キョン「涼宮ハルヒは憂鬱?」 (56)

 今日も今日とて涼宮ハルヒは憂鬱であった。
 
 窓際の一番後ろの自席でアンニュイなオーラを振りまきながら窓の外を眺めている。別段変わった光景ではない。
むしろ、涼宮ハルヒのこういう姿の方がクラスメイトにしてみれば見慣れたものである。

「……はぁ」

 ハルヒが溜め息を一つこぼす。

 その溜め息には何が詰められているのやら。希望やら幸せやらではないとここに断言しよう。
何でそんなことがわかるんだって?どこかの超能力者の言葉を借りるとするのなら、わかってしまうのだから仕方ない。

 まったく。その憂鬱のおかげで一体どれほどの人が迷惑を被っているんだろうね。
まぁ、その最たるが至近距離でそのオーラにあてられている俺だったりするのだろうが。
今回もあのニヤケ面の超能力者はしたり顔で涼宮さんを不機嫌にさせないようになんて言ってきやがるんだろうな。
 いい加減腹立つからハルヒの頭でもひっぱたいて特大の閉鎖空間でも発生させてやろうかとか思ってしまう。
あのふざけたニヤケ面が引きつる様はさぞかし痛快であるだろう。
しかし、きっと俺はその痛快な様を見ることが出来ないだろう。その面を拝む前に俺がハルヒに顔面を陥没させられ、
愉快な顔面に早変わりってわけだ。世の中というものは実に上手くいかないもんだ。

 しかしながら、涼宮ハルヒにしてみればこの世で上手くいかないなんてことはないんだろうね。
本人が気付いていないだけで、宇宙人も未来人も超能力者も居るわけだしな。
 
さてさて、今回は一体全体どういうわけで不機嫌なんだろうね。俺の精神衛生上良くないので、ここいらで探りを入れてみるか。

「今日はどうしたんだ?」

「うるさい。黙ってて」

 ゼロセコンドで一蹴。聞く耳持たずってのを体現してるようだ。これじゃあ話がまったく前に進みやしない。
入学当初のほうがよっぽど長く会話が続いたような気がする。まぁ、あの頃と今は状況がまったく違うのだが。
けれども、それに対する俺の感想ってのは変わらない。思わず口に出して肩を竦めそうになるのを我慢して心の中で呟く。

 やれやれ。

 さて、午前中の授業をうつらうつらしている内に昼休みになってしまった。これじゃあ何のために学校に来ているのかわからない。
しかし、そんなことは今更というものだ。
 
 ハルヒは何時も通り授業終了とともに猛ダッシュ。学食方面にへと消えていった。

 俺はというと相も変わらずに同じみの面子で飯を囲んでいる。

「しっかしよー」

 おそらく本日の弁当のメインであろう唐揚げを頬張りながら谷口が口を開いた。

「涼宮も不機嫌なのに飽きないよな。キョンとつるみだして大分マシになったとはいえ、やっぱ不機嫌な時も少なくないし」

「そうかな? でも、キョンと一緒に居るときはよく笑ってるって感じだけどね」

 豚のしょうが焼きを食いながら国木田が相づちを打つ。

「そんだけ仲がいいってのに付き合ってないんだろ?」

 聞き飽きた質問に肩を竦める。どうしてこいつは俺とハルヒをくっつけようとするのかね。俺とハルヒは惚れた腫れたの間柄ではない。

「キョンは涼宮さんのことは恋愛の対象としてはみてないの?」

「さぁ……どうだろうな?」

 俺は言葉を濁す。そのことについてまったく何も考えていないわけではない。
谷口や国木田にこういう話題を振られる度に俺はハルヒについて考える。傍若無人天上天下唯我独尊ではあるのだが、
古泉が称したように魅力的ではあるとは思う。何よりポニーテールがよく似合う。

 それは冗談としてもハルヒは十分すぎる程に女の子である。性格面に難が無いとは言い切れないがそれでもおつりがくるほどにな。
しかし、可愛いといって誰も彼も恋愛の対象になるかといえばノーと答えざるを得ない。佐々木がそのいい例だ。

 まぁ、別にハルヒのことを恋愛の対象として見ていないということじゃない。あくまでも一般的な意見としてだ。

 実際のところ、それに対しての答えはもう出ている。それに気付かないふりをして問題を先送りにしているだけなのだが、
こうやって意識してしまっているわけで、もうそろそろはっきりさせなければならない時期に差し掛かっている。

