ヒカル「佐為。オレ、強くなったかな?」 (1000)
北斗杯からいくばくかの時間が経過した。
進藤ヒカルは、塔矢アキラと対等以上に強くなっていた。
そんなある日のこと。
ヒカル「なぁ、佐為。オレ、強くなったかな?」
ヒカルは空を見上げながら呟いた。
ヒカル「こないだ、門脇さんと打ったときに言われたんだ」
ヒカル「昔と同じくらい強くなった印象を受けるって」
ヒカル「……はは。んなわけねぇのにな」
ヒカル「どんなに強くなっても、お前にはまだまだ敵わねえよ」
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ヒカル「……お前と、もう一度打ちてえや」
ヒカルは空を見上げたまま大きなため息をつき、目を閉じた。
ヒカル「は?はぁ!?」
再び目を開けたヒカルは混乱していた。
ヒカル「オレ、さっきまで棋院の近くにいたよな?」
しかし、それも無理はない。先ほどまで棋院近くに居たと思ったら、
いきなり見知らぬ場所にいるのだ。
しかも…。
ヒカル「それに、なんだこの木。でかすぎだろ」
近くに生えている木のこの大きさ。
まるで巨木。
ヒカル「ひぇぇぇ、でっけぇぇ」
見上げるヒカル。
???「ねぇ~ヒカル。何してんの?遊ぼうよ」
……と、ふいに巨木に見とれるヒカルに女の子が声をかけた。
はて、なにやら聞き覚えのあるような声だなと、振り向きながら
ヒカル「……いや、オレは仕事が」
と言いかけて、ヒカルはまたもや驚愕する。
あかり「?」
目の前には、幼児姿の藤崎あかりが、いたのだ。
一時間に及ぶ混乱の末、ヒカルはようやっと自分がどういうことに
なっているのか理解することができた。
ヒカル(どうやらオレはタイムスリップ?ってのしちまったみてーだ。
年は幼稚園児ってとこか)
常人ならばなかなか受け入れることが出来ないだろう現実だが、
ヒカルは意外にもあっさり受け入れることができた。
ヒカル(千年以上碁盤に宿ってた佐為がいるくらいだ。何が起きても
いまさら不思議じゃねーよな)
佐為との出会いがヒカルに奇妙奇怪な現象も受け入れさせた。
ヒカル(そーだ。佐為!佐為は!?)
混乱が落ち着いたヒカルは、佐為のことを思い出した。
ヒカル(ここって過去の世界だよな?だったら佐為は、もしかして、まだ消えてないんじゃ)
あかり「どうしたの、ヒカル。怖い顔して」
ヒカル「えっ!?い、いや。なんでもねーよ」
あかり「ふーん?」
ヒカル(とにかく、ここが終わったら急いでじいちゃん家の倉を見に行こう)
ヒカル(佐為が、いるかもしれない!)
幼稚園から帰宅したヒカルは一目散に祖父の家の倉を目指した。
久しぶりに来たかと思えば、倉を見に来たのだと言うヒカルを祖父は
不思議に思いながらも、あまりのヒカルの鬼気迫る迫力にすぐに
倉の鍵を渡した。
ヒカル「よっと……」
そして、梯子を登ったその先にある碁盤を見て
ヒカル「し、しみがある!」
ヒカルは叫んだ。
そして、ヒカルのその声に呼応するかのように
??「見えるのですか?」
烏帽子をかぶった幽霊が姿を現した!
ヒカル「さ、佐為!」
佐為「えっ、は、はい」
突然自分の名前を呼ばれ驚く幽霊。無理もない。
驚くのは自分ではなく相手の方だと思っていたからだ。
ヒカル「うわ~。佐為。佐為だ!いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁ」
佐為「え、え、えっ?」
しかし、そんな幽霊の疑問そっちのけで喜び興奮している子供。
烏帽子をかぶった幽霊こと藤原佐為はそんなヒカルを眺めながら、
この子供は頭が大丈夫だろうかと大層心配した。
ヒカル「ってなわけでさ。なんでかは知らないけど、オレはこの時代に
来ちまってたんだ」
佐為「時間を遡った?それはまた奇妙な」
ヒカル「あのなぁ。幽霊のお前が言っても説得力ねーぜ、それ」
佐為「そ、それはそうですけどっ」
ヒカルは軽口を挟みながら、前にも佐為と出会って、いろいろな時間を
過ごしたことを佐為に言い聞かせていた。
佐為は奇妙な話だと思いながらも、自分が以前寅次郎に憑いていたこと
などを言い当てられ、信じざるを得なかった。
佐為「それで、ヒカルはどうしたいのですか?」
ヒカル「オレ?」
佐為「はい。ヒカルは元の世界では碁打ちだったのでしょう。
また、そのプロとやらを目指すのですか?」
ヒカル「う~ん、確かにプロもいいけど、別になんなくても今のところ
構わねーかな」
佐為「なぜです?」
ヒカル「だってオレが一番打ちたいのは佐為なんだ。佐為と打てるだけで
オレは満足だよ」
佐為「ヒカルっ」
ヒカル「へへっ」
ヒカル「ってなわけだからさ。早速打とうぜ、佐為」
佐為「ええ!ですがヒカル…」
ヒカル「どうした?」
佐為「碁盤はどこにあるのですか?」キョロキョロ
ヒカル「あっ!」
このとき進藤ヒカル、若干6歳。
家に碁盤どころか、自分の部屋さえもまだない時代だった。
翌日。
ヒカル「う~ん」
ヒカルは唸っていた。
あかり「大丈夫?ヒカル、お腹痛いの?」
ヒカル「いや、そうじゃねーんだけど。…う~ん」
あかりが心配そうに覗きこむ。
ヒカルは朝からこんな調子だ。
ヒカル(まさか家に碁盤がねーなんてなぁ。考えもしなかったぜ)
佐為「えぇ。残念です」
佐為もがっくりと肩を落とす。
せっかく再び碁が出来ると思ったのにこれだ。
残念なことこの上ない。
ヒカル(せめて小学生だったらなぁ。小遣いで安いの買うんだけど)
まだこの時代のヒカルは小遣いをもらっていない時代。
高価なものは親にねだって買ってもらうしかないが、
ヒカル(買ってくれるかなぁ。急に囲碁なんてどう考えてもおかしいよなぁ)
ヒカルは、どうやってねだれば買ってもらえるか見当すらつかなかった。
ヒカル「はぁ~。こんなに碁が打ちたいってのに」
あかり「ご?ごってなに、ヒカル」
ヒカル「えっ」
あかり「だからぁ、ごってなに」
ヒカル「あ、あぁ。碁ってのはさ」
ヒカル(佐為、オレ声出てた?)
佐為「そりゃもう、ばっちり」
ヒカルは簡単な碁の説明をあかりにした。
あかり「ふーん。陣取り合戦なんだぁ」
ヒカル「ま、平たく言えばそうなるな。碁盤っていう木の台の上に碁石を置いてだな」
あかり「碁石?」
ヒカル「黒と白の石のことさ。その石を使って自分の領地を競い合うんだ」
あかり「あっ、知ってる。石取りゲームのやつでしょ!」
ヒカル「そうそう。石取りゲームでも使ってるな」
あかり「へぇー。なんか面白そうだね」
ヒカル「まぁな、どんなゲームよりも面白いぜ」
あかり「あかりもやってみたい。ねっ、ヒカル。やろうよ」
ヒカル「オレもやりたいのは山々なんだけどさ」
あかり「?」
ヒカル「碁盤がねーんだよな」
あかり「あっ、そっかぁ」
ヒカル「それで悩んでたんだ、オレ」
あかり「ヒカル、かわいそう」
落ち込むヒカルを見て涙ぐむあかり。
幼稚園児故か感情のまま泣きそうになるあかりを見て、
あわてるヒカル。
しかし次の瞬間、あかりは泣きながら、思いがけないことを言い放った。
あかり「ねぇ、このおはじき、碁石の代わりにならないかな」
ヒカル「おはじき?」
あかりは、持っていたおはじきをヒカルに差し出す。
たしかに、おはじきには白や黒のおはじきもある。
碁石の代わりとして使おうと思えば使える。
碁盤の方だって、紙に線でも引けば簡易の碁盤としては十分使える。
マグネット碁盤だって所詮似たようなものだ。
ヒカル「そ、そうだ。ないなら作ればよかったんだ!」
ヒカルは嬉しそうに叫んだ。
あかりの方も元気になったヒカルの姿を見て、これまた嬉しそうに笑った。
碁盤作成の功労者であるあかりに、少しばかり碁を教えたヒカルは
おはじきを借りて佐為と打っていた。
久方ぶりの佐為との対局なので、これまでとは比べ物にならないほどの
興奮と高揚感が彼を包み込んでいた。
そして、それは佐為も同じだった。
久しぶりに碁が打てるとあって、その感激は天にも昇る勢いだった。
しかし、佐為は戦慄する。
佐為(この子供、只の打ち手ではない!)
ヒカルの話を聞いていたので、彼の実年齢はもっと上という
ことも知っていたし、プロの碁打ちだということも知っている…つもりだった。
だが、目の前のヒカルはどう見ても幼子。
佐為は、つい軽い気持ちで幼子に打つように打ち始めてしまった。
佐為「まさか、ここまでとは…」
しかも、自分の全く知らないような手筋で攻めてくる。
佐為(この強さは…過去、秀策の時代ですらそんなにはいなかった!)
無理もなかった。秀策の時代の碁とヒカルの打つ碁はまるで別物。
長い年月の末、研究を繰り返され、過去にはなかった手が編み出されてきたのだ。
だが、このときの佐為にはまだそれを知る由もない。
>>16
タイトルわかる?
佐為(ここまでか…)
佐為「ありません」
ヒカル「……」
佐為「ヒカル?」
ヒカル「どうしたんだよ佐為、お前の番だぞ」
佐為(集中しすぎて聞こえてなかったのか)
佐為「いいえ、ヒカル。私の敗けです」
ヒカル「えっ、ちょっと待てよ!まだ勝負はこれからだろ」
佐為「いいえ、この先打っても差は縮まりそうにありません。私の敗けです」
ヒカル「何言ってんだよ!お前らしくもない。序盤こそ甘い手で打ってたけど
もう十分巻き返してるじゃないか」
佐為「ですが……どう計算しても5目は足りませんよ」
ヒカル「5目ぅ?半目勝負だろ」
佐為「えっ?」
佐為「半目?」
ヒカル「そうだよ!お前は白打ってんだからコミを入れたら半目勝負だろ」
佐為「コミ?コミとは何です」
ヒカル「コミはコミだろ。5目半のコミ。囲碁って黒の方が有利なんだから
白がハンデ貰うのは当たり前じゃないか」
佐為「そうなのですか?」
ヒカル「そうなのですかってお前、ずっとそうだったじゃないか」
佐為「いえ、初耳です。秀策の時代にはそんなものなかったですから」
ヒカル「あっ!」
ここでやっとヒカルは思い出した。
自分は佐為とずっと時間を共有していたが、佐為の方はそうではないのだ。
つい昨日ようやく現代に蘇ったばかり。
現代のルールであるコミを知らないのも当然だった。
ヒカル(あ~そうか、そういえばそうだったよ。すっかり忘れてた)
ヒカル(ついでに言えば、佐為の打ち方が少し変わった打ち方をするなと
思ったのも、古い定石で打ってたからか)
ヒカル「そうだよな。オレにとってはやっと会えたわけだけど、佐為の方
から見れば初対面な訳だし、現代のことなんにも知らねー筈だもんな」
佐為「…ヒカル」
ヒカル「そんな顔すんなって。悪かったな、お前と久しぶりに打てると思ったら
舞い上がっちまって」
ヒカル「すっかり説明すんの忘れちまってた」
佐為「いいえ、ヒカル。気にすることはありません。それよりも、私はあなたが
ここまで打てたことに感激しています!」
ヒカル「へへっ、伊達に佐為の強さを追い求めてねーからな!」
佐為「ヒカル。私を追わずとも、あなたはもう十分強いですよ」
ヒカル「そんなことないさ。お前の方がまだまだ強いよ」
佐為「ですが、現にこの対局を見ても」
ヒカル「それはお前が前半手抜きしたからだろ。どうせ、オレが小さい子供の
格好してるから指導碁気分で打ち始めたんだろーけどさ」
佐為「うっ」
佐為は図星を突かれてうろたえた。
佐為「で、でもですねヒカル」
ヒカル「それにお前が現代の定石覚えたら、まだまだ凄く強くなるんだからさ」
佐為「えっ、私が、強く?」
ヒカル「そうさ。現代のトッププロの塔矢名人を倒すほどに強くな。
なんたってお前は、ネット碁の伝説の棋士saiなんだぜ!」
佐為「ヒカル!」
ヒカル「佐為!」
佐為「とーやとは誰です?ネットって何?」
あかり「ねぇねぇ、ヒカルぅ、さっきから何一人で喋ってんの?」
ヒカル(んがっ!?)
佐為「ねーねーヒカルー」
あかり「ヒカルってばぁ」
保育士「ちょっとヒカルくん。さっきからぶつぶつ独り言いってるけど、
どうしたの?」
佐為「ヒカルー」
あかり「ヒカルー」
保育士「ヒカルくん」
ヒカル(あぁぁぁぁ。いっぺんに話しかけないでくれぇぇ)
週末。
ヒカルは一人、図書館に来ていた。
佐為「ヒカル、ここで何をしようというのですか」
ヒカル「んー。ちょっとな。お前に良いもの見せてやろうと思ってさ」
佐為「良いもの?」
ヒカル「おっ、あったあった」
ヒカルが手に取ったもの、それは、現代の定石が書かれた本だった。
佐為「これは…」
ヒカル「必要だろ、お前には。本当は前みたいにネット碁打たせて
やりてーんだけど、金がさぁ。三谷の姉ちゃんもまだバイトしてないだろうし」
ヒカル(つーか、三谷との面識自体まだねーしな)
ヒカル「気になった本があれば言えよ。ここなら借りるのタダだから
遠慮しなくていーぜ」
佐為「本当ですか?ではあれとあれとあれと…」
ヒカル「でも、一度に借りれるのは10冊までだけどな」
佐為「そ、そーですか。ではうーんとうーんと…」
ヒカル(ずいぶんと真剣に悩んじゃってまぁ)
ヒカル(別に、来週だって再来週だって来てやるのに)
ヒカルは何冊か本を広げたままの状態で佐為に選別させていたが、
あまりにも佐為が真剣に悩んでいるので、思わず笑みがこぼれた。
ヒカル「……ん?」
と、ヒカルの目に一冊の本が飛び込んできた。
ヒカル「これって…」
佐為「どうしたのですか、ヒカル」
ヒカル「あぁ。こんなとこに棋譜があってさ」
佐為「棋譜?」
ヒカル「あぁ。図書館にも置いてあるんだな。棋譜って。あ、こっちにも」
佐為「ヒカル。広げて広げて!」
ヒカル「ほらよっ」バサッ
佐為「…ふむ」
ヒカル(定石の本もだけど、現代の棋譜読みこんだ方が、もしかしたら
効率良いかもな)
佐為「ヒカル!」
ヒカル「どうした?」
佐為「棋譜も借りていきましょう、是非!」
ヒカル(あっ、やっぱり)
ヒカル「でもさ、佐為」
佐為「はい」
ヒカル「こっちには詰碁集もあったぜ」ピラッ
佐為「!!!」
佐為「くっ、この中から10冊を選べというのか!なんと厳しい選択!」
ヒカル(くくくくく、真剣に悩んじゃってまぁ。相変わらずおもしれー奴)
結局この日、二人が借りた本は梅沢由香里著の「みんなの囲碁入門」、
定石本、棋譜5冊、詰碁集3冊だった。
ヒカル「泣くなって。また来週、本返しに来るとき借りてやるからさ」
佐為「ほんと?ヒカル、ほんと?」エグエグ
ヒカル(本が借りられなくてここまで泣くかぁ、普通)
ヒカル「ほんとだって」
佐為「ありがとうぅぅぅ、ヒカルぅぅぅぅ」
ヒカル(結局泣くんかい!)
