あかり「君がため」(202)
・あかり「しのぶれど」と、あかり「瀬をはやみ」の、続編です
・結あかです
・今回で完結です
・おかしな所は脳内補完お願いします
※最後まで温かく見守ってください
「あかりちゃん!陸上部見に行こ!」
「ちょ、ちょっと待ってぇ」
高校生活最初の一日が終わってすぐ、駆け寄ってきたちなつちゃんに腕を引っ張られる。
まだカバンに荷物しまってないのに…。
「ほら、結衣先輩の活躍を見るんだから!」
「う、うん…」
ちなつちゃんに引っ張られて教室を出ると。
「二人とも、迎えに来たぞー!」
廊下に響き渡る元気な声。
「あ、京子ちゃん」
「邪魔しないでください京子先輩!私達は…」
「結衣見に行くんでしょ?」
「そうです!だから漫研には…」
「私も行くよー」
「…え?」
意外な答え。
てっきり漫画研究部に連れて行かれるのかと…。
「グラウンドにいると思うから、行こうぜー」
◆
「……」
「……」
「結衣先輩…」
結衣ちゃん、あんなにたくさんいる人の中で先頭を走ってる…。
…なんだか、凄く楽しそう。
「…かっこいいね」
「…うん」
「……」
「…あ、走り終わったのかな」
「…あれ?」
結衣ちゃんに走り寄り、タオルとドリンクを手渡す女の子。
メラッていう効果音が、隣から聞こえた気がする…。
「……誰よ、あの子」
ちなつちゃん、顔怖い…。
「結衣、足速いしかっこいいから…モテモテなんだよね」
「……」
「部活中じゃなければ私が結衣先輩の汗を舐めとりに行くのに…!」
「そ、それはどうかな!?」
「うー…」
でも、あかりもちなつちゃんと同じ気持ち。
なんだか悔しい。
傍に居られないことが。
「……」
「よーし!次は漫研に行こう!」
「あ、私茶道部見に行きたいです」
「そっかー。残念」
「すみません」
「それじゃあまた明日!」
「またね、ちなつちゃん」
「……」
「京子ちゃん、どうしたの?」
「正直、ちなつちゃんに漫研は危険だ…」
「あはは…」
あかり「しのぶれど」
あかり「瀬をはやみ」
あかり「瀬をはやみ」 - SSまとめ速報
(http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1327236005/)
これかな
◆
「ここが漫研の部室でーす!」
「お、お邪魔します…」
「…あれ?」
誰もいない…。
「…ここ使う人、あんまりいないんだよね」
「そうなの?」
「一人で静かに漫画描きたい人が多いみたい」
「そうなんだ…」
「評論会みたいなのやるときは、皆集まるよ~」
「部員は何人いるの?」
「現在四人だ!」
「そっか…」
四人。
でもそこにはあかりも結衣ちゃんもちなつちゃんもいないんだよね。
皆を少し、遠くに感じる。
「ね、あかり」
「…なぁに?」
「ちょっと手伝ってってよ」
「うん、いいよ~」
「へへ、さすがあかりっ」
◆
「ここは何番?」
「そこはねぇー…」
前回と同じように、トーン貼りのお手伝い。
なんだか漫画家さんになったみたいで、凄く楽しい。
「今度はさ、ベタ塗りとかやってみる?」
「ベタ?」
「前に結衣がやってたやつだよ」
「だ、大丈夫かな…?」
「あかりなら大丈夫!」
そう言ってくれると嬉しいな。
