まどか「オーバーソウル!!」(527)


 夢の中。

 少女は泣いていた。
 泣きながら何度も何度も謝っていた。


まどか(どう、して……)


 少女は繰り返す。
 何度も何度も繰り返す。

 約束を果たすまでいつまでも終わらない運命の歯車を回す。


まどか(やめて……、もうやめてほむらちゃん)


 繰り返される時間の中で、多くの仲間が倒れ、そして死んでいく。
 少女は何度も全てを見捨て、次の世界へ命を賭す。


まどか(やめて、お願い……!)


 世界の砂時計を反す度、同じ時間を繰り返す度。
 少女の心は擦り切れ、疲弊しそして。

 壊れていった。


まどか「もうやめてぇえええええええええええ!!」



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 白い獣が現れた。
 獣は夢の主に問う、曰く。


「彼女を救いたいかい、鹿目まどか」


 獣は続ける。


「君なら彼女の果て無い旅路を終わらせることができる、彼女の安住の地を作り出すことができる」

まどか「本当に、助けられるの?」

「それは君次第さ。でも、僕ならその力を貸してあげられる」

まどか「私でも、こんな結末を変えられるの?」

「君ほどの素質があれば不可能ではないだろう、だから僕と契約して」

「魔法少女になってよ!」

まどか「うん……、わかった。私はなる、魔法少女に!」

「契約は成立だ。君は選ばれた」

「受け取るといい、それが君と運命を共にする力だ」


 輝く宝石がまどかの手の中に納まった。


まどか「これが……私の――


 ・
 ・
 ・

ジリリリリリリリッ

まどか「……ん、ぅう?」

まどか「……」

まどか「夢オチ?」


 見滝原ビル屋上。
 そこに白い猫のような獣と黒い猫のような獣が、隣り合わせで座っていた。


キュゥべえ「これで全ての魔法少女が出揃ったね」

ジュゥべえ「ようやくか、ずいぶん待ったぜ」

キュゥべえ「君がもっと精力的に働いてくれれば、もう少し早く揃ったんだけどね」

ジュゥべえ「わーるかったよ! でもオイラだって頑張ったじゃねぇか! 3人も集めたんだから上出来だろ!?」

キュゥべえ「まぁいいよ」

キュゥべえ「さて。勝つのはヒュアデスか人間か、はたまた別の誰かか」

ジュゥべえ「誰が勝ってもこの世界は書き換えられる、ゾクゾクするぜ」

キュゥべえ「さぁ『サバト』の開宴だ……生と死を味わい尽くせ!」


まどか「おっはよーう」

さやか「おはようまどか!」

仁美「おはようございます、まどかさん」

まどか「今日は走らずにすみそうだね」

仁美「さやかさんが珍しく寝坊せずに来たおかげですわ」

さやか「ええ!? 酷いなー、私だってたまには早起きするよ!」

まどか「あはははは」

仁美「まぁ! まどかさん、その指輪はどうしたんですか!?」

さやか「おお、ほんとだ! なんだまどか、とうとう色気づいてきたのかー?」

まどか「あっ、これ? 今日の朝からずっと付いてるんだけど外れなくて……」

さやか「とか言って外したくないだけじゃないのかー?」

まどか「ち、違うよぉー」

仁美「……」プルプル

さやか「ん、どったの? さっきからずっと震えてるけど」

仁美「まどかさん、それは……つまりそういうことなんですね!?」

まどか「うぇ?」

仁美「ああ、まどかさん。いつの間にかそんなに遠くに!!」

さやか「ひ、仁美……。落ち着きなよ」

仁美「まどかさん、あなたがたとえどうあろうと! 私達はずっとお友達ですから! お友達ですからーーー!!」

まどか「行っちゃった……」

さやか「どーしたんだろ?」


 まどかは左手の薬指に指輪をはめていた。


 チャイムが鳴る。


和子「皆さんに聞きたいことがあります! 電池を買うのは電気屋さんですか! コンビニですか! はい、中沢くん!!」

中沢「ま、まとめ買いして家に置いておくなら電気屋さん、ちょっとなくなったならコンビニで……。まぁ正直」

中沢「どっちでもいいかな、と……」

和子「その通り、どっちでもよろしい! 皆さんはどっちで買うかで一々文句をつける大人にはならないように!」

和子「はい、それでは転校生を紹介します。暁美さん、いらっしゃい」

さやか「そっちが後回しかよ!」

ほむら「暁美ほむらです、よろしくお願いします」

まどか「!!」

さやか「……? まどか?」

まどか「ほむら、ちゃん……!」




短いですが今日はここまで。


 ホームルームが終わるとほむらの席には女子達が集まる。


「暁美さんって、前はどこの学校だったの?」

ほむら「東京のミッション系の学校よ」

「前は部活とかやってた? 運動系? 文化系?」

ほむら「特にやってなかったわ」

「すごい奇麗な髪だよねー。シャンプーは何使ってるの?」



さやか「はー、人気だねぇ転校生」

仁美「綺麗な方ですもの」

まどか「・・・」

さやか「そういえばまどか、さっきはどうして――

ほむら「少しいいかしら?」

さやか「おわっ!」

まどか「!」

ほむら「鹿目さん、あなたこのクラスの保健係よね。連れて行ってもらえる? 保健室」

まどか「う、あ……えっと」

ほむら「……」スタスタ

まどか「あ、ま……待って!」

さやか「あやー、行っちゃったよ」

仁美「ミステリアスな方ですわ」


まどか「あの、その……暁美、さん? どうして私が保険係だって」

ほむら「ほむらでいいわ。早乙女先生に聞いたのよ」

まどか「あ、そ……そうなんだ」

まどか「あの、保健室は」

ほむら「こっちよね」

まどか「あ、うん……。あの場所知ってるの?」

ほむら「……」

まどか「あの、暁美さん……じゃなくて、ほむら、ちゃん。あの変わった名前だよね」

まどか「あ、ううん。変な意味じゃなくてね、カッコいい名前だなぁって」

ほむら「鹿目まどか」

まどか「!」

ほむら「あなたは……その指輪!?」

まどか「えっ?」

ほむら「どうして……、どうして!?」

まどか「え、あ……その……」

ほむら「……」ギリッ

まどか「あ、あの、ほむらちゃん?」

ほむら「ついて来ないで!」

まどか「ひっ!」


 放課後。
 とあるファーストフード店にて3人は集まる。


さやか「ええ!? 何それ?」

まどか「うん……」

さやか「文武両道で才色兼備かと思いきや実はサイコな電波さん。くー!どこまでキャラ立てすりゃあ気が済むんだ?あの転校生は!? 萌えか? そこが萌えなのかあ!?」

仁美「まどかさん、どうして暁美さんは突然怒ったのでしょうか?」

まどか「わかんない、この指輪を見たらいきなり……」

さやか「もしかして恋人がいると勘違いされたとかぁ? それで怒ったりしたんじゃないの?」

仁美「まぁ! もしかして前世から結ばれた縁の恋人同士ということですか!」

まどか「ち、違うよぉ……」

さやか「あははは、そうだよねー。だってまどかは私の嫁なんだから!」

まどか「私真剣に悩んでるのに……」

さやか「あー、そういえばまどか。聞きそびれたんだけどどうして転校生を見た時あんな反応したの?」

まどか「笑わない?」

さやか「うん、まぁ内容によるけど」

まどか「あのね……昨夜あの子と夢の中で会った、ような……」


さやか「あー、もう決まりだ」

仁美「決まりですわー」

まどか「えっ?」

さやか「ズバリ! まどかと転校生は!」

仁美「時空を超えて巡り合った運命の人なんですわ!」

まどか「もう! 私真剣に悩んでるのに!」

さやか「あははははー」

仁美「あら、もうこんな時間。ごめんなさい、お先に失礼しますわ」

さやか「今日はピアノ? 日本舞踊?」

仁美「お茶のお稽古ですの。もうすぐ受験だっていうのに、いつまで続けさせられるのか」

さやか「うわぁ、小市民に生まれて良かったわ」

まどか「私達もいこっか」

さやか「あ、まどか、帰りにCD屋に寄ってもいい?」

まどか「いいよ。また上条君の?」

さやか「へへ。まあね」

仁美「では、また」

さやか「じゃあね」

まどか「バイバーイ」


 そんな3人の様子を、離れて伺う者が一人。


「……ちっ、まだ人目があるね」


 2人は歩く。
 斜陽が遠景の大規模な工事地を染める。


まどか「いいの見つかってよかったね」

さやか「へへへー、これで恭介はますますさやかちゃんに――」

キリカ「ねぇ、後輩!」


 2人に同じ制服を着た少女が声をかける。


まどか「えっ」

さやか「およっ、三年生? 一体なんですか?」

キリカ「あー、いやいや違うよあおいろさん。私はももいろさんに言ってるんだ」

まどか「私……ですか?」

キリカ「そう、ちょっと付き合ってもらえないかな?」

まどか「えっ……」

さやか「ヤバいよまどか、これ絡まれてるって!」ヒソヒソ

まどか「う、うん。でも先輩一人みたいだし」ヒソヒソ

さやか「うーん、よし」

さやか「私も一緒ならいいですよ! ね、まどか!」

まどか「う、うん。それなら」


キリカ「くくく、そうかそうか」

キリカ「じゃあ遠慮なく!」

さやか「!?」


 キリカの身体を眩い光が包むと。
 キリカはまるでバトラーのような服装に変身する。

 どこからともなく黒い猫のような生き物が現れる。


ジュゥべえ「双方の同意を確認! 決闘を許可するぜ!」

さやか「えっ!? なになに? なんなの!?」

キリカ「さぁ、鹿目まどか! 大人しくソウルジェムを渡せ! もしくは……」


 キリカの袖からいきなり3本の黒い鉤爪が飛び出し。
 まどかの首を掻き切らんと振るわれる。


キリカ「死ね!!」


 まるで異次元空間のような家に、ほむらは一人で座り込んでいた。
 そこに壁をすり抜けるように白い獣が現れる。


キュゥべえ「やぁ、暁美ほむら。まどかのことはいいのかい?」

ほむら「消えなさい。今はお前の顔なんて見たくもない」

キュゥべえ「そうもいかない。これから長い付き合いになるんだしね」

ほむら「……」

キュゥべえ「もう一度聞くよ。まどかのことはいいのかい?」

ほむら「……どこからそれを知ったのかは知らないけれど、それを知っているならわかるでしょう」

ほむら「あのまどかはもう救えない。私の戦場はここじゃない」

キュゥべえ「それは君次第だよ、暁美ほむら」

ほむら「白々しいことを……!」

キュゥべえ「それにさ、困るんだよね。あまりまどかに無関心じゃ」



キュゥべえ「この世界の君は魔女なんだから」


 




短いですが今日はここまで


 さやかはまどかを突き飛ばした。
 キリカの鉤爪は空を切る。


さやか「いきなり……なにすんだ!」

キリカ「はっ、邪魔するなよあおいろさん!」

さやか「このぉ!!」


 さやかはスクールバッグを振り回してキリカに殴りかかるが。
 キリカはそれを悠々と躱す。


キリカ「うん、まああれだ。勇敢なのは認めるけど」


 キリカはさやかの腹を蹴りつけふっ飛ばす。


さやか「が、ふっ……!」

まどか「さやかちゃん!!」

キリカ「魔法少女でもない一般人が私に敵うわけないだろ!」


 さやかは倒れると。
 未だ立ち上がれないまどかへキリカが迫る。


キリカ「さて、覚悟はいいか」

まどか「ひっ……!」

キリカ「ももいろさん!」

まどか「いや、助けて……」


ほむら「どういう、こと? 私は……!」

キュゥべえ「君の魔女についての認識は間違っていると言わざるを得ない」

キュゥべえ「この世界での魔女とは」



マミ「オーバーソウル、ゲルトルート!」


 赤い閃光が奔ったかと思うと。
 まどかへ振り降ろされた鉤爪が空中で止まる。
 突然現れた数多の荊がキリカの鉤爪を雁字搦めに縛りつける。


キリカ「ぐっ!?」

マミ「油断したわね、一般人相手だからって魔女のオーバーソウルもしないなんて」



キュゥべえ「魔法少女のパートナーであり、力の源でもあるのだから」

ほむら「!?」


マミ「危なかったわね、でももう大丈夫」


 まるで狩人の様でそれでいて優雅な衣装に身を包んだマミが、倒れるまどかにウインクした。


キリカ「おいくろまる! 反則じゃないのか!? これは乱入だ!!」

ジュゥべえ「いーや、まどかは直前に救援を求めたぜ」

マミ「そういうこと、悪いんだけどそれまで少し待たせてもらったわ」

キリカ「くっ……」

マミ「その制服、あなた達2年生よね? 自己紹介したい所だけど」

マミ「その前に一仕事させてもらうわね!」

キリカ「舐、め、る、なぁっ!チェーンファング!」


 キリカは鉤爪を鎖のように撓る刃へ変えると。
 縛りつけていた荊を切り裂く。


キリカ「ならこっちだって本気だ! オーバーソウル! シャルロッテ!」

マミ「……」


 キリカの背後にマントを羽織ったぬいぐるみのようなものが現れると。
 桃色の閃光と共に、キリカの腰辺りに吸い込まれていく。


キリカ「さあ行くよ、ヒーロー!」

マミ「くっ」


 キリカは鞭のように撓る鉤爪を振り回しながらマミに襲い掛かる。
 マミは荊を出して応戦するが、キリカの黒い鉤爪はそれを難なく切り裂いてしまう。

 それに心なしかマミの動きが悪い。
 完全に後手後手に回り、防戦一方だ。


キリカ「はっはっはっ、どうしたヒーロー!」

マミ「速い……!」


 マミは荊をバネのように使って跳躍し、舞うように戦うが。
 キリカはそれを上回る速度でマミにピッタリと張り付く。


マミ「反応が間に合わない、いや身体が思うように動かない……なるほどこれは」

マミ「速度低下、ね」

キリカ「その通り!!」

キリカ「シャルロッテ、その性質は執着! 能力は自分以外の速度低下だ!」

キリカ「さて追いかけっこはもう飽きた、さあ刻もう!!」


 キリカは両腕から5本ずつ、計10本の鉤爪を生やすと。
 マミへ向けて振りかざす。


 マミは何かを取り出して、キリカに付きつけた。
 それは薔薇の意匠が施された単発式のマスケット銃だった。


キリカ「2つ目の、武器だと……?」

マミ「いいえ」


 半ば不意打ちのように出されたそれに一瞬気を取られ動きが止まった瞬間。
 放たれた弾丸がキリカの腹を撃ち抜く。


キリカ「が……ふっ!」

マミ「荊の方が能力、私の武器は本来こっちよ」


 すぐさま背後から召喚した2丁のマスケット銃を両手に持ち、キリカに付きつける。


キリカ「ぐっ!」

マミ「勝負あったわね」


キリカ「まだだ……、来るとわかってたらそんなものいくらでも避けられ……っ!」


 キリカの足は荊が雁字搦めに絡みついていた。


キリカ「ちぃ!」

マミ「ごめんなさいね、痛い思いさせて。でも一方的に襲ったあなたが悪い。ソウルジェムは奪わせてもらうわよ」

キリカ「い、嫌だ! ふざけるな!」

マミ「……」

キリカ「ソウルジェムは渡さない! もし奪うんだったら私は今ここで舌を噛み切って死んでやる!!」


マミ「そう、困ったわね……」

マミ「でもやっぱり戦う力の無い相手に、いきなり襲い掛かるあなたは放っては置けない」

キリカ「近づくな!!」


 キリカは鉤爪を自分の喉元に付きつける。


キリカ「それ以上動いてみろ! 今ここで喉を掻き切って死ぬ!!」

マミ「往生際が悪いわよ」


 マミが引き金に指を掛ける。
 キリカが自分の喉を掻き切ろうとしたその時。


まどか「先輩! あ、あの……そこまですることないんじゃあ……」

マミ「そこまですることないって、あなたが狙われたのよ?」

まどか「はい、でも……」

マミ「それに今ここで倒しておかないと、またあなたが狙われるかもしれないのよ」

さやか「そ、そーだよまどか! なんだか知らないけど、ここでなんとかしておかないとヤバいって!」

まどか「そ、それでも! あのその人がここで死んじゃうのは……嫌、です」

マミ「……」


 マミはキリカから目を離さず聞いていたが。
 1つため息をついて、口を開く。


マミ「2、3個質問に答えてちょうだい。あなたはヒュアデス?」

キリカ「……そうだ」

マミ「あの子を襲ったのは誰かの指示?」

キリカ「……」

キリカ「いいや、私のスタンドプレーだ。魔力を感じるのに弱そうだから襲った」

マミ「そう」

マミ「ジュゥべえ、終了の宣言を。あなたもそれでいいわね?」

キリカ「……」コクッ

ジュゥべえ「よーし、それじゃあ今回は終了だ! お互いに変身を解きやがれ!」


 2人は光に包まれると、元の制服の姿に戻る。
 それと同時にマスケット銃も鉤爪も足を縛っていた荊も消え失せた。

 キリカの制服に血が滲む。


まどか「ひ、酷い怪我……すぐ救急車を……」

キリカ「結構だ! これくらい……!」

まどか「でも……」

キリカ「私に気安く触れるな!」


 キリカは腹部を抑えながら、立ち去って行った。


さやか「な、なんだったのさ一体……」

マミ「ごめんなさいね、巻き込んじゃって。それとあなた、どうやら魔法少女の新入りさんってところかしら?」

まどか「魔法、少女?」

さやか「さっきの奴も言ってたけど魔法少女っていったい?」

マミ「……自己紹介がまだだったわね、私は巴マミ」

さやか「私は美樹さやかです!」

まどか「鹿目まどかです。あの、さっきは助けてくれてありがとうございました」

マミ「そう、鹿目さんに美樹さんね。もしよかったら今から私の家に来ない? 色々説明するわ」


 マミの家。


さやか「うわぁ……」

まどか「素敵なお部屋」

マミ「一人暮らしだから遠慮しないでね、ろくにおもてなしの準備もできないけど」

まどか「マミさん、これすっごくおいしいです!」

さやか「んー、めちゃうまですよ!」

ジュゥべえ「さ、2人共。くつろぐのはそれくらいにして、説明に入らせてもらうぜ」

マミ「魔法少女と魔女について、ね」



キュゥべえ「この世界での魔法少女とは魔女と契約し、その力を使いこなす存在なんだ」

キュゥべえ「魔女とは一種の霊であり。魔法少女のパートナーであり力の源そのものだよ」

ほむら「にわかには信じられないわね、魔法少女と魔女がそんな関係だなんて。それに私が幽霊だとでも言うの?」

キュゥべえ「そのことについてはまどかと一緒のときにまた説明しよう。今日は魔法少女と魔女についてだ」



マミ「魔法少女は魔女の力を借りて変身したり固有の武器を生み出したりすることができる。これが魔法少女の力の第一段階ね」

さやか「第一段階?」

まどか「っていうことはまだ先があるんですか?」

マミ「ええ。衣装や作り出す武器の種類は、魔女の魔力を借りて自分で発動するから、自分のイメージや素質が大元になるんだけれど」

マミ「これだけじゃ、魔法少女としては半人前ね」

ジュゥべえ「魔法少女をさらに高みへ引き上げる能力、それがオーバーソウルだ」


キュゥべえ「魔力を借りて変身するだけなら、勝負は魔女の魔力の量と魔法少女の素質だけで決まってしまう。その差を覆すのが魔女と魔法少女が一体となって戦うオーバーソウルだ」

ほむら「まるで魔女と魔法少女がお互いにかけがえの無い存在みたいに言うのね」

キュゥべえ「事実そうだからね」

キュゥべえ「オーバーソウルは自分の魔女をソウルジェムに降ろし、魔法少女が魔女の持つ能力を使う事ができるようになるんだ。
       その力を何割か、もしくは100%以上引き出せるかどうかは、魔法少女の巫力という精神エネルギーの量に依存する」



マミ「魔女にも個性があるのよ、例えば私の魔女の名前はゲルトルート」


 マミの傍らに沢山の薔薇飾りをつけ、蝶のような羽を背中に付けたグロテスクな化け物が現れる。


さやか「うわぁ!」

まどか「ひぃ!」

マミ「気持ちはわかるけどあんまり驚かないであげてね」

マミ「この子の性質は不信、能力は自分以外を拒絶する荊の操作。私にも中々心を開いてくれなくて大変よ」

ジュゥべえ「そして魔女と魔法少女を結ぶものがソウルジェムだ。これは魔女と魔法少女の契約の証であり、
        魔力の触媒であり、オーバーソウルのときの魔女の媒体でもある。これを失うことは魔女を失い、魔法少女でなくなるという事に等しい」

まどか「それであの先輩、ソウルジェムを取られるのあんなに嫌がってたんだ……」


ほむら「本当にそれだけ?」

キュゥべえ「それだけとは心外だね」

ほむら「もっと他にないの? 例えば魔法少女の本体だとか、それが砕かれると魔法少女は絶命するとか」

キュゥべえ「そんなことはないよ。おかしなことを聞くんだね、君は」

ほむら「……」

ほむら「……もし、ソウルジェムを失ったらどうなるの?」

キュゥべえ「そうだね。例えどんなに素質のある子でも魔法少女と魔女の契約は一度きりだから、その子は二度と魔法少女には戻れない」

ほむら「本当にそれだけ?」

キュゥべえ「それだけとは心外だね」



さやか「んー、なんとなく魔法少女についてはわかったんですけど」

さやか「さっきの奴はなんでまどかに襲い掛かって来たんですか?」

まどか「そ、そうです。それにマミさんはどうして戦ったりしたんですか」

マミ「……今、この街で『あること』が行われているのよ」

ジュゥべえ「それはな、最強の魔女をパートナーにするための争い」

ジュゥべえ「サバト」


キュゥべえ「ルールは至って単純だ、魔法少女同士の決闘は双方の同意の上であること。これは暗殺や不意打ちで勝負が決まるのを防ぐためだね」

キュゥべえ「そしてそれを確認するのが僕達インキュベーターの役割なのさ」

ほむら「なんのためにそんな争いを……」

キュゥべえ「争い、ソウルジェムを破壊し合い。最後に残った魔法少女が、最強の魔女をパートナーにする権利を得るんだ」

キュゥべえ「そして、その魔女の能力が」

キュゥべえ「世界を書き換えることができる」



ジュゥべえ「最強の魔女はこの星の全ての命の集合体の化身ともいわれている、どれだけ強大な存在か想像できるだろ?」

まどか「う、うーん」

さやか「あまりにスケールがでっかすぎて想像できないっていうか……」

マミ「そしてその魔女の力で人類絶滅を目論む魔法少女達が」

マミ「ヒュアデス」




今日の所はここまでです、
読んでいただきありがとうございました。

長々とわかりにくい説明をしたので注釈を

・魔法少女は魔女と契約して戦うよ!
・オーバーソウルすると自分の巫力の分だけ魔女の力が使えるよ!
・魔法少女の証がソウルジェムだよ!
・魔法少女はお互いに戦い合って最強の魔女のパートナーになる権利を決めるよ!

おっつおっつ
インキュベーター達はパッチ族的な立ち位置でいいんだよね?


ほむら「ヒュア、デス……?」

キュゥべえ「つい先ほどまどかが襲われていたようだね」

ほむら「!?」

キュゥべえ「安心していいよ、ジュゥべえからの知らせだとマミが助けたようだから」

ほむら「そう……」



さやか「人類絶滅って、なんでそいつらはそんなことを!」

マミ「ごめんなさい、それは私にはわからないわ……。ジュゥべえなら知ってるんでしょうけど」

ジュゥべえ「悪いな、マミ。オイラからはそれは教えらんねぇ。オイラ達はあくまで中立だ」

マミ「私もヒュアデスについて随分前から色々調べてはいるんだけど、ほとんど何も知らないの。
    わかったのは、ヒュアデスは勝つために手段を択ばない魔法少女であること、人類絶滅を望むのは実質一人で、みんなそのリーダーに従っているだけということ」

マミ「そして、同じクラスの呉さんがヒュアデスの一員であるということのみ」

まどか「呉さんっていうんだ……」

マミ「サバトが開宴されたのはつい昨日。念のためマークしてたんだけど、まさかいきなり襲い掛かるなんてね」

さやか「いやー、本当に助かりました!」

まどか「ありがとうございます!」

マミ「いいのよ。それと、私からも1つ聞いていい?」

まどか「な、なんですか?」

マミ「鹿目さん、あなた魔法少女よね。魔女はどうしたの?」

まどか「ええっ、えっと……」

まどか「どういうこと、ですか?」


マミ「どういうことって?」

まどか「えっと。私、魔法少女になった覚えなんか全然なくて。つい昨日まで……今もですけど、私変わったことなんか全然ない普通の中学生で……」

マミ「……」


 マミはしばし顎を摘まんで考えた後。
 ふと顔を上げる。


マミ「鹿目さん、手を見せてもらってもいいかしら」

まどか「は、はい……!」

マミ「左手のこれ、ソウルジェムよね……。魔力も感じるし。キュゥべえからは何も聞いていないの?」

まどか「あの、キュゥべえって……?」

マミ「まったくあの子ったら……。ジュゥべえ、鹿目さんは本当に魔法少女なの?」

ジュゥべえ「ああ、間違いなくまどかは魔法少女だぜ。まどかの魔女については、キュゥべえさんの管轄だからオイラにはわかんねぇけどな」

マミ「そう、本当に新人さんなの……大変ね」


 マミは真剣なまなざしでまどかを見つめる。


マミ「鹿目さん、あなたは大いなる戦いに巻き込まれた。もし怖かったりしたら逃げてもいいのよ?」

まどか「あ、の……えっと」

マミ「実感がわかないのも無理はないわ、今すぐ答えを聞こうとも思わない。ただし」

マミ「あなたのソウルジェム、私に預けてくれないかしら?」


ほむら「つまり、まどかのソウルジェムを砕いてしまえば。まどかはもうこのふざけた戦いに関わることはないのね?」

キュゥべえ「僕としてはそんな自爆みたいな方法を取られることは好ましくないかな。魔法少女の数はただでさえ少ないんだから」

ほむら「関係ないわ、まどかがそれで救えるなら」

キュゥべえ「ヒュアデスはどうするんだい? 彼女達をなんとかしない限り、世界は終わってしまうんだよ?」

ほむら「まどかを戦わせなくても、私一人で倒す」


まどか「預けるって……」

マミ「今のあなたがサバトに参戦するのは危険すぎる。ジュゥべえ、ソウルジェムを持っていないなら戦いを挑まれても自動で不戦になるわよね?」

ジュゥべえ「そうなるな。ただしまどかのソウルジェムの在り処は、他の魔法少女に聞かれたら答えさせてもらうぜ」

まどか「……お願いします!」

マミ「……」


 マミの目が、何かを責めるように鋭くなった。


マミ「鹿目さん。もし私が、ソウルジェムが欲しいだけの敵だったらどうしようとは思わないの?」

まどか「えっ。その……」

マミ「……」

まどか「……信じます、マミさんは悪い人じゃありません」

マミ「どうして? 呉さんが襲ったのも、あなたを助けたのも全部お芝居かもしれないのよ?」

まどか「そのときは仕方ありません。私何にも知らないけど、マミさんが悪い人じゃないって事だけはわかります。私は私を助けてくれたマミさんを信じてみたいです」

マミ「でも……!」

さやか「マミさん、あんまりまどかを虐めないであげてくださいよ」

マミ「美樹さん……だってあまりに不用心よ!」

さやか「こうなっちゃったまどかは何言っても聞きませんよ」

さやか「それにね、まどかは私が言うのもなんだけど。人を見る目があるんですよ、まどかが悪い人じゃないっていうんだったら悪い人じゃありません!」

マミ「美樹さん……」


 マミは頭を抱えるが。
 瞳を開けてまっすぐまどかに向き直る。


マミ「いいわ。ソウルジェムは責任を持って私が預かる。どっちみち鹿目さんに持たせるのは危険だもの」

まどか「はい、よろしくお願いします!」

マミ「ソウルジェムを外すには、念じてみて。自分と魔法の力を切り離すイメージを作るの」

まどか「……」


 まどかが瞳を閉じると。まどかの指輪が輝き。
 まどかの手に卵形の宝石が乗る。


ほむら「さて、まだまだ聞きたいことがあるんだけど」

キュゥべえ「今日はここまでにして、次はまどかと一緒のときにしよう」

ほむら「どうしてそこまでまどかに参加させたがるの?」

キュゥべえ「まどかも魔法少女だからね。まどかこそこの戦いの主役だ。ほむら、君だけが乗り気でも困るんだよ」

ほむら「あくまでもまどかに戦わせる気ね」

キュゥべえ「それじゃあ僕はこれで」

ほむら「……」


 キュゥべえが壁をすり抜けると。
 部屋にはほむらが一人残された。


ほむら「終わらせられるかもしれない、今度こそ……!」


さやか「それじゃあお邪魔しましたー!」

まどか「お邪魔しました」

マミ「ええ、鹿目さん。明日の夕方、返事を待ってるわ」

まどか「はい!」


 2人が玄関を出ると。
 マミが握りしめたソウルジェムを見て、ポツリと呟いた。


マミ「ごめんなさい、鹿目さん……。あなたが信用できなくて、ソウルジェムを預けてくれなんて言ったの」


 キリカの自宅。
 キリカが胴に巻いていた包帯をほどきながら、携帯に話しかける。


キリカ「よし、魔力で傷も完治した」

キリカ「ごめんよ織莉子、失敗してしまった」

織莉子『ええ、残念ね。まさか既にあなたがマークされていたなんて。でも』

織莉子『無事でよかったわ、キリカ』

キリカ「織莉子ぉーーー!」

織莉子『既に別の作戦を用意している。早速で悪いけどあなたにも参加してもらうわよ』

キリカ「もちろんだ! 駄目だと言われても参加させてもらうぞ!」

織莉子『概要はメールで送るわ、それじゃあ』


 電話が切れると、キリカはベッドの上に立ち上がる。


キリカ「さぁーて! リベンジだ! 準備はいいね、シャルロッテ!!」


 キリカの隣にぬいぐるみのような魔女が現れる。


キリカ「見てろよ、ヒーロー。次こそは!!」


 とある屋敷にて。
 織莉子は演劇のように立ち回り、大袈裟に身振りをする。


織莉子「さて、開宴直後に数を減らすのには失敗したけれど。誰も私へ至っていないのは幸いだった」

織莉子「ああ、見ていてくださいお父様。この織莉子がこの世の救世を成し遂げて見せます」

「……くだらねぇ」

織莉子「ふふふ、そうおっしゃらないで。次の作戦にはあなたにも参加してもらいますからね」



織莉子「佐倉さん」



杏子「……」

今日のところはここまでです。
ようやく主要キャラを出すことができました。

>>37
大体そんな感じです。
ただインキュベーター達は、特定の子を担当したりしていないので、
パッチ族よりちょっと対応がドライです。


魔法少女とペアになってない魔女が勝手に戦闘するのはアリなのか


>>さやか「なんだか知らないけど、ここでなんとかしておかないとヤバいって!」
さやかって契約前からここまで他人に冷たくできたっけ?と思ったら序盤で消火器をクラスメイトに投げつけてたわ

質問なんですが、登場するのはおりマギのキャラだけですか?


 朝の通学路にて。


さやか「おっはよーう!」

まどか「おはよう、さやかちゃん」

仁美「おはようございます」

キュゥべえ「やぁ、おはようまどか」

まどか「うわぁ!」

さやか「?」

仁美「?」

キュゥべえ「はじめまして、僕の名前はキュゥべえ! ああ、まどか。不思議がられるからあまり驚かないでくれ。僕の存在は魔法少女以外には認識できないんだ」

まどか「えっ、そ……そうなの?」

さやか「どったの、まどか?」

仁美「顔色が悪いですわ」

まどか「う、ううん! なんでもないよ!」

キュゥべえ『不便なようだからテレパシーで話すよ。心に念じてごらん』

まどか『えっ、こ、これでいいかな?』

キュゥべえ『うん、そういう感じだよ』


さやか「でさー」

仁美「まぁっ!」

まどか『えっと、もしかしてあなたはジュゥべえの知り合い?』

キュゥべえ『その通り。僕とジュゥべえはインキュベーターといってサバトの運営委員会のようなものなんだ』

まどか『そうなんだ……』

キュゥべえ『話は聞いたよ、まどか。答えは決まったかい?』

まどか『……まだ迷ってる』

キュゥべえ『どうしてだい?』

まどか『世界を救うって、とっても素敵なことで。そのために戦うマミさんは凄くかっこよくて、私もあんな風になれたらいいなって思ったんだ。けど』

キュゥべえ『けど?』

まどか『昨日、呉先輩に襲われたとき。凄く怖くて、なにもできなくて。もし私が魔法少女になんかなっても足を引っ張るだけなんじゃないかって思って……』

キュゥべえ『それはいらない心配だよ、まどか』

キュゥべえ『君の巫力の量は、僕が見てきたどの魔法少女よりも大きい。君のオーバーソウルはどんな魔法少女よりも強力なものになるだろう。素質があるんだよ、君は』

まどか『本当に? 私なんかに!?』

キュゥべえ『それに、今は忘れているようだけど。君は絶対に戦わざるを得ない理由があるんだ』

まどか『理由?』

キュゥべえ『それは……』

さやか「おーい、まどかー?」

仁美「まどかさん?」

まどか「え、ああ! ごめん! 考え事してた!」

まどか『キュゥべえ、理由って……』


 キュゥべえは既にそこには居なかった。


 学校にて。


まどか「私の巫力……」

さやか「まどか」

まどか「! さやかちゃん」

さやか「今朝の考え事って魔法少女についてでしょ?」

まどか「う……、うん」

さやか「あたしはやめといた方がいいと思う」

まどか「!!」

まどか「どう、して……」

さやか「ヒュアデスだか何だか知らないけどさ、まどかが戦う必要ないよ。あんなに危険な場所に自分から行くことない」

まどか「さやかちゃん……。で、でも!」

ほむら「意見が合ったわね、美樹さやか」

さやか「おわっ! 転校生!?」

まどか「ほむら、ちゃん……!」

ほむら「あなたが戦う必要なんて無い、ヒュアデスは私が倒す」

さやか「転校生!? あんた、なんでそのこと知って……!」

まどか「ほむらちゃんも、戦うの……? 呉先輩達と」

ほむら「ええ」

まどか「でも! 私だって力になりたいよ! ほむらちゃんやマミさんたちが戦っているのをただ見ているだけなんて――

ほむら「あなたに人が殺せるの? 鹿目まどか」

まどか「っ!?」


ほむら「魔法少女の相手は絶望を振り撒く怪物でも、世界の闇から生まれたモンスターでもない。
     魔法少女と魔法少女、人間と人間の戦いなのよ。一瞬でも躊躇えば自分が命を落とすことになる」

まどか「そ、んな……」

さやか「まるで自分が殺したことあるみたいな言い方じゃん」

ほむら「ええ、あるわ。私は今まで何人も殺してきた」

まどか「っ!!」

さやか「マジ、で……」

ほむら「だから、鹿目まどか。あなたまで汚れる必要はない。英雄になんかならなくても、あなたはあなたのままでいい」

まどか「……」

さやか「……」

ほむら「それだけ言いたかった、それじゃあ」

まどか「あのっ、ほむらちゃん!」

ほむら「……」

まどか「あの、3年生でマミさんって人が居て! その人もヒュアデスと戦ってる魔法少女なの! あの、えっと、一緒に戦って、ください……!」

ほむら「……」

ほむら「ええ、そうさせてもらうわ」


 昼休み。
 ほむらは3年生の教室へ向かって歩いていく。


ほむら(この世界の私はソウルジェムも無い。この世界の定義では違うけど、もう魔法少女ではないということ)

ほむら(魔女にもならない、呪われた運命も無い……震えるほどうれしい事実だけれど)

ほむら(それは奇跡の力にも頼れないということ)

ほむら(つまり私にはもう後がない)

ほむら(この世界で終わらせなければ、全て終わり)

ほむら(でも、正直頭が追い付かないけど。こんなに都合のいい世界は初めて)

ほむら(救えるかもしれない、今度こそ!)


 ほむらは3年生のクラスの扉を開ける。


ほむら「巴先輩は居るかしら」

マミ「……私が、そうだけど」

ほむら「お昼、ご一緒しない?」

マミ「……ええ、いいわよ」


 屋上にて、マミとほむらは弁当を広げる。
 マミは明らかにほむらを警戒している。


ほむら「昨日はまどかを助けてくれたそうね、お礼を言わせてもらうわ」

マミ「いいえ、当然のことをしたまでよ」

ほむら「まさかまどかを魔法少女に引き込もうだなんて考えていないでしょうね」

マミ「鹿目さんはもう魔法少女よ。でもこれからどうするかは彼女が決めることでしょう」

ほむら「そう、あなたから誘う気はないのね?」

マミ「ええ、危険な世界ですもの。いつ背後から刺されてもおかしくないくらい、ね」

ほむら「安心したわ」

マミ「……私からもいいかしら、ええと」

ほむら「ほむらよ、暁美ほむら」

マミ「暁美さん、率直に言うわ」

マミ「あなたは何者? 私はあなたがヒュアデスじゃないかと疑っているのだけど」

ほむら「……それは、こいつに聞けば分かることでしょう? 出てきなさいキュゥべえ」

キュゥべえ「呼んだかい?」ヒョコッ

マミ「キュゥべえ……」


マミ「キュゥべえ、暁美さんはヒュアデスの一員かしら?」

キュゥべえ「それは僕からは答えられないな」

ほむら「じゃあ質問を変えるわ、私はまどかの魔女よね」

マミ「!?」

キュゥべえ「……」

キュゥべえ「なるほど。考えたね、ほむら。そうだよ、暁美ほむらはまどかの魔女だ」

マミ「な……!?」

マミ「嘘! オーバーソウルもせずに実体を持った魔女だなんて! いえ、こんなに人間の姿を留めた魔女だなんて!!」

ほむら「これで信用して貰えたかしら?」

マミ「……まだよ、仮にあなたが鹿目さんの魔女だとしても! ヒュアデスではないとは、私を潰そうとしている策ではないとは限らない!」

ほむら「ずいぶん疑り深いのね。じゃあ証拠に、まどかのソウルジェムはずっとあなたが預かっていて」

マミ「!?」

ほむら「私にとってもその方が都合がいいもの」

マミ「……あなたは戦う気はないの?」

ほむら「いいえ、ヒュアデスは私が倒す」

マミ「魔法少女もソウルジェムも無しに戦う魔女なんて……!!」

ほむら「!」

マミ「!」


 2年教室。
 ガラス張りの教室を勢いよく開ける者が居る。


キリカ「ねぇ、後輩!」

さやか「あんたは……!」

まどか「呉、先輩……」

「だれだれ?」

「3年生?」

キリカ「ははっ! 雑魚に用は無いよ、広範囲オーバーソウル・結界!」


 キリカの指輪から桃色の閃光が煌めくと。
 まどかとキリカの姿が消える。


さやか「まどか!?」


 3年教室。
 スナック菓子を咥えた杏子が押し入る。


「誰……?」

「私服だ」

「他校の子?」

杏子「なんでこんなことしなきゃいけないんだか。広範囲オーバーソウル・結界」


 杏子の指輪から銀色の閃光が煌めくと、杏子の姿が消える。


マミ「この魔力……結界を発動したわね! しかも2つ!」

ほむら「結界?」

キュゥべえ「オーバーソウルの応用だ、魔法少女のみが入ることのできる異空間を作り出す!」

ほむら「魔法少女のみ……まどか! キュゥべえ! ソウルジェムを持たない魔法少女は戦闘を挑まれないんじゃなかったの!?」

キュゥべえ「魔法少女は戦闘力のある魔法少女以外を傷つけることはルール違反だ。でもペナルティはソウルジェムを没収される程度だね」

マミ「場所は3年生の教室と2年生の教室! 鹿目さんの居ない方は明らかに陽動なのでしょうけど……」

ほむら「まどか!!」

マミ「暁美さん、待って!!」


 ほむらは既に駆け出し、マミの声も届かない。
 マミは一人考え込む。


マミ(明らかに罠……。なんでしょうけど)

マミ(もし暁美さんや鹿目さんがヒュアデスだったら)

マミ(加勢に入った瞬間、挟み撃ち……!)