ちなみにこの夜、ヒカルは佐為にねだられてページをひたすら捲る作業
に追われ、なかなか眠れなかったのは言うまでもない。
>>39
俺「囲碁以外になにかできねぇの?」 佐為「……えっと」
夜神月「囲碁界の神に僕はなる!」
2つしか見てないけどどっちもいい出来だった
翌週。
ヒカル「こっちから打ったら?」パチッ
あかり「こう?」
ヒカル「んじゃ、こっちからだと?」
あかり「こうかな」
ヒカル「そうそう。それがシチョウだ。覚えるの早いじゃん、あかり」
あかり「えへへ~♪」
ヒカルは図書館で借りてきた囲碁入門片手にあかりに囲碁を教えていた。
佐為「ほう。ヒカルもなかなか教えるのが上手いものですね」
ヒカル(へへん。これでも伊達にプロ棋士やってねえからな)
佐為「そのわりには本の通りに教えていますよね」
ヒカル(う、うるせーよ。指導碁つったって、どんなにヘボでも少しは
打てる奴に対して打つんだから、全くの初心者相手にすることは中々
ねーんだからさ)
佐為「それで囲碁入門ですか。……はぁ、この本を借りなければ、
もう一冊棋譜が借りられたのに」
ヒカル(だからうるせーぞ。しょーがねーだろ。おはじき全部白と黒に
交換してもらっちゃったんだから)
佐為「はぁ…」
ヒカル「ぐ…」
このときヒカルが言った白と黒のおはじきというのは、あかりの
おはじきのことである。
佐為とすぐにでも碁が打ちたかったヒカルはあかりからおはじきを
借りて打っていたのだが、おはじきには勿論白と黒以外のおはじきがある。
というより、多くの場合、白黒のものよりも、赤や青といった鮮やかな色
が好まれる場合が多い。
そして様々な色のおはじきでヒカルが打っているのを見て、
「ねぇ、やっぱり赤とか青のおはじきじゃ分かりづらくない?」
と、端から見ているあかりが言ってきた。
ヒカルは別にそれほど不自由していなかったが、「まぁな」と軽く答えて
しまったがもうそれは後の祭り。
そこであかりが、「ちょっと待ってて」とおもむろに立ち上がり、
おはじきを持って、別の女の子の方へ走っていってしまったのだ。
あとは誰もが分かる通り、あかりは満面の笑みで白と黒のおはじきを大量に
手に持ってヒカルの元へ戻った。
綺麗な色のおはじきを全て白黒のおはじきに交換してもらったのだ。
交換してくれた女子の方を見やると、皆綺麗なおはじきを手に持ち、
嬉しそうな顔をしている。
ヒカル「良かったのかよ、あかり」
あかり「うん!だってヒカルが碁を打つの見るの楽しみなんだもん!」
ヒカル「そ、そっか」
あかり「ねぇねぇ、私にも教えてくれる?碁」
ヒカル「あぁ、いいぜ!」
あかり「えへへ~♪ありがとっ。ヒカル」
ヒカル「いや、オレの方こそありがとな。あかり」
あかり「うんっ♪」
そんなわけで現在、ヒカルが図書館から借りてきた本を片手にあかりに
囲碁を教えているのだが、実はその日の帰宅後。
ヒカル「そういえば佐為」
佐為「はい」
ヒカル「親には碁盤買ってもらえるか分かんねーけど、じーちゃんなら、
オレが『碁をやってみたいから碁盤買ってくれ』っつったら買ってくれるかもしんない」
佐為「なんですとっ!?」
ヒカル「確か前のときもじーちゃんに碁盤買ってもらったんだよ。流石に足付きは
無理でも折り畳みなら多分いけんじゃねーかな」
佐為「ヒカルっ、なぜもっと早くに思い付かないのです!あかりちゃんの
おはじきをこんなにしてしまう前に何故!」
ヒカル「しょーがねーだろ!すっかり忘れてたのと焦ってたもんだから!」
佐為「ヒカルのバカっ」
ヒカル「バカはないだろ、バカは!」
この日、ヒカルはそのまま祖父の家に行き、予想通り折り畳みの碁盤を
買ってもらった。
そして、このことがきっかけで、あかりに少しばかり(?)の罪悪感を背負うことになったのだ。
そして、それから数ヵ月の時間が過ぎた。
ヒカルは、幼稚園ではおはじきを使って、あかり相手に碁の指導をし、
家に帰っては、図書館で借りた棋譜を並べたり、詰碁を解いたり、現代の定石を
佐為と共に学び直したり、そして佐為と対局をする日々に追われていた。
佐為の方はというと、ヒカルがまだ幼稚園児でお金を持っていないこともあり、
碁会所にも入れず、ヒカル以外との対局がなかなか出来なかったが、それでも
たまにはヒカルのじーちゃんと打ったり、あかりとも打ったりしたので、さほど
不満は感じてはいなかった。
長い間碁盤に宿ったまま身動きひとつとれなかったのだ。
いまこうして、ヒカルと共に現代の碁の勉強が出来るだけで既に幸せだった。
それになにより、ヒカルと打てるのが楽しくて仕方なかったのだ。
佐為にそう思わせるほどに、ヒカルは強くなっていた。
そして、ヒカルの通う図書館に置いてある棋譜や詰碁集を、ほぼ全て
借りきってしまった頃、その日は訪れた。
幼稚園を卒園し、小学校に入学する日である。
佐為「なんというか、こう。感無量ですね。ヒカルが小学生になるのを見るのは」
ヒカル「へへ、まさかまたランドセル背負うことになるとは思わなかったぜ」
佐為「可愛いですよ、ヒカル」ヨシヨシ
ヒカル「こらっ、頭撫でんな!」
佐為「でも、可愛くてつい」ヨシヨシ
ヒカル「あのなぁ。見た目は小学生でもオレもう大人なんだからな」
佐為「こんなに可愛いのに」シュン
ヒカル「はぁ…」
ヒカル「とにかく、やっと小学生だ。この意味が分かるな、佐為」
佐為「ええ。ようやくヒカルがお小遣いを貰える年齢になったということですね!」
ヒカル「それと、もう一つ。自分の部屋だ。これで夜遅くまで打ってても
お母さんたちに怒られることがなくなる」
佐為「今までは両親と一緒の部屋で寝てましたからね。夜はいつも、早めに切り上げ
なければなりませんでした」
ヒカル「でも、これでその心配ももうない」
佐為「あとはお小遣いをためて…」
ヒカル「パソコンを買うだけだ!」
~小学校入学の数日前~
佐為「ぱそこん?」
ヒカル「そっ、パソコン」
佐為「なんです、ヒカル。その"ぱそこん"というのは」
ヒカル「んー、まあ、一言で言えば便利な道具って奴だ」
佐為「はぁ」
ヒカル「前いた世界じゃオレもあんまり使ってなかったんだけど、今回は
フルで使おうと思ってんだ」
佐為「ほう。それはまた何故」
ヒカル「パソコンの活用法その1、世界中の人と碁が打てる」
佐為「!」
ヒカル「インターネット囲碁って言ってな。ネット環境があるとパソコンを通じて
色んな国の人と碁が打てるんだ。幸い、うちには父さんが会社でパソコン使う職業上
ネット環境もあるしな」
佐為「なんと、それは凄い!本当に世界中の人と打てるのですか!?」
ヒカル「あぁ。しかもそれだけじゃねーぜ。ネット碁打つ奴のなかにはプロもいるんだ。
緒方先生に一柳先生。和谷も塔矢も関西棋院のプロだって」
ヒカル「それに中国や韓国のプロもネット碁やってるんだぜ」
佐為「では、その"ぱそこん"とやらがあれば、その者達と打てるのですね!」
ヒカル「そういうこと。前の世界で誰がどのH.Nで打ってるか、オレがもう知ってる
から強そうなのとだけ対戦もできるぜ」
佐為「おぉぉぉぉ!」
ヒカル「そしてパソコンの活用法その2、棋譜整理」
佐為「棋譜ですか」
ヒカル「今、オレと佐為が打ってる奴って棋譜作ってるだろ?」
佐為「自由帳に書いてる例の棋譜のことですね。お金が無くて
専用の用紙も買えず、粗末な感じになってますが」
ヒカル「そう、その棋譜。後から見直して勉強したり検討したりと
何かにつけて役に立つ棋譜だけど、その棋譜の整理にぴったりなんだ」
ヒカル「お前とはまだまだ何百局、何千局と打つわけだけどさ。
パソコンで整理しちまえば、膨大な棋譜の中から、一々、いつ打った奴
だったっけとか、探す手間も省けるってわけだ」
佐為「いつ打った棋譜でもすぐに見つかると?」
ヒカル「そういうこと」
佐為「そんなに便利なものがあるとは、現代の発展は目を見張る
ものがありますね!」
ヒカル「だろ?」
佐為「それにしてもヒカル。随分とそのぱそこんとやらに詳しいのですね」
ヒカル「別に詳しい訳じゃねーよ。オレと同期でプロになった和谷ってのがいてさ。
その和谷がパソコン詳しいんだよ」
佐為「そうなのですか?」
ヒカル「そーだよ。毎週そいつの下宿先で研究会やってたんだけど、仕事の都合で
行けない日とかたまにできてさ。泊まりがけで地方の指導碁とか」
佐為「なるほど。そこでさっき言った」
ヒカル「そっ。ネットで対局してたりしてたんだ」
佐為「確かに便利ですね。遠方の者とも碁が打てるというのは」
ヒカル「だろ。あとは関西棋院の社とかかな。あいつ関西に住んでて、なかなか東京まで
出てこれないから、対局はよくネットでしてたんだ」
佐為「その社とやらも強いのですね」
ヒカル「まぁな」
佐為「分かりましたヒカル。私たちの進むべき道が!」
佐為「貯めましょうお小遣い、そして買いましょう"ぱそこん"とやら」
ヒカル「おう!入学祝ってことでねだってみたけど、高すぎだって却下
されたからな!こうなりゃ自分で買うっきゃない!」
佐為「その意気です、ヒカル!」
ヒカル「おおっ!」
このときのヒカルはまだ知らなかった。
この時代のパソコンがいかに高価なものかということを。
そして、小学一年生の自分が貰う小遣いでは、いつまでたっても到底、
手が届かない額であるということを、まだ。
そしてもう一人、パソコンを買うために闘志を燃やすヒカルとは別に、
この入学式で強く決心をする少女がいた。
「私、強くなる。絶対に、ヒカルに負けないくらいに!」
彼女の名は藤崎あかり。
進藤ヒカルの幼馴染みだ。
彼女は幼稚園でヒカルに碁を教えてもらってからというもの、その魅力
にとりつかれていた。白と黒の石の軌跡。ヒカルの並べる、その石の運び
の美しさに魅了されたのだ。
それと、もう一つ。
彼女がなんとなしに聞いた
「ねえ、ヒカルってどんな人が好きなの?」
という質問に対してのヒカルの答え。
「碁が強い奴!」
というこの台詞が彼女をよりいっそう碁へと駆り立てていた。
当の本人であるヒカルは、あかりの問い掛けが、恋愛についての質問
だったとはちっとも思っていなかったのだが。だが、ともあれ、あかりの
闘志に火をつけた。
「強くなって、ヒカルのお嫁さんになるんだもん!」
あかりは燃えていた。
小学校に入学してから2ヶ月がたった頃。
ヒカル「……」
あかり「ねぇ、ヒカル。どうしたの?」
ヒカル「……」
あかり「ねぇ、ヒカルってばぁ」
ヒカルは朝から机に突っ伏していた。
佐為「ヒカル?あかりちゃんが心配していますよ」
ヒカル(分かってる。分かってるさ佐為。でもダメだ。
ちょっとやそっとじゃ立ち直れないかもしれない)
佐為「それは…」
ヒカル(だって50万円だぜ50万円!何回見返したことか)
佐為「あれじゃ手が出ませんもんねぇ」
小学生になって2回ほど小遣いをもらったヒカルは、どんなパソコンを買おうか
都内の家電屋に出向いていた。
しかし、その場で見た光景は想像を絶するほどの高値のパソコンたちだった。
さすがに現在の有り金で買えるとは思っていなかったが、どの程度貯めれば
買えるのだろうという視察だったのに、夢はあっさりと崩れた。
ヒカル(まさかこの時代のパソコンがあんなに高かったなんて)
佐為「ですがヒカル!地道にコツコツ貯めていけば」
ヒカル(オレの1ヶ月の小遣いは?)
佐為「に、2000円ですけど…」
ヒカル(どう貯めたって無理だぜぇ。お年玉全部注ぎ込んだって買えねぇ)
ヒカル(あんなに高いんじゃ、入学祝に買ってくれって言ってもダメって言われるはずだよ)
佐為「それは、たしかに」
ヒカル「はぁぁぁ」
ヒカルは再び大きなため息を一つついて机に突っ伏し直した。
ヒカル「せっかく強い奴と碁が打てると思ったのに」
あかり「え?」
ヒカル「はぁぁぁぁ」
あかり「ね、ねぇヒカル!」
ヒカル「……なんだよ、あかり」
あかり「私と打って欲しいんだけど」
ヒカル「お前と?」
あかり「だってヒカル、強い人と碁が打ちたいんでしょ?」
ヒカル「それはそうだけど、でもお前と?」
あかり「うん!ゴールデンウィークにね、この詰碁集の詰碁、全部
解いたんだよ。私、きっと強くなってるから!」
ヒカル(こいつ、いつの間にそんなこと…)
佐為「あかりちゃんも随分と碁に熱心ですね。以前もそうだったんですか?」
ヒカル(いや、たしかに囲碁部だったけど、ここまで頑張ってたかと言われると)
あかり「学校には碁盤持ってきちゃダメだから、ちゃんとおはじきの方持ってきてるよ!」ジャラ
ヒカル「うっ」
あかりもまた、ヒカルと同様、家に折り畳みの碁盤と碁石があった。
入学祝に両親にねだったのだという。
ヒカル(出やがったよ、おはじき)
佐為「ヒカルにはトラウマのあれですね♪」
ヒカル(んなわけねーだろ!)
佐為「ほんとですかー?」クスクス
ヒカル「ぐっ……分かったよ、あかり。昼休み終わっちまう前に打とーぜ」
あかり「うんっ♪」
ヒカル「……」
佐為「……」
あかり「えっぐ。えぐ……」パチッ
佐為「ヒカル」
ヒカル(あぁ。こいつ、最近対局しようって誘ってこないから碁に興味を
失ったのかと思ってたのに、まさかこんなに強くなってたのか)
このところあかりは、幼稚園の頃、ヒカルが図書館で借りていた
詰碁の本に興味をもって自分でも借りて解いていたのだ。
なので久しぶりにヒカルと対局をしているのだが。
ヒカル(まだまだ全体的に甘いし稚拙だ。辿々しい箇所がいくつもある。
でも……)
佐為「それでも最低限の押さえておくところはしっかりと押さえている」
佐為「この間碁を始めたばかりだということを考えれば、素晴らしい
成長です」
ヒカル(だよな)
ヒカルはあかりの成長に驚いたが、実はこれは、そこまで不思議なこと
ではなかった。
自身が佐為に取り憑かれてから碁を始めたのが、実はかなり遅い方
だったということをヒカルは失念していた。
ヒカルと同年代の院生の話をもっとよく覚えていれば、これが当たり前
であることにすぐに気がつけたのだ。
院生の子供たちは皆、幼少期から碁に触れ、才能を見いだされれば、
すぐにプロの元で師事する。和谷などがその典型だ。
今回のあかりも、多分に漏れずそうだっただけだ。
ヒカルは、あかりが碁がそこまで得意だとは思っていなかったが、そもそも
そこがまず間違いである。
ヒカル風に言えば、前の世界であかりに囲碁を教えたのは、ほとんど三谷で、
少しばかり白石から習った程度。阿子田との対局を見ても、甘やかされて真剣さが
今一つ足りないものだった。
だが今のあかりは違う。幼少期に碁に興味を持ち、動機は不純かもしれないが、
真剣に取り組み、さらにプロであるヒカルが教えている。
伸びない方がおかしい位に、要素が噛み合っているのだ。
ヒカル(にしても、あかりの奴なんで泣きながら打ってんだ?)
佐為「そりゃあ、あれじゃないですか。ヒカルが強すぎるから
悔しいんでしょう」
ヒカル(おいおい。オレはいつも通り打ってるぜ?)
佐為「だからですよ。この間まであかりちゃんは碁石を持った
こともなかったのですよ」
佐為「ですが今は、少なくとも自分で詰碁集の問題を解くレベル。
いままで分かっていなかったヒカルの力が解り始めてきたのでしょう」
ヒカル(なるほど。そういうことか)
佐為「いくらあかりちゃんが成長したとはいえ、ヒカルとの力の差は
歴然ですからね」
ヒカル(だから置き石置けって言ったのになぁ)
佐為「ふふっ。そこはまあ子供ですし、負けん気が勝ったのですよ」
あかり「うっ、えぐっ……」ポロポロ
ヒカル「……」
あかり「ま、負けました…うっ…うっ」
ヒカル「ありがとうございました」ペコリ
あかり「あ、ありがどうございまじだ」ペコリ
ヒカル「あのさ、あかり」
あかり「うっ、うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
ヒカル「あかり!?」
対局が終わると同時にあかりは泣き崩れた。
そして、それはちょうど昼休みの終了時間でもあり、生徒たちが
教室に戻ってくるタイミングと一致した。
女子「あぁぁ~~!」
ヒカル「えっ」
女子「せんせー。ヒカルくんがあかりちゃん泣かしてる~!」
ヒカル「ちょっ」
男子「わーるいんだー。わるいんだー」
あかりの泣き声と共に、嫌な合唱が辺りに響いた。
あかりが大泣きした結果、クラスは自習となり、ヒカルとあかりは
職員室で担任に事情を聴かれていた。
担任「えーと、それじゃあ、藤崎さん。進藤くんにイタズラ
とかされたワケじゃないのね?」
あかり「は、はいっ。私は…うっ…ヒカルに碁を打ってもらってただけで」
担任「ご?」
ヒカル「囲碁のことだよ」
担任「あー、囲碁!囲碁ね。ふんふん、それで、どうして泣いちゃったの?」
あかり「わ、私がぜんぜん弱くって、勝負にすらなってなくって」
担任「なるほど。進藤くんが手加減してくれなかったわけだ」
ヒカル(思いっきり指導碁だったけどな)
あかり「違うんです!ヒカルは置き石を置けといってくれたのに、私が
互い戦で打ちたいって我儘言って」
担任「置き石?互い戦?」
ヒカル「あかりがハンデなんかいらないって言ったんだ」
あかり「私、いっぱい勉強して、強くなったと思ってて…」
担任「なるほどねぇ。勝負を挑んで返り討ちにあっちゃったわけか」
あかり「はい」
担任「事情は分かったわ。イジメられてたんじゃなくてほっとしたけど、
でも進藤くん。女の子相手に本気なんか出しちゃだめよ」
ヒカル「はー」
あかり「違います!」
担任「えっ?」
あかり「ヒカルは全然本気じゃなかったの!幼稚園の頃から見てるから
そんなの私には分かってるの!私は、私は……うっ、うわぁぁぁぁん!」
担任「ちょっと藤崎さん!?」
結局この日、あかりが泣き止むことはなかった。
いつもなら一緒に帰るはずのヒカルとも顔を会わせず、そのまま帰宅した。
一方ヒカルは、佐為と共に、今後のあかりに対する指導の仕方を考えていた。
そして……。
教頭「今日は大変だったみたいですね」
担任「あっ、教頭先生」
教頭「聞きましたよ。なんでも碁を打って負けたのが悔しくて、大泣き
してしまったとか」
担任「ええ。藤崎さんって女の子なんですけどね。進藤くんを教室に帰した
あとに本人から聞いた話なんですが」
担任「なんでも進藤くんは「碁が強い人」が好きで、藤崎さんは進藤くん
に振り向いてもらいたくて碁の勉強を頑張ってたらしいんですが、見事に
返り討ちにあっちゃったようで」
教頭「それまた凄い青春ですね」
担任「あはは…」
教頭「でも、今時の子供が囲碁ですか」
担任「変わってますよね。他の子供はみんな、テレビゲームとかに夢中なのに」
教頭「そういえば、用務員室に前いた用務員さんが碁盤と碁石を忘れたまま
退職した記憶が」
担任「あぁ、去年辞められた用務員さんですか」
教頭「これもなにかの縁です。もし藤崎さんが学校でも囲碁が打ちたいと言ったら、
昼休みや放課後にでも貸してあげるといいでしょう」
担任「良いんですか?」
教頭「まだ一年生ですしね。打ち込める何かがあるんなら、好きに打ち込んで
構わないと思いますよ。必死に打ち込めるのは若い間だけですからね」
担任「分かりました。伝えておきます」
職員室の窓から下校中の子供たちを見る教頭は、感慨深げだった。
翌日も、あかりは昨日のことを引きずっているのか、ヒカルとは会話
しようとしなかった。
ヒカルと佐為も、あかりが落ち着くのにまだ時間がかかるのだろう
と思い、暫くそっとしておくことにした。
そして、ヒカルとあかりが対局してか3日がたった頃。
「ヒカル。話があるの」
放課後、あかりがヒカルに声をかけた。
ヒカル「なんだよ、話って」
あかり「あの、この間のことなんだけど……ごめんね。ヒカルにも迷惑
かけちゃって」
ヒカル「そのことか。気にするなよ」
あかり「ううん。やっぱりきちんと謝らないと。ごめんなさい」ペコリ
ヒカル「…ああ」
あかり「それと、もう一つ。最近ヒカルを無視しちゃってごめんなさい」ペコリ
あかり「ヒカルが心配してくれてるの分かってたのに、私、自分のことしか
見えてなくて」
「いや、あかりはまだ小学生なんだし…」と、言いかけてヒカルは口をつぐんだ。
自分だって見た目は小学生なのだ。変に言い合いになって、あかりがまた落ち込んでも困る。
いまは大人しく話を聞くのが得策だ。
あかり「昨日ね、お姉ちゃんとお母さんに何で泣いてるのか聞かれて
答えたんだけど、二人に言われたの」
あかり「『あなた、自分のことしか見えてないわよ』って」
ヒカル「……」
あかり「自分から勝負をお願いして、負けて、顔を合わせれないって、
ヒカルにすごい酷いことしてるんだって、私ぜんぜん分かってなくて」
あかり「言われて初めて気がついた。もし私がヒカルの立場だったら
私のこと、どう思うんだろうって」
あかり「ごめんなさい。ごめんなさいヒカル」ポロポロ
あかり「おねがい。私のこと、嫌いにならないで…」ポロポロ
ヒカル「あかり…」
ヒカルは、あかりが勇気を振り絞って自分に話をしてくれたのだと、
その涙を見て思った。
そして、あかりをそっと抱き寄せて、頭を撫でながら優しく囁いた。
「バカだなぁ、あかりは。オレがお前のこと嫌いになるはずないだろ」
その言葉を聞いたあかりは、顔をしわくちゃにしながら、また泣いた。
次の日から、ヒカルのあかりに対する本格的な指導が開始された。
布石、定石、死活、目算。さらには時間制限も。
他にもまだまだ、囲碁には知っておかなければならないことが沢山ある。
ヒカルはこれまで、自分がプロになるために、どういう手段で強くなって
いったかを佐為に話し、二人で対策を練った。
まずは指導碁。学校でも家でも可能な限りあかりに指導碁を打った。
そして、自分と佐為の何百という対局を書いた棋譜を貸し、並べさせたり、
図書館につれていって棋譜を借りては、他のプロの棋譜もまた同様に並べさせた。
とにもかくにも、石の運びを感覚として身に付けないといつまでたっても、
上達はしないと考えたからだ。その過程で、検討を交えながら布石、定石
も身に付けさせた。
きちんとした布石が打てるようになった頃には、あかりは既に、ヒカルが
知っている以前の世界のあかりよりも遥かに強くなっていた。
そしてその後も、荒しを上達させるため、あかりと共に週に一度碁会所に赴き、
老人相手に置き石を置かせて打たせてみたりもした。
囲碁は上手とばかり打っても身に付けられないものもある。
間違った手を正しく咎められてこそ強くもなれるし、荒らしも劣性をはねのける力
として、必要だ。
あかりは順調に強くなっていった。
だがしかし、その一方であかりは一抹の不安も感じていた。
「ヒカルとの差が、縮まる気配がない。ううん、それどころか……引き離されてる?」
そう、ヒカルもまた強くなっていたのだ。
「子供は親を成長させる」とは誰の言葉だったか。
ヒカルは、あかりを正しく導くため囲碁を基本から学び直す必要があった。
前の世界で一段飛ばしに成長していったヒカルが、今回では、あかりの成長を
見守るため、一歩一歩、きちんと成長の階段を確認する必要があったのだ。
それはあたかも、基本動作を確認するかのように。
その証拠に、ヒカルは現代の定石を覚えた佐為との対局で、7回に1回は勝利する
ようになっていた。
そして、あかりを指導し始めてからさらに5年が経過した。
ヒカルとあかりは小学6年生となり、またあの出会いがやってくる。
塔矢アキラとの出会いが。
ヒカル「んじゃ、いいか。佐為。あくまで指導碁だからな」
佐為「分かってますよ、ヒカル。今から会う塔矢という子供が、後々
あなたのライバルになるのでしょう」
ヒカル「ああ。散々迷ったんだけど、やっぱこのタイミングが一番だと
思うんだよな」
ヒカル「このタイミングなら、上手くいけば、塔矢名人とも気兼ねなく
お前に打たせてやれる」
ヒカル「でも良いのか?名人と打った少し後にお前は消えちゃったんだぞ」
佐為「どちらにせよ、覚悟はできてます。すでに私は一度この世から去った身。
現世に甦ってから、すでに以前の世界のヒカルと別れるよりも長い時間、
この世にいます」
佐為「それが何故なのかは分かりませんが、ですが私はあの者と打ちたい。
いつ消えても悔いの無いように、打っておきたいのです」
ヒカル「……わかった。お前がそう言うのなら」
佐為「感謝します。ヒカル」
ヒカル「よしっ、行くぜ!」
ヒカルは塔矢アキラのいる碁会所の門をくぐる。
塔矢「……」
塔矢(これも…これも…この手も、まるで指導碁だ)
塔矢(これが本当に彼の実力なのか…いや、そんな筈ない。そんな子供いる筈ない)
塔矢(でも、確かに存在したんだ。この対局は…)
塔矢(いったい何者なんだ、進藤ヒカル!)
