八幡「は?材木座が不登校?」 (570)
平塚「うむ、どうやらそのようだ」
担任C「もうかれこれ10日ほど欠席が続いてるわ」
平塚先生が、材木座の在籍するC組の担任を連れて奉仕部に現れたのは、2月も終わりに近づいたある日の放課後だった。
教師二人の訪問とあってか、雪ノ下は文庫本に栞を挟んで机に置き、由比ヶ浜は携帯を閉じたわけだが、材木座の名前が出た瞬間に二人とも本と携帯を開いた。
ひでぇな……俺に丸投げかよ……。
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八幡「お前らな……、いかに材木座絡みといえども、一応依頼の体で来てるわけだから話くらい聞けよ……」
雪乃「大丈夫よ、比企谷くんなら一人で出来るわ。むしろ誰かと一緒になんて何もできないのではないかしら?」
八幡「前半だけなら信頼に溢れた台詞だったのになんで余計な一言つけちゃうの?この国の政治家なの?」
雪乃「大丈夫よ、比企谷くんなら一人で出来るわ」
八幡「今さら削ったって無駄だから。一度出た発言は議事録からは消せても人の心からは消せねえんだよ」
相変わらず口を開くごとに俺の心の傷を増やす奴だよなこいつは。緩急自在にデッドボールだけ投げてくるとか、コントロール抜群すぎるだろ。
結衣「あはは……。中二はヒッキーの専門だからしょうがないよ」
八幡「いや、専門とかねーから。仮にもし専門で分けるなら、俺は戸塚専門が良い」
ほら、推しメン一人しか作らねえ奴のこと○○専とか言うじゃん?あんな感じ。戸塚専。
『比企谷八幡、戸塚専です
!戸塚以外に興味ありません!この中に戸塚、もしくは彩加がいたら私のところまで来なさい!』うん、3年のクラス替えの自己紹介決まったわ。これで3年も開幕からぼっち安定だな。
結衣「でたー……。ヒッキー、彩ちゃんのこと好き過ぎだよ……」
八幡「なっ?!べ、べべ別に好きじゃねーし!へ、変なこと言うなし!」
おいおいやめろよ、変な汗かいちゃうじゃねえか。うわー、あたし顔赤くなってないよねー?
結衣「反応がすっごいピュアだ……」
由比ヶ浜がげんなりしたように俺を見る。
平塚「あー、そろそろ依頼の本題に入ってもいいかね?」
黙って見ていた平塚先生が呆れたように場を促す。
平塚「まあ、雪ノ下と由比ヶ浜の言いたいこともわかるんだが、今回は割りと深刻な内容でな。ちゃんと聞いてもらえるかな」
言いたいことわかっちゃうんだ……。
まあ材木座だしな。日頃の行いって大事だよな。
担任C「材木座君……、その……、なんていうか……、個性的……?だからね」
これには材木座の担任も苦笑い。
ていうかこの人英語の島崎先生だ。俺も授業受けてるわ。
雪乃「それで、不登校という話でしたが?」
島崎「そうなの。最初の内は体調不良ということでお母さんの方から連絡が来ていたのだけどね、さすがに何日も続くと心配でしょう?それで詳しく話を伺ってみたのだけれど……」
平塚「どうもほとんど部屋からでてこないようでな。食事も部屋でとっているらしい。話を聞こうにもご両親には取りつくしまもない様子らしくてなぁ」
結衣「うわぁ……、リアルヒッキーだ……」
由比ヶ浜が軽く引いた目で俺の方を見る。
リアルヒッキーってなんだよ。引きこもりはいつだってリアルな社会問題だよ。あと俺を見んな。
八幡「ったく、重度の中二病から重度の引きこもりかよ。どうしようもねえな、あいつ」
雪ノ下「あら、あなたとそう違わないのではなくて?物理的に引きこもるか、精神的に引きこもるかの違いでしょう?」
八幡「お前のその精神的な暴力によって、俺の心の扉がますます固く閉ざされるんだよ……」
雪乃「ごめんなさい、物理的な暴力は自信がないのよ」
なんで暴力を受けることが前提なんですかねえ……。
島崎「それで今週の頭に家庭訪問も行ってみたのだけれど、やっぱり出てきてくれなくてね」
雪乃「話もできない有り様だったと」
島崎「えぇ……。帰ってくれの一点張りだったわ」
まあそうなるわな。小学生ならまだしも、高校生の男子ともなれば担任が来た程度ではどうにもならんだろう。
雪乃「それで、奉仕部への依頼というのは彼の不登校を更正する、ということでよろしいのでしょうか?」
平塚「端的に言えば、な。ただ、それはあくまで理想の話だ。登校させるだけというなら、色々方法がないわけでもない」
うわぁ、なんか言い方が怖いんですけど……。特に平塚先生が言うと。
平塚「ただ、高校というのは義務教育ではないからな。本人の意思に反してまで登校させる義務は我々にはないんだよ」
島崎「そうなのよ……。私たち教師にしてみれば、やっぱり生徒には無事総武高校を卒業して欲しいけれど、本人が辞めたいと言えば引き留めることはできないのよね」
良い先生、なんだろうな、島崎先生は。あの材木座のことをここまで真剣に悩んでやれるなんて。
八幡「ってことは依頼内容は材木座の不登校の原因を突き止めて、それを解消させるってことですかね」
はぁ……、めんどくせえ。そもそもがめんどくせえのに、相手が材木座だと輪をかけてめんどくせえな……。
まずあいつと会話することからしてめんどくさい。
島崎「そうね……。材木座君、あの性格だから、もしかしたら私の気づかないところでいじめにあっているのかもしれないし」
まあ普通に考えたらそうなる。
島崎「友達も……比企谷君くらいしかいないみたいだし」
え?いやいや、ちょっと待ってください。
俺も別に友達じゃないよね?いや、本当マジ勘弁して!そういうのじゃないから。材木座が友達とかマジで1mmもないから。
結衣「うーん、確かに中二はけっこうめんどくさいけど、ヒッキーの友達だしね!」
ちょっ、やめろし!そんな笑顔でこっち見んなし!
雪乃「そうね、彼と比企谷君はヒッキー友達ですものね」
お前もそんな良い笑顔でこっち見んなし!
ていうか良い笑顔だけど言ってることはかなり酷いからな、主に俺に対して。
なんだよヒッキー友達って。宇多田ヒカルのファンクラブかよ。
八幡「あー、まぁ材木座は友達ではないが、奉仕部の依頼だしな……。一応やるはやってみるか」
友達ではないけどな。そこは譲らねえぞ。
平塚「ふっ、相変わらず捻くれているな、君は。だが、やってくれる気になったならそれはそれでいい」
平塚先生が優しげな目で俺を見つめながら言った。
やめて……なんか恥ずかしいから。
結衣「もー、素直じゃないなーヒッキーは」
島崎「比企谷君、ありがとね。私も協力できることがあればなんでもするからね」
八幡「あー、えー、まあなんだ、善処しますよ……」
こうして奉仕部の今回の活動内容が決定した。
不登校になった材木座の原因究明と更正。
うわー、やる気でねぇなこれ……。
方針が決定したため、とりあえずは基本的な情報を洗い出す運びになった。
具体的的に何日から材木座が登校していないのかとか、その付近で何かしら変化がなかったかとかそういうことだ。
島崎「材木座君の不登校が始まったのは十日前、二月十七日からね」
結衣「ヒッキーは中二が来てないの気づいてなかったの?」
八幡「いや、まあ気づいてたっちゃあ気づいてたけど、あんま気に止めてなかったのが正直なところだな」
だって材木座だし。
八幡「先週の体育でいなかったからな、妙だとは思ったけど特にそれ以上は……」
平塚「十七日以前で何か変わったことはなかったか?」
八幡「と言われても……。いつも通りうざかった記憶しかないっすね」
島崎「比企谷君が最後に材木座君に会ったのはいつ?そのときの様子は覚えてるかしら?」
え、なに?なんで取り調べみたいになってんの?
お、俺は無実だ!その日も一人で……!
あ、いつも一人だったわ。アリバイとか証明できるわけねーわ。旅先で蝶ネクタイつけた眼鏡の小学生にあったら死ぬか容疑者かしかねーな。
これはもう旅とか出ちゃいけない人種だな。一生家にいよう。
八幡「そうっすね……確か十五日の帰るときに会ったかな……。いつも以上にうざかったんで適当にあしらって帰りましたけど」
結衣「ヒッキー……それって……」
雪乃「比企谷君の心無い対応に傷ついて……あり得るわね」
なんか皆が俺をえぇ~……みたいな目で見つめくる……。
いや、うざがってたって言っても材木座相手にはいつも通りだしなぁ。
あいつもその程度で今さら不登校になるほどメンタル弱いとは思えん。
八幡「いや、さすがに不登校にするほど邪険にはしてねえよ……多分」
だ、大丈夫だよね?俺犯人じゃないよね?
あと雪ノ下は最初から俺を犯人扱いするのやめろ。
島崎「う~ん、それでも翌日の十六日は普通に登校してきたはずだし、特に変わった様子も見られなかったのよね……いつも通り、その……」
あー、いつも通り中二全開、痛さMAXだったんですね、わかります。
つーかあいつ教室でもいまだにあのキャラ貫いてるのかよ、すげーな。
平塚「となると十六日から十七日の朝までに何かがあった可能性が高いな……」
雪乃「そうですね……。ホシヶ谷君、何か心当たりは?」
八幡「ねえ、俺を犯人扱いするのやめてくれる?なんだよホシヶ谷君って。いつからここは捜査一課になったんだよ。その日は材木座に会ってねーよ」
漢字に変換したら星ヶ谷。けっこうかっこいいじゃねーか。
多分あれだな、俺が星になるなら北極星だな。回りに何も寄せ付けない感じが。
もしくは北斗七星の横に輝く例の星。あぁ、それで材木座は死んだのかもな。いや、まだ死んでねーか。
島崎「比企谷君以外で材木座君と親しい人……となるとちょっと思いつかないわね……。学校以外かしら?」
えぇ~……、なんかそれ嫌だなぁ……。他にもいるでしょ、材木座と親しい奴。ほら、例えば……その……、うん、いないな。
平塚「……っと、いかん、もうこんな時間か。島崎先生、もうすぐ会議の時間です」
腕を組んで考えていた平塚先生が、不意に時計を見上げて立ち上がる。
島崎「そうですね……、もう行かなくては」
島崎先生も促されて立ち上がると、申し訳なさそうに俺たちの方を見て手を合わせた。
島崎「ごめんなさい、明後日のことでどうしても抜けられない会議があるの」
雪乃「いえ、お気になさらず。とりあえず今ある情報でこちらでもアプローチを考えてみます」
平塚「ふむ、とは言え今日明日でどうにかなる問題でもないだろうからな。まあ早く解決するに越したことはないが、焦って対応を間違えて済む問題でもない。明日は土曜日だし、来週の月曜また改めて場を設けることにしようか」
雪乃「そうですね、不登校ということであればやはり原因は学校内にあると考えるのが妥当ですし、月曜日までは特にできることもないでしょう」
八幡「まあそうだわな」
島崎「ごめんなさいね。ではまた月曜日に」
平塚「月曜の放課後、島崎先生とまたここに来るとしよう。それまで各自考えてみてくれたまえ」
それって土日を使って材木座のこと考えろってことだよね?すげえ嫌なんだが……。
島崎先生と平塚先生が揃って教室を後にしてから、うんうん唸っていた由比ヶ浜が、ぽんと胸の前で柏手を打つ。
うわ、すげえ……揺れたよ……。
いや、まあ何がってわけじゃないですけどね、ええ。
結衣「そーだ!ヒッキーが今中二に電話してみればいーじゃん!」
うん、俺も気づいてたけどね、気が進まないというか……。
雪乃「話を聞いた限りだとそう簡単にいくとも思えないけれど、やってみる価値はあるわね」
雪ノ下も賛成のようで目線で俺に促してくる。
ええ、わかってますよ。ここで文句言ってもどうせやらされることはわかってますよ。やりゃいいんでしょ、やりゃ。
携帯を取り出してアドレス帳から材木座を探すも見当たらず。ていうかサ行に誰も登録ないしね、探すまでもなかったね。
というわけで例によって発信履歴の出番である。
八幡「……でねぇな。留守電になっちまってる」
雪ノ下「そう。あまり期待はしていなかったけれど」
八幡「普段の材木座なら寝てるとき以外なら必ず電話に出るか、出れなくてもほぼノータイムでかけ直してくる」
自分で言ってて思うけどキモいなぁ……。
雪乃「ということは、あなたとも話すことは拒絶しているのね」
結衣「でも着拒されてるわけじゃないんでしょ?それならまだ寝てるだけかもしんないし!」
八幡「どーだかな」
多分、正解は雪ノ下だろう。
キモいし認めたくはないのだが、材木座の性格上、俺に話せることなら不登校になる前に泣きついてきてるはずだ。
それが今に至るまでなく、なおかつ俺からの着信にも出ないことを見るに、どうやら俺とも話す気はないらしい。
由比ヶ浜が言うように着信拒否されてないあたりがまだ望みがありそうな気がするも、現状ではどうしようもない。
八幡「もう少し情報を集める必要があるな」
雪乃「そうね、さすがにこれだけでは……はい?どちら様かしら?」
雪ノ下の言葉はノックの音に邪魔されて最後まで紡がれることはなかった。
本日2組目の来客。ずいぶん盛況だなおい。
結衣「はーい、開いてますよー、どーぞー」
若干の苛立ちが込められた雪ノ下の誰何に恐れをなしてか、入るのを躊躇っている来客に由比ヶ浜がフォローをいれる。
おずおずと扉を開けて入ってきたのは、どうにも見覚えのある二人組だった。
秦野「あの……失礼します……」
入ってきたのは眼鏡をかけた二人組。
先に入ってきたのがフレームなしのシャープな台形の眼鏡、後に続いて来たのが丸みを帯びたレンズのインスパイアーザネクストな感じの眼鏡。
……あー、ていうかこいつらあれだ。ずいぶん前に材木座と揉めた遊戯部の一年だ。
雪乃「秦野君と相模君……だったかしら。今日はどういった要件で?」
すげーな、こいつ。名前まで覚えてんのかよ。さすがユキペディアさん。
相模「その説はどうも……あの、すいませんでした」
秦野「今日はちょっと剣豪さんのことで相談……というか話があって来たんですけど……」
まあ予想通りっちゃ予想通りだな。こいつらと俺らの接点なんて材木座しかないわけだし。
そういや、この学校で俺以外に材木座と関わりがあるっていうと、こいつらもそうだったな。忘れてた。
雪乃「ちょうどそのことで、今先生方とも話したところだったのよ。その椅子に座って詳しく聞かせてもらえるかしら?」
秦野と相模は明らかに雪ノ下にびびっていたようだが、由比ヶ浜がいつもの人当たりの良い笑顔で椅子を勧めると、幾分落ちついたようで、話を切り出した。
秦野「えーっと、剣豪さんのことなんですけど、最近学校に来ていないってのは本当でしょうか?」
八幡「ああ。俺たちもさっきそのことで担任から相談を受けたところだ。十日前から来ていないらしい」
女子と話すことに免疫がないのか、俺の方に向けて話し始めたので、仕方なく返事をする。
相模「剣豪さん、学校だけじゃなくて最近ゲーセンにも来てないんですよ」
八幡「え?そうなの?」
秦野「はい。ちょうど十日くらい前からです。それまではほとんど毎日来てたんで、どうしたのかなって思ってたんですけど」
あいつ毎日ゲーセン行ってたのかよ……。執筆作業はどうした。
結衣「ゲーセンの人とまた喧嘩しちゃったとか?」
いや、それはないだろ。それで学校まで来なくなるのもおかしいしな。
秦野「いえ、そういうことはないと思います」
相模「それと、各ゲー仲間の掲示板にも、ゲーセンに来なくなってから一度も書き込んでないんですよ。これまではほぼ毎日張りついてたのに」
あいつそんなことばっかやってたのか……。どんだけ暇なんだよ。
秦野「けっこうみんな心配してて、掲示板で呼び掛けたり、連絡先知ってる人はメール送ったりしてみたんですけど……」
雪乃「返事がなかったと」
相模「はい」
あー、それもうしかばねになってるわ。諦めるしかないんじゃね?
結衣「んー、なんか最近中二に変わった様子なかった?」
相模「変わったことって言えるかわからないんですけど、一応一つだけ……」
結衣「おお!初ヒントじゃん!なになに?」
ちょ……由比ヶ浜、乗りだしすぎだから……。そういうリア充の距離感で、こんな遊戯部(笑)とかいう童貞非モテ丸出しの男の子たちに近づいたら勘違いさせちゃうから。
秦野も相模も椅子ごと後ろにのけ反っちゃってるしね。
秦野「ええと、これなんですけど……」
と言って秦野が取り出したのは自分のスマホ。テュルテュル何やら操作して、出てきた画面を俺たちから見やすいように正面に向ける。
結衣「……ん?パズドラじゃん!あたしもやってるよ~……ってランク832!?」
画面を覗いていた由比ヶ浜が驚いて身を引く。
秦野「あー、まあ一応遊戯部ですし……」
その由比ヶ浜の反応に気を良くしたのか、僅かにどや顔を覗かせる秦野。
この展開には見覚え、もとい身に覚えがある……。自分の隠していた得意分野を女子に驚かれ、良い気になって「な、なんなら教えてやろうか?」みたいに調子こいちゃうやつだろ。
やめとけ秦野、それ驚いてるっていうかドン引きしてるだけだから。オタクの持つステータスは、高ければ高いほどパンピーに引かれる、悲しみの比例グラフを描くんだよ……。
つーかパズドラの800ランカーってなんだよ。間違いなく重課金勢じゃねーか。俺も引くわ。
雪乃「これは……ソーシャルゲームというやつかしら?」
相模「いえ……、ソシャゲーとはまた少し違うんですけど……」
八幡「ソシャゲー要素もちょいちょいあるが、基本的にはパズルゲームだ。課金すればより快適に進められるが、別に課金しなくても十分楽しめる。対人機能はないし、協力プレイという概念も薄い。一応ゲーム内にフレンドという機能はあるが、それほど強い結び付きにはならんしな」
雪ノ下はふむふむと俺の説明を聞いていたが、ある程度合点がいったようでこちらに笑顔を向けてきた。
おい、やめろ。その顔はまた言葉の刃を抜いた顔だろうが。
雪乃「つまり比企谷君にピッタリのゲームと言えるわけね」
八幡「確かに、本来俺みたいな奴専用ゲームなはずなんだがな。ゲーム自体のとっつきやすさと、絶妙なバランス調整のおかげもあって、今や若年層の間じゃ国民的大ヒットだ。スマホ持ってる奴なら大抵やったことあるはずだ」
一時期戸部とかあの辺も騒いでたしな。この手のゲームは俺みたいなぼっちの暇潰しツールだったはずなのに、いつの間にかリア充どものコミュニケーションツールになってやがる。
結衣「ヒッキーはパズドラやってないの?」
八幡「前はけっこうやってたが、今はもうやってねーな」
だって光ヴァル弱いんだもん……。初ガチャで当てたキャラだから愛着持って使い続けて、ハイパーにまでしたのにな。なんで列つかねーんだよ。
結衣「えー。あ、そーだ!ゆきのんもやろうよパズドラ!」
雪乃「今聞いた限りでは特に興味は引かれないわね。別に対戦要素があるわけでもなさそうだし」
あー、まあ雪ノ下はそうだろうな。こいつがパズドラやってるところとか想像つかん。
細かい設定とかは気にしないでくれると助かる
あとアニメは未視聴、原作は10巻までしか読んでないんで、よろしく
八幡「雪ノ下ならディスティニーツムツムとかいいんじゃねえの。対戦っつーかスコアランキングあるし。パンさんも出てくるしな」
何気ない一言だったつもりだが、雪ノ下の「パンさん……?」という呟きで失言に気づかされる。
あ……やべ……。
雪乃「比企谷君、そのツムツムとやらについて詳しく聞きたいのだけど」
雪ノ下がやたら真剣な面持ちで俺に問いかける。なんでお前パンさんが絡むとそんなガチなんだよ。こえーよ。
結衣「ゆきのんツムツムやる?あたしが教えてあげるよ!まずねー、このLINEっていうアプリを……」
由比ヶ浜の説明を超真剣な目でふんふん頷きながら聞く雪ノ下。
ていうかやべーな。雪ノ下の場合財力もあるだろうし、パンさんが絡むとなると、かなりガチの廃人プレイヤーになる可能性が高い。
パンさんハイに陥った雪ノ下のことは由比ヶ浜に任せ、俺は先ほどから放置されている遊戯部の二人に向き直った。
八幡「悪いな、話が逸れて。それでパズドラがどうしたって?」
秦野「あ、はい、実は僕らパズドラでも剣豪さんとフレ登録してるんですけど、剣豪さんがゲーセン来なくなってから急にハンネが変わったんですよ」
ハンネ、ハンドルネームの略だろう。第二次大戦中の日記を書いてたユダヤ人の女の子のことじゃないから注意な。
秦野「この『テル』っていうのが多分剣豪さんです」
パズドラはハンドルネームを自由に変えることができるが、ユーザーの固定情報というのがハンドルネームと9桁のIDしかない。
故に、突然名前を脈絡のないものに変えたりすると、フレンドからはそいつが誰なのかわからなくなったりする。フレンドのIDまで暗記してる奴なんてまずいないだろうしな。
相模「前にパズドラ内のメールを剣豪さんからもらったことがあってわかったんですけど」
秦野「ちょっと前まではずっと『剣豪将軍』ってハンネだったんですよ」
『てる』ってのは多分本名から来てる名前だろう。
あいつの場合、『剣豪将軍』というキャラにアイデンティティーのようなものがあるわけだし、確かに突然変えたというのは気になる。
八幡「確かにちょっと気になるな。最近ゲーセンの方でなにかあったりしないか?」
相模「いえ……特に何かあったというのはないと思います」
八幡「そうか。悪いが俺らもさっき聞いたばかりで何もわからん。来週から本格的に調べてみるつもりだから、お前らもなんかわかったらまた教えてくれよ」
こちらとしては材木座不登校の原因が、ほとんど校内の出来事に絞られただけで収穫だ。
もしゲーセンの交遊関係が原因なんて言われても何もできねえしな。
しかし由比ヶ浜も雪ノ下も、結局ほとんど俺に丸投げだったな……。いいんですけどね、別に。
それから下校時刻までは特に何事も起こらず、雪ノ下は何やら必死の形相でスマホをいじり、由比ヶ浜は誰かと盛んに連絡を取り合っているのか、1分おきくらいでLINEの通知音が鳴っていた。う、鬱陶しい……。
お前マナーモードって言葉知らないの?公共の場所ではなるべく音を出さないのが常識だろ。俺なんかスマホだけでなく、自分自身すらマナーモードにしてるっつーのに。
雪乃「……そろそろ下校時間ね。今日はここまでにしておきましょうか」
ようやくスマホから顔を上げた雪ノ下が部活の終了を告げ、俺たちはそれぞれ荷物を持ち、教室を後にする。
結衣「じゃあ、ゆきのん!下駄箱で待ってるね!」
雪乃「ええ、なるべくすぐ行くわ」
どうやら女子二人はこのあと一緒に帰るらしい。俺は誘われてないが、いちいちそんなことは気にしない。
……気にしないったら気にしないのだ。
そもそも俺は自転車だしな。
下駄箱に向かい由比ヶ浜と並んで歩きながら、とりとめのない雑談を交わす。
八幡「お前ら家真逆だけど校門まで一緒に帰るのか?それ一緒に帰るって言うの?」
結衣「今日はゆきのんの買い物に付き合うって約束なんだー。まー、買い物って言ってもコンビニだけど」
八幡「はぁ、仲のよろしいこって」
結衣「なんかゆきのん、iTunesカードが欲しいんだって!」
おい……。あの女いきなりやる気じゃねーか。ジャブジャブ様かよ。ヌト姫可愛くねーよ。
八幡「あいつに課金の仕方教えて大丈夫か?パンさん絡みだと際限なく行く可能性もあるぞ」
なにせ以前、UFOキャッチャーのプライズにムキになって、ジャブジャブ連コしてるところを目撃しているからな。
結衣「いやー、さすがに大丈夫だと思うけどねー」
あはは、とどことなく不安げに由比ヶ浜は笑う。まあこいつはこれで、財布の紐に関してはしっかりしてるからな。由比ヶ浜がついているならそうそう無茶もさせないだろう。
結衣「あ!ていうかヒッキーもLINEやってるなら教えておけし!」
え?なんで知ってんのこいつ。
ずいぶん前にLINEのゲームがやりたかったのと、小町との連絡が楽だからという理由で、アカウントは一応持っているが、こいつにそんな話をした記憶はない。
八幡「は?いや、やってねーよ」
とりあえず何かあれば否定するのが俺だ。ここも当然否定の一手に限る。
結衣「いや、さっき小町ちゃんにLINEで聞いたから。今さら知らばっくれてもムダだし」
なるほど、犯人は小町か。まあ薄々わかってたけどね。つーかいつの間に由比ヶ浜と小町はLINEで繋がってんだよ。油断も隙もねーな。
八幡「いや、あれだ。一応LINEのアカウントはあるが、あれは家族専用っていうか。小町専用だから」
そう、俺のLINEのトーク欄には小町一人しかいない。
LINEはアカウント作成にスマホの電話番号を使うため、デフォルトの設定のままアカウントを開設すると、自分の電話帳に登録されている人間で、LINEに登録済みの相手のアカウントを自動で表示してくれるサービスがある。
これだけならば便利機能で片付くのだが、厄介なのは相手の電話帳に自分の番号が登録されている場合、相手のLINE上にも勝手にこちらのアカウントが表示される点だ。
これを知らずにうっかりLINEアカウントを作ってしまった日には、「え、なんか比企谷LINE始めたっぽいんだけど(笑)」「ウケる(笑)なんか送ってみなよ(笑)」「えー、やだよ(笑)」「あ、そーだ、クラスのグループトークに招待してみれば?(笑)」「えー(笑)」 みたいなトークに花が咲くこと間違いない。
そんな小粋なトークの肴になりたくないぼっちは、細心の注意を払って設定を進めなくてはならない。
そう、かくいう俺もかつてfacebookなるソーシャルメディアで痛い目を見た口だ。
せっかく、同じ中学の連中のいない高校で、新しい人間関係をスタートさせようと登録したfacebookのトップページに、「もしかして知り合いかも?」とか中学の連中が表示された衝撃たるや、思わず「おぴょう!」とか変な声出たわ。
クリック一つでお友達になれるとかどこの世界の話だよ。3年間同じ学校で過ごしてもお友達になれなかったっつーの。
結衣「出たー、シスコン……」
八幡「うるせえ、俺はシスターにコンプレックスはねえ。シスター以外の全てにコンプレックスがあるだけだ」
劣等生で十分だ。はみ出しもので構わない。
結衣「もー!とにかくゆきのんもLINE始めたんだから、3人で奉仕部グループトークしようよ!」
八幡「プライベートでまで雪ノ下の罵倒にさらされたくねえんだが……」
いや、マジあいつの発言、文字に起こされたら耐えられる気がしねえよ。
八幡「そもそも俺はあんまりLINEって好きになれねーんだよな。既読とかいう余計な機能のせいで、『あ、すいません、寝てて見てませんでしたー』とか通用しねえし」
本当あの既読というのは厄介な機能だ。
返事を強要されてる気がして、プライベートを縛られる感じが好きになれん。
結衣「まあもう小町ちゃんからヒッキーのID教えてもらったし、勝手に送っておくね!」
八幡「マジかよ……」
なんで小町お兄ちゃんのプライバシー勝手に拡散しちゃうの?
