客(ボクがよく行くパン屋さんは、少し変わっている)
客(なにがどう変わっているのかというと──)
客(……説明するよりは、実際にパン屋さんを見た方が早いだろう)
客(これからボクは、そのパン屋さんに行くのだが)
客(多分、その変わっている部分を見られるはずだ)
客(なぜなら、ボクがいる時は大抵変なことが起こるからだ)
客(そうこうしているうちに、パン屋に着いたぞ)
客(よし、入ろう)
第一話『フライパン』
─ パン屋 ─
ガラッ……!
客「こんにちは」
店主「やぁ、いらっしゃい!」
店主「いつも来てくれて、ありがとう!」
客「ハハハ。ここのパンは美味しいので、つい来てしまいますよ」
客(アンパン、食パン、カレーパン、ジャムパン、バターパン、チーズパン……)
客(この店にはどんなパンだって揃っている)
客(ボクはトングとトレイを持って、店内をうろうろしてる時がたまらなく好きだ)
客(もちろん、トングをカチカチするのも忘れない)カチカチ…
すると──
ガラッ……!
マッチョ「…………」ヌゥ…
客(うわ、デカイ人だな)
店主「いらっしゃい!」
マッチョ「お願いだ、フライパンを売ってくれ!」
客「!?」
店主「フライパンか……ほらよ!」サッ
客「!?」
マッチョ「金は払ったし、ここで食っていいか?」
客「!?」
店主「食いしん坊なヤツだな……もちろんいいぞ!」
客「!?」
マッチョ「いただきます!」ガブッ
バリバリ……! ムシャムシャ……!
客「!?」
店主「おお~、いい食いっぷりだねぇ!」
客「!?」
マッチョ「いやぁ~、うまかったぁ!」
マッチョ「ごちそうさま!」ズンズン…
客(出て行った……)
客「あ、あの!」
店主「なんだい?」
客「ボクの目がおかしくなきゃ、今の人──フライパンを食べましたよね!?」
客「いったい、なにがどうなってるんですか!?」
店主「ハハハッ、驚かせて悪かったな!」
店主「あれは食べられるフライパンさ!」
店主「黒パン作る要領で、フライパンの形をしたパンを作ったんだよ!」
客「あぁ、なるほど……」
店主「ちなみに、こっちが本物のフライパンさ」
客「あれ……。でも、このフライパン……柔らかいですよ?」フカフカ…
店主「えっ?」
店主「ホントだ……」フカフカ…
客「──ってことは、あのお客さん……」
客「本物のフライパンを食べちゃったってことですよね……?」
店主「そういうことだな……こりゃ参った!」
店主「ホームセンターに行って、新しいフライパン買ってこなきゃ!」
客「…………」
客(ボクがこの店は変わってるといった理由を、お分かりいただけただろうか)
─ 第一話 おわり ─
第二話『食パン』
─ パン屋 ─
客(今日はオーソドックスに、食パンにでもしようかな……)カチカチ…
ガラッ……!
女子高生「こんにちは!」
店主「いらっしゃい!」
女子高生「あのぉ……ステキな男の子と出会えるような食パンが欲しいの!」
店主「フフフ、食パンをくわえて角でぶつかろうって魂胆だな? いいだろう!」
店主「ジャジャーン!」
店主「この食パンをくわえて朝走れば、ステキな男と出会えるかもしれないぜ!」
女子高生「ありがとう!」
女子高生「ちなみに食パンには、なにを塗ってもいいの?」
店主「基本的になんでもオーケーだが……イチゴジャムだけはやめときな」
女子高生「えっ、どうして?」
店主「ぶつかった時、血に見えちまうかもしれないだろ?」
女子高生「分かったわ!」
客(朝、食パンをくわえた女の子が、曲がり角で男と激突……古典的な少女漫画だ)
客(もっとも実際のところ、古い少女漫画にそんなシーンはない、らしいけど)
翌朝──
─ 通学路 ─
女子高生「パンをくわえて、と」モグッ…
女子高生「遅刻、遅刻!」タタタッ
女子高生(お、あの曲がり角は出会いの予感がするわ!)タタタッ
ドンッ!!!
