い」

吸血鬼「もー、食い意地張ってるだけじゃないんだってばー!」

男「はいはい」

吸血鬼「信じてないでしょー」

男「信じてます信じてます。血を吸わないと生きてけないのなら仕方ないだろ」

吸血鬼「だーかーらー! 私にだって食欲以外の理由くらいあるんだってば!」

男「どんな?」

吸血鬼「う、そ、それは……」

男「それは?」

吸血鬼「……秘密!」

男「なんだそりゃ」


吸血鬼「もうこの話はいいでしょ! それより、時間は大丈夫なの?」

男「げ、もうこんな時間か。そろそろ日が暮れるな。じゃあ帰るわ」

吸血鬼「またねー」

男「ああ、またな」





【翌日の地下街】

男「さーて、今日も吸血鬼の家にお邪魔するとするか」

???「……おい」

男「ん?」

???「こっちだ、男」


男「ああ、誰かと思えば。地下街唯一のお店を経営してる狼男さんじゃないですか」

狼男「今から吸血鬼のところに行くのか?」

男「ええ、そうです。狼男さんは俺に何か用ですか?」

狼男「少しお前と話したいことがあってな。時間はあるか?」

男「残念ながら今日は吸血鬼と約束してるんです。早く行かないと怒られる」

狼男「そうか。なら、明日一緒に街の酒場にでもどうだ?」

男「街って、人間の街ですよね?」

狼男「当たり前だ。地下街に酒場はないぞ」

男「知ってますよ。そうじゃなくて、外に出ても大丈夫なんですか?」

狼男「問題ない。私は満月の日以外は人間みたいなものだ」


男「なるほど。じゃあいいですよ」

狼男「よし。では明日の夜に城門近くの酒場に」

男「あ、夜はちょっとまずいかも……」

狼男「……そうか。なら、正午にしよう」

男「すみません。楽しみにしてますね」

狼男「ああ」

吸血鬼「あ、男! こんなところにいた!」

男「吸血鬼?」

吸血鬼「もー、遅い! 3時のおやつには来るって言ってたじゃない」

男「悪い悪い。迎えに来てくれたのか?」


吸血鬼「だってなかなか来ないんだもん」

男「そうか。ありがとう」

吸血鬼「えへん。もっと褒めるがいい!」

男(ここで少しでも照れてくれたらもっとかわいいのに……)

