ほむら「ゲッターロボ!」第十話 (515)

原作版ゲッターロボとまどかマギカのクロスです。


「まどマギでやる必要があるの?」の最たる内容ですが、自分がまどかとゲッターが好きと言う理由のみでクロスさせて見ました。

ノンビリいきますが、よろしければお付き合いください。

なお、地の文が多めになってしまいましたが、その手のが苦手な方はご注意ください。


<第一話>

ほむら「ゲッターロボ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1400685545/)

<第二話>

ほむら「ゲッターロボ!」 第二話 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1404772977/)

<第三~九話>

ほむら「ゲッターロボ!」 第三話 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1410434307/)


※先に立てた「十話」スレが私がグータラのせいで落ちてしまいました。

 こちらの方は落とさないように頑張りますので、よろしくお願いいたします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1440759172

ほむら「ゲッターロボ!」第十話


※まずは冒頭部分のみの投下になります。

 続きは完成次第、順次あげていきますのでよろしくお願いします。

夕暮れ時。

まどかは、家の近くの小さな公園で一人。

ブランコに腰かけながら、物思いにふけっていた。

思い浮かぶのは、先ほど見た、ほむらの顔。


まどか 「ほむらちゃん・・・」


あの時・・・

まどかが、どうして自分の事をそこまで気にかけてくれるのか、と。

ほむらに訪ねた時に見せた、彼女の表情。


まどか 「あんな、ほむらちゃんの顔・・・ううん。あんな顔をした人、初めて見た、かも・・・」

結局ほむらは、何も答えてはくれなかった。

ただ、最初は悲しそうにうつむいて。

次に顔を上げた時には、寂しそうに笑って。

そして・・・あの表情を見せたのだ。


まどか 「なんて言ったらいいのか分からない・・・あんな顔・・・だけど・・・」


その後は、沈黙が続いた。

ほむらは何も語らないし、まどかにもほむらにかけるべき言葉を、探し出す事ができなかった。

やがて。

そんな重い沈黙に耐えかねたまどかは、引き留めようとするほむらの手を振り切って、部屋を飛び出してしまったのだ。

まどか 「ほむらちゃんに悪い事をしちゃったよね・・・」


キュウべぇ 「やぁ・・・」


まどか 「えっ・・・?」


突然かけられた声に、不意に回想の世界から現実へと引き戻される。

気がつくと、いつからそこにいたのだろう。

まどかの足元にちょこんと、キュウべぇが座っていたのだ。


まどか 「きゅ・・・キュウべぇ・・・」

キュウべぇ 「そろそろ、魔法少女になってくれると、決心がついた頃かなって思ってね」

まどか 「・・・ほむらちゃんから、聞いたよ」

キュウべぇ 「そのようだね。おかげで僕も、いろいろ説明する手間が省けて、助かるよ」

まどか 「魔法少女が魔女になるって!ほむらちゃんもマミさんたちも、みんな!」

キュウべぇ 「・・・」

まどか 「仁美ちゃんも、そうして死んじゃったって!私たちを騙してたの!?」

キュウべぇ 「僕は嘘なんて、何ひとつ言っていないよ。騙すだなんて、人聞きが悪い事、言ってほしくないな」

まどか 「だって、教えてくれなかった!魔女が何なのかも、魔法少女がどうなるかも!」

キュウべぇ 「聞かれなかったからね」

まどか 「っ!」


今まで、友達だと思っていた。

そんなキュウべぇが、さらりと悪びれもせずに。

都合のいい情報だけを開示していたことを認めたのだ。


まどか 「本当の事を教えてくれなかったのに、聞けるわけないよ!」

キュウべぇ 「でも、今の君は真実を知った。暁美ほむらから、色々とね」

まどか 「え・・・?」

キュウべぇ 「そして君なら、志筑仁美を救う事ができる。それは紛れもない事実だ」

まどか 「・・・っ」

キュウべぇ 「まどか。僕と契約して、魔法少女になってよ。君には魔女との戦いの日々と、遠からずの死という運命の二つがもたらされる」

まどか 「そ、そんなの嫌だよ・・・」

キュウべぇ 「だけれど、その見返りとして、君は一人の友達を救う事ができるんだ。それはとても、素晴らしい事だと思わないかい」

まどか 「ひ、仁美ちゃん・・・を・・・」

キュウべぇ 「そうさ。君の命が友を救うんだ。この事に逡巡するほど、君は独りよがりな人間ではないと、僕は思っているんだけれどね」

まどか 「・・・」


まどかは懊悩する。

自分がキュウべぇと契約すれば、それは近い将来、必ず家族を苦しませることとなる。

だけれど、たった今、この瞬間。

仁美の家族は、その苦しみの中にいるのだ。

自分と自分の家族を秤にかけ、仁美やその家族の苦しみから目を背ける。

それは、身勝手というものではないだろうか。

まどか 「わ、私っ・・・」

キュウべぇ 「さぁ、願いを言うんだ、鹿目まどか。君はどんな願いで、その魂を輝かせるのかい?」

まどか 「!!」


思わず目を閉じる。

すると、瞼に浮かんできたものは三人の顔。

まどかが愛し、まどかを愛してくれる、大切な家族の顔だ。


まどか (パパ・・・ママ・・・たっ君・・・どうして)


その家族の顔が、三人ともに・・・


まどか (どうして、そんな顔をしているの・・・?)


形容しがたい、見たこともない顔をしていた。


まどか (でも・・・)


・・・見たこともない?本当に?

まどか (ううん、この顔・・・一度だけ。それもさっき、見てきたばかりだ)


それは、紛れもない。

ほむらが、先ほどまどかに見せた表情と、そっくりだったのだ。


まどか (あ・・・)


そして、まどかは悟った。

あの表情が、無言のうちに語りかけて来る事の意味を。

それとともに、こみあげてくる温かい物がまどかの胸を満たしてゆく。


まどか 「キュウべぇ・・・」

キュウべぇ 「なんだい?」

まどか 「だめだよ。私、契約できない。魔法少女には、なれないよ」

キュウべぇ 「友達を見捨てるのかい・・・?」

まどか 「勝手だって分かってる。自分の事だけって言われたら、何も言い返せないけれど、だけれど・・・」

キュウべぇ 「・・・」

まどか 「私を愛してくれてる人に、あんな顔、絶対にしてもらいたくないから」

まぶたの裏の家族が。

そして、先ほどのほむらが見せた、あの表情。

あれこそが。


まどか 「愛する人を失って、悲しみに歪んだ顔なんて、絶対にさせたくはないから」


その事に、まどかは気がついたのだ。

だから。


まどか 「私が原因で、あんな顔。大切な人たちにさせちゃダメだって、分かったんだ」


そう言い切れる。

そんな境地に、辿り着けたのだ。


キュウべぇ 「・・・どうやら、その決意は固いようだね、まどか」

まどか 「うん」

キュウべぇ 「残念だ。だけれど、気が変わったら、いつでも呼んでくれて良いよ。僕はずっと待っているからね」

まどか 「その必要はないよ。私はマミさんたち魔法少女への憧れは憧れとして、憧れのまま・・・私のままで生きていくから」

キュウべぇ 「・・・」

まどか 「・・・キュウべぇ、もう私の前に姿を現さないで」

キュウべぇ 「残念だ、本当に・・・」


その一言を最後に、キュウべぇはまどかの前から立ち去って行った。

何度も何度も、未練が後を引くように後ろを振り返りながら。

だけれど、まどかがその後ろ姿に再び声をかける事は、無かったのだ。

・・・
・・・


私はその様子を、遊具の陰から覗いていた。

まどかが私の部屋を飛び出していった時。

彼女の質問に答えられずにいた私は、とっさにまどかを引き留める事ができなかった。

すぐに我に返って、まどかの後を追ったのだけれど。

とある公園で私が見たのは、まどかに魔法少女への契約を迫るキュウべぇの、見たくもない姿だった。


ほむら (すぐに飛び出しても良かった)


そして、私のこの手で、契約を迫るキュウべぇを殺してしまっても良かったのだ。

だけれど、そうしなかったのは・・・


ほむら (今この場でだけ契約を阻止できても、けっきょくは意味がないから)

私だって、四六時中まどかの側にいられるわけじゃない。

この後、私の目の届かないところで、まどかが契約してしまう可能性だってあるのだから。


ほむら (まどかがまどか自身の考えで、契約を拒否してくれなければ、意味がない・・・)


だから、私は事の成り行きを見守ることにしたのだ。

まどかが私の話をきちんと、その頭の中で咀嚼してくれていたなら。

彼女の事を愛する人が、自分がいなくなった時にどのような事になるのか。

その事に想いをいたしてくれれば、きっとまどかは契約を拒否してくれるだろう。

そう、希望を持っていたから。


ほむら (もっとも、本当に契約を結びそうになったのなら、その時は私が力ずくで阻止するつもりだったけれど・・・)

結果。

まどかは、自分の言葉で、自分の考えとして。

友情をダシにした卑怯な勧誘を、退けて見せてくれたのだ。


ほむら 「あ・・・」


膝から力が抜ける。

遊具のかげで、私はぺたんと地面に膝をついてしまった。


ほむら (届いた・・・)


どれほどの時をループしたのだろう。

何度も何度も訴えかけ、叶わなかった願い。私はその度に最も大切な人の死を見せられ続けてきた。

今が何度目かなんて、とうに数えるのなんて止めてしまっていた。

バカらしくて・・・そして、みじめで・・・

だけれど、今。この時間軸で。

私がこいねがい、決して手にする事ができなかった願いが、今。


ほむら 「届いた・・・まどかに・・・届いたんだ・・・」

そして私の胸にこみ上げてきたものは。

願いが叶った喜びでも、達成感でもなく。

ただただ、深い悲しみの波。

全ての時間軸で散っていった、全てのまどかの死に際が私の胸のうちに蘇ってくる。


ほむら 「まどか・・・やっと、やっと・・・あなたたちの死が、やっとこの時間軸のまどかの・・・」


救いとなって、結実したのだ。

涙が滂沱として、私の頬を濡らす。単純に喜べるはずなんてない。


ほむら 「すべてのまどかの死を・・・これで・・・無駄にしないで済んだ・・・やった、やったよ、まどか・・・」


かつての時間軸で。

バカだった自分を救ってほしい。そう言って、切なげに笑って。

死んでいったまどかがいた。

私は彼女に誓った。命に代えても、その願いを叶えると。

ほむら 「やったんだよ・・・っ!」

まどか 「ほむらちゃん、また、その顔・・・」

ほむら 「えっ!?」


迂闊だった。

突然かけられた声に我に返ると、そこには。

私を心配そうに見下ろす、まどかの姿が・・・


ほむら 「あ、えっと・・・い、いつからそこに・・・」

まどか 「・・・私の死を無駄にしないで済んだって、そのあたりから、かな?」

ほむら 「・・・っ!」


聞かれてた。

念願を果たした私は、あまりにも深く、自分の世界に入り込みすぎていたようだ。まどかの接近に、気がつきもしないだなんて。

迂闊どころの話じゃない。

いつか言っていた、リョウの私に対しての評が、頭の中に蘇る。


(リョウ 「詰めの甘さは天下一品だな」)


今さらながら、返す言葉もない・・・

・・・
・・・


夜の公園で、私たち二人。

まどかと私で、ブランコに隣り合わせで腰かけて。

ぶらぶらと、心地よい揺れに身を任せながら。

少し、話をした。


まどか 「私・・・魔法少女になるの、断っちゃった」


最初に話し始めたのは、まどかの方。


ほむら 「うん、聞いてた・・・」

まどか 「断った後でも、思っちゃう。これで良かったのかなって。仁美ちゃん、見捨てちゃったことに、なるんじゃないかって」

ほむら 「それは・・・違うわ。手段はどうあれ、志筑さんは自分の望みを叶えるために、必死に生きた。その結果がどんな形でも、それを受け止めるのは志筑さん自身の役目よ」

ほむら 「そうなのかな。本当に?」

ほむら 「人は、成すべき事のために生きているわ。何かを成そうと思ったら、そのけじめは自分でつけるべきなのよ」


今のは、竜馬の言葉の受け売り。

だけれど、今では間違いなく、私の考えにもなっていた。

まどか 「うん・・・ねぇ、ほむらちゃん」

ほむら 「なに?」

まどか 「仁美ちゃんは、キュウべぇに何を願って、魔法少女になっちゃったのかな」

ほむら 「それは・・・ごめん、そこまでは知らないの」

まどか 「・・・そう」


言えない。

言ったら、きっとまどかは、これからのさやかとの付き合い方に悩むことになるだろう。

さやかには、寸毫の落ち度がない事は頭では分かっていても・・・

だから、その代わりに。

私は言う。

きっと全ての魔法少女が願っているであろうことを。

仁美の想いに仮託して。


ほむら 「だからせめて。志筑さんの事を忘れないでいてあげて。いなくなってしまっても、いつまでもあなたの友達として、心の中で、ずっと・・・」

まどか 「うん」

死しても死体すら残らないことが多い魔法少女。

私たちの本当の死は、大切な人たちすべてから、忘れ去られた時にこそ訪れるのだ。


まどか 「忘れない」

ほむら 「ありがとう。志筑さん、喜んでると思う」

まどか 「ほむらちゃんの事だって、忘れない」

ほむら 「・・・え」

まどか 「私、分かったよ。ほむらちゃん、私の事、好きなんだね」

ほむら 「・・・え、ええっ?!」


いきなりの予想外な言葉に、思わずすっとんきょうな声を上げてしまう私。

なぜ、いきなりそんな事を言うの、まどか!

いや、そうだけれど、その通りなんだけれど!

ほむら 「い、い・い・い・いきなり何を言ってるの、鹿目さんっ!」

まどか 「ほむらちゃんの部屋での別れ際・・・ほむらちゃんが見せてくれた表情、ね・・・」

ほむら 「え、表情・・・?」

まどか 「その意味、いろいろ考えちゃって・・・そしたらね、重なったの」

ほむら 「・・・なにと?」

まどか 「私を失ったら、パパやママがどんな顔をするだろうって考えたら・・・あの時のほむらちゃんとおんなじ顔をしてた」

ほむら 「鹿目さん・・・」


正直、別れ際にした表情なんて、覚えてやしない。

だけれどあの時、私はとても悲しかった。

今までの時間軸で散っていったまどかと、目の前のまどかが重なっちゃって。

迂闊にも、そんな心情が、表に出てしまっていたらしい。

まどか 「とても辛そうで、消え行っちゃうような・・・そんな顔。私、パパやママにあんな顔、してほしくないなって」

ほむら 「・・・」

まどか 「そうしたら、キュウべぇと契約なんて、絶対しちゃダメなんだって、そう思えたから・・・」

ほむら 「鹿目さん・・・ううん、まどか、そうね。私、まどかの事が大好き。世界で一番、あなたが大切なの」

まどか 「・・・でも、どうして?」

ほむら 「訳わからないよね、気持ち悪いよね。あなたにとって、私は知り合って二週間にも満たない転校生でしかないのだから」

まどか 「気持ち悪いなんて、そんなことないよ。でも、どうしてなの?どうしてそこまで、私の事・・・」

ほむら 「それは・・・」

まどか 「もう一度、聞いても良い?どうしてそこまで、私の事を気にかけてくれるの?」

ほむら 「・・・」

言おう。

私は、意を決した。

重い内容だ。引かれてしまうかも知れない。

だけど、この時間軸の、このまどかになら。

私のすべてをさらけ出してしまっても、受け止めてもらえるのではないか。

そんな確信めいたものが、私の中には芽生えていたのだ。


ほむら 「聞いて・・・私とまどかとの出会いと、そして・・・」

まどか 「・・・」

ほむら 「何度もの別れを繰り返した、私のこれまでの事を」

以上で冒頭部分終了です。

それでは、次回投下までお待ちいただけたら嬉しいです。


・・・もう落とさないようにします!

小出しになりますが、再開します。

(この前の新スレ落ちが、ちょっとトラウマ気味)

・・・
・・・


私が語っている間。

ある時は、驚きに目を見開いて。

またある時は、悲しみに両目を潤ませて。

コロコロと表情を変えながら、だけれどまどかは、最後まで。

私が語り終えるまで、口を挟まずに、黙って耳を傾けてくれていた。


語る内容は、本当にいろいろ。

最初の時間軸での、私たちの出会いの事。

まどかやマミに命を救われた事。

そして別れと、私が魔法少女になった経緯。

幾度も時間をループし、まどかを救おうとした事。

そして、それは一度もなし得ていない事・・・

時間を繰り返す度に、私と皆の距離が遠くなっていった事。

だけれど、この時間軸で・・・

リョウと出会い、皆との出会いをやり直し、もう一度・・・皆との距離の取り方を考えて見ようと、そう思えた事。

そして、間もなく訪れるワルプルギスの夜を切り抜ける事ができれば、その時こそが・・・

私が待ち望んでいた未来が訪れる時なのだ、と。


まどか 「・・・」

ほむら 「これが・・・私がまどかを気にかける理由のすべてよ。あなたは私にとって、かけがえのない人だったの」

まどか 「・・・ほむらちゃん」

ほむら 「もちろん、それは今も」

まどか 「・・・あ・・・ぅ」

ほむら 「いきなり、こんなこと言われても困るよね。でも、納得できなくても、せめて・・・」


分かって欲しい。

そう、言おうとした時だった。


まどか 「ほむらちゃんっ!」

ほむら 「・・・わわっ!」


まどかが突然たちあがって、私に抱きついてきたのは。

どか 「・・・ほむらちゃん、ありがとう」

ほむら 「ま、まどか・・・」

まどか 「あんな辛くて悲しい顔をするほど、私の事を大切に思ってくれていたんだね。そんな事、ぜんぜん知らないで私・・・」

ほむら 「信じてくれるの?こんな、嘘みたいな話を・・・」

まどか 「嘘なはずない。ほむらちゃんが、そんな嘘、つくはずないよ」

ほむら 「あ・・・」


届いた・・・


まどか 「だから、信じるよ。ほむらちゃんがいう事を私は・・・!」


私、報われたんだ。

そう思ったら・・・


ほむら 「ああ・・・う・・・ぐすっ」

まどか 「約束するから。私、ほむらちゃんが悲しむような事、絶対にしないから。だから、ほむらちゃんも、お願い・・・」

ほむら 「う、えっぐ・・・ま、まどかぁ・・・」

まどか 「魔女になんかならないで。ほむらちゃんも、私を悲しませたりしないで!」

ほむら 「う・・・うぁ・・・うあああああああんっ」


自分でも驚いてしまった。

涙がとめどなくとめどなく、両の目から溢れてくる。

嗚咽が止められない。

子供のように、大口を開けて泣きだしてしまった、そんな私を制止することができない。


まどか 「ほ、ほむらちゃん!?」

ほむら 「ああああっ、うあああああああんっ!」

まどか 「・・・」

柔らかなまどかの胸に顔をうずめて、声を限りに私は泣いた。

安堵と、やっと報われたという充足感と。

なにより、まどかが私の想いを受け止めてくれたことが、とても嬉しくって。


まどか 「ほむらちゃん・・・なんだか、私まで・・・えっぐ・・・」


そんな私を、まどかが鼻声交じりに慰めながら、優しく頭を撫でてくれた。

その手のひらが、本当に本当に暖かくって。


まどか 「ほむらちゃん、また泣いちゃったね」

ほむら 「うん、泣いちゃった・・・」


だけれど、断言できる。

今の私の顔は、先ほどまでの泣き顔とはまったく別物だという事を。

・・・
・・・


まどかと別れ、私は自分の部屋の前へと戻ってきた。

すると、ドアにもたれかかる様にしながら、こちらに手を振る人影が一人。

・・・竜馬だった。


ほむら 「リョウ」

竜馬 「夜遊びは感心しねぇな」

ほむら 「そんなんじゃ・・・」

竜馬 「で、鹿目との話し合いはどうだった。て、聞くまでもないか」

ほむら 「え・・・」

竜馬 「お前の顔を見れば、大体わかる。上手くいったようだな」

ほむら 「うん、まぁ・・・ていうか、私ってそんなに顔に出てる?簡単に分かっちゃうわけ?」

竜馬 「なんだろなぁ。お前、自分で思ってるほどクールじゃないぜ。不器用だからな、けっこう顔に出る」

ほむら 「まどかにも表情の事を言われたし・・・これは少し、気をつけなくっちゃいけないわね」

竜馬 「良いんじゃねぇか。今のままがお前らしいぜ。無理に飾ろうとするな。ぼろが出るだけさ」

ほむら 「そうかも。ところで、どうしたのリョウ。どうして中で待ってなかったの?」

竜馬 「入れなかったんだよ。留守だったからな」

ほむら 「留守って・・・ゆまは?もう、とっくに帰って来てる時間じゃ・・・」

竜馬 「なにか、連絡とかなかったのか?」


言われてみて、ハッとした。

慌てて携帯をチェックしてみると、未読のメールが一通・・・ゆまからだ。

読んでみると、今夜は杏子と一緒に過ごすとの、意外な内容。

正直メールチェックどころじゃなかったから、まったく気がついていなかった。

ほむら 「・・・珍しい事もあるものね。あの二人にも、何かあったのかしら」

竜馬 「あったんだろうさ。きっと二人にとって、喜んでやれるような良い変化が、な」

ほむら 「だと良いわね。ううん、きっとそう」


今ごろ杏子とゆまは、二人きりでどのように過ごしているのだろうか。

他愛のない話に花を咲かせているのだろうか。それとも、楽しみながら口ゲンカなんかに高じているのかもしれない。

想像していると、つい笑みがこぼれてしまう。


ほむら 「ふふっ。さぁ、待たせてごめんね。リョウ、どうぞ中へ」

竜馬 「ああ、邪魔するぜ」


私は携帯をポケットにしまうと、鍵を開けて竜馬を部屋へと招き入れた。

・・・
・・・


ほむら 「あれ・・・?」


紅茶を煎れて居間に戻ると、竜馬の隣にちょこんと、キュウべぇが座っている。


ほむら 「お前・・・いつの間に入り込んだの?」

キュウべぇ 「僕はずっと、竜馬の側にいたよ。離れたが最期、僕は同胞に殺されてしまうのだからね」


・・・いけしゃあしゃあと。


ほむら 「立場は変わっても、神出鬼没ぶりには変わりがないという訳ね」

キュウべぇ 「そう言わないで、歓迎してほしいな。何せ、今夜の主役は僕のはずなのだからね」

竜馬 「ま、違いないわな」

ほむら 「・・・」


・・・そう。

今夜はこのキュウべぇから、色々な事を聞き出すつもりでいた。

なぜゲッターと竜馬たちは、こちらの世界へと飛ばされてきたのか。

魔法少女の魔力がゲッターエネルギーの代替になるのは、どうしてか。

また、なぜ男性の竜馬たちに、魔法少女と同じ”資質”が与えられているのか。

そして・・・


ほむら (どうすれば、リョウが元の世界へと、戻る事ができるのか・・・)


最後の疑問に関してだけ、私は嫌だな、知りたくないな、と。

そんな気持ちを捨て去る事ができないでいた。

分からずに、このまま竜馬とずっと、この世界で生きて行く事ができたら、どんなに素晴らしいだろう。

どうしても、そう思わずにはいられない自分がいるのだ。

だけれど・・・


ほむら (そんな想い、捨て去らなきゃだめだ。だってそれは、つまらない勝手なエゴでしかないのだから)

竜馬は右も左もわからないこの世界で、私の願いのために命がけで協力してくれている。

そして、そんな彼は、成すべき事のために、元の世界へと帰らなければならないのだ。

使命ある人の本位と反対の事を願う。それは、その人に対する裏切りに他ならない。


ほむら (私は・・・リョウに対して、彼が私にしてくれたように、最大の理解者でいたい)


だから私は、竜馬が望む世界へ帰ることを、ともに願わなくてはいけない。

そのためにできる事は、協力を惜しんではいけないのだ。


ほむら 「・・・」

竜馬 「暁美・・・?どうした、難しい顔をして」

ほむら 「ううん、何でもないわ。それで、武蔵さんも来るのよね」

竜馬 「ああ、そろそろ来る頃合いだと思うぜ。奴が着いたら、キュウべぇへの尋問を始めるとしよう」

キュウべぇ 「尋問とか、穏やかじゃないな。今の僕は、あくまで君たちの味方であるつもりでいるのだけれど」

ほむら 「よく言うわ」

確かに、こいつは先ほどまどかを貶めようとしたキュウべぇとは、別の個体。

感情を手に入れ、キュウべぇの群れからつまはじきにされた、あの”キュウべぇ”だ。

だけれど私たちの味方についたのは、立場上そうするより外になかったからに他ならない。

なにせ、命がかかっている。


ほむら 「まぁ、良いわ」


だから私も、今はこいつの立場を利用するだけだ。

その後の事は、その時に考えればいい。


キュウべぇ 「おっと、お客さんが着いたようだよ」


玄関のチャイムが鳴ったのは、キュウべぇが呟いたのと同時だった。

・・・
・・・


竜馬 「まず第一に聞きたいのは、俺とゲッターがどうすれば、元の世界に戻れるのか、だ」


”尋問”が始まって、開口一番に竜馬が言ったのが、この質問だった。

それはそうだろう。この問題は竜馬にとって、何事にも優先しなければならない重大事なのだ。


キュウべぇ 「最初に断わっておくけれど、竜馬。君をこの世界に呼んだ事象と僕とは、まったくの無関係だ」

竜馬 「知っているよ。だが、それとこれとは、話が別だ。お前たちは長い歴史の中で、多くの知識を身に着けてきた。そうだろう?」

キュウべぇ 「否定はしないよ。だから、君のようなケースはどうするべきか。その対処法を知っているはずだと?」

竜馬 「で、どうなんだ?」

キュウべぇ 「期待に添えなくて、悪いと思っている。前にも言ったよね。君や武蔵は、僕にとってもイレギュラーな存在なんだ。類似のケースにも、遭遇したことは無い」

竜馬 「そうか・・・」

武蔵 「じゃあ、お前には全く、心当たりがないというんだな?」

キュウべぇ 「それなんだけれど・・・暁美ほむら」


不意に話の矛先が、私に向けられる。

ほむら 「・・・なに?」

キュウべぇ 「ちょっとした疑問なんだけれど。君が前の時間軸で手に入れた武器。あれは現在どうなっているんだい?」

ほむら 「え・・・?」


急に何なんだというの?

質問の意図が、まったく見えてこない。


ほむら 「バックラーに収納している分は、この時間軸へ持ち越してきたけれど・・・それがなに?」

キュウべぇ 「・・・」


キュウべぇが、何事やら考え込んでいるように、しばし目をつむる。

ややあって・・・奴は話を継ぐように、別の質問を私に投げかけてきた。


キュウべぇ 「ほむら。君はなぜ、自分で武器を生み出せないのだろうね?」

ほむら 「・・・?」

キュウべぇ 「巴マミであれ佐倉杏子であれ、他の多くの魔法少女も。彼女たちは戦うため、自前の武器を生み出す能力を与えられている」

ほむら 「それが?」

キュウべぇ 「それは当然だよね。だって君たち魔法少女は、魔女と戦う事が使命なのだから。戦う手段を与えられるのは、当たり前の成り行きだ」

ほむら 「・・・何が言いたいのよ?」


話が見えてこない。

回りくどい、持って回ったようなキュウべぇの物言いに、私の口調にも自然と苛立ちの色がにじみ出てくる。

それに対する答えの代わりは、キュウべぇの更なる質問だった。


キュウべぇ 「ほむら。君は戦うための武器を、どうやって手に入れているんだい?」


これまた、ゲッターとは関わりがないとしか思えない質問・・・

いったい私から、何を探ろうとしているのだろう。

キュウべぇの目論見は、まったくわからないけれど・・・


ほむら 「それは、爆弾を自作したり・・・あとは、時間を止めて盗んだわ」

武蔵 「盗んだ?」

ほむら 「ええ、警察や自衛隊や・・・武器のある所から」

私は正直に答えた。

・・・今さら取り繕っても仕方がないもの。

だって、仕方がなかったのだ。

武器を生み出す能力のない私は、そうしなければ使い魔とすら戦えなかったのだから。


竜馬 「そうだったのか」

ほむら 「・・・軽蔑する?」

竜馬 「他に術がなかったんだろう?でもまぁ、良かったじゃねぇか。この時間軸では、盗みなんざしなくてもすむんだからな」

ほむら 「あ・・・う、うん」


さらりと言い流すような竜馬の一言に、私は少し救われたような気がした。

おかげで私は、心にしこりを残すことなく、話を先へと進める事ができる。


ほむら 「それで・・・この事が、リョウたちが元の世界へ帰る事と、なにか関わりがあるというの?」

キュウべぇ 「・・・僕の経験則上、戦う手段を与えられていない魔法少女なんて存在しなかった。その事と、君の話を合わせて考えると・・・」

ほむら 「なに、なんなの?」

キュウべぇ 「この事は、僕の推測であると、あらかじめ断わっておくよ」

ほむら 「もったいぶらないで、良いから言って」

キュウべぇ 「では・・・君は自分では気がついていないだけで、戦うための手段が与えられていたと思うんだよ。他の魔法少女たちとは違った形でだけどね」

ほむら 「え、それってどういう事・・・?」

キュウべぇ 「それは・・・武器を生み出すのではなく、引き寄せる能力」

ほむら 「・・・?」

キュウべぇ 「考えてみて欲しい。君は武器を自作したり、盗んだりして手に入れたと言った。だけれど・・・」


思わせぶりにいったん言葉をくぎると、キュウべぇは私の目を凝視するように見つめながら、続きの言葉を綴った。


キュウべぇ 「何の知識もない女の子が、少し調べただけで爆弾を自作したりできるだろうか」

ほむら 「え・・・」

キュウべぇ 「加えて、君は武器を盗んだと言っていたけれど、いくら時間を止める能力があるからと言って、それだけで簡単に事が運ぶものなのかな」

ほむら 「なによ、どういう事よ」

キュウべぇ 「暴力団程度ならいざ知らず、武器の保管に万全を期している自衛隊のような組織から、そうやすやすと武器が盗めるものなのか、という事だよ」


こいつ・・・何を言っているの?

だって、現に私は。


ほむら 「実際私は、そうやって今まで戦ってきたの。何なの、いったい。お前はなんの話をしているの?」

竜馬 「つまり・・・」


答えようとしたキュウべぇより先に、竜馬が口を開く。


竜馬 「暁美が自分で手に入れていたと思い込んでいた武器は、実は魔法の力で引き寄せられていたのだと、そういう話か」

ほむら 「え・・・?」

キュウべぇ 「そう。暁美ほむら・・・君は非常に”常識的”な思考の持ち主だよね。そんな君にとって、目の前に存在しない武器を”引き寄せる”なんて、思いもよらない事だったんだろう」

竜馬 「だから無意識下に、自分自身を武器が手に入れやすい状況へと”引き寄せ”ていた。そういう事か」

武蔵 「辻褄はあっているな」

ほむら 「え・・・ちょ、ちょっと待ってよ」


キュウべぇの言う事が・・・

この仮説が正しいのだとしたら。

だとしたら・・・それって・・・


ほむら 「私が、ゲッターロボをこちらの世界へ”引き寄せた”という事・・・?」

キュウべぇ 「僕には、そうとしか考えられない」


そういえばゲッターの中で話した神隼人も言っていたっけ。

私こそが元凶だったと・・・


キュウべぇ 「暁美ほむら。ゲッターが初めて君の目の前に現れた時、どんな状況だったのか話してくれるかい?」

ほむら 「それは・・・あの時はワルプルギスの夜と戦っていて・・・私はとても敵わなくて・・・」


そう。

そんな私に代わり、まどかが魔法少女となって、ワルプルギスの夜を倒してくれたんだ。

だけれど、その結果・・・魔力を使い果たしたまどかは魔女となってしまった。

ほむら 「私は自分の無力さを呪ったわ。どうして・・・どうして私には、魔力に裏打ちした力が与えられなかったのかと」


そうだ、そして願ったのだ。


ほむら 「まどかを守る力が欲しいと。私も他の魔法少女と同じ、力は欲しいと、そう願ったの」


その直後だ。

まばゆい光とともに、ゲッターロボが私の前に現れたのは。


キュウべぇ 「つまり、どうにもならない絶望の中で、藁にもすがる思いの君は、その時はじめて”常識的”な自分のタガを外したんだ」

武蔵 「その結果、俺たちは異世界へと飛ばされたと・・・そういう訳なのか」

ほむら 「あ・・・じゃあ、私」


私の無力さとわがままが原因で、竜馬たちを関係のない戦いに巻き込んだと、そういう事なの?

