QB「魔法少女達の軌跡」(305)

QB「やあ、みんな大好きインキュベーターだ。このSSを読む前に、いくつかあらかじめ説明することがある」

QB「まず、このSSは『まどかマギカの世界観、設定から創作された二次創作オリジナルキャラ』が主役となっている。このSSの主役はオリジナルの魔法少女及び……魔女だ。この2つは切っても切れない関係だからね」

QB「そしてこのオリジナルキャラ達はこのSSの作者が考えたわけではない。これらのキャラを考えてくれたのは、下のURLに集う有志達だ。すごい数だね。思わず僕もムーンウォークしちゃうよ」

QB「このSSは、これらの魅力あふれる魔法少女及び魔女たちをリスペクトしたものだ。まずは僕から、これらのキャラを創造してくれた有志達に感謝の言葉を送ろうと思う」

QB「今回のSSで出演するのは3名。3名とも、僕と契約した魔法少女だね。……さて、彼女達はどういった軌跡をたどるのか」

QB「それでは、クリエイティブ精神あふれる有志達に感謝を込めながら、本編に移ろうかな」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1340191791(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)

QB「やあ、キュウべぇ及びインキュベーターだ。みんなご存知の通り、僕は日々魔法少女を増やし、宇宙のエネルギー問題を解決すべく尽力している」

QB「僕がこの地球に降り立ってからもう何年が経つのかな。まぁ、それはみんなの御想像にお任せするよ」

QB「……世には『魔法少女』と『魔女』、この2つが存在する。相反する2つの存在、しかしこの2つは表裏一体、常に切っても切れない関係なんだ」

QB「『魔法少女』が生まれる限り、『魔女』も消えることはない。それはこれからも変わることはないだろう。……っと、話が逸れたかな」

QB「今回は僕の仕事を手伝ってもらうべく、君たちに集まってもらったんだ」

QB「僕は魔法少女を増やすだけが仕事じゃない。毎回毎回魔法少女、そして魔女についてのデータをまとめる仕事もしなければならないんだ」

QB「僕は地球の生命体とは違って、忘却という概念がない。よって、僕自身が忘れることはないんだけれど……いくら覚えていても、伝えることができなければ意味がない」

QB「そこで君たちの出番だ。僕が今までの記憶している魔法少女、魔女についてのデータを語るから、君達にはその発言をデータとしてまとめてほしいんだ。いわば書記官に近しい仕事だね」

QB「……とはいっても、これから語られる彼女たちの物語は膨大なデータ量を誇る。それを延々と聞かされるだけでは、君達も退屈だろう? 人間とはそういうものだからね」

QB「だからここは古典的なエンターテイメントとして……くじ引きを君達が引いていき、そのくじ引きに書かれている番号に該当する魔法少女及び魔女について語るとしよう。どうだい? 少しは面白みが出てくるだろう?」

QB「というわけで、まずは君からだ。さあ、その箱からくじを引いてごらん。名簿はこっちがもう準備してあるから」

QB「……ふむ、114番。なるほど、彼女達か。ん? 複数形が気になるかい? ああ、彼女達は色々と特殊だったからね。異例中の異例さ。僕もあの願いは初めてだった」

QB「まぁ、それについては話を聞けば理解できると思う。……では、語ろうじゃないか。『彼末 一葉』と『彼末 双葉』について」




――相反の双子――


私は生を受けた時から、それはそれは忌々しい存在と共に生きることを強いられた。

笑った顔も、泣いた顔も、不機嫌な顔も、私と瓜二つ。

まるで鏡のように、私の姿を象り、私に這い寄ってくる、とても忌々しい存在。

なんで同じ顔なの? なんで同じ声なの? なんでいつもそばにいるの?

とても気味が悪い。心底から私はその存在を否定したい。

私は私。父さんと母さんの娘は私なの。

なのに……なんでいつもあなたがいるの?

まるで私の居場所を奪いそうで……いや、もう半分奪われているんだ。

私の居場所を、私を浸食する存在。

私『彼末 一葉(かのすえ いちよう)』は、双子の妹『彼末 双葉(かのすえ ふたば)』が、世界で一番大嫌いです。

   ~~~

私は生を受けたときから、それはそれは愛おしい存在と共に生きることが約束された。

笑った顔も、泣いた顔も、不機嫌な顔も、私と瓜二つ……に見えて、私よりきれい。

まるで『美』の結晶である人形のように、私の姿を象りつつ私より美しい、とても愛おしい存在。

なんであそこまで美しいんだろう? なんでかわいらしいんだろう? なんで私のことを嫌うのだろう?

とてもキュートでラブリー。心底から私はその存在を愛したい。

あなたはあなた。だからこそ、私はあなたを愛し続けたい。

なのに……なんでいつも、私のことを嫌うの?

まるで私を否定するかのように……いや、もう否定されているんだ。

私の存在を否定する存在。

私『彼末 双葉』は、双子の姉『彼末 一葉』が、世界で一番大好きです。

   ~~~

双葉「お姉ちゃん! 今日こそ一緒にデパートに行こうっ! ね?」

一葉「うるさい。しゃべるな。ベタベタするな」

双葉「じゃ、じゃあ、一緒に買い物付き合ってくれる?」

一葉「その必要性が感じられない」

早朝からこのやり取りが延々と続けられている。
そのせいか、一葉の機嫌の悪さはかなりのものだった。
ロングスリーパーである一葉が、双葉に早朝から無理やり起こされたのも原因であろうが。

双葉「いいでしょ? お姉ちゃんと最後に一緒に買い物に行ったの、もう半年前じゃない」

一葉「それはお前が勝手に、それも尾行しながらだろうが」

一葉はあくまで無表情に双葉をまくしたてる。
それに対し、双葉は嬉々として、それもかなり必死な様子で一葉に懇願している。
一葉はまだいい、しかしかなり大きな声で説得する双葉には、一葉と同じようにうんざりしている存在がもう一人いた。

父「……はぁ、一葉。すまないが、今日ぐらいは一緒に行ってやってはくれないか?」

一葉「やだ」

父「お前が一人でのんびりしたいのも、まぁ、わからんでもない。だが、今の双葉を落ち着かせられるのは一葉ぐらいなんだ。な? 今日は隣町のデパートまで連れて行くから」

一葉「……やだ」

双葉「ええー! せっかくの隣町だよ? 観覧車もあるよ?」

一葉「お前と密室空間にいるなら、私はゴンドラからマッハで飛び降りる」

一葉が異常に双葉を嫌っていることは家族全員が知っている。
それは双葉でさえ理解していることのはずなのだが……おかげでこの状況が出来上がっているわけだ。
一葉と双葉は双子の姉妹である。
一卵性のため、容姿、声、共に瓜二つである。
……なのだが、どうもこの姉妹、分かりあうことができない。
一葉は異常に双葉を嫌い、双葉は異常に一葉を好く。
ここまで面倒な関係性が他にあるであろうか?
この姉妹の両親も大変手を焼いているわけである。

父「……一葉にはこの前出たあのゲームを買ってあげよう」

一葉「……クッ、仕方ないか」

双葉「やったーっ!」

おかげさまで姉妹の扱い方もこの通りである。

   ~~~

双葉「スパゲッティおいしかったね!」

一葉「今すぐお前の顔にリバースしてやりたい気分だけどな」

一葉は目の前に双葉がいたせいか、妙に食が進まなかった。
双葉に至っては、一葉が食事する姿をじっと見ていたせいで食が進まなかった。
そして双葉の視線を受けたせいで、一葉の食欲がさらに損なわれる……という状況が続いたある意味殺伐な食事風景だった。
おかげで朝から一層と一葉の機嫌は悪そうであった。

双葉「あっ、そうだ……ちょっとここで待っててねお姉ちゃん!」

双葉は一葉の返事を聞く暇もなく走り出す。
何かを思いついたような様子であったが、一葉から見れば世の中で一番どうでもいいことだ。
むしろ双葉と別行動を取れた事を嬉しく思っていたりする。
双葉からの待機の指令を完全に無視し、適当かつ双葉と反対の進行方向に足を運ぶ。

   ~~~

大型デパートの中庭にある噴水広場。
一人になれる空間を探していた一葉が発見した絶好の癒しスポットである。
休日なので人が多いと思っていたが、不気味なぐらい人の気配がないことに関しては違和感を覚えたが、今の最優先事項はとにかく一人の空間で癒しを得ること。
むしろ人の多い場所が苦手な一葉にとっては好都合であったため、対して気にすることもなかった。
噴水そばのベンチに座りながら、眠そうな目をこする。
このまま睡魔に身を任せようか、とも思った、その時であった。

???「そこの君、すこしいいかい?」

一葉「……?」

瞼を開き、声の方向に顔の向きを変える。
そしてその方向には……赤い瞳を持った、白い人形がこちらをみていた。
一見狐とも、猫にも見えるその外見は、見た事もない不思議生物。赤い瞳はまばたきすることもなく、ただじっと一葉を観察するように見る。

一葉「……おもちゃ?」

???「僕は玩具ではないよ。一応生命体さ」

一葉「……! しゃべった……?」

QB「やあ、初めまして。僕の名前はキュウべぇ!」

一葉「……誰のいたずら?」

QB「いたずらなんかじゃないさ。君には僕が見えてるのだろう?」

QBは上機嫌にしっぽを振りながら一葉の隣に座り込む。
動いた、それも生き物のようにだ。つまりはこれは玩具ではない。
そしてしゃべった。これは普通の動物ではない。
見た事もないしゃべる生き物。顔には出さないものの、一葉は困惑していた。

一葉「……キュウべぇ?」

QB「そうだよ。実は今日、君にお話しがあってきたんだ」

一葉「……状況が飲み込めないのだけれど」

QB「急かす気はない。君が落ち着いた時にゆっくり話すさ――と、言いたいところなんだけど」

一葉「?」

QB「どうやら、君には選択の余地はないらしい。来るよっ!」

一葉「何を言って――」

その刹那、先ほどまで日光が溢れていた中庭に、突如として『暗黒』が襲来する。
中庭は一瞬にして『空間』ごと隠され、中庭であったはずの空間が、まるで劇場ホールのような空間に様変わりする。
その時間はまさに刹那、一葉が感覚で把握できない何かの力が働き、この空間が生まれたのだ。
一葉は一瞬、まるでジェットコースターが落ちるような感覚に襲われ、目眩に苦しめられる。
が、その目眩も感覚もコンマ何秒かで消えた。
しかし、空間の様変わりに思わず目を見張った。

一葉「――……へ? ちょっと待ってよ。ここ……どこ?」

QB「ぎりぎり間に合ったようだ。今朝から魔女の気配があったからね」

一葉「あんた、これが何か知ってるの? ……ねえ教えてっ! どこなのよここ! さっきまでデパートの中庭だったじゃない!」

QB「ここは魔女の空間。君達の本来の世界とは違う、魔女の世界さ」

一葉「魔女……? 何意味のわからないこと言ってるの?」

QB「僕は至って真剣だ。そして僕は真実しか語らない。……君の命は、今危機に瀕しているんだ」

一葉「い、いきなりわけわかんない場所に飛ばされて、しかも『命が危険』って……あんたが犯人なの!?」

QB「それは違うよ。……むしろ僕は、君を助けに来た」

一葉「……は?」

QB「彼末一葉……僕と契約して、魔法少女になってほしいんだ!」

一葉「な、何? 魔法って――」

???「おねえちゃーん!」

一葉「……お前か。助けかと思った矢先にこれだよ」

ほんの一瞬だけ希望に満ちた一葉の顔が、一瞬にして絶望の顔へと変わった。
劇場の扉が開かれると、猛ダッシュで一葉の元へと向かってきたのは双葉。
双葉は一葉と対照的に、とても希望に満ちた顔だ。

双葉「よ、よかった……やっと見つけられた……はぁ、はぁ」

一葉「ちっ、もう少し遠くに逃げればよかったか」

QB「おやおや。どうやら君の……双子の姉妹かな?」

一葉「……こいつは気にすんな」

双葉「? お姉ちゃん、誰に話しかけてるの?」

一葉「……お前、こいつが見えてないのか?」

一葉はQBがいるはずである方向を指さす。
しかし双葉はその方向に目を見やっても肩をすくめるだけ。

QB「僕のことは魔法少女の素質がある子にしか見えないからね」

一葉「……なぁ。お前、ここがどっかの劇場だってのはわかるよな?」

双葉「う、うん」

一葉「ここは幻じゃなくて、こいつが幻? いや、こいつは本当に……」

QB≪やあ≫

一葉「うぉっ!?」

QB≪魔法少女の素質がある君となら、こうしてテレパシーで会話することもできる。これで、僕が幻じゃないことは理解できたかな?≫

一葉≪……信じたくないけど、とにかく、お前が必死で何かを伝えたいことがあることは分かった≫

双葉「それよりお姉ちゃん、ここっていったいどこなんだろ――」

一葉「黙ってろ」

双葉「ひぅぅ……」

QBとコンタクトすることで、活路を見出そうとした一葉は、QBの話をひとまず聞くこととした。
まず、QBが語ったのは先ほど言っていた『魔法少女』についてだ。
QBと契約することで『戦う力』を得た少女が『魔法少女』。
魔法少女は世に絶望を振りまく魔女を倒すための存在で、世界の裏側では日々幾多の魔法少女が人々を守るために魔女を倒しているらしい。
そして、誰もが聞き耳を疑う言葉が、QBから語られる。

QB≪そして魔法少女になってもらう代償に、その子の願い事を、なんでも一つ叶えることができるんだ≫

一葉≪えっ!? ね、願い事を、なんでも?≫

QB≪そうだよ≫

その言葉に、一葉はとてつもない魅力を感じた。
人が誰しも一度は思ったであろう……願い事がかなうように、と。
その奇跡にも、神の所業にも等しいことを、この生物は可能にしてくれるのだ。
普段は冷静な一葉ならまずこの話を疑うことから始めたであろう。
しかし現に、一葉と双葉はあり得ない状況下で、なおかつあり得ない生物が目の前にいる。
何より一葉は活路を見出したかった。

一葉≪……さっき、私には魔法少女の素質がある、っていってた。つまり、私は魔法少女になる代わりに、願い事をなんでもかなえられるってころ?≫

QB≪そう。だから僕はこうしてここにいる。君に魔法少女になってもらって、この空間を作り出している魔女を倒してもらうためにね≫

話によると、どうやら双葉には魔法少女としての資質がないらしい。
つまり、この状況下を打開できる可能性を持つのは一葉だけである、ということ。
双葉はどうでもいいが、一葉はとにかくこの空間から脱出したい一心であった。
しかし……

一葉≪でも、魔法少女になったら、私が戦わなければならないんでしょう? 多分……命の危険もあるよね?≫

QB≪魔女と戦うことは非常に危険だ。魔法少女は奇跡を起こす存在だけれど、魔女も負けじと不条理を起こしてくる。君たちの常識が通用しない戦いだ。まぁ、だから願い事を一つ叶える、なんて大きな得点を提示しているわけだけれど≫

確かに一葉はこの空間から脱出したい。だが死ぬことは嫌だ。
健全な人間であったら誰だって思うことだ。
もちろん一葉は欲にまみれた人の一人。彼女にはとても強く思っている願望がある。
しかし、それを叶えたところで自分が戦い死んでしまっては意味がなくなってしまう。
果たしてどうしたものか、と一葉は考え込んでいた。

双葉「うぅ……ねぇ、お姉ちゃん、どうした? さっきから黙り込んで――」

一葉「だから黙れ」

双葉「うぅ……心細いよぉ」

一葉「いつも元気過ぎてうざいぐらいなのに……」

と、『元気過ぎて』という言葉をヒントに、一葉はより合理的なアイデアを思いついてしまった。
私は戦いたくない、だって死んでしまう危険があるから。
なら、この元気すぎる妹である双葉に戦ってもらうのはどうであろうか?
双葉に戦ってもらえれば、一葉自身には戦士する危険性は皆無。
しかも運が良ければ、双葉はこの後の魔女との戦いで死ぬ可能性がある。
この空間の魔女だけは倒してもらって、後は好き勝手他の魔女と戦ってもらって死んでもらえれば、結果的に自分の願い事も叶う。
『妹を消してほしい』という願い事が……。

一葉「……ねぇ、双葉」

双葉「お、お姉ちゃん?」

双葉は大変驚愕していた。
何せ、こうして一葉から名前を呼んでもらことなど、十年以上なかったことだ。

一葉「……もし、このままここに閉じ込められるなんてのは、嫌よね?」

双葉「私は、お姉ちゃんと一緒だったらいいよ!」

一葉「じゃあ、もし何かに殺されるかもしれなかったら?」

双葉「そ、それはだめ!」

一葉「……双葉は、お姉ちゃんのこと、好き、だよね?」

双葉「うんっ! 世界で一番お姉ちゃんが大好き!」

一葉「……だったら、双葉はお姉ちゃんのこと、守ってくれるよね?」

双葉「うん!」


QB「ふむ、何があったのやら…QBml9cjacrsw号からの応答がないね」

QB「数回信号を送ってみたが…まあ、消えたなら消えたで、代わりがあるから別に構わないんだけど」

QB「ひどい? まあ僕らだから仕方ない、と思ってくれたまえ。悪気はないんだ」


QB「さてだ。僕の方からも魔法少女の報告に移らせてもらおうかな。くじ箱は用意してある」

QB「さあ、どれがいい?準備は万端だから、好きな子を当ててくれたまえ」


  …… …… ……


QB「ふむ…これは…。NO.304。萱篠 鈴美香(カヤシノ スミカ)」

QB「彼女自体はどうともなかったが…彼女の周りが騒ぎ立てたものか。あれにはさすがの僕も辟易したよ」

QB「とても優秀な子だったんだけどね。まあいいや」

QB「君たちが退屈に窒息しそうならば、僕は語って聞かせるのみ」








   ― 雨降りの魔法 ―







橋の上です。

お兄さんが座りながら、けらけらと笑ってらっしゃいました。
お爺さんが、キレのいいツッコミをなさっていました。

けれども。

お兄さんの姿は誰にも見えませぬ。
お爺さんの姿は誰にも見えませぬ。

お兄さんに誰もぶつかれませぬ。
お爺さんに誰もぶつかれませぬ。

お兄さんの背には羽があります。
お爺さんの姿は透けております。


  お兄さんの役目は天使と言います。
  お爺さんのことは幽霊と言います。


これは、誰にも、見えませぬ。
わたしだけが、見えるせかい。

橋の下から見上げておりました。
天使が伸びをして周囲を見回しました。わたしのことをちらりと見ました。そしてにやりと笑いました。
笑顔は、わたしにしか届きませぬ。
この天使に会うのは、幾度めでしょう。






わたしには見えてはいけないものが見えます。
なぜでしょう。
神の真意はわかりませぬ。
死人を見たとて得はありませぬ。
いえ、いいえ。損をします。損をいたします。
ですから視線をそらします。

この間のは、たまたまです。偶然です。
おぼんにそれとなく参加していらっしゃった、爺やだからです。

チッケです。
チッケを渡されます。

わたし、一見とろそうですので、人からことを頼まれません。
驚きました。
でもわたし、がんばります。がんばれます。
頼まれましたので。
輪投げです。
上手く投げると、よいものがもらえます。
子供にやらせて、大人がもらうのです。
競馬のようです。


わたしの輪は「100点」に入りましたので、たくさんたくさん洗剤やタオルやトイレアトペーパーをもらいました。
おじいさんは持ちきれないので、お手伝いいたしました。

家にあがりますと、猫がいらっしゃいました。
おじいさんは一人暮らしです。いいえ、二人暮らしです。
猫にゃんと、二人でいらっしゃいました。

「ありがとう」とおっしゃられました。
ふわふわした、穏やかな、あったかみ。

わたしは、おじいさんの猫を引き取りました。



「葬式だー」


天使の西口さんは、アニメに見いる子供のような顔をしていらっしゃいます。
わたしは猫を抱っこしております。

お葬式です。
おじいさんはやはり亡くなっておりました。
なので猫はわたしが引き取りました。


「おしょうこしねぇの?」

「みそらというのですね」

「人の話聞けよ」


猫の首輪には鈴がついておりました。
『MISORA』と刻まれています。


「よろしくお願いいたします」

「にゃあ」

「なあ無視? オレ無視?」

「かわいらしいですね」

「ガン無視?」


トラです。毛並みも女性の美しい髪のようです。ちりんちりん。

お爺さんの家はあわただしくしていらっしゃいます。
お爺さんのおうちは静かでした。柔らかな波のようでした。今は少し乱れております。
お爺さんが喜ぶ気がいたしませぬ。


「いや、オレがちゃんッと送っといたから。今は安らかになってるはずだよ」

「だそうですよ。良かったですね。みそら」

「にやーあ」

「やった! オレやっと存在が認められた!」

「では帰りましょう。みそら」

「ドゥオイ」


てくてくとわたしは歩き出します。
みそらもついてきております。頭のよいいい子です。


「……」


足が止まります。空を見上げます。

「西口さん」

「え、なに!? 名前呼んでもらえた! うれすい!」

「雨です」

「ええ――!?」


最初のぽつりが来る前に、ふわりと傘を差します。みそらはわたしにくっつきました。濡れたくないのでしょう。

ぱらぱら、ぱた。

雨は、命です。
生き物の、生ある物の時間です。


「すみか―ゃ――」


わたしの大好きな雨が降りだして。
見えない者の姿を隠します。
わたしの好きな時間です。
お散歩して帰りましょう。



白い猫さんがいらっしゃいました。
いえ。猫というには浮世離れしていらっしゃいます。

その体躯も。
その表情も。


「やあ」


口を開けば、わたしたちと同じ言葉が出たということも。わたしたちとは違うようでございます。
お返事は、こうがよろしいでしょうか。


「にゃあ」

「みやあ」

「違うからね、二人とも」

「違うのですか」


それでは、今にも風邪をひきそうに、濡れ鼠になっていらっしゃる、猫のような生き物は何なのでしょう。
幽霊さんにしては、質感があります。天使さんや悪魔さんとも、どこか違います。なれば妖怪さんの類いでしょうか。しかし、それも違う気がいたします。
においがいたしませぬ。


「あなたは、いかなるお方なのでしょう」


わたしは猫さんに問い掛けます。
さらさらと、心地よい音楽は未だ空から降ってきております。


「僕の名前はキュゥべぇ」

「きゅぅべぇさん、」


雨に濡れる姿がかわいそうで、わたしはきゅぅべぇさんのところへ向かいます。道の水溜まりに踏み入ってしまっても、決して水しぶきなどあげません。


きゅぅべぇさんをやっと傘の中に迎え入れることが出来ました。きゅぅべぇさんはわたしを見上げます。そして、


「僕と契約して魔法少女になってよ!」


突然、そのようなことをおっしゃられました。突然の提案に驚いたわたしは、しばらくぱちくりして、首を傾げてこう答えました。


「お寒くはありませんか?」


どうやら、もう風邪をひいていらっしゃったようですので、みそらと共に家に連れ帰ることにいたしました。

「こちらへ」と手招きして屋根のあるところへ導き、レインコートを着用します。
そしてみそらと、きゅぅべぇさんを抱っこして、家へと急ぎました。



きゅぅべぇさんとみそらをタオルで拭いている間に、魔法少女についての説明を受けました。

きゅぅべぇさんがいかなるお方でいらっしゃるのかは未だにわかりませんし、魔法少女が熱に浮かされた夢物語なのか、真に飛び回るこの世の者なのかも、判断がつきません。

ですが、

願いを叶えるというのには――いたく、興味をひかれました。

わたしが願うとするならば、それは決まっております。
七夕の笹、夜空の流星、お宮の神様、須弥壇の仏様、頭上の十字架、様々なものに願掛けをしてまいりました。
いわく、あの者たちを、わたしの視界から退けてほしいと。

死霊は災を招き
魍魎は厄を招き
死神は、害を為されます。


それを目に入れるのを、わたしは嫌いました。
死に在るか、生に有るかわからぬ者たちが、この世に干渉いたします景色を、見たくはありませんでした。

何より、わたしだけがそれを見てしまうのが、とても恐ろしかったのです。凶事の予兆を、己だけが感じ取ってしまうのが怖かった。
雨の日だけがわたしの安息でありました。

もちろん、それでわたしたちの世界から彼らがいなくなるわけではありません。
それでもわたしは、そのきゅぅべぇとおっしゃいます白猫にこう申しあげたのです。


「わたしを、解放してはいただけませんか」

「契約するのかい?」

「はい。できるというのなら、お願いいたします。わたしはもう、あの"見えるべきではない者たち"を…この瞳で捉えたくはないのです」


彼らは確かに、そこにあります。
しかし話が本当ならば、わたしはもう、彼らと関わらずにすむのです。

きゅぅべぇさんは、無表情で頷いて尻尾を一振りいたしました。



「おめでとう、萱篠 鈴美香。君の願いは、エントロピーを凌駕した」



わたしの体に大きな変化は特に見られませんでしたが、ソウルジェム、と呼ばれるという宝石を受け取った時、わたしは憑き物が落ちたような気がいたしました。

突き抜けるような空の青。


「にゃーん」


みそらが嬉しそうにすりよりました。

さらさらと、綺麗な音を立てて雨の降る日のことでした。



あれから。
わたしの前に、霊や妖が姿を現すことはなくなりました。願いが叶ったということなのかでしょう。
彼らにつられるように凶事が起こるのを見かけることも、減りました。

相変わらず、わたしはとろい子として見られております。実際、ぼうっとしているのだから、仕方ありません。

しかし、


「何か、最近元気だよね。すみか、いいことあったの?」


と聞かれると、心がぽかぽかいたします。あのおじいさんといた時のよう。


さて、わたしは魔法少女となったわけですから、魔女を倒すという義務がございます。
よく考えると、霊たちは見えなくなりましたが、魔女が見えるならば今までとあまり変わらぬのかもしれません。
ですが、わたしは傍観者ではなく、粛正する者となりました。


「にゃぉん」

「みそらはここで待っていてください」


雨の日。
わたしは水色のレインコートをまとい、傘を差して、街頭に立っておりました。
すっかりなついて、いつもわたしについてくるみそらですが、結界に入れるわけにはいきません。
みそらが残念そうな顔をした気がいたしましたが、大人しく座ったのを認めて、わたしは結界に踏み入りました。



中に入りますと、特殊な香りが匂い立ちました。


「アルコールでしょうか」


ぴちゃぴちゃと長靴が鳴ります。辺りには大小様々な瓶や缶が転がっていることから、間違いはないでしょう。
まるで叩きつけられたかのように破壊されております。

奥へ進みますと、大きな大きな壺がありました。いえ、いいえ。いらっしゃいました。今回の魔女は、どうやらこの方のようです。


「相性がいいのやら、悪いのやら」


魔女はわたしの姿を捉えられたようでございます。
大きな壺の魔女。あいた穴からだくだくと酒が流れていらっしゃいます。
もったいない。


魔女が酒を吹き出し、わたしはゆらりと彼女に歩みよります。ばっしゃんと背後に酒が落ちます。


「豪雨」


歩みを止めはいたしません。攻撃のあとの隙に壺に濁流を注ぎ込みます。酒の魔女であるならば、濃度を下げれば弱体化するでしょう。
壺が身を捩り、酒が溢れ出ますが、高波の間をお邪魔いたします。


「豪雨。豪雨、豪雨。――五月雨」

魔女の中をわたしで満たしつつ、たまの攻撃をパラソルで受け流します。
全ての動きに意味がございます。無駄なことはいたしません。
少し、ふらつきます。酒の香りに蝕まれたようです。


「雨垂れ」


癒しの水を浴びると、気分がよくなりました。


さてずいぶん濃度も落ちたようで、香りも弱まっております。なればそろそろ、水に溶けていただきましょう。
たん、と跳ね、レインコートがひらり。
濁流がわたしを追いますが、捉えさせませぬ。瓶の山を蹴り、跳ね、彼女の穴をよく狙います。


「竜ノ神」


結界の中に命が満ちます。わたしをぐるり、水が呑む。高く跳んで傘を開くと、ふわりと体が宙に浮きました。
空色のジェムが瞬きます。


「雨神よ」


己の体が水に溶けます。降りしきる雨に龍が踊る。


「――はっ」


一息で壺との距離をつめて、閉じた傘の先を穴に突き刺し、

失礼いたします。

そのまま回転しながら突き進みます。たちまちひびが入り、ひびから魔女の体は飛び散り、鉄砲水の勢いで貫いて。


「ふぅっ」


着地いたしました。
背後で断末魔と共に壺が砕け散り、結界が晴れていきます。
ちりちりんという鈴の音と、コツンッ、と何かの落ちる音。


「みそら」


トラ猫がなあなあと鳴きながら走り寄ってきました。


「待っていてほしいと申し上げましたが…いえ、いいえ、我慢ならなかったのですね。お迎え、ありがとうございます」


わたしはみそらの体を撫でてやりました。みそらはびしょぬれの体をぷるりと震わせます。寒いのでしょう。
抱き締めます。この場所も、平和になりました。

ソウルジェムを取り出してみますと、ぼんやりと雲がかっておりました。綺麗ですが、雨の気配はございません。


「鈴美香? どうしたんだい、グリーフシードで浄化を行わなくていいのかい」

「きゅぅべぇさん?」


きゅぅべぇさんがいつの間にかいらっしゃっていたようです。ソウルジェムを眺めていたのでわかりませんでした。


「ええ、グリーフシード――そうでした」

わたしたち魔法少女は、グリーフシードを使わなければ魔法を使えなくなるのです。放置していたそれに近づき、ソウルジェムをかざします。
みそらがグリーフシードにすりよります。ソウルジェムは元の空色を取り戻しました。


「きゅっぷい」


それから、きゅぅべぇさんがグリーフシードをお召し上がりになられました。きゅぅべぇさんはグリーフシードの回収もお仕事なのでございます。


「今日はこの辺にいたしましょう、」

「そうかい、お疲れ様」


雨がとても気持ちいい。



その日の結界は、童話の中のようでございました。そしてそのお伽噺の魔女は、強うございました。
己の力が抑えられてしまっているかのよう。
負けるわけにはいかないと、わたしは奮闘し、そして、


――落ちました。


魔女がもたらすのは、平坦すぎる、結末のない安寧でございました。「末代まで平和に、幸せに暮らしました」、などという夢でございます。

ですが、力尽きたのです。
認めたくはございません。それに決して無駄はございませんでした。敗因はただひとつ、魔女の方が格上であった、ただそれだけにございます。

力不足であった。
ただそれだけ。

柔らかな羽に包まれ、心地よい鈴の音を聞きながら、わたしは落ちました。



「……………」

雫を感じて、目を覚ましました。
大好きな雨とは違って、生温いそれに違和感を感じたのです。


「すみか……ちゃ…ん。はは。久しぶり」

「…どうして」


どうやって、いらっしゃったのですか。

わたしは困惑しました。困惑しかございませんでした。
そんなばかな。
天使の西口さんが、確かに、羽を広げてわたしに覆い被さっておりました。
その羽はすぐに項垂れます――お疲れのようです。

いえ。いいえ。


「すみかちゃん…ふふ、びっくりしたろ」


天使、いいえ死神の西口さんは、得意げに笑いました。

わたしは。

確かに、彼を拒みました。願いによって、彼は確かに見えなくなった。ですのに、


「なぜ、あなたは…わたしに、見えるのですか――」

「…あんなチンケな魔法。オレが全力出しゃ、破れる」

「そんな」


わたしの願いは?