スマホを取り出して確認してみると、確かに『☆★ゆい★☆』とかいう奴から登録申請が来ていた。
俺の小町専用LINEの命もここまでか……。まあいいか。
八幡「ほい。申請許可出しといたぞ。これ、ブロックってどうやるんだ?」
結衣「このタイミングでそれ聞くんだ?!絶対教えないよ!!ていうかちゃんとトーク送ったら返事返してね、ヒッキー」
なんだよ、さすがに冗談だよ。いくら俺でもいきなりブロックなんてしねーよ。いきなりブロックされんのは得意だけどな。
八幡「あー、まあ暇だったらな」
結衣「むー……」
由比ヶ浜はまだ不服そうだったが、一応納得はしたようだ。
八幡「んじゃあ俺は帰るわ」
下駄箱で靴を履き替え、雪ノ下を待つ由比ヶ浜に別れを告げる。
結衣「うん!ちゃんと明日13時に来てね!」
八幡「あー……。13時までには起きるようにするわ」
結衣「いや、それ間に合わないから!」
わかってるっつーの。ただ遊びに行くわけじゃなく、小町絡みだからな。土曜日だろうとちゃんと起きるさ。
なんなら早く起きすぎて家族に驚かれるまである。
八幡「んじゃ明日な」
結衣「うん!後でLINE送るね!」
手を振って見送る由比ヶ浜を背に駐輪場へ向けて歩きだす。
まあ、なんだ。連絡網が充実すんのは悪いことじゃねーよな。
駐輪場へ向けて歩いていると、前方から一色いろはが歩いてくるのが見えた。
うわー、これまた面倒な奴に会っちゃったよ……。早く帰りたいっつーのに……。
いろは「あっ、せんぱーい!」
八幡「……おう」
いろは「お疲れ様です!今帰りですか?」
八幡「……おう」
そうだよ、今から帰るところだよ!だから君とお喋りしてる暇はないよ!じゃあね!バイバイ!
色んな意味を込めた「……おう」だったのだが、もちろん一色には通用しない。ばっちり俺の進路を塞ぐように立ちはだかり、両手を広げて通せんぼの構えである。
相変わらずあざとい。
いろは「ちょっと待ってくださいよ先輩!可愛い後輩が話しかけてるのに、つれないですよ!」
八幡「もう下校時刻なんだよ、さっさと帰らせろ。ていうか生徒会長が率先して下校時刻破らせようとすんな」
いろは「それでちょっと先輩にお願いがあってですねー」
こいつ……俺の話を頭から無視する……だと……?
ああ、まあ割とよくあることだな。というか俺の話を頭からちゃんと聞いてもらえる場合の方が少ない。
いろは「明後日のことなんですけど、ちょっと生徒会だけじゃ人手が足りなさそうなんですよー」
八幡「お前そんなこと急に言われてもどうにもできねえよ……。俺にも予定ってもんがあるんだよ」
いろは「え、知ってますよ?学校に来るんですよね?」
え、なんでこいつ知ってんの?さっきから俺のプライバシーどうなってんの?
いろは「結衣先輩にはもう話通してあるから大丈夫ですよ!」
ああ、情報源はあいつか。ていうか俺に黙ってやがったな、あいつ。余計な気つかいやがって。
いろは「結衣先輩と雪ノ下先輩には手伝っていただけるみたいですけど、なんか先輩は無理そうって聞いてたんですよねー」
八幡「無理そうって聞いてたなら、今改めて頼むなよ。実際半々くらいで無理なんだよ」
まだどうなるかわからんが、最悪の場合は想定しておかんとな。
いろは「でも半分は大丈夫なんですよねー?」
八幡「あー、まあな」
いろは「じゃあぜひぜひお願いしますよー。葉山先輩たちも手伝ってくれるんですけど、それでもやっぱり足りなさそうなんですよねー」
八幡「確約はできないけどな。奉仕部として依頼を受けてるなら、できるだけ前向きに検討の上善処するわ」
いろは「な、なんですかそのお役所みたいな言い回し……。しかもそれ大抵やってくれないときの言い回しじゃないですか」
ちっ、バレたか。
いろは「じゃあ、お願いしましたからね!」
八幡「……おう」
いろは「それじゃあまた日曜に!」
一方的にお願いするだけして、一色はさっさと行ってしまった。
結局、お願いはされたけどやるとは言ってないしな。これは別に手伝わなくても俺は何も悪くない。
今週末はやることが山積みで、まるで休日感がねえな……鬱だ……。
家に帰ると珍しく電気が全て消えていた。どうやら小町は学校帰りにどこかへ出掛けているらしい。
2年になって奉仕部に入ってから、毎日帰宅が18時以降になるため、小町より早く帰ってくるのは久しぶりな気がした。
元々、ぼっち属性の俺だ。帰ってきて誰もいないという事実に寂しさを覚えるようなことはない。むしろテンション上がるまである。
思わず小さくないボリュームで歌を口ずさみ、不審者を見るような目で俺を見るかまくらに陽気に話しかけたりもした。
小町が邪魔だなんてことはないのだが、それとは別にやはり俺は一人が根元的に好きらしい。制服から部屋着に着替えながら、「うひょう!」とか、「ウルトラッソウッ!ハイッ!」とか意味不明なシャウトを発していた。
こんなとこ誰かに見られたら物理的に引きこもるかもしれない。
とりあえず上がりきったテンションが落ち着くと、小町からの連絡の有無を確認するためスマホを起動。ホームボタンを押しながら、「起動(アウェイクン)!」とか呟いちゃうあたり、まだテンションの制御に手こずっている。
とっくの昔に捨て去ったはずのもう一人の俺(中二)が今宵はやけに疼きよる……。
LINEを起動すると、小町からメッセージが2件、☆★ゆい★☆からはメッセージが3件来ていた。
とりあえず小町とのトークを開く。
小町【今日は友達と遊びに行くので遅くなるよ~。20時には帰ります】
小町【お兄ちゃん、ちゃんと結衣さんにLINE返してあげなきゃだめだよ!】
以上の2通が来ていた。
比企谷八幡【了解。夕飯はいるのか?】
と返し、次に由比ヶ浜のトークを開く。
☆★ゆい★☆【やっはろー!ちゃんとLINE返してね(^o^)/】
☆★ゆい★☆【どうしようヒッキー!ゆきのんがいきなり1万円のiTunesカード買っちゃったよ!(*_*)】
☆★ゆい★☆【とりあえず今日のところは家に帰らせたけど、さっき『このガチャというの、何度引いてもパンさんが出ないのだけれど。壊れてるのかしら?』ってLINEきたよー……】
oh……。
雪ノ下、驚くほど予想通りだな。あいつは見かけによらず、けっこう熱くなるところがあるし、ソシャゲーなんか一番やらせちゃいけない人種かもしれん。
比企谷八幡【あいつの金だ。いくら使おうとあいつの勝手だろ。ガチャ商法の恐ろしさ、身をもって知ってもらおうじゃねーの】
よし、これで送信っと。
うわっ、送った瞬間に既読ついたんだけど。何こいつ、ずっとこの画面凝視してんのかよ。
☆★ゆい★☆【おー!o(^o^)oヒッキーから初めてLINEきた!!】
☆★ゆい★☆【奉仕部のグループ作ったから招待するね!】
……☆★ゆい★☆さんから『奉仕部』へ招待を受けました……
☆★ゆい★☆【奉仕部のグループトークだよ~!ゆきのんもヒッキーもちゃんとしゃべってね!!(゜-゜)(。_。)】
雪ノ下雪乃【比企谷君、パンさんが出ないのだけれど。あなたもしかして私を騙したのかしら?】
奉仕部のグループトークを開くと、いきなりこれである。さすが雪ノ下、期待を裏切らない。期待していたわけではないが。
比企谷八幡【(^д^)m6プギャー】
俺が顔文字を使うなんて、ガチャでパンさん引くより確率が低い。というか初めてじゃねえの?
いやー、サービス精神旺盛だなー俺。感謝してほしいくらいだ。
雪ノ下雪乃【なぜかしら、この顔文字を見ていると無性に腹が立つわね。ひょっとして比企谷君をモデルにしているのかしら?】
☆★ゆい★☆【ヒッキー何この顔文字??なんかきもい……(/--)/】
総スカンである。あれー?おかしいな、女の子とメールするときは、顔文字使うと好感度アップって何かで見たんだけどなー。
そして雪ノ下さんは俺の顔を見ていると腹が立つみたいですね……。まあ、知ってたけどね。
比企谷八幡【俺の顔をモデルにしてたらこんなに楽しげなわけないだろ】
と送ったところで、小町から返事が来た。
小町【夕飯いるよ!!帰りにケンタッキー買って帰るね~】
比企谷八幡【さっすが小町パイセン!!ヤッフゥウ ー!ケンタだケンタだー!晩飯はケンタッキーだぜぃ☆】
ちょっとまだテンションを制御しきれてない感じの内容を送ってしまった。というか、ケンタッキーのおかげで、せっかく落ち始めたテンションが再び盛り上がった感がある。
小町ならこういうとき一緒に盛り上がってくれるはず。ノリは良い妹だしな。肉肉トークに肉咲かせようぜぃ、小町ぃ!
小町【はい】
うわぁ……。さすが小町、兄の扱いはお手の物である。
今、かつてない速度でお兄ちゃん冷静になれたよ。ありがとうな、小町。ただ、副作用でお兄ちゃん軽く死にたくなりました。
☆★ゆい★☆【(▽д▽)←ヒッキー!】
雪ノ下雪乃【あら、そっくりね。比企谷君の写真かと思ったわ。】
☆★ゆい★☆【でしょでしょ?!可愛いでしょ!?】
雪ノ下雪乃【比企谷君という名前がついた時点で、かわいいという評価はあり得ないわね。】
俺が小町とやり取りしている間に、奉仕部の方ではいじめが横行していた。もちろん、被害者は俺だ。
比企谷八幡【おい、なんで俺をいじめる流れになってんだ】
☆★ゆい★☆【えー??いじめじゃないよー(;´д`)かわいくない??(▽д▽)】
かわいくねえよ。めちゃくちゃ凶悪な面してんじゃねえか。
あと顔文字とはいえ俺に対してかわいいとかやめろ。顔文字に嫉妬しちゃうだろうが。
比企谷八幡【晩飯の支度があるから落ちるぞ。通知がいちいち面倒くさいから、お前ら二人で話すときは個別のトークでやれよ】
宣言通り晩飯の支度をするため、スマホをソファにポイ捨てしてキッチンへと向かう。
結局その日は材木座から折り返しの電話はこなかった。
翌朝。11時過ぎに起きると、家には小町一人がいるのみであった。
どうやらエリート社畜たる我が家の両親に、週休2日という概念はないらしい。
リビングでかまくらと遊んでいた小町が俺に気づき、「おはよー」とあいさつをしてくる。
八幡「おう、おはよう」
小町「お兄ちゃん、今日はけっこう早いね。今日土曜日だよ?」
世間一般からすれば11時起床はなかなかズボラだとは思うが、確かに俺にしては早起きと言える。
早朝から忙しい(プリキュアとか)日曜は早起きの俺も、土曜日は基本スロースターターだ。1日12時間睡眠は当たり前。15時間起きないことも。
八幡「今日は午後から出かけるんでな。とりあえず風呂入ってくるわ」
小町「お兄ちゃんが出かける前にシャワー……。なるほど、結衣さんか雪乃さんとデートか……。」
相変わらず勘の鋭い妹である。 だが、残念不正解だ。
八幡「デートじゃねえよ。奉仕部の買い出しだ。由比ヶ浜も雪ノ下も一緒だよ」
小町「なーんだ、残念。あーあ、前もって教えてくれれば小町も一緒に行きたかったのに」
八幡「悪いな、昨日急に決まったんだわ」
まあ昨日決まったってのは嘘なんだけどな。サプライズパーティの買い出しに、当の主役を連れていくわけにもいくまい。
八幡「なに、お前今日もどっか行くの?」
小町「うん。クラスのみんなで前夜祭だよ」
八幡「祭ではないだろ。相変わらず何かにつけて名目をつけて騒ぎたがるよな、リア充どもは」
祭だからと騒ぎ、天気が良いからと騒ぎ、天気が悪いからと騒ぐのがリア充という生き物だ。
小町「確かに祭じゃないけど……何かをするのに理由をつけたがるのはむしろお兄ちゃんじゃない?」
さらりと毒を放つ小町。その通りなので何も言えず風呂場へと逃げる。
しかし、今天啓のように俺の頭を一つの証明が駆け抜ける。
小町の話を真であると仮定するなら、つまり……八幡=リア充……?
そうか、俺はリア充だったのか……。そんなわけあるか。
風呂から上がると、すでに小町は出かける準備万端。玄関でブーツを履こうと座り込んでいるところだった。
小町「朝ご飯の残りが台所にあるから、温めて食べてね~」
八幡「あいよ。あんま遅くなんなよ」
小町「んー、今日はけっこう早く帰ってくると思うけど」
それから小町は立ち上がり、ドアを開けるとツッタカツッタカ駆けて行った。
行ってきますの一言もないなんて、お兄ちゃんちょっと寂しいな……。
なんて思っていると再びドアがガチャリと開いて、思わず声に出して驚いた。
八幡「っくりしたー……!なんだ、なんか忘れもんか?」
小町「うん。お兄ちゃんに行ってきますするの忘れてた」
小町は器用に片目を瞑って舌をチョロっと出してそう言った。くそ……、かわいいじゃねーか……。
八幡「はいはい、ポイント高いよ。」
小町「お兄ちゃんのテンションは低いなー」
しょうがねえだろ、シャワー浴びたとはいえ寝起きなんだよ、こちとら。
小町「ほらほら、これから結衣さんたちと出かけるのに、そんなローテンションでどうするのさ」
八幡「なんだよ、いつも通りだよ俺は。デフォでこのテンションに設定されてんだよ」
昨日の夕方ごろかなりバグった記憶もあるけどな。
小町「そんなお兄ちゃんに元気を出してもらうために小町が一肌脱ぐよ!」
こいつも俺の話を聞かない奴だよなあ……、あれ?俺の周りって俺の話聞かない奴ばっかりじゃね?
頭の中を雪ノ下、平塚先生、材木座、一色の爽やかな笑顔が通り抜けた。
八幡「いや、いいよめんどくせえ。それより時間いいのか?」
小町「まだ大丈夫だよ!さ、騙されたと思って小町のことを可愛いって言ってごらん!」
よくわからんノリの小町は左手をピースマークにして、横向きに左目に被せ、右手で見えないマイクを突きつけてきた。
八幡「はいはい、世界一かわいいよ」
小町「ほんとにぃ?」
なんでこいつこんなテンション高いんだよ。受験が終わって変なスイッチ入っちゃったの?やる気スイッチ押されちゃったの?
そういうスイッチは受験前に押しといて欲しかったな。
やる気ースイッチ僕のはどこにあるんだろー?
……本当、どこにあるんだろう。カバンの中も、机の中も探したけれど見つからないんだよなあ……。
八幡「ほんとほんと。世界一かわいいよー」
しょうがないので合わせてやったのだが、まだ小町は不満らしい。
小町「もっともっとー!」
八幡「あー、もうめんどくせえな。世界一かわいいよー!!……これでいいか?」
半ばヤケになって右手を挙げて答えてやる。玄関でなにやってるんだこの兄妹は。
ようやく小町は満足したらしく、満面の笑みを浮かべ、可愛らしく小首を傾げてこう言った。
小町「どうもありがと!」
八幡「うおおおおおお!!!!!」
思わず絶叫していた。
ぱねぇ、やっぱゆかりんぱねぇわ……。元気出るわ。
小町「じゃ、行ってくるねー」
八幡「おう、気を付けてな」
興奮の余韻も冷めやらぬまま、小町はさっさと行ってしまう。
取り残された俺は、とりあえず朝飯を食いながらスマホでゆかりんのライヴ映像を鑑賞した。
家の中に誰もいないのをいいことに、けっこうなボリュームでコールしちまったな……。本当、世界一かわいい般にy……ゲフンゲフンッ、お姫様だわ。
すまん、多分材木座は最後の方まで一切出てこないと思う
飯を食ってから、まだ待ち合わせの時間まで余裕があったので、適当に漫画を読んでいると、由比ヶ浜から奉仕部LINEが送られてきた。
☆★ゆい★☆【ヒッキー起きてるー?(-_-)/】
比企谷八幡【起きてるぞ】
☆★ゆい★☆【おー!良かったー!】
こういう文章で終わられると、こっちもなんて返せばいいもんか困るんだよな……。
どうしようもないので放置していると、今度は雪ノ下からLINEがきた。
雪ノ下雪乃【比企谷君、パンさんが出ないのだけれど。】
なにやってんすか、雪ノ下さん……。
☆★ゆい★☆【ちょっとゆきのん!もしかしてあれからまた課金したの?!】
これには金回りにうるさい由比ヶ浜が黙っていない。お前は野比玉子さんかよ。
対して雪ノ下から次のメッセージは送られてこない。そう、答えは沈黙……。
あー、これはけっこうな額いきましたね……。
そろそろいい時間になったので、家を出て待ち合わせ場所へ向かうことにする。
待ち合わせの駅までは天気も良いのでチャリンコで向かうことにした。
チャリに乗る前にスマホを確認すると、雪ノ下の課金額を問い詰める由比ヶ浜と、しどろもどろに言い訳をする雪ノ下という珍しい構図のやりとりがLINE上に浮かんでいた。
待ち合わせの駅に着くと、既に雪ノ下が改札の外に立っていて、スマホを操作していた。あの忙しない指の動きからして、ツムツムをやっているのだろう。
八幡「うす」
雪乃「……」
無視、である。
無視というか夢中でツムツムをやっている雪ノ下。
ようやく一段落したらしく、口の端に微かな笑みを浮かべて顔をあげ、ようやく俺に気がつくと、驚いて一歩身を引いた。
雪ノ下「……何も言わずに隣に立つのは趣味が悪いわよ、比企谷君」
八幡「いや、ちゃんと挨拶したんだがな。ハマるのはいいが、あんま町中でにやけた顔してやってると不気味だぞ」
以前、ラノベを読みながらにやけている顔を指摘された際の、ささやかな仕返しをここぞとばかりにする。
雪ノ下は僅かに頬を染め、俺と目を合わせずモゴモゴと言い訳じみたことを呟いていたが、その長い黒髪をファッサーと手で払い上げ、いっそ清々しい顔で俺を正面から見つめてきた。
たなびく黒髪はやはり綺麗で、真っ直ぐに俺の目を見つめる視線に居心地の悪い思いをしてしまう。
雪ノ下の私服は何度も見たことがあるが、やはり見慣れているものでもなく、こうして改めて見ると普段とは違うその装いに動揺する。
白地に桜の花模様が入ったワンピースの上に、クリーム色のカーディガンを羽織った姿は、絶対零度を放つその眼光さえなければ、清楚系を装うビッチ大学生にしか見えなかった。
雪乃「それで、どうすればパンさんは手にはいるのかしら?」
八幡「またそれかよ。ていうか昨日からそれしか聞いてないだろ、お前」
雪乃「あなたが素直に白状すれば済む話だわ」
いや、白状も何もないんだけどな。あれ、一応完全確率だし。
八幡「雪ノ下、お前物欲センサーという言葉を知っているか?」
雪乃「知らないけれど、なんだか嫌な響きの言葉ね」
八幡「確率抽選の事柄において、欲しい欲しいと思うものほど確率分母以上に出ない現象だ。ツムツムで例えるならば、お前の『パンさんが欲しい』という怨念をセンサーが感知して、パンさんが出ないように仕向けているわけだ」
オカルトと侮るなかれ。物欲センサーというのは確かに存在する。ソースは俺のPSP。マジで紅玉でないからね。何体のレウスが犠牲になったことか。
雪乃「なるほど……。そのセンサーはどこに付いているのかしら?」
大真面目な顔でスマホを裏返して物欲センサーを探す雪ノ下。多分そんなところには付いていない。
物欲センサー、それはきっと強欲を忌む神様の目についているのさ……。
さて、どうやって雪ノ下に、物欲センサーが冗談半分のオカルトであることを伝えようか迷っていると、突然目にも止まらない速さで、雪ノ下がスマホを肩にかけたバッグの中にしまった。
そして改札の方を振り向くと、その方向にはスイカをタッチしている由比ヶ浜の姿があった。
雪ノ下の由比ヶ浜センサーもどこについているのか、非常に気になる俺であった。
結衣「やっはろ~。ごめんね、お待たせして」
雪乃「いえ、時間通りよ。では行きましょうか」
雪ノ下は言葉少なに歩きだす。多分、再び課金について問いただされるのを恐れているのだろう。
結衣「ヒッキーもやっはろー!」
八幡「おう」
いつものように声をかけてくる由比ヶ浜の方を見ないように、俺は片手を上げつつ回れ右をして雪ノ下に続く。
由比ヶ浜の私服は雪ノ下とは対照的に、ザ・女子高生といった格好。
アホみたいに短いデニムパンツと、やたらモコモコしたセーターという、暑いんだか寒いんだかよくわからん服装である。
脚が生々しく生足で、正直目が釘付けになりかねない。
結衣「今日は小町ちゃんどうしてるの?」
俺の後から続く由比ヶ浜が並びかけながら聞いてくる。
八幡「クラスの連中と遊びに行くらしい。池袋まで出るっつってたから鉢合わせの危険はねえな」
結衣「そっかー。なんかあたしまでドキドキしてきたよ」
前を行く雪ノ下が信号で捕まり、その間に俺たちも追い付く。
結衣「ゆきのんは何あげるかもう決めてるの?」
今度は雪ノ下の隣に並んだ由比ヶ浜がこの後の買い物予定を話し始める。
雪乃「いくつか候補は考えてみたけれど、最終的には実物を見て決めようかと思っているわ」
結衣「ふーん。ヒッキーは?」
と、突然振り返った由比ヶ浜が俺に話を振ってくる。ぼーっと由比ヶ浜の脚を凝視していた俺は慌てて目をあげる。
いや、これは普段から伏し目がちに歩いているからであって、今日はたまたま由比ヶ浜の脚が視界に入っていただけだからね?
八幡「俺は特に決めてないな」
信号が変わって歩き出しながら答える。前見て歩け、由比ヶ浜。転けるぞ。
八幡「お前らも、プレゼントは小町も喜ぶだろうけど、あんま高いものは勘弁な」
雪乃「ええ。さすがに中学生に贈るものとして高価すぎるものは除外して考えているわ」
結衣「うーん、あたしはやっぱアクセとかかなー……」
とまあ、そんなわけで、3日後の3/3は我が妹、比企谷小町の15歳の誕生日である。
毎年3/3には、我が家で父親主催による盛大な誕生パーティが開かれるのだが、これに先んじて奉仕部でもパーティをやろうじゃないかというわけだ。発案者はもちろん由比ヶ浜。
日程に関しては明日3/1が日曜日であり、偶然というかなんというか、総武高校の合格発表の日でもあり、そこに決まった。
もし小町が入試に落ちていた場合、誕生日おめでとうもくそもないわけだが、その辺の懸念は由比ヶ浜の「小町ちゃんならきっと受かってるよ!」という心強い一言で一蹴された。
2年前に奇跡の力を借りて合格した由比ヶ浜がいうと、なんだかご利益がありそうな気がしてくるというものだ。
入試前最後の追い込みを手伝った俺と雪ノ下の予想は合否五分五分。学力的にはなんとか合格ラインまで押し上げることに成功したが、入試本番でのケアレスミスなんかを考慮すると微妙なところだ。
実際、小町の自己採点の結果は安全圏といえるものではなく、あとは他の受験生の得点次第ということになる。
とはいえ、すでに入試は終わってしまったわけで、今さら悪く考えても仕方がない。もし落ちていた場合は合格祝いから慰労会へシフトする方向で、こうして準備のために買い出しに来ている寸法だ。
八幡「んで、結局会場はどこにすんだ?」
ショッピングモールのやたら長いエスカレーターを上っている間、手持ちぶさたになった俺は4段上の雪ノ下に声をかける。
八幡「別にうちでやるのもかまわんが、その場合うちの両親も参加することになるぞ」
出不精の俺としては、我が家から出ることなくイベントを迎えられるのがベストな選択に思われるも、やはり同級生の女子と両親に挟まれるのは気恥ずかしい思いもある。
一応、候補としては比企谷家の他に、奉仕部の部室や屋外も上がっていたが、どれもそれぞれ問題がある。
まず、奉仕部の部室だが、合格発表のその日に校舎内が使えるかという問題。
それから屋外は俺が嫌だ。
雪乃「会場は私の部屋を提供するわ」
雪ノ下が肩越しに振り返って答える。
八幡「え、マジ?」
雪乃「ええ。比企谷君のおうちでは小町さんやご両親に気を使わせてしまうでしょうし」
なるほど。誕生パーティをこちらが開いているのに、主役にあれこれ動かれるのも座りが悪かろう。一応俺も家人であり、客が来ればもてなす側なのだが、雪ノ下はその可能性については全く考慮していないようである。その考えは正しい。
雪乃「それに、お料理は手作りを出したいと由比ヶ浜さんがしつこくて……」
八幡「おい、ちょっと待て。その言い方だと、まるで由比ヶ浜の手料理が振る舞われるかのように聞こえるんだが」
雪ノ下の言い回しと、辛苦に耐えるように伏せられた目線から剣呑な予感を覚え、つい早口になる俺。
結衣「む……そんな顔しないでもゆきのんと作るから大丈夫だし!」
その雪ノ下は料理の過程を想像してか、こめかみ押さえてるけどな。
結衣「ヒ、ヒッキーだってバレンタインのチョコ美味しいって言ってくれたじゃん……」
由比ヶ浜が顔を赤くしながら、こちらから目を逸らして小さな声でそう付け足す。
俺も思わず顔が熱くなるのを極力意識しないように努めた。
目的の階でエスカレーターを降りた俺たちは、とりあえずぶらぶらと店が並ぶ通路を歩く。
雪乃「市販のチョコを溶かして、型に移して冷ます作業を伝えるのがあれほど難しいとは思わなかったわ……」
結衣「ゆ、ゆきのん!その話はあんまり言わないで欲しいなーって……」
あのチョコを作るのに雪ノ下が関わっていたのは知っていたが、想像した以上に苦労したらしい。
そのときの記憶があればこそ、明日の料理に向かう気力も充実満タンというわけにいかないのだろう。
八幡「そんなに酷かったのか?」
雪乃「あなたが美味しくチョコレートを食べられたことに、誰より私が達成感を得ていると言っても過言ではないわ」
雪ノ下にここまで言わせるとは……恐るべし由比ヶ浜の料理スキル。
雪乃「湯煎用のお湯の中に、固形チョコレートを直接入れるくらいは予想の範疇だったわね。何度説得しても、溶かしたチョコレートにさらに砂糖や練乳を足そうとするのを止めるのは大変だったわ」
甘党を公言して憚らない俺であるが、さすがにそれは想像しただけで甘ったるい。アメリカのチョコレートにありそうな話だ。
結衣「だってヒッキー、コーヒーに練乳入れて飲むって言ってたじゃん!練乳好きなのかなって」
八幡「確かにインスタントなんかに練乳入れて、MAXコーヒー風にして飲むのは好きだけど、元々甘いチョコにまで練乳入れるほどの練乳マニアじゃねえよ」
それどこの万事屋だよ。
雪乃「型に入れてバットの上で荒熱をとっているとき、少し目を離した隙に型ごとオーブンで加熱していたときは、己の油断を後悔したわ……」
ああ、それで少し香ばしいような味がしたのか、あのチョコ。形がいびつなのは由比ヶ浜だから気にしてなかったが。
結衣「いやー、ちょっとクッキーみたいな感じかと思って……」
たはは、と笑う由比ヶ浜。笑えねえよ……。
八幡「よし、明日の食い物は出前ですませよう。あとは菓子とか適当に買ってけばいいだろ」
雪乃「そうね。私もそれが最も適切だと思うわ」
珍しく雪ノ下が俺の提案に同意する。
結衣「えー!?なんでよー」
八幡「何でもくそもないだろ。もし小町が腹壊して、誕生日本番に寝込むようなことになればうちの親父が怒り狂うぞ」
俺に対して。
結衣「だから、ゆきのんも一緒なんだから大丈夫だってば!」
由比ヶ浜が雪ノ下の腕に抱きつきながら抗議の声をあげる。
雪ノ下は「ちょっと由比ヶ浜さん……」と迷惑そうな声を出しながらも、微かに上気したその顔では嫌がっているようには見えない。
八幡「よし、じゃあ由比ヶ浜はパーティ料理の献立を考えてくれ。雪ノ下がそれを作る」
結衣「どんだけあたしに料理させたくないのさ!」
いや、我ながら名案だと思うけどな。
せっかくのパーティで、ちょっとアレな手料理が出てきて盛り下がるのもなんだし。
あたしこのパイ嫌いなのよね、とか言われると傷つくだろ。
結衣「ねー、ゆきのーん、一緒につくろーよー」
由比ヶ浜は雪ノ下の手をぶんぶん振り回して駄々をこねている。
……あ、ダメだわ。このパターンは雪ノ下が折れるパターンだわ。
雪乃「はぁ……。しょうがないわね」
ちょろーい!ちょろすぎるよ雪ノ下さーん!