 別にハルヒではないが、そのことを考えると憂鬱になる。まったくどうしたものかね。

 嫌な予感は的中するらしい。昼飯の時に近々はっきりさせなければ思った矢先に俺はハルヒに呼び出された。
鈍感と揶揄され、それについて否定する材料を持ち合わせない俺でも今から何があるのか簡単に想像がついた。

 指定された場所に行くと既にハルヒはそこにいた。はた目にわかるほどに緊張し、
いつものハルヒに比べ格段にしおらしい。あのハルヒが、だ。

「ねぇ、キョン。今好きな人とか気になってる人っている?」

「……好きかはわからんが、気になってる人ならいる」

「あたしの知ってる人?」

 肯定。

「それってみくるちゃん?」

 否定。

「じゃあ、有希?」

 さらに否定。

「……」

「……」

 互いに沈黙。お互いに気持ちに察しはついている。だが、そこから先に進めない。
最初の一歩を踏み出すことを躊躇っている。ぬるま湯のような関係に戻れないことは明白だ。それを後悔しないのだろうか。

『やらないで後悔するよりもやって後悔するほうがいい』

 嫌な言葉だ。その言葉を思い出すたびに脇腹が痛むような気がしてならない。そして、今は胸がキリキリと痛む。

「なぁ、ハルヒ」

 口を開く。そこから先に何を俺は言えばいいのか。

「……付き合うか」

 考える前に口が動いていた。

「……うん」

 呼び出されたのは俺なのに。そんなことをふと思った。しかし、それはあっという間に霧散する。
やんわりと微笑んだハルヒに見とれちまったからだ。それが恥ずかしくて次はハルヒをまともに見ることができない。
 だがしかし、それも……悪くないさ。

 今日も今日とてあたしこと涼宮ハルヒは憂鬱だった。

 原因はわかりきっている。窓際の一番後ろに座ってるあたしの目の前にある背中。コイツがあたしの憂鬱の原因。

 ……どうもあたしはコイツのことが好きらしい。

 恋愛なんてものは一種の病気だと公言してやまないあたし。確かにこれは病気である。
何でもない仕草にさえドキッとしてしまうのだ。コイツの一挙手一投足にあたしの心は翻弄される。

 どうしてこんなやつにと思う。しかしながら、それは惚れた弱味ということらしい。

 悔しいのでつっけんどんな態度をとってみた。あたしの胸がキリリと痛んだ。

 何やってんだろう。

 窓の外に目をやる。どこまでも広がっている青空。

 呼び出してふたりっきりで会ってみよう。

 あたしはおもむろに机につっぷした。今から恥ずかしくて死にそうである。

 そして、自分が自分で思っていた以上に乙女であることに気が付き、苦笑をもらすのであった。

終わり

キョン「雨?」

 土曜日のことである。

 土曜日といえば、俺が所属するSOS団では不思議探索と決まっており、その集合に遅れた者がその日の活動費を支払うことになっている。
不名誉なことに、その支払いをさせられるのは常に俺であり、毎回毎回財布の中身が物凄い勢いで羽ばたいていく。
小遣いの大半がこの集まりのせいで浪費させられているせいで、個人的に金を使うことが激減した。
それが嫌なら早起きすればいいだろうなんて言う輩がいるかもしれない。
それは言外に『パンが無ければケーキを食べればいい』と言っているようなものである。

 そんなわけで、今日も俺の奢りで昼食を食べ終え、恒例となっているグループ分けと相成った。
公平なくじ引きの結果、運が悪いことに俺はハルヒとペアになってしまった。
これで俺の不思議探索午後の部の平穏及び安らぎが無くなることが決定した。
さらに、古泉が両手に花という恨まれても仕方がないような状況にあることも腹立たしい。
もしハルヒがくじ引きの結果に納得しないようだったら、その怒りを抑えるために言葉巧みなイエスマンに成り果てる古泉なのだが、
俺の申し出に対しては冷たいもので「まだ死にたくありませんので」なんて訳のわからないことを言っていた。

 まったく、やれやれだ。

 誠に遺憾ながら、こうして俺はハルヒと行動を共にしている。午前中はよく晴れていたのだが、
午後になって雲行きが怪しくなってきた。風が冷たくなり、まだ春先であるせいか少々肌寒い。
こりゃ一雨くるかもな。なんてことを思った矢先に、頬へ冷たい雨粒が一つ落ちてきた。