女子高生「いたた……っ!」ドサッ
女子高生(こ、この感触……この弾力、この圧力! まちがいないわ!)
女子高生「あ、あの……っ!」
女子高生「私と突き合って下さいっ! 全力でっ!」
マッチョ「いいぜ……久々に骨のありそうな相手だ。かかってきやがれ!」
女子高生(この平和な現代社会で、やっと出会えた──)ザッ
マッチョ(好敵手ッ!)ザッ
ズドンッ……!
─ 第二話 おわり ─
第三話『アンパン』
─ パン屋 ─
客(頭脳パンか、こんなんで本当に頭がよくなるのかな?)カチカチ…
ガラッ……
教授「…………」スッ…
店主「いらっしゃい!」
客(──なんて思ってたら、頭がよさそうな人がきた!)
教授「店主君。少し話したいことがあるのだが、いいかね?」
店主「どうぞ!」
教授「アンパンのあんこには“つぶあん”と“こしあん”があるが」
教授「この世の物質は、原子という小さな粒子、粒でできておる」
教授「もちろん、あんこも例外ではない。ゆえに“こしあん”も……」
教授「“つぶあん”としてしまっても、間違いとはいえないのではなかろうか?」
店主「たしかに!」
店主「しかし、全てを“つぶあん”としてしまうと──」
店主「色々と不便ですな!」
教授「たしかに!」
店主&教授「…………」ニヤッ…
教授「では、メロンパンをいただこうか」
店主「毎度あり!」
客(終わりかよ!)
─ 第三話 おわり ─
第四話『海パン』
─ パン屋 ─
ミ~ン……! ミ~ン……!
客(暑いなぁ……)
客(こんな日は、あっさりしたパンでも──ん?)カチカチ…
ガラッ……!
茶髪「へへへ……」
店主「いらっしゃい!」
茶髪「オレ、今度海行くんだ! 海パン売ってくれよ!」
客(なんでスポーツ用品店に行かないんだろう……)
茶髪「しかも、とびっきりモテる奴をな!」
店主「だったら……これだろ!」パサッ
茶髪「うはっ、スッゲェ~! チョーかっこいいじゃん!」
店主「だろ!? これなら、浜辺でモテモテだ!」
茶髪「サンキュー、これ買わせてもらうぜ!」
店主「頑張れよ!」
客(普段の洋服ならまだしも)
客(海パンでモテるモテないが左右されるとは、とても思えないけど……)
三日後──
─ 浜辺 ─
ワイワイ…… ガヤガヤ……
茶髪(へへっ、パン屋で買った海パンをビシッとはいて)ビシッ
茶髪(砂浜を歩くとするぜ!)ザクッザクッ
「お、あの海パンイケてね!?」 「かっこいい!」 「すっごぉ~い!」
茶髪(さすがだ……)
茶髪(みんなの視線がまぶしいぜ!)
茶髪(こりゃあ……いい女に出会える予感がするぜ!)
水着女「すご~い、この海パン!」
金髪女「キャ~! もっと近くで見せて~!」
日焼け女「こんなカッコイイ海パン初めて見た!」
茶髪(オイオイ、マジかよ……女がどんどん寄ってきやがる!)
ビキニ女「その海パンちょうだい!」ガシッ
茶髪「え」
「ダメよ!」 「私がもらうっての!」 「この海パンはアタシのものよ!」
茶髪「ちょ、ちょっと待っ──」
ワァァァァァ……!
茶髪「やっ……」
茶髪「やめてくれぇぇぇぇぇ!」
茶髪「…………」ボロ…
茶髪「…………」ピクピク…
茶髪(大勢の女にムリヤリ海パンを脱がされ、全裸で砂浜に一人放置されるなんて)
茶髪(無様すぎる……情けなさすぎる……!)グスッ…
茶髪「うっ……うっ……!」シクシク…
眼鏡女「あの……」
茶髪「なんだよ、アンタ!?」
茶髪「オレ、今全裸なんだ! 近づかないでくれ! 放っておいてくれ!」
眼鏡女「このタオル……よかったら、使って下さい」スッ…
茶髪「!」
眼鏡女「これを腰に巻けば……パンツの代わりになると思いますから」
茶髪「あ……」
茶髪「ありがとう……!」
これが、運命の出会いだった。
─ 第四話 おわり ─
第五話『残パン』
─ パン屋 ─
客(お、ツイストパンが一個だけ残ってる)カチカチ…
客(残り物には福があるっていうからなぁ……今日はこれにするか)
ガラッ……!