由比ヶ浜はあれで計算高いやつだからな。もはや雪ノ下を懐柔する手際のよさは手慣れたものである。
八幡「雪ノ下、決して由比ヶ浜から目を離すなよ」
雪乃「そうね、小町さんのお祝いなのだから」
タメ息を吐く雪ノ下を尻目に、上機嫌になった由比ヶ浜はあちこち目移りしていた。
それぞれ小町へのプレゼントを選ぶにあたり、個々に別れて選ぶ派の俺、雪ノ下と、3人一緒に選ぶことを頑なに主張する由比ヶ浜で意見が割れた。
消極的意見として個別行動を主張する俺と雪ノ下に対し、積極的意見としての同行を求める由比ヶ浜では勢いからして違い、唯一のストロングポイントであった多数派も、こうなった由比ヶ浜が雪ノ下を取り込むのは時間の問題だった。
俺にしたところで、結局小町へのプレゼントが決まっているわけでもなく、まあ二人の買い物に付き合いつつ色々と物色してみようかと考え、とりあえずは由比ヶ浜についていくことにした。
由比ヶ浜の行き先は予想通りというかなんというか、ピンクを基調にした壁紙の、ポップでファンシーな頭悪い系女子が好みそうな、いかにもといった内装の店であった。
結衣「小町ちゃん、まだピアスとか開けてないもんねー。ネックレスとかかな?」
俺と雪ノ下どちらにというわけでもなく話しかけながら、陳列されているアクセサリーを手に取る由比ヶ浜と次第に距離が離れていく俺たち二人。俺はそもそもこういう店で明らかに浮いており、雪ノ下にしてもイメージと違う。
雪乃「やはり由比ヶ浜さんのこういうセンスは私と相容れない部分ね……」
八幡「別にそれでいいだろ。そもそもお前と由比ヶ浜で共通する部分の方が少ないくらいだし」
なんとなく壁際に寄ってそんな話を交わす俺たち。
雪ノ下と由比ヶ浜が対極に位置する二人だなんてことは、改めて考えるまでもなくわかりきっていることであり、共通点に親和性を覚えて親しいわけでもないだろう。
どちらが良いとか悪いとかいう、単純な二元論で語られるべきことでもないそれは、一般に個性と呼ばれるものだ。それを悪戯に同調させようとすることは、俺も雪ノ下も良しとしないはずだ。
だから、それはちょっとした冗談のつもりの一言。特に意味のない、雑談の中のとりとめのない一言。
八幡「意外とお前もこういうの似合ったりするんじゃねえか?」
だから、俺のことばに対する雪ノ下の反応が返ってこないことに驚いた。てっきり罵詈雑言の嵐がやってくるかと思っていたのに。
雪乃「……」
不思議に思い雪ノ下の方を見ると、目を見開いてこちらを見ている雪ノ下と目があった。
八幡「……なんだよ」
雪乃「……比企谷君は私にこういったものが似合うと思うのかしら?」
そう言った雪ノ下の口調はいつものように歯切れの良いものではなく、目線もすぐに逸らされてしまう。
八幡「いや、俺にファッションセンスを求められてもな。似合うんじゃねーか?」
雪乃「そ、そうね。あなたにファッションセンスを求めるのは確かに間違っていたけれど」
うつむきがちに話す雪ノ下は珍しく、なんだか俺まで目線が下に向かってしまう。
雪乃「考えてみたこともなかったわね」
八幡「こういうのか?」
雪乃「ええ。由比ヶ浜さんの誕生日プレゼントを考えるまで、こういう系統のファッション誌も読んだことはなかったし」
まあ、俺もなんとなく口にしただけで、こういうファッションが雪ノ下のイメージにそぐわないのはわかる。
八幡「俺が言うのもあれだが、食わず嫌いはよくねえんじゃねえか?」
雪乃「本当にあなたにだけは言われたくないわね」
八幡「まーな。巷では食わず嫌い王とまで呼ばれる俺だ」
本当、みなさんのおかげです。
17年の人生を通して、俺にトラウマを植え付け、猜疑心を育ててくれたリア充のみなさんのおかげです。
あ、トリップの#つけ忘れた
変更します
雪乃「あなたのことが巷で噂になるわけがないでしょう?存在を認知されていないものが、噂の対象になることはないわ」
例によって勝ち誇った顔の雪ノ下である。
八幡「その理論でいくと神話や伝承の類いが成り立たなくなるぞ」
雪乃「あら、比企谷君は自分にそういった神々しさがあると思っているのかしら?」
いまだ自分の勝ちを疑わない雪ノ下は、相変わらず楽しそうな笑顔で首をかしげる。
その顔がなんとも可愛かったので、俺は用意しておいた反論を喉から絞り出すことができず、阿呆のように口を開けたまま下を向いた。
実のところ、俺は神のお告げくらいのことはやってのける男だ。ソースは中1のときの俺。
突然、自習になって騒がしいクラスの中で、隣の席で楽しそうにゲームの話をする男子たちに混じろうと、「あ、そのゲーム俺も持っててさ……」と話しかけたところ、「あれー?なんか誰もいない方向から声が聞こえるんだけどー?(笑)」と、相手は俺の姿を見ることができなかったようで、みんなと不思議そうな顔をしていた。
あれー?俺いつの間にか幽体離脱してたっけかなー?と思いながら、家に帰って静かに涙を流したものだ。
雪乃「神々しさはまるでないけれど、主に目の辺りから禍々しい気配を感じるわね。これは神仏というより、妖……くふっ……」
最後まで言い切ることができず、口を押さえて顔を反らす雪ノ下。
やだなー、なんか寒気がするなー。クーラー強すぎじゃないかなー、なんて思ってたんですけどね、そのときね……あたし気づいちゃったんですよ……。あ、これはこのあと妖怪って言われるなーって……。
八幡「妖怪といえばお前も雪女っぽいけどな」
夏のキャンプで仮装したときのことを思い出してそう言うと、震えていた肩がピタリと止まり、ゆっくりと雪ノ下がこちらを向いた。こ、怖い。
雪乃「どういう意味かしら、化け谷君?」
八幡「その全身から放たれる凍てつく冷気がだな……。っていうか化け谷とかやめろ、昔馬鹿谷とか呼ばれてたの思い出しちゃうだろ」
雪乃「あながち的外れなあだ名とも言えないわね。数学の解答用紙にはそう記名した方がいいんじゃないかしら?」
雪ノ下から冷気をまとった一撃が繰り出される。しかし、この程度なら大丈夫。魔法使いを目指す俺は常にフバーハとマジックバリア、レムオルを自分にかけているのだ。それ、姿消えちゃってるじゃないですかー。
だが、最初に浴びた凍てつく波動の効果で俺の防御魔法は全て無効化されていた。どーん。あたしは死んだ(笑)
なお、レムオルは解除されない模様。そうだよな、俺、レムオルとか唱えた覚えないもん。多分、装備の効果なんだろうけど、この装備も呪われてるみたいで外すことができない。教会に行けば外してくれるらしい。
結衣「二人ともお待たせー」
などとくだらないことを考えていると、買い物を終えた由比ヶ浜が近づいてきた。
結衣「それじゃあ次はゆきのんの買い物行く?」
八幡「そうだな。俺はまだあたりもつけてねーし」
結衣「ゆきのん、どんなん買うつもりなん?」
ゆきのんどんなん買うつもりなん、ってやたら韻踏んでるな、とちょっと思った。どうでもいいが。
雪ノ下は顎に手を置いて考えるポーズを取りながら、「なにか実用的な物を、と考えているのだけれど……」とまだ考えがまとまっていない様子。
店の中で固まっていても邪魔になるから、と一度通路に出た俺たちは、館内案内板の前まで来て、しばし行き先を検討することにした。
雪乃「参考書なんてどうかと思うのだけれど」
雪ノ下が俺に意見を求めるようにこちらをチラリと見上げる。
八幡「はっきり言ってまるで実用的じゃない。受験期のあいつを見て勘違いしたのかもしれんが、基本的に小町は家で勉強するやつじゃないからな」
というか多分学校でも勉強してない。
八幡「あいつに参考書なんかやっても、豚に真珠、猫に小判、由比ヶ浜に中華鍋だ」
結衣「失礼!ヒッキー、超失礼だよ!」
雪乃「そうね、そう言われると説得力があるわ」
結衣「ゆきのんも説得されないでよ!?あたしだって、ちゃんとゆきのんからもらったエプロン使ってるもん!」
由比ヶ浜がプリプリ怒って抗議の声をあげる。
雪乃「たしかに、プレゼントに料理道具を送った私が言うのは酷だったわね。ごめんなさい、由比ヶ浜さん」
本当に悪いと思っているようで、素直に詫びる雪ノ下。
そうだよね、雪ノ下が由比ヶ浜にエプロンを送ったがために、由比ヶ浜が家で料理したがることが増えたんだもんね。雪ノ下は由比ヶ浜の両親にごめんなさいしなきゃいけないよね。
八幡「由比ヶ浜の料理とは違って、そもそも小町は勉強に対してやる気ないからな。参考書もらっても使わないとは思う」
雪ノ下からのプレゼントということで、最初の何日かはモチベーションも上がるかもしれないが、長続きはしないだろう。
結衣「あー、それに受験終わってようやく勉強から解放されたときに、いきなりまた勉強のこと意識させられるのもね……」
勉強への向き合い方が小町と似ている由比ヶ浜ならではの意見である。
雪乃「本来、高校受験というのは新たなスタートであって、そこがゴールではないのだけれどね……」
雪ノ下の意見には概ね同意であるのだが、世の中の一般的な中学3年生にそこまで求めるのは酷というものだろう。
そもそも、そこまで高い意識を持っている奴なら、入試であんなに苦労はしない。
だからこそ、俺は小町に対して一つ不安に思っていることがあった。
総武高校は言うまでもなく、進学校である。大学進学を大前提にした学校であり、より良い大学へ進むことを生徒に求めている。それ故の入学試験の難易度であり、在学中に行われる定期試験も相応の難易度を持っている。
俺も2年前、入学してから2日目のホームルームで、いきなり志望する大学名を書かされたときは少々度肝を抜かされたものである。
進学校たる総武高校にとって、高校受験というのは雪ノ下の言うとおり、大学受験へのスタートラインに過ぎないのだ。
小町を見ていると、どうもその辺りのことがわかっているとは思えない。総武高校に対して、仲間(笑)とか青春(笑)とか、そういうきゃぴるんとしたリア充的価値観に基づく箱庭チックなものを期待しているように見える。
もちろん、そういったものがあることは否定しない。俺には縁がないので詳しく知らないが、総武高校にも一応青春(笑)とか恋愛(笑)とかいうものは存在している……らしい。
だが、総武高校ではそれらと勉学を両立することが必要となる。勉強もこなして、彼女もつくる。友達とも遊んで、部活もがんばる。全部やらなきゃいけないのがリア充の辛いところだな……。覚悟は出来てるか?俺はできてない。
これらを完璧にこなしているのなんて、それこそ葉山クラスしかいないんだろうが、それでも総武高校の生徒は多かれ少なかれ、綻びが出ない程度に要領よくこなしている。
あの戸部にしたところで、進級が危うくなるようなことはしていない。川崎だってヤンキーっぽい見た目ながら、成績は良い。由比ヶ浜はけっこうギリギリだが、それでも毎回平均点くらいはマークしているらしい。
はっきり言って、俺は小町のいまの学力では、仮に入試に合格したとしても、高校の勉強についていけないんじゃないかと懸念しているのだ。
以前、平塚先生に聞いたところによると、毎年何人かは留年、もしくは中退しているとのことだ。
理由は様々なようだが、総武高校のレベルについていけず、やる気を失ってしまう者も少なくないと聞いた。
小町は、中学の成績から見るとかなり背伸びをして総武高校を志望している。その代償が入試までの詰め込みという形となって苦労していたわけだが、もし合格していたとすれば、これから総武高校で過ごす上でその苦労を背負い続けなくてはならない。
入試とはその高校で過ごす3年間、求められる学力を測るボーダーでもある。精一杯背伸びをしてそのボーダーを超えた者は、これから3年間、ずっと背伸びし続けなければならないのだ。
八幡「参考書とかはもて余すだろうけど、あいつのやる気を引き出すような筆記具とかいいんじゃねえか」
コンピューターペンシルとかな。なにそれ、俺が欲しい。石ころぼうしなら持ってるんだけどなぁ……。この石ころぼうし、呪われてて外せないんですよ。
雪乃「ふむ……」
雪ノ下は一考すると、即座に決断したようで顔を上げた。
雪乃「決めたわ。本屋に行きましょう」
すまん!横槍申し訳ないが
八幡て事故で入学遅れたはずだから2日目のHRとか出れてないのでは?
>>133
!!!!
登校してから二日目とかに脳内変換しておいてくんさい
ワンフロアが丸々本屋になっているという、本好きには堪らない階まで来ると、雪ノ下はさっさと目的のコーナーへ向けて歩き始めた。
せっかくなので、俺は自分の読みたい本でも買おうと小説コーナーへ。家の近所ではこれほどの規模の書店はさすがにないため、マイナーレーベルのラノベなんかはここで買うしかない。
俺が真剣にラノベを物色していると、後ろから「うぇー……」という声が聞こえ、振り返ってみるとドン引きした由比ヶ浜がいた。
わざわざ人の趣味のテリトリーに入ってきてそういう顔するのはやめていただきたい。
結衣「ヒッキー、いっつもこういうの読んでるよね」
八幡「それがどうした。俺は自分1人で楽しんでいるだけだ。誰にも迷惑かけてないぞ」
結衣「でも読んでるときの顔、けっこうキモいよ……」
あちゃー><。
結衣「なんか、声に出さないでニヤニヤしてるし」
面白いからね、しょうがないね。
やべえ、一度指摘されたことはあるが、改めて言われると何度でも死にたくなる。
結衣「これってライトノベルってやつでしょ?」
八幡「ああ」
結衣「普通の本と何が違うの?」
ラノベ愛好家が他人にラノベを薦めるとき、必ずされる質問である。これがなかなか難しい。
八幡「一番の違いは挿絵の量だな。大体一冊につき、多くて10ページくらい挿絵がある」
なんならイラストが本編で、文章が挿入されていると言ってもいい。
八幡「つっても、メディアワークスなんかは挿絵なかったりするし、その辺はまた定義が難しいな」
結衣「ん?メディアワークス?」
八幡「出版しているレーベルの名前だ。まあ、一般的にはラノベのレーベルから出ている書籍をライトノベルと呼ぶらしい」
結衣「レーベル?」
八幡「文庫、って意味だ」
結衣「へー。あ、このガガガ文庫ってやつとか?変な名前だねー」
おい、変とかいうな。良作の宝庫だぞ、ガガガ。今一番波に乗ってるレーベルだ。名前はたしかに変かもしれない。
八幡「挿絵が多いし、普通の小説と比べてキャラクターの描写や、ストーリーの描写が分かりやすいのが特徴だな」
結衣「へー。あたしでも読めるかな?」
八幡「本来は中高生向けのもんだからな。雪ノ下が読んでるようなやつよりかは読みやすいんじゃねえの?」
だが最近は対象年齢が上がってきているのも事実だ。作品内でスクライドのパロディとかされても、中高生ぽかーんだろ。
結衣「ふーん……。あたしもなんか読んでみよっかなー。なんか、部室で二人とも本読んでてハブられてる感じするし」
本来は複数人でいる場で本読んでる方がおかしいんですけどね……。
雪ノ下に至っては、初日に二人っきりになった瞬間、本開いたからね。
結衣「ヒッキー、なんかお薦め教えてよ」
八幡「あー、お薦め……。お薦めか……」
結衣「えー、嫌なの?」
八幡「別に嫌ってわけじゃないんだが……」
これ、ラノベに限った話じゃないと思うんだが、人に本を薦めるって難しいんだよな。
文章ってのはどうしても好き嫌いがわかれるものだし、そもそも文字を読む作業に好き嫌いが出る。
由比ヶ浜なんて典型的に読書が苦手なタイプだし、そういうやつに本をお薦めするのはかなり危険だ。本好き同士であっても、人から薦められた本ってのは積ん読しやすいというのに、普段読書の習慣がない相手となればいわんやである。
しかも、それがラノベともなると、ある種、自分の性癖をさらけ出すようなものだ。女子相手にそれはちょっとね……。
ん?あれ、なんか俺のトラウマがまた開く音がするなあ。
八幡「これは俺の友達の弟の話なんだがな……」
結衣「うわ、またヒッキーのトラウマ話が始まった……。友達の弟とか、もうぼかす気ないじゃん……」
八幡「いいから聞け。そいつは中学生のころ、女子に手痛く振られてな。もうああいうタイプの女子には近づくまいと誓ったそうだ。そこで、そいつが目をつけたのが図書委員のおとなしい女子だった。いつも自分の席で本を読んでるその子に、親近感を覚えたんだな。ある日の放課後、図書室で当番をしているその子のところに行って、お薦めのラノベを差し出したんだ。面白いから読んでみてくれってな。俺は共通の本の話ができることが楽しみでしょうがなく、毎日その子の元に行っては、もう読んだかと聞き続けたんだ」
昨日はちょっとおばあちゃんの家に行ってて……とか色々用事が忙しい子で、なかなか読む時間がとれないみたいだった。
お使いに行ってて読めなかった、とか何時間かかるお使いだよ。何買いに行ってたのか今でも気になるわ。伝説のコンビニでも探しに行ってたのかな?
由比ヶ浜はすでに目の端に光るものを浮かべながら俺を見ていた。
八幡「そんなこんなで数日経ったある朝、学校へ行くと教卓の上に、俺があの子に薦めた例の本が置かれていた。本の前に《ヒキノート》と書かれていて、その下に説明書きで《このノートを拾うと、毎日ヒキ神から、『もう読んだ?』と聞かれます》とあった」
そこまで聞くと、由比ヶ浜が溜めていた涙をぶわっと決壊させた。
八幡「それ以来、俺は人にラノベを薦めるのはやめようと心に決めたんだ」
結衣「しないよ!!あたしはそんな酷いことしないよ!」
ちなみに、あのとき薦めた本は『ロウきゅーぶ』。バスケに情熱をかける、スポーツローリングコメディだ。今では反省している。
八幡「お薦めって言われてもな。なんか好みのジャンルとかあんのか?」
結衣「んー、れ、恋愛ものとか……」
そんな顔赤くして言われてもな……。というかラノベにおいて恋愛要素がない物はゼロと言っていいくらいだし……。
結衣「あと絵がキモくないやつ!」
そんな生ゴミを見るような目で言われてもな……。ラノベにおいて絵がキモくないやつなんて(以下略)。
とりあえずいくつか候補を見繕って棚を横歩きする。やっぱ初心者に易しいのは電撃か?
まずは千葉県民として『俺妹』は抑えとくべきだよな。MF文庫の名作、『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよね』も外せないところだ。それから、『この中に1人、妹がいる』これも忘れちゃいけない。そしてラノベ界のパイオニア、スニーカー文庫からは『僕の彼女は飼主様、妹はご主人様』。
まあ、大体この辺かなとあたりをつけてみたが、これらを薦めると決定的な何かを踏み越えてしまいそうなので、やめておいた。もし小町が合格していても、同じ高校に通えなくなってしまう気がする。
結衣「あ、これとかヒッキーにぴったりじゃん!」
由比ヶ浜が緑色の背表紙の本を棚から抜き出し、俺の方へ表紙を向けてくる。
『僕は友達が少ない』。言わずとしれた名作である。
八幡「おい、由比ヶ浜!すぐにそれを棚に戻せ!それはマジでヤバイ!それは……この世界の禁則事項に関わる……!」
いや、本当、可愛い妹がいたり、ぼっちだったり、ツンデレ黒髪ヒロインがいたり、ビッチな見た目の巨乳なアホの子がいたり、女の子にしか見えない男の子な女の子がいたり、ファルシのルシがパージでコクーンしてたりで世界がヤバイ。
由比ヶ浜はよくわからなさそうな顔をしながらも、俺の剣幕に押されて本を棚に戻した。
八幡「絵がキモくないっていうと、俺は竹岡美穂がお薦めだな。『文学少女』読んどけ」
ファミ通文庫の名作を取りだし、由比ヶ浜に差し出す。
『文学少女』ならば、それほど萌え萌えした描写もないし、作者が女性なのもあるし、由比ヶ浜でも読みやすいだろう。
結衣「あ、これは絵綺麗だ」
八幡「作中で、実在の名作文学を扱ってるから、雪ノ下と話合わせやすくなるぞ」
実際俺も、『嵐が丘』や『狭き門』なんかは文学少女から知って読んだクチだ。
結衣「へー。じゃあ部活のときに読んでみるね!ありがとヒッキー」
八幡「別にいいって。ほれ、会計行こうぜ」
ちなみに俺が本日購入するのは、『憂鬱なヴィランズ』の新刊。ガガガ文庫の若き鬼才、カミツキレイニー先生によるホラーファンタジックサスペンスシリーズだ。
先生を知らない人は、同じくガガガ文庫から出ている『こうして彼は屋上を燃やすことにした』を読んでみよう!小学館ラノベ大賞ガガガ大賞を受賞した、先生の衝撃のデビュー作だ!
レジの前には、すでに買い物を終えた雪ノ下が立っていて、文庫本を持ってレジに並ぶ由比ヶ浜を驚愕の眼差しで見つめていた。
雪乃「由比ヶ浜さん、それは確かに表紙にデフォルメされた絵が書いてあるけれど、中身は漫画ではなくて、小説よ」
結衣「え、わかってるよ?」
雪乃「比企谷君、説明を……」
こいつがこんなに混乱した顔を見せるのは珍しいな。確かに由比ヶ浜の行動は、普段の彼女を知るものからすれば驚愕に値するものだ。
八幡「落ち着け、雪ノ下。気持ちはわかるが、落ち着け。他人が新しい趣味を探そうとするのをどうこう言うもんじゃない」
雪乃「趣味……由比ヶ浜さんが……読書を……?」
まだ信じられないといった様子の雪ノ下ではあったが、由比ヶ浜が新たな一歩を踏み出したこと自体は歓迎するようだった。
結衣「あ、あはは……。読書とかやっぱあたしのイメージと違うよねー……」
八幡「そんなことねえぞ。読書は誰にでも許される、省スペース・省エネ・省会話を兼ね揃えた、いわば完成された趣味だ」
本当、本読んでるときの話しかけられない率は異常。あ、僕の場合は本読んでないときもそうでした!
雪乃「彼の言う通り、読書は誰にでも許されたものよ。別に崇高な趣味でもないし、本を読むから偉いというわけでもないわ。現に、比企谷君もよく本を読んでいるでしょう?」
雪ノ下は優しく諭すように、由比ヶ浜に語りかける。語調は優しげなのにどうして僕のハートは傷ついてるんですかね……。
雪乃「それで、なんの本を選んだのかしら?その表紙からするとライトノベル?」
ライトノベル、と発音するときの顔が若干歪んでいたのは、材木座大先生のおかげだろう。
か、勘違いしないでよね!あんなのラノベなんて言うのもおこがましい、ただの落書きなんだからね!
