この街は嫌いだ。
忘れたい思い出が染み付いた場所だから。
毎日学校に通い、友達とだべり、帰りたくもない家に帰る。
この坂の上の学校に入学して、一年が経った。
だが、二年になったところで、何が変わったというわけでもない。
同じように、繰り返すだけの毎日。
……こうしていて、いつか何かが変わるだろうか。
変わる日が、来るのだろうか。
…山沿いの坂道を登ると、校門が見えてくる。
校門には、人影一つ立っていない。
一時間ほど前ならば、通学の生徒で賑わっていたことだろう。
友人と談笑しながら坂道を登る奴もいれば、ひとり黙々と登る奴もいるだろう。
あの桜の木の下で友達を待ち、突っ立っている奴もいただろう。
だが今は、誰も居ない。
……。
びゅう、と
春風に吹かれ、桜並木が揺れた。
辺りに、桃色の花吹雪が舞っている。
その吹雪が舞う中を、俺は歩く。
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独り登ってゆく、長い長い坂道……だが。
不意に、俺は立ち止まった。
「…この街は好きか」
…その言葉は、するりと俺の口から流れ出した。
「俺はこの街が嫌いだ」
これは、独り言だった。
「何もかも、変わらずには居られないから」
「楽しい事や、嬉しいことがあっても…全部、変わらずにはいられないから」
バスケットボール。共に見た夢を追いかけた仲間。
あの人の顔。肩の痛み。
心によぎる、あの日の情景。
「……それでも」
「それでもこの場所が、好きで居られるだろうか」
それは、自問自答とも呼べる独り言だった。
自分でも何故急にこんな事を口走ったのかはわからない。
不意に浮かんだ心の問答を、自然と俺は口に出していた。
この長い長い坂道のふもとで、ただ、独り――――
「見つければいいんじゃないかな?」
「――――え?」
背後から、声がした。
振り向くと、そこには少女が立っていた。
自分と同じ、光坂の制服。
まん丸い、活発そうな瞳。
そして鮮やかな、橙色の髪。
「次の楽しい事や、嬉しいことを見つければいいんじゃないかな?」
女生徒が、続けてそう言う。
思いもよらない、帰ってくるとは思わなかった声に俺は言葉が詰まった。
狐につままれたかのようだった。
「ほらっ!行こ!朝礼始まってるよ!」
たたんっ!と跳ねた女生徒が俺を追い抜き、そう急かした。
……俺たちは、登り始める。
長い長い、坂道を。
○
学校に着く。
坂道では、陽気そうに坂を登る女生徒の数歩後ろを俺は歩いた。
その間、会話は無い。
当たり前だ。
どうして学校の鼻つまみ者の俺と話などするだろうか。
橙色の髪の女生徒。
制服からして、同じ学年。
だが、クラスでは見た事の無い知らない顔だ。
とすると、二組の生徒だろう。
もしかすると一組の、同じクラスメイトなのかもしれないが…
……なんて事を考えているうちに、校舎に入った。
下駄箱で靴を履き替え、廊下を進む。
「…ん?」
と、そこに廊下に立つ女教師の姿が見えた。
何やら掲示板に貼っている。
ポスターだろうか。
「せんせーっ、何貼ってるんですか?」
女生徒が女教師に尋ねる。
俺たち二人の姿を認めた女教師は、遅刻はいけませんよ、と呆れつつもやんわりと叱り、再び視線を掲示板に戻した。
彼女の手が、掲示物を貼ってゆく。
そこに書かれているのは……
「廃…校…?」
この学校の、廃校の報せだった。
「え…?」
隣から、声が漏れる。
女生徒のものだ。
見ると、彼女は目を見開いて、信じられないものを見るかのように、張り紙を凝視している。
「今の一年生が卒業したら、この学校は廃校するんですよ」
