享「万能鑑定士?」 莉子「特命係?」(104)
ー警視庁特命係ー
「2人の時でも退屈だったけど1人だと特に退屈になるんだな……」
甲斐享はデスクの上で頬杖をつきながらブツブツと独り言を言っていた
「暇か?って聞くまでもないな」
「あ、おはようございます課長」
いつもの様に特命の部屋に入ってきたのは角田六郎。
本来は組対5課の人間なのだが部屋が隣同士のこともあって
頻繁にコーヒーを飲みに来る。
「もうおはようって時間じゃないよ、ほれ」
角田が壁際の時計に指を差した。ゆっくりとそちらに目を向けると
時刻は昼の十二時をさしていた。
「あ……ボーっとしてもうこんな時間ですか……」
享が軽いあくびをしながら呟くと角田は皮肉混じりに言った
「けっいいねぇ時間が経つのも忘れるぐらい暇そうで」
その言葉に享は少しムッとしながら言った
「全然よくないっスよ……杉下さんはまだ暫くロンドンで休暇中みたいですし
俺1人じゃヘマばっかりやらかしてなんの役にも立たないし……」
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この一週間享はあらゆる事件の捜査をしていた。空き巣、放火、誘拐、
振り込め詐欺……無論特命に捜査権は無いので勝手に捜査をしていた。
ー杉下さんの分まで俺が頑張ってやる!ーそう意気込んでいた。しかし……
「ああ話には聞いてるよ。空き巣の時に捜査に夢中になり過ぎてうっかり被害者
の壺割っちゃったって」
「幸い安物だったんで被害者の方はそんなに怒っていなかったんですが
周りの刑事の人達がすごく睨んできて……」
「まあ当然だわな」
「放火の時には証拠品を無くしかけるし誘拐の時は全く検討外れの
推理を披露しちゃうし振り込めの時は……」
享が全部言い終わらない内に角田が話を割った
「なんか……あれだな今の話だけ聞いていると陣川の失敗談じゃないかと
思っちゃうな」
享にはその言葉はイラッっとくるよりショックの方が大きかった
「やめてくださいよ……俺が陣川さんみたいな人になりつつ
あるって言うんですか」
陣川というのは強盗犯捜査第一係の経理部に属している人である
一時期特命にいたお陰なのか杉下右京を崇拝している
そのせいか経理の人なのに勝手に事件を捜査するという
特命係みたいな事をしている
「おいおい、みたいな人っていうのは失礼じゃないか?
一応お前より歳も階級も上なんだから」
「それはそうなんですけど……」
どうにも享は陣川という男があまり好きではなかった
いい人ではあるのだが性格があまりにもおっちょこちょいなせいで
捜査能力がかなり乏しいうえによくドジを踏む
だから享は陣川に無能のレッテルを貼っていた
そんな享の心を読んだかのように角田は言った
「お前はあんまり陣川の事よく思ってないみたいだけどな、あいつ経理の
仕事は結構優秀なんだぞ」
「へぇ……」
だったら経理の仕事だけしていればいいのでは……?
享がそう言おうと思ったらタイミング悪く特命係の電話が鳴ってきた
珍しくここの電話が鳴ったなと思いつつ享は受話器をとった「はい特命」
「私だ」
電話の相手は内村だった。予想外にも目上からの電話だったので
緊張が走る
「あ、はい甲斐です」
「すぐに刑事部長室にこい」
それだけいうと内村はすぐに電話を切った
享が困惑していると角田が哀れみの目でこちらを見てきた
「ああ……とうとうお説教を浴びさせられるハメになっちまうみたいだねぇ」
「なんの話です」
「お前さんがやらかしたヘマの数々が刑事部長に知れ渡ったって事さ」
享は一瞬寒気を感じた。自分はまだ内村の説教というものを食らった事はない
「まだ説教だと決まった訳じゃ……」
享が全部言い切る前に角田が遮った
「いいや特命が刑事部長に呼ばれる理由なんて8割方説教だね」
「そんな自信満々に言われても……それにしても課長、よく電話の相手が
刑事部長だってわかりましたね」
享が関心すると角田は自慢気にいった
「フ、勘ってやつだよ、ここに長く出入りしているとそういうのも
わかってきちゃうんだな」
「はぁ……まあとりあえず俺呼ばれたんで課長、自分でコーヒー淹れといて
くださいね」
そう言うと享は小走りに特命係の部屋を出て行った
「え、ちょっとカイトお前まだ淹れてなかったのか
コーヒー淹れるのが特命係の仕事だと前に言っただろ!」
角田が慌てた声で叫んだが享は聞こえないふりをして刑事部長室に
向かっていった
ー刑事部長室ー
「壺の鑑定ですか……」
享は少し低い声で呟いた
「不満か?」
内村は肘掛椅子に背を預けたまま享を睨み付けてきた。そのデスクの上には
風呂敷に包まれた壺が据えてある
慌てて享は弁解の言葉を述べた
「い、いえ!そんな事はありません
たいへん働きがいのある仕事です」
「フン!」内村が鼻で笑った