結衣「なんか、ヒッキーがお薦めしてくれたやつ!『文学少女』?ってやつだよ」
雪乃「『文学少女と死にたがりの道化』……。死にたがりの道化なんて、ずいぶん自虐的な本を薦めるのね」
由比ヶ浜の持つ本の表紙をしげしげと眺めながら、雪ノ下が俺に毒を飛ばす。
いや、別に俺は死にたいと思ったことは……けっこうあるな。不意に過去の自分を思い出しちゃったときとかな。なんなら常に思い出して死にたくなってるまである。
八幡「シリーズものの一巻だよ。ジャンルは一応ミステリーになるかな。名作文学のあらすじに沿って起こる事件を、文芸部の二人が解決していく話だ」
5年くらい前に流行ったんだけどな、知らないよね。アニメ化することなく、『このライトノベルがすごい!』で1位とったりと、とにかくラノベ好きの中で評価されたシリーズだ。
そう、アニメ化はなかった……。なかったんだ……。
八幡「ヒロインが小説を食べたりとか、とんでも設定もあるが、それさえ気にしなけりゃ普通に楽しめるぞ」
あと、主人公がやたらハイスペックなへたれで、すげーイライラしたりする。
八幡「一巻の題材になってんのは太宰の『人間失格』だ。元ネタ知ってればより楽しめるし、読んでなくても問題ない。むしろ、これから読んでみようって気にさせてくれる」
雪乃「なかなか面白そうな本ね。せっかくだから私も一冊買ってくるわ」
結衣「え?ゆきのん、読みたかったら、あたしが読み終わった後に貸したげるよ?」
雪乃「ありがとう。けど、自分で読む本は新品を買って読みたいのよ」
あー、その気持ちちょっとわかるわ。どんなクソだと思った本でも、手元に置いておきたいという気持ちは俺にもある。人と本の貸し借りをする機会がなかっただけ、という説もある。
八幡「由比ヶ浜が読み終わるの待ってたら、いつまでかかるかわからんしな」
結衣「う……、それは反論できないかも……」
八幡「小説は読みたいと思ったときが買い時だ。持ってきてやるから、ここで並んどけ」
普段ラノベを読まない雪ノ下に、あのラノベコーナーから一冊を探させるのはさすがに無謀だろう。
しかしあの雪ノ下がラノベね……。材木座のあれを抜きにしても、これまで雪ノ下がラノベに興味を示すことはなかった。さんざんお互いに、部室で本を読みふけっていたにも関わらず、一度たりとて俺たちは互いが読んでいる本の話をしたことがなかったように思う。
やはり、由比ヶ浜と共通の趣味を共有したいという思いがあるのだろう。
本好きなら、誰もが一度は考えることだ。特に、自分の大好きな作品なんかだとな。誰かと感想を共有したくなるものだ。ネットにそれを求めると、ズタボロに叩かれてたりするから注意な。
俺にもその気持ちはわかる。痛いほどわかる。本当、冗談抜きに胸がズキズキ痛くなってきた。あ、痛たたた……。心の古傷が痛むわー。
残す買い物は俺のプレゼントと明日の食料となったわけだが、時間も押していることなので、二人には別行動を願い出た。
夏から続けている小金の錬金術と、先日ちょっとしたバイトをしたことで懐には余裕があり、潤沢な予算の中から比較的スムーズにプレゼントを選ぶことができた。資産って大事。
今さら食料品売り場に行って、雪ノ下と由比ヶ浜のゆりゆららららゆるゆり空間に合流するのも億劫なので、適当にブラブラ歩いて暇を潰していると、天使が舞い降りてきた。
あぁ、俺は召されるんだな……。小町、お前を残して逝く兄を許してくれ……。だらしない兄ですまん……。それと、この間の鍋のとき、お前が楽しみに残していた鱈を食べちゃったのは、オヤジじゃなくお兄ちゃんです……。
俺の前で立ち止まると、ニコニコ天使スマイル全開で見上げてくる戸塚。休日に偶然会えるなんて、もう運命だと思った。ありがとう、運命さん。
平塚「おや、そこにいるのは比企谷と戸塚か?」
戸塚「あれ?平塚先生!こんなところで偶然ですね!」
平塚「君らも買い物かね?こんなところで偶然出会うなんて、運命じみたものを感じるな、比企谷」
力が欲しい……。運命を切り捨てる力が……。
八幡「俺と戸塚も今ここで偶然会ったんですけどね。それじゃ、俺たちはこの辺で。先生、また明日!ほら、戸塚、行こうぜ」
さりげなく戸塚の腰に手を回してエスコートする俺マジ紳士。
クルっと反転し、平塚先生に背を向けて歩き出した瞬間、頭をガシっと掴まれた。
平塚「まあ待て、比企谷。せっかく会ったんだ、そう急ぐこともあるまい」
あれ、これはもしかして俺の潜在パワーを引き出すイベントかな?ナメック星の最長老的に考えて。
と思っていたが、万力の如く力がこめられていく痛みを頭に感じ、違うなと気づきました。これはあれだ、瀕死の天さんを人質にとってるときのピッコロ大魔王的なやつだ。
八幡「いや、本当急いでるんで。人と待ち合わせしてるんすよ」
平塚「ほう、そうだったのか。それはすまなかったな」
思っていたよりあっさり信じてくれた平塚先生は、俺の頭から手を離すとポケットから携帯を取りだし、どこぞへ電話をかけ始めた。
八幡「じゃあ、そういうことで。失礼しまーす」
戸塚「え、いいの、八幡?」
八幡「大丈夫だろ、行くぞ」
好機と見た俺は即座にとんずらコマンドを選択。に、逃げるんじゃねーからな!次に会ったら……叩きのめす!
平塚「あー、雪ノ下かね。比企谷は捕まえた。約束通り少しの間比企谷を借りるぞ。うむ、例の場所にいるから、君たちも買い物が終わり次第来るといい」
だが、敵に回り込まれてしまった!ていうか味方に裏切られていた。
八幡「……どういうことっすか」
平塚「さっき下で雪ノ下と由比ヶ浜に会ってな。君らの事情を聞いたので、せっかくだから比企谷にも会っておこうと思ったのだよ」
なるほど、エンカウントしたときから詰んでいたわけだ。
平塚「戸塚も時間があれば一緒にどうかね?飲み物くらいはご馳走するぞ」
戸塚「時間なら大丈夫ですよ!ね、八幡も行こ?」
く、さすが平塚先生。戸塚を人質にするとはやり方が汚い!
しかも、戸塚にこんな可愛くお願いされちゃったら断るなんて不可能に決まってる。
俺はツカツカと歩き出した平塚先生の後ろを、戸塚と並んでついていくのだった。
エスカレーターを何度か上り、最上階にあるカフェに入った俺と戸塚は、平塚先生の奢りで買ったコーヒーを飲みつつ、タバコを吸いに行った先生を待っていた。
これといって会話もなく、手持ち無沙汰な時間が過ぎていったが、戸塚の一挙手一投足が可愛かったので、見ているだけで時間が飛ぶように過ぎていく。
だが男だ。
ストローを啜る戸塚の唇がやたらと蠱惑的で、ついドギマギしてしまう。
だが男だ。
組み替えようとした足が、向かいに座る戸塚の足をかすってしまい、心臓が気持ち悪い揺れかたをした。
だが……いや、もう男でもいいんじゃないのこれ?ていうか男だからこそいいんじゃない?(海老名さん並の感想)
これ以上二人きりでいると俺の中の染色体が異常をきたしそうだったが、危ういところで平塚先生が戻ってきた。
平塚「待たせてすまんな」
八幡「いえ、別に」
平塚先生は片手に持った紙袋入りのストローでテーブルを軽く突き、はみ出したストローをタバコの要領で口にくわえて引っ張り出し、コーヒーにさしてブラックでゴクゴク飲み出した。相変わらず仕草が男らしい。
戸塚「あの、先生」
平塚「ん、なんだね?」
戸塚「最近、材木座君を学校で見かけないんですけど、なにか知ってますか?」
おぉ、さすが戸塚。十六面観音でさえ取りこぼすと言われる俺や材木座の動向を気にするなんて、さすが大天使。
平塚「うむ、その事は昨日奉仕部に持ち込んだんたがな、ここ最近、学校に来ていない」
戸塚「八幡は何かわかる?」
八幡「いや、まったく。連絡もつかねーし、今のところお手上げ状態だ」
お手上げしすぎて肘が伸びきってるレベル。それはバンザイだな。
戸塚「そっか、八幡でもわからないんだ……。何があったんだろ。心配だね」
>>169と>>170の間、文章がいくつか抜けてました。
俺が最期を悟って、小町への別れと懺悔を胸中で呟いていると、件の天使が笑顔で手を振りながら駆け寄ってくるところだった。ていうか天使じゃなく、戸塚がエスカレーターを下りてくるところだった。っぶねー、降臨かと思ったわー。マジ女神降臨だわー。光ヴァルガチャ限じゃなかったわー。最初に言ってよね……。
戸塚「はちまーん!」
八幡「よっ、どーしたんだこんなとこで」
戸塚「えへへ、よっ!休みだから、ちょっと買い物に来たんだ」
原作厨からすると、どんな形であれ100%満足できるアニメ化ってそうそうないしね
期待が大きかった分、文学少女の劇場版は不満も大きくなった
劇場版、面白かったというのなら是非とも原作も読んでみてほしい
戸塚の顔を見ると、本当に心配しているように顔を歪ませていた。材木座のことをこんなに心配してやるなんて、戸塚ってば本当優しい。バファリンの半分は戸塚でできているって話は本当かもしれない。
平塚「戸塚から見て、何か材木座におかしなところはなかったかね?」
先生ー。材木座君は普段からおかしいところだらけだと思いまーす。
平塚先生の問いかけにしばし黙考していた戸塚だったが、思い至ることがあるのか、心なし険しい表情で話始めた。
俺は戸塚の考えこんでいる姿を見ながら、真剣に渋谷区への移住を検討していた。愛する故郷、千葉を捨てることに躊躇はあるが、それを補って余りあるほど、渋谷区の新条例には夢がある。ニューカマーランドという名の夢が。
これでさらに、近親婚を容認する条例でも出来た日には躊躇すら棄てて渋谷区に引っ越すだろう。
戸塚「僕が最後に材木座君に会ったとき、少し様子がおかしかったんです」
八幡「いつも以上におかしいってことか?よく通報しなかったな、戸塚」
平塚「比企谷、混ぜっ返すな」
平塚先生の調教が身に染みている俺は、握りしめられた拳を見るだけでおとなしくなる。
戸塚「部活に行く前に、学校から出ていく材木座君に会ったんですけど、すごく元気がなく見えて。声をかけても聞こえてないみたいでした」
天使のさえずり、もとい戸塚の声が耳に入らないなんて、俺ならばあり得ない事態だ。
戸塚「そのときは結局話ができなくて、次の日にでも聞こうと思ってたんですけど、それ以来、材木座君と学校で会わないんです」
八幡「それ、いつのことか覚えてるか?」
戸塚「先々週の火曜日だったと思うよ。部活の後にテニスのスクールに行ったから」
先々週の火曜。頭の中のカレンダーを捲ると、やはり二月十六日だった。昨日、材木座に何かがあったのではないかと推測された、まさにその日である。
平塚先生に目線を向けると、先生も日付に行き着いたらしく目が合って頷かれた。その日がXデーで間違いなさそうだ。
戸塚が見たのは落ち込んだ様子で帰る材木座の姿。となると放課後までに何かが起こり、その帰り道だったのだろう。
雪乃「平塚先生、お待たせしました」
結衣「あれ?さいちゃんがいる?」
と、そこへ買い物を終えた雪ノ下と由比ヶ浜が現れ、話が中断される。
平塚「ちょうどいいところにきた。今、昨日話した材木座君について、戸塚に知っていることがないか聞いていたところだ」
戸塚「こんにちは、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん。さっきたまたま八幡と会って、一緒させてもらってるんだ」
雪乃「こんにちは、戸塚君」
結衣「へー、そっかそっか」
平塚「せっかくの土曜日に悪いが、こうして全員集まったことだ。奉仕部の休日活動といこうか」
先生、嬉しそうですね。ひょっとして、なんの予定もなくて暇だったのかな?
雪乃「そうなると、火曜日の放課後に何かがあったと考えるのが自然ですね」
八幡「放課後とは限らんだろ。授業中や昼休みの可能性もある」
雪乃「もちろん、断定はできないけれど、ほぼ放課後に限定してしまって構わないでしょう」
なんで?と視線で告げる俺、由比ヶ浜、戸塚を順に見やり、雪ノ下が続ける。
雪乃「10日以上不登校になるほどの事件が起きたあと、おとなしく授業やホームルームに出席するとは思えないわ。事件後、そのまま帰宅したと考える方が自然でしょうね」
なるほど、道理である。
しかし、『事件』とは物騒な物言いだな。
雪乃「確かその日、比企谷君と由比ヶ浜さんは一緒に部室にきたわね。となると、比企谷君にはアリバイができてしまうのね……」
あの、雪ノ下さん。うつむいて独り言風に言ってますけど、声のボリューム全然変わってないっすよ。超聞こえてます。
あと、なんで2週間も前のことそんな鮮明に覚えてんのこいつ。俺と由比ヶ浜が部室に行く際、連れだって行くか別々に行くかはそのときの状況次第で、規則性があるわけじゃないし、当事者の俺だって明確に思い出せねーよ。
平塚「十六日の放課後かぁ……。私は何してたっけなあ。ちょっと思い出せん」
ほら、これが普通の反応よ。
八幡「これで晴れて俺にかけられてた容疑はなくなったな」
雪乃「ええ、残念ながら。証拠不十分で釈放ね。司法の限界を感じるわ」
おい、今残念ながらっつったぞ、この女。
八幡「だが、これで新たな容疑者が浮上したな。雪ノ下、材木座殺しの犯人はお前だ!」
雪ノ下を除く全員が、「な、なんやて工藤?!」と言いたげな目で俺を見る。ふ、今から名探偵比企谷の推理ショーの始まりだ。
一方、犯人扱いされた雪ノ下はすーっと目を細め、常以上に殺気に満ちた視線で先を促す。
さんざん俺を犯人扱いして、いざ自分がされるとこの怒り様。ちょっと理不尽じゃないですかね。気のせいか雪ノ下の周囲に青い冷気のオーラが見える。
雪乃「……とりあえずあなたの推理を聞いてあげるわ」
八幡「お前はいつも俺たちより先に部室に来ているな」
雪乃「それがなにか?」
八幡「つまり、俺たちが部室に来るまで、お前にはアリバイがないということだ」
雪乃「アリバイの証明ならば、クラスの子たちがいくらでもしてくれるわ」
八幡「犯人はみんなそう言うんだよ」
いや、そんなことはないかな?
というか雪ノ下の視線が怖すぎて、もう逃げ出したい。そんな睨むなよぅ。冗談じゃないかよぅ。
結衣「ヒッキー、その辺でやめといた方がいいよ……。ゆきのん、めっちゃ怖いよ」
見かねた由比ヶ浜が耳打ちしてくる。
雪乃「止めないでくれるかしら、由比ヶ浜さん。とても興味深い戯言を、そこの道化が話しているところだから。やはり、死にたがりの道化というのは比企谷君自身のことだったのね」
八幡「ひぎっ……。さ、しゃらに決定的なのがその毒舌だ」
思わず噛んだ。失礼、噛みました。
雪ノ下の方は噛みま死ねと言いたげな目を向けてくる。マジ雪ノ下さんツンドラヒロイン。
八幡「凶器はお前のその毒舌だ。ガラスのハートの材木座が、その毒舌に真正面から晒されれば、死んでもおかしくない」
雪乃「それは証拠にはならないわね。私は他の人に、辛辣な物言いをすることはあっても、毒を吐いたりはしないわ。毒を吐くのは比企谷君だけですもの」
お、おう。一瞬ドキッとしたが、よくよく言われたことを思い返してみると、ときめく要素ゼロだった。そんな特別扱い嬉しくねえんだが。
結衣「むー……」
戸塚「やっぱり雪ノ下さんと八幡は仲良しだね」
雪乃「戸塚君、あなたのその毒舌で傷つく人がいることを忘れないでちょうだい」
雪ノ下は心底嫌そうな顔でため息をつく。君もその毒舌で傷つく俺がいることを忘れないでちょうだい。
平塚「冗談はその辺でいいだろう。戸塚、それ以外に何か気になったことはなかったか?」
戸塚「そうですね……。そういえば、材木座君、コートを脱いで腕に抱えてました。まだ寒いのにおかしいなって思ったんですけど……」
自身なさげに上目遣いで話す戸塚。本当可愛い。
しかし、材木座がコートを脱いでいた、というのは少し気にかかる。あのアホは真夏のクソ暑い中でもあのコートを脱がない、真性の中二病だ。
学校のような人目の多い場所でこそ、中二病の自己顕示欲は真価を発揮する。
その学校であいつがコートを脱ぐというのは、やはりイメージと合わない。教室の授業中でもコート来てるくらいだからな。材木座って、本当バカ。
平塚「ふむ、コートを脱いでいた、か。それだけではやはり何もわからんな」
しばし、沈黙が場に訪れる。
平塚「ふっ、今天使が通ったな」
え、戸塚?戸塚が通ったって?戸塚ならさっきからそこに座ってますよ!
結衣「え?天使?なんですか、それ」
平塚「うぐっ、そ、そうか。知らんか、この表現」
八幡「先生、今の高校生は物心ついたときから光通信なんすから。ダイヤルアップとかADSL時代のチャットルームみたいな表現は通じないっすよ」
平塚「く、やはりそうか。そうだよな、ワープロでパソコン通信とか知らないよなあ……」
一人遠い目をしてしまった平塚先生は放っておいて、俺たちは今後の捜査計画をたてる。
雪乃「彼のクラスメイトにも話を聞きたいところね」
八幡「他のクラスの奴か……。俺には無理だな」
同じクラスの奴だってムリダナ(・×・)
結衣「あ、じゃあ、あたしがやるよ!中二ってなん組だっけ?」
戸塚「確かC組だったよ。テニス部に同じクラスの人が何人かいたはずだから、その子たちにも聞いてみるよ」
雪乃「そう……。では由比ヶ浜さんはC組の人に、戸塚君はテニス部の人に聞き込みをお願いするわ」
八幡「わりいな、戸塚。手伝ってもらっちまって」
奉仕部として受けた依頼を、部員でない戸塚に手伝わせるのは心苦しい。そんな風に思って礼を言ったのだが、何故か戸塚は少し頬を膨らませて俺を見た。怒った戸塚も可愛いなと思いました。
戸塚「僕は奉仕部の依頼を手伝ってるつもりじゃないよ、八幡。材木座君のことが心配だから、何かできることがあればするだけだよ」
八幡「そっか。なんか、ありがとな」
戸塚に心配される材木座妬ましいキーッ!と思ったが、顔には出さずに誤魔化した。
なんで俺が材木座の代わりに礼を言わなければならないんだ……。
本当、この件が片付いたら死ぬほど文句言って、原稿はボロクソに叩いてやろう。
戸塚「だって材木座君は友達だもん。当たり前だよ」
戸塚の言葉に雪ノ下は眩しいものを見た、というように目をしばたかせ、俺は悔しさでテーブルの下で拳をギリギリと握った。
くそ、材木座め。戸塚にこんな台詞をいってもらえるだなんて、許せん。
来い……、お前の全てを否定してやる。
平塚「ふむ、なかなか興味深い展開になってきたな、雪ノ下」
黙って成り行きを見守っていた平塚先生が、よくわからないことを雪ノ下に言っている。え、突然どうしたのこの人……。
雪ノ下の方は何か思うことがあるのか、顎に指をのせて考え事に耽っている。
八幡「じゃあ、俺はなんとか材木座本人とコンタクトがとれないかやってみるわ」
雪乃「そうね、それができれば一番早いでしょうし」
言いつつ、雪ノ下の眉間にはまだ皺が寄っている。
八幡「なんだ?なんか気になることでもあるのか?」
雪乃「いえ、別にネガティブなことではないわ。むしろ、ポジティブな方ね」
結衣「なんかわかったの?」
雪乃「いえ、そういうことではないのだけれど……。まだ情報が出揃っていない今、考えても仕方のないことかもしれないわ」
やけに気になる濁しかたをする雪ノ下。こいつの場合、言わないと決めたことは頑として言わないからなあ。追究するだけ無駄か。
八幡「んじゃ、考えがまとまったら教えてくれや」
雪乃「ええ。戸塚君は月曜日の放課後、時間とれるかしら?」
戸塚「月曜日なら部活もないし、大丈夫だよ」
雪乃「それでは月曜日の放課後までに、なるべく情報を集めてもらって、放課後に奉仕部の部室で突き合わせましょう」
雪ノ下がまとめ、合同捜査会議は終わりを迎えた。
買い物を続ける平塚先生と戸塚はその場で別れ、雪ノ下の家に泊まり込みで料理の仕込みをするという二人とは駅で別れた。
あの食材の量と、前日から準備を始めるという発言から、雪ノ下が2、3回の失敗を折り込み済みだというのが察せられた。がんばれ……。
日の落ち始めた町を自転車でキコキコ走りながら、材木座のことについてツラツラ考えてみた。
俺の知る材木座義輝は、絵に描いたような中2病患者であり、あらゆる空気という空気を破壊するウザいを体現する男である。
基本的にはぼっちであるが、ゲーセンには意外と仲間が多い。このあたりの詰めの甘さがエリートぼっちである俺との差である。エリートぼっちのこの俺に下級ぼっちが勝てると思うなよー!!
最近では自らワナビを名乗るなど、現実逃避に余念がないが、ラノベ作家はけっこう本気で目指している節がある。
動機も目的も不純極まりないが、専業主夫を目指す俺も大差ないなと思う今日この頃です。
担任の島崎先生はいじめを懸念していたが、その線はないと思っている。総武高校の生徒は表だって暴行や恐喝といった、目に見えるいじめをするタイプではない。
日の落ち始めた町を自転車でキコキコ走りながら、材木座のことについてツラツラ考えてみた。
俺の知る材木座義輝は、絵に描いたような中2病患者であり、あらゆる空気という空気を破壊するウザいを体現する男である。
基本的にはぼっちであるが、ゲーセンには意外と仲間が多い。このあたりの詰めの甘さがエリートぼっちである俺との差である。エリートぼっちのこの俺に下級ぼっちが勝てると思うなよー!!
最近では自らワナビを名乗るなど、現実逃避に余念がないが、ラノベ作家はけっこう本気で目指している節がある。
動機も目的も不純極まりないが、専業主夫を目指す俺も大差ないなと思う今日この頃です。
担任の島崎先生はいじめを懸念していたが、その線はないと思っている。総武高校の生徒は表だって暴行や恐喝といった、目に見えるいじめをするタイプではない。
シカトやハブ、陰口といった教師に見咎められない程度のものや、いじりと呼ばれる、「ふざけてるだけでーす(笑)」という言い訳が使える範囲の攻撃しかしない。
込められた悪意の量に差がないとしても、こういった水面下の排除行為は鍛え抜かれたぼっちには通用しない。なにせ、何もしなくても自ら集団から排されるのがぼっちだ。
俺ほどではないにしろ、材木座も鍛え抜かれたぼっちである。総武高校生程度で不登校に追い込むのは難しかろう。
強気なキャラに見えて打たれ弱い材木座だが、こういった悪意を受け流す術は当然持っている。方法は違えども、学校という閉鎖空間を生き延びるぼっちには、必須のスキルだからだ。
ゆえに、いまいち材木座と不登校という言葉が繋がらない。材木座と不摂生は繋がる。親不孝も繋がる。中2病の上に引きこもりとか親御さん泣くだろ。
材木座という、シリアスとは正反対に位置するようなネタ男の身に何が起きたのか。駅から家までの距離で推測するには少しヘビーすぎる問題だった。
材木座、お前そんなキャラじゃないだろ。人気が出ないからといって無理矢理なテコ入れは読者の反感を買って、以降出番が少なくなるパターンだっつーの。ソースは俺妹のバジーナさん。そのルートを出すのはあまりにも遅すぎた……。
家に帰ると小町が炬燵で伸びていた。
仰向けで両腕をだらっと広げ、口はだらしなく開きっぱなし、目は兄もかくやというほど濁って虚空を見つめていた。やだ、なにこの背徳的な光景……。
八幡「小町、こんなとこで寝るな。風邪引くぞ、起きろ。それが嫌なら口と目を閉じ、部屋に戻って孤独に眠れ。それも嫌なら……」
小町「お兄ちゃん……小町はもうダメだよ……」
微動だにしないまま、口だけを動かして答える小町。このまま本当に死んでしまいそうな雰囲気すらある。
八幡「まあ、明日だからな。考えないようにってのは無理にせよ、悪い想像ばっかすんのはやめろよ」
小町「無理……。小町落ちたんだ……。みんなに笑われるんだ……」
八幡「受かってるなんて無責任なことは言えないけどな、仮に落ちてたとしても、がんばった小町のことを俺は絶対笑わないぞ。それは断言できる」
俺はキメ顔でそう言った。
いや、もう本当、こんなこっぱずかしい台詞妹以外にとても言えない。八幡、がんばったよ!