吸血鬼「そういやどうして遅れたの? いつもは時間を守ってくれるのに」

狼男「ああ、私が呼びとめたんだ。悪かったな」

吸血鬼「あ、狼男さん!」

狼男「もう話は終わったから、連れて行っていいぞ」

吸血鬼「はーい。ほら、早く行こ」


男「ちょ、走るな馬鹿!」

狼男「…………」




吸血鬼「たっだいまー」

男「お邪魔します」

吸血鬼「まー、適当にくつろいじゃってよ」

男「もちろんそのつもりだ」

吸血鬼「いやいや。女の子の部屋なんだからもうちょっとあるでしょ、こう、さ」

男「なにを今さら」


吸血鬼「まあ、最近は男がここに来るのも日課になっちゃってるけど」

男「いつもお世話になってます」

吸血鬼「いえいえ、こちらこそ」

男「で、今日は何だ?」

吸血鬼「じゃじゃーん。チョコチップとアーモンド入りのしっとりクッキーです」

男「おー、うまそう」

吸血鬼「へへー。早く食べてみてよ」

男「ん……。甘すぎず、でもチョコの味がしっかりしてる。大きめに砕いたアーモンドの食感もいいな」

吸血鬼「おいしい?」

男「ああ、うまい」


吸血鬼「やった! 頑張ったかいがあったー」

男「それにしても、吸血鬼の趣味がお菓子作りなんてな……」

吸血鬼「なにさ、文句あるの?」

男「いや、悪いわけじゃないけど。意外と言うか何と言うか」

吸血鬼「いいじゃない別に。それにこれ、狼男さんに教えてもらったんだよ?」

男「ぶふっ!」

吸血鬼「ちょっと、汚さないでよ」

男「わ、悪い……。それより、狼男さんって……」

吸血鬼「うん、お菓子作りがすっごくうまいの!」

男「まじかよ……」


吸血鬼「私が小さい頃から、よく一緒にお菓子作ってくれてたんだよ。お兄さんみたいな感じかな」

男「へえ」

吸血鬼「あ、もしかして嫉妬してる?」

男「まさか」

吸血鬼「そんな即答しなくてもいいじゃない。冗談なのにー」

男「はいはい。で、兄みたいってことは狼男さんの方が年上なんだな」

吸血鬼「そうだよ。敬語使ってるじゃない」

男「言われてみれば」

吸血鬼「でしょ。それがどうかしたの?」

男「いや、狼男さんってほとんど人間と変わらないって聞いたから……」


吸血鬼「ああ、確かに基本的にはそうだね。でも、人間より長生きだったり満月の日以外でも人間より力が強かったり、いろいろあるみたいだよ」

男「なるほど。なんか俺、地下街の住人のこと全然知らないんだなあ」

吸血鬼「仕方ないでしょ、男は人間なんだから。これから知っていけばいいんだよ」

男「そうだな。いろいろ教えてくれるか?」

吸血鬼「もちろん! まかせてちょうだい!」

男「それは頼もしい」

吸血鬼「へへへ。よし、じゃあ明日は、この地下街ができた歴史でも教えてあげましょう。」


男「あー、すまん。明日の昼間は狼男さんと出かけるんだ」

吸血鬼「えっ。それじゃ、明日は来れないの?」

男「たぶん。でも、明後日は来れるから」

吸血鬼「そっか……」

男「悪いな」

吸血鬼「ううん。おいしいお菓子を作って待ってるね」

男「ありがとう。それじゃそろそろ帰ろうかな」

吸血鬼「またね」

男「ああ、また明後日に」

男(地下街の歴史、か……)