「決して会わぬと……思っていました」

「オレもだ。お前にはもう見えるはずがないと思ってた。けど…はは、見える、見えるんだな……」


なぜ、西口さんは、こうも嬉しそうに笑い、涙を流すのでございましょう。わたしはあなたを拒否したというのに。


「みそらが、教えてくれたんだよ。お前が力を使い果たしたら、その時が最後で、その時に会いに行けって」

「みそら…? 西口さんは、猫と話が、できるのですか」

「……。ああ、まあ、そういうことになるんだよな、…」


西口さんは、もぞもぞと曖昧に喋ると、わたしの上から引かれました。
雨はやんでおりました。結界もございません。
一体誰が? 他の魔法少女が。何処の? 誰が? 頭は未だ、混乱しているようでございます。

何より西口さんの存在は。


「すみかちゃん。今日は伝えたいことがあって、オレはここに来たんだ」

「西口さん…わたしからも、あなたに問いたいことがございます」

「まあそう…焦る、なよ」


わたしの意思を全て遮り、彼は私の手を引きます。立ち上がって初めて気が付きました。わたしの姿は完膚なきまでにぼろぼろでございました。


「手短にすますぞ」


いたわるように、西口さんは私の頬を撫でます。


「オレが天使やってて、死人の魂を回収してるのは知ってるよな」

「え、あ…はい」

「オレは近日、その任務を失敗した」

「……失敗……?」

「新戸蘭、七条小窓、栗原あゆみ、佐藤千防、北筑紫辰子、相沢亜咲、雨路出響子…他、数十名だ」


「失敗って、西口さん。魂の回収に、失敗があるのですか」

「ある。例えば回収する筈の魂自体が破壊されたりすれば、どうにもならない」


西口さんは、聞き覚えのない女性の名前を述べられ。そして、わたしの後ろを見やりながら強い声音でおっしゃいました。


「例えば――地球外生命体に食われたりとかな!」

「!?」


突然、西口さんがわたしの背後に鎌を投げられました。仕事道具に何てこと…を……!?


「…逃したか」


白い尻尾。あれはきゅぅべぇさんの物ではありませんか?


「どういうことなのですかっ、」

「簡単なことだ。魔法少女のソウルジェムの末路が、魔女で、グリーフシードなんだよ! つまりお前は、インキュベーターとやらにそそのかされて、同胞殺しをさせられていたんだ!」

「!!」


魔女が後に遺すグリーフシード、それに翳すソウルジェム、グリーフシードを食べるきゅぅべぇさんの姿が浮かびました。真っ青に――なります。


「…落ち着け。お前は何も知らなかった。だから悪くねえよ」

「そう、なの…ですか。わたしは、同じ人間に何てことを」


なぜでしょう。それはまるで理不尽なお話であったというのに、わたしは信じました。


「何てことを、わたしは」


贖罪をせねばならぬと私は思いました。


「すみかちゃんは、素直に受け入れるんだな」

「わかる、気がいたしました」

「オレの知り合いは、そんなの嫌だと言って駄々をこねたよ。あいつはまだ魔女化してないけど、まあ、時間の問題だろうな。もちろんすみかちゃんも、魔女になる」


「――それは、今からですか?」

「!?」


西口さんが、あまりにも分かりやすく凍りつかれました。
思わず吹き出してしまいます。


「かまをかけただけですのに――」

「お、おま」


顔色を白黒させて、西口さんは口を抑えられました。ああ、バレバレです。


「西口さんが、わかりやすい人間で良かった」

「て、てめえ!?」

「口が悪いですよ」


慌てる西口さんがおかしくておかしくて。余裕の表情を保っていらっしゃることが多い彼をそんな風にしているがわたしだと思うと。ええ、ええ。うれしゅうございます。

わたしはソウルジェムを手に取ります。その色は、魔の雲のごとく。
手遅れでございます。

「もちろん、これが死と同義であることはわたしもよくわかります」


「すみかちゃん…何でそんな!?」


絶望的な声をあげる西口さんの手を、握り締めてあげました。覚悟が足りませんよ、と笑いました。


「西口さんから聞いて、納得が行きました。なぜ願いを叶えたはずの私にあなたが見えるのか。ええ、ええ…わたしも、あなた方と一緒になってしまったからでしょう?」

「……」

「魂が。水が…枯れ果ててしまったからでしょう。わたしがわたしを満たしていた水を使い果たして、生き物から掛け離れてしまったから」


どくん、と世界が揺らぎました。


「…そのような顔を、なさらないで下さい。それはわたしの役目でしょう」

「そう、言うなら、さっさと泣くなりなんなりすれば――いいのに――」


どくん、どくん、どくん。
わたしの視界が歪む。せっかく西口さんが情けない顔をしているのに、さっぱり見えないのは、ええ、ええ、悔しい限りでございます。

これがさいご。

ふらりとわたしは西口さんに寄りかかります。彼は、ぎくりと体を跳ねさせました。
縮み上がった羽を撫でて、わたしは言うのです。


「幸せです。大好きな雨は枯らしてしまったけれど、何だか満ち足りた気分。本当はあなたなんか大嫌いだったけれど――わたしの魂を、わたしはあなたに任せたい」


無理やり握り締めさせたわたしの魂は、変異を始めておりました。さあ、早くその鎌で砕いて下さい。
雫が、ぽつりと落ちます。


「ばかっ……!」


ああ、こら、抱き締めている場合ではないでしょう。これだから、西口さんは、駄目天使なのです。落第でございます。


ええ、ええ。
けれど、人の、 最期の、演、    出と、し、 て、   は


「――合格、です――」



どしゃ降りに打たれながら叫んだ。
なんで、なんであそこでとどめを刺してあげなかったのよ、とあたしは西口の襟首を掴んで詰め寄った。
あたしはいっぱい泣いた。
西口もいっぱい泣いてた。


「…だめだったんだよ」

「うるさい!」

「好きなやつを、[ピーーー]みたいで、だめだったんだ、だめだったんだよ!!」


このでっかいガキを、あたしは力任せに殴る。


「だったら! だったら魔女になるのは許容範囲だって言うの!? あたしが倒せてなかったら…すみかは人を殺してたかもしれないのに!!」


とか言いながら、あたしもやってることはでかいガキなのかもしれない。ヒステリックな声が、我ながらうるさい。


「っうう…!」

「この、バカ天使…!」


西口を地面に叩きつけて、またあたしはしゃくり上げる。何とか落ち着こうと思って、代わりに尻尾を震わせる。


「…優しいあの子に、人を殺させないで…ッ」

「ごめん、な…オレがちゃんとやるって言ったのに、約束、破っちまって…」

気まずそうに、翼が下を向いた。反省はしているようだ。
くるりと後ろを向く。そこにはグリーフシードが転がっている。


「あれ…壊してあげて」


あたしはそれを指差した。西口は今にも魔女化しそうな瞳をする。


「みそら…お前はいいのか」

「なんでよ」


未練がましい言動に、耳がぴくりと動き、全身の毛が逆立つ。


「御主人様、だろ」

「あんたこそ、旧友でしょ。さっきも言ったよね? 近くの親より遠くの友だろーが」


やっと西口が笑う。そして鎌を持って立ち上がった。
魂を天津国へ送るための大鎌だ。

あたしは感覚を研ぎ澄まし、やつの気配を探る。

――喰われたら、おしまいだ。


7.1m。
飛び出してきたやつを殴り飛ばす。

5.5m。
走ってきたやつを引き裂く。

4.7m。
どこからか出てきたやつを弾き飛ばし、

1.9m――
西口が大鎌を轟と振り上げる。
あたしは牙を剥いてやつを噛み千切る。

0.1m。いや、0。


「にゃあ――ざまあみなよ」


すみかのグリーフシードは、鎌に捉えられて粉々に砕け散った。
だん、と豪腕でやつの頭を踏み潰したところだった。


「やれやれ、なんてことをしてくれたんだ」

「あんたこそなんてことをしてくれたのよ、化け猫」

「化け猫はきみのことじゃないのか」

「にゃあん?」

「やめとけよ。もうそいつのターゲットはオレがちゃんと送り届けた。これ以上の戦いはこいつにはムダだろ」


グリーフシードはもう、影も形もない。
良かった、これで。
まあ、あたしがキュゥべぇに喧嘩を吹っ掛けたい理由は他にあるんだけど、こいつに対して戦うのコマンドは確かに無意味だ。


「ふん」

「ふう…」


息すんな、この外道。


「どっか行って!」

「今日はご機嫌斜めみたいだからね、そうするよ」


どんなに裁いても、キュゥべぇは動じない。なんて報われない物語なんだろう。
また、残されちゃった。

あたしはもう一回、わあわあ泣いた。西口も、泣きながら慰めてくれた。


――あたしも同じ。すみかと一緒で、視える人で。西口とも知り合いで。
けれどあたしは彼らを捨てなかった。もっと他に捨てたい物があったから。

でもすみかには、彼らが人にもたらす不幸の光景は重荷だった。だからそれを選択してしまったのだ。
価値は人によって違う。

今までのあたしは何にも知らなくて――それで大切な人を失って。

もう失敗なんかしたくない。

「行こ、西口」

そう言ってあたしは彼に猫の姿ですりよった。こいつが相棒だ。あたしはみんなを魔法少女にさせやしない。魔女を送るのは西口の仕事だ。
最期の最期まで、あの化け猫に抗ってやるんだ。


「オレにも仕事が」

「ふにゃあ!」

「…そうだよな」


雨は降り続く。大地を這う魂の咆哮、轟音が鳴り響く。



 ほら、やってみろ。

  越えてみな。

 己の足で勝利を掴め。

  さあ、さあ、さあ、さあ、

 足は地面につけたままでいい、

  フワフワした魔法になんか、

 頼ってなんかいられない。

  叫べ、全身で命を浴びて、

 生のコーラスに加わるんだ。

  黙り込むことは許されない。



台風みたいな雨の中を、あたし達は駆け抜けていった。


QB「ふう…萱篠 鈴美香についての報告はこれで終わりだよ。どうだったかな」

QB「少しでも君たちの退屈しのぎになったのなら…ありがとう、礼を言おう」

CB「『オリジナル魔法少女設定を書いて、次レスで魔女化させるスレ』の立て主様。
現在まで800レスに至るレスを書き続け、私の想像力を掻き立てた名無しNIPPERの皆様。またその中で、私の存在を覚えて下さった名無しNIPPERの皆様。
この物語の主人公である、304/萱篠 鈴美香の作者様。また、この物語に登場する2体の魔女を提供して下さった作者様。
『QB「魔法少女達の軌跡」』を立てて下さったml9cjacrsw様。
そして何より、最後まで私の作品を読んで下さった皆様方に、この場を借りてお礼とさせていただきます。ありがとうございました」

QB「上記の文章におかしなところがあっても、慣れないことをしているわけだから、まあ許してやってほしい」

CB「本文もしかり。これから更なる向上を目指し、頑張ろうと思う」

QB「もしも解説が必要ならば、このあとネームを『名無しきゅうり』にでもして乙なりなんなり解説が欲しいところなり書き込んでほしい」

QB「苦手分野だから少々長くなるかもしれないが、尽力しよう」

QB「それでは、そろそろ報告の時間は終了だ。僕にも仕事があるからね。見返したければもう一度。もういいのなら……画面を閉じるだけでいい」

QB「機会があれば、また報告会に参加してもらいたい」



QB「――」

QB「覚悟はいいかい」

QB「これから君たちを待っているのは、魔女のほうがよほどましな絶望の現実――」

遅くなりましたが一応いるかいらないかわからない解説を

目指したのは穏やかな物語、そして不完全なハッピーエンド

伝わりましたでしょうか?



・萱篠 鈴美香

スレ304番を参照
「穏やかな川」のイメージ。「ええ、ええ」を多用する。
「見えない何か」を妖や幽霊など、とはっきりさせる。西口さんとは以前から知り合い。
レインコートの割りによく動く。パラソルは彼女の特性によって絶対防御に。でも必殺技は傘使用。
驚異の回避性能により実力はトップレベル。がSGの位置は結局決まらず。

魔女化については多分306モニカの方。というか願いの解釈的にもそう。きっと雨降らしくらいしか害のない大人しい魔女。


・みそら

ある時は猫ある時は魔法少女の強気な女の子。すみかと同じく視えるひと。
昔から視えるものとは仲良しだったが、彼らを家に招待した拍子に悪いものが憑いてしまう。
災厄は伝染し、やがて「あの家に近付くと不幸になる」という根も葉もある噂に家族は蝕まれることになる。
度重なる不幸に疲れきった両親は心中を決行したが、みそらだけが死に損ねる。
独りぼっちになったみそらの元に現れるキュゥべぇ。彼女は以前、噂も気にせず優しくしてくれたお爺さんの飼い猫になりたいと願う。

「人」ではなく「猫」であるため、人型になっても猫娘な上、そちらの形態の方が魔力を消費する。猫の体を虎や獅子などに変形させて戦うアタッカー。
SGは鈴。

お爺さんの死を看取った後すみかの飼い猫、裏では彼女の魔法少女業のサポーターに。劇中の壺の魔女の手下はまとめて彼女にぬっ殺されている。

彼女に魔女化を教えたのは西口さん。
そこから色々考えてすみかの性質を憶測、「魔力が尽きたらあんたらが視える」と西口に提言。
そんなタイミングを見計らってたらまさかの主人が死にかけたり

モニカ討伐後は西口さんとチームを組み、討伐→GS使用→西口さんが回収 の流れで魔女の救済、QBの甘言に乗せられる前に少女に魔法少女の説明をするなど反QB派としての活動を行っている。

・西口さん

まさかのオリジナルキャラ。イレギュラーすぎて突っ込みどころしかない。むしろお前に突っ込むぞ
男性。天使。人外。調子乗り
クラスに一人はいるリア充しようとして空回ってるやつ
魔法少女の魂を今まで回収し損ねていた上に、思い人からも拒否された人。ざまあ。
しかしおいしいところをかっさらった。目立たせすぎた感もある



・壺の魔女

285番。
壺の魔女。その性質は渇望。
アルコールが強酸性。
すみかちゃんにまともに攻撃を当てることすら叶わず爆砕された。合掌。


・ジャバウォッキー/Jabberwocky

371番。
童話の魔女。その性質は翻訳。
消耗戦で無理やり勝利に持っていった。
で、やったー勝ったーってなってたところを激昂西口と怒り喰らうみそらに止めを刺された。


・台風みたいな雨

ワルプルギスの夜



当てにならない次回予告→568番/久恵明子

QB「やあ、インキュベーターコードネーム Malus pumila だ。僕のターンになったみたいだね」

QB「さて、コードネーム Cucumis sativus は次の記録の編纂に入ったようだ」

QB「僕達インキュベーターとて即座に情報が蔵出しできるわけではない。的確な形に纏め上げ、いざという時のために人類にも理解できるようにしなければならないし」

QB「何よりも自分たちが取り扱う感情のメカニズムを構造的に把握しておく必要があるからね。自分たちにない分、詳細なデータが必要なんだ。」

QB「この間に僕の情報も開示しておこうかな、まとめ切れてないけどこの子の場合あまりにm」



全インキュベータに告ぐ!全インキュベータに告ぐ!

異例の魔女の願いによる緊急事態につき、全勧誘の停止を要請する!

過去最大及び最後のエネルギー回収が見込まれる!

繰り返す!全インキュベータに全勧誘の停止を要請する!



QB「――大変だ、彼女が遂に大行動を始めた。君たち人類にも急いで情報を伝えないと」

QB「僕らの星ではこれ以上ない大収穫になるかもだけど、果たして…」




―――其れを許容できるだけの器がこの宇宙に存在するだろうか?




――――


辛かったでしょう、苦しかったでしょう

でも御免ね、貴方達の誘いに乗ることは出来ないの

さあおいで、素敵な世界へ連れてってあげる

誰も傷つけない、とっても優しいところよ

いくのがこわい?きえるのがこわい?

大丈夫、私が歌をつけてあげる

あなたのための、素敵な歌を

――――








―――レクイエムを貴方に―――










[ロサンゼルス 12月6日 ロイター]
日本人の人気女性歌手、大美露衣(おおびろい)さんが現地時間6日未明、ロサンゼルス郊外の自宅で心不全により死去。42歳という若さだった。葬儀は9日に地元の教会でいとなわれる予定。

「オー・ロンリー」「ロイに告げて」などののヒットで知られる彼女は、20代からの活動の中でさまざまな浮き沈みを経験。地道な活動が評価され、一昨年にはロックの殿堂入りを果たし、再評価の機運が高まっていた。

元アップルズのジェーン・ハリーらと結成した覆面バンド、インフィニタシスターズが大成功を収め、1月後には自ら最終作とした久しぶりのソロアルバム「小さなレクイエム達」がリリースされる矢先の出来事であり、突然の死は驚きをもって受け入れられている。





ミュージックネットポスト誌 インタビュー記録 (抜粋) 20XX年12月5日


――まずはじめに、新アルバム「小さなレクイエム達」のレコーディング完了おめでとうございます。

ありがとうございます、単独インタビューがMNPの記者さんでよかったわ、転んだ石っころ(ローリングストーン誌)のお爺さまだったらどうなるかと…

――アハハッ!確かに保守的な音楽誌とかそういった権威がお嫌いでしたね。

そうそう、その場でけなしといて数年たってから評価するあの姿勢が嫌いなの。音楽屋なんてその場で気に入ってもらえての商売なんだから、歌えなくなってお墓入り後に褒められても嬉しくもなんともないはずよ(笑)

――そういえば製作前のインタビューでは最後のアルバムになるかもとおっしゃられてましたね。

ええ、なんだかいつも言ってる気がするけど(笑)今回ばかりは本当にこれで最後だと思うの。一番いい音をまとめられたと思うし…

――数曲聞きましたが素晴らしかったです!一番自分に響いてくるというか…

本当に?ならよかったわ、最後のアルバムが皆で寄せ集めの真似っ子ロカビリーだったらなんか寂しいですもの(笑)

――いやいやインフィニタ(シスターズ)も良かったじゃないですか!

そうかしら(笑)でもあれはなんだかんだでジェーンが頑張ってくれたのよ。わざわざ声をかけてくれて…

――表舞台に復帰されましたからね。あの事件でパートナーを亡くされて…

ええ、ええ、そうね…優しかったわ、あの人…

――ご、ごめんなさい突然こんな話を、まだお辛いのに…

いえいいのよ、ちゃんと向こうに行けたみたいだし。私もそれまでしばらくインディーズで細々と出してたくらいでね。「もう一度弾けましょうや!」と行ってきてくれたときは少し気恥ずかしかったけど嬉しかったわ。いろんな面でジェーンには助けられたの、救世主みたいなものね。

――素敵な関係ですね、ジェーンハリーとは今でも仲がよろしいんですか?

勿論、よく馬鹿話で盛り上がるわ!そういえばだけど、あの子をあまりメディアで弄らないであげてね。アップルズがああなって以降夜遊びが増えたっていうけど、危ないことはやってないはずだから…

――確かに大暴れしたって噂は聞きませんね

本人は正義の味方的なことやってるって言ってるし、少なくとも麻薬の商人みたいな危ない真似はしてないはずよ。そもそもやったところで試し飲みでぶっ倒れちゃうでしょうし。見かけによらずひょろいもんあの娘!(笑)

――そうなんですか!?正直いつもの口調からは想像が…

そうなのよ、意外でしょう?この前ハイボールの飲み合わせやったんだけどあの子たったの10杯ですぐへばってたわ。ロッカー語るぐらいならもうちょっと粘ってもいいものなのにね(笑)

――あ、アハハ…そろそろアルバムのお話をうかがってもよろしいですか

そういえばその話だったわね。どうぞごゆるりと

――はい。まずタイトルの「小さなレクイエム達」という表現ですが、これは世を去っていった者たちへ直接手向けるものなのでしょうか

そうね、勿論ひとづたいで聞いた話を元につくっている部分はあるけれど、それでもこの曲の言葉たちは今生きてる少女たち皆が何処かに持ってるものだと思うの。

――少女たち全員が持ってる悩みだと?

悩みというか、ううん、言葉にしにくいんですけど…もし願いが叶えられたらこうしたい、でも、叶えたら何かを傷付けてしまうかもといった危うさみたいなものを少女たちはみな持ち合わせてると思うの。そのなかで一つでも見つけてくれたらなって

――なるほど、個人的には聞かせてもらった数曲の中では特に3つの楽曲が鮮烈に残りました。まずは「Spice Mixael」ですが…

今までの私の曲ではなかった感じでしょ?

――ええ、すごく驚きました!ファンクに近いようなそれでいてシタールの音で民族調でもあるような…

本当はもう少しうまく演奏したかったんだけど「ノルウェイの森」みたいな使い方になってしまったわ、プロの方にお願いすればよかったわね(笑)

――この曲って調理に全てを捧げた子の様子を描いてますよね、それで…

完璧な食事で幸せをみんなで分かち合えると信じたんでしょうね、でもその完璧主義が逆に彼女の大切な人を傷つけてしまったの。

――独特の哀しみですね。人の為がいつか自分の為になってしまい…

何もかも報われなくなるってね。でも、思いそのものは正しいのよ、きっと誰かが受け継いでくれるはず

――次に「Audrey」です、実はこの曲すごく不安になるっていうか…

物凄く不安定なコード進行にしてるの、意図的にね!


――ですよね!それにリズムも一定ではなくて。プログレかとも思いましたがそれにしては音がストリングスとハープシコードだけなので…

ある意味の美しさと不気味さのリンクを想像したんです。音は美しいのにその根っこが歪でっていう…

――表層の「美」を追い求める歌詞とリンクしてますね。これって美容整形批判でもあるんですか?

いえ、別に特定の何かを叩こうとしたのではなくて、自然にこうなったというか。勿論、女の子がきれいになりたいという本能は当然だし、私も化粧はする。でも…

――追い詰めるあまり根っこを見失ってないか、と

そうね、女の子ってお金さえかければある程度は美人になれると思うの私。顔ってのはいくらでも作れる、金さえかければ。でも金かけて綺麗になれないものもあると思うの。この詩の中の子には、そういうのも気づいて欲しかったかな…勿論聞いてくれる子にも

――そうですね…そして最後の曲、「Jewels」。私、実はこの曲で泣いてしまって…

あら、そうなの…

――ええ、弾き語りの、何のトリックのない凄くシンプルな曲なのに自分や去っていった友達を思い浮かべて…

実はこの曲、一番最初に思いついたものなの。

――やはりそうですか。この詩、これまでの全ての曲に通じていますよね

ええ。みんななにか幸せを作るために願いを持ったの。それが不幸だけで終わるなんて寂しすぎて。だから…

――その宝石を救ってあげよう、と歌詞になるんですね

そう、だから誰かや自分を恨むことなんて全然必要ない。そのまま受け入れてあげようって、そういう曲。実は、この曲入れるかどうか迷ったんです。

――そうなんですか?

蛇足なんじゃないかって、みんな捕らえ方は違うんじゃないかって。でも、それでも全て肯定してあげたかった。童話なんです、このアルバム。童話に寂しいラストは似合わないじゃない?

――ええ、入れて大正解だと思います。素敵な時間を有難う御座いました。

こちらこそ。本当に素敵だったわ。

弔辞 ジェーン・ハリー


ロイ、聞こえてる?

おすましさんのあなたのことだから、聞こえてても知らんぷりするかもですけど。

皆早過ぎるといいます、あなたの死が。

メディアもファンも、もっとあなたの歌が聞きたかったって。

でも、私はそうは思わない。

貴方、女性として精一杯生きてくれた。

そして、沢山の笑顔を私たちにくださった。

それだけで、もう十分あなたの使命は果たされているのです。


最後の夜、貴方はわたしをあの家に呼んでくれました。

私たちには秘密があったのです。ふたりだけの秘密が。

そして貴方は、私は今日旅立つわ、後は貴方に任せて大丈夫?といいました

私はただ、頷くしか無かった。

ベッドに入り貴方は、悪魔が見えたらこの指輪を割って、と言いました

最後のまじないみたいなものです。


でも、私は割らなかった。

貴方が世界一優しい眼を閉じたとき、

そこに見えたのは天使だったからです。

優しい顔をした、まるですべての哀しみを包みこんでくれるような天使。

あなたのアイコンの黒のドレスとは対照的な、真っ白な翼を持って

その天使は旅立って行きました。

あれはあなただったんでしょう、ロイ?










ごめんなさい、私嘘をついてる。


やっぱり今でも寂しいよ!

もう一度あなたの声を聞きたいよ!

シャンパンやハイボールで馬鹿やりたいよ!

体弱いのに馬鹿ねえって嘲笑って欲しいよ!

あのララバイの声、もっと聴きたいよ……



貴方が守ったもの、これからは私が守る

いろんな歌、歌い続けていく

だけど、もし、もしその時が来たら、

優しく迎えに来てください。

多分、その時の私は笑顔です。











あ、それと追伸


貴方とは秘密をたくさん分かち合ったけど、

やっぱり貴方は何処かミステリアスです。

多分、永遠に分からない事だらけでしょうけど。

なので、あなたの大好きだったこの歌を

私たちからの余計な贈り物だと思って、受け取ってください

ジェーン・ハリー


Darkness falls and she will take me by the hand

Take me to some twilight land

Where all but love is grey

Where I can't find my way

Without her as my guide


Night falls I'm cast beneath her spell

Daylight comes our heaven's turns to hell

Am I left to burn

and burn eternally

She's a mystery to me


She's a Mystery Girl

She's a Mystery Girl

She's a Mystery Girl...

http://www.youtube.com/watch?v=rYmIkiaR9oc


露衣の葬儀以降リリースされた彼女のアルバム「小さなレクイエム達」は飛ぶように売れ、世界各国でセールス1位を記録した

そしてそれと重なるように、世界中で少女の心不全状態での遺体が多数発見されるようになった

少女たちの共通した点として、大いなる悩みを抱えていた事、そして、露衣のCDを大事そうにいだいていたことが挙げられる

警察では、彼女のファンが後追い自殺を何らかの薬物でしているのではと見ているが、不思議なことに、少女たちの体からは薬物反応は一切見られない…

QB「以上で報告は終わりだ、彼女は恐らく最大の魔女になってしまったのかも知れない」

QB「今も情報が入り続けている。とにかく魔女の自滅率が急激に増加しているんだ」

QB「このままでは人類にまで及ぶ可能性もある。しかし、僕らインキュベーターはどうすることも出来ない」

QB「これは君ら自身の問題だからだ。君らが自らを許容しない限り、この魔女、カタパシウスは拡大を続けるだろう」

QB「今入ってきた情報だと、早速感づいて動き出した魔法少女も要るようだ」

QB「もし何かあったら、他のインキュベーターがこの自体の行く末を報告してくれるだろう」

QB「それでは情報処理があるので失礼するよ、報告に付き合ってくれて有難う、感謝するよ」

QB「もし次の機会があったらまた協力してくれるとありがたい。もし、」




次まで君たちが葬送されなければ……

訂正!魔女の名前はカタパウシスの間違いでした、失礼しました!
↓に解説を載せましたので気になる方はご確認くださいな
では次の作者さんに期待して!