小町もようやく体を起こし、虚ろだった瞳に生気が戻り、俺の方をじっと見つめる。
小町「お兄ちゃん、仮にとは言え、受験生に落ちてたとしたらなんて話、しないでよ。本当、お兄ちゃんは無神経なんだから」
お、おうふ……。イラッときたなー。今、お兄ちゃんイラッときたわー。くそ、このガキ殴りたい。
八幡「悪かったよ。気晴らしにゆかりんのライブでも見るか?」
小町「見ない」
再び寝転がり、俺に背を向けてしまう。かなりナイーブになっているらしい。
これはもう構うなのサインであると判断し、早々に部屋へ引き上げることにした。
ドアを閉める間際、小さな声で小町から「ありがと」と聞こえたが、もしかしたらそれは俺のそら耳だったかもしれない。
翌朝、リビングでプリキュアを見ていると、昨日よりはいくぶんマシな顔つきになった小町が下りてきた。目元にははっきりとクマが刻まれているが。
八幡「おはよ。寝れなかったのか?」
小町「おはよー。なんか寝たり起きたり繰り返してたよ。小町起きてるよね?今、夢じゃないよね?」
八幡「そういう台詞は合格したときのためにとっとけ。コーヒー飲むか?」
小町「うん、お願いー」
小町と二人でコーヒーを飲みながら、ボケッとテレビを見ていた。いつもとさして変わらない日曜の朝である。
CMに入り、小町が朝飯を作りにキッチンへと立ち上がると、ふと思い出してスマホを起動した。そういえばまだログインボーナスをもらっていない。
スマホをおこすと、LINEの通知がついているのが見えた。
……これだよ、これが俺は嫌なんだ。何か他のことがしたくてスマホを開いても、この通知アイコンが目に入ると、優先的にLINEを開かざるを得なくなる。
いっそのこと通知をOFFにしてしまうという手もあるが、そうなると連絡がつかないことに対して文句を言われることになる。返事が必要な内容ならば、最初から電話なりするのが筋だろうに。
仮に返事が必要ない内容であろうと、読んでしまった以上、既読という呪いが発動するのがLINEの恐ろしいところである。既読無視というのが絶対のタブーとされるのが学校社会の掟だ。
既読というのはいわば天の鎖(エルキドゥ)のようなものだ。リア充度が高いほど拘束力が増す。あれ?てことはリア充度ゼロの俺には効かないんじゃね?単独行動スキルとか完全にEXだしな、俺。
観念してLINEを開くと、奉仕部のグループトークに雪ノ下が画像を上げていた。
サムネでおおよそ見当はついていたが、開いてみるとやはりパンさんのツムが当たった瞬間のスクショであった。
いつの間にスクショなんて使いこなしてるんだあいつは……。
うーん、この画像。雪ノ下のどや顔が透けて見えるようですね。画像見てから既読無視余裕でした。
それにしても、右上に表示されたルビーの数600個以上あったな。ガチすぎでしょ、この人。
特に会話もなく朝食を終え、制服に着替えたりなんだりしていると、けっこういい時間になっていた。
小町を促して外に出ると、雲一つない青空が広がっている。本日はお日柄も良い。
荷台に小町を乗せ、もうすっかり通いなれた道をゆっくりと進んでいく。
小町「ちゃんと受かってたら、来月からは毎日こうやって学校に通うんだね」
八幡「毎日送らせる気かよ。俺はアッシー君かっつーの」
どうもこんにちは。アッシー君のヒッキー君です。
八幡「お前だってチャリ持ってんだろうが。チャリ通オッケーなんだから、それで行けよ」
小町「んー、それもそっか。でも小町的には二人乗りの方がポイント高いんだけどなあ」
八幡「疲れるのは俺一人なんだよ。しかも、高校の奴らに、妹と二人乗りで通学してるとこなんて見られたくないしな」
小町「まあ、それもこれも受かってなければ関係ないんだけどねー……」
唐突にテンションの落ちる小町。受験生というやつはそこかしこに地雷が埋まってて、扱いにくくて敵わん。マインスイーパーの上級かよ。あれ、最後は結局、2択を何度か乗り越えないとクリアできない運ゲーだからな。
高校の近くまで来ると、合格発表を見にきた中学生の姿がちらほら見られた。その中に見覚えのある姉弟の姿を見つけ、自転車を寄せる。
えーっと、なんだったかな、川……川……。なんかサッカーに関係ある名前だった気がする。
川……、川淵?いや、それはキャプテンか。川口、はゴールキーパーな。川島……、だからそれもキーパーだって。川崎フロンターレさんか!
八幡「よう」
小町「大志君に沙希さん!おはようございます!」
一度追い抜いてから自転車を止め、振り替えると少し驚いたように川崎姉弟は立ち止まった。
大志「比企谷さん、お兄さんもおはようございまっす!」
軽く挨拶だけしてさっさと行こうかと思っていたが、小町が降りてしまったので仕方なく俺も自転車を降りる。
なお、小町が荷台から降りる際、大志がスカートをガン見していたことを付け加えておく。
このガキ、人様の血縁者のパンツを見ようとするなんざ人の風上にもおけんやつだ。恥を知れ、恥を。ねえ?川崎黒レースさん。
沙希「あんたも付き添いで来たんだ」
八幡「ああ。まあ、お前が来るのはわかってたけどな」
まったく、どうしようもないブラコンだな、こいつは。
沙希「なんかその言い方引っ掛かるんだけど」
川崎がジト目で睨んでくるが、気づかない振りをして歩き出すと、それ以上は追及せず2歩ほど遅れてついてきた。
前を行く小町と大志もほとんど言葉を交わすことはなく、後ろから見てもその度合いがはっきりとわかるくらいに、二人とも緊張していた。
校門を通り抜けると、合否を貼り出す掲示板まで明確な人の流れができていた。あの掲示板、推薦発表のときに設営やらされたなぁ……、一色に。
八幡「んじゃ、俺自転車おいてくるから」
微妙な距離感で佇む3人を残し、駐輪場へ。
自転車を置いて戻る途中、がに股でフラフラ歩く金髪の姿を見つけた。
あんながに股でやべーやべー言いながら歩くやつは戸部か、カッコカワイイ宣言の先輩しか知らない。
なるべくかかわり合いになりたくないので、戸部に見つからないよう、視界に入らない角度を歩いていく。
癖になってんだ……音殺して歩くの。
いろは「あ、先輩!おはようございまーす」
だが、戸部に注意を払いすぎたせいか、背後から接近してくる一色に気づくことができなかった。俺の円は半径4mだからね(つーかこれが限界)。
戸部「あんれー?ヒキタニ君じゃん。どしたん、日曜日に?」
結局、戸部にも気づかれてしまう。振り向いた戸部の腕には、やたら重そうな段ボールが三段重ねられていた。
八幡「いや、妹が受験でな」
戸部「あー、妹ちゃんうち受けたんだ。いやー、それ気まずいっしょー。俺、面識あるし。受かっててくんないと気まずいわー」
いろは「あ、戸部先輩。もう時間ないんで、早く運んじゃってください」
どうやら戸部は一色の手伝いで駆り出されているらしい。同情するわー。本当、一色にこき使われるランキングで言えば、俺といい勝負。
戸部「おー、わりーわりー。そんじゃ、ヒキタニ君、またー。妹ちゃんによろしくー」
やべーやべー言いながら去って行く戸部を、一色は特に感慨もない目で見つめている。戸部をパシることに慣れている目である。
八幡「お前はいかなくていいのか?ていうか戸部、段ボール3つ持ってたけど、なんでお前は手ぶらなわけ?」
いろは「え、だってあれ合格者用の資料入ってて重いんですもん」
何がおかしいのかわからないとばかりに首を傾げる一色。このあたりの傲岸さは雪ノ下に通じるものを感じる。
いろは「それより、先輩も早く手伝ってくださいよー。雪ノ下先輩と結衣先輩はもう来てますんでー、測定会場の方で指示もらってください」
八幡「いやいや、なんでいきなり仕事割り振られてんの、俺。さっき妹が受験したって言ったよね?付き添いで来たってわかるよね?」
いろは「えー?だってどうせ付き添いって言っても、ぶっちゃけやることないですよねー?受かってたら色々手続きありますし、落ちてたら一人になりたいでしょうしー」
本当にぶっちゃけた話しだった。でも、確かにそれは俺もよく思う。
付き添いだなんだと、よくよく人は連れだって行動したがるが、大体のことは一人でやった方が効率が良いものだ。
カラオケだって一人で行った方が好き勝手歌える。アニソンだって気兼ねなく歌える。
焼肉だって一人で行った方が好きなだけ食える。なんで焼肉で白飯食う食わないを派閥分けされなきゃいけねえんだよ。焼肉は肉をおかずに米を食いに行くところだろ。
究極に理解できないのが連れション、これね。マジで意味わからん。
そんなに他人に自分の排泄を見せつけたいのかよ。俺にはそんな特殊な性癖ないから。
雪乃「一色さん、そろそろ会場に戻りなさい」
制服姿に、案内係という腕章をつけた雪ノ下がこちらへ近づいてくる。なるほど、今回の奉仕部の仕事は合格者の案内係らしい。
いろは「あ、はーい。じゃあ先輩もご一緒に」
すかさず俺の手を取りに来る一色と、すばやく後ずさる俺。
雪乃「よしなさい、一色さん。その使えない男は置いていきましょう」
八幡「おい、ちょっと待て。使えないとはなんだ、使えないとは。俺の雑用能力の高さは今まで散々見てきただろう」
雪乃「あら、言い方を間違えたわ。一色さん、その男は今日妹さんの付き添いで来ていて、その合否がわかるまでは使えないわ」
八幡「最初からそう言えよ。要約しすぎて意味変わっちゃってるじゃねえか」
ていうか人を指して使う使わないもおかしいよね。
いろは「はぁ、雪ノ下先輩がそう言うのなら……。本当に使えないんですね、先輩」
八幡「お前のその言い方も悪意ありすぎだろ。後輩女子から使えないとか言われると、バイトしてたときのこと思い出しちゃうから本当やめて」
陰口は本人の聞こえないところで言うべきだよね。
雪乃「私と由比ヶ浜さんは立場上、小町さんの合格をこの場で一緒にお祝いすることはできないけれど、校内で待っていると伝えてくれるかしら、比企谷君」
八幡「ああ、ちゃんと連れてくから、任せとけ」
俺の答えを聞くと、微かに満足げな顔を覗かせ、雪ノ下は一色を連れて校舎へ入っていった。
発表まで残り5分を過ぎ、否応なく周囲に緊張感が満ちていく。
普段、シリアスとは無縁の小町もこのときばかりはひきつった顔をしている。大志もさきほどからそわそわと落ち着きなく、川崎にいたってはこの場の誰よりも青い顔をしていた。
ちょっと勘弁してくださいよ~。受験生本人より、付き添いの家族の方が緊張してるって情けないっすよ~、川崎さん。
小町「お兄ちゃん」
小町が制服の裾をクイクイと引っ張り、耳元に口を近づけてくる。
小町「お兄ちゃん緊張し過ぎ。さっきから過呼吸みたいになってるよ」
はい、一番緊張してるのは僕でした。てへっ☆
いや、もう本当無理。自分の受験のときはまったく緊張した記憶がないというのに、妹の付き添いでこの体たらくである。
この高鳴る胸のDoki☆Dokiは過去最強レベル。救心でも止められない。
指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が熱いんだ!
小町「でも、なんかお兄ちゃん見てたら逆に落ち着いてきたよ」
八幡「まあな、任せろ。自分より下を見て安心するという人の性質において、俺ほどみんなを安心させられる人間はいない」
小町「うーん、斜め下の自信だなー……」
八幡「ああ。踏み切りがいがあると言ってくれ」
小町「踏切?なんで急に電車?」
八幡「跳び箱の方の踏み切りな」
小町「そういえばなんで電車の踏切って『踏切』って言うんだろうね」
八幡「確かに、言われてみれば不思議だな。当たり前に使い慣れてた言葉だけど、字面と物が上手く結びつかん」
これはあとでユキペディアで調べてみないとな。さすがに知らないと思うが。
などとくだらない話に花を咲かせていると、校舎の中から大判の発表用紙を抱えた教師が二人出てきた。
誰もが動きを止め、教師の動きをただ見つめるのみ。
八幡「もうちょい前行くか?」
小町「うん」
掲示板前は受験生とその保護者でかなり混雑していたが、所詮は公立高校の合格発表である。人が多過ぎて掲示板まで辿り着けない、などということもなく、適当な位置に収まる。
教師が用紙を貼り出したとたん、その場にいた受験生が全員手元の受験票と掲示板とを見比べ始める。
5秒もしない内に、集団は2つに割れた。
明らかに笑顔になる者、眉を潜めて視線を落とす者、呆然と掲示板を見つめ続ける者、声高に合格を喜ぶ者。
反応は人それぞれ。けれど、一目見れば誰が受かって誰が落ちたのか、わかりすぎるほどにわかる。
向き合う気概が本物であったなら、その結果に伴う感情もまた本物になるものだ。押し隠すことは難しい。
俺は小町の反応を確かめることができないでいた。
小町が受験に傾けた想いの強さを知っているから、きっと小町の些細な目の動き一つで、合否を察してしまうだろうから。
受験番号を事前に聞いていなかった俺はまだ小町の合否を知らない。
ただの数字の羅列に過ぎない掲示板を、阿呆のようにひたすら見つめ続けていた。
小町「お兄ちゃん……」
1分ほど経っただろうか。小町が小さな声で俺を呼ぶ。
あるいはそれは、呼んだわけではないのかもしれない。ただ、言葉が口から漏れてしまっただけ。
それほど感情を読み取れない、小さな声だった。
小町は今どんな顔をしているのか。脳裏に浮かぶ顔が、どれも悲しそうな表情なのは俺の性格か、防衛本能か、虫の知らせか。
振り返って視界に映った小町の目には微かに涙が浮かんでいた。
だがその表情は、いかにひねくれ者の俺といえど認めざるを得ないほどに、ただただ歓喜の表情だった。
15年間、小町を見てきた俺が断言する。
今まで見てきた中で、最も喜びを称えた小町の顔がそこにはあった。
小町「受かってた……。受かったよ、お兄ちゃん……!」
八幡「そうか……。そっか……、おめでとう小町」
こんなときにこんな反応しか出来ない自分が憎たらしくなる。
すまぬ……すまぬ……。
小町「良かった……。本当に良かったよ~……」
緊張が解けて涙を流して喜ぶ小町。
ウソ泣きではない、本当の泣き顔を見るのは久しぶりだ。
沙希「受かってたみたいだね、あんたんとこの妹」
八幡「ああ……。大志は?」
大志「受かってたっす!これで来月からお兄さんの後輩っす!」
八幡「ああ、なに?お前も受かってたの?……ちっ」
大志「ちょっ、なんで残念そうなんすか、お兄さん!」
八幡「兄さんだと~?俺に弟など存在しねえ!俺の名を言ってみろ。」
あ、これは弟より弱い兄のセリフだったわ。
沙希「あんた今舌打ちした?」
ギロリ、と音がしそうなほど目を強ばらせて睨みを利かす川崎。でも、ちょっと涙が浮いた目だとあんま怖くないっす。
沙希「ほら、大志。学校と母さんに報告しときな」
巧みに大志の視線を誘導する。
八幡「小町、お前も電話しとけ。親父には言わなくていいからな」
俺も川崎に倣って小町に電話を促す。べ、別に泣いてるわけじゃないんだからね……!
しかし、本当に小町が受かっていて良かった。
これで大志だけ受かっていたら、大志を沈めて川崎に殺されるところだった。
早いところ雪ノ下と由比ヶ浜にも教えてやろう、と奉仕部LINEを開く。
比企谷八幡【合格】
送ってすぐ、既読が1つ付く。少し遅れてもう1つ既読がついた。
神がこの世界を作ったとき、6日間ですべてを作り上げ、7日目に休んだとされている。
全知全能の神といえども、連続して働ける限界は6日間であり、ユダヤ教やらキリスト教界隈ではそこから安息日という制度を採用している。
また、全能の神が6日労働が限界であることから、全能でない人間はせいぜい5日が限界であろうということで、週休は2日が原則である。
ただし、これを信仰を異とする日本に持ち込むとややこしいことになる。
一神教を信仰する西洋とは異なり、日本に染み付いている土着の信仰といえば、八百万の神という言葉が示す通りの多神教。
神道、仏教など宗教の違いはあれど、大多数の日本人の根底にある信仰は複数の神々の存在を容認することに根差している。
日本神話における天地創造とは、次々と産み出されたあらゆる神々の手によってなされたものであり、そこに休むなどという概念はない。
物量による不眠不休の人海戦術が、神話の代より宿命付けられた日本人の労働観であり、『神様だって休まず働いてるんだ』が宗教観になっている。
つまり、日曜日であるというのは、日本において、休む理由にはならないということだ。
雪乃「さっきから何をブツブツ言っているのかしら?受験生と保護者の方々から通報が入らない内にやめてもらえる?」
八幡「納得いかねぇ……。なんで結局俺は休みの日に働いてるんだ。小町の付き添いで来ただけなのに……」
その小町は現在、制服の採寸のため大行列に並んでいる。
雪乃「平塚先生を介した、生徒会からの正式な依頼だからよ」
八幡「俺には一切事前説明がなかったんだが」
雪乃「由比ヶ浜さんには説明しておいたわ」
おかしい……会話が噛み合ってないのに論破されたような雰囲気になっている……。
八幡「働きたくないでござる……」
雪乃「まずその働いているという認識を改めなさい」
なんだろう、今すごく美樹ティな発言が聞こえた気がする。
雪乃「奉仕部が行っているのは労働ではなく、奉仕活動よ。奉仕活動に休みなどという概念は存在しないわ」
そうか……、そうだった。俺たちは対価に『賃金』を求める『労働』をしているわけではない。
お客様からの「ありがとう」を集めるために活動しているんだ。
「ありがとう」があれば人は生きていける。
「ありがとう」があれば飲まず食わずでも大丈夫。
「ありがとう」があれば寝なくても平気。
「無理」っていうのは卑怯者の言葉ですよね(マジキチスマイル)。
八幡「雪ノ下、お前は絶対に経営者にはなるなよ」
雪乃「なぜ?将来の可能性の1つとして視野には入れていたのだけれど」
視野に入ってたんだ……。やっぱこいつは意識高いわ。本人としてはフラットな視点で将来のビジョンを見据えているだけなんだろうが、もともと立っている場所が高いわけだから、低い位置にいる俺からは意識が高く見えるのだろう。
俺の立っている場所からフラットな視点で将来のビジョンを眺めると、専業主夫が目に入る。俺マジ意識低い系。
意識どころか社会的地位まで低い系の将来の夢だった。
正午を過ぎると、さすがに受験生の波も一段落した。
目算で合格者の2/3はすでに来たと思われるので、残りはそう多くないだろう。
合否が危うい者ほど早めに来る傾向にあるため、余裕を持って午後から発表を見に来るような奴は見合った自信がある奴だと推測される。午後からはもっとスムーズな仕事になるはずだ。
結衣「いやー、けっこう疲れたねー」
八幡「まったくだ。馬鹿が多くて余計疲れたわ」
1人で見に来た受験生に、校内の公衆電話まで案内するのも俺たちの仕事なのだが、中学の電話番号がわからないなどとのたまう馬鹿の多いこと多いこと。
普通は生徒手帳に書いてあるものだが、その生徒手帳を持ってきていない愚かぶりである。
わざわざ俺がスマホで調べてやる羽目になった。
雪乃「今のうちに昼食を摂るようにと、平塚先生から指示があったわ。生徒会室が使えるそうなので、そちらでいただきましょう」
八幡「あ、俺昼飯買ってないわ。ちょっくらコンビニまで買いにいくから、先に行っててくれ」
結衣「大丈夫大丈夫!ヒッキーの分もお弁当作ってきたから!」
八幡「いや、ほら、あれだ、俺今シール集めてっから。山崎春のパン祭り中だから」
あんぱんがあんぱんであんぱんのあんぱんをあんぱんあんぱんあんぱん……。
雪乃「基本的には私が作ったものだから、心配は無用よ。ただちにどうということはないわ」
八幡「それ冗談抜きでヤバいときのセリフだよね」
なんなの?怪しいお米使ってんの?
雪乃「昨夜のうちのキッチンの荒れ方は災害レベルだったわ……」
結衣「いやー、その節は本当すいませんというか……」
さすがに雪ノ下監修ということで、弁当の出来はなかなかのものだった。
ただ、ところどころ黒く炭化したナニカや、塩の塊だったりが由比ヶ浜テイストを醸し出していて、なんというか本当にアレだった。
結衣「あ、この卵焼きあたしが作ったやつ!」
八幡「何言ってんだ。これはスクランブルエッグっていうんだぞ」
まあ、卵焼きの練習してて、失敗作をスクランブルエッグにするのは誰もが通る道だよね。
でも、卵のカラは抜いた方がいいよね。
雪乃「スクランブルエッグというかスクランブルドエッグね。受動態で表した方が調理の内容を正しく表現できるわ」
結衣「大事なのは味!味だから!ヒッキーどう?美味しいでしょ?」
八幡「卵焼きの味付けで不味く作るなんて不可能だろ」
つまり美味しくなくはない。
雪乃「私も不可能だと思っていたのだけれど……」
え……?
そんな感じでワイワイ飯を食っていると、ガラッと入口が開いて副会長と書記の女の子が並んで入ってきた。
一瞬、全員の動きが固まるが、すぐに時は動きだし、副会長と書記ちゃんも離れた席に向かう。
結衣「お疲れさまー。二人もご飯食べにきたの?」
書記「はい。すいません、お邪魔しちゃって」
なぜか謝られてしまったが、ここは生徒会室であり、場所を借りているのは俺たちの方である。
副会長「お疲れさま。奉仕部にはいつも手伝ってもらってしまってすいません」
やたら低姿勢な副会長。多分、うちの部長の発するオーラがそうさせるのだろう。
雪乃「気にすることはないわ。そういう部活動だから」
答える雪ノ下の慇懃さもまた堂に入ったものである。君たちどうがくねんだよね?
結衣「いろはちゃんとかは一緒じゃないの?」
副会長「生徒会は交代で休憩とってるんだ」
2人ずつ休憩回すってことか。男女別に休憩とる方が自然だと思いますけどねえ。
なんだか火薬くせえな。爆発するのかな?
結衣「あれ?そういえば副会長ってC組じゃなかったっけ?」
副会長「え?ああ、そうだけど」
へー、そうなんだ。てことは体育一緒のはずなんだけど、全然記憶にないな。
雪乃「あら、ということは材木崎君と同じクラスね」
誰だよ材木崎君って。そろそろ覚えてやれよ。
副会長「材木座君のこと?」
副会長はさすがに正しく記憶していた。
ただ、君付けというあたり距離感が如実に表れている。
雪乃「ええ、その材木座君。最近、学校に来ていないのだけれど、何か心当たりはないかしら?」
副会長「ああ、そのこと。この間俺も島崎先生に聞かれたんだけど、特に思い当たることがなくて」
同じクラスの生徒会役員ということで、奉仕部に持ち込む前に島崎先生も話を聞いていたようだ。
八幡「クラス内でイジメとかあったわけじゃないのか?」
副会長「いや、俺の知る限りは……。まあ、クラスの中での材木座君の立ち位置はあんまり良いものじゃなかったけど」
そんなの最初からだろうしな。
アレを暖かく迎えられるクラスなんて存在しないだろ。
副会長「比企谷君でもわからないのか?」
いや、だからなんでみんな俺と材木座が無二の親友みたいに認識してるわけ?
材木座のことなんて全然わからないから。つーか材木座なんて全然わからん。そんな人知らない。材木座……?って誰?
俺の記憶にはほとんど残っていなかった副会長だが、生徒会選挙に立候補して当選している以上、クラス内、ひいては学校内でのカーストはそれなりの位置にいる人間だと見ていいだろう。
その副会長が把握していないということは、少なくともクラス単位や、それに近い人数が動いて材木座を排除したということはなさそうだ。
書記「あの、材木座先輩というのはどれくらい学校に来ていないんですか?」
それまで話に入り込めず黙っていた書記ちゃんが副会長に尋ねる。
副会長「もう2週間くらいかな」
書記「……登校拒否、ということでしょうか」
副会長「一度担任の先生が家庭訪問にも行ったみたいだけど、話もできなかったって。だから、まあ登校拒否ってことになるかな」
書記「そういう場合、生徒会に何かできることはないんでしょうか?」
書記ちゃんの純朴な疑問を受けて、虚を突かれたように黙りこんでしまう。
正直、俺もかなり驚いていた。
普段接することが多い生徒会のトップがアレなだけに、この書記ちゃんの生徒会活動に対する真摯な姿勢は眩しく見える。
なんかもうこの子の方が会長に相応しいんじゃないかとすら思う。
ていうか一色の生徒会適性がそもそも高くないし。
雪乃「不登校生徒の更正、生徒会の活動としては微妙なラインかもしれないわね」
八幡「現実的には難しいだろうな。や
、その心意気は良いと思うが」
不登校の生徒からしてみたら、よく知りもしない生徒会役員にあれこれ世話焼かれるのはちょっとどうかと思う。
雪乃「クラスの人達に聞き込みをしてもらえると、私たちとしては助かるのだけれど」
副会長「ああ、それくらいなら」
書記「生徒会から何かお便りを出す、というのはどうでしょうか?」
副会長「うーん、お便りね……。どうだろうな。ちょっと考えてみようか」
飯を食いながらあれこれ不登校生徒の対策を話し合う、生徒会の鏡のような二人。会長以外は本当まともね、この生徒会。
いよいよ、材木座捜査網が生徒会にまで拡大されてしまった。
これだけ多くの人間に手間をかけさせている以上、不登校の原因がくっだらない理由だったときはかなりまずいことになりますよ、材木座さん。
しかし、誰が見てもぼっちであるところの材木座でさえ、不登校という事態になったときにはこれだけの数の人間が、なんやかんやで行動してくれるというのはなんだか不思議なものだ。
学校という特殊な空間によるところも多々あるのだろうが、結局、まがりなりにも社会に属するというのはこういうことなのだろう。
副会長や書記ちゃんが材木座のために行動をおこそうという、その源にある気持ちは決して、100%材木座のためのものというわけではあるまい。
生徒会としての使命感や義務感、後輩女子の前で良い格好しようという打算、そして大きな括りで言うところの良識。
別に副会長が嫌な奴、というつもりはない。というかただのクラスメイト(しかも出来れば関わりたくもないだろう中二病)のために、その程度の原動力で行動できることは、むしろ称賛に値すると思う。
書記ちゃんにしても同じだ。会ったこともない年上の男子生徒のためにそこまでできるとは。
雑じり気無しに、善良な人間だ。
善良な人間からにじみ出る、雑じり気無しに善良な気持ちだ。
そしてその善良さは、かつての俺が何より嫌った欺瞞そのものであり、断ち切ろうとした嘘である。
では例えばもし、今俺が材木座と同じように不登校になったとしたらどうか。
やはり少なくない人の手を煩わせてしまうだろう。それくらいのことはわかる。今の俺がそこから目を反らすのは自己欺瞞以外のなにものでもない。
あるいは副会長や書記ちゃんのように、それほど仲良くはないものの、その善良さ故に行動を起こしてくれるかもしれない奴だっているだろう。たとえば、葉山とかな。
きっと彼ら彼女らはその善良さゆえに、俺や材木座のような人間にも善意にまみれたその手を差し伸べてくれるだろう。
だが、俺はその腕を当然振り払う。俺が欲するものが同情や善意といった類いのものではないからだ。
昨日、戸塚が材木座について語っていたことが、なぜあれほど俺の心をざわつかせたのか、少しわかった気がする。
結衣「小町ちゃん、合格&誕生日おめでとう!!」
まるで我が事のように喜ぶ由比ヶ浜の音頭に、俺と雪ノ下も追従する。
小町「いやー、ありがとうございます。それもこれもみんな結衣さんと雪乃さんのおかげです!」
あ、あれー?小町ちゃん、なんでそこからお兄ちゃんは省いちゃうのかなー?入試前最後の追い込みを見てあげたの誰だか忘れちゃったのかな?
というか、それもこれもとか言うけど、誕生日に関しては母に感謝すべきではあるまいか。あ、親父は省いて大丈夫っす。
小町「いやー、それにこんな美味しそうなご馳走まで用意していただいて」
八幡「油断するな、小町。確かに一見旨そうに見えるかもしれんが、ガハマ飯は消化するまでがガハマ飯だ」
雪ノ下が普段使っているであろう一人用の円卓に、ところ狭しと並べられた料理の数々。確かにどれもこれも美味しそうだ。
結衣「大丈夫だよ!ちゃんとゆきのんにも判子?もらったし」
判子?なんのこっちゃ。
もしかして調理の工程ごとにいちいちチェック項目でも設けて、雪ノ下からのみきわめがないと先に進めない的な?