碁会所の片隅で、黙々と石を並べる少年の姿があった。
彼の名前は塔矢アキラ。
将来、囲碁界を背負っていくだろうと期待されている、塔矢名人の一人息子である。
彼が暗い顔で石を並べていたのには理由がある。
それは、同い年の男の子に5目半で負けたこと。
結果だけ聞けば、落ち込む程のものではないと思われそうだが、肝心なのはその
内容だった。
彼の対戦相手の進藤ヒカルという少年は、明らかに指導碁といえる打ち方で
塔矢アキラに勝ったのだ。
今現在でも堂々とプロと渡り合っていけるだけの力をもつ塔矢アキラに対して
である。
市川「アキラくん。広瀬さんが指導碁をお願いしにみえてるんだけど」
広瀬「あ、いや。無理にとは」
塔矢「すみませんが…」
市川「……あの子を待ってるの?」
塔矢「……」
市川「……そうよね。名前しか分からないからここで待つしかないもんね」
塔矢「……」
市河「…あ、そうだ!私、あの子に帰り際チラシ渡したんだったわ」
塔矢「チラシですか?」
市河「そう。全国こども囲碁大会のチラシ!今日、棋院でやってる!
ちょっと興味ありそうだったから、もしかしたらいるかも!」
塔矢「!」ガタッ
塔矢「市河さん。もし彼がここに来たら引き止めておいて!」
市河「アキラくん!?」
市河「……行っちゃった。変わったわねぇ。アキラくん」
広瀬「そりゃあそうですよ。今までライバルらしいライバルなんて
いなかったんですから」
棋院前。
塔矢(進藤ヒカル、進藤ヒカル、進藤ヒカル!)キョロキョロ
ヒカル「ふぁぁ、……そろそろかな」
塔矢「!!!」
塔矢「進藤!進藤ヒカル!」
ヒカル「お~塔矢じゃないか。どうしたんだよ、こんなとこで」
塔矢「あっ、いや…」
ヒカル「囲碁大会にはでなかったのか?」
塔矢「キ、キミは?」
ヒカル「オレ?オレは友達の付き添い」
ヒカル「あいつ、オレが碁を教えてやったんだけどさあ。多分良いとこ
までいくと思うんだよ」
塔矢「教える?……そうだ。ちょっと、手を見せてくれないか?」
ヒカル「いいぜ」スッ
塔矢(これは…爪もすり減って、指にも少し凹みがある。間違いない。毎日
碁石をさわっている手だ)
ヒカル「もういいか?」
塔矢「あ、あぁ。ありがとう」
塔矢「……さっき碁を教えてると言ったね。キミはプロになるの?」
ヒカル「ハハハ、オレがプロ?まさか」
ヒカル「そういう塔矢はどうなんだ。プロになるつもりなのか?」
塔矢「……なるよ」
ヒカル「へー。まぁ頑張れよな」
塔矢「えっ、あ、うん。頑張るよ」
ヒカル「おうっ」
塔矢「……」
ヒカル「……」
ヒカル「どうした。まだ何かあるのか?」
塔矢「って、そうじゃない!キミはプロにならないのか!?」
ヒカル「今んとこはな」
塔矢「そ、そんな。キミほどの実力をもってプロを目指さないなんて!」
ヒカル「オレの実力ぅ?そんな大したもんじゃねぇぜ、オレ」
塔矢「い、いやでもこの間の僕との対局だって…」
ヒカル「あぁ、お前に打った指導碁か。あれがどうかしたか?」
塔矢「…し、指導碁!?」
ヒカル「なんだよ」
塔矢(や、やはりアレは指導碁だったのか!)
佐為「あのーヒカル?なんだか塔矢の顔色がすごく悪そうなんですが」
ヒカル(いーのいーの。こないだのお前と塔矢との対局見てさ。最初に会った
時のこいつって、まだまだだって分かっちまったから、少し発破かけといて
やんなきゃ)
佐為「大丈夫ですか?そんなことして。前回もストーカー顔負けのしつこさ
だったんでしょ?」
ヒカル(……そこはまぁ、なんとかやってみるさ。じゃないと、オレもお前も
強い対局相手がが一人減っちまうんだぜ)
佐為「それは、そうかもしれませんけど…」
ヒカル「どーしたんだよ、塔矢」
塔矢「ボクハ…ボクハ…ボクハ…」
ヒカル(聞こえてねーなぁ、こりゃ。よし、それなら…)
ヒカル「……それにしても、お前レベルの奴がプロになれるってんなら、囲碁界
のプロも大したことなさそーだな」
塔矢「……なんだと?」
ヒカル「だってそーだろ。お前でもプロになれるってんなら、オレなら間違いなく
タイトル保持者だ」
塔矢「キ、キミという奴は!プロを、プロ棋士を嘗めるのも大概にしろ!」
ヒカル「悔しいのか。でもお前は、そんなオレに指導碁打たれるレベルなんだぜ」
塔矢「ぐぅぅ!」
塔矢(悔しい悔しい悔しい!でも……言い返せない!)
ヒカル「じゃあな」スッ
塔矢「待て!」
ヒカル「…なんだよ」
塔矢「今から一局打たないか?」
ヒカル「また指導碁打ってもらいたいのかよ」
塔矢「違う!」
ヒカル「……」
塔矢「前回の僕は、キミが子供だと侮った。でも、今回は初めから全力で
勝負する!だから…」
ヒカル「だから?」
塔矢「だからキミも全力で打ってくれ!」
ヒカル「……いいぜ!」
ヒカル(佐為!)
佐為「ええ、分かってますヒカル。どうやら塔矢は、あなたの言った通り
の子供みたいですね。……全身全霊を以て、挑みます」
塔矢「来てくれ。こっちだ」
二時間後。
塔矢「うぅぅぅぅぅっ!」
塔矢「うぁぁぁぁぁぁっ!」
碁会所で大人達が見守るなか、塔矢アキラは涙をこらえきれずにいた。
彼の前には黒石と白石が少しばかり置かれてある碁盤がある。
誰の目から見ても、白が大敗しているのが一目瞭然の盤が。
塔矢(お父さん。今までお父さんの言葉を誇りに、まっすぐ歩いてきた)
塔矢(でも、壁があるんだ。見えない大きな壁が…)
塔矢(僕は…僕はっ…!)
彼を見守る周囲の大人たちは、誰も声をかけてやることができなかった。
大人たちもまた、想像だにしていなかったからだ。
まさか塔矢アキラが、こんなにも序盤で負けを認めるなどと、誰も。
その日の夜。
佐為「……」
ヒカル「……」
佐為「塔矢、大丈夫でしょうか」
ヒカル「……ちょっと、勝ちが過ぎたかもな」
佐為「あぁ、やっぱり!ヒカルが全力でやれなんていうから」
ヒカル「オレのせーかよ?塔矢だって全力でやれって言ってきたんだぞ!」
佐為「ですが!」
ヒカル「……まぁ、やっちまったもんはしょうがない。今後のことについて
考えようぜ」
佐為「はい…」
ヒカル「……大丈夫かなあいつ。まさか自殺なんてしないよな」
佐為「塔矢…」グスン
翌日。
ヒカルは先日、塔矢アキラを打ち負かした碁会所の前にいた。
ヒカル(準備はいいか、佐為)
佐為「ええ、いつでも」
ヒカル「んじゃ、行くぜ。おそらく今日は塔矢はいない。代わりに…」
佐為「あの者が、いるのですね!」
もしも、前回と同じ状況なら、いる筈だった。
塔矢アキラの父親、塔矢行洋が。
市河「あらっ、いらっしゃい。って、あなた昨日の」
ヒカル「……」キョロキョロ
行洋「ほう、その子が例の」ギロッ
市河「あっ、はい。アキラくんに勝った進藤くんです」
ヒカル「初めまして。オレ、進藤ヒカルです」
行洋「……まさか、あのアキラに勝つとは。それも2度も」
行洋「キミの実力が知りたい。座りたまえ」
ヒカル(やっぱり!オレがこんとき逃げ出さなきゃ打ててたんだ、佐為は名人と!
こんなにも早く!)
行洋「石を3つ置きなさい。アキラとはいつもそれで打っていた」
行洋「分かるかね。名人の私相手に石たった3つだ。それがアキラの実力だ」
ヒカル「……」コトコトコト
行洋「……では、いくぞ」バチッ
ヒカル(うわぁ、相変わらず格好いい打ち方だ。この打ち方に憧れたんだよな)
佐為「ヒカル」
ヒカル(分かってるよ。見てもらおうぜ。そして、知ってもらおう。お前の実力を!)
佐為「5の三カカリ!」
行洋「……」ビシッ
佐為「3の三、ツケ!」
行洋「アキラには2歳から碁を教えた。アマの大会には出さん。腕はもうプロ並だ。
あの子が大会に出ると、他の子の才能を摘んでしまう」ビシッ
佐為「4の四、星!」
行洋「あの子は別格だ。だからこそ信じられん。あの子に勝った子どもがいるなどと」ビシッ
佐為「10の十六、星!」
行洋(……ふむ。まだ序盤の数手だけだが石の流れに歪みはない。まるでプロのお手本のようだ)
行洋(それに、なんだ。この感覚は?この空気、この威圧感)
行洋(この子はまだ小学六年生。アキラと同い年のはずだ)
佐為「……」キッ
行洋(この子は一体……)
その後、行洋は信じられない現象を目の当たりにする。
目の前の子供の打つ手は、どれも弛みなく妥協しない。
名人の自分相手に隙あらば果敢に攻めてくる。
そして。
行洋「……ここまでだな。ありません」
行洋は負けを認めた。中押しだった。
その光景に碁会所内は色めき立つ。
「名人が負けた?」「三子で?」「じゃあ、やっぱりあの子はアキラくんより…」
行洋「キミには申し訳ないことをしたな」
ヒカル「えっ?」
行洋「私は、息子のアキラより強い子供はいないと思っていた」
行洋「だが、目の前でこうも見事に打たれては、私の考えはただの思い上がりのようだった
と認めねばなるまい」
緒方「いいえ、先生は間違っていません。この子もまた特別なだけでしょう」
ヒカル(あっ、緒方先生!そっか、そういえば今日は緒方先生もいたんだっけ)
行洋「進藤くんと言ったね」
ヒカル「あっ、はい」
行洋「おそらくキミは、私と互戦でいい勝負をするレベルだ」
緒方(たしかに)
行洋「もしまだ時間があるなら、私と互戦で打って欲しいんだが」
ヒカル「今からですか?」
行洋「あぁ」
ヒカル「名人にそう言って頂けるなんてオレ、光栄です。是非お願いします!」ペコリ
行洋「お願いします」ペコリ
この日、緒方は信じられないものを目にする。
先程とは違い、全身全霊、全力を以て挑む塔矢行洋を相手に、まだ中学生にも
なっていない少年が互角の戦いを繰り広げ、さらにはなんと、勝利してしまったのだ。
緒方「まさか、そんな……こんなことが」
行洋「……」
行洋は目を細め、自分の前にいる子供を見る。
対局が終わってしまえば、なんてことはない。
自分の子供と同じ、あどけない顔をしている。
しかし、その力はまさに神とも鬼神とも呼べる強さ。
行洋「……昨日、全国こども囲碁大会があったんだが、そこで優勝した
女の子の棋譜が見事でね。院生にもなれるだろうレベルだったんだが」
行洋「表彰の場で尋ねたのだ。師匠はいるのかと」
行洋「彼女は笑いながら幼馴染みですと答えたが……」
ヒカル「あかりの奴、そんなかと言ってたんですか」
行洋「やはりキミのことだったか。あの時はとても信じられなかったが、
アキラを倒したキミの話を聞いていたからもしやと思ったが」
行洋「……今日は年甲斐にもなく楽しめたよ。ありがとう」
ヒカル「いえ、オレの方こそ」
行洋「進藤くん」
ヒカル「はい」
行洋「キミとまた打ちたい」
ヒカル「ありがとうございます。オレも、また名人と打ちたいです」
行洋「そうか。ではまた、この碁会所で…」
ヒカル「あっ、でも一つだけお願いがあるんですけど、良いですか?」
行洋「なにかね」
ヒカル「名人と打ちたいのは山々なんですが、ここじゃない塔矢が
いないところでお願いしたいんです」
行洋「アキラがいないところで?理由を聞いても?」
ヒカル「失礼な話かもしれないけど、今のオレは塔矢より強いつもりです」
行洋「ふむ」
ヒカル「あいつにはまだまだ強くなって貰わないといけない。今はまだ
あいつと仲良くお勉強なんてできないんです。あいつは、オレのライバル
なんだから」
ヒカル「碁は一人じゃ打てない。二人揃って初めて」
行洋「……神の一手に近づける、か」
ヒカル「はい!」
行洋「分かった。キミと打つときはアキラには気を付けよう。それでいいかな」
ヒカル「ありがとうございます。あとこれ、オレん家の電話番番号なんで」スッ
行洋「…………」
ヒカル「どうかしました?」
行洋「いや、用意がいいなと思ってね。すまない。確かに受け取ったよ」
ヒカル「じゃ、今日はもう遅いんで。これで」タッ
行洋「ああ」
緒方「……不思議な子でしたね」
行洋「そうだな。……フフフフ」
緒方「どうしました、先生?」
行洋「いや、なに。さっきあの子がアキラをライバルと言った瞬間、その役は
私だと言いたくなってしまってね」
行洋「情けない。息子に嫉妬してしまうとは」
緒方「……でしたら気にする必要はありません。私も同じ思いでしたから」
行洋「そうか、キミもか」
緒方「ええ。アキラくんには勿体ない。私の方こそ彼のライバルとして認めてもらいたい、
と思いましたよ」
行洋「ははは」
緒方「先生。もし彼と次打つ日が決まったら、私も同行させて下さい」
行洋「…………」
緒方「先生!?」
行洋「考えておこう」
緒方(顔がにやけている。くそっ、一人で行く気だな、これは)
一方。
ヒカル「どうだ、佐為。久しぶりにオレ以外と対局できた感想は」
佐為「とても充実した二日間でした。特に今日の対局は、勝つか負けるかの瀬戸際で
ピリピリとした空気がとても心地よかった」
ヒカル「そうか。それで、身体の方に何か違和感とかは?」
佐為「今のところありませんね。消えるのを覚悟して打ったのですが、特になにも」
ヒカル「ふーん…」
ヒカル(佐為が消えた理由は、塔矢先生との対局じゃなかったってことか?)
佐為「それよりヒカルの方こそ良かったのですか?前回は私のことを隠してたんでしょう?」
ヒカル「それなら心配するなよ。前も言ったろ。オレはお前と打てるだけで満足だって」
佐為「しかし……」
ヒカル「それに、オレがプロにならなきゃ、そんなに気にすることなんかねーんだよ」
ヒカル「アマチュアが名人破ったなんて、誰も信じないさ」
佐為「……ですが、これだとヒカルが誰とも打てなく…」
ヒカル「だーいじょうぶだって!心配すんなよ、ちゃんと考えてあるからさ」
佐為「……ほんとに?」
ヒカル「多分…」
佐為「ヒカルっ。目を見て話なさい。目を見て!」
ヒカル「あはははっ。帰ろーぜ、佐為!もう腹ペコペコだ」
佐為「もうっ!」
佐為(信じていいのですね、ヒカル?)
それから、また少しばかり時間は流れる。
ヒカルとあかりは別々の道を歩き始めていた。
ヒカルは海王中学に進学し、あかりは葉瀬中に進学。
そしてあかりは、院生になっていた。
佐為「それにしても、本当に良かったんでしょうか、これで」
ヒカル「まだウジウジ言ってんのかよ、お前は」
佐為「だって、別々の学校になったのですよ、あかりちゃんと!」
佐為「ヒカルが話してくれた前の世界とは全然違う道を辿ってます!」
ヒカル「…………仕方ねえさ。オレはお前と打ちたかった。お前にも
もっと打たせてやりたかった」
ヒカル「だったら、前の世界と同じ通りにばかりはしちゃいらんねーだろ」
佐為「ですが、囲碁部はヒカルの大切な場所だったんでしょう?」
ヒカル「海王にも囲碁部はあるぜ」
佐為「あのね、ヒカル。私が言っているのは……」
ヒカル「そんなことより、打たねーのか、ネット碁。せっかく
海王の合格祝いに買って貰ったんだぜパソコン」
佐為「打ちます!」
ヒカル「よしっ、んじゃ打つぞ、佐為」
ヒカルはマウスを握りしめた。
ヒカルが海王中学に進学したのには主に理由が三つあった。
一つはパソコン。
これまでパソコンを買おうと小遣いを貯めていたヒカルだったが、
月々の小遣いだけじゃ到底買えないのを知り、ことある毎にせびっていた。
その中でも一番せびりやすかったのがテストだった。
「テストで満点とったら1000円ちょーだい!」とテストの度に言った。
これは一番言いやすかったし、両親も勉強を熱心にしてくれるならと、
出し惜しむこともなかった。
いくら前の世界で成績が悪かったと言っても、小学一年生の授業から
やり直すとなると、ヒカルでも簡単だったし、勉強もこなれてくると
要領よくテストで点数がとれた。
そんな甲斐あって、ヒカルはいつも満点をとっていた。
そうなると、担任がヒカルに中学受験を進めるのも当然だ。
当初、ヒカルにそんなことはまるで頭になかったが、彼の両親が
息子の将来のために、受験を強く希望するようになっていた。
嫌がるヒカルにどう受験してもらおうか悩んだ結果、以前ヒカルが
欲しがっていたパソコンを合格祝いにちらつかせたのだ。
ヒカルの心は揺れた。
二つ目の理由はあかり。
全国こども囲碁大会で塔矢名人に誉められたのがうれしかったのか、
これまでヒカルと打つことだけが楽しみだったあかりに、新たな目標ができた。
「プロになりたい!」
院生でも十分通用すると聞いたあかりは、より熱心に囲碁に打ち込んだ。
プロ棋士となって、いろんな強者と戦いたい。もっともっといろんな人と。
これまでヒカルとばかり打っていたあかりが、広い世界を見て、もっと冒険が
したくなったのだ。
……だが、院生になると囲碁部の大会には出られない。
いや、それ以前に、院生になってプロを目指すあかりが囲碁部に入るはずもない。
軽い腕試しのつもりで誘った囲碁大会が、まさかこんな結果になるとはヒカルも
思っていなかった。
そして三つ目は囲碁部。
囲碁部は筒井一人じゃなかった。というか、盛況だった。
小学生時代、ヒカルとあかりが碁を打っているのを目撃して、
興味を持った上級生は意外と多かったようだ。
筒井が囲碁部を作ろうと何人かに声をかけたら、すぐに「やってみたい」
と名乗りをあげ、それからというもの囲碁部は他の部活と同様、きちんと
した活動が行われていた。
創立祭のときには三谷も来ており、囲碁部にも興味を持った様子だった。
その現場を目撃したヒカルは、これは自分の知っている囲碁部だけど、
知らない囲碁部なんだと、胸が少し痛んだ。
そんなわけで海王に入学したヒカルだったが、もちろんそこには塔矢がいるワケで。
塔矢「進藤ぉぉぉぉぉ!!!!」