「当然だ。窓際の特命に仕事をやってやるというんだ。
これで不満なんぞ言ってみろ。未来永劫特命に仕事は
ないと思え」
享はやれやれといった感じだった。角田の予想だった説教は大ハズレで
むしろその逆、珍しく仕事をくれるというから何かと思いきや壺を鑑定士
の所に持っていきその結果を聞きにいけという小学生でもできるお使いだった
「もちろんです。不満なんてある訳ないじゃないですか」
享はできる限りの作り笑いをつとめて素朴な質問を内村にぶつけた
「それでその壺というのはどういった事件の…」
「教えん」
「は?」
一瞬享の頭は空っぽになった。今なんといった。教えん?いやいやいやそんな
はずはない。いくら特命が嫌われてるかといってそこまで……
「甲斐、貴様最近勝手に事件現場に現れては捜査の邪魔をしてるそう
じゃないか」
その言葉に享は衝撃を覚えた。ばれてるよ……やっぱり角田の言った通り内村には全部筒抜けだったという訳か……それにしても邪魔をしているというのは……考えるまでもない。先ほど角田に説明した通りだ。俺はここ数日で大ポカをやらかしまくっている。内村に邪魔をしていると言われても仕方がない
享が黙っていると内村が言葉を続けた
「杉下の悪い癖でも身についたか?それとも次長の息子だからと少し
ぐらい勝手に事件現場に赴いてもいいかなとたかをくくってたか?」
次長の息子だから。以前の俺ならここでかなり切れていたかもしれないな
「いえ、親父の事は関係ありません。俺が捜査をしたかったから
勝手に事件現場に行っただけです」
その言葉に少し意外そうな顔をした内村だがすぐにまたいつもの形相に戻った
「ほう、そうか、それなら分かるだろ。貴様にこの壺の事件の詳細などを話してみろ。勝手に捜査に首を突っ込むに決まってるからな」
享は最初からそんなつもりはなかった。確かに少し前までなら無理矢理にでも聞き出そうとしていたかもしれない。しかし俺一人で捜査をしてもなんの役にも立たないのはこの数日で十分わかっている。だから勝手に事件の捜査をするにしても右京が帰ってきてからにしよう。そう決めていたから今日は特命部屋で暇を持て余していたのだから
しかしそうは言っても内村は信用しないだろう。しょうがない自業自得だ
「わかりました…」
「やけに素直じゃないか、杉下や亀山や神戸よりかは幾らかマシとみた」
右京はともかく亀山や神戸って人も内村に不服を申しあげて
いたのだろうか。だとすると俺もそのうち内村に文句を言ったりする
時がくるのかもしれないな
「まあそれはともかく…既に鑑定士側には連絡をしてあるから事情を
説明する必要はない。ほれ、これを見ながらとっとと行ってこい!」
そういうと内村はA4サイズほどの紙を存外に投げ捨てた
慌てて享が拾い上げると警視庁から鑑定士の店と思われる
場所までの地図がかなり雑な感じで描かれていた。
ちゃんとした地図すら貰えないのかよと憤りを覚えながら
享は店の名前を見た
「万能鑑定士Q…?」
とりあえず今日はここまでです
ss書きは初めてですので面白くない、キャラ崩壊、文章能力低いの三拍子が
揃ってしまうかもしれません
乙したー
今回はガッツリ相棒サイドオンリーで頼んます
「じゃあ何で壺を売らずに無銭飲食をしたのかさっぱりわからないな。
それにそんな高い壺を忘れて逃げるなんて案外マヌケな食い逃げ
犯かもしれませんね」
享が嘲笑すると莉子は少し呆れた様な目でこちらを見てきた
「甲斐さん……おそらくですが食い逃げ犯はわざと壺を置いていった
んだと思いますよ」
「わざと?なんでそんな事を?そもそもなんでわざと壺を置いて
いったってわかるんですか」
享の質問に莉子は即答した
「だっておかしいじゃありませんか。これから無銭飲食を
しようとしている店にこんな大きな壺を持って入ったら
重たすぎて逃げる時に邪魔になりますよ」
「……店に入った時には無銭飲食をする気はなくて途中で
無銭飲食をしようとしたじゃないですか」
享の反論も莉子はすぐに否定した
「それも変です。だとしたら無銭飲食をしようと思った時に
『この壺も持って逃げないと』と考えますよね。何しろ30万も
する壺ですから。その時にリスクが高過ぎると感じ普通にお金
を払った方が賢明だと考えるはずですよ」
「ええと……」
享は次の反論の内容を考えながら先程角田が言っていた
ロジカル・シンキングとやらがどういう物か頭の中で理解した
ようは俺の上司と同じ思考の持ち主って訳ね
「参りました……」
反論のネタが浮かばず享は悔しい気持ちを湧き上がらせていた
なんだか、スポーツの試合に負けた時と似たような感情が押し寄せてきた
「つまり食い逃げ犯はお金に困ってたから無銭飲食をしたわけではなくて
壺を置いて帰りたくて無銭飲食をしたって言いたいんですか?」