だとしたら私は・・・


ほむら 「りょ、リョウ・・・」

竜馬 「・・・暁美」

キュウべぇ 「ただ一つ疑問なのは、ほむら一人が強く願ったところで、それだけで異世界の存在を引き寄せることが可能なのだろうか。そこなんだよね」

ほむら 「え・・・?」

キュウべぇ 「そこで竜馬、武蔵。君たちにも聞きたい。こちらの世界へと飛ばされる寸前、君たちは何を思っていた?」

武蔵 「あの時は、恐竜帝国の本拠地へ殴り込みをかけに行く途中だったな。俺は、奴らを皆殺しにして隼人の仇を取ってやろうと、そればかりを考えていたけれど」

キュウべぇ 「そうなんだね。では、竜馬は?」

竜馬 「俺は・・・俺も願っていたんだ。あの時・・・隼人を失って二人しか乗っていないゲッターの中で」

武蔵 「願う・・・お前が?いったい何を?」

竜馬 「笑ってくれ。あの時の俺は、不安でいっぱいだったのさ。これから敵と雌雄を決せねばならない時に、仲間が一人欠けていたんだからな」

武蔵 「リョウ・・・」

竜馬 「ゲッターは三人のパイロットがそろって、初めて全力を発揮できる。そして、恐竜帝国に抵抗できるのは、ゲッターを於いて他にはない」

ほむら 「・・・」

竜馬 「絶対に負けられない戦いだ。俺たちの敗北は即、人類の絶滅につながるのだからな。なのに俺たちには、全力で戦う術が失なわれていた・・・」


そして、竜馬はぽつりと付け加えた。


竜馬 「怖かったんだ」

いつもは強気の竜馬が、珍しく吐く弱音。

そういえば出会って間もなかった頃の彼も、ゲッターロボの所在が分からない苛立ちから、焦ったり弱気な面を見せたりしていたっけ。


竜馬 「だから、願ったんだ。神でも悪魔でもいい。俺に強敵と渡り合える力を、新たな仲間を与えて欲しいと・・・」

ほむら 「まさか、それって・・・」

キュウべぇ 「僕の予想は正しかったようだね。ほむら、竜馬。君たちの出会いは、互いの願いが共鳴しあった結果、起こされた事だったのさ」

ほむら 「私が力を望んで・・・」

竜馬 「俺が仲間を欲したから・・・?」

キュウべぇ 「そう・・・」

武蔵 「ばかな、そんな偶然があるものか。たまたま二人が同時に願って、それでたまたま出会えたっていうのか?世界の壁を越えてまで?信じられるかよ!」

キュウべぇ 「もちろん、僕も偶然だなんて思ってやしないよ」

ほむら 「え・・・、まさかそれって・・・りょ、リョウ・・・」

竜馬 「ああ、ゲッターか・・・」

キュウべぇ 「そう、意志を持ったエネルギー体。あの得体の知れない存在だったら、これくらいの事は容易に仕組めるだろうね」


ゲッターが私たちを出会わせるために、この出会いを仕組んだ?

ほむら 「いったい、何のために・・・」

キュウべぇ 「そこまでは、僕にはうかがい知れないよ。機会があったら、ゲッターに直接聞いてみると良い。なんにせよ、これではっきりした」

竜馬 「なにがだよ」

キュウべぇ 「竜馬や武蔵が、元の世界へ戻る術なんて、ありはしないという事がさ」

竜馬 「・・・暁美のバックラーの中の、他の武器と同じという事か」

キュウべぇ 「そう。一度ほむらの支配下に置かれた武器は、バックラーの中にとどめ置かれるか、時間軸を超える際に元の時間軸に置き去られるか・・・」


キュウべぇ 「いずれにせよ、元の”場所”へと戻る方法などはない。そう結論付けられるね」


そう断言して、キュウべぇは語るのをやめた。

しばしの重い沈黙が、この部屋を支配する。


竜馬 「ゲッターが仕組んだ、か。なるほど、言われてみれば納得だ」


最初に沈黙を破ったのは、竜馬だった。


竜馬 「ゲッターの無茶な力を使えば、世界の壁くらいは容易に超えられる気がするぜ」

ほむら 「りょ、リョウ・・・私・・・」

竜馬 「そんな顔をするな、暁美。責任を感じているというなら、そいつはお門違いだ。俺をこっちの世界に飛ばしたのは、俺自身でもあるんだからな」

ほむら 「だけど、そうだとしても!私の戦いに、あなたたちを巻き込んでしまった事は事実だわ・・・!」

竜馬 「確かにここは、俺のいるべき世界じゃない。だけれど、そんな見知らぬ場所でお前と、仲間と出会う事ができたんだ」

ほむら 「リョウ・・・」

竜馬 「仲間の戦いは、俺の戦いだ。それに俺たちの出会いは、偶然なんかじゃなかった」

ほむら 「・・・」

竜馬 「互いに望んで出会えたんだ。それが分かっただけで、俺は喜んでるんだぜ。だから・・・」


竜馬がそっと。

普段の彼とは不釣り合いに優しい顔で、私の顔を優しくなでる。


竜馬 「そんな、辛そうな顔をするな」


大きく温かい手が、私の顔を優しく包む。

・・・また、泣きそうになってしまう。

ほむら 「だけど、帰る手段がないって・・・」

竜馬 「それなんだがな・・・キュウべぇ」


竜馬がキュウべぇへと向き直ったため、手が私の顔から離された。

ただ、彼の手の温かみだけが、消えずに私の頬に残り続けている。

いや・・・それともこれは・・・私の顔が火照っているのだろうか。


竜馬 「ゲッターが仕組んだことだというなら、帰る方法だってゲッターが知っているはずだ。そうだろ?」

キュウべぇ 「それについては、断言しかねるけれどね」

竜馬 「けっ・・・まぁ、いずれにせよ。帰る方法はワルプルギスを倒した後で、ゆっくり考えればいいさ」

ほむら 「リョウ・・・」

竜馬 「全てが霧に閉ざされていたような以前と、状況が違うんだ。手がかりはいくらでもある。それだけで、今は気が楽だぜ」


・・・そんなはずないのに。

竜馬は、私が必要以上に罪悪感を得ないよう、わざと楽天的にふるまってくれているのだろう。

彼の世界は、存亡の危機に瀕しているはず。悠長にしていられるはずなんて、無いのだから。

だけれど・・・

ほむら (私・・・また、勝手なことを考えてる・・・)


それは、先ほども否定したばかりの考え。

竜馬が帰れなければ。帰る手段が見つからなければ・・・

その時は、ずっとこちらの世界で生きていく他はない。

私と一緒に。私と同じ場所で。


ほむら (そんなこと考えちゃダメだって、それはエゴだって。分かってるのに、何度も自分に言い聞かせたのに)


竜馬をこの世界へと呼び寄せた罪悪感とともに、湧き上がってくる、この感情。

こんなことに、喜びを感じてしまうなんて、私はなんて身勝手で最低なんだろう。

それに・・・


ほむら (私、どうしてそこまで・・・竜馬に帰って欲しくないんだろう。仲間だから・・・?それとも他に、何か理由でもあるというの・・・?)


竜馬じゃないけれど、それこそ答えは五里霧中。

いまだ火照り続ける頬の意味も何もかも・・・私には分からない。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


キュウべぇ 「さて・・・他にも僕に聞きたい事があるのかい?」


沈みがちとなった場を仕切りなおすように、キュウべぇが言った。


ほむら 「そうね。じゃあ、最後にひとつ」


気持ちを切り替えるためにも、私はキュウべぇの誘いに乗る事にした。

聞きたかったのは、竜馬と初めて出会ってから抱いていた、もっとも根本的な疑問。


ほむら 「なぜ、男性であるリョウや武蔵さんに、お前や魔女の姿が見えるのか。それって、二人が魔法少女になる資質があるって事だと、以前お前も言っていたわよね」

キュウべぇ 「ああ、その事か」


キュウべぇが、つまらないことを聞くなとでも言いたげな表情で、私を見る。


キュウべぇ 「言いそびれていたけれど、資質のある男性は、おそらく二人だけではないよ」

ほむら 「え?」


意外な言葉を返されて、私は思わず間抜けなポカン顔をしてしまった。

それはきっと、一緒に聞いていた竜馬や武蔵も同じだったはず。


竜馬 「俺たちだけじゃないって・・・じゃあ、他の適合者はどこにいるっていうんだ?」

キュウべぇ 「それはもちろん、君たちがいた世界さ」

武蔵 「意味が分からない・・・もっと分かりやすく言ってくれよ」

キュウべぇ 「つまり、竜馬たちの世界の人間はね。程度の差こそあれ、誰しもが魔法少女になる資質が与えられているんじゃないかな」

ほむら 「・・・は?」

キュウべぇ 「・・・て、思えるんだよね」


私の頭の中いっぱいに、キュウべぇに口癖が駆け巡る。

・・・ワケガワカラナイヨ。

こちらの世界でも、魔法少女となれる資質を与えられた少女は、それほど多くはない。

なのに、竜馬の世界では、性別を問わず、誰もが魔法少女に慣れるとでもいうの?


キュウべぇ 「竜馬・・・君たちの世界にあって、この世界には無いもの。それは何だったかい」


私の混乱など意に介さず、キュウべぇは話を続ける。


竜馬 「そりゃぁ、前にも話したはずだ。ゲッターを動かすためのエネルギー・・・ゲッター線だってな」

キュウべぇ 「そう。そして、君たちの世界の人間は、ゲッター線によって猿から人に進化したという。つまり・・・」


キュウべぇ 「人間誰しもが、ゲッター線を体内に持っている。そういう事だよね」


武蔵 「・・・そりゃそうだろう。でも、だからどうしたってんだ?」

キュウべぇ 「考えてみて欲しい。ゲッター線とは、そして魔法少女の魔力とは何なのかという事を」

竜馬 「・・・?」

キュウべぇ 「君たちも知っての通り、魔法少女たちの魔力は、ゲッターエネルギーとして転用できる。つまりそれは、両者は同質か、非常に近い存在だという証明となる」

ほむら 「あ・・・つ、つまり、同質のエネルギーを体内に持つリョウたちだからこそ・・・」

キュウべぇ 「魔女も見えるし、魔法少女となる資質をも与えられているという事さ」

竜馬 「だからか・・・お前の言った理屈で行くと、俺の世界の人間はみんな・・・」

キュウべぇ 「そう、もれなく魔法少女の候補者たり得るという、結論に行きつく訳だね」

ほむら 「・・・世界すべての人間が、魔法少女に・・・?」

キュウべぇ 「もちろん、魔力・・・いやゲッター線の含有量は個人で異なるだろうから、向き不向きはあると思うよ」

竜馬 「俺や武蔵だけが、特別なわけじゃなかったってことか・・・」

キュウべぇ 「いや、それでも君たちは特別さ。なにせ、ゲッターロボと誰よりも深くかかわってきたのだからね」

武蔵 「一層、魔法少女向きってわけかよ」

キュウべぇ 「君たちの世界を知らない僕だけれど、この予測はおそらく間違っていないはずだよ」


自信ありとでも言いたいのか、鼻息荒くキュウべぇは断言して見せた。

武蔵 「だけど、どうしてこんな現象が・・・偶然にしてはできすぎてないか」

キュウべぇ 「もちろん、偶然なはずがない。それは、君たち・・・異なる二つの世界の人間を見比べれば、おのずと答えが見えて来るはず」

竜馬 「・・・?」

キュウべぇ 「考えても見て欲しい

 ほむらや竜馬たちの先祖は、異なる世界で異なる過程を得て、今の姿へと進化してきた。それなのに・・・

 両者には特に目立った相違点が見られないのは、どうしてだと思うかい?

 ゲッター線によってもたらされた進化と、僕が介入し魔法少女が培ってきた進化。

 プロセスが全く異なれば、互いに違った形に進化していてもおかしくはなかったはずだ。

 なのに、行きついた先には差異は見られない」

ほむら 「・・・あ」

キュウべぇ 「これはもはや、偶然で片つけてられる範疇を超えているよ」

言われていれば、確かにそうかも知れない。

同じ世界の人間だって、生まれた国や時代が違えば、言葉や文化、肌や目の色さえ違ってしまうのだ。

それなのに、別の世界から来た竜馬たちは、私と同じ姿をして、同じ言葉を話している。

同じ日本人として、この世界へと現れたのだ。


ほむら 「きゅ、キュウべぇ・・・それって、つまり・・・」

キュウべぇ 「あのね、ほむら。僕は感じたんだ。初めてゲッターロボを見たあの時・・・不思議と懐かしい、妙な感覚をね」

ほむら 「懐かしい・・・?」


そう言えば・・・

ゲッターと最初に遭遇した時間軸のキュウべぇも言っていたっけ。

”あれは、僕と同じ・・・”と。

その言葉の意味をただす前に、私はこちらの時間へと飛ばされてしまったけれど。

目の前のキュウべぇは、あの時のキュウべぇと同じことを今、口にしようとしているのかもしれない。


ほむら 「感じたって、なにを・・・?」

キュウべぇ 「僕とゲッターは、同じ存在、役割を担わされているものだと」

竜馬 「バカな!」


竜馬が即座に否定する。

だけど、キュウべぇは意に介さない。


キュウべぇ 「現在ははともかくとして。かつては同質の存在であった頃があったんじゃないかってね、そう思えてならないんだ」

竜馬 「お前のような奴らがゲッターと同じだと!到底信じられない!」

ほむら 「・・・」


それは、私だって一緒だ。

だけれど、キュウべぇの説が正しいのなら、二つの世界の人類がたどり着いた進化の果てが、同じである事の何よりの証明となる。

・・・けれど。


ほむら 「・・・同質というけれど。まかりなりにも生物であるお前と、エネルギー体であるゲッター線。何から何までが異るけれど・・・そこはどう説明するの?」

キュウべぇ 「そこはね、僕にもわからない。けど、はるか遠い昔、こちらの宇宙が生まれて間もないころ。始原の宇宙にはゲッターが存在していたんじゃないのかな」

ほむら 「・・・」

キュウべぇ 「そこで、僕たちの先祖と何らかの関わりがあって、役割を引き継いだ者が、僕たちインキュベーダーとなった」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「そうは、考えられないかい?」


進化をもたらすエネルギー体であるゲッター線。

そして、エネルギーを集める過程で進化をもたらして来たキュウべぇ。

関わりがある。そう言われれば頷ける共通点が、確かに両者にはあるようにも思える。

・・・けれど。


ほむら 「それもまた、お前の推測なわけでしょ?」

キュウべぇ 「残念ながらね。そこまで古い記憶は、僕たちのデータベースにも保存されていないんだ」

武蔵 「ほ、ほらみろ!結局お前の想像じゃないか!」

キュウべぇ 「では、他にこの現象を、どのように解釈すればいいのか。説があるなら、僕はぜひ聞いてみたい」

武蔵 「うぐっ、そ、それは・・・」

ほむら 「・・・お前たちにとって私たちの進化は、エネルギーを得る手段の、単なる副産物ではなかったの?」

キュウべぇ 「長い積み重ねの中で、主と従が逆転してしまう現象は、君たち人類の歴史の中でもまれに見られる出来事だろう?」

ほむら 「・・・」


ああ言えば、こう言う。

そう吐き捨ててやりたいけれど。

だけど一概に、キュウべぇの誇大妄想と笑い飛ばせない何かが・・・

そう、まるで心の隙間に、ぴったり収まるピースが見つかったかのような。

そんなしっくりした感覚を抱いているのもまた、悔しいけれど事実なのだ。


竜馬 「分かった・・・いずれにしても、推論以上の答えは出てこない。そういうわけだな」

キュウべぇ 「残念ながらね」

竜馬 「最後の説だけは、納得できないが・・・」


言葉を区切った竜馬が、私へと向き直る。


竜馬 「いま聞きたい事は、とりあえずは聞き終えたという訳だ。だからな、暁美」

ほむら 「リョウ・・・」

竜馬 「今後はワルプルギスを倒す事だけに注力する。その後の事は、その時だ」

ほむら 「ええ」

竜馬 「武蔵も、今はそれで良いな?」


武蔵 「・・・ああ」


ほむら (・・・あれ?)


竜馬に問われて頷いた武蔵の返事に、私は何か言葉にしきれない想いを感じた。

なにか、決意を秘めたような。

いや、それよりもむしろ・・・決意を新たにした?

そんな断固とした意志をにじませた返事。

根拠はないけれど、そう思えたのだ。

ほむら 「・・・」

武蔵 「ん?どうかしたか、ほむらちゃん。俺の顔をじっと見ちゃって」

ほむら 「う、ううん・・・なんでもないわ」


だけれど、私の視線に気がついてかけられたのは、優しみのこもった普段とおりの武蔵の声。


武蔵 「そうかい?」

竜馬 「暁美。こんなのは、見とれるような顔でもないだろう」

ほむら 「・・・別にそんな事は」

武蔵 「おいおいリョウ、ひどい言いようだな。こんな美顔、そうそうお目にかかれるものではないぜ。見とれるのも分かるってものですよ」

竜馬 「一生言ってろよ」

ほむら 「・・・」


気のせいだったのかしら。

だけれどあの時、私は確かに。

武蔵の内から湧きだすような、熱い意志を感じたのだ。

竜馬ほど表には出さないけれど、武蔵だってゲッターで戦い抜いてきた歴戦の勇士。

心の内にたぎるような決意を秘めていたとしても、おかしくはない。


ほむら (でも、それが何なのか・・・それとも、そもそも私の勘違い?)


・・・分からない。

答えなど見いだせないまま、今日の集まりは散会となったのだった。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


そして、時間は流れてゆく。

私も学校生活に限っては、以前と変わらない日常を過ごしていた。

すでに志筑仁美が行方不明となってから、数日が経つ。

日が経つにつれて、クラスメイトからは、彼女の話題が遠ざかって行きつつあった。

残酷だとか、薄情だとか言ってはいけない。


ほむら (みんな、日常を懸命に生きなくてはいけないのだから・・・)


それに、口に出したところで、非力な中学生の身でできる事など、心配すること以外には何もないのだ。

そんなの辛すぎるから、あえて誰も触れなくなる。

それで良いと思う。


ほむら (ただ、本当に彼女の事を大切に思っていた人たちの心の中で、忘れられずに生き続ける事さえできれば・・・)

ふと、教室の窓から外を眺める。


ほむら 「・・・」


今日は曇り空。

暗雲垂れ込める雲の向こうから、ひしひしと伝わってくる怨念にまみれた波動。

ここからでも分かる。すぐそこまで来ているのだ。 


ほむら (ワルプルギスの夜・・・)


ワルプルギスの夜は、どの時間軸においても、毎回たがわずに同じ日にちに見滝原を襲撃してきた。

今回も、その法則は覆らないだろう。

だって、こんなに近くに奴を感じる。


ほむら (明日、か・・・)


いよいよだった。

この時間軸を守り通せるのか、否か。

竜馬と出会い、マミたち魔法少女と心を通わせ・・・

はじめて、まどかだけではなく、時間軸に絡むすべてを守りたいと思える事ができた、この場所。

ここに来たことが、ここで得られた出会いのすべてが正しかったのか。

それとも、いつもと同じ結末に終わるのか・・・

その結果のすべては、あした判明する。

そして、幾度も繰り返してきた”明日”という日は・・・


ほむら (たぶん、もう無い・・・)


何となく、私にはわかるのだ。

きっと、この時間軸を守り通せなかったなら、その時こそ私はどん底の絶望に陥ることになるだろう。

・・・ソウルジェムを、これ以上ないほどに真っ黒に染め上げるほどに。

だから・・・


ほむら (次の時間軸なんて、もう無いんだ)


そう思えるほどに私にとって、この時間軸は大切な場所となっていた。


ほむら (絶対に守り抜いて・・・勝ってみせる)


まどかのため。仲間たちのため。人として生きていくさやかのため。

大切な人を想うあまり、散らせてしまった仁美の命のため。

そして・・・そして、私自身のためにも。

竜馬 「あまり、気負いすぎるな」

ほむら 「っ!」


ポンっと肩をたたかれ、私は現実の世界へと引き戻された。

気がつけば、時間はすでに放課後。周りの生徒たちも、三々五々と帰り支度を始めていた。

ずいぶんと長い時間を、私は思索の中で過ごしていたようだ。


ほむら 「リョウ・・・」

竜馬 「お前の予想が正しければ、いよいよ明日だな」

ほむら 「ええ」

竜馬 「で、今日はこれからどうする?」

ほむら 「今日はゆっくり休みましょう。明日は厳しい一日になる。英気を蓄えておかないと」

竜馬 「賛成だな。準備は万端。グリーフシードも充分な数が集まったわけだし」

ほむら 「ええ、あれだけ集めてだめなら、あとはもう何個集めたって、きっとだめって程にね」

竜馬 「じゃ、一緒に帰るか?」

ほむら 「ううん・・・」


ふっと、まどかの席に目を移す。

彼女はまだ自分の席に座っていた。

というより、何をか言いたげな瞳で、じっと私の方を見ている。


ほむら 「私、まどかと一緒に帰るわ。話しておきたい事もあるし・・・」

竜馬 「そっか、分かったぜ。じゃ、明日な」


あっさり踵を返そうとした竜馬の袖を、慌てて掴む私。


ほむら 「あ、待って・・・」

竜馬 「ん、どうした?」

ほむら 「今夜は・・・今夜も来てくれるんでしょう・・・?」

竜馬 「お前の部屋にか?まだ何か、話しておきたい事でもあるのか?」

ほむら 「そうじゃない、けれど・・・」

竜馬 「・・・?」

ほむら 「不安なのよ。私だって。お願い、今夜は一緒に・・・一緒にいて欲しいの」

竜馬 「・・・」

ほむら 「・・・」


なかなか返事をくれない。

いぶかしんで彼の顔を見上げてみると、どことなく複雑そうな表情をした竜馬と目が合った。


ほむら 「あ、もしかして、何か都合でも・・・?」

竜馬 「そうじゃないが、お前の言い方がな・・・」

ほむら 「???」

竜馬 「いや・・・まぁ、分かったぜ。俺だって、不安がないと言ったらウソになる。誰かと一緒にいたい時だってあるってもんだ。行くぜ」

ほむら 「うん・・・!」


竜馬の返事を聞いて、途端に胸のつかえが氷解したような気持になる私。

どうしてだろう。分からないけれど・・・

なんだか今は、無性に竜馬に甘えてみたい気持ちなのだ。


そうして。

竜馬が教室を出るのを見送ってから、私は席を立つ。

向かうのは、まどかが待つ彼女の席。


ほむら 「まどか」

まどか 「ほむらちゃん・・・」

ほむら 「話があるわ。一緒に帰りましょう」

まどか 「うん」

・・・
・・・


私の部屋とまどかの家の中間点。

互いが心を通わせる事ができた、あの公園で。

あの時と同じブランコに腰かけた、私とまどか。

ふと見上げてみれば、空は相変わらず、どんよりと曇ったまま。

今にも雨が噴出してきそうな分厚い雲に覆われている。


ほむら (だけれど私は知っている。あの雲に潜んでいるモノが、雨なのではなく魔女だという事を・・・)


まどか 「ほむらちゃん、話って・・・なに?」

ほむら 「あ、うん・・・まどか、明日なのだけれど」

まどか 「ワルプルギスの夜・・・来るんでしょ」

ほむら 「分かるの?」

まどか 「うん。何となくだけど、とても大きくて悪い気配・・・みたいなものを感じるの。あっちの空のむこうから」

ほむら 「・・・まどか」

まどか 「それって、この前ほむらちゃんが話してくれた、最強最悪の魔女の事なんじゃないかなって、そうとしか思えなくて」


さすが、まどか。

魔法少女の契約などしなくても、彼女の類まれな資質は、ワルプルギスの邪悪な気配を鋭敏に感じ取っているのだ。

それでさっき、私の方をもの言いたげな目で見ていたのね。

ほむら 「その通りよ、まどか。明日、この街は壊滅的な被害に見舞われるわ」

まどか 「・・・やっぱり」

ほむら 「ねぇ、まどか。話っていうのは他でもないわ。明日は間違いなく、避難所にご家族と一緒に避難していてね」

まどか 「ほむらちゃん・・・?」

ほむら 「約束して」

まどか 「う、うん・・・」

ほむら 「あなたには、とても不安な時間を強いる事になると思うけれど・・・」


そう。

なにせ、ワルプルギスは結界に隠れず、じかに街を攻撃してくるのだ。

魔女が見えるまどかにとって、成すすべなく避難所で過ごさなければならない時間は、想像以上の恐怖だろう。

だけれど。


ほむら 「街の被害のすべては防げないけれど、避難所の皆の命は何があっても私たちが守るから」


耐えてもらうしかない。

そうして初めて、私は後顧の憂いなく戦いに赴くことができるのだから。


まどか 「うん」


そんな私の気持ちを汲んでくれたように、即座に頷いてくれるまどか。


まどか 「約束するよ。ほむらちゃんが大切に思ってくれている私自身を、絶対に粗末になんかしたりしないって」

ほむら 「それ聞いて、安心したわ」

まどか 「だから、ほむらちゃんも約束して。絶対、絶対・・・元気で私の元に帰って来るって」

ほむら 「当然じゃない。これから私は、まどかやみんなとやりたい事がたくさんあるのだもの」


そう思えるようになった。そんな時間軸と、出会う事ができた。

だから。


ほむら 「帰って来るよ」

まどか 「・・・うん」


頷いたまどかが、すっと右手を差し出した。

軽く握った拳から、かわいらしい小指だけがチョコンと立っている。


まどか 「指切り」

ほむら 「・・・ええ」


頷き返して、彼女の小指に私の小指を絡めた。


まどか 「ゆーびきーりげんまん、うそついたら針せんぼん・・・」

ほむら 「・・・」

まどか 「飲ませないけど、もう口きいてあげない」

ほむら 「それはきついわね。何があっても約束、守り通さないと」

まどか 「うん・・・指きった。うぇひひっ」


勢いよく指を離したまどかが、照れくさそうに微笑んだ。

その頬が赤く上気して見えるのは、申しわけ程度に差し込んでくる夕日に染められたからなのか。

それとも・・・


ほむら (この笑顔・・・これから先もずっと、近くで見ていたいな)


そう、切に思う。

そのためにも、明日は是が非でも勝ちを得なければ。

そんな決意を新たにして、私はまどかと別れて家路へと就いたのだった。

・・・
・・・


その夜。

私の部屋のキッチンにて。

明日は決戦。そのためには精を付け、心と体にエネルギーを蓄えておかなければ。

そう思った私は、腕によりをかけての晩ごはんを用意していた。


ゆま 「えへへ、料理ってなんだか楽しい」

ほむら 「そうね」


私の隣では、せわしげにちょこまかと手伝いをしてくれている、ゆまがいた。

この子と過ごすのも、あと数日だろう。

何日か前に私はゆまから、ワルプルギス戦が終わったら杏子と暮らすという報告を受けていた。

それも良いと思う。口の悪さと裏腹に面倒見の良い杏子だったら、ゆまの事もかわいがってくれるに違いない。

ほむら (私は少し、寂しくなってしまうけれど・・・)


ゆま 「・・・??どうかしたの?」

ほむら 「ううん、何でもない。さ、できたわ。お皿に盛るから、食器を持ってきてちょうだい」

ゆま 「はーい」


心の内が、顔に出てしまっていたかしら。

食器棚に向かうゆまの後ろ姿を見送りながら、こんな事ではいけないなと反省する。

ゆまが自分で決めた事だ。私は笑って送り出してあげるべき。

もう一生会えない訳でなし、寂しいと思ってるなんて、ゆまに察せられたらダメなんだ。

だけど・・・


ほむら (一緒に過ごすうち、あの子の事も私の中で、大きな存在になっていたのかもしれないな)


そう、まるで妹のような。

ほむら (そんな風に思える相手に巡り合えただけで、私は幸せ者なのでしょうね)


ゆま 「ほむらお姉ちゃん。お、お皿・・・もってきた、よ・・・」よたよた

ほむら 「ありが・・・とうっ!?」


声のした方へ振り向いた私が見た物は、何枚にも重ねられたお皿のタワーだった。

グラグラ揺れるタワーの向こうから、ゆまの震えた声が聞こえてくる。


ゆま 「お姉ちゃん、は、早くっ、お皿とって・・・」

ほむら 「わっ、なにもそんないっぺんに持ってこなくても!ちょ、動かないで、落としちゃうから!」

ゆま 「あ、あわわわ・・・」

ほむら 「あ、あぁーーーーっ・・・!」


ゆまの元へ駆け寄ろうとするが、どう考えても間に合わない。

ああ、このままじゃ、晩ごはんを盛るお皿が全滅してしまう。

そうなったらいったい、どうやってご飯を食べたら良いの!?

ゆま 「もう、ゆまダメ」ふにゃっ

ほむら 「ちょーっ!!」


グラグラとお皿タワーの揺れは、もはや最高潮。

あとは上滑りに一番上の皿から床に落ちるだけ。

一瞬ののちには、床に陶器の花びらがまき散らされることになるだろう。

ああ、なんてこと!