ヒカル「ちょっとお前、しつこすぎ!」
塔矢「なぜだ!なぜ僕と打ってくれない!」
ヒカル「あのなぁ、昨日打ったばかりだろ!」
塔矢「今日はまだ打ってくれてないじゃないか!」
ヒカル「オレにも用事ってもんがあるの!それにお前、全然強くなんねーじゃん!」
塔矢「そんな急に強くなれるはずないだろう!だいたい、キミはどうしてそんなに
強いんだ!少しくらい喋ってくれたっていいじゃぁないか!」
ヒカル「あぁもうっ!」
確かに以前、プロになってから塔矢とはよく打っていたヒカルだったが、
中学生の佐為を追っていた頃の塔矢がここまでエネルギッシュに追ってくるとは
思っていなかった。これじゃあまるで、ただの追っかけだ。
海王に入学することになった時点でヒカルはある程度覚悟していたが、
まさかここまでとは。
こんなんじゃ、一緒並んでにお勉強したくないなんて、格好いいこと言った
意味なんてなかったんじゃと思い直し、塔矢名人に相談してみたが
「……私はキミと二人きりで静かに打ちたい。このところアキラは少しうるさくてな」
等と、相手にしてもらえなかった。
流石は親子。自分のことしか考えていない。
ヒカル「はぁぁぁっ」
ヒカルは今日、何度目になるか分からないため息をついた。
一方その頃あかりは。
あかり「……うんっ。5目半勝ちっ」
あかり「ありがとうございました」ペコリ
院生「ありがとうございました」ペコリ
あかり「ふぅっ」
奈瀬「あっ、終わったみたいね」
あかり「明日美さん!」
奈瀬「この分だとすぐに1組に上がってきそうね。強敵あらわる、かな」
あかり「そんな、私なんてまだまだですよ」
奈瀬「謙遜なんかしなくて良いわよ。私たちはどっちが勝ったか負けたかって
言われる世界にいるんだし、あかりちゃんが成績いいのだって胸はって良いんだから」
あかり「そう言ってもらえると嬉しいです」
奈瀬「それに、院生でも強い女の子ってあんまりいないから、私としては
あかりちゃんがライバルになってくれると嬉しいかな」
和谷「んなこと言ってると、すぐに追い抜かれちまうぞ」
奈瀬「和谷!」
和谷「それより藤崎。お前師匠いないってホントか?」
奈瀬「えっ?」
あかり「い、いるよっ」
和谷「幼馴染みってのは無しだぜ」
あかり「うっ…」
奈瀬「ちょっと和谷、何の話してんのよ」
和谷「去年の全国こども囲碁大会にオレの知り合いがいたんだけどさ。
その大会で優勝したのが藤崎なんだよ」
奈瀬「へー、そうだったんだ」
あかり「えへへっ」
和谷「んで、表彰の時塔矢名人が聞いたらしいんだよな。師匠はいるのかって。
そしたらこいつ、幼馴染みですっつったらしいんだ」
奈瀬「はぁ?」
あかり「ほ、本当だよ!だって私他に師匠って呼べる人いないし」
和谷「ふつーは師匠ったらプロだぜ、プロ。その幼馴染みはプロなのかよ」
あかり「……違うけど、でもヒカルは凄いんだから!」
和谷「なっ?わっかんねー奴だろ」
奈瀬「元院生とかじゃないの?ねえ、その幼馴染みって何歳?」
あかり「十二才です。私と同い年の。でも、ヒカルは院生じゃないです」
奈瀬「えっ」
和谷「これが塔矢アキラとかだったら、まだ分かるんだけどなぁ。
アマの大会でもそんな奴聞いたことねーし」
あかり「……」
奈瀬「こら和谷っ、言い過ぎよ。あかりちゃん困ってんじゃない」
あかり「いえ、私は……」
奈瀬「ま、いいじゃない師匠なんて。あかりちゃんが強いのは事実なんだし」
和谷「…それもそうか。悪かったな」
あかり「…………」
奈瀬(あらら。落ち込んじゃってる。よっぽどその幼馴染みが悪く言われた
のが堪えたのかしら)
奈瀬(……でも、気にならないと言えば嘘になるかも)
奈瀬「ねぇ、あかりちゃん」
あかり「…はい」
奈瀬「その幼馴染みのヒカルくんだっけ?私にも紹介してよ。あかりちゃんの
師匠なら私も打ってもらいたいし」
あかり「!はいっ」
そんなわけで。
ヒカル「で、オレん家来たのか」
あかり「ごめん。迷惑だった?」
ヒカル「いや、ぜんぜん。ストーカー相手にするより何倍もマシだ」
あかり「ストーカー?」
ヒカル「こっちの話」
ヒカル「えっと、奈瀬さん?かたっ苦しいの苦手なんで奈瀬でいいか?」
奈瀬「いいわよ全然。院生でもそう呼ばれてるし。わたしの方はヒカルくん
って呼べばいいかな?」
ヒカル「好きに呼んでくれていいよ。呼び捨てでも。別に進藤でも構わないぜ」
奈瀬「うーん、あかりちゃんがヒカルヒカル言ってるからヒカルくんで」
ヒカル「分かった」
ヒカル「じゃ、早速打つか」
そう言うと、ヒカルはじいちゃんに買ってもらった折り畳みの碁盤と、
小遣いで買った足付きの碁盤を二人の目の前に並べた。
奈瀬「えっ?」
ヒカル「あかりの奴もどれくらい強くなったか知りてーしな。とりあえず
二人ともかかってこいよ」
奈瀬「多面打ちだなんて、院生二人にすごい自信ね」
ヒカル「打てば分かるさ」
奈瀬「よーし、見てなさいよ!」
一時間後。
奈瀬「……」
あかり「ダメだぁ。やっぱりヒカルつよーい」
ヒカル「いつもは四子置いてるからな。久しぶりじゃねえかな。
互戦で打ったの」
奈瀬「よ、四子っ!?」
あかり「えへへ、それでも負けちゃうんだけど、ねっヒカル」
ヒカル「でも結構強くなってんじゃん、あかり」
あかり「えへへへへ」
奈瀬「………………」
ヒカル「奈瀬?」
奈瀬「あ、あぁごめん。ちょっとビックリしちゃって。
ねぇ、ヒカルくん。あなた、プロじゃないわよね」
ヒカル「違うけど」
奈瀬「そうよね、棋院でも見たことも聞いたこともないし。でも、えっ、これって…」
佐為「ヒカル。奈瀬がうろたえてますよ。久しぶりに以前の仲間と打てるからって
張り切りすぎたんじゃないですか!?」
ヒカル(かもなー。最近ネット碁ばっかりだったし奈瀬見てたら懐かしくなって、指導碁
のつもりがついつい厳しい手打っちまったかも)
奈瀬「…………」
あかり「明日美さん?」
奈瀬「あっ、ごめんごめん。えっとヒカルくん今日はありがとう。打ってくれて」
ヒカル「あぁ。打ちたくなったら、またいつでも来てよ。歓迎するぜ」
奈瀬「う、うん。そうね。またお願いしようかしら」
あかり「ねぇヒカル。私、今度からは3子でいいかな?」
ヒカル「調子に乗るなよあかり、お前はまだまだ4子だ」
あかり「むー、いつか絶対3子で打ってもらうんだからっ」
奈瀬(ひぇぇ。な、なんなのこの会話っ!?もうやめてー)
翌週。
奈瀬「ってなことが先週あったんだけど」
和谷「藤崎相手に四子ぃ?信じらんねー」
伊角「悪いけどオレもそれはちょっと…」
奈瀬「あーぁ、やっぱり。そう言うと思ってたわよ!でも本当なんだから。
ねっ、あかりちゃん」
あかり「……」
奈瀬「あかりちゃん?」
あかり「はっ、はいっ。ごめんなさい何の話ですか?」
奈瀬「聞いてなかったの?ヒカルくんがすっごく強いってハ・ナ・シ」
あかり「ヒ、ヒカルは強いですよ!でも…最近なかなか打って貰えなくて」
和谷「なんだ。それで今日元気なくて負けたのか」
奈瀬「どうしたの、喧嘩でもした?」
和谷「どーせ、藤崎が院生入って強くなってきたから、師匠面
出来なくなったんじゃねーの?」
奈瀬「和谷!」
あかり「ううん。そうじゃなくて、ヒカル、ストーカーが追いかけてくるから
あんな奴にお前を巻き込めないって言って」
奈瀬「そういえばそんなこと言ってたわね、こないだ」
和谷「へー、そらまた大変だなそいつも」
あかり「だから最近、碁の勉強がちっとも出来なくって…」
和谷「勉強?お前っていっつもそのえーと、進藤だっけ?そいつに打って
もらってるだけ?」
あかり「あとは詰碁解いたり、棋譜並べしてるんだけど、ほとんど
毎日ヒカルに打ってもらってたから、他にやり方とか分からないの。
中学も別々になって時間が噛み合わなくなっちゃったし」
和谷「ふーん。だったらオレんとこの師匠の研究会でも来るか?」
あかり「え?」
伊角「あぁ、いいんじゃないか。なんなら九星会にも紹介してやろうか?」
あかり「えっ、えっ?」
奈瀬「あーら、二人とも。可愛い女の子相手だとやっさしーのねぇ」
和谷「ばっか、ちげーよ」
伊角「はは、まぁ九星会には女流のプロも結構いるし」
あかり「えーと…」
奈瀬「ま、いいんじゃない。一回様子見に行って嫌なら行かなくてもいーんだし」
あかり(……そうだよね。ヒカルが打ってくれないんじゃ碁の勉強できないし、
私はプロ目指してるんだから、少しでも努力しなくちゃ)
あかり「あ、あの、和谷くん。伊角さん。お願いしてもいいかな」
和谷「ああ、分かった」
伊角「ん。りょーかい」
奈瀬(にしてもヒカルくん。ストーカーに追われてるなんて大変なのねぇ)
そんなわけで。
奈瀬「やっほー♪」
ヒカル「なんだ、奈瀬か。こんなに遅く来るなんてどうしたんだよ」
奈瀬「いやぁ、あかりちゃんからストーカーに困ってるって聞いた
もんだから、ちょっと遅めに」
ヒカル「あぁ、たしかに今日もあいつに捕まって、帰ってくるの遅く
なっちまったけど」
ヒカル「まぁ、外で立ち話もなんだし上がりなよ」
奈瀬「うん。おっじゃましまーす」
ヒカルの部屋。
ヒカル「それでどう?あかりの奴ちったぁ強くなってる?」パチッ
奈瀬「最近ちょっと成績落としてるかな。ほら、ヒカルくんがストーカーに
困ってるじゃない?あなたと打てなくて勉強できないーって困ってたわよ」パチッ
ヒカル「たしかにここんとこあいつと打ってねーなぁ」パチッ
ヒカル(主に塔矢のせいで)
奈瀬「でもそこまで心配しなくても大丈夫かな。院生仲間の和谷とか伊角くんが
研究会とか九星会、あっ九星会は囲碁の塾のことね。とかにあかりちゃん誘ってたし」パチッ
ヒカル「へーえ、そりゃあ良かった。オレもちょっと心配してたから」パチッ
奈瀬「にしてもヒカルくんってもてるのね。まだ中一でしょ?」パチッ
ヒカル「あんなのにもてても嬉しくねーけどなっ」パチッ
奈瀬「おっ、なかなか言うじゃない。でも、ま。ヒカルくんはあかりちゃんと
付き合ってるんだしストーカーに言い寄られても困るだけか」パチッ
ヒカル「オレがあかりと?ただの幼馴染みだよ、オレらは」パチッ
奈瀬「そうなの?てっきり私、二人は付き合ってるもんだと」パチッ
ヒカル「ないない。そーゆう奈瀬の方こそどうなんだよ。奈瀬ってすっげー
美人だし彼氏とかいないの?」パチッ
奈瀬「あら、嬉しいこといってくれるじゃない。お世辞でもおねーさん喜んじゃう♪」パチッ
ヒカル「世辞を言う趣味はねーかな」パチッ
奈瀬「ホントー?最近さぁ。あかりちゃんが入ってきてから院生の男ども、あかりちゃん
ばっかり優しくするのよ」
奈瀬「ここにもこーんな良い女の子がいるっていうのに」パチッ
ヒカル「奈瀬は気が強いからな。女として見てる奴が少ないんじゃねーか」パチッ
奈瀬「うっ、なによ。気が強い女は可愛くないってゆーの?」パチッ
ヒカル「言ってない言ってない!」
奈瀬「にしても、やっぱヒカルくん強いよね。全然歯が立たない。
私ももっと打ってもらいたいんだけど」
ヒカル「ネット碁なら打てるんだけどなぁ。奈瀬はパソコン持ってない?」
奈瀬「持ってないわ」
ヒカル「そっかぁ」
奈瀬「…………!そーだ!」
ヒカル「ん?」
奈瀬「ヒカルくんが私の家に来るってのは?それだったらストーカーも
場所知らないし」
ヒカル「いやでも、学校がそいつと一緒だし、教室の前で腕組んで仁王立ち
してるんだぜ?無理だよ」
奈瀬「そんなの、『これから彼女とデートだから』とか言って逃げ出し
ちゃえばいいのよ!」
ヒカル「でも、オレ彼女とかいねーぜ?」
奈瀬「そこは別にそんなに真面目になる必要ないでしょ。でまかせ言って
逃げたもん勝ちよ!」
ヒカル「……なるほど。いや、あいつのことだから『彼女がいるなら紹介しろ』
くらい言ってくるか?」
奈瀬「そんときはあかりちゃん連れてきゃいーじゃない。あの子なら口裏合わせて
くれそーだし」
ヒカル「うーん、でもなぁ」
奈瀬「あかりちゃん巻き込みたくないんなら、私が彼女役やったげるわよ」
ヒカル「奈瀬がぁ?」
奈瀬「不服かしら?」
ヒカル「……まぁ、オレもあいつには困ってたし、助けてもらおうかな。ありがと、奈瀬」
奈瀬「いーのいーの♪その代わり、私にもあかりちゃんみたいに指導碁打ってよね」
ヒカル「そんなんで良いならいくらでも」
奈瀬「やった♪」
その頃。
行洋「海王中に進藤くんがいると聞いたとき、私はなにも言わなかった」パチ
行洋「彼の存在が、お前をさらに成長させると思ったからだ」パチ
行洋「だが、彼のストーカーにまで発展するとはどういうことだ」パチ
行洋「学校でお前が何と言われているか知らぬわけではあるまい」パチ
塔矢「まわりを思いやる余裕は今の僕にはありません。彼が僕と打ってくれないのならば
彼を追いかけ回すのみです」
塔矢「お父さん、生意気に聞こえるかもしれませんが、僕の目標はお父さんです」
塔矢「僕はその自信と自負を僕自身の努力で培ってきた」
塔矢「まっすぐ歩いていけばいいと思った。まっすぐ歩いていけばそれで神の一手に近づくのだと」
塔矢「でも違った。手も足もでなかった。進藤ヒカルに」
塔矢「お父さんとも違う。緒方さんとも違う。彼の存在が重く僕にのしかかる」
塔矢「今は彼を追うことだけしか僕の頭には……」
行洋「恐れながらも立ち向かっていくのか」
行洋(……すまない進藤くん。どうやら私が説得したくらいでは聞きそうもない)
行洋(頑張ってくれ…)
数日後。
ヒカル「お邪魔しまーす」
奈瀬「うんっ♪上がって上がってー♪」
ヒカル「へぇ。結構女の子って部屋してるんだ」
奈瀬「なによ。これでも女の子よ、私は!」
ヒカル「そういう意味じゃなくて。院生なんだし、もっと碁漬けの部屋かと」
奈瀬「あーそういう意味ね。でも部屋中囲碁一色だと、逆に勉強しなくちゃって
追い詰められちゃう気がして」
奈瀬「そりゃ院生だし、優先順位は碁が一番だけど、私だってもっとこう、遊び
たい年頃じゃない?これでも15歳。中学3年生の女の子なんだよっ」
ヒカル「中三?奈瀬って高校生じゃなかったっけ」
奈瀬「中三よ、私。これでも今年受験生なんだから」
ヒカル(そっか、オレが院生になったときと時期がずれてるもんな。
オレが奈瀬とよく話するようになったのは来年になってからだっけ)
奈瀬「どうかした?」
ヒカル「んーん。受験って大変そーだなーって」
奈瀬「そーなのよねー。今年のプロ試験受かっちゃえば、無理して学校
行かなくてもいいんだけど」
ヒカル「あはは。確かに」
奈瀬「あーでも、可愛い制服なら着たいし、高校も悪くないかなー」
ヒカル「そっか、そういう考えもあるか…………ん?これって」
奈瀬「ふっふーん、見つかっちゃたかぁ。そっ、お父さんの知り合いに
それ趣味の人がいて、譲ってもらっちゃたんだぁ」
奈瀬「ヒカルくんがあると便利ーって言ってたし。でもさぁイマイチ
使い方分かんないのよねぇ、それ」
ヒカル「だったらオレが使い方教えてやるよ。棋譜整理とかにも便利だぜ、
パソコン」
奈瀬「ホント?助かっちゃう♪」
ヒカル「これがあればわざわざ会わなくても対局できるし」
奈瀬「え?だったらヤだ」
ヒカル「はぁ?」
奈瀬「せっかくヒカルくんが教えに来てくれるのに、そんなんだったら
使いたくなーい」プイッ
ヒカル「おいおい」
奈瀬「それともヒカルくんは私と会うの面倒だったりする?」
ヒカル「そんな事ないさ。オレは奈瀬と会えるの楽しみだけどな」
奈瀬「ホント?」
ヒカル「ホントだって」
ヒカル(ネット碁以外で佐為じゃなくてオレが打てる数少ない相手だもんな)
佐為「別に私が奈瀬と打ってもいいのですよ、ヒカル」
ヒカル(お前は毎日好きに打ってるじゃねーか)
佐為「えへへー♪」
ヒカル(笑ってごまかすなっ)
奈瀬「そーだ。話は変わるんだけどさ、例のストーカーってどうなったの?」
ヒカル「あぁ、あいつ?それがこないだまでしつこかったんだけどさぁ。
奈瀬の言う通り『彼女とデートだから着いてくんな』って言ったら諦めたのか
ピタッとやんだ」
奈瀬「そーなんだ。良かったわね」
ヒカル「まあな。でも、こないだまで凄かったから、なかったらなかったで
調子狂ったよ。昨日も久しぶりにあかりん家行って一局打ってやろうと思ったら、
九星会行っていなかったし」
ヒカル「あいつも、オレが居なくても一人でどうにかやれてるみたいだけど、ちょっと…」
奈瀬「寂しかったりする?」
ヒカル「うん。なんか子供が巣だってったって感じかな」
ヒカル「今までオレの後ろトコトコ着いてきてた奴が、しっかり自分の道を自分で考えて
歩いてるから」
奈瀬「ふーん」
奈瀬「じゃ、私があかりちゃんの分まで甘えちゃおっかなー♪」
ヒカル「奈瀬が?」
奈瀬「私は手が掛かるわよ。構ってくれないとイジけて泣いちゃうんだからっ」
ヒカル「あはは。じゃー、ま。奈瀬がオレの弟子第2号ってことでいっちょ師匠が
揉んでやりますかっ」
奈瀬「お願いします」ペコリ
ヒカル「お願いします」ペコリ
奈瀬「………」パチリ
さらに数日後。
広瀬「ちょっとちょっと。今朝室井さんから聞いたんだけど、ホントなのかい市川さん。
アキラ先生がプロ試験受けるって」
市川「……うん。本当よ」
広瀬「うわー、ホントなんだ。ビッグニュースじゃない。来年から囲碁界が楽しみだ。
それにしても突然だねぇ。もう今年は受ける気がないと思ってたのに」
市川「……」
広瀬「何かあったのかな、アキラ先生」
市川「さぁ。アキラくん何も言わないから。進藤くんを追いかけるのはやめたの?