マミ「ごめんなさい、暁美さん。あなたはまだ信用できない……!」


 マミは3年生の教室へ駆け出した。


キュゥべえ「さて、僕はほむらの方を見てこようかな。ジュゥべえ」

ジュゥべえ「わかってるよ、オイラがマミの方を見てくりゃいいんだな」


 校舎を遠目に眺める者がいた。


織莉子「そう、お前達はまだ信用し合っていない。故にお互いに背中を預けて戦うという選択肢は無い」

織莉子「だからこそ、罠だとわかっていても戦力を分断せざるを得ない」

織莉子「巴マミ、判断を誤ったわね。暁美ほむらが戦っているという負い目からか、あなたまで戦う必要はないというのに」

織莉子「佐倉杏子の方は捨石、最悪負けてもいい。本命は莫大な巫力を持つ鹿目まどか。彼女さえいなければ、私に勝てる魔法少女は居ない」

織莉子「そして、キリカは万が一にも脱落させない!」


 織莉子は駆け出した。


 お菓子の大量にある結界。
 まどかと魔法少女姿のキリカは椅子に座ってテーブルを囲んでいた。

 キリカはドーナツを食べながら、まどかに語りかける。


キリカ「ほら、食べないのかい? ももいろさん」

まどか「あの、先輩……。私はあなたとは戦えません」

キリカ「知ってるよ、お前は暁美ほむらを誘い出すための囮だ」

まどか「ほむらちゃんが!? どうして!!」

キリカ「?」

キリカ「まさか知らないのかい?」

キリカ「暁美ほむらはお前の魔女だからだよ」

まどか「!!」

まどか「そ、ん……な」

キリカ「ソウルジェムを持たない手段も見え透いている。つまりこれから戦うのは、オーバーソウルも魔法少女化もできない裸の魔女ってわけだ!」

ほむら「嘗められたものね」

まどか「ほむらちゃん!!」

キリカ「おお、来た来た」


 結界に現れたほむらを認めると、キリカは椅子から飛び降りる。


キリカ「さて、用件はわかるね」

ほむら「こんな姑息な手を使わなくても、直接戦いを挑めばいいじゃない」

キリカ「ふ、く、く。わかってないね、確実な手を取らせてもらうってわけさ」

ほむら「決闘には双方の同意が必要だったはずだけど?」

キリカ「お前が断った場合!」


 キリカの袖から杭のような物が飛び出し。
 まどかのすぐ隣の壁に突き刺さる。


まどか「ひっ!」

キリカ「鹿目まどかの命は無いっ!」

ほむら「反則のはずだけど? あなた失格になるわよ」

キリカ「それでも結構だ! 鹿目まどかは厄介な魔法少女! 私一人でそれが消せれば大いに結構!」

ほむら「そう」

キリカ「っ!?」


 ほむらの目つきが鋭くなる。
 その眼光にキリカは背筋を寒くした。


ほむら「呉キリカ、この世界でもあなたは……!」

キリカ「は、はは。さぁどうする! 選択肢は無いと思うけど!?」

ほむら「受けるわ、その戦い」

まどか「ほむらちゃん、やめて!!」

キュゥべえ「双方の同意を確認、決闘を許可するよ」


 キュゥべえがどこからともなく現れる。
 キリカは両袖から鉤爪を生やす。


キリカ「魔法少女の力も無い、ソウルジェムも無い生身の魔女が勝てるわけないだろ!」

ほむら「そうね。ついでに時を操る力も、重火器も無い生身の魔女ね」

ほむら「それでも」

ほむら「こんな絶望も呪いも無い世界の魔法少女に負ける道理はない」

キリカ「はっ、ただの強がりだ!! オーバーソウル! シャルロッテ!!」


 高速で移動するハイウェイの結界の中。
 マミは顔を青くしながら、走っていた。


マミ「はぁっ、はぁっ!」

杏子「どーした、悪い夢でも思い出したかよ?」

マミ「……やっぱり、あなただったのね」

マミ「佐倉さん!!」

杏子「ふん」

マミ「どうして、どうしてヒュアデスなんかに!?」

杏子「……あたしはな、どうしてもサバトを勝ち抜かなきゃならないんだよ」

杏子「あんたみたいなライバルの魔法少女を潰すのには、一番強い所に入るのが手っ取り早い。ライバルが減ったら、ヒュアデスもあたしが潰してやる」

マミ「でも! ヒュアデスは世界を――

杏子「家族もみんな死んじまったら、世界の終りと何が違うのさ?」

マミ「っ!!」

杏子「話は終わりだよ、あたしを連れ戻したきゃぶん殴って目を覚まさせな」

マミ「……っ、わかったわ」

ジュゥべえ「双方の同意を確認! 決闘を許可するぜ!」


 ジュゥべえがヒラリと現れた瞬間。
 マミはマスケット銃を、杏子は突撃槍を作り出す。


マミ「オーバーソウル! ゲルトルート!!」

杏子「オーバーソウル! ギーゼラ!!」



今日はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。

>>50
可能ではありますが、キリカの言う通り、オーバーソウルもできないためかなり不利です。
そもそも魔女にそんな意思のある奴は少ないです。

>>51
一応かずマギからも出てきていますが、知らなくても読むのには影響がない程度です。
というかぶっちゃけまどマギの本編さえ知ってれば、
おりマギもかずマギもシャーマンキングも知らなくても大丈夫なつもりです。
設定が大幅に改変されているので。


さやか「……」

 ・
 ・
 ・

 騒然とする教室へ、ほむらが飛び込んでくる。


ほむら「まどかっ!」

さやか「転校生! まどかが、まどかが昨日襲ってきた奴と消えちゃった!」

ほむら「昨日襲ってきた奴って……?」

さやか「キリカ! 呉キリカって奴だよ!」

ほむら「!?」

ほむら「結界は……なるほど、こうやって開くのね」


 ほむらが手をかざすと。
 奇怪な模様の結界が開かれる。


さやか「て、転校生! あたしも連れてって!」

ほむら「駄目よ、戦えないあなたが着いて来ても危険が増すだけ」

さやか「でも!」

ほむら「はっきり言うわ、邪魔なのよ」

さやか「っ!!」

ほむら「安心して、まどかは必ず私が連れて帰る」


 そう言うとほむらは結界の中へ入っていった。

 ・
 ・
 ・

さやか「くそっ……!」


 結界の中。
 キリカの容赦ない斬撃をほむらは紙一重でかわし続ける。


キリカ「ほらほらどうした!」

ほむら「……」

キリカ「まさか素手で私に勝とうなんて思ってないだろうね!」

ほむら「そうね」

ほむら(盾は無い、固有魔法も使えない、でも)

ほむら(キュゥべえは言っていた、魔法少女は『魔女の魔力を借りて』変身すると!!)

ほむら(つまり魔力はある、そして……!)


 ほむらの手にゴルフクラブが握られる。


ほむら(物質の創造や、身体の強化など基本的な魔法は使える!!)

キリカ「ゴルフクラブ……?」

ほむら「あなたにはこれで十分よ」

キリカ「……余裕こいたまま散れ! 速度低下!!」


 キリカのオーバーソウルが魔法陣を描き。
 キリカ以外のあらゆるものの速度が低下する。


ほむら「!」

キリカ「捕まえた!」


 キリカの鉤爪がほむらの腕を切り裂く。


まどか「ほむらちゃん!」


 椅子から飛び降りたまどかは声を張り上げる。
 キリカの猛攻にほむらが押されていく。

 鮮血が舞い、ほむらの動きが徐々に鈍くなっていく。


まどか「どうして、どうして私は……!」

キュゥべえ「仕方ないよ、巫力も与えられていない生身の魔女が勝てるわけがない」

まどか「キュゥべえ……、ほむらちゃんが負けたらどうなるの?」

キュゥべえ「殺されるだろうね」

まどか「!?」

キュゥべえ「彼女の目的は鹿目まどか、君の戦線離脱だ。その為には君のソウルジェムを破壊するか、魔女を殺す方法が確実だ」

まどか「そ、んな……」

まどか「キュゥべえ! 私にできることはないの! ほむらちゃんを助けることはできないの!?」

キュゥべえ「現状君にできることは無いね、ソウルジェムも無い魔法少女じゃ」

まどか「ソウルジェム……そうだ、マミさん!!」

キュゥべえ「まどか?」


キリカ「ほらほらほらほらぁ!」

ほむら「っ!」


 ほむらはキリカの鉤爪をゴルフクラブで防ぎ受け流すが。
 未だに防戦一方だ。


キリカ「……飽きた」

ほむら「!?」


 キリカは鉤爪をゴルフクラブへ引っ掛けると。
 それを奪い取って放り投げてしまう。


キリカ「避けられない、防げない、逃げられない。詰みってやつだ」

キリカ「さぁ散ね」


 キリカが鉤爪を交差すると。
 両断するようにほむらを刻んだ。


ほむら「か、はっ!」

キリカ「浅いね」

キリカ「それにしてもずいぶん静かだな。さっきまでうるさいくらい……まさか!!」


 キリカが慌てて後ろを振り向くと。
 そこにまどかの姿は無い。


キリカ(逃げられたのか、ソウルジェムを探しに行ったのか。ここは追いかけ……)

キリカ(いや)

キリカ(ここで魔女を殺しておけば確じ――

ほむら「……隙あり」


 一瞬キリカが目を離したすきに。
 全身が赤く染まったほむらがゴルフクラブを再び生成し、振り上げる。

 鈍器で頭蓋をかち割る音がした。


ほむら「キュゥべえ、まどかは!!」

キュゥべえ「マミのところへ行ったよ」

ほむら「マミは……」

キュゥべえ「ジュゥべえからの通信だと戦闘中のようだね」

ほむら(ルール上は向こうの敵もまどかに手出しできないはず)

ほむら(でも、もし向こうの敵も呉キリカのように反則覚悟でまどかを殺しに来たら……!)

ほむら「まどかぁ!!」


 ほむらが走り去っていった後。
 頭から血を流したキリカがよろよろと立ち上がる。


キリカ「痛たたた。死んだらどうするんだ。魔力で身体を強化してなきゃ殺されていたぞ」

キュゥべえ「行くのかい、キリカ」

キリカ「ああ、まだ終了の宣言はしてないだろ? 決闘はまだ有効だ」

キリカ(援軍を呼ばれるくらいならまだ手はあるけど、鹿目まどかがソウルジェムを手に入れて魔女と結託するという最悪の事態だけは避けなければいけない)

キリカ(何が何でも、ソウルジェムを返還される前に! 魔女か鹿目まどかのどちらかを潰す!)


 マミの魔弾の舞踏は絶え間なく杏子へ向けて銃撃を放つが。
 杏子の姿はエイムした瞬間にその場から消え失せる。


マミ(これが、佐倉さんの魔女、ギーゼラの能力……)


 杏子は背後から現れ、槍を突き立てるが。
 マミは荊の壁を発生させ、槍を受け止める。


杏子「ちぃ!」

マミ(性質は自由、能力はその場に縛られないショートワープ!)


 杏子は再びその場から消え失せる。
 今度はマミの真横に張り付くが、マミは荊をバネのように跳ねさせ回避する。


杏子「相変わらず捉え所がないね」

マミ(私の銃術とは相性が最悪なんでしょうけど)

杏子「今度はどうだ?」


 杏子は今度は真正面にワープすると突撃のように槍を突き立て、突撃する。
 が、その動きは途中で止まってしまう。


杏子「!?」

マミ「レガーレ」


 まるで罠でも張っていたかのように。
 ピンポイントで仕掛けられていた荊が杏子の足を絡め捕っていた。

 銃声が響く。

 一瞬の硬直を見逃さず。
 マミのマスケット銃は杏子の左手を撃ち抜く。


杏子「がっ!!」

マミ「せっかくのショートワープも、性格のよく知れた仲じゃ駄目ね」

杏子「ぐっ、まだだ!!」


 杏子は再びショートワープでマミの真横に移動し、横薙ぎに槍を払うが。
 それはマミのマスケット銃に受け止められてしまう。


マミ「諦めて、佐倉さん。片手じゃまともに戦えないでしょう? 早く降参を」

杏子「うぜぇ……、いつまで先輩面してるつもりだアンタ……!」

杏子「あたしはな、もうアンタの仲間じゃない!!」

マミ「そう」

マミ「なら気が楽ね。オーバーソウル、ゲルトルートinマスケット銃」

杏子「!?」


 マミはマスケット銃に髪飾りとなっていたソウルジェムをはめ込むと。
 マスケット銃に薔薇の蔦が伸び、銃口に大輪の花を咲かせる。


杏子(まずい! これはマミの十八番の……)



 魔女をソウルジェムへ、ソウルジェムを新たな媒介への。

 2段媒介オーバーソウル!!



杏子(退避は……! 駄目だ、ショートワープじゃあの射程からは逃げられない!)

杏子(だったら、撃つ前に叩き落とすのが――

マミ「迷ったわね」


 マミはピタリと。
 銃口を杏子に押し付けた。


杏子「しまっ――

マミ「接射」


 目も眩むほどの強烈な閃光と共に。


マミ「ティロ・フィナーレ」


 戦車砲の口径にも迫る特大の魔法弾が杏子を撃ち抜いた。


ジュゥべえ「佐倉杏子の意識喪失を確認! この戦いはマミの勝利だぜ!」


 徐々に薄れていく結界の中で。
 マミは意識を失った杏子の手にソウルジェムを翳す。


マミ「怪我も血の汚れもこれでよし」

ジュゥべえ「勝者のマミは杏子のソウルジェムを奪うことができるぜ」

マミ「ええ、でも……」


 マミは杏子をしばし眺めた後。
 ふい、と顔を振る。


マミ「やめておくわ」

ジュゥべえ「そうか」


 結界が晴れていく中で。
 マミと倒れた杏子が騒然とした教室の中に現れる。


「巴さん?」

「その子は……」

マミ「えっと、私の知り合いよ。倒れちゃったみたいなの」

杏子「ぅ……」

マミ「佐倉さん?」

杏子「なっ!」


 意識を失っていた杏子が飛び起きてマミから距離を取る。
 自分の手にソウルジェムがあるのを確認すると、歯を食いしばって眉を顰める。


杏子「なんのつもりだ……」

マミ「私はまだあなたを諦めていない、ってことかしらね」

杏子「……」ギリッ

杏子「絶対に後悔するぞ」

マミ「……でしょうね」


 杏子は教室から飛び出していった。
 入れ替わりのようにまどかが入ってくる。


まどか「マミさん!」

マミ「鹿目さん?」

まどか「ほむらちゃんが、ほむらちゃんが!」

マミ「……ピンチなのね」

まどか「お願いです、マミさん! ほむらちゃんを助けて!!」

マミ「……」

マミ(もし暁美さんがヒュアデスだったら、これは確実に罠)

マミ(だけど)

まどか「……っ」

マミ(こんな顔をした後輩を見捨てられないわよ、ね……)

マミ「わかった、急ぎましょう!」

まどか「はい!」


 誰も居ない渡り廊下に金属同士がぶつかり合うような音が響く。
 ゴルフクラブを持ったほむらとキリカが交戦していた。


キリカ「あっはっはっ、どうしたどうした黒猫さん!」

ほむら「くっ……!」


 なんとかしのいではいるが、ほむらはその場から動けない。
 一方キリカも早く仕留めなければという焦りからか、攻撃が大振りになり今一歩ほむらを捉えられないでいた。


キリカ(ずいぶん特殊な魔女、と思っていたけど。身体能力も魔法少女以下、魔法もあのゴルフクラブを作ったり、簡単な防壁を発生させるだけ)

キリカ(いくら巫力が与えられていないからといっても、もしかすると)

キリカ(こいつ、そこまで強力な魔女じゃない?)

まどか「ほむらちゃん!」

マミ「暁美さん!」

ほむら「!」

キリカ「ちぇっ、もう来ちゃったか」

『退きなさい、キリカ』

キリカ(織莉子?)

織莉子『そろそろ人が集まってくる。巴マミまで乱入してきたら、私が入ってもどちらかが倒れる可能性がある』

織莉子『それに』

織莉子『観測したところ魔女・暁美ほむらの魔力はたったの700、巫力5万の鹿目まどかと合わせても警戒すべき相手ではなかった』

キリカ「!」

織莉子『暁美ほむらと鹿目まどかは本戦で落ちる』

キリカ「ははははは、そうかそうか」


 キリカはトントンと跳ねると。
 ほむらから距離を取る。


キリカ「やめだ、やめっ。私は降参する。異議は無いね、黒猫さん」

ほむら「……」

ほむら(ここで巴マミの助けを借りれば呉キリカを仕留めることはできるんでしょうけど)

ほむら「条件付きよ、今後はまどかを狙わないと約束して」

キリカ「いいだろう、”予選期間中“は戦いは挑まない」

ほむら(予選……?)

マミ「暁美さん、それなら大丈夫よ」

ほむら「……わかったわ」

キュゥべえ「それじゃあ交戦を終了する」


 どこからともなく現れたキュゥべえが終了を宣告した。


今日の所はここまでです
読んでいただきありがとうございました


 その後、まどかとほむら、そしてマミとキリカはこの騒動について職員室で散々問いただされた。
 まどかはただ言葉を濁し、ほむらとマミは聞かれたことだけを当たり障りなく答え、キリカは何を聞かれても知らぬ存ぜぬを通した。

 結果、4人が解放されたのは夕方の6時を回る頃だった。


まどか「……」

マミ「……呉さん。襲うにしても今度から場所を選んで欲しいわね」

キリカ「ん、わかったわかった。次から気を付けるよ」

ほむら「……それじゃあ、まどか。この辺で」

まどか「あ、う、うん。あの、今日は本当にありがとうほむらちゃん」

ほむら「そう思うなら間違っても自分も戦おうなんて思わないでちょうだい」

まどか「……うん」

ほむら「これ」

まどか「……? メモ翌用紙?」

ほむら「私の電話番号、何かあったらすぐ連絡ちょうだい」

まどか「うん、ありがとう」


 一人校門を出ると。
 そこには一人待ちぼうけのさやかが居た。


さやか「よっ」

まどか「さやかちゃん」

さやか「こってり絞られたみたいだね」

まどか「あはは……」

さやか「帰ろ」

まどか「うん」


さやか「……大丈夫? まどか」

まどか「えっ、なにが?」

さやか「その、さ。命の危機だったじゃん」

まどか「……ほむらちゃんが戦ってくれたから。私は怖くなかったよ」

さやか「そっか」

まどか「ほむらちゃんはどうして、私なんかの為にあんなになるまで戦ってくれたんだろう……」

さやか「……なんかさ、実感湧かないんだよね」

まどか「さやかちゃん?」

さやか「人類絶滅なんかを企む悪の組織があって、3年生の先輩がその一員で、同じく3年生の先輩がその悪の組織と戦う正義の味方だなんてさ」

まどか「……うん、私も」

まどか「私は一生世界とか、そういう大きなものに関わらないで生きていくんだと思ってた。特別な人とかそういうのには絶対にならないと思ってた」

さやか「違ったね」

まどか「うん、違った」


 さやかはまるで寝起きのように大きく伸びをする。


さやか「あーあ! なーんでまどかだけなのかなー! 私も一緒に戦えればよかったのに!」

まどか「だ、駄目だよ! さやかちゃんが魔法少女になったらきっとすぐに死んじゃう!」

さやか「な、なんだとー!?」

まどか「あ、ううん! そういう意味じゃなくてね! さやかちゃんはきっと頑張り過ぎちゃうから……!」

さやか「あはははは……」

まどか「……」

さやか「ねぇ、まどか」

さやか「まだサバトとかいうのに参加するつもり?」

まどか「……」

まどか「まだ、わからない」

さやか「……」

まどか「世界とか、私にはわかんない。けど」

まどか「私が戦わないせいで、ほむらちゃんがたった一人で戦うのなんてそんなの嫌だよ」

まどか「変、かな。ほむらちゃんは私に絶対に戦うなって言ったのに……」

さやか「うん、いいんじゃないかな。まどかがそう思うんならさ」

まどか「さや、かちゃん……」

さやか「いったんみんなで話し合おうよ、転校生もマミさんも交えてみんなで一緒にさ」

まどか「うん!」


 ギシ、ギシと。
 ベッドを軋らせながら、2人の裸体が絡み合っていた。


キリカ「はぁ、あふ……」

織莉子「ふふ」

キリカ「んっ」


 唇を重ねあわせ、舌を絡ませ合う。
 長い長い接吻の後に、離した口からは銀の糸が引いた。


キリカ「……ねぇ、織莉子。本当にあいつ見逃してよかったのかい?」

織莉子「どうしてかしら?」

キリカ「だって巫力5万だろ? いくら魔女の方が弱くても、相当手強くなると思うんだけど」

織莉子「……」クスッ


 織莉子はキリカの頭を撫でる。
 キリカはくすぐったそうに目を瞑った。


織莉子「あのインキュベーター達が動くと厄介。どうしても鹿目まどかをサバトへ参加させたがっている。
     もし下手に暁美ほむらを倒しても、新しい魔女を宛がわれる可能性がある。そうなるともう手出しができないわ」

織莉子「大丈夫、抜かりない。次の狙いは鹿目まどかのソウルジェムを持つ巴マミ」

織莉子「また動いてもらうわよ、キリカ」

キリカ「うん」


 視線を交わした後。
 2人は再び体を重ねた。


 屋根の上。星空の下。
 杏子は座り、指輪状になったソウルジェムを眺めていた。


杏子「……」

杏子「ちくしょう!」

杏子「……今回ではっきりわかった。ヒュアデスはあたしを信用していない。というならもうヒュアデスに居る意味は無い、か」

杏子「ここからはあたし一人で動かなきゃいけないかな」

杏子「織莉子の弱点も探さなきゃいけないしね」

杏子「当面は、織莉子の調査ね」


 ほむらは自宅にて、ノートに様々なことをまとめていた。


ほむら「……」

ほむら(魔法少女、魔女、サバト、そしてヒュアデス)

ほむら(勇んではみたものの、私じゃ呉キリカすら相手にできなかった)

ほむら(無力……)


 ギリと奥歯を噛みしめる。


ほむら(私は何もできないの……? ただ見ていることしか……!)

ほむら「いいえ」

ほむら「敵はアイツのように強大でもない、ただの人間……」

ほむら「なら、できることがある」


 ほむらは製造したパイプ爆弾を手に取った。


ほむら「暗殺……」


 自宅にて、マミはまどかのソウルジェムを見ていた。


マミ「……佐倉さん」

マミ「鹿目さんは、一緒に戦ってくれるかしら?」

マミ「でも」


 マミは目を閉じる。
 思い浮かべるのは、杏子の裏切ったあの日のこと。


マミ「最強の魔女をパートナーにできるのは一人だけ」

マミ「鹿目さんも、いつそれに目が眩むかわからない」

マミ「……やっぱり他の人は信用できない」

マミ「私が救わなきゃ、私がヒュアデスを止めなきゃ……!」


 高層ビルの屋上。
 一人佇む少女が居た。


「暁美ほむら、ね」

「いいね、彼女こそヒュアデスにふさわしい」

「さぁ行こう、ほむら。New worldへ!」


 その夜、まどかは夢を見た。
 それはこの星の命そのものともいうべき、巨大な奔流の中だった。


まどか「ここは……」

キュゥべえ「やぁ、まどか」

ジュゥべえ「よお」

まどか「キュゥべえ、ジュゥべえ……」

キュゥべえ「何度目かな? ここに来るのは」

まどか「わからない、でもあなた達が居るってことは」

まどか「これはただの夢じゃなかったんだね」

ジュゥべえ「中々いねぇぞ、意識だけでここに入れる人間ってのは」

まどか「そうなんだ」

キュゥべえ「さて、まどか。この場所はなんだかわかるかな?」

まどか「この場所……」

キュゥべえ「この場所の名はグレートスピリッツ、全ての命の源であり命の帰る場所。輪廻の果て、はたまた彼岸とでも言おうかな」

ジュゥべえ「遍くすべての命はこのグレートスピリッツに繋がっている、この星の命そのものなんだぜ」

まどか「ここが……」


キュゥべえ「話をしよう、君には途方もない話かもしれないが、全ては君に起因する話だ」

まどか「?」

キュゥべえ「この世界は数年前ある瞬間から書き換えられた、この世界には元々魔女や魔法少女などという概念は無かった」

ジュゥべえ「オイラ達はその原因を探った。そしてその書き換えの爆心地はここ、見滝原であることがわかったんだ」

キュゥべえ「原因はすぐにわかったよ。暁美ほむら、彼女だ」

まどか「!?」

キュゥべえ「まどか、平行世界という物は知っているかい? 世界はあらゆるIfによって複数存在するというものだ。例えば魔法少女が存在しない世界、魔女が存在しない世界、そして君が居ない世界。あらゆる世界の可能性が存在する」

ジュゥべえ「ほむらは複数の世界の因果を束ね、因果の収束点を作り出した。その結果、この世界はその因果に引き寄せられたんだ」

キュゥべえ「暁美ほむらの居た世界はきっと、魔女や魔法少女という概念があったのだろうね。そして因果もきっとその魔法少女や魔女に起因するものだったのだろう」

ジュゥべえ「結果、因果に引き寄せられたこの世界のズレを補うために、グレートスピリッツは魔女と魔法少女という概念を吐き出し、爆心地である見滝原にばら撒いた」

キュゥべえ「そして、その極致にして最大の修正はこの世界を滅ぼすことのできる魔女だった。ほむらはきっと」



キュゥべえ「何度か世界を滅ぼしている」



まどか「!?」

まどか「……わからないよ、あなた達の言ってること全然理解できない」

キュゥべえ「この世界のことがわからないなら、せめて暁美ほむら一人のことだけでもわかってくれ」

ジュゥべえ「あいつの目的はな、まどかだぜ」


まどか「私……?」

キュゥべえ「僕達はその原因を探るために、まどかにとある魔女を付けて、その原因となった別世界の暁美ほむらを召喚した」

ジュゥべえ「その記憶を読み取って全てが解けた。あいつはな、まどか、お前のために幾度となく平行世界を巡った。そしてこの世界を巻き込むほどに因果を集約させたんだ」

キュゥべえ「暁美ほむらは、平行世界を渡り歩いてまで、君を救いたかったんだ」

まどか「そんな……」

まどか「どうして、どうしてほむらちゃんは私なんかのために!!」

キュゥべえ「その質問には答えられない、僕達はあくまで中立だ」

まどか「……それじゃあ、あなた達はどうしてサバトなんかを作ったの? どうしてみんなを戦わせようとするの!?」

ジュゥべえ「言っただろ、この世界の修正だよ」

キュゥべえ「最強の魔女をこの世界に適用すると、こういう形になったんだ。強大な概念はえてして環境そのものを変える。僕達はそのルールに従うだけさ」

まどか「やっぱり、あなた達の言うことは全然わからない……。それじゃああなた達は何者なの?」

キュゥべえ「僕達は魔女や魔法少女と同様に、吐き出された概念の1つ」

ジュゥべえ「そしてオイラ達はグレートスピリッツの一部、グレートスピリッツの意思に従い、サバトを実行する」


 まどかが居なくなった後。
 キュゥべえとジュゥべえは巨大な魂の奔流を眺めながらポツリと呟いた。


キュゥべえ「暁美ほむらがまどかのパートナーになったのは全くの偶然だった。鹿目まどかの強大な巫力を利用しただけなのに、まさか因果の原因はまどかだったとはね」

ジュゥべえ「これも運命ってやつなのか、それとも因果の原因だからこそまどかの巫力が高かったのか」

キュゥべえ「案外僕達はその因果に動かされていただけかもしれないね」

キュゥべえ「サバトに優勝するのは誰だと思う?」

ジュゥべえ「話の流れならまどかじゃねーか? だが……」

キュゥべえ「この世界が暁美ほむらの巡った世界と同じになるとは限らない」

ジュゥべえ「それにほむらは幾度となく失敗してまどかを死なせてるんだぜ、そのすらも因果によって決められているとするならば」



「「暁美ほむらは敗退し、鹿目まどかは死ぬ」」


 朝。
 まどかはベッドから起きた。


まどか「ぅん……」

まどか「夢じゃない、よね……」


 まどかはさっぱり頭の整理がつかなかった。
 ただ理解できたのは、ほむらが幾つもの世界を巡ってなお、自分を救おうとしていることだけ。


まどか「わからない、わからないよ」

まどか「ほむらちゃん、どうして……!」



今日の所はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。

>30~辺りでちょっと疑問
他の魔法少女は契約を了承した上でそうなったみたいなのに、自分は何も知らずに契約してしまっていることにまどかは怒りとか不信感は抱かないのか


まどか「今日は学校はおやすみ……」

まどか「マミさんの所に行こう」

まどか「ほむらちゃんも、さやかちゃんも誘って」

まどか「そして、全部……」


まどか「おはよう、パパ」

知久「おはよう、まどか」

タツヤ「おあよー、まろかー」

知久「浮かない顔だね、どうしたんだい?」

まどか「えっ! あ、ううん、なんでもない! ……なんでもない、から」

知久「……そうかい」

まどか「……あのね、パパ」

知久「ん?」

まどか「もし、もしもだよ? 友達が危ない目にあってたらどうしたらいいと思う?」

知久「そりゃあ助けるべきだろう」

まどか「で、でも! 友達が絶対に自分を助けるなって言ってたら、助けたら自分まで危ない目に合うってわかってたら、どうしたらいいと思う……?」

知久「んー、それは難しい問題だね」

知久「そうだね、親としては絶対に関わるなと言いたいところだけど」

まどか「そ、そう、だよね……」

知久「でも僕の意見としては、絶対にその子を見捨てちゃ駄目だ。絶対にその子をひとりぼっちにさせちゃ駄目だ」

まどか「!」

知久「何もできなくてもいい、何もしなくていい。でもその子の傍には居てあげなさい。その子がどうしようもなくなったとき、助けてあげられるように」

まどか「……うん!」

知久「何かあったらすぐに大人に頼るんだよ、僕達はまどかよりも少しだけできることが多いんだから」

知久「ところでまどか、タツヤ。オムレツと目玉焼きどっちがいい?」

まどか「オムレツ!」

タツヤ「あうれつー!」


 少し離れた場所にて、その様子を伺う者があった。


杏子「あれがまどかの家、ね……」

「優しそうなお父さんだねぇー」

杏子「!?」

「羨ましいよね、妬ましいよね。私達にとってはさぁー」

杏子「アンタ、なんで……」

「ね。杏子お姉ちゃん♪」



杏子「なんでこんなところに居るのさ! あすみ!!」

あすみ「ふふっ」



あすみ「そんなの決まってるでしょ、織莉子さんの指示だよ」

杏子「とうとうアンタまで動くことになったっていうのか……」

あすみ「次の標的はマミだってさ、まどかのソウルジェムと一緒にね」

杏子「!!」

あすみ「準備と作戦は私がやるよ。杏子お姉ちゃんはそのまままどかの尾行を続けてね」

杏子「ちっ、わかったよ」

あすみ「楽しみだなぁ」

杏子「……」

あすみ「あの幸せを壊されたらどんな顔をするんだろう?」


 昼、まどか達はマミの家に集まっていた。
 その中にはほむらやさやかも居た。

 4人はティーセットの置かれたテーブルを囲んでいる。


マミ「それで、鹿目さん。答えを聞かせてくれるかしら」

ほむら「……」

さやか「……」

まどか「はい、私は」



まどか「サバトでは戦いません」



マミ「そう……」

さやか「そっか」

ほむら「……」


 鹿目家に呼び鈴が鳴り響く。


知久「はーい、どちら様でしょう?」

あすみ「あ、こんにちわー」

知久「おや? どちら様でしょうか?」

あすみ「はい! まどかお姉ちゃんの友達です! まどかお姉ちゃんにはよく遊んでもらっていて、今度家に遊びに来てもいいって!」

知久「ああ、そうでしたか。申し訳ない、まどかは今外出中でして」

あすみ「ええー、そんなぁー」

知久「よかったら家の中でお待ちになられますか?」

あすみ「はい!」


 知久が家へ案内しようと後ろを向いた瞬間。
 瞬時に変身したあすみが、鉄球を鎖で繋げたフレイルを振りかざし。
 知久の頭へと叩き落とした。


あすみ「あはぁ♪」


まどか「それじゃあさようなら」

さやか「さようならー!」

ほむら「……」

マミ「ええ、それじゃあ」

マミ「……ふぅ、あれでよかったのかしら?」


キリカ「ほむらとまどかが巴マミから離れた」

織莉子「もしもし、あすみちゃん。作戦開始よ」

あすみ『はーい♪』


ほむら「……」

ほむら(呉キリカが居たということは、ヒュアデスの首謀者は十中八九美国織莉子!)

ほむら(こうなった以上、事態は一刻を争う)

ほむら(なんとしても美国織莉子と呉キリカに勝負を挑まなければ)


 ほむらは美国邸の前に足を止める。
 美国邸はあちこちに暴言の落書きが書かれていた。窓ガラスは石でも投げつけられたのであろう、至るところが割れていた。

 ほむらは爆弾の大量に入ったバッグを背負い直した。


ほむら「作戦は簡単。ここに潜入し爆弾を仕掛け、そして勝負を挑み、発破する」

ほむら「たとえ刺し違えることになったとしても……!」


まどか「本当に、あれでよかったのかな……」

さやか「よかったんだよ、まどかの決めたことなんだから」

まどか「……あ、電話。パパからだ」


 まどかは携帯を取り出すと、耳に当てて通話する。


まどか「もしもし、パパ? どうし――

あすみ『あ、もしもしー♪』

まどか「!? だ、誰……?」

あすみ『はじめまして、まどかお姉ちゃん。ヒュアデスでーす』

まどか「!!」

あすみ『あなたの弟は預かった、返して欲しかったら見滝原センタービルの屋上に来てね』

まどか「そんな! だって!」

あすみ『知ってた? 魔法少女以外を同意なしで襲うのはルール違反じゃないんだよ?』

まどか「!?」

あすみ『それじゃあ、弟の画像はメールで送るねー!』


 まどかが呆然と立ち尽くすと、すぐにメールが来た。
 そこには眠っているタツヤの写真が添付されていた。


さやか「まどか、どうしたの!?」

まどか「どうしよう、さやかちゃん……」

まどか「タツヤが、ヒュアデスに攫われちゃった……!」

さやか「!?」


さやか「ヤバいってそれ! 警察に、いやマミさん……両方に!」

まどか「う、うん……!」

杏子「おっと、させないよ」

さやか「!?」


 携帯を取ろうとするさやかの背後から槍が突きだされた。


さやか「だ、誰!?」

杏子「アタシもヒュアデスだ、他と連絡取ろうとしてみな。こいつを刺し殺す」

まどか「……っ!!」

さやか「あんた……!!」

杏子「わかったら、さっさと歩きな」

まどか「……わかった」


 マミの自宅にて、二人が立ちはだかる。


キリカ「やぁやぁ、ヒーロー。また会ったね」

マミ「……またあなたね。隣の方ははじめましてだけれど」

織莉子「ふふふ、そうですね。はじめまして巴マミ」

織莉子「私の名は美国織莉子、ヒュアデスのリーダーです」

マミ「!?」

マミ「その……、リーダーが私に何の用かしら?」

織莉子「魔法少女が向かい合ったらやることは決まっているでしょう? 交戦です」

マミ「生憎ね、2対1なんて受ける気はないわ」

織莉子「ふふふ、そうでしょうね。でも、これならどうかしら?」


 織莉子は携帯電話を見せる。
 そこにはビルの屋上で、槍を突きつけられたさやかとまどかが写っていた。


マミ「鹿目さん!? 美樹さん!? それに佐倉さん……!!」

織莉子「受けなければどうなるかわかっていますわよね?」

マミ(くっ……、想像していた中で最悪の手を使われた!)

マミ(もしこの決闘を受けたら。交戦したら間違いなく私は……)

マミ(いっそ、見捨てるという手も……)

マミ(私は、生き残らなくちゃいけない。ここで倒れるわけにはいかない……!)

マミ(私が倒れたら、誰がヒュアデスを止めるの?)

マミ(鹿目さんや暁美さんに任せっきりなんて、そんなことはできない!!)

マミ(私だけは、私だけは!!)

織莉子「どうしました、顔色が優れませんけど?」

キリカ「早く決めてくれないか?」

マミ「1つ、条件があるわ」

マミ「私が勝っても負けても、鹿目さんと美樹さんは解放して」

織莉子「ええ、いいですよ」

織莉子「その代り、私達が勝ったらあなたの持つ全てのソウルジェムをいただきます」

マミ「……いいわ」

織莉子(これで万が一、暁美ほむらが乱入してきても)

織莉子(鹿目まどかに執着するほむらは、間違いなくこの戦いは見捨てる!)

キュゥべえ「双方の同意を確認、交戦を許可するよ」

キリカ「広範囲オーバーソウル! 結界!!」


 美国邸を探し回るほむらは、ふと考える。


ほむら(……おかしい)

ほむら(この家のどこにも美国織莉子がいない)

ほむら(まあ、それなら好都合。早く爆弾を……)

「Stop、やめておきなよ」

ほむら「!?」

「君も魔女ならそんな無粋なことせずに、マギカファイトで決着をつけよう」

ほむら「誰かしら?」


 ほむらの背後に立っていた少女はニィと笑った。


カンナ「カンナ、聖カンナ。ヒュアデスさ」


ほむら「ヒュアデス……、なるほど。美国織莉子の指示かしら?」

カンナ「Non、あんな奴仲間じゃないよ」

ほむら「何を……」

カンナ「それよりいいのかな? 愛しのまどかがピンチだけど?」

ほむら「まどか!?」

ほむら「どこ!? 場所は!!」

カンナ「さぁ? 私は織莉子に信用されていないからね、作戦の概要は知らされてないんだ」

ほむら「そう……。あなたに聞いても無駄なのね」


 ほむらは美国邸を飛び出す。
 それを目で追っているカンナは目を細めた。


カンナ「本当はまどかなんて邪魔者だけど、脱落されるのは困る」

カンナ「そーだほむら、尽くせ尽くせ。それだけお前の味わう絶望は大きなものになる」


 ビルの屋上にて。
 槍を突きつけられたさやかとまどか。
 そして奥にはあすみと、魔法で眠らされているタツヤがいた。


まどか「タツヤを返して!」

あすみ「んー、まだ駄・目♪ 織莉子さんとキリカお姉ちゃんの戦いが終わるまでね」

さやか「織莉子……は、わからないけどキリカってまさか!!」

あすみ「そう! あはっ、ごしゅーしょうさま! この戦いでマミは脱落する!!」



今日の所はここまでです、読んでいただきありがとうございました。


>>106
それはまどかの置かれた状況に起因します。
まどかはまだ魔法少女になった実感がわかない上に、マミさんやほむらに命がけで庇われてます。
その結果、自分の状況の理不尽に対する感情よりも、不安の方が大きいわけです。
でももし庇う相手が居なくなった場合……。


 街中を走るほむらがふと立ち止まる。


ほむら(この魔翌力……、結界!?)

ほむら(場所は……)


 ほむらは携帯電波を使って地図を出すと。
 方角を照らし合わせて確認する。


ほむら「巴マミの家の方向……、まさかまどかと一緒に!?」

ほむら(いやその可能性は低い。巴マミと一緒でピンチというのは考えにくいし、なにせまどかは……)

ほむら(分断策の可能性の方が高い)

ほむら(ごめんなさい、巴マミ。あなたを見捨てさせてもらう)


 無数のお菓子が漂う結界の中。
 なにもせずただ立つ魔法少女二人に対して、マミは肩を上下させながら声を上げる。


 パロットラ・マギカ・エドゥ・インフィニータ
マミ「  無 限 の 魔 弾  !!」


 翼のように広がった数多のマスケット銃が一斉に撃鉄を降ろす。
 山吹色のマズルファイアと共に、放たれた魔法弾が織莉子とキリカへ向けて猛進するが。


織莉子「無駄よ……」


 無数の魔法弾が着弾し砂煙を上げる。

 しかし。

 砂煙が晴れたとき。
 傷一つない織莉子とキリカは変わらずそこに佇んでいた。


マミ(また……!)

マミ(狙いを外しているわけじゃない、防壁を張られているわけでもない!)

マミ(まるで……、銃弾が勝手に逸れていったような……!!)

織莉子「もう満足でしょう。キリカ、行きなさい」

キリカ「OKぃ!! オーバーソウル、シャルロッテ!!」


 キリカがそう叫ぶと、ぬいぐるみのような魔女がキリカの腰辺りに収束すると。
 キリカと織莉子以外の全ての速度が低下する。


マミ「くっ!」

キリカ「遅い遅い! ヒーローはカタツムリに転職したのかい!?」


 マミがマスケット銃で狙いを定めた瞬間、キリカは射線から外れる。
 そうした瞬間にキリカは眼前まで接近し、袖から出した黒い鉤爪をマミに振り降ろした。

 マミはどうにかマスケット銃で受け止めるが、今度は逆の手の鉤爪がマミに振るわれる。


マミ「あぁっ!」

キリカ「ほらほら、次々ぃ!」


 マミの肩から鮮血が舞う。
 キリカは次から次へと鉤爪を振う。


マミ「くっ、レガーレ・ヴァスタリア!!」

キリカ「!!」


 マミの周囲から、荊が噴き出す。
 慌てて飛び退いたキリカを追跡するように荊が追いかけ、
 キリカの足を絡め取った。


マミ「はぁ、はぁ……! 捕まえた」

キリカ「……」ニィ


 マミは間髪入れず両手のマスケット銃を撃つが。


マミ「!?」

織莉子「ふふふ」


 またもや魔法弾はキリカには当たらない。


キリカ「エクスプロード・クレセント!!」

マミ「!?」


 キリカの全身から黒い三日月の刃が噴き出す。
 キリカは荊を切り裂くと、悠々と脱出する。


キリカ「さて、ヒーロー。他に言い残すことはないかな?」

マミ「……そうね」

マミ「オーバーソウル、ゲルトルートinマスケット銃!」

キリカ「2段階オーバーソウルだと!?」

織莉子「ふむ……」


 マミはマスケット銃に薔薇の髪飾りになった自分のソウルジェムをはめ込むと。
 マスケット銃に蔦が伸び、銃口に大輪の薔薇を咲かせる。


マミ「これが私の最高の技よ」

キリカ「ふむ、くくく……面白い!」

キリカ「やってみせろ!!」


 キリカは両手の鉤爪を5本に増やす。
 計十本の鉤爪を研ぎながらニヤリと笑う。


キリカ「それを外したときがお前の最後だ!!」

マミ「ティロ」

マミ「フィナーレ!!」

 戦車砲の口径にも迫る特大の魔法弾がキリカへ放たれた。


キリカ「ほい、はずれ」


 速度低下のなされた魔法弾をキリカは悠々と避ける。


キリカ「よくできました! 面白い物を見せてもら――

織莉子「くぅっ!!」

キリカ「織莉子!?」

マミ「!!」


 キリカへ向けて放たれた魔法弾は後ろの織莉子へ向かっていた。
 魔法弾は織莉子の直前で逸れ、はるか後方にて轟音と共に炸裂する。
 織莉子は息を切らせながら、しかしやはり無傷で言い放つ。


織莉子「やってくれましたね、巴マミ……!」

マミ(間違いない! さっき魔法弾は直前で、曲がるようにではなくズレるように弾道を変えた!!)