享は頭をフル回転させ莉子の考えを推察した
「ええ、普通に食事をしただけなら会計の時に店員さんか周りのお客さん
に『忘れ物ですよ』と指摘されてしまうかもしれませんから」
莉子はそう言うと同時に何かを思い出したかのように「あ……」と呟いた
「すいません、もうひとつ言い忘れてました。多分、この事件を
担当された刑事さん達は既に知っていると思うんですがこちら
を見ていただけますか」
そう言うと莉子は壺の右側面の隅に指をさした
享は目を凝らしながら見てみるとそこにはかなり
小さな黒字でfと書かれていた
「これってアルファベットの小文字のfですよね?」
「ええ、そう見えますね」
もう少しよく見てみるとそれはマジックペンで書かれているみたいだった
「こんな変な文字が書かれてたらこの壺の値段下がるんじゃないですか?」
「そうです、さっきは30万円と言いましたがそれはこのfの文字が
無い場合の値段です。ですから正確には、今、この壺の値段は
20万円といった所でしょうか」
「想像以上の下落だな……でも……」
享は頭を掻き毟りながら言った
「なーんかわからない事だらけだな。高価な壺を無銭飲食までして
置いて帰ったりその壺に変な文字が書いてあったり……」
その時、莉子がおさまっているデスクに据え置いてある電話が
けたたましく鳴った
「あ、すいません、少々失礼」
莉子は申し訳なさそうに電話を取った
「はい、お電話ありがとうございます。こちら万能鑑定士Q……
ああこれはどうも、また証拠品なんかを拝見すればいいんですね
今日はどういった……え?……はい……わかりました。すぐに行きます」
莉子は電話を切り表情をこわばらせながら享に言った
「すいません、甲斐さん、急用が出来ましたので今すぐ店を閉めないと
いけなくなってしまいました」
享は慌てて言った
「ええと、鑑定はしてもらったんでそれは別に構いませんが今の誰からの
電話ですか?証拠品がどうのこうのって言ってましたけど」
「牛込警察署からです。先ほど神楽坂近くのファミレスで
無銭飲食が発生したみたいで、しかもその食い逃げ犯は
壺を店に忘れていったとの話です」
莉子の説明に享は衝撃を覚えた。昨日の今日でまた似たような食い逃げ
が起きたというのか。いや、その事も気になるが一番気になるのは……
「ええと、もしかして凜田さん、これからその事件現場に向かうんですか?」
莉子は首を軽く横に振った
「違いますよ。その壺の鑑定をしてくれって頼まれたんです。ですから今から
行くのは牛込署ですよ」
享は苦笑を浮かばせてみせた
「また同じ依頼ですね。でもさっき事件が発生したばかりなんですよね?
なんだかやけに依頼が早い気がするな」
「牛込署はうちの店の管轄内ですからたまに用途不明の証拠品なんかを
拝見させてもらってるんですよ。しかも無銭飲食という事は担当は知
能犯係のはずですよね?」
享は深く頷いた
「そうですね一応、詐欺罪という形になるので」
莉子は微笑を浮かばせながら呟いた
「わたしを呼んだが誰かおおよそ検討がつきました。ええと、そういう訳なんで
これからわたしは牛込署に行きます。甲斐さん、わざわざ壺を持ってきて頂い
てありがとうございました」
莉子がそう言って外出用のカバンらしき物を持ち出し店を出て行こうと
したので享も仕方なく壺を持って店を出た
莉子は軽く頭を下げ、駆け足で走り出しそうとした。その時
「あの、もしよかったら牛込署まで送って行きましょうか?」
享は自分でも何故こんな事を言ったのかわからなかった
莉子はきょとんとした目で享を見つめてきた
「え、いいんですか?でも甲斐さん、早く帰らないと……」
享は腕時計を見た。時刻は午後1時半をさしていた。警視庁を出てから
かれこれ1時間半は経過している。これから牛込署に向かったらますます
帰る時間が遅れるだろう。そうなると内村に怒鳴られるのは火を見るより
明らかだった。しかし享は内村の説教に恐怖を感じなかった。彼女の手助けを
してやりたい。不思議と湧き上がったその気持ちが享の恐怖を打ち消していた
「ん、まあ少しくらい大丈夫ですよ。どうせ帰ってもする事ないんで」
「そうですか……それじゃあ、その……お願いします」
今度は深く頭を下げた莉子に対して享もつられて頭を下げた
なんだか急によそよそしい感じになってしまい2人とも苦笑をしながら
セダンの車に乗り込んでいった。
今日はここまでです
享の知能指数がかなり低くなっちゃってます
>>30
申し訳ありません……次の話で牛込署に行くので鑑定士側のあの人が出てきちゃいます
牛込署を目指して車を走らせている間、車内にはエンジン音だけが
鳴り響いていた
莉子は後部座席に座りバックから取り出した文庫本を黙々と読んでいる
享は何か話を振った方がいいかなと考え、一つの質問をした