って聞いたんだけど」
市川「進藤には彼女がいた。僕は選んでもらえなかったって」
広瀬「……ふーん。まあでも良かった。塔矢名人もさぞやお喜びでしょう」
市川「それがそうでもないの。塔矢先生もショックだったみたいで」
広瀬「…………そうですか」
市川「はぁ…」
プロ試験予選当日。
行洋「来てくれてありがとう。今日はアキラがいないから、家に呼んだんだが
良かったかね」
ヒカル「はい。そのことなら大丈夫です」
行洋「……ところで、なぜ緒方くんも一緒なのかね」
ヒカル「いやー、緒方さんが学校の校門で待ち伏せしてて、次はいつ名人と会う
んだって、問い詰められちゃって」
緒方「先生も人が悪い。私は呼ばれるのをずっと待っていたのに、二人だけでコソコソ
と何回も会っているなんて」
行洋「……それは、キミが偶々都合が悪そうな日ばかりだったから気を使って
遠慮したまでのこと。他意はない」
緒方「……まあ構いませんよ。漸く私も参加できたのですからね」
行洋「ところで進藤くん。アキラから聞いたのだが、恋人が出来た
というのは本当かね?」
緒方「そうだ。オレも是非聞きたかったんだ。どうなんだ、進藤」
ヒカル「えっ?えーと、別に恋人とかいませんけど」
行洋「ならば何故そのようなことをアキラに?」
ヒカル「あの、こんなこと名人の前で言うの失礼かもしれないんですけど、
最近塔矢の追っかけが凄くなってて。それこそストーカーみたいに」
行洋「ふむ、その話ならアキラの担任の先生からも聞いている。キミには
すまないと思っていたよ」
ヒカル「せ、先生が謝る必要はないですよ」
行洋「あれは私の子供だからな。親にも当然責任はある」
行洋「しかし、まさかあの子がそこまでキミを追いかけるとは。教育に失敗した
つもりはなかったのだが」
緒方「それは恐らく、先生の育てかたというより、今までライバルが不在だったのが
ダメだったんでしょう」
行洋「緒方くん」
緒方「どんなに私や先生、それに門下のプロ棋士達がアキラくんより強くても、同年代
じゃない。大人の中に子供が自分一人なのも不満があったのかもしれません」
行洋「……そう言われたら、確かに返す言葉はないな。あの子は強すぎた」
緒方「だが、自分は同年代の誰よりも強いと思っていたところに進藤が現れた。意識
するなという方が酷です」
行洋「……そうだな。長年求めていた者が突然目の前に現れたのだ。少々気の入りよう
が尋常ではないが、あの子が待った年月を考えると当然かもしれない」
ヒカル「……そっか。あいつ、学校でも一人ぼっちだもんな。オレ、あいつに悪いこと
しちゃったのかな」
行洋「それならキミが気にやむ必要はない。あの子がキミを追いかけ回すのに
理由があったとしても、キミに迷惑をかけてもいい理由にはならない」
ヒカル「でも…」
行洋「それに、キミの背中をいつまでも見続けているだけでは、あの子も成長しない」
ヒカル「えっ?」ドキッ
行洋「ライバルは確かに必要だ。自分も相手も上へ上へと競い合い高めてくれる。
だが、それだけでは足りぬのだ。特にキミやアキラのような年代の子にはな」
緒方「周りをよく見ろってことですね。世界は自分を中心には回っていない」
行洋「そうだ。一見繋がりがないような相手でも、誰もが影響を与えあっている」
行洋「良くも悪くも、な」
行洋「しかし、進藤くんに恋人がいないことが分かって私はほっとしているよ。
只でさえお互いの時間に都合をつけるのに難儀していたからね」
行洋「これに恋人の都合まで入ってしまったら、進藤くんと打てなくなってしまう」
ヒカル「そのことなんですけど、塔矢先生。もし良かったら、オレとネット碁を
打ってほしいんです」
行洋「ネット碁?」
緒方「パソコンで打つ碁です、先生。私もネット碁は観戦がメインでしたが、さっき
進藤に言われて成る程と思いましたよ」
緒方「ネット碁だとわざわざ会わなくても、お互い家にいるときにも打てるんです」
行洋「……ふむ。ネット碁とやらならばアキラにも気を使わなくてもいいということか。
しかし、私は機械が少々苦手でね」
緒方「そのことなら心配せずとも私が手解きします。先生がメールやチャット
を使えれば、対局日の予定や検討も自室で可能ですから、進藤と打てる回数も
今よりずっと増えると思いますよ」
行洋「そうか。ではパソコンを用意せねばな」
ヒカル「じゃあ、ネット碁打ってくれるんですね?」
行洋「ああ。普段はそのネット碁とやらで打とう。そして、たまに緒方くんも
交えて三人で会うことにしようか」
ヒカル「ありがとうございますっ」
緒方(……これで、やっとオレも進藤と対局できるようになったわけか)
緒方(しかしアキラくん。進藤に恋人がいると聞いて、より追いかける
のかと思ったら、まさか怒りだすとは)
緒方(「恋人と遊ぶ片手間に碁を打つような奴に興味ありません」か。
まるで碁の勉強以外は人生の邪魔のような物言い)
緒方(あれこそ正に、碁バカという奴だな)
緒方(……まぁ、オレも人のことは言えんがな)
行洋「緒方くん?」
緒方「いえ、では今日は私から打たせてもらっても?」
行洋「ああ」
ヒカル「お願いします」ペコリ
緒方「お願いします」ペコリ
佐為「右上スミ小目っ!」
ヒカル「……」パチリ
一方その頃。
和谷「…………」
フク「……和谷くん」
和谷「ん…………あ?」
フク「和谷くんてば。なに考えてんの?前半にポカでもやった?」
和谷「やってねーよ。うるせーな」
和谷(くそっ、プロ試験だってのにこんなにイライラしてちゃ不味いだろ)
和谷(どいつもこいつも眉間にシワよってらぁ。一年に一度のチャンスだもんなぁ
人の心配なんてしてる場合じゃねー)
塔矢「……」
和谷(……ふん。一人スマした奴がいやがる。けっ)
和谷「…………」
和谷「……塔矢アキラ?」
塔矢「はい?」
和谷が一言、そう言った途端、周囲はざわめいた。
「あいつが?」「塔矢名人の息子今年受けるとは聞いてたけど」「あんまり顔は知られてないもんな」
フク「僕知ってたよ。塔矢くんだって」
和谷「なんでだよ」
フク「だって僕の今日の相手だもん。もう全然かなわないよ」
フク「あーあ、黒星スタートかぁ」
和谷「プロになろうって奴が何いってんだよ。逆転しろよこんな奴なんか」
フク「和谷くん、カリカリしすぎー。何かあったの?」
和谷「最近やたら強いのがネット碁に出てくるようになったんだ」
奈瀬(あっ、それってもしかして…)
和谷「あの強さは絶対プロだぜ。トッププロ。それなのにオレなんか中押しで
負けたのに「楽しかった。また打とう」って言われたんだ。すっげー実力差あるのに」
奈瀬「ねぇ、和谷。そのネット碁の強い人って名前は?」
和谷「なんだよ奈瀬。saiとlightって奴だけど」
奈瀬(あっ、やっぱりヒカルくんだ)
奈瀬「ううん、ちょっと気になっただけ」
フク「でもそんなに強い人なら和谷くんその人に鍛えてもらったら?」
フク「それから塔矢くんに挑戦!」
和谷「お前は自分の心配してろっ」
あかり「あっ、みんな。そろそろ午後はじまっちゃうよ」
奈瀬「よしっ、気合い入れて行こっか」
和谷「ああ。さっさっと3勝して、予選なんか突破してやる」
あかり「うんっ」
しかし、そうは言ってもプロ試験はやはりプロ試験。
皆が仲良く、全員本選に駒を進めることは叶わない。
和谷は三勝一敗で本選へ。
あかりは三勝二敗で本選へ。
そして、奈瀬とフクは予選で散ることととなった。
あかり、辻岡、そして真柴に敗れ、二勝三敗で奈瀬のプロ試験
は終わった。
最近調子を上げていただけに奈瀬のショックは大きかった。
ヒカル「……」パチ
佐為「……」パチ
ヒカル「……」パチ
佐為「……奈瀬からの連絡、なかなかありませんね」
ヒカル「ああ」
佐為「やはり、本選に出場出来なかったことを悔やんでいる
のでしょうか」
ヒカル「そりゃあな。それにしても、奈瀬は今回、組み合わせがちょっと悪かったな」
佐為「と言うと?」
ヒカル「オレが前いた世界だと、今年受かるのは塔矢と真柴さんと、辻岡さんなんだ」
佐為「ほう」
ヒカル「奈瀬が最近調子いいって言っても、あの二人が相手じゃ、まだ少し
足りないと思ってた」
ヒカル「前の世界とはもう全然違う流れになっちゃてるけど、二人の強さ
に変わりはないからな」
佐為「……確かに、彼らにはヒカルが干渉していませんから、前の世界の
強さと大きく変化はありませんよね」
ヒカル「……誤算があるとすれば、あかりだな」
佐為「ですね」
ヒカル「奈瀬のほうがまだ少し強いと踏んでたんだけど、あかりの奴、
いろんな所に稽古に行って鍛えられたみたいだ」
ヒカル「院生順位で見れば奈瀬のほうが上だし、奈瀬自身もあかり
よりはまだ強いと思ってたはずだ。でも、結果は」
佐為「奈瀬の二目半負け」
ヒカル「予選に落ちたのと、あかりに追い抜かれたショックで立ち直れないんだろーな、
たぶん」
佐為「心配ですね」
ヒカル「でも、自分で乗り越えるしかない。悔しいのも建て直すのも、自分しか
いないんだ」
佐為「それはそうですけど」
ヒカル「大丈夫。奈瀬は強い奴だよ。きっと乗り越えるさ」
佐為「ヒカルは奈瀬のことを信頼しているのですね」
ヒカル「……あいつは何度プロ試験に落ちたって、院生やめなかったからな。
大丈夫だよ、きっと」
その頃、奈瀬は。
奈瀬「…………」
奈瀬「…………」
奈瀬「……」
奈瀬「……っう。うっく。えぐっ」
奈瀬「うぅぅぅ」
奈瀬「…………っはぁ、はぁ、はぁ」
奈瀬(……流石に今回は堪えるな)
奈瀬(まさか予選で負けるなんて、思ってもみなかったんだもん)
奈瀬「……あかりちゃん、強かったな」
奈瀬「まだ私のが強いと思ってたんだけどな」
奈瀬「あかりちゃんがライバルになってくれたら嬉しいって言ったの、
ついこないだだったよね」
奈瀬「…………」
奈瀬「そんなこと言ってるとすぐに追い抜かれちまうぞ……か」
奈瀬「追い抜かれちゃったよ、もう」
奈瀬「……こんなんで私、プロになれるのかな?」
奈瀬「毎年毎年、新しく入ってくる子に抜かれて、上からは引き離されて……」
奈瀬「ダメダメじゃん」
奈瀬(…………)
奈瀬(……ヒカルくんにも悪いことしちゃったな)
奈瀬(せっかく鍛えてくれたのに、私なんかのために時間作ってもらって)
奈瀬(わざわざ家にまで来てもらったのに、こんな結果じゃ)
奈瀬(顔あわせづらいや)
奈瀬「…………」
奈瀬「…………」
奈瀬「…………」
奈瀬(このまま続けて良いのかな、院生)
ピンポーン!
奈瀬「………」
ピンポーン!
奈瀬「…………はぁ。今日お母さんいなかったっけ」
ピンポーン!
奈瀬「はいはい、今出ますよーっと」
ヒカル「…………」
奈瀬「ヒカル……くん?」
ヒカル「やっ!」
奈瀬「ど、どーしたの?私から連絡するまで来ないって昨日電話で…」
ヒカル「そー言ったんだけどさ、奈瀬が心配で来ちゃった」
ヒカル(ほんとは来る気なかったんだけど、佐為が行こう行こう言うから)
佐為「だって心配だったんですもん」
ヒカル「とりあえず、部屋上がっても?」
奈瀬「う、うん」
奈瀬の部屋。
ヒカル「えーっと、泣いてた?」
奈瀬「な、泣いてないわよ!」
ヒカル「でも涙の跡あるし、目も真っ赤だし」
奈瀬「うっ」
ヒカル「あと、パジャマだし」
奈瀬「……えっ?あっ!」
ヒカル「奈瀬のパジャマ姿って初めて見るな、オレ」
奈瀬は大急ぎで布団を被った。
奈瀬「わ、忘れてたぁ」
ヒカル「オレは気にしないぜ?」
奈瀬「私が気にするの!」
奈瀬「うぅぅぅ、恥の上塗りだよぅ」
ヒカル「……恥なんかないだろ、奈瀬には」
奈瀬「あるよ!」
ヒカル「ねぇよ」
奈瀬「あるもん!」
ヒカル「ねえって。恥って一体何があるんだよ」
奈瀬「……プロ試験、予選で落ちた」
ヒカル「うん。それで?」
奈瀬「あかりちゃんにも負けた」
ヒカル「それで?それのどこが恥なんだ?」
奈瀬「どこって、どっからどう見たって恥じゃない!」
ヒカル「オレはそうは思わないけどな」
奈瀬「えっ?」
ヒカル「オレ、こないだネット碁で塔矢名人と打ったんだけどさ」
奈瀬「え?」
ヒカル「負けた。二目半で」
奈瀬「……それが何なの?」
ヒカル「オレ、自分の打った碁恥だなんて思ってないぜ。そりゃ負けちゃって
悔しいけどさ」
奈瀬「……」
ヒカル「奈瀬はどうなんだ?プロ試験で打った碁って恥ずかしいと思うような
内容だったのか?」
奈瀬「それは……」
奈瀬「でも、予選で負けるなんて……しかもあかりちゃんにも」
ヒカル「……いつもいつも強い奴が勝つとは限らないさ。調子が乗ってる
時にはトントンって上行くこともある」
ヒカル「院生の真柴さんだっけ?院生順位は高くなかったのに予選は三勝
で通過だし、プロ試験本選だってトントン拍子で行くかもしんない」
ヒカル(篠田先生の受け売りだけど)
ヒカル「あかりだってたまたま調子が良かっただけかもしんないだろ?」
奈瀬「ううん。それは……違うわ。あかりちゃんは私より強かった」
ヒカル「もし仮に、あかりの方が奈瀬より強くてもあせる事なんかねえよ。また
追い抜きゃ良いんだから。じっくりやろうぜ。プロ試験は来年もあるんだ」
ヒカル「しかも皆がプロ試験受けてる間、特訓できるんだし、良い方に考えようぜ!」
奈瀬「ヒカルくん…」
ヒカル「ん?」
奈瀬「なんかすごく爺臭い。子供っぽくない」
ヒカル「なっ…」
佐為「うふふふふふふ」
ヒカル「……」ムスー
奈瀬「あはは、ごめんごめん。冗談よ冗談」
奈瀬「ヒカルくんが頑張って励まそうとしてくれたの、ちゃんと分かってるから。ふふっ」
ヒカル「やっぱり来るんじゃなかった。掘っときゃ良かった」
佐為「ひ、ヒカル。怒らないでください。うふふふふふ」
ヒカル(くそー、必死に考えた結果がこれかよ!)
奈瀬「ふふふふふ」
ヒカル「笑うなよな。パジャマ女!」
奈瀬「あっ、言ったわねー。えいっ!」バサッ
ヒカル「うわっ」
奈瀬「ふっふふふふ。捕まえちゃったぞー♪」
ヒカル「布団被ったまま抱きつくなよ。暑いじゃん!」
奈瀬「碁では負けても私の方が年上なんだからね。ヒカルくんなんか
『参った』って言わせるの簡単なんだから♪」
ヒカル「誰が言うもんか。オレだって男なんだから力で負けるわけ……」グイッグイッ
ヒカル(う、うごかねー)
ヒカル「……奈瀬。暑いんだけど」
ヒカル「奈瀬?」
奈瀬「……ねぇ、ヒカルくん。一つだけ聞いても良い?」
ヒカル「なに?」
奈瀬「また、私と打ってくれる?」
ヒカル「ああ。もちろん」
奈瀬「……ありがと」
ヒカル「うん」
ヒカルに抱きついたまま奈瀬は泣いていた。
プロ試験の予選に落ちたこと。
あかりに負けたこと。
プロになれるかどうか分からない不安。院生でいることの不安。
一人ぼっちで悩んだ数日間。
漠然とした不安に押し潰されそうな毎日だった。
でも、ヒカルが言ってくれた。
あせることなんかない。じっくりやろう。
まだ自分は碁を打ってもいいと、許された気がした。
胸に蠢いていた暗闇が晴れ、ほっとしたと同時に、自然と涙が
頬を伝う。
「ありがとう」
泣き顔を見られないように、抱きついたまま奈瀬は感謝の言葉を
もう一度ヒカルに述べた。
このところ、塔矢アキラは気になっていることがあった。
それは父、塔矢行洋についてである。
父がパソコンを買ってきたかと思えば、兄弟子である緒方が
付きっきりでパソコンの指導をしている。
「あのお父さんがパソコン?」
塔矢の疑問も当然だ。
今まで行洋といえば和服に身を包み、食事も和食、立ち振舞いも佇まいも、
どこからどう見ても純和風。まるで現代に生きる古き良き日本の姿を体現
したかような人物だった。
本人に尋ねてみても、
「私はこれが一番落ち着くのでね」とか「機械や今時のハイカラなものは苦手でね」
等と、まったく現代に馴染もうとしなかった。
その行洋がまさかパソコンを使う日が来ようとは。
しかも何やら気の入りようが生半可なものではない。
忙しい緒方を毎日のように呼び、パソコンの指導をさせたかと思えば、
おもむろに書店に足を運び、大量のパソコン雑誌やら基本操作を書いた
書籍を買ってきて、おぼつかない指使いでキーを押している。
気になって緒方に尋ねてみたが、
「先生は一日も早くパソコンを使えるようになりたいみたいでね」
と、軽くかわされてしまった。
だから、その理由が聞きたいのに、と塔矢は思ったが、今まで見たこと
もないような真剣な父親を前に、質問するべきかどうか悩んだ。
それからも不審な日々は続く。
緒方を呼ぶのをやめたかと思えば、行洋は自室に籠ることが多くなった。
研究会を開いている日でさえ、碁盤とパソコンの前を行ったり来たりしている。
ついに見かねて塔矢は
「お父さん、いったい何をしているのですか」
と、質問をぶつけてみたが
「お前は知らなくていいことだ」
と一蹴されてしまった。
あまりにも気になったので背後から画面を見ようとしたが、行洋の威圧感に
たじろいでしまう。
緒方からも
「アキラくん。名人にもプライバシーというものはある」
と釘を刺されてしまった。
この言葉が、余計に塔矢の頭を悩ませる。
(緒方さんは何故、お父さんを庇うんだ。あんなにもパソコン学習の手伝いを
させられていたのに)
腑に落ちなかった。
素人同然の父親に機械類の手解きなど、想像以上に難解だったはずだ。
それを何故、こうも当たり前のように手伝ったのか。理解不能だった。
行洋が留守のときを見計らって、こっそり覗いてしまおうかとも
考えたが、仕事で出掛けるときも行洋はノートパソコンを持って
出掛けた。
しかも、
「まぁ、ロックを掛けてるから無駄だがね」
と、緒方は悔しそうにしている塔矢にさらに追い討ちをかけた。
自分の浅はかな考えが見透かされているのを知り、塔矢はさらに
気分を落とした。
自分は何か悪いことをしたのだろうか?
何故こんなにも僕は仲間はずれにされているんだ。
自室で嬉しそうにsaiと打っている行洋や緒方と対照的に、塔矢は
一人枕を濡らした。
だが、プロ試験の本戦前日、塔矢は思いがけないところから
父が何をしているのか知ることになる。
この日、家には一柳が来ていた。
別にこの家に棋士が来るのは珍しいことではない。いつものことだ。
だが、何故一柳が訪ねてきたのか気になった塔矢は、自分の部屋に
いる振りをしながら、こっそりと聞き耳を立てていた。
「にしても、まさか塔矢さんがネット碁を打つなんてね」
「……まいりましたね。知っておられたのですか」
「そりゃH.Nがtoyakoyoでしたからね。天下の塔矢行洋を騙るとは良い度胸だ
と思って対戦したらまさか本物の塔矢さんじゃないですか」
「そうでしたか。ではichiryuはやはり」
「ええ、私です」
「それにしても何でネット碁を?」
「どうしても手合わせしたい相手がいまして」
「へぇ、誰です」
「……ネット碁で彼はsaiと名乗っています」
sai。聞いたことがある。
そうだ、あれは確かプロ試験の予選で自分が最終日に対局した院生が言っていた。
塔矢はすぐにパソコンを立ち上げてネット碁のページを開く。
「えーっと。sai。sai、sai……あった。これだ。すごい観戦者の数だな」
だが、saiの対局を見て、塔矢の顔は引きつった。
「……………進藤?」
そこには自分のよく知る打ち筋が見てとれたのだ。
塔矢「そんな、まさか。いや、しかし、これは」
塔矢(進藤、キミなのか?彼女とイチャイチャしている筈じゃ…)
塔矢「い、いや。対戦すれば分かる。対局を申し込まなくては…」
しかし急いで対局を申し込もうとしたが、saiの名は消えてしまった。
塔矢「くそっ。遅かったか」
塔矢「…………進藤」
塔矢「お父さんの口ぶりだと、saiと対局をするためにパソコンを
買って勉強していたと見て間違いないだろう」
塔矢「ならば何故僕を除け者にしようと、あんなに冷たくしたんだ?」
塔矢「碁のことなら、別に僕に教えてくれても良かったはずだ」
塔矢「!」
塔矢「まさか彼女というのはお父さんのこと?」
塔矢「そうだ。僕が進藤に付きまとっていたとき、彼は確かに
『オレにも用事がある』と言った」
塔矢「用事?僕に知られては不味い用事って一体何だ?」
塔矢「…………お父さんと打つ用事ってことなのか?」
塔矢「……なぜ。なぜ僕じゃないんだ!なぜ僕じゃなくてお父さんなんだ進藤!」
塔矢「僕は、キミのライバルじゃなかったのか!?」
塔矢「僕じゃ、力が足りないのか?進藤……」
塔矢「…………良いだろう。キミに認めてもらうため、僕は強くなろう」
塔矢「キミの目をお父さんじゃなく、僕に向けさせるために!」
塔矢「けど、その前にどうしてもハッキリさせなくちゃいけない」
塔矢(そう、恋人が出来たなんて嘘で僕を遠ざけようとしたのだけは許せない)
塔矢「お父さんと打つなら打つと言ってくれたら僕も引き下がっただろう」
塔矢「でも、キミは嘘を吐いた。他にも隠し事をしているなら洗いざらい
白状してもらうからな、進藤!」
翌日。ヒカルの家近くの公園。
ヒカル「……で、何か用かよ」
塔矢「キミに聞きたいことがあるんだ」
ヒカル「聞きたいことぉ?」
塔矢「そうだ」
ヒカル(はー、こいつ今日からプロ試験じゃなかったのかよ)
奈瀬「ねぇ、この子ってもしかして…」
ヒカル「塔矢アキラ。俺のストーカー」
奈瀬「ストーカーって塔矢アキラだったんだ。てっきり女の子
だと思ってた…」
この日、ヒカルの家にはちょうど奈瀬も来ていた。
ストーカーの件も一段落したし、師匠にあたるヒカルにわざわざ
家に来てもらうのもどうかと思い、この日から奈瀬の方から出向く
ことにしていた矢先だった。
塔矢「進藤。キミは僕に嘘を吐いたな。よくも恋人が出来たなどと!」
ヒカル(あちゃぁ~。ばれてるー)
塔矢「それに隠れてこそこそお父さんと打っているみたいじゃないか」
塔矢「僕とは対局してくれないのに、お父さんと打つというのは
どういうことだ、進藤!」
ヒカル「えーっと、それはその、あのだなぁ」
塔矢「とぼけようったって、そうはいかないぞ。キミがsaiなのは分かっている」
奈瀬「えっ?」
塔矢「お父さんはキミと打つためにパソコンまで買ったんだからな。僕に
冷たい態度までとって」
塔矢「答えろ進藤!僕はキミのライバルじゃなかったのか!?」
塔矢「ライバルはお父さんなのか!?」
ヒカル「えーっと…」
佐為「ヒカル。正直に言っちゃったらどうです?今の塔矢では力不足だと」
ヒカル(そんなこと言って大丈夫かぁ?)
佐為「ですが力の差は塔矢自身も分かっている筈。下手にはぐらかすより
本音を言った方が後々楽に」
奈瀬「ちょっとちょっと。塔矢くん?あなた何言ってるのよ!」
塔矢「…………キミは?」
奈瀬「私は奈瀬明日美。プロ試験の予選で会ったでしょ」
塔矢「……悪いけど覚えていない。それに今は進藤と話しているんだ。
邪魔しないでくれ」
奈瀬「何よ、その態度!あのねぇ。ヒカルくんはあなたの言うその
saiってのじゃないわよ!」
ヒカル「奈瀬?」
塔矢「そんな筈はない。saiの強さは進藤の強さと同じレベルだ。
それにあの打ち筋。進藤に間違いない」
奈瀬「もう分からず屋ねぇ。ヒカルくんのH.Nはlightなのよ!
saiじゃないの!分かった!?」
塔矢「…………なに?」
ヒカル「げ」
塔矢「進藤。その話は本当か?」
ヒカル「えーと、その」
奈瀬「あったり前じゃない。いつもその名前で私とネット碁打ってるんだから!」
ヒカル(あちゃあ。確かに奈瀬にはその名前しか教えてねーけど、本当は佐為と
オレのアカウント使い分けてるんだけど…)
佐為「ヒカル、なんだか悪い予感がしますよ。ややこしいことになりそうな予感が」
ヒカル(オレもそう思う)
塔矢「じゃあsaiは誰だというんだ」ブツブツ
奈瀬「そんなのプロ棋士の誰かでしょ。塔矢名人がわざわざ打つくらいなのよ」
塔矢(……たしかに、それが一番有り得る話だ)
塔矢(この間は一柳先生も来ていたし、家にプロ棋士が来るのは珍しくない。
お父さんはその時誰かと約束を?)