女教師が、そうつぶやく。
その瞳は悲しそうに、張り紙を見つめていた。
俺は彼女のその言葉をぼんやりと聞いている。
彼女の左手、その薬指に光る指輪。その光は、酷く小さく、物悲しく思えた。
――――そして
「…しの…かしい…こう…活が…!」
女生徒が、ぽつりと何かを呟いた。
「え?」
瞬間。
ふらり、と、彼女の身体が揺れ――――――そのまま後ろに倒れこんでゆく。
「……っ!!!」
とっさに彼女を抱きとめる。一瞬の出来事。
「っ、、おい!お前!」
「高坂さん!?」
俺と女教師、二人が呼びかける――――が。
「気を、失ってる…」
女生徒は、気を失っていた。
○
気絶した女生徒を女教師と一緒に保健室まで運んだ後、俺は二年一組の教室へと足を運んだ。
保健室に運び込んでいる途中に朝礼の集会が終わったのか、教室には既に生徒達が帰っていた。
教室の扉を開け、自分の席に座る。
堂々と遅刻してきた不良を眺める幾つかの視線を感じるが……わざわざ気にする事でもない。
席に座り、一分もしないうちにチャイムが鳴り、次の授業を担当する教師がやってくる。
先程の朝礼は一限目を費やし行われたので、今から始まるのは二限目の授業だ。
とは言えたいして興味のない授業。
とうに授業を理解する事を諦めた落ちこぼれの不良の自分にとっては、サボるか、寝るぐらいしか選択肢がない。
だが、今この時だけは、一つの思案が俺の頭を支配していた。
そう、つい今朝知った…この学校の廃校についてだ。
…廃校。
いまいち現実味のない単語だった。
あの掲示を貼っていた女教師が言うには、この学校は今の一年生が卒業すると同時になくなってしまうそうだ。
何故、廃校が決まったのだろうか。
きっとその理由は今日の朝礼で言われたのだろう。
大方、少子化で生徒が入ってこないから、みたいな理由だとは思うが……そう言えば、一年生のクラスは1クラスしかなかった気がする。
やはり少子化の煽りを受けての廃校、と言う線なのか。
だがちょっと待て。
いくらなんでも廃校はおかしい。
俺はスポーツ推薦でこの高校に入学したのだ。
スポ薦を導入している学校が廃校など、あっていいことなのだろうか。
あり得ない。
そんな、どうにもならない違和感を感じている……のだが。
……こんな事を考えたところで、決まったものはしかたがない。
こんな思案など意味のないことだ。
○
チャイムが鳴り、二時限目の終わりを告げる。
その音を目覚まし代わりに、俺は閉じていた瞼を上げた。
組んだ腕を枕に、顔を傾け眠りについていた。
うっすらと開けた目からは、教室の窓越しに廊下が見える。
そこを横切る、教師。
確か今のは、今朝張り紙を貼っていた教師だ。
二組の担任……だったような気がする。
……。
寝起きだ。
意識があやふやで、朦朧としている。
……まぁいい
今はただ、この睡魔に従おう…
「んむ…」
瞳を閉じ、安穏に身を委ねる…………そのとき。
薄ぼやけた視界の中を、かすかなオレンジ色が横切った。
……。
「こらっ」
すぱぁんっ!
「いだっ!?」
闇の中に沈んでいた意識は、一分もしないうちに急浮上した。
「っ…なにすんだっ!」
後頭部に痛みを感じつつ、がばりと顔を上げる。
「あ、あのっ」
橙の少女の口から、つまり気味なそんな声が発せられた。
「えっと、その…今朝は、ごめんね?わざわざ保健室まで運んでもらって」
えへへ、と軽くはにかみながら、彼女
「ん、ああ、いや、別に…当たり前のことをしただけだ」
ぶっ倒れた奴をそのまま放っておくなんて、それはそれで凄いと思うが。
生きてます。
生きてます
このSSまとめへのコメント
何言ってんだ死んでるだろ