咲「命にかえてもお嬢をお守りします」 (280)

その日、辻垣内智葉の所属するプロ麻雀チームは
翌日行われる試合の為会場近くのホテルに宿泊していた。

淡「あ、このお菓子美味しい」

洋榎「淡、そんなにお菓子ばっか食べてたら太るで」

憩「まあまあ。ところで智葉遅いなぁ」

ゆみ「一体何をしてるんだ、あいつは」
 
智葉以外のメンバーは智葉の部屋に集まって夕食後の時間をのんびりと過ごしている最中だ。
部屋の主である智葉は用事があると言って出ていったっきり、もう1時間は帰ってきていない。

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不意に入り口のインターホンが鳴った。

憩が立ち上がり、チェーンを外してドアを開ける。
そこにいたのは黒いスーツ姿の大柄な男性だった。

憩「はぁい、なんですかぁ?」

男「夜分にすみません。智葉様はいらっしゃいませんか?」

男はにこりと微笑みながら言った。
背後には同じような黒スーツと同じような背格好の男が2人控えている。

憩「はぁ。それが智葉、今いないんですよ」

男「え、そうなんですか?しかし、中から話し声がしましたが」

憩「ああ、みんなで今しゃべってて。智葉だけちょうど外してるんですぅ」

男「……失礼ですが、あなた方は智葉様の?」

憩「えーっと、ゆうじん?ですかね?」

男「……そうか。友人を誘拐するという手立てもあるな」

男がにやりと笑った、そののちの一瞬の出来事だった。

男がスッと腕を上げると、背後の男のうち一人が扉を押し入ってきた。
男たちは全員さっきまでの表情が嘘のように無表情で、まるで冷たい刃のような雰囲気を纏っていた。

憩「な、なんなんですかぁ、あんたら!」

慌てる憩の目の前で扉がぱたんと閉まったと思ったら、
最初の男がスーツの中からとある黒い塊を取り出した。

それはどうみても拳銃だった。

銃口が自分達に向けられている光景に我が目を疑った憩達の横をすり抜け、
男のうちの一人がベッドの上のクッションの一つを取り、一気に切り裂く。

中に詰まっていた白い綿が、一斉に飛び出した。
ヒッと声を出したのは、一体誰だったのだろう。

男「全員、動くな。少しでも動けば、このクッションの羽毛のようにお前達の血が飛び出るだろう」

洋榎「ひっ…」

ゆみ「け、拳銃…!?」

淡「あわわわ、な、ナイフ…」

男「全員、ポケットの中身を捨てたのち、手を上げてこちらへ来い」

何が何だか分からない憩達は、言われるがままに
ポケットの中に入れていたスマホやお菓子といったものを取り出して放り投げる。

心臓がどくどくと煩い。生命の危機を感じて全員が息を呑む。
拳銃は分からないが、少なくともナイフの切れ味は本物だったのだ。

男「素直な女は好きだぜ、レディ達。今から誘導する。全員外へ出て、ハイヤーに、」

拳銃を自分達に付きつけた男は、しかし最後まで言葉を紡げなかった。
前のめりに倒れ伏したのだ。

男が倒れたあと憩達の視界に入ってきたのは、見知った女の姿。

憩「宮永…咲…?」

6年前、高校のインターハイ以来消息の途絶えていた彼女。
その咲が今、皆の前に佇んでいた。

シュン、と咲が何かを投げる。
それが細身のナイフだということに憩達は気付けない。
何より、彼女のモーションが速すぎて動作が追えない。

クッションを無残に切り裂いたナイフが、咲のナイフに弾かれて床に落ちる。
その隙に咲が高く跳躍する。

鳥類が川魚を仕留めるような美しい動作で背面跳びをし、
その途中再び投げられたナイフが男の胸に吸い込まれていく。

ぐあ、と男が低い悲鳴を上げた。
ひるんだ最後の男が咲は掴みかかるが、咲はすばやく男の首にナイフを突き刺した。
そうして最後の男も床に倒れる。

その間、わずか数秒だった。

憩達は何が起こったのか分からずに、
腰が抜けてしまって床にしゃがみこむことしか出来なかった。
そんな憩達の姿に咲は何も言わず、ただ彼女らを冷たい目で睥睨していた。

智葉「お前達、無事か!?」

その場の緊張を解いたのは、いつになく慌てた様子の智葉だった。
転がり込むように部屋に入って来て、部屋の様子と咲の姿を見てほっと息を吐く。

咲は智葉が部屋を見易いように一歩下がると、ポケットからスマホを取り出した。

咲「確保しました。すぐに」

智葉「怪我はないか…。無事であったなら何よりだ」

洋榎「み、宮永…?」

淡「あ、あわわわ…」

ゆみ「智葉!これはいったいなん、」

その動作も、あっという間だった。
誰ひとり悲鳴を上げる暇さえないくらいに。

最も近くにいたゆみを背中から押した咲は、その腕を締めあげて首元にナイフを突き付ける。
それは軽い力なのに、ゆみはびくとも動かない。

咲「――お嬢」

ゆみの腕がギリギリと引かれる。
物理的な痛みがゆみを襲う。

ゆみ「……い、いっ!た……ッ!」

憩「ゆみ!?」

洋榎「ゆみ!!」

咲「…お嬢、いかがいたしましょうか」

智葉「いかがする、とは?咲」

咲「彼女ら4人に目撃されました。この場で始末いたしますか?」

その言葉に、憩達は凍りついた。
人生で初めて目の当たりにする殺気というものに、本能が恐怖を感じて震える。

ゆみだけは痛みに何も言えないようだったが、咲は大真面目だった。
智葉は澄き通って濁りのない真っ直ぐな咲の瞳を見て、フッと笑った。

智葉「…いや、いい。ゆみを離してやれ、咲。それからいい加減お嬢はやめろ」

咲「はあ。ではなんと」

智葉「智葉でいい」

咲「…了解しました。智葉様」

咲はすばやい動作でナイフを仕舞った。
ゆみの腕を解放し、その上から退く。

コン コンコンコン、と扉のドアが4回ノックされた。

男「智葉様。ルームサービスをお届けにまいりました」

咲「…赤い小さな小鳥は?」

男「トマトのようだと伺いました」

咲「入室確認が取れました、智葉様。開けます」

咲が扉の外の何者かと簡単なやりとりをしたあと、
入ってきたのはこのホテルのボーイの服を着た男だった。

しかし、ルームサービス用のワゴンなどはまるで持っていない。
男は部屋の惨状を見ても全く驚かず、冷静な動作で扉を閉めると小走りで咲に近づいた。

男「咲様、お怪我は」

咲「問題ありません。お嬢にも私にもかすり傷もありません。そちらの守備は」

男「こちらは5人、仕留めました。全員です」

咲「御苦労さまです」

男「それで、やつらの処遇は」

咲「おそらくコレが主犯なので、その床に転がっている二人含む他の7人はもう不要でしょう。処理部と実験部に送るよう手配を」

男「了解いたしました。拷問部へは?」

咲「そちらも不要です。私が直々にやりますので、これは捕えたのち、本部の地下へ……」

淡「さ、サキ……? なんなの、そいつ」

どう見てもカタギではない男と対等に、いやむしろ敬われながら淡々と話をする咲に、
淡は涙目になりながらようやっと声を掛けることができた。

咲は今自分の置かれた状況を思い出したようにきょとんとすると、
『あとのことは任せます』と男に告げる。

すると再び4回 ノックが鳴って、部屋の中にボーイ姿の男たちが数人入ってきた。

今度は大きめのワゴンが2つも一緒に入ってきて、
ボーイ姿の男たちはてきぱきと床に倒れ伏した黒スーツの3人をワゴンの中に回収すると
その上に白い厚手のシーツを被せて出ていってしまう。

それを横目で見やりながら咲は、智葉へと視線を移す。
憩達もつられて智葉を見る。

智葉「よくやってくれた。咲」

咲「いえ。智葉様の側近として当然のことです」

淡「そ、そっきん?」

なんだっけ、そっきんって。ふっきんの親戚かなにか?
追い付かない思考に、智葉が割り入った。

智葉「…お前たちに紹介しておく」

智葉「彼女は咲。この私、辻垣内組次期組長の配下でボディガードだ」

洋榎「は?次期組長?」

憩「ボディガード?」

皆頭上にはてなマークを浮かべている。
お嬢、何もそこまで正直に話すことはないのでは?と咲は場違いにも呆れていた。

とりあえずここまでです。
週一のスローペース更新ですが暇つぶしにでも見て頂けると幸いです。

続きを投下する前に、いくつかのレスについて。

後々回想で陵辱シーンが出てきます。
苦手な方はくれぐれもご注意願います。

あとこの話はそんなに長くはならないです。来月中くらいには終わらせる予定。
それから元ネタはありません。オリジナルです。
ついでに池田ァと咲さんの話とやらの作者は俺ではないです。

それでは投下します。



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――――――――
――――


昨夜のことは徹頭徹尾、夢のような出来事だった。
あれは幻だったのだと言われた方がまだ納得できた。

しかし4人同時に白昼夢を見るとは考えづらいし、
智葉の部屋には悪夢の名残のようにクッションから飛び散った羽毛が残っていた。

あれから智葉は“詳しくはいずれ”と言うだけで何も話してくれないし、
もう一人の当事者である咲の姿も見当たらない。


朝起きてホテルで朝食を取っている間も、移動中も皆で手分けして散々探したが、
対局が終わり夕食の時間になるまでついに咲を発見することはできなかった。


洋榎「一体どうなってるねん。智葉のボディガードなら傍にいるはずやないんかい!」

淡「うーん、いないねー……もしかして、ほんとにいないんじゃないの?」

ゆみ「食べ終わったらもう一回智葉の部屋行ってみよう。このままじゃ明日の対局も全然集中できない」

バイキング形式の夕食を皿に取りながら4人は話し合う。
ちなみに洋榎はこれで5度目のおかわりだ。
相当な量の食べっぷりに、他の3人が引き気味になっていたところだった。


智葉「―――皆」

彼女の声は、静かだがよく響く。
4人が振り向くと、そこにはすでに食事を終え席を外していた智葉が立っていた。

智葉「全員、夕食が終わり次第私の部屋に来てくれ」

智葉はそれだけ言うと、さっさと踵を返してエレベーターへ向かった。
4人はぽかんとして顔を見合わせたが、
すぐに智葉の言った意味を理解して席に着き、あっという間に食事を平らげた。