塔矢(もしかして緒方さん……ではないな。打ち方が違う。それとも韓国か
中国のプロ?いや、saiは日本人だった筈)
塔矢(どちらにせよ、進藤と約束を交わすよりはプロと顔をあわせて約束を
取り付ける方が可能性としては高い。…………待てよ。お父さんと進藤は
そもそも面識がなかったんじゃ)
このとき塔矢は、小学六年生のとき、自分の父親がヒカルと碁会所で打っていた
ことをまだ知らなかった。
名人とヒカルが打ったことを塔矢に誰も言わなかったし、塔矢自身、佐為に
一刀両断されて落ち込んでいたため、周囲の雑音が耳に入らなかったためである。
塔矢「saiは進藤じゃない?」
奈瀬「だからさっきからそう言ってるじゃない」
塔矢「…………」
塔矢「…………」
塔矢(…………少し腑に落ちないが、今はこれ以上考えるのは無駄か)
塔矢「……すまなかった進藤。僕の早とちりだったようだ」
ヒカル「お、おう」
塔矢「しかし今、ネット碁はしていると言ったな。ということは
やはり恋人の件は嘘だったんだな」
ヒカル「それは……」
塔矢「なら、今から僕にも打ってもらおうか」
ヒカル「今から?」
塔矢「キミならば僕の一手にどう応えるだろうと、毎日そればかり考えていたんだ。
キミは僕に嘘を吐いたんだから、それくらいしてくれもいいだろう?」
ヒカル「まぁ、それくらいなら…」
奈瀬「ちょっとあなたねぇ!ヒカルくんは今から私と打つんですけど!」
塔矢「なんだ。まだいたのか」
奈瀬「なっ!?」
塔矢「悪いが遠慮してもらおう。進藤と打つのはこの僕だ」
奈瀬「何言ってんのよ!ヒカルくんもヒカルくんよ!対局受けてる場合じゃないでしょ?
プロ試験の本戦初日なのよ今日は!」
塔矢「…………あ」
ヒカル「あってお前、もしかして忘れてたのか?」
塔矢「…………」
ヒカル「忘れてたんだな」
塔矢「……どうやら頭に血が登りすぎていたみたいだ。キミに確認しなければと
そればかり考えていたから」
ヒカル(ほんっとに囲碁バカだな、こいつは)
塔矢「まあいい。どうせ今から行っても、間に合うかどうかは分からないんだからな。
それにずっとキミと打ちたかったんだ。プロ試験よりもキミと打つことの方が重要だ」
ヒカル「いいのかよ、それで」
塔矢「ああ」
奈瀬「い、いいわけないでしょ!あなたプロ試験を何だと思ってるのよ!皆必死に
なって合格目指してるのよ!それを『どうせ間に合うかどうか分からない』から
行かないですって!?」
奈瀬「なんなのよ、それ!」
塔矢「…………言葉を返すようで悪いが、あなたの方こそ急がなくて
良いんですか?さっき、あなたもプロ試験の予選にいたと言っていましたが」
奈瀬「……っ!」
塔矢「どうやら落ちたみたいだね」
塔矢「そんな腕で進藤に打ってもらうだって?進藤の腕を知っているのか?
彼の相手は僕しかつとまらない!」
ヒカル「塔矢!」
塔矢「進藤!キミの目を僕に向けさせる!僕は強くなった。あのときとは違う!」
奈瀬「…………っ」ダッ
ヒカル「奈瀬っ!」
塔矢「進藤っ!」
奈瀬はその場から走るように去った。
目に涙を浮かべながら。
拳を握りしめて、歯を噛み締めながら。
佐為「私の方から奈瀬の顔が見えました。彼女、泣いていました」
佐為「どうするのです、ヒカル?」
ヒカル「……」
佐為「ヒカル?」
ヒカル「分かった、塔矢。打ってやるよ」
ヒカル「でも、オレに負けたらさっきの言葉は取り消せ。奈瀬は弱くなんかない」
塔矢「分かった」
ヒカル(佐為)
佐為「はい」
ヒカル(この一局はオレが打つ。口を出すなよ)
佐為「……分かりました。ヒカルがそう言うのなら」
ヒカル「来いよ、塔矢」
塔矢「あぁ」
この日、塔矢は今まで見たことのない進藤ヒカルを目にする。
塔矢の知っているヒカルはいつも冷静沈着、正確無比。それでいて
幾重にも張り巡らされた攻守のバランスのとれた完全無欠の碁。
しかし今日のヒカルは違った。
何のへんてつもない様な手を打ってきたかと思えば、手が進むうちに
次々と最強の一手に成り代わる。
塔矢「そんな……まさか……」
さらには、どう見ても活きがないような狭い場所でも戦いをしかけ、
ものの見事に生き残る。
塔矢(ヨミの深さが違う。進藤は一体何手先まで読んでいるんだ!?)
佐為(ヒカル!)
その鬼気迫る気迫は、佐為をも戦慄させた。
佐為(私も思い付かなかった手を次々と……これが、ヒカルの碁!)
塔矢「……ありません」
一時間後、塔矢は項垂れた様子でそう言った。
塔矢「……さっきの言葉は取り消すよ。彼女は弱くない」
ヒカル「あぁ」
塔矢「…………すまなかった。キミが僕に嘘を吐いたと分かってから、
どうかしてたみたいだ」
塔矢「キミに認めてもらいたくて、キミと打ちたくて、無我夢中で。
僕は彼女を傷つけてしまった。碁打ちとして恥ずべき言葉で」
ヒカル「謝らなきゃいけないのはオレにじゃないぜ」
塔矢「……分かってる」
ヒカル「……まあ、そもそもオレがお前に嘘吐いたのが原因だし、
今回は許してやるけど二度とあんなこと言うなよな」
塔矢「…………」
ヒカル「塔矢?」
塔矢「キミは本当に進藤ヒカルなのか?」
ヒカル「えっ?」
塔矢「いや、なんでもない。ただ、今まで打ってきたキミとあまりにも
違う碁だったから、つい」
ヒカル「…………」
塔矢「さっきの質問にはきちんと応えるさ。もうあんな言葉は二度と使わない。
約束する」
ヒカル「なら、いいけどさ」
塔矢「進藤」
ヒカル「なんだよ」
塔矢「僕とまた打ってくれるか?」
ヒカル「……構わないぜ。毎日は無理だけどな」
塔矢「ありがとう。いつかキミにきちんとライバルとして認めて
もらえるよう努力する」
ヒカル「塔矢…」
塔矢「はっきりと分かったよ。キミと僕の差が。今の僕じゃあ
逆立ちしたってキミには敵わない」
塔矢「でも、いつか。いつか必ずキミに追い付く!」
ヒカル「……期待してるぜ」
塔矢「ああ!」
こうして塔矢との長い一日が終わった。
そしてヒカルは……。
ヒカル「…………あの~奈瀬?これ、いつまでやればいいんだ?」
奈瀬「……あと5時間」
ヒカル「5っ!?」
奈瀬「…………」
ヒカル(はぁ……やれやれだよ、もう)
奈瀬を慰めに家まで行ったヒカルは、泣いている奈瀬をずっと抱き締め
続けていた。
それから数日後。
ヒカルの部屋にて。
奈瀬「なんか納得いかない」
ヒカル「突然なんだよ、奈瀬」
奈瀬「なんか私ばっかりカッコ悪いところ見られてる気がする」
ヒカル「そうかぁ?」
奈瀬「そうだよ!ヒカルくんと会ってから私、泣いてばっかだし、
いっつも慰められてる!」
ヒカル「あー、まぁ確かに」
奈瀬「私の方がお姉さんなのに、これじゃ年上の威厳ってもんが
なくなっちゃう!」
ヒカル「んなもん別になくても」
奈瀬「いるよ!確かに碁は習ってるけど、その他のことは私の方が
先輩なんだし、もっとこう……頼りになるとこ見せたいってゆーか」
ヒカル「別に気にするこたねーって。奈瀬は奈瀬じゃん。オレにはそれで
十分だけどな」
奈瀬「!」ドキッ
ヒカル「?」
奈瀬「……それ」
ヒカル「なんだよ」
奈瀬「ヒカルくんって年下のハズなのに、たまに妙に大人っぽいとこあるよね」
ヒカル(そりゃあ、オレ実際は中学卒業してるし、少なくとも今の奈瀬よりは
大人だもん)
佐為「でもその割りには、精神年齢はそこまで高くありませんよね。ヒカル」
ヒカル(なんだと~)
奈瀬「こないだだって、恋人役やるって言ってたのに全然出来てなかったし」
ヒカル「ああ、塔矢の『恋人は嘘だったんだな』発言のときか」
奈瀬「そう!私、ヒカルくんに恋人役なら任せといてよって偉そうに言ったのに
ぜーんぜんダメ」
ヒカル「あれはまぁ、仕方ねーよ」
奈瀬「ってゆーか、あのとき私ヒカルくんの家にいたのに、彼女としてすら、
見られてなかったんだよ?私ってそんなに魅力ない?ねぇ!?」
ヒカル「……え、えーと」
佐為「お、怒ってますね奈瀬」
ヒカル「あー、なんだ。あいつは碁バカだからな。それにあんときは興奮しすぎで、
頭まわってなかったみてーだし奈瀬に魅力ないわけじゃねーって」
奈瀬「ほんと?」
ヒカル「ほんとほんと!」
奈瀬「……じゃあ証明して」
ヒカル「証明?」
奈瀬「うん。キスしてくれたら、その言葉信じる」
ヒカル「は、はぁ!?」
奈瀬「それとも、私じゃ、イヤ?」
ヒカル「いやっ、イヤとかそういうんじゃなくて……えっ?ええっ!?」ドキドキドキ
奈瀬「ヒカルくん…」ドキドキドキ
ヒカル「………な…せ」ドキドキドキドキ
塔矢「だ、だめだぁ!!!」ガタッ
ヒカル「!?」
塔矢「進藤!僕は少し外の公園で待たせてもらうぞ!お、終わったら
呼びに来てくれ!」
奈瀬「はーい。いってらっしゃーい♪」
塔矢「くおぉぉぉっ!」ダッ
ヒカル「…………行ったみたいだな。気はすんだか、奈瀬?」
奈瀬「うんっ♪これでやっと気がすんだわ♪」
ヒカル「……オレとしては、これで良かったのかどうか悩ましい
とこだけどな。わざわざ塔矢の目の前であんな演技するとか」
奈瀬「いーのよ!だってこないだ私すんごく傷ついたのよ?
あれ位とーぜんよ!」
奈瀬「それに、これでちゃんとヒカルくんとの約束果たせたし♪」
ヒカル「律儀にここまで恋人役してくれなくても…」
奈瀬「えー。でもこれ位やっとかないと塔矢くんいっつもヒカルくん
の家に居座るじゃない!現に今日だって来たし!」
ヒカル「それはまぁ、否定しないけど」
奈瀬「でしょ?ヒカルくん独り占めなんてさせないわよ!私だって打って
もらいたいんだから!」
ヒカル「でも、塔矢もいた方が勉強になったんじゃないのか?」
奈瀬「どーかしら。ずーっと私だけ除け者で二人で打ち続けると思うけど」
ヒカル「……うっ」
佐為「まぁ、そうなるでしょね」
ヒカル「でも良かったのか?あいつが言いふらすとも思えないけど、
何かのはずみに外で言われたら、奈瀬が誤解されちまうかもしんねーぞ」
奈瀬「いーのよ、そんなの!」
奈瀬「それに、別に誤解されても構わないってゆーか、むしろ誤解して欲しい
ってゆーか」ゴニョゴニョ
ヒカル「?」
奈瀬「とにかく!私のことは心配しなくてもいーの!分かった!?」
ヒカル「あ、あぁ。了解」
奈瀬「よろしい!」
ヒカル「さてと、そんじゃ塔矢のやつ公園まで呼びに行くか」スッ
奈瀬「えー、もう~?」
ヒカル「ダメだった?」
奈瀬「ダメじゃないけど、もう少し二人っきりがいいなー♪」ニコニコ
ヒカル「……はぁ」
佐為「ヒカルもいろんな人に慕われて大変ですねー♪」
ヒカル(お前は気楽でいーよな)
佐為「幽霊ですから♪」
20分後、とりあえずハグしながら頭を撫でたところで奈瀬が満足したので、
ヒカルは塔矢を呼びに公園に向かった。
塔矢は顔が赤く挙動不審だったが、面倒そうなので気にするのは止めた。
そんな、奈瀬と打ったり塔矢と打ったり、またはネット碁で
塔矢名人や緒方と打ったり、世界の碁打ちと共に碁に明け暮れた
毎日を過ごし、夏休みはいつしか終わりを迎えた。
プロ試験は大詰めを迎え、二学期が始まる。
海王中学。
岸本「進藤くん。キミに話があるんだがいいかな」
ヒカル「あっ、海王の大将」
岸本「?キミも海王の生徒だろう?」
ヒカル「と」
ヒカル(そ、そーいえばそうだった)
佐為「未だに慣れてなかったんですか、ヒカル」
ヒカル(うっせーなー。しょーがねーだろ)
ヒカル「えーと、囲碁部の大将でしたよね?オレになんか用ですか?」
岸本「今から時間があるなら付き合って欲しい所があるんだ」
ヒカル「?遅くならなかったら構わないけど」
岸本「そうか」
日高「おっ、ついに聞くのね?」
岸本「……日高か」
ヒカル(確かこの人も海王の囲碁部だったよな)
日高「私も行くわ。構わないでしょ?」
岸本「ああ」
岸本は二人を碁会所に案内した。
ヒカル(碁会所?)
岸本「あいてるとこ座ってて」
ヒカル「あっ、はい」
日高「ふっふーん♪」
岸本「さて、キミに聞きたいことがあるんだ」
ヒカル「はぁ」
岸本「海王には塔矢アキラがいるのは知っているな」
ヒカル「そりゃ、まあ」
岸本「ならば彼がもうプロ試験に合格したという話も
知っているか?まだ試験は残っているが、今までたった
1敗。その1敗も不戦勝で負けた訳じゃないんだが」
ヒカル「うん」
ヒカル(てゆーか、本人から聞いたし)
岸本「……実は海王の囲碁部は彼に注目していてね」
岸本「彼が入学するときは、囲碁部に入るのかどうか部内も
ピリピリしたものさ。尤も、彼は入らなかったがな」
ヒカル「へー」
岸本「だが、彼が入学してしばらくすると妙な噂が流れた」
ヒカル「妙な噂?」
岸本「ああ。塔矢がキミに負けたという噂だ」
ヒカル「!」
日高「信じられないわよねーふつう。だって塔矢は入学当初から
プロ並みの腕はすでに持ってるって言われてたし」
岸本「そして、それは今回のプロ試験で証明された」
ヒカル「……」
岸本「となると、疑問が出てくる。塔矢に勝ったというキミの噂」
日高「それに塔矢は入学してからずっとあなたを追いかけ回してた。
それは海王の生徒なら誰でも知ってる」
ヒカル「つまり」
岸本「ああ、キミの実力が知りたい」
日高「教えてくれるわよね?」
ヒカル「いいぜ!」
佐為「ヒカル、どうするんです?私が打つんですか?」
ヒカル(いや、お前が打ったらややこしいことになるからな。オレが打つ)
佐為「……ヒカル。夏休みの塔矢との一件以来、ヒカルと私はほとんど
互角ですよ。あんまり意味ないと思いますが…」
ヒカル(互角ったって、お前には5回に1回しか勝てねーぞ、オレ)
佐為「十分互角じゃないですか!知りませんよ、どーなったって。
どーせ全力で打つんでしょ?」
ヒカル(大丈夫だって)
岸本「進藤くん?」
日高「あらあら、怖じ気づいちゃった?」
ヒカル「いーや、お願いしますっ!」
岸本「お願いします」
30分後。
岸本「…………」
日高「なっ…」
岸本「まさか、ここまでとはな」
日高「なによコレ。岸本くんが全然話にならないなんて…」
岸本「6子……いや、最低でも7子はいるか。ヨミの深さがまるで違う」
ヒカル(んー、どうだろう?)
佐為「そーですねぇ。指導碁で手を抜けばそんなものかもしれませんね」
佐為「でもヒカルが全力出したせいで、彼の棋力はいまひとつ判断しかねます。
ちょっと容赦しさ無さすぎじゃないですか?」
ヒカル(いやぁ、前の世界でもこーやって実力はかられたんだよ、オレ)
ヒカル(そのおかげで院生になったんだもんな)
佐為「それで今回も全力で打ったと?」
佐為「ヒカル。前の世界のあなたと今のあなたは比べ物にならない
ほど差があるのですよ?」
ヒカル(分かってるよ、そんくらい。でもさぁ、なんかこう全力
で打ちたかったんだよ。オレの力を認めてもらいたかったってゆーか)
ヒカル(前の世界だと、結局海王の大将にはガッカリさせちまったまま
だったからな)
佐為「そうでしたか」
ヒカル(うん)
岸本「…………聞きたいことがあるんだが、いいかな?」
ヒカル「どうぞ」
岸本「キミはプロにならないのか?」
ヒカル「プロ?オレが?」
岸本「あぁ。オレにはプロと呼ばれる程の実力がないから、どの程度の腕で
プロの腕前なのかというのは、憶測でしか語れない」
岸本「だが、それを承知で言わせてもらいたいが、キミほどの力を持っているなら、
プロ試験突破も容易じゃないのか?」
岸本「それこそ、塔矢のように」
日高(……確かに、そうかもしれない)
日高(歴代の海王囲碁部でも岸本くんはブッチギリで強い。その岸本くんがまさか
ここまでやられるなんて思ってもみなかった)
ヒカル「うーん。あんまりプロになりたいって考えたことはないかな」
ヒカル(プロにならなくてもネットでプロと打ってるしなぁ)
佐為「最近はあの箱にも強い者が沢山いますからね」
ヒカル(うん。だってsaiの名前がプロをどんどんネット碁に集めてるんだもん。
最初からやってた一柳先生もそうだし、塔矢名人も緒方先生も、倉田さんも
芹澤先生も、楊海さんだって今やネット碁の常連だぜ。院生も結構いるし)
佐為「毎日楽しいですよねぇ♪」
ヒカル(たぶん前の世界でオレがプロだったときより、今の方がトップ棋士と
打ってんだよなぁ)
岸本「……そうか。プロにはならないのか」
ヒカル「今のとこは」
岸本「では、プロにならないキミに、一つお願いがある」
ヒカル「はい?」
岸本「悪いが、うちの囲碁部には近づかないで欲しい」
日高「岸本くん!?」
岸本「頼む。この通りだ」ペコリ
ヒカル「いや、別に構わないけど、理由だけ聞かせてもらっても?」
岸本「そうだな。何から話せばいいか……」
岸本「そうだ。さっき塔矢が入学したとき海王囲碁部がピリピリ
したと言っただろう?」
ヒカル「うん」
岸本「部活には部活のレベルというものがある。塔矢のようなプロレベル
の人間が部活に入るとなると、当然ギクシャクしてしまう」
岸本「皆が頑張って大会の選手になろうともがいているのに、一枠最初から
埋まってしまうのだから当然と言えば当然だ。特にうちのような名門
と呼ばれるような学校ではな」
岸本「それに、入ってきたばかりの下級生に、頭を下げて対局してもらうのに、
プライドが許さない者も当然いる。置き石を置くのも悔しいだろうな」
ヒカル「ふーん?強い奴に指導碁打ってもらうのは当たり前な気がするけど、
嫌がる奴とかいるんだ」
日高「そーね。確かにいるわ、性格悪そうなのが」
岸本「そこはやはり中学校の部活だからか、いくら勉強できると
いっても精神的にはまだまださ。いじめもある」
ヒカル(そういえば塔矢の奴、海王の囲碁部に入部して虐めにあってたっけ)
佐為「塔矢が?虐め?」
ヒカル(夏休みのあいつ思い出してみろよ。あれじゃあ虐めにあっても
しょーがねーよ)
佐為「……かもしれませんね」
ヒカル「言いたいことは分かったよ。囲碁部には近づかない。
ってゆーか、わざわざ忠告してくれてありがと。オレも虐めに
あうのはマッピラだしさぁ」
岸本「……すまない。本当はキミの実力を確かめて、囲碁部に入ってもらう
手筈だったんだが、まさかここまで強いとは思っていなかった」
ヒカル「?」
日高「あなたが塔矢に勝ったって信じてなかったのよ。置き石
置いて勝ったのかなぁって。塔矢が学校であなたを追い回して
たのも、彼とそこそこ打てるからなのか程度だと思ってたのよ」
ヒカル「なるほど」
岸本「だが今打ってもらって分かった。キミは強い。とても中学の
部活レベルじゃない」
岸本「入部されると、逆に囲碁部に損害が出るだろう」
ヒカル「ははは…」
日高「でも、あなたは悔しいんじゃない、岸本くん?彼に指導碁
打ってもらいたいでしょうに」
岸本「否定はしないさ。だが引退した身でもある。どちらにせよ
囲碁部はたまに覗く程度だし、彼がいても簡単には打てまい」
日高「そーねぇ。引退したし、いつまでも部室に顔だし出来ないかぁ」
岸本「そうだぞ。後輩の邪魔をするなよ日高。いつまでもオレたちが
いるとあいつらも成長できない」
日高「分かってるわよ!」
日高「あーあ、でもこんなに強い一年生がいたなんて。私も指導碁
打ってもらいたかったなぁ」
ヒカル「オレは別にかまわないけど?」
日高「えっ?」
ヒカル「オレ、普段はネット碁打ってるからさ。パソコン持ってるなら
たまにでいいなら打つよ」
岸本「……そうか。ネット碁なら囲碁部に迷惑もかからないな」
ヒカル「でしょ?」
岸本「分かった。ではネット碁でお願いしようか」
ヒカル「うんっ!」
日高「ちょっとー、盛り上がってるとこ悪いけど、私パソコン持ってない
んですけどー」
ヒカル「えっ…」
日高「私だけのけ者なんてイヤよ」
ヒカル「えーっと……」
ヒカル(どうしよう、佐為)
佐為「私にどうと聞かれても…」
岸本「おい、日高。彼が困ってるじゃないか」
日高「あなたはいーわよ。打ってもらえるんだから!でも私は打ってもらえ
ないのよ?」
岸本「パソコン持ってないんだから仕方ないだろう」
日高「そうだけどさぁ~」
日高「……そうだ!」
ヒカル「?」
日高「私、あなたの家に行くわ。決めた!」
ヒカル「えっ、えぇぇぇぇっ!?」
岸本「おいおい、何を考えてるんだ」
日高「だってこの子、プロにはならないし、部活も入ってないし、家で
ネット碁してるんでしょ。暇してるなら遊びに行ったってバチは当たんないわよ!」
岸本「…………たしかに!」
ヒカル(確かにじゃねぇよ!)