客「!」
店主「いらっしゃい!」
男A「残パンを売ってくれ」
男B「残パンを売ってくれ」
客(残飯ならぬ、残パン!?)
客(二人の客が、同時に同じものを注文した! いったいどうなる!?)
店主「ハイ、残パン!」スッ
店主「10円いただくよ!」
男A「ありがとう!」チャリン…
店主「ハイ、残パン!」スッ
店主「1万円いただくよ!」
男B「ありがとう!」パサッ…
客「!?」
客(え、え、10円と……1万円!?)
客(二人とも、満足げに帰っていったが……どういうことだ?)
客「店主さん、聞きたいことがあるんですが」
店主「なんだい?」
客「さっき、二人とも同じものを注文したのに、なんで値段が全くちがったんですか?」
店主「ああ、あれかい!」
店主「片方の人はパンの耳が好きでね」
店主「ここで時々、ウチで切って残っちまったパンの耳を買っていくのさ」
客「そういうことですか。もう片方の人は?」
店主「あの人はある有名女優のマニアなんだ」
店主「で、その女優が食べ残したパンを買っていったってわけだ!」
客「どうりで値段が千倍もちがうわけだ……」
客(女優の残パンをどうやって入手したか気になるが、聞かないでおこう)
─ 第五話 おわり ─
第六話『腹パン』
客(あ~お腹空いた。今日はどのパンにしよっかな……)カチカチ…
ガラッ……!
父「こんにちは」
娘「こんにちは~!」
店主「いらっしゃい!」
父「さっそくだが、ワシと娘の腹部にパンチ──いわゆる“腹パン”をしてほしい!」
店主「1000円いただきます!」
客(ええええええええええっ!?)
客(どういうことだ? マゾなのか、この親子は!?)
店主「んじゃ、まず娘さんから──」
店主「むんっ!」シュッ
ドズゥッ……!
娘「ううっ……!」
娘「治ったわ! あんなに苦しかった胃もたれがすっかり治ったわ!」パァァ…
客(えぇ~~~~~!? 店主さんって、こんなこともできるのか!)
店主「次はお父さん」
店主「どりゃっ!」シュッ
ドズゥッ……!
父「がはっ……!」
父「いやぁ~、すっかり重度の胃潰瘍が治ったよ!」パァァ…
客(す、すごいな!)
客「いやぁ~、さっきのすごかったですね!」
店主「ん、そうかい?」
客「どんな病気でも治せるんですか?」
店主「お腹に関連する病気ならな!」
客「あ、あの……じゃあボクにもやってくれませんか?」
店主「う~ん、やめといた方がいいと思うぞ?」
客「お願いします! 1000円払いますから!」パサッ…
店主「そこまでいわれちゃ断る理由もないな」
店主「とうっ!」シュッ
ドズゥッ……!
客「おぐぅっ!」
客「い、痛いっ……!」
客「痛いんですけど!?」ゲホゲホッ
店主「あ~……やっぱりな」
店主「健康な人が俺の腹パン喰らったら、ただ痛いだけなんだよ」
客「な、なるほど……」
客(1000円払って、ただ痛い目にあうだけとは……いたた……)
─ 第六話 おわり ─
第七話『短パン』
─ パン屋 ─
客(今日はどのパンにしようかな……)カチカチ…
客(たまにはフランスパンにするか!)
客(ちょっと歯に悪そうな、カリッカリッに固いのがボクの好みなんだよな~)
客「──ん?」
客「店主さん、このフランスパンだけ……他のに比べてずいぶん短いですね」
店主「ああ、それは短パンさ」
─ 第七話 おわり ─
第八話『順風満パン』
─ パン屋 ─
客(ハァ~……最近ツイてないな)
客(こんな日は、あまぁ~いクリームパンでも……)カチカチ…
ガラッ……!