ほむら 「食事前に掃除をしなきゃならないなんて・・・!!」

ゆま 「ああああっ!」


バランスの限界に達したゆまが悲鳴を上げる。

私は思わず目を閉じた。やがて聞こえるであろう破壊音に備え、覚悟を決める。

しかし・・・


ほむら 「・・・??」


いつまでたっても、お皿の割れる音は聞こえてこなかった。

代わりに耳に届いたのは。


? 「なにをやっとるんだ、お前たちは」


呆れた色を隠そうともしない、男性の声。

恐る恐る開いた私の目に映ったものは・・・


ほむら 「りょ、リョウ・・・」

竜馬 「呼んでも返事がなかったから、勝手に上がらせてもらったぜ」


いつの間にやら、ゆまが落としかけた皿を軽々と抱えた竜馬の姿だった。

ほむら 「い、いつの間にお皿を・・・」

竜馬 「後ろから駆け寄って、上からヒョイっとな」

ほむら 「どんな俊敏さなのよ、あなたは・・・まるで忍者ね」

竜馬 「大惨事を未然に防いでやったんだ。礼の一つくらい言ってもばちは当たらんと思うぞ」

ほむら 「あ、う、うん・・・ありがとう。ほら、ゆまも」

ゆま 「ありがとう、竜馬お兄ちゃん」

竜馬 「おう。というより、暁美」

ほむら 「なに?」

竜馬 「お前、時間を止めたら、簡単に何とかできたんじゃないのか?」

ほむら 「・・・」

ゆま 「・・・」

ほむら 「あ」

竜馬 「相変わらずだな。で、この皿。どこに置けばいいんだ?」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


竜馬 「ごちそうさま」


テーブルに並べられた大量の料理をペロリと平らげ、満足そうにお腹をさすりながら竜馬が言った。

ぜったい余ると思ったのに、どんな胃袋をしているんだろう。


ほむら 「おそまつさま」

ゆま 「竜馬お兄ちゃん、すごいねぇ。たくさんたくさん、食べるんだねぇ」

ほむら 「呆れるほどにね」

竜馬 「そんな言い方はないだろ。俺だって、いつもいつも武蔵みたいにがっついてるわけじゃないんだぜ」

ほむら 「へぇ、本当?」

竜馬 「本当さ。今日は美味い御馳走が山と出てきたからな」

ほむら 「え・・・」

竜馬 「それで、ついつい食いすぎちまった」

ほむら 「そ、そうなの・・・」

竜馬 「これで、明日の決戦への備えは十分。スタミナ補給は万全だぜ」

ほむら 「・・・うん」

竜馬 「どうした。納得いかないってな顔だな?」

ほむら 「そうじゃなくって・・・そんなお世辞なんて言ってくれなくても・・・」

竜馬 「は??」

ほむら 「そうやって、たくさん食べてくれただけで、私は満足だから、だからね・・・」

竜馬 「お前は馬鹿か」

ほむら 「なによ・・・」

竜馬 「お前、俺が心にもない事を言えないたちだってのが、まだ分かっていなかったのか」

ほむら 「そうじゃないけれど、でも・・・」


巴マミに料理を習い始めて、まだ日も浅い。

そうそう教わりに行く時間もないし、ずぶの素人の私の料理が、そんなに早く人に満足してもらえるだけの味になんて、達するはずなんてないもの。

だから手放しで褒められても、どうしてもピンと来ないのだ。


ほむら 「今日の料理も巴さんにもらったレシピを参考にしたから、食べられる味にはなってるはずだけど・・・私の腕なんてまだまだだから・・・」

竜馬 「・・・お前は」


竜馬が、やれやれといった風に、深いため息をつく。


竜馬 「暁美は鹿目のためだったらとことん前向きなのに、自分の事になると途端に自信がなくなっちまうのな」

ほむら 「それは、もともと私は、そういう人だから」

竜馬 「あのなぁ・・・お前がそんなんじゃ、俺は安心して向こうの世界に帰れないだろうが」

ほむら 「・・・っ」

竜馬 「俺は美味いと思ったから美味いと言ったんだ。思った事を言って信じてもらえないんじゃ、俺はどうしたら良いんだよ」

ほむら 「・・・」

竜馬 「そりゃ、巴マミの腕前からしたら、まだまだなのかも知れない。でも、そんなのは当たり前だ。年季が違うんだ」

ほむら 「うん・・・」

竜馬 「なのに、ここまでの料理が作れるようになった。じっさい大したものだと思う。ゆまが手伝ってくれた事も、大きいと思うがな」

ゆま 「えへへー」

竜馬 「それに、食う側からすれば、料理なんてものは腕前だけじゃないだろう?」

ほむら 「え、それってどういう意味・・・?」

竜馬 「俺にとっては、お前が。お前が作ってくれた料理だったから・・・」

ほむら 「・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「・・・あ///」

竜馬のセリフは、私の顔を赤く染めるのに十分な威力を持っていた。

そんな私の様子に気がついた竜馬は、慌てて付け足すように次の言葉をつなぐ。


竜馬 「か、勘違いするなよ。仲間が作ってくれた料理だからって意味だからな。他意はないぞ、断じてだ」

ほむら 「わ、分かってるわよ」


そう、分かってる。

きっとそれが彼の本心で、言葉以上の意味なんてないって事は。

それきり、私たち言うべき言葉も見つからず。

しばらく、気まずい空気が場を支配してしまったけれど。


ゆま 「このグラタン、おいしいねぇ」ぱくぱく


屈託のない笑顔で料理を頬張るゆまの何気ない一言が、竜馬と私の間の微妙な雰囲気を弛緩してくれた。


竜馬 「・・・食後の紅茶が飲みたいな」

ほむら 「うん、分かったわ。煎れて来るね」


席を立ってキッチンに向かう私の背中越しに。


ゆま 「こっちのハンバーグもおいしいねぇ」むしゃむしゃ

竜馬 「たくさん食って、大きくなれよ」

ゆま 「はぁーい」


そんな二人の、まるで親子のような会話が聞こえてきた。

・・・
・・・


それから。

食事の後かたずけを終えた私たちは、竜馬と私。その間に挟まれるように、ゆま、と。

ソファーに並んで三人で腰をかけて。

他愛ない話を交わしながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。

明日は決戦だとは信じられないほど、穏やかで静かな空気が、私たちの間を通り過ぎていく。


ほむら (初めてかも。ワルプルギス戦を、こんなに穏やかな気持ちで迎える事ができたのって)


それはきっと、頼れるべき仲間がいてくれるからなのだろう。

孤独ではないという事は、それだけで強い力となってくれる。

その事を、私は竜馬と出会って学んだのだ。

ほむら (それはきっと、感謝してもし足りないほど、大切なことで・・・)


そんな事をぼんやり考えていた私の太ももの上に、ぽてんっと。

軽い衝撃を感じて、私は視線を下へと向けた。

すると・・・


ゆま 「すー・・・すー・・・」


ゆまが静かな寝息を立てながら、私の足を膝枕にして眠りに落ちていたのだ。


ほむら 「あらら」

竜馬 「たくさん食って、満足したら落ちてしまったか」

ほむら 「ちょうど良いわ。普段なら、この子はもう寝ている時間だもの。明日も早いのだし、たっぷり休ませないと」

竜馬 「じゃあ、俺がベッドに運んでくるよ」

ほむら 「起こさないように、そっとね」

竜馬 「分かってるさ」


言いながら、竜馬がそっとゆまの体を抱え上げる。

そのまま寝室へと消えて行き、またすぐにリビングへと戻ってきた。


竜馬 「起こさず、無事に運んで来たぜ。ミッションコンプリートだ」

ほむら 「ごくろうさま」

竜馬 「おう」


ふたたびソファーへと腰を下ろす竜馬。

二人きりになってしまった。

私たちの間を隔てていたゆまもいなくなってしまって、妙に竜馬との距離が近く感じてしまう。

竜馬 「かわいいもんだな」


唐突な竜馬のつぶやきに、思わずドキッとしてしまう私。


ほむら 「え、なによいきなり!」

竜馬 「いや・・・ちょっと思い出してしまってな。向こうの世界での事」

ほむら 「・・・?」

竜馬 「向こうにもさ、小さい友達がいたんだよ。そいつは早乙女博士・・・まぁ、俺たちのボスの息子だったんだがな」

ほむら 「え??」

竜馬 「元気って名前でな。名前の通り、元気なガキだったよ。それに比べたらゆまはだいぶん大人しいが、小さい子供を見てると思い出してしまってな」

ほむら 「え・・・かわいいって・・・」

竜馬 「だから、ゆまの事だよ」

ほむら 「・・・あ」

竜馬 「・・・??」

ほむら 「あああー・・・」

竜馬 「な、なんだよ、急に。頭抱え込んだりして、いったいどうし・・・あ、もしかして、お前」

ほむら 「・・・言わないで」

竜馬 「自分が言われたって思ったのか?かわいいって・・・」

ほむら 「言わないでって、言ってるのに・・・」

竜馬 「それは、勘違いさせて悪かったな・・・」

ほむら 「・・・」


別に竜馬は悪くない。

ただ、どうしてだろう。

最近竜馬と一緒にいると、私は不思議と自意識過剰になってしまう。

食事の時だって、そうだった。

いったい私、どうしてしまったんだろう。

竜馬 「まぁ、なんだ。お前だってかわいいぜ。けっこうな、うん」

ほむら 「・・・付け足されるように褒められたって、嬉しくない」


それになんだか、ちょっと今。

私は、面白くない気分だ。


竜馬 「別に、付け足しってわけじゃないんだがな」

ほむら 「それに、ゆまと同じニュアンスでかわいいって言われても、嬉しくないし」

竜馬 「あー、まぁ・・・そりゃそうか」

ほむら (むすっ)

竜馬 「まいったな、こりゃ・・・」


困ったように頭をかいていた竜馬が、あ・・・とつぶやいて、私の顔をまじまじと見つめてきた。


ほむら 「な、なに??」

竜馬 「お前、俺にかわいいって言われたかったのか」

ほむら 「なっ!ななな、なに言ってるの!?そ、そんなこと・・・そんなこと・・・!」


そんなこと・・・


ほむら 「そんなこと・・・ちょっと、あるかも、知れないけど・・・」

竜馬 「暁美・・・」

ほむら 「そういえば、ちょっと気になっていた事があったんだけど・・・いい機会だから、聞きたい事があるの」

竜馬 「なんだよ、唐突だな」

ほむら 「私、あなたの事をリョウって呼び始めてけっこう経つけれど、リョウは私の事、名前で呼んではくれないのね」

竜馬 「う・・・」

ほむら 「仲間なら、他人行儀は無しなんでしょ?どうして私の事は、ほむらと呼んではくれないの?」


そう。竜馬はずっと。

私の事を、かたくなに”暁美”と呼び続けてきた。

それはどうしてなのかなって、このところ疑問に思っていたのだ。

竜馬 「そ、それは・・・だな・・・」


困り顔の竜馬。

今度は私の方が、そんな彼をまじまじと見つめてみる。

竜馬を困らせる事が、なんだか少し楽しい。


ほむら 「ねぇ、どうして?」

竜馬 「それはな、女性の名前って、男以上に大切じゃねぇか」

ほむら 「??」

竜馬 「それを軽々しく呼ぶなんてな、親しき中にも礼儀ありというか、そう思ったんだよ」

ほむら 「・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「前時代的というか、何というか」

竜馬 「ほっとけ」

ほむら 「でも、だからこその、流竜馬というべきしら」

竜馬 「・・・」

ほむら 「じゃあ、だったら・・・私から頼んだら?名前で呼んでくれるのかしら」

竜馬 「そりゃぁ、お前が望むんだったら・・・」

ほむら 「じゃあ、お願い」

竜馬 「・・・・ら」(ぼそっ)


照れているのか、竜馬にしては珍しく小声で、よく聞きとれない。


ほむら 「もう一度」

竜馬 「ほむら」


今度は大きな、いつもの彼の声で。

私の顔を見つめながら、はっきりと呼んでくれた。

途端に、私の胸にこみ上げてくる温かい感情。


ほむら 「・・・はい」

竜馬 「・・・おっ?」

ほむら 「ん・・・どうかしたの?」

竜馬 「いや、お前・・・そういう風に笑う事も出来たんだな」

ほむら 「いま?私、笑ってた?」

竜馬 「ああ、初めて見せる顔だったぜ」

ほむら 「そっか・・・」


意識なんてしていなかったけれど。

自然と心が、私を微笑ませたのだろうか。

そう、私・・・作り笑顔なんかじゃなくて。

ちゃんと笑えるように、なっていたんだ・・・


竜馬 「かわいかったと、思うぜ」

ほむら 「え?」

竜馬 「今の顔」

ほむら 「あ・・・う、うん」


照れくさいけれど。

だけれどここは、素直にお礼の言葉を言っておく。


ほむら 「うん、ありがとう」


だって、そう言ってもらえたことが、とても嬉しかったのだから。


竜馬 「明日の今ごろも、そんな顔をして笑っていようぜ」

ほむら 「そうね、ワルプルギスの夜を倒して・・・」

竜馬 「みんな、そろって、な」

ほむら 「ええ」

わがままを言えて、それを聞いてもらえる事ができて。

しかもその結果が、私の望む通りの答えで。

しかも、望んだ以上の言葉も聞く事ができて。

それが嬉しくて嬉しくて、そして・・・


ほむら 「私・・・」

竜馬 「ん?」

ほむら 「リョウに甘える事に、馴れてしまったのかも知れない。だって今、とっても安心している・・・」


心がとても安らいでいる。


竜馬 「甘えられることは、良い事だと思うぜ。今までのお前は、一人で気負いすぎていたものな」


そうだったかも・・・

ほむら 「安心したら、眠たくなってきちゃった・・・」

竜馬 「俺たちも寝るか。明日が早いのは、俺たちだって一緒だ」

ほむら 「そうね」

竜馬 「俺はこのソファーを借りるぜ。お前はゆまと一緒に、ベッドで寝るんだろ」

ほむら 「私は・・・私もここで、リビングで良いわ」

竜馬 「ここで良いって・・・」

ほむら 「あなたの側で眠るから」

竜馬 「・・・どこまで甘えん坊なんだよ」


言いながら、彼は自分の太ももをポンと叩いて見せた。


ほむら 「??」

竜馬 「貸してやるよ、膝枕」

ほむら 「でも、それじゃ・・・リョウが横になれない」

竜馬 「俺はどこでだって寝られるんだよ。それだけの修練は積んできている」

ほむら 「でも・・・」

竜馬 「ふかふかのソファーに背もたれまでついているんだ。寝るには申し分ない。遠慮するな」

ほむら 「あ、じゃ、じゃあ・・・」


恐る恐る、竜馬の太ももの上に頭を乗せる。


ほむら 「うう・・・ごつごつしてる」

竜馬 「筋肉は男の勲章だ。それくらい我慢しろ」

ほむら 「はい・・・じゃ、お・・・おやすみ・・・」

竜馬 「ああ、お休み」

目をつむる。

そんな私の頭の上に、竜馬の掌が優しく置かれた。

そっと、私を撫でてくれる。

まるで、小さい子供を寝かしつけるように。


ほむら 「・・・」


その感触と、伝わってくる竜馬の体温がとても暖かくて。

武骨な竜馬の掌を今、私はとても優しい物のように感じている。

だってほら。

こんなにも心地いい。


竜馬 「ほむら。明日は絶対に勝とうな。絶対に、絶対にだ」


竜馬のそんな声を聴きながら、いつしか私の意識は夢の向こうへと飛ばされていた。

どんな夢を見たのかは、はっきりとは覚えていない。

だけれど一つ覚えているのは、そこには笑顔のみんながいたという事。

もしかしたら、ワルプルギスの夜を倒した後の事を夢見ていたのかもしれない。


そうして、数時間が過ぎた頃。

私は、とある異音のせいで夢の世界から引き戻された。

それは、そう・・・


『ご町内の皆様。本日午前7時、突発的異常気象に伴う避難指示が発令されました』


住民たちへ避難を呼びかける、広報車のスピーカーの音だった。


ほむら 「・・・ん」


朝が来たのだ。

竜馬 「起きたか?」


先に目を覚ましていたらしい竜馬が、私の顔を覗き込みながら言った。


ほむら 「ええ、寝すぎなほどに」

竜馬 「上等だな。じゃあ、行くか!」

ほむら 「・・・うん!」


『付近にお住いの皆様は、速やかに最寄りの避難場所への移動をお願いいたします。こちらは見滝原市役所広報車です』


私たちの運命を決する、運命の朝が。

ワルプルギスの夜が、ついにやって来たのだ!

・・・
・・・


次回予告


最強にして最悪の魔女 舞台装置の魔女~ワルプルギスの夜~

奴がとうとう、見滝原市上空に現れた。

街と、そこに住まう人々の上に、災いと恐怖と嘆きの種をまき散らそうと襲い来たのだ。

そうはさせじと立ちふさがるのは、ほむらを中心に結集したゲッターチームと魔法少女たち。

大切な人々や、想いの詰まった場所を守るため。

深い闇と絶望に、希望の光が立ち向かう。


チェンジゲッター!スイッチオン!


戦えゲッター!負けるな魔法少女たち!

僕たちの見滝原市を守ってくれ!


次回 ほむら「ゲッターロボ!」第十一話にテレビスイッチオン!

以上で十話終了です。


今回は説明とイチャコラ回で話の動きが少なく、退屈だったかもしれません。

でも、イチャコラ書いてる方は楽しかったです。


ではまた、十一話でもお付き合いいただけたら、嬉しく思います。

小出しに再開します。

ほむら「ゲッターロボ!」第十一話

人の気配が絶えた、見滝原市の街はずれ。

人々が避難所へと退避し終え、動く者の見当たらない、そんな場所に、ただ一群。

危険をも顧みずに、集った者たちがいた。

言うまでもない、私を筆頭とした魔法少女たちと、竜馬と武蔵のゲッターチームだ。


ほむら 「いよいよだわ」


呟きながら見上げた、私の視線の先には。

耳障りな笑い声をけたたましく響かせながら、不気味な姿を空に浮かべる巨大な魔女の姿。


ほむら 「決着をつける」


それは何であろうか。問われるまでもない。


ほむら 「ワルプルギスの夜・・・!」

私の側に集まり、同じく空を見つめていた面々が、口々に呟きあう。


竜馬 「あれが・・・最強最悪の魔女・・・」

武蔵 「なんて禍々しさなんだ」

マミ 「話には聞いていたけれど、あんなにも巨大だったなんて・・・」

ゆま 「こっ・・・怖い・・・」

杏子 「今さらおたおたしてるなよ。あたしたちがやるべき事は一つで、それは変わらない。やるしかないんだからさ」

ほむら 「佐倉さんの言う通りよ。手順は打ち合わせ通り。あとは・・・」


私はみんなの方に向き直ると、一人一人の顔を確認するように見つめた後で、こう言い切った。


ほむら 「勝つだけよ」

竜馬 「言われるまでもねぇよ」


軽く笑いながら頷く竜馬に続いて、他のみんなもこくりと頷いてくれた。

そう、誰の覚悟も決まっている。

ただ、想像を絶する敵の姿を初めて見て、驚いてしまっただけなのだ。


マミ 「じゃあ、ワルプルギスは暁美さんたちに任せるわね。私たちは・・・」

ゆま 「敵の使い魔たちが街に近づかないように、やっつける役だね!」

杏子 「要はほむら達の露払いさ。わき役に徹するのは性分じゃないけれど、役割はきっちり務めるぜ」

ほむら 「わき役なんて、とんでもないわ」


私たちの目的は、見滝原市とそこの住む人々を守る事。

言語を絶する魔力に物を言わせ、無尽蔵に生み出されるワルプルギスの夜の使い魔たち。

そいつらが街の中心部・・・避難場所がある地区に到達する前にせん滅する。

とても重要な役割なのだ。主役もわき役もない。

ほむら 「目の回るような忙しさだと思うけれど、何としてもやりきって」

杏子 「誰に向かって言ってんの?」


ふふんと、鼻で不敵に笑う杏子。


杏子 「あたしとマミのコンビに、ゆまの増援。無敵の鉄壁陣さ。まぁ、任せておきなよ。な?」

マミ 「そうね。こちらの心配より、そちらは自分たちの仕事をきちんとして?」

杏子 「だな。ワルプルギスを倒してしまわない限り、使い魔の数は減らないんだからさ」

マミ 「ま、そちらには兄もいるんだし、心配はしていないけれど」

ほむら 「ふふっ、そうね」


マミもすっかり調子を取り戻している。

こんなに心強いことは無い。

武蔵 「それより、ほむらちゃん。ゲッターは呼び出せそうかい?」

ほむら 「あ、そうね。そちらは大丈夫みたい。問題ないわ」


今までゲッターは、魔女の結界内でしか呼び出す事ができなかった。

故に、結界を張らずに進行してくるワルプルギスに対し、その点が多少の気がかりだったのだ。

もっとも私には、きっと何の問題もないであろうことは、前から予測はついていたのだけれど。


武蔵 「呼び出す前から、分かるものなのかい?」

ほむら 「何となく、本能的にね」

杏子 「なんだよそれ、ずいぶんご都合主義的だな」

ほむら 「今さら。だってゲッターってそういうものじゃない?」

竜馬 「違いないな」

マミ 「いずれにしても、ここら辺は間もなくワルプルギスの勢力圏に入る。だとすれば、魔女の結界にいるのも同じ」

ほむら 「ゲッターを呼び出せるのに、何の不思議もないということよ」

杏子 「はいはいっと。疑問に思った私がバカでしたー」

ゆま 「み、みんな見て・・・」


私たちの中で最も目の良いゆまが、震える声で一点を指さした。

その指先に目を凝らすと・・・


ほむら 「来た・・・」


使い魔の大群が整然と隊伍を組んで、行進するかのように侵攻してきているのが目に入った。

お話の時間はここまでだ。


ほむら 「じゃあ、みんな。行きましょう」

杏子 「応っ!」

ゆま 「うん!」

マミ 「今夜は祝勝パーティーよ。腕によりをかけて、人数分の料理を用意してるんだから、みんな元気で今日の戦いを終なきゃダメだからね!」

ほむら 「分かってる・・・必ず・・・」


私はもう一度、みんなの顔を見回した。

誰の顔にも、不安の色は浮かんでいない。

ただ、必勝の信念に裏打ちされた、微笑があるのみ。

なにも憂うるものなどないのだ。


ほむら 「勝って、みんなで笑いあいましょう・・・!」

・・・
・・・


避難所となった見滝原市内のとある小学校にて。

まどかは一人、廊下の窓から空を見上げていた。


まどか 「・・・」


彼女の目線の先には。

空に浮かび、恐ろしい姿をさらしている、異形の化け物があった。


まどか 「あれが・・・ワルプルギスの夜・・・」


ごく・・・

知らず知らずのうちに湧き出た生唾が、恐怖の吐息とともに彼女の喉の奥へと流れ落ちていった。

今はまだ、はるか向こうにいるワルプルギスの夜だったが、それでもこの避難場所から、その全貌がはっきりと見て取れる。

どれだけ巨大な化け物なのかが、まどかにも容易に理解できた。

? 「まーどか」


不意の呼びかけに振り向くと、そこには一緒に避難していた美樹さやかの姿。


まどか 「さやかちゃん・・・」

さやか 「まどか、何してるの?体育館に戻らないと。パパさんたち、心配してるよ」

まどか 「ありがとう。わざわざ呼びに来てくれたんだね」

さやか 「うん、まぁ・・・」


さやかはまどかに歩み寄ると、その隣へと立った。


さやか 「窓の前で、何をしてるの?外に何かあった?」

まどか 「うん・・・」


いわれて、まどかは再び窓の外へと視線を戻す。

・・・見上げる。

かなたの上空で異形をさらす、魔女の姿を。


さやか 「・・・?」


さやかもまどかの視線の先を追うように、窓の外へと目を向けた。

そして・・・


さやか 「っ!?」


彼女も、目の当たりにしたのだ。

・・・ワルプルギスの夜の、怨念に満ちた姿を。

さやか 「・・・ひっ!?」


ありえない物を目にし、さやかは思わず息をのむ。


さやか 「あ、あう・・・え・・・?」


暗雲を従えるように浮かぶ巨大な化け物。

常軌を逸した存在を前に、さやかの思考が現状を認識しようとフルスピードで動き出す。

だけど・・・


さやか 「なにあれ、なにあれ、なによあれぇ・・・」


繰り言のように、同じ言葉を繰り返す以外に、さやかに為す術はなかった。

自分を納得させる答えを、自力で導きだす事ができなかったのだ。

さやか 「・・・あっ」


ハッとして、さやかは隣にいる友人を見た。

何故まどかは、あんな意味不明の物体を見ていながら、こんなにも落ち着きはらっていられるのだろう。


さやか 「まどか、あんた・・・あれが何だか知ってるの!?」

まどか 「うん」


まどかは窓の外から視線をそらさずに、こくんとうなづきながら答えた。


さやか 「じゃ、じゃあ、なんなの、あれはっ!?」

まどか 「あ、そうか・・・」


何かを思い出したように呟くと、まどかはさやかへと向き直る。


まどか 「さやかちゃんには見えるんだよね、魔女」

さやか 「魔女!?」

そうだった。以前にほむらから聞いたことがあったのだ。

さやかには魔法少女の素質があると。

だけれどさやかは、最大の望みを魔法少女の契約せずにかなえてしまい、キュウべぇは身を引かざるを得なくなったのだ。

だから、今でもさやかは人間のままでいられるわけなのだが。

それでも、さやかが魔法少女への高い適性を持っていることに変わりはない。


まどか 「うん、魔女。あそこにいるのはね、その中でも最強最悪の魔女なんだって」

さやか 「最強?最悪?」

まどか 「この異常気象もね、みんなあの魔女が引き起こしてるんだ」

さやか 「あんた、なに言ってるの・・・て言うか、あんなのが浮かんでるのに、なんでみんな、普通にしてるのよ」

まどか 「それはね、他の人には、見えていないから」

さやか 「・・・!?」

まどか 「魔女ってね、一部の人にしか、その姿が見えないの。私やさやかちゃんは、その中の一人なんだって」

さやか 「え・・・え・・・?」

まどか 「だから、他の人には言わないでね。誰も信じてくれないし、騒ぎを大きくしちゃうだけだから」

さやか 「ど、どうして・・・」

まどか 「え?」

さやか 「どうしてまどか、そんな事を知ってるの・・・?」

まどか 「それは・・・」

さやか 「ううん、いい!詳しい事は後でも聞けるから!それよりも、ねぇ、あの化け物・・・」

まどか 「?」

さやか 「じょじょにだけど、こっちに向かってきてない!?」

まどか 「・・・」


それはそうだろう。ワルプルギスの夜は、この街を壊滅させようとやって来たのだ。

街の中心部である、こちらの方角へとやって来るのは、とても当然の事だった。

さやか 「逃げなきゃ!」

まどか 「さやかちゃん」

さやか 「あんな良く分からない奴が来たら、ただじゃ済まないって事くらい、私だって分かるわよ!こんな所で、じっとなんてしていられないでしょ!」

まどか 「待って、さやかちゃん」

さやか 「それに私、行かなきゃ・・・」

まどか 「え・・・?」

さやか 「病院に行かなきゃ!」

まどか 「・・・上条君?」

さやか 「そうだよ!恭介を迎えに行かなきゃっ!」


上条の入院している病院は、この避難所よりもさらに街の中心部にある。

そこには、動く事のできな入院患者たちが多数、残されているのだ。

当然、さやかの想い人である上条恭介も・・・

まどか 「落ち着いて、さやかちゃん」

さやか 「これが、落ち着いていられるか!」

まどか 「病院も指定避難場所になってるでしょ。安全だよ。さやかちゃんが今、外に出る方がぜったい危ないよ」

さやか 「なに言ってるの、まどか!あんな化け物がやって来るのに、避難場所も何もないでしょ!」

まどか 「だから、落ち着いて。大丈夫だから」

さやか 「何が大丈夫なの!?怖くないっていうの!?なんでまどかは、そんなに落ち着いていられるのよ!」

まどか 「私だって怖いよ・・・」


怖い。とても怖い。

恐ろしくないはずがない。

だけれど。


まどか 「怖いけど、不安じゃないから、かな」

さやか 「え・・・?」

まどか 「さやかちゃん、大丈夫だから。私たちは、ぜったいに大丈夫なんだから」

さやか 「ど、どうして・・・?」

まどか 「守ってくれるんだ。私たちも、皆の事も・・・」

さやか 「守ってくれるって、いったい誰が・・・」

まどか 「私の・・・私たちの最高の友達が、だよ」

さやか 「私たちの・・・?それって、私も知ってる人って事?」

まどか 「うん」

さやか 「誰、それ・・・」

まどか 「・・・」

さやか 「・・・分かったよ。本当に大丈夫なのね?」

まどか 「うん。だってあの子が、約束してくれたから」

さやか 「誰か知らないけれど、まどかはその人の事を信じているんだね。じゃあ・・・私も信じる」

まどか 「うん・・・」

さやか 「私は、その人を信じるまどかを信じる」

まどか 「さやかちゃん・・・」


その時。

遠くで、何かがはじけるような音が響いた。

続いて、ワルプルギスの体の所々で上がる爆炎と、いくつかの閃光。


さやか 「え、今のっていったい何・・・?」

まどか 「始まったんだ・・・」


まどかはそっと手を組むと、静かに目をつむった。


まどか (お願い、ほむらちゃん・・・!)


そう・・・

まどかの見守るその先で、まだ見ぬ未来を賭けた、ほむらの戦いが遂に始まったのだ!


まどか (勝って、私の元へ帰って来て・・・!)

・・・
・・・


ほむら 「・・・」


私は、私の内にあるゲッターを現世へと顕在化させるため、意識をバックラーへと集中させていた。

・・・念じる。その想いが、ゲッターへと届いているのが分かる。


ほむら (心が・・・高ぶってくる!)


ゲッターに乗り込めるという喜びに、私の精神が歓喜の声をあげていた。

”その時”が目前に迫っていることが分かるから。


ほむら (今こそ・・・っ!)


機は熟した!

だから、私は叫ぶ。

声を・・・限りに!


ほむら 「出ろぉっ、ゲッターぁ!!」

私の魂の呼びかけに応じ、バックラーから・・・

いいえ、私自身の中から、ゲッターロボが具現化してゆくのが分かる。

まばゆい光が周囲を包み、私の視界も白一色へと染められる。

そして・・・


ほむら 「・・・」


光が治まり、視界が回復した私がいた場所、そこは。


ほむら 「ジャガー号のコクピット・・・」


ゲッターの意思によるものか、はたまた魔法少女の力がなせる業なのか。

私はゲッターを呼び出すと同時に、そのコクピットへと座らされていたのだ。

武蔵 『おおー、どうなってるんだ?乗り込む手間まで省けてしまうのが、この世界流なのか!?』


同じくコクピットに放り込まれていたらしい武蔵の感嘆の声が、スピーカー越しに聞こえてくる。

と、いうことは彼も・・・


竜馬 『おぜん立ては整ってるってわけか。ついでに今のゲッターの形態はゲッター1の状態だな。ちょうど良い』


武蔵のとは対照的に、どこか冷めた感のある竜馬の声も、スピーカーから流れてきた。

やっぱり。


竜馬 『敵は空の上だ。ほむら、このままゲッター1で、奴にしかけるぞ』

ほむら 「了解よ」

竜馬 『よしっ、行くぜ!!』


竜馬の雄たけびを合図に、ゲッターがふわりと空へと浮かび上がる。

そして、そのまま加速。急激にかかるGに、私の体がシートに押し付けられる。

苦しい。だけれど、不思議とこの感覚、不快じゃない。


ほむら (いよいよだ。いよいよだ・・・!)