QB「やあ、みんな大好きキュゥべえだよ。僕にもお鉢が回ってきたみたいだね」

QB「説明はもう不要だよね、さぁくじを引いてごらん」

QB「ふむ・・・、No.781。今回語る魔法少女は野唄 鈴か。
   彼女のことを伝えるには今までの形式では難しいから、少し伝達手段を変えようと思う」

QB「そんな彼女だったから、この契約は僕達インキュベーダーにとってルール違反スレスレだったね」

QB「それでは知ってもらおう、比較的短かかった彼女の魔法少女の顛末について」




     ―― こどもべや ――


 K市、N県立精神病院。
 学校の特別養護教室と、この病院の一室を行き来する一人の少女が居た。

 精神病院、小児科、個室。
 患者・野唄 鈴 12歳

鈴「わぁー・・・」

QB「やぁ、初めまして! 鈴、君にお願いがあるんだ」
QB「僕と契約して、魔法少jきゅぷえええええ!!」

鈴「きゃー♪」

 インキュベーダーと少女のファーストコンタクトは少女の熱烈なハグであり、
 インキュベーダーは危うくスペアを1つ消費ところであった。


QB「やれやれ、潰れてしまうところだったよ」

鈴「だーれ?」

QB「僕はキュゥべえだよ」

鈴「キュゥべえ!」

QB「そう、キュゥべえ」

 鈴はおもむろにキュゥべえを抱き上げ、
 廊下の看護師の元へと駆け出す。

看護師「あれ、どうしたの鈴ちゃん」

鈴「キュゥべえ!」

QB「ああ、無駄だよ鈴。僕の姿は魔法少女の素質のある子にしか見えないんだ」

看護師「キュゥべえ?」

鈴「キュゥべえ!」

QB「いや、だから・・・」

看護師「ふふふ、そうね。さぁお部屋に戻りましょうね」

鈴「うー・・・」

QB「やれやれ、これは難しそうだ」


 その後。キュゥべえは何度も鈴の部屋や教室を訪れるが、なかなか話を理解してもらえない。
 一方で普通の人には鈴に見えないお友達ができた、と噂されるようになった。

QB「――そういうわけで、魔女は絶望を人々に振り撒く。それを倒すのが君達魔法少女の役目なんだ」

鈴「うー・・・?」

QB「えーっと、つまり人を食べる恐ーい怪獣が居るんだ。それと鈴は戦うのさ」

鈴「やだ!」

QB「そうか・・・。なら仕方ない、僕も強制はできないからね。他の子を探すとするよ」
QB「さようなら、鈴」

 鈴、意味は理解できずとも何かを察したのか。
 キュゥべえの居る窓へと駆け寄る。

鈴「キュゥべえ・・・またねー!」

QB「いや、だから・・・うん。またね、鈴」


 その後、キュゥべえは自分から鈴の前に現れることはなかったが、
 相変わらず鈴と一緒にいることが多かった。
 インキュベーダーは呼ばれたのなら応じなければならないのだ。

QB「鈴、そろそろ契約を決意してくれる気にならないのかい?」

鈴「んー、まだ♪」

QB「やれやれ、困ったな。叶えたい願いは無いのかい?」

鈴「うー・・・?」

QB「うーん、弱ったね・・・。これが僕達の最大の売りなんだけど」
QB「・・・そうだ。鈴、なにか欲しい物は無いかい? いくらでも出してあげるよ」

鈴「欲しいもの?」

QB「そう、欲しいもの。なんだって構わないよ。君ならなんだって出すことができる」

鈴「ん~。キラキラぴかぴか、好き! もっとほしい!」

QB「それが君の願いなんだね?」

鈴「うん!」

 キュゥべえは鈴に確認を取ると、鈴の身体は光に包まれる。

QB「契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した。受け取るといい、それが君の運命だ」

 やがて鈴の胸から、魂の宝玉が産み落とされ、鈴の小さな手の平に収まった。


 その日から、鈴の病室や養護教室は正体不明の発光体の出現に大騒ぎするようになった。
 しかし当の鈴は無邪気に喜ぶだけで、その日も相変わらずキュゥべえと一緒に遊んでいた。

QB「鈴、そろそろまずいよ。魔力を使いすぎだ。早く魔女を倒してソウルジェムの穢れをグリーフシードに移さないと、鈴は魔法を使えなくなってしまう!」

鈴「?」

QB「弱ったな・・・。えーっと、それじゃあまずソウルジェムを実体化させるんだ」

鈴「キュゥべえ!」

 鈴は相変わらず話を聞かず、キュゥべえの耳を引っ張っている。

QB「鈴、お願いだから話を聞いてよ」

鈴「キュゥべえー♪」

 鈴はキュウべえを抱き寄せ、頬ずりをした。
 初めて会ったあの時よりもずいぶん優しい抱き方だった。


 そして、鈴の限界はとうとう訪れた。
 発光体のせいで、誰も近寄らなくなった鈴の病室にて。
 鈴は壁に背を当て、糸の切れた人形のようにうなだれていた。

 手に持った橙色のソウルジェムはすっかり黒ずんで、やがてチラチラとした影がソウルジェムを覆い尽くそうとしていた。

QB「鈴、残念だけどお別れだ。君のソウルジェムは限界を迎えている」

鈴「・・・?」

QB「短い間だけど楽しかったよ」

鈴「キュゥ・・・べえ・・・」

QB「なんだい?」

鈴「ばいばい・・・」

QB「・・・うん。さようなら、鈴」

 やがて辺り一面が歪み、周囲の物体を取り込んだ結界が現れた。
 魔女は星を散りばめたように輝く水の中を、悠々と泳いでいる。



――satisfiede



QB「どうだったかな? 野唄 鈴の報告についてはこれで終了だよ」

QB「彼女に限らず・・・一度も魔女を倒せないまま魔女化してしまう魔法少女は少なくない」

QB「野唄 鈴の最後が恵まれている方だったかどうかは、僕達インキュベーダーには計れないしね」

QB「さて、僕はそろそろ退散するよ。次の書き手さんが来ることを祈っている」


――Specal Thanks
『オリジナル魔法少女設定を書いて、次レスで魔女化させるスレ』
>>781
>>782
他、書き手の皆様

ts

お詫びの現状報告……

SSの続きを書きためる

あれ? なんでPC起動しないの?

『機械的なトラブルでHDが破損』
orz

HD換えたけど、バックアップ何回やってもデータ復旧しないね?
莫大なSSのテキストデータどこいったのかな? かな?
放出予定だったテキストデータどこいったの?
二人目の魔法少女まで書いたデータなんで死んでしまうん?

だったら死ぬしかないじゃない

魔女になりかける←いまここ

HD換えるまでこのSSの進行具合が不安だったけど、何やら代理が出てきてくれた模様……安心しました。
いくらトラブルに巻き込まれてたとしても、この長期間の放置は重罪。
この場を借りて謝りたいと思います、申し訳ございません。
PC復旧した直後現実逃避でほかのSS書いてたのも謝ります。すいませんすいませんすいません。


QB「おや、また僕の所に来たのかい?」

QB「他のインキュベーダーがまだ準備ができてない? 魔法少女の勧誘で手が空かない? なるほど、それじゃあ仕方ないね」

QB「さぁ、くじを引いてごらん。・・・No881かぁ。うーんこの子は・・・」

QB「いや、彼女自体はなんでもない魔法少女だったはずなんだけれど、担当する地区が僕とはかなり離れてるからね」

QB「ちょっと待ってて、今担当地区近辺の個体から情報をダウンロードするから」

QB「・・・お待たせ、それじゃあ語ろう。街のために生きた魔法少女、サラッサ・ホワイトの物語を」





      ―――灰色の街―――




「はぁ・・・、今日もパンを買うお客さんより万引きの方が多かった」

 私は粉だらけのエプロンを払うと、一着だけの普段着に着替えた。

 ここは貧民街、銃が無ければ近所のスーパーにも行けない街。

 遠くで銃声が聞こえた。
 最近自殺者や変死事件が急増しているらしいから物騒だな。
 ・・・まぁ危ないのは今に始まったことじゃないけど。

 ベッドに腰掛け、シミだらけの天井をぼんやりと眺める。

 どうして私達はこんなに貧しいんだろう・・・?
 下の階でお父さんとお母さんが言い争いをしている。
 平和な場所ってどんな所なんだろう、そこの人達ってみんな優しいのかな。

 学校ってどんな所なのかな、行ってみたいな・・・。

 羨望の思いがどんどん溢れてきて、泣きそうになってくる。


 コツンコツン、と何かが窓を叩く音がした。
 窓を開けてみると・・・。

「サラ!!」
「・・・アッシュ!!」

 彼はアッシュ、靴磨きの幼馴染。
 彼は煤だらけの顔で笑い、家の軒下で手を振っていた。

「降りて来てよ、すげぇことやってるからさ」
「う、うんっ!」

 私は戸棚を開けて、中に入っているものを取ると。
 大慌てで、階段を下りて行った。



「なにここ・・・」
「ダンスパーティーだってさ」

 そこは街から少し出た所にある廃ビルの中で、床に置かれたラジカセからガンガンと喧しい音楽が響いていた。
 派手な身なりをしたチーマーやいい歳をした大人までひしめき合って、狂ったように踊りまわっている。
 それはパーティーなんて呼べるものほど上等なものじゃなくて。
 勝手に集まった人達が勝手に馬鹿騒ぎしているだけに見えた。

「ほら、サラも一緒に!」
「私踊れないよ!」
「いいのいいの。こんなのてきとーてきとー!」

 アッシュは私の手を引っ張って、集団の中に飛び込んだ。
 私は引っ張られるがままに、朝方まで不格好なワルツをアッシュと踊り明かすことになった。


「いやー、楽しかったねー」
「もう足が棒みたいだよぉ」

 時刻は午前5時半、太陽はまだ覗かないが橙色の光が煤けた街を照らし出している。
 朝方は、大抵の奴等はおとなしく寝床に帰るけれど・・・たまにまだ居るんだ。

 こういうのが。

「・・・」
「!!」

 太い腕が私の服を掴んだ。
 周囲には家もあるのに、そんなのお構いなしで私を裏路地に引っ張り込もうとする。

「・・・っの!」

 私はズボンから拳銃を引き抜いて、汚い身なりの男に突きつける。
 大抵はこれで諦める、けれど・・・。

「!!」
「えっ・・・!?」

 男は一瞬で私の拳銃を掴んで逸らしてしまった。
 撃とうとしても、銃身が握られているのでトリガーが引けない。
 裏路地からゾロゾロと男達が出てきて私の身体を掴んでくる。

 それぞれが皆、拳銃やナイフを手に持っていた。

「い、嫌だ・・・! 助け・・・」


 発砲音が響いた。

「おい、やめろよ。俺の女だぜ」

 アッシュが細い煙の上る拳銃を構えていた。
 相手は数も武器も上、体も大きい。
 ・・・けれど。

「・・・」

 驚くほどあっさり、男達は私から手を離した。
 スラムでは諦めが肝心、下手に横着したならそれが命取りになる。

 そのまま私達は二人で、速足で帰路についた。
 途中で一言も言葉を交わさなかったが、私の家に着いた途端。
 アッシュが堰を切ったように声を上げて、座り込んだ。

「ああーーーーーー! さっきはビビったぁあああああああああ!!」
「・・・うん」

 アッシュは頭をガシガシ掻きながら、上目で語りかけてくる。

「ゴメンな、サラ。まさかあんなことになるなんて」
「ううん、いいよ。ほら、私は無事だったんだし・・・それに」
「ははは、そーだな。じゃーな、また明日っ!」
「あ・・・、うん。またねー」

 アッシュはピョコンと立ち上がると、手を振りながら朝焼けの中に消えていった。



「ふぁ・・・眠ぃ・・・」

 朝帰りだったけれど、今日も変わらず手伝いと店番をやらされる。
 やっぱり今日もお客さんは少ない。

「ふぅ・・・、つまんないなー」
「お困りのようだね」
「!! いらしゃいま・・・アレ?」

 私以外誰も居ないはずの店内から声がした。
 けれども店の中を見渡しても誰も居ない。

「聞き間違いかな・・・」
「ここだよ、サラッサ」
「・・・? あ、猫ちゃんだ」

 白くて耳の長い猫が店の中央にチョコンと座っていた。
 偶に橋の下なんかで見かける猫なんかと比べると、驚くほど毛並みが綺麗だ。

「街の外から迷い込んできたのかな・・・?」

 私はその猫を抱き上げると、またさっきの声が聞こえる。

「はじめまして、僕の名前はキュゥべえ」
「!! この猫喋るんだ・・・!」

 私は猫については何にも知らないけれど、きっと喋る猫は相当珍しいに違いない。

「いくらで売れるかな・・・?」
「いや、売らないでよ」


「魔法少女・・・ねぇ」

 キュゥべえと名乗った猫はとても不思議な存在だった。
 他のお客さんが来ても見えなかったし、なにより話す内容は夢のようだった。

「どうかな、サラッサ。君にとっても魅力的な話だと思うんだけど」
「・・・」

 それでも私は心の中で身構えていた。
 甘い話には裏がある、私は慎重にキュゥべえに語りかける。

「魔女と戦うのって・・・、やっぱり危険なの?」
「危険だね。この街を守っていた魔法少女は死んでしまったし」

 やっぱり。
 私は心の中でため息をついた。
 願いを叶えたとしても、私の望む生活とは程遠い・・・もしかしたら今よりもっと酷いのかもしれない。
 それに・・・私はこの街が好きじゃない。
 命を懸けて戦ってまで、守りたいとも思えない・・・。

 それでも。
 叶えたい願いは、沢山ある。

 学校へ行きたい
 綺麗なお洋服が欲しい
 大きな家に住みたい
 広い庭を走り回りたい
 汚くて凶暴な野良犬なんかじゃなくて、可愛い犬を飼いたい

 沢山の願いが浮かんでは消え、次第に大きくなっていく。
 そんな私の様子に呆れたのか、キュゥべえはクルリと背を向けた。

「やれやれ、わかったよサラッサ。戦いの運命を受け入れてまで叶えたい願いが見つかったら呼んでくれ」
「あ、ま・・・待って!!」
「僕はいつでも待っているからね」

 そういうとキュゥべえは割れた窓から飛び出して行ってしまった。
 ・・・私はもしかして、とても大きなチャンスを逃してしまったんじゃないか?
 そう考えると、フツフツと後悔の念が湧き上がってくる。

「キュゥべえ・・・キュゥべえ!!」
「なんだい、サラッサ」

 キュゥべえはひょっこりと窓から顔を出した。


 あれからずっと、私は答えを出しかねていた。
 一つの願いに決めようとすると、すぐにまた別の願いが浮かんでくるのだ。

「どーしたんだー、サラー。さっきからずっと元気ないぞ?」

 隣に座っていたアッシュが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

「・・・ねぇ、アッシュ。もし神様が願いを1つだけ叶えてくれるとしたら、なにをお願いする?」
「え? えーっと、そーだなー・・・」

 アッシュが腕を組んで真剣に悩み始める。

「旨いもの腹いっぱい食うかなー? あー、でもテレビも欲しいなぁ・・・」

 思わず吹き出しそうになる。
 私の下らない願いとほとんど大差がない。

「あー・・・でもやっぱり、”この街を豊かにしてください”ってお願いするかな」
「えっ。ど、どうして・・・! たった一回だけのチャンスなんだよ!?」

 意外だった。
 アッシュは私と同じように、この街が嫌いだとばかり思っていたのに。

「んー、まぁ確かにクソッタレな所だけどさー。ここには俺のダチも・・・サラも居るし。
 そんな中で俺だけ幸せになってもあんまり楽しくなさそうだからなー」

 アッシュは頭を掻きながら、照れくさそうに語っていた。

「って、なんで俺はこんな話にマジになってんだろ」
「・・・ねぇ、アッシュ」

 願い事は・・・決まった。
 私の願いはこんなに身近にあった。

「叶うよ、その願い」


 その日から、私は魔法少女になった。
 今、私は木の板で作られたような、仕掛けだらけの魔女結界に居る。

「気を付けて、魔女に気付かれた!!」
「!!」

 突如、私の足元の床がクルリとひっくり返って私とキュゥべえを下の階層へと吐き出す。
 私は逆さまに落下する中で、結界の奥に潜む魔女と使い魔を目に捉えた。

 四つん這いで醜く太った魔女は私を確認すると、急に怒り狂って舌を伸ばしてきた。

「ふっ!」

 私は魔力で足場を作り、それを蹴って飛んできた舌を避ける。

「残念ね、私は魔法少女。デートの相手と間違えたのかな?」

 魔女に乗った使い魔が四角いナイフのような物を投げつけてくるが、私はそれを撃ち落とす。
 これが私の魔法少女としての武器、やっぱり拳銃が一番しっくりくる。

 魔女は飛び跳ねて、私を押しつぶそうとしてきたが。
 私はバックステップで避けながら、拳銃を構える。

「ファーストファイア」

 拳銃が火を噴き、ありったけの弾丸を魔女と使い魔に叩き込む。
 やがて空撃ちの音が鳴り、魔女がよろめきながら地面に着地した。

 小さな弾丸。人間と違って、いくら撃ち込んでも大抵の魔女は堪えはしない。
 けれども、これならどう?

「セカンドファイア」

 空の弾倉を落とすと同時に、魔女と使い魔の中の弾丸が火を噴いた。
 魔女はあれよあれよという間に炎上し、炎を纏って倒れた。

「お見事だね、サラッサ」
「・・・ずいぶん燃えやすい魔女だったね」

 結界が解けていく。
 キュゥべえがグリーフシードを咥えて、私の足元に歩み寄って来た。


 私の願いで、街が賑やかで平和になった。
 この街の近くに大規模な武器工場ができるらしく、大勢の人間がそこで仕事に就いたためだ。

 あれから私の家のお店はかなり忙しくなった。
 相変わらず私は学校へは行けてないし、綺麗なお洋服も買ってもらえてないし、
 家は汚くて庭もなく、犬も飼えてはいない。

 それでも、私は少しだけ綺麗になったこの街のことが好きになっていた。
 そして・・・。

「おーい、サラー!」
「アッシュ! ゴメン、お母さん! 私ちょっと出かけてくる!!」

 街の治安が良くなったのでアッシュが毎日訪れるようになった。


「最近どう?」
「いやー、どーもこうも忙しすぎて指がすり減ってなくなっちゃいそうだよ」

 アッシュが笑いながらそんな冗談を飛ばしている、が。
 すぐに真剣な表情になって私の方を見る。

「お前こそどうなんだ? なんか最近夜中にあぶねー場所に出向いてるって話を聞くけど・・・」

 魔女退治の事だ・・・。

「ああ・・・、まぁそれは大丈夫だよ。内容は言えないけどさ、別にヤバいことやってるわけじゃないから」
「本当か? 脅されてるわけじゃないよな」
「本当だよ、もしそうなら・・・ほら。今なら警察だって働いてるんだしそっちに相談するよ」
「そっか、なら安心した」

 アッシュは表情を緩めると、大きく伸びをして夕焼けに染まる街を見つめた。

「・・・本当にサラの言う通りになったな」
「私の?」
「ほら、いつだったか・・・1つだけ願い事が叶うとしたらーって話」
「ああ、あの時のね・・・」

 忘れるわけがない。
 なんせ、私の人生の一番大きな分岐点になった出来事なんだから。

「ねぇ、アッシュ。私が魔法使いになったって話したら・・・信じる?」
「へ?」

 アッシュは目を丸くして私の顔を覗き込むが、すぐに笑いかける。

「奇跡みたいなことがサラの言う通りになったんだ。サラが神様だって言われても信じるよ」

 きっと私が人間じゃないと知っても、アッシュは変わらず接してくれる・・・。
 そう考えると、なんだか心が温かくなった。


 結界の中。
 まるで影のような使い魔たちが参戦するわけでもなく、歓声を上げて私と魔女の戦いを見物している。

「気に入らないね・・・」

 殺し合いを娯楽のように見物して囃し立てる、まるでここは以前の街みたいだ。
 黒いローブを纏った死神のような魔女が、大鎌を振り上げ私の首を狩ろうとする。

「・・・ッ!」

 避けきれてない、斬られた。
 パックリと裂けた私の喉から息が漏れ、血が噴き出す。
 しかし・・・。

「ざ・・・ん、ねん。私は回復も得意なんだよ!」

 すぐさま喉の傷が塞がった。
 ソウルジェムさえ無事なら、魔法少女は無敵。
 なんともバケモノ染みた体になったものだ。

「ファーストファイア!」

 無数の弾丸が魔女に放たれるが、分厚いローブを纏った魔女には大して効いた様子もない。

「セカンドファイア!」

 めり込んだ弾丸が火を噴くが、魔女は勢いよく振り払うと火が途端に消えてしまう。

「耐火性・・・、ずいぶん良い物着てるね」

 魔女が再び首を狩ろうと大鎌を振りかぶる。
 銃弾は効かない、炎も効かない。だったら・・・。
 私は魔女の懐に飛び込んだ。

「ッ!!」

 振りぬかれた大鎌の柄を左手で受け止めると、骨が砕ける音がした。
 だが、ここなら分厚いローブの開けた顔の部分が良く見える。

「・・・これで、どうだ」

 ローブの空いた場所に、拳銃を持つ右手をぶち込み・・・。

「サードファイア!!」

 弾倉ごと発火させた。
 激しい炸裂音と共に爆炎が吹き上がり、魔女の頭部と私の右腕を吹き飛ばした。

「はぁ・・・はぁ・・・!」

 結界が解けていく。
 キュゥべえがグリーフシードを咥えて、近づいてくる。

「大丈夫かい、サラッサ? いくら回復魔法に特化していても無茶しすぎだよ」
「大丈夫・・・、私は大丈夫だから・・・!」

 魔法陣が展開し、吹き飛んだ右腕が再び戻ってきた。
 本当に・・・バケモノ染みた体になったものだ。


 あの戦い以来・・・、私は魔女狩りをサボることが多くなった。
 死ぬのが怖いのもそうだが、どんどん人間離れしていく自分を自覚するのが嫌になった。

 そのしわ寄せは、突然やってきた。

 街が騒々しい。
 なんでも工場で働いている奴等が大量の拳銃を横領しようとしたのがバレたらしい。
 警察も集まり、銃撃戦にもなっているようだ。

「マズいよ、サラッサ! 今事件を起こしている犯人達は魔女の口づけを受けている!」
「なん、だって・・・!」

 どうしよう・・・、もし怪我人や死人が出たら・・・。


 私のせい・・・?


「くっ!」

 私は魔法少女の姿に変身し、工場へと駆け出した。
 誰かに見られるのも気にせずに。


 誘導している警察の横を潜り抜け、私は現場へと飛び込んだ。
 激しい怒声と、銃声が聞こえる・・・。

「早く・・・、魔女を見つけないと・・・!」
「誰だぁ!?」

 声の方を振り向くと、目がイってる人間数人が銃を構えて現れる。
 関係ない、そんなもので私は殺せない。

「サラ!!」
「!?」

 アッシュ・・・!?
 そんな、なんで・・・。

「お前、何やってんだよ! まさかと思って行ってみたらやっぱり首突っ込んで!!」
「だ、ダメ・・・来ちゃダメ、来ないで・・・」
「逃げるぞ――

 アッシュが私の手を掴んだ時、激しい銃声が聞こえた。


「あ、あ・・・」

 景色が歪んでいく。
 返り血と私の流した血で、真っ赤に染まった私は魔女の結界に取り込まれた。

 夜空の草原に、一本の大樹が生えた結界だった。
 樹の上の巣箱のような場所から、魔女が顔を覗かせている。

「ぉ、まえ、か・・・」

 私は拳銃を出現させると、魔女に向かって咆哮した。

「お前かぁあああああああああああああああああああああ!!」




――どんな希望も、それが条理にそぐわないものである限り、必ず何らかの歪みを生み出すことになる




 魔女にどうやって勝ったかは、覚えていない。
 ただ、結界が解けたら肉の塊になったアッシュが横に転がっていた。

 私は目の前が真っ赤になる。
 魔女の口づけが解けて、気を失った男達の元に近づいた。

「死ね」

 倒れている男達に銃弾を撃ち込む。
 誰のおかげで豊かになれたと思っている、誰のおかげでまともな生活ができるようになったと思っている。
 このクズ共め。ゴミ共め。汚い街のゴキブリ共め。
 撃つたびにクレーターができて、血が噴き出していく様は見ていて愉しい。

「あは、あはははははははははっ!」

 銃声が連続し、男達がアッシュと変わらぬ肉の塊になる。

「セカンドファイア」

 男達の肉体が燃える。
 これで証拠は残らない・・・だったら。


 もっと遊んでいいよね?




――その後、銃器横領・立て籠もり事件は武器工場全焼事件へと変化し。
   さらにスラム街でも同時刻に、大火災が発生することとなった。
   この二つの事件の関連性はニュースでは不明とされ、事件の真相を知る人間は居ない。



QB「どうだったかな、サラッサの話はこれで終了だよ」

QB「自らの祈りに裏切られ、絶望する。魔法少女が魔女になるパターンでは一番多いケースだね」

QB「それにしても担当地区外の魔法少女の番号がくじ箱入ってたのは驚いたよ。もしかしたらあと何個か入っているかもね」

QB「さて、ご拝聴ありがとう。次の準備もできたみたいだし今度こそ僕は帰るよ」

QB「それじゃあね、短い間だったけど僕も楽しかったよ」


――Specal Thanks
『オリジナル魔法少女設定を書いて、次レスで魔女化させるスレ』


QB「やあ、久しぶりだね。QBcucumber号だ。次は僕が引き継ごう」

QB「……」

QB「前回は雨の魔法少女の担当をさせてもらった」

QB「……………」

QB「今回も、くじ引きで…報告を……
    ……………………」

QB「なんだいその目は」

QB「かわいそうとでも思ってくれているのかい? 残念だが僕らはかわいそうと思われる必要もないし、されたところで見てくれの感謝の言葉しか返せない」

QB「なに? そのわりに僕の様子がおかしいって?」

QB「仕方ないじゃないか、僕はオ、ゴッ…う…ッくふ、ゲホンゲホッ、カッ、……ふう……」

QB「……。……ちょっと。勝手にSon値を上げないでくれよ。少し咳き込んだだけじゃないか」

QB「人間っていうのは……本当に、わけがわからないよ……」

QB「想像次第で、あらゆることを成し遂げてしまう」



QB「話が脱線したね」

QB「それではいつも通り、このクジを引くのは君たちなんだけ…ど……」

QB「えっと、なぜ僕の手をツンツンしているんだい? …ふーん…『どちらにしようかな』、か。覚えておくよ」

QB「え、この緑色のシュシュは何だって? 前回もつけてただろう? 気が付かなかったかい?」

QB「ふむ…これは改善すべきかもしれないね。何の話かって? 僕とてマスコットキャラクターとして映えるように、可愛くなるため色々努力しているんだ」

QB「…似合うかな?」

QB「どうして黙ってクジを引き始めるんだい…データが取れないじゃないか」

QB「……まあ、いいや。そのクジを早く見せてくれよ、ホラ」

QB「…! これはいいものを引いたね。No.568。久恵明子。君たちもまあ、少しは、いい勘をしているみたいだ」

QB「"現代の文科系魔法少女三銃士"の一角。彼女が愛した芸術は、映像――Movie」

QB「彼女のことを語るのに、ちょうどいい資料がある。君たちは知らないと思うが、彼女には妹がいた。魔法少女の道を選択しなかった、小説家として生き抜いた妹がね」

QB「彼女は姉が行方知れずになったあと、一つ原稿を書き上げている。姉の『魔法少女として』の伝記だ。彼女自身の経験から、久恵明子の人生を追っている」

QB「先ほど、僕は『人間は想像次第であらゆることを成し遂げてしまう』と言ったね?」
QB「久恵明子という人間は、それを体現したかのような存在だ」

QB「彼女はとある未来を思い描いた。己が監督となる姿を――名監督になる姿を――己の作品が世に認められ――最高峰に登り詰める光景を――そして、その全てを」

  ・・・・・・・ ・・
QB「己の魂を賭けて、実現した」


QB「この世界的に言えば、ソウルジェムを、だね。そしてまあ困ったことに、契約の際に要求したのは、初歩の段階。あとは全て、彼女の実力なんだよ」

QB「人間の感情のエネルギーとは、かくも恐ろしい」



QB「…今度は喋りすぎてしまったようだねじゃあそろそろ始めようか」

QB「少し長いから、まずは前半から行こうか」

QB「久恵明子が魔法少女になったあらましと、彼女が映画に賭ける信念の強さについてのお話だ」


 この物語は――

 覚悟と、理想と、真実と、
 親愛と、敬愛と、嫉妬。

あと、サンドイッチとカップ麺で出来ている。




QB「ところで君Son値がどんどん上がっているが大丈夫かいああちょっと待って落ち着いて少し距離を置いていいかなってそう言っているのになんで近づいてくるのかな全くわけがわからないよその顔をやめてくれないかな僕にだってそれが悪意を持った表情だということはわかるやめてくれよやむを得ない状況に陥れば君のSan値を下げることだっていとわないんだがだからつまり出来ればそう言う手段は取りたくないんだけど聞いているのか全く君はしょうがないねだからその手をこちらに伸ば」


 ~ 通信はここで一旦途切れている ~






  ~ あきことみちこ ~









・久恵 明子(クエ アキコ)

天才女映画監督。
「21世紀の女タランティーノ」の名を欲しいままにし、3作目の「フリーダム」にて早くもアカデミー賞を受賞する。
その後も「魔法少女と魔女 その戦い」や「水の砲弾」、「ソウルジェムなんかいらない!」「グリーフシードを盗んだ女」「ワルプルギスの夜vs魔法少女明海」などの魔法少女シリーズで一躍有名になる。

現在、行方不明。



・久恵 道子(クエ ミチコ)

久恵明子の妹。彼女専属の脚本家として働く傍ら、小説家としても活躍する。
姉が企画したものの着手に至らなかった作品を「魔法少女の純情」シリーズとして再企画し、大ヒットさせている。





この文章を見てるのは帝克? めあ? お母さん? まさか姉さん? それとも、誰? もしかして、ヴィちゃんだったりして。
まあ、誰でもいいや。でも、一つ、まず言っておくべきことがある。約束してほしいことがある。

あたしが死んだら、あたしがいなくなったら、この本を遺作として書籍化してほしいんだ。
一番始めから一番最後まで包み隠さず。編集なんかせず、原文ママで。

これはあたしの遺書みたいな物だ。まあこれを書いているのは23の時なんだけど。

でも人間、いつ死ぬかわからない。死ぬのなんて、カップラーメンを作るよか簡単だ。あたしはカップラーメンは好きだけど、正直、蓋をはがして粉と加薬を入れてお湯注いで3分待ってかき混ぜるだけの簡単なお仕事が面倒くさい。
死ぬのが難しいのは、抵抗するすべを知っているからだ。

話がそれたから、戻そう。
そもそもこれを書くに至った経緯を話そう。

あたしたちは、皆に謝らなくちゃならないことがある。



ごめんなさい。嘘ついてました。
あたしたちはノンフィクション作家です。


あたしが書く物語は、誰かから人づてに聞いたリアル。
詳しい台詞はあたしの想像だし、あたしが考えついた話もある。けれど、あたしが聞いた話を小説として纏めている物もたくさんある。