眠気が限界に…
ストック尽きたから今日はここまで


【翌日の酒場】

男「すみません、遅くなりました」

狼男「いや、私も今来たところだ」

男「で、俺に話って何ですか?」

狼男「さっそく本題か。少し世間話でもしないか?」

男「はあ。ま、時間はあるっちゃありますけど」

狼男「夜は用事があるんだったな。安心しろ、それまでには終わる」

男「なら大丈夫です」

狼男「さて、何から話そうか……」

男「あ、そうだ。狼男さんってお菓子作りが得意なんですよね?」

狼男「ごふっ」


男「大丈夫ですか!?」

狼男「あ、ああ……。吸血鬼か?」

男「あ、はい。もしかして秘密でした?」

狼男「いや、別にかまわん」

男「じゃあそんなに驚かなくても」

狼男「……私の趣味を知ったら、大抵の奴が爆笑するんだ」

男「だ、大丈夫です。俺は笑ったりしてませんよ」

狼男「……本当か?」

男「はい。さすがにちょっと驚きましたけど」

狼男「そうか」

男「はい」


狼男「お前は本当に良い奴だな」

男「そんな大げさな」

狼男「俺たちにも普通に接してくれる」

男「そうですか? 特に意識してなかったんですけど」

狼男「そうだ。人間ではない地下街の住人達にも、人間と同じ様に接してくれるだろう」

男「はあ」

狼男「あの吸血鬼も、お前にはよく懐いている」

男「まあ、嫌われてはいないみたいですね」

狼男「吸血鬼は、あまり他の奴らと話すことはなかったんだ」

男「あの吸血鬼が?」


狼男「ああ。今でもそういうところはあるがな」

男「言われてみれば、狼男さん以外と関わっているところは見た事がないですね」

狼男「私はあいつにとって兄みたいなものだ。それでも、以前はあれほど明るくは話しかけてこなかったんだぞ?」

男「全く想像できません」

狼男「だろうな。お前が地下街に来てから半年くらいか」

男「だいたいそれくらいですね」

狼男「最近は他の住人とも世間話ぐらいはするようになったようだ」

男「それは良いことですね」

狼男「お前のおかげだ」

男「……俺の?」


狼男「自覚しているかどうかは知らんが、あいつはお前を特別視している」

男「それは一体……」

狼男「友情なのかどうかはわからんが、お前と関わることであいつが変わったのは事実だ。感謝している」

男「はあ」

狼男「お前はどうなんだ?」

男「俺、ですか?」

狼男「あいつのことをどう思っている?」

男「俺は……」

狼男「毎日地下街にまで来て会うくらいだ、嫌ってはいないのだろう?」

男「そりゃそうですよ」


狼男「それが本当なら問題ない。例えお前が何者であろうとも」

男「……何が言いたいんですか」

狼男「何、例え話だ」

男「例え話?」

狼男「もしお前が我々に危害を加えようとしていた人間だとしても、もうそんな気持ちは無くなっているだろうってことだ」

男「…………」

狼男「知っているか?」

男「何をですか?」

狼男「あの地下街に人間が迷い込むのは数十年ぶりなんだ。昔は時々人間が迷い込んでいたが、入口に結界を張って以来はお前以外に誰も来ていない」

男「結界が弱くなっているのでは? 俺は今も普通に出入り出来ていますよ」


狼男「そうかもしれないな」

男「……これが、本題ですか?」

狼男「いや。本題に近いと言えば近いが、少し違う」

男「では、本題をどうぞ」

狼男「吸血鬼を頼む」

男「はい?」

狼男「もし吸血鬼や地下街に何かあったとき、吸血鬼を助けてやって欲しいんだ」

男「えっと、何を言っているのかよくわからないんですけど……」

狼男「そのままの意味だ。お前は普通の人間とは違う。地下街に入れたこともそうだし、我々に恐怖心も抱いていない」

男「俺はただの人間ですよ」


狼男「まあ、それはどうでもいい」

男「いいんですか」

狼男「お前が吸血鬼を守ってくれるなら、お前の正体には興味がない」

男「俺を買い被りすぎじゃないですか? そもそも、俺よりも吸血鬼の方が力もありそうですけど」

狼男「お前の方こそ吸血鬼を買い被りすぎだ。あいつは、今はただの吸血鬼の女の子だ」

男「はあ。まあ、狼男さんの頼みですしね」

狼男「頼んだ」

男「頼まれました」

狼男「では、そろそろ出るとするか」

男「そうですね。よかったらまた飲みに来ませんか?」


狼男「そうだな。ただし、私から得られる情報に価値はないと思うぞ?」

男「……やっぱり気付いて――」

狼男「何のことだ? お前の正体には興味がないと言っただろう」

男「いいんですか。俺が悪い奴だったらどうするんです」

狼男「問題ない。どうせお前は吸血鬼を裏切れない」

男「ずいぶんな自信ですね」

狼男「まあな。吸血鬼からもいろいろ聞きだしているようだが、それもたいして役に立たんだろうな」

男「狼男さんこそ何者なんですか……」

狼男「ただの商店の店主だ」


男「はあ、掴めない人だなー」

狼男「お互い様だろう。では私はこれで。夜の仕事を頑張ってくれ」

男「はい。では、また」

男(俺、仕事だなんて一言も言ってないのに……)

