天上の月は照らす。
陽の光では、けして届かぬ心の奥を。
押し込めて、蓋をした筈の想いを。
いとも容易く浮き上がらせる。
醜く朱く爛れた傷跡を。
それは、僅かな痛みと悦びを伴った熱病のように、疼かせて。
私は、胸に微かな痛みを感じ、月を一瞥すると、正面に座る彼女に身を委ねた。
「これで……良いのですか?」
「えぇ、これで良かったのよ……」
彼女の声は、私の柔らかい部分に、すんなりと入ってくる。
彼女の豊かな胸部に顔を埋めている為、彼女の表情はわからない。
彼女の肌からは、地上に来てからは嗅いでいない、月に咲く花の匂いがした。
懐かしく、仄かに甘い匂いは、彼女の髪の匂い。
指先が触れる。
頭の中にな霞が広がる。
甘い、ミルクの様なソレに私の思考は徐々に溶けだす。
頬を優しく撫でる指先は流れるように、慈しむように。
そっと、唇に指先が触れた。
まるで、硝子細工を触るように、優しく、繊細な手の動き。
「ん…」
私の口から、吐息と共に小さな呻きが零れる。
指は更に下へ。
華奢な顎を通り過ぎ、首筋をなぞる様に指先が絡まる。
鎖骨の辺りを指が撫でたところで、不意に私の心の琴線に何かが触れた。
そして、自らの意志の一切を無視し、溢れ出し、視界を、私の世界を歪ませる。
「……泣いて、おられるのですか?」
慈しむような優しい声は、一段低く、更に慈愛に満ちる。
首筋に触れていた指先が離れ、視界を遮る厚い黒髪を静かに分ける。
広がった視界の先に居るのは、普段は纏めている量のある銀髪を、そのまま垂らし、深い藍銀の瞳をした私の永遠の従者。
彼女は泣きそうな、深い悲しみを宿したような笑みを浮かべ、私を見つめていた。
「良いの……続けて」
私は瞼を閉じ顎を上げ、唇をねだる。
この時脳裏に浮かんだのは、彼女の柔らかな唇の感触。 そしてもう一つ。
雛鳥が親鳥に餌を哀願する様。
あながち間違ってはいないだろう――
そう思ったところで、彼女の唇が私の唇を覆った。
「ん……んぅ」
「っはぁ、……姫…ん」
触れては離れる、唇同士の軽いキスから、お互いの唇を貪る、音を立てるような激しいキスへ。
舌と舌が絡み合い、互いの唾液が咥内で交わり、一つになる。
それを飲み込むと、更に欲しくなり、彼女の唇に吸い付く。
彼女の味がする。 もっと彼女を感じたい。
そう思い彼女の咥内を乱暴に舌で掻き回し、貪る私は、確かに先程頭によぎった“雛鳥”と変わらないのかも知れない。
彼女は私の頭を抱き、私は痕が残るのではないかと心配に成る程、強く彼女の肩を握った。
永久さえ眠る夜の帳に包まれた、小さな小屋の中。 淫猥な水音と、徐々に荒くなっていく私と彼女の吐息だけが、響いていた。
はだけた衣服から、私の貧相な身体が覗く。
お世辞にも魅力的とは言えないだろう。 成長する事無く止まってしまった時間のこの身体。
月明かりに照らされた私の貧相な肢体を、彼女は美しいと言って舌を這わせる。
彼女の舌が、私の肌を這うたびに何とも言えない感覚が背筋に走る。
「っん…くぅ…」
声が漏れる。 まだ舌は膨らみの少ない私の乳房の辺りを焦らすように愛撫しているだけだというのに。
彼女はほくそ笑んで、私の方を見た。 焦れている私を見て楽しんでいるのだ。
そう思うと、急に恥ずかしくなり、どうにか声を出すまいと、下唇を噛む。
「どうしたのですか? 声を抑えになったりなどして?」
顔を上げ私の顔を見る彼女。
みないで欲しかった。
声を押し殺すことに必死になり、眉間には皺が寄っているだろう。
顔自体も相当赤い筈だ。
強く噛んでいた下唇からは、多少だが血が出ている事も、口の中に広がった鉄の味で理解した。
要するに今の私の顔は、どうしようもなく間抜けなのだ。
「こんなになるまで、我慢なさらずとも……」
そう言いながら、彼女は舌を突き出し、私の下唇を舐めた。
次に甘噛み。 下唇だけを口に含むキス。
「痛いっ」
「ふふ……姫様のお味がします。甘くて、病みつきになってしまいそう」
彼女の口が私に微かな痛みを感じさせる度に、膨らむ欲情。
それは、何度目かのキスに弾けた。
ガリ、という音ともに、互いの顎を伝う鮮烈な赤。
私のでは、無い。
歯が肉に食い込み、少しの抵抗を受けた後裂ける。
「っう……何を?」
血液の混じった唾液が伝う。
彼女の顔に余裕が消えて、私の欲情が満たされていく。
「貴女の味もなかなかよ?さて、随分と“して”くれたわね」
私は、自分の濡れて光る唇を乱暴に拭う。
拭えはしたが、血液は薄く伸ばされ広がっただけだ。 口紅を塗り損ねたみたいになっているんじゃないだろうか?