食事が終わると、彼女らは智葉の部屋へ直行した。
智葉は部屋の中でなく、扉の前に立って待っていた。

智葉「来たな、お前達」

憩「智葉、なんで中で待ってないん?」

智葉「まあ入れば分かる」

彼女はそう言うと、カードキーを差し込んだ。
最近のホテルはハイテクで、カードキーは紙製で客が変わるごとに変更できる仕組みだ。

ピーッと音がして、鍵の開く音がする。
智葉がドアを開くと、中にはすでに先客がいた。

白鷺「あら。来たわね皆」

園田「ようこそ、皆さん」

洋榎「…マネージャーの白鷺と園田?」

そこにいたのは、チームのマネージャーである白鷺と園田だった。

二人は当然のように智葉の部屋にいて、
当然のように茶を啜り、当然のように馴染んでいる。

淡「……あー!」

ゆみ「どうした、淡」

淡「今気づいたんだけど、昨日サキと話してたやつ、園田じゃない!?」

憩「……あ」

洋榎「あ!」

ゆみ「本当だ、まるで気づかなかった…」

4人は唖然とした。
今の今まで全く気付かなかったが、昨日咲が指示を出していたボーイ姿の男と、
甲斐甲斐しく5人分の紅茶を入れている園田の雰囲気は酷似していた。

というより、園田そのものだった。

名を呼ばれた園田はいたずらがバレた子どものようににやりと笑うと、
ソファに腰掛けた智葉にティーカップを差し出した。

園田「おや、このタイミングですか。実はいつバレるかとひやひやしていたのですが、意外とバレないものですね」

洋榎「いや、昨日はどう見てもヤーさんの雰囲気醸し出してたからなぁ」

淡「ところでサキは?どこにいるの?」

ゆみ「私たちは宮永に話があって来たんだ」

智葉「咲は……」

智葉が言いかけた、そのとき。
コンコンコンコン、と扉が4回ノックされた。昨日ぶりのデジャブだ。

咲「――お嬢、あなたに手紙が来ています」

智葉「咲か?入れ」

咲「………。お嬢、あなたに手紙が来ています」

智葉「ああ。だから入れ」

咲「……」

智葉が促しても、ドアの外の咲は入ってこなかった。
それどころか、小さく溜息が聞こえてきた。

淡達がはてなマークを浮かべていると、苦笑した園田が扉へ近づいて、
コンコンコンコンと4回ノックを返す。

咲「……お嬢。あなたに手紙が来ています」

園田「赤い小鳥たちがなく。何故?」

咲「知りません。捨てますか?」

園田「何故?」

咲「不必要なものはゴミ箱へ。そうでないものも、厳選しなくては」

園田「――智葉様。入室許可が取れましたので、開けます」

園田が扉を開けて、ようやく咲が入ってきた。

咲「園田さん。お疲れ様です」

園田「いいえ。あなたこそお疲れ様です、咲様」

扉を閉めると、咲が園田をさりげなく労う。
園田もそれに倣う。

カツカツと部屋の中央へ進み出た咲は智葉の丁度3歩手前で止まり、
非難がましい視線を向けた。

咲「………お嬢」

智葉「なんだ、咲。言いたいことがあるならハッキリ言え」

咲「あなたは次期組長である大事なお体なんです。もっと注意深くなって頂かないと」

智葉「私はお前に対して警戒する必要性を感じない」

咲「私の声真似をしている場合もあるでしょう」

智葉「ふっ、私が咲の声を聞き間違えるとでも?」

咲「あなたはもっと警戒心を持つべきです」

智葉「そんなに心配するな。私は強い。お前と同様にな」

咲「……」

智葉「それで?その右腕は誰にやられたんだ」

咲の表情がかすかに動く。

咲「……お気付きでしたか」

智葉「当たり前だろう?私はお前のことならどんなことでも見抜く」

淡「えっ、サキ怪我してるの?」

動揺しながらもそう尋ねたのは淡だった。
咲は渋々という様子でスーツの袖をまくり上げた。
その左腕には、縦にくっきりと赤い切り傷が伸びていた。

ゆみ「……ッ!」

淡「うわ、なにそれ……!」

憩「す、すぐに手当てせんと!」

咲「必要ありません。消毒は済ませてあります」

洋榎「そ、そういう問題じゃないやろ」

白鷺「あはは、驚いてるわね。貴方達、こんな生々しい傷見るの初めて?」

白鷺が笑いながら 手慣れた動作で救急箱を持ってきて脱脂綿にアルコールを染みこませた。
咲は大人しくスーツの上着を脱ぎながら、無表情にそれを享受している。

傍から見ても、素人目でも、ひどい傷だと分かった。
なのに全く痛みを感じていないように振舞う咲に、淡達はある種の恐怖を感じた。

淡「サキ、それ痛くないの……?」

咲「はい」

憩「で、でもちょっとは痛いんとちがう?」

咲「これくらいは日常の範囲ですので」

洋榎「日常の範囲、って」

ゆみ「その傷が日常……?」

咲「――智葉様。このような体勢で申し訳ありませんが、本日の報告を致します」

待ってたぜ
ところで陵辱とは男に?女に?それによる

手当をされながら、咲はスッと顔を上げ智葉を見た。
その視線は射るような鋭さがある。
しかし智葉は、少しもうろたえることなく悠然と咲の言葉に耳を傾けていた。

主人と、側近。
昨日智葉から聞いた言葉が、ここへ来てようやく4人の胸に落ちてきた気がした。

咲「昨夜逃がした実行犯の8人のうち、6人は捕えました」

咲「しかし、主犯格が逃げたままです。急ごしらえですが数を増やした様子で」

智葉「その傷はそいつらが?」

咲「はい、増員のほうに気を取られているうちに。全ては私の不徳の致すところです」

智葉「気にするな、私はお前が無事であっただけで充分だ」

咲「……そこで、少々困ったことが起きたのですが」

智葉「なんだ?」

無表情のまま、ちらりと咲は淡達に視線を移す。
それを彼女らが不思議に思う間もなく、咲は続く言葉を紡いだ。

咲「主犯の者は、お嬢のご友人の方々に目を付けたようです」

咲「お嬢一人を狙うより、ご友人のうちの一人、または全員を狙った方が効率が良いと判断したのでしょう」

智葉「……それは、また……」

咲「恐れながら進言させていただきます」

ガーゼを当てられた左腕に一部の隙もなく包帯が巻かれ、
白鷺は満足そうに笑って咲から離れた。

咲はブラウスの袖を元に戻し、スーツの上着を着込んで居住まいを正してから
智葉に対して深く腰を折る。

咲「ご友人方に護衛を付けたほうがよろしいかと。及ばずながら、その役目は私が適任かと存じます」

その意味を理解して驚く一同と、鷹揚に頷く智葉。


―――こうして、淡達にとっては稀有なことこの上無い2日間が始まったのである。

今回はここまでです。
>>43 すみません男です。何せこういう世界ですので



――――――――――――
――――――――
――――


対局を終え、智葉達は会場を出て黒いバンに乗り込んだ。
もちろん今日は、咲も一緒だ。運転手は園田である。

自分達が乗るバンは道路を順調に走る。
皆で会話をしながら、一体この状況のどこが恐ろしいのかと淡達は思っていた。

淡「つーかさ。何でそんな大事なこと隠してたの?智葉もサキも」

智葉「軽々しく言えるような内容ではないからな」

淡「それはそうだけど。でも何でサキが智葉のボディガードなんかになってんの? 」

ゆみ「それは私も気になるな」

憩「せやなぁ。宮永はプロに進むって誰もが思ってたやろうし」

咲はそこで初めて、無表情に窓の外を眺めていた視線を車の中に向けた。
全員が自分を見ているという状況に、こてりと首を傾げる。

咲「私が何か?」

洋榎「お前なぁ…人の話ちゃんと聞いとけや」

智葉「普段の咲はちょっと抜けたところがあるからな。まあそこが可愛いんだが」

はあ…、と咲は 気のない返事をする。
運転席では園田がくすくすと笑っている。

車がホテルに到着した。

淡「んで」

青筋を浮かべながら、淡が言う。
その隣には憩。
その背後には、咲。

淡「なんでトイレにまで着いてくるのよ!」

憩「いや、だって、一人になるなって言われたやん」

手を洗い終わった憩がタオルで拭きながら呆れたように言う。
咲はというと、終始無表情かつ無言だった。

淡「そんなの知らないよ!智葉の友達だから狙われてるとか危ないとか」

憩「でも現に私ら、初日は大分危なかったやない?」

淡「あれはあの時だけでしょ?今もそーだって保証は何もないわけじゃん」

憩「もう、淡は強情なんやから……宮永さんも何か言ってやったらどうや?」

咲「…はい?」

憩「淡は宮永さんが何にも言わないことに腹立ててるんやないかな?」

咲「私が、ですか?」

憩が振り返ると、咲はかすかに首を傾げた。

憩「せや。たとえば高校の時のインハイ以来姿を消してた理由とか」

一体どういう経緯で咲が極道の世界に首を突っ込んだのか。

咲「……それは、知らない方がいいと思いますよ」

咲はたっぷり時間を取って、小さいがよく通る声で言った。

咲「聞いてもあまり気分の良い話ではありませんので」

淡「え…」

淡が眉根を寄せたそのときだった。
入り口のほうで、からからと明るい女性の笑い声がしたのだ。

白鷺「悪いけど、筆頭を苛めるのはその辺にしといてあげてよ」

淡「!?」

そこにいたのは、マネージャーであり智葉の配下でもある白鷺だった。
咲は彼女の姿を見て、むっと顔をしかめた。

咲「……白鷺さん。誰の目につくか分からない場所で、その呼び方はやめてください」

白鷺「誰もいやしないわよー、筆頭。そもそも筆頭って私より気配読むの得意じゃない」

咲「いる、いないは関係ありません。盗聴の心配も考えてください」

白鷺「相変わらずお堅いわねー。細かいことはいいでしょ?」

そういうトコも可愛いけど、と白鷺は悪びれる様子もなかった。
壁に凭れかかって足を組み、長い人差し指を唇に当てながら彼女は言う。

白鷺「さ、帰りましょ皆」

白鷺が踵を返し、咲が無言で後ろに続く。
憩も彼女らに着いて行ったので、仕方なく淡も歩きだした。

翌日。

今日も試合会場へ移動するため智葉達はバンへと向かう。
咲は、最後尾を影のように着いてきている。

そんな彼女を淡はちらちらと盗み見ていた。
昨日咲が言っていた言葉が、まるで虫にさされた痕のように痒くて気になって仕方ない。


咲『……それは、知らない方がいいと思いますよ』


淡(何よ、思わせぶりなこと言って。結局何も教えてくんないじゃない…)

淡が苛々して舌打ちをした、そのときだった。


咲「待ってください!」


バンに乗り込もうとした智葉達に向かって、咲が殊更強く声を上げた。
振り返ると、いつも表情の無い咲が珍しく感情を露わにしている。

警戒心、という感情を。

ゆみ「宮永、どうかしたのか?」

洋榎「どないしたん、乗らへんの?」

咲「…白鷺さん、あなたは今日はバンの運転担当だったはず。何故こちらへ来ているのですか?」

白鷺を射るように睨んでいる咲の様子に、智葉ははっと息を呑んだ。

咲と智葉が警戒心を露にしていることに気づいているのかいないのか、
白鷺は曖昧に微笑んで唇に人差し指を当てる。

白鷺「あら、園田から聞いてない?当番を変えたのよ」

咲「そんな報告は受けていません」

白鷺「あらあらー。園田ってば 案外うっかりさんなところもあるのねー」

咲「……白鷺さん」

次の咲の一言に、空気が凍った。


咲「その運転手の男は誰ですか」


まずは智葉が反応して、運転手の男が園田ではないことを目視する。
他の皆も異変を感じて表情を強張らせた、そのときだった。



白鷺「―――やだわぁ。勘の良いガキって、これだから」


背後から重たいものが落ちるような鈍い音がして、咲が前のめりに倒れる。

咲「ぐぅっ…」

智葉「咲!!」

咲の後ろから現れたのは、鉄パイプを持った男だった。
耳と下唇にたくさんのピアスを開けていて、
明らかに智葉の部下と名乗る者たちとは雰囲気が違う。

男はにやにや笑っている。
白鷺も、笑っている。


白鷺「全員、中に入りなさい。じゃなきゃ……分かるわよね?」

智葉「くっ…」


智葉達は皆苦い表情をしながら、黙って白鷺の言葉に従う。
そして車内に入った途端、急激な眠気に襲われて意識を失った。


――――――――――――
――――――――
――――

先ほどまではホテルの駐車場にいたはずなのに、
目を覚ますと湿っぽい石畳の上だった。
遠くから汽笛の音が聞こえてくるから、海の近くなのは確かだろう。

洋榎「うっ…」

ゆみ「ここは…どこだ?」

淡「…あったま、いったー…気持ち悪いー…」

憩「いたた…潮の匂いがするなぁー……って宮永さん!?」

憩が痛みに呻きながら目を開けると、
そこには自分達より大分離れた場所に転がされている咲の姿があった。

憩が起きあがって立ち上がろうとするも叶わず、体勢を崩して再び崩れ落ちる。
いつの間にか腕と足をロープで縛られていた。
それは咲を含む他の5人も同じだった。

憩「あれ?智葉が…いない?」

憩の言葉に、すでに目覚めている洋榎らがハッと息を呑む。
確かに、4人がどこを探しても智葉が見当たらない。

白鷺「―――ハァイ、プロ雀士達。ご機嫌いかが?」

目の前に、黒いエナメルのハイヒールを履いた白鷺が現れる。

彼女は埃っぽく薄暗いこの場所にまるで不似合いな楽しそうな笑みを浮かべて、
今にも踊り出しそうなリズミカルな靴音を立てながら憩達へと近づいてくる。

ゆみ「白鷺さん…」

洋榎「一体どういうことやねん!白鷺」

憩「智葉をどこに連れてったんや」

淡「この縄を今すぐ解いてよ!」

白鷺「あらあら。わんわん喚いて子犬みたい。まあ、嫌いじゃないわよ?でもあなたたちって、ちょぉっと大きすぎるのよねぇ」

白鷺は上機嫌に笑いながら、寝転がっている淡の頭をつんとつつく。
淡が嫌がって頭を振ると、白鷺は「失礼しちゃうわ」と少しも不快感を滲ませない声で言った。

白鷺「智葉様?彼女なら別のところで拘束してるわ。こんな埃っぽいところじゃなくて、もうちょっと綺麗なトコ」

白鷺「それから白鷺って呼ばないでくれるかしら?この仕事でのコードネームはもう捨てることにしたから」

白鷺はスッと立ち上がり、自分達がいるのとは反対側、咲の方へと足を進めた。
咲の傍へ来てしゃがんだ白鷺は、咲の頭部を草でも毟るように掴んで引っ張り上げた。

咲「……う……」

白鷺「ねえ、筆頭。起きて」

咲がかすかに呻いて、瞼を開ける。
その顔は煤だらけで、石畳にこすれたためかうっすらと血が滲んでいた。

白鷺「ふふっ。ご機嫌はいかが?ああ、ここの傷跡とか、ここの痣とか。筆頭ってほんとに私好み」

咲「…白鷺さん……」

白鷺「ああ、もう筆頭じゃないんだったわ。なら咲ちゃんって呼んでもいい?」

咲「…………」

白鷺「咲って、ちゃんとした本名なんでしょ?ねえ、智葉様お気に入りの咲ちゃん?」

咲「…………」

白鷺「ねーえ、答えてってば。何だったら、咲ちゃんのこと何でも知ってるらしい智葉様の身体に聞いてもいいのよ?」

咲「ッ!やめなさい!!」

咲が珍しく声を張り上げたので、淡達は全員驚いて目を見開く。
白鷺はにんまりと口角を持ち上げた。

人差し指で咲の唇をついと触り、その指で肌の柔らかさを確かめるように頬を撫でる。

白鷺「んふ。かぁわいー…。ねえ、咲ちゃん。智葉様の護衛なんて止めて、私と一緒に来ない?」

咲「……何を、言っているんです」

白鷺「そのまんまの意味よ?今ここで頷いたら、咲ちゃんの命だけは助けてあげる」

白鷺「私の今の雇い主はなかなか羽振りがいいの。今回の仕事も智葉様を誘拐するだけで1年は遊んで暮らせるおカネをくれるんですって」

咲「…………」

白鷺「素敵だと思わない?権力を傘に掛けて威張り散らしてるしか脳の無いお嬢なんか捨てちゃって、毎日面白おかしく暮らしましょうよ」

咲「…………」

白鷺「もちろん今すぐ返事しろとは言わないわ。明朝に雇い主のオジサマが来るから、それまでに考えておいて」

にこりと言って、白鷺は咲から手を離した。
唐突に拘束を失った勢いで、石畳に頬が激突する。

埃が舞い上がり、げふげふと咲は咳き込んだ。

すっと立ち上がった白鷺はそのまま振り返らず、別の部屋へと姿を消した。

憩達は咲に大丈夫かと駆け寄りたかったが、
手足を縛られているせいで叶わなかった。

淡「サキ!だいじょう……」

大丈夫か、と淡が声をかけようとしたその時。

咲が身体をひょいと起きあがらせたと思ったら、
彼女は右足の靴を脱いで踵の部分を摘まんだ。

その手に握られているのは、一本のショートナイフである。

あれ、どこから取り出した?とぽかんとする淡達を横目に、
シュッシュッと足と手を拘束する縄を切った咲は立ち上がって埃を払い、
屈伸運動をして緊張した身体を解す。

その間、わずかに20秒。

目が点になっている4人に気付く様子もなく、
咲はスタスタと彼女らに近づいて全員のロープを切った。

咲「みなさん、動けますか?」

平然と咲は言った。

今回はここまでです。

淡はぽかんとして縄に擦れて痕が付いた手首をさするが、
他の3人は泡を食ったように咲に詰め寄った。

憩「み、宮永さん?白鷺さんの話聞いてなかったん?」

咲「……?話とは?」

長く伸ばした髪をかきあげながら咲が尋ねる。

ゆみ「智葉の側近を辞めてという話だ」

あ、そういえばそんな話もしていたな。
淡は手のひらの埃を叩きながらそう思って、しかし黙っている。

洋榎「ちょっとくらい動揺するもんやろ?」

咲「はあ…お嬢の側近をやめても私にはメリットがないですし」

憩「メリットて……いやだから、毎日遊んで暮らすっていう……」

咲「毎日遊んで暮らす?……くだらない」

きっぱりと跳ね除ける咲、その反応が予想外で驚く4人。

ゆみ「で、でも金さえあれば、宮永もボディガードなんていう危ない仕事をせずに済むんじゃないのか?」

洋榎「せや。こんな恐ろしい世界から抜け出せるチャンスやないん―――」

咲「 ―――終わりました」

立ち上がって靴のつま先をとんとんと叩く咲の手には、二本のショートナイフと一つの小さな箱。
咲はその箱を4人の近くに置くと、不思議そうに見ている皆に「発信器です」と小声で告げた。

咲「まもなく園田さんも到着するでしょう。それまでここで声を出すことなく待てますか」

ゆみ「……ああ、待てるが」

淡「サキはどこに行くの?」

咲「私はこのまま主犯のところへ乗り込みます」

淡達は目を剥いた。
いくら強いとはいえ華奢な女性である咲が、たった一人で

そんな頼りない短いナイフを二本持っただけで敵陣へ乗り込むなどと、死にに行くようなものだ。

洋榎「そんな、一人でか!?」

咲「お嬢が捕まったままです。私の仕事はお嬢をお守りすることですので」

ゆみ「仕事って…宮永、ひどい怪我じゃないか!」

淡「痛くないの!?」

咲「これくらいは、日常の範囲です」

憩「日常の範囲って……」

咲の右腕には、一昨日の夜つけられたという傷がまだ残っている。

それに今までは上着を羽織っていたため気付かなかったが、
咲の腕や足にはあちこちに生々しい痣や傷があった。

そのほとんどが今日昨日でついたものではないことくらい素人目でも分かった。
息を飲む4人を見て、いつもの無表情で小首を傾げる咲。

咲「手足をもがれたわけでもない。腹に穴を開けられたわけじゃない。動けます」

洋榎「う、動ける動けないの問題やないわ!」

ゆみ「そうだ。応援が来るのなら、待った方が懸命だ 」

憩「一人で行くなんて危ないで」

咲「危険など関係ありません」

淡「関係なくないでしょ!?」

淡は立ち上がって叫んだ。

淡「何で進んで危険な真似するの!?わざわざ一人で行って、死ぬかもしれないんだよ!?」

咲「…それがどうかしましたか?」

淡「!!」

咲の言い様にカッとなってつい出してしまった手を、咲は最小限の動きで避ける。
行き場を失った手が空を切り、淡は体勢を崩して前のめりに倒れた。

そんな淡を見下ろしている咲は、しかし先程よりほんの少し眉根を寄せて首を傾げていた。
淡はふと、もしかしたらこれは咲の困っているときの表情なのかもしれないと思った。

咲「大星さん達が私を心配してくれているのは嬉しいです。でも……」

咲「私には、こういう風にしか生きれませんので……」

そのとき淡が見た咲の瞳はどこまでも暗く深く、
底知れない闇を抱えているように感じられた。

咲「では、私はもう行きますので、皆さんはここでじっとしていてください」

淡「待ってよ」

去ろうとする咲を、淡は引きとめた。

覚悟は決まった。
あとはもうどうにでもなれと思う。

淡「私も一緒に行く。連れてってよ」

ゆみ「淡!?」

洋榎「あんたまで何言ってんねん!」

淡「うっさい」

思わず声をあげるゆみや洋榎の言葉を、淡は一喝して遮った。

淡「友達のピンチでしょ。ここで動かないで、何が仲間だよ」

その言葉に他の3人は息を飲む。

1番最初に我に帰ったのは、憩だった。
そうして諦めたように溜息を付いた彼女は立ち上がって呟く。

憩「……分かった。なら私も行くで」

ゆみ「憩!?」

憩「淡だけを危険な目にはあわせられんわ。何より智葉は私の仲間でもあるしな」

洋榎「ああ……もう!」

次いで立ち上がったのは洋榎だった。
洋榎は顔をぐじょぐじょしょにしながら鼻を啜ると、やけくそのように叫んだ。

洋榎「うちも行けばええんやろ!もう、どこまでも付き合ったるわ!」

ゆみも静かに立ち上がった。

ゆみ「ならば私も行かないわけには いかないな」


咲「いえ、結構です」


盛り上がってきた雰囲気をぶち壊す、咲の一言。

咲「貴方たち、弱いじゃないですか。そんなに弱いくせに、ついてきて何をするんです」

その言葉を聞いた面々はぽかんとし。
次の瞬間、淡が暴れた。

今回はここまでです。



――――――――――――
――――――――
――――


智葉が目覚めるとそこには黒スーツ姿の男が十数人、
倉庫のような場所で思い思いにたむろしていた。

酒と男たちの下卑た笑い声の向こうに、潮の匂いと波の音。
建物の上部に付けられている明かり取りの窓の外には夜空が広がっているところをみると、
自分は相当長い間気を失っていたらしい。