佐為「ヒカル。これって不味くないですか?」
ヒカル(まずい。すっごくまずい。どうにかしなくちゃ…)
岸本「だが、部活に入ってなくても塾とかには行ってるんじゃないのか?」
ヒカル(これだっ!)
ヒカル「そっ、そうそう!オレ勉強忙しいし、ほら日高さんも受験勉強とか
しなくちゃいけないでしょ?そんなヒマないんじゃないかな~……なんて」
日高「何言ってんのよ。うちはそのままエスカレーター式で高校に上がれるじゃない」
ヒカル「えっ?」
岸本「なんだ、知らなかったのか?」
ヒカル(し、知らなかったぁぁぁぁぁ!!!)
日高「!」
日高「ふっふーん♪そんなに勉強頑張ってるんなら私が教えてあげるわ♪指導碁は
家庭教師代だと思えばいいじゃない♪」
ヒカル「なっ!?」
岸本「ふむ。それはいい案かもしれないな」
ヒカル(よくねーって!)
日高「うん。決めた決めた!よろしくね、進藤っ!ダメって言っても行くから!」
ヒカル「…………ハイ」
佐為「ヒカル。名瀬、怒りませんかね」
ヒカル(そんなの、オレに聞くなよな…)
佐為「何事もなければいいですけど」
ヒカル「はぁ…」
こうして、ヒカルの家には日高が訪れるようになった。
しかし、ヒカルの予想と反して、奈瀬と日高は顔合わせの時こそ
険悪な雰囲気になったものの、二人はすぐに打ち解けた。
理由としては、日高が奈瀬の受験勉強の面倒をみると申し出たからだ。
このところ奈瀬は囲碁の勉強に集中しすぎて、高校受験を控えている
にもかかわらず、学校の成績を落としていた。
ヒカルの勉強を見る代わりに指導碁をしてほしいと頼んでいた日高は、
ならば奈瀬の勉強も一緒にみようと、奈瀬に提案したのだ。
一方、奈瀬は日高の指導碁をかって出た。
院生の実力ならば申し分ないと日高も納得し、双方メリットのある
出会いとなった。
それならば自分の部屋に来なくてもお互いの家に行けばいいのでは、
とヒカルは思ったが、奈瀬の指導碁の件もあるので、あえて口に出す
のはやめた。
ちなみに日高は岸本も誘ったが、院生の奈瀬がいると聞き、ネット碁
だけで十分ということとあいなった。
ところで塔矢はというと、夏休みの奈瀬とヒカルの一件を目に
してから、ヒカルの家に訪れるのに若干躊躇するようになっていた。
もしも、ヒカルの家にいるときに奈瀬もその場にいれば、この間
の続きが展開されるのではと、気が気ではなかった。
彼も多感な中学一年生の健全な男子である。
そういうことに全く興味がないということもない。
いくら四六時中囲碁のことばかり考えていても、目の前で見せつけ
られては話が変わる。
ライバルが自分の目の前で、年上の女性と淫らな行為に及ぼうと
するのは、彼にとって、些か刺激の強すぎるものであった。
ということで、奈瀬の企み通り塔矢はヒカルの家に近づかなくなり、
ついには自ら、対局はネット碁でとヒカルに申し出た。
この申し出にはヒカルも多少困惑したが、塔矢との対局のときのみ、
lightは佐為が打つというルールを佐為と取り決め、承諾した。
こうして、奈瀬と日高がヒカルの家に訪れる以外は、ほとんどネット碁
で済ませれるようになり、ヒカルに時間のゆとりが生まれた。
ちょうどそんな頃。
葉瀬中。
久美子「あかりー」
あかり「久美子じゃない。どうしたの?」
久美子「うん。あかりってプロ試験受けてたって聞いたから、どうだった
のかなって」
あかり「あー、うん。ダメだったよ」
久美子「そっかぁ。やっぱり難しいんだ、プロ試験」
あかり「うん。そりゃみんなプロになるために必死だもん。簡単にはいかないよ」
久美子「ふぅん。そうなんだ」
あかり「久美子は確か囲碁部だっけ?」
久美子「そうだよ。うちの囲碁部ってけっこう人がいるから、
どんな活動してるんだろうって部活紹介のとき覗いてみたんだけど、
そのまま勧誘されちゃって」
あかり「相変わらず押しに弱いよね、久美子って」
久美子「あはは…」
久美子「でも私、囲碁部に入って良かったって思ってるの。ほら、
黒と白の模様を作ってくのって綺麗じゃない?」
あかり「あっ、それ分かる。私もそうだったんだ!」
あかり「初めて碁を打ってるの見たとき、キラキラしてて綺麗な
模様が出来上がっていくの見るの好きだったなぁ」
久美子「へぇ、あかりにもそんな時があったんだ」
あかり「懐かしいなぁ、あの頃」
久美子「そういえば、あかりっていつから碁を始めたの?中学生に
なったときにはもう院生だったよね?」
あかり「だね。碁を始めたのは6才だったかな、確か。まだ幼稚園
通ってた頃だったし」
久美子「すごーい。そんなに昔から?」
あかり「まぁね。でも院生のみんなもそれ位からの子、結構多いよ。
私だけ特別ってわけじゃないの」
久美子「それでも凄いよ」
久美子「そっかぁ、あかりがプロ試験受けるほど強いのは、やっぱり
小さい頃からやってるからなんだ」
あかり「えぇーっと。それほど強くはないかな?プロ試験の勝率も
五割くらいだったし」
久美子「それでも私から見たら雲の上の人だよ、あかりは。
あーあ。一回、あかりに指導碁打ってもらいたいなぁ」
あかり「あはは…。私まだ指導できるレベルじゃないんだけど…。
でも、一局打つのならいいよ。打とっか?」
久美子「ほんと?」
あかり「うん♪」
久美子「…あっ、でもテスト週間で今週部室入れない…」
あかり「大丈夫。私の家に碁盤あるからうちにおいでよ」
久美子「わぁ!ありがとう、あかり♪」
あかりの家にて。
久美子「うわー。やっぱりあかりつよーい。あんなに置き石
置いたのに、どんどん石がとられちゃった」
あかり「…………」
久美子「あかり?」
あかり「!」
あかり「あっごめん。ちょっと考え事してた」
久美子「?」
あかり「昔ね、私もまだ全然強くなかったとき、ヒカルによく、
こうして打ってもらってたんだ」
久美子「ふーん?」
あかり「それが、なんだか少し懐かしくて…」
久美子「ヒカルって、海王に行ったあかりの幼馴染みの?頭良かったんだ」
あかり「うん。ヒカルは成績優秀でテストはいつも満点。運動だって
得意だったし、他の男子と違って大人びてるっていうか、子供っぽさ
とかもなかった。それに碁もすごく強いの」
久美子「なんだか、漫画に出てきそうなヒーローみたいだね」
あかり「ヒーローだったよ。ううん。私にとっては今でもヒーロー。
ヒカルがいなかったら、きっと私は碁なんてやってなかったし」
久美子「もしかしてあかりが碁を始めたのって…」
あかり「誰にも内緒だよ?……ヒカルと一緒にいたかったからなの」
久美子「へぇ」
あかり「でもほら、私はヒカルみたいに頭良くないし、そもそも
毎日碁ばっかりやってたから成績も散々」
あかり「だからヒカルと別の中学になるって知ったとき、すごく
ショックだった」
久美子「……」
あかり「それに最近はヒカル、ストーカーに追われてるって言って、
前みたいに会うこともなくなって…」
久美子「あかり…」
あかり「でもね。碁を続けていればいつかまたヒカルと一緒に
いられるんじゃないかって今は思ってるの」
久美子「どうして?」
あかり「だって、ヒカルが言ってたんだもん。オレは碁の強い奴が好きだって」
あかり「だから今回のプロ試験、受かったら真っ先にヒカルに報告に
行こうと思ってたんだけど……まだまだ私なんかより強い人いっぱいいて、
結局行けなくってちょっと残念」
久美子「そんなことないよ!あかりはこんなに強いんだから!」
久美子「別にプロ試験に拘らなくても…」
あかり「ありがと、久美子。でも本当に私はまだまだなんだ」
久美子「……あかりは、それでいいの?」
あかり「えっ?」
久美子「だってヒカルくん。頭良くて、運動できて、碁も強いんでしょ?
格好いいかどうか顔は分かんないけど、彼女出来たっておかしくないと
思うな」
あかり「それは…」
久美子「海王の囲碁部は強いよ。今年の大会だって男子も女子も海王の優勝」
久美子「ヒカルくん。知らない誰かにとられちゃうかもしれないよ?あかりは
それでいいの?」
あかり「……でも、ヒカルは。ヒカルは碁が強い人が…」
久美子「ねぇ、あかり。ヒカルくんの気持ちも大切だと思うけど、一番大切
なのはあかりの気持ちだと思うんだけどな」
あかり「私の……気持ち?」
久美子「うん。あかりはヒカルくんのことどう思ってるの?」
あかり「私はヒカルのこと……す…き…だよ」
久美子「だったら素直にそう伝えた方がいいんじゃない?変に意地張ってないで」
あかり「…………そう、だね。うん、そうかもしれない」
久美子「ほらっ、じゃあ行ってきなよ」
あかり「えぇっ、今から!?」
久美子「善は急げって言うじゃない♪」
あかり「うっ、うん。行ってくるよ!」
久美子「ファイト!」
あかり「久美子、ありがとっ。私行ってくる!」
久美子「……行っちゃった。あれで良かったんですか?」
あかり姉「上出来上出来♪久美子ちゃん、ありがと♪」
久美子「私は別に良いですけど…」
あかり姉「毎日毎日くらーい顔して溜め息吐きながら碁盤に向かってんのよ?
辛気くさいったらありゃしないわ」
あかり姉「まったく。あの子、本当にトロ臭いんだから」
久美子「はぁ」
あかり姉「さてと、ヒカルくんてば最近よく女の子連れ込んでるって噂だけど
どーなるかな♪」
久美子「私はちょっと心配です」
あかり姉「帰ったら慰めてあげなきゃいけないかもねー」
あかり姉(頑張んなさいよ、あかり)
あかりはヒカルの家に向かって走った。
自分の思いを伝えるために。
この日、奈瀬と日高がヒカルの家に来ていないのは幸運だったのだろう。
あかりは誰とも顔を合わすことなく、ヒカルに出会うことができた。
ヒカルの部屋にて。
あかり「ヒカル。今日はヒカルに話があって来たの」
ヒカル「プロ試験の結果か?それならもう知ってるぜ。惜しかったな。
でもまた来年あるからあんまり落ち込むなよな」
あかり「そっ、それもだけど、今日はまた違う話が…」
ヒカル「違う話?もしかして宿題で分からないとこでもあったのか?」
あかり「ち、違うよ!宿題でもなくて…」
あかり(き、きんちょー、する~)
ヒカル「あっ、そうか。最近打ってなかったもんな。座れよ。久しぶりに
一局打ってやるから」
ヒカル「置き石はなしな。互戦だ」
あかり(ヒカルのバカ。嬉しいけどそーじゃなくて。えーと、もうっ言葉が
出てこないよ)
ヒカル「あかり?」
あかり(ううん。ヒカルには口で言うより、行動あるのみ!倉田さんも言ってたし。
答えをを出す最後の決めては勝負勘だって!)
あかり(私だって。私だって、やるときはやるんだからっ!)
意を決して、あかりはヒカルにキスをした。
ヒカル「んうっ……!?」
あかり「ん…ん………」
ヒカル「あか…り…?」
あかり「好きです」
ヒカル「えっ」
あかり「私は、ヒカルのことが大好きです」
ヒカル「えっと………」
あかり「ヒカルは私のこと好きですか?私は、ずっとずっと好きだったよ」
あかり「幼稚園に一緒にいた頃から、ずっと」
あかり「私、これからもヒカルと一緒にずっといたい。いさせてほしい
……ダメ、かな?」
ヒカル「だ、ダメなわけねーよ」
ヒカル「お前はオレの幼馴染みなんだから、これからもずっと…」
あかり「ううん、ヒカル。幼馴染みはもう、卒業したいの」
ヒカル「?」
あかり「幼馴染みじゃなくて、一人の女の子としてヒカルに見てもらいたい」
佐為「ヒカル……あかりちゃんが頑張って言ってくれたんですから、あなたも
これに応えなくては」
ヒカル「……そうだな。ちょっとびっくりしたけど、きちんと答えないとな」
ヒカル「ありがと、あかり。オレみたいなの好きって言ってくれてさ」
あかり「だって、好きになっちゃったんだもん。しょうがないよ」
ヒカル「オレ、お前とはずっと幼馴染みのままだと思ってた。いつも一緒で、
いつも隣で。……それが当たり前だと思ってた。これからもそうだと思ってた」
ヒカル「でも、卒業しなくちゃいけないのか、幼馴染み」
あかり「私は、卒業したい」
ヒカル「…………分かった」
完全論破された馬鹿がとるセリフ・行動一覧表
①現実逃避…「お前ら、何ムキになってんの?馬鹿じゃない?」
②唐突に自分の優位性を叫ぶ…「便所の落書きにムキになって恥ずかしくない?」
③被害者意識…「お話したかっただけなのに、なんで叩かれなきゃいけないの?」
④AA・コピペ荒らし…狂ったように○○叩きコピペを繰り返す。
⑤雑談荒らし…他スレから援軍を呼んで、スレの趣旨とは関係ない雑談を始めてスレを潰す
⑥レッテル貼り…突然、「引き篭もりだから~」「彼女いない奴は~」という自己妄想で決め付けた個人攻撃を始める。
⑦脳内予定…「これから○○だから落ちますww」「あんたらみたいに暇じゃないからww」
⑧自分語り…唐突に話題の違う長文で自分語りやボヤキを始め、自分が論破されているという現実から目を逸らす。
⑨強制終了…「はいはいよかったね!じゃあこの話はもうお終い!」→この後⑦へと発展する場合が多い。
⑩脳内ソース…「○○だから~に決まっている。ソースを出せ?そんなの自分で探せよバカ!」
⑪閉鎖空間…「自分の周りの人間(知人など)は全員、○○と言っていた。だから○○は世界の常識だ」
⑫放置…核心を突かれると、スレを放置する。放置することで現実から目を逸らし、①へと発展する。
⑬逆ギレ・開き直り…「うるさいバカアホキモイ(ありとあらゆる暴言)私が正しいと言ったら正しいんだ!」
付き合ってほしいと、勇気を出してヒカルに告白したあかりに対して、
ヒカルは「オレもお前のこと好きだよ」と、笑顔で答えた。
あかりは嬉しくて舞い上がった。早速翌日、久美子に告白が成功した
ことを伝え、自分を励ましてくれた久美子に「ありがとう」と感謝の
言葉をのべた。
久美子は祝福し、あかりの姉も久しぶりに見た妹の笑顔に安堵した。
しかし、だからといって、今の生活が激変するわけではない。
二人は相変わらず学校は別々で、時間もなかなか噛み合わない。
あかりの方は研究会に九星会に院生研修と多忙だ。
しかもプロ試験で授業を休んでいたため、学校の成績が下がりすぎて
親からも碁を頑張るのはいいが、もう少しどうにかしなさいと、注意
を受ける始末。
これに更に恋愛を頑張るというのはあかりの能力的には無理だった。
初めの頃こそ頑張れていたが、結局ヒカルと会うのには、なかなか
時間が取れなかった。
それでもヒカルと一緒にいるときは、精一杯恋人としてヒカルと
楽しい時間を過ごそうとあかりは努力した。
しかし、二人の共通の話題と言えばやっぱり碁であり、碁でしかない。
恋愛を楽しんでいる他の同級生達と二人は一線を画し、会えばいつも
碁を打つばかりだった。
告白の時こそ、奮起したあかりだったが、彼女は元々が大人しい性格
でもあり、碁を打つ以上のことになかなか踏み出せない。
もの凄く頑張って、二人で公園を手を繋ぎながら散歩とか、あかりが
焼いたクッキーを食べながら、録画していたNHKの囲碁トーナメントの
番組を二人で見たりとか、あかりの姉から見たら最早ツッコミどころ
しかないような付き合い方をしていた。
それでもあかりは満足だったし、ヒカルが楽しそうにしてくれるだけで
心が満たされた。
ヒカルの方も中学生の恋愛など経験したことがないなので、こんなんで
いいのかと、あまり気にすることはなかった。
やはり彼も塔矢アキラに負けず劣らずの囲碁バカだったのだ。
さて、一方奈瀬と日高はというと、この二人も特別変わるところはなかった。
日高は元々、ヒカルの碁の実力に興味を引かれて指導碁をお願いしただけであり、
ヒカルが誰と恋愛をしていてもさして興味はなかった。
もっとも、ヒカルの家に行きはじめばかりだったので、長く一緒にいれば、
そういう感情が芽生えてもおかしくなかったが、ヒカルがあかりと付き合う
頃は、まだ特に気にすることもなかった。
そして奈瀬は。
奈瀬は、ヒカルがあかりと付き合うと聞いた瞬間は驚きこそしたが、その後の二人を
見たり、どんなことをしたのかを聞いている内に、だんだんと心を落ち着けていった。
……やっぱり二人ともまだまだ子供なんだなと、奈瀬は思った。
奈瀬がそう思うのも無理はない。
あかりは告白の時こそヒカルにキスしているが、その後は手を繋いだ程度でキャーキャー
言っている。
それなら普段からハグしてもらったり、頭撫でてもらったり、膝枕したり、勉強に
疲れて寝ているヒカルの顔をつねって遊んでみたりと、自分の方がよっぽど彼女らしい
ことをやっている。
しかも、碁の勉強が大変なのはあかりも良く分かっており、奈瀬が
ヒカルの家に碁の勉強のために行ってもいいかと、あかりに訊ねて
みたら、すんなり了承を得ることが出来た。
あかりには「恋人の邪魔しちゃ悪いから」とあかりがいない日に
ヒカルの家に行っているが、はたから見たらどっちが彼女か分からない
状況だった。
奈瀬は思った。
確かに現実問題として、ヒカルとあかりは付き合っている。恋人同士だ。
しかし、まだまだ子供の恋愛。
ヒカルの方は分からないが、あかりはヒカルと手を繋いだだけで一週間も
二週間も浮かれている。何かある度に一喜一憂。
……もう少し、様子を見てみよう。
子供の恋愛は破綻しやすい。
自分の同級生の別れ話はよく耳にする。
いくら幼馴染みでも、上手くいくかどうかは分からない。
奈瀬は自分にもチャンスが巡ってくるかもしれないと、静かに心を落ち着け
ながら、二人を見守ることに決めた。
焦らず、諦めず、チャンスを待つ。
奇しくもそれは、ヒカルが碁を打っているときによく見られる考え方だった。
そして、少しばかり時間が流れる。
塔矢「………やはり違う」
塔矢「これも、これも。これも…………」
塔矢「どうなっているんだ?やはり僕とネット碁で対局しているのは
saiだ。saiに間違いない」
塔矢「僕と対局しているときだけ、lightの名前のままsaiが打っている
としか思えない」
塔矢「進藤はネット碁でlightと名乗っていると確かに言った」
塔矢「確かに僕と打っているlightは、僕の知る『いつもの』進藤だ」
塔矢「だが、僕以外の相手と打っているlightの対局は、『あの日』僕が
一度だけ打った進藤の手とよく似ている」
塔矢「…………その証拠に、僕が別のアカウント名でlightと対局
したときは進藤は『あの日』の進藤で打ってきた」
塔矢「saiではなく」
塔矢「あまり頻繁に別アカウントで打つと進藤にばれる恐れがあるから
一局しか打っていないが、これは一体……」
塔矢(それに、気がついたことが一つある)
塔矢「lightとsaiは同じ時間に絶対に現れない」
塔矢「…………こう考えればsaiイコールlightで間違いないが」
塔矢「これは本当に同一人物が打っているのか?」
塔矢「どちらも進藤なのか?それとも……」
塔矢「しかし、どちらの進藤にも僕はまだまだ敵わない」
塔矢「…………今度の新初段。僕の相手は座間王座か」
塔矢「進藤。キミに近づくために、僕は更に精進しよう」
塔矢「もっと。もっともっと上に!」
塔矢「キミと二度目に打ったあの日、僕はキミに言った。プロをなめるなと」
塔矢「四月から僕はプロだ」
塔矢「……いつキミがプロの世界に入ってきても、恥じない打ち手でいるために
僕は上を目指す」
塔矢(待っているからな、進藤!)