男「やっぱり俺のこと気付いてたんだな。さて、どうしよう」

男「んー。ま、いいか」

男「俺は不真面目に仕事に行くとしますね」

男「今日は城の裏手の森だったっけ? あんなところに何もいるわけないのに、隊長も暇人だなー」


男「さて、今日の仕事場に来たわけだけれども」

隊長「いいか! 心してかかれ!」

隊員「はっ!」

隊長「奴らはいつ襲ってくるかわからないぞ!」

隊員「はっ!」

隊長「よし、では手分けして魔物を探すんだ!」

隊員「はっ!」

男「相変わらず暑苦しいなあ」

隊長「おい、男。何ぼけーっとしている。お前も早く行け」

男「はーい」


隊長「全く、仕方のないやつだ」

副隊長「いいんですか、隊長? あいつ、いつも真面目にやってませんけど」

隊長「クビにしたいのはやまやまだが、実力は確かだからな……」

副隊長「結界破り、ですか。確かにすごい能力ですが、使い道も限られていますよ?」

隊長「それもあるが、腕っぷしも強いんだよ」

副隊長「はあ。そうは見えませんけどね」

隊長「人は見かけによらないってことだ。それより、状況はどうだ?」

副隊長「今のところ何も見つかっていませんね。いつも通りです」

隊長「そうか。我々はいつまでこんな不毛な事をやらねばならんのだろうな」

副隊長「全ての魔物を討伐し終えるまで、ですかね」


隊長「そもそも魔物の定義もあいまいなのにな。悪魔やら魔物やら、違いがよくわからん」

副隊長「隊長がそんなこと言っててどうするんですか」

隊長「しかし、本当のことだろう。何やらよくわからないものを魔物と言っているだけのような気がしてな……」

副隊長「隊長は魔物退治にもっと熱心だと思っていましたけど、そんなことを考えていたんですか」

隊長「最初はそうだったさ。だが、魔物討伐隊なんて言っても、最近じゃあ魔物に遭遇すること自体ほとんどない」

副隊長「たまに魔物っぽいものを見かけても、逃げられてますしね」

隊長「だからと言って、この仕事を止めるわけにはいかん」

副隊長「ですね。討伐隊が活動し始めてから、魔物の目撃情報はぐんと減りました。我々の仕事が役に立っているということです」

隊長「そうだといいが……」


副隊長「隊長らしくないですよ。私は、この仕事に誇りをもっています」

隊長「そうか」

副隊長「いつか、魔物達だって滅ぼしてやります。魔物が人間にとって悪にならないはずがないですから」

隊長「……ああ、そうだな。違いない」

副隊長「それに、隊長だって知っているでしょう。魔物を捕まえた者に莫大な報奨金が与えられることを」

隊長「…………」

副隊長「それがあれば、一生どころか孫の代まで遊んで暮らせます。家族のためにも、私は魔物を捕まえたいんです」

隊長「頼もしい限りだ、頑張ってくれ」

副隊長「もちろんです!」

隊長「さて、あの不真面目男はどこをうろついてるんだろうか」





男「くしゅんっ」

男「誰か噂でもしてるのか? あー、適当にぶらぶらしたし、そろそろ隊長達のところに戻るとするか」

男「ん? あれは……」

吸血鬼「んー、確かこの辺りのはずなんだけどなー」

男(吸血鬼!?)

吸血鬼「あれ? 何か音がしたような……」

男(まずい! このままだと討伐隊に吸血鬼が見つかってしまう!)

吸血鬼「気のせいか。それにしても、いったいどこにあるのかなー」

男(何か探しているのか? 頼むから早く帰ってくれ!)

隊長「おい、男」


男「うわっ!?」

隊長「何もそんなに驚かなくても良いだろう」

男「す、すみません」

隊長「まあいい。そろそろ今日は引き揚げるぞ」

男「あ、はい。わかりました」

男(吸血鬼には気付いてないようだな。よし、大丈夫そうだ)

隊長「どうかしたか?」

男「いえ、すぐに戻ります」

隊長「おかしな奴だな。ん? 今何か動いたような……」

男(どうするどうする!? 俺は討伐隊員で、吸血鬼は捕まえるべき相手だ。隊長に差し出すべきなのか?)


隊長「おい! 誰かいるのか!」

男(いや、駄目だ。狼男さんと約束したじゃないか。それに俺自身だって、吸血鬼のことを……)

男「隊長!」

隊長「なんだ、野狐か。ん? どうした、男」

男「い、いえ。危険かもしれないので俺が代わりに確認しようかとしただけです」

隊長「ああ、大丈夫だ。魔物ではなかったらしい」

男「そうですか。それは良かったです」

男(吸血鬼はもう帰ったみたいだな。危ないところだった)

隊長「今日も成果は無し、か。他の者も集まってきたようだ。帰るぞ」

男「はーい」

男(それにしても吸血鬼の奴、何をしにこんなところに来ていたんだ?)

【翌日の吸血鬼宅】


吸血鬼「いらっしゃーい」

男「お邪魔します」

男(よかった。何ともなかったみたいだな)

吸血鬼「いやー、1日ぶりだね」

男「たった1日だろ。そんな何日も会わなかったみたいに言われても」

吸血鬼「1日も、じゃないの。男がいないとこんなに暇だとは思わなかったよ」

男「そう言えば、お前と出会ってからは毎日ここに来てるっけ?」

吸血鬼「うん。そうだよ。今思えば男ってけっこう暇人?」

男「うるさい。夕方に予定がないだけで、他は忙しいんだよ」


吸血鬼「へー。そういや私と会ってない時間帯は何してるの?」

男「何ってそりゃ、仕事とか……」

吸血鬼「男って何の仕事してたっけ?」

男「何って……。普通のつまらない仕事だけど」

男(狼男さんはともかく、こいつには知られたくないな……)

吸血鬼「ふーん」

男「で、今日のおやつは?」

吸血鬼「あ、そうだった! えへへ、今日はすっごい自信作なんだから」

男「ほー、それはそれは」


吸血鬼「1日ぶりに作ってあげるやつだから、朝から頑張っちゃった。ほら、食べてみて」

男「これは……?」

吸血鬼「見ての通りクッキーだけど? あ、2回連続クッキーでごめんね」

男「あ、いや、それはいいんだが。中に入ってる緑の物体は何だ?」

吸血鬼「薬草だよ」

男「薬草?」

吸血鬼「うん。綺麗な色でしょ。お城の裏手に生えてる食べられる薬草なの」

男「薬草ねえ……」

男(なるほど、昨日はこれを探してたのか)