灯りは電池で動くタイプのランタンで、必要な分だけ木箱の上に置かれていた。

智葉「……う…」

白鷺「ハァイ、智葉様。ご機嫌いかが?」

智葉「…白鷺」

白鷺「やぁだお嬢まで。筆頭みたいな返し方しないでくださらない?」

自分の髪を無遠慮に引っ張る指に、強制的に意識を向かされる。

ネイルアートを施された細い指の正体は、智葉達プロ麻雀チームの敏腕マネージャー、
そして智葉が信頼していた自分の側近である白鷺。

智葉は彼女の手を振りほどこうとしたが、椅子に座らされて縄で縛られているため腕が上がらない。

頭皮が剥がされてしまいそうな痛みに思わず呻くと、
ランタンの傍でカードゲームに興じていた男たちが赤ら顔で茶化してきた。

男1「へえ、姉ちゃん、白鷺って名前なのか。洒落てんじゃねーか」

男2「おう、白鷺の姉ちゃん、ちょっとこっちきて遊ぼーや」

白鷺「あらやだ。私に名前なんかないわよ」

白鷺はからからと笑う。
耳障りな声が不快だったので、智葉は思いきり顔をしかめた。

智葉「白鷺が嫌なら、元マネージャーとでも呼べばいいのか。どちらにしろ裏切り者の名になど興味は無い」

白鷺「ふうん。お嬢って、相変わらずおバカさんよね。自分の立場分かってるのかしら?」

智葉「グッ」

白鷺「こーんな無様に捕まっちゃってるのに威張っちゃって。その点筆頭…じゃなかった、咲ちゃんは素直で可愛いわァ」

白鷺は智葉の髪を引っ張っていた手を離して、ぺろりと唇を舐めた。
そんな彼女を智葉は小馬鹿にした視線で睨む。

智葉「お前にそんな趣味があったとはな」

白鷺「ふん。お嬢だって同じ穴のムジナじゃない」

白鷺もまた、智葉を小馬鹿にしたように吐き捨てた。

白鷺「その横柄な態度、いつまで持つのかしら」

白鷺「捕えられて私たちの道具にされて、その上信頼しきってた筆頭に裏切られたプライドの塊みたいなお嬢なんて、見物だわぁ」

智葉「何……?」

白鷺「私、咲ちゃんを誘っているの。お嬢なんか見捨てて、私と一緒に来ないかって」

彼女の言葉に、智葉はぴくりと眉を動かした。
それを焦りと取ったらしい白鷺は智葉を見下すような笑みを浮かべ、舞台女優のごとく声を張り上げる。

白鷺「溢れる宝石!世界中の珍味!酒も、男も思いのまま!こんな好条件、見逃す子なんていると思う?」

智葉「……」

白鷺「ましてや咲ちゃんはまだ子どもなのよ。傲慢な雇い主なんて放っておいて遊びたいに決まっているわ。私には分かる」

白鷺「普段は我慢してるだけで、咲ちゃんだって本当は美味しいお菓子と綺麗なものが大好きなのよ」

智葉 「……」

白鷺「きっとあの表情の下に、とんでもない孤独を抱えているの。私がそれを癒して…」

智葉「言いたいことは、それだけか?」

智葉は心底白けきって、自らの言葉に陶酔している彼女の言葉を途中で切り捨てた。
白鷺はむっとしている。

智葉「お前は咲を何も分かっちゃいない」

白鷺「…っ」

智葉「お前が今までどんな奴を相手にしてきたか知らないが、咲をそこらの奴と一緒にするな」

白鷺「な、なによ。あんたが咲ちゃんを縛りつけてる張本人のくせして!」

智葉「縛りつけてなどいない。咲は、私の―――」

智葉がにやりと笑った。


智葉「最高の相棒だ」


その瞬間。
閉ざしていたはずの倉庫の扉が、ふいにギィと音を立てて開いた。

倉庫中の人間の視線が一斉に入り口のほうへ向く。
人払いはしておいた。見張りも立てていたはずだ。

そうして彼らの目に飛び込んできたのは、茶色の長い髪をなびかせた年若い女。
女は視線を物ともせずスタスタと中に入ると、一度倉庫内をぐるりと一瞥し、

手に持ったマシンガンを乱射した。



咲『あなた方は私の補助をお願いします』

大星さんと荒川さんはこのナイフを持ってお嬢のところへ。
加治木さんと愛宕さんは、私が処理していった男達をこのロープで縛ってください。
その他に余計なことはせず、危なくなったら逃げること。

咲『…いいですね?』

てきぱきと指示されて、4人はただこくこくと首を縦に振った。


憩(宮永さん…すさまじいなァ……)

洋榎(これ、宮永一人でも良かったんやないん?)


智葉が捕えられているらしい場所を特定してからの咲は素早かった。

見張り役の男を発見した咲は光の速さで彼らを気絶させ、
身体中をまさぐりナイフを二本と拳銃を二本入手する。

その後彼女は手助けを買って出た4人に当たり障りのない指示を出した上で
余計なことはしないよう厳命し、
その上でどこからかご立派なマシンガンを見付けて持ち出してきた。

ぎょっとしたゆみが「それはどこに?」と聞くと咲は「私達がいた倉庫にありました」と答え、
「うちもそれ使いたいわー!」と洋榎が言うと「素人が持つ物じゃありませんよ」とやんわり断った。

そうして、現在。

てっきり裏口から回ってこっそり智葉を救出するものだと思っていた淡達の予想は、大きく外れた。
咲はなんと堂々と真正面から開けると、無表情のまま何一つ恐れることなく倉庫内に入ったのだ。

ざわつく室内を物ともせずぐるりと見渡した咲は、智葉の姿を見つけると、こくりと一度頷き。
唐突にマシンガンを構えて、乱射し始めた。

男1「ヒッ、なッ、なんだっ!?」

男2「お、女!?誰だ…って、うわー!!」

男3「怯むな、反撃するぞ、わっ、わああああ!!」

木箱が銃弾に貫かれて粉々になる。
中から白い砂のようなものが大量に流れ出す。

咲はマシンガンを操りながら徐々に前に進み出て、
あっという間に男たちの半数以上を蹴散らした。

男1「うわっ、なんだよこの女!?」

男2「この人数でまるで歯が立たないな、んて、うわー!!」

男3「こんなの命がいくつあっても足んねーよッ!!」

白鷺「ちょっと、何逃げてるのこの愚図ども!!図体ばっかりでかくて、これだから××の生えたファ××ン野郎は!!」

最初は息巻いていた男たちがみるみるうちに戦意を喪失し、
中には逃亡するものまで現れ、白鷺は口汚い言葉を吐いて喚いている。

その後銃弾を使いきったらしい咲が近づいてくる敵に向かってマシンガンを投げ付け、
さらにそのすぐ傍にいた男に掌底を繰り出し気絶させる。

そんな光景を目の当たりにし、4人は腰を低くして移動しつつ戦慄していた。

淡「すごー……」

洋榎「もはや現実じゃないみたいやな…」


智葉「――ああ、みな御苦労だったな」

いつの間にか自力でロープを切り、両手両足が自由になっていた智葉が4人に声をかける。

白鷺「なッ、なにやってんの、このッ―――」

白鷺が4人の姿を見咎めて、腰のホルスターから銃を取り出す。
智葉はすぐに身をかがめて相手の懐に入りこみ、みぞおちに向かって思いきり拳をねじ込んだ。

カハッと息を吐いて気を失った白鷺が倒れ込む。

憩「智葉やるぅ~」

洋榎「さすがは極道の娘やな」

智葉「おいお前たち、ちょっとは危機感を持て」

ゆみ「いや、あまりに非現実すぎてな。感覚が麻痺してしまってるんだ」

やれやれとため息をひとつ吐き、智葉は周囲を睥睨する。
視線の先では咲が黒スーツの男と相対していた。

対峙といっても黒スーツの男はしゃがみこんで咲に何かしら懇願しているところで、
咲は男を無表情に見下ろすと、拳銃を構えて無言で撃った。

男は泡を噴いて失神した。

ちなみに咲は男を殺したのではなく、頬のすぐ横を打ち抜いただけだ。
ゆみと洋榎はせっせと伸びきっている男たちをまとめてロープで縛っている。

咲は敵全員が倒れているのを確認すると、銃を持ったままこちらへ近づいてきた。
あれだけの大立ち回りをしておいて、彼女は全くの無傷だった。

咲「お嬢、お怪我は」

智葉「大丈夫だ、何ともない。お嬢と呼ぶな」

咲「これは失礼を」

咲が智葉に向かって、慇懃に腰を折る。

それから間もなくして園田が数人の黒服の男たちを引き連れて現れ、
5人は無事に保護された。


――――――――――――
――――――――
――――


数日後。
辻垣内組の息の掛かった病院で4人は精密検査を受けていた。
もちろん費用は全て智葉持ちで、念のため、という前提が付いていたが。

今は検査が全て終わり、5人で検査着姿でティータイムと洒落こんでいるところである。

病院の最上階の見晴らしのいいラウンジを貸し切りにして、
辻垣内家の使用人が香り高い紅茶を淹れている。

テーブルの上には、瑞々しいフルーツと生クリームをたっぷり使ったケーキが、
ホールサイズで数種類。

湯気が立ち上るスコーンにはクロテッドクリームとカスタードクリームが添えられていて、
サンドイッチすらどれを取っても美味だった。

これは智葉曰く“今回迷惑をかけたお詫び”らしい。

淡や憩は目をキラキラさせてお菓子にがっついているが、
洋榎は甘いものより肉が好きな性質なので素直に文句をつける。

智葉は「では夕食に肉も用意させよう」とあっさり言った。

淡「あむっ、このケーキ美味しい、むぐむぐ」

憩「淡、こっちのスコーンもいけるで、んぐんぐっ」

洋榎「お前らそんなにがっつくなや。…ってそういえば宮永がおらへんな」

智葉「咲ならまだ事後処理中だ。ただ今日中に終わるらしいから、終わり次第ここに来るよう伝えてある」

ゆみ「そうか。宮永にはあれからまともに会っていないし、礼くらい言わなければならないな」

淡「……」

サンドイッチとケーキをたくさん食べ、しかし夜のために腹4分目でセーブした淡は、
咲の名前を聞いてふと彼女が言っていた言葉を思い出した。


咲『……それは、知らない方がいいと思いますよ』


智葉「どうした、淡。お前が考えごととは珍しいな」

淡「……いや……あのさ、智葉」

智葉「なんだ」

淡「サキのこと……教えてくれない?」

その言葉に、智葉はカップをテーブルに置いた。
皆の視線が彼女に集中する中、腕を組み静かに呟く。

智葉「――咲は6年前、正式に契約を結び私の組の者になった。ただそれだけだ」

智葉「その他のことは、お前たちは知らない方がいいだろう」

智葉はきっぱりと切り捨てる。
それは本当に、知らない方がいいことなのだろう。

6年前とはまるで面影の変わった咲。

あの尋常ではない強さ、ナイフ捌きの華麗さ、銃の扱いの慣れ具合。
それら全てを総合すれば、おのずと答えは見えてくるのだから。

今回はここまでです。


夕食の時間になり、皆が最高級のヒレ肉を使ったステーキに舌鼓を打っていた頃。
事後処理を終えた咲がようやく姿を現した。

咲「お嬢、遅れて申し訳ありません」

智葉「いや。遅くまでご苦労だったな。お嬢と呼ぶな」

咲「これは失礼を」

いつものやり取りを聞きつつ、洋榎や憩が食べる手を休めずにいると。
淡がすっくと立ち上がり、咲の手を取った。

淡「…ちょっと話があるんだ。付き合ってよ」

咲「私に、ですか?」

驚いた咲は、主人へと視線をやる。
智葉は無言で首を縦に振った。

咲「…分かりました」

そのまま淡の手に引かれ、咲はドアの向こうへと姿を消した。
3人はぽかんとその行動を見やる。
が、智葉は全てを見通したかのように呟いた。

智葉「…やれやれ。知らない方がいいと忠告したのにな」

ゆみ「智葉?」

智葉「いや、何でもない。それより肉はまだまだあるぞ。食べないのか?」

洋榎「もちろん食べるでー!あ、ライスのお替りよろしくな!」

憩「私も!大盛りでよろしくですぅ」

ゆみ「お前らはもっと遠慮しろよ…」

人気のない廊下の隅まで移動して、
淡は引いていた咲の手を離した。

咲「それで、大星さん。お話とは一体…」

淡「私、どうしてもサキのことが知りたい」

咲の言葉を途中で遮り、淡はそう告げる。
一瞬開きかけた口を閉じ、咲はしばし沈黙する。

淡「……私ね。高校の時のインハイで、サキに負けたことが悔しかった」

咲「……」

淡「でも、それ以上に楽しかったの。全力を出し切って、それでも敵わなかったサキの圧倒的な麻雀にワクワクした」

淡「だから、またサキと打ちたいと思った。プロになれば、サキとずっと麻雀勝負が楽しめると思ったの」

咲「……大星さん」

淡「ねえ!今からでも遅くないでしょ。ボディガードなんてやめてプロになりなよサキ!」

がしっと肩を掴まれ、淡に揺さぶられる。
その手をやんわりと放し、咲は静かに言った。

咲「私は、お嬢の傍を離れるつもりはありません」

淡「何で!何で智葉にそこまで拘るの!?」

咲「………」

淡「じゃあ せめて2人の間に何があったのかだけでも教えてよ!」

淡は必死に言い募る。
その真剣な表情に、咲は意を決したようにひとつ息を吐き、呟いた。

咲「……分かりました。私の過去を、お話します」


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その日咲は父に連れられ、とあるマンションの一室に来ていた。
部屋に入った途端充満する煙草の匂いにむせそうになる。

中央に置かれた麻雀卓に3人の男が座っている。
男たちは制服姿の咲を見るなり下卑た薄笑いを浮かべた。

咲はビクリと体を震わせ、咄嗟に父の後ろに隠れる。
だが父の界はそんな咲を引っ張り出し、男たちの目前へと押し出した。

咲「お、お父さん!?」

界「…約束どおり連れてきたぞ。俺の娘だ」

男1「ふうん。なかなか可愛いじゃねえの」

男2「あんま似てねえな」

男たちの不躾な視線に咲は耐えかねたようにぎゅっと目を瞑る。

界「娘はプロ顔負けの麻雀の打ち手だ。代打ちにでも使ってくれ」

男1「へえ、この嬢ちゃんがなぁ」

男2「いいぜ。これまでの貸しはこれでチャラにしてやるよ」

界「感謝する」

咲「え……どういうことなの、お父さん!?」

界 「……」

男3「お嬢ちゃん、あんたはこの親父に売られたんだよ」

男1「可哀想になぁ。こんなろくでもない男の娘に生まれたばかりに」

男2「って俺らがいうのも何だけどな」

沈黙したままの父の代わりに男たちが答える。
告げられた事実に咲は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