むしろ、ゲッターを呼び出すときに感じた歓喜が。

航空力学など無視してゲッターが加速するほどに、どんどんと。

どんどんどんどん・・・高まっていく。

ほむら 「・・・」


ふと、モニター越しに地面に目を向けると。

こちらを見上げているマミたちの姿が、瞬く間に豆粒のように小さくなっていった。

仲間との決別だ。次に顔を会せるのは、この戦いに勝ったあと以外にはあり得ない。


ほむら (がんばって。私もがんばる)


ゲッターは征く。

強敵の待つ場所へと、無人の野を行くがごとくに。


ほむら 「待っていろ、ワルプルギス!お前のいるべき場所へと、私が送り返してあげるから!」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


マミ 「なんだか、あっけに取られてしまったわね」


瞬く間に暗雲の中へと消えていったゲッターを見送って、マミがポツリとつぶやいた。


杏子 「まぁ・・・今さらだけれどなぁ。あんなロボットが存在するって段階で、なぁ」

ゆま 「かっこいいよね!」

杏子 「お前は本当に、緊張感が足りないな」


言いながら、ゆまの頭を優しくなでる杏子。


ゆま 「えへへ・・・」

マミ 「なんだか佐倉さん、良いお姉さんね。しばらく会わないうちに、見違えちゃったのかしら」

杏子 「そんなことないさ。ただちょっと、守ってやりたい奴ができたって・・・それだけだよ」

マミ 「そっか」

ゆま 「・・・??」

杏子 「あたしはあたしさ、あんたと出会ったころから変わらずにな」


言いながら、杏子が得物の槍を前に突き出すようにして構えた。

そうしながら、向かってくる使い魔たちの方へと視線を向ける。


杏子 「さっき、あいつらの手前、任せとけって言っちゃったけどさ」

マミ 「うん・・・?」

杏子 「・・・正直きついよな」


眼前に広がるのは、まるで壁とも見まがうほどに隙間なくひしめき合う、使い魔の群れ。


マミ 「うん。さすがにね、ここまでの大群勢だとは思わなかったから」

杏子 「だけど、ほむら達はもっとヤバい敵と戦わなくちゃならないんだ。だからあたしは・・・」

マミ 「分かってる」

杏子 「なにがさ」

マミ 「あなたのそういう、素直じゃないところ」

杏子 「・・・けっ」

マミ 「私は案外、大丈夫じゃないかなって思ってる。勝てるわよ、きっと」

杏子 「そっちはえらく、楽天的になっちまったな」

マミ 「佐倉さんと一緒に戦えるんだもの。頼りにしているの。だから、ね」

杏子 「マミ・・・」

ゆま 「ゆまもがんばるよ!」

杏子 「ゆま・・・そうか、そうだよな。自分で言ったんだもんな、あたしたちの守りは鉄壁だって」

マミ 「そうよ」

杏子 「へへっ・・・じゃ、行こうか。あの頃みたいにさ!」

マミ 「ええ!」


マミの返事を合図として、二人の魔法少女は大挙して押し寄せる使い魔の群れへと突っ込んでいった。


ゆま 「わ、わわっ!」


少し遅れて、ゆまもそれに続く。

マミ 「ティロ・ボレー!」


駆けながら、技の名を叫ぶマミ。

その呼びかけに応じて、彼女の背後に無数のマスケット銃が出現する。


マミ 「一気に減らすわよ!」


発射の合図とばかりに、腕を使い魔群の方向へと突き出すマミ。

とたんに響き渡る、あまたの射撃音。

瞬く間に使い魔たちは白煙に包まれ、砕かれた身体の破片が辺りに雨と飛び散った。

だが、さすがに大群だ。マミの攻撃だけで、全てを殲滅する事などできるはずがない。


杏子 「相変わらず、やるな!」


杏子は駆ける速度を上げると、まっしぐらに生き残った敵へと突っ込んでいった。

杏子 「おらああああぁぁぁっ!!」


縦横無尽に、槍を振りまわす。

彼女が槍を一閃させるたび、一体、または複数の使い魔の身体が、もの言わぬ肉片へと変わり果ててゆく。


杏子 「お前ら、皆殺しだぜ!」


まさに鬼神のような戦いぶり。

煙る血しぶきの中、一体また一体と、杏子は使い魔を血祭りにあげていった。


マミ 「ああ、もう佐倉さんったら。あんなに深入りされちゃ、範囲攻撃ができないじゃないの」


ため息交じりのマミが、単体のマスケット銃を手に取り、使い魔の群れへと狙いを定める。

一発撃って、マスケット銃を捨てる。新たな銃で撃つ。それを繰り返す。

彼女の狙いは寸分たがわず、一発ごとに一体の使い魔を屠っていった。

ゆま 「はぁはぁ・・・」


二人に追いついたゆまが、荒い息を弾ませながら、二人の戦いに目を凝らす。

ゆまは戦いに加わらない。彼女には彼女の役割があるから。

その時が来るまで、なるべく安全な所にいる事が、今のゆまの戦いだった。


ゆま 「・・・す、すごい」


それがマミと杏子の戦いを目の当たりにした、ゆまの偽らざる感想だった。

一糸乱れぬ二人の連携の前になす術もなく、使い魔たちは死体の山と積まれていく。

まさに、鬼神も避ける戦いぶりだった。

だけれど・・・


ゆま 「な、なんで・・・?」


あれだけ戦っているのに。あんなにも使い魔を倒しているのに。


ゆま 「どうして、使い魔の数が減らないの!?」

敵は倒しても倒しても、後から後からと押し寄せてくるのだ。


杏子 「さっきも言ったろ!こいつは私たちと使い魔の持久戦だ!」


ゆまの声を聞いた杏子が、戦いの手を止めずに、彼女の疑問に答える。


杏子 「ほむらたちがワルプルギスを倒さない限り、使い魔の数に弾切れはない!あたしたちは戦い続けるだけさ!」

マミ 「そうよ!私たちが力尽きるのが先か、ワルプルギスの夜が倒されるのが先か!だからゆまさん、あなたの助けがとっても重要なの、頼むわね!」

ゆま 「う、うん・・・!」


今さらながらに自分の存在意義の重さに、ゆまは覚悟と緊張をおりまぜた息を呑みこむ。

だけれど今のゆまは、よせられた期待に相応しい価値が、自分にある事を知っている。


ゆま 「分かってる・・・」


竜馬が、ほむらが、そして杏子が教えてくれたのだ。

期待には、必ず応えて見せる。


ゆま 「ゆま、がんばるよ!」

・・・
・・・


ワルプルギスの夜へと向かって、まっしぐら。

私たちを乗せてゲッターは、猛スピードで空を駆けてゆく。

やがて、巨大で凶悪な敵の姿が、目の前へと迫ってきた。


武蔵 「・・・遠近感覚が狂いそうだ」

竜馬 「間近で見たら、こいつはバカでかいな」


驚きとも呆れともつかない声で、竜馬と武蔵が呟く。

無理もない。何度か奴とわたり合った事のある私でも、驚いている。


ほむら 「間近で見るワルプルギスは、こんなにも大きかったのね」


ゲッター1の大きさは、38メートル。

おおよそ12~3階建ての建物の高さに匹敵する。かなりの巨体だ。

だが、対する魔女の大きさはそれを凌駕していた。

それに・・・

深い青のドレスに身を包み、逆さまに空に浮かぶ、顔の上半分がない、その異形。

大きさを差し引いても、他の魔女と比べて異彩を放っている。


ほむら 「どれほどの絶望を身に宿したら、あんな姿になれるのかしら」

竜馬 「考えていたって、仕方がないさ。今はやるだけだ。それより、ほむら」

ほむら 「なに?」

竜馬 「ソウルジェムの濁りに常に注意しておけよ。戦いに勝っても、お前が魔女化してしまっては、意味がない」

ほむら 「ありがとう、大丈夫よ」

武蔵 「じゃ、行こうぜ、二人とも!」

竜馬・ほむら 「応っ!」


ワルプルギスに突っ込みながら、トマホークを抜き放つゲッター1。

そのまま勢いを殺さず、敵の懐めがけて飛び込んでいく。

向こうも、私たちの存在に気がついたようだ。

目のない顔が、はりついた笑顔を崩さないままで、向かってくるゲッターの方へと向けられた。

待ち構えているのだ。


ほむら 「余裕ね。けど、その余裕・・・」

武蔵 「いつまで笑ったままでいられるのかなってな!」

竜馬 「奴に教えてやろうぜ、ゲッターの恐ろしさを、嫌というほどにな!」

ほむら 「ええ!」


竜馬 「うおおおおっ、喰らいやがれぇ!ゲッタァーっトマホォーーーークっ!!」

・・・
・・・


杏子とマミたちの戦いは、間断なく続いていた。

倒しても倒しても、陸続として襲いかかってくる使い魔たち。


杏子 「本当に、キリがないな」


分かってはいた事だけれど、終わりの見えない戦いというものは想像以上に精神を消耗させる。

思わずぼやいてしまう杏子だった。


マミ 「それに・・・強いっ!」


杏子のぼやきを繋ぐように、マミが驚嘆の声を上げる。

だが、それも当然だった。

なにせ、最強最悪の魔女が産み出した使い魔なのだから。

通り一遍の使い魔とは、訳が違うのだ。


杏子 「もしかしたら、下手な魔女より、よほどやっかいかもしれないぜ」

マミ 「そうね・・・」


そんな奴らが、何十何百と押しよせてくるのだ。

街の中心部に入られてしまったら、どれほどの被害を及ぼすのか。想像だにできない。


ゆま 「・・・」


その様子を、ゆまは黙ってみていた。

大好きな杏子と優しいマミが苦戦している。

自分も飛び込んで行って、二人と一緒に戦いたい。そんな欲求が、ゆまの小さな胸をいっぱいに満たす。

だけれど、彼女は必死にこらえた。

飛び出しそうになる足を、懸命に地面へと縛り付けるように。


ゆま (今、ゆまが飛び出しちゃダメ。ゆまにはゆまの、やる事があるんだから!)


それにしても・・・


ゆま (やっぱり、きょーこもマミお姉ちゃんもすごい!)

あれだけの強力な使い魔を多数相手にして、二人の戦いの手は一向に鈍る事がない。

技を繰り出し、突き、撃ち、屠る。

休むことなく、それを繰り返す。

杏子の後ろに使い魔が迫れば、マミが離れた場所から援護をし、マミの死角から使い魔が襲いかかれば、杏子が突貫して敵を砕く。

一糸乱れぬコンビネーションとは、こういう事を言うのだろう。

今さらながらに、ゆまは二人の先輩魔法少女の実力を思い知らされていた。


ゆま (でも・・・ああ・・・)


それでも、物には限界というものがある。

圧倒的な物量が、じょじょに二人の身体に傷を刻んでゆく。

むろん、合間なく戦い続ける杏子たちに、自らの傷を修復する暇などあるはずもない。

杏子 「そろそろだな・・・おい、マミ!」

マミ 「・・・分かってる。佐倉さん、少しの間だけお願い。がんばって!」

杏子 「任せときな!」


杏子に促されて、マミが敵の群れからゆまの待つ方へと駆けもどってきた。


ゆま 「あ、今だっ」


ゆまもマミへ向かって駆けだす。

今だった。この戦いの中で、ゆまが真価を発揮する時は。


マミ 「ゆまさんっ!」

ゆま 「うん!」


二人の距離が縮まる。頃合いと見た所で、ゆまは足を止めた。そして、意識を集中する。

マミがゆまの側へと到着した時には、すでに魔法発動の準備は完了していた。

ゆま 「すぐ、痛いの飛んでくから!」


ゆまから魔法が解き放たれる。

暖かく淡い光が、すっぽりとマミの身体を包んだ。すると・・・


マミ 「すごい・・・瞬く間に傷が癒されていく・・・これが、ゆまさんの力・・・」


ものの数秒後には、使い魔から受けた傷がすべて完治していた。


ゆま 「これでだいじょうぶだよ!」

マミ 「ありがとう!次は佐倉さんもお願いね?」

ゆま 「うん!」


にこりと微笑みを交わし終え、マミは再び敵の群れの中へと戻っていった。

ゆま (これが、ゆまの役目!)


実戦経験の乏しいゆま。マミたちと共に敵と戦ったところで、足手まといにしかならなかっただろう。

しかし彼女には、彼女にしかできない重要な役割を担える力が与えられていたのだ。


ゆま (仲間たちに、痛い思いはさせないよ!ゆまのこの、癒しの魔法で・・・!)


そして。

敵中に戻ったマミと入れ替わり、杏子がこちらへと駆けて来るのが見えた。

ゆまは再び、意識を集中する。


ゆま (ゆまは、みんなと一緒にいて良いんだ。ゆまにはここにいて良いだけの価値があるんだ・・・!)


その事を教えてくれたみんなに報いるためにも、自分にやれる事を精いっぱいやろう。

じょじょに大きくなってくる杏子の姿を見ながら、ゆまは決意を新たにしていた。


ゆま 「ゆまも、みんなと一緒にがんばるよ!」


そんな様子を少し離れた場所から・・・

眺めている、一群の人影があった。


? 「・・・危ういわね」

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


竜馬 「トマホーク、ブーメラァアアンっ!」


竜馬の気合の一声と共に、唸りをあげてトマホークが宙を駆ける!

ワルプルギスの夜へと向かって。

そのそっ首を、一撃のもとに叩き落そうと・・・!

だけれど・・・


竜馬 「!?」


トマホークはワルプルギスに届く寸前、目に見えない壁にはじかれるように跳ね返されてしまった。


武蔵 「なんだと、バリアーか?!」

ほむら 「そうね、いわば魔法の障壁よ。ワルプルギスが魔力で張っているの」

竜馬 「味な真似を・・・早乙女研究所みたいなことをしやがるな」

ほむら 「感心してないで、ほら・・・来るわ!」


私たちを敵と認識したワルプルギスが、ゲッターに向かって攻撃を開始する。

貼り付いた頬笑みをたたえる不気味な口から、巨大な火の玉が吐き出されたのだ。

ゲッターの身の丈ほどもあろうかという火の玉。それが、立て続けに何発も繰り出される。

まともに喰らったら、さしものゲッターだって、かなりのダメージを負うだろう事は避けられない。

だけれど竜馬は、器用に火の玉の間隙を潜り抜ける。


竜馬 「へ、そんな大ぶりな攻撃、喰らいやしないぜ!」


そうしながらゲッターは、なおもワルプルギスへの距離を縮めていった。


竜馬 「遠隔での攻撃が効かないなら、間近で強烈な一撃を見舞ってやるまでだ!」


そして・・・

ゲッターは、ワルプルギスを守る障壁の前まで辿り着く。

遠目には分からなかったけれど、近くで見れば確かに空間に、魔法陣のような幕がかかっていることが肉眼でも見て取れた。

この膜の一枚向こうには、巨大な体をさらけ出して、不遜な敵が悠然と待ち受けているのだ。

それはまさに、ぜったい外しようのない的が浮かんでいるようなもの。


ほむら 「どうする?奴が障壁を張り替えるのを待つ?」


そう、障壁が一瞬でも消えてくれれば、超高火力の一撃を喰らわせてやる事ができるのだ。


武蔵 「そんな、いつの事かもわからないものを、悠長に待ってやる筋合いはないさ」

竜馬 「武蔵の言うとおりだ」

ほむら 「じゃあ・・・?」

竜馬 「押しとおるんだよ、俺たち流のやり方でな!」


竜馬がそう宣言するや否や、ゲッターがトマホークを構えて振り上げた。

そして障壁へと向かって、渾身の力を込めて叩き込む。

しかし、ガインっと耳障りな音を辺りに響かせながら、トマホークはいとも簡単に弾かれてしまった。

それは、当然すぎるほどに当然の結果。


ほむら 「さっき、攻撃を弾かれたばかりじゃない。同じ事をしたって、意味ないわ」

竜馬 「お前はまだ、俺たちゲッターチームの戦い方が、飲み込め切れていないようだな」

ほむら 「じゃあ、どうするっていうの?」

竜馬 「押し通ると言ったろ、力押しでな!」


再びゲッターがトマホークを振りかざし、障壁に叩き込む。

弾かれる。

気にせず、また叩き込む。弾かれる。

叩き込む、弾かれる、叩き込む、叩き込む叩き込む叩き込むっ!!

叩 き 込 む っ !!!


竜馬 「うおおおおおっ、ゲッタートマホーク、乱れ斬りーーーーっ!!」


ほむら 「・・・さ、さすがゲッター・・・というか、リョウね」


今までワルプルギスと戦うのに、どうすればこちらの被害が少なく勝てるのか。

効率の良い戦い方はないものか。

そんな事を考えながら戦い続けてきた私は、竜馬の取った戦法にじゃっかん引き気味。

でも、一見むちゃに見えるこの方法、確かに効果はあったようだ。


竜馬 「見ろよ」


竜馬に言われて目を凝らせば・・・

ゲッターの猛撃の前に、障壁には確かにひびが入り始めていたのだ。


ほむら 「す、すごい・・・」


正直、私は驚いた。


ほむら 「この世ならざる魔女の張った障壁を、物理的に破壊するだなんて・・・」

竜馬 「一点に集中した力ってのは、たとえ水滴のように些細なものでも、やがては岩をも穿つにいたる」

武蔵 「ましてや、こっちは無敵のゲッターロボの攻撃だぜ。壊せないものなどあるものか!」

竜馬 「そういう事だ、おらぁっ!!!」


今や全体にひびが入り、すっかりボロボロになった障壁。

そこにゲッターが強烈な蹴りを見舞う。

たちまちガラスのように、障壁は微塵に砕け散ってしまった。


竜馬 「穿った!どうだ、押し通ったぜ!」


もはや、ゲッターとワルプルギスの間を隔てる物はない。

両者の距離は、すでに指呼の間。

だけれど、ワルプルギスもゲッターをこれ以上近づけさせたくないようだ。


ほむら 「気を付けて、奴が何かをしようとしている・・・」

竜馬 「なに・・・?」

ワルプルギスが、その長い腕を静かに、さっと振った。

すると、周囲にそびえていたビルが4~5本。根元からへし折られ、宙に浮かびだしたのだ。

それはまさに、目を疑うような光景。

私はかつての戦いで幾度か目にしていたが、初めて見る竜馬と武蔵には、さすがに驚きの色を隠せない様子だった。


武蔵 「むちゃくちゃだ・・・」

ほむら 「気を付けて。奴はあのビル群を、ミサイルのように私たちにぶつけるつもりよ!」


私が警告の言葉を言う暇もあらばこそ、ワルプルギスが再び腕を一閃させる。

その動きに呼応して、ビル群が一挙にゲッターへと向かって、唸りをあげて襲いかかってきた。


武蔵 「距離が近すぎる!」


猛スピードで押しよせるビル群。避けきれない・・・!

仮にビルを一本避けられても、追撃してくる別のビルにぶつかってしまう。

面積が大きすぎるのだ。

それに、ゲッター自身も大きすぎた。

かつての時間軸で生身で戦っていた頃は、飛び来るビルの上を走って、却ってワルプルギスへ近づく手段に利用したこともあったけれど。

巨大なゲッターでは、そんな芸当もできそうにない。


ほむら 「リョウっ!!」


思わず、叫んでしまう私。

だが、帰って来たのは、意外なほどに落ち着いた竜馬の声。


竜馬 「ほむら、グリーフシードを準備しておけ」


諭すように宥めるように、竜馬の声がスピーカーから流れて来る。


ほむら 「え・・・?」

竜馬 「お前の魔力、大量に使わせてもらうぞ。ここからが、お前を加えた新生ゲッターチームの真骨頂だ!」

ほむら 「う、うん・・・」


彼が何をするつもりなのかは分からない。

だけれど、一つゆるぎないもの。

それは、私の竜馬に対する信頼だ。全てを託す。戦う前から、決めていた事だもの。


ほむら 「分かったわ。どこまでもリョウについて行く・・・!」


私は頷くと、この日の為に貯めこんでいたグリーフシードの一つを、手に取ったのだった。

・・・
・・・


見滝原市の街はずれ。

杏子やマミたちが戦っている場所から、やや街の中心部よりに。

4人の魔法少女の姿があった。

彼女たちは、空と地上。二か所で繰り広げられる戦いを固唾を呑んで見守っていた。

空の上、ゲッターとワルプルギスの戦いは始まったばかり。

対して地上の戦いは、開始されてからしばらく経っており、すでに熾烈を極めていた。


? 「佐倉杏子と巴マミ・・・・」


白いドレスに身を包んだ魔法少女が、感心したように呟く。

美国織莉子だ。


織莉子 「・・・さすがの強さね。それにと千歳ゆまのサポートも・・・」

杏子たちと対した使い魔は、例外なくもの言わぬ骸へと変えられていく。

その手際、技量は見事という他はない。

だけれど・・・


織莉子 「多勢に無勢ね。あの二人は負けないまでも、壁の薄いところから使い魔に突破されるわよ」


事実、二人が防ぎきれない方向から、使い魔たちが街に向かって突出しようとしていた。

あわててそちらへの防戦を試みようとしているが、目の前の敵群だけで手が回らない。

圧倒的に、手が足りないのだ。

織莉子「私たちがいくしかないわね。良い?みんな」


白いドレスの少女が言いながら、後ろに控える三人に同意を求める。

A子 「うんっ」

B子 「行こう!」

C子 「私たちの街を、あいつらの好きにさせてやんない!」


口々に賛同する三人の少女たち。

だけど、そのうちの一人が、不安な気持ちを隠せずに、言葉をつなげる。


A子 「でも・・・あの人たち、私たちを受け入れてくれるかな。一緒に戦ってくれるかな」

織莉子 「知った事ではないわ」


そんな、投げかけられた疑問を、織莉子が切って捨てるように流す。


織莉子 「私たちは私たちの戦いをするだけよ。私はこの街を守るため。あなたたちは生きるため。誰の指図も受けないわ」

A子 「う、うん・・・そうだよね」

織莉子 「じゃ、行きましょう!」


美国織莉子が走り出す。

今まさに、使い魔が突出しようとしている、激戦の場へと向かって。

その様子を、複雑な表情で見送る三人の少女。

C子 「・・・この街は守りたいけどさ、なんで今さら、私たちがあの人の指図に従わなきゃいけないわけ?」

A子 「仕方がないよ。私たちは弱くて、自力じゃ生きていけなかったんだから」

B子 「・・・いつか強くなったら、その時は・・・」

A子 「やめようよ。今は、この戦いに勝つことだけ考えようよ」

B子 「うん・・・ごめんね」


三人は互いに頷きあうと、織莉子の後へと続いた。

釈然としない想いを抱きつつ、戦いの場に身を置かなければいけない不遇に不満を抱きながらも。

生きるために。

そして織莉子もまた。

自分に従っている少女たちの恭順が、表面的なものであることは十分承知していた。


織莉子 (当然ね。私は彼女たちを殺そうとしていたのだから)

だけれど、それでも織莉子には、A子たちが必要だった。


織莉子(未来予知の能力を制御できない私では、いつ戦えない状態に陥ってしまうのか、自分でも分からない)


そこら辺の事は、予知では知らせてくれないのだ。なんとも不便な能力だった。


織莉子 (キリカ亡き今、私の指示とおりに戦ってくれる手駒が何としても必要・・・)


だからこの一週間、まったく使い物にならなかった三人の非力な魔法少女へ、面倒を見ながら戦いのイロハを一から教え込んだのだ。

自分の望みのために。そのために死なせてしまった友達のためにも。

成し遂げなければいけない。なりふりなんて、構ってはいられなかった。


ゆま 「・・・え?!」


かけて来る織莉子に、一番最初に気がついたのは、千歳ゆまだった。

彼女は慌てて、杏子たちに大きな声で呼びかける。


ゆま 「きょ、きょーこ!マミお姉ちゃん!あの人が・・・あの、白い人がっ!!」

ゆまの叫び声に振り向いた二人の目が、驚愕に大きく見開かれた。


杏子 「あ、あいつ・・・!」

マミ 「この期に及んで、何をしに来たの・・・!?」

杏子 「何を企んでやがる・・・?ゆまっ、気をつけろ!」

ゆま 「う、うええええ・・・!?」

杏子 「ちっ・・・!マミ、ここはあたしが食い止めるから、ゆまの側に!」

マミ 「ちょ、ちょっと、待って・・・あの人たち、使い魔の群れの方に・・・」

杏子 「!?」


見ると確かに、織莉子たちは杏子たちが食い止めきれなかった使い魔の一群へと、ひたすらに向かっているようだった。

そして。


織莉子 「B子さんとC子さんは、あちらの使い魔たちを!A子さんは私の補佐について!」

A子 「はいっ!」


テキパキと役割分担を済ませると、防衛戦の一翼を担い始めたのだ。


杏子 「な・・・なんだってんだ・・・?」

マミ 「考えるのは後にしましょう。なんにせよ、これで私たちは正面の敵だけに集中できる!」

杏子 「釈然としねぇなぁ・・・!」 

・・・
・・・


そして数分ののち。

使い魔の進撃が、いったん途切れる。

何とか杏子たちは、敵の第一波を凌ぎ終える事ができたのだ。


杏子 「まったく、やれやれだぜ」


とはいえ、悠長に身体を休めている暇はない。

すでに敵の第二波がこちらへと進軍してくる様子が遠望できるのだ。

あと2、3分とせず、次の戦いへと突入しなくてはいけないだろう。


杏子 「だが、その前に・・・」


はっきりさせておかなくてはいけない事がある。

杏子は駆けだした。


マミ 「佐倉さん、どこへ!?」

杏子 「決まってるだろ!もう一つの敵の所へだよ!」

マミ 「ちょ、ちょっと・・・もうっ!」


杏子の行き先は分かった。そんな危地へ、彼女一人でやるわけにはいかない。

やむなく、マミとゆまも後へと続く。


織莉子 「・・・」


そんな杏子たちの駆けて来る様子を、織莉子は逃げるわけでもなく、黙って待ち受けている。


杏子 「おい」

織莉子 「・・・」


目の前に杏子がやって来ても、織莉子にはまるで悪びれる様子すらない。

ただ静かな態度で、杏子や後ろのマミたちを迎えた。


織莉子 「何か御用?」

杏子 「御用?じゃねぇよ。お前いったい、何のつもりだ?」

織莉子 「何のつもりって、何が?私は見滝原の街を守りたい。だから、ここへ来たのよ」

杏子 「そういう事を言ってんじゃねぇよ。分かってんだろ・・・」

織莉子 「・・・」

しばしの沈黙の後、相変わらず静かな調子で織莉子が口を開く。


織莉子 「予知がね、見えないのよ・・・」

杏子 「はぁ?」

織莉子 「私が行動を起こす決断の元となった、あの予知。ワルプルギスの倒れた後に、この街を覆う・・・更なる災厄のビジョンが、ね。見えなくなったの」

マミ 「それって・・・戦わずにゲッターが逃げたという、化け物のこと?」

杏子 「そういえば、そんな事も言ってたっけな。だけど見えないったって、お前の予知って自分じゃコントロールできないんだろ?」

織莉子 「ええ。だから、たまたま見えないだけなのかも知れない。けれど、私の運命だけでなく、この街の帰趨すら左右する重要な未来・・・まったく見なくなるというのも、理が通らない」

マミ 「じゃあ、なんだというの?」

織莉子 「私が気になっているのは、暁美ほむらが断言した一言。まさに、彼女の言葉通りになったのかも知れない、そう考えたのよ。つまり・・・」


織莉子 「未来が、変わったのかも・・・と」


杏子 「・・・」

マミ 「・・・」

ゆま 「・・・??」

杏子 「け・・・だから、それを確認しに来たってわけか?恩着せかましく、あたし等の打ち損じた敵を倒しがてら、さ」

織莉子 「勘違いしないで。私の目的は、この街を守る事。未来が変わろうが変わるまいが、まずはワルプルギスの脅威を除くことは、元々の予定の内よ」

杏子 「だからって、一緒に戦えるか!お前、今まで自分が何をしてきたのか分かってるのかよ!」

マミ 「待って、佐倉さん」


いきり立つ杏子を、静かな口調でマミが諫める。


マミ 「大局を見ましょう。ここは力を合わせあうのが得策よ」

杏子 「マミ・・・?ふざけるな、あたしはごめんだ!誰がこんな奴と・・・」

マミ 「意地を張って負けてしまっては、意味がないでしょ」

杏子 「だからって、マミ!お前は許せるのかよ、こいつは自分の目的のために、どれだけの人の命を・・・」

マミ 「許せるはずがないでしょう」

杏子 「マミ・・・」


なおも食い下がろうとする杏子を、マミの毅然とした一言が制する。

マミ 「美国さん。ここは一致協力して、敵に当たりましょう」

織莉子 「あなたは佐倉さんと違って、物分かりが良いのね」

マミ 「ただし、役割分担はしっかりしましょう。前線は私たちが担う。うち漏らした敵の始末は、あなた方にお願いしたいわ」

織莉子 「そばで戦うつもりはないと、そう言いたいのね」

マミ 「言ったでしょ?私はあなたの事をとうてい許せない。信用していないのよ」

織莉子 「・・・」

マミ 「変な真似をしたら、全力で潰すわ。使い魔と一緒にね。覚えておいて」

織莉子 「・・・ええ、承知したわ」

マミ 「佐倉さんも、それで良い?」

杏子 「あ、ああ・・・」

マミ 「じゃあ、持ち場に戻りましょ。もう次の敵が、そこまで来ているわ」


マミは織莉子たちに背を向けると、スタスタと元いた場所へと戻っていった。

杏子とゆまも、慌ててその後を追う。

残された織莉子たちは、黙ってその様子を見守る他はなかった。

A子 「許してくれなかったね」

B子 「当然だよ。力を貸してくれるだけでも、もっけもんじゃない」

C子 「そうだね。今この場で、武器を突き付けられても、本当はおかしくなかったんだ」

A子 「うん・・・」

織莉子 「・・・」


これで良いと、織莉子は思った。

人からどう思われても、知った事ではない。さっき、A子たちにも言ったとおりだ。

そんな事よりも、今この場での協力が取り付けられただけで、彼女にとっては十分なのだ。

あとは、ゲッターがワルプルギスを倒した後、何が起こるのかを見極めるだけ。


織莉子 (もっとも、仮に新たな脅威が現れた所で、ゲッターを手にれられなかった私に打てる手なんてないのだけれど・・・)


それでもその時は、戦わなくてはいけないだろう。

だがそれも、まずは迫りくる使い魔を倒してからの話だ。


織莉子 「来たわ・・・行くわよ、みんな!」


織莉子はA子たちに指示を飛ばすと、率先して使い魔の群れへと向かって突き進んでいった。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


竜馬 「行くぞぉっ、ゲッタアァア・・・ビィーーーーームッ!!」


竜馬の叫びとともに、ゲッターの口に当たる部分から眩い光がほとばしる。

ゲッターロボの必殺技、ゲッタービームだ。

光は膨大な熱量をともなって空間を走り、迫り来るビルの一群を瞬く間に蒸発させてしまった。


ほむら 「すごい・・・」


私は、感嘆の呟きを漏らしていた。

すごい、の持つ意味は一つではない。

まずは純粋に、その威力。

ビームは複数のビルを粉砕した後も、その威力を弱めることなくワルプルギスへと向かって突き進んでいる。

そして、もう一つの意味は・・・


ほむら 「なんて魔力の消費量・・・あっという間にグリーフシード一個分のエネルギーが空だわ・・・」

ゲッターを動かすだけでも、膨大に消費する魔力を抑える事は出来ない。

それに加えて、今の攻撃だ。長期戦になれば、いくらグリーフシードをため込んでいても、足りないだろう。


ほむら 「でも、そんな心配はないか・・・」


あんな攻撃を喰らえば、さしもの最強最悪の魔女だって、ただでは済まないに違いない・・・!


武蔵 「灰になりやがれ、ワルプルギスの夜!!」

竜馬 「・・・」

ほむら 「リョウ?どうかしたの・・・?」

竜馬 「今のゲッタービーム・・・いや、なんもない。それよりも、奴はどうなった!?」

ほむら 「もうすぐ、分かるわ」


私たちの期待に後押しされるように、今まさに・・・

ゲッタービームがワルプルギスの夜の身体へと直撃した!!