なにそれ、教習所みたい。
雪乃「おそらく『太鼓判』と言いたかったのでしょうね」
俺が由比ヶ浜語の読解に手こずっていると、最近由比ヶ浜語検定のスコアをメキメキ伸ばしている雪ノ下から助け船が出された。
またトリップ間違えた……
帰って来たのか
結衣「それだ!さすがゆきのん!」
八幡「ああ、さすが雪ノ下だな。由比ヶ浜語通訳として将来はがんばってくれ」
雪乃「なんだか誉められている気がしないのだけど……」
鋭い。だって全然誉めてませんもの。
小町「このパエリア美味しそうですね~」
結衣「美味しいよ~!」
小町「タンドリーチキンも良い感じですね~」
雪乃「そろそろ食べましょうか。冷めてしまうわ」
再び由比ヶ浜が乾杯の音頭をとり、和やかに食事が始まった。
パエリア、タンドリーチキン、シーザーサラダ、ムール貝のガーリック焼き、トマトとモッツァレラの追いオリーブ。
やたらと食べ慣れた親しみのある献立だ。思わず飲み物のおかわりを求めてドリンクバーを探すところだった。
小町「美味しいです!ね、お兄ちゃん」
八幡「ああ、旨いな」
サイゼ検定1級の俺が断言しよう。美味であると。
これでプロシュート兄ぃまであれば完璧だった。サイゼリア雪ノ下店行けますよ旦那!
雪乃「比企谷君はそれで足りるかしら?パスタくらいならすぐ作れるけど」
>>371
なんとか最後まで書ききりたい……まだ登場していないアイツのためにも……
書くの遅くてすまぬ……
八幡「マジ?是非お願いしたいんだけど」
雪乃「カルボナーラとペペロンチーノどちらがいいかしら?」
八幡「ペペロンチーノで。固さは一番いいのを頼む」
雪乃「アルデンテと言えばいいでしょう……」
呆れつつキッチンへと向かう雪ノ下を「ほえー」と感心した顔で見送る由比ヶ浜と小町。
小町「私もなんかお手伝いしてこようかな」
八幡「いや、雪ノ下に任せとけよ。お前はパーティの主賓なんだし」
由比ヶ浜「あ、じゃあ」
八幡「待て!由比ヶ浜、待てだ、待て!わかるな?よーしよし、良い子だ。ご褒美のモッツァレラだ。食べてよし」
立ち上がりかけた由比ヶ浜を華麗に引き留める俺。ご褒美のチーズを皿にコロンと置いてやることも忘れない。
結衣「ちょ……なにそのい、犬みたいな扱い!」
小町「と言いつつ顔がにやけてますよ、結衣さん」
結衣「うぇ!?に、にやけてません!」
小町「お兄ちゃん、ここはムツゴロウさんばりになでなでもふもふペロペロする場面だよ!さあ!」
八幡「しねえよ。……しねえよ」
あのスキンシップの取り方は完全に変態だよなあ。しかもあの人、本当は動物好きじゃないんだってよ。今はペット禁止のアパートに住んでるらしいし。
ムツゴロウ王国(ペット禁止)。闇深すぎるだろ……。
小町「ノリ悪いなー。わかってる?今、小町のお祝いパーティーだよ?」
八幡「っかー!出たよそのパワハラ発言。お誕生日会の主役はどんなワガママも許される法則な。いるよなー、そういう奴。あとそれを増長させるそいつの親な」
今日は健介君の誕生日だから……みたいな無言のプレッシャーで無茶ブリも許されるみたいな風潮。マジファックだね。
なんで俺が健介君のためにみんなの前で好きな女の子の名前発表しなくちゃなんねえんだっつーの。
俺は健介君の奴隷じゃないっつーの。
ていうかまず友だちですらなかったな。
あれ、俺なんで健介君の誕生日会に参加してたんだろう。本当謎。
結衣「あー……なんかけっこうわかるかも、それ……」
空気絶対読むマン、由比ヶ浜の同意を得ることに成功した。
こいつの場合、誰かの誕生日とか関係なしに常にそういう立ち位置に立っている気もする。
なにせ所属するグループのボスがあの365日天上天下由比ヶ浜独尊主義の三浦である。
毎日が誕生日の如く君臨する女王様とともに過ごす毎日はさぞ心労がたまるだろう。
きっと会社に入って横暴な上司の元で働くのってこういう感じなんだろうな……。はぁ、働きたくない。
小町「ちょ、ちょ、なんか空気重くなってますよー!アゲてアゲて!」
結衣「あ、ごめんごめん、なんかヒッキーの目につられて雰囲気悪くなっちゃった」
八幡「なんだその理由は」
小町「あー、わかります」
わかっちゃうのかよ。
そんな共感得やすい話題だったっけ、俺の目。
小町「あんまり兄の目を見つめすぎるとどんどんマイナス思考に落ちていくんで、気をつけてくださいね。あ、結衣さんは見つめすぎると別のものに落ちちゃうか~!」
芝居がかった仕草でうざったくペチンと自分のおでこを叩く小町。
どうでもいいけど言い回しが完全に酔っ払った中年のそれで、兄は心配です。
誰もお酒飲ませてないよねー?
二人のガールズトークに目を腐らせていると真横から視線を感じ、首を巡らせてみたら上目遣いでやたら真剣にこちらを見つめる由比ヶ浜と目が合った。
呼吸を止めているんじゃないかというほど力をこめて見つめられたもんだから、思わずそこから目を離せなくなり、自然、数秒見つめ合う形となった。
やだ、星屑ロンリネス……。
やがて耐えきれなくなって俺が目を逸らすのと同時に、由比ヶ浜も頬を赤くして明後日の方を向いた。
なにこれ、なんか恥ずかしいんですけど。
小町「ほほう……」
八幡「なんだよ」
小町「いえいえ、これはこれは良い誕プレをいただきまして。ごちそうさまです」
だからいちいちオヤジくさいんだけど。平塚先生かよ。
いや、平塚先生なら床ドンするところか……。
結衣「あ、そーだそーだ、プレゼント!プレゼント渡さなきゃ!」
ここぞとばかりに話を逸らす由比ヶ浜。
小町「わー!ありがとうございます!」
八幡「え、なに、今渡しちゃうの?飯食い終わってからにしよーぜ」
雪乃「由比ヶ浜さん、私がいない間に一人でプレゼントを渡してしまうのは少し酷いんじゃないかしら」
両手にペペロンチーノを盛った皿を2つ持ち、キッチンから今まさに戻ってきた雪ノ下が抗議の声をかける。
結衣「あー!ごめんごめんゆきのん!なんか今しかないみたいな空気だったから……!」
八幡「いや、全然そんな空気じゃなかったんだけど。何一人でテンパってんだお前」
雪乃「はぁ……。とりあえずペペロンチーノはできたから。こっちが比企谷君、こっちの方は私たち3人で食べましょう」
小悪魔アゲハばりにモリモリに盛られた黄金色のペペロンチーノが俺の前に置かれる。
芳醇なオリーブオイルとガーリックの香りがふわりと鼻腔をくすぐり、一旦落ち着いていた食欲を再びかきたてる。
八幡「……うめえ」
小町「はー……美味しいですー」
結衣「うわー、ゆきのん本当に料理上手だねー」
正直少し量が多いかと思ったペペロンチーノだが、一口、また一口とフォークが止まることを知らぬ勢いで麺を巻き付けていく。
香りとは裏腹に主張しすぎないニンニクの風味と、ほどよく利いた鷹の爪の辛さが実に素晴らしい調和でもって麺に絡む。
雪乃「本場イタリアの人から言わせれば邪道以外の何物でもないとは思うけれど、日本人の私たちにはこういった味つけの方が合うかと思って」
小町「すごく美味しいですよ!これ、何か市販のソースとか使ってるんですか?塩味だけじゃないですよね?」
雪乃「いえ、これは固形コンソメを溶かして少し入れてるのよ。本当は白ワインを入れるそうだけど、さすがに家にはワインは置いてないし」
ほー、白ワイン。イタリアンってとりあえずオリーブオイル入れて、それからオリーブオイル足して、最後にオリーブオイルかけるもんだと思ってたわ。
あの番組のすげえところは意識高い食材のオンパレードから、高低差100mの意識低い調理方法だよな。
料理番組なのにバンジージャンプ並みのエンターテイメント性だわ。
雪乃「本場イタリアの人に言わせれば邪道以外の何物でもないでしょうけど、私たち日本人にとってはこういった味つけの方が合うかと思って」
小町「すごく美味しいですよ!これ何か市販のソースとか使ってるんですか?塩味だけじゃないですよね?」
雪乃「いえ、これは固形コンソメを溶かして少し入れてるのよ。本当は白ワインを入れるそうだけど、さすがに家には置いてないし」
ほー、白ワイン。イタリアンってのはとりあえずオリーブオイル入れて、オリーブオイル足して、最後にオリーブオイルかけるもんだと思ってたわ。
あの番組の何がすごいって、意識高い食材のオンパレードから高低差100mの意識低い調理方法だよな。
料理番組なのにバンジージャンプ並みのエンターテイメント性を感じるわ。
小町「今度うちでもやってみます!詳しいレシピ教えてください、雪乃さん!」
雪乃「ええ、かまわないわよ。といってもレシピというほど大した工程はないのだけれどね」
結衣「あ、ゆきのん、あたしにも教えてー。なんかこれなら簡単そう!」
雪乃「……たしかにペペロンチーノはそれほど複雑な料理とは言えないけれど、パスタの基本とも言える料理だから……。その、シンプルなだけに奥は深いのよ。由比ヶ浜さんはまず卵焼きを完璧に焼けるようになってからね」
結衣「うっ……。わ、わかりました……」
ガクッと肩を落として頷く由比ヶ浜。
この程度で落ち込むことないぞ、由比ヶ浜。
今のは対由比ヶ浜語だったからかなり優しい言い方だったが、相手が俺だった場合100倍辛辣な言葉に変わってたからな。
日々雪ノ下の暴言を受けている俺からしてみたら今のなんかむしろ誉められてるレベルなんじゃないかと勘違いしちゃうわ。
八幡「まあ、由比ヶ浜がやったらニンニクが真っ黒焦げになる未来しか見えんしな」
結衣「うぅ……、否定できない……」
雪乃「そうね、ニンニクを焦がさずに風味を出すのはとても大切なことだから」
小町「あ、でも私は少しきつね色くらいのニンニクも好きですよ」
雪乃「そういうときは一度ニンニクをオリーブオイルから取り出してしまって、最後に加えると良いわ」
あー、この話題、パスタ板で出ると確実に荒れるやつなんだよなぁ。
苦味がどうたら、それがむしろ良いだとか、味障だなんだ……。
あとパスタ食うときにスプーン使う使わないとかな。
本場ではスプーン使うのは子どもだけとかなんとか……。
つまりこの議論に一石を投じた五右衛門は神。
そんなこんなでたらふく食って満腹になった。
このあとにはまだケーキが控えているらしいが、とりあえず箸休めがてらプレゼントの贈呈へと移ることに。
八幡「あいよ、誕生日おめでと。あと受験合格もな」
なんとも照れ臭いもので、早々に自分のプレゼントは渡してしまう。
中身は少しお高めの電子辞書。
小町「おー!ありがとーお兄ちゃん。なんかこれ使えば頭良く見えそうだよね」
その発言がすでに頭悪そうだけどね。
雪乃「人に釘を刺していたわりには高価なプレゼントね……」
八幡「まあ一応身内だしな。金は小町のプレゼントっつったら親がくれたもんだし」
つっても小町はいささかも遠慮とかする気配なし。俺からはこのくらいもらって当然と思っているのだろう。
誰ですか、こんな甘やかして育てたのは!
ちなみに親に金もらったというのは嘘。
まあね、なんだかんだがんばって受験も合格したわけだしね。このくらいは兄としてね。たまにはね。
結衣「はい、小町ちゃん。あたしからはネックレス。ごめんね、あんまり高いものじゃないんだけど」
小町「うわあ、ありがとうございますー!これすっごくかわいいですね~。さすが結衣さん!」
由比ヶ浜が渡したプレゼントはなんかようわからん形の蔓が巻きついたハートのネックレス。
これくらいなら許容範囲かな……。でもピアスなんて開けようとしたら、お兄ちゃん絶対許しませんからね!
雪乃「私からは手帳を贈らせてもらうわ」
と言って雪ノ下が取り出したのは、えんじ色の皮張りのシックな手帳。
なんだかできるサラリーマンが使っていそうなデザインで、女子高生らしくはない。
雪乃「月別、週別、日別に予定を書き込める造りになっているから、学習計画帳として使うこともできるとおもうわ」
小町「ありがとうございますー!なんかすごくできる女みたいに見えますよね、これ使ってたら」
俺には一月後、プリクラやらシールやらでデコデコに着せ替えられたその手帳の姿が見えるような気がするが……。
しかし、なぜだか女子って奴はやたら手帳好きだよな。
男子で手帳使ってる奴なんて数限られると思うが。
え?あ、俺が手帳なんか持っても余白だらけになるだろうってのは言われなくてもわかってます。
小町「結衣さんも雪乃さんも、それからお兄ちゃんも本当にありがとうございます!大切に使いますね」
今日は一日ニッコニコの小町。つられて笑顔になる雪ノ下と由比ヶ浜。
そのあとも終始和やかなムードのまま時間は過ぎていき、気がつけばあっという間に夜も8時を回っていた。
由比ヶ浜は今日もまた雪ノ下の家に泊まるということで、小町と二人、自転車に乗ってえっちらおっちら家路へと着く。
まだ肌寒い町並みを、はしゃぎ疲れたのか言葉少なな小町の体温を背中に感じながら、俺も特に喋ることなく自転車を漕いでいく。
穏やかな気持ちでもって家へとたどり着き、さあ後は風呂に入って眠るだけ、今日は良い一日でした!というときに、スマホに着信があった。
先に家に入るよう小町を促し、そのまま家の前で電話に出る。
表示された電話番号から相手の名前はわかっていたが、俺は何も言わず、相手が喋る始めるのを数秒待つことにした。
材木座「……八幡。お……我だ。材木座、義輝だ」
謎のフルネーム自己紹介に吹き出しそうになるが、やたら深刻そうな材木座の声色に危うく踏みとどまる。
八幡「ああ、なんだこんな時間に」
材木座「ん、うむ、一昨日着信があったようなのでな……。何か用か?」
何か用かもくそもあるかこの不登校児!
とは口に出さず、思いの外様子のおかしい材木座に若干戸惑いつつ、少しずつ探りをいれていく。
八幡「いや、お前のとこの担任から奉仕部に依頼が来てな。学校サボってるらしいじゃねーか」
材木座「……うむ、サボっている、といえばそうだな、サボっている」
八幡「あ?なんか理由でもあんのか?ラノベの原稿でも書いてんの?」
材木座「んぐっ……!い、いやそういうわけでは……」
違うらしい。
中二病拗らせすぎて、学校やめてラノベ作家になります!とか言い始めたのかという俺の推理は外れていた。
八幡「じゃあなんで来ねーんだよ。心配してるぞ、島崎先生」
あと戸塚もな。悔しいから教えてやらんけど。
材木座「……うむ。すまんな、その、奉仕部にまで迷惑をかけたようだ」
八幡「いや、そこは気にすんな。そういう部活だからよ。俺も雪ノ下も由比ヶ浜も迷惑だなんて思ってねーよ。依頼だからな」
うん、まあ雪ノ下と由比ヶ浜はちょーっとだけ迷惑がってるかもしれないね。うん。
材木座「……そうか。いや、いずれにせよ、すまなかった」
八幡「だから気にすんなって。んで、明日からは学校来んのか?」
材木座「いや……。行かぬ、と思う」
八幡「は?だからなんでだよ。理由を言え、理由を」
材木座「……」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
理由に関しては話すつもりがないのだろう。
話したくないのか、話せない事柄なのか。
八幡「理由、話したくないならいいんだけどよ、とりあえず学校は来ないとヤバいんじゃね?色々、出席日数とか」
材木座「あ、ああ……うむ、そうだな……」
八幡「いや、そうだなじゃねえだろ……」
わかってんのかね?
もし留年なんてことになったら、来年からは1個年下の連中とクラスメイトになるわけだよ?
エリートぼっちを自称してはばからない俺ですら、その状況は想像するだけで身が震える。
新学期、つい先日まで後輩だったはずのクラスメイトたち、囁かれる留年生の噂、集まる好奇の視線、耐えられるはずもなく……。
いや、これは本当きつい。それこそ不登校になるレベル。不登校が不登校を呼び込む付の螺旋。
ダメだ、抜け出せる気がしない。
八幡「どーすんだ、このままじゃ下手したら留年だぞ、留年。秦野とかと同級生になっちまうぞ」
材木座「う、うむ……わかっている」
八幡「じゃあ学校来ないって選択肢はねーだろ。少なくとも期末試験は受けねーとマジで留年だぞ」
材木座「……それは、問題ない」
八幡「は?」
材木座「お……、わ、我は……学校を辞めるつもりだ」
一瞬、あまりに馬鹿げたその一言を上手く脳内で処理することができず、沈黙が生まれる。
え、なに言っちゃってんのこのアホは……。
材木座「もう決めたことだ……。手間をかけさせてすまなかった。奉仕部の二人にも謝っておいてくれ」
八幡「何言ってんの、お前?馬鹿なの?材木座なの?」
八幡から冗談めかしたパス、これを材木座、意外にもスルー。
>79 名前:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[sage] 投稿日:2015/05/19(火) 11:19:51.99 ID:w7UVb3XD0 [19/35]
>すまん、多分材木座は最後の方まで一切出てこないと思う
もう終盤なのか
せいぜい中盤って雰囲気に見えるんだが
小町の受験の長すぎじゃねーの?スレタイ詐欺も甚だしい
八幡「え、なにお前本気で言ってんのか?冗談じゃなくて?」
材木座「うむ……本気だ」
ノイズキャンセルされたクリアな音の向こう側で、材木座が一つ息を吸う音が聞こえた。
材木座「本気で、学校を辞める」
その言葉は、俺の知るどの材木座の顔とも結び付かないような声音でもって頭に響いた。
八幡「お、おう、そうか。まあお前がそう決めたなら俺からは何も言えないわ」
材木座「……ああ。では、な」
材木座はそう言うと、俺の返事も待たずに電話を切った。
以前、「理性の化け物」と人に言われたことがある。
そのときはその人がどんな意図でそう言ったのかわからなかった。
今ならわかる。
あれは嘲笑する意図での発言だった。
それに気づかず、心のどこかですこし得意になっていた自分が恥ずかしい。
論理的、理性的であることを誇らしく思った自分が。
それだけではダメなのだと彼女は教えてくれたのに。
変わらなければ誰も救えないと、彼女が教えてくれたのに。
結局俺はまた同じ間違いを犯していて、挙げ句そのことに気づいてすらいなかった。
自ら否定したそのものに成り果て、欲したものを失おうとしていた。
「理性の化け物」
まったく、言い得て妙である。
人の形になれない愚かなものは、まさに化け物と呼ぶにふさわしい。
>>413
まだ声だけの出演だから……(震え声)
一応ここで構想上の前半が終わりのつもり
長さがちょうど半分になるかはわからないけど
>>414
すまぬ……
せっかくだからと色々詰め込んでたらこんなことに……
スレタイを特に考えずに決めてしまったせいでこんなことになってしまいました……
月曜日。
世のサラリーマンからは親の仇のごとく忌み嫌われる週の始まりである。
ちなみにエリート社畜のみなさんに言わせると、曜日の概念がある内はまだまだだそうだ。
人が休みの日に働くからこそ競争に打ち勝つことができるわけで、他社が休んでいる間にこそ勝機があるのである。
マジぱねぇっす。
平凡な高校生であるところの俺はいつもと同じく無気力なまま学校へ行き、無気力なままに一日を終え、いつも以上に憂鬱な放課後を迎えた。
昨晩の材木座からの電話のモヤモヤが頭に重く残っており、これから部室で材木座についての話し合いをするのもまた足取りを重くさせる。
もういっそのことサボって帰っちゃおうかな……と考えながら歩いていると、廊下の角で平塚先生とバッタリ出くわした。
なんでこの人は俺のバックレオーラをこう敏感に察知して現れるかなぁ……。
平塚「おお、比企谷。部活にいくところか?ちょうどいい、一緒に行こう」
有無を言わさず俺の腕をとり、強引に引っ張っていく。
抵抗しても無駄なのは嫌というほどわかっているので、俺もおとなしく引きずられるがままに任せておく(レイプ目)。
平塚「それにしても今日の君はいつも以上に目が死んでいたな」
八幡「まあ、月曜っすからね……」
月曜詰まったスケジュール。イライラしている火曜。水曜のんびりしたいけど。まだまだ遠いね、日曜日。こうして聞くと社畜ソングに聞こえるから不思議だ。
八幡「そういう平塚先生もずいぶん疲れてそうですね」
近くでよく見ると目の下にははっきりクマが刻まれている。
平塚「ああ、さすがに昨日は疲れたよ」
俺らが帰ったあとも教職員は色々やることがあったみたいだし、疲れは当然と言える。おいたわしや。
平塚「疲れて家に帰って、何となくめぞん一刻を読み始めたらいつの間にか全巻読んでいてな……。寝不足だ」
八幡「何やってんすか……」
平塚「いやあ、久しぶりに読んだが、やはりあれは名作だな」
八幡「それは確かに」
平塚「知っているか?あれ、初期から出ているメンバーで、結局結婚していないのは四谷さんだけなんだぞ。読み終わって少ししてから気がついたよ……」
気づいてしまったか……。
気のせいか平塚先生の目の下のクマがいっそう濃くなった気がする。
平塚「何も朱美さんまで結婚することないじゃないか!」
八幡「しかも四谷さんも結婚していないとは明言されてないっすからね。謎の多い人だし、妻子があっても不思議ではないという」
平塚「ぐはっ!」
八幡「そういえば管理人さんは初登場時、21歳。作中で6年経過しているんで、最終的に……」
平塚「よ、よせ比企谷……それ以上言うな」
こうかはばつぐんだ!!
平塚静香は弱っている。今モンスターボール(優しい言葉)を投げればゲットできるチャンスだ!
八幡「エヴァのミサトさんは29歳、クレヨンしんちゃんのみさえも29歳っすね」
八幡の追い打ち!きゅうしょにあたった!平塚静香を倒した!
平塚「やめてくれ……比企谷。その攻撃は私の世代に効く……。やめてくれ……」
いっけね!ギリギリまで削ってからボール投げようとしてたら倒しちった!
しかしNARUTOネタを挟んでくるあたり、まだ余力があるようにも感じる。
平塚「しかし、めぞん一刻がラブコメの教科書のように言われる風潮は少し疑問だなぁ」
八幡「そうっすね。今連載してたらヒロインが未亡人ってところが総叩きになりそうっすね」
平塚「終盤の展開なんてけっこう生々しいしなぁ。三鷹さん然り、こずえちゃん然り」
八幡「そこを上手くコメディ調に落とし込んでるのがさすがですよね」
平塚先生とグダグダ高橋留美子について語っていると、奉仕部の部室にたどり着いてしまった。
思わずソワソワしてキョロキョロよそ見をしてしまう。
部室に入ると、いつもとは真逆の珍しい光景が広がっていた。
雪ノ下がスマホをポチポチやって、由比ヶ浜が本を読んでいる。
八幡「うす」
結衣「あ、ヒッキー。やっはろー。平塚先生も」
平塚「おや、由比ヶ浜が読書か。珍しいな」
結衣「いやー、あたしもちょっと文学少女目指そうかなーって……。たはは」
平塚「ほうほう。いいじゃないか、なあ比企谷」
八幡「ふっ……」
由比ヶ浜が文学少女?
はん!ちゃんちゃらおかしいわ!