咲「う、嘘……嘘だよね、お父さん……?」

界「……」

咲「ねえ、何とか言ってよ!お父さん!」

男1「もう諦めな。お嬢ちゃんは既にこのオッサンとは無縁になったんだ」

男2「あ、オッサンはもう帰っていいぞ」

界「…分かった」

そのまま踵を返し、父が立ち去ろうとする。
咲は必死で追いすがった。

咲「待って!置いていかないで!お父さ…」

男3「おっと。お嬢ちゃんはもうここの住人なんだ」

咲「い、いやっ!離して!お父さん助けて!」

男の一人に後ろから羽交い絞めにされ、咲はもがきながら父に助けを請う。
が、父は振り返らない。

界「……すまない。咲……」

その一言を残し、父はマンションを出て行った。

咲「お…お父さ…ん…」

男1「あーあ。お父さん行っちゃったねぇ」

男2「すっかりうちひしがれちゃって可哀想に」

男3「ま、俺たちが慰めてやるからよ」

咲「やっ!」

男の手が咲のスカートの中に伸びる。
咲は咄嗟に手を払いのけようとするが、別の男に羽交い絞めにされたままで
腕の自由がきかない状態では何の抵抗もなさない。

そのまま無骨な手が咲の下着の中に潜り込み、
秘所を乱暴にまさぐった。

咲「あっ…ああっ…」

敏感な場所を他人の手で弄られる感覚に咲は身を震わせる。
不意に男の指が膣内へと突き立てられた。

咲「ひぅ…っ!」

男3「おっ、すげー締め付け。こりゃ処女だな」

咲「い、いや…お願い、代打ちでも何でもするから…だからこれ以上は…」

震える声で懇願する咲の言葉も男達には届かない。


やがて部屋中に咲の悲鳴が響きわたった。

その日から、咲は裏の世界で生きていくことを余儀なくされた。

ただ賭け事の為のみに打たされる麻雀。
そこに咲自身の意思など存在しない。

咲は死んだように生きていた。
半年後、別の組との賭け麻雀で智葉に敗北したその時まで。



智葉「―――お前の負けだ。宮永咲」

咲「……はい」

勝負に大負けした場合は自らの身をもって償え。
組のトップにはそう言われている。

咲「私にはこれ以上出せるお金がありません…なので、私の命でも身柄でも持っていってください」

半ば投げやりに咲は言った。自分にはもう何もない。
身体を休める暖かな家も、おかえりと向かえ入れてくれる優しい家族も。

何もかも失った。もう生きていても意味がない。
ならいっそ、ここで息の根を止めてほしい。

智葉「分かった。……なら宮永咲、お前は今から私の配下に下ってもらう」

咲「……はい。代打ち要員ですね」

智葉「いや。賭け麻雀はさせない。お前はただ私の傍にいればいい」

咲「傍に……?」

智葉「ああ。もちろん断ってくれても構わない。その時はお前を解放してやる」

咲「……え?」

智葉の言葉に咲は目を大きく見開いた 。

咲「どうして……それでは貴方に何のメリットもないじゃないですか」

智葉が何を考えているのか分からない。
勝負に負けた自分を無償で助けてくれる理由が。

智葉「理由ならあるぞ」

咲の思考を読み取ったのか、
智葉は咲から視線を逸らさず告げた。

智葉「ただ単純に、お前を救いたいと思ったからだ」

咲「……なぜ」

智葉「半年前の、夏のインターハイ決勝戦。あの時一際輝いて麻雀を打つお前に、私は惹かれるものを感じた」

智葉「はじめて他人の打つ麻雀に魅せられた。もっともっと見ていたい。そんな風に誰かに夢中になるのはお前が初めてだった」

咲「……」

智葉「あの日から、私はお前自身に惹かれていたのかも知れないな」

咲「……でも、私はもう……あの時の私じゃありません」

父に捨てられ、純潔も奪われ、家も友人も自由も失った。
こうして裏の世界で息を潜めて生き長らえているだけの卑しい存在だ。

智葉「いや。お前の瞳は輝きを失ってはいない。心と同様に澄み切った、綺麗な色をしている」

咲「……」

智葉「そんなお前に、私の生きる極道の世界は酷なのかも知れない。日々危険と隣り合わせで生きていかなくてはならないからな」

智葉「だから、この話は断ってくれても構わない」


―――その時は、お前を表の世界に帰してやる。


そう告げた智葉に、咲はしばし沈黙する。
暫くして、すっと顔を上げた咲の目に迷いの色はなかった。

咲「……分かりました。貴方にお仕えします」

咲は静かに頷いた。
何もかもを失い、生きる気力さえも失いかけていた自分に救いの手を差し伸べてくれた人。

辻垣内智葉。この人の為に生きようと思った。

咲「…一つだけ、いいでしょうか」

智葉「何だ?」

咲「私はもう宮永ではありません。父には…縁を切られましたので」

智葉「……そうか。なら、咲。私についてこい」

智葉「今日からお前は私の組員、家族だ」

智葉が咲へと手を差し出す。
咲はその手に自分の手を重ねた。
ぎゅっと力強く握られる手。2人の主従関係が成立した瞬間だった。


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淡「……っ、ひっく…、ぐすっ…」

ただ黙って咲の話に耳を傾けていた淡は
我慢できずに嗚咽を漏らしはじめた。

淡「ごめ…サキ、ごめんね…」

咲「…どうして謝るんですか、大星さん」

咲の身に降りかかった過去の出来事。それらは淡の想像を遥かに超えていた。
少なくとも軽々しく聞いていいような内容ではない。
咲の傷口を抉るような真似をした自分に心底嫌悪した。

淡「わたし、無神経に踏み込んで…サキのこと傷つけちゃって…ほんとごめ…っ」

咲「そんなに泣かないで…」

スーツのポケットからハンカチを出し、
咲は淡の涙で濡れた頬をそっと拭った。

咲「…私には大星さんの希望を叶えることはできません」

咲「あの日から、智葉様のために生きていくと誓いましたから」

淡「サキ……」

咲「…ありがとう。私のために泣いてくれて…大星さんは優しい人ですね」

淡「……淡」

咲「え?」

淡「淡って呼んで、サキ。それから敬語もやめて」

咲「でも…」

淡「私、サキと友達になりたい。だからお願い」

咲「……分かったよ。淡ちゃん」

にこり、と自分に向かって微笑みかけた咲は、
6年前のあの決勝戦で見た時の笑顔と何一つ変わってなくて。

淡はまた新たな涙を流して咲にぎゅっと抱きついた。
そんな淡の背を、咲は優しく撫ぜ続けた。

今回はここまでです。



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車をマンションの100m手前で止めるよう運転手に頼んで、咲は目尻を押さえる。
本部を出たのは日付を越えた少し過ぎたあたりだっただろうか。

本部は都心からは遠い場所にあるので、移動に不便なのが難点である。
事実そろそろ空が明るくなりはじめているし、移動時間中も報告書の作成に追われていたせいで眠れなかった。

マンションについたら30分だけでも仮眠を取らないと、今日の仕事に支障が出るだろう。
結局咲は丸二日、本部の地下に籠っていた。
事後処理や今後についての会議のために二徹である。


智葉はどうしているだろう、と咲は眠たい頭で考える。
途中で何度か連絡は入れたが、どうにも心配で咲は軽くため息を吐いた。

今から6年前。
咲は辻垣内組の一人娘、智葉の側近になった時のことを思い出す。

借金のカタに父に売られ、組内では奴隷のように扱われ生きる気力をなくしかけていた咲に
一緒に来いと彼女は手を差し伸べてくれた。

智葉『今日からお前は私の組員、家族だ』

その一言が、咲の人生を大きく変えた。

あれから月日が流れ、智葉ともすっかり打ち解け
節度を守った範囲ではあるものの軽口を叩けるほどの仲になった。

護衛の仕事をするにあたって護身術、銃技、ナイフの扱い等、毎日死ぬ気で訓練した。
今では咲は智葉の側近筆頭にまで上りつめる程になっていた。

咲「……はあ」

報告書を鞄に仕舞い、やることがなくなった途端に強い眠気が襲ってくる。
近頃やることが増えて知らずに気を張り詰めていたのかもしれない。

重たい溜息をついて、咲は完全に目を閉じた。
無意識のうちに車の窓枠にもたれかかり、心地よい振動に身を任せる。

咲(なんだか、すごく疲れてる気がする…)

それが、夢の世界に落ちる前の咲が最後に思ったこと。

ちなみに、咲の疲れを垣間見た運転手は心配して、
30分ほど遠まわりして咲の睡眠時間を確保したのだが、このときの咲は知る由もなかった。



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重さは本物と一緒だが、 レプリカと言っていいデジタル銃。
音も煙も出ないので、練習には重宝する。

車の中で30分だけ仮眠が取れたため
多少すっきりした頭でシャワーを浴びることが出来た。

そのまま身支度を整えて軽く柔軟をしたあと
咲はマンションの地下2階にある射撃練習場へ移動した。

本当はこの前段階として地下3階の鍛練場でナイフ使いの訓練をするのが咲の日課なのだが、
今日は時間がないため射撃の訓練だけ行うことにしたのだ。


地下に到着すると無人の射撃場の灯りを付け、所定位置に立ち、
ヘッドホンと専用サングラスを付けてスイッチを入れる。

すると目の前の景色が無機質なコンクリートから砂漠の荒野に変わり、
3Dの人影が現れた。

カウントダウンの電子音が聞こえる中、咲は全神経を集中させる。
『1』のカウントが『0』に変わる瞬間、スッと息を吐き、駆逐を開始した。

バンッ!  バンッ! バンッ!

音が鳴っているように錯覚するのはヘッドホンからリアルな発砲音が聞こえてくるからだ。

咲は現れてくる人影の急所を冷静に狙って撃ち抜いて行く。
遠くから近付いてくる者から、唐突に横からあらわれてくる者まで、一人残らず全て。

実際の現場では、当日の天候の影響、追い風・向かい風の影響、障害物の影響等、
色々な不確定要素があり、味方の存在も認識しつつ自分も移動して臨機応変に行動しなければならない。

さらにこの練習場では所詮合成映像だけしかないので、本物の人間の気配がなく
視界だけが頼りなのが心許ないが、そこは許容しなければならないのだろう。

どんな訓練であれ、不完全だからと投げ出したりはしない。
しないより、したほうがずっと身になる。

バンッ! バンッ! バンッ!

そのまま10分程続けていると、咲の聴覚に唐突に甲高い音楽が鳴り響いた。
目の前に『コンプリート』という文字が浮かびあがってチカチカと明滅している。

咲は銃を置き、サングラスとヘッドフォンを外して振り返った。
背後からリズミカルに手を叩く音が響いてくるからだ。

智葉「―――さすがだな、咲。いつもながら鮮やかだった」

咲「おはようございます、お嬢。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」

そこにいたのは咲の主人である智葉だった。

彼女がつい3分ほど前に入ってきたことには気付いていたが訓練の最中だったため、
自己判断で挨拶を後回しにしたことをまず詫びる。

この練習場には一スペースに一つ電光掲示板が付いていて、
そのとき訓練者が見ている練習風景を他者も見ることが出来る機能が付いている。

さらにその映像は一定期間録画されるので、
望むならその映像をDVDに焼いて確認することも出来るのだ。

咲は使ったことのない機能だが、便利だとは思っていた。
テクノロジーの進化にはいつも驚かされる。

智葉「いや、いい。こちらも鍛練の邪魔をして悪かった。それからお嬢と呼ぶな」

咲「申し訳ございません、智葉様。……本日は、どのようなご用件でしょうか」

咲が智葉に近づくと、彼女は目を細めて淡く微笑んだ。

智葉「いや。使用人から咲が帰ってきたと報告があったからな。会いに来ただけだ」

咲「……まさか、こちらまでおひとりで?」

智葉「誰にも見られていない」

咲「また、あなたは……」

智葉「私だって自分の身くらい自分で護れるぞ」

そう言って、智葉は再び目を細めた。智葉はたまにこういう表情をする。
笑っているような、泣いているような、寂しがっているような、甘えているような。

彼女がこういう顔をするのは大体咲が彼女の元を所用で離れたときか、
咲が仕事で怪我を負ったときで。

そして智葉がこの表情をした後には決まってすることがあった。

咲が彼女の次の行動を予想して身体の力を抜いていると、
ふいに智葉の腕が自分の方へ伸びてきて、ふわりと抱きしめられた。

智葉「…おかえり、咲」

咲「はい、智葉様」

智葉「お前が無事帰って来てくれて、よかった」

咲「……はい」

智葉は咲の髪に顔をうずめて右手で腰を抱き、左手で髪を梳いている。
咲は髪に触れてくる主人の優しい手に、ただうっとりと目を閉じる。

2人はそのまま、部下が朝食の時間だと告げに来るまでずっと寄り添っていた。

今回はここまでです。



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弘世組は辻垣内組まではいかなくとも、それなりに大きな組織だった。

昔から辻垣内とは付き合いのある組で、
智葉自身も弘世の組長の一人娘、菫とは親交があった。

弘世家の純日本家屋の居間に通された智葉は、料理が運ばれてくるまでの間
世間話と称して先日起こった出来事をかいつまんで菫に話した。

菫「やれやれ。お前も腕が落ちたものだな」

ことん、と菫は湯呑みを置きながらそう断ずる。

菫「自分の身くらい自分で守れる。そう豪語してたのはどこのどいつだ?」

智葉「言ってくれるな。まさかうちの組から裏切り者が出るとは思わなかったんだ」

菫「そこがお前の甘さだ。私ならたとえ身内の者にでも一瞬の隙も許さないがな」

痛いところをずばずばと突いてくる友人に、
智葉は何も言い返せずただ眉を顰める。

菫「まあ、お前が無事で良かったよ」

そう言って菫が微笑した直後、居間の襖が開いて
二人分の昼食が運ばれてきた。



菫と別れ、弘世家の門を出てきた智葉を護衛である咲が出迎える。
が、咲は智葉を部下が運転する迎えの車に押し込めると、一人歩いて帰りはじめた。

普段は智葉と共に護衛がてら歩いて帰るのだが、今日は自分達の後をつけてくる気配が4つあったのだ。
知った気配ではあったが万一のことがあってからでは遅いので、咲は直々に対処することにした。

咲(彼女らは一体何がしたいんだろう……)

咲は予定にないところで角を曲がり、気配が近づいてきたところで跳躍する。
近くの塀の上に降り立ち、その家の庭先から生えている木の枝に身を隠して様子を伺った。

案の定、彼女らは走ってやってきた。
気配どころか足音すら消さずにどたどたと、それで彼女らは尾行しているつもりなのだろうか。

憩「えっ、消えたっ!?」

淡「えー? さっきここで曲がってたよ?」

ゆみ「全速力で逃げたのかもしれないな」

洋榎「せやな、じゃあうちらも走って―――ッ!?」

咲「何かご用でしょうか」

塀から降りて洋榎の背後を取った咲は、柄に入れたままのナイフを彼女の背中に突きつける。
刃を抜かないのは彼女らが智葉の友人であることと、彼女らの意図が掴めないからだ。

咲が毛虫に向けるくらいのかすかな殺気を込めて言葉を掛けると、
彼女らは竦み上がって悲鳴を上げた。

洋榎「う、嘘やろ!?さっきまで前歩いてたやろ!?」

ゆみ「ナ、ナイフを仕舞うんだ宮永!物騒な!」

憩「そうやで!危ないで!」

淡「それ本物なんだよね?」

咲「私は何かご用でしょうかとお聞きしましたが」

とりあえずそれをどうにかしろ危ない!と口々に連呼されたので、咲は渋々ナイフを仕舞う。

ようやく人心地着いたらしい彼女らに、咲が「ご用件を。智葉様なら先に車でお帰りです」ともう一度告げても
「あー」とか「えー」とか彼女らは煮え切らない。

本当に命目的でしょうか……と咲が再度ナイフを取り出そうとしたところで、
「わー!」と叫びながら言ったのは洋榎だった。

洋榎「と、突撃!宮永のお宅訪問や!」

咲「……は?」


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咲「私の住処なんて見てどうするんですか?」

淡「私はサキのいちばんの友達だからね!家くらい知ってて当然でしょ!」

憩「というかここ、智葉ん家の真後ろじゃないん?」

オートロックを解除してエレベーターに乗り、マンションの8階。
一応最上階だ。

咲は4人を家に上げるとすぐに荷物を置き、クローゼットに直行した。
本当に何もない部屋なのに何故か興奮してテンションの高い4人を無視し、さっさとスーツを脱ぐ。

ゆみ「生活感のまるでない部屋だな……」

洋榎「机とベッドと本棚しかないなぁ」

淡「お菓子もないし。殺風景だねー」

咲「……皆さん。来て早々申し訳ありませんが、私はすぐこの家を出ますので」

「え!?」

驚き声は誰のものだっただろう。

咲はスーツの下に着けているショルダナイフのホルスターを外そうとしていたところだったのだが、
あまりの間抜けな声に反応して振り返ってしまった。
すると逆に、4人の方が唖然としていた。