吸血鬼「あ、何よその顔。薬草って言っても、このクッキーはおいしいんだから」

男「そうは言っても、薬草入りクッキーなんて初めて見たもんで」

吸血鬼「ま、騙されたと思って食べてみなさい」

男「まあ、せっかく作ってくれたやつだし。どれどれ」

吸血鬼「おいしい?」

男「…………」

吸血鬼「……おいしくない?」

男「……うまい。びっくりした」

吸血鬼「でしょでしょ! はー、よかったー。実は初めて作ったから不安でさー」

男「あ、もう1枚くれ」

吸血鬼「いくらでもどうぞ!」


男「うん、やっぱりうまい」

吸血鬼「そこまで褒められると作ったかいがあるってものよ。また近い内に作るね」

男「それは楽しみ――」

男(いや、もう一度これを作るってことは……)

男「いやー、これもおいしいけど、もっと他のやつも食べてみたいかな」

吸血鬼「他のやつ?」

男「そうそう。他にも作ったことのないお菓子ってないのか?」

吸血鬼「そうだなー。狼男さんにもらったレシピで作ってるんだけど、難しそうなやつはまだ作ったことがないかも」


男「じゃあ、それを作ってくれ」

吸血鬼「えー。失敗するかもよ?」

男「いいじゃないか。どうせ俺が食べるんだし、挑戦ってことで」

吸血鬼「挑戦、か……。うん。それもいいかもね」

男「よし、頑張れ吸血鬼!」

吸血鬼「うん、頑張る私!」

男(単純で助かった……)

男(これで、危険な外出も控えてくれるだろ)


吸血鬼「どうかしたの?」

男「いや、何でもない。今日もおいしいおやつをありがとう」

吸血鬼「へへ。どういたしまして」

男(ああ。やっぱりいいなあ、この感じ)

男(狼男さんの言った通り、俺は吸血鬼を裏切れそうにないや。半年前とは大違いだな)

吸血鬼「あ、そろそろ日が暮れるね。明日は来れる?」

男「もちろん。また明日な」

吸血鬼「うん。また明日!」


男「で、今夜も一応仕事には来ちゃってるんだよなー」

男(仕事、辞めたいかも。討伐なんてしたくないし)

男「かと言って、次の仕事があるわけでもないからなあ」

隊長「ほほう、退職希望か?」

男「げっ、隊長……」

隊長「なんだその反応は?」

男「いやー、つい」

隊長「はあ。相変わらずだなお前は」

男「どうもです」


隊長「別に褒めてない。で、この仕事を辞めたいのか?」

男「えっと、その……」

隊長「残念だが今は無理だ。人員不足だからな。お前もわかっているだろう」

男「たいして仕事はないじゃないですか」

隊長「魔物討伐の方は、だろう」

男「自分達、魔物討伐以外に何か仕事してましたっけ?」

隊長「いや、していない」

男「すみません、わかりやすく説明してもらえます?」

隊長「魔物討伐と言う名の夜間の巡回が、結果的にこの街の犯罪発生率を下げているんだ」

男「それは初耳ですね」


隊長「我々は街のいたる所で魔物を探しているだろう?」

男「はい」

隊長「それによって、それまで夜中に盗みをしたり住民を襲って金品を奪っていたりしていた奴らも、おおっぴらに活動しにくくなったらしい」

男「なるほど」

隊長「もしかすると、魔物と呼ばれていたものの大半はそいつらかもしれんな。討伐隊が出来てから、犯罪の発生率も魔物の目撃情報も減っている」

男「はあ。つまり、魔物なんて存在しないと?」

隊長「そうは言っていない。この目で確かに魔物を見た事はある。あれは魔物に間違いなかった。しかし、どうも人間に無条件に襲いかかってくるとは思えなくてな」

男「いいんですか、魔物討伐隊の隊長がそんなこと言っちゃって」

隊長「ここだけの話にしておいてくれ」


男「……他の人に言っちゃうかもしれませんよ?」

隊長「勤務態度の悪い部下を持つと、上司は大変でなあ。いつ本部に報告しようか悩んでいるところなんだ」

男「さーせん!」

隊長「せめてすみませんと言え。まあいい。何にせよ、お前の腕っぷしは捨てがたいんだ。もうしばらくは仕事を続けてもらうぞ」

男「俺にそんな価値ありませんって」

隊長「いや、ある」

男「そんな力強く言われると反応に困ります……」

隊長「よく聞け。私が討伐隊に入隊したのは、この街の平和のためだ。魔物が平和を乱すと言うなら討伐してやろうってな。要するに私の敵は、魔物だとか盗賊だとかではなく、この街に危害を加えるかどうかで決まるんだ」