みんなを騙した。だから、ごめんなさい。許してなんて言わないけれど、せめてこれは伝えるべきだと思ったの。

みんなはこの話を聞いてどう思う? 信じる? 信じない?
あたしとしてはどちらでもいい。あたしはあたしの真実として、このことを胸に留めておくだけだから。


最期にあたしは、あたしたちの物語を綴ろう。あたしが知る限り一番の天才で天災の物語を。



「キタコレーーーーーーーーーー!!」

「黙れお前ーーーーーーーーーー!!」


あたしの姉さんは一言でいうと、アホだ。
くえあきこさんじゅうはっさい。AO入試で何でスルッと通ったのかさっぱり理由がわからない。考え方が弾けている。
しかも一度会った人間に一年立っても覚えられているくらい個性的だ。
アホとバカは紙一重。

今も彼女は大好物の映画鑑賞をしながら奇声をあげている。テスト前だから、お願いだから黙ってほしい。


「だって叫ばないわけがないじゃーんッ!! きたよ? キタコレよ? 見てこのオーールランドゥくぅぅ~~ん!! ここで来るとかマジ空気読んでるわファン大歓喜だわキタ! キタ! ちょっマジヤベィヤベェィ敵大☆粉☆砕カメラナイスドヤァブラボォォォォウ!! ヘイジュ~~ゥゥンンド!!」

「帰る」


これはひどい。
もう自室に帰ろう。自室にもクーラーはある。

それに姉さんのサンドイッチは無駄においしそうだから、見ていたら間違いなく肥える。


「行くのー? えー息抜きだって必要だぜー、なあなあなあなー」
「…ほんと、姉さんは。気楽でいいわッ」


そうやって勉強道具をまとめていると、突然姉さんが立ち上がって食器棚を漁り始めた。
そして皿にサンドイッチをいくつか乗せると、キリッとした目で、無理やりそれをあたしに押し付けてきた。


「いんない」


即答した。


「持ってけ。勉強するならブドゥ糖は必須だぞ」


これも即答だった。
苺サンド(クリームなし)ときゅうりサンドが、あたしの心を揺らす。


「…大きなお世話だ」


サンドイッチをひったくるように受け取るあたしの何て情けないこと。

姉さんはニヤニヤ笑いながら自分の仕事に戻る。今は姉さんの大好きなシーンのはずなのに、わざわざあたしのために時間を割いて、もう、これだから完璧に嫌えないのだ。

あくびを一つして、部屋を出た。





そしてあたしは中間の後、1Kg太った。
祝ってやる。



姉さんの夢は映画監督だ。大学でもそのための勉強をしている。
そこで姉さんは結構な好成績を上げているらしい。


「聞いて聞いて! アタシ文化祭のコンテストで優勝しちゃった! もうなかなかばりばりうまうまですぜよー!」

「はいはいもぎもぎおめおめ」


パン屑をこぼしながらきゃっきゃと喜ぶ姉を適当に流し、日本史の復唱に戻る。何故彼女が優勝できるのかが理解出来ない。


「ローリー監督さんともお話できちゃってよー、期待の新人って言われてあーんもォう!」

「はいはいお世辞お世辞」

「むぐぐご、そんなことないはずなのにー…」



もうテスト3週間前だから、根気を入れなければならない。

そろそろ10時だ、小腹が減ってきた。


「姉さん、どん兵衛入れてきてよ。騒いでる暇があるならさーあ」

「そんなインスタントネーチャンは許しません! さあきゅうりサンドをつまむんだ!」


だが姉さんは、あたしのインスタント食を好まないらしい。あの手軽なおいしさがわからないのだろうか。面倒くさがりのあたしの唯一の得意料理なんだけど。


「やーだ。今はあの味が食べたい」

「こいつめ、すっかり化学調味料に毒されたな! 矯正してくれるゥ! シャッキーン!!」

「あぁーもうちょっとは働け!レポートはどうした!」

「働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!」


姉さんといると、いつの間にかピーギャー騒ぐことになってしまう。それにあたしが突っ込み役、損な役回り。


「監督になりたいんでしょうが! ニートになったら拒否るぞ!」


そう喝を入れると、あっという間に姉さんはしおれてしまった。シスコンだから、こういう台詞には弱い。

「なるもん。なるだけの実力はあるもん」

「……」


部屋のすみからぬいぐるみ(15個はある)を一つ持ってきて、胸に抱いて転がる。


「か、か、かか…

  か、」

「始めまして、僕は」

「――かかかかかわいいぃーーッ!!」


「……」

「むぎゅう」


ねえさんのばかやろう、と叫びたかった。人並みのリアクションを取ったと思ったらこれだった。


「いやはや…こんな無茶苦茶な歓迎を受けたのは久しぶりだよ」


そう可愛らしい少年の声で言う人形の体は抱き締められてへちゃむくれている。


「僕の名前はキュゥべぇ。きみたちの願いを叶えに来たんだ!」
「かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい」

「…聞いてないな」

「姉さんのバカ」


泣きたくなった。目も当てられない。
どこの世界に怪奇現象にかわいいと言って抱き着く人間がああここにいた。


「で、あの、キュゥべぇさん。願いを叶えるってどういうこと?」


白くて動いて喋るかわいいぬいぐるみに夢中になっている姉さんの代わりに、あたしが質問する。


「僕たちはね、魔法少女の資質を持つ女の子を探しているんだ。僕と契約を結ぶことで、女の子はこの世にはびこる悪を倒すための力を得ることができるんだ」


「メニィマニィが足りないだけッ! 会社と人員さえあればすぐ名監督」

「その願い、僕が叶えてあげよう!」





「ぎ」



「ほんぎゃーーーーーーーーーーーッ!!」

「きゃーーーーーーーーーーーーーッ!!」


…この時は本当に叫んだ。
この白い人形が、皆さんご存じのキュゥべぇであることは、想像に難くないだろう。

姉さんは今まで抱いていて、今人語を放った人形を、迷いなく天井に叩きつけた。


「!!!!!」

「か、か、かッか、かか、かかか、か」

叩きつけられた人形はべしょっと地面に落ちた。だがそれはもぞもぞと動くと、「やれやれ」と呟いて、青ざめるあたしたちの前に行儀よく座る。

動いている。喋っている。化け物だ。逃げないと――


「かわいいかわいいかわいい」

「…ほうほう」


つまり、キュゥべぇはキャンディやミップルみたいな存在、なのだろうか。多分少し違うと思うけれど。


「もちろん厳しい闘いになるから、ただでとは言わない。何でも願いを叶えてあげるよ」

「かわいいたべたいもふりたいずっとそばにいたいかわいいかわいいはだざわりかわいいかわいいかわいい」

「……」

「……」


あたしはキュゥべぇをむしり取った。

「話が進まない。そこに直れ」

「ううー…返してー」

「ちゃんと話聞くなら返してあげる」


キュゥべぇを笑って掲げると、「むぎゅ…」と大人しくなった。


「明子、道子、どうしたの?」

「あ、お母さん…何でもないよ」

「あらかわいいぬいぐるみ。それじゃ」


ぶら下げられているキュゥべぇがもがいたので、あたしは膝の上に下ろしてやる。
キュゥべぇは膝の上にちょこんと座ると、魔法少女についての説明を始めた。
そして数分後、


「つまりキュゥべぇと契約すると魔法少女として魔女と戦わなきゃならない代わりに願いが一つ叶うのか!」

「っていうか、姉さんって少女って年?」


資質のある人間にしかキュゥべぇは見えないというから適齢ではあるようだが。


「キュゥべぇ、本当に? どんな願いでも叶えられる?」

「もちろんだよ。まあ、魔法少女として支障が出るような願いは…さすがにないけどね」

「ちょっと姉さん。まさか名監督になりたいとかはないでしょうね」


それにあたしはこの時点でキュゥべぇを怪しんでいた。
姉さんはというと、あたしを睨み付ける。


「アタシがそんな自分に満足いかない願い事するわけないじゃん。そりゃああれだよ? 神頼みとかだったらそう言うけど、確実に"叶う"って言われて、大真面目にそんなこと頼むほどバカじゃない。努力せずに手に入れたものがどれだけ虚しいかわかる?」

「今から頼ろうとしてるじゃん」


珍しく質のあることを言う饒舌な姉さんにあたしは辛辣な言葉を吐く。


「チャンスを掴み損ねて、後悔することがどれだけあると思う? やれるだけの実力があると信じているのに、試せないもどかしさは? 悔しさを知っている?」


けれど、――姉さんがこれだけ返してくるとは思わなかった。普段とのギャップに恐ろしいとさえ感じた。

あとの話だけど、姉さんのインタビューであたしは初めて、姉さんが言葉通りの不満を抱いていたことを知った。


「アタシはチャンスから逃げるほどバカじゃない――バカになりたくない!」

「もう、バカじゃん…」


まごついたあたしは思わず、そうこぼしてしまう。姉さんは顔を真っ赤にして、拳を強く握り締めた。





(おかしいな。明子のエントロピーが、何故か上がっているよ。――バカに出来ないレベルで)


「高校生――が――の…この、ハアッ、」


その拳を姉さんはキュゥべぇの尻尾に叩きつけた。そしていくつか深呼吸してあたしに問う。


「…、契約する?」


契約しない、とあたしは答えた。契約する、と姉さんは答えた。ハムサンドをもぐもぐ咀嚼しながら、姉さんは言う。


「あたしはこっちの道から夢を追うから、道子は別の道からこっちに来いよ。一緒にしようぜ、芸術家。小説家、なりたいんでしょ?」

「…、なぜそれを」


その時あたしはかなり狼狽した。ロマンな姉さんに、こんなファンタジックな夢を知られたくなかったからだ。


「いもーとの幸せを願って何が悪い。知ってるもん、道子、どうしてもそっち行きたいから勉強無我夢中でやってるんでしょ」

「……」

「そんな顔しないでよ。二人で成功したら、一緒にカップヌードル食おうぜ」


そう笑って、姉さんは最後に、あたしにカッコ良く譲歩した。なんて立派な人なんだろう、あたしが小物に見えた。
姉さんは、誇りだ。バカで天災で、天才の映画狂だ。

うつむいたけれど、頬が緩んでしまって必死に口許を引き締めた。
「道子がデレたぜー!」って髪をかき混ぜられて、やっぱりコイツはしまらないって思った。



「さあキュゥべぇ。アタシを最強の映画監督"の弟子"にしてよ!!」



姉さんみたいな閃光が迸った。
この時の光景を、あたしは死んでも忘れないだろう。



――それから1年、
あたしが姉さんと、まともな形で話すことはなかった。


あの日姉さんは、キラッキラした笑顔で、ジョン・ウェインみたいなカウガール姿でキュゥべぇと一緒に窓から飛び出していって、あたしはずっと待っていたけれど、帰ってこなかった。

本当に、いつも何かしていた。
家にいないことはしょっちゅうだった。

たまに見かける姉さんは、餓えた獣みたいな目をしていて、バカみたいに笑わなくなった。

少なからずキュゥべぇを恨んだ。

どんなにがんばっても、姉さんのサンドイッチが作れなかった。試行錯誤の痕が山になるくらい積み上がった。


「……、ばかみたい」


姉さんがいない方が確かに勉強ははかどった。けれど体重は1Kg減った。
呪ってやる。



目にいっぱい涙を溜めた姉さんに突撃された。
センター入試も間近に迫った頃、きつねうどん兵衛か天ぷらどん兵衛かを迷っていたところだった。


「いっ!?」


きつねうどん兵衛がカコンッと床に落ちる。

久しぶりに見た姉さんの顔はとても逼迫していた。お湯を注いでいたら、危ないところだっただろう。


「……ッ」

「……」


カウボーイハットの下で姉さんはぼろぼろ涙を流していた。
抱き着く力が全くこもっていなかったから、多分疲れていたのだろう。


「…みちこのおうどんたべたい」


やがて姉さんはみじめな声でそう言った。


「今忙しいんだけど」

「アタシもいそがしい」


ハアッとため息をついて尋ねると、姉さんは疲れた、そしたら急にあたしに会いたくなって、それからどん兵衛が食べたくなった、だから会いに来た、と実に曖昧に説明した。

お湯が沸いたので、きつねを拾って両方の蓋をはがす。


「どっちがいい?」

「天ぷら…」

「アンフェア」

「?」

「ふこうへい」


わかっていないようなので、あたしはしゅーしゅー鳴くやかんを片手にパンを入れるバスケットを指差した。


「?」

「あたしはきゅうりがいい」


このバカ姉貴には、いちいち説明しないとわからないようだ。



「ウソみたいなホントの話。で、ホントみたいなウソの話」


そう姉さんは切り出した。
食事を始めたら、やっと姉さんは元気になった。やっぱり食事というのは大事だ。


「アタシさ、今まで撮りたいよーに撮ってたんだ。ちまちまっと。たまにどんっと。しかしさー、今までのは正直、ぬるかったかもって思って。もうこーなったらガチでやっちゃうしかないでしょ!」

「んで監督に秘密で始めたと」


あたしがサンドイッチをぱくつき、姉さんはどん兵衛をすする逆の風景。


「ずる…んでさ。これが結構重圧だったわけよ。すっごい難しくて。死ぬかと思ったもん、アタシもだけどみんなが」


うひやー、難しー、と姉さんはぼやいた。


「しかもこれ、まだ準備段階だし…もう辛い辛い辛い、って思ってたらさ。こう、足りなくなって」


そして最後に、ダシで汚れた顔でニタッと笑う。


「…良かったあ。元気出せて。これでも気分オチてたら、人間やめるトコだった」

「何そのやめてほしい冗談」

「つーか、うンまっ」

インスタントなめてた、と姉さんはふやけた天ぷらをかじる。


「あ、そうだ」

「おいこら」


姉さんがきゅうりサンドを素早くかっさらい、いたずらっぽく笑うと言った。



「道子、脚本やってよ」



とんでもないことを。


「は……」


ボテンとあたしのハムサンドが落ちる。


「いくら出せばいい? いややんやん大丈夫。あたしも手伝うし、大筋やは指示するからさ、むしろ今の脚本に添削する形でもいいし」

「……何でっ!?」


あたしは当時高校生、躊躇しないはずがない。プロではなく、なぜ久恵道子という少女を選ぶのかと。

しかし、姉さんは名刺をあたしに渡しながら、真剣な顔で話を続ける。


「明日、大事なシーンの撮影なんだ。もし興味があるんだったら、放課後、道子の志望校の正門前に来てほしい」


そして、ずっ、と汁を吸うと、カウボーイハットをかぶり直す。「ごちそうさま」と手を合わせて立ち、窓際に歩み寄った。


「またね」


跳んだ。


「……!!」


慌てて窓に飛び付いて姉さんを探したけれど、夢幻のようにもういない。
どん兵衛とサンドイッチだけが食べ残されている。



どう考えても家で勉強する方が効率も良かったし、大学も近くない。他の用事であったならば、あたしは「面倒だから」と断っていただろう。
けれど姉のただならぬ物に、あたしは背中を押された。
放課後、6時を回る。正門前、


「始めまして。あなたが道子さん?」

「……」


姉を待っていたら、サングラスをかけたセクシーな外人のお姉様に、日本語で声をかけられた。
とっぴんぱらりのぷうあたしのじんせいはきえてしまいましたなどと、かなり真剣に考えた。


「Oh、ソーリー。私の名前はメアリー。こういう者なんだけど、と、彼女の紹介で迎えに来ました」


2枚の名刺を渡される。昨日渡されたものと、「メアリー・D・ジーン」と書かれたもの。


「…姉さんから、ですか」


敬語はいいですよ、めあって呼んで、と微笑まれる。


「ごめんなさい。今明子さんは忙しいから、迎えに来られないって」

「そうですか、ありがとうございます。…スタッフさんですか?」

「半分正解だけど、違います」


そう言うと突然、メアリーさんは突然クシャクシャッと髪をかき混ぜてサングラスを持ち上げる。


「見たことありませんか?」

「――、『Julie』のジュリエットさん!?」

「エクセレント」


私が姉さんの親友のめあさんと初めて会ったのは、その時だった。あたしはそれはもう驚いた。
叫んだのが小声で良かった。


「じゃあ、行きましょうか。早くしないと遅れてしまいます」

「あ、は、はいっ!」

クルリと身を翻す彼女の後を慌てて追う。


「もう、敬語はいいって言いました」

「うえ……」


と言われても、引け目がある。

しかし、徒歩。
車でないことに意味はあるのだろうか。



「つきました」

「えっと、は…うん」


暫く歩いていると、人だかりが見えてきた。駐車場に車がたくさん止まっている。



「着替え終わったー!? カメラ、マイクの調子は!? 大丈夫ー!!」



威勢のいい姉さんの声が聞こえた。


「あ、姉さ…」

「しっ」


声をあげそうになったところを、メアリーさんに口を塞がれる。
なぜか魔法少女の姿であちこちに指示を飛ばしている姉さんを見やる。ピリピリしているのは間違いない。


「…めあ…さん?」

「めあでいいです。今日の撮影は一発撮りで、成功はあってもミステイクはないそうです」

「何を撮るんですか?」

「魔女との戦いです」

「……え?」

「実際に魔女の結界に入って魔女を狩ります」


気が付いたら、あたしの足下にキュゥべぇが座っていた。


「全く、恐ろしいことをするよ、明子は」

「そんじゃ、ユカ、リンゴ、スタンバイよろしく!」

「「ハイッ!」」

「失敗したらみんな揃ってお陀仏だっていうのに…こんな危険な賭けをするなんて、わけがわからないよ」

「そのための私です」


めあが瞼を下ろし、小さな声で呟いた。


「あなたのボディーガードは、私、めあが勤めます。よろしく」

「ボ、ボディーガードって、 、」

「私も魔法少女です。心配はいらないです」


ぞろぞろと人が移動を始める。言い知れない恐怖にめあの手を握り締めた。



「――開始ッ!!」



姉さんがそう言い放ったのは、


「魔女の結界だ」



「!!」

『ここが魔女の結界…さて、始めようかしら』


台詞を紡いだのは、ユカと呼ばれていたゴスロリ服の少女。


『――せいっ!』


彼女が右腕を左から右に振った瞬間、ベリベリベリッという嫌な音がして、奇妙な世界が開く。


「あのユカって子は、魔法少女じゃない」

「じゃ…あ」

「結界を開いたのは明子さんです。不審なアクションもなく、パフォーマンスに合わせてそれを行うのは、"途轍もない難易度を誇ります"」


息を飲む。その間にも撮影は進む。

魔法少女は確認できるだけで"最低二人"、一般人はスタッフと俳優合わせて"数十人"。
彼らは全く状況を怪しまずに結界の中に入っていく。


「僕らも行こうか」

「ちょ、ちょっと…!」


まさかそんな無茶な、と訴えることも出来ない。



 (死ぬかと思ったもん、
   アタシもだけどみんなが)


姉さんは背筋を伸ばして集団についていく。


『変な場所。戦場みたいだけど、町みたい。まあ、やることは…』

「あっ…!」


少女の背後から、女性のようなヒトガタのバケモノが迫る。があ、とソレが口を開いたところで、


『…変わりませんけどねっ!』

「ギアウウーッ!!」


少女が掌から衝撃波を飛ばし、それを消し飛ばした。

「今のも明子の魔法だ」

『こんな雑魚が大量にいるなんて聞いていませんわ。ふん、さーて。どの子から餌食になりたいのかしら?』


ワラワラとバケモノが集まってきているが、スタッフは全く動じない。


「ズームして」

『――お掃除くらい、造作もありませんわ!』

「――下げて!」


少女がくるっと回るのに合わせて、ゴッ!! と烈風が巻き起こる。あっという間に彼女にたかっていたバケモノが粉々に散った。

ハアッと息をついた少女は次の瞬間、走り出す。
スタッフもそれを追う。姉さんが最後尾から次々指示を飛ばす、

道中彼女にバケモノが襲いかかるが、全て彼女の半円状の衝撃波にスパンスパンと切られていく。


「あの衝撃波は全部、明子さんの魔法です」

「うそ」

「僕だって信じられないよ。他の人間に魔法を擬似的に使わせる…いや…難しいな、とにかくこれは見たことがない…!」


あたしたちも追い掛けようとしたが、ふとめあが止まって後ろを見る。


「なに」


前にいる姉さんも止まってこちらを向いていた。
明らかにあたしを見てニヤッと笑う。そしておもむろに取り出したのは二丁の黄金色の銃。なにそれ、と咎める暇もなくそれが破裂音を立てた。
すぐさま、背後で人ならぬ悲鳴が上がる。


「使い魔です。私が、intercept、するまでもなかった。明子さんはすごい」


何もなかったかのように集団は被写体を追い掛ける、必要に応じてその先を走る者もある。

だというのに、

被写体はともかく、スタッフの誰にも負傷者が出ていない。少女に前からの使い魔を掃除させ(それも姉さんの力による物)、横からの襲撃はバリアを貼って防ぎ、後は姉さん自身とめあが応戦する。


「っ!」

「めあ――」

「どうともありませ……んッ!」


使い魔の胸に入り込んだめあの腕が何かして、使い魔が消える。だが、その腕には歯形がついている。


「何て強い――明子は、とてつもない信念を『映画』という物に注いでいる。そうでなければ、こんなに大規模な魔法を使ったら、あっという間にソウルジェムが壊れてしまうはずなのに」

「めあさん、大丈夫!?」

「大丈夫。明子さんがケア、してくれる」

「明子は、すばらしいよ。これだけのことを『全て一人で』やってしまえるほどの魔翌力を持っている」


これだけとも言えないけれど、願いに込める強さが、魔法の強さと言える。
君の姉がどれほどの物かわかるだろう?
彼女は己の夢に魂を賭けたんだ。


――キャリキャリギャリキャリィィ――!!


哀れな、ともとれるような金属質な魔女の叫び声は錆び付いていた。


『これがここの魔女ね』


木偶人形に銃剣を鎖で縛り付けたような、異形。


『何も問題ありませんわ。ただ叩き潰すのみ! 覚悟なさりませ!!』

「レッツ、アクション!!」


ギィキイキギギ!! と狂ったように異形が叫ぶ。そして、異形が少女とぶつかる寸前、暖かい風が吹いた。
姉さんがバッジを握り締めている。その拳が震える。


『遅いですわよ!!』

「見えるかい? これが」

「何が…?」

「私は見えます」


キュゥべぇがふわりとあたしの足下を撫でる。

広がる光景。フィルムを伸ばしてドーム状にしたようなものが、あたしたちを包んでいる。それはすぐに消えてしまったが、すぐに姉さんのものだとわかった。
姉さんのバッジも、ドームも茶色だ。


「…無理をしています。短期決戦で決めなければ」

『見つけられるかしら?』


少女が、異形の視界から消える。


「B、揺らして」


異形が吠え立て、めちゃくちゃに辺りを切りつけ、銃を乱射する。


「ひんっ…!」

「当たりません」


めあがあたしを抱き締める。流れ弾は全てあたしたちの数m頭上で跳ね返り、異形の体を傷つけた。

異形が仰け反った背後から、衝撃波が複数飛び、鎖や銃剣の残骸を周囲にばら蒔く。


『おバカですわね』


少女がいたところを異形が殴り付けたが、やはりいない。その横から来る衝撃波がやはり、次々と異形の装甲を削っていく。

繰り返し、やがて異形は己の身ぐるみを剥がされ、剥き出しにされ、

異形はがむしゃらに体を振り回した。だが、届かない。
その真後ろで、空気が踊る。


『はああああぁぁぁーー――ッ!!』


少女が掲げた両手に、はっきり見えるくらい何かが収束して、
異形が振り向いた、その顔の部分に、彼女は思い切り"それ"をぶつけた。


――ギャア゙ィギャイキャイキャイギリキリ゙ギリ゙ッ――!!


身がすくむほどの不快音、金属を引っ掻き合わせたような騒音。
少女は笑う、してやったりと笑う。


『あらやだぁ…あなたのお顔と結界がボロボロですわよ。うふふくすくすくす』


吹き飛んだ異形の顔は半分もなく、辺りには銃剣と鎖が散らばっている。怒り狂った異形の雄叫びは、彼女を怯ませるに至らない。


『ッ…そろそろとどめですわ、バケモノさん』


少女は獲物に歩み寄る。その周囲には球状の物がくるくると回った。足掻くように異形が少女に倒れ込もうとした。だが、


『いい暇潰しにはなりましたわ』


ズ、ガ、ガガガッ、ガガ、……!!

砲弾のようにチカラが異形に放たれる。それは銃剣に覆われた体を貫き、砕き、
どうっ、と倒れた魔女の体にも巻き込まれることなく、少女は――いや姉さんは、無事魔女狩りを終えた。


QB「…ここまでかな。ふう、話すのも結構疲れるね…」ボロッ

QB「しかも途中で読み飛ばしてしまって、全く赤っ恥だよ。連投規制には慣れないな」

QB「…というか台詞が一つ抜けてるじゃないか」

QB「……………」

QB「許してほしい」

CB「あまり重要な台詞じゃないから」

QB「他にすませなければならない仕事があるから、残念だけど今回はここまで。次回、恐らく最後まで語れるだろうから」

QB「楽しみにしておいて、ほしい」

CB「それから、QBrtME3/jX0号、報告ありがとう。実はまだ読んでないから、これからじっくり読ませてもうよ。改めてありがとう」

CB「明パパ様、また支援下さった読者様、『オリジナル魔法少女設定を書いて、次レスで魔女化させるスレ』の立て主様、住人様。その他あらゆる、この物語に関わる人たちに、感謝を」

QB「それでは、ぜひまた会おう」





CB「うん? まだ終わってないから早いって、手厳しいなあ…」

QB「ちなみにきゅうりの魔女の映画技能はサッパリだから、違うところがあったり表現が疎かになるのは勘弁してほしい」

CB「それを言ったらアウトじゃないか…うん? そのシュシュは…」

QB「商業戦略だよ」

CB「君、s」

QB「誰が何と言おうと契約効率上昇のためのアイテムだ」

きゅうりさんも魔女化スレ>>909さんも乙でした!
一般人にも魔女がみえるのは魔法で映像化しているからなのか……
となると明子さんの魔翌力はマジ半端ない
続き期待


あ、そこは補足しておきましょうか。
物語とは別の場所で補足するのは好ましくないのですが。
>>167さんの言ってることは合ってますが少し違います。


ここには「魔法少女」「道子」「役者」「スタッフ」という人間がいます。

・魔法少女には魔女が蠢く世界が見えます。いつも通りです。

・道子は魔法少女の資質があり(これも説明不足)、彼女に魔女が見えるのは、まどかやらが魔女を見ている時と同じシチュになっているので、まあ大丈夫ではないでしょうか。

・役者には、明子が前以て魔法をかけてあります。『お前はこれからヒャッハーなセットと戦うけどお前にもヒャッハーな身体能力をプレゼントするからケガとかはしないぜ! 安心して戦ってくれ!』みたいな内容です。
同時に『この内容に違和感を感じない』という暗示も同時にかけます。この年頃なら厨二設定も簡単に信じ込ませることが出来ますね。

・スタッフには、結界が何の影響も及ぼさないよう元の町並みの映像を見せ、魔法的何かも視認させていません。つまり『ユカちゃんが町並みのド真ん中でパネェ動きしてる! スゲー!』って思います+先述の違和感緩和。


これに加えて


・一般人が一切の被害を受けないよう、防御壁を発生させて守りきる

・戦闘がグダグダにならないよう、魔女には適度にダメージを、過度な使い魔は駆逐する

・ユカが変な方向に走らないよう適度に操る

・理想の映画になるよう、カメラ角度などに念力(?)で微調整を加える

・一般人には己が戦っている姿を怪しまれないようにする


あとは


・的確な指示

・休憩ナシ


書き出したらキリがないです。
魔力の過剰消費で魔女が数匹産まれそうな消費量ですね。

それを受け止められる程度のキャパシティ、そしてどれくらい明子がムリをしているかがおわかりでしょうか。

隠し穴にカイリュー♀が5匹くらい連続で出てくるくらいすごいと思います。
そしてロイちゃんの魔力はもっとすごいと思います!!