構うものか。
「だから……お仕置きよ? 八意××」
私は彼女を押し倒し額を押し付けて言った。
彼女と目を合わせて。
「お手柔らかにお願いします」
彼女は唇の端だけを少し歪ませて笑った。
たまに見せる、笑っている癖にいっさい感情を読ませないこの表情。
この表情は、いったいどのように歪んで、いったいどんな声を上げて鳴くのだろう?
これから何をしてあげようかしら?
彼女の藍銀の瞳に写る黒髪の女は意地の悪そうに、嗤っていた。
「ん……姫…あっ…」
私の眼前には、嬌声をあげる彼女がいる。
月のように白かった肌は赤みが増し、艶やかだ。
右の手で彼女の豊満な乳房を執拗に弄る。
左手は、下腹部。 へその辺りをゆっくりと撫でる。
「貴女の肌ってやっぱり触り心地が良いわね。 指に吸い付いてくるみたい」
首筋を這わせていた舌を鎖骨に沿って動かす。
それを、そのまま下へ。 なだらかな斜面を登っていき、頂上にある桜色をした突起物を口に含んだ。
「っふ…ん…」
大きさも形も申し分無い彼女のソレはいくら愛撫しても飽きる事はない。
「…姫ぇ……そこっ…ばかり弄らない…で…ください」
顔を背け、必死に堪えている彼女が愛おしい。
隠しているつもりだろうが、しなやかな銀髪から覗く形の良い耳は朱に染まっている。
私は口に含んでいた乳首に優しく歯をたてた。
「ッ~~」
彼女は声にならない声をあげて弓形に仰け反る。
そこで私は口を離した。
私の唇と彼女の乳首の間に銀糸の橋が垂れ下がる。
「随分と良さそうね?」
彼女は突如終わりを告げた快感に理解できない、といったように瞳を潤ませて私を見る。
「どうして欲しいの?」
私はわかりきった質問をする。
勿論その返答に対する答えも既に決まっている。
「続けて…」
「続けるだけでいいの?」
「……」
ああ、満たされる。 彼女はきっと葛藤していることだろう。
更なる快感に身を任せたい。 しかし、理性がソレを邪魔する。
「…しい」
小さく彼女が漏らした言葉を私は聞き逃さなかった。
「聞こえないわ」
だけど、彼女にはもう少し頑張って貰おう。
もっと、恥辱に身悶えてくれないと私の渇きは収まらない。
「ここも…欲しいの」
彼女はやっとの事で言った筈だ。
真っ赤に染まった顔が何とも言えず、私のあらゆる所を刺激する。 下腹部に血が集まる感覚。
普段あれだけ凛と気高い彼女が、元教え子である私に秘所を自ら弄って哀願する様は何とも淫猥だ。
今すぐにでも彼女を滅茶苦茶にしたい。
だけど。
「嫌、貴女の望むことをしたらお仕置きじゃないでしょう?」
「だから」
跪く彼女の前に立ち、私も自らの秘所に指をゆっくりと押し当てる。
じんわりと湿ったそこを彼女の前で広げる。
「次は私にしなさい」
言い終わると、汗ではない液体が太腿を伝い流れた。
「わかりました」
彼女は短く返事をすると、その舌が私の一番敏感な場所に触れた。
おわり
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