結衣「鼻で笑われた?!なに、なんか文句あんの?」
八幡「お前が文学少女だと……?笑わせるな、由比ヶ浜。まずその茶髪!髪型!ミニスカ!なめとんのか!」
このビッチが!という一言はギリギリで飲み下した。
八幡「文学少女ってのはな、腰まで届く黒髪の三編み!膝丈のスカート!夕陽に消えてしまいそうな儚い雰囲気!それらが揃って始めて名乗れる由緒正しい称号だ!」
つまり、現代日本からはほぼ絶滅したと言える人種なのだ。
平塚「比企谷……。現実と戦え。腰まで届く三編みなんてどれだけの長さが必要になると思ってるんだ」
平塚先生からの哀れみにも似た視線が痛い……。
結衣「ひ、ヒッキーはやっぱり黒髪の方が好きなの……?」
恐る恐るという感じで聞いてくる由比ヶ浜。視界の端で雪ノ下の肩がピクっと反応した気がする。
八幡「いや、今のはあれだ、あくまで文学少女とは何かというテーマについて語っただけにすぎないから。俺の好みどうこうは関係なしに、文学少女は黒髪でなくてはならないという世の真理だから」
そう、それはお前たちが世界と呼ぶもの。あるいは宇宙。あるいは神。あるいは真理。あるいは全。
宇宙は真っ黒な髪でそれこそ真理でそれだけが全て……。
結衣「ちょっと何言ってるかわかんないけど……。でも、じゃあヒッキーは別に黒髪じゃなくてもす、好きってこと?」
由比ヶ浜はなるべく俺の方を見ずに、努めてどうでも良さそうに尋ね、平塚先生は苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向き、雪ノ下はスマホを凝視しながらも再び肩をピクリと動かした。
誰一人として俺の方を見てはいないはずなのに、みんなの耳がこちらを向いているような妙な圧迫感を感じる。
八幡「あー、その、なんだ、とりあえず座ろう」
俺もなるべくみんなと目が合わないように席へと向かう。
それぞれの方向から、「……はぁ」というため息、「……逃げたわね」という諦観混じりの呟き、「甘酸っぱい青春か!爆発しろ!」というどこかで聞いたことのある叫びが聞こえた気がするが、気のせいだろう。
先生、それ一年くらい前に自分でダメ出ししてたフレーズじゃ……。
雪乃「平塚先生、船橋先生はご一緒ではないんですか?」
俺と平塚先生が着席し、なんとなく会議が始まる空気になったところで、スマホをカバンにしまった雪ノ下から会話が再開する。
平塚「どうもHRが長引いているようだ。それより比企谷と由比ヶ浜、戸塚とは一緒に来なかったのか?」
結衣「さいちゃんなら顧問に呼ばれてるとかで、ちょっと遅れるって言ってました」
平塚「そうか。どうする、雪ノ下?この4人だけでとりあえず始めるか?」
聞かれて一瞬考える雪ノ下。
八幡「あー、そのことなんだがな。ちょっと俺から報告というかなんというか……そんなのがあって、できれば船橋先生と戸塚が揃ってから話したいことがあるんだが」
三者ともきょとんとした顔でこちらを見つめてくる。
はぁ……気が重い。
16時を回り、船橋先生と戸塚が揃ったところで雪ノ下が全員に紅茶を淹れ、合同捜査会議がスタートした。
戸塚「遅れちゃってすいません!それと材木座君のこと、一応テニス部のC組の子に聞いてみたんだけど、やっぱり心当たりがないって」
船橋「そう……。わざわざありがとうね、戸塚君」
雪ノ下「それで、比企谷君の報告というのを聞かせてもらえるかしら」
八幡「ん、ああ。実は昨日の夜、材木座と電話が繋がってな」
少しうつむき気味だった船橋先生の顔がサッと俺の方へ上向く。
僅かな光明をとらえたといわんばかりの人の良さそうなこの顔を、再びガッカリさせなければならないのは本当に心苦しい。
船橋「材木座君、なんて?」
八幡「不登校の原因とかは話そうとしなかったんすけど、どうも学校やめるつもりみたいっす」
材木座、学校やめるってよ。
平塚「本気で言っていたのか?」
八幡「かなりマジみたいすね」
平塚先生は露骨に眉間にシワを寄せる。
これで平塚先生のシワが増えたら材木座の責任は計り知れない。責任とって結婚させられるまである。
船橋先生は目を悲しそうに細め、自分の膝に視線を落としていた。
戸塚「八幡はなんて言ったの?」
八幡「止めたよ、さすがにな。だけど、かなり決意固いみたいだ」
戸塚「そっか……。本当に何があったんだろう。相談してくれたら良かったのに……」
場に重苦しい沈黙が降りる。
雪ノ下は俺の報告を聞いても特に表情は変わらず、しきりに何か考えこんでいる様子。
結衣「ヒッキー、どうする?」
八幡「どうするったってな……。本人が辞めたいっつってる以上、こっちにできることはねえだろ。この間平塚先生が言ってた通り」
高校は義務教育じゃない。本人の意志で入学し、本人の意志で通い続ける。
その意志がなくなれば、あとはもう他人がどうこうする義務はない。
結衣「ううん、違うよ。そういうことじゃないよ、ヒッキー……」
八幡「いや、そういうことだろ」
どういうわけだか、由比ヶ浜の言葉にやたらイラついてしまい、つい語気が強くなる。
八幡「子どもじゃあるまいし、辞めたいってやつの腕引っ張って無理矢理連れてくるわけにはいかねえだろ。そんなことする権利も義務もない」
結衣「そうだけどさ……。そうだけど、違うじゃん。そんなこと聞いてるんじゃないじゃん」
八幡「あ?じゃあ何が聞きたいんだ?はっきり言えよ」
おかしい。何をこんなにイラついてんだ俺は。
こんなイラついたヤツがオタクでぼっちだからね。
うほ……今気づいたけど『島崎先生』が『船橋先生』になってた……
間違いです。お詫びして訂正します。
名前くっそ適当に決めちゃったけど、今考えれば茅ヶ崎先生とかの方が良かったな……
乙です
>>442
いつもありがとうございます
結衣「だから、ヒッキーがどうしたいのかを聞いてるんじゃん!権利とか義務とかそんなんじゃなくて、ヒッキーの気持ちを聞いてるんだよ」
俺のイラつきに触発されてか由比ヶ浜も少しずつヒートアップしてきている。
オーケー、少し落ち着こう。こういうときは感情的になっても話がこんがらがるだけだ。
今回の案件はそもそも平塚先生と島崎先生からの依頼という形だったはずだ。
なぜだか突然不登校になってしまった材木座の、学校に来ない理由の究明とその解消。
それが大本の依頼だ。
不登校の原因の方は戸塚を始め、生徒会の副会長や由比ヶ浜に聞き込みを頼んだが、どうも成果は芳しくない。
俺自身、材木座本人に事情聴取を試みたが、あっさり失敗してしまった。
おまけに本人は学校を辞めると言い張っている。
これはもう犬の比企谷君も困ってしまってワンワン泣き出すしかない。
八幡「今回の依頼人は平塚先生と島崎先生だ。先生たちは先週、材木座が辞めるというなら教師は引き留めることができない、といっていましたよね?」
平塚「そうだな。もちろん、多少の説得は試みるだろうが、本人の意志確認程度のことしかできない」
島崎先生も辛そうな顔で頷く。
八幡「そうなると、これはもう依頼人の方に依頼する必要性がなくなったってことだ。平たく言えば俺たちは依頼を完遂できず。失敗ってことだな」
結衣「え!?ちょ、それは違くない?」
平塚「比企谷……」
八幡「いや、違くないだろ。依頼そのものがなくなれば、俺たちが動く理由もない」
雪乃「比企谷君、少し頭を冷やしなさい。論理は正しく聞こえるけれど、あなたは大切なことが見えていないわ」
唐突に、これまで沈黙を守っていた雪ノ下が口を開く。
八幡「大切なこと?なんのことだ?」
雪乃「人の気持ちよ」
雪ノ下は自分の発言に迷いも照れも見せることなく、凛として言い切った。
その真摯な物言いに、むしろ言われたこちらが勢いを削がれてしまう。
雪乃「平塚先生も島崎先生も、教師の職務として不登校生徒の更生を依頼しているわけではないでしょう」
島崎先生が今度は力強く頷く。
雪乃「確かに教師という立場上、生徒本人の意志で退学を持ち出された場合、それを止めることはできないでしょう。でも、私たちはそうではない。教師ではなく、生徒なのだから。平塚先生もそこをわかっていて、奉仕部に依頼しているのでしょうし」
雪ノ下に水を向けられ、平塚先生がニヤリと笑みをみせる。
八幡「待て待て、話がループしてるだろ。そもそも、その依頼をするってこと自体が教師の職務に入ってないだろって話をしてんだ俺は」
雪乃「だから言ったでしょう。人の気持ちだと。教師としてではなく、個人として依頼をしているのよ、このお二人は」
それって詭弁じゃね……?
雪乃「先生、いくつか確認しておきたいことがあります」
雪ノ下は、俺の再度の抗議は声をあげることすら許さぬと一瞥で封じ、平塚先生と島崎先生二人に向き直った。
うーんこの反民主主義的態度。ついでに反人道主義的でもあるね、俺に対して。
雪乃「先日、島崎先生が家庭訪問を行った際、……当該生徒から退学の申し出はありましたか?」
今名前思い出せなかったよね?当該生徒とか言って誤魔化したけど、名前出てこなかっただけだよね?いつもの記憶力はどうしたユキペディア。
由比ヶ浜が「と、トーガイセイト……?」とか混乱しちゃってるじゃねーか。
島崎「いえ、むしろ退学や留年はなるべくしたくない、というような話し方だったわ」
あれ?昨日の電話とずいぶん違いますね……。
雪乃「なるほど……。もう一度確認しますが、彼は17日から一度も登校していないんですね?」
島崎「ええ。私が把握している限りでは一度も」
雪乃「わかりました。それと、確認するまでもありませんが、今回の依頼には彼の退学意志の撤回も追加するということでよろしいですか?」
平塚「ま、当然だろう。とりあえずなんやかんやとだまくらかして一度登校させて、はい依頼完了です、でも学校はやめるみたいです、え?でも一度登校してるんだから不登校ではなくなりましたよね?なんていうひねくれた方法は認められんよ」
平塚先生は目を俺にロックオンしたままそう告げた。
や、やだなー。そんな屁理屈のすかしっぺみたいなことしないっすよー、ははは。
雪乃「わかりました。では引き続き依頼の遂行に全力を尽くします。由比ヶ浜さんもそれでかまわないわね?」
結衣「うん!」
島崎「ありがとう、雪ノ下さん」
平塚「うむ、頼んだぞ」
戸塚「僕もできるだけ協力するね!」
こうしてめでたく全員の意志が一つになった。
はい、その輪の中に入れていない人がいますねー?
そう、輪の中に入れないに定評のある男、俺だ。輪の中に入れないに関して俺の右に出るものはいない。
なんなら左にも誰もいないし、前にも後ろにも誰もいない。つまり、ぼっち。
八幡「おい、俺はまだこの依頼に納得してないんだが」
雪乃「まだそんなことを言っているの?」
八幡「当然だろ」
真っ直ぐ自分の言葉は曲げねえ。俺のぼっち道だ。
雪乃「はぁ……。あなたね、空気を読みなさい」
雪ノ下には言われたくない……と思いつつも俺の固有スキル『空気読み(レーザーアトモスフェーレ)』は常時発動タイプ。
さっきからビンビンに感じてるさ……みんなの「いつまで一人でグダグダ言ってんだ、早く折れろ」って空気はな……!
これはかつて小学校のとき、全くの冤罪を擦り付けられ、教壇に晒し上げられ謝罪を強要されたときの空気と似ている。
冤罪を主張し、謝罪を拒む俺に対し、帰りの会が長引くことを嫌う同級生たちはあまりに非情だった。
雪乃「それにあなた、さっき依頼は失敗だと言ったわね」
あ、ヤバい。直感がそう告げる。
これは雪ノ下の地雷踏んでたわ。全然気づいてなかった。
そうだった。雪ノ下雪乃はこういう奴だった。
雪乃「私が部長である限り、奉仕部に失敗という言葉は許さないわ」
こういう、超がつくほどの負けず嫌いだった。
八幡「そんで、依頼を続行すんのはいいんだけどよ、結局どうすんだ?正直手詰まりだろ」
平塚先生と島崎先生と戸塚が退席し、一つ間が空いたあと話し合いが再開する。
八幡「ちなみに俺の電話ももう着拒された。こっちからコンタクトを取るのはほぼ無理だぞ」
雪乃「そうね……。とりあえずもう少し情報が欲しいわ。あなたが昨日電話越しにした会話の全文を書き起こしてくれるかしら?」
いや、なにサラッと無茶苦茶言ってくれてんの。会話の中身をいちいち記憶しとくとか普通はねえよ。
八幡「概要でいいか?いくらなんでも全文は無理だ」
つーか書き起こすって何。もしかして文字に起こせってことかよ。
雪乃「なるべく正確にね。この程度、文系コース学年3位なら簡単だとは思うけど」
八幡「いやいやいやいや、ねーよ。仮に現文が超得意な奴だとしても、それと日常会話を原文ママで書き起こすのはリンクしないだろ。一種の特異能力だぞ、それ」
雪乃「現文と原文を掛けて得意気な顔をするのはやめてくれるかしら。それほど上手く掛かってないわよ」
手厳しい。配点の厳しさは小町と同じ程度だが、指摘する言葉と表情がマジで傷つく。
由比ヶ浜の、「あー!現文と原文!あはは、すごいねヒッキー!」って誉め言葉も雪ノ下の後だと煽りにしか聞こえない。
ごめんなさい、許してください。もう下らないことは言いません。
八幡「ていうか会話内容書き起こすって妙に恥ずかしいし、やっぱ口頭でいいか?」
雪乃「仕方ないわね。まあそれでいいわ。書き起こす紙ももったいないことだし。原油価格が高騰しているから」
八幡「は?」
結衣「ん?」
い、今なんかとてつもなくとてつもないことがあった気がしたんだが……。
雪乃「どうしたの?早く説明しなさい。それともつい昨晩の会話の内容も覚えていないの?ごめんなさい、そこまで比企谷君の記憶力が深刻な状態だったとは知らなくて。いくらあなたといえどもさすがについ15、6時間前のことくらいは覚えているかと思ったのだけど、少し高望みすぎたかしら。悪いのはあなたではなく、あなたの記憶能力を見誤っていた私だから、比企谷君は落ち込むことないのよ」
おお、もう……。
キッチリ懇切丁寧に、今起きたことをありのままに問い詰めたい気持ちもあったが、仕返しが怖いのでやめておくことにした。
八幡「……って感じだな」
一通り、昨日の材木座との会話内容を二人に説明する。
と言ってもここから新たにわかることなんてのは別にないはずだ。
結衣「うーん、なんで学校来ないのかさっぱりわかんないね」
八幡「それな。本当、なに考えてんだあいつ」
雪乃「そうね、不登校の原因は相変わらずわからないままね……」
やはり目新しい情報は得られず、場が静まりがちになる。
俺と由比ヶ浜は頭に浮かんだ推測をいくつか口に出してみたものの、結局真偽をする術はないので、特に意味のない会話になってしまった。
雪ノ下はまた一人だんまりを決め込んで、何やら考え事に夢中のようだ。
時計を見ると、もう17時半を回っている。今日はこのままお開きかね、と思って気を緩めたところで、不意打ちのように雪ノ下が口を開いた。
雪乃「……あくまでこれは私の推測に過ぎないのだけれど」
雪ノ下はそこで一旦口を閉じ、迷うそぶりを見せるように視線を揺らす。
雪ノ下らしくない。
雪乃「推測に基づいた、あまり確信を持てないことなのだけれど……」
八幡「なんだよ、言ってみろよ」
推測なんてさっきから俺と由比ヶ浜が馬鹿げた推理の披露パーティしてたじゃねえか。
結衣「どうしたの、ゆきのん?」
雪乃「……いえ、決めたわ」
雪ノ下は覚悟を決めたように目を見開き、挑むように俺の目を見た。
雪乃「私は、今回のこの依頼からは手を引くことにするわ」
八幡「は?」
ちょっと何言ってるかわかんないですね……。
雪乃「手を引く、というか手出しをしない。比企谷君一人に任せることにするわ」
ゆっくりと、噛んで含めるような緩慢さで雪ノ下の言葉が理解へと達する。
と同時に、先程から無理に蓋をしてくすぶり続けていた怒りがふつふつと再燃してくるのが感じられた。
八幡「つまり……この件に関してお前は何もしないということか?」
雪乃「ええ。そして、由比ヶ浜さんにも手出しはさせないわ」
結衣「え!?なにそれ、ゆきのん、どういこと?」
雪乃「今回の案件は比企谷君一人に担当してもらうということよ」
結衣「いや、え?!意味わかんないよ!なんでいきなり?」
ゆらり、という感じで視界が揺れた。
由比ヶ浜と雪ノ下が何やら口論を交わしているが、耳に入ってこない。
昨日の夜、材木座との電話を終えてから今までずっと続いていたモヤモヤが、全て怒りに変わってしまったようにすら思える。
久々に切れちまったよ……。まずこの学校さぁ……屋上あんだけど……。
八幡「一応、わけを聞いときたいんだが」
これでもかというほど目を腐らせて雪ノ下にガンを飛ばす。
もう目線だけで大豆が納豆に変わるくらいに腐らせる。
葉山「えぇ…」(困惑)
八幡「怖いなーとずまりストIV」
雪乃「理由は……、それが私の思う依頼の解決方法だからよ」
八幡「引き受けるだけ引き受けて、後は全部人に丸投げするのがか?」
雪乃「結果的にはそうなるわね」
いけしゃあしゃあとのたまう雪ノ下。
これにはさすがの俺も切れたね。
切れて、荒々しく立ち上がり、椅子や机を手当たり次第に蹴飛ばして雪ノ下の正面に立ち、胸ぐらを掴んで強引に立ち上がらせるところまで空想してひとまず溜飲を下げる。
や、もちろん実際にはやんないよ?
椅子や机に当たり散らすなんて野蛮なことしないし、女子の胸ぐら掴むなんてこのご時世一発アウトですよ。
そもそも雪ノ下の胸ぐら掴みに行ったら、触れることすらできずに投げ飛ばされるだろうしね。
情けない話、こいつと取っ組み合いの喧嘩になっても負ける自信がある。
八幡「話になんねぇ。なんだそれ、そんな無茶苦茶が通る道理があってたまるか」
依頼を白紙に戻すべきだと言う俺の主張を退けて引き受けたのは、誰あろう雪ノ下本人じゃないか。
その本人が依頼には手出しせず、俺一人にぶん投げるという。
こんな馬鹿な話があってたまるか。
結衣「ゆきのん、さすがにこれはあたしも納得できないよ……。ちゃんと説明、して?」
雪乃「言ったでしょう、これが私なりに考えた依頼の解決方法だと。この依頼は比企谷君が一人で取り組むべきものだと、私は思うわ」
理不尽すぎる。
もう本当清々しいほどに理不尽。西武ライオンズのリリーフ陣くらい理不尽。
雪乃「最初のころにこの奉仕部の理念については説明したわよね?」
八幡「依頼人を助けるわけじゃない。方法を教え、手助けをするだけってやつか?」
雪乃「ええ。私たちは人を助けるわけじゃない。その人が自分で助かるだけよ」
なにそれ。いつから忍乃下さんになったわけ?
八幡「それについては理解してる。でも今お前が言っているのはそれとはまた別だろ。手助けすらしないって宣言じゃねえか」
雪乃「何もしないということが、手助けになるということもあるわ。今回の依頼はそれに該当するケースだと判断した、それだけよ」
わからない。雪ノ下が何を考えているのかがさっぱりわからん。
材木座絡みのゴタゴタを俺に押し付けるというのは今までにも何度かあった。
というか毎回そうだった気もする。
ただ、今回は今までとは深刻さが違うし、依頼者も材木座ではなく教師二人だ。
言うなれば至極真っ当な依頼だというのに、それをこいつがこんな風にぞんざいに扱うというのが解せない。
如何に材木座絡みといえども、それはいくらなんでも酷すぎるのではないかと思う。
八幡「雪ノ下、お前何を考えてる?」
雪乃「受けた依頼を解決することよ」
聞きようによってはあまりにもふざけたその返答に、最も反応したのは俺ではなく由比ヶ浜だった。
結衣「あっ!」
思わずビクッとなるほどの声量で驚きの声を上げ、雪ノ下の方を真剣な目で見つめる由比ヶ浜。
なんなの?あっと驚く超バニラ?
なんかわかったのなら俺にもわかるように説明してください。
雪乃「由比ヶ浜さんには後できちんと説明するわ」
八幡「俺には説明なしかよ……」
このなんとも慣れ親しんだ疎外感。
三人寄れば二人と一人になるいつもの俺である。
へーきへーき、いつものことだし。全然悲しくなんかないですよーだ!
雪乃「比企谷君」
俺が一人でさらに目を腐らせていると、雪ノ下が意外にも優しげな声音で話しかけてくる。
やだなぁ、この声の感じはなんか酷いこと言われるトーンなんだよなぁ。
と思わず身構えた俺であったが、かけられた言葉はまたしても意外なことに強烈な嫌味でも、心を切られるような皮肉でもなかった。
雪乃「彼が不登校になってしまった理由、それは私にもわからないわ。けれど、どうすれば彼が不登校をやめてくれるのかは、おそらくだけどわかってる」
八幡「わかってんならそれを言えよ。事件解決じゃねぇか」
兵は拙速を尊ぶ。思い立ったが吉日。即断即決。
早いに越したことはない。嫌なことはさっさと済ましてしまうのが定石だ。
雪乃「いえ、それでは奉仕部の理念に反することになる」
またこれだ。
かたや定石、かたや理念。
かたやりねん……かたやいねん……カタヤイネン!
ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンちゃん!
ストパン3期楽しみにしてるぜ~!
よくわからんそこの君は「ついてないカタヤイネン」で検索検索ゥ!
雪乃「これはあなたが自分一人で見つけるべき答えよ、比企谷君」
雪ノ下はこれまで見たことがないような穏やかな表情で続ける。
いや、正確には見たことはある。折しに触れて、雪ノ下はこんな表情を見せていた気がする。
ただ、その顔が向けられているのはいつも俺ではなかった。
だから、初めてに見えたのだろう。
正面から見たその顔はあまりにも綺麗で、不思議な暖かさに満ちていて、体が言うことを聞かず固まってしまう。
雪乃「あなたが一人で見つけて、乗り越えて、そして手にするべき答えよ。私たちはそれを教えることはできない。ただ、方法を示してあげるだけしか」
気がつけば由比ヶ浜も雪ノ下と同じような顔で俺を見つめていた。
穏やかで暖かく、優しい。そしてほんの少しだけ寂しさの滲んだような素敵な顔で。
二人にそんな風に見つめられ、正直居心地が悪い。
なんだかずっと年上の人に諭されているような、そんな居心地の悪さだ。
どうにかこうにか口を動かして、この空気を打開しようと試みる。
八幡「……お前はなんでも知ってんのな」
雪乃「なんでもは知らないわよ。知っていることだけ」
超どや顔で返された。
ていうかお前読んだろ?化物語読んだよね、絶対。なにその超嬉しそうな顔。
雪乃「文学少女シリーズは読み終わったから、ネットで調べて評価の高い化物語を読んでみただけよ。今日の帰りに傷物語を買って帰るわ」
八幡「どんだけ読むのはえーんだよ。びっくりするわ」
まだ文学少女薦めてから一日半くらいしか経ってないはずなんですがそれは。
結衣「え!?ゆきのん、もう読み終わったの!?はやっ!あたしなんかまだ半分も読んでないのに!」
八幡「しかもシリーズを読み終わったっつってたからな、こいつ。お前が今半分も読んでないのは1巻で、本編だけで他に7冊あるからな」
驚愕する由比ヶ浜にさらに驚くべき事実を告げてやる。
結衣「い、いつの間に……。土曜日からほとんどゆきのんと一緒にいたはずなのに!」
雪乃「なかなか面白かったとだけ言っておくわ。詳細はまだ読んでいない由比ヶ浜さんのために控えるけれど」
さすが雪ノ下。見た目と読書好きという点は文学少女と名乗るに足る器である。
だが、俺は雪ノ下が文学少女などとは決して認めんぞ!
まずその性格!口の悪さ!内面は文学少女と呼ぶにはほど遠いわ!
雪乃「ところで比企谷君、さっき言っていた本編というのは?番外編のようなものもあるのかしら?」
興味津々か。
思いっきり文学少女ハマってんじゃねぇか。
良いよね、面白いよね、文学少女。
そんなこんなで雪ノ下に恋する挿話集と文学少女見習いについて説明していると、いい時間になっていた。
雪乃「少し早いけれど、今日はここまでにしましょう。平塚先生にいくつか報告しなくてはいけないこともあるし」
俺と由比ヶ浜に異論はなく、早々にお開きとなった。
雪乃「由比ヶ浜さんも一緒に来てもらえるかしら。平塚先生に報告するのと一緒にあなたにも話しておきたいことがあるから」
結衣「うん、ついてくよ!じゃあね、ヒッキー!」
八幡「ああ、お疲れさん」
手を振る由比ヶ浜と目だけで別れを告げる雪ノ下を背に、一人廊下を歩いていく。
そういえば俺一人で依頼をこなす、ということが半ばなし崩し的に決まってしまった。
すっかり話の流れで忘れてしまっていたぜ……。
しかし、思い出してもさっきまでのような怒りは不思議と沸いてはこない。
元来怒りが持続する方でもない。
おまけに元来、一人で何かをやる方が性にあっているのだ、俺は。
しゃあない。材木座のことは俺一人でなんとかしましょうかね。
もし材木座がうつ病だというなら、それこそ俺にできることは何もない。
速やかに病院へ行き、しかるべき処置を受けるべきである。
ぶっちゃけこの依頼、俺には荷が重い気がしてならない。
ヘビーすぎる。空飛ぶスケボーが出てきたり、車で過去に向かうくらいヘビーだ。
昼飯の締めにチョココロネをたいらげ、いつものベストプレイスでぼーっと空を見ながら方法を模索した。
ちなみにチョココロネは細い方が尻尾、チョコが見えてる方が頭だと思う派だ。スライムつむり的に考えて。
雪ノ下の言を信じるならば、今回の依頼は俺一人で解決できるらしい。
あいつは嘘はつかない。
だから、多分まぁそうなんだろう。
だが、本当のことを敢えて言わないことはある。
俺が自分で気づくべきこと、見つけるべきこと。
なんだろう、さっぱりわからない。
平塚「なんだ比企谷、こんなところにいたのか」
カツカツと律動的なリズムを響かせながら、タバコをくわえた平塚先生がこちらへ向かってきていた。
平塚「教室にいないから探してしまったよ」
八幡「すんません。なんか用でした?」
平塚「うむ、昨日雪ノ下から報告を受けてな。今回は君一人で依頼にあたるそうじゃないか」
八幡「はぁ、なんか部長の横暴な決定で」
平塚「横暴な、か。まあ君からしてみればそう見えても仕方ないかもしれないな」
平塚先生は楽しげに笑うとタバコを携帯灰皿に押しつけて消した。
平塚「どうかね、依頼の方は。なんとかなりそうか?」
八幡「いえ、さっぱり。まるで糸口が見えません」
俺の答えを聞くと、平塚先生はまた楽しげに笑い、2本目のタバコに火をつけた。
タバコ吸いすぎぃ!
平塚「君らしいな。いや、ここは敢えて君の悪い癖と言っておこうか」
八幡「なんのことすか?」
平塚「行動する前に思考がくる点だな」
……え、それって普通じゃない?
脊髄反射だけで生きてる奴なんていないでしょうに。
俺の怪訝な顔を察してか、先生がことばを続ける。
平塚「思考が深すぎる。考えて、考えすぎて足が深くはまりすぎる。いざ一歩踏み出そうとしたときに、その一歩が出なくなる。当てはまらないかね?」
八幡「はぁ、確かにそういう傾向はあるかもしんないっすね」
よく見てる、と思った。
確かに俺にはそういうところがある。
人に話しかける前にごちゃごちゃ考えすぎて、結果的に話しかけられずに終わる。
ぼっちのできるまで、である。
平塚「勘違いしないでもらいたいのだが、私は何もそれが全てにおいて悪いなどと言うつもりはないよ。裏返せばそれは君の良いところでもある」
八幡「そうすかね」
平塚「ようは場合によりけりということさ。歩き始める理由を探すことが必用な場面もあれば、歩き始めてから理由を後づけるときもある」
八幡「そんなもんですか」
よくわからない。
俺の人生経験が足りないからだろうか。
そんなこと言ったらまた殴られるから言わないけど。
平塚「そのあたりを柔軟につかいわけられないのは雪ノ下も君も一緒だな。程度の違いはあるが」
平塚先生はくわえタバコのまま器用に片頬をつりあげニヒルに笑う。
平塚「見ていておかしいやら呆れるやら……。昨日の君らの言い合いを見ていると、やはり奉仕部に君をぶちこんで良かったと思うよ」
八幡「ぶちこむって……。妙齢の女性の言い草じゃないでしょ。あ、でも先生は」
最後まで言い切る前にヒュッという素敵な音と共に平塚先生のジャブが俺の顔の横を通過した。
平塚「次は耳だ」
八幡「すいません、ラピュタのいかずちは勘弁してください」
俺は今婚期に焦る30代独身女性の前にいるのだ……。
俺の反応に満足気な表情を浮かべ、平塚先生は話を続ける。
平塚「人の気持ちを説く雪ノ下が君の気持ちをまるで汲んでいないあたりが実に面白い」
八幡「雪ノ下に人扱いされないのは慣れてますよ」
雪ノ下に限った話ではなく、俺の意見なんかが蔑ろにされるなんてのは日常茶飯事。
そんなこといちいち気にするほどやわではない。
平塚「そうだな、人扱いされていないというのは言い得て妙だ。雪ノ下は少々君のことを神格化しすぎているキライがある」
八幡「神格化?いやいや、つい先日妖怪呼ばわりされましたけど」
しかも普段なかなか見せないような楽しげな顔で。
平塚「あぁ……妖怪か……なるほどなぁ」
いや、おい。納得するとこじゃないでしょ!