男「…………」


隊長「討伐隊の存在が平和のためになるのならば、私はこの討伐隊を守らなくてはならない。それにはお前が必要だ」

男「隊長……」

隊長「魔物討伐に意義を見いだせないのなら、この街を守ると思ってみろ。ま、どちらにせよお前に選択権はないがな。この隊に残ってもらうぞ」

男「あ、結局そこに繋がるんですか」

隊長「どうせ転職のあてもないんだろ?」

男「その通りでございます」

隊長「だと思った。ま、街の平和を守ることはお前の大切なものを守ることにも繋がるだろう」

男「大切なもの?」


隊長「なんだ、惚れた女の一人もいないのか?」

男「え、えと、その……」

隊長「ははは、詳しくは聞かないでおいてやるよ。さて、無駄話が過ぎたな。仕事に戻ろう」

男「あ、はい……」

男(俺の守りたいもの……)

男(吸血鬼、吸血鬼との楽しい日常、吸血鬼のいる地下街……)

男(ここにいたら、守れないどころか傷つけてしまうんじゃないか?)

男(最初は俺だって、地下街の入り口を見つけて喜んだよ。魔物を倒してやろうって。でも、吸血鬼と出会ってしまった)

男(なんか不思議な奴で、いつの間にか惹かれていって……。情報収集だって自分に言い聞かせながら、本当はあいつに会うのが楽しみだったんだろうな)


男(ああ、そういえば結局今日は地下街について聞くの忘れてたな。地下街をどうこうするつもりはもうないけど、やっぱり知りたいなあ。地下街のこと、そこでの生活、俺と出会う前のこと……。吸血鬼のことを、もっと知りたい)

男(そう言えば狼男さんが、俺の前に地下街に人間が迷い込んだのは数十年前って言ってなかったっけ。俺が来るまで血はどうしていたんだろう。何十年も飲まなくても問題ないのか?)

男「ああ、俺は知らないことばっかりだなあ」

隊長「何の話だ?」

男「うわっ、隊長。居たんですか」


隊長「居たも何も、ずっとお前と一緒に歩いていただろうが」

男「ですよね。すみません、ぼーっとしてました」

男(吸血鬼のことまで思わず口にするとこだった! 危ない危ない)

隊長「はあ。相変わらずお前は……」

男「ため息つかないで下さいよ。俺はいざと言うときには役に立ちますから」

隊長「当たり前だ。と言うか、普段からちゃんと働け。ほら、向こうの路地に何かないか見てこい」

男「へーい」





男「全く隊長は人使いが荒いなあ。いや、俺が不真面目なだけか」

男「さて、特に異常は見当たらないかな。……ん?」

男(あれは、人影か? 一人、二人……。ずいぶん辺りを気にしているな。盗賊か?)

盗賊a「よし、この家が良いだろう。昼間下見したときは、中年のばばあが一人居ただけだったはずだ。この時間なら寝てるだろう」

盗賊b「ああ、あの高そうな首飾りをつけてた女ですね。気付かれた時はどうします?」

盗賊a「構わん、やっちまえ」

盗賊b「へい。せめて若い女なら良かったんですけどね」

盗賊a「若い奴は金目の物を持ってないだろう」

盗賊b「いや、やっぱやる気が変わってくるじゃないですか」

盗賊a「馬鹿なこと言ってる場合か」


男「ほんと、馬鹿なことはそこまでにして欲しいなあ」

盗賊a「誰だ!?」

盗賊a(こいつ、いつの間に……?)

男「いや、それこっちの台詞だし」

盗賊b「何だお前? 痛い目見たくなかったらさっさとおうちに帰りな」

盗賊a「その隊服、討伐隊か……」

男「どうだろうね」

盗賊a「ちょうどいい。お前たちのせいでこっちは仕事がはかどらなくなっていい迷惑なんだ。おい、やるぞ」

盗賊b「へいっ」

男「うーん、仕方ない。久しぶりに働くとしますか」


盗賊a「よし、挟み撃ちだ!」

盗賊b「へいっ! 覚悟しやがれ!」

男「わざわざ作戦を教えてくれてどうも、っと」

盗賊b「なんだあ? 腰の剣は飾りか!?」

男「いやあ、使うまでもないでしょ。おっと危ない」

盗賊a「なめやがって! この!」

男「ナイフは人に向けるもんじゃないよ?」

盗賊b「くそっ、ちょこまかと逃げやがって!」

男「逃げてるんじゃなくて避けてるんだよ。ほいっと」

盗賊a「ちっ」


盗賊a(さすがは討伐隊と言ったところか。だが、こっちだって何年も盗賊やってないんだよ!)

男「!」

盗賊b「出た! 得意のナイフ投げ!」

盗賊a「同時に何本ものナイフはかわせっこないよなあ!?」

男「遅い」

盗賊a「なっ!?」

男「これだけ?」

盗賊b(うそだろ!? 全部剣で叩き落とした!?)