オタク「あ、あのっ……!」
客(うおっ!?)
店主「いらっしゃい!」
オタク「順風満帆になれるパンを売ってほしいんだ!」
店主「フフフ、いいだろう!」
店主「名づけて順風満パン、これを食えば順風満帆だ!」
オタク「ありがとう!」
オタク「さっそく家に帰って、食べさせてもらうよ!」
客(順風満パン……そういうのもあるのか!)
客(ホントに色んなパンがあるんだな、この店って)
─ オタクの自宅 ─
オタク(ウフフ……順風満パンを食べたぞ!)モグモグ…
オタク(これでボクは望み通り、ネットゲームの世界で王者になれるはず!)
オタク(──ん?)
オタク(あれ!? なんかパソコンの調子がおかしいぞ!?)
オタク(これじゃネットができない!)
オタク(ちょっと待ってくれ!)
オタク(これのどこが順風満帆なんだァ~~~~~!?)
─ パン屋 ─
オタク「ひどいじゃないか!」
オタク「あれからというもの、パソコンの腕が認められて」
オタク「大手企業で働かなきゃならなくなったし!」
オタク「二次元しか興味ないのに三次元の彼女ができちゃったし!」
オタク「ネトゲのお金にしか興味がないのに、現実のお金ばかり増えるし!」
オタク「最近は忙しくて満足にゲームもやれてないよ!」
オタク「元に戻してくれぇ~」シクシク…
店主「悪いな、一度食っちまったら無理なんだ」
オタク「そんなぁ~……」シクシク…
客(なにが幸せか不幸だなんて、分からないもんだなぁ)
客(やっぱり、自分の力で順風満帆になるのが一番だってことか)
─ 第八話 おわり ─
第九話『ジーパン』
─ パン屋 ─
客(最近はオシャレなパンや菓子が増えたよな~)
客(このカヌレってやつ、買ってみるか)カチカチ…
ガラッ……!
若者「ちわっす! オッサン、ジーパンくれよ! ワイルドなボロボロなヤツ!」
店主「いいぞ! ただし、今はジーンズって呼ぶんだぞ!」
若者「え、マジ!?」
客(今はデニムって呼ぶらしいけどな……。ボクも詳しくはないけど)
─ 若者の自宅 ─
若者「なんでぇ! ちっともボロボロじゃねえじゃん!」
若者「まぁいいや。だったら自分でボロボロに──」スッ…
バキィッ!
若者「ぶべっ!? ──な、なにしやがる!?」
ジーパン「愚か者がっ!」ヒラヒラ…
ジーパン「ワシは人間にダメージを与えるのが仕事じゃ」
ジーパン「ワシをダメージジーンズにしたくば……ワシに勝つことじゃな、小僧ッ!」
若者「…………!」
若者「おもしれぇっ、絶対勝ってやるッ!」シュッ
ジーパン「ほう、なかなか見所がありそうな若造じゃ!」ブオンッ
ドゴォッ! バキィッ! ガッ! ゴガッ! バシィッ!