「じゃあ、やってみようかなぁ」
「うんうん」
なんだか京子ちゃんも楽しそう。
漫画描くの、本当に好きなんだね。
◆
「いやー、助かったよあかり」
「あかりで良ければいつでもお手伝いするよぉ」
「これは奢りだ。ありがたく飲むがよい」
「わぁい、ファンチグレープっ」
「おいしい~」
「……」
どうしたんだろう京子ちゃん。
ニコニコして…。
「…えと、あかりの顔何かついてる?」
「んー…」
なんだか気まずそうに目を逸らして。
「目と鼻と口?」
「それは普通だよぉっ」
「あははっ」
「もぉー…」
「あかり」
「漫研…どうする?」
「……」
「もう少し、考えさせてくれる…?」
「ん、分かった」
◆
「どう思う?」
「ど、どうかな…」
やりたいことも見つからないまま一ヶ月が過ぎて。
ちなつちゃんは茶道部に入った。
やりたかったことをやっているちなつちゃんは、凄く輝いて見える。
そんなちなつちゃんが、結衣ちゃんに告白すると言い出した。
「だってぼやぼやしていられないじゃないっ」
「結衣先輩目当てで陸上に入部した子もいるみたいだし!」
「…そうなの?」
「恋する乙女の情報収集能力を甘く見ないことね!」
どうやら新しく出来た友達との間に独自のネットワークを築いたみたい。
ちなつちゃんのこういうところ、素直に凄いと思う…。
「……」
複雑な気持ち。
ちなつちゃんは大切なお友達だ。
幸せになってほしい。
でも、あかりの気持ちは…。
「……」
「あかりちゃんってさ、結衣先輩のこと好きなの?」
「えぇ!?なな、なんで…」
「やっぱりそうなんだ…」
「カマかけてみただけなんだけどね」
「あぅ…」
ちなつちゃん、ずるい。
「そうかな?って思ったのは合格発表のときかなぁ」
「考えてみれば、結衣先輩達の受験シーズンからあかりちゃんの様子が変だったし」
「ちなみに京子先輩ってセンは最初から考えてません」
なんかひどいこと言われてるよ、京子ちゃん…。
「……」
「なんか、ごめんね」
「え?」
「私、自分の気持ちばっかりで…」
「結衣先輩のこと好きなあかりちゃんに、応援してね!なんて…」
「……」
「でも、遠慮しないから」
「私にはあかりちゃんみたいに時間のアドバンテージがないもの」
「正々堂々結衣先輩をモノにしてみせるから!」
「ちなつちゃん…」
その夜。
ただ一言、短いメールがちなつちゃんから届いた。
―――ダメだった。
◆
「結衣せんぱーいっ!おはようございますっ!」
「おはようちなつちゃん」
「ちなちゅ~」
「やめてくださいっ」
「おいこら」
「……」
あれ?あかり夢でも見てるのかな?
「どうしたの?あかりちゃん」
「え!?…な、なんでもないよぉ」
「そお?」
「う、うん…」
「ふふ、変なあかりちゃん」
なんで結衣ちゃんもちなつちゃんもいつも通りなんだろう…。
◆
「ね、ねぇちなつちゃん…?」
「なぁに?」
「えと、告白…したんだよね?」
「したよー」
そ、そんなあっさり…。
「それで…」
「もうっ!メールしたじゃない」
「あ、うん…」
やっぱり、だめだったんだよね…。
じゃあなんで…。
「結衣先輩ね、好きな人いないみたいだよ」
「え…?」
結衣ちゃんは京子ちゃんのことが好きなんじゃ…?