「あの……ちょっといいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「個人的興味なんですけどお店の名前、万能鑑定士QのQってどんな意味
なんですか?」
享がそう聞くと莉子のバツのわるそうな顔がサイドミラー越しに見えた
「さあ……わたしが名付けたわけじゃないので……」
莉子はそれだけいうとまた黙り込んで読書の続きをはじめた
なんとなく地雷を踏んだ感じがしたので享もそれ以上追求するのをやめた
結局会話はそれだけで終わり車内は再びエンジン音
だけに包まれた
牛込署が近付いてくると莉子は本をバックに仕舞いながら言った
「甲斐さん、もうこの辺でいいですよ。ここからは歩きで大丈夫です。
送って下さってありがとうございました」
しかし享は車を停車させる事なく告げた
「いえ、俺も牛込署に行こうと思っています」
莉子は少し驚きの声を上げた
「どうしてですか?何か用事でも……」
享はトランクに入れてある壺を示しながら言った
「あの壺が、さっき起きた食い逃げ事件の壺と何か関係があるのは
明らかですからね。持っていって2つの壺を見比べてみれば何か
手がかりでもつかめるんじゃないか……と思いまして」
享は完全にこの事件に対して強い興味を持っていた。
ここ一週間程我慢してきた捜査意欲が爆発していたのだ。
右京が帰るまで何もしないと決めていたがもう限界だった
それに難事件をいくつも解いていったという凜田莉子がどういった
推理をするのかも見てみたくなったというのもある
そんな享の気持ちを知るよしもなく莉子は言った
「ええと、でもわざわざ今、甲斐さんが持って行かなくても
そのうち警察側も気付く事でしょうし……」
「こういうのはちょっとでも早い方がいいでしょう」
「それは……そうかもしれませんが本当に大丈夫なんですか?時間が……」
「大丈夫、大丈夫この壺を持って行けって俺に命令した人の説教は
そんなに怖くないんですよ」
享はさも内村の説教を何度もあびてるかのように話した
「それならいいですけど……でも出来るだけ早く帰りましょうね」
「ええ、じゃあちょっと急ぎましょうか」
享がそう言ったのとフロントガラスに牛込警察署が見えてきたのはほぼ
同時だった
享は車のスピードを少し上げながら牛込署の駐車場に入っていった
トランクから壺を取り出し莉子と歩幅を合わせながら
自動ドアをくぐり抜ける
莉子はすぐさまロビー脇の階段を登りはじめたので
慌てて享も後を追う
三階に着くと莉子は廊下の突き当たりの扉を開けた
そこは刑事部屋だったらしく大勢の私服警官がデスクに
おさまっていた
その中の1人がこちらに向かって走ってきた
「ああ、凜田先生お待ちしてました。すいませんね、本来ならこちらから
出向いていくべきなんでしょうが……ん?そちらの方は?」
年齢は30代ぐらい、髪型は七三に分けており、やけに目から覇気が感じられ
ない刑事が享を怪訝そうな表情で見つめてきた
莉子が紹介しようとする前に享は壺を床に置き警察手帳を取り出した
「警視庁特命係の甲斐といいます」
そう聞くと刑事は意外そうな顔を浮かばせながら言った
「刑事でしたか。それも本庁の……ん?特命係?」
「……はい」
「特命係って……人材の墓場って言われているあの特命係?」
享は頭を抱えた。特命係の知名度が予想以上に高かったからだ
莉子は不思議そうな顔をしながら聞いた
「人材の墓場?」
「ええ、何でもその部署にはすごく偏屈な上司がいるらしくて
その人に付いていけなくなってしまい部下が次々とやめていっている
とか……あ、でも最近は、割りと長くもってる人もチラホラいると聞いたな」
享は軽い溜息をつきながら呟いた
「その長くもってる人の1人です……」
「フム、そうでしたか。ああ、自己紹介が遅れました。わたしは
牛込署知能犯捜査係の葉山といいます。以後お見知りおきを」
葉山も手帳を取り出しながら自分の部署名を名乗った
享は莉子に小さく耳打ちをした
「この人がさっき言ってたよく店に来る刑事さん?」
莉子も耳打ちを返してきた
「そう。わからない事があったらすぐに店に来るの」
「じゃあ……解決とかしたら謝礼金とか出るの?」
「出ませんよ。このご時世不況ですからね」
「ボランティアって事か。色々大変ですね」
「そんな立派な事でもありませんよ。ただわたしは人助けが
したいだけですから」
たいした人格者だ。享は心からそう思った。さっきの店での主婦の時も
お金を受け取りたがらなかったし本当に純粋な心の持ち主なのであろう
莉子と享がひそひそと会話をしていると葉山が割って入ってきた
「いつまでゴニョゴニョと話をされてるんですか」
莉子は葉山の方を向きすまなそうに言った
「ああ、すいません葉山さん、壺の鑑定をするんですよね?