「おい、ハルヒ。雨が降ってきたぞ。どうするんだ?」

「傘は持ってないし……。とりあえず、どこかで雨宿りしましょ」

 ということで、俺たちは辺りを見渡したのだが、雨宿り出来そうな場所は見当たらない。
あるのは小さな公園のみ。まったくもってついてない。

「木の下なら歩道の真ん中につっ立ってるよりはマシよね。ほら、行くわよ」

 ハルヒに引きずられるように公園の中へ。出来るだけ葉が繁っている木の下に入ると、
ポツポツと降りだしていた雨足が強くなっていく。木の下にいるだけなのだが、思ったより葉が雨を遮ってくれているようだ。
しかし、雨はしのげても寒さはどうすることもできない。朝家を出るときは晴れていたせいもあってか、
俺はTシャツなパーカーという薄着である。
 

「寒いの?」

 空気に触れる表面積を小さくするために腕を組んで、体を縮めている俺をみてハルヒがニヤリと笑った。
そう、ニヤリとだ。

 限りなく嫌な予感がしたのでハルヒと距離を置こうとしたのだが、敢えなく失敗。ハルヒに捕まってしまった。
そしてそのまま後ろからギュッと抱きしめられる。いったい何の真似だ?

「こうしたら暖かいでしょ?」

 確かに、ハルヒの温もりが直に伝わっきて暖かい。しかし、それ以上にこのシチュエーションがもたらす恥ずかしさのせいで体が熱くなる。
特に顔面は熱を帯びるとともに真っ赤に染まっていることだろうよ。

「もういいから離れろよ」

「まだちょっとしか抱きしめてないわよ」

 寒さだとかそんなものが気にならないくらいに気が動転している。その効果を狙ったのだったら十分過ぎるくらいだ。
冷静を保っているように思考をしているのは、理性の暴走を必死で自制しているだけであって、ほんの些細なことで爆発しかねない。
その先に待っているのは破滅のみ。

「絶対離さないから」

 面白がっているような口振りで背中にしがみついているハルヒが笑う。訂正。面白がっているようなではなく面白がっている。
顔面が沸騰寸前の俺と違ってハルヒは何とも思っていないのだろうか。振り向けば確認することは出来るだろうけど、
そんなことをしてハルヒと見つめ合うなんて状況になってしまうのはなんとしても避けなければならない。

「ちょっとからかったぐらいで顔真っ赤にしちゃってさ。キョンってうぶなんだから」

 うぶだとかそういう問題でもないだろう。一般的な男子高校生としては当然の反応だ。
例えそれが性格破綻者のハルヒであろうと――いや、外見だけで言えばハルヒは可愛い。
なのでそんな反応をしてしまうのも致し方ないわけであってだな――

「じゃあ、女だったら誰でも良いってこと?」

「……別に誰でもってわけじゃないさ」

「そう。ならいい」

 何が良いのかはわからないが、ハルヒが嬉しそうしている。いや、振り向いたわけじゃないが、なんとなくわかってしまった。

 やれやれと声に出さずに呟いて視線を前に向ける。雨に打たれた桜がひらひらと舞い散るのだった。

終わり

キョン「仕草?」

 夏も終わり秋がちらほらと顔を覗かせるようになったある日の放課後、俺はいつもどおり古泉とボードゲームに興じていた。
ちなみに今日はシンプルに将棋だ。長考したところで何が変わるわけでも無いのに古泉は顎に指をあてて盤面を見つめていた。
こいつは長考が無駄であることをいい加減気付くべきである。

 そうなってくると手持ちぶさたになってしまい、ただぼんやりと他の団員を眺めていた。
長門は相変わらず読書で、朝比奈さんは湯飲みなんかを磨いていらっしゃる。ハルヒはハルヒでパソコンとにらめっこ中である。
食い入るようにディスプレイを覗き込んでいたハルヒが、顔にかかった髪が鬱陶しかったのか左手でそっとかきあげた。

 たったそれだけ。だというのに、俺はまるで電撃を食らったような衝撃が身体中を走り抜けた。
普段は女性らしさの欠片も無いハルヒではあるのだが、何故だか今の髪を分けるという行為にひどく女性らしさというものを感じてしまった。
てらいもなく言わせてもらうと痺れてしまった。

「どうしました?あなたの番ですよ」

 古泉の声で我に返る。古泉の視線が何か言いたげであったがそれは無視して適当なところへ打つ。
今はそれどころじゃなかった。ハルヒが髪をかきあげるシーンなんて今まで何度も見てきたはずだ。
なのに、何故今日に限ってこうも扇状的なのだろうか。理由らしい理由が見当たらず、頭を抱えたくなる。