「今は恋よりも陸上なんだって」
「……」
「まだ諦めたわけじゃない」
「今はダメでも、きっと…」
そっか。
普段から結衣ちゃんのこと好き好きって言ってるから、ちなつちゃんが諦めないなら今までと何も変わらないんだ…。
「あかりちゃんには負けないからね!」
「…う、うん」
結衣ちゃんは京子ちゃんが好きなんだと思ってた。
もしちなつちゃんの言うとおり、今結衣ちゃんに好きな人がいないなら…。
あかりは、結衣ちゃんへの気持ちを抑え続けていられるかな…。
◆
「凄かったねぇ、結衣ちゃん」
「うん、凄くかっこよかった」
富山県高校総体陸上競技。
結衣ちゃんは女子200mで三位に入賞した。
「いやー、あそこまで早くなってるとはねー」
「しばらく見ないうちにやるようになったもんじゃ…」
「誰ですかそれ…」
「結衣はワシが育てた!みたいな?」
「京子ちゃん凄いっ」
「いや、嘘でしょ…」
「あ、皆」
「待っててくれたの?」
「当然じゃないですか結衣先輩っ」
「凄かったですかっこよかったです!」
「…本当に、おめでとうございますっ」
「結衣ちゃんおめでとうー」
「結衣おめでた!」
「おい最後」
「でも…ありがとう」
「へへ」
「これから皆でご飯行こうぜー!」
「いいですね!お祝いしましょうっ」
「わぁい、皆でご飯なんて久しぶりだよぉ」
「そういえば、そうかもね…」
中学生のときは皆ずっと一緒だった。
今が楽しくないわけじゃないけれど、思い返すと時々寂しくなったりもする。
「よし、今日は私が奢ってやろう」
「…え?」
「何企んでるんですか京子先輩…?」
「ひどいなー、ちなつちゃん」
「お前、お金あるのか?」
「この間のイベントで少し稼いだからね!」
「そうなんだぁ、京子ちゃんも凄いっ」
「将来は漫画家さんだね!」
「どうだろ…。でも…」
「好きなこと仕事にできたら幸せだよね~」
―――ちょっと就職活動大変で…。
「あ…」
「どうしたの?あかりちゃん」
「…ううん、なんでもないよぉ」
自分のやりたいことをやっている結衣ちゃん、京子ちゃん、ちなつちゃん。
じゃあ、あかりは…?
あかりのやりたいことってなんだろう?
焦りや不安が、少しずつ大きくなっていくような。
そんな気がした。
◆
漠然としていた気持ち。
それは全校集会のときにはっきりと形になった。
皆の前で表彰される結衣ちゃんが、とても遠くにいるように見えて。
同じ学校に居るのに…。
先に高校へ行ってしまった、あの時より…ずっとずっと遠く。
また、置いていかれちゃう…。
何か見つけなきゃ、何か…。
あかりの、やりたいこと…。
◆
「京子ちゃんっ!」
「おー、あかり…どした?」
「えと、漫画のお手伝いしたいっ!」
「まじ?」
「うんっ」
「なんかあかり、やる気だね」
「結衣ちゃんにも京子ちゃんにもちなつちゃんにも、負けてられないよぉ」
「…そっか」
あれ、なんか結衣ちゃん…。
「よーし、そうと決まれば出発だー!」
「あ、京子ちゃん…ちょっと待っ…」
「よっしゃいくぞー!」
あかりの腕を掴んで、走り出す京子ちゃん。
「ゆ、結衣ちゃんまたねー!」
「うん、またね」
◆
「あかり、ここもベタお願い~」
「うん」
「……」
「できたよぉ~。これでいい?」
「…うん、おっけ~」
「わぁい」
「……」
「次は何をすればいいかな?」
「……」
「京子ちゃん?」
「あかりさ、焦ってない?」
「えっ?」
「無理にやりたいこと探さなくてもいいんじゃないか?」
「……」
でも、それじゃあ結衣ちゃんの隣には居られない。
あんなに頑張ってる人の傍に、何もしてないあかりは釣り合わない。
「まぁ、あかりがそれでいいならいいけどさ…」
「…私は、嫌だな」
「…え?」
「あかりが無理してるのは、なんか嫌だ」
「京子ちゃん…」
「結衣に追いつきたいんだよね?」
「え…?」
な、なんで知って…?