どこに……」
葉山はまた怪訝そうな顔を浮かべながら言った
「ちょっと待ってください。それよりもまず伺いたい事が山ほどあるんですよ。
何で凜田先生と特命係の……甲斐さんでしたっけ?が一緒にいるんですか
そして貴方が持ってきたこの風呂敷に入った壺は一体なんなんですか?」
「それは俺が説明します」
享は葉山の前に立ち、昨日も似たような食い逃げ事件が起きた事や
享が壺を店に持ってきた事などについて簡潔に説明した
一通り説明を聞き終えると葉山は深い溜息をついた
「事情は大体わかりました。すぐに渋谷警察署に確認を取らせます
ええと2件目の事件の壺はあっちの鑑識室にありますのでついてきてください
葉山はそう言って歩を進ませたので享と莉子もそれにならい歩を進ませていった
かなり短いですが今日はこれで終わりです
標準速度ギリギリのスピードで車を走らせながら警視庁に戻った享は
散々内村に怒鳴なられた後、自分でもわかるくらいやつれた表情をしたたま特命部屋へ帰ると角田が仁王立ちをしながら待ち構えていた
「カイト!お前、俺の電話、勝手に切りやがって……」
「課長、勘弁して下さい……今、刑事部長に戻るのが遅いって絞られてきた
所なんですから……」
「そうなの?そういや、やけに時間がかかってたな。万能鑑定士の店は
ここからそんなに遠くないだろ?しかも店主の凜田莉子はかなり速く
鑑定結果を出せるって噂なんだが」
「まあ色々ありまして……」
享は今までの経緯を手短に説明した
説明を聞いている中で角田の顔は何故か機嫌良くなっていった
「……っというわけで俺、明日牛込署に行くかもしれないんで……」
「よし、俺も連れていけ」
「は?」
「その牛込署には凜田莉子も来るんだろ?いやぁー、実はさ、俺ずっと行きたかったんだよね。万能鑑定士Qに。
でもさ、ほら、なんていうか1人だと恥ずかしいんだよね。ああいうお店。
だから中々行けなかったんだけど警察署なら大丈夫だ」
「課長、何か鑑定してもらいものでもあるんですか?」
享がそう聞くと角田はスーツの内ポケットから黒革のサイフを取り出した
「ああ、俺が使ってるこのサイフを鑑定してもらいたくてな」
「これって……トリーバーチですか?」
「お、よくわかったな」
「悦子のサイフもトリーバーチなんで見慣れてるんですよ。ってか
課長、こんな高級なサイフ使ってたんですか?」
角田は自慢気に告げた
「まあな、これ使ってると結構良い事とかあるんだぜ」
「良い事?」
「ああ、例えばどっか買い物に行くとするだろ。その会計の時にこのトリーバーチを出せば
店員に『この人お金持ちかも』って思わせる事が出来る」
享は呆れ気味に言った
「見栄じゃないですか」
「そうだよ。お前の彼女も見栄で使ってるんじゃないの?」
「悦子は別に……いやどうだろ?ああ見えて結構自慢したがりだからな……」
享が考え込んでしまい角田は突っかかった
「って、そんな話はいいんだよ。このサイフを凜田莉子に鑑定してほしいんだよ」
「偽物の疑いでもあるんですか?」
「いや、疑ってるのはうちの嫁1人だ。『なんだか安っぽいコピー商品に見えるわ』だなんて言うんだよ。
それで俺も頭きっちゃってさ、もう大ゲンカよ」
「どっちが正しいか確かめる為ってわけですか。でももし偽物だったら
課長、どうするんですか?」
「いや、絶対本物のトリーバーチだ。俺の眼に狂いはない」
角田は自信満々といった感じだった
「はあ……。じゃあ、葉山さんに1人行く人増えますって報告しないと……あ!」
享は今になって葉山との連絡手段がない事に気付いた。それはつまり……
「まずったな……電話番号交換しておけばよかった……捜査の許可が
下りたかどうか、確認の取りようがないじゃないか」
角田は、今の享の独り言を聞くと眉をひそめながら尋ねた
「何?番号交換してないの?葉山って刑事にも凜田莉子にもか?」
「はい……。うーん。しょうがないから明日直接聞きに行きますよ
許可が下りてたならそのまま捜査に参加させてもらいますしダメ
だったらすぐに帰ります」
「おいおい、ダメだった場合でも俺のトリーバーチを鑑定させてもらうんだからすぐに帰っちゃいかんでしょ」
「何で課長のサイフの鑑定結果を待たなきゃいけないんですか……」
享がうんざりとした気持ちで呟くと野太い声と共に特命部屋に入ってきた人物がいた
「中々興味深いお話をされていますな」
「よ、米沢さん、聞いてたんですか今の話?」
「はい」
「どの辺りから?」
「甲斐さんが角田課長に無銭飲食の事件の説明をしている辺りからでしょうか」
「ほとんど全部ですね……。米沢さんも凜田さんの事を知っているんですか?」
「ええ、もちろんですよ。TV出演された番組は全て
DVDにダビングしております」
米沢が得意気に言うと角田は素早く反応した
「マジで!?ちょっと俺にも見せてもらっていいか」
「構いませんよ。まだハードディスクには番組は残っていますし課長にも
DVDをお渡しいたします」
「おお!ありがたい!」
享は今の角田の異常な喜びようを見て、ある一つの疑惑が浮かんだ