洋榎「す、すごい量のナイフ……それ、重くないん?」

咲「いえ。もう慣れました」

ゆみ「それ、もしかして毎日持ち歩いてるのか?」

咲「仕事ですので」

憩「行くって、どこへ行くん?」

咲「智葉様のところです」

淡「智葉の家か、見てみたいなぁ」

興味津々といった様子で目を輝かせる淡に、咲は僅かに微笑して言う。

咲「淡ちゃんも来る?」

淡「えっ、いいの?」

咲「うん。…みなさんもおいでになりますか?」

洋榎「ええんか?行きたい!」

憩「私もー」

ゆみ「私も興味があるな」

咲「了解しました」

咲はスマホを取り出した。
クローゼットから着替えを取り出しながら発信ボタンを押すと、電話の相手はツーコールで出た。

智葉『……もしもし、咲?』

咲「智葉様。いまお時間、構いませんか」

智葉『構わない。どうした、急用か?』

咲「いま私の寝泊りしている部屋に、智葉様のご友人が来ているのですが」

智葉『は?』

手短に事情を話すと、智葉から許可が出たので
次は辻垣内家の使用人頭に電話をかける。

ブラウスのボタンを止めて右腕にスローイングナイフのホルスターを着け終わったところで相手が捕まり、
色良い返事が戻ってきたので咲はスマホを仕舞った。

咲「智葉様と使用人頭の方の許可が取れました。皆さん、今夜は辻垣内家で夕食を取っていってください」

淡「え、いいの?」

ゆみ「いきなり押しかけたのでは、迷惑ではないのか?」

咲「お嬢のご友人なら構わない、とのことです」

洋榎「よっしゃ!ちょっと家に電話かけてくるわ!」

4人はそれぞれ自分のスマホを取り出して家に電話を掛けている。

いち早く通話を終えた淡が、黒のフィンガレスグローブを着けている咲を見やり、
視線を移して咲の家のクローゼットを見てぽつりと呟いた。

淡「サキ、普段着この黒スーツしかないの……?」

咲「……?うん、そうだけど」

上着を着て、最後に腰まで伸びた髪を一つに結べば着替えは終了。
あとは鞄の中から昼間書いた今日一日の報告書を持参すれば出発準備は完了だ。

咲「……準備が出来ました。それでは参りましょう」

部屋を出てエレベーターに乗り、1階ではなく2階で降りる。同行者である4人はしきりに不思議がったが、
咲が迷いなく歩いて行ったので戸惑いつつという様子で後を着いて来た。

咲はエレベーターを降りてすぐ、階段横にあるドアノブに手を掛ける。
一見すると掃除用具入れのような薄汚れた扉を開けると、そこには二つ目の扉があって
咲はその横に備え付けられたパネルに8ケタの暗証番号を打ちこんだ。

ピッピッと扉が一瞬赤く光り、咲がドアノブをひねるとその奥には薄暗い階段が現れる。

洋榎「うわっ! すごー!」

ゆみ「……隠し扉、か?」

憩「なんか忍者屋敷みたいやなぁ」

咲「ここは元々私のようなお嬢付きの専用マンションで、このような特殊な作りになっているんです」

咲「外から見えないデッドスペースがいくつかあって、これもその一つです。どうぞ」

咲は普段一人で通るときはつけない通路の灯りを、4人のために灯した。
しばらく歩くと階段は平坦な廊下になり、もうしばらく歩くと今度は登り階段になる。

階段の終わりに再び扉があり、咲はその横のパネルに暗証番号を打ち込んだ。
ドアを開ければ、そこはもう辻垣内家の庭だ。

咲「到着しました。どうぞ」

ゆみ「納屋の扉のようにカモフラージュした場所に出るのだな……よく考えてある」

洋榎「うおっ! 庭ひろっ!」


智葉「―――おかえり、咲」

4人の案内を終えた咲がドアを閉めていると、屋敷のほうから智葉の声がした。
振り返ると縁側に和装姿の智葉がいたので、咲は腰を折り丁寧に挨拶をした。

咲「智葉様、ただいま参りました。部屋でお待ちになっていると思っていました」

智葉「待っている時間が退屈だったからな。……ところで、お前達」

智葉はいつにないいい笑顔をにこりと4人へ向けた。

咲は踵を返して厨房のほうへと向かう。
部下と食事準備の引き継ぎを行わなければならない。


智葉「私でも入ったことのない咲の部屋に、入ったそうじゃないか?」


感想を聞かせてもらおうか……。
背後からドスの利いた智葉の声が聞こえたが、咲は振り返らなかった。


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今回はここまでです。

サキ→ガイト(無意識)
ガイト→サキ(意識的?)
こういうところがグッとくるで乙

咲「――智葉様、お食事の準備が」

淡「うわーんサキー! どこ行ってたのよ智葉めっちゃくちゃ怖かったし―――へぶし!」

客間の部屋の襖を開けるなり淡が突進してきたので、咲は華麗に避けて盆の上の食事を死守した。
上座に座る智葉の前に盆を起き、自分の分は定位置であるその右斜め前に置く。

淡「……なんで避けるのよー」

咲「避けなかったら食事が台無しになってるでしょ」

ため息を吐きながら咲がお茶の準備をしていると、
智葉の友人の分の食事を持ってきた使用人たちがくすくすと笑いだす。

使用人1「今日は賑やかですねぇ」

使用人2「みなさん、どうぞごゆっくりお過ごしくださいね」

使用人3「なにせ智葉お嬢様と咲様のお友達がくるなんてはじめてで」

咲「……いえ、私ではなく智葉様のご友人です」

使用人1「あら、ご謙遜など。智葉様と咲様のご友人でしょう?」

咲「いえ、ですから……」

憩「うん、私らすっごい仲良しなんですぅ」

洋榎「せやせや!うちらすっごい仲良しやんな!」

淡「特に私とサキは親友だもんね!ね、サキ!」

咲「淡ちゃん…」

未だくすくすと笑い続ける使用人たちは準備が済むとさっさと部屋を後にした。
誤解されたまま、である。

しかし誤解されたままだろうと特に支障がないことに気付いた咲は、
途中で考えるのが面倒になってお茶を入れる作業のみに集中することにした。

咲は仕事以外のことは、案外大雑把である。

咲「智葉様、お茶です」

智葉「ありがとう、咲。いつもすまない」

咲「いえ、仕事ですので」

智葉「……咲、そこは『それは言わない約束だろう 』という発言が様式美なのだが」

淡「ぷぷっ。智葉、言われてやんの」

賑やかに食事が進んでいくなか。
おもむろに智葉は箸を置き、4人へと目を向けた。

智葉「食べながらでいい。皆に聞いてほしいことがある」

淡「むぐむぐ…、何?智葉」

ゆみ「一体何だ、改まって」


智葉「―――実は、今年いっぱいでプロを辞めることになった」


「ええっ!?」

咲以外の、その場にいた全員が声を上げた。

洋榎「な、何でや!?」

憩「そんな急に……」

智葉「来年から、この私が辻垣内組を正式に継ぐことになったんだ」

「……」

全員が絶句して言葉をなくす。
智葉が組の跡を継ぐのはもっと先の話だと思っていたのに。

智葉「今まで世話になったな。皆と同じチームになれて、本当に良かったと思っている」

淡「智葉……」

ゆみ「……ああ。私もだよ」

洋榎「せや!何たって智葉はチームの要やったしな」

憩「でも、寂しくなるなぁ……」

憩の言葉に、全員がしんみりとなる。
そんな空気を払うかのように咲は声を上げた。

咲「みなさん、今日は泊まっていかれてはどうですか?」

淡「えっ…?」

咲「そうですね、少し気が早いですが智葉様の送別会と称して、夜通しで麻雀勝負なんていかがでしょう」

智葉「咲……」

洋榎「それええな!よし、うちは乗ったで!」

憩「私もですぅ!」

ゆみ「いいな。ではちょっと家に連絡するよ」

淡「ねえねえ、それってもちろんサキも参加するんだよね?」

咲「えっ、私も?」

きょとんとする咲の腕を淡が勢いよく引っ張る。

淡「インハイのリベンジだよ!今日は負けないからねー!」

咲「え、ええと……」

困ったように咲は主人へと目を向ける。
智葉は深く笑みながら頷いた。

咲「……分かりました。私も参加させてもらいます」

淡「やったー!またサキと麻雀が打てる!」

ゆみ「これは気合を入れ直さないといけないな」

憩「うわぁ、めっちゃ楽しみやわぁ」

洋榎「なあなあ!ビリになった時の罰ゲームとか決めとかへん?」

すっかりはしゃいでいる淡たち4人。
そんな光景に智葉と咲は視線を交わし微笑む。


辻垣内家の夜は、客人たちのかしましい騒ぎ声とともに更けていった。


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今回はここまでです。7月中に終わらせるといっといてこのザマだよ。
次回で一気に完結させたいです。

咲「お嬢、おはようございます」

智葉「おはよう咲。お嬢と呼ぶな」

咲「これは失礼しました」

いつものやり取りとともに、二人は挨拶を交わし合う。
では朝食のご用意を、と厨房へと向かいかけた咲を智葉は引きとめた。

智葉「ちょっと待ってくれないか」

咲「…智葉様?」

智葉「咲に大事な話があるんだ」

咲「私に、ですか?……分かりました」

そのまま智葉に手を引かれて、咲は主人の部屋へと移動する。
部屋の扉がパタンと閉まった瞬間、智葉にぐいっと身体を引き寄せられた。

咲「智葉様!?」

智葉「咲、心して聞いてほしい」

いつもと様子の違う主人に至近距離で見つめられ、
咲は動揺し視線を彷徨わせてしまう。

咲「…っ、あの、何でしょう……」

智葉「――うちの組の伝統として、跡を継ぐ時に伴侶となる者を同時に決めるしきたりがある」

智葉「それは……知っているな?」

咲「!!………はい」

ああ、そうか。
主人はついに、自分だけの主人ではなくなるのか。

他の誰かと並び立つ智葉を想像して心に暗い靄がかかる。
じくじくと痛み出す胸を押さえ、咲はぎゅっと目を閉じた。

智葉「咲?具合でも悪いのか?」

咲「いえ、何でもありません。……続けてください」

たとえ智葉がどんな伴侶を選ぼうとも、
自分はこの人の傍を離れない。ずっと守ると決めたから。

そんな決心とともに、咲はそっと目を開いた。
目の前には、真剣な表情で咲を見つめる智葉。

智葉「では言わせてもらう。――――咲、結婚してくれ」

主人の言った言葉が咄嗟に理解できず、咲はぽかんと立ち尽くした。
うんともすんとも言わない咲に、智葉は眉を寄せる。

智葉「咲?聞こえていたか?」

咲「……え?」

智葉「だから、結婚してくれ、と言ったんだ」

こんな恥ずかしい台詞を何度も言わせるな、と智葉が顔を赤らめる。
今だ状況が理解できない咲は、ぽつりと言葉を返す。

咲「ええと……誰と、でしょうか…?」

智葉「―――ああもうっ!」

いい加減堪忍袋の緒が切れた智葉がそう叫ぶとともに、
咲の腕を強く引っ張った。

咲「…っ!!」

瞬間、2人の唇が重なる。

智葉「これで分かったか?……私はお前に求婚してるんだ。咲」

咲「……智葉、様……」

求婚?智葉が自分に?
呆然としながら咲は呟く。

咲「だって、あなたと私では…」

智葉「釣りあわないとでも言うつもりか?だがそんなことは私が決めることだ」

智葉「主人と部下という関係から、伴侶という関係に変わる。ただそれだけのことだろう?」

咲「でも…だって…」

智葉「私はお前以外の誰をも選ぶ気はない」

咲「……っ」

智葉「…それとも、咲は私の伴侶になるのが嫌なのか?」

途端、悲しげな表情になる智葉に
咲の心がつきんと痛んだ。

咲「……ずるいです。そんな顔されたら断れるわけ……ないじゃないですか」

するり、と智葉の頬に手を添える。
智葉はその咲の手に自分の手を重ね合わせた。

手のひらから感じる智葉の温かな体温に
咲はそっと目を閉じ、そして呟いた。

咲「……分かりました。お受けします」

こんな私で良ければ、ずっとお傍にいると誓います――――

そう囁いた咲に、
智葉の顔が淡く綻んだ。

智葉「ありがとう……咲」

ぎゅうと強く身体を抱きしめられる。
互いの鼓動がとくんとくんと響き合う音が心地よい。

智葉「では、私からも誓わせてくれ」

咲「え…?」

智葉「これからは、私にもお前を守らせてほしい。私と咲は一心同体になるのだから」

いいな、と顔を覗きこんでくる智葉に咲は一瞬目を見開く。
そしてふわりと花が綻ぶように、微笑んだ。

咲「はい……智葉様」

智葉「…そんな無防備な表情をされては堪らないな」

抱きしめていた腕を解いた智葉は、
そのまま咲をソファに押し倒した。

咲「あっ…待っ…」

智葉「待てない」

咲の言葉を遮るように、その唇を自らの唇で塞いだ。
先程のように軽いキスではなく深い口づけに咲は溺れそうになる。

咲「…んっ、んぅ…」

智葉「咲のそんな余裕のない顔を見るのは初めてだな」

漸く唇を離した智葉に悪戯っぽく言われ、
咲の頬が赤く染まる。

このまま翻弄されっぱなしなのは悔しい気がして、
智葉の首にするりと腕を巻きつけた咲は、その耳元で囁いた。

咲「なら、もっともっと私の余裕を奪ってください。ご主人様…」

智葉「……っ」

途端、智葉も咲と同様に頬を赤くする。

智葉「…全く。私を煽った責任、取ってもらうからな」

咲「望むところです」

そう言って嫣然と笑みを浮かべた咲は、
今度は自分から智葉に唇をよせた。


主従関係から恋人へと発展した2人は、
部屋に篭りきりで深く愛し合った。


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今回はここまでです。
あと後日談書いて終わります。



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敵対する組からの襲撃を受け、菫は恋人の宥とともに囚われの身となっていた。
寝転がされた石畳は固く冷たい。

宥「菫ちゃん…」

菫「大丈夫だ宥、私が何とかする」

そう言って恋人を励ますが自分の手は後ろ手にロープで縛られていて身動きがとれない。
弘世家の人間も、突然の敵襲に四苦八苦していて助けがくると楽観視できる状況ではない。