同時刻──
─ トレーニングジム ─
マッチョ「!」ピクッ
女子高生「!」ピクッ
マッチョ「お前も感じたか!?」
女子高生「ええ、感じたわ……」
女子高生「近い将来……私たちの新たな好敵手が生まれるという予兆を……!」
マッチョ「フハハ、実に楽しみだな!」
─ 第九話 おわり ─
第十話『ルパン』
─ パン屋 ─
客(この店には色んなパンがあるように──)
客(この店って色んな客が来るから、店主さんも大変だろうなぁ)カチカチ…
客「店主さん」
店主「ん、なんだい?」
客「この店には色んなお客が来ますけど……一番大変だったのはどんなお客ですか?」
店主「う~ん、一番大変なのはまちがいなくあの件だろうな」
店主「ただし……俺が大変ってわけじゃないんだけどな!」
客「へ?」
~ 回想 ~
店主「いらっしゃい!」
少女「おじちゃん、怪盗ルパンください」
店主「ルパン? オッケーだ! ルパン、こっちに来てくれ!」
ルパン「吾輩になにか用かね、可愛いお嬢さん?」ザッ…
少女「え~とね、え~とね……」
少女「日本中の、貸したまま持っていかれちゃったゲームやマンガ、を」
少女「全部、盗み返して持ち主に返してあげて欲しいの!」
ルパン「!」
少女「ムリ?」
ルパン「吾輩に盗めぬものなどない!」
ルパン「よかろう……やってみせよう!」
少女「ありがとう!」
~ 現在 ~
店主「…………」
客「…………」
店主「あれから数年になるが──」
店主「ルパンは今も、借りパクされたゲームや漫画を盗み返して持ち主に返すために」
店主「日本中を飛び回ってるはずだ……」
客「たしかに、一番大変ですね……」
客(ルパンすら苦労するほど、借りパクされてるゲームや漫画は多いってことか……)
─ 第十話 おわり ─
第十一話『乾パン』
─ パン屋 ─
客(地震や台風……災害って怖いよな)カチカチ…
客(もし大災害に見舞われたら、こうしてパンを選ぶこともできなくなるんだろうな)
ガラッ……!
女「こんにちは」
店主「いらっしゃい!」
女「乾パンをくださいな。非常食として備蓄しとこうと思って」
店主「毎度あり! なら、とっておきの乾パンを紹介するよ!」
─ 女の自宅 ─
女「へぇ、けっこうおいしそうな乾パンね」
乾パン「よう!」
女「へ!?」
乾パン「ふむふむ」キョロキョロ…
乾パン「アンタの部屋、地震対策がなってねぇな……」
女「な、なんで乾パンがしゃべるのよ!?」
乾パン「オレは被災した時だけじゃなく、防災にも役立つ非常食なんだ!」
乾パン「ビシビシ鍛えてやっから、覚悟しろい!」
女「そ、そんなぁ……」
数時間後──
女「家具は固定したし、家具の上に割れやすいものを置かないようにしたし」
女「食器棚には皿が飛び出してこないよう止め具をつけたし」
女「タンスも重いものを下に収納して倒れにくくしたわ」
女「これで大丈夫かしら……?」
乾パン「おう、ちったぁマシになったな!」
乾パン「んじゃ、オレは眠りにつかせてもらうぜい!」
乾パン「なにかあったら、オレを食ってくれよな!」
女(ふう、やっと静かになった……)
女(でも、対策したことで少し気が楽になったわね……)
女(これでいい男に出会えれば完璧だわ、なぁ~んてね)
─ 会社 ─
イケメン「やぁ、女さん」
女「あら、イケメンさん」
イケメン「最近の君は、なんだか自信に満ちあふれてて、魅力的だね」
女「あらそう?」
女(これも地震対策をしたおかげかしら……)
イケメン「あのさ……」
イケメン「よかったら今度の休日、一緒にデートでもどうだい?」
女「え!?」
女(イケメンさんが私を誘ってくれるだなんて……ビックリだわ)
女「ええ、喜んで!」
─ 女の自宅 ─
女「フンフ~ン」
乾パン「そんなにめかしこんで、どうしたい?」
女「今日は、イケメンさんとデートなの!」
乾パン「…………」
乾パン「オイ、そいつと付き合うのはやめときな」
女「なんで?」
乾パン「オレの勘だ」
女「なにいってんの? バッカじゃないの!?」
女「アンタは災害のための存在であって、私のデートには関係ないでしょ!」
女「引っ込んでてよ!」
乾パン「…………」
─ 街 ─
イケメン「次はあの店に寄ってみようか」スタスタ…
女「そうね!」スタスタ…
女(イケメンさんって、顔はいいけどあまり浮いた話を聞かないわよね)
女(それに、微妙にこわばった顔をしているし……)
女(せっかくのデートなのに、私とも微妙に距離を置いている……)
女(乾パンの勘を信じるわけじゃないけど、なにかあるのかもしれないわね)
イケメン「ん、どうしたんだい?」
女「い、いえ、何でもないわ!」
─ 夜道 ─
イケメン「今日は楽しかったね」
女「ホントね。映画も面白かったし、お食事もおいしかったし……」
イケメン「…………」
イケメン「ところでボクには、秘密があるんだ」
イケメン「こんなところで悪いけど、打ち明けていいかな?」
女「かまわないけど……」
女(なにかしら……こんな誰もいないところで……?)