眩い光に包まれた後、たちまち白煙で覆われるワルプルギスの夜。


武蔵 「やったのか!?」

ほむら 「・・・」


モニター越しに目を見張る。

けれど、煙越しのワルプルギスの姿は、ここからでは良く分からなかった。

煙が晴れるのを待つしかない。

私たちは固唾をのんで、その時が来るのを待った。


やがて・・・


ほむら 「リョウっ!!」


ゲッターのコクピットを震わすような叫び声を、私は思わず上げていた。

壁のように私たちとワルプルギスを隔てている白煙を突き破るように、突如として巨大な火の玉が現れたのだ。

白い壁から吐き出されたそれは、ゲッターへと一目散に向かって来る!

竜馬 「こなくそっ!」

武蔵 「ダメだ、間に合わん!!」


二人の緊迫した声が、スピーカーから響いてくる。

次の瞬間・・・!


ほむら 「あ、あああああっ!!」


全身の骨も折れるばかりの強い衝撃が、私たちを襲った。

喰らったのだ。

ワルプルギスの夜の攻撃を、至近距離から・・・!

ほむら 「う、ううっ・・・!」


すごかった。

もしシートベルトをしていなかったら、コクピット中の壁という壁に全身を弄ばれて、身体中の骨がバラバラになっていたに違いない。


ほむら 「そ、損害は・・・!?」


揺れが収まるのを待って、私はゲッターの破損個所を調べる。

そして・・・


ほむら 「あ・・・」


腕が・・・

ゲッターの利き腕である右手が・・・


ほむら 「右手が欠損している・・・!」

竜馬 「やられた・・・慌てて回避したが、腕一本を持って行かれた・・・!」

武蔵 「とっさにボディーへの直撃を避けられただけ、もっけもんだ。だが・・・」

竜馬 「ああ。トマホークはもう使えないな」

ほむら 「そ、それに・・・奴が攻撃してきたということは・・・」

竜馬 「・・・」


火の玉に突き破られ、目の前の白煙がかき消されるように晴れてゆく。

はじめはシルエットにしか見えなかったワルプルギスの姿が、じょじょに明瞭になって、私たちの前へと曝されはじめる。

そして、私たちが見た物は・・・


ほむら 「嘘・・・」

武蔵 「ばかな、無傷だってのかよ!!」


攻撃を加える前といささかも変化のない、最強最悪の魔女の姿だったのだ・・・!

武蔵 「ゲッター全力のビーム攻撃を受けても、奴からは命どころか、傷の一つもつけられなかったって言うのか・・・」

竜馬 「・・・」

武蔵 「奴は無敵なのかよ」

竜馬 「そうじゃない。効いてないはずがない」

武蔵 「・・・リョウ?」

竜馬 「武蔵、何か気がつかなかったか・・・さっきのゲッタービームだが・・・」

武蔵 「なにかって何が・・・?」

竜馬 「・・・いや、すまん。俺の気のせいかもしれん」

ほむら (リョウ・・・そういえばさっきも、何かを言いかけていたような・・・)

竜馬 「ともかく、ゲッタービームが効かないはずがないんだ。だとすれば、数・・・」

ほむら 「かず・・・?」

竜馬 「そうだ、数だ!奴が力尽きるまで、何度だって叩き込んでやるだけだ。もう一度やるぞ!」

ほむら 「・・・そうね」


確かに。

私たちには、勝つまでワルプルギスに攻撃を叩き込む以外に、進むべき道がない。

問題は・・・


ほむら (私の魔力が持つかどうか・・・消耗戦・・・乗り越えられればいいけれど)


不安が木枯らしのように、私の心の中を吹きすぎていく。

だけれど、胸に迫るような重苦しい気持ちを、竜馬たちに悟らせてはいけない。

これは本来、私の戦いだったのだから。その私が不安がっている姿を、どうして竜馬たちに見せる事ができるだろう。


ほむら 「やってやりましょう、あいつが二度と立ち直れないほどに、徹底的に!」

竜馬 「ああ!」


再びゲッターがビームの発射準備に入る。

その間にもワルプルギスからは、間断なく火の玉の洗礼が浴びせられる。

が、もう喰らうわけにはいかない。再び攻撃を受けたら、次こそ致命傷となってしまうかも知れないのだ。


武蔵 「攻撃は竜馬に任せるんだ。俺たちは回避運動に注力しよう!」

ほむら 「わかったわ!」


三人そろって初めて、真価を発揮できるゲッターの力。

その真意は、各々の持ち回りを分担できることにあった。

今、竜馬はゲッター最大火力の一撃を、間違いなくワルプルギスに食らわすために集中している。

そのほかの事は、私と武蔵とで全力でサポートするんだ。


竜馬 「今度こそ・・・燃えて朽ちろ、ワルプルギス!!」


発射態勢の整ったゲッターから再び、ゲッタービームが放たれた!

空気をつんざき雲を焦がしながら、ワルプルギスへ向かって光の矢のごとく驀進する!


ほむら 「今度こそ・・・!」


期待に目を見開いて、私はビームの行く先を注目する。

だけれど。


武蔵 「え・・・?」


武蔵の怪訝なつぶやきがスピーカーから漏れてきたのは、まだビームがワルプルギスへと届く前だった。

しかし、武蔵の不可解なささやきに疑問を抱く暇もなく、ビームはワルプルギスへと到着する。

先ほどと同様、盛大な激突音をともなって、閃光が辺りを真白に染め上げた。

再び煙で覆われたワルプルギスを見て、私は勝利を疑わなかった。

あのような攻撃を二度も喰らって、無事でいられるはずがないのだから。

でも・・・


ほむら 「あ・・・嘘・・・」


私の確信は、たちまち驚愕へと取って代わられる。

煙が晴れて、再び私たちの前へと姿を現した奴の姿。それは・・・


ほむら 「また・・・またなの・・・無傷だなんて・・・またなのっ!?」


私は思わず、声を荒げていた。


ほむら 「ゲッタービームは、ゲッターロボ最強の攻撃ではなかったの?その最大火力の一撃を二度も受けて、なぜあいつは平然と存在していられるの!?」

武蔵 「・・・最大火力じゃなかったからだ」

ほむら 「!?」

武蔵 「そうだろう、リョウ。おそらく最初の攻撃の時も・・・」

竜馬 「気がついたか、武蔵。やはり、俺の気のせいではなかったんだな」

ほむら 「なに、どういうこと?まさか出力を絞ったとでもいうの?いったい、何のために・・・!?」

竜馬 「落ち着け。そんな事をするはずがないだろう。間違いなく、最大火力さ。メーターの上ではな」

ほむら 「・・・?」


私には、竜馬の言っている事の意味が分からない。

ほむら 「分かるように言って・・・」

竜馬 「足りなかったんだよ、ゲッタービームを最大火力で発射するのにはな」

ほむら 「足りないって、何が・・・」

竜馬 「ほむら・・・お前と言う”ゲッター炉”の馬力がだ」

ほむら 「!?」


私の馬力が足らない・・・?それって・・・まさか・・・


ほむら 「だって・・・補充のエネルギーはたくさん・・・グリーフシードだってまだ余裕があるのよ・・・なのに・・・?」

竜馬 「そうじゃねぇ。もともとの入れ物の大きさの問題だったのさ。一度に貯めこめるエネルギーの量が、不足しちまってるんだ。」

ほむら 「・・・っ」

武蔵 「なんてこった。今日まで魔力を温存するあまり、魔女との戦いにゲッターを本気で戦わせてこなかったツケが、こんな形で現れるなんて・・・」

竜馬 「迂闊だった。この土壇場で、そんな根本的な事に気がつかされるとは・・・っ!」


待って・・・ちょっと待ってよ・・・


ほむら 「つまり私は、本来のゲッター炉の代わりにはならないという事?」

竜馬 「並の魔女なら充分だったさ。だが、目の前のあいつ相手には・・・」

ほむら 「そんな事をいま言われたって!じゃあ、一体どうしたら良いというの!?」

竜馬 「・・・もう一人、魔法少女をゲッターに乗せる。お前ともう一人、二つのゲッター炉があればあるいは・・・」

ほむら 「そ、そうか・・・!」


竜馬の提示した打開案に、目の前の雲が晴れた心地がした。

だけれど、それって・・・

ちょ、ちょっと待って。


ほむら 「い、いや、だめよ、それは・・・!」


私の脳裏に、おぞましい過去がありありと蘇った。

もう一人の魔法少女をゲッターに乗せるとすれば、必然的にそれはマミか杏子・・・もしくはゆまということになる。

・・・なるのだけれど。


ほむら 「ゲッターに選ばれた以外の魔法少女を乗せたら、どうなるのか。まさか忘れたわけではないでしょう・・・?」

あれ、ゲッタービームってヘソから……

そう、志筑仁美や呉キリカが、どのような最期を迎えねばならなかったのか。

なんど思い出しても胸が苦しくなる。あれと同じ事が、仲間たちで再現させてしまうかも知れないのだ。

そんな事は、ぜったいに認められないし、耐えられない。


竜馬 「・・分かっているさ。だが、他に手がない」

ほむら 「でも・・・っ、勝つために他の誰かを犠牲にするだなんて、そんなやり方じゃ・・・」


今までの・・・これまでの時間軸の自分がやって来た事と、何も変わらなくなってしまう。

そんな事、この時間軸では決して繰り返しちゃダメなんだ。


武蔵 「・・・ほむらちゃん」

竜馬 「今の火力のまま何度攻撃を加えたところで、あの化け物は倒せんぞ」

武蔵 「リョウ。もう一人、魔法少女がいればいいのか」


どこか思いつめた声で、武蔵が割って入ってきた。


ほむら 「・・・武蔵さん?」

>>244

素で間違えました!

口からだと思い込んでました。恥ずかしい・・・

脳内で「腹から」と変換して頂ければ・・・

申しわけないです。

武蔵 「リョウ、ほんの少しの間で良い。ワルプルギスから距離を取ってくれ。攻撃が届かなくなるくらいまで」

竜馬 「しかし、そんな事をしていたら、奴がますます街へと近づいてしまうぞ」

武蔵 「全力のゲッタービームさえ撃てれば、それで勝負は決まるんだろう?なら、多少の時間のロスなんざ、問題ないはずだ」

竜馬 「武蔵。お前、何か考えが・・・まさか・・・」

武蔵 「頼むよ、リョウ」

竜馬 「・・・ああ、わかった」


竜馬が武蔵の言い分を聞き入れ、ゲッターはその場を急発進。

一時的に戦場から離脱した。


竜馬 「この辺りでいいだろう」


十分距離が取れたと判断した竜馬は、ゲッターを停止させる。


ほむら 「一体どうしたと言うの、武蔵さん。何か解決策でもあるというの?」


気ばかりが焦ってしまう私。

後方の戦場ではマミたちが、ゲッターの離脱など知らずに、今も戦い続けているのだから。

武蔵 「・・・キュウべぇ、いるんだろ?」


だけど武蔵は、私の問いかけに答える代わりに、唐突にキュウべぇの名を呼んだ。


キュウべぇ 「呼んだかい?」


即座にイーグル号のコクピットから、スピーカーを介して流れて来る奴の声。

それはそう。今のキュウべぇには、私たちの側以外には居場所がないのだから。


竜馬 「お前、今までどこに隠れていたんだ?」

キュウべぇ 「好かれていないと分かっている以上、邪魔にならないように気配を消して、ね。ところで武蔵。僕に何か用なのかい?」


キュウべぇの質問に答えて発せられた武蔵の答えは、私には予想だにできない一言だった。


武蔵 「契約して、俺を”魔法少女”にしてくれ・・・!!」

次回へ続く!


・・・今回は大失態をやらかしてしまいました。嗚呼・・・

指摘してくださった方、ありがとうございました。

再開します。


・・・
・・・


戦いは、まだ終わらない。

後から後からと沸いてくる使い魔を屠りながら、杏子は空を見上げて舌打ちをした。

ゲッターロボとワルプルギスの夜の戦い。

距離が遠く、ここからでは戦いの帰趨をうかがう事は不可能だった。


杏子 「まだかよ、ほむら・・・いい加減、しんどくなって来たぜ」


杏子の闘志は尽きてはいない。

しかし、終わりの見えない戦いというものは、想像以上に心と体のエネルギーを消耗させてしまう。

手持ちのグリーフシードだって無限にあるわけではない。焦りの気持ちが頭をもたげてくるのも、仕方がない事だった。

マミ 「愚痴言わない。暁美さんたちだって、必死に戦っているんだから」

杏子 「分かってるし、あたしたちはまだ良いさ。だけど、あっちは・・・」


杏子が顎でしゃくるように、示した先。

そこには、織莉子の指示に従って必死に戦っている、A子たちの姿があった。


杏子 「ここから見ていたってわかるさ。そろそろ限界だ」

マミ 「ええ・・・」


確かに。

A子たちの戦いぶりには目を見張るほどの成長が見られた。

この一週間、どれほど想いで、あれだけの技量を身に着けたのか。

並大抵の苦労では済まなかったはずだ。

だけれど、所詮は”バーゲン品”の彼女たちでは、おのずと限界があった。

杏子 「あいつらの壁、間もなく突き崩されるぞ」

マミ 「・・・」


A子 「ああっ!」


杏子 「あっ、ほら見ろ!」


杏子の懸念は、嬉しくもない事に的中してしまう。

使い魔の攻撃をかわし切れず、A子が地面にもんどりうって倒されてしまったのだ。


A子 「あ、あうう・・・」


身体を震わしたまま、起き上がる事ができないA子。

ここからでは詳しくは分からないが、かなりの痛手を負ったようだった。

だが、本来彼女を助けに入るべき織莉子たちも、自分たちの戦いに精いっぱいで手が回っていない。

このままでは、使い魔の餌食になるのも時間の問題だった。

杏子 「・・・ゆまぁっ!!」


思わず、杏子は叫んでいた。

名を呼ばれたゆまは、一瞬で杏子の真意を理解すると、織莉子たちの方へと一目散に駆けだした。


マミ 「佐倉さん・・・あなた・・・」

杏子 「憐れんでるわけじゃねぇ。あんな奴ら、どうなったって良いのさ。あたしはただ、ほむらが・・・仲間が帰って来る場所を守りたいって、そう思ってるだけなんだ」

マミ 「・・・仲間。うん、そうね。分かってる・・・分かってるよ」

杏子 「・・・さて。ゆまが戻ってくるまで、おいそれと怪我なんかしてられないぞ?」

マミ 「ええ、心配は無用よ。私たちは私たちの戦いを続けましょう!」


そんな会話を交わしている間も、二人の手が休まる事はない。

ひっきりなしに襲い来る使い魔は、杏子たちに飛びかかるが最期、もれなく屠られ物言わぬ肉塊へと変えられていった。

彼女たちの足元には、使い魔の死骸がいくつもの山を成して、散乱している。

まさに、凄惨な光景と言うほかはなかった。

杏子 「おらぁっ!いい加減、腹いっぱいなんだよ!」


杏子の雄たけびの前には、使い魔の断末魔でさえもかき消されてしまう。

鬼気迫る戦いぶりとは、こういう事を言うのだろうか。

そして、織莉子たちの元へとたどり着いたゆまは、休む間もなく傷ついたA子の治療へと取り掛かっていた。


ゆま 「もう、痛くないよ?」

A子 「う・・・あなたは・・・ご、ごめんね。そして、ありがとう・・・」

ゆま 「ううん、お姉ちゃん達にもがんばってもらいたいから。だから、お礼なんていらないよ」

A子 「今日だけの事じゃなくて、この前の事も・・・助けてもらえる価値なんてないのに。だって私たち・・・」


まだ苦しい息の下から、なおも言葉を紡ごうとするA子。

だがゆまは、人差し指をA子の唇に、ふにっと押し付けて黙らせてしまった。

A子 「むぐっ?」

ゆま 「ゆまはむずかしい事わからないから。でもね、助からなくっていい人なんていないんだよ」

A子 「けれど、だって・・・」

ゆま 「誰にだって価値があるの。みんな、ここにいて良いんだよ」

A子 「・・・っ」


込み上げて来るものに、思わず言葉を詰まらせてしまうA子。

だから、言葉で答える代わりに、彼女は一度大きく頷いた。


ゆま 「うん・・・っ」


それに対してゆまは、向日葵のような明るい顔で一度、にっこりと微笑んで見せたのだ。

・・・
・・・


一瞬、耳を疑ってしまった。

武蔵は今、何を言ったのだろう、と。


ほむら 「武蔵さん、今・・・キュウべぇに契約してくれって・・・」


言ったの?

私がそう言い終わるのを待たずにスピーカーから返ってきたのは、、武蔵のやけに飄々とした声だった。


武蔵 「ほむらちゃん、俺は魔法少女になるよ」


どこか諦観した、そんな雰囲気を含んだ声。

だけれど・・・待って。

そんなのダメだ。認められない。


ほむら 「何を考えてるの!?私は誰も犠牲にしないで勝ちたい!そう思って戦ってきたのに・・・なのにあなたがそんな事を言ったら・・・っ!」

武蔵 「俺は犠牲になるだなんて、思っちゃいないよ」

ほむら 「・・・っ!」

武蔵は分かっていないのだろうか。

魔法少女になるということが、どのような事なのか。

私や、他ならないマミの悩みや悲しみを見てきてなお、なぜそのような事が言えるのか。


ほむら 「正気なの・・・?魔法少女になれば、死ぬまで魔女を狩り続けなくてはならなくなるのよ。そうしなければ生きていけないのだから」

武蔵 「良く知っているよ」

ほむら 「じゃあ、どうして?あなたの世界には魔女がいない。無事に帰れても、その先を生きてはいけない。そんな事も分からないの!?」

武蔵 「それは・・・」

ほむら 「リョウ、なぜ黙っているの?あなたからも何か言ってよ!」

竜馬 「・・・ほむら、武蔵の男気を酌んでやってくれ」

ほむら 「・・・え?」

竜馬 「武蔵は帰らない。この世界で、妹とともに果てるまで生き抜くつもりだ」

ほむら 「・・・っ」

武蔵 「すまないな、リョウ」

竜馬 「まさか、キュウべぇと契約してまでとは思わなかったがな。妹と同じ境遇で生き抜きたい。だからだろ?」

武蔵 「ああ。このタイミングでとは思っていなかったが・・・どちらにせよ、前から決断していた事だ。だからな、ほむらちゃん」

ほむら 「・・・」

武蔵 「俺の生き様を今、ゲッターに刻み付ける。キュウべぇと契約するという形でだ」


武蔵が決意の言葉を述べる。

そこには、誰の否定も許さないという響きが込められていた。


ほむら 「武蔵さん・・・」

男が・・・

数々の修羅場を潜り抜けてきた男が、そう言い切ったのだ。

それにさっき竜馬が武蔵の心を代弁していった一言。

妹と境遇を共にするため。


ほむら 「マミの・・・巴さんのために・・・なのね・・・」

武蔵 「そうだ」


きっとその気持ちは、一切の打算など差しはさむ余地のない、純粋な感情の現れなのだろう。

そう・・・それは私の、まどかに対する気持ちと同じ。

武蔵にとっての”まどか”こそは、巴マミなのだ。


ほむら 「・・・」


それが分かった今、どうして私にそれ以上の異を挟むことができるだろうか。

武蔵 「心配してくれて、ありがとうな、ほむらちゃん」


私の沈黙の意味をくみ取った武蔵が、いつも通りの穏やかな口調で礼を言ってくれた。

そして・・・


武蔵 「一緒にゲッターを奮い立たせようぜ。てわけだ、キュウべぇ。契約、できるんだろう?」

キュウべぇ 「男性との契約は、僕が人類とかかわってきた悠久の歴史の中でも初めての事だ。断言はできない。けど、理屈では可能なはずだ」

武蔵 「可能なら、手っ取り早く頼むぜ。何せ、時間がないんだからな」

キュウべぇ 「・・・では、巴武蔵。君はどんな願いで、その魂を輝かせるのかい?」


キュウべぇが淡々と、契約を促す時のお決まりのセリフを言う。

それに対する武蔵の答えに、躊躇はなかった。きっと、前もって決めていた事なのだろう。


武蔵 「俺の願いは・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「・・・」(ごくっ)


武蔵 「ゲッターと流竜馬を、あるべき場所へと帰す事だ!」

次回へ続く!

再開します。

竜馬 「・・・なんだと!む、武蔵っ!?」

ほむら 「え・・・」


武蔵の願いが、スピーカーを通してゲッターロボ全体に響き渡る。

その言葉の意味を理解する前に、私の魔法少女としての本能は、新たな仲間の誕生を鋭敏に感じ取っていた。

ベアー号から・・・武蔵のいる、その場所から。

魔法少女の存在感が波動となって、私の心を突き上げてきたのだ。


キュウべぇ 「契約は成立したよ」


ややあって、キュウべぇの呟くような声が聞こえてきた。

だけれど私には、キュウべぇの言葉なんか、聞く必要もなかったのだ。

だって、実感として、私には”分かる”のだから。

武蔵が、”魔法少女”となった、その事実が。

竜馬 「武蔵・・・これがお前の言っていた、”考え”だったのか」

武蔵 「ああ、そうだ」

ほむら 「・・・」


今・・・

魔法少女 巴武蔵と言う、もう一人の”ゲッター炉”が誕生した。

それは、ゲッターロボへと流れ込むエネルギーの量が格段に増幅された事を意味する。

頭で理解するまでもない。ゲッターと繋がっている私には分かる。

今のゲッターのパワーは、私一人で支えていた時とは段違いであるということを。

そして・・・


武蔵 (ほむらちゃん)


不意に、魔法少女となった武蔵の声が、私の頭へと流れ込んできた。

念話よりも、もっとはっきりとしたイメージをともなって。

それはきっと、ゲッターロボを介して私と武蔵が直結しているからなのだろう。


ほむら (武蔵さん・・・)


イメージの中の彼は、ヘルメットをかぶり、身体には剣道で使うような赤胴みたいなものを身に着けた、ちょっと奇妙な姿だった。


ほむら (その姿って・・・?)

武蔵 (魔法少女になったら、ほむらちゃんみたいにミニスカ姿になっちゃうんじゃないかと不安だったんだが、そうならずに済んで良かったよ)

ほむら (魔法少女の衣装は、本人が抱いているイメージや深層心理が反映されるらしいから・・・)

武蔵 (そうか。実はこの姿、元の世界でゲッターに乗っていた時にしていた格好に、よく似てるんだ。細かい所は、ちょいちょい違うけれどさ)

ほむら (武蔵さん、私・・・)

武蔵 (ほむらちゃん、ごめん)

ほむら (え・・・?)

武蔵 (リョウの事。勝手に帰す事を願ってしまって。本当なら、君にも相談してから決めるつもりだったんだ。こんな事なら、もっと早く言っておくべきだったな)

ほむら (そんな・・・)


それは武蔵が謝る事じゃない。

竜馬自身が帰る事を望んでいるのだし、私がとやかく言えることではないのだから。


武蔵 (そうか・・・そう思ってくれているなら助かる。だけれどさ、ほむらちゃん・・・)

ほむら (・・・?)

武蔵 (とても、悲しそうな顔をしているから・・・)

ほむら (っ!)

そうだった。

私が武蔵の姿を見ているという事は、向こうからも見えているという事。

迂闊だった。私の浮かない顔を見せてしまった。要らない心配をかけてしまった。

・・・だけど。


ほむら (・・・悲しくないはずないじゃない)


武蔵と直接つながってしまっている以上、とりつくろった嘘なんか通用するはずもない。

だから私は、本心を告げる。偽らざる本音を。


ほむら (でもね)


私には分かっているのだ。

それは、今まで竜馬と話を交わすたびに、なんども思い知らされたこと。


ほむら (結局、なるべくように、なるしかないのだって)


その事が、分かっているのだ・・・

武蔵 (ほむらちゃん・・・)

ほむら (今はワルプルギスを倒す事だけ考えましょう。ゲッター炉が二つになったことで、グリーフシードの消費も激しくなる。だからね、次で決めるしかないわ)

武蔵 (あ、ああ!)


ゲッターと繋がっている私には、実感として分かってしまうのだ。

今のゲッターがフルパワーのゲッタービームを見舞えば、ワルプルギスといえども一たまりもないであろうことを。


ほむら 「・・・」


武蔵との邂逅を打ち切る。

かなり話し込んでいたようでいて、思念上のみのやり取りは、実は一瞬の出来事だった。

私は気を取り直すと、最後の攻撃に備え、キュウべぇに指示を出した。


ほむら 「キュウべぇ、跳躍で私の元へ来て。ここにあるグリーフシードを半分、武蔵さんの所へ運んでちょうだい」

キュウべぇ 「了解だよ」

ほむら 「リョウ。エネルギーの事は気にせず、最大出力でゲッタービームを。次の一撃は、奴を必ず沈める事ができるわ」

竜馬 「・・・ほむら」


何かを言いたげに、私の名前を口にする竜馬。

だけれど彼は思いとどまるように、喉元まで出かかった言葉を呑みこんだようだった。

今の自分の気持ちを・・・本心を悟られないように。

ほむら 「リョウ・・・」


竜馬が何を言いたかったのか、私には何となく分かっていた。

だって、仲間なのだ。心を許しあった友達なのだ。

だけれど、私は何も言わない。黙ってリョウの次の言葉を待つ。

それがきっと、私たちにとっての最善だと信じるから。

竜馬 「いや・・・」

ほむら 「・・・」

竜馬 「分かってるさ、ほむら。武蔵の決断、無駄にはしない」

ほむら 「ん・・・!」


竜馬の決意と、それを肯定する私の返事。

その二つを合図として、ゲッターは移動を開始した。

・・・
・・・


時を置かずして、ゲッターロボは戦線へと復帰した。

再びワルプルギスの前へと躍り出たのだ。

キュウべぇによるグリーフシードの移動も済ませ、準備は万端ととのっていた。


ほむら 「待たせたわね、ワルプルギスの夜・・・」


聞こえるはずもないのに、私はモニターの向こうのワルプルギスに向かって、そう呟いていた。

思えば彼女との因縁も、もうずいぶんと長くなってしまった。

もっとも、この時間軸でのワルプルギスにとっては、これが私たちの初対面になるのだけれど。


ほむら 「かつてのあなたは・・・」


私は、決して返事のもたらされない問いかけを、ワルプルギスに向かって続ける。


ほむら 「いったい、何を願って魔法少女になったのかしら。

     そして、深い絶望の淵に追いやられ、あなたをその様な姿にするほどに、どれほど辛い想いをさせられたのか・・・

     きっと私には、想像もつかないほどの、悲しい目にあったのでしょうね・・・」

ふ、と。

モニター上のワルプルギスと目が合ったような気がした。

ありえない。第一、彼女には目がないのだから。

だけれど私には、確かにワルプルギスの視線が私に向けられている、と。

そう感じたのだ。


ほむら 「・・・もう、終わりにしましょう。これ以上は苦しまないで、悲しまないで・・・」


笑みの貼り付いたワルプルギスの顔が、一瞬悲しみに歪んだように見えた。

きっと、気のせいじゃない。彼女は悲しみ続けているんだ。

私には分かる。だって目の前にいるのは、もしかしたら明日の自分の姿なのかもしれないのだから。

ほむら 「リョウ、武蔵さん・・・」

武蔵 「ああ」

竜馬 「奴を苦しみの楔から、解き放ってやろうぜ」


ゲッターが攻撃態勢に入る。

それに気がついたワルプルギスも、迎撃のために攻撃態勢を取ろうとしていた。

再び火の玉の洗礼を、ゲッターに浴びせようというのだろう。

だけれど、私たちは意に介さない。


竜馬 「やるぜ・・・!」


竜馬がゲッタービームの発射準備に入った。

とたんに、今までより強く、激しく。

私の体の中を、ゲッターエネルギーに変換された魔力が、駆け巡ってゆくのが感じられた。

それは堰を切って河口へと溢れ出ようとする激流のごとく、ゲッタービームの発射口へ猛烈な勢いで進んでゆく。


武蔵 「お、おお・・・これが、これがゲッターエネルギーの奔流・・・俺自身が、す、吸い込まれるようだ・・・!」

ほむら 「分かるわ、か・・・感じる・・・エネルギーが・・・私たちの魔力が・・・」


今、まさに。

一点に集中しようとしているのだ・・・!

竜馬 「武蔵の想い、ほむらの宿願、共に戦っている仲間の未来・・・」


高ぶったエネルギーは周囲の空気を焼き、空間を陽炎の様に歪ませる。

その歪んだ景色の向こうのワルプルギスが火の玉を放つことも忘れ、怯んだようにこちらを凝視していた。

彼女の姿も、見納めだ。


竜馬 「すべてをこの一撃に乗せて、お前を撃つ!涅槃に帰れ、ワルプルギスの夜!!」


そして、竜馬は叫んだ。

私と出会ってから、最も激しく大きな声で。


竜馬 「ゲッタァアアアアア・・・ビィイイイィイーーーーーームっ!!!!」

・・・
・・・


空に広がる眩い光を、皆は地上から見上げていた。


ほむらと因縁のあった者・・・


織莉子 「・・・あの光・・・ゲッターロボ、とうとうやったの!?」


ほむらと固い絆で結ばれた仲間。


杏子 「空が・・・まるで焼けてるようだぜ。なぁ、マミ・・・これって、ほむら達が・・・」

マミ 「ええ、間違いないと思う。先ほどまで感じていた、ワルプルギスの強大な念がかき消されるように、小さくなっていってるもの」

ゆま 「あ、ねぇ見て!使い魔たちが、勝手に倒れていくよ!!」


かつての時間軸ではほむらと敵対しながらも、ここでは友情を育む事ができた者。


さやか 「うぁ、まぶしっ!い、いったい何が起こったの、ねぇ・・・まどかぁ!」


そして・・・

ほむらがかけがえのない人だと思い、ほむらの事をかけがえのない人だと思ってくれている者・・・


まどか 「・・・ほむらちゃん」


皆がそれぞれの想いを抱きながら見守る先で。

ワルプルギスの夜は、その巨体を焼き尽くされ、灰となり果てていった。


今・・・


ほむらが願い続け、いくら手を伸ばしても届かなかった未来が・・・


ほむら 「・・・あ」


未来がすぐそこまで、やって来ているのだった。

・・・
・・・


次回予告


一つの戦いの終わりは、同時に運命の仲間との別れでもあった。

あれほど望んだ未来が訪れた先に、あの人の姿はない。

だけれど、ほむらは知っている。

世界がどれだけ二人を隔てようと、もう二度と会う事ができなかろうと。

胸に刻んだ絆だけは、何者にも断ち切る事ができない、たった一つの真実なのだと。


次回 ほむら「ゲッターロボ! エピローグ」に、チャンネルスイッチオン!

以上で十一話終了です。


次回でやっと完結、長々と付き合わせてしまった皆さん方には、感謝の言葉しかありません。

あと一話、もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。

それではまた、次回で。

再開します。

ほむら「ゲッターロボ!」第十二話 エピローグ

私たちの目の前で、ワルプルギスの夜が、燃えて灰となり朽ちてゆく。

死にゆく様を、まざまざと私たちの網膜へと焼き付けながら。

最強最悪の魔女が今・・・

その呪われた生涯に、終止符を打とうとしている。


ほむら 「やった・・・」


とうとう・・・とうとう私たちは・・・

ワルプルギスの夜を倒したんだ。

念願が・・・数多の時間軸を旅し続けながら、決して果される事のなかった私の念願が、たった今。

成し遂げられたんだ。

ほむら 「やった・・・やったわ・・・やったんだわ・・・」

竜馬 「ほむら・・・!!」

ほむら 「やったんだわ、リョウ!」


念願の成就を確信し、共に戦った友へと喜びの声をかけようとした、まさにその時。

私の視界が、暗転した。


ほむら 「え・・・」


気を失ったわけではない。

目の前に帳が下ろされたように視界が閉ざされたと思った、次の瞬間。

私は・・・

地上に立っていたのだ。

ほむら 「え、なに・・・ここは・・・」


辺りを見回す。

倒壊した建物。荒れ果てた街並み。だけれど、見覚えがある、この景色。

間違いない。


ほむら 「見滝原の、街・・・?」


そう、私たちが戦っていた場所の、まさに真下。

私はいつの間にか、地上へと帰還していたのだ。

だけれど、それじゃ・・・


ほむら 「ゲッターは?ゲッターロボは?!」


たった今まで、私たちが乗り込んでいたゲッターロボは、どこに行ってしまったの?