はっきり言って、絶望的だ。
菫が重く息を吐き出した途端。

ガシャン!と窓ガラスがけたたましく割れる音とともに、
女が転がり込んできた。

男1「な、何だ!?」

男2「襲撃か!くそっ!」

女は瞬時に体制を整えると、
縛られていた菫のロープをナイフで切った。

菫「咲か。すまない助かった」

軽く頷いた咲がそのナイフを向かってきた男に投げつける。
男はかろうじてナイフを避けるが、その隙に咲が石畳を蹴って飛び上がる。

咲の膝頭がナイフを避けた男の顔面に綺麗にねじ込んだ。男が倒れ込む。

その隙を狙って咲へと刃物を振りかざした別の男の足を、菫が俊敏な動きで浚って地面に転がし
みぞおちに強烈な一発を食らわせて気絶させる。

部下1「咲姐さん!」

部下2「姐さん、我々も援護します!」

その後咲の後に続いてやってきた数人の男たちとともに、敵をあっという間に殲滅させる。
周囲を見渡し、敵全員が倒れていることを目視すると咲はスマホを取り出した。

咲「――到着しましたか、ええ、救護要員を急がせてください。弘世組の組長が軽い怪我をしています――」


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智葉「おかえり、咲。ご苦労だったな」

菫と宥を無事送り届け、辻垣内家の門をくぐると
和服姿の若き組長、智葉が咲を出迎えた。

咲「ただいま戻りました。智葉さん」

智葉「大丈夫か?どこも怪我してないか?」

咲の身体をあちこち触り心配げにする智葉を安心させるように、
くすりと笑って咲は言った。

咲「心配いりません。かすり傷ひとつありませんから」


咲と智葉が結ばれてから、2年の月日が流れた。
2人の間には跡継ぎも生まれ、今は子育てに忙しない日々を送っている。

洋榎「ほほぅ、さすがは極道の妻やな!」

憩「咲ちゃんは相変わらず強いなぁ。関心するわ」

咲「洋榎さんに憩さん。皆さん来てらしたんですね」

家を訪れていた洋榎たちが智葉の横から顔を出した。
咲はぺこりと挨拶をする。

智葉「それにしても…咲が自ら援護に行かずとも、部下たちに任せておけば良かったものを」

咲「まだ言ってるんですか」

智葉「私はなるべくお前を危険な目にあわせたくはないんだ」

真剣な目で見つめられ、僅かに頬を赤くした咲は智葉から目を逸らして言う。

咲「でも、今回はどうしても私自身の手で片付けたかったんです」

智葉「何故だ?」

咲「弘世さんは大事なご友人なんでしょう?」

咲「あなたの大切な人は、私の大切な人でもありますから」

柔らかな笑みとともにそう言われ、
智葉は思わず咲を引き寄せ、胸に閉じ込めた。

智葉「……ありがとう。咲」

そのまま至近距離で見つめあい、甘い雰囲気になった2人であったが。

ゆみ「あー、君たち。私達の存在を忘れてはいないか?」

ごほんとわざとらしく咳をしながら、ゆみがそんな雰囲気に待ったをかける。
若い夫婦は慌てて体を離した。

淡「あーあ。せっかくママたちのラブシーンが見れると思ったのに。ねぇ、雲雀ちゃん?」

腕に抱いていた赤子に淡が話しかける。

咲「雲雀の面倒みてくれてたんだ。ありがとう淡ちゃん」

淡「ううん。雲雀ちゃん大人しくてお利口さんだったよ」

赤ん坊「あうー」

咲が淡の手から子供を引き受ける。
途端に腕の中の赤子は楽しげに笑い声をあげた。

ゆみ「やっぱり自分の母親の元がいちばん落ち着くんだろうな」

憩「やっぱりってことは、ゆみちんのとこのお子さんも?」

ゆみ「ああ。モモの腕の中にいるときがいちばんリラックスしているな」

淡「いいなー皆。私も子供欲しいよー」

洋榎「亦野さんとは進展してないん?」

淡「誠子はへタレだからね…」

遠い目をしてため息を吐く淡に、咲がくすっと笑う。

咲「それじゃあ淡ちゃんの方からアプローチすれば良いんじゃない?」

咲の言葉に淡は手をぽん、と叩いて頷いた。

淡「うん、それだ!ちょっと誠子襲ってくる!」

叫ぶと同時に踵を返して走り去る淡に、一同はぽかんとなる。
いち早く我に返った智葉が呆れた口調で呟いた。

智葉「あいつは相変わらず突拍子がないな」

ゆみ「まあ、それが淡だからな」

しみじみと頷き合う2人に、咲がまたくすりと微笑む。

洋榎「はぁ、恋人持ちはええなぁ…独り身が身に染みるわ」

憩「そんなら私が立候補しよっか?洋榎」

洋榎「えっ…い、いきなりそんなん言われても…」

突然の憩の言葉に洋榎がしどろもどろになる。

憩「私じゃ嫌なん?」

洋榎「嫌、やないで…でもうち可愛くないし…」

憩「洋榎は可愛いで。私にとってはめっちゃ可愛い女の子や」

迫る憩に、顔を赤くする洋榎。
いつの間にか良い雰囲気になっている2人を見てゆみは苦笑する。

ゆみ「それでは私はお邪魔なようだし、そろそろお暇するよ」

智葉「お邪魔なのは私達も同じなのだが」

咲「そうですね。…ゆみさん、また遊びにきてくださいね」

ゆみを家の外門まで見送った咲と智葉が、元いた庭に戻った頃。
すっかり出来上がり、手を繋ぎ見つめ合っている洋榎と憩の姿があった。

智葉「あいつらは一体いつまでいるつもりなんだ?」

咲「さぁ…でも幸せそうで何よりです」

はぁとため息を吐く智葉に、洋榎たちを優しい目で見守る咲。

赤ん坊「あうー」

智葉「ん?どうした雲雀?」

咲「多分お腹が空いてるんだと思います」

智葉「そうか。ではそろそろ夕飯にするか」

そう言いながら智葉が赤子の頭を優しく撫でる。

智葉「雲雀には沢山食べて成長して、立派な跡継ぎになってもらわねばならんからな」

咲「それなら心配いりませんよ。何せ――」

微笑みながら、咲が力強く告げた。


咲「私達の、自慢の子供ですから」

カン!

だらだらと続けた挙句無理に終わらせてしまってすいません
咲さんを姐さんと呼ばせたかっただけの為に書き始めた話ですが、
最後まで見て下さった方ありがとうございました

真冬の中庭は人気がない。
他の季節は賑わうその場所は、単純にいえば、寒いのだ。

コートを着こんでマフラーをぐるぐる巻きにしてもまだ寒いその場所に集まる意味は
つまり、人の少ないところを希望したためだった。

亦野淡香「いやでもさ、もっといい場所あったんじゃない?生徒会室解放してよーゆりちゃん」

加治木ゆり「生徒会室は他の生徒が作業中っす。いくら私が会長だからってそこまでの横暴はできないっすよ」

愛宕瑛「生徒会室は無理でも、麻雀部の準備室とかでもええんやない?」

弘世夕子「麻雀準備室は顧問が昼間使ってるだろ」

わいわいと騒ぎながら、夕子が広げた敷物の上に麻雀部の皆が群がる。
真ん中には弘世家の家紋入りの大きな重箱が3つ並んでいる。

女子校生が食べるにしては多く感じるボリュームだったが、
このメンバーでこのくらいなら10分もしない間にすべてなくなってしまうことは容易に想像できた。

淡香や瑛などは「足りない」と言って菓子パンや駄菓子を準備してきているほどである。

重箱を広げ終わったところで、それぞれ箸箱から箸を取り、
皿におにぎりや卵焼き、からあげやウインナーを取って食べている。

和やかな雰囲気の中、ここに麻雀部部長である辻垣内雲雀がいればいいのに、とみな同じことを思う。
雲雀は2日前から“組織”の本部に召集されているらしく、帰ってくるのは明日らしい。

それにしても……とゆりはウインナーを咀嚼しながら言った。
 
ゆり「なぁんか雲雀って、最近いないことが多いっすね。なんかあるんすか?」

夕子「ああ。どうやら私や雲雀目当ての誘拐計画があるらしくてな」

淡香「ブッ!?」

瑛「ぶほっ!!」

夕子の口からさらっと出た言葉に、淡香と瑛が勢いよく吹き出す。
「行儀が悪いぞおまえ達」と夕子はにべもなく言った。

淡香「ゆ、夕子……っ!それはさらりと言うことじゃないよ!」

瑛「ごふっ……ごっ……ふっ……」

ゆり「2人とも狙われてるんすか…?極道の娘だから?」

夕子「そうらしいな。…だが私は雲雀と違って落ちこぼれだから、重要な組織の会議にも呼ばれない…」

ぼそりと寂しげに夕子が呟く。
ほうれん草の白和えを姿勢よく上品に食べている彼女は、心なしか肩を落としているように見える。

一学年上の友人、辻垣内雲雀。

同じ極道の世界に生きる彼女とは幼い頃から何かと比べられていたが。
護身術や銃技等、彼女に敵う事柄など何一つない。勉学や麻雀の腕でさえ。

淡香「ねーねー、そういえばさ。最近園田のこと見ないよねー」

ポテトチップスを取り出しながら淡香が言った。
パンッ、と小気味良い音がして袋が開封される。

咀嚼音は北風の中に紛れた。
「うーさむ」と震えながらも淡香は黙々と袋の中身を減らしていく。

瑛「雲雀の古参の側近園田か。あの人なら別件で現場を離れてるって雲雀が言ってたで。何か用事なん?」

淡香「んーん。別に。でもなぁんか……」

嫌な感じがしたんだよね。
淡香は呟く。

その話題はそれきり持ち出されることはなかったが、
皆の胸中には水面が揺らめくようなかすかな不安と変化の予感が訪れていた。


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昼休み終了のチャイムが鳴り、淡香は気分よく教室へと戻っていった。
麻雀部の皆との昼食会は楽しい。中庭は寒いけれど。

淡香「雲雀がいれば、もっと楽しかったんだけどねー…」

ぼそりと呟いた瞬間。

大坂「……えー、遅くなりま してスミマセン。急遽会議が入りまして、えー…」

扉が開いたかと思うと、淡香のクラスの担任であり英語教諭の大坂が、
口癖の「えー」を連発して入ってきた。

そうか、5限目は大坂の英語の授業か。

大坂は、トレードマークのダサい黒ぶち眼鏡と長い前髪と老人のような猫背が特徴的で、
いつも自信なさそうに俯いていた。

彼の授業は間延びしていて要領を得ず、簡単に言えば眠くなる。
よし昼寝するか、と淡香は教科書すら出さず机に突っ伏そうとしたが。

そうしなかったのは大坂が物騒な単語を発したからだ。

大坂「えー、みなさん。さきほど裏門前の十字路を歩いていた近所の方が、えー、不審者に切りつけられる事件がおきまして…」

ざわっ、とクラス全体に動揺が走った。淡香も同じく目を見開く。
通り魔事件なんて昨今珍しくもなんともないが、自身のすぐ身近で起こったとなると話は別だ。

ざわつく教室内を俯きがちに見回しながら大坂は言う。

大坂「えー、特に近頃、この周辺で不審な人物の目撃情報が増えています」

大坂「えー、ですので、みなさん、しばらくは学校で待機し、集団下校を……」

?「――せんせー。にんげんって、生きてる意味あるんデスカー」

クラス中央の席の女子生徒が手を挙げて大坂の言葉を遮った。
手を下ろした彼女は長い髪をくるくると弄び、語尾を伸ばす独特の敬語でクラス中に聞こえる声で言う。

?「よわっちいやつはぁ。死んでもいいじゃないデスカー。そいつが死んだのなんてよわかったからデショー」

大坂「……えー、長谷川さん、切りつけられた人はまだ死んだというわけではなく…」

?「トモコのゆーとーりだよぉ、せんせー。世の中じゃくにくきょーしょくデショ?そんなの死んで当然ジャーン」

大坂「安田さん……えー……だからまだ……」

別の女子生徒が挙手した女子生徒に賛同する。

長谷川友子に安田真由美。クラスの問題児。
学校で堂々と酒や煙草に手を出す彼女らは、よく停学処分になったりしてクラスを騒がせていた。

発言者が彼女らであることを確認して淡香は顔をしかめる。

長谷川「結局さ、世の中ヤったもん勝ちなんだよね。強ければ勝つし、弱けりゃ負けるし」

安田「勝って生き残ったヤツだけが全てだよねー。みんな死んじゃえば同じだもん。死ねば喋れもしないしサ」

彼女たちの妙に傲慢な物言いと態度に腹が立つ。

それはほとんどのクラスメイト達が同じようで、ある者は長谷川と安田を睨みながら、
ある者はひそひそと指をさしながら、それぞれ彼女らを非難している。

そんな雰囲気に長谷川と安田がハッと鼻で笑った、そのときだった。

安田「ツマンネー」

長谷川「いいじゃんマユミ。どうせこいつら、ここでみんな」

ドォン! と地鳴りがした。

長谷川「死んじゃうんだからさ」

とりあえずここまでです。
後日談とは名ばかりのオリキャラオンリーになっちゃいましたが。

地が割れるような重低音が響き、教室全体がぐらりと揺れる。
淡香は不安定な床の上に立っていられず思わずしゃがみこむ。

地震だろうか。
揺れが落ちつくのを待っていると、すぐ隣から甲高い笑い声が聞こえた。

安田「キャハハハハ!もっと!もっとヤっちゃってよ!」

長谷川「クソ野郎ども!みんな死ね!死んでアタシらに詫びろ!アハハハハ!」

二人とも気がふれたように高らかに笑っている。

未だに揺れの収まらない床と、どこからか漂ってくる焦げ臭い匂いと相俟って
異様な空気を作りだしていた。

淡香の近くにいた生徒が二人、唾液を呑み込むリアルな音が聞こえる。
恐る恐る、彼女らは笑い続ける長谷川と安田に話しかける。

生徒1「……あんたたち、こんなときに何言ってんの。頭おかしいの?」

生徒2「長谷川さんも安田さんも、落ちつきなよ。先生の指示を待たないと……」

長谷川「見て、このピアス!ちょーかわいいでしょぉ?」

くるり、と長谷川は短いスカートと長い茶髪を踊らせて回った。
彼女の耳には、大ぶりの黒い石がついたピアスがついていた。

今まで髪に隠されて気付かなかったが、石は揺れる度にプラスチックのように人工的な安さで輝いたり、
かと思えば黒曜石のように優美な面持ちで光ったりした。

髪をかきあげた安田の耳にも同じものが付いている。
長谷川は自慢げにピアスに触れながら、にんまりと笑う。

長谷川「このピアスは仲間のアカシなんだぁ」

長谷川「アタシら二人は選ばれた、生き残るべきニンゲンなの」

安田「他のやつらは全員死ぬのよ。散々アタシらのことバカにしやがって、ガッコウに潰されて死んじまえカスども」

長谷川はにんまりと笑ったまま、安田は殺意すら込めて吐き捨てる。
黙ってられずに淡香は床に座り込んだまま呟く。

淡香「あんたたち、最低だよ」

長谷川「あ?何だってぇ?」

安田「ほっとけよそんな奴。どうせ殺されるんだからさ」

安田「助かるのはアタシらだけよ。みんな死んじゃえばいいんだよ。アハハハハ!」

再び気が狂ったように笑い出す安田。

その瞬間教壇側の扉が勢いよく開いた。
入ってきた人物を見て、淡香は目を見開いた。


――――――――――――
――――――――
――――

同時刻、夕子の教室内は淡香のクラスよりもさらに緊迫した状況と化していた。

生徒1「きゃああああ!」

生徒2「い、いたっ……いたい、いたいぃ!!」

唐突に入ってきたスーツ姿の二人の男の手にはナイフと銃があり、
一人は帽子を目深に被り、一人はレンズが黄色く光るサングラスをつけていた。

サングラスの男は教室に入るなり一番近くにいた生徒の髪を掴み、高く持ち上げてゆすっている。
生徒が痛みに泣き叫んでもお構いなしで、嗜虐的な笑みを浮かべる男は心の底から楽しそうだった。

生徒2「い、いたいっ……たすけて……たすけて……」

男1「イタイ、タスケテだってー。ねえねえ可愛いねー、聞いた?」

男2「やめてやれ。カタギに手を出したところでろくなことにならないぞ。降ろしてやれ」

男1「えー?」

帽子の男が言うと、サングラスの男は渋々少女を床に下ろした。

しかし彼は少女の髪からを手を離すことなく、
そのまま体を引き寄せると彼女の頬に銃口を当てて突っついている。

少女の顔は紙のように白く、全身をがくがくと震わせている。

生徒2「あ……あ……やだぁ……」

男1「ねえねえ、しあわせだねぇキミ達。親の金でガッコ通って、メシ食って、かわいいべべ着て。しあわせだねぇ」

男1「よぉく見ておくといいよお嬢ちゃん。しあわせなんて、ちょっと突いただけで簡単に壊れちゃうんだからねぇ? 」

生徒2「い……ひっ……ひっく……やだぁ……」

男1「泣いちゃうの? 泣いちゃうんだ。かぁわいいなぁー」

銃口を少女の頬にぐりぐりと押しつけるサングラスの男は実に楽しそうだ。

夕子には、男はただ遊んでいるだけで少女を傷つけるつもりはないと分かる。
銃はセーフティも外されていないし、引き金に手を置いてもいないどころか持ち方が変だ。

しかし見慣れない『凶器』を頬に突きつけられた少女の恐怖はいかほどだろう。
夕子の隣で「ミカ…」と彼女の友人らしき少女が呻いたが、彼女は彼女で腰が抜けていて一歩も動けないようだった。