オリジナル魔法少女設定を書いて、次レスで魔女化させるスレ2で予告していたSSの方を投下します。

使用させて頂くのは、>>92>>99>>106、になります。なお、>>103は自分の案で、主人公になります。
改めて、ご協力ありがとうございました。

注意事項

1.三人称になります。
2.まどマギ本編のキャラクターは一切出てきません。まどマギの世界観を使用した二次創作になります。
3.まどマギ本編とは、方向性が全く違います。
4.割と長いです。

以上をふまえて、ご一読の方をお願いします。

QB「やぁ。君たちは、魔法少女が数多く存在していることをご存じだと思う」

QB「そんな、彼女達のお話を幾つかしているのだけれど……」

QB「今回話をするのは、魔法少女の中でも、極めて変わった彼女の事を話そうと思う」

QB「研究を進めて行く過程で、僕自身も非常に興味を持った魔法少女なのさ」

QB「どんな魔法少女だって? そうだね……」

QB「最も、破天荒な魔法少女。そうと言える存在だろうね……」



破天荒な魔法少女

序章

 現実と隔離された、異質の空間。歪む景色に向かい、腕を組み直立不動で仁王立ちする少女。
 視線の先に見えるのは、異型のバケモノ。ホラー映画の様な姿に、臆する様子は微塵も感じられない。
「アタシに巡り合ったのが、ツキの終わりだね……」
 セーラー服とロングスカートと言う、時代錯誤の格好。凛々しい顔立ちには、茶色に染めたポニーテールと、深紅の光を見せる右耳のピアスが良く馴染んでいた。
「……早い内にお寝んねして貰おうかい!!」
 口元を吊り上げ、大胆不敵な啖呵を切る。
 同時に、バケモノに立ち向かうべく、少女は真っ向から殴りかかった。
 化け物も黙って見ている訳が無い。鋭い触手が幾つも飛び出て、少女の体に向かい矢の様に放たれた。
 だがバケモノの触手は、空を切り裂くばかりで、標的の姿を捕まえる事が出来ない。
 それどころか、少女はバケモノの懐に飛び込んでいた。
「……地獄の果てまでぶっ飛びな!!」
 少女は渾身の力で、化け物にボディーブローを叩き込んだ。
 ズシン、と鈍い音を立て、バケモノの足元が宙に浮く。巨体が浮き上がる程の一撃だが、その攻撃は一発では止まる訳が無い。
 少女は何発、何十発と、左右の拳を連射する。一発一発が重たく速い。化け物の動きは抑制され、反撃さえも許されない。バケモノは少女の攻撃を受け続けるしかなかった。
「終わりだよ!!」
 最後の一撃は、高速で撃ち出した右のストレート。銃弾の如く、目標の体を貫いた。
 化け物は、断末魔の悲鳴を上げ消滅していく。
 同時に、異質の空間はひび割れ、崩壊を始めていた。

 天を見上げると、夕焼けに染まった空が見え、風景は元の街の姿を取り戻していた。
 慣れた手付きで、ポケットからタバコを取り出し、勝利の一服を味わった。
「小鳥。お疲れ様だね」
 少女は紫煙を吐き出しながら、足元に現れたタヌキと猫を足して割った様な、白い生物に視線を向ける。
「別に疲れちゃいないよ、キュウべえ。あの程度の魔女なら、一服してる内に片付けられるって」
 小鳥と呼ばれた少女は、キュウべえに向けて得意顔で答えた。
「……しかし、君の戦い方を見ていると、常々思うよ」
「何がだよ?」
「魔法少女と言う肩書が、これ程似合わない魔法少女は居ないって事さ。勿論、いい意味でね」
「……アンタの言い方は、誉めてんのかバカにしてんのか、解りにくいのよ」
 口を尖らせながら、小鳥はそう言った。
「史上、最も破天荒な魔法少女って事さ」
「それ、本気で誉めてんの?」
 舌打ちと紫煙を、同時に口から吐き出すと、タバコを携帯灰皿に捨てた。
「浄化しなくて良いのかい?」
「ああ。今日は、対して魔翌力を使って無いからね。まだ取っておく」
「そうかい。じゃ、僕はお暇するとするよ。回収が必要な時は、呼んでおくれ」
 そう告げると、キュウべえはその場から去っていく。
(アタシも、帰るとするかね)
 そして一人の魔法少女、一条小鳥もその場から立ち去って行った。


 これは、とある魔法少女達のちょっとした物語である。

一章

 一条小鳥(いちじょうことり)。近隣の魔法少女達で、知らない奴はモグリと言われる。
 魔法少女は、魔女を狩る使命を持つ唯一の存在であるが、命を落とす危険が極めて高い。その為、一年も生き残る事が出来れば、ベテランとして名前も知られてくる。
 しかし、小鳥は四年間も、魔法少女として修羅場を潜り抜けてきている。もはや、ベテランや長生きを通り越して、歴戦の猛者と言っても過言では無い。

 もっとも、私生活でそれが役に立つ事は全く無いので、普段はバイトで生計を立てるフリーターなのだが。
 そんな訳で魔女退治の帰りに、夕飯を買い一人暮らしのアパートに帰宅してきた。
「お帰りー。飯まだ? 風呂も沸かして欲しいなー?」
 誰も居ない筈の部屋に、一人の少女が居た。薄黄色いショートカットで、活発な印象を受けるショートカット。容姿から想像するには、中学生位だと理解できる。
 マイペースにふんぞり返って漫画を読んでいる様は、かなり図太い神経の持ち主だろう。
 小鳥は無言で歩み寄り、脳天にゲンコツを振り落とした。ガンと鈍い音を立てて、頭がい骨と脳みそに衝撃を与えると、少女は涙目でうずくまる。
「いたーい……。無言で殴る事無いじゃん、小鳥ぃー」
「勝手に上り込んで、ふんぞり返ってるからだ。躾だ、コメ」
 涙目で小鳥を睨むコメと呼ばれた少女、紙籤篭利(かみくじこめり)は、憮然として口を尖らした。
「そんで、どうやって忍び込んだんだよ?」
 小鳥の一言で観念したのか、カードケースから一枚のカードを差し出した。そのカードには、小鳥の部屋の鍵が描かれている。
「…………」
 小鳥は無言で、籠利の額にデコピンを打ち付けた。
「いったーい!!」
 籠利は、再び痛みに悶えた。
「コメ。没収」
「えー、そんなぁー」
「飯抜きで、外に放り出されたいのかな?」
「すいません。すぐに戻します」
 小鳥の満面の笑顔に、籠利は冷や汗をかいていた。

 紙籤籠利は、この地域の新米の魔法少女である。ざっくり言えば、小鳥の後輩になるのだが、師弟関係には当てはまらない。当の籠利も、師匠と言うよりも遊び仲間と言う感覚で、小鳥と接触しているのだ。
 ちなみに、小鳥は17歳で、籠利は14歳。完全にタメ口だが、小鳥の方は気にしていないし、それ位の感覚の方が気楽に付き合えたりするのだ。
「家に帰らなくて良いのか?」
 小鳥は、夕飯のカップ焼きそばを差し出しながら、籠利に聞いた。
「別に帰っても、親も仕事で居ないし。それに、こっちに来た方が面白いもん」
「……まぁ、そう言って貰えりゃ、仲間としても嬉しいかな」
 籠利の言葉に、小鳥は照れくさそうに鼻先を掻いた。
「おっ? ツンデレのデレがきましたー!!」
「調子に乗るな!!」
 籠利の脳天に、小鳥のチョップが突き刺さった。
「ゴメンチャイ……」
「素直でよろしい」
 まったりしながら夕飯が終わる頃、アパートに再び来客が現れた。
「夕飯の途中だったかい? 小鳥は兎も角、籠利まで居るんだね」
 顔を見せたのは、キュウべえだった。
「あー、キュウべえじゃん。私のコレクションになってくれる気になった?」
「丁重にお断りするよ。それをやられると、僕の仕事が出来なくなってしまうからね」
「ちぇ……」
 唇を尖らせる籠利は放置して、小鳥は一服しながらキュウべえの方を見ていた。
「んで、今度は何の用事だよ。グリーフシードなら、まだ使って無いぞ?」
「そういう訳じゃ無くて、頼みたい事が有って、ここに来たんだ。籠利も居るなら、話も進みやすいしね」
「頼み?」
 ワンテンポ置いてから、キュウべえは再び言葉を出した。
「さっき、一人の少女と契約したんだ。だから、その子の面倒を見て貰いたいんだよ」
「……お前さあ。アタシは魔法少女の道場やってる訳じゃ無いんだぞ?」
 小鳥は、呆れた様に紫煙と溜息を吐き出した。
「君ほどのベテランはまず有り得ないし、君は新人にイロハを教える事が非常に上手なんだ。慣れた人間の方が、教えるのは効率的だからね」
「……ったく。面倒事ばかり押しつけやがって。コメもまだ手のかかる半人前だって言うのに」
「小鳥、さりげなく酷い……」
「気にする事は無いよ。それに、今回契約した少女は、少し事情が違うからね」
「……どういう事?」
 籠利は、首を傾げて問い返した。
「明日、総合病院に行けば解るさ。詳しくは、そこで教えるよ」
「ヘイヘイ。仕方ないから、引き受けてやるよ」
「ついに、私にも弟子が出来るかー……フッフッフ」
 仕方なしの小鳥とは対照的に、籠利は初めての後輩に胸をときめかせていた。


 翌日の昼下がり。小鳥と籠利は、キュウべえに言われた通りに、総合病院に来ていた。
 契約した入院患者、虚口小呑(うろぐちこのみ)の病室へ、わき目も振らず向かった。
「ここか……」
「じゃ、入りますか」
 籠利は、あっさりと扉を開き、病室に立ち入った。
「お邪魔しまー……」
「……!?」
 その瞬間に、二人は全ての言葉を失っていた。

 ベットに横たわる、やせ細った幼女。白く長い髪は、無造作に伸びたのだろう。複数の管が体中に括りつけられ、虚ろな目で天井を見ていた。そして、首元に付くネックレスには、透き通る程真っ白なソウルジェムが光輝く。
 虚口小呑の枕元で、キュウべえはそっと見守っていた。
「……来たかい」
「あ……ああ」
 流石の小鳥も、言葉の歯切れが悪い。籠利に至っては、小呑から視線を逸らす有様だ。
「この子は、生まれて間もない頃に病気になったんだ。その影響で、言葉を失い、目の光を失い、両足は動かなくなった。それ以来、家と病院を往復する事を余儀なくされ、親の手を借りて生きるしか道は無くなったんだ。
 しかし、最近になり体調が急変して、病院に入院する事になった」
「……」
「僕の姿は、魔法少女の素質の有る者にしか見えない。しかし、この子は……目が見えないにも関わらず、僕の存在を感じ取った。
 恐らく、魔法少女の素質がかなり高い。そして、今より高くなる可能性があるんだ」
「……可能性?」
「そうだよ。素質が一番高くなるのは、第二次成長期を迎える時。だけど、この子はまだまだ幼いじゃないか」
「……つまり、成長するにしたがって恐ろしく強くなる。ただし……そこまで生きているかは、解らない。だからこそ、手遅れになる前に契約した……」
「流石、小鳥。色々と鋭いね」
「アタシに頼んだのは、そう言う訳だったって事ね」
「そういう事さ。それと、この子はまだ喋る事が出来ない。呼びかけるなら、テレパシーで伝えてくれ」
 小鳥と籠利の首は、小さく縦に振られた。
「後は、君達に任せるよ。頼んだよ」
 そして、キュウべえは、静かに姿を消していった。
≪……小呑ちゃんだね? 聞こえるかい?≫
 小鳥は、小呑の頭に直接呼びかけた。
≪……お姉ちゃん……誰?≫
≪アタシは、一条小鳥。小呑ちゃんと同じ、魔法少女さ≫
≪……魔法少女? そう……夢じゃなかったんだ≫
≪ああ……夢じゃない。祈ってみなよ……目が見えるって。声が出せるってね≫
≪見えるの? 喋れるの? 私は……歩けるの?≫
 小鳥は、優しい笑みを浮かべて小呑の耳に直接伝えた。
「ああ……奇跡は起こるって、信じるんだ」
 小呑は、念じた。奇跡を起こせると信じて。

 今まで、見る事の出来なかった光を感じた。
「これが……眩しいって事なんだ……」
 そして、喉から自然に言葉が飛び出てきた。
 光を取り戻した瞳からは、大粒の涙があふれ出していた。
「わたしにも……奇跡が起こせたんだ」
 小呑は、涙の溢れる笑顔でそう言った。
「……ああ。小呑ちゃんが、願ったからな」
 小鳥の瞳にも、光るものが溢れそうだった。
「……えぅー……よがったねぇ、ごのみぢゃん」
 そして籠利は、既にガン泣きしており、表情はぐしゃぐしゃになっていた。

 病室に少しの沈黙が訪れた。聞こえるのは、すすり泣く小呑の声と、むせび泣く籠利の声。
 その中を、扉の開く音が割って入った。
「あ、あの……あなた達は一体?」
 扉から顔を覗かせるのは、小呑の母親だった。
「え……その……」
 小鳥は、突然の来訪者にテンパってしまう。しかし、入院している子供の親なので、来るのは当然である。
「……私たちは……夢で小呑ちゃんに会いました。
 夢の中で、小呑ちゃんにこの白いペンダントをかけて欲しいって頼まれたんです」
 籠利は、咄嗟の思い付きで、意味不明な言葉を口走る。
≪バカか!! そんな戯言、通用するかよ!!≫
 小鳥は、テレパシーで思いっきり罵った。
≪仕方無いじゃん!! 思いつかなかったし!!≫
 籠利も、負けじとテレパシーで言い返す。
「あ……あの、何を言ってるんですか……?」
 小呑の母親は、呆然としながら二人を見つめていた。
「お姉ちゃん達の言ってる事は……本当だよ」
「……え?」
 母親でさえ、今まで聞いた事が無かった愛娘の声は、はっきりとその耳に届いた。
「わたしにも、奇跡が起きたの。ずっとずっと……お母さんとお父さんに言いたくても言えなかったから……。
 何時か言える様にって、ずっと願ってたの……」

 小呑は、ありがとう、と。
 確かにそう言った。そして、耳に届いていた。


 母親は、涙を浮かべ、小呑の元に駆け寄った。
「小呑……本当に喋れるの……本当に声が出せるのね!! お母さんが、見えるのね!!」
「うん……良く見えるの。お母さんの顔が良く見えて……眩しいんだ」
 抱きしめ合う親子。流す涙は、絆と愛情の深さを、言うまでも無く物語っていた。
「……ちぇ。今日は、目が潤むわ」
「びぇぇぇぇ~……」
 小鳥も、籠利も。溢れだす涙を、抑える事が出来なかった。

 夕焼けが、街をオレンジ色に染める。
 病院から揃って帰宅する、小鳥と籠利。しかし、口数は少なく、感傷に浸っている様だった。
「……コメさ。今日、学校じゃなかったのか?」
「良いよ。少しくらいサボっても。それに……」
「……?」
「あんなに深い絆って、滅多に見れる物じゃないもん。着いて行って良かったくらいだよ」
「……ああ。そうだな」
「だからさ。今日くらいは、早めに帰ってパパとママの顔が見たいんだ……」
「そうかい。その方が良いのかもな」
「そういう訳で、先に帰るね。小鳥もたまには実家に戻って、親の顔を見てきなよ」
「……うるせぇよ。さっさと帰れ」
「じゃあね、小鳥」
 そう言い残し、籠利は足早に帰路を進んで行った。

 一人残った、小鳥は立ち止まって居た。一本の煙草を取り出して、口にくわえる。安物のライターで火を灯して、紫煙を大きく吸い込んだ。
(アタシも近い内に、実家に顔だしてみようかな……)
 肺から紫煙を吐き出しつつ、薄暗くなった西の空を見つめていた。

二章

 小呑が、契約してから二週間が過ぎた。三人の関係も至って良好であり、魔女退治の方も、ボチボチ成果が現れ始めていた。
「行っくよぉー!!」
 籠利はランスを構えて、魔女の本隊に向かい、一直線に突進。
「~~♪ ~~♪」
 それに加えて、小呑の歌声が、魔女と使い魔の動きを鈍らせる。この援護により、籠利の一撃必殺を易々と叩き込む事が可能になった。
 ガツン、と巨大なランスが、魔女の体を突き抜け、魔女の体が消滅していく。
「……また、つまらぬ物を斬った」
 籠利は、決め台詞を誇らしげに口走った。ただ、攻撃そのものは斬撃とはかなり違う。
「やったー!! 倒したよ!!」
 小呑は、子供らしく両手を挙げて、万歳のポーズを取った。
「おっし。二人とも、お疲れさん」
 小鳥はすぐ傍で見ているだけだったが、的確な指示を送る事によって、二人に戦いをサポートする。
 この三人のチームワークが、魔女退治における、一番の鍵となっていた。
 特に、小鳥と言う経験豊富な魔法少女が近くに居る点は、籠利と小呑の精神的支柱になっているのは間違いない。

 小鳥の戦い方は、本来の魔法少女のそれでは無い。従って、自分流の戦い方を誰かに教える事は、危険すぎて出来ないのだ。
 その代わり、近くで見守りながら、実戦経験を多く積ませる。危険な魔女や分の悪い相手なら、自分が手を貸す。そうする事で、後輩の魔法少女達を教えてきたのだ。
 事実、巣立っていった後輩の魔法少女達は、未だに小鳥に頭は上がらないし、籠利は暇つぶしと言いつつ、小鳥の家に入り浸る有様。小呑も、お姉ちゃんと称して甘えてくる上に、キュウべえも新米の魔法少女の教育を頼む事が多々ある。
 それらを何だかんだ言いつつ、引き受けてしまう面倒見の良さが、小鳥を慕う後輩が多い事の裏付けになっているのだろう。
 これこそが、小鳥の最大の魅力なのかもしれない。
「時間も結構遅いし、帰るとするかい」
 小鳥は笑みを見せて、二人に呼びかける。
「そうしよー。もう、お腹がすいちゃってさぁ」
 籠利がそう言うと同時に、ぐぅ、と誰かの腹の虫が鳴った。音の先に見えたのは、お腹を押さえてモジモジとする、小呑の姿だった。
「小呑も腹減ってんだろ? 家まで送るよ」
 ニコッと笑って右手を差し出すと、小呑は左手で手を握り返した。
「うん!! 小鳥お姉ちゃんも籠利お姉ちゃんも一緒に帰ろう!!」
「そうだね」
 籠利も、小呑の右手を握りしめた。

 虚口家。夕食の並ぶ食卓には、小呑とその両親。そして、お呼ばれになっている小鳥と籠利が、晩御飯を取り囲んでいた。
「すいません、アタシ達まで呼ばれちゃって……」
 照れくさそうに陳謝する小鳥。
「ホント、ここまでもてなして貰って、申し訳ないって言うか……」
 マイペースな籠利も、緊張でカチコチになってしまうのだった。
「いえいえ、お構いなく。あなた達は……私達夫婦に奇跡を届けてくれた、魔法使いだったんですよ、きっと……」
 小呑の母は、感深くそう言った。言っている事は、単なる例え話なのだが、決して的外れでは無かった。
「僕ら夫婦は、子供を授かるのが遅かったんだ。そして生まれた小呑も、生まれて間もない頃に、病気にかかってしまって……。
 僕達は、本当に自分の運命を呪ったよ。だけど、小呑には何も罪は無いんだ。だからこそ、運命を受け入れて……精一杯の愛情をこの子に注ぐと決めたんだ。
 七年間……一度も聞ける事の無かった声を聞いた時は、本当に神に感謝したよ。この子に起きた奇跡は……紛れも無い事実なのだからね」
「……」
 父親の噛み締める様な言葉に、皆黙り込んでしまった。
「おっと……湿っぽい話になってしまったね。すまないね」
「いえ……私たちは、ただ届けただけですから」
「だとしても……僕達に奇跡を起こしてくれた事には、変わりないんだ。
 改めて、お礼を言わせて貰いたい。
 小鳥ちゃん、籠利ちゃん。本当にありがとう」
 小鳥はくすぐったい様な気持ちを隠しきれず、顔を赤面させてしまっていた。
「さあ……冷めてしまうから、召し上がってね」
 母親に促され、一同は手を合わせて、声を揃えた。
「いただきます」
 久しぶりに、家族団欒の雰囲気を味わう小鳥。その温かさは、心にグッとくる物があったに違いない。

 自室に帰った小鳥は、脇目も振らず煎餅布団に寝っころがった。
(……あー……食い過ぎた)
 満腹を通り超す程食べた小鳥は、目蓋が順番に重くなっている事を感じた。
(どーせ明日はバイトも休みだし……このまま寝ようかな)
 天井をボーっと眺めていると、不意に小鳥の耳に声が聞こえた。
「やあ、小鳥」
「……キュウべえ? アタシの部屋に何の用だよ。魔女の反応も無いのに」
 小鳥は、重たい動作で体を起こした。
「特に意味は無いさ。今夜は珍しく、魔女も使い魔も居ない静かな夜なんだ。少し話がしたいと思ってね」
「暇潰しって訳ね。珍しい……」
「魔法少女をケアする事も、僕の役割だよ。そんな短絡的な思考で、ここに来た訳じゃないさ」
 そう言ってから、キュウべえは改めて言葉を出し始めた。
「僕個人の興味本位さ。
 君の程長生きしている魔法少女は、貴重な存在なんだ。何よりも、君自身で解りきっている事も有るだろう?」
「ああ……。アタシ自身の魔翌力の容量は、他の誰よりも劣っている」
 小鳥は、噛み締める様にそう言った。
「普通だったら、魔翌力の劣る魔法少女は弱い筈だけど、君は誰よりも強くなった。使える魔法も、極めて基礎的な魔法だけにも関わらずね」
「どれくらい死にかけたか何て数えてない。それに、魔女の犠牲になった仲間の数も数えきれない。グリーフシードを狙ってきた魔法少女だって、何人も倒してきたさ……」
 小鳥は、目をジッと細めた。
「だからこそ、君は長生き出来たのさ。自分自身の立場を、客観的に分析できている。冷静さが無い魔法少女は、例外無く命を落としている。
 加えて、君の経験が後輩の魔法少女達に活かされている事は、紛れもない事実さ。この地域の魔法少女は、実際に長生きしている」
「……それは、そいつらの力量さ。アタシ自身は何もしていないよ」
「一条小鳥。やはり、君は興味深いね。他の魔法少女とは違う存在だ」
 そう言ったキュウべえ。小鳥には、無表情のキュウべえが、何処か笑っている様に見えていた。
「……?」
「簡単な話さ。芯が強い。それが、君自身の強さの秘訣なのだろうね」
「ふん……。誉められた所で、嬉しくもないね」
 小鳥はそう呟いて、そっぽを向いていた。


 翌日。小鳥は、結局昼近くまで眠っていた。
(あー……寝すぎてダルい……)
 背筋を伸ばすと、体中の関節がポキポキと鳴る。
「……腹減った」
 起きて一発目に空腹を感じ、まだ寝ぼけ気味の思考で、近くのコンビニへ向かうのだった。
 なお、シャワーも浴びて居ない上に、服装も昨日のままである。
 そして、アパートから出た直後だった。
「……こ、小鳥さん」
 道端に居たのは、隣街の魔法少女だった。しかも、体中は傷だらけで、息は荒い。何よりも、グリーフシードは相当に穢れていた。
「アンタ……隣街の? 一体……何が有ったんだ!?」
 肩を掴み、倒れそうな少女の体を支える。少女の肩は、悔しさと恐怖で、酷く震えていた。
「魔女に……やられました。こっちは、何人か掛かりでやったけど……全然歯が立たなくて……」
「ちょっと待ってな……グリーフシードを持ってくる!!」
 小鳥は一旦引き換えし、部屋から数個のグリーフシードを鷲掴みにしてきた。
 急いで戻り、魔法少女のソウルジェムの穢れを浄化。僅かながら少女の顔は生気を取り戻していた。
「……すいません。来て早々に……」
「気にすんな。それよりも、その魔女の事を詳しく教えてくれ」
「ええ……。私達は何時も通りに、魔女退治に行ったんです。
 そこに居たのは、チェスの駒みたいな魔女で……三人掛かりで戦ったんですけど、丸で通用しなかった……。
 援軍も頼んだけど……誰の攻撃も当てられなかった……」
「……そいつらは無事なのか?」
「正直……解りません。全員、途中で逃げたんですけど……上手く逃げ切れたか……」
 少女の目から、涙がこぼれ出していた。
「……小鳥さん!! 力を貸してください!! もう、頼れるのは小鳥さんだけなんです!!」
 小鳥は、少女の目をジッと見つめた。
「ああ……。アタシも力を貸してやる。
 だけどな、万が一……仲間が死んでいた時の覚悟はしておけよ」
 小鳥の言葉で、少女の顔は引き締まった。そして、強く頷いた。
 そして、小鳥は学校に行っている籠利に、テレパシーを送った。
≪コメ!! 聞こえるか!!≫
≪……そんな大きく呼ばなくても、聞こえるよ。どうしたのよ急に?≫
 事態を把握していない籠利は、随分とのんびりとした返事だった。
≪……魔女が出た。しかも、随分と強力な奴がな≫
≪ちょっと……それマジで言ってる!?≫
≪マジだ。しかも、隣町の連中が束になっても、やられるレベルでな≫
≪それ……かなりヤバいじゃん≫
≪そういう訳だから、手を貸せ。今から……おい!! 聞いてんのか!! コメ!!≫
 突如、通信が途絶えてしまった。
 同時に、小鳥達の周囲が、街の景色ではなくなっていた。視界の360度全てを侵食していく異質の空間。
「こりゃ……最悪のパターンだな」
 小鳥は、背中に冷たい汗を感じた。
「こ、これ……さっきの魔女の結界ですよ!!」
 少女は思わず狼狽えてしまった。
「どうやら魔女の奴は、後を付けてきたようだな……」
「こ……小鳥さん……」
「大丈夫だから、少し下がってろ。こうなっちまえば、やるしかねぇだろ!!」
 覚悟を決めて念じる。小鳥の意志に共鳴して、右耳に付けるピアスのソウルジェムから、深紅の光が輝きだす。
 炎の如き光が小鳥の体を包み、セーラー服にロングスカートの姿を変える。両手に付けるメリケンサックと、両足に付ける安全靴は、異端の魔法少女を象徴する武器。

 魔法少女、一条小鳥は、武装が完了した。

「さて……始めようかい!!」
 ファインティングポーズを構え、小鳥は魔女と対峙した。

三章

 破天荒と称される魔法少女と、対峙する魔女。

【王冠】の魔女“コメンダトーレ”その性質は【統制】

 チェッカーフラッグの様な地面と、駒の形をした使い魔の数々。
(人間チェスの駒になった気分だな……)
 正直、小鳥の気分は良い物では無い。
 普通に魔女結界の中に入れば、誰だって気分は滅入るのだが、今回ばかりは勝手が違っていた。
 小鳥は過去の戦いで苦戦した例を、幾つか思い浮かべた。その脳裏に過ぎる予感は、どれもこれも悪い事ばかり。
 修羅場の経験から生み出される勘が、最大級の警告を発信しているのだ。
(こいつは……相当に強い。しかも……アタシとの相性は、恐らく悪ぃ……)
 しかし小鳥には、立ち向かうと言う選択肢しか残されていない。
「うっしゃぁ!!」
 地面を蹴り、標的を目掛けて猪突猛進。小鳥の戦い方は、接近戦のみ。戦術を取る事が、最初から出来ないのだ。
 ポーンをあしらった使い魔が、小鳥の体に体当たりをけしかける。
「邪魔だよ!!」
 思いっきり、ぶん殴った。使い魔は、大きく弾き飛ばされた。
「……!?」
 咄嗟の判断で屈み込むと、シュパッ、と空気が切り裂かれた。剣を振るったのは、ナイトをあしらった使い魔だ。
(今度は、馬かよ……。使い魔の攻撃方法まで違うのは、厄介だわ)
 舌打ちが自然に飛び出した。小鳥は、少し位チェスのルールを覚えておくべきだった、と内心で考えてしまう。
(……やべっ!!)
 更に魔女の攻撃は続き、ポーンの使い魔が小鳥の体を跳ね飛ばした。
「……小鳥さん!!」
 少女が悲鳴に近い声を上げると、ドン、と言う衝撃と共に体は宙を舞った。
 受け身を取って、地面に叩きつけられる事は防いだ。それ程のダメージは受けて居ないものの、小鳥はかなり焦っていた。
(魔女の本体が遠すぎる……。使い魔も結構強い上に、攻撃方法が違ってる……)
 小鳥自身、自分の魔法がどういう物かは理解している。
(一匹づつ倒してたら、グリーフシードが幾らあっても足りねぇ……。だったら……)
 小鳥はもう一度念じた。
(……短時間で魔女本体を打っ叩く!!)
 再びソウルジェムが深紅の輝きを見せ、束ねたポニーテールがふわりと揺れた。
「……奥の手で行かせて貰うよ!!」
 小鳥は小さく呟いた。
 そして、再度魔女に向かい特攻を仕掛けた。

 初速の一歩から、そのスピードが桁違いに速かった。
 再度、ポーンが体当たりをするが、既にその場には何も無い。
 深紅の閃光と化した小鳥は、一瞬の間に魔女の懐に潜り込んだ。自分の間合いに距離を詰めれば、小鳥の本領を発揮できる。
「シャッラァ!!」
 ドォン、と響いた打撃音は、魔女の巨体が仰け反る程の一撃だった。
「もう一丁!!」
 またしても、爆発音が結界中に響いた。繰り出したミドルキックが、魔女の体に深々と突き刺さっていたのだ。
 超接近戦に持ち込めば、小鳥の本領が発揮できる。力の限り拳を叩きつけ、気力の限り蹴りを撃ち込んだ。
 小鳥本来の固有魔法は、身体能力の強化のみ。つまり、魔法少女として最も基本的な戦闘能力の向上手段である。
 ただし小鳥の場合に限れば、その上がり幅は普通の魔法少女より、大幅に大きい。加えて魔翌力を上手く引き出して、肉体の強度も非常に頑丈に仕上げている。肉体の強度を上げれば、打撃と防御を同時に強化させる事が出来る。
 自分の戦闘の引き出しが、極めて少ない部分は、魔翌力の使い方で補う。これが、小鳥流の戦闘手段なのだ。


 ドン、と魔女の体に突き刺さる拳。鉄拳と言う言葉の通り、今の小鳥の拳は鉄の拳。
 魔女さえもふら付く、強烈な一撃を何発も連射する。
 しかし、小鳥の表情は、明らかに焦っていた。
(……早く仕留めないと時間が無い!!)
 今の小鳥は、ギリギリまで肉体の強化と強度を行い、短時間で仕留めると言う戦法を使っていた。言い換えれば、長くは続かない。
 ギリギリまでパワーを上げれば魔翌力の消費は大きいし、何よりも体の方が耐え切れなくなる。
 アスリートの体でも、カーレースの車でも、全開で走り続ければ壊れてしまうのだから。
(頼むから……)
 小鳥は、渾身の力を拳に溜めた。
「沈めぇ!!」
 そして、全身全霊の右ストレートを、魔女の体に撃ち込んだ。
 耳鳴りがする程の、鈍い打撃音が壁に跳ね返る。
 同時に右拳から、パキィ、と割れる音が、小鳥の耳に飛び込んだ。
「……い……つぅ」
 全開のラッシュが、突如停止した。
 小鳥の体が、ついに悲鳴を上げてしまう。
(……やべぇ……動けないし……拳が……)
 怯んだ瞬間に、小鳥の体は弾き飛ばされた。結界のど真ん中に、人形の様に横たわってしまうと、小鳥の体はピクリとも動かない。
「小鳥さぁーん!!」
 少女は叫んだ。その一瞬は、余りにも残酷だった。