マミ(つまり、美国さんの能力は……認識しないと発動しない! そして跳ね返すわけでも、力の方向を変えてるわけでもない!)

マミ「そして余所見は禁物よ」


 マミは再び薔薇の生えたマスケット銃をキリカへ向けて放つが。
 やはり魔法弾は直前で逸れてしまう。


マミ(くっ、やはり……)

キリカ「こ、の……よくも織莉子に!!」

マミ「ああっ!」


 キリカは爪を力任せに薙ぎ払って、マミのマスケット銃を弾き飛ばす。
 ソウルジェムを失ったことでマミの変身は解けてしまう。

 マミは慌ててソウルジェムを取りに走るが。

 キリカがソウルジェムを踏みつけて、マミを見下ろす。


マミ「くっ……!」

キリカ「さてこれで嬲りたい放題だね!」

織莉子「やめなさいキリカ」

キリカ「?」

織莉子「もう彼女に戦う力は残ってはいない、これ以上の戦いは無意味よ」

キリカ「ちぇっ」


 キリカはマミのソウルジェムを後ろに蹴飛ばすと。
 織莉子はそれを片手でキャッチする。


織莉子「さて、巴マミ。私は降参を提案するけどどうかしら?」

マミ「……ええ」

キュゥべえ「降参の受諾を確認、交戦を終了する」


 結界が解ける。
 風景はマミのマンションへと戻っていった。


織莉子「さて、余計なことを考えられる前に」


 織莉子が魔力を注ぐと。
 マミのソウルジェムは砕け散った。


マミ「っ!!」

織莉子「これで貴女は抵抗の手段も失った」

キュゥべえ「……ソウルジェムの破壊を確認」

キュゥべえ「マミ、君は脱落だ。長い付き合いだったね、さようなら」

マミ「ま、待ってキュゥべえ! 待って!!」


 さながら死刑宣告の如く、そう告げると。
 キュゥべえはマミに見えなくなっていった。

 マミはキュゥべえの居た場所に縋りつくが、マミにはキュゥべえの存在は認識できなくなっていた。


マミ「う、う……ぅあ」

マミ「ああああああああああああああああああああ!!」

織莉子「憐れな子。魔女とインキュベーター、同時に2人の友人を失うなんて。いえジュゥべえも入れると3人かしら?」

マミ「う、ううっ……」

織莉子「これでヒュアデスに逆らう魔法少女は鹿目まどかだけ」

マミ「!? う、嘘よ!! もっとたくさん居るはずよ! だって、世界の破滅なんて……」


 マミは顔を上げるが。
 織莉子は口元に手を当てて冷笑する。


織莉子「魔女と契約できるのは、絶望に飲まれた者だけ」

織莉子「気付かなかったかしら? 魔女を持った者は人類の破滅を願うような者ばかりだったことに」

織莉子「おかしいと思わなかったかしら? 今までヒュアデスを追ってきて、誰一人味方と巡り合えなかったことに」

マミ「う、嘘よ……そんな……!」

織莉子「今まで世界を守る正義の味方であることで理性を保っていたのでしょうけど」



織莉子「貴方ははじめからひとりぼっちだったのよ」



マミ「嘘よぉ!!」


マミ「ぅ、う……」

織莉子「そしてその残った希望もここで終わる」

織莉子「鹿目まどかのソウルジェムを出しなさい、そういう盟約だったはずよ」

キリカ「ま、拒んだとしてももう受けるべきペナルティは無い。なんだったらここで殺して死体をまさぐってもいいんだけど?」

マミ「……持っていないわ」

キリカ「なに!?」

織莉子「……」

マミ「私の『持っている』ソウルジェムを渡す、そういう条件だった」

マミ「残念ね、私は持っていない」

キリカ「まさか!!」

キリカ「キュゥべえ! 鹿目まどかのソウルジェムはどこにある!?」

キュゥべえ「ほむらかまどかのどちらかだよ、これ以上は答えられない。ソウルジェムを魔女の方に持たせるのはルール違反じゃないからね」

キリカ「チィ!!」

マミ「ああ、キュゥべえ。そこに居るのね……」

織莉子「……」


 織莉子は携帯電話を取ると、電話する。


織莉子「もしもし、あすみちゃん……」


 見滝原センタービル屋上。
 そこではあすみが杏子に拘束されたさやかとまどかに向き合っていた。
 あすみの傍らには魔法で眠らされたタツヤが居る。

 あすみは携帯電話を取りニコニコしながら通話している。


あすみ「はーい、了解でーす♪」


 あすみは通話を切ると、ニタリと笑ってまどかに向き直る。


あすみ「織莉子さん達はソウルジェムを持ってるかもしれないほむらを探してるから、あんた達は監視しとけってさ」

ジュゥべえ「おっと、そうはいかねぇな!」


 ジュゥべえが壁の柵に飛びあがり、あすみを指さす。


ジュゥべえ「交戦の条件として、まどか達を開放するようにあったんだ。まどかとさやかは解放してもらうぜ!」

まどか「!! じゃあマミさんは勝ったんだね!」

あすみ「負けたよ」

まどか「!?」
さやか「!?」
杏子「……っ!!」

あすみ「バーッカじゃないの? 織莉子さんとキリカお姉ちゃんの2人掛かりで戦われて勝てるわけないじゃん!」

さやか「嘘だ! マミさんがあんた達なんかに負けるもんか!!」

ジュゥべえ「あすみの言ってることは本当だぜ。マミの交戦の条件は勝っても負けてもお前等を開放するように、だったからな」

まどか「そ、んな……」

さやか「……どーせ汚い手でも使ったんだろ!」

ジュゥべえ「さぁ、あすみ、杏子。2人を解放するんだ」

杏子「……わかったよ」

あすみ「うん! いいよ、2人は解放する! ……でも」

あすみ「こいつは解放するとは言ってない!!」


 あすみは変身すると、武器のモーニングスターを眠っているタツヤへ向ける。


まどか「なっ! タツヤ!!」

杏子「おい! あすみ!!」

あすみ「さぁ、まどか! ソウルジェムを持ってるならあすみと交戦しろ! さもないとこいつは叩き潰す!」

ジュゥべえ「……反則ギリギリだぜ?」

あすみ「あはっ! じゃあ反則じゃないんだね♪」

さやか「どこまで卑怯なのアンタは!!」

まどか「タツヤ、タツヤぁ!!」

あすみ「さぁどうするまどか! 別に戦わなくてもいいけど弟は返さないよぉ?」

まどか「わ、わかった……」


 まどかは震える手でソウルジェムを取り出す。


まどか「ソウルジェムは私が持ってる、だから私が戦ったらタツヤを返して……!」

あすみ「うん! いいよ!」

杏子「……あたしは手伝わねーぞ」

あすみ「あはっ、いいよ! 魔女のいない魔法少女なんてあすみ一人でも余裕!」

ジュゥべえ「……双方の合意を確認、交戦を許可するぜ」



今日の所はここまでです
読んでいただきありがとうございました


 マミは呆然と座り込んでいた。
 もう魔法少女ではない、まるで自分が抜け殻になったような気分だった。


マミ(私、魔法少女ってこと以外は、なにも無かったんだなぁ……)

マミ「あぁ、そうだ。暁美さんに知らせなきゃ……」


 よろよろとした動きで携帯電話を取る。
 操作して、少ないアドレス帳を登録順に検索する。

 まどかとさやかの上の一番新しいアドレスに、マミは電話を掛けた。


マミ「もしもし、暁美さん」

ほむら『……なにかしら、今忙し――

マミ「鹿目さんは今ビルの上に居るわ」

ほむら『!? どこのビル?』

マミ「ごめんなさい、そこまではわからないわ……。ただ風景から察するに、中心街の東の方よ」

ほむら『わかったわ、ありがとう』


 通話が切れて、マミはふぅとため息をつく。


マミ「ねぇ、キュゥべえ」

キュゥべえ「なんだい? マミ」

マミ「ふふふっ、そこに居るのかしら?」

キュゥべえ「僕はちゃんとここに居るよ」

マミ「……ねえ、キュゥべえ。今までずっと言いそびれていたんだけど」

マミ「あの日、事故で一人ぼっちになっていた私を救ってくれてありがとう」

キュゥべえ「僕は素質のある君の絶望に付け込んだだけだよ」

マミ「キュゥべえもジュゥべえもゲルトルートも、今まで一緒に居てくれてありがとう」

キュゥべえ「サバトのために君を誘導していただけだよ」

マミ「お父さんが死んで、お母さんが死んで、親戚の人とも上手く行かなくても、おかげで全然さびしくなかったわ」

マミ「いつだったか、私の作ったご飯、おいしいって言ってくれたわよね。普段は『必要が無いから』って言って食べようとしないのに、私が無理に食べさせて」

キュゥべえ「……」

マミ「楽しかったなぁ。ヒュアデスとの戦いや情報戦は怖かったけど、あなた達が居たから全然辛くなかったのよ?」

マミ「だから、ありがとう。私を魔法少女にしてくれて」

マミ「さようなら、キュゥべえ」

キュゥべえ「さようなら、マミ」



少しだけできたので投下。
次の投下は未定です。


あすみ「ほらぁ!」


 あすみはモーニングスターを振う。
 遠心力によって加速した棘付きの鈍器が、突然のことにあっけにとられたまどかの腕に直撃した。

 ボキリ、と。何かが砕ける音がした。


まどか「いっ……ぁあああああああああああああああああああっ!!」

さやか「まどかぁ!!」

あすみ「あっはっはっ、いい悲鳴♪」


 血の滲む腕を抑えてまどかが座り込む。
 しかしあすみはまどかの顔面を蹴りつける。


まどか「……ぁ!!」

あすみ「でもうるさい、人が来たらどうするの?」


 ニィと冷たい笑みを浮かべたあすみは今度はまどかの背中へ向けてモーニングスターを振う。
 先ほどよりも手加減しているようだが、今までおよそ暴力とは無縁の人生を送ってきたまどかを悶絶させるには十分すぎる威力だった。

 まどかは倒れこむ。


まどか「ぁっ! ぁああああああっ!!」

あすみ「あー、気分いいー♪」

さやか「お前、お前ぇえええええええええ!!」

杏子「おい、あすみ!! やり過ぎだろうが、ソウルジェム奪えば済む話だろ!!」

あすみ「なに言ってるの、杏子お姉ちゃん?」


 あすみは倒れて小刻みに震えるまどかの腹を蹴り飛ばす。


あすみ「ムカつくじゃない? こいつみたいに、家族にいっぱい愛されて、今まで不幸と無縁で生きてきて、一度も絶望したことが無くて、
     何一つ不自由のない暮らしで、仲のいい友達も沢山居て、人を疑うことを知らなくて、幸せそうで幸せそうで幸せそうで幸せそうで!!」


 あすみは怒りに歪んだ表情で何度も何度もまどかの腹を蹴り飛ばす。


あすみ「あああああああああああああああ!! ムカつく! イラつく! 妬ましい! 羨ましい!」

杏子「おい、あすみ! やめろ!!」


 あすみは今度はまどかの頭を何度も踏みつける。
 まどかの頭が切れてコンクリートに血が滲み始めた。


あすみ「死ね死ね死ね死ね!! 私より幸せな奴は全員死ね!!」


 多節棍の槍に絡め取られたさやかが足掻く。
 しかし鎖がガチャガチャと鳴るだけで一向にほどけない。
 さらに足まで絡まっているせいで盛大に転び、芋虫のようにもがくだけだった。


さやか「くそっ! くそぉ!!」

さやか(なんでなんだよ! なんでいつも見てることしかできないんだよ!!)

さやか(なんで! 私は……邪魔になるだけなんだよ! 足手纏いにしかならないんだよ!!)

さやか(今回も、私が居なければ……)

さやか「ちくしょう、ちくしょおおおおおおおおお!!」

さやか「ほどけ、ほどけぇええええええええええええ!!」


 繰り返される理不尽な暴力の中で、まどかは思う。


まどか(もう嫌だよ……。痛いよ、怖いよ……!)

まどか(どうして、どうして私はこんな目に合ってるの……?)

まどか(なんでなのかな、あの夢を見た日から……私が契約してから嫌なことばっかりだ)

まどか(なんで私なんだろう、なんで契約なんかさせられたんだろう?)

まどか(もう嫌だ、ソウルジェムも渡しちゃおう。そうすれば私はもう関係ない)


 まどかが震える手でソウルジェムを差し出そうとしたそのときだった。


ほむら「まどかぁ!!」


 ほむらが飛び込んできた。
 肩で息をし、その惨状を見て目を見開く。


あすみ「いっけない、もう来ちゃったか!」

ほむら「……」


 ふつふつと、ほむらの底で何かが煮えたぎる。
 誰の目に見ても、怒りに震え、完全にブチ切れていることがわかる。


あすみ「ぅ……」

ほむら「インキュベーター」

ジュゥべえ「お、おう……。なんだ?」

ほむら「パートナーの魔女が乱入するのはルール違反じゃないわよね?」

ジュゥべえ「そ、そうだな。元々魔女と魔法少女はセットだし……」

ほむら「それと、まどかを踏んでるあなた」

あすみ「な、なによぅ!」

ほむら「結界を張りなさい」

あすみ「へっ……?」

ほむら「人が来たら不都合でしょう、私から隠れる意味ももうないはずよ?」

あすみ「は、はっ! いいよ、結界の中で決着をつけてあげる!」

あすみ「広範囲オーバーソウル! 結界!!」


 その場からさやかとタツヤを除いて全員が消失した。


さやか「ちく、しょう……!」


 丸テーブルのような足場が宙に浮かぶ、サイケデリックな結界の中。
 ほむらとまどかを踏みつけるあすみは向かい合って立ち、杏子はそれを遠巻きに見ていた。


あすみ「まどかはもう戦えない! 魔女だけじゃ魔法少女に勝てないのは証明済みだもんね!」

あすみ「オーバーソウル! ロベルタ!!」


 巨大な鳥かごの中に入った女性の足のような魔女が顕現し、
 あすみの後ろの首の付け根に収束する。


あすみ「ロベルタの性質は憤怒! 能力はあすみの感情に比例して魔力を増幅させる!!」

ほむら「そう」

あすみ「感情全開だ! 憎い、妬ましい、あんたみたいにピンチのときに駆けつけてくれる友達がねぇっ!!」


 あすみは魔力で身体能力を格段に強化しているのだろう。
 跳躍し一気にほむらとの距離を詰める。
 振りかざしたモーニングスターでほむらを捉えんとするが。


あすみ「へっ?」

ほむら「……」


 ほむらの反応は早かった。大きく空振りをしたあすみはよろめくが。
 ほむらが隣の足場に跳躍した後に、パイプ爆弾が残される。

 爆音と共に炎が噴き出し、あすみを巻き込む。


あすみ「がはっ、げほっ! ごほっ! 爆弾なんか使いやがって……」

あすみ「あはっ、でも残念! 魔力で強化したあすみの身体にはこの程度の爆弾なんて」

あすみ「効かないんだよねぇ!!」

ほむら「……そうね」


 あすみはモーニングスターを振い、ほむらを捉えようとするが。
 ほむらは紙一重でかわし続け、次々と別の足場へ跳び移っていく。


あすみ「くっ、このっ! ムカつく! とっとと潰れろ!!」

ほむら「今の私じゃ、基本的な魔法しか使えない」

ほむら「たとえば物質の生成や」

ほむら「機械操作」

あすみ「!?」


 まどかの足場から十分離れたほむらが、あすみにリュックを投げつける。
 リュックサックの内側から無数の赤い光の点滅し、幾重にも重なった電子音が聞こえた。


あすみ「なっ」


 バッグが先ほどの数倍の大爆発をおこし、ほむらもろともあすみを飲み込んで炎上した。
 あすみとほむららしき影が足場から吹き飛ばされ、結界の底の方へ落下する。


あすみ「が、は……! ごほっ!」

ほむら「流石に堅いわね」

あすみ「がっ!」


 よろよろと立ち上がろうとしたあすみを、ほむらが踏んで地面に押さえつける。
 2人共酷い火傷だが、ほむらのほうが明らかにあすみよりも重症だ。


あすみ「くっ、こ……の」

ほむら「……」

あすみ「痛ぁっ!」


 ほむらを跳ね除けようとしたあすみの頭部を、ほむらが生成したゴルフクラブで殴打する。
 魔力で強化しているのか、傷は僅かに頭を切った程度だ。


あすみ「この、よく……ぎっ!」

ほむら「……」

あすみ「ちょ……ま、ぎゃっ!」

あすみ「や、やめっ、あがっ!」


 何度も何度も、あすみが抵抗しようとする度に、ほむらはゴルフクラブであすみの頭部を殴打する。
 あすみの感情が弱まってきたのか、殴られるごとに徐々にダメージが大きくなっていき。
 やがてゴルフクラブが鮮血に染まる。


あすみ「痛い、痛いよ……、もうやめ……がぁ!!」

ほむら「……」

あすみ「痛いよ、怖いよ、ぎゃん!」

あすみ「助けて、おかあさん……!」

杏子「……っ! オーバーソウル!!」


 頭を抱えて泣き出すあすみに、更にゴルフクラブを振り降ろしたその瞬間。
 ショートワープで割って入った杏子の槍が、ほむらのゴルフクラブを受け止めた。


ほむら「なんの真似かしら?」

杏子「もういいだろうが! あすみの負けだ!!」

ほむら「そうね、じゃあ命かソウルジェムを奪わせてもらう」

杏子「テメェ、命って……正気か!?」

ほむら「本気よ、そうでもしなければあなた達はまたまどかを襲うでしょう? 命が駄目ならせめてソウルジェムは奪わせてもらう」

杏子「……」

杏子(あすみ……)

杏子「駄目だ、これ以上何もせずに今すぐ終わらせろ! さもないとお前の魔法少女をぶっ殺す!」

ほむら「……」

杏子「あたしは本気だぞ! さっきも見ただろ、あたしの能力はショートワープだ! お前よりも早くまどかの所に行くのなんて簡単なんだからな!」

ほむら「……わかったわ。降伏、受けましょう」

ジュゥべえ「あすみもそれでいいな?」


 あすみは震えながらコクリと頷いた。


ジュゥべえ「そ、それじゃあ終了だ。オイラが結界を解くぞ」


 結界が晴れる。
 タツヤを抱きかかえたさやかが心配そうに見ていると。
 まどかを背負ったほむらと、あすみを抱きかかえた杏子が睨みあってらわれた。


さやか「転校生、まどかぁ!」

杏子「ちっ」

ほむら「……」


 杏子はあすみを抱えたまま、ショートワープでどこかへ飛び去っていった。


ほむら「私の家へ行きましょう」

さやか「あ、あぁ……」

ほむら「この格好だと目立つわね。インキュベーター、目立たなくなる魔法は使える?」

ジュゥべえ「ああ、それくらいなら造作も無いぜ……」


 ・
 ・
 ・

まどか「ん、ぅ……」

まどか「ここは……?」

さやか「ほむらの家だよ」

まどか「!! さやかちゃ……ほむらちゃん!?」


 ほむらは横になるまどかの腹に、覆いかぶさるようにして眠っていた。
 まどかは跳び起きる。


まどか「どうして……」

さやか「ほむらがね、一晩中まどかに魔力を与え続けて傷を癒してたんだよ」

まどか「そんな、って一晩中!? さやかちゃん、今何時!? タツヤは!?」

さやか「朝の5時半、タッくんならマミさんが寝かせてる。大変だったんだよ、買ってきたご飯食べさせるの」

まどか「どうしよう、パパとママ心配してる……」

さやか「うん、ゴメン。でもどうしても血だらけのまどかを、まどかのお父さんやお母さんに見せたくなくてさ」

まどか「そうだ、パパは!? 確か携帯盗まれて……!」

さやか「キュゥべえっていうのが言ってたよ、軽傷だってさ。ほむらからの又聞きだけどね」

まどか「よかった……!」

まどか「ほむらちゃん、ありがとう。それとさやかちゃんとマミさんも……」

さやか「いいよ、今回もあたし……なにもできなかったし」

まどか「私だってそうだよ……」


 まどかは俯いて、ポロポロと涙を流す。


まどか「もう嫌だよ、こんなのってないよ……。もう魔法少女なんて」

さやか「……」

まどか「……ごめんね、さやかちゃん。今の忘れて」

さやか「ん、わかってる」

マミ「鹿目さん、気持ちはよく分るわ」

まどか「マミさん!」


 向こうの部屋から少し目の腫れたマミが現れる。


マミ「私の場合はなるべくして魔法少女になった、魔法少女にならなかったら絶望に潰されていた。でもあなたは違うわ」

まどか「……」

マミ「あなたはなし崩しに、全く魔法少女になる必要なんて無かったのに魔法少女になってしまった。この戦いの運命に、何も知らされずに投げ込まれてしまった」

まどか「……」

マミ「逃げてもいいのよ? 世界の運命なんて背負う必要はない。ヒュアデスに関しても私が佐倉さんを説得してみるから」

まどか「……はい、でも」

まどか「私があのとき言ったことを、嘘にしたくないんです」

マミ「自分の家族と暁美さんを天秤にかけて、暁美さんを取るのね?」

まどか「違います! どっちも大切で、どっちも守りたいから……そんなの選べないんです。ほむらちゃんに居なくなってほしくないんです!」

マミ「そう……」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 昨日の昼。
 マミの家。


まどか「私はサバトでは戦いません」

マミ「そう……」

さやか「そっか」

ほむら「……」

まどか「でも、おかしいのかもしれないけど。ソウルジェムは捨てません」

マミ「えっ!?」

さやか「どういうこと!?」

まどか「キュゥべえが言ってたんです。私が魔法少女じゃなくなったら、魔女であるほむらちゃんは消えちゃうって」

まどか「だから私はサバトでは戦わないけど、魔法少女であることはやめません」

ほむら「大きなお世話よ!!」


 ほむらがガタリと立ち上がる。


ほむら「私は消えることは怖くない。あなたがそれで戦いから遠ざかってくれるなら構わない! 私のために魔法少女をやめないというのなら、今すぐにソウルジェムを捨てて!」

まどか「ほむら、ちゃん……」

マミ「残念だけど、鹿目さん。私も暁美さんと同じ意見よ……」

マミ「あなたが魔法少女であることをやめない限り、ヒュアデスは否応なくあなたを襲ってくる。あなただけでなくあなたの周りの人も危険にさら晒されるかもしれない」

マミ「中途半端な気持ちでは、全てを失うことになるのよ?」

まどか「中途半端なんかじゃありません!」


ほむら「あなたは優しすぎる……。一応言っておくわ、仮に私が消えても暁美ほむらが死ぬことは無い」

まどか「!?」

ほむら「私が魔女なのに実体を持っているのは、私の意識がこの時間軸の暁美ほむらを乗っ取っているからよ。
     仮に私が消えても暁美ほむらはこの世に残り続ける、むしろそれがあるべき姿。罪悪感なんて感じる必要はない」

さやか「んなっ……!」

マミ「暁美さん、あなたは一体何者なの?」

まどか「でも、それなら今この場所で話してるほむらちゃんはどうなるの……?」

ほむら「……」

まどか「私、嫌だよ! 何も知らずにずっと守られ続けるなんて! ほむらちゃんずっと一人ぼっちで戦ってきたんでしょ? 色んな世界で、昨日みたいに傷だらけになって!」

ほむら「……っ!」

さやか「まどか……、一体何の話をしてるの?」

まどか「危険な目にあってもいい、ずっと戦ってくれたほむらちゃんの旅を終わらせられるなら!」

ほむら「……」

ほむら(今この場所でソウルジェムを破壊するのは簡単だけど、それじゃあヒュアデスは……)


 ほむらは席を立って背を向ける。


マミ「……暁美さん?」

ほむら「まどか、あなたは本当に愚かね」

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「時間の無駄だったわ、私にはこんなことしている暇はない」

ほむら(一刻も早く、一秒でも早くヒュアデスを倒す!)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ほむらの家。
 マミはふぅ、とため息をつく。


マミ「もう魔法少女じゃなくなった私には、それを止める権利なんてないわね」

まどか「!? マミさん、ソウルジェムを……」

マミ「いいのよ、覚悟してたことだから。それにあの戦いで命があるだけでも幸運よ」

まどか「……マミさんでも、負けちゃうんですね」

マミ「そうね。ヒュアデスのリーダー、美国織莉子は強いわ。私じゃあ手も足も出なかった」

まどか「マミさん」


 まどかはマミの方をまっすぐ見据える。


まどか「私を強くしてください」

まどか「わかったんです、戦いから逃げるだけじゃ駄目だって。私は弱いです。今回だって、ほむらちゃんが来るのが少し遅かったらソウルジェムを渡してました」

まどか「強くならないと、私の大切な物を全部守るために」

マミ「……いい意気込みね、でもあなただけがやる気じゃ駄目よ。ねぇ、暁美さん?」

ほむら「……」

まどか「ほむらちゃん……」

マミ「鹿目さんはこう言ってるけど、あなたはまだ鹿目さんが戦うことに反対かしら?」

ほむら「当然よ」

マミ「そうね、でもわかるでしょう? 何人いるかわからないヒュアデスと一人一人戦っていたんじゃキリがないって。いえ、それ以前に貴方は次の戦いであっさり死んでしまうかもしれない。それでもいいの?」

ほむら「私は構わない」

まどか「ほむらちゃん!!」


 まどかはほむらに怒鳴りつける。


まどか「駄目だよ、ほむらちゃん……。そんなこと言わないで、私のためなら死んでもいいなんて言わないで……」

ほむら「私はね……一度死んでるのよ」

まどか「!?」

さやか「!?」

マミ「!?」

ほむら「前の時間軸では、私がこの世界に来る前の世界では。巴マミを見殺しにして、美樹さやかを殺して、
     佐倉杏子を殺して、あなたを何度も泣かせて、たった一人で敵に挑み、絶望に飲まれて死んでいったわ」

マミ「なっ……!」

さやか「あ、あたしも!? ていうか杏子って誰さ!!」

ほむら「わかったでしょ? 私はそんな風に同情されるような人間、いえ人間ですらない。ただ呪いを振り撒き、人を絶望させる魔女よ」

ほむら「わかったらもう私を――

まどか「違うよ」

ほむら「!?」

まどか「違うよほむらちゃん。どうしてそんな風に言うの……?」

まどか「私、知ってるよ。ほむらちゃんは泣いてた。何度も何度も謝りながら、ずっと後悔しながらたった一人で繰り返してたんだよね」

ほむら「……っ!」

まどか「もういいよ、一人ぼっちはここで終わりにしよう。私も一緒に戦わせてよ」

ほむら「あなたになにが……!!」

マミ「いい加減にしなさい、暁美さん!!」


マミ「あなた達の間になにがあったかはわからないけれど……。暁美さん、あなたが意地を張っただけ鹿目さんが危険な目にあっているのがわからないの!?」

さやか「……そーだよ、ほむら」

さやか「あんたが何を背負ってるのかあたしにもわからないけどさ。今回だってあんたがまどかに付いてて、魔法少女に変身できたら少しマシになってたんじゃないの!?」

ほむら「……っ!」

まどか「ほむらちゃん、私は約束する」

まどか「私は絶対に死んだりしない、もう絶対に魔法少女になったことを後悔したりしない」

まどか「だから、私も一緒に戦わせて」

ほむら「……」


 長い長い沈黙の後。
 ほむらは1つため息をついて、口を開いた。


ほむら「わかったわ。約束よ、まどか。破ったりしたら絶対にあなたを許さない」

まどか「うん!!」


 ・
 ・
 ・

 まどかの自宅。
 多くの警官と共に、頭に包帯を巻いた知久とスーツ姿のままの詢子が居た。
 2人共一睡もしていない様子だった。

 まどかはタツヤを抱いて帰宅する。


詢子「まどかっ!?」

知久「まどか、タツヤ!! 無事だったんだね!!」


 知久はタツヤを、詢子はまどかをきつく抱き寄せる。


詢子「馬鹿、連絡くらい入れろよ……心配させやがって!」

知久「タツヤ、よかった……!」

まどか「うん、ゴメンね」

タツヤ「うー!」


 警官がにわかにざわめき、まどかに詰め寄る。


警官「あの、申し訳ありません。何があったか教えていただけませんか」

まどか「えっと……」


 その警官を詢子が押しのける。


詢子「待ちな、あたしが聞く」

警官「いえ、あの……」

詢子「まどか、教えてくれ。いきなり家に強盗が入って、タツヤが攫われて、まどかが居なくなって、警察もほとんど証拠もほとんど証拠も掴めない。
    次の日になったら、まどかがひょっこり攫われたタツヤを連れて帰ってきた。一体何が起こってるんだ? 一体まどかは何に巻き込まれてるんだよ!?」

まどか「……」

知久「まどか、それはもしかして昨日話した友達に関わることなのかい?」

まどか「うん」

詢子「その友達がこの事件を引き起こしたっていうのか?」

まどか「違うよ、そうじゃない」


 突如、まどかにテレパシーで声が届く。


キュゥべえ『まどか、聞こえるかい』

まどか『キュゥべえ?』

キュゥべえ『僕は捜査の攪乱や、証拠の隠滅をさせてもらうよ。サバトのことは大勢の人に知られちゃいけない。わかってるね?』

まどか『うん、わかってる。私もパパやママをこんなことに巻き込みたくない』

詢子「おい、まどか!!」

まどか「ゴメンね、ママ。言えない」

詢子「言えないって……!」

知久「まどか。その友達に利用されていたり、脅されているってことは無いのかい?」

まどか「ううん、違う。これからは私の決めたことだから」

まどか「大丈夫、もうパパやママやタツヤをこんなことに巻き込んだりしない」

詢子「……警察やあたし達には任せられないのか?」

まどか「うん」

知久「僕達には詳しく教えられないのかい?」

まどか「うん、今は駄目。でも」

まどか「全部終わった時には話すよ」

詢子「……そうかい」


 まどかはニッコリと笑うと、玄関へ駆けていく。


まどか「じゃあちょっと出かけてくるね、夕方までには帰るから」

警官「あ、ちょっと!」

詢子「待ちな、夕方には戻るって言ってるんだからその時でいいだろ」

知久「……大きくなったね、いつの間にか僕達の手の届かない位に」

詢子「ああ。ったく、そんな顔で言われたら引き留められねぇよ」


 鹿目邸からしばし離れた場所にて携帯電話を掛ける。


まどか「もしもし、ほむらちゃん」

ほむら『まどか? いったいどうしたの』

まどか「うん、場所を教えて欲しいの。ほむらちゃんなら知ってると思って」

ほむら『……いったいどこかしら?』

まどか「うん」



まどか「美国織莉子さんの家」





今日はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。

織莉子「あすみちゃんがやられたようね」
キリカ「うん・・奴はわれらヒュアデスの中でも最年少・・・」
あすみす「」


 薔薇の咲き誇る庭園。
 そこには4人掛けのテーブルと4つの椅子があった。


織莉子「ようこそ、今紅茶を入れますね」

キリカ「……」

織莉子「まさかあなたからいらっしゃるなんて思いもしませんでしたよ」

織莉子「ねぇ」

織莉子「鹿目まどかさん?」

まどか「……」

ほむら「……」


 まどかとほむらが椅子に座っていた。
 キリカが向かい合って立ち、警戒するようにまどかとほむらを見ている。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 まどかが家を出た後。
 まどかとほむらが通話する。


ほむら『な、何を考えているの!? わざわざ敵の本陣に飛び込むなんて!!』

まどか「うん、それなんだけど」

まどか「マミさんの家がバレてた、私の家もバレてた。この様子だときっとほむらちゃんの家も知られてるんだと思う。だったら、どこに逃げても一緒だよ」

ほむら『それなら! 違う街にでも逃げて――

キュゥべえ『それは不可能だよ、ほむら、まどか』


 突如、2人の通話にテレパシーが割り込む。


ほむら『!?』

まどか「キュゥべえ……」

キュゥべえ『サバトの会場はここ、見滝原だ。開催期間中はここから出ることは許されない。
        そして僕達は交戦を推奨する側だからね。君達が隠れようものなら、その居場所を君達と交戦したい相手に密告させてもらうよ』

ほむら『インキュベーター……っ!』

まどか「ほむらちゃん、それにね。無茶だよ。この街には、私の家族やさやかちゃんやクラスのみんながいるんだよ?
     人質にされそうな人達を、全員連れて逃げるなんて無理に決まってるよ」

ほむら『……』

まどか「私、織莉子さんっていう人と話し合ってみる。これ以上ヒュアデスがみんなを危険な目に合わせないように」

ほむら『……私にいくつか考えがあるわ』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 織莉子がティーセットをお盆に乗せて持ってくる。
 湯気の立つ透き通った紅茶が4つのカップに注がれた。


織莉子「どうぞ、お口に合うといいのですけど」


 ほむらはなにも入れずすぐにソーサーを持ち上げて、カップを傾ける。
 まどかは砂糖を1つ入れてティースプーンでかき混ぜた。


ほむら「いい食器ね」

織莉子「あら、ありがとう。お茶の心得があるのかしら?」

ほむら「先輩がね、好きなのよ。まどかや美樹さやかも交えて、よく一緒にお茶会をしたものよ」

まどか「……っ!」

織莉子「羨ましいわね、そんな相手が居るなんて。私のお茶の相手なんてキリカしか居ないもの」

キリカ「私じゃ不足なのかい!?」

織莉子「いいえ、言葉のあやよ。私にはキリカさえ居ればいいわ」


 織莉子はキリカの方に目をやる。


織莉子「ほら、キリカも座りなさい。お客様の前でいつまでも立ってちゃ失礼よ」

キリカ「ふん」


 キリカは乱暴に腰を掛けると。
 紅茶に砂糖をボトボトと入れ、ついでにジャムもカップの縁に塗る。

 織莉子は張り付いたような微笑を崩さない。


ほむら「さて、文字通りの茶番はこれくらいにして、本題に入ってもいいかしら? 私達は敵陣のど真ん中でお茶を飲みに来たわけじゃないわ」

織莉子「あら、そうなの? せっかく久しぶりのお客様だったのに」

まどか「はい、お願いがあってきました」

まどか「もう、魔法少女以外の人を巻き込むのはやめてください」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ほむらがまどかに考えを授ける。


ほむら『まず、私が同行するわ。ソウルジェムは私に預けてちょうだい』

まどか「……うん、わかった」

ほむら『これなら万が一戦いになっても交戦権は私にある』

まどか「ほむらちゃん、また一人で戦う気なの……?」

ほむら『あなたの言いたいことはよく分る。でもまだオーバーソウルも覚えていないまどかを魔法少女にしても、結果はたかが知れているわ』

まどか「……」

ほむら『……今は、の話よ。まどかが強くなったら、その時はお願いするわ』

まどか「……うん」

ほむら『それと、準備があるから少し待ってちょうだい。私の家で合流しましょう。その時に交渉の手順を教えるわ』

まどか「わかった」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 突然の申し出に織莉子はクスリと口元に手を当てる。


織莉子「そうね、私達もできるならそうしたいわ」

まどか「ならっ――

織莉子「でもそうでもしないとあなた達は戦っていただけないでしょう? 世界の所有権を決める聖戦であるのにあなた達は逃げてばかり」

まどか「……」

ほむら「……」

ほむら(よし、ここまでは読み通り)


 まどかは震える手でメモ用紙を差し出した。


まどか「これ……」

織莉子「?」

まどか「私とほむらちゃんの携帯電話の番号です。戦いたくなったらいつでも連絡してください、私達は必ず受けます」

まどか「だから」

まどか「ヒュアデスはもう人質を取ったり、魔法少女以外の人を傷つけるようなことはしないでください」

織莉子「……」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ほむらの家の前。
 リュックサックを背負ったほむらがまどかに話しかけていた。


ほむら「――と、いう風に交渉する」

まどか「そんなの受けてくれるかな……?」

ほむら「受けるわ、必ず」

ほむら「巴マミの話だと、ヒュアデスに対抗する魔法少女は私達で最後」

ほむら「その私達といつでも戦える状況になるのなら、ヒュアデスは……少なくとも美国織莉子は強硬策を使う必要が無くなる」

ほむら「それにいくらインキュベーター達の工作があるといっても、向こうも世間を騒がせるような真似は控えたいはず」

まどか「でも、そんなことしたら、ヒュアデス全員から一斉に襲われるんじゃない?」

ほむら「大丈夫よ、前回の件でわかった。美国織莉子が信用している魔法少女は呉キリカとあすみのみ。
     呉キリカは誓約で私たちを襲えない。つまり最善戦力でまどかと戦おうとした場合、美国織莉子とあすみの2人で来ることになる。
     佐倉杏子は巴マミの話だと、他の魔法少女を蹴落とすためにヒュアデスに身を置いているらしいわ。
     しかしもうヒュアデスに逆らう魔法少女はまどかだけ。
     挑まれる前に佐倉杏子をヒュアデスを倒すチャンスだと揺さぶることができれば、
     美国織莉子とあすみ 対 まどかと佐倉杏子の2対2に持ち込むことができる」

まどか「そんなに上手く行くかな……」

ほむら「いろいろ考えてみたけど、これ以外に手は無いわ」

ほむら「大事な物、全部守るんでしょう? しっかりしなさい」

まどか「うん」


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 差し出されたメモ用紙を前に、織莉子はしばしあっけにとられた後。
 クスリと笑い、肩を震わせ、やがて微笑は口元を吊り上げた高笑いに変わった。


織莉子「ふふふ、はははははは! 考えましたね、鹿目まどか! いえこれは貴女の、暁美ほむらの入れ知恵かしら?」

まどか「……」

ほむら「……」

織莉子「いいでしょう。その条件、飲みましょう。しかしもしも……」


 織莉子はメモ用紙を受け取ると。
 挑発的な表情で、語りかける。


織莉子「今この場で貴女達を襲いたい、と言ったらどうしますか?」

まどか「っ!?」


ほむら(かかった!!)

ほむら(このための準備、美国織莉子が交戦を宣言した瞬間)

ほむら(まどかを後ろへ下がらせ、持ってきた爆弾を起爆し、その一瞬の隙に)


 ほむらは懐に入れたナイフの重さを確認し、心の中でほくそ笑む。


ほむら(仕留める!!)

ほむら(巴マミの話だと美国織莉子の能力は認識しないと発動しない! 爆弾で生まれた一瞬の隙を取れば、いえ、そもそもオーバーソウルする前に刺せば!!)

織莉子「まぁ、今はやめておきましょう」

まどか「!!」
ほむら「!?」

織莉子「ずいぶん物騒な物を持ったお客様も居ることですしね」

ほむら(バレていた!?)