男1「アキレス腱切って逃げられないようにして、喉潰して叫べないようにした上で嬲るっていうのはどうかな?」

男2「やめておけと言っている。お前の目的はその子どもを使って遊ぶことか。違うだろう」

男1「えー、そうだけど。辻垣内の娘は今日はいないんでしょ?つまんないよー」

夕子「……っ!!」

やはり狙いは雲雀と、そして自分か。

夕子はすっと立ち上がる。
隣で先ほどまでは寝ていたはずの瑛が「夕子?」と驚き混じりに自分を呼ぶ声が聞こえた。

夕子「お前達の目的はなんだ」

男1「ん?なに、きみ。この子の代わりに嬲られてくれちゃう系?」

男2「……弘世組の娘か」

帽子の男が低い声で言う。

夕子「お前達の目的はなんだ、と聞いている。質問に答えろ」

男2「目的……ね」

男は帽子を少しずらし、真っ直ぐに夕子の目を見た――次の瞬間だった。

およそ3メートルはあった距離を、あっという間に詰められた。
そのまま逃げる間もなく捕まる。

夕子「ぐうっ!」

男2「おれも雇われただけだ。金でな。悪く思うな」

男の低い声が聞こえたが動けなかった。
みぞおちに鋭い一発を浴び、その場にずるずると崩れ落ちる。

瑛「夕子!」

瑛の焦った声が聞こえたが、夕子の意識はそのまま薄れた。

銃とナイフを持った男二人に臆さず対峙した夕子はさすがだと思ったが、やはり無謀と言わざるを得ない。
雲雀の名前を聞いて頭に血がのぼったのだろうか。

帽子の男が教室を出ていく前に、やつに飛びかかって助けるべきかどうか瑛は迷う。
しかしなんとか奇襲に成功したとしても、あのサングラスの男がいるのだ。

ただの女子高生の自分が、訓練された大人を相手に善戦できるほどの腕はない。

?「夕子!」

ガタリ、と椅子を引く音がする。
教室の真ん中付近からの音だった。

立ち上がった少女の姿に瑛は見覚えがある。
藤木綾。よく夕子に構っていた剣道部の少女だった。

藤木「ちょっと何してるのよ!話が違うじゃない!私の大事な友達には手を出さないっていうから協力したのに!」

男1「え?なになに?何の話?」

男2「……オレは行く。あとはお前に任せたぞ」

藤木「ちょっと!ほら、これ!」

少女が髪をかき上げると、両耳に黒い石の揺れるピアスが付いていた。

あんなの付けててよく今までバレなかったな、と瑛が思っていると
帽子の男が立ち止まって振り返り、サングラスの男は首を傾げている。

男1「……なんだっけ、あれ」

男2「手引き者の印だ。それくらい覚えておけ」

男1「えー……あ、わかった!思い出した!侵入経路確保に尽くしてくれた協力者ってやつか」

男2「覚えてるんじゃないか」

男1「うん。そいつらだけは殺していいんでしょ?」

え、と小さな声がして藤木はあっという間にサングラスの男に捕まった。
帽子の男の姿はもうない。気絶した夕子をかついでどこかへ消えてしまった。

残されたのは青い顔をした藤木と、未だ恐怖心を拭いきれない瑛達クラスの皆だ。
藤木は声を震わせる。

藤木「……な、なに……?」

男1「さあお嬢ちゃん、オレと遊ぼうか。手始めに耳を削ごうか?それとも爪?どうやって遊ぶ?」

藤木「……や、やだ!離して!」

暴れる藤木をサングラス男はなんなく押さえつけて、あまつさえ髪の毛の匂いを嗅ぐ真似をしてからかっている。
明らかに玩具扱いされているのに藤木は気付かず、嫌だ嫌だと全身をばたつかせている。

藤木「さ、さわるな!このっ!離して!」

男1「へえ、自分がされるのはイヤなんだ。だってボスに協力したんでしょ?だったらなんでキミだけは大丈夫だと思ったの?」

藤木「それは……っ」

男1「いやいや、責めてるわけじゃないんだよ?たのしーんだ。オレ、そういうのだいすき」

男1「そういう、自分は安全だよってタカ括ってのうのうとしてるヤツらを殺すのがオレの仕事なの。わかる?」

藤木「ヒッ……」

サングラスの男が取り出したのはナイフだった。
切りつけられれば血が出て傷つくと、いくら物分かりの悪い子どもでも分かる。

男1「このキレーな髪の毛、皮ごと削いでもいいなぁ。それとも足の指に同時にナイフを落として、どれが駄目になるか試そうか」

男1「ナイフと銃と、あと毒でも針でもいいんだけど、ねえお嬢ちゃん」

藤木「あ……あ……あ……」

男1「震えちゃって、かわいい」

サングラスの男は藤木をぺろりと舐める。

藤木は顔をぐちゃぐちゃにして、涙を流しながら教室内を見渡す。
しかし誰も彼女を助けようとはしない。

助けようと動いたところで返り討ちにあうだけだろうし、
そもそもサングラスの男や帽子の男の言うことが本当なら、藤木は自分達を売ろうとした女なのだ。

どんな目に遭おうと自業自得だろう。
誰も危険をおかしてまで彼女を助けたいとは思わなかった。

藤木「だれ、か…たすけ」

少女が大粒の涙を流したときだった。


――ガラリ、と突然扉が開いた。
現れたのは、茶色の髪をなびかせた少女。


雲雀「世の中には2種類の人間がいると聞きます」

雲雀「引き金を躊躇いなく引ける人間と、引き金の重さに戸惑う人間」

彼女は静かに言う。
そうして片手を上に挙げて真っ直ぐに構えてみせて、

雲雀「―――あなたは、どちらですか?」

躊躇いなく、引き金を引いた。

次くらいで終わります。



――――
――――――――
――――――――――――


つい数分前までは余裕の表情が浮かんでいたのに、いまや見る影もない。

長谷川は細身で前髪の長い男に、
安田は張り付いたような笑顔を浮かべる釣り目の男にそれぞれ捕えられていた。

首に腕を回され、床にぎりぎり足がつくくらいの高さのところまで持ち上げられ、もがいている。

長谷川「ぃっ……たっ」

安田「な……んで、アタシがこんなメに……っ」

男1「証拠は消すのがコロシの第一歩ダーヨ。ナァ?」

男2「黙って仕事しなさい」

二人の男は少女が二人大声で泣き叫び、苦しがって嫌がっても慈悲も見せなかった。
マイペースにただ少女達の首を絞めている。

長谷川「ぐ……えっ……」

男1「ワタシたちの仕事、爆破物の設置とオマエラの始末ダーヨ。悪く思う思っちゃ駄目ネ」

長谷川「し、しまつ……?」

男2「私達の顔を見られたからには、君達を含めたここにいるガキ全員片付けなければなりません」

男2「どちらにしろこの建物は爆破するのが目的ですので、逃げられないように置いておくだけなんですけどね」

長谷川「イ、イヤ、イヤだ! なんでもするから助けて!」

安田「アタシたちは協力してあげたでしょう!? 助けるっていう話だったじゃない!」

男1「そんな話聞いてないのダネ。お前は?」

男2「いえ、聞いていませんね」

さらりと言われた男二人の言葉に、少女達は青を通り越して真っ白になっている。
本当に殺されてしまうかもしれないという恐怖に声も出ないようだった。

男たちは無抵抗になった少女を二人、俵のように抱え上げて
教室の真ん中をずいっと進んだ。

クラスメイト達は慌てて避けた。
もちろん淡香も同様で、あっという間に拳銃を持った男たちのための花道が出来あがる。

二人は教室の後ろにある柱の前に、長谷川と安田を並べて下ろした。
懐から取り出した紐で目にもとまらぬ早さで手足を縛って柱に括り付ける。

その上で男の一人は二人の腹の上に手のひら大の四角い箱を乗せ、ぐるぐると縛った。
見る間に箱は固定され、仕上げとばかりに箱側面のスイッチを押す。

すると中からカチ、カチリという、
地獄の底から響くような不規則で不吉な音がし始める。

長谷川と安田はどちらともなく顎をガチガチと鳴らして震え始めた。

安田「な、なに、こ、これ……」

長谷川「な、なに……なんなの……っ」

男1「さて、なんだろうダネ」

男2「考える必要もないでしょう。あと3分もすればキミ達全員サヨナラなんですから」

一仕事やり終えたと男たちは立ち上がる。
男が降り返り、にやりと笑った。

ガンッ!

生徒「ヒッ!」

男1「そこのオマエ、この部屋から出ようとするんじゃねーダーヨ。一歩でも出たら先にHevenに連れてってやるダネ」

男二人の隙をつき、匍匐前進で逃げ出そうとしていた少女の頭上に消炎の匂いがする穴が開いた。
あの銃は本物だ。発砲された。

教室全体が恐怖に震えた。
殺される、死んでしまう、と誰もが思った。

抱き合って声もなく嗚咽を漏らしている者もいる。
だが、誰一人動けなかった。逃げようと思う心すら挫かれていた。

男1「めんどうダネ。ここにいる全員縛っとこうネ」

男2「そうですね。ロープ、足りるでしょうか……」

男たち二人が唸った時だった。
がらり、と扉が開いたのは。

男1「――なッ」

目にもとまらぬスピードで少女が駆けてくる。
高く跳躍した少女の膝は、細めの奇妙な語尾の男の顔面に直撃した。

それだけで少女は止まらず、男の肩に両手を置くと空中でくるりと体制を変え、彼の背にもう一発。
カハ……ッ、と肺と口から空気を押しだすようなうめき声を上げて、男は膝から崩れ落ちた。

何が起きているか分からずただ条件反射のように銃を構えているもう一人の男に向かい、
少女は今度はナイフを投げる。

鮮やかな血が男の腕から噴き出し、銃を取り落としたところにタックルを入れ、
床に落ちたところで腕を使って首を絞める。

淡香「ひ、雲雀!!」

いち、に、さん、よん、ご。
いくつか数えたところで男はがくりと首を落とした。気絶したようだった。

華麗と表現する他ない踊るような雲雀の手際である。
見惚れていると廊下が再度騒がしくなり、転がるように2人の少女が入って来た。

瑛「淡香!」

ゆり「無事っすか!?」

淡香「あ、瑛にゆり!無事だったんだね!」

皆の無事を確認して、淡香はほっと息を付いた。

その隣では雲雀が手慣れた所作で男2人を縛り上げ、
逃げられないようにぎゅうぎゅうと締めあげている。

クラスメイト達はぽかんとして、
現在過多状態の情報を収集し理解しようと勤めていた。

生徒1「なに、なにが……」

生徒2「3年の辻垣内、だよな?」

生徒3「一体どうなってるの……?」


淡香「――雲雀!コレ、なんかやばいよ!!」

そんな中淡香は大声で雲雀を呼んだ。

男二人を教室の隅にごろんと転がし終えた雲雀が、
柱に縛られたまま動けないでいる少女たち二人に近づいていく。

ゆり「コレ、なんかカチカチ言ってるっす。ひょっとして爆弾とかっすかね」

瑛「やばいでコレ、取れへんわ!なあ雲雀!これこのままここに置いておくのマズイんやない?」

雲雀「……熱感知タイプだね。心音に呼応して動くタイプらしい」

雲雀「先に縛りつけられているほうを殺してから解体する方法もあったんだけど、その手は使えないね」

長谷川「ヒッ」

長谷川も安田も、物騒なことを言い出す雲雀を恐怖の対象として見上げた。
雲雀はといえば箱の溶接部をナイフでこじ開けて中身を露出させ、それをじっと見下ろすだけだ。

彼女はすくっと立ち上がり、

雲雀「―――大坂。減点」

そう言って雲雀がナイフを投げた先には、
教師用の机と教卓の間で腰を抜かしている大坂の姿があった。

トレードマークのダサい黒ぶち眼鏡、
長い前髪と老人のような猫背が特徴的な男。

大坂はぽかんとしている。
その指の間には、雲雀の投げたナイフ。

淡香「え……」

瑛「は……?」

雲雀「こんなになるまで放っておいていい御身分だね。…そこの棚の中に必要道具は全て入ってる」

雲雀「あなたは爆弾解体も学んでいたはず。これ以上サボれば減給処分だよ」

淡々と言った。出来の悪い生徒を叱る教師のように。
大坂はナイフを挟んだ指を床に下ろした。

大坂「ふっ……ハハハハハ!」

人が変わったように笑いだした。
淡香も瑛もゆりも、その場にいた雲雀以外の全員が驚いている。

大坂と言えば言葉の節々に「えー」と接続詞が入っていて、
いつも自信がなさそうに俯いていて。

前髪の長さなんてホラー映画の幽霊になれるだろうと
学校中からからかわれていて。

大坂はぐいっとその前髪をかきあげた。
はじめてみるその瞳は青く、肉食獣のようにぎらついていた。

大坂「ひょえー。アンタがお嬢か。わっからんわけや。園田のおっちゃんも一切そぶりみせへんかったし」

大坂「わし、本物のお嬢を当てんのに10万賭けとったのに!」

淡香「おおさかせんせい……?」

瑛「おおさかが壊れてもうた……」

雲雀「何をバカな遊びをしてるの。構成員のプライベートにまで干渉する気はないけど、品位は保ちなさい」

雲雀「園田はあなたに何を教えたの」

大坂「園田のおっちゃんは関係あらへん!あんなカタブツの言うこといちいち聞いてられへんしぃ!」

大坂「なぁお嬢。減給処分だけは勘弁したって?わし、こないだ競馬で50万スったばっかやねん。な?殺生なこといわんと!」

ぱんぱんと膝についた誇りを払うそぶりをして立ち上がり、
大坂はくるりと握ったナイフを回した。

それを、投げる。

近くにいた生徒がヒッと小さな悲鳴を上げたが、
彼の投げたそれは廊下でこちらの行動を伺っていた男の肩に華麗に吸い込まれた。

大坂「ちゃんと働くさかいに。な?」

その言葉を最後に、
大坂は目にもとまらぬスピードで駆けて行った。

廊下からは野太い悲鳴が聞こえる。
銃の発砲音と、生々しい鉄の匂いも。

大坂の姿を見送った雲雀はふうと溜息を吐いた。

雲雀「……私が命じたのは爆弾解体だったはずなんだけどな」

淡香「もしかして大坂先生もそっちの人間…?」

雲雀「大坂は他の組から呼んだ助っ人だよ。他にも何人か潜り込んでる。一応組織の機密なのでこれ以上は言えないけど」

ゆり「雲雀!そんなことよりコレをどうにかするっすよ!」

そうしている間にも長谷川と安田に取り付けられた箱の中の時計は進んでいた。
雲雀は「心音に連動して動く」と言っていたが、この調子ではあと5分ほどで0時を指してしまう。

素人目だが、この時計の針がすべて同じ場所で重なったら危ないのではないだろうか。
あ、そうだったと今思い出したかのように雲雀は呟いた。

教師机の後ろに備え付けられた棚からリュックを取り出してきて、
さらにその中から工具箱を取り出す。

中にはペンチやスパナ、ドライバーといったメジャーなものから、
用途すら分からない不思議な形状をしたものまである。

雲雀はなんの戸惑いもなく適切な工具を取り出して、爆弾の解体作業をはじめる。

ぺちん、ぺちんと静かな室内に配線を切る音がやけに重々しく響く。
淀みなく、無表情に冷静に、雲雀は作業をしていく。
それはおおよそ3分ほどで終わりを迎えた。

雲雀「…終わったよ。体育館をひとまずの避難所として手配したので、誘導するから」

そう言った雲雀の手にはリュックの中から取り出された新しいナイフと拳銃があった。

雲雀が淡香のクラスに乗り込んだほぼ同時刻。
臨海女子高校のとある場所にて、女は腕を組んで部下からの報告を待っていた。

部下1「ボス、第三区への爆薬設置は完了です」

部下2「メンバーの配置もすべて終わりました」

部下3「あとは第一区が終われば完了です」

女「そう。アリガト」

女は報告に来た部下に微笑みかける。
彼らは少し頬を赤くして、けれど無言でその場を去った。

年齢不詳の怪しげな色香を伴った女はその反応に満足する。
さすがは優秀な手駒たち。無駄口を叩かず余計なことをせず、すこぶる有能だ。

女「あとは第一区だけだけど、どうなっているのかしら 」

部下1「そのことなんですが……ボス。黒川からの定期通信がありません」

女「なに……?」

部下2「同じく、第一区に配置した乾から河野、及び他の構成員からのすべての報告が途絶えました」

部下3「ボス、これは“組織”に妨害されているとしか」

女「そうね。辻垣内の娘、雲雀ちゃんがきたのかもね」

彼女が何気なくそう呟くと、
その場にいた部下達が全員息を飲んだ。

この世界に生きる人間で、辻垣内組の名を知らない者はいない。
関東一の勢力を持つその名は常に畏怖の象徴とされてきた。
だからこそ、その芽を摘もうと娘の誘拐計画を立てたわけだが。

女「ふふ……、もうすぐ逢えるわね。咲ちゃんの娘さん」

彼女はそう呟いて、その部屋を後にした。

数分後には時限爆弾が作動して、
ここにある証拠品は残らず始末される手はずになっていた。


――――――――――――
――――――――
――――

雲雀の背中を追って、淡香達は移動する。

生徒1「つよー……」

生徒2「雲雀無双……」

生徒3「私、ゲームの世界にいんのかな……」

目の前に現れる屈強な男たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
使用されれば銃でも対応するが、雲雀はほとんどナイフと素手で応戦していた。
銃は発砲音が煩いから、そのためだろうと思った。