 小鳥は体に意志を伝えても、細胞は丸で反応を見せてくれない。
(……クソったれ……アタシは……ここでやられちまうのか?)
 視界には、無数の使い魔が、嘲笑う様にそびえ立つ。
(……すまんね……皆。アタシの力不足だったわ……)
 そして、ポーン型の使い魔が飛び上がった。スローモーションの様に見える光景。
 小鳥は最後の瞬間になると、直感で悟った。しかし、目だけは絶対に閉じないで、ジッと使い魔を睨み続けた。
(呆気ないんだね……死ぬ瞬間って)
 一条小鳥、最後の悪足掻きだった。


 パキン、と凍りついた様な、奇妙な音が小鳥に聞こえた。
 そして、ヒラヒラと舞う小さなカードが、小鳥の鼻先に落ちてきた。
「間に合ったよ、小鳥!!」
 鼓膜を揺らしたのは、聞きなれた籠利の声だった。
「お姉ちゃんを、イジメちゃダメなんだよ!!」
 更に、小呑の幼い声も耳に届いたのだ。幻聴では無い。その声は小鳥の耳に、確かに届いたのだ。
「……コメに……小呑?」
 小鳥の出した言葉は、小さくかすれた声だった。二人に届いたのかは解らないが、その姿は確かに確認できた。
 カードドレス姿の魔法少女、籠利。真っ白な浴衣姿の魔法少女、小呑。
 二人の後輩は、小鳥を助けるべく、魔女に宣戦布告を申し出たのだ。
「ちょっと休んでなよ!! 私達だって、負けないんだから!!」
 そう言い放つ籠利は、武器では無く指に無数のカードを持っていた。
「いっけぇ!!」
 多数のカードを小鳥の周囲に投げると、魔法が解除されていた。元の形に戻ったカードの正体は、多数のコンクリートブロック。身を守るための壁を、小鳥の周囲に作ったのだ。
「頼むよ、小呑!!」
「うん、任せてよ!!」
 小呑は、大きく息を吸い込んだ。白い光を放つソウルジェムと共鳴するように、奇跡を得た歌声を結界の中に響かせた。
「~~♪ ~~♪」
 魅了されそうな、天使の歌声。魔女と使い魔は、次第に動きを鈍らせていった。

 小呑の固有魔法は伝達。自らの感情を歌声に乗せて、魔女を食い止める代物。幼い独特の歌声は、綺麗なハーモニーを生み出し、聴く者達を魅了させる。
 今の小呑が出す感情は、小鳥を救いたいと言う、救済の感情。
(……わたしも……お姉ちゃんの力になりたいの!!)
 祈りと願いを込めて、小呑は歌う。大好きなお姉ちゃんの為に。

 魔女の動きは、大きく鈍った。
 この隙を見逃すまいと、籠利はカードを模した薄黄色の、ネックレス形状のソウルジェムを輝かせた。
 右手には召喚したレイピアを握りしめ。左は大きく掌を開かせて、正面に構える。
「さぁて……チェスの駒を、トランプに変えちゃいますよ!!」
 籠利は、動きの鈍った使い魔達に向かっていく。
まずは、一番近くに居たポーンの使い魔に、左手で触れる。すると、使い魔は異形の姿から、薄黄色い光を放ちながら、小さなカードに変わっていった。
「皆、私のコレクションにしちゃうからね!!」
 籠利はレイピアを構えて、次の使い魔に突っ込んで行く。

 籠利の固有魔法は、カード化と解除。手で触れた物に向けて魔翌力を込める事によって、その物体をカードにしたり、戻したりする事が可能。元々、物の収納の願いで得た能力だが、使い魔や魔女を封印する事が出来るため、汎用性が意外と高いのだ。
 加えて、籠利の取集癖のお蔭で、あらゆる小道具を使って攻撃を加える事も出来る分、攻撃の幅が大きいのだ。
「小鳥……これ使って!!」
 グリーフシードと一枚のカードを、壁の上から投げ渡して、籠利は再びレイピアを振るった。
(……なるほどね)
 小鳥がニヤリと笑みを見せると、グリーフシードを左手で掴み取った。
 ゆっくりと、ソウルジェムを浄化させていく。


 ついに、魔女を射程圏内に捉えた籠利。
「動きの鈍い間に、片付けさせてもらうよ!!」
 恰好を付けた台詞で、二枚のカードを取り出した。描かれているのは、マッチと二十リットル入りのガソリン携行缶。
 カードを魔女の体に張り付けて、レイピアを真っ直ぐに構えた。
(一発で決めないと、小呑は歌えなくなるからね)
 そして、魔女を全力で突き抜いた。
 ドン、と爆炎が立ち込めて、煙が立ち上った。
 結界の中に、充満する炎。熱気が体中に纏わりつく。
「……やった!!」
 そう確信して、籠利は振り返った。
 バシン、と籠利の体が、弾き飛ばされた。キングの駒の魔女自らが、籠利の体を殴りつけた。
 更に、籠利の胸倉を掴み取って、魔女は顔を何発も殴りつけた。
 魔女の表情は解らないが、怒りに満ちている事は確信できた。
「……痛いって」
 ジッと睨み返す籠利。足は浮いており、一発一発の痛みは大きい。このままの状態なら、なぶり殺しにされる。
「……私を捕まえててもさ……意味は無いんだよね」
 それでも、口元を吊り上げて、不敵な表情を崩さない。

 籠利は、ちゃんと解っていた。
 充満する煙で、歌えなくなった小呑も。ダメージを回復できず、見る事した出来なかった少女も。
 ちゃんと、解っていた。

 ドガン、とコンクリートの壁が蹴り壊された。
 立ち上る煙を背景に仁王立ちする、タバコを咥えた魔法少女。
 紫煙をゆっくりと吐き出し、魔女を鋭く睨みつけた。
「……充電完了」
 その視線は刀の様に研ぎ澄まされ、体から溢れる闘争本能は、火傷しそうな位に燃え滾っていた。
 既に、魔翌力は全開で解き放っている。

 小鳥は、再び立ち上がっていた。

 そして、タバコをペッと吐き捨てた小鳥は、魔女に対してクイクイと左手で手招きする。
「来いよ……」
 魔女は、ゆっくりと振り返った。籠利の体を投げ捨て、魔女自らが小鳥に向かい特攻を仕掛けた。
(……つっても、そこまで回復して無いしな。多分、右手は一発が限界……)
 魔女を撃ち抜くべく、小鳥は右の拳に力を溜めた。
(この一発に、終わらせてやる……!!)
 魔女の攻撃が、目前に迫りくる。
 ブン、と魔女の攻撃は空を切った。
 既に小鳥は、魔女の攻撃を見切って、懐に潜り込んでいた。

「……地獄の果てまで……吹っ飛びな!!」

 ドォン、と音が響いた瞬間に、魔女の胴体が砕けて風穴が空いていた。
 魔女の出す断末魔の叫びは、泣き声の様に聞こえていた。
「……アンタは、寂しかったんだろ?」
 小鳥は、消えて行く魔女に向けて、一言声をかけた。
「だからって……拗ねて下向いてても、何も変わらねぇだろ」
 その言葉を聞くと、魔女の叫びは少しづつ小さくなっていく。
「次に生まれ変わった時は……下じゃ無くて前向ける様になれよ……」
 そこまで言い切ると同時に、魔女の姿は綺麗に消えていた。


 同時に、青空から光が差し込んだ。
「終わったか……」
 結界が消えると同時に、小鳥は地面にへたり込んでしまった。
「小鳥!!」
「小鳥お姉ちゃん!!」
「小鳥さん!!」
 全員が小鳥の元に駆け寄った。
「安心しろ……こう見えてしぶといんだよ……」
 ニヤリと笑みを見せているが、顔は憔悴しており、ソウルジェムは赤黒く濁っていた。
「……とか言って、結構無理してるくせにさ」
 憎まれ口を叩きながら、籠利はグリーフシードで、小鳥のソウルジェムを浄化した。
「お姉ちゃーん……無事で良かったよー」
 小呑は、わんわん泣きながら、小鳥の体に抱き着いた。
「小鳥さん……敵を取ってくれて……ありがとうございます。本当に……小鳥さんって最高の先輩が居てくれなきゃ……」
 少女は涙交じりで、礼を言った。
「寄せよ……。お前の仲間を救えた訳じゃないんだしよ」
 しかし小鳥は、少しだけ表情を曇らせてしまう。
「ねぇ……ちょっと待ってよ」
 思い立った様に、籠利は周囲をキョロキョロと見まわした。
「何だよ、一体?」
「そこに寝てるのって……」
 一同が視線を、そちらに向けた。
「……皆、無事だったのね」
 少女は、歓喜の声を張り上げた。
 地面で寝ていたのは、少女の仲間である、魔法少女達だった。
「そっか……。結界の中に、閉じ込められてただけだったんだね」
 籠利は安堵の息を吐き出した。
「もうちょっと遅きゃ、ヤバかったかもな……」
 小鳥は、地面にゴロリと寝っころがった。
「お姉ちゃん……こんな所で寝たら、風邪引いちゃうよ?」
 小呑は、心配そうに小鳥を覗き込んでいた。
「心配するなって、小呑。それと、コメ。タバコ吸わせてくれよ……右手がオシャカになっちまったんだ」
「……仕方ないなぁ」
 籠利は、タバコを咥えさせて、ライターで先端に火を灯した。
 小鳥は大きく一息吸って、紫煙を肺に流し込んだ。
「……一個貸しだな、二人とも」
 小鳥に礼を言われ、籠利と小呑は、照れくさそうに笑みを見せてる。
 吐き出した紫煙は、青い空に向かって、ゆらりと消えていった。

終幕

 数日後。
 小鳥はまだ腕のギプスが取れておらず、魔女退治の方は休業中だった。
 しかし、助けられた隣町の魔法少女達も、今までのお礼とばかりに魔女退治に手を貸してくれているし、グリーフシードも分けてくれる。非常に楽な状態だ。
 とは言う物の、久しぶりに静かな自分の部屋を見ていると、寂しい気持ちが半分で、暇なのがもう半分の気持ちだった。
 ゴロゴロとふて寝していると、不意に玄関が勢い良く開かれる。
「ヤッホー、小鳥。大人しくしてるー?」
「お姉ちゃーん。お見舞いだよー」
 訪れたのは、籠利と小呑だった。相変わらず元気な様子を見て、少しだけホッとする小鳥だった。
「おー。相変わらずだよ」
 素っ気なく迎え入れる小鳥。
「とか言って、ホントは寂しかったんじゃないのー?」
 籠利は、クスクスと笑いながら、細めた目で小鳥を見た。
「コメ……右手治ったら、覚悟しとけよ」
 小鳥は毒付くが、顔は満更でも無い様だ。
「お姉ちゃんが寂しいなら、わたしも一緒に居てあげるよ」
 小呑は、真っ直ぐに輝いた瞳で、小鳥を見つめた。
「ありがとうな、小呑」
 そう言って、小鳥は頭を優しくなでた。
「なーんか、私の時と対応違って無い?」
「そりゃ、コメが悪いんだよ」
「二人とも、喧嘩はダメー」
 急な来訪者で、部屋は急に活気付き、何時もの騒がしい安らぎが訪れた。
 と、安心していたのも、つかの間。
「おっ……」
「あっ」
「あれー?」
 三人のソウルジェムが、光を放つ。近くで魔女が現れたサインだ。
「仕方ねぇな……。久々に、出撃するか!!」
「小鳥は、見てるだけで良いよ。まだ、治って無いんだし」
「わたしも頑張るもん!! 魔女に何て、負けないもん!!」
 そう言って立ち上がった三人は、順番に部屋を出て行くのだった。


 これは、とある魔法少女達の物語。
 魔法少女の数だけ、ドラマはあるのだ。


QB「……と、そういうお話さ」

QB「確かに、魔法少女を魔女にする事は、エネルギー回収の効率は高いよ」

QB「だけど、闇雲に魔女ばかり増やしても、パワーバランスは崩れる」

QB「素質の高い人間、低い人間。強い魔女、弱い魔女。それらのバランスを取る事は、僕達にとっても難しい課題だが……」

QB「少なくとも一条小鳥に関しては、そのバランスを根底からひっくり返した存在なんだ」

QB「……だからこそ破天荒な存在で、僕に興味を抱かせた。本当に、面白い逸材だよ……」

QB「さてと。そろそろ、仕事に戻るとするよ」

QB「また、話す機会がある事を願うよ」

投下分は、以上になります。

思ったよりも、長くなったのですが……レスにすると、思ったより少ないと感じましたね。

では、設定資料の方を投下します。


一条 小鳥(いちじょう ことり)17歳

近隣で、知らない奴はモグリとさえ言われる魔法少女。
茶髪のポニーテールで、顔付きは可愛いよりも凛々しいと例えた方が適切。
身長は170cm近くあり、女性としてはかなり長身でスレンダー。
高校には通わず、日雇いのアルバイトをしながら魔女退治に身を投じる。
サバサバした姉御肌で慕う人物も多い。

変身後の衣装はセーラー服風なのだが、スカートは引きずる位のロングスカート。
ソウルジェムは深紅のピアス形状で、右耳につけている。

固有魔法は身体能力の向上と強化のみだが、普通の魔法少女よりも上がり幅は遥かに大きい。防御力も高いが、回復力は相当に劣っている。
使用武器は、メリケンサックと拳&安全靴と蹴り。つまり、ほぼ格闘。極端に射程距離が短い分は、手数と素早さで補うという、極めて変わった魔法少女。

魔法少女らしからぬ戦い方で「最も破天荒な魔法少女」とQBに言われる。


――

紙籤 篭利(かみくじ こめり)14歳

半年前に契約した、新米の魔法少女。
薄黄色のショートカットで、活発な印象を持たせる元気娘。小鳥にタメ口だったり、憎まれ口を叩いたりするが、内心では慕っている。
普段は地元の中学に通うが、態度は不真面目。
趣味は買い物。何かと収集癖がある割に、部屋の中は綺麗。

変身後の衣装は、カード形状を模写したドレス。ソウルジェムは薄黄色いネックレスで、カードの形をしている。

固有魔法は、カード化&解除。手で触れた物体を、カードにして持ち運ぶ事を可能し、使う時に元に戻せる。本来は収納の為に得た能力だが、その汎用性は極めて高い。
使用武器はレイピアで、一撃貫く突進力に加えて、カードの補助を使うで威力を増大させる。

明るく情に厚い、ムードメーカー的存在。


虚口 小呑(うろぐち このみ)七歳

先日、契約したばかりの魔法少女。
生まれて間もない頃に患った病気で、視力と声を失い、足が動かなくなった。体は弱く、入退院を繰り返す日々の中、声を得る為に契約した。
白く長い髪と、やせ細った体に白い肌で、魔翌力を維持しないと日常生活が出来ない。
キュウべえの存在を見るのでは無く、感じたとった事から、魔翌力の容量は計り知れないと小鳥に言わしめた。

変身後の衣装は、真っ白な浴衣風の装束。ソウルジェムは透き通る程に白く、ペンダントとして首に着けている。

固有魔法は、伝達。自分の感情を歌で伝える事で、戦闘を補助する事が出来る。歌声の美しさは天下一品。
使用武器はまだ無いので、直接戦闘する事は、能力を含めて不可能。

推定、最年少の魔法少女。その将来は……?

――

【王冠】の魔女 “コメンダトーレ” その性質は【統制】

チェス盤を模した結界に住まい、多数の部下と共に魔法少女を迎え撃つ。
大抵の場合、彼女の的確な指示により部下達だけで魔法少女を潰してしまう為、彼女自身が攻撃に参加する事は稀である。
極めて強い事も確かだが、魔法少女を特別に狙う傾向がある。
統率力と知力に長けた魔女なので、撃破するには戦術を熟知していないと厳しい物になる。


王冠の魔女の部下、その役割は防衛。

球体や馬などの様々な形の頭をした黒い木偶達。頭の形によって能力も異なる。
魔女の指示に忠実に従い、結界内に攻め込んできた魔法少女から魔女を護る。
加えて数も多いので、単身で挑むのは自殺行為。

アイディアの方をベースにして、多少変更を加えている点は、ご了承ください。

ちなみに、本編キャラを目安に、強さの比較も考えてみました。
相性の問題もありますが、参考にするとこんな具合かな?って感じです。

基本戦闘能力

小鳥>マミ、杏子
籠利≧さやか
小呑<ゆま
魔女>オクタヴィア


魔翌力の容量

小鳥≦ほむら
籠利≒さやか
小呑<まどか ただし、成長した場合はこの限りでは無い。
魔女>本編の魔女(ワルプルギスを除き)


余談ですが、魔女の名前が無かったので、勝手につけさせて頂きました。

コメンダトーレとは、イタリア語でボスとか社長とか、そう言う意味だった気がします。
うろ覚えなので正しいか知りませんし、綴りも解りません。ごめんなさい。

以上で、投下完了です。

流石に一日で書き上げたので、多少雑な部分もありますが、目をつぶって頂ければ……。
実は、元々ボツにしてたプロットを拾い上げて、手を加えた物だったりします。

本編のまどマギは、結構アレな展開ですが、正直無視しました(^_^;)

機会があれば、本編のSSも書いてみようかと思います。
お付き合い頂き、ありがとうございました。

オリジナル魔法少女のSSを書いたので、投下していこうと思います。
ちなみに、破天荒な魔法少女と同じ作者です。

注意

1.全て三人称になります。
2.魔法少女も魔女も、自分が投下した人物しか出てきません。
3.目茶目茶長い話になりそうです。なお、現時点で構想の半分位しか作れてません(プロットは完成済み)。
4.なので、日を分けて投下していきます。

以上です。投下ペースがバラつきそうですが、ご了承ください。


QB「やぁ。ここで君達に、一つ質問をしよう」

QB「魔法少女同士でチームを組む事は、有効だと思うかい?」

QB「当然ながら、メリットもデメリットも存在する」

QB「魔女の討伐が確実になる事が、メリットだとすれば……」

QB「グリーフシードの取り分が減る、デメリットも出てくるのさ」

QB「今回紹介する魔法少女達は、仲間と言う存在に恵まれた事が、最大の幸運だっただろうね」

QB「……そして、彼女たちは自分達をこう名乗ったんだ」



――激弾・紅孔雀


1.今すぐ契約して、魔法少女になってやるよ!!

 お転婆娘という言葉は、大人しくない女の子に使う言葉だ。
 しかし、一之瀬圭と言う少女には、その言葉さえ生温かった。
 身長も小さくショートカットのヘアースタイルなので、一見すると小学生の男子と間違えられそうな容姿だが、中学二年の女子である。
 そして、女の癖にと男子に罵られれば、言ったその男子を投げ飛ばす。またはぶん殴る等、力任せで黙らせる、気性の荒い性格。空手と合気道の有段者だけあり、そんな事は圭にとっては造作も無い事だが、倫理的には大いに問題の有る行為である。
 付いたあだ名は、メデューサ、女三四郎、爆弾娘etc……。兎に角、一言で片づければ、超問題児だった。そして、自らを暴力女王と自称していた。

 そんな圭は、下校時間ギリギリになって、ようやく帰路に付く事が出来た。
「あのハゲ教頭……今度こそ、ブン投げてやる……」
 ブツブツと独り言を呟きながら、校庭を歩く。遅くなった理由は、体育館倉庫の掃除を命じられていたからだ。
 普段の素行から推測すれば、何かしらの問題を起こしたのだろう。自業自得である。
 まだブツブツ言いながら、校門を潜ると、黒いロングヘアーで眼鏡をかけた大人しそうな少女が、圭の事を待っていた。
「遅いよー、圭ちゃん」
「おー、待たせたね。洋子」
 待っていた少女、橘洋子は圭と長年の付き合いの有る幼馴染である。
「いやー、あのハゲ教頭に掃除させられててさ、すっかり遅くなっちゃったよ……」
「もー……今度は何したのよ?」
「柔道部の男子と喧嘩して、ブン投げてやった!!」
「それは、圭ちゃんの自業自得だよ……」
 薄い胸板を張りながら、偉そうに言う圭に向けて、洋子はジトッとした眼差しを送っていた。
 見た目も性格も対極的な二人だが、何時も二人で行動を共にしている。お互いに取って欠かせない、心から許せる良き親友なのである。
 そんな他愛も無い話をしながら、下校をしていた。まだ、自宅までは距離のある繁華街の真ん中で、洋子は何かを思いたった様に突然口走った。
「あ……ごめん、圭ちゃん」
「ん? どうかしたの?」
「私、用事有ったの忘れててさ。ちょっと行くとこが有るんだ……」
 愛想笑いをしながらそう告げる洋子だが、言葉の歯切れは今一つ良くない。
「そうなの? アタシも付き合うよ、どうせ暇だし金も無いしさ」
「ううん、すぐ済む用事だし……大丈夫だよ!! また明日ね!!」
 そう言い残して、洋子はその場から急ぎ足で立ち去った。
(……何かおかしいな)
 長年付き合ってきた親友の怪しい行動に、圭は疑問を抱かずにはいられなかった。
(そう言えば、最近変な行動ばっかだな……何か隠し事してるっぽいし……)
 その場に立ち尽くしたまま、メモリーの少ない脳みそをフル回転させていると、ある結論に到達していた。
(もしや……男でも出来たのか!? 何て羨ましい……。
 こうなりゃ、洋子のしっぽを掴んでやる!!)
 圭は、考えるより体が動くタイプの人間だった。こうしては居られないと、洋子の歩いて言った路地へ向かい、後を付ける事にしたのだ。


 細い路地を、勘に任せて進む圭。兎に角、真っ直ぐに歩いていく。
(……でも、こんな方向に行っても、何も無いよな? デートの待ち合わせにしちゃ、随分と変な選択だな)
 そうして、路地を歩いて辿り着いたのは、潰れたパチンコ屋の裏口だった。
(……これは、デートの待ち合わせ何かじゃない。まさか……洋子は誰かに脅されているんじゃ無いのか!?)
 圭の脳裏に、嫌な予感が過ぎる。
(こうなりゃ、やってやるしかないじゃん!! アタシの親友を救い出さなきゃ!!)
 まだ、そう決まった訳では無いのだが、圭の頭の中は親友を助ける事で一杯になっていた。覚悟を決めて、パチンコ店に飛び込んで行く。
 壊れかけのドアを回し蹴りでぶち壊し、廃墟の中に飛び込んで行った。
「洋子ー!! 居るなら、返事しろー!!」
 声を張り上げたが、コンクリートの壁に反響するばかりで、中に人影は無い。
「……おーい!! 誰も居ないのかー!!」
 もう一度声を出して、洋子の事を呼びかけた時だった。
(……何だ!?)
 圭の背筋に、冷たい汗が流れた。ドクン、と心臓の音が高鳴る。
 慌てて振り返ると、さっきまで歩いていた道が消え去っていた。
 再び前を向きなおすと、視界に見えているのは、パチンコ店では無くなっていた。
「……何だよ、コレ!?」
 圭は、目の前にある異質の空間を、呆然と眺める事しか出来なくなっていた。
 ドクン、ドクン、と心拍数が上がっていく。
(……これ、ヤバい)
 本能的に察知していた。ここに居たら、死ぬと。早く逃げないと。来た道は無い。どうすれば良いのかと、圭の思考回路がグルグルと回る。しかし、考えても、どうにも動けなかった。
「オイオイ……幽霊でも居るのかよ? 悪い夢でも見てるのか?」
 圭はポツリと呟いてしまう。
 目の前に広がる空間から、幾つもの醜いバケモノが生み出されているのだから。

【漫画】の魔女の手下“ジャネット”その役割は【読み聞かせ】

 一つ目が生えた漫画本に、蝙蝠の羽が付いていた。奇怪なモノが、何匹も宙を舞っている。
(……散々、悪さしたからなぁ……地獄にでも来ちまったのか?)
 圭の口元が、自嘲的な笑みを作っていた。
 そして、バケモノの一匹が、圭に向かって飛んできた。
「……ッ!?」
 ゾクリ、背筋が凍りついた。


 キィン、と鋭い音が響き、バケモノは弾かれていた。
「……何なの!?」
 反射的に声が出てしまう。辺りをキョロキョロと見渡すと、足元に黄色く光る魔法陣が描かれていた。
「……大丈夫だよ。圭ちゃんの周りに結界を作ったから」
 圭の耳に、とても聞きなれた少女の声が届いた。
「その声……何で!?」
 化け物の前に降り立ったのは、幼馴染の洋子だった。しかし、服装はさっきまでとは全く違っている。
 檸檬色の小袖を羽織り、手に握りしめるのは短筒の火縄銃。奇妙な姿で、はっきりと洋子は言った。
「……私は、魔女を退治する“魔法少女”だから!!」
「魔法……少女?」
 圭は、結界越しに洋子の後ろ姿をジッと見つめた。
(着物と火縄銃で、魔法少女て……)
 内心で軽く突っ込んだ。声に出してしまうのは、余りにも無粋だと思ったのだろう。
「……こんな私だけど、護って見せるよ!!」
 洋子は決意に満ちた表情で、はっきりと言った。
 バン、と銃声が反響した。閃光がバケモノを貫く。魔力で作り上げた弾丸で、狙い撃ったのだ。
(……これが、魔法少女って奴なのか)
 普段の洋子からは考えられない行動に、圭はゴクリと息を飲む。今は、ただ見つめる事しか出来ない。
「魔法少女を、その目で見た感想はどんな気持ちだい?」
 圭は足元から聞こえた謎の声に、ハッと我に返った。
 そこに見えたのは、深紅の瞳で見上げる、猫の様な生物。耳から垂れ下がる、筆の様な毛に、輪っかが浮いている。
「……猫が喋った!?」
「僕は猫じゃない無いよ」
 その生物は、間髪入れずに反論した。
「僕の名前はキュウべえ。魔法少女の使いさ」
 キュウべえと名乗った生物は、そう断言した。
「……魔法少女って言われてもねぇ」
 圭は、たちまち困惑した。と言っても、そこまで悠長にしている場合でも無い。結界が無ければ、即座に死んでいるだろう。
「魔法少女は、魔女を倒す使命を持つ者さ」
「魔女って……あのバケモノの事か?」
「あれは、魔女の使い魔だよ。魔女の本体は、この結界の奥に潜んでる」
「……」
「魔女や僕の姿は、魔法少女の資質を持つ者にしか見えない。従って、君にもその資質が有るんだ。
 一之瀬圭。君の願いを一つだけ叶える代価として、僕と契約して魔法少女になって欲しいんだ」
 圭は、キュウべえの話を無言で聞きつつ、洋子の後ろ姿を目で追う。


 洋子の放った銃弾が、最後の使い魔を貫いた。
「……ふぅ」
 一息ついて、洋子は少しだけ安堵した様だった。
「……」
 圭は未だに言葉を出さない。僅かな沈黙が、結界の中を支配していた。
「安心はまだ出来ないよ!! 魔女はこっちに来たみたいだ!!」
 キュウべえは、そう口走った。
 その言葉と同時に、地鳴りと共に、結界が大きく揺れた。
「あれが……魔女!?」
 目前に現れたのは、巨大な本に手と足が生えており、大きな一つ目が真っ直ぐに洋子を見下ろしている。正真正銘の怪物。

【漫画】の魔女“アンリ”その性質は【暇潰し】

 洋子は、その巨体に向けて、自らの銃を構える。
 バン、と銃声と共に、檸檬色に光る銃弾が魔女に向かい撃ち出された。しかし、一発では魔女はビクともしない。それどころか、魔女の手が洋子の体を弾き飛ばした。
「きゃあ!!」
 悲鳴と同時に、洋子の体は結界の端に追いやられた。倒れてはいないが、洋子は大きくダメージを受けている。
 追い撃ちをかける様に、魔女は洋子へと向かい始める。
「……まだ負けてないよ!!」
 洋子も応戦とばかりに、何発も銃弾を発射する。

 結界の中に留まる圭は、自然と握り拳に力を込めていた。
 圭の口が、ゆっくりと開き始めた。
「大体さ……友達に護られるって、アタシの性分じゃない。一緒に並んで戦った方が、全然マシだわ」
「なるほどね。君は、戦いたいと望んでるんだね」
「ああ。……キュウべえ。アタシも、魔法少女になれるんだろ?」
「勿論だよ。今すぐにでも、契約は可能だよ」
 キュウべえの言葉を聞き、圭は真剣な顔つきで言葉を告げる。
「だったら……今すぐ契約して、魔法少女になってやるよ!!」
「……一之瀬圭。契約の対価に、君は何を願うんだい?」

――あの魔女を叩きのめす力が欲しい!!