これまでも、確かに。

魔女の結界から出た途端、ゲッターロボが消え失せていたという事はあった。

と、いう事は、今回も・・・?


ほむら 「ワルプルギスの夜が消滅したことによって、彼女の勢力圏が無くなったから・・・」


今まで同様、勝手に私のバックラーの中へと、収納されてしまったという事なのだろうか。

だけれど、私には分かる。

何かが違う。今までと、どこか感覚が異なっている。


ほむら 「ま、まさかっ」


慌ててバックラーの中へと意識を集中してみる。

しかし、心に返って来るのは、目的の物を見いだせない空虚な感覚だけ。


ほむら 「いない・・・」


そう、感じられないのだ。

ゲッターロボの存在が。

その時。


ほむら 「あっ・・・!」


ゲッターの中で契られた、武蔵の契約が私の頭の中へと蘇ってきた。

彼は願ったのだ。

この戦いが終わったら、ゲッターと竜馬をあるべき場所に帰すように、と。


ほむら 「じゃあ、か、帰ってしまったというの、元の世界へ!?」

だけれど・・・!


ほむら 「そんな、こんな別れの言葉を言う暇もないだなんて・・・!」


私は、慌てて周囲を見回す。

右・・・誰もいない。

左・・・荒れ果てた街並みが広がるばかり。


ほむら 「い、嫌だ・・・こんな唐突な別れ、私は絶対に嫌よ・・・!」

竜馬 「ほむら!」


不意にかけられた声。

今、なによりも一番聞きたかった、あの声。

私は後ろを振り返る。そこで目にした者は・・・


ほむら 「リョウ・・・!」


数メートル向こうで私を見つめる、竜馬の姿だった。

たまらず私は、息せき切って駆けだした。

彼の元へ。竜馬の胸の中へ向かって。


ほむら 「リョウ、リョウ!」


竜馬が両手を広げて待っている。私を迎え入れようとしているのだ。

私は彼の心に甘えて、その中へと飛びか込んで行った。

硬くて逞しい竜馬の胸に、身体を預ける。

そんな私を、竜馬がそっと優しく抱きしめてくれた。


ほむら 「リョウ・・・」


私も竜馬の背に腕を回わす。そうしながら私は、時間停止の魔法を発動させた。

この広い世界を、たとえ限られた時間だけだとしても。

私と竜馬・・・今は二人だけの物とするために。

竜馬 「ほむら・・・時間を止めたのか」

ほむら 「あのね・・・ゲッターロボが消えたわ」

竜馬 「ああ」

ほむら 「バックラーの中にもいない。きっと、ゲッターは帰ったのね」

竜馬 「・・・」

ほむら 「あなたの帰るべき、世界へと。一足先に」

竜馬 「だろうな」

ほむら 「あなたも、もう行ってしまったのかと思ったわ・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「だけれど、あなたはまだここにいる。ここに、こうして、私を抱いてくれている。良かった・・・」


ぬくもりを、声を、息づかいを。

流竜馬を今、私は全身で感じている。


ほむら 「あなたの胸に抱かれながら、別れを告げる時間が与えられた・・・その事が、とても嬉しいの・・・」

竜馬 「ほむら。俺には分かる。再び時間が動き出した、その時こそ・・・俺たちの別れの時だ」

ほむら 「うん」

竜馬 「武蔵をよろしく頼む。あいつは強い男だが、底抜けの優しさが弱点となる時もある。お前が助けとなってくれたら、こんなに心強いことは無い」

ほむら 「心配しないで。あなたの大切な仲間だもの。私にとっても大事な人よ。武蔵さんや、マミの事は私に任せて」

竜馬 「心配はしちゃいないさ。俺はお前の事を、誰よりも信頼しているのだからな」

ほむら 「ありがとう・・・」


時の止まった世界の中で。

私と竜馬の時間だけが、刻々と過ぎてゆく。


竜馬 「ほむら。魔力は大丈夫か?」

ほむら 「もう少し・・・」

竜馬 「そうか」

時間の停止は、いつまでも続けられるわけではない。

ワルプルギス戦を終えた今、残されたグリーフシードも少なく、無駄遣いできる状況でもない。

名残は尽きないが、潮時も必要だった。


竜馬 「ほむら、俺はそろそろ行くよ。お前も元気で、鹿目とよろしくやれよ」

ほむら 「ばか・・・なに言ってるの」

竜馬 「はは・・・じゃあ、ほむら」

ほむら 「・・・」


竜馬に促され、時間を再び動かそうとした、まさにその時だった。

私の心の奥底から、抑えきれない感情の波が激流となって込み上げてきたのは。

ほむら 「・・・だ」


激流は、私の口から言葉となって、外へと雪崩だしていった。

感情を抑える事ができない。口を閉じる事も出来ない。


ほむら 「いやだ・・・っ!」


ただ込み上げて来る心のままに、私は真情を竜馬へと吐露していた。


竜馬 「ほむら・・・?」

ほむら 「リョウと別れるなんて、いやよ!そんなの・・・」


言葉と一緒に、涙までとめどなく溢れ出してくる。


ほむら 「そんなの、絶対ぜったい耐えられない・・・!」

私の頭の中では、竜馬との出会いから今までの事が、まるで走馬灯のように駆け巡っていた。

出会いは決して穏やかなものではなかった。互いに対立して、場合によってはそのまま敵味方に分かれていてもおかしくはなかった。

だけれど竜馬は私の宿願を知り共感を持ってくれた。仲間と認めてくれたのだ。

ずっと一人で戦ってきた私が、再び仲間を持てた瞬間だった。

嬉しかったし、彼のおかげで狭まっていた視野を広げる事もできた。

だからこそ私は、マミや杏子、ゆまと共に戦ってこられたのだ。


ほむら (そして、まどかと心を通じ合わせる事ができたことも・・・)


全部全部、竜馬のおかげだった。彼がいなければ、私はこれからも、同じような時間軸のループを続けていかざるを得なかったはずだ。

私は・・・竜馬によって救われたのだ。

ほむら 「あなたは私に色々な事を教えてくれた・・・」

竜馬 「・・・」

ほむら 「あなたがいたから、私は今この場所に、こうして立っている事ができるの。リョウは・・・リョウは・・・」


見上げた。

私を見下ろしている竜馬と目が合う。

辛そうな顔をしている。別れ際にこんな事を聞かされれば、それは当然だと思う。

たまらず私は、視線を下に落とした。

竜馬にそんな顔をさせたくないから、今までずっと我慢していたのに、全てが台無し。

だけれど、それでも。私は気持ちを抑える事ができなかった。

ほむら 「リョウは私にとって、かけがえの無い人なの。そんなリョウと・・・別れるのは・・・」


そう。ずっと思っていた事だった。

だけれどそれを口にすれば、他ならない竜馬を困らせる事になるから。それが分かっていたから。

口が裂けても言うべきじゃない。そう思って耐えていた。

竜馬には成すべき事があるから、帰らなくてはならない。それは仕方がない事なんだ。

そう、自分を無理やり納得させて。

でも・・・もう、我慢できなかった。本当は、納得なんてできていなかったんだ。

私は・・・


ほむら 「別れるのは、嫌・・・私は・・・私はずっと、リョウの側にいたい!」


私は言った。

偽らざる本心を。

そして待った。竜馬が私に語りかけてくれるのを。

竜馬 「ほむら」


竜馬が口を開く。


竜馬 「俺だって、お前と一緒だ。ほむら、俺はお前と離れたくない。これから先の人生を共に歩んでいけたらと、なんど思ったか分からない」

ほむら 「リョウも・・・?」

竜馬 「当然だろ。もし俺に守る物が無かったなら・・・成すべき事など無かったのなら、何も気にせずお前といる事を選べるのに、と。どうにもならない事に頭を悩ませたりもした」

ほむら 「・・・」

竜馬 「だがな、こうも思うんだ。そんなしがらみと無縁の俺であったなら、きっとお前が必要としてくれる俺ではいられなかっただろうと、な」

ほむら 「それは・・・」


分かる。竜馬の言いたい事は、十分すぎるほどに理解できる。

私だって、宿願に生きる自分でなかったなら、竜馬は最初から仲間だとは認めてくれなかっただろうから。


ほむら 「私たちは・・・認め合った時には、別れることが宿命づけられていたのね」

竜馬 「だがな、ほむら。これだけは忘れるな」


私を抱く竜馬の腕に、一層の力がこもる。

私は彼になされるがまま身体を預けながら、竜馬の言葉を聞いていた。

竜馬 「世界の壁にどれだけ隔たれようと、心に刻んだ俺たちの絆まで隔てる事は、誰にも出来やしない」

ほむら 「絆・・・私たちの・・・」

竜馬 「ほむら。どこにいようが、俺たちは仲間だ。だからいずれ、また会える。絶対にだ!」


ハッとして、私は再び竜馬の顔を見上げた。

先ほどまでの悲しそうな表情はなりを潜め、今は自信と確信に満ちた顔で私を見つめている。

いつもの、私が大好きな竜馬の顔だった。


ほむら 「本当に・・・?」

竜馬 「俺がお前に、嘘を言った事があったか?」

ほむら 「・・・っ!」


不思議だった。

そんな竜馬の顔を見ていたら、不可能な事など何もないような気がしてくる。

全部が、竜馬の言うとおりになる。そんな気さえしてくるのだ。

ほむら 「そうね・・・あなたの言う通り・・・ワルプルギスだって倒せたのだしね。また会う事だって、きっと・・・」


できる。

簡単な事ではないかもしれないけれど、きっといつの日にか、必ず。


ほむら 「・・・リョウ、ありがとう」

竜馬 「いきなり、藪から棒だな。どうしたんだ?」

ほむら 「きちんとお礼、言っておきたかったから」

竜馬 「そんなのはさ、お互い様って奴だぜ。それじゃ・・・ほむら」

ほむら 「うん」

最後にもう一度。

竜馬の身体を、強く抱きしめた。

彼の体温と感触を、記憶に強く刻みつけるように。

その体勢のまま、しばしの時間を過ごした後で。


ほむら 「リョウ・・・またね」


別れの言葉を告げると同時に・・・

私は・・・

時間停止の魔法を、解除したのだった。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


エピローグ ~竜馬編~

俺が元の世界に戻ってきて、一か月がたっていた。

世の中は比較的平穏な時を刻んでいる。

そんなもの、まやかしの平和に過ぎないのだが。


恐竜帝国が、どこぞへと行方をくらましてしまったのだ。

異世界へと飛ばされる直前、俺と武蔵は満身創痍の恐竜帝国の本拠地へと、殴り込みをかけに行くところだった。

あのまま敵の巣穴に飛び込んでいたなら、恐竜帝国を滅亡させる事ができた代わりに、俺も武蔵も生きては帰れなかっただろう。

いわば、覚悟の上の特攻作戦だったのだ。

ところが俺たちとゲッターは、征途上でほむら達の住む世界へと飛ばされてしまった。

レーダーで監視していた早乙女博士によると、文字とおり忽然と消え失せてしまったらしい。

そして、ゲッターの攻撃から免れる事ができた恐竜帝国は、マグマ層の下へと潜航し、姿をくらませた。

地上侵略をあきらめたはずがない。失われた戦力を立て直すための、時間稼ぎなのだろう。

腹立たしいが、こうなってしまっては、奴らが再び顔を出すのを待ち受ける以外、人類に為す術はなかった。

こちらの世界へと戻ってきたのは、ゲッターロボと俺だけだった。

やはり武蔵は、向こうの世界で可愛い妹の兄貴として、生きていくのだろう。

この事は、早乙女博士をはじめ、誰にも打ち明けていない。

武蔵の事だけじゃない。俺がほむら達と出会って、どう過ごして来たか。それらも含めて全部だ。


だって、そうだろう?


だれが、異世界で魔法少女と一緒に魔女と戦ってました・・・なんて、世迷い事を信じるというんだ?

だから、俺は何も言わない。

ゲッターは、敵の本拠地に向かう途中で、恐竜帝国の新兵器に襲われたのだ。

そのせいで俺は記憶を失って、戻ってくるまでの一か月間をあちこち、彷徨っていた。

行方不明の武蔵は、きっとどこかで殺されているのだろう。

そういう事で、良いじゃないか。

ほむら達と過ごした、短くも長い日々の思い出は、ただ俺一人の胸の中に。

・・・それで、良いじゃないか。

キュウべぇ 「君がそれで良いと言うなら、僕からは言う事は何もないよ」


とある河川敷の芝生の上に、俺は身体を投げ出すように寝転がっていた。

空を真っ赤に染めながら、西の空へと沈みゆく太陽を見るともなく目で追っている、そんな夕暮れ時。


キュウべぇ 「だけれど、僕には君の本心が、もっと別の所にあるように感じられるのだけれど」


河川敷の上を走る歩道を、学校帰りの学生たちが賑やかな笑い声を振りまきながら、通り過ぎていく。

友達と・・・気のおけない仲間と屈託なく笑いあえる、そんな彼らの事が少しばかり羨ましい。

キュウべぇ 「今の少年たちの事が、気になるのかい・・・?」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「そうだろうね。仲間と呼べる人たちのことごとくと離れ離れになってしまった君には、ああいう連中がまぶしく映るのも不思議じゃない」

竜馬 「・・・おい」

キュウべぇ 「なんだい?」

竜馬 「お前は俺の横で、なに勝手な事ばかり、くっちゃべってるんだ」

キュウべぇ 「気に障ったのなら謝るよ。僕はただ、君の気を紛らす事ができたらと・・・良かれと思って話しかけていただけなんだ」

竜馬 「放っとけよ」

キュウべぇ 「そうかい」


この世界へと戻ってきたのは、俺とゲッターだけと言ったが、訂正しなければならない。

そう、こいつ・・・キュウべぇだ。

竜馬 「なんでお前が、ここにいるのかねぇ」

キュウべぇ 「それは君がここにいるからさ。竜馬は最近、時間があるとこの河川敷で暇をつぶしているね」

竜馬 「そうじゃねぇよ。この世界にって事だ・・・」

キュウべぇ 「ああ。また、その話かい・・・竜馬。そこは、なんども説明したじゃないか」


そう・・・こいつはずっと、俺と一緒にいたのだ。

ワルプルギス戦の最中、ゲッターロボの操縦席にいた時から。

決戦後、ほむらが時間を止めて、俺たちが別れを惜しんでいる時も。

そして、俺が世界の壁を越え、こちらに帰還した時に至るまで、ずっと離れず俺にしがみついていたのだ。

キュウべぇ 「僕には向こうの世界に居場所がない。君と共に別天地へと来ることが最善だと判断したまでさ。だからだよ」

竜馬 「俺に気がつかれないよう、気配を消しながら、な」

キュウべぇ 「それは仕方がないよ。僕が正直に君に同行を求めたとして、竜馬は受け入れてくれたのかい?」

竜馬 「当然、お断りだったろうさ」

キュウべぇ 「だろう?僕もそう思ったから、黙ってついてきたんだ」

竜馬 「・・・ほんと、なんでお前がここにいるんだろうな」

キュウべぇ 「だから、それは・・・」

竜馬 「だから、そうじゃなくってよ」

キュウべぇ 「?」

竜馬 「お前じゃなくて・・・ここにいるのが、あいつだったなら、俺はどんなに・・・」


言いかけて、俺は慌てて口をつぐんだ。

キュウべぇごときに、弱音なんざ吐くのはみっともないと思ったからだ。

だが奴は、俺の言外の本音を鋭敏に感じ取っているようだ。


キュウべぇ 「なるほどね、それが君の本心って奴か」

竜馬 「なにがだよ・・・」

キュウべぇ 「寂しいんだね。暁美ほむらと離れ離れになってしまった事が」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「だから、そんなセンチメンタルな表情で、夕日なんか見つめていたわけだ」

竜馬 「・・・言うんじゃねぇよ、馬鹿が」


腹立たしいが、今さら否定してもどうしようもない。

こいつの言う通りだった。

寂しい。そうだ。俺は空虚なこの感情のもって行き場が分からずに、もがいているのだ。

誰にも相談できない。打ち明けられない。そんな気持ちの持って行き場に・・・


竜馬 「別に暇をつぶしてるわけじゃねぇさ。ゲッターの操縦訓練は欠かさず続けているし、パイロット候補生の特訓にだって顔を出している」


恐竜帝国が再び姿を現す前に、ゲッターロボの戦力を従来通り100%発揮できるようにしておかなければならない。

おそらく恐竜帝国の技術力をもってすれば、奴らが失われた戦力を回復するのに、そう時間はかからないはずだ。

長くても数か月先には、確実に地上再侵攻の狼煙を上げる事だろう。

その限られた時間の中で、俺や早乙女研究所の連中は、隼人と武蔵の欠けた穴を、何としても埋めなければならないのだ。

だから俺だって、自分にできる事をやってはいる。

幸いな事に早乙女博士は、すでに新たなパイロットの候補生を一人、確保してくれていた。

車弁慶という、どこか武蔵と雰囲気の似通った男だった。

早乙女博士が厳選して見つけ出してきた男だけあって、彼のゲッター乗りとしての資質は十分だった。このまま特訓を続ければ、程なく立派なパイロットになってくれるに違いない。

だが問題は、それでも埋まらない、もう一人分の穴だった。


竜馬 「さすがの早乙女博士も、パイロットが立て続けに二人もいなくなっちまうとは、思いもしなかっただろうからな」


ふと思いついて、俺ははじめてキュウべぇの方へと顔を向けた。


竜馬 「おい、俺の願いは叶えられていないぞ」

キュウべぇ 「何のことだい?」

竜馬 「仲間が欲しいと。そう願った事によって、俺はほむらの願いと共鳴して、別世界へと飛ばされたはずじゃなかったか」

キュウべぇ 「その願いなら、確かに叶ったじゃないか」

竜馬 「叶ったが・・・俺の元々の願いは、恐竜帝国を共に打ち倒せる仲間の存在だ。そういう意味じゃ、何も叶えられてやしない」

キュウべぇ 「僕に言われても、知らないよ。そもそもその願いは、僕と契約して望んだことじゃない。と、いうよりも・・・」

竜馬 「なんだよ」

キュウべぇ 「君が世界の壁を超える原因となった物は、暁美ほむらとの心の共鳴だったはずだ。だとしたら、それは願いとは別の範疇に含まれる物だと思うんだけれどね」

竜馬 「・・・」

キュウべぇ 「はぁ・・・」


キュウべぇがもっともらしく首を振りながら、ため息を一つ漏らした。

その仕草が、なんとも小憎らしい。

竜馬 「言いたい事があるなら、言えよ」

キュウべぇ 「竜馬・・・君は実に女々しいね」

竜馬 「なんだと?」

キュウべぇ 「僕には意外なんだよ。君という男が、こんなにも過ぎ去った事や、どうにもならない事に執着する人間だったという事が」

竜馬 「キュウべぇ、てめぇ・・・」

キュウべぇ 「僕はね、君とほむらの別れ際をこの目で見て、実は感心していたんだよ。君と別れがたい気持ちを抑えきれないほむらに対し、竜馬は彼女に希望を持たせつつも、別れる事を納得させたよね」

竜馬 「あれは・・・」

キュウべぇ 「感情を持ちたての僕でも、理解ができた。あの時の竜馬が示した態度こそが、所謂人間の言う”男らしい”という姿だったのだな、と」

そう、確かにあの時の俺は、取り乱すほむらをなだめ、別れを納得させることに必死だった。

もし、それに失敗したなら、俺のいなくなった後の世界でほむらは、自分一人で己を取り戻さなくちゃならなくなる。

そんな辛い思い、あいつにさせるわけにはいかなかったから。

・・・だけれど、それだけでもない。


キュウべぇ 「あの時の君の口ぶりからして、竜馬自身も納得づくで、こちらの世界へと戻ってきたと、僕は思っていたのだけれど」

竜馬 「俺にだって、矜持はあるのさ」

キュウべぇ 「・・・?」

竜馬 「人と人が別れた後で、もっとも鮮明に記憶に残るのは、別れ際の姿だ。だとしたら、俺は・・・」


竜馬 「ほむらが心に抱いている、もっとも俺らしい姿のままで、あいつの前から姿を消したい」


キュウべぇ 「・・・」

竜馬 「そう思っただけだ」

キュウべぇ 「格好をつけたかったと」

竜馬 「身もふたもない言い方をするとな」

キュウべぇ 「なるほどね」

竜馬 「・・・なにが、なるほどなんだ?」

キュウべぇ 「そういう、心の葛藤こそ、ゲッターが君に望んだものなのかも知れないな、と。ふと、思ってね」

竜馬 「意味が分からねぇぞ」

キュウべぇ 「葛藤の先に、心の成長が待っている。成長こそは、進化の証。進化をつかさどるエネルギー体であるゲッターは、君の進化をこそ望んでいるのじゃないかな」

竜馬 「・・・あ?」


こいつ・・・何を言ってるんだ?

キュウべぇ 「僕は前に、君たちに言ったね。ほむらや君の出会いは、ゲッターに仕組まれた事じゃないのかと」

竜馬 「ああ」

キュウべぇ 「だけれど、それは何のために?その疑問は、ずっと残っていたんだよ。今の仮定を当てはめれば、それなりに納得のいく答えが導き出せるよ」

竜馬 「ゲッターが俺の進化を促している?それこそ、いったい何のために?」

きゅうべぇ 「それは、ゲッターが君を人類の中で、最も買っているからさ。君を通して、人類の進化の過程を底上げしたがっているんじゃないのかな」

竜馬 「・・・」


こいつの言う通りだとしたなら、よけいなお世話だった。

だいたいこんな寂寥感の先にもたらされる成長に、意味があるとは到底思えなかった。

成長というのは、将来の展望を照らすような、もっと明るいものであるべきなんじゃないのか?

? 「あーっ!」


唐突に上がった黄色い声に驚いて、俺は思わず半身を起こした。

声のした方を見ると、河川敷の下からこちらへと駆けあがってくる、小さな女の子の姿が目に飛び込んできた。


少女 「かわいいっ!うさぎさん!」


少女は俺になど目もくれず、一目散にキュウべぇに駆け寄ると、その頭をワシワシと撫で始めた。

いきなりの出来事に、身をかわす暇もなく、なされるがままのキュウべぇ。


キュウべぇ 「う・・・うぐっ・・うぐぐっ」

少女 「あははははは」わしわしわしわし

竜馬 「・・・うわ」


少女のあまりの勢いには、さすがの俺も少々引き気味だ。

それから少しして、母親と思しき女性も、こちらへと駆けあがってきた。


母親 「こ、こら、急に駆けださないの。危ないでしょ?それにお兄さんの邪魔をしちゃだめよ」

少女 「えー・・・だって、かわいいうさぎさんだよ。撫でてあげたかったんだもん」

母親 「それでも、お兄さんのペットに勝手に触っちゃいけません。ほら、ごめんなさいは?」


少女はキュウべぇを撫でる手を止めると、初めて俺に気がついたようにこちらへと顔を向け、ぺこりと小さい頭を下げた。


少女 「お兄さん、ごめんなさい」

竜馬 「あ、いや・・・」

母親 「すみませんね、お昼寝の邪魔をしてしまって」

竜馬 「いや、構いませんよ。嬢ちゃん、こいつの事が撫でたかったら、もっと撫でて良いんだぜ」

キュウべぇ 「ちょっ!」


キュウべぇが非難に満ちた目を俺に向けて来るが、気がつかないふりをしてやる。

散々好き勝手言いやがった罰だ。存分にもみくちゃにされると良い。

少女 「ほんと?良いの!?」

竜馬 「おう、多少つよく撫でまわしても平気だぞ。こいつ、頑丈にできてるからな」

キュウべぇ 「・・・っ!」

少女 「わーい!」


再び開始されるワシワシの洗礼に、その身を任せるしかないキュウべぇ。

ざまぁみろ。


母親 「良かったわね、うさぎさんと遊ばせてもらえて・・・て。え、う、うさぎ?」

竜馬 「あ・・・」

母親 「え、猫・・・?でも・・・あれ、こんな動物、初めて見るわ・・・この子、いったい・・・」

竜馬 「あ、ああ・・・こいつね、ここらでは珍しい動物なんですがね。危険な奴じゃないんで、大丈夫ですよ」

母親 「そうなんですか・・・?」

以前キュウべぇが言っていた通り、この世界の人間は誰しもが魔法少女となる資質を持っているというのは事実のようだった。

だから、この少女のように。そして、年齢的には魔法少女とは無縁であろう母親までも、キュウべぇを認識できてしまう。

もっとも、その特異な姿から無用のトラブルを避けるためにも、なるべく普段は気配を消して活動しているようだったが・・・


竜馬 (感情を持ったことで、隙も多くなってしまったようだな。急なトラブルには対処できない場合もある、か)


竜馬 「俺は帰るけど、こいつの事、飽きるまで撫でてて良いからな」


立ち上がりざま、俺は少女に向かって声をかけた。


キュウべぇ 「!!!」


絶望に震えるという表現がぴったりの目で、俺を見つめてくるキュウべぇ。が、無視だ。


少女 「え、でも・・・そしたらこの子、帰れなくなっちゃう・・・」

竜馬 「平気だよ。こいつはこう見えて、頭が良いんだ。嬢ちゃんと遊び終えたら、勝手に帰って来るさ」

少女 「ほんとっ!?じゃあ、安心だね!」

竜馬 「本当さ。なぁ、キュウべぇ」

キュウべぇ 「・・・」


キュウべぇに、有無など言わせない。

俺は母親に軽く会釈すると、足早にその場から立ち去った。

その帰り道。


俺は、すれ違う人々を見るとは無しに、視界の端から目で追っていた。

数多の人、人、人。

さっきの親子に限らず、目に映る全ての人が、魔法少女となる資質を持っているのだ。

だが、宇宙エネルギーの枯渇問題とは無縁なこの世界に、魔法少女は存在しない。

そう、世界のどこを探しても、あいつはいないのだ。


竜馬 「魔法少女・・・か・・・」


空虚なつぶやきに、返される言葉などあるはずもなかった。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


俺の寂寥感などお構いなしに、日常は過ぎ去っていく。

俺自身の訓練や弁慶の特訓を終え、新たなパイロットの捜索状況の報告を受ける。

そんな変わりばえのしない毎日。

弁慶の操縦の腕はめきめきと上達しているが、新人パイロットの捜索の方は、はかばかしい進展は見られなかった。


竜馬 「ゲッターのパイロットは特殊だからな。簡単に見つかるはずもない・・・」


早乙女博士が俺に行きつくまでも、かなりの紆余曲折があったと聞く。

道端に落ちている石を拾うように、単純に終えられる問題であろうはずもないのだ。

キュウべぇ 「その苦労の程は理解できるよ。僕も魔法少女の適合者を探し出すのには、手を焼いたものさ」


夕刻。またいつもの河川敷。

この前と同じように寝そべりながら、話し相手はいけ好かない動物一匹。

色気も何も、あったものじゃない。


キュウべぇ 「その点、この世界は適合者が浜辺の砂の様に、おびただしく存在している。僕の仕事場がこの世界だったらと、ため息が出るよ」

竜馬 「それはおあいにくだったな。と言うか、お前。まさか、この世界でも魔法少女と契約しようなんて、考えてやしないだろうな」

キュウべぇ 「まさか。エネルギーを回収する必要もない世界で、どうして僕がそんな事をする必要があるというんだい?」

竜馬 「そりゃそうだがな。ちなみに興味本位で聞くんだが、契約自体はやろうとすれば、できるんだろ?」

キュウべぇ 「それは僕に与えられた、特殊な能力だ。可能だよ」

竜馬 「そうしたら、契約した魔法少女はどうなる?」

キュウべぇ 「この世界はゲッター線と言う魔力に満ち満ちているからね。グリーフシードが無くても、しばらくは問題なく生きていけるだろう」

竜馬 「・・・ソウルジェムが濁らないという事か?」

キュウべぇ 「いや、魔法を使えば魔力は消耗するし、世界の条理に反した願いをする以上、やがてはその齟齬に魂をむしばまれる事になる。そこは変わらない」

竜馬 「という事は、消耗する魔力が、供給される魔力の量を超えたら・・・」

キュウべぇ 「やはり魔女となってしまう。その結末は、変わらないね」

竜馬 「なるほどな」


俺は頷いて、その話を打ち切った。

そもそも、そこまで興味のあった話題じゃない。暇な時間を潰すため、何とはなしに持ち出した。それだけの事だった。

だが・・・


キュウべぇ 「例外はあるけれどね」


意外な言葉とともに、キュウべぇはこの話題をさらに先へと続けた。

竜馬 「例外だと?」

キュウべぇ 「ゲッターのパイロットが魔法少女だった場合、だよ」

竜馬 「・・・?」

キュウべぇ 「ゲッターは強力なゲッター炉を積み、常に周辺のゲッター線を取り込んでエネルギーへと変換している。つまり・・・」


キュウべぇ 「ゲッターロボその物が、この世界における唯一にして最大のグリーフシードだと言っても、過言じゃないわけさ」


竜馬 「・・・!」

キュウべぇ 「常にゲッターの側にいて、そのエネルギーの恩恵に与れる立場の者が魔法少女となるのなら。話は変わってくるという事だよ」

竜馬 「・・・だが、それもゲッターに認められた魔法少女ならば、という条件付きだろう?」

キュウべぇ 「まぁ、そうだね。エネルギーを貰うどころか、志筑仁美の様に魔力を吸い上げられてしまう可能性もあるわけだから」

竜馬 「・・・面白い、仮説だったよ。良い時間つぶしにはなった」

キュウべぇ 「竜馬・・・僕と契約してみるかい?」

竜馬 「冗談は耳毛だけにしろよ」

キュウべぇ 「・・・」

何となく持ちかけた話題に、意外な答えを出され面喰ったが。

だからと言って、何が変わるわけでもない。何より、この世界で魔法少女になりたいなどと、願う者などいはしないのだから。

むろん、この俺自身も含めて、だ。


竜馬 「あーあ・・・」


今度こそ、本当に話を終えると、俺は静かに目をつむった。キュウべぇも察して、これ以上話しかけてこようとはしなかった。

眠るつもりはなかった。

ただ一時、見えない先への展望や、胸を苛む孤独感から逃避したかっただけだった。


? 「あの・・・大丈夫ですか?」


そんな声をかけられたのは、目を瞑ってから十分は経過したころだった。

声の頃は十代半ばと言ったところだろうか。どこか気弱そうな少女の声だった。


竜馬 「なにか?」


俺は目を瞑ったままで、その少女へと言葉を返す。


? 「あ、良かった、返事があって・・・ごめんなさい、倒れているのかと、心配になっちゃって・・・」

竜馬 「いや、ちょっと風に当たって休んでいただけだ。驚かせてしまったなら、すまなかったな・・・」


だが、待てよ。


竜馬 (・・・少女の声、どこかで聞き覚えがあるような?)