「……課長、サイフの鑑定なんて実は建て前で本音は単に凜田さんに
会いたいだけじゃないんですか?」
享が疑惑をぶつけると角田は目を泳がせながら言った
「い、いやその気持ちも正直あるんだけどあくまで本命は鑑定の方だよ」
「本当ですか?まあでもこれくらいの鑑定なら凜田さんも
そんなに手間取らないと思うんで大丈夫だとは思いますけど……」
「あの……まことに恐縮なんですが……」
米沢が話に入ってきた
「なんですか」
「たいへんご迷惑になるとは思われるんですが……わたしもその牛込署に
連れて行ってもらいませんかね?」
「は、はい?米沢さんもですか?まさか米沢さんも鑑定してもらいたいものでも
あるんですか?」
「いえ、わたしはそういったものは全く持ち合わせておりません」
「じゃあなんで……。まさか米沢さんまで凜田さんに会いたいだなんて
言い出さないでくださいよ」
「……すいません、そのまさかです」
米沢が頭を下げながら告白した
享はそれを聞いた瞬間、勘弁してくれよ2人とも……と心の中でポツリと呟いていた
結局、その後色々話あった結果、明日の午前中に角田と米沢を車に乗せて
牛込署に向かい早々に凜田莉子と対面してとっとと2人の要件をすませて
しまおうという風に決まった。仮に捜査の許可が下りてなくても鑑定のひとつや
ふたつぐらいならすぐ済むから牛込署側も文句は言ってこないはず……といった若干不安な要素を残しつつ3人の密談は終了した
ー花の里ー
「それは、それは色々大変な一日でしたね」
この店の女将、月本幸子がニコニコしながら言った
「そうなんですよ。しかも明日は2人のおかげでより大変になりそうですし」
カウンター席に座っている享がお茶漬けを口にしながら愚痴っていた
「フフ、でもその凜田莉子さんってTVで何回か
拝見しただけなんですけどかなりの美人さんでしたし
それなら2人が会いたいって気持ちも分かる気がするなぁ」
「月本さんも凜田さんに会いたいですか?」
「わたしは別に鑑定してほしいものもないからなぁ……。あ、もしかしてわたしも
一緒に連れて行ってくれるんですか?」
幸子がイタズラっぽく笑った
「いやいや、これ以上メンバーが増えたら本当に収拾がつかなくなっちゃいますって」
「冗談ですよ。まあでも会いたいと言えば会いたいかもしれませんね。
有名人さんですし」
享はやれやれとした口調で言った
「月本さんも結構なミーハーですね」
「そうですかね?自分ではあまり自覚はありませんけど……」
「うーん。俺が全然、そういった方面に興味ないだけかも……」
幸子は大きくうなずいた
「そっちの方ですね。甲斐さんもしかして子供の時好きなアイドルとか
いなかったタイプの人じゃないですか?」
「うーん。アイドルも何もウチは親父がTV嫌いでして、バラエティ番組とか
全く見てなかったってのが正確な理由ですかね」
「まあ、そうなんですか?」
「ええ、TVもリビングに一台しかありませんでしたし親父が帰ってくると速攻で電源を消していました。
で、どうしても見たい番組があったら録画して親父が居ない間に見るというのが甲斐家のしきたりでしたね」
「それじゃあ、そういった情報が入ってこないのも仕方ありませんね」
「はい、当時はそんなにネットも復旧してませんでしたし……」
享はそう言いながら顔を下に向け、腕時計を見ると午後11時を過ぎていた
「ああ、そろそろ帰らないと。月本さん。会計お願いします」
「はーい。あ、そうだ、甲斐さん、よかったら今度、凜田さんをこの店に誘って
みてくださいね」
享は大きくため息をつきながら呟いた
「やっぱり月本さんも結構会いたいんじゃないですか……」
今日はここまでです。
ものすごく強引に課長と米沢さんを同行させてみました
「まず青い壺の鑑定結果ですが凜田先生の見立だと、60万程の価値が
あるそうです。そして渋谷署と連絡を取り合ってわかった事なんですが
1件目の事件も2件目の事件も防犯カメラが設置されてないファミレスで無銭
飲食をしているんですよ」
「って事は……前もって犯人はある程度下調べをしているって事ですか?」
「それはまだなんとも。2回だけだとたまたま運が良かっただけという
可能性もありますし」
「それもそうか……」
「そして1番肝心のこの紙のことですが……」
葉山はそう言いながらくだんのコピー用紙を取り出した
あたり前の事だが昨日と同じくアレルギー、グミ、ザイル、メルヘン、ゲレンデ、カテゴリと記されている
享は予め用意してきた手袋をはめその用紙を受け取った
「昨日申しあげた通り6つの単語には全て共通点があるんですが
甲斐さん。なんだか解かりますか?」
莉子に尋ねられ享は少し黙りこくってから返答した
「……全部カタカナって事ぐらいですかね」
享はそれ以外に答えらしい答えを見つけられなかった
昨晩寝る前に熟考した結果がこれである
自分でも情けないと思うがしょうがない
これが今の俺の実力だ
といっても莉子の隣にいる葉山が口元を緩ませて笑いを必死で堪えそうな顔