 決意の言葉と共に、圭の体は朱色の光に包まれた。
「……契約は完了したよ。君の願いは、エントロピーを凌駕した!!」
 キュウべえの言葉と共に、圭の姿は変貌を遂げていた。
 慣れ親しんだ、合気道の道着。袴とソウルジェムは、美しい朱色に染められていた。
「……どうだい気分は?」
「呑気に感想言ってる時間は無いんだよ!!」
 キュウべえの言葉をバッサリと切り捨て、圭は両手のトンファーを一振りして、洋子の作った結界を叩き割った。
「行くよ!!」
 そのまま一直線に突っ走り、魔女の横っ腹にトンファーで一発叩き込む。
 ドン、と強い衝撃と共に魔女の体がふっ飛んだ。
「……圭ちゃん!?」
 洋子は、思わず叫んだ。
「細かい事は後回し!! 早い所、あの魔女を打っ倒すよ!!」
 圭はニヤリと笑みを見せていた。
「……うん!!」
 洋子は強く頷いた。少し嬉しそうに、口元を綻ばせて。

 今契約したばかりで、魔法が何かも解らない。しかし、圭は果敢に魔女に向かい攻撃を繰り出した。
 トンファーで殴りつける。空手で教わった蹴りを繰り出す。
(……解らないけど、何だろう)
 格闘技は素人じゃない。今は直感と、体が覚えている感覚だけで、魔女に立ち向かう。
(湧き上がってくる……この感覚……)
 不思議な昂揚感は、全身全ての細胞を活性化させる。
「……凄い」
 ポツリと呟いた洋子。気が付けば、援護射撃の必要さえ無くなっていた。
(違う……溢れ出してくるんだ!!)
 目にも留まらぬ連続攻撃。初陣とは思えない軽やかな動きで、魔女を翻弄する。
 ズドン、と魔女に深々と蹴りが突き刺さると、巨体が大きくふら付いた。
「圭ちゃん、離れて!!」
 洋子は叫んだ。魔女に向けて構えた銃口は、黄色に輝く大きな弾丸を作り上げていた。
「……オッケー!!」
 素早く魔女との間合いを広げる圭。対して、魔女は圭の動きを追う事が出来ない。
 そして、洋子の人差し指が、引き金を引いた。
「いっけぇー!!」
 バァン、と一際大きく乾いた銃声が轟いた。檸檬色の閃光は、一瞬で魔女の体を撃ち抜いた。
 叫び声を上げる暇も無く、魔女の体は横たわっていた。


 同時に、異質の空間は消え失せ、元の店舗に姿を戻していた。
「君は凄いね。契約仕立てで、ここまで戦える魔法少女は、中々居ないよ」
 キュウべえは感心した様子で、圭の姿を見上げていた。
 しかし、圭の表情は潔しとはいかない。洋子の事をジッと見つめる。
「圭ちゃん……?」
 洋子は呆然としたまま。圭は一歩だけ歩み寄った。
「……ていッっ!!」
 圭は洋子のおでこに、デコピンを打ち付けた。
「……痛い」
 洋子は涙目で、おでこをさすった。
「納得出来ない事が二つあるよ。
 まず一個目は、アタシに魔法少女の事を黙ってた。こんな危ない事、洋子一人でやるなんて、許さない」
 圭はワンテンポ置いてから、二つ目の事を口から出す。
「もう一個は、こんなに楽しい事をアタシに内緒にしてた」
「……楽しい?」
 キョトンとして、洋子は固まってしまう。
「こんな特別な力を手に入れて、しかも暴れられる相手が居る。楽しくない訳が無いじゃない」
 圭は、ニヤリと微笑を見せて、拳を作る。
「……圭。君は、魔女を見て恐怖を感じないのかい?」
 そう口走ったキュウべえを見下ろしながら、圭は当然とばかりに力強く答えた。
「これこそ、暴力女王の描いてた世界よ!!」
 大胆不敵な台詞は、紛れも無い本心。
 魔法少女、一之瀬圭の物語は、これから始まるのである。


まずは、第一話目の投下完了です。
書き貯めはそんなに無いので、少しスパンが空きそうですが、気長に見守って下さい。

余談ですが、まどかマギカの外伝漫画に触発されたのは内緒です。

全部、書き上げたので一気に投下します。

4.激弾・紅孔雀……カッコイイだろ?

 先日の魔女を撃破して以降、四人の関係は少し変化を見せていた。
 共に共闘した事で、それぞれの実力を認めたのか。鉢合わせても、特に揉める様な事態は起こらなくなった。
 そこで、圭はキュウべえに頼んで、中心街の公園に洋子と和、そして知美を集合させたのだ。

 公園に一番乗りした洋子は、キュウべえと一緒に時間まで待ち合わせる。約束の時間ピッタリになると、和と知美が姿を見せる。
「よー。急に呼び出して、何の用事だよ?」
 私服姿の知美は、特に警戒している様子も無い。
「魔女の反応は、特に無い様だが?」
 同じく和も、魔女退治の時とは違い、穏やかな表情だ。
「こんにちわ。何でも、圭ちゃんが魔法少女四人で話したい事が有るみたいなんだけど……」
「……その圭は、まだ来てないのか」
 バツが悪そうな洋子から事情を聞くと、和は周囲を見渡した。
「呼び出しといて遅刻とか、ふざけてんじゃん……」
 知美は呆れた様子で、肩を落とした。
「僕も、圭から詳しい事は聞いてないんだ」
 と、キュウべえも事情を知らない様だった。
 ちなみに、圭が集合場所に現れたのは、約束の時間から十数分経過してからだった。
「いやー、お待たせ」
「……遅い!!」
 ようやく現れた圭に、一同は一斉に突っ込んだ。
「いやーごめんねー。急に呼び出して」
 悪びれる様子があまり無い圭。
「そう思うなら、約束の時間は守って貰いたい……」
 ジトッとした目でそう言って、和は釘を刺す。
「つまんねー事だったら、マジで張り倒すからな」
 知美もそう言って、圭を睨む。今回ばかりは、圭が悪いのだが。
「ま、そう言うなって。結構、面白い事考えたんだから」
 圭は自分の行動に、随分と自信が有る様だ。
「面白い事って?」
 洋子は、首を傾げながら圭を見つめる。
「アタシ達で、魔法少女のチームを組むのさ!!」
 効果音が付きそうな勢いで、圭はそう断言した。

「……」
 一同は呆然とした後、圭に対して妙な視線を送る。
「何だよ……その反応は?」
 リアクションの薄さに、圭は少々戸惑っていた。
「……前例は確かに有るよ」
 フォローするように、キュウべえはそう呟く。
「だろ?」
 一瞬、圭の顔が明るくなった。
「でも、長続きした例は皆無だね」
 と、キュウべえに言われて、再び落胆した。
「ま、そうなるだろうな……」
 知美は、キュウべえの言葉に納得した様子だ。
「そうかな? 私は良い考えだと思うけど……」
 洋子は、圭の案を肯定的に捉えている。
「確かに、魔女を退治するなら、人数が居た方が良い……。だが、下手に増やせば、グリーフシードの数は足りなくなる。
 魔法少女同士の揉め事の大体は、グリーフシードの奪い合いか、縄張りの争いが原因だからな」
 和の言葉に、キュウべえの首は縦に動いた。
「和の言う通りさ。最初の内は分け合ったりしてても、グリーフシードの数が少なくなれば、分ける事は出来なくなる。
 それに、そのチームに加わっている仲間が、裏切る事だって十分有り得る話さ。過去に魔法少女がチームを組んでも、長く続かなかったのはその為だよ」
 前例を引き合いに出して、キュウべえは圭の考えを否定する。
「アタシの考えは、そうじゃないのよ。チームを組むって言っても、四人で常に行動する様な、仲良しチームを作る気は無いのさ。
 アタシ達の街を、治外法権にするのさ!!」
 圭は微笑しながら、そう答えた。
「治外法権……?」
「えっと、外国の領土にいても、その国の法律で裁かれない権利の事だよ」
 意味を理解できなかった知美に、洋子は治外法権の意味を説明した。
「そう。簡単に言えば、今まで地区で分けてた縄張りを無くす。この街に現れた魔女はアタシ達で退治するんだけど……獲物は早い者勝ち。倒した奴が持って帰る。
 もし、一人で倒せない強い魔女が居れば、他の奴らも手を貸す。そうすれば、無駄なゴタゴタは無くなるんじゃない?」
「なるほどね。もし、仮に圭が手に入れたグリーフシードを、ウチが奪おうとしたら?」
 和は嫌な類の質問をした。
「それはバツ。でもさ……簡単に奪えると思える?」
 しかし、圭はニヤリと笑っている。
「……一個のグリーフシードを奪う為に、魔力を使い切るバカはそう居ない」
 和も同調する様に、笑みを浮かべた。
「面白いじゃん。その考え、乗った」
「私は、皆で手を組むのは賛成だよ」
「良いよ。ウチも乗らせて貰う」
 三人とも、圭の提案に賛成した。
「君達の好きにすると良いさ。僕が口を挟む問題じゃ無いからね」
 キュウべえは、そう告げた。肯定もしないが否定もしない、中間の回答だ。
「決まりだね。これから、よろしく頼むよ」
 圭は右手の親指を立てるジェスチャーを見せた。
「でもよ、一個聞いて良いか? 何で、わざわざチームを組むって言い方したんだよ?」
 知美は、改めて圭に聞いた。ニュアンス的には、手を組むでも十分なのだが。
「簡単さ。その方が、余所の連中に睨みが効きそうだろ? チームの名前まで考えてきたんだしさ」

 一回咳払いしてから、圭は息を吸い込んだ。全員が、その一言に耳を傾ける。
「激弾・紅孔雀……カッコイイだろ?」
 三人と一匹は、呆然としてリアクションを取れない。
「……ゲキダン?」
「そ。過激の激に、弾丸の弾。後さ、孔雀って派手に羽を広げるし、何かカッコ良かったから、紅孔雀って名前に決めたんだ」
 圭は、意気揚々と胸を張っている。
(……正直、微妙)
 知美は、ヤレヤレと溜息を吐き出した。
(孔雀が羽を広げるのは、雄だけなんだよね……)
 洋子も呆れ気味で、心の中で突っ込んでいた。魔法少女は女、生物学的には雌である。
「……と、兎に角。名前は何でも良い……。ウチ達はウチ達の戦いをするだけ」
 和に至っては、フォローする気が無い様である。
「良いじゃ無いのよ。アタシ達四人なら、どんな魔女が相手だって、負けやしないのさ!!」
 圭は、根拠も出所も不明な自信を見せつけていた。
「……フフ。君達の健闘を、陰ながら応援させて貰うよ」
 キュウべえは、紅孔雀を結成した四人に向けて、そう“激励”した。


 翌日の夕方。
 和の持つソウルジェムが点滅し、魔女出現のサインを出した。速攻で変身を完了させ、現場に急いだ。
 再開発地域の工事現場に、魔女の結界が見えていた。
(……あそこだな)
 結界の入口にたどり着くが、一番最初に到着していた訳では無かった。
「……あれ? 和も来たん?」
 と、一番乗りしていたのは、隣地区の知美だった。
「来たと言われても、ここから一番近いのはウチだからな」
「……それもそーか」
 知美は納得した様子で、和を見ていた。
「さて……退治の方はどうする」
「やるに決まってんじゃん」
「早い者勝ちってルールだからな。ウチは後ろから見物させて貰うとするよ」
 和に言われ、知美は口元をニヤリとさせた。
「オッケー。先に行かせて貰うよ」
 そう言って、意気揚々と結界に侵入する知美。続いて、和も結界に侵入していくのだった。

 通路の様な結界の中を進み、奥の大きな扉を開ける。そこは丸で、ライブ会場の様な雰囲気だった。
 ポップな曲が流れ、人型の使い魔達が一糸乱れぬダンスを披露している。

【歌謡曲】の魔女の使い魔“ピアニッシモ”その役割は【踊り子】

 多数の使い魔達を睨みつけ、知美は自身の身長よりも長い薙刀を構えた。
「さて……速攻で片づけるよ!!」
 気合を入れて、群れに飛び込んで行く知美。瞬間移動を発動させ、使い魔の目前に現れる。そして、薙刀を一振り。
 ズバッと、真っ二つに切り裂いた。
「……おっと、邪魔したら怒ってる?」
 呑気な感想を述べると、使い魔達に取り囲まれている。そして、両サイドから使い魔が攻撃を仕掛けた。
 使い魔の攻撃は、空発に終わる。知美は、既に消えている。
「こっちだよ!!」
 知美は罵りながら、使い魔を後ろからぶった斬った。更に、薙刀を振り回しながら使い魔の群れのを無双していく。
 結界の端で見守る和は、刀を抜く気配が感じられない。
(……薙刀は斬撃系の武器では最強だが、使いこなすのは難しい。知美は、十分に使いこなしているな)
 むしろ、関心した様子で、戦いを見物しているだけだった。
 和の言う様に、薙刀は刀よりも遥かに強い武器である。何故なら、刀よりも遠い間合いから攻撃出来る上に、手の握る位置を変えれば、近い間合いでも斬撃が可能になる。
 間合いに応じて、射程距離を変えられるのが、薙刀の大きな長所だと言える。
 反面、武器その物が長い為、振り回すには慣れを必要になるが、知美は上手く立ち回れていると言えよう。
 余談だが、剣道と薙刀で同じ段位なら、薙刀の方が圧倒的に強い事も事実である。

 知美の大立ち回りで、使い魔は大方片付いていた。その間、和は一切手を出していない。
「いっちょ上がり!!」
「これからが本番だ。気を抜くには早い」
 得意げに声を張り上げ、ポージングまで決める知美に、和は手厳しく突っ込みを入れる。
 ここからが、魔女のお出ましなのだ。


 何処からとも無く、唄が聴こえてくる。魅了するような歌声は、知美と和の耳にも聴こえていたのだ。

【歌謡曲】の魔女“フォルテッシモ”その性質は【唄】

 ステージの中心に現れた魔女は、直立不動のまま、二人の魔法少女を見つめていた。
 血気盛んな知美は、魔女に向けて薙刀を構える。
「突っ立てるだけなら、魔法を使うまでも無いね!!」
 知美は地面を蹴りだし、一直線に魔女に特攻する。
 対して、魔女は動く気配が無い。ただ、大きく息を吸い込んで、その口から唄を口ずさんだ。
(あの魔女……妙だな)
 和の背筋に、汗が一筋流れる。あまりにも隙の多い魔女の動きに、嫌な予感を感じていたのだ。刀に手をかけて、援護できる体制を作る。
 魔女の目先にまで、知美は接近していた。後、二、三歩で、射程圏に捉えられる所に来ていた。
(……何だ?)
 知美の足は、突如として停止した。進もうとする意志は、全く足に伝わらない。
(……あれ? 魔女に……ノイズ?)
 視界が朧気に見え、動こうとする意識は遮断されている。
 ただハッキリとしているのは、魔女の唄が聴こえる聴覚だけ。知美の意識は、そこでブラックアウトしてしまった。
 呆然と立ち止まる知美を見て、和はやられたとばかりに表情をしかめっ面に変えていた。
(……迂闊だった。あの魔女は、催眠術を使うタイプだ……)
 用心していなかった事を後悔するが、既に知美は催眠術にかかっている。
(恐らく、ある程度近づいている人間は、あの唄で操られる……。このままなら知美が危険だが、こっちも下手に近づけない)
 今の段階で手の打てる策を考えるが、接近戦タイプの二人では、近づかないと攻撃が出来ない。せめて、圭か洋子のどちらかが居れば攻略出来たのだが、今から援軍を呼べる時間は無い。
(唄を聞かなければ、操られる事は無い……。耳栓の変わりになる物は……)
 和は、自分の体の周りをまさぐった。しかし、生憎耳栓の代用に成りそうな物は出てこない。
(催眠のかかるギリギリまで近づいて、斬撃を飛ばせば……。でも、仮に届かなかったとすれば……。いや、考えてはいけない。
 覚悟を決めて、あの魔女を斬るしかない!!)
 刀に手をかけ、和は攻撃の態勢を整えた。魔女に向かい、飛び掛からんばかりの勢いだ。


 意識の無い知美は、ゆっくりと動き始めた。あろう事か、薙刀の切っ先を自分の方向に向けて構えている。
 しかし、歌い続ける魔女は首を傾けて、知美を凝視している。
 不審な行動は、魔女の催眠なのか。それとも、違うのか。
 そして、知美は自慢の武器で、自分自身の左腕を斬りつけた。
「いっ…………てぇー!!」
 直後に、知美は叫んだ。
「……!?」
 突然、結界中に響く大声で叫ばれ、和は驚きの余り足を止めてしまった。
(……あの動きは、魔女の催眠じゃなかった?)
 そう考察した和。何故なら、催眠にかかった状態なら、叫び声を出す事は有り得ないからだ。
「……いってーけど……これなら、意識ははっきりするよ」
 微笑を浮かべながら、知美は得意気に言った。目には涙が溜まって、斬りつけた左腕からは、血が噴き出ているが。
(痛みで、催眠から目覚めた訳か……。本能でやった行動とは言え、無茶な事してる)
 呆れた様に、和は溜息を零した。
 しかし、援護が必要無い事も、同時に理解した。
「さっさと、片付けるよ!!」
 気合を入れ直し、右手一本で薙刀を構え直した。左手は、力無くダラリと垂れ下がっている。恐らく腱が切れており、その痛みも相当に応えている筈だ。
(一発で決めてやる!!)
 知美は瞬間移動を発動させ、魔女の目前から姿を消した。標的を見失った魔女は、唄う事を止めて、周囲を見渡す。視界の360度の中に、知美の姿は無い。
「……いただき!!」
 その知美は、魔女の真上10メートルに出現していた。落差を利用して、縦一直線に一刀両断。
「どんなもんよ!!」
 得意顔で言うと、魔女の本体は消滅し、グリーフシードに姿を変えていた。


 結界が解けると、和は急いで知美の腕に回復魔法をかける。
「全く……知美と言い圭と言い。この街の魔法少女は、無茶な戦い方をし過ぎだ」
「固い事は言いっこなし。終わり良ければって、良く言うじゃん?」
 知美の短絡的な考えに、和は呆れて物も言えない様子だ。
「……よし、治った」
「ん……あんがと。しかし、その魔法便利じゃん」
 早速グリーフシードを拾いながら、知美は感心しながら言った。
「自分の願いと、固有魔法は重なるからな……」
 そう呟いた和は、少しだけ表情が曇っていた。
「ふーん……。何か、訳有りって感じじゃん?」
「……それなりにはね。
 折角チームを組んでいる事だし、話しても良いのかもしれないな……ウチの願いを」
 和は少しだけ、表情を穏やかにした。
「おっ……気になるし、聞きたいじゃんか」
「……ああ」
 そう言いながら、和は頭に巻いているバンダナを外した。
「……そのキズが、願いの理由って事ね」
 知美は、和の額に走る大きな傷跡を見つめた。
「そうさ……一年前に交通事故に合った時にな。その頃、剣道部のエースを務めてて、国体の代表にも選ばれた矢先だった。
 運が良くて半身不随、下手すれば全身麻痺。医者にそう言われた時、自分の運命を呪ったよ。
 その時、病院に姿を見せたのはキュウべえだった。どんな願いも奇跡も叶えられる対価として、魔法少女になって欲しい、と。
 ウチは二つ返事で、体を治したいって答えた。藁にもすがる思いだったし、体の感覚が戻った時には、泣く程嬉しかったよ……」
 そう語る和の瞳には、かすかに光る物が浮かんでいた。少しだけ、心の闇を出せれた瞬間だったのだろうか。
「……思いの他、凄い壮絶だったわ」
「他の魔法少女の願いは、どういう物かは知らないけどな。皆、こういう物じゃないのか?」
「いやー……あたしの願いは下らないからさぁ」
 知美は、急に口ごもった。
「……知美らしくないな。ウチは話したんだから、願いの内容を聞きたいもんだぞ?」
「あたしの願いって、ホントバカ過ぎるけどイイの?」
「そう言われると、尚更気になるな……」
 和はそう言いながら、知美をジトッと見つめた。観念したように、知美は深呼吸をする。
「あのさ……あたしって牛乳好きで、良くがぶ飲みするんだけど、その度にお腹が下るのよ……」
「……はぁ?」
「んで、ある日キュウべえに魔法少女の素質が有るって言われた時、いきなりお腹が痛くなって……トイレ行きたいって、思わず言っちゃったら……」
「それが、願いになってしまった……?」
 和に言われると、知美は恥ずかしそうに頷いた。
「……そしたら、急にトイレに着いてて、キュウべえには契約完了だよってトイレで言われるし。
 後にも先にも、トイレの中でソウルジェムを確認したのは、あたしだけだと思う……」
「……かける言葉も無いな」
「そのせいで、瞬間移動は10メートル位しか出来ない、中途半端なもんだし……。便利っちゃ便利だけど……」
 恥ずかしそうに言う知美を見て、和は肩を震わせていた。
「おま……何笑ってるんだよ!!」
「知美がモジモジしてるのが、どうも笑えて……」
「和ー!!」
 今度は怒りで、顔を赤くする知美を見て、和はその場からそそくさと退散。知美も慌てて和を追い回す。
 魔法少女と言えど、少女。まだ年相応の幼さは残っているのだ。

 夜でもシルエットが解る白い体の持ち主は、電柱の上から真っ赤な瞳で、彼女たちのやり取りを見つめていた。
「過去にチームを組んだ魔法少女が長続きしなかった理由は、何も縄張りやグリーフシードだけが理由じゃないよ……。
 常に近くに魔法少女が居るって事は……それだけ魔法少女の真実を知る機会が増えるんだよ……フフッ」
 キュウべえは、ただ傍観しているに過ぎなかった。

5.バカにすんな!!

 紅孔雀を結成して、一か月が経過した。
 元来、徒党を組む魔法少女は非常に珍しいので、紅孔雀の名は他地域の魔法少女達に大きく噂を広げていた。
 噂話が好きな少女ばかりと言う事も理由に挙げられるが、何よりも四人とも強かったという事実が、紅孔雀の名を加速させる一因だった。

 圭は、昼下がりの街を練り歩き、魔女か使い魔を探していた。魔女退治と言う名目のストレス発散。今日の彼女は、機嫌がよろしくない。
(くそー……こういう時に限って、魔女も使い魔も出ない)
 口を尖らせながら歩く。チラリとソウルジェムを見ても、出現する気配は微塵も無い。
 大きく溜息を吐き出して、今日はツキが無いと、諦めムード。トボトボと足を進め続ける。
「あの~……紅孔雀の一之瀬さんですよね?」
 そんな時、圭とすれ違い様に声をかける少女が居た。圭は、声をかけてきた少女に視線を向けるが、全く面識の無い少女だった。紅孔雀の名前を言う事から、魔法少女には間違いないのだろうが。
「ん? そうだけど、何か用?」
「実は、先日の事なんですけど……紅孔雀の橘さんって方に、助けて貰ったんです」
 見知らぬ魔法少女は、嬉しそうにそう言った。
「ほー……。アイツもお人好しだな」
「けっこう強い魔女だったんですけど、橘さんが来てくれたお蔭で倒せたんですよ。出来れば直接お礼を言いたいんですけど……」
「うーん……今日は全然連絡取れないし、最近一緒に行動してないからなぁ……。ま、会った時に伝えとくよ」
「すいません、わざわざ。では、失礼します」
「うん。アンタも、気を付けてな」
 そして、魔法少女は足早に立ち去って行った。
(……最近、どうも付き合いが悪いのはそのせいか。ったく……)
 一人になると、ついつい悪態をついていた。わざわざ、慈善活動をする程、圭は良い人では無いのだ。
 ただ、洋子の行動は魔法少女として致命的だという事に、圭は気が付いて居なかった。


 同じ頃、洋子は隣町にまで足を伸ばしていた。
(ホントは、こういう事しちゃダメって皆言ってたけど……ちょっと手助けする位なら、文句言われないもんね)
 本来は、縄張りの外での魔女退治はご法度で有る。しかし、向こうの魔法少女に手を貸して、グリーフシードを渡すのなら何も問題は無い。洋子は、そう考えていた。
 手を借りた側も、苦労せずにグリーフシードを得る事が出来る。むしろ、洋子に取ってはデメリットしか見当たらない。
(だって……魔法少女同士で助け合うって、とっても良い事だと思うもん)
 洋子は優しい。見返りが無くても、手を差し伸べられる程、人が良い。魔法少女は希望を振り撒く存在だと、本気で思っているのだ。

 狭い路地の方角に向かって、ソウルジェムが微かな反応を見せた。
(反応が弱い……使い魔かな?)
 兎に角、反応のする方へ足を進めて行く。
 小さく点滅を続けるソウルジェム。魔力の反応は変わらないので、恐らく移動はしていない。
(……こっちだ)
 塀を飛び越えて地面に降り立つと、薄汚れた自動車解体所がそこに合った。
 洋子は周囲を見渡すが、使い魔は居ない。その代わりに、憔悴しきった一人の魔法少女が、廃車にもたれ掛るように立ち尽くしていた。
 その魔法少女は、焦点の合わない目で、洋子の方をジッと見つめた。
「……何で? どうして……?」
 洋子は、自分の目を疑ってしまう。
「何で……あの子から“魔女と同じ”反応があるの!?」
 少女は何も喋ろうとしない。否、喋る事すら、既に出来なくなっていたのだ。


 洋子の背筋に、冷たい悪寒が走った。
 パン、と爆ぜる音がした。真っ黒に穢れたソウルジェムが、真っ二つに割れた。
 黒い靄が、一人の魔法少女を包み込む。
「……嘘でしょ」
 呆然と、見ている事しか出来なかった。砕けたソウルジェムから新たに生まれてきたのは、良く見覚えのある形。魔女の卵、グリーフシード。
 洋子の周囲を、結界が包み込んだ。靄の向こうから姿を現したのは、魔法少女では無い。機械の様な手足を持った、エンジンのバケモノ。

【内燃機】の魔女“ティフォシ”その性質は【機械仕掛】

 突如現れた魔女を前にして、呆然と立ち尽くすしか無かった。
 嘲笑を見せる魔女の足元に、横たわる魔法少女。魂が抜けた様に、ピクリとも動かない。
(ソウルジェムから、グリーフシードが出てきたって……どう言う事なの!?)
 洋子は動揺していた。魔女に銃口を向けるが、狙いが定まらない。
 手は震え、体中から冷や汗が流れる。あの少女に起きた事は、理解出来ても、考えたくも無い事実だったから。
(魔法少女は……魔女になるって事なの!?)
 その結論にたどり着いた瞬間、胃から何かが込み上げてくるのを感じた。
 魔女はゆっくりと歩み寄ってくる。丸で、洋子を誘ってるかのように。
「キャハハ……キャハハハ……」
 その笑いは、自嘲してるのか。それとも、人格が壊れてしまったからなのか。
 ジリジリと近づいてくる魔女に、洋子は恐れ戦いしまう。
「……来ないで……。近づかないでよ……」
 本能的に飛び出る言葉。しかし、魔女の耳に届く筈が無い。
「嫌だよ……殺したくないよ」
 握りしめる拳銃は、ガタガタと震え続ける。戦いたくない気持ちと、死にたくない気持ちがぶつかり合う。
 洋子の葛藤は、冷静な判断を妨げる。魔女の手は、既に洋子の目の前にまで迫っていた。
 そして、たどり着いた結論は……。
「嫌だ……嫌だ……嫌だ!!」
 銃口から放たれた魔弾は、一撃で魔女の胴体を撃ち抜いていた。
「……やっちゃった……人を……殺しちゃったよ」
 魔女はうめき声を上げながら、体を消滅させていく。その姿を見ていると、全身が震えだす。力無く地面にへたり込むと、洋子は涙を流していた。


 結界が消えると、魔女も少女の体も、跡形も無く消え去っていた。
「……どうしよう。どうすれば良いの?」
 自問自答する洋子だが、答えてくれる者は居ない。後味の悪い結末が、洋子の精神を虫食んでいた。溜まらず、洋子はその場に胃液を吐き出してしまった。
「知ってしまったね」
 聞きなれた声が、洋子の耳に飛び込んだ。
「……キュウ……べえ?」
 白い契約請負人は、不気味な位無表情で洋子を見つめる。
「やがて魔女になる君達を……魔法少女と呼ぶ。良く出来ているだろう?」
「ふざけないでよ……。ソウルジェムが、グリーフシードになるなんて、一言も言わなかったじゃない!!」
「聞かれなかったから、言わなかっただけじゃないか。君達人間は、何時だってそうさ。
 都合の悪い真実を聞かされると、決まって他人を憎悪する。自ら望んだ奇跡を、今になってから否定するのかい?」
「……こんな事実、知りたくなかったよ……。こんな事になるなら……魔法少女なんか辞めてやる!!」
 洋子は、ヒステリックに声を荒げた。
 右手の中指に付くソウルジェムを外し、目一杯の力で地面に叩きつけようとする。
「おっと、それを壊すのは止めた方が良いよ。ソウルジェムは、君の魂その物だからね」
「……!?」
「迂闊に壊してしまえば、君の生命活動は停止してしまうよ」
「……ソウルジェムが魂って……私の体はどうなってるのよ!!」
「そうだね。例えて言うなら、ソウルジェムは君自身で、体は後付けのハードディスクの様な物さ。
 傷付けられても、血を抜かれても、腕が欠損しても、ソウルジェムが無事な限りは再生可能さ。魔女と戦うのなら、便利だろう?」
「そんなの……化け物じゃない!! 元に戻してよ!!」
「そんな事不可能に決まってるじゃないか。
 橘洋子。君と契約する際に、聞いたよね? 魂と対価に、何を願う……とね」
 キュウべえの言葉が、洋子の心に重く伸し掛かった。
「……私は……私はどうすれば良いのよ。もう……魔女を倒したくないよ」
「やれやれ……我儘だね。
 君の仲間に、相談すれば良いじゃないか。ソウルジェムが本体で、体は抜け殻。自分達は、これからどうすれば良いか……ってね」
「そんな事……聞ける訳無いよ……」
「ならば、君の自業自得って事さ。
 それとも、君が仲間に見つからないように魔女になれば……君の魂はグリーフシードになって、仲間の回復位の役には立てるかもしれないね」
 突き放すようにキュウべえは言葉を吐き出して、こつ然と姿を消していた。
「……そんなの……嫌だよ……。私は……死にたくないよ……」
 一人取り残された洋子。すすり泣く声が、廃車置き場に虚しく響いていた。