「どうしたのよ、キョン。考える人みたいになってるわよ」

 言い得て妙であるというか、そのまんまだな。

「いや、別になんでもない」

「そう?」

 ハルヒに見惚れていた理由を考えていたとも言えるはずもなく、
適当に誤魔化したらハルヒは特に気にした様子もなく再びディスプレイを覗きこみ始めた。不味い。
どうしようもなく不味い。先程の出来事のせいでハルヒから目を離せない。もしもこの視線がばれたならあらぬ誤解を受け、
バカキョンだのエロキョンだのと不名誉な呼ばれ方をすることは請け合いだ。
それはなんとか回避するべき事態だということは百も承知である。

 しかし、だ。俺の理性はまるで現在の俺と古泉の盤面の如く煩悩に蹂躙され、理性が陥落するのは間近である。
どちらが理性でどちらが煩悩であるかは言うまでもないとだろう。

 そんなことを考えていると、ばっちりハルヒと視線がぶつかってしまった。慌てて逸らすも時既に遅し。
ハルヒがぎゃーぎゃーとわめき始めた。

「ちょ、ちょっと、キョン!アンタさっきから何見てんのよ!」

「知らん。たまたまだろう。謂われの無い言い掛かりはやめろ」

 表面上は至極まともなことを言っているが内心はたまったもんじゃない。動揺を隠すために少々強気に出てみたのが功を奏したのか、
ハルヒはうぐっと黙り込む。咄嗟に思いついたにしては会心とも言える言い訳であった。

「というか、さっきからってどういうことだよ?視線に気が付いてたってことはお前も俺のこと見てたんじゃ無いのか?」

「そ、そんなわけないでしょ!何が悲しくてアンタの顔なんか見つめないといけないのよ!」

 ハルヒはそう怒鳴るが、顔が心なしか赤いような気がする。まぁ、ハルヒに限ってそれはないだろうから、
今のはただの牽制であり話題の転換を狙った俺の完璧なる話術であるのだ。

「ん?ちょっと待ちなさい。どういうことよお前『も』って。やっぱりキョンだってあたしのこと見てたんじゃ無いのよ!」

 完璧とは思われていた俺の話術は完璧から程遠い最低のモノであった。もうこれでもかと勝ち誇っているハルヒ。
これは拙い。どう考えても俺がハルヒのことを気にしていた風にしか思われない。確かにその通りではあるのだが、それはそれで癪である。

「なっ、それは言葉の綾だ!それにキョン『だって』って今言ったけど、それじゃあハルヒも俺のことを見てたんじゃないか」

「ち、違うわよ!それこそ言葉の綾っとものよ!」

 熱くなって髪が乱れたのか、ハルヒが再び髪をかきあげた。またしても身体中に電撃が走った。もうこれでもかというくらい打ちのめされてしまう。
これは困った。非常に困った。よりによってこのタイミングでその仕草をされてしまうとハルヒから目が離せなくなってしまう。
赤面しそうになるのを隠すために真面目な表情を取り繕い、先程ハルヒに言われた考える人のようにしてみる。

「………………」

「………………」

二人で睨み合う。ハルヒはハルヒで口をぱくぱくして酸素を求める金魚のようになっている。どことなくその様子に親近感を覚えてしまうのは何故だろう。

「な、なんでそんな真面目そうな顔してんのよ?」

 ハルヒがそう訊いてきた。その声がどことなく上ずっている。緊張しているのか?いや、照れているといったほうが正確か。

「べ、別になんでもない。そうさっきも言っただろう」

 ハルヒにつられて俺の声も上ずってしまう。これじゃあ動揺しているのが丸分かりなのではないだろうか。

「そ、そう?」

「あ、ああ、そうだ」

 しかしハルヒはそれに気付いた様子は無い。心を落ち着けるためな再三髪をかきあげやがった。なんという破壊力。
どうにもならないくらいハルヒを見つめてしまう。それを誤魔化すためにますます真剣な表情で塗り固める。

「な、なぁ、ハルヒ……」

「な、何よ。そ、そんな真剣なキョンみたことないってぐらいに真剣ね……」

「いや、その、なんだ……」

「……………」

「いや、なんでもない」

「そ、そう。なんでもないのね」

 そして、なんでもないと繰り返し笑い合う俺たち。乾いた笑い声が部室に響きわたるのだった。

「え~と、これはどういうことなんでしょうか?」

「おそらく両者が普段気にしたことの無い仕草や表情がふと気になってしまい、照れているということでしょう」

「………バカップル」

終わり

なんかリクエストとある?

古泉と朝比奈さんになるが構わんか?

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