俺はうっすらと目を開けると、視界の端に少女の姿をとらえる。

色の白い、赤ぶちメガネの女の子だ。

長い黒髪を、後ろで二つのおさげに結んでいる。

声と同様、どこか気弱そうな、この少女・・・


竜馬 (会った事がある・・・?)


俺は、ハッとして飛び起きた。

醸し出している雰囲気や、髪形など・・・俺の知っているあいつとは、ことごとく異なってはいるけれど。

だけれど、俺があいつの事を見間違えるはずがない。


キュウべぇ 「竜馬・・・か、彼女は・・・っ」


キュウべぇも気がついたようで、驚きを隠せないと言った声音で俺の名を呼んだ。

? 「・・・ひっ!?この動物、言葉をしゃべった!?」

竜馬 「お、お前・・・ほむらか?」

? 「え・・・」

竜馬 「暁美ほむらなのか!?」

? 「・・・どうして、私の名前を」


やはり・・・やはりか!


キュウべぇ 「あ、ありえないよ。別の世界と全く同じ人間が、他の世界にも存在しているだなんて・・・

       確かにこの世界とあちらの世界は、太古の時代までは繋がっていた、厳密にいえば時間軸の異なる同じ世界。

       とはいえ、悠久とも言える時間、別の歴史を紡いできた先で、同じ人間が産み出されるなんて。

       ・・・これは奇跡だ」


ありえなかろうが、奇跡だろうが・・・

俺の目の前に厳として、彼女は存在しているのだ。

だが・・・


ほむら 「私、あなたとどこかでお会いしたこと、あったんですか?」


おずおずと、そう語りかけて来るほむらの態度に、俺の上がったボルテージは一気に急下降する。

そうだった。

いくら姿が似ていようと、別世界における同一の存在であろうと。

今、目の前にいる彼女は・・・


竜馬 (俺の仲間だった、ほむらじゃないんだよな・・・)


乞い求めて、決して見る事のできなかったはずの姿に接して、俺はかなり冷静さを欠いてしまっていたようだ。

そんな、当たり前すぎる事に、すぐ思い当たらないとは・・・


竜馬 「いや、すまん・・・今日が初対面だ」


俺は再び草の上に腰を下ろすと、そのままゴロンと横になった。

仲間でない以上、このほむらにはとっとと姿を消してもらいたいと思った。

かけがえの無い仲間と認めた奴と、同じ顔、同じ声で、他人の様な接せられ方をされる事は、耐えがたい苦痛だったからだ。


竜馬 「俺は何でもないから、あんたはさっさと行ってくれ」

ほむら 「え・・・」

キュウべぇ 「ちょっと竜馬。だけれど、彼女は・・・」

竜馬 「おい、よけいな事を言うんじゃねぇよ」

キュウべぇ 「・・・」


押し殺したように発した俺の声に、本気の殺気を感じたのだろう。

キュウべぇが口を閉じる。そうだ、それで良い。

後は狸寝入りでもして、この”ほむら”が立ち去るのを待つだけだ。

それにしても、神様も酷な事をしやがる。奇跡かなんか知らねぇが、これじゃ生殺しじゃねぇか。

ほむら 「流・・・竜馬・・・さん?」


不意にほむらから名前を呼ばれた。

一瞬気のせいかと我が耳を疑いながらも、俺は再び身を起こした。

そうして、まじまじと、ほむらの顔を見つめる。


竜馬 「俺、名乗ったかな・・・?」

ほむら 「あなたの姿を見た時に、なぜかこの名前が頭に浮かんできて。流、さん?」

竜馬 「あってるよ」

ほむら 「やっぱり・・・本当は、それで思い切って声をかけたんです」

竜馬 「・・・」

ほむら 「この河川敷も普段はめったに通らないんだけれど、今日はどうしてか、引き寄せられるようにふらふらと来てしまって」

竜馬 「お前・・・」

ほむら 「流さんの姿を見たら、あなたと会うために、ここに来たんじゃないのかって、そうとしか思えなくなっちゃって」

竜馬 「・・・」

ほむら 「そんなあなたが私の名前を知っていた。だから、聞いてみたんです。私たち、会った事があるのかなって」

竜馬 「俺たちは・・・俺たちは、な・・・」

ほむら 「あ!あわわ・・・私ばっかり話しちゃって!それに、こんな変な話、引いちゃいますよね・・・」


真っ赤な顔をしてうつむいてしまった事で、ほむらの話は終わった。

だから俺が引き継いで、話の先を続ける。


竜馬 「会った事は、な。ある・・・とも言えるし、無いとも言える」

ほむら 「・・・?」

竜馬 「キュウべぇ、どう思う?」

キュウべぇ 「分からないよ。だけれども、ありえない事が現実として、こうして起こっているんだ。そしておそらくそれは・・・」

竜馬 「ゲッターか?」

キュウべぇ 「そうとしか考えられない。だとすれば、ゲッターは君の願いを完結させようとしているのじゃないかな。こうして、別の世界で仲間と再会させるという形で」


俺の願い。共に戦う仲間が欲しい、そんな切実な気持ち。

別の世界でそれは叶えられ、元の世界へ帰る事によって破られたと思っていた願い。

それが今、俺の思いもしない形で、再び結実しようとしているのか?


竜馬 (いや・・・どうあれ、彼女は俺と一緒に戦ったほむらではない)


その事は、どうあっても変えられない事実だ。

だけれど、目の前のほむらが俺の名前を知っていて、俺と巡り合うためにこの場に導かれてきたというのも、また事実。

後ろで糸を引くのは、ゲッターの意思か。だとすれば、ゲッターが意味のない事をするはずもない。

竜馬 「なぁ・・・ほむ・・・いや、暁美」


名前で呼びかけかけて、俺は苗字に言い直す。


ほむら 「はい?」

竜馬 「少し、話をしないか。聞いて欲しい事が、たくさんある。気になってるだろう、こいつの事とかもな」

キュウべぇ 「よろしくね、僕の名前はキュウべぇと言うんだ」

ほむら 「は、はぁ・・・よろしく・・・」

竜馬 「俺がお前の名前を知っていたわけ。お前が俺の名を知っていた理由。たぶん、納得のいく説明ができると思う」

ほむら 「本当に!?」

竜馬 「・・・!」


聞き返してきたほむらの目に、一瞬。

あちらの世界で知り合ったほむらと同じ、強い意志の輝きを感じた。

ああ、やはり。こいつは紛れもない、暁美ほむらなのだ。

竜馬 「本当さ。ここじゃなんだ、俺の住んでいる所までついて来てくれないか」

ほむら 「住んでいる・・・?どこですか、それって」

竜馬 「早乙女研究所だ。聞いたことくらい、あるだろ?」

ほむら 「早乙女って、ゲッターロボの・・・え、ええっ!?」


驚くほむらを尻目に、俺はスタスタと研究所までの帰路を歩き始めた。

慌ててついて来るほむらとキュウべぇの気配を背中で感じながら、俺は思う。

これから語る話を、”この”ほむらはどのように受け取るのだろうか。

なぜゲッターは、俺と彼女を、出会わせたのか。

そして・・・


竜馬 (俺は、こちらのほむらの事も、いずれ名前で呼びかけてやる事ができるようになるのだろうか・・・)

先の事は、何もわからない。

だが、少なくとも・・・

この世界へと帰りついてから、閉塞して持って行き場のなかった俺の心に、新たな行き場所が与えられた。

そんな確信めいた気持ちが芽生え始めているのも事実だった。


竜馬 (ほむら、遅ればせながらだが、やっと・・・)


前に進むことができそうだぜ。

お前が信頼し、必要としてくれた俺として、お前がいない世界でも生きていくことのきっかけが、思いがけない形で与えられたのだからな。


陽が西の空に沈もうとしている。

沈んだ太陽は新生し、新たな一日を従えて、明日は東の空を照らすのだ。

俺もまた・・・

新たに生まれ変わった気持ちで、一歩を踏み出す。


今が、その時なのかも知れない。



エピローグ ~竜馬編~ 了


次回へ続く!

次からは、ほむら編のエピローグとなります。
投下は年明けになる予定ですが、今しばらくお待ち頂ければ幸いです。

それでは、良いお年をお迎えください。

明けましておめでとうございます(かなり遅くなりましたが・・・)。

では、再開します。

・・・
・・・


エピローグ ~ほむら編~

ゆま 「それじゃ、行くね」


私の部屋の玄関先で、笑顔のゆまが明るく言った。

その後ろでは、杏子が静かに待っている。


ほむら 「うん、気を付けて」

ゆま 「ほむらお姉ちゃん。今まで本当にありがとう。本当のお姉ちゃんができたみたいで、ゆま、とっても楽しかったよ」


ぺこりと頭を下げるゆま。

幼いながらに、自分の気持ちを精いっぱい示そうとしてくれるゆまが、私にはたまらなく愛おしくて。


ほむら 「私こそ・・・私の方こそよ」


たまらず私は、腕の中へとゆまを抱き寄せていた。

ほむら 「私の事、お姉ちゃんって呼んでくれてありがとう。とてもとても、嬉しかったわ」

ゆま 「え、えへ・・・だって、本当だもの」


ゆまの返事には、わずかに鼻声が混じっている。


ゆま 「・・・最後は笑顔でサヨナラしたかったのに・・・やっぱり、ゆまってダメだなぁ」

ほむら 「また、いつでも来てね。ここは、あなたのもう一つのお家なのだから」

ゆま 「うぐっ・・・う、うん・・・!」

杏子 「だってさ。良かったな、ゆま」


私の胸に顔をうずめてしゃくりあげ始めたゆまの頭を、杏子が優しくクシャッと撫でた。

ほむら 「あなたもよ、杏子。ゆまと一緒に、また遊びに来て。いつだって歓迎するから」

杏子 「言われなくったって、お邪魔するさ。その時は、美味い飯を食わせてくれよな」

ほむら 「腕を磨いておくから、期待していて」

杏子 「そうしておいてくれよ。何せお前には、でっかい貸しがあるんだからな」

ゆま 「もー、きょーこったら、またその話?」

杏子 「大問題だっての」


ゆまから涙まじりに軽蔑の眼差しを向けられても、杏子にとってはどこ吹く風だ。


杏子 「なにせ、約束だったワルプルギスのグリーフシード、貰えなかったんだからな」

ほむら 「それは・・・悪かったとは思うけれど、仕方がないでしょ」

ワルプルギスの夜を倒した暁には、そのグリーフシードの所有権を杏子に認める。

その条件で彼女は、ワルプルギス戦への参加と、必要なグリーフシードの提供を呑んでくれていたのだ。

だが、ワルプルギスの夜はゲッタービームにより跡形もなく、グリーフシードもろとも灰となってしまった。

結果として、杏子との約束を反故とする形になってしまったのだ。


杏子 「結局、持ち出しばかりかさんで、赤字で終了。これじゃぁさ、飯くらい食わせてもらわなきゃ、いくら何でも割が合わない」

ほむら 「はいはい・・・食い物ならぬ、グリーフシードの恨みは怖いって事ね。身に染みたわ」

杏子 「・・・へへっ、冗談だよ」


杏子が、いたずらっぽくも、どこか柔らかな雰囲気で微笑んで見せた。

杏子 「なんだかんだ言って、楽しかったぜ。みんなでつるんでさ、たまにはこういうのも、悪くないって思えた。恨みになんて、これっぽっちも思っちゃいないって」

ほむら 「杏子・・・」

杏子 「飯は楽しみにしてるけどさ。埋め合わせとかじゃなくて、普通に遊びに来るよ・・・友達として」

ほむら 「ええ。その時はマミたちも呼んで、みんなで集まりましょ」

杏子 「ああ。それじゃ、ゆま。そろそろ行くか」

ゆま 「うん」


杏子が、ゆまに向かって手を差し出す。

私の胸元から離れたゆまが、杏子の手を取った。それが私には、とても自然な姿に思えた。

杏子 「あ、そうそう・・・」


去り際。

杏子が振り向きながら、思い出したように言う。


杏子 「ワルプルギス戦の最期、奴にとどめを刺した時の魔法だけどさ、あれはすごかったな」

ほむら 「・・・」

杏子 「武蔵との波状攻撃だったんだろ。どんな魔法使ったんだよ。下からじゃ、眩くて見えなかったからさ」

ほむら 「それは・・・あの時は必死だったから、よく覚えてないのよ・・・」

杏子 「はは、なんだよ、それ。まぁー、いいや。それじゃ、ほむら。元気でな」

ほむら 「ええ」


振り返り、振り返り。何度もこちらへ手を振りながら。

それでも今度こそ。

二人はここから、去って行った。


ほむら 「・・・」


私は部屋の中へと引き返すと、静かに扉を閉める。

途端に私の周囲は、静寂に包まれてしまった。

ほむら 「これで本当に、一人だけの部屋になってしまったなぁ」


ゆまがいない。そして・・・

私は居間のソファーに腰を下ろした。

よく、ゆまや竜馬と共に腰かけて話をした、あのソファーだった。


ほむら (その竜馬も、もう・・・)


再び、ここを訪れる事はないのだ。


ほむら (そう、竜馬はいない)


世界のどこにも、誰の記憶の中にも。


ほむら (ただ一つ、私の思い出の中だけを除いて・・・)

・・・
・・・


竜馬が去った後、世界はただちに改変を始めた。

イレギュラーであった竜馬がいなくなり、もう一人のイレギュラーである武蔵が、こちらの住人として、世界と交わることを選んだ結果。

異分子のいなくなった世界は、ゲッターロボと流竜馬の存在自体を消し去ってしまったのだ。


ほむら (・・・消したというのは、語弊があるわね)


最初からいなかったものとして、世界自体を作り変えた・・・いいえ。

元々の、あるべき姿へと作り直した・・・と言った方が、ふさわしいのだろう。

ゲッターや竜馬がかかわった事柄は、別の事象に置き換えられてしまった。

ゲッターの力を頼りに戦ったワルプルギス戦ですら、私たち魔法少女たちが協力して戦った結果、打ち勝ったと。

その様に事実が、書き換えられてしまったのだ。


ほむら 「・・・ん?」


私の物思いにふける時間を邪魔するように、唐突に来客を告げるチャイムが鳴らされた。


ほむら 「・・・ゆま?忘れ物でもしたのかしら」


私は玄関へと向かうと、外にいる者がゆまたちであることを疑いもせずに、扉を開けた。

・・・だが、そこにいた予想外の人物の姿を見て、私は思わず息を呑む。


ほむら 「・・・美国織莉子」

織莉子 「こんにちわ」

なぜ彼女がここに・・・いったい何をしに来たというのだろう。

私は思わず身構えてしまう。

だけれど・・・


織莉子 「ふふっ・・・どうしたの、暁美さん。変な格好をして」


私の様子を見て、織莉子はおかしそうに、柔らかく笑ったのだ。

・・・そうだった。彼女は私の”敵”ではないのだ。

この改変された世界では。

ほむら 「・・・どうしてここに?」

織莉子 「うん、今日はお別れを言いに」

ほむら 「・・・」

織莉子 「上がっても?」

ほむら 「・・・どうぞ」


断る理由も思いつかない。

やむなく私は、織莉子を部屋へと招き入れる事にした。

・・・
・・・


紅茶を入れて、私の分と織莉子の分。

二つのティーカップをテーブルへと出した。

芳醇な香りが、またたくうちに私と彼女の間を満たす。


織莉子 「良い香り。高級な茶葉を使っているようね」

ほむら 「ええ、巴さんに色いろ指導を受けてね。そこそこ美味しく煎れられるようになったつもりなのだけれど」

織莉子 「そう」


頷きながら、カップのふちに唇を重ねる織莉子。

お茶を一口ふくんで、にっこりと笑う。


織莉子 「自信に裏付けあり、ね。大したものだと思うわ」

ほむら 「それはどうも・・・」

目の前のカップに満たされている、琥珀色の液体。

ティーパックで煎れた物ではない、キチンとお茶の葉から蒸らして煎れた紅茶だった。

織莉子もほめてくれた紅茶を、あの人にも飲んでもらいたかった。

当時の私には煎れられなかった紅茶を、今の私は煎れられる。

その程度の時間が、過ぎ去っていた。


織莉子 「暁美さん・・・?」

ほむら 「な、なに・・・?」

織莉子 「悲しそうな顔をしていたから。どうかしたの」

ほむら 「・・・何でもないわ。それよりも美国さん、お別れって?」

織莉子 「あぁ・・・うん。ワルプルギスの夜も倒したし、懸念していたワルプルギス以上の魔女も現れなかった。しばらく様子を見ていたけれど、もう良いかなって思って」

ほむら 「じゃあ?」

織莉子 「帰るわね。私は私のテリトリーへ」

ほむら 「同じ市内よね?」

織莉子 「でも、見滝原市は広いからね。私と暁美さんの活動範囲は、本来は重ならないから」

ほむら 「そうね」


事実、今回も今までの時間軸でも。

美国織莉子が表だって活動を開始するまで、私たちが鉢合わせすることは一度もなかった。

むしろ、一度も顔を会せないで終わる時間軸の方が多かったくらいなのだ。


織莉子 「あなたたちとの共闘は、非常に意義深いものだったわ。きっと一生忘れられない」

ほむら 「・・・」


改変前の記憶を持っている私にとって、その想いはとても共有できるものではなかった。

彼女は敵だったのだ。

織莉子は自らの目的のためにキュウべぇと結託し、何人もの少女の運命をゆがませた。

そして、歪まされた中の一人には、私の友達もいたのだ。


ほむら (だけれど・・・)


目の前の織莉子には、私たちと敵対したという過去はない。


ほむら (それはそうよね)


ゲッターロボの存在しない世界で、ワルプルギスを超える魔女の正体に関する予知を見る事もなかった彼女にとって。

私たちと敵対する理由など、微塵もありはしないのだから。

織莉子 「それでも、お互いに失ったものは大きかったけれどね」

ほむら 「・・・」

織莉子 「私はキリカや他の仲間を・・・あなたは志筑仁美さんを失った」


そう・・・

改変された後の世界にあっても、死んだ人間が生き返ることは無い。


ほむら (ゲッターロボと関わったために、死んでしまった志筑仁美・・・)


ゲッターの存在が無い事となったことによって、彼女の死すらも消滅しているのではないかと、淡い期待を抱いたのだけれど。


ほむら (死の過程が書き換えられただけで、けっきょく仁美が戻ってくることはなかった)


それは呉キリカや、美国織莉子の手先となって死んでいった少女たちも、同じような状況なのだろう。

なんともやりきれない気持ちになってしまうけれど、世の中はそんなに甘くはないという事なのだと思う。

織莉子 「生き残った私たちは、キリカの・・・ううん。死んだ人たち全ての想いを背負って、これからも懸命に生きていかなければならない」

ほむら 「美国さん・・・」

織莉子 「生きている事への後ろめたさを誤魔化すための、きれい事に過ぎないかも知れないけれど」

ほむら 「いいえ、その点に関しては同意見だわ」

織莉子 「ふふ・・・」


織莉子はもう一度柔らかく笑うと、カップの紅茶を飲み切って立ち上がった。


織莉子 「そろそろ行くわ。最後にあなたとお話ができて良かった」

ほむら 「そう・・・元気でね」

織莉子 「けっきょく、あなたから私に向けられる敵意をほぐす事は叶わなかったけれど」

ほむら 「・・・」


そればかりは仕方がない。

”今の”織莉子には身に覚えが無くても、私にはどうしても彼女がしてきた事を、許す気持ちにはなれないのだ。

織莉子 「じゃあね。暁美さんもせいぜいご自愛を。お互いに一日でも長く生き延びましょう。見滝原と大切な人たちを守るためにも、ね」

ほむら 「・・・ええ」


私が見送る先。

織莉子は一度もふり返ることなく、街並みの中へと消えていった。

もう会う事もないんだろうな、と・・・漠然と思う。

それで良い。その方が、お互いの為なのだ。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


ワルプルギスの夜との決戦から、大よそ一月ばかりが経過していた。

壊滅的な被害を受けた見滝原の人々は、復興作業に大わらわとなっていた。

しかし、人的被害が皆無だった事もあって、比較的被害の少なかった地区には、少しづつ日常が戻ってきつつあった。

今、私がいるのも、そんな場所にある一軒のしゃれた喫茶店。

店内に流れるゆったりとした音楽に耳を遊ばせながら、暖かな湯気を立てるコーヒーを楽しんでいると・・・


? 「ごめんね、待たせちゃった?」


来客を告げるベルを鳴らしながら駆け込んできたあの子が、息を弾ませながら私の席へとやって来た。


ほむら 「ううん、そんなにでもないわ、まどか」

まどか 「うぇひっ、よかったぁー」

胸をなでおろしながら、まどかが私の向かいの席へと腰を下ろす。


まどか 「ほむらちゃん、なに飲んでるの?」

ほむら 「カフェオレ」

まどか 「おいしい?」

ほむら 「かなりね」

まどか 「じゃあ、私もそれにしよっと」


まどかは店員へと注文をし終えると、改めてと言う感じで、私とカフェオレの入ったカップを交互に見比べ始めた。


ほむら 「・・・なに?」

まどか 「うぇひひっ、ごめんね。えっとね、なんだか意外だなって思っちゃって」

ほむら 「・・・?」

まどか 「ほむらちゃんだったら、格好良くブラックコーヒーとか飲んじゃうのかなぁって、そんなイメージがあったから」

ほむら 「・・・ああ、そういうこと」

そういえば、この時間軸ではなかったけれど。

かつて、こんな風にまどかと喫茶店に入って話をした時に、私は確かにブラックコーヒーを飲んでいたっけ。

もっともあの時は、まどかに魔法少女になることが、どれだけ危険で愚かな行為なのか、分からせるための話し合いの場だったのだけれど。

厳しく接しなければならない場面で、甘いコーヒーなんて飲んでいられるはずもない。


ほむら 「キャラ作り・・・」

まどか 「え?」

ほむら 「ビターなコーヒーが似合う女と思わせたい・・・みたいな?」

まどか 「なにそれ、変なの!」


まどかがおかしそうに、コロコロと笑う。

今はこうやって、笑いあえる関係になれたのだ。自分を飾る必要もないし、飾った自分なんてけっきょく無意味でしかない。


ほむら (その事は、あの人が教えてくれた・・・だから・・・)

まどか 「ほむらちゃん・・・?」

ほむら 「え?」

まどか 「今ちょっと、なにか考え込んじゃってたようだったから・・・」

ほむら 「あ、ごめんなさい。なんでもないの、ほんと」


まどかが心配げに、私の顔を覗き込んでいる。

いけない、私としたことが。

慌てて私は、努めて明るく話題を変える。


ほむら 「そ、そういえば、もうすぐ学校も始まるわね」

まどか 「あ、うん。校舎もちょっと被害受けちゃってたから。一か月。長い休校だったね」

ほむら 「そうね」

まどか 「だけど、この程度で学校を始められるのは、ほむらちゃんたちが頑張ってくれたからだから」

ほむら 「・・・」

まどか 「街の人たちは誰も知らなくても、私はその事を知っているから。感謝、しているから」

ほむら 「まどか・・・」


誰の感謝も要らない。

まどかが知ってくれているというだけで、私には充分すぎる程なのだ。


そして。

それから私たちは他愛のない話で時間を潰し、ほど良い頃合いで喫茶店を出た。

今日はこれから、巴マミの家へとお邪魔をする。

ワルプルギス戦から一か月。休校も間もなく明けるという事で、一度集まろうと。

マミの提案で、食事会が催される事になったのだ。

ほむら 「今日は腕の見せ所ね」(ふんすっ)


当然、私もマミと一緒に料理を提供する側だ。

マミから手ほどきを受けて以来、研鑽し続けてきた料理の腕前を、ついにまどかに披露する時がやって来たのだ。

思わず気合が入ってしまう。


ほむら 「腕によりをかけるわ。期待していて」

まどか 「もちろんだよー。ほっぺたが落ちちゃう勢いの料理、楽しみにしてるからね」

ほむら 「任せて!」

まどか 「うぇひひ」

ほむら (・・・そういえば、あの人も。私のふるまった料理をおいしいって。たくさん食べてくれたっけ)


まどか (ほむらちゃん・・・?)

・・・
・・・


武蔵 「おー、二人ともよく来たな!さぁ、入って入って!」


マミの部屋を訪れると、出迎えてくれたのは同居している彼女の兄、武蔵だった。


まどか 「お邪魔します。あの、マミさんは?」

武蔵 「今、料理中で手が離せないんだ。キッチンにいるよ」

ほむら 「じゃあ、私はそちらに合流するわ。まどかは武蔵さんと一緒に、リビングで待っていて」

まどか 「分かったよ!」

巴武蔵・・・

向こうの世界では竜馬と共にゲッターロボを駆り、恐竜帝国と死闘を繰り広げていた男。

いわば、最も竜馬とつながりが深いはずの彼もまた、竜馬の事を覚えてはいなかった。

この世界で生きる事を望み、世界と順応した結果。

異世界から来たことも、ゲッターロボとの関わりもすべて抹消され、最初からこちらの世界にいたものとされてしまったようだった。


ほむら (そう・・・武蔵ほど特異な立場の人間ですら、世界改変の理から外れる事は出来なかった)


ただ、改変前の世界での死から仁美たちが逃れる事ができなかったのと同様に、武蔵が魔法少女となってしまった運命もまた、改変後へと持ち越されている。

それが世の理に反する、”男の魔法少女”であったとしても、だ。


まどか 「そういえば武蔵さんは男の人なのに、どうして魔法少女に契約できたんですか?」


リビングに向かう途中のまどかが隣を歩く武蔵に、ベストなタイミングで質問を投げかけてくれた。

武蔵 「俺も良く分からないんだけどさ、キュウべぇが言うには、人類始まって以来の例外中の例外って事らしいよ」

まどか 「えっと、それって・・・」

武蔵 「つまり、たまたまの特異体質。天文学的に低い確率で発生した、ね」

まどか 「はぁ、そうなんですね」


そう、それと同じ事はこの前、一匹のキュウべぇを捕まえて問いただした際に聞かされていた。


ほむら (それが本当なのか、それとも改変後の世界特有の、他の理由があるのかまでは、確認のしようもないのだけれど・・・)


かつて私が何も知らなかった頃も、キュウべぇは情報は小出しにして、全てを教えるなんてことをしてはくれなかったのだから。


武蔵 「まぁ、きっと俺が女性並みの、細やかな心の持ち主だったからこそ、発生した例外だったんだろうけどね!」

ほむら 「・・・」


最後の武蔵の一言へのツッコミはまどかに任せる事にして、私はマミの待つキッチンへと入って行った。

・・・
・・・


マミ 「あ、暁美さん!お久しぶり!」


私の姿が視界に入るや否や、マミがガバッと抱きついてきた。

いきなりの事に、アワアワしてしまう私。


ほむら 「ちょっとちょっと、巴さん!鍋、鍋がふきこぼれる・・・!」

マミ 「あ、いけない」


マミは私から離れると、こつんと自分の頭をこずいて、可愛らしく舌を出して見せた。


マミ 「ティロっ☆」

ほむら 「良いから、早く料理に戻って。折角の料理、焦げ付かせちゃうつもり?」

マミ 「もー、相変わらず暁美さんったら、ドライなんだから」


ブツブツ言いながらも、やりかけの仕事に戻るマミ。

おたまで鍋の中身を撹拌させながら、こちらに向ける視線には、いまだ不満が色濃くにじんでいる。


マミ 「暁美さんはこの頃、いつもそう。魔女退治の時も、終わったらさっさと帰っちゃうし。私はつまらないわ」

ほむら 「退治し終ったら、帰るに決まってるじゃない。他に何かすることでも?」

マミ 「そこはほら、一緒にお茶でもするとか」

ほむら 「いやよ、面倒くさい」

マミ 「えー、ひどい!」


事実、この頃のマミは本当に面倒くさい。

だから、意図的に避けていた面もあったのだ。

マミ 「休校中で学校では会えないのに、遊びに来てもくれないし。最近の暁美さんって冷たくない?」

ほむら 「そういう巴さんは、最近かなりウザいわね」

マミ 「えっ!?」


愕然とした顔をして、私を見るマミ。

私、そんな意外なことを言ったかしら?


ほむら 「だって巴さん。会えばすぐベタベタしてくるし・・・なんて言うのかしら・・・そう、あえて言えば・・・」

マミ 「い、言えば・・・?」

ほむら 「重い」


もともと重い所があるマミだったけれど、この頃の彼女はその重さが逆方向に振り切れてしまった。

そんな感じがする。

マミ 「・・・っ!!」


重い・・・という、私の一言を受けて。

心からの衝撃を全身で表すように、肩を落として落ち込んでしまったマミ。

だけれど、それでも料理をさばく手を休めないのは、さすがと言ったところか。


マミ 「・・・体重の事じゃないわよね?」

ほむら 「・・・違います」

マミ 「接し方・・・の方よね?」

ほむら 「・・・そうです」

マミ 「そう、そうだったの・・・自分ではフレンドリーに接していただけのつもりだったんだけれど・・・ごめんなさいね・・・」

ほむら 「あ、いや・・・」

マミ 「暁美さんや鹿目さんは、久々にできたお友達だから、つい嬉しくなちゃって。でも、ちょっと自分を抑えきれなくなっていたのかも」

ほむら (ほら、そういう所が重いのよ・・・)

マミ 「あ、ちょっと、そこのおしょうゆ取って?」

ほむら 「あ、はい」

マミ 「ありがと・・・」

ほむら 「・・・」

マミ 「私って、ほんとバカ・・・」


それって、違う人のセリフ・・・なんて突っ込みができるはずもなく・・・

そこまで深く落ち込まれちゃったら、なんだか私が罪悪感を持ってしまうじゃない・・・

ほむら「ごめんね、ちょっと言い過ぎだったみたい」


耐えられなくなって、思わず謝ってしまった。

だけれど私だって、今まで見せられたこともないマミの姿を見せられて戸惑っていたのだ。


ほむら (でも、マミがこうなってしまった理由は、私にもうっすら分かる)


きっと今の、甘えん坊でダダもこねる彼女こそが、本来のマミの持ち味なのだろう。

それが幼くして両親を亡くし頼るすべもなく、魔法少女となってからは最年長のベテランとして、後輩を引っ張っていかなくてはいけなかった。

そんな彼女の境遇が、必要以上に年長者としてふるまう事をマミに強要していたに違いない。


ほむら (だけれど今は、そんな必要もなくなった)


この世界では、マミが背中を預けるべき、頼りとなる存在が側にいてくれる。

言うまでもない。兄の武蔵だ。

武蔵がいてくれることによって、彼女は今まで背負ていた重荷を下ろし、本来の自分に立ち返ろうとしているのだろう。

ただ、手先の器用さとは違って内面を表現する事が不得手な彼女は、私たちとの新しい距離の詰め方が分からなくなっているのだ。


ほむら (そして、そんなマミを見せられて、私の方だって戸惑っている・・・)


今まで毅然として、強くあろうとしていたマミの姿しか知らなかったのだ。

いわばマミは、私たち後輩魔法少女たちが手本とするべき”姉”だった。

それが、いきなり妹属性を身に着けた甘えん坊になられては、こちらだってどう接していいのか分からない。


ほむら (それで、困っちゃって・・・会う回数を減らしていたのよね、本当のところは・・・)


でもそれは、私の方が慣れていくしかないのだとも思う。

もし改変されたこの世界で、再びマミがかつての様に振る舞わなければならないとしたら・・・

それはきっと、とても悲しい事だと思うから。

ほむら (歩み寄りが大事よね。仲間の大切さは、あの人から深く教えられたのだから・・・)


私は意を決すると、努めて明るくマミに声をかけた。


ほむら 「それで、私は何をすれば良いの?」

マミ 「え・・・?」

ほむら 「まだまだ料理は不慣れだもの、巴さんの力を借りなければ、私は心もとないわ。ね、指示をお願い」

マミ 「・・・暁美さん!」


頼られたことが、そんなに嬉しかったのか。

マミの顔に、まるでひまわりの花を咲かせたような、満面の笑顔が広がった。


マミ 「じゃあ、ペースアップしてじゃんじゃん作っちゃいましょう!リビングでは、鹿目さんとお兄ちゃんがお腹すかせて待ってるんだからね!」


腕まくりして張り切るマミは、とても可愛らしく見えた。

こんな愛らしい笑顔を、決して曇らせてはいけないな、と。

彼女の隣で野菜を刻みながら、私は思った。

・・・
・・・


にぎやかに食事会を終え、その帰り道。

私とまどかは連れだって帰路を歩いていた。


まどか 「楽しかったよねぇ、ほむらちゃん」

ほむら 「そうね」

まどか 「お料理も美味しかったし、お腹パンパン。うぇひひっ、ついつい食べ過ぎちゃった」

ほむら 「喜んでもらえて良かった。巴さんと一緒に、腕を振るった甲斐があったわ」

まどか 「でも、ご馳走してもらってばかりでも悪いし、今度は私が二人に何か、作ってくるね」

ほむら 「え、それって・・・」

まどか 「お弁当とか、どうかな?学校が始まったら・・・」

ほむら 「・・・っ!!」


まどかの・・・まどかの手作りのお弁当!!