彼女の倍以上の背丈はあろうかという男相手でも一切屈せず、
鮮やかとしか表現できない手並みでなぎ倒して行く。

雲雀についていけば大丈夫……
誰もがそう思った。

雲雀の後に続いて階段を下りる。
その背後には自分達についてきた他クラスの生徒や教師の他に
倒れ伏して気絶した男達や生々しい血液も大量にあったが、そこは見て見ぬふりをする。

生き延びること。
緊迫した状況で、自分達が目指すのはそれだけだ。

瑛「なあ雲雀!どこに向かってるん!?」

雲雀「ひとまず体育館に。他の部下も配置してるから」

ゆり「そこに夕子がいるんすか!?」

雲雀「さぁ、どうかな」

言いながら雲雀はシュッと細身のナイフを投げた。
目の前で銃を構えていた男二人が取り落とし、その隙をついて高く跳躍し蹴りを入れる。

あっという間に障害物を二つ片付けた雲雀は階段を右に曲がる。
あとは渡り廊下を行けば体育館だ。

雲雀は勢いをまったく殺すことなく駆けていき、
体育館の前で急ブレーキを掛けると扉を開けた。


田中「お嬢!」

佐藤「雲雀様」

そこには他学年の生徒や教師が大量に集まって身を寄せ合っている他、
精力的に動いているいくつかの影があった。

この間新任したばかりの養護教諭の田中。
去年自分達の入学と共に新任した鈴木と佐藤。バレー部監督で外部教師の加藤。

他にも淡香達が知らない作業着やスーツを着た男女(おそらく用務員や事務員だ)が、
手慣れた様子で負傷者の手当てに回っていた。

彼らは雲雀の姿を認めると一斉に集まってくる。

雲雀「あちらからの声明はなにか」

佐藤「今のところは。相手が無能でなければ、いい加減我々がここに集まっている事くらい掴んでいるはずなのですが」

雲雀「そう……佐藤、園田は?」

佐藤「いえ、それが……雲雀様」

田中「申し上げにくいのですが、園田は裏切ったという目撃情報が入っています」

瑛「なんやて!?」

漏れ聞こえた声に淡香達は目を見開く。

園田は雲雀の腹心的な存在だったはずだ。
普段は極力表に出ず普通の女子高生として務める雲雀を補佐していた。

雲雀の傍らに控える園田は忠臣といったいでたちで、
雲雀のことを何よりも尊敬しているようだったのに。

佐藤「相手グループの中に、園田のような影を見たものがおります」

田中「この手際の良さです。我々の内部の深いところに内通者がいて、手引きしたと考えても不思議ではありません」

田中「お嬢、いかがいたしましょう」

佐藤「雲雀様。ご指示を」

雲雀「――落ちつきなさい」


静かだがよく通る、まるで水のような声だった

興奮し、いきり立つ部下を雲雀は嗜める。
ぐるりと周囲に集まった大人たちを前にして少女は言った。

雲雀「手引きした者は他にもいる。女子生徒4人を確保し、本人たちも認めてる」

雲雀「そもそも相手のボスはうちの元組員らしい。内部事情に詳しいのは当たり前だし、不和なんて相手の思う壺」

雲雀「まずはこの事態を収集することが先決……手は打ってあるよ」


その時だった。


女『あ、あ……テスト、テスト。ハァイ皆さん。ご機嫌いかが?』


キィィィン、と機械音がしたあと、校内放送が流れ始めた。
どこか間延びした、男への媚び方を知る女の声。
聞き覚えのある声に皆がざわつき始める。

佐藤「この声――あの裏切り者の白鷺か!?」

鈴木「……やはり今回の黒幕は……」

白鷺『ひさしぶりね。体育館の居心地はどうかしら?』

雲雀「……声は一方通行のようだね。私達がここで何を言っても無意味ってことか」

白鷺『さ、夕子ちゃん。あなたのお友達に可愛い声を聞かせてあげて』

夕子『クッ――ひ、ばり…』

マイク越しに聞こえたうめき声に、動揺が走る。

映像があるわけではない。
声が似ているだけで、本人ではないかもしれない。けれど。

淡香「夕子!?」

瑛「夕子!」

雲雀「……」

白鷺『ほら、もっとよ夕子ちゃん。そんな覇気のない声じゃなくて、元気よく!』

夕子『雲雀……来るな、グッ!』

白鷺『だから、そぉんなつまんない声じゃダメダメ。――さて、組織の子犬たち。あなた達に要求があるわ』

楽しげな声で、白鷺が告げた。

白鷺『辻垣内の娘、雲雀をこちらに引き渡しなさい。さもなければこの学校を爆破する』

ごくりと、周りの皆は喉を鳴らした。

鳩尾に入れられて気絶したあと手首を拘束されたが、それ以外に特別な損傷はない。
むしろあんな男に捕まったことが夕子は歯がゆくて仕方がなかった。

この世界に生きる人間として、もっと注意深く行動出来ていれば
こんな事態にはなっていないはずだった。

白鷺『ひとまず十分後、第二教棟の屋上で。そこでこの子を引き渡すわ。色よい返事を期待してるわよ』

放送室を占拠した白鷺はそう言って放送を切った。
最後にリップ音を残すのも忘れない。

夕子は白鷺が機器の全電源を手ずから落としているのを眺め、歯がみする。

夕子(雲雀…)

雲雀は強い。
それは周知の事実だし、夕子は幾度となく彼女に助けられてきた。

夕子は決して雲雀の強さと勝利を疑わない。
今回も、雲雀はどんな事態になろうとも必ず夕子を救出するだろう。だが。

夕子(私は…このままでいいのか?)

毎度毎度ふがいなく彼女に守られるだけで、
本当にいいのだろうか。

どんなに努力しても、彼女のように強くはなれない。

だがいつかは自分のほうが雲雀を守る存在になりたい。
そう思っているのに。

白鷺「不安なの?夕子ちゃん」

夕子「……」

白鷺「大丈夫よ、雲雀ちゃんは必ず来るわ。だって…」

白鷺「あの咲ちゃんの血をひいているんですもの」

そう言いながら彼女が振り返った完璧なタイミングで、
彼女の部下が夕子の肩を持ち上げ、無理矢理に歩かせる。

振り払うだけの労力が勿体ないと判断したので、
夕子は素直に従う。

第二教棟の屋上はそこからさほど遠くなかった。
どうやら白鷺たちが使っていたのは第二教棟五階の放送室だったらしい。

階段をひとつ上がり、屋上へ上がる。
鍵は開いていた。

普段は頑丈に施錠しているが、
どこからかキーを入手してきたらしい。

冷たい北風の吹き荒れる屋上に、数分後。
雲雀は現れた。

白鷺「はじめまして。あなたが雲雀ちゃんね。ああ…咲ちゃんの面影があって、実に私好みだわぁ」

雲雀「……」

白鷺「ねぇ雲雀ちゃん。もう知ってるだろうけど、園田は私に付いたわ」

夕子「園田が!?」

驚きのあまり夕子が声を出すと、
横に控えていた黒服の男に締めあげられた。

園田は雲雀の腹心だ。
辻垣内家に古くから仕え、心から忠誠を誓っていたはず。

なのに。
あの人が雲雀を、辻垣内を裏切った……?

白鷺「ねえ、雲雀ちゃん。この世界は醜いでしょう?」

雲雀「……」

白鷺「どんなに信頼していても裏切られる。絆は切れる。希望は奪われる。結局信じられるのはお金と自分だけ」

白鷺「楽しいことだけしていたいと思わない?雲雀ちゃん。私なら全部叶えてあげられるわ」

雲雀「……」

白鷺「そう……仕方ないわね」

雲雀「……っ!!」

白鷺が指示を出すと、
夕子を押さえつけていた男が拳銃を構えた。

銃口の先には、夕子の頭。
セーフティも外されている。

あとは引き金に手を置き発砲すれば、
夕子の頭蓋骨にはいともたやすく穴が開く。

雲雀「夕子……」

白鷺「さぁ雲雀ちゃん、一緒に来なさい。あなたが来てくれれば、この子は無事おうちに帰してあげる」

雲雀「……分かりました」

夕子「駄目だ雲雀!私のことは構うな、逃げろ!」

雲雀が一歩、また一歩と歩きだす姿を、
夕子は悲痛な思いで見詰めた。

白鷺の背後に、爆音を響かせてヘリコプターが降りてくる。

学校の屋上程度の狭いスペースによく停められるものだ。
操縦士の腕はよほどいいらしいと感心するような余裕は夕子にはない。

エンジン音が止まないままドアが開き、中から真っ先に出てきたのは園田その人だった。
黒いスーツは雲雀の護衛を勤めていたときのままで、夕子は奥歯を噛む。

白鷺「遅かったじゃない、園田――」

白鷺が親しげに微笑んだ、そのとき。
園田が銃を構えた。

銃口の先には、白鷺がいた。

白鷺「…ッ」

寸でのところで避けたが、彼女の白魚のような手のひらには赤い筋が入っていた。
白鷺は一瞬制止していたが、彼女の脳が状況を理解すると、金切り声で叫んだ。

白鷺「園田!あなた裏切ったの!?」

白鷺が懐から銃を取り出し、闇雲に打つ。
しかし冷静さを欠いた発砲など雲雀に通用するはずがない。

全弾軽々と避けた雲雀は白鷺の手首を狙ってナイフを放つ。
はじかれた銃を園田が拾い、白鷺に向かって構えた。

白鷺「園田……貴様……ッ」

園田「「申し訳ありません。お話はとても興味深かったのですが」

園田「生憎私は生涯のボスをこの方と決めているものですから」

晴れやかな笑顔を浮かべて園田は言った。
ヘリコプターのドアが再度開き、中から黒服の男たちが出てくる。

見知った顔は辻垣内家の者たちだった。
彼らは屋上にいた男たちを全員気絶させて縛り上げ、ヘリの中に投げ込んでいく。

雲雀「連れて行きなさい」

白鷺「はぁ……私の負けね。咲ちゃんに続いて娘のあなたにまで降伏せざるをえないなんて」

降参、といやにあっさりと両手をあげ、白鷺が大人しくヘリへと向かっていく。
雲雀は彼女を振り返った。

白鷺は、自分をじっと見つめていた。
……いや。自分を通り越して、誰か別の人間を見ているような気がした。

雲雀「……母は、元気にしています」

何とはなしに、白鷺に向かってそう呟いた。

白鷺「そう。………アリガト」

彼女の囁くような声が聞こえた瞬間、
ヘリの扉が音をたてて閉められた。


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淡香「おはよーみんな!」

淡香が勢い良く麻雀部の部室を開けると、
中にいたメンバーが揃って振り返った。

ゆり「遅いっすよ。淡香」

瑛「もう皆集まってるで」

淡香「ごめんごめん。あ、雲雀に夕子!久しぶりー」

雲雀「久しぶり。淡香」

夕子「久しぶりだな」

雲雀、夕子の2人は組内の事後処理やらで暫く学校を休んでいた。
あの事件から5日後、漸く2人は揃って麻雀部に顔を出した。

淡香「最近2人とも来ないから、ずっとサンマばっかでつまんなかったよー」

瑛「せやな。何せうちの麻雀部、この5人しかおらへんし」

ゆり「昔はこの臨海女子って留学生呼ぶ程の名門だったって聞いたっすよ」

淡香「へぇー。時代は変わるもんだねぇ」

瑛「じゃあ久々に5人揃ったことだし、さっそく皆で打とうや!」

淡香「さんせーい!」

夕子「あ、ちょっと待ってくれ。雲雀に話があるんだ」

雲雀「私に?」

夕子「ああ。皆すまん、少し席を外させてもらう」

ゆり「もうサンマは飽き飽きなんで早く戻ってきてくださいっすよー」

二人は部室を出て少し歩いたところにある空き教室に入る。
その中の席のひとつに腰を下ろし、雲雀は黙ったままの夕子に声をかけた。

雲雀「で、私に話って?」

夕子「ああ。まだちゃんとした礼を言ってなかったからな」

雲雀「礼?そんなこと気にしなくていいのに…」

夕子「いや、礼というか謝罪だな。私が無様にも捕まってしまったために、お前には迷惑をかけてしまった」

夕子「不甲斐ない友人で…本当にすまない」

雲雀「夕子…」

夕子「身体能力もない、素質もない、思慮深くもない」

夕子「私はこの世界に生きる者として相応しくないのかも知れないな…」

弱弱しく呟く夕子の言葉を、雲雀はただ黙って聞いていた。
暫くした後、雲雀はずっと俯いていた夕子の肩をぽんと軽く叩いた。

夕子「…雲雀?」

雲雀「夕子はまだ16歳じゃない。これからいくらでも伸びるよ」

夕子「…でも、私と1年しか違わないお前はそんなにも強いじゃないか」

雲雀「ふふ。知ってる?母の咲も私達位の年齢の時は何もできない小娘だったんだって」

夕子「え…あの戦女神と呼ばれた咲さんが?」

雲雀「うん。それから数年でもう一人の母、智葉の護衛筆頭にまでのし上がったそうだよ。だから夕子も諦めないで」

夕子「……もし、跡をつぐまでに全く伸びないままだったら?」

雲雀「うーん、そうだね…その時は、ドジっ子組長として周りの皆に助けてもらえば良いと思うよ」

夕子「……ぷっ」

真面目な表情でそんなことを言う雲雀がおかしくて、
夕子はたまらず笑い声を漏らす。

夕子「ははは、それも良いかもな」

雲雀「……やっと笑ってくれたね」

夕子「え?」

雲雀「やっぱり夕子には笑顔がいちばん似合うよ」

夕子「……っ」

にこりと微笑ながら言われ、
夕子はどきりと心音を鳴らす。

雲雀「じゃあ、そろそろ戻ろうか。あまり遅いと淡香たちが拗ねそうだし」

夕子「そ、そうだな…」

椅子から立ち上がり、ドアの方へと向かった雲雀から視線が逸らせない。
さっきから胸の動悸も止まらない。これではまるで…

雲雀「夕子?」

立ち尽くしたままの夕子を振り返り、雲雀は訝しげに声をかける。
はっと我に返った夕子は慌ててドアへと足を進めた。

夕子「すまない…ちょっとボーッとしてた。それじゃあ行こうか」

雲雀「……夕子」

すっと夕子へと手を差し出した雲雀は、
そのまま夕子の手をぎゅっと握った。

夕子「ひ、雲雀!?」

雲雀「夕子は目が離せないからね。私が引っ張っていってあげる」

そのままぐいと手を引かれ、夕子は抗う間もなく歩かされる。
温かいその手を、夕子もぎゅっと握り返す。

夕子(いつか、私の方がこんな風に雲雀を引っ張っていけたら…)

今はまだそれは淡い夢でしかないけれど。
誰よりも強くなりたい。そして。

夕子(雲雀に並び立つ存在になりたい。…ずっと彼女と寄り添っていけるように)

雲雀「夕子?さっきから何を考えこんでるの?」

夕子「…いや、何でもない」

不思議そうに見つめてくる雲雀に笑みを返しながら。
夕子はそっと呟いた。


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ー辻垣内家ー


咲「宥さん、お茶のおかわりはいかがですか?」

宥「うん。頂こうかな」

咲「智葉さんと菫さんは…」

宥「まだ勝負の真っ最中みたいだねぇ」


菫「ふふん。今度も私の勝ちだな」

智葉「くっ…次は花札で勝負だ菫!」

菫「まだやるのか?いい加減ゲームで私には勝てないって悟れよ」

智葉「ぐぬぬ…」


宥「チェスに将棋、ポーカーにオセロで次は花札かぁ」

咲「菫さんは本当にどんなゲームも強いんですね」

宥「そうだねぇ」

咲「でももうお開きにしないと。雲雀も学校から帰ってくる頃だし」

宥「うん、うちの夕子も帰ってくるだろうしね――――菫ちゃん!そろそろ帰らないと…」


菫「まあお前が私に勝つのは十年早いな」

智葉「くそっ、調子に乗るなよ菫!麻雀では私に勝てたことないくせに」

宥「菫ちゃ…」

菫「なにぃ!?なら今から麻雀でもお前を地に落としてやる!」

咲「智葉さ…」

智葉「ふん、やってみろ菫。返り討ちにして…」


咲・宥「二人とも、いい加減にしなさい!!」


智葉・菫「……はい」


カンッ

後日談の蛇足感が半端ないですがこれで終わりです。
見て下さった方ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年09月14日 (日) 11:42:19   ID: ZbU_5FQK

なんでこんな蛇足つけてるのか理解に苦しむ

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