 夕方から、街は雨が降り始めていた。天気予報では、夜遅くまで激しく降るとの事。
 一旦自宅に帰った圭は、携帯電話で通話していた。相手は、洋子の母親だ。
「……そうですか。見かけたら、また電話します」
 通話を切ると、大きく溜息を吐き出した。洋子は、まだ帰宅していなかった様だ。
「あのバカ……」
 ポツリと呟いて、今度はメールを送った。洋子が見つからない、と和と知美に一報を入れる。
 洋子との連絡が途絶えている事に、圭は不安を感じていた。他地域に足を伸ばし、魔女にやられたのか。他の魔法少女に襲われたのか。兎に角、嫌な予感しか頭に浮かばない。
(……ちきしょ)
 圭は考える事を止めた。そして、部屋を飛び出し、玄関へ向かう。
「圭。こんな雨に、何処に行くつもりじゃ?」
 祖父の声が、圭の耳に飛び込む。そして、行く手を阻むように、立ち塞がっていた。
「爺さん、ちょっと出てくるから、晩飯は無しで!!」
 凄まじい勢いで、圭は言った。
「……警報が出ているぞ?」
「関係無いよ……友達が見つからないんだ」
「……警察や消防に任せた方が良い。お前の様な子供が、この雨で探せる筈が無いだろう!!」
 祖父の言葉は、次第に強くなっていった。可愛い孫を、わざわざ危険な場所に行かせる筈が無いだろう。
「バカにすんな!! アタシじゃなきゃ、無理なんだ!!」
 圭は、祖父の眼を真っ直ぐに睨みつけて、一歩も引く気配は無い。
「……」
 僅かな沈黙を経て、祖父はゆっくりと口を開いた。
「……ワシがまだ、二十歳前の若い時だ。戦争も末期に入って、ワシら日本軍は劣性に立たされておった」
「……」
 圭は無言で聞き入れる。祖父の眼は、何かを覚悟している様だったから、圭は聞き入れるしかなかった。
「撤退命令が下り、ワシらは船に乗って島を出ようとしておった。
 だが、仲間の数が足りなかった。上官は、構わず逃げる事を言っておったが、一人の仲間が来ておらん兵隊を探しに向かったのだ。
 ワシは、船に残ってしまったんじゃ……自分の命が惜しくてな」
「爺さん……」
「皮肉なもんよ。仲間を助けようとした連中は死に、自分の身を案じた者は生き残ってしまったからの……。
 ワシはその時、結果はどうであれ、助けに行かなかった事を今でも後悔している。来ていなかったのは、ワシの友達だったからの……」
 そう告げた祖父は、圭の行く道を開けた。
「……爺さん、ありがと」
 圭は、フッと笑みを零した。
「後悔しない様に、好きにして来い。それと……晩飯は作っておくから、必ず帰ってこいよ」
 祖父に言われ、圭は小さく頷いた。そして、玄関から飛び出して行った。
「……ワシにも、息子にも……良く似たもんじゃな。血は争えんか」
 そう呟くと、祖父は眼を細めていた。

 雨の降りしきる中、圭は必死に走った。魔法少女だから、風邪位は魔法で治せるから関係無い。
(……もし、洋子が街に戻ってきているなら……きっとあそこにいる!!)
 洋子の行きそうな場所に、当てが有る。否、確信が有った。
 だからこそ、圭は走った。
(山のふもとの稲荷神社。洋子は……何か有ると、何時もあそこで泣いてたから……)
 走りながら変身。朱色の光が、雨粒を照らし、漆黒の中で煌々と光り輝いた。


 圭が稲荷神社にたどり着いた。
「やっぱり、ここに居たね」
 圭の視線の先には、鳥居の下で、膝を抱えて座り込む洋子の姿だった。
「……圭ちゃん」
「ったく……そんな所で、しょぼくれてさ。皆心配してるから、帰ろう」
 圭はそう言いながら手を差し伸べた。しかし、洋子は手を取ろうとせず、首を横に振った。
「……何が有ったんだよ」
 圭は、手を出したままそう言った。そして、洋子の口から出た言葉は、意外な物だった。
「……どうして……どうして、来ちゃったの?」
「洋子……?」
「私は……もう戦えないよ……。希望を振り撒くなんて……嘘だったんだよ……」
 雨粒が頬を伝い落ちる中でも、洋子が泣いていた事が解った。
「……魔法少女は……魔女に生まれ変わるって事を知っちゃったんだ」
「……!?」
 洋子の一言に、圭の背筋は凍りついた。言葉を見失い、呆然と立ち尽くしてしまう。
「見ちゃったんだ……ソウルジェムから、グリーフシードが生まれる瞬間を……。
 私は……私達は、キュウべえに騙されてたんだ……」
 洋子の理性は、完全に切れていた。ポツリポツリと語っていく最中、圭は洋子のソウルジェムが、完全に穢れきっている事を発見した。
「……洋子、そのソウルジェム……」
 そして、既に手遅れだった。


――私は……まだ死にたくないよ……。

 パン、と言う音と共に、洋子のソウルジェムが爆ぜた。
「……冗談だろ?」
 圭は、最悪の事態を目の当たりにし、全ての思考が停止して動く事も出来なかった。

6.もし許されるなら……この我儘を許してほしい

 圭は、自分自身の目を疑った。否、信じたくなかった。
「洋子から魔女が出てきた……?」
 呆然と見つめるしか出来ない。

【防壁】の魔女“ガーディー”その性質は【鉄壁】

 洋子だった魔女。かつて親友だった魔女を、攻撃する事が出来る訳が無かった。
 圭は、何も考える事はできず、兎に角逃げるしか思いつかなかった。

 辛くも、結界から外に出られた圭。息は荒く、体中が震える。
「……どうなってんだよ」
 圭はポツリと呟いた。
「ふふ……訳が分からない。そんな顔をしているね」
 雨粒が地面を叩く中、聞きなれた声が圭に届く。
「お前……どういう事か説明しやがれ!! 魔法少女が魔女になるって、どういう事だよ!!」
 少し離れた位置から傍観するキュウべえの姿を、圭は睨みつける。
「どういう事って言われたら、そういうシステムだとしか答えられないね」
「何だそりゃ? ふざけてんなよ!!」
「僕は至って真面目さ。
 魔法少女が魔女になる時……大きなエネルギーが得られるのさ。希望から絶望へ、感情が転移した時……莫大なエネルギーが生まれる。それを回収するのが、僕達“インキュベーター”の仕事なんだよ」
「……ふざけんな!! アタシらは、燃料の代わりだとでも言いたいのか!!」
「燃料の代わり? 大いに結構じゃないか。
 君たちの生み出したエネルギーで、宇宙の寿命が延びるんだよ。感謝はされても、恨まれる記憶は無いけどね。
 ありったけの石油を採取して、地球の成分を枯らした挙句に、空気まで汚染させる。君達人間も同じ事をする癖に、自分がやられたら被害者の顔をする。全く、君達は理解に苦しむよ」
「……黙れ!!」
「黙らないよ。橘洋子のお蔭で、また一つ宇宙は延命したんだから……」
「黙れぇっ!!」
 圭は怒りに震え、右手には魔弾を蓄えていた。憎悪の対象、キュウべえに向けて、朱色の弾丸を撃ち出した。
 凄まじい勢いで、魔弾はキュウべえに直撃した。跡形も無く、木っ端微塵に消し飛ばされてしまう。
「……ちきしょ。何で、こんな事になっちまうんだよ……」
「自業自得と言う言葉が当てはまるね」
「……!?」
 別方向から飛んできた、キュウべえの一言に、圭は思わず体を振り向かせる。
「全く……派手に消し飛ばしたね。
 もっとも、別の個体が現れるから、潰した所で無駄だよ」
「……何で!? 何でまた現れるんだよ!?」
「携帯電話と同じ理屈だよ。端末を一つ破壊したとしても、他の電話は繋がる。大本が壊れない限り、電話は使えるだろう。それと一緒さ。
 数多くの魔法少女が居るなら、一体だけで全てを見る事は出来ないからね」
「……」
 キュウべえは、淡々とした説明口調で言葉を続けた。
「さて……君はこれからどうするんだい?
 橘洋子は、この真実を知ったものの、君達に伝える事を拒んでいた。そして、自らグリーフシードになって、君達の糧になろうとしていた。
 だけど、寸前で君に見つかってしまった。そこで、大きく心が揺れてしまい……一気に魔女化してしまったんだ」
「……アタシのせいなのか?」
「感情という物は、変化を生みやすいのさ。例え死ぬ事を覚悟したとしても、直前で心変わりする事は十分に有る。もっとも、遅かれ早かれ魔女にはなっていたけどね」
 嘲笑う様に、キュウべえは言葉を示した。
「……洋子は……元に戻る事は出来ないのか?」
 絞り出したような声で、圭はそう聞いた。
「出来る訳無いじゃないか。さっき例えた通り、使った燃料は元に戻る事は無いよ……。
 橘洋子は、死んだのさ」
 キュウべえの回答は、バッサリと切り捨てる様だった。
「……消えろ。もう、二度とアンタの姿を見たくない」
 圭は吐き捨てる様に言った。
「やれやれ……。君が魔女になった時のエネルギーは、是非とも有効にさせて貰うよ」
 神経を逆撫でする様な台詞を、キュウべえは言った。そして、こつ然と姿を消していた。


 一人取り残された圭。雨粒が頬を流れ落ちる。
(……どうしろって……決まってるだろ。)
 悲壮感の漂う表情。自分がするべき事を、圭は決めていた。
 ジャリ、と地面を踏みつける音が聞こえた。
「圭!!」
「……洋子は見つかったのか?」
 知美と和が、稲荷神社に姿を現した。
「魔女の気配が出たからな。もしかしたらって思って、こっちに来たんだ」
 知美は、相変わらず不敵な微笑を見せ、余裕を垣間見せる。
「……圭?」
 和は、圭の様子が明らかにおかしい事に、気が付いた。
「……洋子は……死んだよ」
「……!?」
 圭の一言に、和と知美は凍りついた。
「アタシが来た時には……あの魔女に殺されてたんだ」
「……嘘だろ?」
 知美の顔から、笑みが消えた。
「……」
 和は無言で目を伏せる。
「鳥居の下に、魔女の結界が有る。
 一回は入ったけど……洋子が死んでるのを見て、飛び出しちまったんだ……」
 圭はゆっくりと告げた。
「……ふざけやがって。あたしら三人なら、そんな魔女目じゃねぇよ!!」
 知美は怒りで顔を真っ赤に染め、今にも結界に飛び込みそうな勢いだ。
「確かに、この魔女の魔力は凄まじい……。ウチ達がもっと早く来てれば……」
 和は後悔から、奥歯を強く噛み締めていた。
「和、知美……頼みある。
 この魔女は……アタシ一人に敵を取らせてくれ!!」
 その言葉を聞いた途端、知美は圭の胸倉に掴みかかった。
「バカ言ってんじゃないっての!! 洋子の敵を討ちたいのは、あたしらも同じだ!!」
「知美の言うとおりだ。それに……」
 和は言葉を言いかけた所で、止めてしまった。
「頼む!! この通りだ!!」
 何故なら、圭が二人に向けて土下座をしていたのだ。
「二人の気持ちを無視するのは、確かに悪いって思う……。だけど……洋子は、アタシの一番の親友なんだ!!
 もし許されるなら……この我儘を許してほしい」
 圭は、必死だった。あまりの必死さに、知美はたじろいだ。
「……でもよ」
 知美が何かを言いかけた所で、和は制止させた。
「……条件が有る。
 三十分だけ待つ。それ以上時間がかかれば、ウチ達も結界に入る。それと……絶対に生きて戻って来い。紅孔雀は四人揃わなきゃ意味が無いのに……突然二人っきりじゃ、お話にならないからな」
 和に言われると、圭は頭を上げた。
「すまんね……」
 そう呟くを、圭は立ち上がった。
 それ以上の言葉は出さないで、そのまま結界に向かっていく。
 その目付きは、何かを覚悟しているかの様で……。それでいて、何もかも諦めているかの様だった。
 知美も、和も、言葉を出す事が出来ない。かける事を許さないほど、圭の後ろ姿に何かを感じていたのだ。
 そして圭は、結界の向こう側に消えて行った。
 残された、二人。
「……大丈夫かよ」
 知美は、不安げにそう言った。
「圭一人で、あの魔女を討伐するのは不可能だ……。そもそも、ウチ達四人揃ったとしても、かなり分が悪い……」
 和の表情は、相当に曇っている。正直な話、二人とも圭の要求を受け入れた事を後悔している。
 それでも、手を貸す事を許さないほど、圭には気迫がこもっていた。
 そして、二人とも最後まで圭の嘘を見抜けて居なかった。


 結界を真っ直ぐに歩いていく。使い魔は出てこない。
「……洋子、今行くよ」
 最下層にたどり着く。待ち構えて居たのは、鎧を纏った人型の魔女。しかし、圭を見下ろすだけで、何もしてこない。
「……洋子。アタシが解るのか?」
 圭は声をかけたが、魔女の反応は無い。
「いや……そんな事は良いか。解っても解らなくても……元に戻れないもんな。
 アンタは、優しすぎたよ。アタシにはもったいない位の親友さ。
 例え魔女になっても……アタシは洋子の事を親友だと思ってる」
 圭は、洋子だった魔女に向けて、トンファーを構えた。
 左手に着くソウルジェムが、朱色の光を輝かせる。炎の様に燃え上がる魔力が、瞬く間に体中を覆っていく。
「……だからさ。アンタ一人だけで、逝かせるつもりは無い!!」
 そして、圭は魔女に向かい真っ直ぐに飛び込んで行った。

 最初から、圭は決めていた。共に心中すると。
 結界の中を、炎が埋め尽くす。一瞬の煌めきは、花火の様に儚く美しかった。

――圭ちゃん……最後まで迷惑かけてごめんね。

――良いんだよ……友達だろ?

――……ありがとう。ずっと……一緒だよ。

――ああ……ずっと一緒だ!!

二人の魂に、真っ白な服を着た、魔法少女の神様が手を差し伸べていた。

――二人ともお疲れ様。……ようこそ……円環の理へ。

 圭と洋子の魂に、神様は労いの言葉をかけた。夢でも幻でも構わない。その一言に、少しだけ救われた様な気がしていた。


 雨足が、ますます強くなっていた。
 傘の下で、仲間を信じて待つ知美と和。しかし、その結末は非情だった。
「……結界が消えていく!?」
 和の背筋に、冷たい汗が流れだす。
「まだ……五分も経ってないじゃん」
 知美は、目を見開いていた。
 幾らなんでも、倒す時間が短すぎる。考えられる結論は、圭は全ての魔力を使って魔女を倒した、という事だ。
 そして、結界が消え去ると同時に、言葉を失った。
「……」
 目の前に、圭と洋子の亡骸が横たわっていた。丸で、抱きしめ合う様にして。
「……あの……バカ」
 知美は膝から地面に崩れた。雨粒と溢れる涙が、頬を伝い落ちる。
「……クソ。何でだ……無理にでも止めれば良かったのに……」
 和も、伏せた目から、涙があふれていた。
「最初からそういうつもりだったのかよ……圭!!」
「……二人とも揃って、ボロボロじゃないか」
 そう呟くと、和は二人の遺体に魔法をかけた。
「……何してんだよ」
「せめて……最後くらいは、綺麗な姿にしてやろう。でなきゃ……余りにも報われないだろう」
 和の魔法が二人の体を包み込むと、元の綺麗な姿に変わっていた。
「……こいつらさ、こっちの気持ちも知らないで……笑ってんじゃん……」
 最後に二人が目にしたのは、安らかな寝顔の圭と洋子だった。


 二週間後。
 稲荷神社の鳥居の下に、和と知美は訪れた。
 洋子と圭の葬儀が終わり、警察の事情聴取の方もひと段落した所で、花を手向けに来たのだ。身元の解らない遺体の第一発見者であれば、警察で事情を聞かれるのも無理は無い話だ。
「……全く。あたし達まで、事情聴取されたんだぞ」
 菊の花束を備えながら、知美はそう呟いた。
「もう戦会う必要が無いんだ。あとはウチ達に任せて、ゆっくり休め」
 和もそう言いながら、二人が好きだったお菓子を備えた。
 追悼の意を込めて、揃って合掌。
「……圭も洋子も、円環の理に導かれると良いな」
 手を合わせながら、和はポツリと呟いた。
「……エンカン?」
 知美は、聞きなれない単語に疑問を抱いて、反射的に聞き返した。
「戦いで亡くなった魔法少女の魂は、円環の理に導かれ神の使いとなる。そう言う言い伝えさ」
「ふーん……。何時かあたし達も、その円環の理って奴に導かれるのか?」
「さて……。都市伝説みたいな物だから、ウチも本当かどうかは知らない」
「なんだそれ……」
「確かめる方法なんて無い。それに……ウチ達は、まだその時じゃない」
「……ああ。そうだな」
 暫しの沈黙が流れる。
「やっぱり、ここに居たんだね」
 その沈黙を破ったのは、後ろから現れたキュウべえだった。
「よう。キュウべえも、黙祷しにきたのか?」
 知美は振り返りながら、キュウべえにそう聞いた。
「僕達に、そう言う風習は無いよ。
 ただ、君達に一つだけ伝えて起きたい現象があるんだ」
「現象……?」
 和も、キュウべえの方へ視線を切り替えた。
「本来、魔女の結界の中で落命した魔法少女は、行方不明として扱われる。
 つまり……遺体が出現する事は、本来は有り得ない現象なんだ」
 キュウべえは、理解出来ないと言った様子だ。
「……圭も洋子も、見つかっただけ運が良かったって事か?」
 知美は、割と短絡的に結論付けた。
「運が良かったで片づけられる話じゃないよ。むしろ、絶対に不可能な現象だから、僕も不思議で仕方が無いのさ」
 キュウべえの言葉を聞き、和は思いついた様に口を開いた。
「もしかしたら……円環の理に導かれたとき、気まぐれな神様がオマケしてくれたのかもしれないね」
「オマケかい?」
 キュウべえは、そう聞き返した。
「そう。ゼロパーセントが覆る奇跡が起きたって事だ」
 和の結論に、キュウべえはふぅと息を吐き出した。
「訳が分からないよ」
 そのまま、お決まりのセリフが飛び出す。
「ま、運が良かったんなら、それで良いじゃん」
 知美は、考える事を止めたようだ。
「……そうだな」
 和も、そう言った。
 二人は、そのまま稲荷神社から、立ち去って行く。一度たりとも、振り返らない。
 彼女達は、まだ戦い続けなければならないのだ。


 一人取り残されたキュウべえは、供えられた花束を、ジッと見つめていた。

(……一之瀬圭。君が最後の最後に一芝居を打ったお蔭で、彼女達は真実を知らないまま済んだ。全員が魔女になれば、大きなエネルギーを得られたのに、残念だよ……。
 結果論で言えば、君の判断は良かったのかも知れないね)

(……橘洋子。君は非常に運が良いね。仲間に恵まれただけで無く、亡骸も自宅に帰る事が出来たんだ。僕の力が及ばない部分……本当に奇跡が起きたんだ。
 そして、最後まで友達が側に居てくれるしね)

 そして、キュウべえは空を見上げる。
(でもね……君達がどれ程足掻こうと……所詮は僕達の掌の上で、踊っているに過ぎないんだよ)
 無表情な能面ッ面が、僅かに微笑している様に見えていた。


Fin


QB「激弾・紅孔雀は、残された二人により暫く存続していた」

QB「しかし、結成間もなく二人を失ったことは、残された二人に大きな影響を及ぼしていた」

QB「ただ、一之瀬圭の嘘のお陰で、続けられたのは事実さ」

QB「あの場面で、全て言っていれば……全員の魔女化は成立していただろうにね。惜しかったよ」

QB「それよりも……あの時に遺体が出てきたのは、本当に不思議で仕方ないよ」

QB「僕達にも解らない現象を生み出すから……魔法少女は、条理を覆す存在なんだろうね」

QB「僕はそろそろ戻るとするよ。また、話せる機会が有る事をお祈りするよ」

思いつきで書き始め、気が付けば軌跡スレ最長の話になっていました。

バッドエンドにするにしても、それなりに凝った流れにしたかったので、こういう話になりました。
本編を意識し過ぎて、似たり寄ったりになってますが、気にしないでください。

なお、まど神様と円環の理は、最初から使うつもりでした。
まど神様も、たまには働いてる所見せないと……。


最近、かなり過疎ってるので、また盛り上がればうれしいなって。

自分の案のキャラを使った初SSを投下させていただきます。
お目汚しすみません

QB「やあ、僕が君達に話すのは初めてだね。」

QB「と言っても君達は他の固体と出会っているようだから僕の存在は知っているよね」

QB「さて、それじゃあ僕も他の固体と同じように一人の少女の話をするよ」

QB「彼女は……一言で言うと、賢い馬鹿…そんな少女だったよ」

QB「前置きはこれくらいにして早速話を始めようか」

QB「どこにでもあるような話かもしれないけれど、良かったら最後まで聞いていってよ」

『私の名前は桐村幸子、勝ち組学校と呼ばれる学校に通っています」
周りの皆は私を羨んで羨望の目で見つめるけど…私の居る場所は決して良い場所なんかじゃない
人が人を蹴落とすための牢獄、そんな場所に私は閉じ込められている
だから私は死と言う鍵を持ち、この檻から抜け出そうと思います
期待してくれたお父さんお母さん…ごめんなさい。
でも幸子はとっても幸せ者でした

それでは、さようなら』

「…何泣いてるんだろう、もう何にも怖くないはず…なのに」

表情を変えずにポロポロと涙を零す少女、時折漏れる嗚咽の声がビルの屋上に木霊していた

そんな自分を否定するかのように少女は地面に置いた封筒に靴を乗せて屋上の柵に足をかけた

「君は死のうとしているのかい?」

「――――――――!?」

「勿体無いなぁ、そんな所で死んでしまうなんて実に勿体無いよ」

「…誰?!」

静寂を切り裂いた謎の声に幸子の心臓は大きく跳ね上がった

「僕はQB、良かったら死ぬ前に僕の話を聞いてくれないかな?」

声の方向に目をやる幸子、だがそこに居るのは人間とはかけ離れた生物で

「…い…一体…何?」

「だから言ったじゃないか、僕はQB。それ以下でもそれ以上でもない存在さ」

「き・・・きゅうべー?な…何それ?」

「はぁ…これ以上話を続けても堂々巡りになってしまいそうだから、単刀直入に言うよ―――――
―――――――僕と契約して、魔法少女になってよ!!」



夜風が気持ち良い屋上で死を覚悟した少女に告げられるのはこれ以上に無い好条件
どんなお話もハッピーエンドに変わる、幸子は昔見ていたテレビアニメの魔法少女の言葉を思い出していた

「そ…それで、その…えっと…つまりはそう言うこと?」

「ああ、今話したとおりさ。君が魔法少女になってくれるなら君の願いを叶えてあげるよ」

「で…でもそんなの論理的にありえないよ…第一そっちの利益は?無償でそんな事するはずないよね?」

「利益?それは君が魔女を倒してくれればそれで良いんだ、だって貴重な命が救えるんだからね」

「じ…じゃあ私は願いを叶えてもらって戦わないといけない…んだよね?」

「そう言うことになるね、でも悪い条件じゃないと思うんだ」

「で…でも、い…い…命の危険性が…」

「面白い事を言うね、君は現に今死のうとしていたじゃないか」

「それとこれとは別…だよ」

「死ぬなら人を救わずに死ぬより英雄として死にたいとは思わないかい?」

「それもそうだけど…」

「それとも君はこのチャンスを逃して命を投げ捨てるのかい?」

「………―――――」

「残念だよ、それじゃあ僕は消えるよ。邪魔して悪かったね」

「ち…ちょっと待って!け…契約する!契約するよ!」

「本当かい!?じゃあ君の願いを――――」

「うん、私の願いは私を馬鹿にした奴らを見返したい!馬鹿にされたくない!」

「随分な食いつきようだね、でも君の願いは聞き届けられた。これで君も今日から魔法少女さ」

幸子の手の平に落ちてきたのは緑の可愛らしい卵のような小さな宝石
それを大事そうに両手で包み込み胸へとゆっくりと近づけていく、キラキラと輝く宝石はこれからの幸子の人生を表しているようであった

「それじゃあホームルームを終える、今日は一時間目から小テストがあるので各自予習しておくんだぞ!」

鳴り響くチャイムで静まり返っていた教室はざわざわと色めき立つ
それと同時に幸子の耳に聞こえてきたのはドロドロとした真っ黒な悪意だった

「ねえー、ブスがまた学校に来てるんだけどー。なんか教室臭くなーい?」

「うわぁ…ゴミが椅子に座ってるじゃん…キモいんだけど…」

「皆酷いよーブスで頭悪くても必死に生きてるんだからー。悪いように言っちゃダメだよー」

幸子に届けられる悪意と嘲笑の声は一向に鳴り止む気配を見せず、寧ろヒートアップしていっていた
いつもなら幸子は席に座って俯く事しか出来なかったのだが今日は違う、何を言われても幸子は動じる事はなかった

「おいお前らー席に着けー!今から予告していた小テストを行う。範囲は先週と先々週書き写した所だ、それでは配布していくぞ」

いつの間にかやって来た教師のお陰で教室に蔓延していた悪意は霧の様に消え去る
それと同時に生徒達からは小テストと教師に向けられる不平不満の声、広がるのはいつもと変わらない教室の風景だった


「ねえねえ、今日のテストできたー?」

「私は全然…はぁ~点数下がってたらマジまずいんだけど…」

「大丈夫大丈夫、ウチのクラスには出来損ないブスがいるから」

「あ…そうだったね。アイツがいたら最下位は無いよねー」

一日はいつも通りに流れて行き、教師も居なくなった教室には無常の時間が訪れた
幸子は何も無いように悪意を背に受けながら教室を後にする
いつもと変わらないいつも通りの日常…ではなかった。
誰も気が付いては居なかったのだろう、幸子の顔に小さな笑みが浮かべられていた事など

蠢く肉の床に太陽微笑む異質の場所
そこに佇む一人と一匹は一点を凝視したまま固まっていた

「…これが?魔女?」

「そうだよ幸子、これが魔法少女の倒さなければならない宿敵の魔女さ」

「で…でも…想像と違うよ?」

学者風の白衣を靡かせ、深緑のメガネをかけた幸子が見つめるのは『魔女』と呼ばれる存在
逆さにしたワイングラスの中に肉を詰め込んだような異形の魔女はギチギチと謎の音を立てながらゆっくりと回転していた

「ねえQB、本当にこれ倒せるの?大丈夫なの?」

「大丈夫だよ幸子!君には魔法がある!それに―――――」

「そうだよね!昨日契約した後に二人で決めた魔法のおまじないがあるもんね!」

QBの言葉を聞いた幸子はニッコリと笑みを浮かべて片手を宙へと掲げる

「こ…こ…こ…怖くないんだから!コルテッロ・ヴォランテ!!」

不思議な呪文と共に、掲げた片手の上には緑の光と共に薮蚊の様に渦を巻く謎の物体が現れた
銀色に輝くそれはどうやら重力に逆らい宙を縦横無尽に回転するナイフのようで―――

「…当たって!!」

幸子の願いと共にナイフは魔女へ向かって一直線へと向かっていく
全てのナイフが魔女に命中するが、魔女も予想以上に硬いらしく傷一つ付いていない

「あ…あれあれあれあれ?」

回転していた魔女は動きを止め、幸子に向かい肉の触手を無数に飛ばす

魔法少女になったばかりの幸子には流石に避けきれない、この時ばかりはQBも諦めたのだが。

「なーんちゃって。全部嘘ですっ!クローロ・ヴォルンタリオ」

肉の触手が幸子の目前まで迫ってきた時に幸子は新たな呪文を呟いた
聞いたことも無い呪文にQBも少々驚いたのだが、それ以上に驚く事が起こった

それは肉の触手が動きを止めた事だ、干からびたミミズの様に地面に落ちる触手に魔女も驚きを隠せていないらしく高速で回転を始めた

回転と同時に魔女の体が緑色の光を発し始める、予期しない出来事に魔女は回転を止め干からびた触手を弱々しく振り回す
そんな事をしていても魔女は回復する兆しを見せなかった、というよりグラスのような胴体にメキメキとヒビが刻まれて行っていた

「魔女ってどうやったら倒せるんだっけ?」

「一般的には魔法少女が止めを刺す物なんだけど…アレは想定外だよ」

「ふーん…へー…じゃあ大丈夫だっ!」

「どういう事だい?僕にはわけが分からないよ」

「ま、見てたら分かるんじゃないかな?」

想定外の出来事に身を悶えさせる魔女を尻目に一人と一匹はのんきに談笑していた

「あ…もうすぐで終わりそうだね。」

幸子のそんな言葉の少し後、言葉通り魔女の胴体は音を立てて崩れ去った
露になった内部の肉塊は行き場をなくしてナメクジの様にゆっくりと蠢く

「ちょっと…グロイ」
魔法で生成したナイフを魔女目掛けて投擲する、一発のナイフそれだけで魔女を殺せるのかは分からない
が、幸子には妙な確信があるようで――――――

そしてその確信を裏付けるように結界は瞬く間に日常に姿を戻した

「よしよし!倒せた!!初陣は大勝利だ!」

QBの事前説明どおりグリーフシードを手に入れた幸子は嬉しそうにQBに笑みを送る

「幸子。どうして君は魔女に不可解な現象が起こることがわかっていたんだい?」

「だって全部私の魔法…だからかな?」

「益々訳が分からないよ、一体全体どうやって魔女を崩壊させる規模の魔法を使ったんだい?」

「飛ばしたナイフには全部魔法を込めておいたの、それをタイミングよく発動させただけ。エコで効率的に倒せるかなーって思って」

「そう言う事だったのか…でもあんな呪文良く思いついたね」

「あ、それはねQBが教えてくれた黄色い人がすっごくカッコよかったから昨日徹夜でイギリス語を覚えたの」

「……君のその努力には僕も脱帽だよ…」

小さく溜息をつくQBを見て幸子は心底嬉しそうに笑みを浮かべた
人を出し抜くだなんて幸子にとっては物凄く久しぶりな事、例え相手が人間でなくともそれは嬉しかったのだろう

「じゃあね!QB!!私明日は早起きして学校に行きたいから!」

一通り話終えると幸子はQBを置いて一目散に家へと帰って行った

自分に牢獄とまで言わしめたその場所に行くのが楽しみでなかった、だって幸子は昔の幸子ではない
大きすぎる希望を胸に幸子は明日を夢見るのであった
                                                       続く?

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