盗賊a「……くっ」

男「さすがに剣を抜いちゃったか。俺もまだまだだなー」


盗賊a「う、うわああああ!」

男「おっ。いっぱいナイフ持ってるんだ。でも無駄だよ?」

盗賊b「くそっ、ナイフ投げは得意じゃないが、俺も――」

隊長「そこまでだ。武器を下ろせ」

盗賊b「ひっ……」

男「あ、隊長。人に剣を向けちゃ駄目なんですよー」

隊長「言ってる場合か。遊んでないでさっさと終わらせろ」

男「はーい」

盗賊a「ちくしょー!」

男「冷静さがなくなったら負けだってこと知ってるか?」


盗賊a「うるせえ! くらえ!」

男「だからナイフ投げたら危ないって。隊長に怒られちゃうから、そろそろ終わらせるよ」

盗賊a(早い! ナイフを投げ……、いや、間に合わな――)

男「はい、終わり。大人しくしてもらえるかな」

盗賊a「……はっ。結局お前も剣を突き付けてるじゃねえか」

男「殴られるほうが良かったのか?」

盗賊a「……殺せよ」

男「何か勘違いしてないか? 俺たちは人を斬ったりしないんだ」

盗賊a「ああ、斬るのは魔物だったか? たいして変わらないだろ」


男「……かもね。どっちにしろ、街の平和を守るのが目的だから。殺しはやりたくないんだよね」

隊長「そういうことだ。大人しく牢屋に入ってろ」

盗賊a「……ちっ」

男「隊長、ロープか何か持ってます?」

隊長「必要ない。憲兵を呼んでおいたから、もう来るだろう」

男「ずいぶん手際がいいですね。もしかして、結構前からこいつらに気付いてました?」

隊長「お前がこいつらを引きつけてくれている間に呼んだだけだ」

男「憲兵呼ぶ前にこっちに加勢して下さいよ」

隊長「本気出さずに遊んでたくせに何を言う」


男「いやいや、遊んでないですって。ちゃんと働いたじゃないですか」

隊長「ああ、久々にな」

男「久々って部分にすごく力がこもってる気がするんですけど」

隊長「事実だ。おっ、憲兵が来たようだな。俺たちの仕事はここまでだ、こいつらを引き渡して帰るぞ」

男「へーい。ほら、歩いて」

盗賊a「うるせー、歩きゃいいんだろ」

男「よしよし。牢屋の中でしっかり反省しろよ」


憲兵「お疲れ様です。後はこちらでやりますので」

隊長「お願いします。では、我々はこれで」

男「…………」

隊長「おい男、行くぞ」

男「あ、はい」





男「隊長。もしかして憲兵さん、俺たちのこと嫌ってます?」

隊長「なんだ、今頃気付いたのか」

男「前からなんですか?」


隊長「俺たちの活動が犯罪の抑制にもなってきた頃からだな」

男「ああ、なるほど。仕事を奪っちゃったわけですね」

隊長「そういうことだ」

男「なんだかなー。もっと協力すればいいのに」

隊長「そう簡単にもいかないってことだ。……待て、誰か追って来ている」

男「あれ、あいつらに仲間はいないっぽかったですよ? それに、殺気も感じない」

隊長「いったい誰だ?」

男「あ、女性が走って来てますね」

???「あ、あの! 討伐隊さんですか?」


男「はい。あなたは?」

花屋「この街で花屋をやっている者です。先ほどは助けていただいたようで……」

隊長「ああ、あの家の方ですか」

花屋「はい。物音で目が覚めたんです。そしたら、大変なことになっていたみたいで驚きました」

男「うるさくしちゃってすみません」

花屋「とんでもありません! 憲兵さんから話は聞きました。本当にありがとうございます……!」

男「そんな、俺はたいしたことなんて……」

花屋「いえ、本当に何と言ったらいいか……。あの、何かお礼をさせてもらえませんか?」

男「えっと、ほんとに気持ちだけで結構ですので」


隊長「こら、好意を無駄にするな」

男「……では」

花屋「ありがとうございます。実はうち、昔は食堂もやっていたんです。ぜひごちそうさせて下さい」

男「いいんですか?」

花屋「はい、もちろんです。こんなものでお礼になるかはわかりませんが。明日の昼間は空いていますか?」

男「えっと、夕方までなら大丈夫です」

花屋「では、昼食の頃にお待ちしています。腕によりをかけて作っておきますね」

男「ありがとうございます。楽しみにしています」

花屋「それでは、私はこれで」


隊長「夜道は危ないのでお送りします」

花屋「まあ、ありがとうございます」

隊長「男、お前は隊に戻って副隊長に報告しておけ。私もすぐに戻る」

男「はい、わかりました」






男(感謝、された。この仕事を始めてから、初めてだ)