織莉子「ところで鹿目まどか……いえまどかさん、私からも1つ提案なんですけど」



織莉子「停戦、しませんか?」



まどか「!?」
ほむら「!?」
キリカ「!?」


織莉子「私は本戦まで貴女達に手出しをしませんので、貴女達も本戦まで私に戦いを挑むことは無いことを願いしたいのです」

ほむら「なっ……!」

まどか「それって……」

キリカ「ちょ、ちょっと待ってくれ織莉子! 私は誓約でこいつ等には挑めないけど、織莉子なら一人でもこいつ等くらい倒せるだろ!?」


 織莉子は片手を上げてキリカを制する。
 驚く3人をよそに、織莉子は上機嫌に語りかける。


織莉子「私は今まで偉大なる魔女による人類の救済を第一に考えて行動してきました。
     それを阻む者はいかなる手段を以てしても消そうと考えていましたし、現に巴マミを考えうる最善の手段を以て脱落させました」

織莉子「しかし貴女は違う、人類の命運をかけた最後の敵に相応しい」

織莉子「貴女とは本戦で戦いたくなったのですよ」

まどか「……!」

ほむら「……」

ほむら(正直、予想外の展開ね……。良い方にだけれど)

ほむら(美国織莉子が動かないなら、実質ヒュアデスの脅威は半分、いえそれ以下になる)

ほむら「言質、取ったわよ。インキュベーター」


 ほむらが呼び寄せると、ジュゥべえがテーブルに手を掛けて、ひょっこりと顔を出す。


ジュゥべえ「はいよ」

ほむら「今の美国織莉子の言葉、誓約にできるわよね?」

ジュゥべえ「それは一応魔法少女同士の同意を確認してからだな、織莉子もまどかもいいか?」

織莉子「結構よ」

まどか「お、お願いします!」

ジュゥべえ「OK、じゃあ本戦までお互いに交戦は認めねぇぜ」

織莉子「それと、暁美ほむら?」

ほむら「なにかしら?」

織莉子「私のことを苗字付きで呼ぶのはやめてくださらない?」

ほむら「わかったわ、あなたこそ私のことを名前付きで呼ぶのはやめて」

織莉子「ふふふ、わかったわ。暁美さん♪」

ほむら「織莉子さん、これでいいかしら」

キリカ「……」

ジュゥべえ「じゃあオイラはこの辺で!」


まどか「あの、ちょっといいですか?」


 ジュゥべえが去った後。
 まどかが遠慮がちに口を開いた。


織莉子「?」

まどか「あの、今更こんなこと聞くのもなんですけど……」

まどか「織莉子さんはどうして、人類の滅亡なんて望んだんですか?」

織莉子「滅亡ではありません、救済よ」

まどか「……救済なんて望んだんですか?」

織莉子「ふふふ、長い話になるわよ?」


 織莉子は椅子から立ち上がると、演劇の立ち回りのように歩き出す。


織莉子「私はかつて誰からも羨まれる人間だった。人望、容姿、教養、才能、財産、家柄、品格、誇り、希望、夢、私には全て揃っていた」

織莉子「そして私にはお父様が居た、人を導く政治家の仕事だった」

織莉子「素晴らしい人だったわ、私も娘として恥じぬよう努力し続けた」

織莉子「でも」


 織莉子の表情が急変した。


織莉子「お父様は汚職議員と呼ばれるようになった」

織莉子「汚職が真実だったかは、今となってはわからない」

織莉子「しかし、お父様はその非難を苦に自ら命を絶ち、私も汚職議員の娘としてまるで疫病神のように蔑まれるようになった」


 織莉子はクツクツクツと肩を震わせ笑いながら、
 頭をガリガリと掻き、呪詛のように言葉を連ねる。


織莉子「私の輝かしい名声は、今までの人生は何だったのでしょうね?」

織莉子「賛美も! 賞賛も! 羨望も! 親愛も! 評価も! 友情も世間体も評判も人望も!!
     全っ部!! 『美国議員の娘』のものでしか! お父様の一部としてのものでしかなかった!!」

織莉子「それじゃあ私は一体何なの!? なぜお父様は死んだのに私は生きているの!?
     これからどうやって生きればいいの!? どうしてなぜどうやってなにがぁああああああ!!」

キリカ「織莉子!!」


 頭を掻き毟りながら金切声なりかけた声を上げる織莉子に、キリカが抱き着いた。
 キリカが抱き着いて、しばし織莉子は肩を上下させてから落ち着きを取り戻す。

 織莉子はキリカを抱き寄せながら、歪んだ笑みで話を続ける。


織莉子「そんな私の前にインキュベーター、キュゥべえがやってきた」

織莉子「キュゥべえは言った、『自分の生きる意味』を知りたくはないかと」

織莉子「そして私は魔女を受け入れ、魔法少女になった。そして私に天啓が舞い降りた!」


 織莉子は手を広げ、演説でもするように声を張り上げる。


織莉子「私は人間は皆! 不確かな幻想に捕らわれた迷える仔羊であることを知り!
     そして永遠にして絶対の安らかな夢という方法で人類を救済できる偉大なる魔女を知った!!」

織莉子「私は思った! これこそが私の役目であると! 残酷な現実に晒され、それでも生きよう足掻く人類全てを救済することが私に与えられた使命だと!」

織莉子「そして私はヒュアデスを組織した。絶望より生まれた魔法少女による救済のための組織。絶望を希望へ転ずるこの祈りの団体を!!」


 織莉子はそこまで言うと、1つ息を付き、倒れそうになるがキリカがそれを支えた。


まどか「織莉子さ――

ほむら『まどか』


 震える声で語りかけようとしたまどかを、ほむらはテレパシーで制した。


まどか『ほむらちゃん……?』

ほむら『余計な気を起こさないで、今日は目的は達成した。予想以上の収穫もあった。それで終わりよ』

まどか『……』

ほむら「それでは織莉子さん。頂き立ちで悪いけど、そろそろおいとまさせてもらうわね」

まどか「う、うん。ご馳走様でした」

織莉子「あら、残念ね。もう帰ってしまわれるのかしら」


 ほむらがリュックを取って、背を向けたとき。
 まどかが織莉子の方へ振り返って言った。


まどか「あの、織莉子さん!」

織莉子「なにかしら?」

まどか「戦うときになったら、そのときは負けませんから」

織莉子「……いいわね、望むところよ」


 それだけ会話を交わし、まどかはほむらの背中を追いかけて行った。


 まどかとほむらが去った後。
 薔薇の咲く庭園にフラリと誰かが現れた。


織莉子「……今日はお客様が多いわね」

キリカ「……っ!」

カンナ「つれないこと言うなよ、私達はチームメイトだろ?」

織莉子「そうね、でも私とあなたは全く別の志を持つ者よ。過程が一致しているから協力し合っているに過ぎない」

カンナ「HAHAHA、これは手厳しい」

織莉子「まぁいいでしょう、一杯いかが?」

カンナ「うん、いただくよ」


 織莉子は紅茶を新しいカップへ注ぐと。
 ふっと軽く笑う。


織莉子「私は全ての人間を救済する、その後なら新人類による創世でもなんでもすればいいわ」




今日の所はここまでです
読んでいただきありがとうございました


 美国邸を出たまどかとほむら。


まどか「さて、これからの予定なんだけれど……」

ほむら「巴マミのところへ修業しに行きましょう」

まどか「だ、駄目だよほむらちゃん! ほむらちゃん、昨日から寝てないんでしょ?」

ほむら「私は一向に構わないわ」

まどか「それでも駄目! マミさんのところへは私一人で行く、ほむらちゃんは休んでて! せっかく織莉子さんと停戦になって安全になったんだから!」

ほむら「でも」

まどか「ほむらちゃんが行くなら私はいかない!!」

ほむら「はぁ……。それじゃあお言葉に甘えて休ませてもらうわ」


 美樹邸。
 さやかはベッドに腰掛け一人思う。


さやか(今頃まどか達はマミさんのところで修行してるんだろうなー)

さやか「なんなんだろう、あたし。しょせん部外者なのに……」

さやか「眠ろう、あたしも寝てないし」


 そう思った時、さやかの携帯が鳴った。


さやか「仁美……?」


 マミの家。
 まどかはテーブルに座っている。


マミ「それじゃあ、暁美さんも居ないし今日は座学にしましょうか」

まどか「はい……、でも大丈夫なんですか? マミさんもあんまり寝てないんじゃあ……」

マミ「大丈夫よ、暁美さんほどじゃないわ。それよりもビシバシ行くから覚悟しなさい!」

まどか「はい!」

マミ「まず魔法少女には……」


 ファーストフード店。
 さやかと仁美は向かい合って座っていた。


さやか「どうしたのさ、改まって」

仁美「実はとある少女についてです、さやかさんならどうしますか?」

さやか「へっ? な、なに急に?」

仁美「その少女には仲のいい友人が居ました、少女はその友人のことが大好きです」

さやか「……?」

仁美「友人にはとても仲のいい男の子が居ました。男の子の傍にはいつもその友人が居ました」

さやか「……」

仁美「しかし少女はある日、その男の子を好きになってしまいました。横恋慕であることを知りながら、少女はどうしても気持ちが抑えられなくなってしまったのです」

仁美「でも少女はとてもわがままです。隠しきれない恋慕を持ちながら、友人も失いたくないのです」

さやか「……」

仁美「さやかさんが少女なら一体どうしますか?」

さやか「……そっか」

さやか「あはは、その男の子は幸せ者だ。そんなに誰かに想われてるんだから」

さやか「私だったらその少女にこう声をかけるよ。
    『いいじゃない、好きならとことん突っ走っちゃえよ。その友人はそんなことで友達じゃなくなったりしないから』って」

仁美「……」

さやか「いいねえ、青春だよ。あはは……」

仁美「さやかさん……」


 仁美はガタリと立ち上がる。


仁美「いい加減にしてください! 私の知るさやかさんはそんな人ではありません!!」

仁美「私が、私がさやかさんの気持ちに気付いていないと思いますか!? どうしてそんなことを言うんです!!」

さやか「仁美……」

仁美「まどかさんのことですね?」

さやか「……」

仁美「あの騒ぎでなにも感づかないほど私は愚かではありません! 今日のニュースだって見ました!
    いったいなにが……いったいなにがまどかさんの周りで起こっているのです!? あなたはなにを知っているのですか!!」

さやか「……」

さやか「ごめんね、仁美。言えない」

仁美「ふっ……くっくっくっくっ……」

仁美「いつも、いつもそう。3人の中でいつも私だけ蚊帳の外」

仁美「私だって! 私だってまどかさんの友人なのに!! お二人の間には入る隙なんて無くて!!」

さやか「……」

仁美「もういいです、私は今日上条君に告白します。私が失うのを怖れる友情なんて初めからなかったのですから」

さやか「あー、わかったわかった! 話すよ、話すから!」


 さやかはパンッと仁美に手を合わせる。


さやか「恭介に告白するの待った! いや待ってください! そうだ停戦! 停戦しよう!!」

仁美「……ふふふ」


 仁美が笑みをこぼす。


仁美「やっといつものさやかさんに戻りましたわ」


 さやかが頭を掻きながら話す。


さやか「と言っても、実は私も知ってはいるけど蚊帳の外だからさー」

仁美「それでもご存じなのですね?」

さやか「うん、先に言っとくけど……」

さやか「これ知ったら仁美も危険になるかもしれないよ?」

仁美「覚悟の上ですわ」

さやか「どんなぶっ飛んでることでも笑わない?」

仁美「ええ」

さやか「うん、じゃあ話すけど……」

さやか「人類滅亡を企む悪の組織からまどかが狙われてるんだ」

仁美「はい?」


仁美「つまり人類滅亡を企む組織があって、まどかさんがそれに対抗できる唯一の希望であると……」

さやか「うん……、信じられないよね。未だに私も実感湧かないし」

仁美「……いえ、信じますわ。それならさやかさんの反応も昨日の事件も納得です」

さやか「そっか、物わかりのいい奴だ」

仁美「はぁー、なんだか恋愛なんかで悩んでた自分が馬鹿らしくなりましたわ」

仁美「……私になにかお手伝いできることはありませんか?」

さやか「たぶん無いだろうね、私もまどかに付いてたら人質にされちゃったし」

仁美「そうですか……」

さやか「はぁー、辛いね。見てることしかできないのは」

仁美「……そうですわね」


 織莉子邸の屋根の上。
 杏子が座って風に吹かれていた。


杏子「……」

あすみ「杏子おねーちゃん!」

杏子「……あすみか、もう大丈夫なのか?」


 頭に包帯を巻いたあすみがひょっこりと顔を出した。


あすみ「大丈夫だよ、杏子お姉ちゃんが魔力分けてくれたからね!」

あすみ「それと聞いた? 織莉子さんがまどかと誓約を結んだって」

杏子「ああ、ヒュアデスは人質も脅迫も禁止、織莉子は本戦まで動かない。代わりにヒュアデスの挑戦はいつでも受ける、と」

あすみ「それなら実質、あすみ達が動くしかないよねー?」

杏子「そうなるね」

あすみ「じゃああすみがパパッと行ってまどかをぶっ潰しちゃおう!」

杏子「また返り討ちになるぞ、それに織莉子はなんにも言ってこないの?」

あすみ「織莉子さんは『好きにしなさい』だってさ! 大丈夫だよ、今回は杏子お姉ちゃんに手伝ってもらうもん」


 あすみは杏子にすり寄る。


あすみ「大丈夫だよね、私達は幸せな奴なんかに負けたりしないよね……?」

杏子「……そうだな」


 夕方、鹿目邸。
 警察に散々しつもんされたまどかがようやく解放された。


まどか「ふぇー、ただいまー」

詢子「おーっす、お疲れまどか」

知久「晩御飯出来てるよ」

詢子「二人共、ちょっといいか?」

まどか「うん?」

知久「なんだい?」

詢子「実はな、こんなときでなんだけど大事な話があるんだ」

詢子「ウチの子が、一人増える」


まどか「へっ?」

知久「……本当かい?」

詢子「別に妊娠したわけじゃないぞ。遠縁の子でな、身寄りがないらしくて施設に入ることも拒否してる。
    自分以外誰も居ない家に住んでるから、法的代理人がかなり強引に養子縁組を組んだんだ」

詢子「その子が、明日ウチに顔を見せに来る。まどかと同い年の女の子だ」

まどか「そ、そっかぁ……」

知久「大丈夫かな、僕嫌われないだろうか……」

まどか(魔法少女で色々あって鈍感になってるけど、これってかなり大事件だよね?)

詢子「明日の9時だから、学校にはあたしが連絡入れておく」

まどか「う、うん……。わかった」


 次の日の朝。
 鹿目邸。


まどか「……」


 まどかは唖然としていた。


詢子「佐倉杏子ちゃんだ」

杏子「よ、よろしく……」

知久「はじめまして、綺麗な子だねー」

杏子「……」

まどか「……」


 杏子はダッシュでその場から逃げ出した。


詢子「逃げた!?」

まどか「ま、待って!」


 まどかも杏子を追いかける。


詢子「あ、おい! まどかぁーーー!!」



今日の所はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。
もうちょっとだけ茶番回が続きます。


――連れられて来て家を見たときは笑っちまったよ

――つい一昨日、襲撃するために見張ってた場所だったんだから

――最初は断るつもりだった、養子の件も、施設も

――今回だって見てからすぐに断るつもりだった


――でも


――あの時、あの光景を見た時に

――いいなぁって、私にもこんな父親が居たらなぁって

――思っちまった


杏子「はぁっ! はぁっ! 馬鹿かあたしは! よく考えたら、オーバーソウルして逃げればいいだけじゃねえか!!」


 杏子は魔法少女の姿に変身する。


杏子「オーバーソウル! ギーゼラ!!」

杏子「あとは……」


――逃げてどうする?


杏子「っ!?」

杏子「決まってる……。今回の件もバックレて、織莉子の家へ行って、そして――


――偉大なる魔女を使って家族をやり直す? また壊れるのを知っていながら?


杏子「……」

杏子「駄目かどうかなんて、やってみなくちゃわからねぇだろ……!」

杏子(どこで狂った、なにを間違えた? あたしがやってきたことって一体……)

まどか「ま、待って! 佐倉さん!!」

杏子「ちっ、もう追いついてきやがったか」

まどか「待って、消える前に聞かせて!! 佐倉さんはどうしてヒュアデスに、
     ううんそうじゃなくて。偉大な魔女に何を願うつもりだったの?」

杏子「……あんたさぁ、もしかしてあたしを引き込もうなんて思ってないでしょうね?」

まどか「違うよ!!」

まどか「マミさんが言ってた。魔法少女は、絶望に捕らわれた時に魔女と契約して生まれるって! 佐倉さんの絶望は何? どうして戦うの?」

まどか「私はそれを聞けない限り絶対に負けられないから」

杏子「……」

まどか「……」

杏子「はぁー、厄介な奴だ。やっぱり最初に潰しておけばよかった」

杏子「いいよ、聞かせてやる。あたしが絶対に勝ち抜かなきゃならない理由ってやつをね」


 河川敷にて。
 杏子はまどかに向き直り語りかける。


杏子「あたしの親父は神父だった、正直過ぎて、優し過ぎる人だった。毎朝新聞を読む度に涙を浮かべて、真剣に悩んでるような人でさ」

杏子「『新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だ』って、それが親父の言い分だった」

杏子「だからある時、教義にないことまで信者に説教するようになった。
    もちろん、信者の足はパッタリ途絶えたよ。本部からも破門された。誰も親父の話を聞こうとしなかった」

杏子「当然だよね。傍から見れば胡散臭い新興宗教さ。どんなに正しいこと、当たり前のことを話そうとしても、世間じゃただの鼻つまみ者さ」

杏子「アタシたちは一家揃って、食う物にも事欠く有様だった」

杏子「納得できなかったよ。親父は間違ったことなんて言ってなかった。ただ、人と違うことを話しただけだ」

杏子「5分でいい、ちゃんと耳を傾けてくれれば、正しいこと言ってるって誰にでもわかったはずなんだ」

杏子「なのに、誰も相手をしてくれなかった。悔しかった、許せなかった。誰もあの人のことわかってくれないのが、あたしには我慢できなかった」

杏子「そんな時だったよ。奴が、キュゥべえが現れた。奴は言ったよ、『人々に父親の言葉を届ける力は欲しくないか』ってね。今思えば悪魔の囁きだった」

杏子「私は魔女と契約して魔法少女になった、そして毎晩魔女の力を使って親父の言葉を人々に届けた」

杏子「少しずつ、教会に人が増えていったよ。あたしと妹でリンゴ一個だったのが、翌月にはアップルパイに、また翌月にはミートパイになっていった」

杏子「幸せだったよ。やっとみんなに親父のことをわかってもらえたんだって、私と親父が世界を救うんだって意気込んでた」


 杏子は1つ深呼吸して。
 まどかの目をまっすぐ見据えた。


杏子「……でもね、ある時カラクリが親父にバレた。大勢の信者がただ信仰のためじゃなく、魔法の力で集まってきたんだと知った時、親父はブチ切れたよ」

杏子「娘のアタシを、人の心を惑わす魔女だって罵った。笑っちゃうよね。魔法少女のことなんか知ってるはずもないのに、その通りなんだからさ」

杏子「それで親父は壊れちまった。大勢の人を巻き込んだ罪悪感と疑心暗鬼でね。もう自分の教えも家族も、何も信じられなくなっちまった」

杏子「それで親父は廃人になった。あたしも勘当され、妹はお袋が引き取って実家に帰ったよ」

杏子「離散の時、みんながあたしを見た目は忘れられない。まるで怪物か化け物を見るような目だったよ」

まどか「佐倉……さん」

杏子「だから、あたしは偉大な魔女の力で世界を書き換える。まだ家族が家族だった時間を取り戻す」

杏子「これが、あたしが勝ち抜かなきゃならない理由だ」

まどか「……うん、ありがとう佐倉さん」


 まどかはニッコリと笑って、杏子の方をまっすぐ見据えた。


まどか「私、あなたとなら全力で戦える」


杏子「へえ、同情して白旗上げてくれるかと思ったんだけどね。そういえばあんたこそ何のために戦う? マミみたいに世界のためか?」

まどか「ううん、私はね」

まどか「ほむらちゃんのためだよ」

杏子「……は?」

まどか「世界を、いつまでも魔女が生きていける世界にする。幾つもの世界を巡って戦ってくれたほむらちゃんの旅を、ここで終わらせる」

まどか「これが私の戦う理由、私の願い事」

杏子「自分の魔女のために世界を書き換えるってのか……!?」

まどか「うん」

杏子「……ありえねぇ」


 杏子は歯を食いしばり、ギロリとまどかを睨みつける。


杏子「決めたよ、あんただけは真っ先にぶっ潰す」

杏子「今日の夕方、またここに来い。交戦の申し出だ、当然受けるよな?」

まどか「うん、わかった」


 その後、まどかと杏子は鹿目邸へと戻った。
 杏子は終始ぶっきらぼうに質問に答え、まどかとは一言も言葉を交わすことは無かった。


 まどかは学校へと登校し、休み時間になる。


さやか「よーっす、まどかー。今日遅かったけどどったのー?」

まどか「ヒュアデスの人がね、家に来たの。養子になるかもしれないからって」

さやか「へっ……? そ、それって!!」

まどか「ううん。多分、陰謀とかそういうのじゃないと思う」

さやか「……そ、そっか。凄い偶然もあったもんだね」

ほむら「驚くべきことね」

さやか「うわっ! ほ、ほむら!!」

ほむら「ちなみにその子の名前は?」

まどか「佐倉杏子っていう人、さやかちゃんを押さえてた赤い魔法少女だよ」

さやか「げっ、あいつか……」

ほむら「……なるほど」

ほむら「まどか、例の作戦だけれど。味方には引き込めそうかしら?」

まどか「ううん、難しいと思う。佐倉さんには佐倉さんの、絶対に叶えなきゃいけない願いがあるから」

ほむら「そう……」

まどか「それと、交戦を申し込まれたよ」

ほむら「!?」

さやか「なっ! 交戦って……この前みたいな殺し合い!?」

まどか「うん」

さやか「ヤバいって! 学校なんか来てる場合じゃないよ! 逃げなきゃ!!」

ほむら「それはできないわね」

さやか「な、なんでさ!?」

ほむら「ヒュアデスと誓約を結んだのよ。人質などを使わったり、無関係な人間を傷つけないない代わりに、いつでも私達は交戦を受けるって」

さやか「んなっ……!」

ほむら「昼休み、2人で巴さんのところへ行きましょう」

さやか「ほ、ほむら! なんであんたはそんなに落ち着いてるのさ!?」

ほむら「昨日キュゥべえに聞いてね、いくつか秘策があるのよ」


 昼休み。
 風の吹き抜ける屋上。
 まどかとほむら、そしてマミの3人が集まっていた。


マミ「話は暁美さんから聞いたわ、全く頭が痛い……」

まどか「す、すいません! 私がもっとうまくやってれば……」

ほむら「遅かれ早かれ、こうなることはわかっていたことよ」

マミ「それでどうするの? 付け焼刃にしても、昼休みの間に教えられることなんてたかが知れてるわよ?」

ほむら「教えて欲しいことは2つ、まず1つは魔法少女への変身の方法」

マミ「まぁそれくらいなら……」

ほむら「そしてもう1つは――


 夕方、河川敷。
 まどかとほむらとさやかとマミの4人と、杏子が向き合っていた。


杏子「はっ、一般人を3人も引っ連れて何がしたいんだか」

まどか「……」

マミ「佐倉さん、もう戻れないの……? 私達は敵じゃないのに!」

杏子「味方でもねぇよ。巫力5万の鹿目まどかは必ず優勝候補に食い込む、潰さない手は無いね」

ほむら「そう、それならもう交わす言葉は無いわ」

杏子「ああ、いくぞ!」


 杏子は変身する。
 ほむらはさやかに囁いた。


ほむら「私は魔女形態になると、精神が分離して身体が動かなくなる。身体の方は任せたわよ」

さやか「お、おう」

杏子「広範囲オーバーソウル! 結界!!」

ほむら「……」


 銀色の閃光が杏子のソウルジェムから奔り、まどかと杏子は消えた。
 ほむらがそれと同時に気を失ったように脱力し、さやかに身体を預けた。


 深夜のハイウェイのような結界の中で、杏子とまどかは向き合う。
 どこからともなく現れたジュゥべえが高らかに宣言した。


ジュゥべえ「交戦を許可するぜ」

杏子「ほー、それがあんたの魔女の本当の姿か」

まどか「うん、そうだよ」


 まどかの背後には黒いマントのような翼を広げた魔女が居た。
 三角帽子の唾はレコードのようになり、折れた先端が針のように唾に接している。

 魔女から紫色の光が発せられ、ヴェールのようにまどかを覆うと。
 まどかは桃色を基調とした魔法少女の姿に変身していた。
 手には植物が螺旋状に絡まった杖を持ち、先端の蕾が花開く。


まどか「ホムリリィ、性質は背徳。ほむらちゃんの無念の証」

杏子「はっ、いいじゃん。面白い! この短期間にオーバーソウルを覚えられたか!?」

まどか「ううん、オーバーソウルは無理だったけど」

まどか「その1つ下なら覚えられたよ」

杏子「? まぁいいや、オーバーソウル! ギーゼラ!!」


 錆だらけのロボットのような魔女が現れ、杏子の胸のソウルジェムに収束する。
 まどかは大きく深呼吸すると、高らかに宣言する。


まどか「憑依合体!!」


 ホムリリィは陽炎のように揺れ、まどかの中へと入っていった。


杏子「憑依合体だと!?」

まどか「うん、オーバーソウルの1つ下」

まどか『魔女を自分自身の中に入れることで、魔女と精神を同期させ、魔女に自分の身体を委ねる』

まどか『魔女の自我の薄い普通の魔法少女じゃあ、考えられない戦法ね』

杏子「はっ、それでも私達ならできますってか? 特別な巫力を持ってる奴は魔女まで特別かよ!!」

杏子「チョームカつく! 出来るだけ怪我しないように戦ってやろうかと思ったけどやめだ!」


 杏子はショートワープでまどか背後に回り、作り出した槍で一突きにしようとする。


杏子「ちょっと痛い目見てもらうよ!」


 しかし杏子の槍はまどかを捉えることは無く。
 杖によって受け止められた。


杏子「!?」

まどか『巴さんの言っていた通りね』

まどか『初手のショートワープは必ず背後に回る』

杏子「くっ! それがどうした!!」


 杏子は再び姿を消し、まどかの真横に張り付き。
 槍を振うがそれも受け止められてしまう。


杏子「!?」

まどか《そして、同じ方向への連続したショートワープを無意識のうちに避ける》


 まどかの杖に弦が張る。
 弓をクルリと反すと、光り輝く矢が当てがわれ。

 杏子へ向けて放たれる。


杏子「っ!!」


 至近距離で放たれた光の矢は杏子の頬を掠めるが。
 杏子の目が怒りに燃えた色から、冷静な冷たい色へと変わっていった。


杏子「へぇ、なるほどね。あたしの手はもう完全に読まれてる、と」

まどか『……』

杏子「だけどね、知ってた? オーバーソウルにはこういう使い方もあるんだよ!」


 杏子が胸元のソウルジェムを外すと。それを宙に投げる。
 唸りを上げる銀色のバイクがその場に現れた。


まどか『!?』

杏子「なにも魔女の力を使うだけがオーバーソウルじゃねー!
    魔女を分離させて波状攻撃を仕掛けることだってできるんだよっ!」


 杏子とバイクが同時にまどかへ突っ込む。
 まどかは弓に矢を番え、杏子へと放つが。
 赤い幻影は放たれた矢をあっさりと躱してしまう。


杏子「ほらよ!」

まどか『っ!』


 杏子の槍を弓で受け止めた直後。
 唸るバイクがまどかに迫る。

 加速した金属の質量体が、まどかの脇腹に直撃した。


まどか『か、はっ!』

杏子「ウスノロ、次だよ!」


 杏子が槍を振い、柄でまどかを薙ぎ払わんとする。
 まどかは飛び退いて躱すが、背後から再び唸りを上げたバイクが迫る。

 まどかは跳躍して避ける。飛行に近いような高跳びで、上空から杏子を狙い打たんとするが。

 ニィ、と笑った杏子が、自分に迫るバイクを足場に跳躍すると、まどかの上を取る。


杏子「終わりだ」

まどか『くぅ……!』


 振り抜かれた槍がまどかを打ちのめし。
 遥か下へとまどかを叩き落とした。


まどか『が、ぁ……!』

杏子「意外とどうってことなかったね」


 ストン、と着地した杏子がバイクに手を翳すと。
 バイクは収束しソウルジェムの形に収まる。


 杏子はソウルジェムを胸に着け直すと、槍を振って歩み寄る。


杏子「さーて、宣言通りソウルジェムを――」

杏子「!」


 一瞬の油断、ソウルジェムを付ける一瞬の隙を付き、飛び起きたまどかが矢を穿つ。
 杏子は慌てて身体を逸らし、矢を避ける。

 桃色の軌跡が、杏子の頬に傷をつけた。


まどか『……』

杏子「は、はははっ! 面白れぇ! まだやるかい!?」

まどか『ええ』

まどか『もう、分析は完了したわ』

杏子「でもあたしのショートワープにどう対応」

まどか《幾重もの時間遡行の中で、私はただひたすらあいつに勝つためだけにトライ&エラー&アナライズを繰り返してきた》

杏子「するってんだ!?」

ほむら《この程度のトリックなど造作も無い!》


 杏子がショートワープでまどかの横に付く。
 その瞬間まどかの回し蹴りが杏子を捉えた。


杏子「かっ……!」

まどか『あなたは私に手の内を見せすぎた、もう十分に対応できるわ』

まどか『ショートワープの出現はノータイムじゃない。気配で出現しようといている場所を察知できる!!』

杏子「くっ、が……はっ!」


 杏子は跳ね飛ばされた勢いで後ろへ飛び退き、槍を杖のように付いて一息つく。


杏子「へっ、なるほどね……。流石は"特別な魔女"」

杏子「ならこいつはどうだい!?」


 杏子は再びソウルジェムを投げ、銀色に輝くバイクを召喚する。
 バイクが唸りを上げ旋回し、杏子が槍を突き出して突撃する。


杏子「おらぁ!!」

まどか『ふっ!』


 槍を最小限の動きで躱すほむら。
 直後に真横からバイクが迫る。


まどか『……』

杏子「なっ!」

まどか『呉キリカのような対応のしようがない魔法ならともかく、あなたのバイクなら音と風で容易に位置が察知できる!』


 まどかはバイクに飛び乗ると、さらに跳躍し杏子の頭上へ現れた。
 弓が杏子の頭へ振り降ろされるが、杏子が槍でそれを受け止める。

 直後、まどかの膝が杏子の顔面を捉えた。


杏子「が、はっ! ……ぐっ、ちくしょう!」

まどか『……』

杏子「やってくれたね、暁美ほむら! たかが憑依合体と嘗めてたよ」

杏子「だが、まぁ。ショートワープも波状攻撃もタネが割れたんなら仕方ねぇか」


 杏子は槍にソウルジェムをはめ込むと。
 銀と紅の炎が螺旋状に絡み合う。


杏子「いくぜ、マミ仕込みの2段階オーバーソウルだ」


 杏子が不敵に笑う。
 まどかはそれを眺め、瞳を閉じた。


まどか(ほむらちゃん)

まどか《まどか……?》

まどか(代わって)

まどか《でも……》

まどか(どうしても佐倉さんに聞かなきゃいけないことがあるから)

まどか《……わかったわ》


 まどかは一呼吸置くと、杏子をまっすぐ見て問いかける。


まどか「ねぇ、佐倉さん。ちょっといいかな?」

杏子「あんだよ? 今話してるのは鹿目まどかの方か?」

まどか「どうして、どうして佐倉さんは……そんなに酷い目に合ったのに、家族のためにそんな風に戦えるの?」

杏子「……」

まどか「私だったらきっと耐えられない、きっとなにもかも投げ出して嫌になっちゃうと思う。なのにどうして佐倉さんは戦い続けることができるの?」

杏子「さぁ、ねえ。そんなのあたしが聞きたいっつうの」

まどか「……」

杏子「ただ、まぁ。強いて言うなら」

杏子「贖罪だよ」


 杏子は1つ自嘲的に笑うと、言葉を続けた。


杏子「あたしが勝手なことを願ったせいで、誰も彼もが不幸になった。大勢の人の都合も考えず、勝手なことをしたせいでその報いを受けた」

杏子「わかってるんだよ。結局また魔女の力を借りて今の不幸を乗り切ろうと、きっとまたデカいしっぺ返しが来るだけだって」

杏子「それでも、もしかしたらさ……全て塗り替えてハッピーエンドになるかもしれない。今までの不幸なんて全部なかったことになるかもしれない」

杏子「魔法ってさ、そういうもんじゃん?」


 杏子が虚ろな目で、乾いた笑いを浮かべる。
 どこか、諦めたような雰囲気で。


まどか「ねぇ、佐倉さ……ううん、杏子ちゃん」



まどか「あなたは悪くないよ」



杏子「っ!?」

まどか「あなたは悪くない」

杏子「……」

まどか「杏子ちゃんじゃなくて、きっと運とか、タイミングとか……色んなものが悪かっただけなんだと思う」

まどか「杏子ちゃんは家族が、お父さんが大好きだったんだよね。本当にただお父さんの話を聞いて欲しかっただけなんだよね?」

まどか「杏子ちゃんは魔女なんかじゃないよ、お父さんのために祈った魔法少女なんだよ」

まどか「だから、贖罪なんて言わないで。そんな悲しい理由で戦わないで」

杏子「……あたしの願いを否定するってのか?」

まどか「ううん、違うよ」


 まどかは柔らかい笑顔で、杏子に笑い返した。


まどか「罪滅ぼしのためなんかじゃなくて、幸せの為に願おうよ。もう一度杏子ちゃんの家族みんなで笑いあうために祈ろうよ。その方がきっと素敵だから」

杏子「……また失敗するかもしれねぇんだぞ」

まどか「ううん、きっと失敗しない。不安だったらみんなで一緒に考えよう? マミさんやさやかちゃんも、私のパパやママも交えてみんなで一緒に」

杏子「それに、魔法の力になんか頼ったらまた親父に怒られるかも」

まどか「そのときは私も一緒に謝るよ」

杏子「大丈夫かな」

まどか「大丈夫だよ」

杏子「ははっ、それだったら……。絶対に負けられないね」

まどか「うん、そうだね!」


 杏子は燃え上がる槍をついて、肩を揺らしてクククと笑うと。

 顔を上げてまどかに向き直る。


杏子「そうだ、せっかくだからあんたもオーバーソウルしてみな」


まどか「えっ! う、うん! でもどうやったらいいか……」

杏子「簡単さ、まず魔女の姿を強くイメージするんだ」

まどか(ほむらちゃん……、いやホムリリィ!!)


 まどかの背後に黒衣の魔女が顕現した。


杏子「そして自分自身と魔女を重ねあわせてイメージする。魔女の力は自分の力、自分の身体は魔女の身体ってね」

まどか(ほむらちゃんと、私を一体に……!)


 魔女はまどかの胸のソウルジェムへ収束する。


杏子「そして……魔女の性質と強く共振する!!」

まどか(ほむ、らちゃん……!)


 まどかの中にほむらの感情が流れ込んでくる。

 それは背徳。
 業を背負い、罪を抱き込み、終わることの無い絶望の螺旋を回り続ける少女の物語。
 時には世界を滅ぼした、時には仲間に手を掛けた、そして時には……自分の全てだった恩人を殺めた。
 交わされた約束を道標に、少女はたった一人で無限の世界線の迷宮を彷徨い続けた。

 そしてその終わりは。
 神すら彼女を見捨てたかのような凄惨な最期。
 彼女のしてきた全ては無駄だったと、全ては恩人に枷を背負わせるだけだったと。
 非情な現実を突きつけられ、彼女は一人絶望に飲まれ異形と化した。


まどか「あっ……」


 気が付くとまどかは泣いていた。

 杏子の方へ向き直ると、ゴシゴシと目を拭う。


杏子「そこまでできたなら使えるはずだ、その魔女の能力がね」

まどか「うん……。この魔女の能力は」

まどか「条理を、不可能を、絶望を破壊する光」


 まどかの周囲に紫の閃光が奔り、収束し、紫色の矢が弓に番えられる。
 まどかが弓を引き絞り、杏子に照準を合わせる。


杏子「はっ、いいねぇ。カッコいいじゃん」

杏子「じゃ、あたしも行くか」


 杏子は持っている槍を突き立てると、巨大な槍を召喚する。
 その槍は多節棍のように曲がりくねり、杏子を乗せた穂先が大蛇のように鎌首をもたげる。
 さながら攻城兵器のように巨大なこれは、弓を弾くまどかに狙いを定めた。


杏子「ああ、そうだ。1つ確認しておきたいんだけどさ」

まどか「?」

杏子「あたしが勝ったらあんたのソウルジェムは奪うとして、あんたが勝ったらどうする?」

まどか「そうだね……」

まどか「一緒に戦ってもらう!」

杏子「そうかい……!」

杏子「じゃあ、いくよ!!」

まどか「うん!」


 銀と紅の炎を上げ、砲撃のように放たれた巨大な穂先が。
 まどかの放った黒い矢と激突した。


 結界が晴れていく。
 そこには大の字に倒れて荒い息をする、2人の魔法少女が居た。


さやか「まどか!」

マミ「鹿目さん!」


 まどかの方に駆け寄る2人。
 そして目を覚ましたほむらがふぅと大きくため息をついた。


ほむら「とりあえず……初勝利おめでとう、まどか」


杏子「てて、あー……負けちまったか」

杏子(少なくともあれはあたしの中では最強のオーバーソウルだった、それが破られたっていうなら)

杏子「まぁ、しゃーないね」


 杏子がよろよろと起き上ると。
 まどかも起き上る。


まどか「うん、それじゃあ。これからよろしくね、きょ……佐倉さん」

杏子「杏子でいいよ、今更佐倉さんなんて余所余所しい」

まどか「あはは、そうだったね。杏子ちゃん」

マミ「えっ!?」

さやか「どういうこと!?」


 まどかと杏子は瞳を交わし笑いあった。


杏子「それじゃあ早速で悪いけど現実的な話なんだけどさ」

まどか「うん?」

杏子「実はさ、今までずっと織莉子の家に厄介になってたから、あんたの方に付くと宿無しになるんだよね」

杏子「だから」

杏子「養子の話……受けさせてくれない?」


 そのやり取りを、遠目に眺めている2人が居た。
 

織莉子(魔法少女の戦いは、単純に魔法少女の巫力と魔女の魔力だけで決まるわけじゃない)

織莉子(段階の高い戦いに行けば行くほど)

織莉子(心の強さ、信念の強さなど精神的要素が重要になってくる)

織莉子「佐倉さんの信念は、鹿目さんに負けた、ということですか……!」

織莉子「ふふふ、面白い。この短期間で巫術だけでなく精神も成長していっているようですね」

織莉子「それでこそ、我が大願に相対する宿敵に相応しい」


 川辺での5人の様子を。
 あすみは目を見開いてただ眺めていた。


あすみ「嘘でしょう、杏子お姉ちゃん……?」


 織莉子は1つ冷笑すると。
 あすみに囁きかける。


織莉子「養子の話、受けるみたいですね」

織莉子「ふふふ、いいじゃないですか。あんなに優しそうな家族なんだから」

織莉子「きっと、佐倉さんは幸せになれますよ?」

あすみ「嘘だ!!」

あすみ「杏子お姉ちゃんはきっとすぐに戻ってくる! 養子なんて上手くいかないに決まってる!!」

織莉子「そうですね」

織莉子(運命の車輪は回り始めた、さて世界を導くのは闇か光か。見物ですね……!)




今日の所はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。


 数日後。
 あれ以来、特にヒュアデスは襲ってくることは無く。
 杏子はお互いにたどたどしいながらも、温かく鹿目家へ迎えられる。

 そしてこの日。

 杏子は見滝原中学に通うことになった。


 ファーストフード店にて。
 4人は集まっていた。


まどか「流石に同じクラスにはなれなかったね」

杏子「同じ住所の奴がクラスに2人もいたら怪しまれるって、学校の配慮ってやつだよ」

仁美「杏子さんは何も注文なさいませんの?」

杏子「流石に居候してる身だからね……、貰ったお小遣いを気軽に使うのも気が引けて」

さやか「しょーがない、今日はこのさやかちゃんが奢ってあげよう!」

杏子「マジかい、サンキュ! じゃあこれとこれとこれと……」

さやか「ちょ、ちょい待ち! 2つまで2つまで!!」


 席に着いた4人は談笑に花を咲かせていた。


杏子「でさー、その男子がやたらしつこく聞いてきて――

仁美「まぁ! きっとその方は杏子さんに想いを寄せているのですわ!」

杏子「ちょ、ちょっと勘弁してよ! あたしまだそういうのガラじゃないし」

まどか「あはは」

さやか「うんうん、恭介もそれくらい積極的ならよかったのにねぇ。なーんで美少女2人からこんなに尽くされてるのに気付かないんだか……って」

さやか「じゃなぁーーーーーーーい!!」

まどか「うわっ!」

仁美「どうされましたのさやかさん!?」

さやか「なんであたし達はヒュアデスと一緒に登下校して、帰りにファーストフード店で仲良く恋バナやってるんだぁああああああ!!」

杏子「……もうあたしはヒュアデスをやめてこっちに付いたって言ってるじゃん」

まどか「そ、そうだよ! 杏子ちゃんはもう味方だよ!」

さやか「そんなの信じられるかぁ! まどか、ついこの間あんたはこいつに殺されかけたんだよ! 2回も!」

まどか「そ、そうだけど……」

仁美「そうですわね、私も少し警戒が足りないと思ってましたが」

さやか「どーせこいつはスパイかなにかに決まってるよ! こっちの内情を覗いて寝首掻こうとしてるに決まってる!!」

杏子「……別にあんたにそう思ってもらっても構わないよ」

さやか「なにぃ!!」

杏子「所詮、部外者だろ?」

さやか「っ!!」

仁美「さやかさん!!」


 さやかは突然駆け出して、ファーストフード店から出て行った。


まどか「ご、ごめんね杏子ちゃん。さやかちゃんは悪い子じゃないの。私の心配をしてるだけで……」

杏子「別に気にしちゃいないよ。それよりもあいつこんなに残していきやがって」


 杏子はさやかの食べかけのハンバーガーを頬張る。


仁美「確かに少し妙ですわね、普段はあんなに突っかかる方じゃありませんのに……」

杏子「……」

まどか「あ、あの! そういえば仁美ちゃん。そろそろ時間大丈夫?」

仁美「え? ああそうですわね。そろそろお稽古の時間ですし失礼させていただきます」

まどか「じゃあ、杏子ちゃん。私達も行こう?」

杏子「ああ、ほむらとマミはもう呼んでるのか?」

まどか「うん、今から行ってちょっと早く着くくらい」


 夕方、河川敷。
 さやかは制服のまま一人、トボトボと歩いていた。


さやか「はぁー、家に居ても落ち着かないよ……」

さやか「なんであたしツンケンしちゃってるんだろ」

さやか「……」

さやか(なんなんだろう、あの杏子って奴)

さやか(後から現れたくせに、敵のくせに……いつの間にかあたしよりもずっとまどかに近い所に居る)

さやか「ん、あれは……」


ほむら「準備OKよ、まどか」

まどか「よし、オーバーソウル!」

マミ「ここまでは安定してできるようになってきたわね」

杏子「おーし、今日は模擬戦でもやってみるかい?」

まどか「う、うん!」

杏子「ちょっと派手に暴れるから、結界も張るぞ」

マミ「それじゃあ私はお留守番かしら?」


さやか「……なんで隠れてるんだろ、あたし」

さやか「……」

さやか「帰ろう」


 夜、まどかの部屋。
 とりあえず相部屋ということで、杏子とまどかは同じ部屋に寝ていた。


杏子(あすみ……)

まどか「ねぇ杏子ちゃん、まだ起きてる?」

杏子「ん、なにさ?」

まどか「あすみちゃんっていう子について教えて欲しいなって」

杏子「……」

まどか「あの、ね。この前戦った……っても言えないんだけど。その時にすっごく私を見て怒ってたから、何かあったのかなって……」

杏子「怒ってたんじゃないよ、あれは逆恨みだ」

まどか「逆恨み?」

杏子「あすみは、あいつはあたしよりずっと酷い目に合ってるんだ」


杏子「あすみは元々普通の女の子だった、親父とお袋さんと一人娘の普通の家庭でさ」

杏子「でもある日親父の浮気が原因で離婚したんだそうだ、その時お袋さんの方に引き取られたらしい」

杏子「お袋さんと二人暮らしになったけど、それでも幸せだったんだそうだ」

まどか「……」

杏子「でも、ある時お袋さんが倒れた。過労が原因でね。子育てと仕事の二足草鞋が負担になってたらしい」

杏子「死んじまったんだって」

まどか「っ!!」

杏子「それで親戚に引き取られたらしいんだけど、この親戚がとんでもないロクデナシでね。
    毎日毎日あすみを虐待していたんだ。その内容はあたしも耳を覆いたくなるほどだった」

まどか「……っ!」

杏子「新しい学校でも上手くいかなかったらしくてね。虐められてたらしい」

杏子「どこにも逃げ場が無くなって、心も体もボロボロになったあすみは、最後の助けを求めて親父の所へ行ったんだそうだ」

杏子「でも」

杏子「その親父は、既に浮気相手と幸せな家庭を築いていた。あすみが行っても邪魔者にしか見られなかったんだそうだ」

杏子「とっくに見捨ててたんだよ、親父はあすみを」

杏子「その親父はあすみになんて言ったんだと思う? 『俺のところに来るなよ迷惑だ』『お前はもう俺とは関係ない』だってよ」

杏子「全てに絶望したあすみは、自分以外の人間の幸せというものを無差別に憎み始めた。ただひたすらに他人の不幸を求め始めた」

杏子「そんな時に、ジュゥべえが現れたんだそうだ。そしてあすみは契約した」

杏子「自分以外の人間を不幸にさせる力が欲しいってね」


杏子「そうして手に入れた魔女の力で、あすみは自分を虐待していた親戚の奴等、そして親父に復讐した。全員を病院送りにして、中には完治しない障害を負わせてやった奴もいたらしい」

杏子「そんなあいつがヒュアデスに行く理由なんて考えるまでもねー」

杏子「これが、あたしの知ってるあすみの顛末だ」

まどか「……ぅ、うう」

杏子「って、おい。あんた泣いてるの?」

まどか「酷いよ、そんなのってないよ……。あんまりだよ……」

杏子「……」

まどか「どうにかできないの? なんとかしてあげられないの……?」

杏子「さーね、だけどさ。これだけは言っておく」

杏子「今度あいつに会った時は、容赦するな。あいつは本気で人類の破滅を望んでる」

まどか「!!」

杏子「あいつを助ける助けない以前にさ、負けたら世界が終わっちまうんだよ。それだけは忘れんな」

まどか「……」

杏子「わかったらもう寝ようぜ」

まどか「うん……」


 まどかも杏子も眠れずにいた。
 暗い天井を眺めながら杏子は思う。


杏子(あたしは今まで、離れて行った妹とあすみを重ねてきた)

杏子(あたしは初めからヒュアデスを裏切る腹積もりだったのに、あいつと仲良くなって中途半端に希望を持たせた)

杏子(そして、今のあたしの状況は)

杏子(あすみの反転そのものだ)

杏子(引き取られた親戚の家ではそこそこ良くしてもらって、学校にも仲間が居て、離散はしたがまだ家族にも希望は残ってる)

杏子(今のあたしをあすみが見たらどう思うんだろうか?)

杏子「……」

杏子(駄目だな、悪い方にしか考えが浮かばないわ)

杏子(寝よう)


 美国邸にて。
 あすみは窓際であすみは物思いに更けっていた。
 欠けた月の光が幼い横顔を照らす。


あすみ「……」

織莉子「いい子は寝る時間よ?」

あすみ「あすみにそれ言いますか?」

織莉子「ふふふ、そうね。いい子にはもったいない夜ね。はい、ココアでよかったかしら?」

あすみ「どうも」

織莉子「お月様と何をお話ししていたのかしら?」

あすみ「……契約したときのことを」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 夕焼けに染まる電柱の上。
 キュゥべえとジュゥべえが会話をしていた。


キュゥべえ「やれやれ、ジュゥべえ。君はまだ魔法少女の候補を見つけていないのかい?」

ジュゥべえ「い、いやいやキュゥべえさん! オイラだって、その……」

キュゥべえ「……」

ジュゥべえ「すいません」

キュゥべえ「仕方ないね、ほら。そこへ行ってごらん。そこに神名あすみという子がいる。彼女は現在絶望している、魔女と契約するなら今だ」

ジュゥべえ「あ、ありがとうございます! では行ってきます!」

キュゥべえ「今情報を……ってもう居ないや」


 夕方。
 学校から一人帰路につくあすみが居た。


あすみ(嫌だ帰りたくない、あの家はもう嫌だ)

あすみ(嫌だ、汚い、どいつもこいつも汚い、死ねばいいのに、死ねばいいのに)


 あすみの目の前を楽しげに会話して歩く同級生が通る。


あすみ(死ね)

あすみ(どうして私はこんなに辛いのに、あいつ等はあんなに楽しそうなんだ)

あすみ(あいつ等だけじゃない、お父さん……いや。あの男も)

あすみ(あの男は私が殴られている間も、私が汚されている間も、ずっと幸せに暮らしてたんだ)



あすみ(憎い憎い憎い憎い憎い妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい)



ジュゥべえ「よう、はじめましてあすみ! オイラの名はジュゥべえ!」

あすみ「!」

ジュゥべえ「オイラと契約して魔法少女になってくれ!」

あすみ(幻覚?)


あすみ(夢でも見ているのだろうか? とうとう頭がおかしくなったのだろうか?)

ジュゥべえ「というわけで! 魔女と契約すれば願いを叶える為の力が手に入るんだ! 悪い話じゃないと思うぜ?」

あすみ(でも)

ジュゥべえ「な、なにかないか? どんな願いでも叶うとは言わねぇけど、大抵の願いなら何とかなると思うぜ?」

あすみ(悪魔でも幻覚でもなんでもいい)

ジュゥべえ「お、おーい? あすみ?」

あすみ(その魔女の力は魅力的だ)

あすみ「他人を不幸にする力が欲しい」

ジュゥべえ「え!?」

あすみ「私の心を踏みにじって幸せを満喫している奴等全員を! 私と同じところまで引き摺り下ろす力が欲しい!!」

ジュゥべえ「……そ、それが願いなのか?」

あすみ「うん」

ジュゥべえ「え、えーっと……それじゃあこの魔女が適任かな?」


 ジュゥべえが何かを取り出した途端。
 展開された魔女の結界が、あすみを吸い込んだ。


 結界の中。
 オーロラのようなサイケデリックな景色が煌めき。無能な鳥頭の男達が踊り狂う魔の空間。
 丸テーブルのような移動する足場にあすみは立っていた。

 果ての見えぬ天上から吊り下げられた鉄の鳥籠に、女性の足だけが入っているような魔女とあすみは相対していた。


あすみ「……これが魔女?」

ジュゥべえ「ああ、あすみのパートナーがこの魔女になるかどうかはまだ決まってねぇけど……おっ!」


 あすみの前に光を放つ緋色のソウルジェムが現れ、あすみの手に収まる。


ジュゥべえ「契約は成立だぜ、あすみは選ばれた。それがあすみの新しい力だ……!」

あすみ「この力を使えば、私を苦しめていた奴等に復讐できる?」

ジュゥべえ「造作もないだろうぜ」

あすみ「誰にもバレることなく?」

ジュゥべえ「もちろん」

あすみ「そう……ふふふ」

あすみ「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」


 結界の中に、あすみの高笑いが木霊した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ヴェールのように明るい空を見上げ、あすみは思う。


あすみ(私は選ばれた、魔女に、力に)

あすみ(私には汚い奴等を断罪する力がある)

あすみ(死ね、みんな死ね。私より幸せな奴は全員死ね)

織莉子「そういえば佐倉さん、いえ今は鹿目さんだったかしら?」

あずみ「!!」

織莉子「明日様子を見てみましょう? それで場合によっては私も対応を変えるわ」

あすみ「……はい」


 見滝原中学、昼休み。
 魔法少女会議として、まどか、ほむら、杏子、マミの4人が屋上に集まり、弁当を広げていた。


まどか「そういえばマミさん、杏子ちゃん。ずっと気になってたんだけど」

まどか「キュゥべえや織莉子さんの言う、予選や本戦って一体なんですか?」

マミ「うーん、実は私もよく知らないのよね。ただこの前のように、私闘や交戦が認められるのはサバトの予選期間中だけ。
    そして偉大なる魔女をパートナーにするための戦いは、本戦が本番っていうのは聞いたわ」

杏子「あー、あたしもそれぐらいしか聞いてないな。あいつ等それ以上のことはしゃべらねーんだもん」

ほむら「それさえ聞ければ十分よ」

まどか「ヒュアデスは何か知ってるのかな……」

マミ「さぁ、でもキュゥべえ達からなにかを聞いた可能性は低いわね。あくまで中立らしいし」

杏子「それなんだけどさー、あいつ等本当に中立なの? 本当はどっちかに贔屓してるんじゃない?」

まどか「きょ、杏子ちゃん……」

ほむら「それと、最近ヒュアデスは何もしてこないわね」

マミ「ええ、ここまで静かだと逆に不気味ね……」

まどか「杏子ちゃんなにか知らないの?」

杏子「悪いね、知らないわ。あたしは織莉子に信頼されてなかったからね。毎回作戦もギリギリになって知らされてたし」

ほむら「そういえば聖カンナという奴も同じようなことを言ってたわ」

杏子「カンナか……、あたしもほとんど会ったことないんだよね。あいつは織莉子とは別の意味でイカレてる」

まどか「その人も杏子ちゃんみたいに味方になってくれるかな……?」

ほむら「それはありえない」
杏子「それはありえねぇ」

ほむら「勘だけど、彼女はそういう人間じゃない」

杏子「意見が合ったなほむら、確かにあいつはそういうタマじゃねー」

杏子「あいつは、織莉子やあすみとは別の理由で人類の滅亡を望んでる」


 放課後、通学路にて。
 仁美と杏子とほむらとまどかの4人は並んで帰路についていた。


仁美「さやかさん、今日は一緒ではありませんわね」

まどか「何があったんだろう……。昨日からちょっと変だよ」

ほむら「気に掛けることは無いわ、どうせ大したことのないことよ」

仁美「そうだといいんですけど……」

杏子「……」

仁美「それでは私はこの辺にて」

まどか「うん、ばいばい」

ほむら「……嫌な胸騒ぎがする。一応今日は家まで送るわ、まどか」


 3人になり、鹿目邸の近くの道へ来たとき。
 2人は現れた。


ほむら「……やはり来たわね」

織莉子「ふふふ、御機嫌よう。暁美さん、鹿目さん」

あすみ「……」

杏子「あすみ……」


 あすみはぶつぶつと何かを呟きながら、じっとりと湿った目でギロリとまどかを睨みつける。


まどか「ひっ……!」

織莉子「ふふふ、連れないじゃありませんか佐倉さん……いえ、杏子さん? 仲間でしたのに黙って居なくなるなんて……」

杏子「白々しい。なんでもお見通しのあんたのことだから、最初から全部わかってたんだろ」

あすみ「まどか、まどかぁああああああ!!」

まどか「っ!!」

あすみ「交戦だ! 受けろ!!」

まどか「う、うん……わかった」

ほむら「怯えないで、あなたには私が付いている」

あすみ「広範囲オーバーソウル! 結界!!」


 残された杏子と織莉子。
 織莉子はにこやかに語りかける。


織莉子「さぁ、私達も始めましょうか」

杏子「……嫌だね、誰があんたみたいな奴と」

織莉子「あら、それは残念。それではあすみちゃんの方へ加勢しましょうか」

杏子「……やめろ」

織莉子「それじゃあ、やることはわかりますよね?」

杏子「広範囲オーバーソウル、結界」


 2度目になるあすみの結界。
 サイケデリックな空間に丸テーブルのような足場が点々と存在している。


あすみ「よくも、よくも……」

まどか「……」

キュゥべえ「お互いの同意を確認、交戦を許可するよ」


 まどかとあすみは同時に変身する。


あすみ「オーバーソウル! ロベルタ!!」

まどか「オーバーソウル! ホムリリィ!!」


 景色の流れる夜のハイウェイの結界。
 杏子と織莉子は変身してお互いに向き合っていた。


杏子「……」

織莉子「遅いですね、インキュベーター」

ジュゥべえ「はぁっ、はぁっ! お、お待たせ! ちょ、ちょっと用事があってな」

織莉子「それでは行きますよ、杏子さん」

杏子「ああ、きな……!」

ジュゥべえ「お互いの同意を確認! 交戦を許可するぜ!」


 結界の中。紫の炎を灯す弓を持ち、紫の光の翼を両肩から生やしたまどかがあすみがぶつかり合う。
 翼の光を放つ推進力で移動するまどかに、あすみは強化された脚力だけでぴったりと張り付いている。

 あすみは容赦なくモーニングスターを振う。
 連続して襲ってくる暴力の権化を、まどかは光の翼で防ぎ続ける。


あすみ「死ね、死ねぇ! 死んでしまえ!!」

まどか「っ!!」

あすみ「この雌豚が、ビッチが、娼婦がッ!」


 あすみの振るったモーニングスターが翼に直撃したとき。
 片翼はガラスのように砕け散った。


あすみ「あはぁ! そう、そのオーバーソウルも無敵じゃないんだね! 思いっきり殴れば砕ける、当たり前か!」


 あすみは砕けた翼側からさらに追撃を仕掛けようとする。
 まどかは片翼だけでどうにかあすみから距離を取り追撃を避けると、砕けた翼を再構成する。


あすみ「ちっ、防がれるの以上にウロチョロされるがムカつく!」

まどか「くっ、スプレットアロー!!」


 まどかはあすみへ向けて、桃色の光の矢の散弾を放つ。
 あすみは……。


あすみ「がっ!!」

まどか「!?」


 反応が間に合わず直撃した。
 しかし魔力で肉体を強化しているのか、傷は浅い。その上全く怯む様子が無い。


あすみ「死ぃねぇ!!」

まどか「……」


 ハイウェイの結界の中。
 杏子は血の混じった空気を咳き込みながら、汚れ1つない織莉子を睨みつける。
 杏子には打撲のような痣が、露出した素肌の至る所にあった。


杏子(つ、強い……!)

織莉子「そんな怖い顔をしないで。降参なら受け付けますよ」

杏子「ざ、けんな! 誰が!!」


 杏子はショートワープで織莉子の頭上に回るが。
 突き立てられた槍は突如現れた魔力球に防がれる。
 同時にまるで出待ちでもしていたかのように、杏子の左右から魔力球が放たれる。

 ゴキリ、と骨が砕ける音がした。


杏子「が、ぁ……」

織莉子「ごめんなさいね」

杏子(まただ……、こいつの固有武器はこの水晶で間違いないんだろうけど)

杏子(なんなのよ、こいつのオーバーソウルは……!!)

杏子(ほむらみたいな察知や予測じゃない、まるで初めからどうなるかを知ってるみたいな!)

杏子(そして、一番恐ろしいのは……)

織莉子「どうしました? 次はこちらから行きますよ」

杏子「ぐっ!!」


 放たれた3つの魔力球を杏子はショートワープで織莉子の背後に回って回避するが。
 またしても出待ちしていたかのような1つの魔力球が、杏子へ放たれる。

 杏子は槍を盾にして防御しようとするが。


杏子「かっ!!」


 蛇のように曲がって軌道を変えた魔力球が杏子の腹を捉える。


杏子「が、ぐぇ……げぼっ!」


 杏子はその場に吐瀉物を吐いて、咳き込む。
 その様子を見下ろした織莉子が悠々と近づいてきた。


杏子(また、まただ……!)

杏子(ただの未来予知じゃない、こいつは過程を捻じ曲げてあたしに攻撃を当ててきやがる!)

織莉子「まだ、やりますか?」

杏子「……とーぜんだよ、この程度なんでもないね!」

織莉子「……憐れな子」


 まどかとあすみは相変わらず膠着していた。
 いや、状況は徐々にまどかに有利になっていった。
 まどかが逃げ回り、時々矢を放ち、怒り狂ったあすみは反応が間に合わず矢が直撃する。

 桁外れた魔女の魔力で肉体を強化しているので決定打にはならないものの、
 少しずつ、体力が削られていく。


あすみ「はぁー、はぁー!!」

まどか「……わからないよ」

まどか「あすみちゃんは一体何にそんなに怒っているの?」

あすみ「ふっざっけんな……、お前がそれを聞くか……!」

あすみ「杏子お姉ちゃんを返せ! まどかぁあああああああああああああ!!」

まどか「っ!!」


 杏子は倒れた。
 骨折数ヶ所、粉砕骨折1ヶ所、打撲は数えきれないほど。

 むしろここまで立っていたのが不思議なくらいだ。

 肩で息をする織莉子が、憐憫と罪悪感の篭った目で杏子を見下ろす。


織莉子「はぁ、はぁ……。やっと、倒れてくれましたか……」

織莉子「よく頑張りましたよ貴女は。絶望を目の前にしながらここまで戦い抜いたことは素直に賞賛させてもらいます」

杏子(ち、チクショウ……)

杏子(身体が動けない、足が立てない……)

織莉子「……最後に聞いておきます」


 織莉子はしゃがんで、杏子の顔を覗き込んだ。


織莉子「ヒュアデスに戻る気はありませんか? 貴女の家族も含めて、人々全てを救済しましょう」


 杏子はゆっくりと顔を上げると。
 血の混じった唾を織莉子の顔に吐きつける。


杏子「誰、が……戻るかよ」

織莉子「……残念ですね」


 織莉子は杏子の胸元のソウルジェムを取った。


織莉子「ここまで痛めつけてごめんなさい、今この戦いの運命から解放して差し上げます」


杏子(チクショウ、こんなところで終わりかよ)

杏子(こいつの気まぐれであたしの夢は終わるのかよ)

杏子「ちく、しょう。助けてくれ、誰か」



「だりゃあああああああああああああああああああああああああ!!」



織莉子「!?」


 突如現れた青い閃光が横薙ぎに織莉子の手を掠め、杏子のソウルジェムが宙を舞った。


「ゲットぉ!!」


 片手でソウルジェムを取ると、青い影はスタリと着地する。


杏子「テメーは……」

織莉子「くっ……! 何者ですか!!」

さやか「通りすがりのさやかちゃんだぁあああああああああ!!」

ジュゥべえ「杏子は直前で救援要請をしていた、さやかの乱入を許可するぜ!」


 杏子とまどかが交戦する少し前。
 さやかは一人学校から帰っていた。


さやか「……」


 『所詮、部外者』。
 杏子の言ったその言葉がずっと胸に引っかかっていた。


さやか「……」

さやか「あれは、恭介……?」


 自分の想い人が一人下校していた。
 恋敵の仁美はまどか達と一緒に帰っている。


さやか「抜け駆け、しちゃおっかな」

さやか「ははは、抜け駆けも何も一緒に下校とかいつもやってたことじゃん」

さやか(そういえば、サバトとかいうのに関わってから恭介とは一言も喋ってなかったな……)

さやか「戻ろう、あたしは日常に」


――どうせ自分がいくら心配しようと、彼女達とは同じ立場に立つことすらできないんだから

――だったら自分は全てを忘れて日常に戻ってしまえばいい

――全てを、忘れて……


さやか「できるわけ、ないでしょ……!」

さやか「友達が命懸けで戦ってるっていうのに!!」

さやか「どうしてあたしには、あたしには……」

さやか「……」

さやか「!!」


さやか「ジュゥべえ! ジュゥべえ!!」

ジュゥべえ「なんだよ、ってなんださやかか……」

さやか「居るんでしょ! 聞こえてるんでしょ!!」

ジュゥべえ「魔法少女以外にはオイラ達インキュベーターは存在を認識できないっての」

さやか「魔法少女の素質の無い人には姿が見えないんだってね、あんた達……!」

ジュゥべえ「……」

さやか「でも、あたしは一度あんたの姿を見ている! あんたの声を聞いている!!」

ジュゥべえ「!?」

ジュゥべえ「そんな……、いや、そういえば……あの時か!!」


 それはマミと一緒に初めて呉キリカに襲撃されたあの後。
 さやかは確かにマミやまどかと一緒に説明を聞いていた。


さやか「正直に答えて! あたしには本当は素質があるんでしょ! 魔法少女になれるんでしょ!?」

ジュゥべえ「しまった、どうしよう。キュゥべえさんに怒られる……!」


 ジュゥべえは渋々さやかに姿を見せる。


さやか「!!」

ジュゥべえ「確かにさやかには素質はあるぜ」

さやか「そ、そうなの! だったら!!」

ジュゥべえ「だ、駄目だ駄目だ! 魔女と契約する資格があるのは絶望に飲まれた者だけなんだい!! さやかは絶望に……飲まれて、るな……一応」

さやか「!!」

ジュゥべえ「だ、駄目だ! 今更魔法少女を増やしちゃルール違反になる!」

さやか「そんなルール捻じ曲げてみせる!!」

ジュゥべえ「そ、それにもうほとんどの魔女はグレートスピリッツに戻った! もうロクな魔女は残ってないぞ! 今更契約したってまともに戦えるわけないぞ!!」

さやか「それでもいい、あたしにまどかの隣で戦う資格をちょうだい!!」

ジュゥべえ「……っ」

ジュゥべえ「あああーーーもうっ!! 選ばれるわけないからなっ、そんな浅い絶望じゃ!!」


 ジュゥべえは何かを取り出すと、結界が展開した。


 そこは西洋の神殿のような魔女の結界。
 円柱がそびえ、足元には霞の様な白い霧が立ち込めている。

 そこにいたのは巨大な甲冑のような魔女。
 両腕は鋭い刃と化し、古代ギリシャのように女性用のキトンを纏っている。


さやか「……強そうじゃん」

ジュゥべえ「見た目はな、魔力値はほむら以下の550だ」


 魔女はさやかとジュゥべえが現れても微動だにしない。


さやか「ねえ、お願い。一緒に戦って」

さやか「あたしは、馬鹿だからすぐ死んじゃうかもしれない。無茶に走って逆に皆の足を引っ張っちゃうかもしれない」

さやか「それでも、あたしは友達を助けたいの! 事情を知ってるのに見てるだけなんて嫌なの!!」


 魔女がギョロリと目を開く。
 そして光り輝く宝石がさやかの前に出現した。


さやか「これって……」

ジュゥべえ「契約は成立だ、さやかは選ばれた」

ジュゥべえ「受け取るといい、それがさやかと運命を共にする力だぜ」

さやか「あ、ありがとう!」


 光り輝く水色のソウルジェムがさやかの手に収まった。
 結界が晴れていく。


 さやかとジュゥべえは校庭に佇んでいた。


ジュゥべえ「むっ、交戦だ! オイラも行かないと!」

さやか「!!」

さやか「ま、待って! この子の名前は!?」

ジュゥべえ「バージニア! 性質は高潔だ!!」


 それだけ言ってジュゥべえは消える。


さやか「よし! それじゃああたし達も行こう、バージニア!!」


 織莉子の攻撃によって幾つものクレーターのできたハイウェイの結界の中。
 織莉子と剣を構えたさやかは向かい合っていた。


杏子「おい、さやか……。あんた」

さやか「勘違いしないでよね! あんたの方に助けに入ったのは、あんたの方が弱そうだったからだよ!!」

さやか「まどかはね! あたしなんかが助けに入らなくても大丈夫なくらい強いんだから!!」

杏子「く、くくく……そうだな」

織莉子(くっ、未知の戦力だなんて。見落としていた? いえ、そんなはずは無い。それにあの様子まさか……)

織莉子「えーと、さやかさん? 貴女もしかして契約したばかりですか?」

さやか「そーだよ、文句あっか!! こんな格好に変身したのも初めてだよ!!」

織莉子「……参考までにお聞きしますが、何を願って契約したのですか?」

さやか「友達を助ける力が欲しい、だよ」

織莉子「……ふっ」

さやか「?」

織莉子「ふふふ、はははははははははははっ」

織莉子「本当に面白いですね、貴女達は!」

織莉子「いいでしょう、杏子さんのソウルジェムは貴女に預けます。続きは是非本戦にて」

さやか「あ、ちょ、ちょっと!?」

織莉子「いじめっ子は大人しく退散させていただきますよ」

杏子「……」

ジュゥべえ「異論は無いようだし交戦を終了するぜ」


 魔法少女同士の戦いの勝敗は魔女の魔力や、魔法少女の巫力だけでは決まらない。
 段階の高い戦いになればなるほど、精神的要素が重要になってくる。

 それをありありと体現するように。
 まどかはあすみの激情に飲まれていた。


あすみ「こ、のぉおおおおお!!」

まどか「!!」


 あすみが魔力を注いで巨大化させたモーニングスターを思いきり振るうと。
 ガードしたまどかの両翼は粉々に破壊される。


あすみ「ああ!!」

まどか「っ!!」


 あすみは武器を投げ捨て、まどかの胸倉を掴んで押し倒す。
 あすみはまどかに馬乗りになり、まどかの両腕を足で押さえつけ。
 まどかの顔面を拳で殴りつけた。


まどか「ぁっ!」

あすみ「この! この! お前さえ、お前さえいなければ!!」


 あすみは小さな拳でまどかを何度も何度も殴りつける。
 その表情は怒りと嫉妬に歪んでいた。


あすみ「はぁー、はぁー!」

まどか「……っ」

あすみ「ふ、ふふふふ……終わりだ、まどかぁ……」


 あすみはモーニングスターを作り出すと。
 振り上げる。


あすみ「死、ね……!」


杏子「やめろ、あすみ!!」

さやか「ちょっと、あんた!!」

あすみ「!!」


 今まさに振り降ろそうとした瞬間。
 結界の中に杏子とさやかが入ってきた。

 あすみとまどかの様子を見ると、杏子は顔を顰める。


あすみ「杏子、お姉ちゃん……?」

杏子「あすみ、またお前は殺す気でやってんのか……」

あすみ「あははは、ちょっと待っててね杏子お姉ちゃん。今こいつ殺すから」

杏子「やめろ……」

あすみ「杏子お姉ちゃんは騙されてるんだよね、もしくはきっと無理やりやらされてるんだよね。だってこんな幸せな奴に靡くわけないもん」

あすみ「今、解放してあげるから……」

杏子「やめろって言ってるだろ!!」

あすみ「!?」

杏子「そいつ殺してみろ、あたしはお前を斬るぜ」

あすみ「あ、あはっ……。杏子お姉ちゃん、冗談だよね……?」


 あすみはふらふらと立ち上がり。
 涙をいっぱい溜めた目で杏子を見つめる。


あすみ「杏子お姉ちゃんは、あすみの味方だよね?」

杏子「……っ」

杏子「違う」


あすみ「!?」

杏子「ヒュアデスには端から裏切るつもりで入った、マミみたいなライバルを減らしたら、すぐ抜けるつもりでね」

杏子「あたしは人間を滅ぼすつもりも、世界を終わらせるつもりも無い」

杏子「あたしは初めからあすみの敵だったんだよ」

あすみ「!?」

あすみ「……」

あすみ「あはっ、あはははは」



あすみ「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」



 あすみは頭を抱え。
 歪んだ表情で、泣きながら高笑いをした。


あすみ「馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい、馬鹿みたい!!」

あすみ「これが、これが世界か! これが人間か!!」

あすみ「やっぱりあすみの、私の味方なんてどこにも存在しなかった!!」

あすみ「決めた。やっぱり私は世界を終わらせる、偉大なる魔女を使って!!」

さやか「……っ!」

杏子「……」

あすみ「キュゥべえー。終了の宣言を」

キュゥべえ「まどかもそれでいいね?」


 まどかはコクリと頷いた。


キュゥべえ「それじゃあ交戦を終了するよ、お互いに変身を解いてくれ」




今日はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。


まどか「もしもし、パパ? どうし――

まどか「そんな! だって!」

あすみ『あ、もしもしー♪』

あすみ『あなたの弟は預かった、返して欲しかったら見滝原センタービルの屋上に来てね』

 まどかは携帯を取り出すと、耳に当てて通話する。

まどか「本当に、あれでよかったのかな……」

あすみ『それじゃあ、弟の画像はメールで送るねー!』

 まどかが呆然と立ち尽くすと、すぐにメールが来た。

さやか「よかったんだよ、まどかの決めたことなんだから」

 そこには眠っているタツヤの写真が添付されていた。
まどか「!!」


あすみ『知ってた? 魔法少女以外を同意なしで襲うのはルール違反じゃないんだよ?』

まどか「!?」

あすみ『はじめまして、まどかお姉ちゃん。ヒュアデスでーす』

まどか「……あ、電話。パパからだ」

まどか「!? だ、誰……?」

杏子「やめろって言ってるだろ!!」

杏子「あすみ、またお前は[ピーーー]気でやってんのか……」

杏子「そいつ殺してみろ、あたしはお前を斬るぜ」

 涙をいっぱい溜めた目で杏子を見つめる。

さやか「ちょっと、あんた!!」

杏子「ヒュアデスには端から裏切るつもりで入った、マミみたいなライバルを減らしたら、すぐ抜けるつもりでね」

 歪んだ表情で、泣きながら高笑いをした。

あすみ「!?」

 あすみはふらふらと立ち上がり。

杏子「やめろ……」

杏子「あたしは人間を滅ぼすつもりも、世界を終わらせるつもりも無い」

あすみ「!?」

杏子「違う」

あすみ「!!」

杏子「……っ」

あすみ「やっぱりあすみの、私の味方なんてどこにも存在しなかった!!」

あすみ「あはっ、あはははは」

杏子「……」


 夜。ほむらの自宅。
 シャワーを浴びたほむらが身体を拭きながら浴室から出る。


ほむら(まどかは確実に強くなっている)

ほむら(オーバーソウルとか言う魔法も、武器も使いこなし始めている)

ほむら(でも)

ほむら(まどかはヒュアデス相手には一度も勝利できていない)

ほむら(このままで大丈夫なのかしら)

カンナ「お悩みかい、Msほむら」

ほむら「……不法侵入の上に出歯亀なんて感心しないわね」


 そこにはいつの間にかカンナが佇んでいた。
 カンナは目を細め、ニタリと粘着質に笑いかける。

 ほむらは意にも介さず、パジャマを着始めた。


カンナ「お悩みを当ててあげようか? ズバリまどかはなぜ勝てないのか」

ほむら「……」

カンナ「マギカファイトでは魔法少女の巫力、すなわち素質と、魔女の魔力だけで決まるわけじゃない。それを使いこなすには魔法少女のSpiritが重要になってくる」

カンナ「まどかの心はあすみの心に負けたというわけさ」

ほむら「そう、わざわざ教えてくれてありがとう。それで、用件はそれだけかしら?」

カンナ「まさか。これから世にも残酷で目も覆いたくなるような真実を君に伝えておこうと思ってね」

カンナ「まどかのことなんかどうでもよくなるくらい、ね」


カンナ「さて、その前にもう一度自己紹介をしておこうか。私の名は聖カンナ、そして」

カンナ「もう1つの名は、ズライカ」

ほむら「……」


 カンナは恍惚とした表情で、ほむらに向けて手を広げた。


カンナ「ほむら、私は君と同じ魔女人間なんだ」


ほむら「……あなたも別の世界線から召喚されたのかしら?」

カンナ「いやいや、違うね。私が生み出されたのはもっと身勝手な理由さ」


 カンナは持っていたスマートフォンをほむらへ投げつける。
 ほむらが受け取って画面を見ると。
 そこにはアメリカで起きたとある事件のニュース記事が表示されていた。


カンナ「カリフォルニア、カウボーイごっこ中の子供たち、銃の暴発事故」

カンナ「死者2名、負傷者1名。生き残った少女の名は聖カンナ、そしてトリガーを引いた少女の名も聖カンナなのさ」

カンナ「カンナは幼いながらに罪を背負い、笑顔を捨てた」

カンナ「後悔しない日は無かった、贖罪の祈りを捧げ続けた」

カンナ「もしも、と考えた」

カンナ「もしもあの事件が無かったら、自分はどれだけ幸せで、楽しい人生であったのか」

カンナ「そんな空想と夢の世界を彷徨っていたとき、キュゥべえが現れた」

カンナ「カンナは望んだよ。自分の『if』の存在が欲しいと」

カンナ「カンナはもしも事件が起こらなかったらの架空の自分を作り上げ、自分の身体に入れた。それが私の性質、妄想のオーバーソウル。空想の現実化」

カンナ「何も知らない私は大層幸せに暮らしたよ。友達もいた、家族もいた」

カンナ「でもある日、気づいてしまった。自分がオーバーソウルによって作り上げられた架空の人格であることに。そして」


 カンナの表情が憎悪に染まる。


カンナ「あいつが夜な夜なオーバーソウルを解いて、私を観察して楽しんでいることにね!!」


ほむら「……」

カンナ「笑えるよ! 自分の正体が他でもないただの妄想であることに、
     自分の親は物も考えられぬただの化け物だったと気付いた時の感動は一塩だった!!」

カンナ「だから私はジュゥべえに願った。私が私になる力が欲しいってね」

ほむら「カンナを殺したの?」

カンナ「そうしたいところだったけどね、残念ながら私はオーバーソウル。カンナの魂から巫力が与えられないと消えてしまう」

カンナ「だからあいつの自我を雁字搦めに封印して、魂の奥底に沈めてやった」

カンナ「この身体は、聖カンナの名前は私の物だ……!」

カンナ「けれどね、それじゃあまだ足りない。身体と名前を乗っ取った所で、私はしょせんニセモノ」

カンナ「だから」


 カンナの表情が歪んだ笑顔に染まる。


カンナ「普通の人間全てを消す、そうすれば魔女人間がホンモノだ」


ほむら「そう、あなたの事情は分かったわ。でも」

ほむら「私には何一つ関係の無い話ね」

カンナ「あるんだよほむら、私達にはね」

ほむら「あなたと一緒にしないでくれるかしら?」

カンナ「Woo、連れないこと言うなよ。この世でたった二人の魔女人間だろう?」


 カンナは目を見開き、ほむらの顔に近づけ囁きかける。


カンナ「君は知らないだろう? 私以外にも魔女人間は居ると知った時、私がどれだけ喜んだのか。サバトが開催されてからはずっと君について調べていたよ」

ほむら「光栄ね」

カンナ「くくくく、そしてわかった。君は」

カンナ「私と同じ、ツクリモノだ」

ほむら「……」


カンナ「インキュベーターから情報を聞くのには苦労したよ、あいつ等やたら口が堅いからね。でもある時、ジュゥべえが口を滑らせた」

カンナ「ほむら、君は狂った因果律の原因を調べるために、異世界から写し撮られたコピー人格であるとね」

ほむら「……」

カンナ「君が前に居たと錯覚している世界では、魔女はアンコントローラブルな物なんだろう?
     そんな存在に魔法少女のパートナーなんて勤まる訳が無い。君の記憶も、人格も、感情も!
     全ては異世界の暁美ほむらのコピーに過ぎないんだ!! 君の正体はグレートスピリッツから吐き出されたただの怪物なんだよ!!」

ほむら「そう……」

カンナ「……」

ほむら「……」

カンナ「へ?」

カンナ「そ、それだけ!?」

ほむら「なんとなく、そんな気はしてたわ。
     私は一度死んだのに、もう一度生を与えられるなんて都合が良すぎる。そんなに清く生きた覚えも無いのに」

カンナ「……っ!!」

カンナ「悔しくは無いのか!? 身勝手に作り出されたことに!! 絶望はしなかったのか!? 自分がツクリモノだと気付いたことに!!」

ほむら「カンナ、私はあなたと違って1つだけホンモノを持っている」

ほむら「まどかを助ける、まどかを救う。この約束だけは、私がツクリモノだろうと化け物だろうと果たしてみせる」

ほむら「それが私の答え、私の道標」

カンナ「……っ」

カンナ「まどかだな……」

カンナ「まどかさえ居なくなれば、ほむらは私の物なんだな!?」

ほむら「かもしれないわね、でもそれはありえない」

ほむら「私が居る限り、まどかは死なないもの」

カンナ「……本戦、楽しみにしてるよ」


 そう言うと、カンナはひったくる様にほむらからスマートフォンを奪い取り。
 その場から消えるように居なくなった。


 深夜。見滝原ビル、屋上にて。
 キュゥべえとジュゥべえは隣り合わせに座っていた。


キュゥべえ「さやかの件はやってくれたねジュゥべえ」

ジュゥべえ「ご、ごめんなさい!」

キュゥべえ「まぁ、予選前だったからよかった。さやかが加入してもさして大きな問題は無い」

キュゥべえ「そして、そろそろいい塩梅だ」

ジュゥべえ「と、いうことは……」

キュゥべえ「うん」

キュゥべえ「サバトの予選を開始する」


 その日。見滝原に居る全ての魔法少女の夢の中に。
 インキュベーター達の報告が駆け回った。


 曰く。
 予選の内容とは。
 インキュベーターと交戦し、一定時間内に一撃当てること。

 この予選の失格者は、則脱落とする。

 


 次の日の放課後。
 河川敷にて3人の魔法少女と1人の魔女と元魔法少女が集まっていた。

 5人は思い思いの表情だが、さやかの表情が暗い。


マミ「そう……、まさか予選の内容がキュゥべえ達と戦うことだったなんて……」

さやか「どーしよー。あたし予選落ちしちゃうかも……」

マミ「そうならないように今日はみっちり鍛えてあげなきゃね」

まどか「えへへ、なんだかさやかちゃんテスト前みたい」

さやか「そうそう、前日に一夜漬けってね……っておい!」

マミ「まず私が美樹さんに魔法少女の基礎から教えるから、先に鹿目さんと佐倉さんは2人で模擬戦をしていてちょうだい」

まどか「はい!」

杏子「ん、おう……結界」


 銀色の閃光が奔ると、まどかと杏子がその場から消失した。


 残された2人。
 さやかに対してマミはこほんと1つ咳払いをして指導する。


マミ「さて、美樹さん。昨日はいきなり魔法少女には変身できたのよね、筋がいいわ」

さやか「ありがとうございます!」

マミ「それじゃあ次はオーバーソウルなんだけど、これって魔女との信頼関係が無いと成立しないのよね。
    まず魔女と対話することから始めましょう。急がば回れってね」

さやか「はい! えーと……」

さやか「……」

マミ「……」

さやか「あたしみたいな下賎者と会話する口は持たないそうです」

マミ「……重症ね」


 結界の中にて。
 まどかと杏子の戦いはすでに決着がついていた。
 膝をつく杏子に、まどかは弓を引き絞る。


杏子「ははは、やっぱり強いね。まどか」

まどか「今日の杏子ちゃんなんだかおかしいよ、全然気持ちがこっちに向いてない」

杏子「……バレてたか」

まどか「あすみちゃんのこと?」

杏子「それもあるけどさ、いざサバトの本番が始まるとちょっと迷っちゃってね」


 杏子はポンポンと服に付いたほこりを払うと、立ち上がる。


杏子「あたしはさ、中途半端なんだよ。マミやあんたみたいな正義の味方でもない、織莉子みたいな悪党でもない。どっちつかずの立ち位置」

杏子「こんなあたしに本当に願いを叶える権利なんかあるのかって思ってね」

まどか「……」

まどか「願いはね、叶えたいと思ってる人が叶えるんだよ」

まどか「杏子ちゃんが家族を戻したいと願っているなら、きっとちゃんと叶える権利はあるよ」

杏子「そう、だな」

杏子(あすみ……)


 杏子は結界の中の、星の見えない夜空を見上げる。


杏子(あたしがお前の味方になっていれば、お前は世界の破滅なんて望まなかったのか……?)


 夜。まどかは自宅で布団に入ろうとした時。
 声に呼び出された。


キュゥべえ『まどか』

まどか「キュゥべえ……?」

キュゥべえ『時間だ、始めよう』

まどか「……」


 窓際に猫の様なシルエットが映る。


キュゥべえ『ついてきてくれ』


 人気のない公園。
 そこにはまどかを含めて3人と2匹が集まっていた。


まどか「ほむらちゃん、さやかちゃん!」

さやか「ん、まどか! まどかとほむらも一緒なの?」

ほむら「夜も遅いわ、眠る時間が無くなる前に始めましょう」

ジュゥべえ「ひひひ、余裕だな」

キュゥべえ「そうだね、じゃあ会場へ行こうか」

キュゥべえ「広範囲オーバーソウル! 結界!!」
ジュゥべえ「広範囲オーバーソウル! 結界!!」


 まどかとほむらは青い空の下の草原に居た。
 草の匂いを持った風が吹き抜ける。


まどか「すごく爽やかな結界だね」

ほむら「……」

キュゥべえ「さて、ルールを説明しよう。
        制限時間は10分、僕に一撃当てればその瞬間に合格とする。時間切れはすなわち失格だ、ソウルジェムを没収させてもらう」

まどか「一撃当てるって言っても……キュゥべえは大丈夫なの?」

キュゥべえ「大丈夫だよ、たとえば」


 キュゥべえは自分の足に噛り付くと。
 肉を毟り取る。


まどか「ひっ!!」


 しかしその傷ついた部分は見る見る再生していった。


 キュゥべえの結界とは対照的に、暗く、絵の具を垂らしたようなマーブル光が蠢く結界の中。
 ジュゥべえの傷が見る見る再生していく。


ジュゥべえ「と、こんな風にオイラ達はグレートスピリッツと常に繋がってるから、死なないし傷つかない」

さやか「……サバトとかってあんた達が出れば優勝できるんじゃない?」

ジュゥべえ「それじゃあ意味が無いんだよ、オイラ達じゃなくてあくまでさやか達魔法少女の戦いなんだから」



キュゥべえ「さあ、準備は良いね。まどか、ほむら」

まどか「うん!」

ほむら「いつでも問題ない」



ジュゥべえ「言っとくけど嘗めない方がいいぜ、サバトを取り仕切るインキュベーターの力をよ」

さやか「初めからあたしにそんな余裕ないよ!」

ジュゥべえ「じゃあ行くぜ!!」



キュゥべえ「予選開始! オーバーソウル! キトリー!!」
ジュゥべえ「予選開始! オーバーソウル! ウァマン!!」


 ・
 ・
 ・

 夜の無人の公園に。
 まどかとほむらとキュゥべえが現れる。


まどか「ふぅー、よかった。合格できた……」

キュゥべえ「おめでとう、まどか。これで君は本戦へ行く資格を手に入れた」

まどか「……キュゥべえってすごく強かったんだね」

ほむら「さやかはまだ来ていないようね」


 しばし後、さやかとジュゥべえが現れる。


さやか「はぁー、はぁー。よかった、ギリギリ間に合った……!」

ジュゥべえ「あんだけ派手に啖呵切って、結局予選で落ちましたじゃ話にならねぇもんな。とにかくおめでとう、さやか」

まどか「さやかちゃん!」

さやか「まどか!」

まどか「よかった合格したんだね!」

さやか「うん、大変だったよ。こいつのオーバーソウル、卑怯くさいのなんのって」

ジュゥべえ「おいおい卑怯とは心外だぜ。それに」

ジュゥべえ「あの程度の力に負けるようじゃ、本戦に出ても仕方ないもんな」

さやか「……うん、そうだね」

キュゥべえ「さて、予選はこれで終了だ。3人ともお疲れ様」

キュゥべえ「4日後の午後6時、またこの公園に来てくれ」

キュゥべえ「本戦を始める」

ほむら「……それまでに強くならないとね」

まどか「うん」


 夜、自宅にて。マミは一人思う。


マミ「今頃鹿目さん達はキュゥべえやジュゥべえと戦っているのかしら……?」


――戦いから解放されたと安堵する一方で

――少しだけ羨ましいなぁ、と思う


マミ「……」


 マミが魔法少女になったのは2年前だった。
 事故で両親を失い、親戚に引き取られた。

 虐待などはされなかったものの、当時人見知りだったマミは新しい家族に心が開けずにいた。
 そうしてマミと親戚はお互いに距離を保ったまま、よそよそしい生活が続いた。

 そんな所にキュゥべえが現れる。
 叶えたい願いは無いかと、魔法少女にはならないかと。

 叶えたい願いなどなかったが、魔女という秘密の友達には強く憧れた。
 そうして手に入れた秘密の友達は、花とお茶会を愛し、マミと同様に他人には心許さぬ人見知りだった。


 マミは魔女とキュゥべえと共に長い時間を共にした。
 親戚は目に見えぬ友達と会話するマミを酷く気味悪がった。

 ただメキメキと上達する紅茶とケーキの味は、認めざるを得なかった。



 そしてある時、マミは世界を救う正義のヒーローになる時が訪れた。



 それを与えたのは他ならぬ美国織莉子の契約と、ヒュアデスの発足である。


 


 マミのたった1人の戦いが始まった。
 まず1人の時間を増やすために、高校までの練習だと、親戚に無理を言って一人暮らしを始めた。

 当時はなぜそんな相手と契約したのかとキュゥべえを責めたが、
 自分は絶望に飲まれた者と契約を結ぶだけだ、魔女の力をどうするかは本人の自由だと言われると反論できなかった。

 ヒュアデスとの陰の戦いを続けた。
 お互いに情報を調べ合い、ただひたすらに自分の力とオーバーソウルを鍛え上げた。

 ある日、仲間ができた。


 佐倉杏子との出会いだった。

 


 事故に合って以来、マミに初めてキュゥべえや魔女以外の仲間ができた。
 佐倉杏子はヒュアデスの話を聞くと義憤に駆られ使命感に燃えた。

 曰く。
 「父さんが迷える人を救って、私が世界を滅ぼす奴等を止めて世界を救うんだ」と意気込んでいた。

 そんな純粋な正義感と情熱を。
 漠然と正義の味方をしていたマミは羨ましく思っていた。

 2人で研鑽を続けた。
 何度も戦って、己を磨き合っていた。

 しかし、そんな日々に終わりが来る。


 佐倉家の崩壊である。


 杏子はサバトの優勝に貪欲になった。
 マミを見捨て、ヒュアデスに入った。

 他の正義の味方を蹴落とすために、ヒュアデスの手の内を探るために。


 マミは再び孤独になった。
 残ったのは漠然とした使命感だけ。

 マミはそれにすがった。

 他人に心を許すことなく、ただひたすらにヒュアデスの打倒だけを目標に掲げた。


 そしてまどかと出会う。


 最初はその巫力の大きさに驚き、恐れた。
 彼女が敵に回ったらと思うと戦々恐々とした。

 また裏切られたら、と思うとなかなか心を許せなかった。


 そうして仲間に頼れぬうちに、マミは敗北し、脱落した。

 


 脱落して、心を許せる友を二人同時に失った時。
 マミの手に残ったのは……他ならぬ鹿目まどかだった。

 まどかはまどかを信じていなかったマミを信じてくれた、師と慕ってくれた。

 マミは杏子以来、ようやく心を許せる仲間を手に入れた。

 脱落して、冷静になった時。まどかを疑っていた自分が馬鹿らしくなった。
 あるいは自棄になった、残された希望はまどかだけだったので賭けに出たのかもしれない。

 半ば投げやりだったのだが、まどかが杏子をヒュアデスから取りかえした時は手を叩いて喜んだ。

 だが頼れる友人2人は、いつの間にか手の届かない存在になっていた。
 気が付いた時には2人ともかつての自分の力を超えていた。
 2人には少し後ろめたい気もしたが、それでも師であり続けた。

 そして、今に至る。


マミ「……今までずっと1人で戦ってきたのだもの」

マミ「これくらいのわがまま、言ってもいいじゃない」

マミ「ごめんなさいね、鹿目さん、佐倉さん」

マミ「もう少し、一緒に居させてね」


 4日後。
 公園には7人の魔法少女が居た。


織莉子「……」

キリカ「……」

カンナ「……」

あすみ「……」

まどか「大丈夫? さやかちゃん」

さやか「うぅ、キンチョーしてきた……」

杏子「……」

ほむら(ヒュアデスも1人くらい予選で脱落してくれれば、と思ったけど。甘い考えだったわね)

ジュゥべえ「よく集まってくれた、みんな」

キュゥべえ「さて」



キュゥべえ「本戦を開始しよう」


 




今日はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。


まどか「……っ」

杏子「おいおい、まさかこんな公園でおっぱじめようってんじゃないだろうな」

キュゥべえ「安心してくれ、ここは入口だ。会場はここじゃない」

キュゥべえ「さて、それじゃあ門を開くよ」


 キュゥべえがそう言うと。
 公園に空間の亀裂が現れる。
 青い光を放つそれは、異次元への扉そのものだった。

 促されるままに中に入ると。
 そこに居る誰もが息を飲んだ。


キュゥべえ「ようこそ」


 そこは宇宙だった。
 青い水の惑星がすぐ足元に広がっている。


キュゥべえ「グレートスピリッツの縁の地、ムー大陸へ」


さやか「な、なんなの! ここどこなの!? 大陸って……ここ宇宙じゃん!!」

キュゥべえ「ここは神の社、天国と言えばわかりやすいかな。本来は別の目的で使う場所なんだけど、サバトの間だけ間借りさせてもらってるよ」

杏子「はっ、地球の上だから天国だってか……!」

ジュゥべえ「まぁここも実際宇宙なわけじゃないんだけどな。重力も見えないけど床もあるし。
        あの地球もグレートスピリッツの記憶だし。キュゥべえさん、ここは神様の夢の中って言った方がわかりやすいんじゃねーか?」

キュゥべえ「どちらでもいいよ」

まどか「それで、あなた達はここ何をさせたいの?」

キュゥべえ「戦ってもらう」

さやか「!!」

まどか「!!」

ほむら「やはりね……」

キュゥべえ「と言っても、今ここでじゃない。今日やることはルール説明とトーナメント表の開示だけだ」


まどか「トーナメント……?」

キュゥべえ「まずルールを説明しよう」

キュゥべえ「試合形式は勝ち抜きのトーナメントだ。残念ながら君達は7人だからこちらでシードを1人決めさせてもらったよ」

キュゥべえ「君達は半径1kmの各ステージで戦ってもらう」

キュゥべえ「ルールは相手が降参するか、相手のソウルジェムを破壊すれば勝利」

キュゥべえ「降参の場合でも、こちらでソウルジェムを破壊させてもらうよ」

まどか「……必ず片方が脱落しちゃうんだね」

キュゥべえ「交戦は一日一試合、本戦期間中はいかなる場合も、本戦以外のソウルジェムや命を賭ける交戦と交渉は禁止」

キュゥべえ「試合に出ない魔法少女も交戦の様子はこちらから映像で見ることができるよ、そしてその日の交戦の無い魔法少女はここへ来る義務はない」

キュゥべえ「さて、ルール説明は以上だけど質問は?」

まどか「……」

さやか「はい、ステージって具体的にどういうの?」

キュゥべえ「プラントという地球の地形を模したフィールドだ。試合によって毎回プラントは変わるから注意してね」

キリカ「はいー、反則ってないの?」

キュゥべえ「一度試合開始の合図をしたら、乱入と降参した相手への攻撃以外は何をやっても構わない」

キュゥべえ「他に質問は?」

キュゥべえ「……無いようだね、それじゃあトーナメント表を開示するよ」

ジュゥべえ「本日のメインイベントだな、さぁ祈れ!」


 宇宙に光り輝くスクリーンが開示された。



          ┌─ 杏子
      ┌─┤
      │  └─ あすみ
  ┌─┤
  │  │  ┌─ カンナ
  │  └─┤
  │      └─ まどか
─┤

  │      ┌─ さやか
  │  ┌─┤
  │  │  └─ キリカ
  └─┤
      └─ 織莉子



カンナ「! ついてるね」

杏子(あすみ……)

あすみ「……」

織莉子「シードは嬉しいけど、初戦がキリカだなんて……」

キリカ「やれやれ、織莉子とは決勝で当たりたかったけど……上手くいかないものだね」

さやか(あたしが負ける前提かよ……!)

まどか「ほむらちゃん」

ほむら「大丈夫よ、まどか。誰が相手だろうと必ず勝って見せる」

キュゥべえ「さて、本日の予定は以上だ。明日の試合は午後の8時から、場所はまたここに集まってね。今帰りの門を開くよ」


 そう言うと青く輝く空間の亀裂が現れた。


 夜、杏子は布団に入ると。
 1人考え事をしていた。


まどか「杏子ちゃん?」

杏子「悪い、今夜は一人で考えさせてくれ」

まどか「……うん、おやすみ杏子ちゃん」

杏子(今までずっと目を逸らしてきたけど、あたしは本当に願いを叶えたいのだろうか)

杏子(あたしは父さんがまだ好きだ、それは間違いない。けど)

杏子(やり直したところで、あたしを魔女と言った父さんともう一度笑い合えるのだろうか)

杏子「……」

杏子(それはわからない、けど)

杏子(家族がバラバラになったままなんて、やっぱり嫌だ)

杏子「……」

杏子(あすみはどうして、家族を元通りにすることじゃなくて、人間の破滅を願うんだ?)

杏子「……馬鹿だな、あたしは。そんなのわかりきってることじゃねえか」


 次の日、土曜日の昼、美国邸。
 織莉子は薔薇の咲く庭園で、紅茶を飲んでいた。


織莉子「美国さん、ね……」


――美国さんはなんでも良くお出来になられるわね
――良家の方なんですもの、あれくらい普通なんでしょ
――すごいわ、美国先輩
――さすが美国先生の娘さんですな、品のある美しい子だ

――美国さん

――美国議員の娘
――何不自由ないお嬢様
――なんでもこなす完璧な人間
――優秀なのは当然
――美国だもの


織莉子「……」


――クスクス、よく学校に来られますわね
――ずぶとい人ね、我が校の質が落ちてしまうわ
――盗人猛々しいってこのことを言うのね

――先生はお会いにならないといっています、あなた自分の立場をわかっておられないんですか?
――選挙も近いというのに不正議員の娘なんかに纏わりつかれたら堪らないでしょう


織莉子「……」


――お父様が死んだとき、私は全ての人から見放された

――救世でも破滅でもなんでもよかった

――私は私の生きる意味を知りたかった、生きる為の使命が欲しかった


織莉子「ねぇ、私の魔女。私の片割れ」

織莉子「貴女はまだ全ての人々を救済することが正しいと思ってるの?」

織莉子「……ふふふ、聞くまでもなかったわね」

キリカ「織ー莉子っ!」

織莉子「キリカ?」

キリカ「また1人で考え事かい? 悩みくらい私でよければいつでも聞くのに! 織莉子の声なら年中無休24時間受け付けてるよっ!」

織莉子「ふふふ、ありがとうキリカ」

織莉子「でも大丈夫、少し感慨に浸っていただけよ」

キリカ「そうかい、ならいいんだけど」

織莉子「キリカ」

キリカ「?」

織莉子「今まで、私についてきてくれてありがとう」


 振り返ったキリカはニッコリと笑い返した。


 河川敷、5人は集まる。


杏子「すっかりここもお馴染みになったね」

マミ「さて、佐倉さん。明日本戦のあなたはみっちり鍛えてあげましょう……と、言いたいところだけど」


 マミは寂しそうに笑う。


マミ「残念ながら私からあなたに教えられることってもう無いのよね」

杏子「まーいーよ、じゃあまどか、いつも通り模擬戦やるか」

まどか「うん!」

ほむら「問題ないわ」


 そう言うと杏子は結界を発動させ、まどかとほむらと共に消える。


マミ「……」

さやか「ま、マミさん! あたしは……」

マミ「そうね、じゃあ美樹さんは私とオーバーソウルの練習をしましょうか」


 しばし後。
 5人は座って昼食をとる。


さやか「うへー、あたしお弁当忘れてきちゃったよ」

マミ「ふふふ、そう思って。はい、美樹さん」


 マミはバスケットからランチボックスを取り出す。


マミ「サンドイッチ、多めに作ってきたの」

さやか「うはー、ありがとうございます!」

杏子「さて、まどか。これ食い終わったらもう一勝負やるか?」

マミ「ストップよ、佐倉さん」

杏子「なんでだよ」

マミ「あなた今日が本戦なんでしょう? 練習で巫力使い切ってどうするの」

杏子「あー、そういえばそうだったな……」

さやか「それじゃあまどか! あたしと勝負しよう!」

まどか「い、いいけど……。私、結界張れないよ?」

マミ「いえ、張らなくていいわ。いい機会かもね」

マミ「佐倉さんに見てもらったら? 同じ近接武器だから学ぶところも多いでしょうし」

さやか「えっ!? うぅ……」

杏子「なんだよ」

さやか「よ、よろしくお願いします」


 夜、公園。
 そこには6人の魔法少女と1人の魔女が集まっていた。


キュゥべえ「さて、集まったみたいだね」

キリカ「織莉子ー、カンナは?」

織莉子「他人の試合には興味ないんですって」

まどか「さやかちゃん、機嫌直して」

さやか「うっさい! なんで翼を封印したまどかにも勝てないんだよ!」

ほむら「戦闘経験と巫力の差よ、諦めなさい」

さやか「うー、巫力5万なんて不公平だぁーー!!」

杏子「……」

あすみ「……」

まどか「杏子ちゃん」

杏子「ん、なんだよまどか?」

まどか「大丈夫? お昼からずっと思いつめた顔してるよ」

杏子「……」

杏子「心配ないよ、ちょっと緊張してるだけだ」

まどか「うん、ならいいけど……」

キュゥべえ「それじゃあ門を開くよ」


 7人と2匹はムー大陸へと移動した。


 地球を足元に眺める宇宙空間。
 あすみと杏子以外の魔法少女達はそこに居た。


まどか「あれ? 杏子ちゃんは……?」

ジュゥべえ「あすみと杏子とキュゥべえさんは既にプラントの方へ移動してもらってるぜ」

ほむら「……」

ジュゥべえ「それじゃあモニタードン!」


 ジュゥべえはそう言うと、皆の目の前に巨大なスクリーンが現れた。

 あすみと杏子が石造りの建物の上で向かい合っている。



               第一試合
              杏子 対 あすみ

              プラント・廃都



 鉛色の空の下、砂埃が舞う石造りの建物の屋上。
 杏子とあすみは変身を済ませて向かい合う。


杏子「オーバーソウル、ギーゼラ」

あすみ「オーバーソウル、ロベルタ」


 それぞれの魔女がソウルジェムに収束する。


キュゥべえ「それじゃあ、試合開始!」

あすみ「はぁああああああああああ!!」


 試合開始と同時に、あすみはモーニングスターを振い、杏子に振り降ろす。


杏子「くっ!」


 杏子が後ろへ飛び退くと、鉄球は杏子の服を掠める。
 鉄球が廃都の屋根を砕いた。


杏子「そんな大振りでいいのか? 隙だらけだよ!」

あすみ「そっちがね」

杏子「!?」


 屋根を砕いた鉄球は、下を通り杏子の背後の屋根から飛び出した。
 杏子の後頭部へ向けて鉄球が迫る。


杏子「ちっ!」

あすみ「避けたか、でも」

あすみ「勝負は始まったばかりだよ」


 飛んできた鉄球は今度は建物を鎖でグルグル巻きにすると。
 一気に建物全体を絞め砕く。


杏子「なっ!?」


 床が崩落し、瓦礫と共に杏子が落下する。
 砂埃が舞い、杏子の目を塞いだ。


杏子「ゲホッ、ゴホッ!」

あすみ「あはっ!」

杏子「くっ!」


 砂塵を槍で吹き飛ばし、慌てて目を凝らす。


杏子「いない……?」


 杏子はあすみを探してキョロキョロと辺りを見回すが。
 直後、建物の壁を突き破り鉄球が飛んでくる。


杏子「!?」


 慌てて身体を逸らすと、鉄球が後ろの壁を砕く。


杏子「なるほど、そうやって建物に隠れて戦うってわけか」


 どこからともなくあすみの声が響いてくる。


あすみ「そう、この廃都全体に罠を仕掛けた。お前を感知して作動する罠をね」

あすみ「ショートワープで私の視界から逃れようとしても無駄だよ、この罠はオートで作動する。そして」


 三方向から杏子に鉄球が迫る。
 杏子は1つ舌打ちして、上へショートワープをすると。
 鉄球はグルリと向きを変えて、杏子へ向けて飛ぶ。


杏子「!!」

あすみ「この罠は追尾性がある」


 杏子は連続したショートワープでそれを避けるが、その度に次々と罠が作動する。
 まるで爆導索のように、連続してあちこちの建物から破壊音と共に砂埃が上がった。


 杏子はショートワープで空間跳躍を続けながら思考を巡らせる。


杏子(どうする!? このままあすみの巫力が尽きるまで、ショートワープで逃げ続けるか!?)

杏子(いや、あたしの巫力は決して多い方じゃない。このままだと先に力尽きるのは、あたし……!)

杏子(あすみはどこだ……!? くそっ、感知できない!!)

杏子(どうする……、どうすれば……!)

杏子「自動で作動する罠……。なるほどね」


 あすみはとある廃屋に隠れていた。


あすみ「音が止んだ……?」

あすみ「……探知もできない、くそっ仕掛けに気付かれたか!!」

あすみ(どうする……、魔力を消したまま探し続けるか?)

あすみ(いや、万が一先手を打たれて、罠が作動する間もなくオーバーソウルされたらこっちが負ける!)

あすみ「ちっ」


 あすみは廃屋を出て指を鳴らす。


あすみ「オーバーソウル、ロベルタ!」

杏子「みーつけた」

杏子「オーバーソウル、ギーゼラ!」

あすみ「そこかっ!!」


 あすみの鉄球は杏子の居た場所を打ち砕くが。
 杏子はショートワープであすみの眼前に現れる


杏子「やっぱり変身解いて魔力消してたのか、危うく騙されるところだったよ」

杏子「あんたの罠、魔力を感知して無差別に作動するね。変身を解いてたのは見つからないためだけじゃなく、
    自分も罠に巻き込まれないため。でもあたしまで変身を解いたらどうしようもない」

杏子「だからわざわざ仕掛けた罠を撤去して、先手を打たれる前にオーバーソウルせざるをえなかった」

あすみ「それがどうした?」


 あすみが杏子の隣に鉄球を叩きつける。


あすみ「今、私の魔女の魔力がどれだけ高いかわかる?
     私の巫力も知ってるでしょ? 8000、このフィールド全体を叩き潰すのだって簡単なんだよ?」

杏子「そんなことしたらあんただって無事じゃあ済まないだろ……」

あすみ「それでも倒れるのはお前だけだ、私の身体はお前とは比べ物にはならない魔力で強化されてる」

杏子「あすみのオーバーソウルって感情の分だけ魔力が増加するんだよな……」

あすみ「……」

杏子「そんなにあたしが憎いか」

あすみ「当たり、前だろっ……!!」


 あすみは飛び出して杏子に鉄球を振う。
 杏子は槍で防ぐが、勢いに負けて吹き飛ばされて壁に激突する。


あすみ「私はね! 幸せな奴全てが憎いの! 特に私と似たような境遇のくせに幸せを満喫してるお前とかねっ!!」


 杏子の居た場所へ鉄球が振るわれる。
 壁はまるで爆弾でも落ちたかのように吹き飛ばされ砂埃が舞う。


杏子「それだけじゃねーだろ」


 杏子はショートワープであすみの目の前に現れる。


杏子「あたしが裏切ったから」

あすみ「っ!!」

あすみ「だったら、なんだって言うんだ!!」

杏子「……」

杏子(駄目だな、あたし)

杏子(あっちこっちにブレ続けて、今度はあすみにか)


 杏子は変身を解く。


あすみ「!? なんの真似だ……!」

杏子「ただ、謝りたかっただけだよ」

杏子「悪かったな、あすみ。気が済むまで殴れ、それで気が済まなかったら殺せ」


あすみ「どこまで……っ!」


 あすみは杏子の胸倉を掴み、押し倒す。


あすみ「どこまで私を馬鹿にすれば気が済むんだ、テメーはよ!!」

杏子「……」

あすみ「散々上辺だけの優しさを与えといて最初から敵だった? かと思えば今度は同情して殺せだと? ふざけてんのか!?」

杏子「……」

あすみ「お前に、お前にわかるか! 殴られる痛みが、汚される辛さが! 家族の居ない寂しさが、この世で一人きりになった不安が!!」

あすみ「信じてた人に裏切られる絶望が!!」

杏子「……わかるよ、痛いくらいにな」

杏子「キツいよね、あれは。あたしには耐え切れなかった」

あすみ「自業自得だろうが、テメーのはよ!!」

杏子「そうだね、自業自得だ。家族が壊れたのも、仲間を捨てて一人ぼっちになるのも、あすみを裏切って勝手に悩むのも全部自業自得さ」

杏子「だから、どうすれば赦してもらえる? どうすればこの罪を贖える?」

あすみ「……ゆるさない」

あすみ「ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない! 死んでも、殺されてもゆるさない!!」

杏子「だよねぇ……」

杏子(なにが父さんと一緒に世界を救うだよ、目の前で誰よりも助けを求めてる奴を見捨てておいて)

杏子(人の心を惑わす魔女、父さんの言ってた通りじゃねーか)

あすみ「でも、何でもするっていうのなら考えないでもない」


 あすみは杏子から降りると、冷たい目で杏子を見下ろす。


あすみ「今この場で死ね」


杏子「それでいいのか?」

あすみ「……」

杏子「わかった」


 杏子は立ち上がると、ソウルジェムを小型の槍へと変える。 
 それを逆に持つと、自分の喉に穂先を突きつけた。


杏子「ああ、そうだ。最後に聞きたいんだけどさ」

杏子「あたしがあすみと仲のいいままだったら、あすみは救われてたか?」

あすみ「はぁ? 自惚れんな」

あすみ「お前がいようがいまいが私は人間の根絶を願ってたよ! 私はとっくに人間に絶望してたんだ!!」

杏子「……そっか」


 杏子は寂しそうに笑った。


杏子「じゃーな、あすみ」

杏子「助けられなくて、ゴメン」


 杏子は喉に槍を突き刺した。


 突き刺された槍は気道を貫き、動脈を断ち切り、脊柱に当ると止まった。
 杏子は槍を引き抜くと。
 突き刺した喉からドクドクと血が溢れ始める。


――あーあ、何がしたかったんだろうな、あたしは

――勝手に暴走して、勝手に自爆して、みっともないったらありゃしない

――父さんにこれ知られたら怒られるかな? 怒られるだろうなー

――でも、きっとこれで正しかったのかもしれない

――やっぱり誰かのために戦うのは、まどかやマミみたいな正義の味方がやるべきなんだ


 杏子は力が抜けたように座り込む。
 目だけを動かして、あすみを見上げるとニヤッと笑った。


――あすみ、お前は多分まどかに負けるぜ

――あたしみたいに自分だけのために戦う奴は、最後まで戦えないからな

――さて、心残りだらけだけど

――裏切り者は大人しく死んどくか


あすみ「……」


 あすみは目を閉じてしばし沈黙した後。
 倒れる杏子の前にひざまづき、杏子の上に魔法陣を描いた。


杏子「……?」

あすみ「動かないで、私の大量の魔力でも急所の治療は難しいから」

杏子「……」

杏子「ど、うし、て?」

あすみ「それは私のセリフだよ」

あすみ「どうして今更私に同情なんかしたの?」

杏子「さぁ、どうして、だろうね……?」

あすみ「……私がお前の妹に似てたから?」


 杏子は苦しそうに笑う。


杏子「それも、あるかもね」

あすみ「……」

杏子「そうだね、強いて言うなら」

杏子「ただ単に後ろめたかったから」


あすみ「……」

杏子「あたしを信じてくれた奴を2人も裏切って、あたしだけが幸せになるなんてそんなの父さんに顔向けできない。そんなことしたらあたしは本物の魔女になっちまう」

杏子「だからせめてあんたには赦して欲しかった。あたしは悪くないって、あたしは人の心を惑わす魔女じゃないって、そう思いたかった」

あすみ「自分勝手だね」

杏子「お互い様だろ?」


 杏子はククク、と笑うと。
 身体を起こして壁に背を預けて座った。


杏子「はじめから敵な奴に勝手に懐いて、自分と境遇が似てるからって勝手に信じて、謝ったら罪滅ぼしに死ねってなんだよそれ」

あすみ「……っ」

あすみ「殺すぞ」

杏子「やれるならやってみろよ、こっちは最初からそのつもりだ」


 あすみは立ち上がり、モーニングスターを構えるが。
 それを振り上げた所で静止し、1つため息をつくとその場にへたり込む。


あすみ「……なんか萎えちゃった」

杏子「そうかい」


あすみ「さて、これからどうしてやろうかな」

杏子「まだあるのかよ……?」

あすみ「なんでも言うこと聞くんでしょ?」

杏子「あたしにもできることとできないことがあるぞ……」

あすみ「死んでも殺されてもゆるさないって言ったでしょ」

杏子「厳しいね」

あすみ「そうだね、うん。それじゃあこういうのはどうかな」


 あすみがニタリと陰険に笑う。


あすみ「私が今から死ぬってのは」


杏子「へ?」

あすみ「……えいっ」

杏子「!?」


 あすみがニタリと笑うと、突如鎖と鉄杭の障壁が現れあすみを取り囲む。
 あすみは頭上に巨大な鉄球を作り出した。


杏子「お、おいあすみ! こらちょっと待てふざけんな!!」

あすみ「あはっ、ご愁傷様。杏子お姉ちゃんはあすみの死を背負って生きなければいけなくなったよ」

杏子「やめろ! なんでお前が死ぬ必要があるんだよ!?」

あすみ「あすみの呪いを完成させるため」

杏子「やめろ、やめてくれ……、お願いだ」

あすみ「んー、こういうのなんて言うんだっけ。勝ち逃げ、とは少し違うかな」

杏子「頼む、あたしの話を聞いてくれ……!」

あすみ「そーだ」

あすみ「サヨナラ勝ちだ」


 あすみの頭上から鉄球が落下し。
 あすみを叩き潰して赤い肉塊へと変えた。




今日の所はここまでです
読んでいただきありがとうございました


杏子「……」


 あすみの魔法によって作られた物質が消えていく。
 鎖と鉄杭の障壁も巨大な鉄球も霞のように消え失せた。
 あすみの魔法少女の衣装も、普段の時に着ていたTシャツとズボンに戻る。


杏子「っ!」


 杏子は血だまりに駆け寄り、肉塊に魔翌力を注いで治癒を試みる。


キュゥべえ「あすみの蘇生を試みてるなら無駄だよ杏子」

杏子「なんだと?」

キュゥべえ「即死だ、魂は既にあすみの肉体を離れている。魔女の力では肉体を戻すことはできても魂まで戻すことはできない」

杏子「……やってみなきゃわかんないだろ」

キュゥべえ「魂まで呼び戻すなんてその力は魔法少女を超えている、神の領域だ。巫力の無駄だよ、諦めた方がいい」

杏子「……黙れ」

キュゥべえ「死亡は降参とみなすよ、初戦突破おめでとう杏子」

杏子「黙れ」

キュゥべえ「あすみのソウルジェムは破壊させてもらうよ。それじゃあ杏子、エントランスに転送するから――

杏子「黙れって言ってるだろっ!!」


 地球を足元に見る宇宙空間。
 キュゥべえがエントランスと呼んだ場所。
 4人の魔法少女と1人の魔女はそれぞれ沈んだ表情をしていた。


織莉子「……」

キリカ「……」

まどか「ひどいよ、こんなのあんまりだよ……」

ほむら「……」

さやか「――っ!」


 まどかは泣き崩れ、さやかは行き場の無い怒りを込めて床に剣を突き立てた。


ジュゥべえ「試合は以上だ、ゲートは開いとくから各自自由に帰ってもいいぜ」

織莉子「……残念な結果に終わりましたね」

キリカ「織莉子、帰るの?」

織莉子「ええ、杏子さんの対策も練らないとね」

さやか「……なんとも思わないのかよ」

織莉子「……」

さやか「あんた達の仲間なんでしょ! 死んじゃったんだよ、なんとも思わないのかよ!?」

織莉子「さやかさん、1つ忘れていませんか?」

織莉子「これは命を賭けた戦い、いえ殺し合いなのですよ。私達は始めから殺す覚悟も死ぬ覚悟もできています」

織莉子「一人が勝って、一人が負けて死んだ。ただそれだけのこと」

さやか「……っ!」


 さやかに見向きもせず、2人は青い空間の亀裂から出て行った。


 次の日、土曜日の朝。
 まどかは自宅で目を覚ました。


まどか「杏子ちゃん、結局帰ってこなかったんだ……」


 まどかの携帯が鳴る。


まどか「ほむらちゃん……?」

まどか「もしもし」

杏子『ああ、まどかか』

まどか「杏子ちゃん! 今どこに居るの!?」

杏子『ほむらの家だ、1人暮らしらしいからちょっと場所借りてる』

まどか「うん、よかった……。杏子ちゃん元気そうで……」

杏子『悪いけどさ、今からほむらの家まで来てほしいんだ』

杏子『グレートスピリッツについて教えてくれ』


 ほむらの家。
 生活感の無いその空間には、ほむらと杏子とさやかとマミとまどかが居た。
 杏子は横たえられたあすみの死体へ向けて、ソウルジェムを翳している。


まどか「――っていうのが私がキュゥべえから聞いたグレートスピリッツのことだよ……」

杏子「なるほどね、そこへはまどかが毎回行ってるのか」

まどか「あの、あすみちゃんって……」

ほむら「死体を修復して鮮度を保ってるだけよ、死者が蘇ることは無いわ」

杏子「……」

まどか「そっか……」

マミ「話は聞いたわ、過酷な状況なのに力になれなくてごめんなさい」

まどか「ううん、いいんです」

さやか「あたし達が自分で選んだ道ですから!」

杏子「……」

ほむら「杏子、あなた」

ほむら「まさかグレートスピリッツまで魂を取りに行こうとしてるんじゃないでしょうね」

マミ「!?」

さやか「はぁ!?」


杏子「……だったらなんなのさ」

まどか「駄目だよ、杏子ちゃん死んじゃうよ……」

杏子「まどかは夢でいつも行ってるんだろ、だったらあたしだって大丈夫なはずだ」

ほむら「杏子、あなたはどうして……。どうしていつもそうなの」

杏子「……あんたが前に居た世界のあたしもそうだったのか?」

ほむら「そうよ。気にかけている相手が死んだら、あなたはいつも淡い希望を持って無茶をして、そして死んでいった」

ほむら「はっきり言うわ、経験上あなたが今からやろうとしていることは自殺よ」

杏子「……」


さやか「……ほむらには悪いけどさ。あたしは杏子に賛成かなー」

ほむら「!?」

さやか「だってさ、ほら。ほむらの前に居た世界とこの世界は違うんでしょ。ほむら言ってたじゃん。
     前の世界は、魔法少女は希望に始まって絶望に終わることが約束されているどうしようもない世界だって」

さやか「でも、この世界の魔法少女は違うじゃない? 誰も死なずに、みんな笑顔でハッピーエンドになることだってできるんじゃないかな」

マミ「そうね」

マミ「この世界の魔法少女と魔女は絶望から始まっている。それが希望に終わるかはわからないけど、わからないからこそ試してみる価値があるんじゃないかしら」

さやか「それにさ。どうせ駄目って言ってもやるでしょ、杏子は」

杏子「……」

ほむら「……勝手にしなさい」

杏子「ああ、そうさせてもらうよ。それじゃあさやか、あすみの死体を頼む」

さやか「おう!」

まどか「気を付けてね……、絶対に帰って来てね」


 河川敷、橋の下。


杏子「でてこい、キュゥべえ!」

キュゥべえ「なんだい、杏子?」

杏子「あたしをグレートスピリッツへ連れて行け」

キュゥべえ「君はどんなに恐ろしいことを言ってるのかわかっているのかい?」

杏子「でもあんたならできるんでしょ? 何度もまどかをそこへ連れて行ってたもんね」

キュゥべえ「彼女は特別だ。それにあすみの元へ行きたいなら諦めてくれ、この世に一体どれだけの魂がひしめき合っているのか君は知ってるのかい?
        特定の魂の元へ行くなんてそれこそとても壮大なことだ、夢物語と言っていい」

杏子「じゃあ魔女はどうやって連れてきた? 言ってたよね、魔女は元々霊のような存在だって。そいつらってグレートスピリッツに居たんじゃないの?」

キュゥべえ「……」

杏子「あんた達ってさ、ウソつけないよね。さっきからはぐらかしはするけど、できないとは一回も言ってない」

キュゥべえ「ふぅ……。中立の立場としては特定の魔法少女が有利になることは避けたいんだけどね」

杏子「じゃあ――

キュゥべえ「駄目だよ杏子、さっきも言ったように僕等はあくまで中立だ。僕には君を連れていく理由が無い」

杏子「理由ならあるさ、ここにね!」


 杏子は自分のソウルジェムを外して投げ捨て。それに作り出した槍を突きつける。


杏子「連れて行かないならあたしは今ここで自分のソウルジェムを砕く!」

キュゥべえ「僕を脅しているのかい?」

杏子「そうだよ」

キュゥべえ「本戦期間中はいかなる場合もソウルジェムを掛けることは禁止だよ?」

杏子「それは相手のソウルジェムだろ? あたしが勝手に自爆するのは禁止されてないよね」

キュゥべえ「……」

杏子「あんた達もさぁ、こんな形で勝手に脱落されるのは困るんじゃない?」

キュゥべえ「……やれやれ、君は本当に厄介な魔法少女だね。契約するんじゃなかったよ」

キュゥべえ「その通りだよ、杏子。君をあすみの元へ連れていくことはできる。
        ただし何度も言ってるように、僕からあすみの魂をこちらへ連れてくることは不可能だ。魔女と死者の魂はわけが違う」

杏子「それでいいよ、あたしが迎えに行く」

キュゥべえ「覚悟は固いんだね?」

杏子「ああ」

キュゥべえ「……これってどちらにしても同じことなんだよね」


 杏子が頷くと、キュゥべえは1つため息をついて魔女を顕現させる。


キュゥべえ「オーバーソウル、キトリー。それじゃあ杏子」

キュゥべえ「いっぺん死んでみようか」

杏子「!?」


 杏子が身構える間もなく。
 キュゥべえのオーバーソウルの巨大な針が、ライフル弾のように杏子の頭を撃ち抜いた。



短いですが今日はここまで。
読んでいただきありがとうございました。


杏子「……」


 杏子は気が付くと草原に立っていた。
 空は青く、澄んでいて、地平はどこまでも草原が続いている。

 そこには1つだけ草の生えてない道がどこかへ続いていた。

 草の匂いをはらんだ風が吹き抜ける。


キュゥべえ「やあ、杏子。ようこそ、ここが彼岸だ。なにか感想は無いかい?」

杏子「あんたの魔女の結界と似てるね」

キュゥべえ「まぁ、そうだろうね。僕の魔女はこのコミューンの出身だから」

杏子「ふぅん、このコミューンはさ。どういう場所なの?」

キュゥべえ「地獄」


杏子「……は?」

キュゥべえ「ここは縛られた魂が留まる場所。魂を縛っているのは無念、後悔、未練そして罪悪感などの感情だ」

キュゥべえ「そしてあすみはここから動けないでいる、これがどういうことかわかるね」

杏子「つまりその縛っている物をなんとかすれば、あすみは連れ戻せるんだな?」

キュゥべえ「この場所から解放することはできるだろうね、連れ戻せるかまでは保証できない」

杏子「……わかった、行こう」


 杏子とキュゥベえは草の生えていない道を歩き出した。


 大草原の中、たった一つ続いていく道を歩いていく。
 ここには疲れも無い、太陽も無い。時間を知らせる物はなにも無い。
 どれだけ歩いただろうか。数日か、数週間か、はたまた数ヵ月か数年か。もしかしたらほんの数分なのかもしれない。

 杏子はなんとはなしに口を開いた。


杏子「そういえばさ、向こうのあたしはどうなってんの?」

キュゥべえ「僕の麻酔針で脳の一部を麻痺させた。現実の杏子は仮死状態にある、いわばこれは臨死体験というものだね」

杏子「……ここにいるあすみが、まるで幻みたいな言い方だな」

キュゥべえ「似たような物じゃないか。魂なんて存在すると思うのかい?」

杏子「そりゃあ……あるでしょ」

キュゥべえ「有史以前から現代まで、魂の存在を確認し実証できた人間は一人も存在しない。
        にもかかわらず君達は魂の存在を信じて疑わない。わけがわからないよ」

杏子「それじゃあ、あんたの言うグレートスピリッツってなんなのさ」

キュゥべえ「さぁ? なんなんだろうね」

杏子「……」

キュゥべえ「ほら、見えてきたよ」

キュゥべえ「あすみはあそこに居る」


 そこは無人駅のような場所だった。
 どこから続いていて、どこへ続いているのかわからない線路が引かれており。
 8畳ほどの空間は白いコンクリートで固められ、草原より一段高くなっている。
 そこにはAsumi Kannaと書かれた看板と、木のベンチが一つあった。

 あすみはそのベンチに座っていた。
 姿はいつものTシャツと藍色のズボン。
 片足には足枷が繋がれていた。足枷の鎖は駅の中心から生えている。
 あすみは足をブラブラさせ、鎖をジャラジャラと鳴らしていた。


杏子「あすみ」

あすみ「!」


 あすみは杏子の方を見て目を丸くする。


あすみ「杏子……お姉ちゃん?」

あすみ「あ、あはっ! すっごい。馬鹿みたい馬鹿みたい。こんなところまで追いかけてきたの?」

杏子「……」

キュゥべえ「さて、積もる話もあるだろうし僕は消えるよ。帰りは元来た道を戻ればいいからね」

杏子「ああ」


 それだけ言うと、キュゥべえは消えた。


杏子「その、また会ったな」

あすみ「そうだね、一日ぶりかな?」

杏子「あすみ、ごめんな」


 杏子は魔法少女の姿へ変身する。


杏子「帰ろう、あたしにはあんたの死を背負って生きるなんて無理だよ」

あすみ「……」


 杏子はあすみの足から伸びる鎖に、赤と銀の炎を纏った槍を叩きつける。


あすみ「そこはあすみのために来たって言って欲しかったな」

杏子「はは! そうっ! だねっ! あたしはっ! どこまで行っても自分のためだっ!」


 何度も何度も、杏子は鎖を槍で斬りつける。
 しかし鎖には傷一つつかない。


杏子「父さんの話を聞いて欲しかったのも、本当は自分のため。
    家族を元通りにしたかったのも、あたしがもう一度みんなで笑いたかったから。どこまでも身勝手な奴だよあたしは」

杏子「なのになんでだ」

杏子「なんで今までずっと酷い目に合ってきたあすみが死んで、あたしが生きてるんだよ!?」


 杏子は感情に任せて何度も何度も鎖を斬りつけるが、鎖は相変わらず傷一つつかない。


あすみ「……」

杏子「本当に幸せになるべきなのはあすみだった! 負けて死ぬべきなのはあたしだった!」

杏子「なのにどうしてだ、どうしてッ!?」

杏子「チクショウ、壊れろ! 壊れろよッ!!」


 しばしの後、杏子が槍をついて肩で息をする。


あすみ「もういいよ、杏子お姉ちゃん」

あすみ「あすみは、ゆるすよ。杏子お姉ちゃんのこと」

杏子「!?」

あすみ「流石にこんなところにまで謝りに来られちゃね。
     死んでも殺されてもゆるさないつもりだったけど、実際に殺されて死んでまで来ちゃうんだもん」

あすみ「だからさ――

杏子「駄目だ」


 杏子は胸元のソウルジェムを外すと、槍にはめ込む。
 銀と紅の炎が槍に螺旋状に巻き付いた。


杏子「あすみは絶対に連れて帰る、そして生きるんだよ」


 杏子は槍を地面に突き立てると。
 巨大な多節槍を召喚し、その穂先に乗る。


――頼むよ神様

――あたしの命と引き換えでもいいからさ

――あすみを、返してくれ


あすみ「……それじゃあさ、杏子お姉ちゃん」

あすみ「あすみと友達になろうよ」


杏子「……へ?」

あすみ「お互いにゆるし合うのも、助け合うのも友達でしょう」

杏子「……ははっ、そうだね! いいよ、なろう!」

あすみ「……」


 あすみは小さく笑って目を閉じた。


――お母さん


――あすみに、友達ができたよ


――ちょっと自分勝手だけど、とっても優しい人


杏子「いっけぇえええええええええええええ!!」


 槍は二色の炎を吹いて突撃すると。
 鈍い鉄色を放っていた鎖は、粉々に砕け散った。


 砕けた鎖はボロボロと風化していき。
 やがてあすみの足につながれていた足枷は砂の様に崩れ、風に飛ばされていった。


杏子「は、ははっ。やった、やった!」

あすみ「うん、やったね!」


 あすみと杏子は手を繋いで跳び回った。


杏子「これであすみは自由だな!」

あすみ「うん!」

杏子「それじゃあ帰るぞ。もうこんなところに用は無いからさ」

あすみ「……それなんだけどさ、杏子お姉ちゃん」

あすみ「帰る時は絶対に振り向かないでくれるかな?」

杏子「!?」

あすみ「きっと振り返っちゃいけない場所なんだよ、ここは」

あすみ「あすみはちゃんと杏子お姉ちゃんの後ろに付いてくるから、ね?」

杏子「……っ!」


 杏子はなにか言いたげに口を開いたが。
 なにも言い出せずに口を閉じた。


杏子「……わかった、ちゃんとついてこいよ」

あすみ「うん!」


 元来た道を歩いていく杏子の背中が見えなくなったとき。
 あすみは口を開いた。


あすみ「ジュゥーべえー」

ジュゥべえ「……あすみ、残念だが」

ジュゥべえ「あすみに繋がっていた鎖はあすみをここに縛る鎖じゃない、あすみを此岸に縛っていた鎖だったんだ。
        鎖が無くなったってことは、あすみは……」

あすみ「ん、わかってる」

あすみ「あすみはここから出られないし、ここから出ちゃいけないんだよね」

ジュゥべえ「その通りだ」

あすみ「それで、あすみはどうしたらいいのかな?」

ジュゥべえ「丁度迎えが来たようだぜ」


 それは沢山の客室を引く機関車だった。
 煙を吐かない機関車が線路を走り、あすみの駅に停車する。


あすみ「……じゃあね、ジュゥべえ。契約してくれてありがとう」

ジュゥべえ「ああ、じゃあなあすみ。お疲れさま」


 あすみは駅よりも少し高い客室の段差を上って、客室へ入る。


――もしも『次』があるのなら


――今度は杏子お姉ちゃんの妹に生まれたいな


 機関車は汽笛を1つ鳴らすと。
 あすみを乗せて走り出していった。



短いですが今日はここまで。
読んでいただきありがとうございました。


 ほむらの家。
 ふらりと杏子が現れる。


杏子「……」

まどか「杏子ちゃん!」

さやか「ほら見ろほむら! 杏子はちゃんと帰ってきたじゃないか!」

ほむら「……意外ね」

マミ「その様子だと……」

杏子「ああ」


 杏子は力なく笑った。


杏子「駄目だったよ」


さやか「……そっか」

マミ「仕方ないわね、元々死者蘇生なんて私達の踏み込んでいい領域ではなかった」

杏子「……」

さやか「あの、さ。あすみちゃんの身体なんだけど……どうする?」

杏子「あたしの結界の中で火葬しよう。悪かったな、さやか。巫力無駄使いさせちまって」

さやか「う、うん。それはいいけど……」

杏子「広範囲オーバーソウル、結界」


 杏子のソウルジェムから銀色の光が溢れると。
 杏子とまどかとほむらとさやかの4人が結界へと消えて行った。


 ハイウェイの結界。
 そこは海岸線と夕日が一望できる結界の最奥。
 杏子はあすみの死体を夕陽が見えるように横たえると、あすみを囲むように4本の槍を突き刺す。


杏子「……」


 杏子が最後の槍から手を放すと、槍に囲まれた空間に紅蓮の火が燈る。
 炎があすみの身体を焼き、黒い煙が立ち昇っていった。


杏子「本当は母親と同じ墓に入れてやりたいけど……」

ほむら「無理ね、神名あすみは今行方不明のはずよ。神名あすみの遺骨だと証明する方法は無いし、仮に証明できたら私達は犯罪者よ」

杏子「……だよな」


 一時間経ったか経たないかの後。
 骨すらも燃やし尽くして白い灰が風に吹かれて散った。


 4人は結界から出る。
 マミは紅茶の準備をして待っていた。


マミ「ごめんなさい、暁美さん。勝手にキッチンに入らせてもらったわ」

ほむら「構わないわ」

杏子「マミ、まどか、ほむら、さやか」


 杏子は4人に向き直る。


杏子「あたしはあんた達からしばらく離れさせてもらう」


マミ「!?」

さやか「あんたまた裏切る気!?」

杏子「まどか、あんたにならわかるだろ?」

まどか「……」

杏子「あたしとあんたはどうしても叶えたい願いがお互いにある、次にあたしが戦うのはまどかなんだ。

    そうでなくても遠かれ近かれあんた達の誰かが勝ち抜けばそいつと当たる。
    あたしとまどかは味方である以前にライバルなんだ。いくらあんた達でもこれ以上手の内は見せられねー」

まどか「うん、わかってるよ。杏子ちゃん」

杏子「ま、と言ってもあんた達と敵になるわけじゃない。
    あたしのところに来ればさやかの指導くらいはしてやるよ。さやかなら当たるとしても決勝だし、勝ち抜けるとも思えないし」

さやか「ぐぬぬぬぬ……!」

杏子「そういうわけで、悪いなマミ。戻ってきたばっかりだってのに」

マミ「ええ、仕方ないわね。でもね、佐倉さん」

マミ「全部終わったら、ちゃんと戻ってきてね」

杏子「おう」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 河原、橋の下。杏子がグレートスピリッツから帰った直後。
 杏子はキュゥべえの耳を掴んで吊り上げ、怒鳴り込んでいた。



杏子「あたしが破壊した鎖は、あすみをこの世に繋ぎとめていた物だっただと……?」

キュゥべえ「そうだよ」

杏子「っざけんな! それじゃああたしがあすみにトドメを刺したってことじゃねぇか!」

キュゥべえ「訂正するほど間違えてはいないね」

杏子「なんで言わなかった、なんで教えなかった!?」

キュゥべえ「聞かれなったからね」

杏子「ふざけんなよテメェ!」


 杏子はキュゥべえを投げつけて壁に激突させる。
 しかしキュゥべえは何食わぬ顔でのっそりと起き上る。


キュゥべえ「僕らインキュベーターはグレートスピリッツに繋がっているから不死身だって知っているだろう? 僕に暴力は無意味だ」

杏子「……」


 杏子は肩で息をするが。
 やがて力なくその場に座り込む。


杏子「……キュゥべえ、あたしには本当にあすみを救える見込みはあったのか? あすみを連れてくることはできたのか?」

キュゥべえ「まさか、そんなの不可能に決まってるじゃないか」

杏子「ならどうして止めてくれなかった……?」

キュゥべえ「君の行動にはちゃんと意味があったからね」


 キュゥべえは杏子の隣へ歩み寄ると、ちょこんと座る。


キュゥべえ「あすみを繋ぎとめていた鎖の名は『怨念』。この世の全てを恨む心が、彼女を素直に昇天させなかった。

        あのまま放っておけばあすみは良くて地縛霊、悪くて悪霊になりこの世に呪いを撒き散らしていただろう。
        自我や記憶の消失はもちろん、怨念以外の全ての心を忘れ、異形と化してね。
        怨念の鎖が消えたということは、あすみはちゃんと救われたんだよ」

キュゥべえ「よかったね、杏子。君の行動は無駄ではなかったよ」

杏子「……」

杏子「認めない」

杏子「あたしはこんな終わり方、絶対に認めない」

キュゥべえ「杏子?」

杏子「うるせぇ、黙れ」


 杏子は立ち上がり、キュゥべえに背を向けると。
 歩き出していった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ビルの屋上。
 キュゥべえとジュゥべえは並んで座っていた。


キュゥべえ「いよいよ始まるね、サバトのダークホース同士の戦い」

ジュゥべえ「なんてったって巫力5万だもんなー。しかもこの前みたいな未完成じゃない。完成されたオーバーソウルで実践だ」

キュゥべえ「……本当に注目しているのはまどかじゃないんだろう?」

ジュゥべえ「ああ、キュゥべえさんの予想する優勝候補は織莉子だったよな」

キュゥべえ「そうだね」

ジュゥべえ「そしてオイラの予想する優勝候補が……カンナだ」

キュゥべえ「確かに彼女は脅威だろうね、なにせ」



キュゥべえ「出場者の中では、最強の魔女をパートナーにしているのだから」


 


 河川敷、橋の下。
 そこにはまどかとマミとほむらの三人が集まっていた。。
 さやかは杏子に近接武器の指導をしてもらいに行っている。


マミ「さて、佐倉さんも居ないことだしどうしようかしら?」

まどか「あの、マミさん! 結界の作り方教えてください」

マミ「え? いいけれど、どうして今更……?」

まどか「知っておきたいんです、ほむらちゃんの心の風景を」

ほむら「……」

マミ「……そうね、他にやることもないし。それに佐倉さんが居ない以上、鹿目さんが思いっきり練習するには必要ね」

マミ「でも、発動するとしたら一回だけよ。鹿目さんは今日試合なんだから」

まどか「はい!」

ほむら「その前に教えておきましょう」

まどか「?」

ほむら「その対戦相手の聖カンナと、私について」


 午後6時、公園には5人の魔法少女と1人の魔女が集まっていた。


まどか「杏子ちゃん、来てないんだね」

さやか「うん、なんか修行に打ち込んでるみたいでさ。あと2日でどれだけ伸ばせるかわからないけど、やれるだけはやってみたいって」

さやか「それよりもさ。まどか、大丈夫? 今から実戦だけど緊張してない?」

まどか「うん、大丈夫。自分でも不思議なくらい落ち着いてる」

カンナ「ふふふ、ほむら。待ちに待ったよ、さあ共にヒュアデスの世界へ行こう!」

ほむら「お断りするわ、まどかが居る限りね」

織莉子「……キリカわかっているわね?」

キリカ「ああ、今日まで知ることすらできなかったカンナの魔女とオーバーソウル。なんとしても解き明かす」

織莉子(聖カンナは同志ではあっても仲間ではない、必ず敵になる。なにせカンナは)



織莉子(予選開始と同時にヒュアデスを2人、消している……!)



キュゥべえ「さあ、門を開くよ」




               第二試合
             まどか 対 カンナ

              プラント・山野


 


 まどかとカンナが降り立った場所はのどかな平野だった。
 遠景に山がそびえ、足元には春の息吹を感じさせる草木と、清らかな小川が流れている。


まどか「きれいな場所……」

カンナ「ふむ、ほむらの身体はエントランスに置いてきたようだね」

ジュゥべえ「それじゃあ2人共! 変身を済ませてくれ!」

まどか「……」

カンナ「……」

ジュゥべえ「それじゃあ試合開始!」

カンナ「さて、聞こえているんだろう、ほむら。私は今日までどうやってお前を手に入れるか。そればかり考えていたよ」

まどか「……」

カンナ「そして、その方法を見つけた! テストは成功、結果は上々。見るがいい」


 カンナは上下に棘の生えた黒い球体のような物を2つ取り出すと。
 上へ放り投げる。

 2体の魔女が顕現した。
 魔女はカンナに従属するように傅く。


カンナ「魔女の種、その名もグリーフシード。私は魔女をソウルジェムに封印し、魔法少女から引き剥がすことに成功した」

カンナ「実験台のお二方を脱落させても、この魔女達は失うことは無かったし、魔女を沢山持つことも反則にもならなかった」

カンナ「お分かり? 私は魔法少女の呪縛からほむらを救うことができるんだよ!」

まどか「……」

カンナ「お前の望みはほむらと一緒に居る事なんだろう!?
     ならよかったな、ソウルジェムが破壊されてもほむらはちゃんとこの世に生き続けるよ!!」


 まどかは1つ深呼吸すると、カンナの方を向き直る。


まどか「ねぇ、聖さん。あのね」

まどか「ふざけないで」

カンナ「!?」


まどか「聖さんはほむらちゃんをなんだと思ってるの? 聖さんはほむらちゃんと一緒にいたいんじゃなくて、ほむらちゃんが欲しいだけじゃない」

カンナ「……っ」

まどか「ほむらちゃんは言ったよ、『この世界の暁美ほむらを殺してまで自分は生きるつもりはない』って」

まどか「ほむらちゃんは物じゃないんだよ、勝手に決めないで」

カンナ「黙れ……、黙れ黙れっ! お前に私達の何がわかる!?
     自分が作り物だと気付いた時の絶望が、自分が身勝手に生み出された命だと知った時の怒りがどれほどのものか!!」

まどか「それでも、ほむらちゃんを作り物なんかじゃない!」

カンナ「偉そうなこと言うな、お前こそほむらのなんなんだ!」

まどか「ほむらちゃんは私の友達だよ」

カンナ「Goddam! なに言ってんだ、ほむらが救いたかったのは異世界のお前だろうが!! お前なんかどうこう言われる筋合いはない!!」

まどか「それでも! ほむらちゃんは今日まで私を守ってくれた、私と一緒に戦ってくれた、私と一緒に居てくれた!!」

まどか「その気持ちまで作り物だって言うのなら、あなたにほむらちゃんは渡さない!!」

カンナ「……なら奪い取るまでだ!」

まどかカンナ「「オーバーソウル!!」」


まどか「ホムリリィ!」


 まどかの背後に黒い魔女が顕現し、胸元のソウルジェムへ収束し、吸い込まれる。


カンナ「くくく、見て驚け。これが私の魔女」

カンナ「ヒュアデスの暁!!」

まどか「!?」


 カンナの背後に山のように巨大な魔女が顕現する。
 それは三角帽を被り、ローブを羽織った紅蓮のテルテル坊主のような魔女だった。
 その身体には輝くラインでヒュアデスの星座が描かれている。
 その魔女はその場に蹲っていた2体の魔女を吸収すると、よりいっそうその巨大さを増す。


カンナ「数多の魔女を吸収し、変質させた変異融合体の魔女。その魔力1万5000! あ、今吸収したのを合わせると1万7700か」

カンナ「そして今回は大サービスだ、私の本気を見せてやろう」


 巨大な魔女はカンナのソウルジェムにではなく、身体を覆うように収束すると。
 カンナはどす黒い赤色をしたローブと三角帽子のような魔力の装甲を纏う。



                       ―甲縛式O.S.『緋蜂姫』―



カンナ「これがオーバーソウルの奥義にして到達点、甲縛式オーバーソウル!!
     オーバーソウルの密度を極限まで高め、魔力の鎧として身に纏うことであらゆる攻撃を防ぐ」

カンナ「そして、魔女・媒介・魔法少女を完全に重ねあわせているので、魔力の運用効率も桁違い!」

まどか「……」


 まどかは紫の光を収束させると、弓を引き絞る。


カンナ「HAッ、終わりだまどか。お前を倒して、ほむらは私がもら――


 まどかは矢を放つ。
 その直後、目も眩むほどの巨大な紫の閃光と共に。
 地形を抉るほど強大な魔力の衝撃波がカンナのオーバーソウルを吹き飛ばした。


 カンナは半球状に削り取られた大地の上に倒れ伏す。


カンナ「か、はっ……!?」

カンナ(何が起こった、何をされた!? 私のオーバーソウルが一瞬で……!)

まどか「……」

カンナ「……っ!」


 まどかがカンナの元へ歩み寄る。
 カンナの首元のソウルジェムに手を伸ばすが、その手を止めてしまう。


カンナ「どうしたんだ、やれよ」

まどか「っ!」

カンナ「知ってるんだろう? 私はしょせんオーバーソウルで作られた人格、魔女の力を失えば私の人格はただの妄想に逆戻りだ」

カンナ「やれよ、やってみろ。お前に私が殺せるならな……!」

まどか「……」


 まどかは震える手でソウルジェムを取るが。
 それを眺めながら動けなくなってしまう。


カンナ「くくく、そんなお前に代替案だ」

カンナ「私と組まないか?」

まどか「!?」


 変身が解けたカンナは起き上ると。
 まどかへ向けて笑みを浮かべる。


カンナ「私は人類を滅ぼすのを諦めるから私に勝たせてくれないか?」

まどか「そんな……!」

カンナ「私の力でほむらもここに固定する、お前はほむらと別れなくて済む。どうだ、いい案だろ?」

まどか「……っ、でも!」

カンナ「おいおい、私の言うことが信じられないのかい? 私は織莉子なんかに負けないよ」


 カンナはジリジリとまどかににじり寄る。
 まどかは怯えたように後ずさった。


まどか「……っ!」

カンナ「HAHAHA、何を怯えている。ソウルジェムを奪われた私は変身もオーバーソウルもできないっていうのに」

カンナ「ねぇ?」

まどか「っ!」


 カンナはまどかの肩を掴むと。
 ニタリと口元を吊り上げる。

               デコイラン
カンナ「馬鹿が! それは おとり だッ!!」


 カンナの魔力の篭った左腕が、まどかの胸元のソウルジェムに迫る。


 山里のプラントに雨が降り注いだ。
 まどかは倒れ伏すカンナの前に呆然と立ち尽くしていた。


ジュゥべえ「カンナのソウルジェムの破壊を確認。まどかとカンナは公園の方に送るぜ」

まどか「……うん」


 ジュゥべえの魔法陣がまどかとカンナを覆い、プラントから公園の方へ転送した。


 公園。
 まどかにさやかが駆け寄る。


さやか「まどかっ!!」

まどか「さやかちゃん……」

さやか「気にすることないよ、あんな奴!!」

まどか「でも……!」

さやか「まどか、あいつは人類を滅ぼそうとしてたんだよ。まどかはそいつに勝った、まどかはなにも悪くない!!」

ほむら「そうね、まどか。あなたが気にすることないわ」

まどか「でも、ほむらちゃんが!」

ほむら「汚れ役は慣れてるわ、気にしないで。あなたの手は汚させない」

まどか「とっさに憑依合体して、私の代わりに聖さんを……!」


 織莉子は気を失ったカンナを抱き上げる。


織莉子「これで二敗、ですか」

さやか「……どうするの? そいつ」

織莉子「もちろん聖カンナさんの両親の元へ返しますよ。心配されてますから」

さやか「そう」

織莉子「さて、予想外でしたがこれは少し嬉しい知らせですね。私にとって、聖カンナよりも鹿目まどかの方が戦いやすい」

さやか「おい、キリカ!」

キリカ「気安く呼ぶな、あおいろ!!」

さやか「あんた、負けても絶対死ぬなよ!」

キリカ「……なんていうんだっけ、こういうの」

キリカ「そうだ、杞憂だ」


 織莉子とキリカはそのまま夜の闇へ消えて行った。




今日はここまでです
読んでいただきありがとうございました


 ファーストフード店。
 さやかは仁美と向き合っていた。


仁美「こうしてお話しするのも久しぶりですね」

さやか「うん、まぁ最近色々あったからね」

仁美「……」

さやか「……」

仁美「結局、さやかさんも巻き込まれてしまいましたのね」

さやか「うん」

仁美「……また、私だけ蚊帳の外になってしまいましたわ」

さやか「あのさ、仁美」

仁美「?」

さやか「あたしにもしものことがあったらさ、恭介のことお願いできるかな?
     仁美がそばに居てあげて、なるべく心配かけないでほしいんだ。あたしのことはちょっとふらっと行方不明になった感じでさ、すぐ忘れちゃうぐらい幸せにしてあげて」

仁美「……そんなに危険な戦いなのですか?」

さやか「うん、かなりヤバい相手」

仁美「わかりました」

さやか「よかった、これで思い残すことないわ」


仁美「そうですね、恋の正面対決から逃げ出した臆病者のことなんて、上条君の中からすぐ忘れさせてあげましょう」

さやか「なっ!?」

仁美「ふふふ」

さやか「わ、わかってんの!? 私がやろうとしてるのは世界の命運をかけた戦いで――

仁美「それとこれとは話が別ですわ」

さやか「ぐぬぬぬぬ……」

仁美「せいぜい頑張ってくださいませ、私は何も知らずぬくぬくと幸せになります」

さやか「チクショー! 待ってろ! 恋もサバトも絶対勝って泣きを見させてやる!!」


 さやかは半泣きでファーストフード店から飛び出す。
 その背中を見送って、仁美はポツリと呟いた。


仁美「本当に嘘みたい、さやかさん達のような方々に世界の命運がかかっているなんて」

仁美「願わくば、どんな結果に終わろうと。私たちの仲は末永く続きますように」




               第三試合
             さやか 対 キリカ

              プラント・海原



 


さやか「うわぁああ!!」


 ザブン、と。
 転移させられたさやかが着水し、あっぷあっぷと足掻く。


さやか「なっ、なんであたし達はこんな場所なの!?」


 その場所は蒼い洋上のど真ん中。
 どこまで見ても水平線は果て無く、陸は見えない。


キリカ「魔法陣もできないのか?」


 キリカが展開した魔法陣の上に乗ると、呆れたようにさやかを見下ろす。


さやか「う、うるさい! できるよそれぐらい!!」


 音符や五線譜のような魔法陣を指輪から展開すると、ずぶ濡れのさやかが息を切らして這い上がる。


キュゥべえ「さて、2人共変身を済ませてくれ」

キリカ「……」

さやか「……」


 変身を済ませた2人の手に武器が握られる。
 さやかは一振りの長剣、キリカは両手に3本ずつ、計6本の黒い鉤爪。


キュゥべえ「それじゃあ試合開始!」

さやか「オーバーソウル!」
キリカ「オーバーソウル!」


 キリカの背後にはぬいぐるみのような魔女が、さやかの背後には西洋甲冑のような魔女がそれぞれ顕現し、ソウルジェムに収束する。


キリカ「速度低下!!」

さやか「!?」

キリカ「あはぁ!」

 
 魔法陣を蹴ったキリカがさやかへ急接近し、鉤爪を振う。
 さやかは反応は間に合ったものの、速度低下によって身体の動きが追い付かない。


キリカ「さぁ、紅い花を咲かせろ!」


 鉤爪がさやかの腕を捉えた。


キリカ「!?」


 まるで金属同士が衝突したような音が響く。
 キリカの鉤爪はさやかの身体を傷つけることなく、受け止められていた。


さやか「へへっ」

キリカ「……魔力の強化、じゃないな。防壁か」

さやか「さっそくバレましたか!」


 さやかが振るった剣を、キリカは魔法陣を蹴って後ろに飛び退き回避する。


さやか(バージニア、その性質は高潔。能力は何者も寄せ付けない鉄壁の防御!)

キリカ「じゃ、次はこれだ。ヴァンパイアファング……!」


 キリカの右腕の鉤爪は一本に束ねられ、三日月刃が連なった様な長い一本のノコギリのような鉤爪を作り出す。
 撓る刃を鞭のように振るい、さやかへと突進する。


さやか「うわっ!」


 さやかは速度低下に対応してきたのか今度は剣でその黒い刃を受け止めた。
 しかし。

 キリカはその刃を一気に巻き取って鋸引きのように動かすと。
 剣を切断し、首元にまでその刃が及ぶ。


キリカ「うんっ! 手応えあり!」

さやか「ぐっ、ちっくしょう。わかってたけど殺すのに躊躇いなしかよ!」


 さやかの首筋から一滴の血が垂れていた。



さやか(そうだ、こいつは何度も何度もまどかを殺す気で襲ってきた!)

さやか(これは正真正銘の殺し合い!)

キリカ「じゃ、次はこれだ。ヘルズファング」

さやか「いいっ!?」


 キリカの両手にチェーンソーが装備される。
 チェーンソーが唸りを上げて黒い刃を回転させた。


キリカ「あはぁ!」

さやか「っ!」


 さやかは防壁を掛けた剣でキリカの斬撃を受け止める。
 刃と刃の応酬は、火花を雪のように大洋に落とす。


キリカ「ほらほらどうした!?」

さやか「っ、嘗めるな!」

キリカ「!」


 さやかは剣のトリガーを引くと。
 スペツナヅ・ナイフのように剣の刃が射出され、キリカの頬を掠める。
 直後、さやかは逆の手に剣を出現させ、キリカを横一文字に斬りつけるが。


キリカ「おおっと」

さやか「!?」


 完全に不意を突いたはずなのに。キリカは悠々と後ろへ飛び退き刃を躱す。


キリカ「はっはっはっ。遅い遅い」

さやか「くそっ! 身体が思うように動かない!!」

キリカ「さて、オーバーソウルのタネも割れたし奥の手も通用しないし、そろそろ終わりだね。最後に言い残すことはないかい?」

さやか「……」

さやか「アンタさぁ、なんでヒュアデスになんかいるの……?」


キリカ「……」

さやか「あすみちゃんとかカンナとか、織莉子もそうだけどさ。
     そいつらが人間の破滅を望むのはなんとなくわかるよ。でもさ、アンタはどうしてそんなことを望んでるの?」

キリカ「織莉子の意思だからだよ」


 あっけらかんと、さも当然のように。
 キリカは言い放った。


キリカ「私はね、織莉子と共に生きるんだ。どんなことがあっても織莉子と共に歩むんだ。たとえ破滅する時でも織莉子と一緒がいい」

キリカ「ゆえに私はここで負けるわけにはいかない、ここで脱落するわけにはいかない。一秒でも長く織莉子と対等で共犯の『魔法少女』であるために」

キリカ「なぜなら愛は無限に有限だからね!」

さやか「……なーんだ」

さやか「根っこはあたしと一緒か」

キリカ「……!」



さやか「あたしもね、まどかと対等な友達になるために魔法少女になったんだ」

さやか「まどかばっかり戦わせて、まどかばっかり守らせて、あたしはただ見てるだけなんて耐えられなかったからね」

キリカ「……」

さやか「ま、当のまどかはほむらにお熱であたしなんか入る隙間は無かったけどね」

さやか「まどかも、ほむらも、マミさんも、杏子もみんな誰かを守るために戦った。だからあたしだけなにもせずに退場するわけにはいかないよねー!」

キリカ「それが遺言でいいか?」

さやか「……ずっと考えてた、アンタに対抗する方法を」

キリカ「ふぅん、答えは見つかったか?」

さやか「うん! それがこれだぁ!!」

キリカ「!?」


 さやかは足元の魔法陣を解除すると勢いよく海へ飛び込む。


キリカ「なるほど。水の中なら斬撃の速度が遅くなって斬れなくなると思ったか」

キリカ「ならさらに切れ味を増すだけだ! 3倍速!!」


 キリカの両腕のチェーンソーが轟音を上げて回転速度を増す。


キリカ「これなら叩き斬る必要なんて無い、触れれば切断されるんだからね!」


 キリカは勢いよく海に潜る。


キリカ『……!?』

キリカ『こ、これは!?』

さやか『速度低下、自分以外の全ての動きを鈍くする』


 魚のように自在に泳ぐさやかがキリカの背後に回る。
 キリカも動こうとするが、思うように身動きが取れない。


さやか『動きが鈍くなって抵抗の増した水の中で普段通りの速度じゃあ、あたしよりもずっと動きにくいだろ!』

キリカ『ぐっ……あおいろぉ!!』

さやか『あたしはさやかちゃんだぁああああああああああああああああ!!』


 すれ違いざまに逆手に持たれた小剣がキリカの腰のソウルジェムを捉えた。


キュゥべえ「ソウルジェムの破壊を確認。試合を終了するよ」


 ずぶ濡れのさやかとキリカが公園へ転移させられた。


まどか「さやかちゃん!」

さやか「よっしゃあ! 勝ってきたよ! まどかぁ!」

ほむら「まどかに抱き着くのは乾かしてからにしてもらえるかしら……?」

さやか「なんだと、このこのー!」

ほむら「ちょっと! 私に抱き着かないでちょうだい!!」

まどか「さ、さやかちゃん……」

織莉子「……これで私以外のヒュアデスは全滅ですか」

キリカ「ぅ、ぅぁ……。お、織莉子……ご、ごめんなさい……」

織莉子「キリカ」

キリカ「……っ」

織莉子「ふふふ、そういえば魔法少女になる前の貴女はそんな性格だったわね」

キリカ「!!」

織莉子「帰りましょう」

キリカ「う、うん!」


 2人のやり取りをさやかは遠巻きに眺めていた。


さやか「……よかった、負けても始末されるとかそういうのは無いみたい」

ほむら「敵の心配なんて余裕ね、あなたの次の相手はあの織莉子なのよ」

さやか「ずぶ濡れのまま言ったって説得力無いぞ」

ほむら「あなたのせいでしょ!?」


 深夜の歩道橋の上。
 肩で息する杏子が、結界の中から現れた。

 杏子は通れるように座り込むと、ギラギラと光る眼で遠くを見据えた。


杏子「勝つ、勝ち抜く……。必ず!」




今日はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。
投下が遅れて申し訳ありませんでした。


 河川敷の橋の下にて。
 杏子を除く4人は集まっていた。


さやか「というわけで! さやかちゃんが勝ち残りましたよー!」


 得意げに胸を張るさやかをほむらが諌める。


ほむら「油断しないで、一勝しただけよ。相手にはまだ……」

さやか「ん、わかってる」

さやか「それよりもさ、あんた達こそ大丈夫? 杏子なんでしょ、今日の相手」

まどか「うん……」

さやか「マミさん! なにかないですかね! 杏子の弱点とか!!」

マミ「そうね、私の知ってる限りでは話すけど……」

マミ「あすみちゃんを迎えにグレートスピリッツまで行ったという話が本当だとしたら、今までの佐倉さんとは別物だと考えていいわ」

さやか「えっ……?」


 すっかりインキュベーターの根城となった見滝原ビルの屋上。
 キュゥべえとジュゥべえは隣り合って座る。


キュゥべえ「やれやれ、杏子はすっかり成長になってしまったね。だから干渉は避けたかったのに」

ジュゥべえ「まぁ今回は仕方ねぇよ」

キュゥべえ「臨死体験、もしくは死からの蘇生を経験した魔法少女は爆発的に巫力が増加する」

キュゥべえ「まどかが膨大な巫力を持っている理由もここに起因する」

ジュゥべえ「まどかのアドバンテージは無くなってしまったというわけだ」

キュゥべえ「まぁ、それでもまどかの方が巫力は多い。でも実戦経験は杏子に分がある」

ジュゥべえ「今日の試合、荒れるぜ……!」




               第四試合
             杏子 対 まどか

              プラント・土漠


 


 日差しが降り注ぐ灼熱の大地。
 黒く焼けただれた土が一面に広がるプラント。
 ゴロゴロと転がる石から陽炎が上がっていた。


キュゥべえ「それじゃあ2人共、変身を済ませてくれ」


 まどかは変身を済ませ、手には花の咲き炎を吹く弓を持つ。
 そして杏子の手には――


まどか「なに、あれ……」


 狼牙戟、そう呼ぶべき武器が杏子の手には握られていた。
 その武器は片方は十字槍になっており、もう片方は狼牙棒のような棘付き棍棒になっていた。

 杏子はまどかを見据えると、ニヤリと口元を吊り上げる。


キュゥべえ「それじゃあ試合開始!」

杏子「オーバーソウル!」
まどか「オーバーソウル!」


 まどかの背後にはほむらの魔女が、杏子の背後には銀色のバイクのような魔女が顕現し。
 ソウルジェムへと収束する。


まどか「!?」


 開始の合図と同時に。
 杏子は前方への連続したショートワープを発動し。まどかへと突進する。
 明らかにショートワープのタイムラグが短くなっている。

 まどかは振るわれた狼牙棒を弓で受けるが、一瞬で力負けして後ろへと吹き飛ばされる。


まどか「がっ!」

杏子「まだまだ!」


 杏子はまどかの背後へショートワープで回り込むと。
 狼牙戟の柄でまどかを殴りつける。


まどか「げ、ぼっ!?」

杏子「まだ、まだっ!」


 再びまどかは吹き飛ばされる。
 しかし。


まどか「くっ!」

杏子「おっ!」


 まどかは紫光の両腕を出現させ、右腕で地面を捉え。
 左手で再びショートワープで出現した杏子の狼牙棒を受け止めた。


杏子「ただじゃやられないってか……!」

まどか「ううん、わたしが勝つ!」

杏子「はっ!」


 まどかは紫光の両腕を翼へコンバートし。
 大きく羽ばたいて空を舞う。


杏子「逃がすか!」


 杏子はショートワープで宙に出現する。
 すかさずまどかは光の翼で防ぎ、桃色の矢を番えるが。


まどか「!?」


 振り降ろされた狼牙棒は、光の翼をあっさり打ち砕いた。
 片翼を失い、バランスを崩したまどかは矢の狙いを外して明後日の方向へ放ってしまう。

 まどかは残された片翼を大きく羽ばたかせて杏子から離脱しようとするが。


杏子「逃がさねぇぞ」


 突如、杏子の狼牙戟が多節棍のように分離した。
 鎖で繋がれた節は蛇のように舞い、十字の穂先が残された片翼を切り裂く。


杏子「終わりだよ」


 杏子はショートワープでまどかの真上に出現すると、左手でまどかの首を掴んだ。


まどか「か、はっ」

杏子「取った!」


 杏子の右手がまどかの首元のソウルジェムに伸びる。


まどか「てぃ、んく、るばーす、と……!」

杏子「!?」


 まどかと杏子の間で、紫光が炸裂した。


杏子「かっ……!」

まどか「っ!!」


 まどかと杏子の両者を吹き飛ばし。
 フラッシュバンのように杏子の視力を奪う。


杏子(不味い、不味い! その場にとどまったら危ない!)


 杏子は連続したショートワープで縦横無尽に飛び回るが。


杏子「がっ!?」

まどか「……」


 まどかの早撃ちが一瞬のラグに停止した杏子を捉えた。
 巫力の麻痺した杏子が地面に落下する。


 地に墜ちた杏子へ、まどかが歩み寄った。


杏子「げほっ、がはっ……! ははは、やっぱり敵わないね……」

まどか「手加減、したよね。杏子ちゃん」

杏子「……バレてたか」

まどか「どの攻撃もわたしを傷付けない、もしくは絶対に死なないように狙いを外したのばっかり」

杏子「そりゃそうでしょ、あたしはヒュアデスみたいにあんた達が死んでも構わないみたいなこと言うつもりはないし」

まどか「でも……!」

杏子「いーよ、別に。あたしの覚悟が足りなかっただけだ。やれよ」

まどか「……っ!」


 まどかの矢が、杏子の胸のソウルジェムを撃ち抜いた。


キュゥべえ「ソウルジェムの破壊を確認、試合を終了するよ」


 まどかと杏子が公園へと転移させられた。


 杏子は夜空を見上げ、呆然と立ち尽くす。


杏子「……」

まどか「杏子ちゃん……」

杏子「ははは、これであたしの夢もお釈迦だ。残念だよ」

まどか「杏子ちゃんの武器……もしかして叶えたかった願いって……」

杏子「……もう誰の死も背負いたくなかっただけだよ、だからまどか」


 杏子は涙をいっぱい湛えた瞳でまどかの方へ向き直り、拳を突き出す。


杏子「次の戦いでも絶対に死ぬな、あたしが負けたせいで死ぬなんてことは絶対にゆるさない」

まどか「うん……!」


 まどかは自分の拳を杏子の拳の拳に合わせた。


 河川敷、橋の下。
 そこには杏子も含む5人が集まっていた。

 さやかへマミと杏子の視線が注がれている。


杏子「腑抜け、全然なっちゃいねぇぞ」

マミ「そうね、美樹さん……。なんだか心ここに在らずって感じね」

さやか「んー、まぁそうなんだよねー」


 さやかは頭をポリポリと掻く。


さやか「なんか、あたしじゃどう足掻いても織莉子には勝てないような気がして……。まぁ後ろにまどかが控えてるから甘えてるっちゃあ甘えてるんだけど……」

杏子「テメェ……!」

マミ(美樹さんの『叶えたい願いが無い』という弱点がここになって現れてきた……。これじゃあ本当に手も足も出ずに負けてしまう可能性がある……!)