そして。
和谷「……負けました」
奈瀬「ありがとうございました」ペコリ
和谷「ありがとうございました」ペコリ
和谷「……奈瀬、最近強くなったよな?」
奈瀬「えへへ、分かる?」
和谷「そりゃあ嫌でも順位表は見るし」
和谷「いったいどうなってんだよ。こないだのプロ試験は予選で
落ちたのに、今じゃ1組の上位だぜ。本田さんにも勝ってるし」
奈瀬「えっへん♪」
和谷「高校受験も控えてるんだろ。それなのになんで突然こんなに」
奈瀬「そりゃーやっぱり先生のお陰かな」
奈瀬「勉強も碁も」
和谷「先生?」
奈瀬「そう。勉強の方は最近友達になった海王中の由梨って子に
習っててね」
奈瀬「彼女、教えるの上手いよ~。和谷も一回習ってみる?」
和谷「うげっ。ベンキョーなんて勘弁。まっぴらだ」
奈瀬「そう言うと思った」
和谷「じゃあ、碁の方はどうなんだよ。碁もその海王の奴に習ってる訳じゃ
ねーんだろ?」
奈瀬「碁の方はヒカルくんに習ってる」
和谷「ヒカルって、藤崎の幼馴染みの?」
奈瀬「うん」
和谷「ほんとかぁ?藤崎もすげー強いって言ってたけど、プロでもない奴が
院生に教えるなんて信じらんねーぞ」
奈瀬「ほんとだよ。和谷だって打ってもらってるじゃない」
和谷「はぁ、オレが?いつ打ったんだよ」
奈瀬「いつってプロ試験の予選の前、ネット碁で」
和谷「…………まさか」
和谷「まさかsai。saiなのか?」
奈瀬「ううん。ヒカルくんはネット碁ではlightで打ってる」
和谷「……あいつか!」
和谷「楽しかった。また打とうってオレに返事寄越してきた奴」
奈瀬「強かったでしょ?」
和谷「強いなんてもんじゃねー。ありゃリーグ入りしてるトップ
プロ並みだぜ。前見たときには、一柳先生にも勝ってたし」
奈瀬「……それは初めて聞いたかも」
和谷「……藤崎の幼馴染みが、light?」
奈瀬「うん」
和谷「奈瀬っ!」
奈瀬「はい」
和谷「頼む。オレもその進藤って奴に会わせてくれ!」
奈瀬「う~ん。分かった。聞いてみるね」
そんなわけで。
ヒカルの家にて。
ヒカル「初めましてだな」
和谷「ああ。そっちの話は奈瀬と藤崎からよく聞いてる。進藤だよな?」
ヒカル「ああ」
和谷「……なんかお前とは初めて会った気がしねーや」
ヒカル「オレもだ」
和谷「お前がlightっていうのは奈瀬から聞いた。それが確かめたくて
今日は来たんだ。一局打ってくれるか?」
ヒカル「もちろん構わないぜ」
和谷・ヒカル「「お願いします」」
和谷(オレがlightと初めて打ったのは去年の夏。プロ試験の予選の前)パチ
ヒカル「………」パチ
和谷(これからプロ試験に挑もうってときに、腕試しにネット碁で対局
したのが始まりだ)パチ
ヒカル「……」パチ
和谷(そんときゃ、序盤から形を崩されて圧倒された。結果は大敗。
中押しでオレの負け)パチ
ヒカル「……」パチ
和谷(それなのに、lightは楽しかった。また打とうとチャットしてきた。
悔しくてそれから何局もlightの対局を見た)パチ
ヒカル「………」パチ
和谷(ちょうどその頃から、もう一人恐ろしく強い打ち手が現れた。sai。
棋風が秀作に似てる奴でやばいくらい強い。いや、あの強さは、まさに
現代の定石を学んだ秀作並みの強さ)パチ
ヒカル「……」パチ
和谷(オレはsaiとも打った。saiの方はチャットしてこなかったが、それでも
強さは嫌というほど思い知らされた)パチ
ヒカル「……」パチ
和谷(それからオレは二人と何度か打った。saiとlightと対局したい奴は大勢
いるのに、なぜかオレは数回だけど打つことが出来た。どちらとも何局か打ったし、
二人の対局も何度も見た)パチ
ヒカル「……」パチ
和谷(saiとlightの直接対局こそ見たことなかったけど、少しsaiの方が強い印象
を受けた)パチ
ヒカル「……」パチ
和谷(その証拠に、最近のネット碁にはトッププロがごろごろいるけど、オレが
見た限りsaiが負けてるのはほとんど見たことがない)パチ
ヒカル「………」パチ
和谷(まぁ、プロ試験の本戦が始まる頃からlightの方が急に強くなって、
今じゃどっちの対局を見ても勝ってる対局しか見なくなったけど……)パチ
ヒカル「…………………………」
和谷(ん、長考?こんなとこで?)
ヒカル「…………………………」
和谷(それにしても、手合いの日もネット碁やってるからプロじゃないのは
分かってたけど、まさか子供だったなんて)
和谷(こいつ、今年のプロ試験受けんのかなぁ。今年も枠が一つ減るとか勘弁
してほしいぜ)
ヒカル「……」パチ
和谷「!!」
和谷(ツケ!?……ツガずに?)
わや(やられた。このタイミングでかよ。…………くそっ、やっぱりこいつは
ネット碁のlightだ。間違いない。lightはいつも誰も気づいていないような
所に絶妙のタイミングで打ち込んでくるんだ)
30分後。
和谷「……ありません」
ヒカル「ありがとうございました」ペコリ
和谷「ありがとうございました」ペコリ
和谷「はぁぁぁぁぁぁ。つえー。ぜんっぜんダメだ。かなわねーや」
奈瀬「だから言ったでしょ。ヒカルくんは強いって」
和谷「もう疑ってねーよ、こんだけ打たれたら。院生相手に指導碁
打てるってのも納得さぁ」
ヒカル「あはは。ありがと」
和谷「進藤っつったっけ。お前、まさか今年のプロ試験受けたりとかすんのか?」
ヒカル「ああ、そのつもり。オレは外来だから予選からだけど、和谷とも本戦で
打てるの楽しみにしてるぜ」
和谷「げっ」
奈瀬「えっ、ヒカルくん。今年のプロ試験受けるの?前会ったときは出ないって
言ってたじゃない」
ヒカル「そのつもりだったんだけど、こないだの新初段シリーズの塔矢の棋譜を
見てさ。やっぱりオレもトッププロに混ざって真剣勝負の場で打ちてーなって。
ネット碁じゃなくてさ」
奈瀬「そっかぁ」
和谷「おいおい、去年の塔矢に引き続いて今年も一枠減るのかよぉ」
ヒカル「何言ってんだよ。終わってみなきゃ結果は分からねーぜ。
プロ試験はそういうもんだろ」
和谷「そーゆーのはオレらのレベルのやつらが言う台詞なの!リーグ入り
してるトッププロまでネット碁で切り捨ててる奴の台詞じゃねーよ」
ヒカル「えー。奈瀬もそう思う?」
奈瀬「えーと、悪いけど、これに関しては和谷にサンセー、かな?」
和谷「ほら見ろ」
ヒカル「むぅっ」
ヒカル「…………それにしてもさぁ」
和谷「ん?」
ヒカル「和谷、前と比べて弱くなった?」
和谷「なんだとぅ。それはお前がこの夏急に強くなったから、そう見える
だけだろ。オレだって強くなってるさ。院生順位は奈瀬に抜かれたけど、
それでも1組8位まで上げたんだからな、最近」
ヒカル「……8位?」
和谷「そーだぜ。そりゃお前から見たら全然だろーけどさ」
ヒカル(そういえば、前の世界の和谷は、オレの世話焼いて力つけたって
森下先生が言ってたっけ。だとしたら、この世界の和谷は、前の世界の和谷
よりも伸び悩んでるのか?)
和谷「どーしたんだよ?」
ヒカル「あ、いや……。そうだ、それより奈瀬、順位上がったんだ。おめでと」
奈瀬「ふっふーん♪今6位まで上がったんだぁ。快挙よね、快挙」
和谷「ばーか、いくら院生順位が上がってもプロ試験受かんなきゃなんの意味も
ねーんだぜ」
奈瀬「分かってるわよ、そんなの!」
ヒカル「まぁまぁ。順位高かったらプロ試験の予選も免除だし、成績良いのに
越したことはねーよ」
和谷「まーな。てゆーかお前、院生でもないのに随分詳しいな」
ヒカル「あ、あぁ。それはあかりから聞いたんだよ、うん」
和谷「そういえば藤崎の幼馴染みって話だっけ」
奈瀬「幼馴染みどころか彼氏よ、今じゃ」
和谷「へー、そうだったのか。……ちなみにどっちから告ったんだ?」
ヒカル「えっ、えっと、それは…」
和谷「なるほど。藤崎からか。あの奥手そうな奴がなぁ」
ヒカル「お、オレまだなにも言ってねえぞ!?」
和谷「んなもん顔見りゃ分かるさ。それに今のお前の反応でも丸わかり。
碁打ってるときのお前は全然何考えてるか分かんないのに、打ち終わったら
まるで別人だな、おまえ」
奈瀬「うんうん♪」
ヒカル「な、なんだよ奈瀬まで!」
奈瀬「えへへー。困ってるヒカルくんかーわいー♪」
ヒカル「くっそー。二人してからかいやがって」
和谷「まー、そう怒るなよ」
ヒカル「そういえば、あかりの奴って今何位なんだ?あいつも予選は
免除できそう?」
和谷「……えっと」
奈瀬「…………」
ヒカル「なに?」
和谷「……藤崎から聞いてなかったのか?あいつ、今21位だぜ。このまま
だと若獅子戦どころか2組に落ちるかもしれない」
ヒカル「えっ?」
ヒカル(確かに最近、あいつと打っても妙に気が抜けたような手しか
打って来なかったけど、まさか、そんな…)
和谷「……どうやら知らなかったみてーだな」
奈瀬「多分、言いづらかったんだよ。心配されたくなかっただろうし」
和谷「じゃあ、もしかして藤崎が九星会やめたってのも知らねーのか?」
ヒカル「!?」
奈瀬「えっ、九星会も!?」
和谷「ああ。やめたのはついこないだだけどな。伊角さんから聞いた」
和谷「なんでも学校の成績下がりすぎて、親にやめさせられたってさ。
そんで、勉強の方の塾行かさせられてるって」
ヒカル「…………………」
和谷「進藤?」
奈瀬「ヒカルくん…」
ヒカル「知らなかった。あいつ、一言もそんなこと……」
奈瀬「仕方ないよ。彼氏に格好悪いところ見せたくないって、私も
あかりちゃんの気持ち分かるもの」
和谷「確かにそうかもなぁ。でも、あいつどうするつもりなんだろ。
このままじゃ到底プロにもなれそうもないし、かといって大して
勉強も出来ないんじゃ、どっちつかずになりそうだけど」
奈瀬「和谷!」
和谷「なんだよ。ホントのことだぜ」
奈瀬「それでも言っていいことと悪いことがあるでしょ。ちょっとは
空気読みなさいよっ!」
ヒカル「…………」
和谷「あっ。……え、えーと。悪かったな進藤」
ヒカル「…………いや、和谷の言うとおりだ」
奈瀬「ヒカルくん?」
ヒカル「あいつを碁の道に引きづりこんだのはオレだ」
ヒカル「オレがあかりに碁を教えたから、あいつの人生滅茶苦茶にしちゃってる。
あいつには、ちゃんとあいつの人生があったのに」
和谷「おいおい、それは違うぞ。そりゃお前がきっかけで始めた碁
だったとしても選んだのはあいつだ。院生になるって決めたのも
あいつ自身の意思だろ。おまえに責任なんてねーぞ」
奈瀬「そうだよ!ヒカルくんが自分を責める必要なんてない」
ヒカル「……ちがう。あいつが院生になるって決めたのも、オレが
全国こども囲碁大会に誘ったから、あいつは、本当は……」
和谷「だーかーらぁ。そうだとしても、決めたのは藤崎だろ?
わっかんねー奴だなぁ」
ヒカル「…………」
奈瀬「ヒカルくん…」
ヒカル「和谷、奈瀬。今日はありがとう」
和谷「おっ、おう」
ヒカル「オレ、今からちょっと行くとこが出来たから、悪いけど
また今度来てくれ」
奈瀬「……そうだね。その方がよさそうかな」
和谷「……まっ、オレは一局打って満足できたし、今日のとこは
これでおいとまするか」
ヒカル「…ああ」
和谷「んじゃ、あんまり無茶はすんなよ。今のお前の顔、すげー
怖い顔になってるぜ」
ヒカル「分かってる」
奈瀬「…………またね」
ヒカル「ああ、また今度……」
二人を見送ったあと、ヒカルはあかりの家を目指した。
その道すがら。
ヒカル「佐為」
佐為「はい」
ヒカル「最近のオレとあかりの対局見てどう思った?」
佐為「……そうですね。恐らくヒカルの考えてる通り、覇気が足り
ませんでしたね。以前のあかりちゃんならばヒカルに対しても臆さず
向かってきていましたが、近頃はその気迫が見受けられない」
ヒカル「やっぱり、お前もそう思うか」
佐為「ええ」
ヒカル「さっきの和谷の話を聞いたとき、オレも思った。ここんところ、
妙に気の抜けた手を打つなって」
佐為「……」
ヒカル「でも、たまたまオレと打つときに調子良くないのか位にしか
考えてなかった。けど、まさか院生研修でもあの調子だったなんて…」
ヒカル「いったいどうしちまったんだよ、あいつ」
佐為「……思い当たる節があります」
ヒカル「なんだ?」
佐為「ヒカル。きっとそれはあなたと恋仲になったせいでしょう」
ヒカル「えっ!?」
佐為「ヒカルが今まであかりちゃんを、我が子に碁を教えるように
指導してきたのは知っています。おそらく、時間を遡り、幼い
あかりちゃんを前にして、父親、もしくは年の離れた兄のような
感覚にヒカルはなったのでしょう」
ヒカル「…………かもな」
佐為「私が見ている限り、あなたは自分の後ろをトコトコとついてくる
あかりちゃんを娘や妹のように捉えた。しかし、あかりちゃんから
してみればヒカルは同い年の男の子。気になる相手です」
ヒカル「…………」
佐為「この間のあかりちゃんの告白を思い出してください。幼稚園の
頃から彼女はヒカルを慕っていたのです。そして、その想いは、あなたの
返事により遂げられた」
ヒカル「なるほど。それで、気が抜けた……か?」
ヒカル「でも、それだけでこんなに順位下げちまうのか?ちょっと
触れ幅がでかすぎるぜ」
佐為「それはおそらく、あかりちゃんは、あなたと一緒にいるために
碁を打っていたからでしょう」
ヒカル「なっ……」
佐為「そう考えれば納得もいきます。あかりちゃんが碁を打つ理由は
ヒカルのため。ヒカルの側にいるためだけに碁を打っていたのだとしたら?」
ヒカル「オレと付き合ってるから、真剣に打つ必要がなくなった、ってのか?」
佐為「はい」
ヒカル「まさか。んな筈ねーよ!だって、あいつはもっと色んな人と
打ちたいからって院生になったんだぞ!?おかしいじゃねーか」
佐為「確かに。それも本音の一つであるのは間違いないでしょう。
しかし、一番の理由はやはり、ヒカルだと思いますよ」
佐為「そして、それはあかりちゃん本人も自覚していないかもしれません」
ヒカル「無意識に、満足しちまってる、って言いたいのか?」
佐為「…………」
ヒカル「でも、もしそうならどうすりゃいいんだ?無意識に手を抜く
なんて、簡単に直せるもんじゃ…」
佐為「……手がないこともありません。荒療治にはなりますが」
ヒカル「方法があるのか、佐為!?頼む、教えてくれ!!」
佐為「……あかりちゃんがヒカルと一緒にいたいがために真剣
だったのなら、もう一度その状態に戻せば、あかりちゃんは再び
真剣になれると思います」
ヒカル「あかりと、別れろってことか?」
佐為「…………」
ヒカル「………そんな…」
佐為「……しかし、それはあまりにも酷なこと。私は勧めたくありません」
ヒカルの足取りは重くなっていった。
あかりの家に行き、確認したかった筈が、今では真実を知るのが
怖くなっていた。
しかし、あかりの家はすぐ近所。
佐為と話している間に、ついてしまった。
ヒカルは暗い顔のままインターフォンに指を伸ばす。
あかり母「あら、ヒカルくん。久しぶりね。元気だった?」
ヒカル「ええ、まぁ」
あかり母「もしかしてあかりに用事だったかしら?ごめんなさいね、
あの子、まだ帰ってきてないのよ」
ヒカル「そうですか。……もしかして、塾とか?」
あかり母「そーなのよぅ。あの子ここのところ、というより、小学校の
頃から酷かった成績がまた下がっちゃって。ヒカルくんが羨ましいわぁ。
海王の入試もちゃんと受かって」
ヒカル「いえ、そんな。大したことないです」
あかり母「謙遜しなくてもいいわよ。おばさん、ちっちゃい頃から
ヒカルくんのこと知ってるんだから♪」
ヒカル「はぁ…」
あかり母「それにしても、ヒカルくん本当にあの子で良かったの?」
ヒカル「?」
あかり母「あかりよ、あかり。付き合ってるんでしょ?聞いたわ。私も
ヒカルくんだから安心してるけど、自分の娘ながらあれでいいのかって
思っちゃうわ」
ヒカル「心配いりません。あかりは、オレの自慢の彼女です」
あかり母「……ありがと、ヒカルくん。やっぱりヒカルくんで良かったわ」
ヒカル「いえ……」
あかり母「でも、親としてはあの子のこと心配してるの。このまま碁を
やらせてもいいのかなって」
ヒカル「それは……」
あかり母「幼稚園の頃からあの子は碁をやってる。私たち家族で碁を打つのは
あの子だけだから、あの子がどれくらい強いのかは全然分からない」
あかり母「それでも真剣にやってるあの子を見て、そんなに熱中できるものが
あるなら様子を見ようって、小学校の間は思ってた」
ヒカル「………」
あかり母「そして、あの子が小六のとき、初めて囲碁大会に着いていったの。
そしたらあかり、そこで優勝しちゃって」
あかり母「そのとき初めて、あっ、この子こんなに強かったんだって分かって。
そして、表彰式のとき、プロの先生が、プロを目指せるって言ってくれたの」
ヒカル(塔矢名人…)
あかり母「それを聞いて、あかりったら碁のプロになるって言い出して。
そして、プロになるためにまず院生っていうプロの養成所に通うんだって」
あかり母「そのとき、あかりの学校の成績はおせじにも良いとは言えなかった。
そうよね、あの子、毎日碁ばっかり打ってるんですもの」
ヒカル「……知ってます」
ヒカル(放課後、オレと毎日打ってた……)
あかり母「どうしようか迷った。もしプロになれなかったら、もしかして
あかりは、中卒で社会に出ることになるんじゃないかって」
ヒカル「…………」
あかり母「でも、あの子の熱意に負けて院生になるのを私たちは認めた。そこまで
やりたいんなら必ずプロになりなさいって言って」
あかり母「だから、あの子が九星会っていう碁の塾に通うって
言い出したときもなにも言わなかったし、プロの先生の研究会
に行くと言ったときも応援した」
あかり母「そして、去年初めてプロ試験を受けた。結果は、なんとも
言えないけど全然無理でもなさそうだったの」
あかり母「でも、最近あの子はちょっと変わったみたい。院生順位
を教えてもらったときも、家で碁を打ってるときも、前みたいな
真剣さがなくなっちゃって」
ヒカル(やっぱり、佐為の言った通り…)
あかり母「それでこないだの学校のテストが返ってきたとき、見かねて
言っちゃったの。真剣になれないなら九星会なんてやめちゃいなさいって」
あかり母「いつもならすっごい反論されるのに、私が押しきれちゃって」
ヒカル「それであいつ、九星会やめたのか」
あかり母「…………ごめんなさいね。ヒカルくん。こんなおばさんの
愚痴長々と聞かせちゃって」
ヒカル「気にしないでください。娘のこと心配なのは親として当然だし」
あかり母「ヒカルくん」
ヒカル「はい?」
あかり母「ふつつかものの娘だけど、あの子のことお願いね」
ヒカル「……はい」
ヒカル(……オレが変えちまったあかりの人生、どうにかしないと)
その後、ヒカルは家に戻った。
その足取りはやはり重く、肩を落として歩く姿は痛々しかった。
佐為がヒカルを励まそうと試行錯誤してみるが、良い案が浮かぶ
ことはなかった。
そして、そんなヒカルを後ろから、奈瀬は一人、見つめていた。
このSSまとめへのコメント
面白いので頑張って下さい(o≧▽゜)o
なんでヒカ碁の逆行モノ=あかりとくっつけたがるんだろうな、可愛いってだけで本編の重要キャラってわけじゃないのにファンに優遇されすぎだろ
純粋に恋愛抜きか別キャラとくっつけるとか、原作じゃケリつかなかったヨンハスヨン戦や緒方桑原行洋辺りとの対局メインで話進めりゃいいのに
読みたきゃ昔のSS読みゃいいしワンパターンすぎんよ