を見ていると、『何も分かりません』と答えた方が利口だったのではないかと後悔の念が押し寄せてくる
しかし莉子の方は表情に変化はなく首を横に振りながら告げた
「それも共通点と言えば共通点ですが
少し単純過ぎです。正解は全部ドイツ語が語源だという事です」
「ドイツ?」
享はコピー用紙の単語に目をやったが1つとして
それがドイツ語だという事を知らなかった
享は1番以外に感じた語源を聞いた
「グミってそうなの?」
「ええ、ドイツ語でゴムを意味するGumiiからきている言語です」
「へえ……。でもだからってなんで4日続けて事件が起き
るって事になるんですか」
享の脳裏には昨日の莉子のセリフが鮮明に記憶されている
ーーこれから後4日間連続で壺を置いて帰る無銭飲食事件が発生
するという事がわかりましたーー
もしこの言葉が本当のことだとしたら
今日もどこかの店で食い逃げがおきることになる
いやヘタをすればもうおきてしまっているかもしれない
莉子は少し渋い顔をしながら言った
「それはですね。ココからは、かなりわたしの想像になるんですが……
恐らくこれは犯人からのヒントだと思われます」
「ヒント?何でそんなものを?大体何に関するヒントなんですか?」
享が矢継ぎ早に質問すると莉子は穏やかな口調で言った
「ヒントをくれた理由はまだわかりませんがヒントの内容ならわかります。
壺に書かれてあるアルファベットに関することです」
「ああ、あの落書きですか。ええと確か赤茶色の壺が小文字のfで
青い壺が小文字のvでしたっけ?でもそれがヒントってことは……」
莉子は一息入れて静かに告げた
「fとvはそれぞれ、ドイツ単語の頭文字だという事ですよ」
享は頭を捻って真っ先に浮かんだ疑問を口に出した
「……でもその単語がなんなのかわからないと意味ないじゃないですか」
「それは……これもわたしの想像でしかないんですが1件目のfは日本語で
数字の5を表すfünf(フュンフ)
2件目のvは同じく日本語で
数字の4を表すvier(フィーア)だと睨んでいます」
フュンフ?フィーア?聞きなれない言葉を言われて享は困惑しかけたが
なんとなく莉子の言いたいことがわかってきた
「じゃあ今日の7月4日は3って事?」
「はいそうです。一昨日の7月2日のファミレスには5と刻まれた
壺が、昨日の7月3日のファミレスには4と刻まれた壺……といった
具合に1日ごとに数字が減っていくという法則ですから」
「で、明日の7月5日は2、明後日の7月6日は1
最後7月7日、七夕の日に0になるって事ですか……
確かに後4回おきる計算になりますね」
「でもあくまでわたしの憶測ですから100%そうだとは言い切れない
んですけどね」
莉子が苦笑いに似た笑みを浮かべる
享は手で顎を抑えながら考えた
確かに今の話は莉子の仮説によって成り立っている部分が大きい
しかし同時にこれといって矛盾する箇所やおかしな点も見当たらない
少なくとも紙に書かれた文字の共通点がドイツ語という所までは
間違っていないだろうからまるっきしの検討違いという訳でも
あるまい
「だけど筋は通ってますし俺は今の推察はかなり的を得てると思いますよ」
葉山が大きく頷いた
「わたしも同意見です。そもそも凜田先生、あなたの推理が外れた事
なんてほとんどないじゃないですか」
莉子が葉山に顔を向け何かを言おうとしたその時、享の後方から
若い男性の声が耳に入ってきた
「ああ、葉山さんここにいたんですか」
ゆっくりと後ろを振りかえるとおそらく葉山の部下と思われる
刑事がこちらに走り込んできた
「なんかあったのか?」
葉山の深刻そうな口調に対して若い刑事の口調はやたらと能天気だった
「えーと、つい先程、壺の指紋検出を
終えたと鑑識から報告がありました。
それによると、2人程の指紋が付着
していたようです」
葉山はひとつ嘆息をついた後言った
「やっとか。前科者との照合は?」
「2つとも、一致した人物はいなかったかったみたいです」
莉子も瞳に真剣な色を宿し尋ねた
「指紋を拭き取った跡なんかは?」
「それも特になかったとの報告です」
そう聞くと莉子は腕を組んで何かを思考している様子だった
やがて何かを決意したような面持ちで葉山に告げた
「葉山さん。少しお願いがあるんですが……」
「なんですか。わたしとて出来ることと出来ないことがありますが
可能な限りなら協力しますよ」
莉子は口元を緩ませながら告げた
「都内に在住しておられる陶芸家の方を全て調べていただきたいんです。
プロ、アマ、関係なく。そしてその方々全員の指紋を採取してもらい
たいんです」
途端に葉山の表情が青ざめた
「そいつはまた……時間がかかる作業依頼ですね……。1日、2日じゃ
終わらないかもしれないですよ」
「それでも構わないです。七夕の日までに終えてくれれば」
莉子がそんな言い方をするからには壺の数字が0になる七夕の日に何かが
起きると予感しているのだろう
当然俺もそう考えている。ただのイタズラにしては手が込みすぎているし
ひょっとしてなんらかの犯行予告の可能性もある