まどか 「良かったら・・・なんだけど。あ、でも。今じゃほむらちゃんの方がお料理上手だし、かえって迷惑かn
ほむら 「ぜひよろしく!!」

まどか 「あ、う・・・うん・・・がんばって作ってくるからね」

ほむら 「期待してる!死ぬほど!!」

まどか 「うぇひひ・・・死んじゃだめだよー」


・・・楽しい。

まどかと他愛ない会話をしながら、のんびりと時を刻むことができる。

一緒に歩く。笑顔を交し合う。時おり、どうしようもない冗談を言い合ったりもして。

こんな日々を・・・何でもない、当たり前の日常をまどかと共に過ごす事を。

私はずっとずっと、心の底から待ち望んできたんだ。


ほむら (それを今、私は手に入れて、享受している)


まるで夢のようだと、私は思った。

いや、実際に私は夢の中にいるのじゃないだろうか。そう疑ってしまうほどに、今の私は幸せなのだ。

望みが叶い、友達に恵まれ、愛しい人の側にいられる。

これ以上ないほどの幸せ。


ほむら(・・・そう、これ以上ない・・・でも、それって本当に?)


なぜだろう。ふ、と。疑問が頭をよぎる。

幸せでいる私にとって、当然そこにあって当たり前のモノが存在しない事の喪失感。

それはまるで、完成間際のジクソーパズルの、最後のピースがどうしても見つからないような・・・

それを、ヒシヒシと感じるのだ。

だから・・・疑問が生まれる。


ほむら (ううん・・・疑問でもないんでもない)


本当は全てわかっている。

この、満たされない気持ちの正体に・・・

まどか 「ほむらちゃん」


はっとして、うつむき加減になっていた顔を上げる。

まどかと目が合った。心配そうに、私の顔をのぞき込むまどかと。


まどか 「なにか考え込んじゃってるようだけど・・・何かあったの?」

ほむら 「な、なんでもない」


不安げなまどかの眼差し。


ほむら (喫茶店に続いて、まどかにまた、こんな顔をさせてしまうなんて、私って・・・)


まどかの視線に耐えられず、私は思わず目をそしてしまう。


まどか 「ほむらちゃん、でも・・・」

ほむら 「まどか、ごめん。用事を思い出したから、先に行くわね」

まどか 「え、ちょっと、ほむらちゃんっ!」

ほむら 「今日は楽しかった。じゃあ、次は学校でね」


言い捨てるように告げると、私は身を翻すようにして、その場から立ち去った。

後ろからはなおも、私を呼び止めようとするまどかの声が聞こえる。

敢えて私は何も聞こえないふりをして、ただひたすらに自宅へと向かって足を動かし続けた。


・・・まるで、逃げるように。

・・・
・・・


私の部屋。

部屋に帰り着いた私は、ソファーに倒れ込むように横たわった。

クッションに顔を埋める。

情けなくて・・・自己嫌悪に涙が出てくる。


ほむら (よりによって、まどかから逃げてきちゃうだなんて・・・)


急に駆け去る私を見て、まどかはいったいどう思っただろう。

怪訝に感じただろうか。もしかして、気を悪くさせてしまったかも・・・

グルグルと後悔の念が、私の頭を駆け回る。

・・・でも。


ほむら (あの場にそのまま居続けたら、きっと今以上にまどかを戸惑わせてしまったはずだから・・・)

幸せを幸せのまま、楽しさを心から楽しいと・・・

そう思えない私がいる。それが顔に出る事をこらえきれない。

弱い、情けない私・・・


ほむら (だけど、そんな顔をまどかには見せられない。見せたくなかったから・・・)


だから、逃げてきたのだ。

そそくさと、それも不自然になるにもかかわらずに。

ほむら (孤独だわ)


そう思う。

孤独なはずはない。頭では分かっているのだ。

この時間軸での私は、今までのどの時間軸での私と比べても、周りの人に非常に恵まれている。

友達も仲間もいる。まどかも私の事を認めてくれている。

幸せ過ぎるほどに幸せ・・・な、はずなのに。

胸をさいなんで已まない孤独感を拭い去る事ができない。


ほむら (誰かに聞いて欲しい・・・)


共有して欲しいのだ。

私の今の孤独感を、他の人にも分かって欲しい。

だけれど・・・


ほむら (理解して貰えるはずがない。だって、私の孤独感の正体は・・・)


その時だった。

来客を告げるチャイムが鳴らされたのは。


ほむら 「だ、誰・・・?」


恐る恐る玄関へと向かう。

扉の外への呼びかけに返ってきた声は・・・


まどか 「ほむらちゃん、開けて?」

ほむら 「あ・・・」


心配げに震える、まどかの声だった。

次回へ続く!

再開します。

・・・
・・・


リビングにテーブルをはさんで、向かい合わせに座る私たち。

私は正直、居心地が悪い。それはそうだ。さっきは逃げるようにして、まどかの前から立ち去ってしまったのだから。


ほむら 「・・・」

まどか 「・・・」


しばらく無言の時間が続いた後で。


まどか 「ねぇ、ほむらちゃん」


最初に口を開いたのは、まどかの方だった。


ほむら 「な、なぁに・・・?」

まどか 「なにか、あったの?」


そうよね、まずはそう聞かれる流れよね。

と言って、正直に答えられるわけもなく・・・


ほむら 「と、特に何も・・・さっきも言ったけど、用事を思い出しただけで別に・・・」

まどか 「そうじゃなくって」

ほむら 「・・・え?」

まどか 「その前も・・・私ね、気がついてたよ」

ほむら 「なにを・・・?」

まどか 「時おり、悲しそうな顔をしてたでしょ。何かを思い出すように・・・」

ほむら (・・・っ!)


さっきの件だけじゃなく、その前から?


もしかして、喫茶店で話をしていた時の事?

そこで、私が悲しい顔をしていた・・・?

頭の中では、いくつものハテナがグルグル渦まいている。


ほむら (確かに・・・確かにいろいろ考えちゃってたのは事実だけれど、そこまで顔に出ていたのかしら?)


そういえば、美国織莉子にも、悲しい顔をしているって指摘されたっけ。

自覚はしていたつもりだったけれど、どうやら私は自分で思っている以上に気落ちが顔に出やすい性質のようだ。


(竜馬 「なんだろなぁ。お前、自分で思ってるほどクールじゃないぜ。不器用だからな、けっこう顔に出る」 )


不意に。

いつか言われた、竜馬の一言が頭の中に蘇る。


ほむら (まただ・・・)


私はどうして、事あるごとに彼の事ばかり思い返して・・・


まどか 「・・・」

とにかく、不要な心配をまどかにさせ続けるわけにはいかない。今はまず、上手く誤魔化しておかないと。


ほむら 「そんなの、まどかの気のせいよ。私は別に、いつも通りだわ」

まどか 「だって、たった今だって」

ほむら 「・・・!」

まどか 「ほむらちゃん、悲しい顔したよ。ねぇ、なにがあったの?私には言えないこと?」

ほむら 「そうじゃなくて、本当に何もないのよ・・・」

まどか 「そんなわけないと思う」

ほむら 「ど、どうしてまどかに、そんな事が分かるのよ」


誤魔化したいあまり、ついつい私の口調がきつくなってしまった。

しまった・・・と思ったけれど、まどかはまったく意に介していない様子で。

真摯な表情を変えることなく、じっと私を見つめたまま。


まどか 「分かるよ」

ほむら 「だ、だから、どうして・・・」

まどか 「今の私、ほむらちゃんと一緒だから」

ほむら 「?」

まどか 「ほむらちゃんがずっと私を見ていてくれたように、私も同じくらい、ほむらちゃんの事を見ているから」

ほむら 「・・・え」

まどか 「だから分かるんだよ。だから心配なの」

ほむら 「ま、まどか・・・」

まどか 「私じゃ何の力になってあげられないかも知れない。きっと力不足だと思う。だけど、話を聞いてはあげられる」

ほむら 「・・・」

まどか 「一緒にいてあげられるから・・・だから・・・」


そこまで言って、まどかは口をつぐんだ。

無理強いさせるべきじゃない。あとは私の気持ちに沿うべきだという、まどかの優しい心遣いが伝わってくる。


ほむら (話して良いの・・・?)


私は逡巡してしまう。

突拍子もない話だ。信じてもらえないかも知れない。引かれてしまうかも。

だけれど・・・


ほむら (このまどかは、私が時間軸をループし続けてきたことを、疑いもなく信じてくれたんだわ)


私の来歴を打ち明けた時、まどかは少しのためらいも無く、私を受け入れてくれたのだ。

ほむら (理解してもらえるはずがないだなんて、それこそ単なる思い込みに過ぎなかったんだ)


そうだった。勝手に壁を作って、孤独感に苛まれていたのは私の勝手。


ほむら (言おう。話して良いんだ)


意を決して私は、テーブル越しにまどかの手を握ると、ゆっくりと口を開いた。


ほむら 「聞いて欲しいの。私とあの人の出会いから別れの話を」

・・・
・・・


あの日。ワルプルギスの夜との戦いを目前にして、まどかと公園で話し合った時と同様に。

まどかは私の話を、口を挟まずに聞いてくれた。

話した内容は、私と竜馬が駆け抜けた、一ケ月間の物語だ。

私が一通り話し終えたところで、ようやくまどかが口を開く。


まどか 「じゃあ、私もその”流竜馬”っていう人と、顔見知りだったの?」

ほむら 「そう、そしてまどかだけじゃなく、美樹さんや巴さん、佐倉さんたちとも、みんなね」

まどか 「そして、その人とほむらちゃん達が、ロボットに乗って最大の魔女をやっつけちゃった・・・」

ほむら 「ええ。でも、その事を覚えている人はいない。リョウがこの世界で生きていたという痕跡も、今はもう何も残っていない」

まどか 「世界が改変されてしまった、から・・・」

ほむら 「そう」

まどか 「・・・でも、ほむらちゃんだけは覚えている」

ほむら 「何故だかは分からないのだけれどね」

まどか 「・・・」

ほむら 「びっくりした?」

まどか 「うん・・・私の知っている事と、いろいろ食い違っているから・・・」

ほむら 「そうよね」

まどか 「・・・」


まどかが再び口をつぐんでしまったところで、私は話を先へと進める。

ここからは、竜馬が帰ってしまった後の話・・・

と言うよりは、私の弱音の吐露だった。

ほむら 「まどか。これから私の弱い部分を全てさらけ出すわ。呆れちゃうかもしれない。でも、あなたに聞いて欲しいの」

まどか 「う、うん」

ほむら 「・・・なにかがあれば、その都度彼との思い出が頭をよぎるの。そう、リョウ・・・流竜馬との」

まどか 「・・・」

ほむら 「彼と過ごした日々は一月に満たない短いものでしかなかったけれど、思い出と呼ぶにはあまりにも峻烈すぎて。

     過去の事、過ぎ去った事なのだと思いこもうとしても、私の感情が、それを拒否してしまう・・・」

まどか 「だから、時おり悲しそうな顔を見せていたんだね。流さんの事を思い出して・・・」

ほむら 「ええ・・・そうみたいね」


その事については、そこまで頻繁に顔に出ていたとは、自分では気が付かなかったのだけれど。

ほむら 「だけれど、この改変された世界で、リョウの事を覚えているのは、自分ただ一人。

     こんなにも激しく私の胸の内に息づいているリョウとの思い出を、分かち合える人は、誰一人として存在しない。

     その事が・・・私にはたまらなく寂しかったの」

まどか 「ほむらちゃん・・・」

ほむら 「孤独感で胸が・・・締め付けられてならないのよ」


弱音を吐き切った。

まどかがどんな顔をして聞いているのか。知るのが怖かった私は、ほとんど彼女の顔を見ずに話し続けていた。

話し終わった今も・・・まどかの私を見る目が怖くて俯いたまま。

今はただ、まどかの反応を待つばかりだった。

まどか 「・・・」



まどかが席を立つ、そんな気配を感じた。

つられて私が顔を上げた時には、もう。

彼女は私の、すぐ隣にまで来ていたのだ。


ほむら 「・・・え?」

まどか 「ほむらちゃん」


まどかは私の名を優しく一度だけ呼ぶと・・・

そっと、私に覆いかぶさってきた。

・・・抱きしめてくれたのだ。

まどか 「誰にも言えないで、一人で抱え込んで・・・辛かったよね」

ほむら 「信じてくれる?」

まどか 「ほむらちゃんが私にウソなんて、言うはずがないもん」


前にも同じような事を言われたっけ。

まどかとは、そういう娘なのだ。その事は分かっていたはずなのに、なのに私は・・・


ほむら 「そう、私は決してまどかに嘘は言わない。でも同時に、真実を話す事もためらっていたの・・・」

まどか 「うん」

ほむら 「ごめんね。もっと早く言えれば良かった。疑ってたの、まどかを。もし、信じてもらえなかったらどうしようって」

まどか 「仕方がないよ」

ほむら 「ごめん、ごめんね・・・まどか」

まどか 「私だって、誰か他の人からこんな話をされたら、きっとね、信じられなかったと思うんだ」

ほむら 「じゃあ、どうして・・・」

まどか 「理屈なんかじゃないよ。話を聞いたのが、ほむらちゃんだったから・・・かな」

ほむら 「・・・っ」


感極まるとは、こういう事を言うのだろうか。

まどかは掛け値なしに私を信じている、と。そう言ってくれたのだ。


ほむら 「まどかぁ・・・」

まどか 「ねぇ、ほむらちゃん」

ほむら 「え・・・?」

まどか 「私、ほむらちゃんにとっても感謝してるんだよ。言葉で表せないくらい、いっぱいいっぱい。

     だけど、私は普通の女の子で、特別な力なんて全然ないし・・・

     ほむらちゃんが向けてくれた想いに、どうやって応えたら良いのか、報いたら良いのか。

     それが全然わからないの」

ほむら 「急にどうしたの・・・?報いるだなんて、私は何かが欲しくて、まどかを守ってきたわけじゃないのに・・・」


それに、私は今、充分に報いられている。

まどかが私を信じ、こうして心にかけてもくれている。私が今まで望んで手に入れられなかった物が、ここにはあるのだ。


まどか 「分かってるよ。だけど、それじゃ私の気が済まないの」

ほむら 「強情なのね、意外と・・・」

まどか 「うぇひひ。ねぇ、ほむらちゃん」

ほむら 「うん?」

まどか 「流さんの事、好きなんだね」

ほむら 「・・・!?」

いきなりの予想外の指摘に、私の頭は一瞬思考が停止した後、またたく間に沸騰する。


ほむら 「ちょ、な、いっ、いきなり、な、なな、なにをっ!?」

まどか 「うぇひひ。私の事が好きなのって聞いた時も、そうやって慌ててたよね」

ほむら 「なんで、そんな・・・ちがっ、私が好きなのはまどかだけで、リョウの事は仲間として・・・!」

まどか 「本当に・・・?」

ほむら 「わっ、私は・・・」


指摘されて、まどかにじっと見つめられて。

湯だった頭ながら、私は自分を振り返ってみる。

ほむら (・・・考えてみた事も無かった)


リョウの事が、好きなのか・・・なんて。

だって、リョウは大切な友人で、頼りになる仲間で・・・そして・・・

私にとっては、それ以上でもそれ以下でもない・・・のだから・・・


ほむら 「・・・」


本当に?

ほむら 「まどか、あのね・・・」

まどか 「ん?」

ほむら 「あの人と一緒にいると、私ね。とっても安心できた」

まどか 「うん」

ほむら 「これからも、ずっと・・・一緒に生きていけたらなって・・・何度も思った・・・」

まどか 「うん・・・」

ほむら 「だから、また会えるってリョウが言ってくれた時も、その言葉にすがろうとしたの。信じようって」

まどか 「うん・・・」

ほむら 「そんなの、私を悲しませないための気休めだって、どこかでは分かっていたはずなのに・・・リョウの言う事だから、間違いはないんだって・・・」

まどか 「うん・・・うん・・・」

ほむら 「私は、またリョウに会いたい。彼の隣に立って、同じ道を歩んでいきたい・・・」

まどか 「そうだよね」

ほむら 「これが・・・これが、好きだって、そういう事なのかな?」

まどか 「そうだね、きっとそう」

ほむら 「そっか・・・」


まどかが優しく、肯定してくれた。

だからかな、私もその事をすんなりと受け入れる事ができる。

そうか・・・

私はリョウの事が、好きだったのか・・・


ほむら 「まどか・・・ごめんね」

まどか 「どうして、謝るの?」

ほむら 「私、あなたの事を一番大切だなんて言っておきながら、他にも好きな人を作ってしまって・・・」

まどか 「私ね、思うんだ。人ってね、誰かを好きになろうと思って、好きになる事なんて無いんだって。

     心がね、自然な流れで、この人ならって感じて。

     そうして、気がついた時には、その人の事を好きになっている。

     人が人を好きになるって、そういうものなんじゃないかな」

ほむら 「良くわからないわ・・・」

まどか 「私がほむらちゃんを好きになった時は、そうだったよ?」

ほむら 「え・・・」


な、なんか今、サラッと凄いことを言われたような気がするんだけれど・・・


まどか 「ほむらちゃんが私を好きになってくれた時は、違ったの?」

ほむら 「そ・・・そうだった・・・かも・・・」

まどか 「でしょ?だからね、ほむらちゃんが流さんを好きになったのだって、きっと自然な流れだったんだよ」

ほむら 「・・・」

まどか 「だから、謝る必要なんてないよ?」

ほむら 「だ、だけど私、今だってまどかの事は大好きだし、大切だし・・・それなのに、リョウの事も好きって・・・」


それって、世間一般で言うところの、二股とか浮気性とか。

そう呼ばれるような、あまりよろしくない事なのじゃないのかしら。


まどか 「そんなの・・・」


まどかが、私を抱く腕に力を込める。


まどか 「これからゆっくり、見極めていけばいいんだよ。ほむらちゃん自身が、自分の気持ちに素直になって」

ほむら 「まどか・・・」

まどかの放つ優しい香りに抱かれていると、こわばった心が自然とほぐされていく。

彼女の包容力に、かつての私はどれだけ助けられただろう。

そして、それは今も。


ほむら 「まどか、待っててくれる?」

まどか 「うん」

ほむら 「私の気持ちを、自信を持ってまどかに告げられる、そう思える日まで」

まどか 「私は、ほむらちゃんとずっと一緒にいるよ」


ああ・・・

リョウ・・・私、この子の事を好きになれて良かった。


ほむら (あなたもきっと、喜んでくれるわよね)


竜馬が向こうの世界へ帰ってからずっと、胸の中でわだかまっていた気持ち。

孤独と言う、負の感情が。

春を迎え雪解けとともに、池に張った氷が解けゆくように。

消え去っていくのを、今・・・

私は、ハッキリと感じていた。

・・・
・・・


数日後。

私は通学路を歩いていた。

休校も昨日で終わり、いよいよ今日から授業が再開されるのだ。


ほむら 「~♪」


足取りが軽い。

何せ今日から毎日、学校でもまどかと会えるのだ。

自然と鼻歌が漏れ出てしまうのも、仕方がないというものだ。


ほむら (まずは、一緒に登校からね)

そのために私は、ある場所へと向かっていた。

かつては美樹さやかと志筑仁美が、毎朝まどかと待ち合わせしていた、あの場所だ。


ほむら (仁美は残念な事になってしまったけれど・・・)


それでもまどかとさやかは、同じ場所で待ち合わせてから、学校へと向かう事になっていた。

今朝からは、そこに私が仲間入りをする。まどかから、誘われたのだ。


ほむら 「そろそろ着くわね。まどかはもう、来ているのかしら?」


目的地が見えてくる。

と、同時に・・・


ほむら 「いたっ・・・」


人待ち顔でたたずんでいる、まどかの姿も目に入った。

私はたまらず駆けだす。一刻も早く、まどかと言葉を交わしたかったから。

ほむら 「まどかっ」

まどか 「あ、ほむらちゃーん」


まどかも私に気が付いて、腕を振りながら呼びかけてくれる。


ほむら 「まどか・・・ごめんね、待たせちゃったね」

まどか 「ううん、いま来たばっかりだよ。・・・うぇひひっ」

ほむら 「?」

まどか 「なんだか今の、デートみたいだったね」

ほむら 「そっ・・・そうね///」

まどか 「うぇ・・・うぇひひ・・・///」

ほむら 「とっ、ところで!」

まどか 「うん?」

ほむら 「美樹さんは?まだ来ていないの?」

まどか 「あ、うん。さやかちゃんは来ないよ」

ほむら 「え、どうして?」

まどか 「昨日、電話があってね。上条君が退院したんだって」

ほむら 「上条恭介が・・・」

まどか 「だからさやかちゃん、付き添って一緒に登校するからって」

ほむら 「なるほどね」


あの上条恭介が、学校に来るのか。

そういえばリョウ、言ってたっけ。

あの一件の後も、時間を見つけてはチョコチョコと、上条恭介のお見舞いに行ってたって。


ほむら (何がリョウをそうさせたのか・・・放っておけなかったのかしらね)

私自身も、以前ほど上条恭介に苦手意識は持っていなかった。

それはやはり、満ち足りた美樹さやかの笑顔を、間近で見る事ができたからなんだと思う。


ほむら (美樹さんの顔も早く見たかったのだけれど、そういう理由なら仕方がないわね)


まぁ、教室に行けば会えるのだし。

今は予期せず訪れた、まどかとの二人だけの朝を楽しもうと思う。


ほむら 「じゃあ、行こうか」

まどか 「うん」


二人連れだって、歩き出す。

まどかが、私の手をそっと握ってきた。

だから私も、同じくらいそっと、その手を握り返す。


・・・
・・・


朝の教室。

クラスメイト達は、めいめい仲の良い友達同士で集まり、思い思いの時間を過ごしていた。

久しぶりに見る、友達の顔。しかも、あんな参事のあった後だ。

お互いに、無事な顔を見せ合う事に、みんな大きな喜びを感じているようだった。


ほむら (美樹さやかは・・・まだ来ていないようね)


私は行きかうクラスメイト達にあいさつを交わしながら、自分の席へと向かう。

まどかも、後について来てくれた。


まどか 「みんな、嬉しそう」


教室内を見回しながら、まどかが呟く。


ほむら 「そう言うまどかだって、とても嬉しそうよ」

まどか 「ほむらちゃんもね」


言い合って、どちらからともなく微笑みあう。

そんな時だった。教室の入口の方で、軽いざわめきが起こったのは。

ほむら 「?」


なにかと思ってそちらに目を向けると・・・


まどか 「さやかちゃんと上条君だ!」


同じように目を向けたまどかが、嬉しそうに声を上げた。


教室に入るや、たちまちたくさんのクラスメイトに囲まれてしまった、上条恭介。

異口同音に投げかけられる退院祝いの祝福に、照れくさそうな笑顔を浮かべながら一人一人に言葉を返している。

この人望のある姿こそが、さやかが好きになった”本来の”上条恭介なのかな、と。

私は漠然と考えていた。


さやか 「ひぇ~・・・」


そして。

上条と一緒に人の壁に囲まれていたさやかが、脱出に成功して私たちの方へとやって来た。

さやか 「もみくちゃだよ、もう・・・あ。おはよ、二人とも」

まどか 「うぇひひっ、おはよう、さやかちゃん!」

ほむら 「久しぶりね」

まどか 「上条君、退院できて良かったね。さやかちゃんが一生懸命、看病したからだよね」

さやか 「いやぁ、私がしたことなんて大したことじゃ。お医者さんと、何より恭介が頑張ったからだよ」

ほむら 「ううん、あなたの果した役割が大きかったと、私は思うわ」


お世辞じゃない。色々な意味において、それは本当の事だ。


さやか 「そ、そうかな・・・へへ」

まどか 「もう、杖もついていないね」

さやか 「足の方はね、もうほとんど良いみたい。リハビリ、頑張ったからね。お医者さんも驚いてたって、驚異的な回復だって。でも・・・」

ほむら 「手の方は、まだなのね」

さやか 「うん、そっちはね・・・」


明るく輝いていたさやかの表情が、一転して雲が差したように沈んでしまう。

・・・それはそうだろう。

別の時間軸のさやかが、自らの運命と差し替えなければ治せなかったほどの怪我なのだ。

この時間軸においても、上条恭介の手の回復は、ほとんど絶望的なのだろう。


さやか 「だけどさ、恭介は諦めていないよ」

ほむら 「へぇ・・・?」

さやか 「なんだかさ、あいつ。一時期荒れてたけど、それが治まってから、ちょっと強くなったみたい。

     一皮むけたと言うか・・・なんだか、大きくなった気がするんだ。人として、ね」


ほむら 「・・・」


恋心ゆえの、ひいき目じゃないのかしら。

そんな事を思いながら、何となく上条恭介と一群の人たちへと目を向ける。

今は上条が席に着き、その周りに親しい友人たちが集まっているといった形になっていた。

ほむら (確かに・・・)


どこか、さっぱりとした顔をしている。

音楽家の命である利き腕の具合は、まったく好転していないというのに。


ほむら (どういう事なのしら・・・)


かつて私が見た、病んでいた頃の上条とは、まるで別人のような表情をしている。


中沢 「ところで上条・・・腕の方は、どうなんだ・・・?」


上条と親しい中沢君が、おずおずと言った感じで尋ねた。

それにどう答えるのか。

興味を持った私は、その会話に耳をそばだてていた。

上条 「うん。医者が言うには、諦めろって。もう、楽器を弾ける程には、回復しないだろうってさ」


上条を囲む人たちの間から、静かにどよめきが起こる。

周りが表情を曇らせる中、上条だけが穏やかな笑みをたたえたままでいた。


中沢 「ご、ごめんな、俺・・・」

上条 「気にしないで。心配してくれたんだろ?ありがとな」

中沢 「あ、ああ。だけどお前も、そんな、あっけらかんに言うなよ・・・」

上条 「僕自身は諦めてないからね。リハビリは続けるし、バイオリニストの夢だって絶対に諦めない」

中沢 「そ、そうかぁ・・・上条、お前って強いんだな」

上条 「支えてくれる人がいるし・・・それに・・・」


上条はいったん言葉を切ると、カバンの中から何かを取り出した。


ほむら (・・・本?)

中沢 「なんだ、これ。空手の・・・教本?」

ほむら (・・・!?)

上条 「夢を見たんだ。僕が腐っていた時にね。そこで僕は、ある人に出会った」

中沢 「それって、誰だよ?」        

上条 「分からない。はっきりとは覚えていないんだ。だけれど・・・

    夢の中の人は、とても強い人でね・・・腐った僕を叱って、その後で励ましてくれたんだ。

    そして、気付かせてもくれた。腐っていた僕は惨めだったけれど、自分を惨めにしていたのは、自分自身なんだって」


信じられない事を聞かされて、私は驚きに目を丸く見開いていた。

心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。

間違いない。上条の言う夢の中の人って・・・

中沢 「夢の中でねぇ。不思議な話もあるもんだな。で・・・それと空手がどういう関係が?」

上条 「その、夢の中の人を思い出すと、なぜか空手と結びついちゃってね。で、僕も何か、新しい事をやってみようかと思ってさ。

    音楽家の夢は諦めないけど、バイオリンはまだ当分、弾けそうにないしね。

    まぁ、足も本調子じゃないし、まずは知識だけでもと思って、こうして教本を買ってみたわけさ」


私はたまらず席を立つと、上条の席へと歩き出した。


さやか 「あれ?暁美さん、どうしたの?」

まどか 「・・・」


一緒にいた二人も、私の後からついて来る。

上条は私の接近に気がつかず、中沢君との会話を続けていた。

上条 「夢の中で、あの人は言っていた。武道の神髄は心技体を鍛える事だって。

    だから僕も強くなって、いつかは大切な人の事を守れるようになりたい。そう思うんだ」


ほむら 「なれるわ」


声をかけられて初めて、私が近くにいる事に気がついた上条。


上条 「やぁ、暁美さんだったよね。この前はお見舞いありがと・・・う・・・」


顔を上げ、私の方を見た上条が、眉を曇らせて言いかけだった言葉を呑みこんだ。

上条につられ、私に顔を向けた他のクラスメイト達も、一様に言葉を失い、黙り込んでしまう。


上条 「・・・どうしたの?」


最初に口を開いたのは上条だった。だけれど、私は押し黙ったまま答えない。

・・・答えられなかった。


涙が滂沱として頬をつたい、床に落ちるのを止める事ができなかったのだ。

後ろにいたまどかが、私の顔を覗き込む。

それから、何も言わずにそっと、包み込むように。

私の手を優しく、握ってくれた。


ほむら 「まどか、人って嬉しくても、こんなに涙を流せるものなのね・・・」


まどかは何も言わず、代わりに、ただ穏やかに。

微笑みを、私に返してくれた。


・・・
・・・


今日も私は、夜の街を駆ける。

街に巣くい、絶望をまき散らす魔女を倒すために。


悲しみと憎しみばかりを繰り返す、救いようのない世界だけれど。

だとしてもここは、愛しい人たちが時を刻み、生を育む場所。


そして・・・


私とあの人が力を合わせ、守り抜こうとした、かけがえの無い場所なんだ。


それを憶えている。決して忘れたりしない。

だから私は・・・戦い続ける。



エピローグ ~ほむら編~ 了


ほむら 「ゲッターロボ!」 完

これで完結です。


ダラダラ時間をかけて書いてきましたが、自分でも一年以上かかるとは思いませんでした。

飽きずにお付き合いくださった方には、お礼の言葉もありません。


それにしても、完全に自分のキャパオーバーでした。

途中で投げ出す気はありませんでしたが、本当に終わるのか?と不安に思う事も幾たび・・・


次はもうちょっと気楽なSSを書いてみたいと思います。

その時にもまた、お付き合いいただけたら幸いです。


それでは、お目汚し失礼致しました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom