モバマスP「不器用な奴だ、本当に」 (55)

深夜のラウンジというものは洒落ている
お互い茶化すような間柄であっても……だ

「……ふむ、約束の時間まではまだあるな」

顔見知りのマスターに融通を利かせてもらい、カウンターの一番奥に座っている
慣れないアルコールを避け、無難にカクテルジュースを一口

「……美味しい」

ありがとう、とマスターは笑う
この人とはそれなりに長い付き合いだ……が
ここまで緊張している私を見るのは初めてだろう

「落ち着かないね、どうしたんだい?」

「……少しね」

ふむ。 とマスターはジュースを1杯目の前に注いでくる
……これは?

「グレープフルーツ100%、おごりだよ」



速報も地の文も初めてですが宜しくです
VIPでやっていた東郷さん達の続き物です

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1365920816

はて、私はそこまで緊張しているのだろうか
しているよ。と言われ自覚してしまう

口がこれでもかと言わんばかりに渇いている
これではロクに舌も回らないだろう

大事な話をしようと言うのに、だ

「ありがとう、それじゃあ戴くよ」

どうぞ、と手でジェスチャーを送られたので一口
……酸味が非常にキツい

「どうだい? 口の中が少しは潤ったんじゃないかな」

あまりにも強い酸味にこめかみが痛くなる
皮肉なもので口の中は潤ったようだ

「……ありがとう、どうやら落ち着けたようだ」

他の事に思考が言ったのが功を奏したのか、頭の中がクリアになっている
色々考える余裕がありそうでほっとする

私は、これから……

子供の頃、女の子らしくないと言われ、からかわれた時期が有った
丁度思春期に入り始める子が同級生から出てくる頃でもあった

『おとこんなー! オナベー!』

教室に入ると同時にそんな言葉が飛んでくるが、いつものことだ
同級生がスカートやワンピースを着ている中
私だけ常にパンツルックだったのだから

「おはよー! あいちゃん!」

「ああ、おはよう」

喋り方にしても同学年の中では大人びた方だとは自分でも思う
浮いていた、とも言う……か

そういう人間というのは目に付きやすいもので
得てして標的にされてしまうものだ

「おい! お前本当は男なんだろ!」

「スカートも穿いてないし髪も短いもんな!」

そういわれても、私はこういう格好が好きなのだから仕方ないだろう?
という意見に全く耳も貸さない男子達

言いすぎだと言わんばかりにクラスの女子が間に入る
やめなさいよ、あいちゃんだってちゃんと女の子なんだよ!

……うん、私は女だ

「じゃあ確かめてみようぜ!」

何? 確かめる?
どうするつもりだ? と問いかける

「そんなもんパンツ脱がせれば一発じゃん、生えてれば男、生えてなきゃ女だ!」

成程、それなら明確だ
その部分を見て納得出来ないのなら最早その子の頭がおかしいだけなのだから

だがこの発案自体が頭がおかしいと思っているのは私だけなのだろうか
今思い返すと相当酷い発想である

「だめに決まってるだろう、女にそんなことをさせるのか?」

「お前絶対女じゃないもん! 証明してやる!」

そう言って男子が飛びかかってくる
一人が行動すると後にぞろぞろ続くのが人間の修正というもので
あっという間に手足を押さえられてしまう

「やめ……て……」

クラスの女子は腕力で男子には勝てない
それに異常事態に機敏に反応出来る程大人でもない
つまり固まってしまっているわけだ

「ズボン抑えたか?」

「大丈夫だぜ!」

諦めてしまっては大事な物を失くしてしまう
そんな事は小学校高学年にでもなれば誰でも知っていることだった

「……何してるんだ!!」

諦めなければ必ず救いはある
必死にズボンを下ろされないように抵抗していて心から良かったと思う

「おい! おまえもコイツが本当に女かどうか気になるだろ!」

「手伝ってくれよ! 暴れるんだ!」

残念だがその彼は君らを手伝いはしないだろう
断言できる、彼はそんな事はしない

なぜなら

「おい! あいを離せ!」

彼は私の友であり幼馴染なのだから

彼が必死に皆をを引き離してる間に、やっと女子も体が動き出す


何してるの! やめなさいよ!
そうよ! あいちゃんかわいそうでしょ!

うるせー! おとこんなが悪いんだ!
あいつは絶対男だもん、証明してやる!


ぎゃーぎゃー わーわー

教室は非常に騒がしい
クラスが男子と女子に分かれて本気で喧嘩しているのだから当然ではあるが


呆然と事態を見守る私に一つの影が寄ってくる
他でもない私を助けてくれた彼だ

「大丈夫か?」

「ああ……何とかね」

あと少しで大変なことになったな、と私にハンカチを貸してくれる
床に倒されたのだから背中が汚れてしまっていた
彼は手で背中を払ってくれている、その間にハンカチで髪のホコリを落とす

「……助かったよ、ありがとう」

「あいつらが全部悪い、だから気にするな」

彼は背中に続き肩についたホコリも払ってくれている
後ろにいるので顔を見ることは出来ないが、相当頭にきているようだ

「何を考えてるんだあいつらは、あいはちゃんと女の子なのに」

「ありがとう、君がそう思ってくれているだけで充分だ」

俺だけじゃだめだろう、と返される
じゃあどうすればいいだろうか? と聞き返す

「女の子っぽい格好してみるか?」

何を言っているんだこの男は?
だからといってこちらから代案を出す事は出来ない
まだ先の事が頭に焼きついているから落ち着けていないせいだろう
なので提案を飲むことにした

「じゃあ今度のやすみにおばさんと服買ってこいよ?」

「ああ、そうするよ」

じゃ、そろそろ立て
と促され彼の手を取り立ち上がった

そして私は大事なことを忘れていた
今日穿いているズボンは紐で縛るタイプのものであるということに
先の喧騒で紐が解かれていたということに

……ズボンが落ちたのだ


「……うん、あいはちゃんと女の子だな。 だから早くズボンを上げてくれ」


彼に思い切りピンクと白のボーダーのそれを見せてしまう
うん、私は女だな
でないとここまで恥ずかしくないだろう

彼が背を向けたので急いでズボンを穿き直す
その間も喧騒は続いていたようだ

最早本人を放置しての喧嘩である
そして騒ぎを知った担任が大急ぎで教室へ入ってきて一喝

「止めなさい! 一体何の騒ぎなの!!」

男子があーだ 女子の方がこーだ
気付いたら私の事とは別の題材で喧嘩していたようだ
一体何だったのだろうか

「アホだな、あいつら」

ああ……そうだね、と笑う
まとめて怒られているクラスの中で二人だけ、騒いでいなかった私達は怒られなかった
そもそものきっかけだというのに、である


そして説教が終わり今日も授業が始まった

—————

———

土曜日の午後、私は母に頼み子供服売り場に来ていた
スカートを買いたいなんて珍しいね、どういう心変わり? と母はにやける

「うん、着てみたくなって」

一番素直で率直な気持ちを素直に答える
着てみたくなったものは仕方ないでしょ?
そう言ってスカート売り場まで来たはいい……が

「スカートってどうやって選ぶのだろう……」

最大の問題である
スカートの選び方が判らないのだ
今までパンツばかり穿いてきたツケであろう


「ねえ母さん……」


母は近所の奥様方と喋りこんでいる
参った、聞く相手が居ないな
そう思っていると売り場の店員が近づいてきた

「どんなスカートが欲しいのかな?」

決意をして素直に口に出す

「女の子っぽいスカートって、どれですか?」

言うや否や店員さんは目を輝かせる
なるほど、そういうことね! お姉さんに任せなさい!

一体何の事だろうか?
私には皆目検討も付かないので聞いてみる

「実は、クラスで男子扱いされて……困って」

店員さんの目はさっきまでとは別の輝きを放っている
少し……いや、相当怖い


「こんな可愛らしい子を男の子だなんて! ああでも男の子だったら……」


……大丈夫だろうか?
その視線に店員も気付いたようで咳払い、続いて空笑いをして
子供の私から見ても美人と判るその顔は、柔らかい笑顔に包まれる
もし姉が居たとしたらこういう人だと嬉しい

「さ、ちゃんと選んでみよっか」

そう言うと真剣に私の服選びに付き合ってくれる
そして私は自分の好みを思い知らされることになる

所謂モノクロが圧倒的に多いのだ
パンツを黒にしたらシャツは白、あるいはグレーといった具合にだ
ピンクや水色といったパステルカラー勿論の事、原色も好んでいなかった

「うーん、思ったより好みが偏っちゃってるね、あはは」

少し、困った顔をしたお姉さんをみて申し訳なく思ってしまう
しかし直ぐに笑顔に戻り真剣に検討を再開する

「一気にがらっと変えるんじゃなくて、まずは自分の好みのスカートはどれかな?」

好みのスカート?
選んでくれる物だと思っていた私は焦って目をスカートに向ける
そうすると1着のプリーツスカートが目に留まった

「……これかな?」

やはり黒だ、だがこれ以外を穿いた自分を中々想像できない
妥協といえば聞こえが悪いが『もし、スカートを履くとしたら?』
と聞かれればこれと即答するだろう


「なるほど、君らしい色だね」


これが私の好きな色なのだから仕方ない
むしろ問題はこれからなのだ


「さ、上も選んじゃおう」


スカートを買えば終わりではないのか、なんということだ



……疲れた


母と合流するまでの間、色々と教わりながら売り場を動き回った素直な感想だった
お姉さんに選んでもらったの? と餡子のたい焼きを頬張りながら
半分半分かな、とクリームたい焼きを頬張りながら
何となくこの日のたい焼きの味を忘れられそうにはない

「さあ、あとは食品売り場だけね」

「今日の晩御飯は?」

「リクエストある?」

じゃあ、ハンバーグを
あら、子供らしいと笑う母
私はまだ子供なのだけど……むう

「家に帰ったら服着て見せてね、サイズ直しとかするから」

恥ずかしいが母に見てもらうのは大事だろう
私が始めて自分の意思を最小限に抑えて選んだ服
あのような屈辱は、二度と受けたくない

「あら、サンマが安いわね」


……今日の夜ってハンバーグじゃ……?


「ただいま」

家に帰ってきてリビングへ
母が生ものを冷蔵庫へしまうのをお手伝い
すると母はありがとうと頭を撫でる
……割と頭をなでられるのは好きだ、勿論人は選ぶが

「あら、似合うじゃないの」

そうなのかな? 自分ではあまりよく判らない
上から白のブラウスにグレーのカーディガン
そして自分で選んだ黒のスカート

スースーして落ち着かない
ふわふわして落ち着かない

自信は無いが鏡で見てみる
顔は私だ、当たり前だが
しかし格好は多少は女子っぽくなっている……気がする
お姉さんの言うことに間違いは無かったのだろうと安心する


しかし一つ気になる言葉が


「ご飯よー!」

考え事をしている頭にご飯のコール
台所からは肉の焼ける良いにおい
また後で考えよう、今はご飯だ


ごちそうさまでした

少し勢い良く食べ過ぎてしまった、お腹が苦しい
湯船の中で消化を促しながら自分の体を一度マジマジと見る

「……むう」


平たい


仕方ないのだ、クラスでも大きい人はいない
私もまだスポーツブラジャーで間に合っている
間に合っていると言うより必要ないのだ

「大きくなるのか……な」


ふにふに


胸が大きければ男子にああいう事言われないのか
言われないのだろうな、と一人結論付ける


「男子はどうしてやらしいなことばかり……」


所謂シモネタを大声で言って女子を引かせる奴が必ずいるのがこの年齢である
興味が無いとただの気持ち悪い話にしか聞こえない
私はそこまで興味は無い、が


「パンツ……見られてるんだった……」

のぼせそうになり急いで上がる
顔が熱いのはきっと風呂のせいだろう
そういうことにしておこう

そのまま部屋に戻ろうとしたらドライヤーでちゃんと乾かしなさいと怒られる
寝癖は確かに勘弁だ


ドライヤーの温風を浴びながら鏡に映った自分を眺める
……不細工ではないと思いたい
只クラスでかわいいといわれている子とは雲泥の差がある


「かわいく、ない……か」


どうなのだろう、聞く相手は一人しか思い浮かばない
しかしそんなことを聞いてどうする
あまり意味があるとは思えない


「……うーん」


ベッドに飛び込んだが、どうも頭がもやもやする
今日はいろいろなことが有ったと思う、頭が追いついてないのだろうか
気になることをあれこれ考えようと思ったが眠気が勝っている
……また今度考えよう、おやすみ


『気になる子の気を引きたいなら、思いっきりイメチェンした方がいいんだけどね』


まだ、この頃の私には分からない話だ

一旦休憩、即興ですまぬ

翌日、彼と近所の公園へ
ココはずっと前から私の遊び場だ

「見せて、見せて!」

なぜ彼は若干興奮気味なのだろう
私も少しではあるが心臓が五月蝿いが

しかし緊張するものだ
服の上からウインドブレーカーを着ているので服を見ることは出来ない
今から彼の前で服をお披露目するのだ

「ど、どう……だろう?」

「いいじゃん、かわいいよ」

か、かわ……!?
それは私に向けて言う言葉ではないだろうに
それよりもキチンと女の子らしいかを知りたいのだが


「うん、女の子っぽいよ」


そういわれて安心する


……安心?


まあ、似合うかどうかは別問題だが
それはどうなのだろう


「大丈夫、似合ってる!」


「……フフッ」

笑ってしまう、目の前の彼が目を輝かせながら似合うと言ってくれている
私でも女の子らしく出来るのだ、これで男子を見返すことができる
と思っていたら

「じゃあ次は言葉遣いだな」

ん?

言葉遣いだと?
そんなものまで矯正するのか

「あいは口調も大人っぽいから、直した方がいいかなって思ったけど」

試しにやってみるに限る
この服も手伝ってくれるだろう


「私は、東郷あい……だ、だよ? よ……よろしくね?」


鳥肌が立った、悪い意味で
私だけでなく彼もだ


「やめよう」


大賛成だ

しかしスカートというものはこう……気を配らなければいけない
高いところに上るにせよ、ブランコに乗るにせよだ
見えてしまうからな

「靴は……うん、このままでいいんじゃないかな」

私もそれは思う
靴も変えたらどうかとお姉さんに言われたが、この靴は気に入っているから良しだ

「でも自分の事をボクって言うのはだめなんじゃないか?」

「そうかな、ボクはこれで気に入ってるんだけど」

変な話だが人と話すときの一人称は『ボク』だ
心の中では『私』なのだが
この頃一番素直に口から出てくるのは『ボク』だった


「ま、あいが良いならいっか」


そして彼はブランコへ向かう
元々格好が男っぽいからというのが男子のいちゃもんだった
ならば服装を変えるのが一番いいだろう


さて、皆の反応はどんなものか


—————

———

寝坊した……!
私としたことが不甲斐無い、目覚ましのセットを忘れていたのだ

髪は……大丈夫
服は……目に留まったのは昨日の服
しかし連日着るというのも変な話だ、明日着ていこう

「母さん! 何で起こしてくれなかったの!?」

母は呆気に取られてこっちを見ている
なぜ急いでないのだろう、遅刻するというのに

「何って、いつも通りじゃない」

ん? 7:00?
急いで部屋に戻り時計を見直す


7:00


はて?


「寝ぼけてたんじゃないの? せっかちね」


図星だ

気を取り直して着替える
しかしスカートは洗濯していないはず

あら、昨日の夜にしておいたわよ
なんと気が利く母だろう

鏡の前で慎重に服を着る
私は女だ、当たり前ではあるが


「行ってきます」


やはりスースーするが、恥らっている場合ではない
彼にも褒めてもらった服だ、大丈夫
そう言い聞かせる

「おはよう」

「やあ、待たせたね」

いつも通りの挨拶
違うのは私の服装だけ

「やっぱり似合ってる、うん」

彼のお墨付きだ、自信が持てる
さて、学校の連中は……


『うわー! 女装してきたぞ!』


なるほど、そう来たか

彼は隣で盛大に呆れている
アホだ、こいつら
私も釣られて呆れる
何をやってもこう言うつもりだったのか


「そういうのは○○ちゃんみたいにかわいい子に似合うんだよー!」

「あいちゃんかわいいー!」


クラスの反応は2分である
男子と女子だ

「ありがとう、ボクも気に入ってるんだ」

と女子に返す
落ち着いた色があいちゃんっぽいよね
私に似合う色か、彼にはどう見えるんだろう


「だから言ったじゃん、似合ってるって」


そこに彼が来た
男子の方はいいのだろうか

「言ってもだめだよあれ」

仕方ない、放っておこう
と言葉を交わす


まあ、お気に入りの服が増えたから良しとしよう


「……なあ、Pくん」

「自分でやれ」


かれこれ5分は格闘しているが一向に進まない
道具を使えば一瞬なんだろうが意地がそうさせない
我ながら難儀な性格なものだ


縫い針に糸が通らない


家庭科は全てが苦手だ、包丁はまだ持たないが料理は出来る気がしない
裁縫に至ってはご覧の様である


「やっぱりお前男だろー!」


なんだかこう言われても仕方の無い気がしてきた
だが彼は諦めない

「もう一度、落ち着いてからやるんだ」

一度針と糸を手から机へ
深呼吸をして、縫っている自分をイメージする
これは彼と考えたイメトレという方法だ

「もう一度やってみるよ」


落ち着いた状態でもう一度手に針を持つ
糸を湿らせ、慎重に通していく

「お、やったじゃん」

うむ、やっと通った
彼の方を向こうと右を向いた瞬間

「あ」

針が落ちてしまった
また通しなおしか、仕方ない

「全く、ほれ」

同じ糸を通してある針を差し出してくる
さては最初から準備していたのか?


「不器用なんだから、本当にさ」


悪かったね、と拗ねてみせる
彼のこういうフォローは本当に助かる
いい友達だと、心から思う
ずっと親友でいるんだろうな、と思った


しかし叶わなかった


「……転校?」

「うん、お父さんが本社に行くんだって」

友達が急に居なくなるというのは想像し難い
子供であれば尚更だ

「そうか、それでいつなんだ?」

来週か、また急だな
何でも突如決まってしまった事らしく、聞かされたのは今朝だそう
これでは何故黙っていたんだと責める事も出来ない

「残念だ……」

「でもうちの親とおばさんが連絡取り合うってさ」

それは嬉しい、きっと転校初日から電話をかけてしまうだろう
少し、気分が晴れた

「それならお別れパーティーでもしよう、母に頼んでみるさ」

「やった、おばさんのご飯美味しいし!」


料理は出来た方がいいのだろうか
その答えが出るまでそう日数はかからなかった

豪勢……とまではいかないが普段食べられないような料理が食卓とテーブルに所狭しと並ぶ
自分の親ながら尋常ではない料理の腕だ

「いただきます!」

彼は心から待っていた、と言わんばかりに口に詰め込む
そんなに急がなくても時間はあるだろうに


「うるせ、今のうちに貯め込んでおくんだ」


そんな芸当が出来るのだろうか
むしろそれはラクダか何かではないのか?

「あはは、ほら……あいちゃん食べないと」

「そうよ、Pくんばっかり見て」

そんなことは無い、はず
色々と考え込んでしまった


「そういえばそのスカート、お気に入りなの?」


学芸会、や色々なイベントの度にこの服を着ているので覚えられたようだ
嫌なことでもないしお気に入りなのも事実だ

「うん、一番大切……かな?」

一番と言い切ってしまったが、まあいいだろう

「ね? 母さんもあいの服似合うと思うしょ?」

「そうね、でもねあいちゃん」

私に話を振ってきた
あまりいい予感はしない、彼の母はそういう人なのだ
なにをからかわれるのだろう


「そういうのは『とっておき』の時に着てたほうがいいわよ?」


うふふ、と目を細める
そしてとっておきとはどういう意味なのだろうか?

「つまり勝負の時ってことよ」

母が補足するが余計に意味がわからない
お姉さんが前に同じような事を言っていた気がする

「……よくわからない」

「俺も」

誰も君には言ってないのだが
思わず笑ってしまう


「やっぱりあいは可愛いって」

「そういってくれるのは君だけでいいさ」

「あらあら、お熱いわね」

熱いというのはどういうことだろうか
水をコップに注いで彼の母の前に置く

「うふふふ、純情ねぇ」

本当によくわからない人だ、さっさと食べてしまおう
うん、いつもより気合が入ってる

「あと何日かしかないんだな」

私に聞こえるか聞こえないか位の大きさで彼が呟く
大丈夫、離れても私達は変わらない……変わらないさ
友達が遠くに離れていった経験は無いが、そう信じているよ


「さて、今日はごちそうさまでした」

「ええ、元気で」

「またな」

「ああ、また会おう」


彼は、もう学校に来ることは無かった
準備が忙しいのだろう

そして、引越しの当日を迎えた

何となく、彼に会うのは嫌だった

何となく、彼に会ってはいけない気がした


でも、会いに行きたかった


そして親と一緒に見送りへ行く
普段歩きなれた通学路を少しばかり外れて彼の家へ


もう、積み終わってあとは出発だけと知ったとき
本当に来てよかったと思った


そして彼と二言三言交わす
またね、とかそういうのの類だと思う
あまり覚えてはいない


次の朝の通学路、少し外れて彼の家の前へ


出て、来ないかな


「……やっぱり、居ないんだね」


実感が湧かない、仕方ないので一人で向かう

帰り道


隣の席にも彼はいない

スカートを褒めてくれる彼はいない


彼に可愛いと呼ばれることも、もう無い



気付いた



「……ボクは……」


家に走って帰る、ベッドに飛び込んでも涙は止まらない

きっと、そういうことなんだろうと思う

少しだけ、気付くのが遅かったと思う



気付かなければ、良かったと思う



いくら泣いても悔やみきれない

気付いてしまったのだから


ああそうだ、私の隣にはいつも君がいた

思えばずっと一緒に行動していたと思う



スカートも買った

女らしくなろうとも思った


でも、もう手遅れだった



私は彼の事が、こんなにも好きなのだ



それに気付いてしまったのだから



……親が何度か呼びかけてきたようだが、全く気付かなかった
きっとそのまま寝てしまったのだろう、目を開けると部屋が真っ暗だった

「……あはは、情けない」

情けない

声に出せば出すほど情けない
もう後悔の涙は全て流した
今更悔やんでも仕方ない

「……おはよう、母さん」

くしゃくしゃの服で親の元へ、時間は……10時か
だいぶ寝ていたようだ

「おはようじゃないでしょ……あら」

ひどい顔ね、と母は困ったように笑う
雑炊でも作るわねと台所へ向かう途中に

「とりあえずお風呂入っちゃいなさい」

そうしよう
もう何を考えても遅いのだから
そして湯船の中へ


少し、温めで丁度いい


「……明日からどうしよう」

色々心の整理をつける
いや、決めていることは幾つかあるんだ

「母さんに、聞いてみよう」

そう決意して頭を洗うことにする

「熱っ!?」

シャワーは熱すぎた
お陰で気持ちはすっきりしたけどね

「すっきりした?」

「うん、私ならもう大丈夫」