仮にそうだとしたら事態は急を要する展開だ
なんとしても7月7日までに犯人を捕らえなければ事件は
悲惨な結末を迎えてしまうかもしれない
享は少し頭を働かせて莉子に尋ねた
「壺の指紋と陶芸家の人達の指紋を照合させるんですか?」
「はい。指紋を拭き取った跡がないということは
印象していた2つの指紋のうち
どちらか一方はこの壺の制作者でしょう」
「壺を作る過程の中で散々指紋が付くはずですしね
そういや1件目の壺には指紋とか付いてたんですか?」
享は目線を莉子から若い刑事に変えた
若い刑事は何かを思い出したかのような表情をした
「ああ、言い忘れてました。そっちの壺にも2つ指紋がありまして
両方とも青い壺の指紋と一致してるんですよ」
「って事は……」
「ほう……凜田先生の読みが裏付けされましたね
2つの壺は同じ人物が作ったものだということが」
「読みって?」
享は莉子に目線を戻し尋ねた
「わたしが昨日葉山さんに言ったんですよ
色つかいの癖なんかが似よってるので
同一人物が製造した壺かもしれないって」
「で、でも赤茶味の壺って俺が持って帰っちゃいましたよね
見比べてもいないのにそんなことが分ったんですか?」
「はい。店で鑑定したときに隅々まで壺を見させてもらったので
その時の記憶を辿ってなんとか」
「ふーん……」
享は内心、莉子の暗記力に驚愕していた
莉子が壺を眺めていたのは精々10分程度だったはずだ
しかもその頃はまだ2件目の食い逃げ事件の報告を受ける前の話なので
意識的に壺のことを頭に叩き込もうとしていたわけでもないはずだ
にも関わらず色使いの癖などという細かい所まで覚えているのだから
驚きだ。
鑑定家と呼ばわる人達がみんなそういうものなのかそれとも彼女個人の能力
なのかは判然としないがどちらにせよ素晴らしい記憶力なのに違いはない
若い刑事が莉子に目を向けて言った
「しかし結構無理難題なことも言いますね
いきなり押しかけて指紋を取らせてくださいと言っても
はい。わかりましたって協力してくれるとは……」
「それに関してはわたしに少し提案があるんですけどいいですか?」
莉子がそう言うと葉山は何も言わず頷いた
そして莉子は葉山と若い刑事にだけ耳打ちをした
なぜ俺にだけ説明をしてくれないのか不思議だったが
葉山と若い刑事が真剣な表情で莉子の話を聞いているのを
見てしまうとどうにも尋ねるタイミングが見当たらず
享は黙って立ちつくしていた
話が終わると葉山が真っ先に感想らしきものを告げた
「また随分と古典的な策ですね……」
莉子が眉を潜めた
「うーん。やっぱりちょっと簡素過ぎましたか?」
若い刑事が首を横に振った
「いやこのくらい単純明快な方が却っていいかもしれませんよ」
「案外そうかもな。一応係長に提言しておきます」
1人だけ話に付いていけず享は蚊帳の外に追いやられた気分に
苛まれた
そんな気持ちが顔に出ていたのか葉山は弁明の言葉を述べた
「あのですね。甲斐さんはもう業務内容が決まっているので
指紋採取の話とは関係ないと言いますか……」
享は素早く尋ねた
「業務内容とは?」
「さっき凜田先生が説明したことが当たってるなら今日も似たような事件が
発生するでしょう。ですからとりあえず都内の警察署に報告したんですよ
壺を置いて帰る食い逃げがおきたら牛込署にまで入電するようにね」
「なぜ牛込署に……」
「ここに凜田先生がいらっしゃるからですよ。
即刻連絡してくれればすぐに凜田先生が現場に駆けつけて壺の鑑定も
スムーズに行われますでしょうし」
享は説明を聞きながら
そこからどう俺の仕事内容と関わってくるのか
なんとなく検討がついてしまい心の中にモヤ
みたいなものがかかってきた
はたして葉山は言った
「それでですね。その現場に行くまで車で運転してしまうのが今日の貴方の
仕事です」
悪い時に限って予想というのは的中してしまうとはよく言われるが享は
今まさにその言葉を実感した
「ええと、つまり俺は凜田さんの運転手役ですか」
「身も蓋もない言い方だとそういうことです」
葉山は特に隠す様子もなく言った
これは……どうなんだろう。考えようによっては犯行現場に真っ先に
着くことができるので色々と話も聞くことができるだろうが……
「さてとそれじゃあ早速凜田先生のご命令通り陶芸家の人達を
探索するとしますか」
「あの……じゃあ俺は……」
「今言った通りですよ。貴方は連絡が来るまで小部屋で凜田先生と待機
していてください」
葉山が冷淡な口調で言い放った
「どうぞ、こっちです」
若い刑事が手を前にやり部屋まで案内しようとする行為を示した
「行きましょう。甲斐さん」
莉子が歩を進めた
なんだか想定していた展開とは随分違ってきている気がするが……
まあ特命部屋で暇を持て余して過ごすよりかはマシだからいいかな
享はそう気持ちを切り替えて莉子と若い刑事の後につづいた
今日はここまでです
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