平塚「ようするに君を等身大の一人の人間として見れていないということさ。君なら多少の理不尽や無理難題でもなんとかしてしまえるだろう、というな」
そんなこと思われても……八幡困っちゃう……。
平塚「良く言えば期待や信頼。悪く言えば甘え、理想の押し付け、依存といったところか」
どうにも耳が痛い話だ。
依存、か。なるほど、言われてみればそういう言い方もできるかもしれない。
平塚「ま、しかしこれは雪ノ下の方の問題だ。君がどうこうという話じゃないよ。昨日もあのあと由比ヶ浜にずいぶん怒られていたみたいだからな」
八幡「由比ヶ浜がですか。なんか一年前からは信じらんない話っすね」
最近、由比ヶ浜が雪ノ下に説教するという、これまでと逆の構図が増えてきたように思う。
平塚「あの二人は良い関係を築けていると思うよ。非常に対等で、タイトな関係だ」
いや、そんなどうだ上手いこと言っただろみたいな顔されても。
平塚「雪ノ下の問題は置いておくとしてだ。どうかね、同級生の女子から信頼され仕事を任される気分というのは。いかな君と言えども多少は奮起されるのではないかね?」
八幡「いえ、まったく」
俺は仕事を押し付けられて喜ぶような変態にはなりたくない……!
平塚「相変わらず頑なだな」
八幡「コロコロ自分の意志を曲げるのが正しいとは言えないでしょ」
頑なだとか頑固だとか融通がきかないと言えば聞こえは悪いが、裏を返せばそれらは自分の意見をしっかり持ってるとも言える。
ものは言い様だ。
他人の意見を柔軟に受け入れるというのは、悪く言えば自分が無いとも言える。
平塚「クラスでの君は流されやすいように見えるがね」
八幡「流されてるように見えて、意外と上手に泳いでるんですよ。こう見えて泳ぎは得意な方なんで」
平泳ぎとかめっちゃ得意。得意すぎて小学校のころはヒキガエルなんてあだ名を頂戴したりもした。
ちなみに一睨みで俺を黙らせる雪ノ下は逆説的に蛇であると言える。
ピット器官とかありそうだし。
平塚「なるほどな、あくまで個人主義ということか」
八幡「いや、そこまで大したものでもないですけど」
実際、個人主義などというほど大それたものじゃない。
みんながみんな、右へ倣えるわけじゃない。
それを良しとして生きていっても別にいいじゃないくらいのもんだ。
平塚「雪ノ下はそういった意味ではまだ君を理解しきれていないのかもしれんな。その点では由比ヶ浜が一歩リードといったところか」
八幡「なんの話すか?」
平塚「なんの話だろうな?絶対に教えるもんか!絶対にだ!」
なぜか突然声を荒げる平塚先生。気のせいか目尻には光る雫が……。
平塚「ま、由比ヶ浜も最終的には君を信じるというところで雪ノ下と合意したよ。あの二人がそうするというのなら、私もそれに倣う。なにせ、今回の依頼は半分私からのものだしな」
平塚先生はニカっと笑うと、「がんばりたまえ」と言い残して去っていった。
午後の授業中、平塚先生に言われたことを考えてみる。
材木座のことは考えても現状どうしようもないので、考えるのをやめた。
雪ノ下は俺に過大な評価と期待をしているという。
それは以前、誰あろう俺自身が雪ノ下にしたことと同じだ。
勝手に期待して、勝手に失望する。
自分の中で始まり、自分の中で完結するその心の動きは、人間関係としてすごく歪なものに思える。
否、相手を間に介さないそれは人間関係とすら言えないのではないか。
かつての俺ならば、そんな歪な関係を許容することはなかったはずである。
なんと言われようとも、こんな形で丸投げされた依頼は断っていただろう。
うやむやの内に流されることはあっても、泳ぐ方向を指図されることはなかったはずだ。
一方、由比ヶ浜は雪ノ下以上に俺のことを理解しているという。
理解したその上で、雪ノ下と同じく信頼し、任せるという。
人は人を完全にわかってやることなどできない。
あくまで「この人はこういう人間だ」という想像を押し付け合うことで、理解したつもりになるしかないのだ。
だから、俺は簡単に人に理解しているなんて言われたくないし、誰かを理解しているとも言いたくない。
理解したような顔であれこれ俺について語られるなんてまっぴらごめんである。
では、雪ノ下と由比ヶ浜、あの二人の関係はどうなのだろうか。
平塚先生が対等でタイトだと評したあの二人の関係は。
きっと、あの二人は理解しあっているからあの関係にたどり着けたのではない。
お互いがお互いに理解したい、理解されたいと願ったからこそたどり着けた境地なのだと思う。
始まりが間違っていたとしても構わない。
理解されたいと思う気持ちが自己満足でもいい。
たどり着いた答えが「理解」でないとしても。
それでも、互いに願いあった末に行き着いたその関係は、とても尊く美しいものに見えた。
雪ノ下に聞けば少し頬を赤くして、けれど迷いのない声で「友達よ」と言うだろう。
由比ヶ浜に聞けば嬉しくて仕方がないという顔で「友達だよ!」と答えるだろう。
それはあの二人が手にいれて、俺に示して見せた一つの答えだ。
あの二人でなければダメだった。あの二人だからこそ届き得た。
それは俺が欲した何かと限りなく近いもののような気がした。
では俺は。比企谷八幡はどうなのか。
理解されたい・したいと思い合える誰かが欲しいのか。
多分、少し違う。
それらはきっと、欲したものではなく、手放したくないものになっている。
始めに欲したものは形を変えて手にいれた。
時間の経過や人の流れ、いろんな事があったせいで、手に入ったときには別のものになっていた。
まあ普段から概ね誰にも気づかれずに生活しているわけだが。
言うなれば帰宅部の幽霊部員。
もうわかんねえなこれ。
自転車に乗ってすぐ思い出したが、今日は家に帰れない理由があった。
明日はマイラブリーシスター小町の誕生日。
比企谷家においては1年間で最も重要視される一日だ。
加えて今年は高校受験合格なんていう、他の日ならばどこでもエースを張れるようなオマケまでつくありさまだ。
両親、主に親父の力の入れようは半端じゃない。それはもう超ドレッドヘアー級、略して超弩級の気合いの入り用である。ボブ・マーリーかよ。
正しくは超ドレッドノート級な。
そんなわけで張り切りまくってる親父は前日から有給をとって準備に勤しむなど、ウザさに余念がない。
今帰れば、ウキウキで飾り付けなんかを施している親父と、家で二人きりなんてことになる。
考えるだに恐ろしいその状況を避けるべく、家に向けて走り出した自転車の舵を千葉方面へと切る。
旦那は元気で留守がいい、なんて昔から言われていることだが、子ども目線でもそうなんだよなぁ。
日本のお父さんは大変である。
最近とみにご無沙汰になっていたゲーセンなんぞに入ってみる。
抜け殻のようにパチンコの画面を見つめるじいさんたちの脇を抜け、お目当てのクイズゲームへ。
このゲームは基本一人プレイで、賢者になれるゲームである(意味深)。
オンライン対戦がメインとなっており、全国のゲーセンにいるプレイヤーとリアルタイムで早押しクイズバトルができる。
最近あまり力を入れなくなってしまったのが悲しいが、何世代か前のver.ではオフラインで遊べる検定試験なるものが豊富に揃えられていて、俺はそっちの方が好きだった。
割りと古参プレイヤーを自称する俺だが、いまだにメイン画面に存在する「店内対戦」とかいうコマンドは触れたことがない。
なんだろうね、これ。
カードをリーダーに置き、暗証番号を入力。
さて、久しぶりにがんばりますか……。
今日はとても良い日だよぉ!(裏声)
ひとしきり楽しんでいると妙な視線を感じた。
首は動かさず、目だけで背後を探ると、明らかに俺の後ろで立ち見をしている輩がいる。それも二人。
このゲーセンの文化、本当嫌いなんだよね、俺。
音ゲーとか格ゲーとかやらない理由の一つがこれ、立ち見。
上級者さんのプレイに立ち見ができるのはまあわかるが、大して上手くもないごくごく普通のプレイヤーのこともたまに見てるやついるんだよね。
あれ、すげえプレッシャーかかるから本当やめてください。
筐体は俺の他に3台空いているし、順番待ちというわけではない。
なんなのなぁ、本当に。どっかいってくんねえかなぁ。
別に俺が使っているのがゆりしーボイスの幼女キャラだから恥ずかしいというわけではない。
本当だよ?猫耳とかスク水とかかなり本気カスタムしてるけど、全然恥ずかしくないよ?
恥ずかしいわけないじゃないですか!
こちとら悟りを開いた賢者様ですよ!
くそ、やはり見られているプレッシャーからか、先程より正当率が落ちている。
このままじゃ予選落ちしてしまう……。
Q『最初は四本足、成長すると二本足、最後に三本足になる動物は?』
予選の最終問題が表示される。
いかん、これに正解しないと絶望的だ。
四文字のタイピング問題か……。あせるな、落ち着け……。
しかし、ぼっちにとって最も辛いのが視線を集めることである。
背後からの視線をビンビンに意識しまくる俺は完全にパニックに陥っていた。
なんだ?四文字?
最初は四本足、次に二本足、最後に三本足。考えろ……考えろ……。
わかった!奈良漬けか!
慣れが必要とされるタッチパネルのタイピング入力も、宝石賢者の俺にとってはまるで障害にならない。
中級者以上独特の素早いタイピングで「ならづけ」と打ち込む。
恐らく「ならずけ」との引っかけ問題なのだろう。
だが、国語学年3位の俺はそんな初歩的な国語に騙されることはない。
勝利へのほのかな満足感と、予選落ちする愚か者たちに若干の哀れみを感じながら、今OKボタンを押す。
と、顔に影が落ちたのを感じ、横を見ると誰かが俺の左側に立ち、筐体を覗きこんでいる。
おいおいマジかよ、これ他人のゲーム立ち見する距離感じゃねーよ。
やべー、なんかヤバい人かも……。
八幡「いや、もう予選落ち確定してたんでネタに走ったというか。……なんでいるんすか?」
陽乃「なんだ、ただの受け狙いだったんだ。てっきり比企谷君のことだから『にんげん』って答えがわからなかったのかと思った」
俺の質問は無視して笑顔で軽いジャブを放ってくる。
やり方は180度違うものの、姉妹共々俺への対応は攻撃的で一致している。
陽乃「面白そうなゲームじゃん!私も一緒にやろーっと」
言いながら無理矢理俺の横のスペースに入り込んでくる雪ノ下パイセン。近い近い近い!あと柔らかい!でかい!
八幡「ちょ、なんなんすか!他全部空いてんだから、やるなら隣の隣座ってくださいよ!」
陽乃「そこでナチュラルに隣すら拒否するのがすごいよね。まぁまぁせっかくなんだから仲良くカップル席っぽく座ろうよ」
抵抗する間もなくシートの半分を奪われてしまった。
仕方がないので俺が席を移ろうと腰を浮かせた瞬間、筐体から「くやしいな……くやしいな……」というゆりしーボイスが……!
こんなこと言われてやめちまったら男が廃るってもんよ!
アロエに免じてここは俺が折れよう。
いや、それにしても良い匂い。
コンテニュー料金を払おうと財布を出しかけた俺を制し、文句を言う間もなく雪ノ下さんが100円を投入する。
素直に甘えておくことにして、オンライントーナメントをタップ。
八幡「解答形式とか色々あるんすけど、基本的にはただの早押しクイズなんで。わかった段階ですぐ押しちゃってください」
陽乃「おっけーおっけー」
八幡「タイピングのときは俺が入力しますんで、答えわかったら教えて下さい」
陽乃「りょーかい!」
こうして俺と雪ノ下さんタッグによるトーナメントが始まった。
……どうしてこうなった。
八幡「……で、なんでここにいるんすか?」
順調に練習問題を解いていく雪ノ下さんに先ほど流された質問をする。
陽乃「んー?普通に学校帰りに友達と遊びに来てるだけだよ?」
八幡「友達は放っといていいんですか?」
雪ノ下さんと一緒にいたもう一人は気づかない内に消えていた。
陽乃「私の他にあと3人いるからねー。
どっか別のとこで遊んでると思うよ」
練習問題が終わり、しばらくは待機画面が続く。
手を止めた雪ノ下さんはいつもの底が見えない笑顔で俺を見た。
陽乃「さっきの問題の答え『にんげん』で良かったね。『ともだち』だったら比企谷君は本当にわからなかったもんねー」
八幡「……いやわかりますよ。文系クイズは得意分野です」
陽乃「ふーん」
マッチングが終わり、ようやく予選が始まる。
陽乃「でもその答えは比企谷君の正解ではないよね」
一度画面が暗転し、ロード画面になる。なうろおでぃんぐ。
陽乃「ことばの意味を見て『ともだち』って解答は出せても、『ともだ』ってことばの意味はわからないんだもんね」
八幡「え、それどういう」
意味ですか、という言葉が出る前にロードが終わり、予選の第1問が表示される。
雪ノ下さんは何も言わなかったかのように画面をキラキラした目で凝視していて、俺は言葉を呑み込んだ。
>>541
はるのんの『ともだち』ってセリフの『ち』が抜けてた!この脱字は恥ずかしい!
陽乃「へー、思ったより問題も凝ってるね、このゲーム」
さすがというかなんというか、予選問題を連続正解で難なく解いていく。
ガチでこのゲームに嵌まっている人たちは問題を覚えたりとかするらしいけど、この人の場合は単純に知識量が半端じゃない。
学術系の問題から芸術系、エンタメ系、果てはサブカル系まであらゆるジャンルの問題を片端から解いていく。
気がつけば全問正解で予選が終わっていた。
八幡「俺の出る幕がない……」
陽乃「ふふん、これが大学生の実力だよ」
八幡「いや、大学生のハードル上げすぎでしょ……」
予選の通過順が表示される。
てっきり1位通過だと思っていたが、結果は3位。
陽乃「あれ?この人達も全問正解なのか。同率1位にはならないんだね」
八幡「早押しが早いほど得点が上がるんです。多分そのあたりで負けたんじゃないすかね」
陽乃「ふーん、そっかそっか」
納得しうなずく雪ノ下さん。別段表情は変わっていないのに、なぜだか周りの気温が少し下がったような気がする。
やだこの姉妹、すぐムキになるんだもん……。
陽乃「よーし、比企谷君、今度は1位狙うよー!」
八幡「う、うっす」
やべー、タイピング問題きたら責任重大だよこれ。
結局、決勝も2位で終了。
敗因ははっきりしている。俺のタイピングだ。
隣の雪ノ下さんに当たらないよう、無理な姿勢で画面にタッチしなければならず、2回も不正解を出すという体たらく。
俺が間違える度に雪ノ下さんは爆笑していた。
八幡「すいません……」
陽乃「どんまいどんまい!比企谷君の情けない姿を見れて、お姉さんは大満足だよ」
そしてまた笑う雪ノ下さん。
人の情けない姿が見れて大満足って……。
雪ノ下さんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからね!って感じ。
陽乃「はい、それじゃあもう1回」
当然のように100円を入れてコンテニューを押す。
さすがに今回は俺が払おうとするも、頑として受け付けてくれない。
陽乃「やだなー、高校生にゲーセン代たかるような悪いお姉さんに見える?」
見えない。そんな小悪党で収まる器には見えない。
2回目ということで慣れたのか、今度はおしゃべりに重点を置きながらのプレイ(意味深)。
他のプレイヤーの解答にツッコミをいれたり、問題について雑学を披露してくれたり。
なんだこれ、普通に楽しいじゃねえか。
こういうのが本当のコミュニケーション能力ってやつなんだなぁ。
大抵のことでは一人を好む俺をして、タッグプレイを楽しいと思わせるとは恐るべしである。
予選と準決勝を順調に通過して、決勝戦。
陽乃「おっと、ごめん」
メールでも来たのかスマホを取りだした雪ノ下さんは「ちょっとお願いね」と解答を俺一人に任せ、スッスッとスマホの画面を操作し始める。
決勝第1問目はアニメゲームジャンルの四択クイズ。
これならイケる!
Q『パ』
光の早さでC.ストライクウィッチーズをタップする俺。
残り時間が18.8秒で止まっている。
他の3人は俺のあまりの早さに驚愕しているだろう。
やがて正解のチャイムが流れ、少し安らかな笑顔が浮かぶ。
この問題は外すわけにはいかねえよ……。
とそのとき、カメラのフラッシュが焚かれ、盛大に体がびくつく。
すわ、何事かと横を見ると、視界に入らない巧妙な角度で俺の肩あたりに頭を寄せて、スマホで自撮りしている雪ノ下さんがいた。
いわゆる、ツーショットってやつだ。
八幡「いや、ちょ、なにしてんのこの人!」
陽乃「おー!予想以上のナイスショットだよ。笑顔の比企谷君が撮れてしまった……!」
イタズラっ子のように無邪気な顔を浮かべる雪ノ下さんは撮れたての写真を見せてくれた。
満面の笑みで写る雪ノ下さんの隣に、(ゲーム画面を見ているため)少し俯きがちにニヤニヤ気味悪く写る俺の顔が……!
八幡「うわなんだこれ!気持ちわる!消して!いますぐ消して!」
むしろ消えたい!
画面の光が下からあたって、ニヤニヤしてる顔といいなんかもう本当に気味が悪い写真になっている。
力づくでスマホを取り上げようかとも思ったが、クイズは待ってくれない。
決勝戦はまだ途中であり、俺は勝たなくちゃいけないんだ……!
その後復帰した雪ノ下さんが全問正解し、見事優勝することができた。
敵わんなぁ……。
そのあともう一度トーナメントを優勝し、さすがに飽きたのか席を立つ雪ノ下さん。
ようやく解放されたかと胸を撫で下ろしていると、なぜか腕を掴まれ俺まで立ち上がらせられる。
陽乃「喉渇かない?渇くよね?よし、お姉さんが奢ってあげるからジュース飲みに行こう」
強引にまくし立て歩き出す雪ノ下さんに引かれ、渋々後に続く。
まあ奢ってくれるというなら断る道理もない。
体育会系の縦社会なんかに属したことがないのでわからんが、先輩に素直に奢られておくのも後輩の務めと聞く。
やっべ、原作(笑)なんぞよりこっちの方が楽しい!
意地張ってる意識高い系(笑)なんぞよりも堂々としてる方がいい
気力の続く限り続けてください
格ゲーコーナーの奥にガラス扉で区切られた休憩所がある。
雪ノ下さんはここに来慣れているようで、スルスルと筐体の隙間をぬってその休憩所まで進んでいった。
さすがにまだ学生しかいない時間帯ということもあり、休憩所の中には誰もいない。
陽乃「比企谷君、何飲む?」
八幡「あ、マックス」
言い終わるより先にガコンと缶が落ちる音がして、目の前にファンタグレープが差し出される。
陽乃「はいどーぞ」
八幡「……ありがとうございます。いただきます」
人様にいただいた物にケチをつけるような躾は受けていないため、ありがたくちょうだいする。
雪ノ下さんは自分の分のお茶を買うと、俺の隣に座る。相変わらず距離が近い。
陽乃「いやー、なんか久しぶりにあんなに頭使った気がするよ。勉強とはまた違う使い方だよね」
八幡「つーかどんだけクイズ強いんすか。大会とか出れるレベルでしょ」
この人なら本気出せばアメリカ横断とかできる気がする。
まあ俺も本気出せば千葉県横断くらい余裕だしね。同じようなもんだろ。
陽乃「あれ、知らなかった?私は何でも知っているんだよ」
不敵に微笑むその顔は夜の森を思わせるような深さをしていた。足を踏み入れるには躊躇するほど深く、そして暗いような。
陽乃「何にも知らない比企谷君のために、何でも知ってる説明好きの陽乃お姉さんが相談に乗ってあげよう」
ただの臥煙伊豆湖さんだった。
なんで姉妹揃って物語シリーズ嵌まってんだ。
八幡「いや、俺もう帰んないと妹がアレなんで。ジュースごちそうさまでした」
陽乃「小町ちゃんなら今日は帰り遅いみたいだよ?」
八幡「は……?なんでそんなこと知ってんですか」
陽乃「だから私は何でも知ってるんだってば」
八幡「臥煙さんはもうわかったんで。つーかそれリアルでやられるとマジで怖いんでやめてください」
どじっ子とかツンデレとかヤンデレとか、俗に二次元文化で属性と呼ばれるものは三次に持ち込んでもダメ。
萌えるどころか普通に引くだけだよね。
陽乃「さっきLINEで聞いただけなんだけどね。比企谷君の外堀埋めるために」
どうやってか瞳から虹彩の色を抜き、ヤンデレ風味に種明かしをする雪ノ下さん。
外堀を埋めるというか外堀に埋められそうだった。
陽乃「それで、不登校生徒の更正を依頼されてる比企谷君はここでなにやってたのかな?部活までサボっちゃって。雪乃ちゃんに怒られちゃうよ」
八幡「本当なんなんすか……」
何度も何度も、なんなら会うたびにたが、俺はこの人に驚かされている気がする。
新発見とか見たことのない一面なんてちゃちなもんじゃあ断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗を毎回味あわされている。
八幡「誰からそんなこと聞いたんすか?」
平塚先生は生徒の情報をホイホイ教えたりはしないと思う。
雪ノ下も部外者にそんな話はしないはず。特にこの姉に対してはより頑なに。
八幡「もしかして由比ヶ浜?」
陽乃「ぶー。残念、不正解。正解はいろはちゃんでした!」
生徒のプライバシーとかまるで考慮していない生徒会長が犯人だった。
うちの高校のトップがそれでいいのかよ。
下手したらちょっとした問題になってもおかしくない事案だよこれ。
一色を生徒会長に推した人間の任命責任じゃないのこれ。
八幡「あれ、でもこの話、一色にはしたことないはずですけど」
陽乃「大元は書記のメガネっ子ちゃんだよ。書記ちゃんがその話を生徒会で取り扱えないかっていろはちゃんに提言して、たまたま昨日電話したときにいろはちゃんにその話を聞いたってわけ」
なんでうちの生徒会長と雪ノ下さんに直通のホットラインが敷かれているんだろうか……。
こういうのなんか漫画とかラノベで見たことあるな。なんだっけ?
あ、そうだ傀儡政権だ。
陽乃「でもなんだか意外だね。比企谷君が部活サボってゲーセンにいるなんて」
八幡「そっすか?」
そうだろうか。俺は割りと何につけてもまずサボることから考える男だと自負してるんだが……。
陽乃「駄目だよー、雪乃ちゃんやガハマちゃんをがっかりさせちゃ」
何が楽しいのか、ニコニコ笑いながら言う陽乃さん。ただし、その目の奥は笑みとは対極に位置する感情を浮かべているよう、俺には見えた。
寒気すらする。怖いんだよなぁ、この人。
八幡「がっかりさせるのは慣れてるんで。ていうかもはや俺の特技と言っていいレベルですし」
陽乃「おや、なんだかやさぐれてるねえ。これは二人と何かあったのかな?」
八幡「いや、なんもないっすよ」
なんの関係もない他人に愚痴をグチグチ言うような女々しい男に、決してなるものかと誓ったんだ!
そう、うちの親父を見ていてな!
陽乃「がっかりさせるのが特技ねえ……。本当はそんなこと思ってもいないくせにね」
また唐突に陽乃さんの言葉が氷点下を超えて冷えきったものになる。
対して、その冷たさへの防衛本能か俺の体は熱を帯び始め、顔も少し赤くなる。
陽乃「勝手に期待したのは雪乃ちゃんで、勝手に失望するのも雪乃ちゃん。比企谷君からしたら迷惑も良いとこだよね」
何でも知っている陽乃さんは、俺が触れて欲しくないと思っている胸の内までもやはりわかっている。
わかっていて、なおかつ一番痛い触り方をしてくるからたちが悪い。
八幡「そんな風に思ってるわけではないですけど」
陽乃「そうなの?比企谷君は優しいね」
陽乃「そういう相手にはね、比企谷君。こっちも勝手に失望しちゃえばいいんだよね」
その理屈は理解できる。
勝手に期待されて失望されて、ああこいつはこの程度の人間だったのかとこちらも失望する。
そうしてお互いがお互いを介さない関係を続けていくと、あとに残るのはぼっちになった自分一人。
つまり俺である。
陽乃「でも比企谷君ならそんなことわかりきってるよね。わかりきっていて、でも雪乃ちゃんには失望してない。なんでかな?」
八幡「なんでって言われても……」
陽乃「わからない?違うよね、わからないふりをしてるだけだよ」
八幡「ずいぶん持ち上げますね。そんな勝手に期待されても困りますよ。失望させるだけなんで」
陽乃「いやー、それでこそ比企谷君だね。そういうこといわれると俄然ちょっかいだしたくなっちゃうよ」
このSSまとめへのコメント
材木座は桐島だった…?
うまいなーこのひと( ゚д゚ )
良いわ
材木座放置して話を進めよう
いやいやいや、材木座気になるだろ?どうせコートが破れて凹んでるとかそんな結末しか見えないけど気になるだろ?
おまいら、結構ひどいなwwwwwwww
うん、まあ一行でもいいから材木座に触れて欲しい。
ラノベ作家の方ですか?
文章も構成も素人とは思えない。
これはすごい
続きはないのでしょうか
物欲センサーか。
俺結構欲しいの出てるけどな。
モンストでゼウス欲しいなーって思ったらリセマラ三回目で出たし最近始めたエレストでサクヤヒメ欲しいなーとま思ってたら初めてのガチャで出たし。
こんな所で言うことじゃないことはわかってますが先月ios版始まったばかりのエレメンタルストーリー(エレスト)がパズドラ、モンスト並に面白いです。
招待コード50849347よかったらどうぞ。
最初のガチャが全部レア5だからリセマラ楽ですよ。
お門違いのコメがあって草
これほんと面白い
完結待ってる
材木座あれだろ 中二病治って落ち込んでるだけだろ 俺も10日ほど寝込んでたもん
いや材木座は実はダイエットしているだけかもしれん!
続きが気になる
ぶっちゃけ小町の受験のとこで材木座が不登校になってること完璧に忘れてたわ
まじで面白くてびびった。陽乃さんの再現度がssとは思えないレベルだしほんと上手
すげえうまいです!
続きがきになるなぁ(´・_・`)
これは良いものだ