……私? 自分でも驚いてしまう
自然と口から『私』という言葉が出てきた
なんとなく、ただなんとなく

「ふふ、お雑炊出来てるから髪を乾かして来なさいな」

「うん」

温風が、気持ちいい

「ねえ、初めてP君と会ったのっていつだろう?」

母の作った玉子雑炊を食べながら決めていた質問をする
甘くて人参のみじん切りが入っているのが特徴だ
私はこれが大好きだ

「そうねー、7歳くらいの時の床屋の帰りだと思うわ」

床屋、か
7歳の頃と言えば、長すぎた髪を切ったときだと思う
邪魔臭かったのだ

「ありがとう、ごちそうさま」

忙しそうね、と母は笑う
そうとなれば決めたことがある
彼に会えるようにゲンを担ぐために

年に1度だけこの長さまで髪を切ろう
そうすればいずれ、床屋の帰りに会えるだろう


そうなってくれると、いいな


気付けば彼に会う方法しか考えていない
こんなにも頭の中が彼の事で一杯だとは


とんだ初恋もあったものだ

後は、彼に会ったときにがっかりされてはいけない
つまり不器用を克服しなくては

「母さん、私に料理と裁縫を教えてくれるかな」

一瞬驚いた母の顔とその後のニヤニヤ顔は忘れようにも忘れられない
見透かされている気がしたのだ


「P君に会ったときの為に頑張るのかしら」


……見透かされてた、敵いそうに無い


彼の母親に母が電話する機会はかなり多かった
しかし私は電話に出られなかった
たまらなく恥ずかしかったのだ

好きな人に声を聞かれるのが恥ずかしい
たとえそれが彼であってもだ

声を聞きたいがそれも恥ずかしい
電話できる訳が無い

そしてあの日から、私はスカートを穿いていない
高校の制服もスラックスにした

スカートを穿くのは『大事なとき』だけだ

ゲンを担いで13年目
私は東京へ出て来ていた

夢をかなえるためというのが理由だ


その夢は、彼に会うこと


笑われてもいい
叶えるための夢なのだから

随分長い初恋である、全く色褪せる気がしない
我ながら女々しいというか

今年も伸ばしていた髪を切る
床屋から美容室になった違いはあるが、小さな変化だ

料理も、裁縫も上達した
相変わらず中性的な顔立ちであるとは言われるが、人前に出されても大丈夫なレベルであると信じたい

「今年は、会えるだろうか」

そう考えて歩いていると


「すいません、アイドルとかに興味って———」

「……こんばんは」

時間通りにラウンジへ、来たはずなんだけど……
なぜあいはもう潰れているのか

「ごめんね、持って帰ってくれるかな」

ジュースと嘘ついてちょっと飲ませたんだ、悪気は無かったんだけどねぇ
とマスター、絶対嘘だろ

「それにしても、あいちゃんがスカートなんて珍しいね」

本当だ、黒のプリーツスカートに白のブラウスなんて珍しい
いつかのあいを見ているようだ

「気が張り詰めてたんだねぇ、結構なペースで飲んでたからね」

だから貴方が飲ませたんでしょ?

「はっはっは」

いや笑ってないで


とりあえずタクシーを呼んで家まで運ぶ
イヴが面倒を見てくれるだろから大丈夫だろう

車内であいが俺にもたれかかってくる
運転手がニコニコしている、いや持ち帰りじゃないんですよ
この子アイドルですし

あいを負ぶってタクシーから降り家へ向かう
イヴにはあらかじめ連絡を入れてあるので着替えも用意してあるだろう
……多分だが

「おかえりなさい〜☆」

間の抜けた声のプラチナブロンドが俺を迎える
とにかく敷いた布団にあいを寝かせ、この後はイヴに任せる

「任されましたぁ!」

がんばります、と言わないばかりだな
さて、俺はあいが起きたときの為に雑炊でも作っておくか


—————

———

ごめん再び休憩

http://i.imgur.com/I7LjCAV.jpg
http://i.imgur.com/E1bsBui.jpg
イヴ・サンタクロース(19)

http://i.imgur.com/XBj2eX5.jpg
http://i.imgur.com/gu7Vkg6.jpg
関裕美(14)

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