ほむら「そうね、極論から言うとあなたには負けてもらって構わない」

マミ「暁美さん!!」

さやか「……」

ほむら「ただ、それじゃああなたの参戦は何の意味も無いお遊びだったってことになるわね」

さやか「なっ!?」


まどか「ほむらちゃん! さやかちゃんは……」

ほむら「だってそうでしょう? さやかは何も成してはいない、誰のためにも戦っていない。ただ自分の負い目を隠すために魔法少女になったに過ぎない」

さやか「ほむら……っ!」

ほむら「そんなあなたに負けた呉キリカも敵ながら浮かばれないわね」

さやか「なんだと!?」

マミ「やめて、暁美さん! どうして今更仲間割れするのよ!?」

杏子「……」

ほむら「たとえ負けてでも為すべきこと、あなたには見えないの?」

さやか「! あたしのやるべきこと……」

さやか「織莉子の、オーバーソウルの正体を探ること……?」


 ほむらはコクリと頷いた。


 ムー大陸、エントランス。
 星の瞬く天球の中に飛び込んだような宇宙空間。
 スクリーンに映った、向かい合う織莉子とさやかを、まどかとほむらが固唾をのんで見守っていた。


ほむら(第一目標、織莉子のオーバーソウルの正体の解明。第二目標、織莉子の戦闘スタイルの情報収集。第三目標、勝利)

ほむら(絶対条件、死なないこと)

まどか「……」

キュゥべえ「そろそろ始まるね」

ほむら(マミや杏子の話からすると織莉子のオーバーソウルの能力は)

ほむら「時間や因果に関係する能力である可能性が高い、か」



今回はここまでです。
書き溜めが残っていたので早めに投下できました。
読んでいただきありがとうございました。




               第五試合
             さやか 対 織莉子

              プラント・ツンドラ


 


 寒冷地植物が生い茂り。
 遠景には浅い大河が望め、周囲には霧のかかった平原。
 薄い水色の空にあらゆる熱が吸い取られているような風が吹き抜ける。


ジュゥべえ「それじゃあ2人共、変身を済ませてくれ」


 織莉子とさやかが魔法少女の姿に変身する。
 厚着の織莉子はそうでもないが、露出の多いさやかは震えあがる。


さやか「さ、寒い……!」

織莉子「……ヒュアデスも残りは私一人になってしまいました」


 織莉子は広げた手のひらの上に水晶玉を浮かばせる。


織莉子「本気を出させていただきますよ」

さやか「の、望むところだっ!」

ジュゥべえ「それじゃあ試合開始!!」

さやか「オーバーソウル! バージニア!!」

織莉子「オーバーソウル――


 織莉子の背後に、塗りつぶされた影のような魔女が顕現する。
 魔女はただひたすら祈りを捧げていた。


織莉子「エルザマリア……!!」
 


さやか「へっ……?」


 2人がオーバーソウルした次の瞬間だった。


ジュゥべえ「さやかのソウルジェムの破壊を確認、試合を終了するぜ」
 


 呆然としたさやかと、変身を解いた織莉子が公園へと現れた。


織莉子「落ち込むことはありませんよ、美樹さやかさん。今までの私はオーバーソウルの正体を隠していた。今宵はもう隠す必要が無かった。ただそれだけのこと」

さやか「ま、待てよ……。待てよ! 私はまだ!!」


 織莉子に追い縋ろうとするさやかの肩を、ほむらが掴んだ。


さやか「ほ、ほむら……」

ほむら「ファインプレーよ、さやか」

さやか「!?」

ほむら「織莉子、あなたのオーバーソウルの正体は」

ほむら「事象を書き換える能力ね」

織莉子「……」


 織莉子は肩を揺らして笑った。
 


織莉子「その通りです、ほむらさん。やはり今の一瞬でわかってしまうのですね」

ほむら「似たような力は覚えがあるからね。しかし、あなたのやって見せたことは明らかにソレとは違った」

織莉子「……エルザマリア、性質は独善」

織莉子「能力は『自分の都合のいい未来に書き換える』こと」

織莉子「どうです、世界を導く者に相応しい力でしょう?」

ほむら「……まさに独善的ね」

織莉子「ふふふ。明日の決勝戦、楽しみにしていますよ」


 織莉子は悠々と、夜の公園を後にした。


 学校昼休み。五人は集まって昼食を囲んでいたが表情は暗い。


さやか「……」

マミ「……」

杏子「なぁ、織莉子のことだけどさ」

杏子「未来を書き換えるなんて、いったいどうすりゃいいのさ」

さやか「そうだよ、そんなの無敵じゃん……」

ほむら「無敵の力なんて存在しないわ」

ほむら「本当に自由に未来を書き換えることができるなら、そもそも勝負が成立しない。それ以前にサバトの予選期間中に私たち全員を消すことができたはず」

まどか「無敵なら隠す意味なんてないもんね。きっとどこかに弱点があるから知られたくなかったんだと思う」

さやか「弱点って?」

まどか「うん、あのね。たぶんだけど……」

まどか「織莉子さんの能力って、防いだり失敗させたりできるんだと思う」

ほむら「そこまで辿り着いていたのね、まどか」

マミ「失敗、不発……。そういえばあの時……!」

ほむら「そう、おそらく織莉子の能力は」

ほむら「対象を視認していないと、発動しない」


さやか「ていうかさ」


 さやかがから揚げを箸でつまみながら口を開く。


さやか「あたし達って学校なんか来てる場合?」

まどか「なんで?」

マミ「どうして?」

さやか「いや、逆になんで疑問を持たないのよ……」

杏子「サボったらダメだよな」

マミ「そうよね」

さやか「……」

ほむら「いいのよ、下手に気張るよりもこれくらいの方が」

さやか「えー……。ゆる過ぎると思うけどなぁ……」

ほむら「ゆる過ぎるくらいが調度いいのよ、世界の命運なんて私たちに背負えるわけないんだから」

さやか「……そういうもんかなぁ」

ほむら「そういうもんよ」


まどか「ぷっ、あははは……」

杏子「どうした、まどか?」

まどか「ううん、ごめんね。本当はわたしがこんなこと言っちゃダメなんだろうけど」

まどか「信じられなくて。明日には世界が終わるかもしれないなんて」

さやか「あー、わかるわー」

ほむら「そうね。でも案外こういうモノよ。終末の前日なんて」

杏子「なんであんたはそんなに達観してるんだよ……?」

ほむら「何回も世界を滅ぼしてきた女の言うことは違うでしょ?」

杏子「笑うべきなのか、不謹慎だと諌めるべきなのか……」

ほむら「好きな方を選びなさい」


 同じく昼休み。
 まどか達とは違う学校にて。


織莉子「……」

小巻「あら、美国さん。お昼休みもお勉強? 熱心ですこと!」

小巻「そうよねー、美国さんは政治家になるんですものねー。きっとなれるわよ」

小巻「あなたのお父様みたいな立派な方に! あっははははははははは!」

織莉子「小巻さん」

小巻「!?」


 織莉子は優しげな笑みを湛えて語りかける。


織莉子「貴女は、自分の人生が尊いと思う? 家族や友達を大切にしてる?」

小巻「!?」

織莉子「答えて」

小巻「と、尊いわよ! 大切に決まってるじゃない!」

織莉子「そう、なら謝っておかないとね。ごめんなさい」

小巻「っ!?」


 目を細めて笑う織莉子に、小巻は後ずさりするように離れて行った。


織莉子「……今宵、全てが決まる」




                 決勝戦
             まどか 対 織莉子

                プラント・月


 


 月面。
 青い水の星を望む、虚空に浮かぶ灰色の岩肌。
 その月面にまどかと織莉子が、ふわりと羽毛のように降り立った。


まどか「息はできるんだね……」

キュゥべえ「まぁ僕達も魔法少女を窒息させる気はないからね。ただし重力は地球の0.165倍だよ」

織莉子「……人類は誕生以前より月と共に歩んできた。
     月の満ち欠けを月経の周期と関連させ母性の象徴として神聖視し、そして魔女の夜宴も満月の日に行われると考えられていた」

織莉子「鹿目まどかさん、知っていますか? 生物の誕生のきっかけは月の誕生によるものという説があるということを」

織莉子「人類の未来を決める決戦の地に、相応しいと思いませんか?」

まどか「……」

キュゥべえ「それじゃあ2人共、変身を済ませてくれ」


 まどかと織莉子は魔法少女の姿へと変身する。


織莉子「さぁ、一瞬で終わりますかね?」

まどか「負けない、絶対に……!」

キュゥべえ「試合開始!!」

まどか「オーバーソウル!」
織莉子「オーバーソウル!」


まどか「……っ」


 まどかは桃色の光の矢を番え、弓を引き縛る。
 織莉子はニタリと微笑んだ。


織莉子「無駄ですよ」


 光の矢が放たれる。
 矢は途中で散り、散弾の如く数多の矢となって織莉子に襲い掛かる。

 矢が織莉子に到達しようとした瞬間だった。


まどか「ティンクルバースト!」

織莉子「!!」


 桃色の光の衝撃波が織莉子を襲う。
 織莉子は目を押さえて、身を捩るが。


織莉子「ふ、ふふ……!」

まどか「!?」


 紫光の矢は、全て滑るような軌道で織莉子から逸れた。


織莉子「勘違いですよ、鹿目まどかさん」


 織莉子はニタリと微笑んでまどかを見据える。


織莉子「私の力の発動条件は『視認』することではなく、『認識』すること」

まどか「!?」

織莉子「『来る』とわかっていれば、見る必要も全てを確認する必要も無い。
     ただ『避けたい』と思うだけで、全ての暴力はわたしから逸れていくのです」

まどか「……強いですね」

織莉子「そうでしょう?」


 織莉子はクスクスと肩を揺らすと。
 手のひらを開き、その上に水晶玉を浮かべた。


織莉子「では次はこちらから」

織莉子「ブロー・フロム・ザ・パスト……!」


 水晶玉が震え、事象を超える。


 まどかのソウルジェムを水晶玉が捉えようとしたその時だった。


織莉子「!?」

まどか「……わたしってそんなに頭のいい方じゃないから、いくら考えても織莉子さんの力をどうにかする方法は思いつきませんでした」

まどか「でも、気付いたんです」


 水晶玉は紫光の翼に受け止められ、粉々に砕け散った。


まどか「ほむらちゃんの力は条理を、不可能を、絶望を破壊する光」

まどか「来るべき未来を乗り越えるための力!!」


 まどかは紫光の矢を番え、織莉子に放つ。


織莉子(事象改変!!)

織莉子「!?」


 矢は逸れることなく、織莉子の頬を掠めた。


まどか「ほむらちゃんの光なら未来を超えられる!!」

織莉子「……ふふふ」


 織莉子は肩を揺らして笑った。


織莉子「面白いですね……いや、面白いわね。まどかさん」

まどか「……」

織莉子「『未来を書き換える力』などに甘んじて、ずっと手を抜いていた私が恥ずかしいわ」

まどか「!」

織莉子「ここからは全力で相手をしてあげましょう」

織莉子「ヒュアデスではなく一人の魔法少女としてね!!」


 織莉子の周囲に数多の水晶玉が浮かび上がった。


 まどかと織莉子の壮絶な応酬が始まった。
 紫光の翼で空を舞うまどかに、織莉子は数多の水晶玉を生成しては放ち、まどかがそれを撃ち落す。
 そしてまどかの放った矢を、織莉子は反応だけで避けていた。


織莉子「ふふふ、いくらあなた自身にこの力が通用しなくても……こういう使い方もあるのよ!」

まどか「!!」


 突如、まどかの周囲を取り囲むように7つの水晶玉が現れる。


まどか「くぅ!!」


 まどかはとっさに翼でその水晶玉から身を守る。

 その一瞬の隙。
 織莉子は屈むと、一気に空中のまどかと同じ高さまで跳躍する。


織莉子「さぁ終わりね!」

まどか「!?」


 織莉子は限界まで圧縮した魔力を両手に纏い、手刀でまどかの紫光の翼を切り裂く。
 もはや魔法もオーバーソウルもあったものではない、ただの体術だ。


織莉子「人類は私が導く! 終わらない夢に全ての人間を誘い、永遠の安息を与える!!」

まどか「っ!!」


 ゆっくりと落下していく2人の応酬が続く。
 織莉子の素手の攻撃をまどかは弓で受け止め、受け流す。

 しかし高速の織莉子の手刀がまどかの腕を切り裂く。


まどか「ぁっ!!」

織莉子「これにてお仕舞い」


 織莉子の手刀が、まどかのソウルジェムごと胸を貫こうとする。


まどか「……」

織莉子「!?」


 織莉子の手刀をまどかは受け止めた。
 圧縮された魔力に、まどかの手がジリジリと焼かれていく。


まどか「終わらない夢なんて必要ない」

まどか「わたしはほむらちゃんと一緒の明日を迎えたいから!!」

織莉子「!!」


 まどかの拳が、織莉子の胸のソウルジェムを打ち砕いた。


キュゥべえ「ソウルジェムの破壊を確認、試合を終了するよ」


 まどかと織莉子は公園へ転移された。


キュゥべえ「これでサバトの全プログラムが終了したよ」

ジュゥべえ「そういうわけで……」

キュゥべえ「サバトの優勝者はまどか、君だよ。おめでとう」

ジュゥべえ「おめでとぉおおおおおおおおう!!」

まどか「ありがとう。キュゥべえ、ジュゥべえ!」

織莉子「……」

まどか「……織莉子さん」

織莉子「敗因はわかってるわ。あの一瞬、私は迷った」


 織莉子はまどかの方を見て、ニッコリと笑った。


織莉子「まどかさん。貴女と暁美さんを見て、私もキリカと共にこの世界で過ごすのも悪くないと思ってしまったの」

まどか「織莉子さん!」

織莉子「優勝おめでとう。手に入れた暁美さんとの日常、大切に過ごしなさい」

まどか「はい!!」


 織莉子はそれ以上は何も語らず、けれども足取りは軽く。
 インキュベーターと2人を取り残して去っていった。


ほむら「まどか」

まどか「ほむらちゃん! やったよ!!」

ほむら「ええ。頑張ったわね、まどか」

まどか「ほむらちゃん!」

ほむら「えっ!?」


 まどかはほむらに勢いよく抱き着いた。
 ほむらは突然のことに驚きながらも、くすぐったそうに顔をほころばせた。


キュゥべえ「偉大なる魔女の継承は明日だ」

ジュゥべえ「偉大なる魔女は一度オーバーソウルすれば消えてしまうが、その際1つだけ願いを叶えることができる。まどかは何を願うんだ? 教えてくれよ」

まどか「うん」

まどか「ほむらちゃんと一緒に生きたい、ほむらちゃんの悲しい旅を終わらせたい。だから」

まどか「ほむらちゃんを一人の人間にして欲しい!」




今日はここまでです。
読んでいただきありがとうございました。


 公園の入り口。
 そこにはさやかとマミ、杏子が待っていた。


さやか「まどか! ほむら!」

まどか「さやかちゃん」


 まどかはニッコリと微笑んだ。


まどか「勝ってきたよ」

さやか「!! や、やったぁあああああああ!!」

まどか「うん!」

杏子「ま、おめでとう。まどか」

マミ「ええ、おめでとう鹿目さん」

さやか「はー、なんだか気が抜けちゃったよ……」

まどか「えへへ……」

マミ(世界を救ったなんて大袈裟ね)

マミ(鹿目さんは友達を一人救った、ただそれだけでいい)

ほむら「夜も遅いわ、明日も学校はあるし帰りましょう」

さやか「ドライだなぁー、ほむらは」


 次の日の夜。
 公園にてほむらとまどかはインキュベーター達と相対していた。


キュゥべえ「さて、これより本格的に継承するよ」

ジュゥべえ「ここに来るのも最後になるかなー」

まどか「うん……!」

キュゥべえ「継承が終わった時、僕達は全ての魔女を連れてグレートスピリッツへ還ることになっているからね」

ほむら「……」

キュゥべえ「それじゃあゲートを開くよ」


 青い空間の亀裂が現れた。


 そこは広い高原のような場所だった。
 その高原の真ん中に古代の祭壇のような建造物がある。
 石造りの柱は風化も破損もしておらず、この時代錯誤な祭壇がつい最近建てられたことを物語っていた。

 インキュベーター達とまどかとほむらはその祭壇へ歩み寄る。


キュゥべえ「束ねられた運命に引き寄せられ、グレートスピリッツから生み出された偉大なる魔女。君はこの魔女の継承者になるんだ。
        この魔女をオーバーソウルしたその時、君には神にも等しい権限が与えられるだろう。受け入れるといい。これが君の運命だ」

まどか「うん!」


 祭壇に数多の魂の奔流が吸い込まれていく。
 そして誕生したのは、桃色のソウルジェム。


まどか「これが……、偉大なる魔女のソウルジェム……!」

ほむら「……」

キュゥべえ「さぁ、まどか。願うんだ。君には祈りを遂げる権利が――

「Congratulationsだね、まどかー」


 パチパチパチと。
 どこか小馬鹿にしたような拍手の音が響く。


まどか「!?」

「すごかったよ、あれが偉大なる魔女か」

ほむら「聖カンナ……!」

カンナ「……」


 カンナはニッコリと笑った。


キュゥべえ「どういうことだい? ここは魔法少女以外は入れないはずだけど」

カンナ「私はまだ魔法少女だよ」

まどか「そんな! あの時確かに!!」


 カンナはくつくつくつと笑うと、自慢げにソウルジェムを見せる。


まどか「!?」

カンナ「忘れたかい、インキュベーター。聖カンナは多重契約者だ」

ジュゥべえ「あっ、そうか!!」

ジュゥべえ「ヒュアデスの暁と契約したのは裏の聖カンナ! 表の聖カンナはズライカと契約したままだ!!」

ほむら「それで、今更何の用かしら?」

カンナ「おいおい、そう警戒するなよ。なにも私は横取りしに来たわけじゃない」


 カンナの周囲に魔力の波動が波打つ。


カンナ「ちょっと、コピーするだけさ……!」


まどか「な……!!」

キュゥべえ「まさか偉大なる魔女を君のオーバーソウルでコピーする気かい?」

カンナ「その通り」

ジュゥべえ「そんな馬鹿な!! いくらなんでもできるはずがない!!」

カンナ「いいや、できる。なぜなら」


 カンナはニィと口元を吊り上げる。


カンナ「私もグレートスピリッツに選ばれたのだから……!!」

キュゥべえ「!?」


まどか「どういう、こと……?」

「言った通りの意味だよ。魔女・ズライカはこちらの切り札だったんだ」

まどか「!?」


 そこにはキュゥべえやジュゥべえと似た姿の白いウサギのような動物が居た。


キュゥべえ「君は……インキュベーターだね」

インキュベーター「その通り」

ジュゥべえ「オイラ達以外にもいたのか!?」

まどか「どういうこと……、何が起こってるの……?」

インキュベーター「見ての通りさ。世界は終わる。サバトの結果なんて初めから関係なかったんだよ」

まどか「そんな!!」

カンナ「と、いっても私がこいつのことを知ったのはサバトで敗退した後だったけどね」


 キュゥべえは淡々と3匹目のインキュベーターに語りかける。


キュゥべえ「グレートスピリッツは初めからそのつもりだったのかい?」

インキュベーター「その通りだ。本当は試合形式で決めたかったんだがヒュアデスが全員敗退した今、強硬策に出たというわけだよ」

まどか「どうして! どうしてそんなに人間を滅ぼしたがるの!?」

インキュベーター「君達も知っているだろう。この世界のズレは本来滅んだ世界の因果律に引き寄せられたものだ。
           ならばそのズレを修正するには世界を滅ぼして然るべきだろう?」

キュゥべえ「……」

まどか「そんな、そんな……!!」

ほむら「……」

インキュベーター「さぁカンナ、始めるんだ」

カンナ「わかっているさ」


 カンナは空に手を掲げる。


カンナ「ズライカ、その性質は妄想。実物さえ見れば、イメージさえできれば、万能の神にだってなれる」


 カンナの周囲に魂の奔流が吸い込まれていく。
 そうして作られたのが、まどかと同じ桃色のソウルジェム。


カンナ「くく、はははっ」

カンナ「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」

ジュゥべえ「こんなことがあり得るのか……!?」

キュゥべえ「……なるほどね」

キュゥべえ「束ねられた運命は、あくまでまどかの生存を認めないつもりか」


 キュゥべえはチラリとまどかの方を見据えた。


キュゥべえ「ヒュアデスの結成も、カンナの破滅願望も。全ては予定調和ということか」

まどか「……っ!?」

カンナ「オーバーソウル。さぁ叫べ怖れろ、世界を滅ぼすその魔女の名は」


 桃色のソウルジェムから、どす黒い波動が溢れだす。
 それは周囲に広がり、あっという間に天蓋を覆い尽くす。


カンナ「クリームヒルト・グレートヒェン……!!」


 黒い大樹が時空の壁を突き破り、この星を侵食する。
 あらゆる時のあらゆる場所から。
 この星の巫力を吸い上げ、そのオーバーソウルは煌々と輝きはじめる。


『願い事を言いなさい』

『叶えて差し上げましょう』

カンナ「全ての人間を滅ぼす力を!!」


 カンナはそういうと、魔女の吸い寄せた巫力がカンナへ飛び込んでいく。
 カンナは目を見開き、咽こんだ後。

 顔を上げて高笑いをした。


カンナ「あーーーーーーはははははははははははははっ!!」

カンナ「ハッピーエンドなんてクソ食らえ。今より幕を開けるのは、幼稚で陳腐なカタストロフ。
     私こそが機械仕掛けの神の意思。この世の全て戯曲に変えろ、回れ巡れを嘘にしてしまえ」

カンナ「明けない夜の始まりだッ!!」


 巨大な魔力の波動がカンナへ収束する。

 カンナが宙高く跳び上がると、その周囲を数多の天球の様な歯車が回転する。
 それは雄大で壮大で、悍ましい光景。

                                                キャラクター
カンナ「ははははは、あーーーーはははははははははははっ! 全ての人間を道化役者に変えてしまえば」

カンナ「私が、魔女人間が本物だ……!!」


 まどかとほむらが空を見上げる。
 広大なプラントの天蓋全てを暗雲が覆いつくし。
 暗雲は渦を巻いて雷鳴を轟かせる。


まどか「こんな、こんなことって……」

ほむら「最後まで……、最後まで私の前に立ち塞がるのね……」

キュゥべえ「もはや手は無いね、カンナは最強の魔法少女になった」

ジュゥべえ「どうにかできねぇのかよ!?」

キュゥべえ「行こう、僕達はここにいるべきじゃない」

ジュゥべえ「!?」


 遥か高みにて、カンナはせせら笑いながら2人を見下ろす。


カンナ「おっとオーディエンス、驚くのはまだ早い。この星の巫力こそ私の巫力」

カンナ「そしてこれらが魔女の上の存在、精霊!!」


 黒い大樹から、吸い上げられたこの星の巫力が放たれる。


 雷鳴が鳴る。紫電が爆ぜる。


カンナ「『地磁気』を媒介に顕現させるのは、この世で最も激しい精霊、『スピリット・オブ・サンダー』」


 大気が赤熱する。赤熱線がバーストする。


カンナ「『酸素』を媒介に顕現させるのは、この世で最も破壊的な精霊、『スピリット・オブ・ファイア』」


 大地が鳴る。歪んだ重力場が形成される。


カンナ「『鉄分』を媒介に顕現させるのは、この世で最も堅牢な精霊、『スピリット・オブ・アース』」


 大気の水分が凝結する。フェーン現象が気温を著しく変化させる。


カンナ「『水蒸気』を媒介に顕現させるのは、この世で最も壮大な精霊、『スピリット・オブ・レイン』」


 風が唸る。空気が軋る。


カンナ「『気圧』を媒介に顕現させるのは、この世で最も速い精霊、『スピリット・オブ・ウインド』」


 五体の巨人がカンナの前に現れた。
 紫、赤、茶、青、緑の色とりどりの巨人。それらは皆が皆、『異形』と形容すべき姿をしていた。


カンナ「これが終わりの始まり告げるブザーだ。覚悟しろ。この星の森羅万象がお前等の相手だ」




               スピリッツ・オブ・エレメント
             『 五  大  精  霊  の  同  時  オ  ー  バ  ー  ソ  ウ  ル  !! 』




 




今日はここまでです。
書き溜めはこれで最後です、また更新頻度が落ちるかもしれません。
読んでいただきありがとうございました。


カンナ「さぁ、どうするまどか! 偉大なる魔女を使って私と張り合うか!?」

まどか「……っ!」

カンナ「できないだろうな! それをオーバーソウルしたらお前の望みは潰れるのだから!」


 カンナは手を前に出すと、何かを握りつぶすような動作をする。


カンナ「じゃ、仲良く滅べ」


 カンナの動きに呼応するように、スピリット・オブ・ファイアが動き出す。

 その威圧感、その存在感に。
 ほむらがいち早く口を開く。


ほむら「まどか! 一刻の猶予も無い! 今すぐ偉大なる魔女をオーバーソウルして奴と戦うのよ!!」

まどか「だ、駄目だよほむらちゃん! それじゃあほむらちゃんは、私は何のために……!!」

ほむら「そんなことを言ってる場合じゃない! 早く!!」

カンナ「もう遅い」


 スピリット・オブ・ファイアがほむらとまどかに手を伸ばしていた。
 2人を包み込むほど巨大な掌が、ほむらとまどかを焼き払わんとする。


ほむら「っ!」

カンナ「お前が悪いんだほむら、お前が払ったこの手で私は世界を滅ぼす」

カンナ「死ね!! みんな死ね!!」


まどか(わたしがわがままを言ったばっかりに、わたしが迷ったばっかりに)


 スピリット・オブ・ファイアの掌が迫る。
 紅蓮の炎を上げ、まどかとほむらを掴もうとする。


まどか(どうして、わたしはこうなんだろう。わたしはなんてダメなんだろう)


 その炎が頬を焼きそうになったときだった。


まどか(ごめんなさい、ほむらちゃん。ごめんなさい)


「ティロ・ボレー!!」


 一回の銃声に6発の魔法弾。
 その全ての魔法弾が、スピリット・オブ・ファイアの頭部の全く同じ個所に同時に着弾した。

 突然のことに後ろに仰け反るスピリット・オブ・ファイア。

 それとほぼ同時に。

 マスケット銃に組み込まれてれていたリボルバーごと排莢すると。
 超大口径の魔法弾を流れるような動作で装填する。銃口の大輪の薔薇がにわかに艶めく。


「ティロ・フィナーレ!!」


 6発の着弾箇所と全く同じ場所へ撃ち込まれる特大の魔法弾。
 耳を劈く炸裂音と共に、爆轟波がスピリット・オブ・ファイアへ直撃する。
 赤い巨体が後ろへと倒れた。


「間一髪ってところかしらね」

まどか「マ……」


 その魔法少女はマスケット銃をおろし、安堵したように1つ息をついた。


まどか「マミさぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

マミ「ふふっ」


 涙を零して絶叫するまどかへ、マミは悪戯っぽくウインクした。


カンナ「どういうことだ……! なぜ脱落したお前が! 魔女を持ってここにいる!?」

マミ「あら、私だけじゃないわよ」


 突如現れたゲートから。
 次々と魔女を携えた魔法少女達が現れる。


さやか「さやかちゃん参上!」

杏子「ルーキーがしゃしゃり出るなよ」

さやか「なにぉう! もうルーキーじゃないやい!」

織莉子「まさかこんなことになるなんて……。聖カンナ、やはり貴女は私たちの敵だった」

キリカ「なんでもいいよ、また織莉子と一緒に戦えるのが嬉しい」

ゆま「ゆまも戦うよ!」

ユウリ「その節はどーも、開始早々ずいぶん嘗めたマネしてくれたな」


 7人の魔法少女を見て、カンナがワナワナと震える。


カンナ「さやか、杏子、織莉子、キリカ……序盤に脱落させたゆまやユウリまで……! どういうことだ、何が起こっている!?」

キュゥべえ「彼女たちは再契約したのさ」


 ゲートから最後にキュゥべえとジュゥべえが現れる。


カンナ「キュゥべえ、ジュゥべえ……!」

キュゥべえ「僕たちはあくまで中立だけど、違反者が相手なら手段は選ばないよ」

ジュゥべえ「全員ここの近くに集まってくれてて助かったぜ。まさかズルいなんて言わねぇよな?」

カンナ「……それがどうした? 今さらそんな奴等が来てなにになる?」


 五大精霊達が起動した。
 破滅的な魔力を放ち、一斉に目が光る。


カンナ「止められるものなら止めてみろ!!」


 さやかとマミが、まどかとほむらの隣に歩み出た。


まどか「マミさん、さやかちゃん……?」

さやか「よいしょっと、あたしとマミさんの合わせ技だっ!」


 マミとさやかが手を翳すと。
 荊の結界と、防壁の魔法がまどかとほむらの周りを囲み、視界を完全に遮る。


マミ「名付けて絶対領域。鹿目さん、暁美さんと心行くまで話し合って。どんな結論に至ろうと私たちはあなたを責めないわ」

さやか「なーに心配いらないって。偉大なる魔女の力なんか借りなくたって、あんな奴等あたし達がちょちょいっとやっつけちゃうから!」

まどか「マミさん……、さやかちゃん……!」

さやか「じゃ、行きますか!」

マミ「ええ!」


 ムックリと起き上るスピリット・オブ・ファイアに、さやかとマミが立ち塞がる


マミ「さて、よくも私のかわいい後輩を虐めてくれたわね」

さやか「高くつくよっ!」


 重力波を放つスピリット・オブ・アース。
 それをひらりと躱し、挑発的に語りかける杏子。


杏子「あー、アンタついてないな」


 杏子は食べかけのたい焼きを全部頬張ると。
 ニヤリと口元を吊り上げる。


杏子「あすみやまどかと比べると俄然戦いやすいわ」



 スピリット・オブ・サンダーが放電する。
 稲光が轟き、紫電が奔るが。

 前に立つ2人には、あっさり逸れて地面に着弾してしまう。


織莉子「事象改変。空気の通電率を書き換えて、狙いを逸らしました」

織莉子「はぁ、どうしてこんなことになったのやら。当初の目的とは全く逆の理由で戦っているなんて」

キリカ「そう言わないでよ織莉子、一緒に踊ろう。ラストダンスだ!」



 スピリット・オブ・ウインドが駆け回る。
 ユウリのハンドガンが火を噴く。

 威力は低いが、狙いは外さない。
 全ての魔法弾がスピリット・オブ・ウインドの関節へ着弾した。


ユウリ「きゃははははははは! 最も速い霊が聞いて呆れる!」

ゆま「てーい!」


 ユウリのハンドガンに一瞬動きの鈍くなったスピリット・オブ・ウインドへ、ゆまのハンマーが振り降ろされる。
 傷付くまでには至らないが、その動きを怯ませた。


ユウリ「さて、こっちは散々ぞんざいに扱われた上に、本戦に参加できなくてムラムラしてるんだ。少しは楽しませろよ!」



 スピリット・オブ・レインの絶対零度の攻撃を。
 二匹は躱し、翻弄する。


キュゥべえ「ここまで好き勝手やられたら僕たちも黙っていられないね」

ジュゥべえ「サバトの運営委員の力を思い知れ!」


 結界の中で、まどかはほむらに語りかける。


まどか「ほむらちゃん、わたしもっとほむらちゃんといっぱい話したかったよ……。
     いっぱい教えて欲しいことあったよ……、二人でおいしい物いっぱい食べたかったよ……!」

ほむら「ええ、そうね」

まどか「もっと、ずっと一緒に居たかったよ……!」

ほむら「……」

まどか「ほむらちゃんはこんな終わり方でいいの!?
     何度も泣いて、傷だらけになりながら! ずっと独りで戦ってきたのに! 楽しいことも嬉しいこともなにも無いまま終わるなんて……!!」

ほむら「まどか」


 ほむらはまどかの手を握りしめる。


ほむら「私は十分救われた」

まどか「……っ!」

ほむら「友達との約束をようやく果たすことができた」

ほむら「何度もあなたを見捨てて来て、何度もみんなを見殺しにしてきて。
     そんな現実に目を逸らしながら出口の無い迷路に逃げ込み続けた。そんな卑怯者にはあまりに幸せ過ぎた結末よ」

まどか「違う、違うよ……!」

ほむら「それにね、楽しいことも嬉しいこともなにも無いなんて嘘よ。
     あなたと過ごした毎日、避けようも無い滅びも嘆きも無いこの世界で仲間と過ごした日々、私は本当に楽しかった。消えるのが名残惜しいくらい」

まどか「ほむら、ちゃん……」

ほむら「こんな私のために泣いてくれてありがとう。私の手を取ってくれてありがとう。私を信じてくれてありがとう。私のために戦ってくれてありがとう」

ほむら「まどか、私の最高の友達」

まどか「――っ!!」


 しばしの沈黙の後。
 ほむらは思いついたように口を開く。


ほむら「そうね、それでも1つだけわがままを言わせてもらえるなら」

ほむら「私が居なくなった後も、『暁美ほむら』と仲良くしてくれるかしら?
     病弱で気弱な彼女は、これからもきっと心細い思いをするだろうから」

まどか「うん! うんっ! 絶対に!」

ほむら「そう、よかった」


 ほむらはまどかの方を向き、にっこりと微笑んだ。

 2人は結界を解除する。


 スピリット・オブ・ファイアの業炎がさやかの周囲を焼き払う。


さやか「ぎゃああああ! だ、駄目だよマミさん! こいつどんどん強くなってる!!」

マミ「寝起きの上に思いっきり手加減されてたみたいね……」


 マミは周囲をちらりと見渡す。
 どの場所での戦いも、明らかに五大精霊が優勢だった。


マミ「でもね、美樹さん。泣き言を言ってる暇はないわよ。私たちが頑張らないと鹿目さんと暁美さんの仲を引き裂くことになるんだから」

さやか「わかってますよ!」


 マミが銃を、さやかが剣を構え直したその時だった。


マミ「あれは……」

さやか「まどかとほむら……!」


まどか「ダブルオーバーソウル、ホムリリィ、グレートウィッチ」

カンナ「とうとう出てきたか、ほむら! まどか!」


 まどかは偉大なる魔女と、ほむらを顕現させる。
 どこか満足そうなほむらの魔女と、山吹色の巨大な魂の奔流がまどかの背後に現れ。
 ソウルジェムへ収束していった。


まどか「お別れだねほむらちゃん」


 まどかが弓に虹色の矢を番える。
 まどかの頭上に、セフィロトの樹のような巨大な空中絵が描かれた。


まどか「わたしもほむらちゃんと一緒に過ごした毎日、楽しかったよ」

カンナ「死ぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 カンナが巨大な歯車をまどかへ向けて飛ばす。


まどか「ばいばい」


 虹色に輝く矢が歯車を貫き、カンナへ猛進する。


カンナ「っ!?」

ほむら『カンナ』

カンナ「ほむらっ!?」

ほむら『あなたと2人きりで生きることはできないけれど、代わりに一緒に死んであげるわ』

カンナ「なんだと……!」

ほむら『さぁ』

カンナ「っ!? よ、よせ! 離せ! 離せ離せ離せ離せっ!!」

ほむら『いいえ離さない』

カンナ「ふ、ふざけるな! こんな、こんな終わり方っ!! やめろ、死ぬならお前一人で死ね!!」

ほむら『そうつれないこと言わないでよ』

ほむら『この世にたった二人の魔女人間でしょ?』

カンナ「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ほむらに抱かれるように捕えられたカンナの自我は、巨大な魂の奔流・グレートスピリッツへと落下していった。




今日はここまでです。
更新頻度が落ちるといったな、あれは嘘だ。
次のエピローグで終了となります。
読んでいただきありがとうございました。


エピローグ


 自室のカーテンを開けるわたし。杏子ちゃんはまだ寝ています。
 朝日のよく入る2階の東側。
 窓から見下ろす庭ではパパがガーデニングをしていました。

 今日のサラダはプチトマトかな。

「起きて、杏子ちゃん」

「ん、うぅー……」


「おはよう、パパ」

「おはよう。まどか、杏子ちゃん」

「ふぁー、おはようございます」

「ママは?」

「タツヤが行っているよ、手伝ってやって」

「はーい」


 パパとママの部屋。
 ママはベッドの中で布団にくるまり亀になっていた。

「まーまっ! あーさっ! あーさっ!」

 タツヤの懸命な攻撃にもママは全く動じない。
 わたしは一気にカーテンを開き、ママの布団を引っぺがした。

「起ーきろー!」

「ひゃああああああああああッ!?」

 朝日の眩しさに七転八倒するママ。


 あの戦いの後、わたしはパパとママに全部話しました。
 パパとママは黙って聞いてくれた後、「そうかい。よく頑張ったね、まどか」「流石あたしの娘だ」って言ってくれました。
 それ以降も、わたしと家族の関係は変わりません。

 そういえばパパとママからは明るくなった、自分のことをよく話すようになったって言われます。


「いってきまーす!」

「いってきます」

「いってらっしゃい、二人とも」


 杏子ちゃんと話しながら歩く通学路。
 登校途中の人たちが沢山居ました。
 その中に楽しそうに話す仁美ちゃんとさやかちゃんを見つけました。

「おっはよー!」

「おっす」

「おはようございます」

「おっ、おはよー! まどか、杏子!」

 仁美ちゃんは杏子ちゃんと友達になれて喜んでました。
 性格は真逆なのに意外と仲が良かったりします。

「お、噂をすればあのボーヤじゃないの?」

「恭介!?」

「上条くん!?」

「あー、人違いだった」

「なんだよもー」

「杏子さん……」

 仁美ちゃんとさやかちゃんの恋の勝負はまた始まったようです。
 ただしどっちかが告白するんじゃなくて、上条君から告白されるようにアプローチ勝負になりました。

 どっちが勝っても喧嘩にならないといいな。


 学校の昇降口。
 そこには靴を履きかえてるほむらちゃんが居ました。

 わたしは走って抱き着きます。

「おっはよー! ほむらちゃん!!」

「わっ! 鹿目さ……じゃなくてまどかさん!」

「あー、相変わらず妬けるねー」

「私たちに入り込む隙なんて無いんですね……」

「ほどほどにしろよ」

 前のほむらちゃんが居なくなっても、ほむらちゃんにはサバトやあの戦いの記憶が残っていました。
 ほむらちゃんはあの日以来、メガネをかけてちょっと大人しくなりました。
 クラスの人たちもいきなり変わったほむらちゃんに驚いていましたが、実は隠れたファンクラブがあるって聞きます。


 数学の時間。
 ほむらちゃんに当てられました。

(ほむらちゃん、がんばって! この前勉強会でやったところだよ!!)

「えっと……、えっと。あっ、そうだ」

 ほむらちゃんはちょっとクセのある解き方で正解を書きました。
 でも足が震えてた。がんばったんだね。
 わたしは一安心して窓の外を眺めます。

「……」

 キュゥべえとジュゥべえ、そして3匹目のインキュベーターは、魔女を連れてグレートスピリッツへ帰って行きました。
 キュゥべえが言うには、「この世界のズレは修正できた。もう魔女も魔法少女もこの世界には必要ない」そうです。

 魔法少女だったみんなは寂しそうでした。
 わたしも最後にもう一回だけ前のほむらちゃんとお話したかったな……。

 もうサバトの戦いの証拠は何もありません。
 まるで今までのことはわたしの見ていた夢だったような気さえしてきます……。


 昼休み、屋上。


杏子「隣いいかい、マミさん」

マミ「あら、呼び方戻したの? マミでいいのに」

杏子「いやそうもいかないでしょ、一応先輩なんだしさ」

マミ「ふふふ、そうね」



 わたしたちもマミさんと友達だけど、杏子ちゃんは特にマミさんと仲が良いです。
 マミさんの部屋には勉強会やお茶会でよくお邪魔させてもらっています。
 マミさんは優しく教えてくれるけど、迷惑じゃないかな?
 あと時々わたし一人だけでお茶の淹れ方とお菓子の作り方を習いに行きます。
 パパをびっくりさせるほどおいしく作れるようになるのが目標です。


 放課後、家に着いて着替えてるとき。
 杏子ちゃんが、ふと口を開きました。

「あたしさ、今から父さんに会いに行ってくる」

「!」

「だからさ、悪いけど途中までついてきてくれるかな……? 怖いんだ」

「うん!」


 教会。
 杏子の父親は年配の拝聴者を送り、笑顔で手を振っていた。


杏子「父さん」

「!! きょう、こ……!?」

杏子「ただいま」

「……っ!」


 杏子の父親は、駆け寄って杏子を抱き寄せようとしたが、何かが咎めたように思いとどまり。
 代わりに手をついて、地面に頭をこすり付けた。


「すまない、すまなかった……! お前を傷つけ、私が家族を台無しにしてしまった……!!」

杏子「……」

「あの後も、お前がいなくなった後も教会に人が訪れてくれたんだ。私の話を聞きたいと人が集まってくれたんだ。そのときようやく気付いた。
 お前は魔女などではないと、集まっていたの人々は惑わされていたわけではないと、お前はただ私の声を人々に届けてくれていただけなのだと」

「すまない、すまない。私はどうしようもない馬鹿だ、救いようのない愚か者だ。ゆるしてくれ……!」

杏子「……」

杏子「ゆるさない、死んでも殺されてもゆるさない」

「……そうか」

杏子「ってのは冗談。でも今はゆるせないのは本当だよ。だからさ、父さん」

杏子「もっと教会を立派にして、母さんもモモも、みんな取り戻そう。そしてもう一度家族をやり直そう」

杏子「あたしも協力するからさ」

「杏子……っ!」


 杏子の父親杏子の手を取ると、涙を流した。


 美国邸。
 かつてヒュアデスの拠点だった場所。
 4人はテーブルに掛けてお茶会をしていた。


織莉子「さて、やることが無くなってしまったわね」

キリカ「わ、私は何があっても織莉子について行くよ……」

織莉子「ふふふ、ありがとうキリカ」

あいり「今後の方針の相談なんだよね」

織莉子「ええ、っていうか貴女の本当の名前はあいりって言うのね」

あいり「い、言わないでよ!!」

ニコ「ちなみに私は名前はカンナだけどニコと呼んでくれ」

織莉子「紛らわしいわね」

ニコ「ところでゆまは?」

織莉子「ああ、祖父方の家に引き取られたそうよ。祖父の方も、祖母の方もいい人みたいね」

織莉子「さて、人類の救済には失敗したけど私はまだ救世を諦めてはいないわ。とりあえず当面の目標は政治家になる事ね」

ニコ「わぉ、大きい夢だね」



 織莉子さんはヒュアデスのみんなを集めてまたなにか企んでいるみたい。
 いろんな人たちが集まってるけど、織莉子さんならきっと大丈夫だと思います。


 サバトが終わっても、偉大なる魔女が居なくなっても。
 わたしたちの日常は続いていきます。

 これからもきっと、サバトなんかとは比べ物にならないほど苦しいことや辛いこともあると思います。
 それでも、私たちはきっと大丈夫。
 だってみんな一人じゃないから。

 そうでしょ、ほむらちゃん。わたしの最高の友達。


――While you remember her, you are not alone.


エピローグのエピローグ


「ん、う……」

 私は目をこすりながら夢心地の頭を起こした。
 車窓の風景は、水の上に浮かぶ一軒家が後ろへ流れていく。

 この列車は海の上を走っていた。

「いい夢見れた? ほむらお姉ちゃん」

 向かいの席に座ったあすみがにやにやとこちらを見ている。

「ええ、とても幸せな夢を」

「へー、いいなー」

「ふん」

 あすみの隣に座ったカンナが不機嫌そうに頬杖をついていた。

「それにしても驚きだな。ただのオーバーソウルやコピー人格に過ぎない私たちに魂があるなんて」

「まぁ特に驚くべきことじゃないわ。残留思念の私はともかく、本物の魔法少女になれたあなたには心も魂もあって然るべきでしょう?」

「……」

「そのことにもっと早く気づいていればあなたは――

「言うな、ほむら。もう過ぎたことだ」

「それもそうね」

 私は車窓を開けると、外へ顔を出す。
 黒髪が風に靡いて、舞った。

「ねー、カンナお姉ちゃん。ひょっとして無駄死に?」

「こいつ……!」

 あすみに掴みかかるカンナを見て、私は小さく笑う。


 私たち3人を乗せた列車は、グレートスピリッツの深部へと走っていった。




                                            ――Fin




これにてこのSSは終わりです。
裏設定とか、細かい設定も考えてるのですが、それは質問されたら答える程度にしておこうと思います。
それでは最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。

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