男(……嬉しい)

男(魔物討伐なんて全く関係ないけど、俺が人の役に立ったんだ。隊長の言っていたことが少しわかったかもしれない)

男(もう少し、続けてみよう。どうせすぐには辞められないんだ。吸血鬼とのことは、これからじっくり考えよう)

ちょっと忙しくなってきたので、明日続きを書けるか怪しいかも
内容はもう考えてるから、

途中で投稿してしまった・・・


とりあえず、月曜までには続きを書く予定です


【翌日】


男「こんにちはー」

花屋「あら、男さん。ちょうど用意が出来たところなのよ」

男「おお、これは……。こんなご馳走、いいんですか?」

花屋「もちろんですよ。ささ、冷めないうちにどうぞ」

男「では遠慮なく。いただきます」

花屋「お口に合うといいんですけど」

男「すごくおいしいです!」


花屋「うふふ、そう言われると腕によりをかけて作ったかいがあるわ」

男「いや、本当に。わ、デザートまであるんですか。これはクッキー……。え?」

花屋「びっくりしたかしら? 変わっているでしょう、このクッキー」

男「もしかして、中に入っているのは……薬草ですか?」

花屋「あら、まさか当てられちゃうなんて。その通り、薬草ですよ」

男「……有名なレシピなんですか?」

花屋「まさか。どこの料理本にも載っていないはずよ。私の母が作ったレシピですもの」

男「えっと、食べてみてもいいですか?」

花屋「どうぞ。自慢じゃないですけど、薬草とは思えない味ですよ」


男「それじゃあ、さっそく」

花屋「どうかしら?」

男「おいしい……」

男(吸血鬼が作ってくれたのと同じ味だ……)

花屋「良かった。このクッキーは、母が大切な人のために作ったものなんですよ」

男「大切な人、ですか?」

花屋「ええ。私は名前も知らないんですけど、私にとっては父親みたいなものになるのかしらね」

男「えっと……」

花屋「ああ、私と母は血がつながっていないんです。捨てられていた私を母が育ててくれたんですよ」


男「あ、すみません」

花屋「ふふ、謝らないで下さい。血がつながっていなくても、本当の親子以上の親子でしたから」

男「素敵なお母さんだったんですね」

花屋「ええ、とっても。数年前に亡くなったんですけど、お墓には時々誰かが花を供えているんです」

男「それってもしかして……」

花屋「私は、母の言っていた大切な人じゃないかと思っています。だとしたら、相当高齢のはずなんですけどね」

男「…………」


花屋「ごめんなさいね、急にこんな話」

男「いえ。花屋さんの予想が当たっているといいですね」

花屋「そうね。私はてっきり彼が母を捨てたのだと思っていたから、今でも母のことを忘れないでいてくれていると嬉しいわ」

男「きっと、覚えていますよ」

花屋「ありがとう。さあ、他の食事も冷めないうちに召し上がって下さい」

男「はい!」





男「ふう。おいしかったー」

男「さて、今日も吸血鬼の作ったお菓子を食べに行こうかな」


男「それにしても……」

男(あの薬草クッキー、ただの偶然ってわけじゃないよな。そうだとしたら……)

男「おやつの時間にはまだちょっと早いし、先に商店に寄ってみよう」





男「こんにちはー」

狼男「男じゃないか。珍しいな、この店に来るなんて」

男「いやあ、今日はちょっと狼男さんにいくつか報告がありまして」

狼男「なんだ?」


男「俺、今の仕事はまだ辞めません」

狼男「……そうか」

男「でも、吸血鬼のことは絶対に裏切りません」

狼男「ふっ、何かあったようだな。私の言った通りだっただろう?」

男「ええ。やっぱり俺は吸血鬼を裏切れないみたいです」

狼男「知っている。お前が吸血鬼のことを、大切なものを見る眼で見ていたからな」

男「……狼男さんにも、そういう相手はいますか?」

狼男「急にどうした?」

男「いえ、ちょっと聞いてみたいだけです」


狼男「単刀直入に言え」

男「では。花屋さんってしってます?」

狼男「……会ったのか?」

男「会いました」

狼男「そうか」

男「そうです」

狼男「…………」

男「…………」

狼男「花屋は私のことを知らなかっただろう」

男「名前も知らないって言っていましたね」

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