イケメン「実は──」
イケメン「ボ、ボク、実は……」
イケメン「少しでも気が緩むと、貧乏ゆすりが出てきて」カタカタカタカタ…
女「へ!?」
イケメン「しかも、静電気がすごくって」パチパチ…
イケメン「多少化粧してるけど、ちょっとしたことで顔が真っ赤になって」カァァ…
イケメン「香水でごまかしてるけど、加齢臭みたいな体臭がするんだ!」ムワァ…
イケメン「こんなボクでよかったら……付き合って下さい!」バッ
女「あらまぁ……」
女(まさに、地震、雷、火事、親父だわ)
女(どうりで、顔がいいわりにあまりモテなかったわけね)
イケメン(やっぱり……ダメか……! ダメに決まってるよな……!)
女「──そうだわ!」
女「あなたにピッタリな人……いえ、ピッタリなパンを紹介してあげるわ!」
イケメン「え?」
─ 女の自宅 ─
乾パン「おめえがイケメンか!? オレの主人が世話になったな!」
イケメン「は、はい」
イケメン(乾パンがしゃべった!?)
乾パン「ふむふむ」ジロジロ…
乾パン「地震、雷、火事、親父!」
乾パン「負の体質の四重苦……これもまた災害にはちがいねえ!」
乾パン「だが見たところ、どれもオレが指導すれば改善できる体質ばかりだ!」
乾パン「ビシビシ鍛えてやっから、覚悟しろよ!」
イケメン「はいっ!」
女「頑張って!」
乾パン(オレの嫌な予感は、コイツのミニ災害みたいな体質に反応してたんだな)
乾パン(やれやれ、とんだ取り越し苦労だったってわけかい)
─ 街 ─
イケメン「驚いたよ!」
イケメン「たった一ヶ月足らずで」
イケメン「貧乏ゆすりも静電気もあがり症も体臭も、すっかり改善されたよ!」
イケメン「君とあの乾パン師匠のおかげだよ! 本当にありがとう!」
女「すごいでしょ! なんたって──」
─ 女の自宅 ─
乾パン「このオレは、災害の時のための非常食だからな!」
─ 第十一話 おわり ─
最終話『パン』
─ パン屋 ─
ガラッ……!
客「こんにちは」
店主「やぁ、いらっしゃい!」
店主「いつも来てくれて、ありがとう!」
客「ハハハ。ここのパンは美味しいので、つい来てしまいますよ」
客(今は他にお客さんはいないみたいだな)
客(それにしても、このパン屋さんは本当に変わってる)
客(店主さんも……売っているパンも……やってくるお客も)
客(なにも変わってない──つまり平凡なのはボクぐらいのもんだろうな)
客(たまには面白い注文をしてみたいけど、やっぱりボクは普通のままでいいや)
店主「しっかしお客さん、ほとんど毎日のようにウチでパンを買ってくれるけど」
店主「生粋のパン党なんだねえ~」
店主「茶碗や炊飯器なんて、お客さんには縁のないものだろう?」
客「え?」
客「なにいってるんですか? ボクはバリバリのごはん党ですけど」
店主「え?」
客「え?」
店主「あ……なるほど!」
店主「パンはあくまでオヤツで、三食とはまた別ってことか!」
客「いえ、ちがいますけど」
店主「……え?」
客「ボク──」
客「熱々のご飯にこの店で買ったパンを乗せて食べるのが、大好きなんですよぉ~!」
店主「…………」
店主(ウチによく来るこのお客さんは、少し変わってるなぁ……)
─ 最終話 おわり ─
このSSまとめへのコメント
一部作者の実体験が入ってね?
面白い