「なら、良い方法があるよ」
「ちょ、ちょっと待って京子ちゃ…」
「告白して、付き合っちゃえばいいのだ」
「えええええええ!?」
「なんでそんなに驚くのさ…」
「え、だってあかり…結衣ちゃんが好きだって…」
「わかるよ、それくらい」
「だって私は…」
「……?」
「まぁなんだ」
「急いだほうがいいよ?」
「ど、どうして…?」
「この間の表彰式で結衣の人気が急上昇してるからね」
「陸上にも新入部員がいっぱい入ったみたい」
そういえば、ちなつちゃんがそんなようなこと言ってたっけ…。
「…結衣は多分、あかりのこと好きだよ」
「…え?」
「でも結衣ちゃんは京子ちゃんのことが…あっ…」
つい言っちゃった…。
まずかった…よね…。
「……」
「私さ、昔は結衣とあかりの後ろをくっついて歩いてたじゃん?」
「…うん」
「で、今は私が結衣とあかりより前にいて…」
「う、うん…」
「ほら…」
「いつも結衣の隣に居たのは…あかりじゃん」
「……」
「結衣はさ、寂しがりなんだよ」
「いつも隣に居てくれる子のこと好きになるほうが…自然じゃない?」
「でも、結衣ちゃんいつも京子ちゃんのこと見て…」
「私は今も昔も危なっかしいからさ~」
「目が離せないだけだよ、多分」
「…でも…」
そうだとしても、今のあかりじゃ…。
「あかりには、笑っててほしい」
「京子ちゃん…?」
「だって…私は…」
「あかりのこと、好きだから」
「……」
「本当だぞ!あのときからずっと…」
「あの、とき…?」
「昔…あかりが風邪引いて倒れて、一人で寝てたとき…」
「私と結衣でお見舞いに行ったじゃん」
あのときから、ずっと…?
「いつも私のこと励ましてくれてたあかりが、なんか可愛く見えて…」
「無性に守ってあげたくなった…っていうか…」
「とにかく!理屈じゃないんだよ!」
「…あれからじゃん。私が今みたいになったのって」
そういえば、そうかも…。
「結衣には、対抗心のほうが大きかったな」
「あかりのことも、守ってやるって言うからさ」
「あかりを守るのは、結衣じゃなくてこの私だー!ってね…」
…。
―――あかりのことも、守ってやるから!
あかりが、結衣ちゃんを好きになった理由…。
◆
『けほ、けほ…』
『あかり、本当に大丈夫…?』
『うん…大丈夫…』
『お昼ご飯も食べたし、お薬も飲んだし…』
『お姉ちゃんが帰ってくるまで…ずっと寝てるから…大丈夫だよぉ…』
『そう…?』
『気をつけてね…お母さん…』
『じゃあ、行ってくるけど…』
『ちゃんとお布団で寝てなさいね?』
『うん…』
◆
『……』
『あんまり…眠くないや…』
ピンポーン
『……』
ピンポーン
『…誰、だろ…』
ピンポンピンポンピンポン
『うぅ…』
◆
『あかり!』
『結衣ちゃん…?』
『お見舞いに来たよ、あかり!』
カチャ
『結衣ちゃん…京子ちゃん…どうして…』
『お母さん達が、あかりが一人で寝てるって電話で話してたから』
『だめだよ…うつっちゃうよぉ…』
『あかりちゃん…大丈夫…?』
『京子ちゃんも…風邪うつっちゃうから…』
『私にうつってあかりが治るなら別にいい!』
『行くぞ!京子隊員!』
『う、うん!』
『あ、二人ともっ…』
◆
『あかり、してほしいことがあったらなんでも言うんだぞ』
『私も、何でもするから…』
『うつっちゃうから、帰って…』
『それはできない』
『どうして…?』
『あかりが心配だから』
『あかり大丈夫だよ…?風邪でも一人でお留守番できるよ…?』
『私達が心配なの!』
『あかりちゃん、心配…』
『隊員の心配をしない隊長なんていない!』
『結衣ちゃん…』
『あかりは我慢しすぎだよ』
『あかりのことも、守ってやるから!』
『…風邪から?』
『風邪もだけど…』
『一人じゃ、寂しいじゃん…』
『だから、寂しいのから守るんだ!』
『京子も…あかりも!』
『結衣ちゃん…』
『ありがと…』
◆
「懐かしいなー」
「うん…」
「あのときは、ありがとうね京子ちゃん」
本当は、二人が来てくれて凄く嬉しかった。
あかりは、寂しがりだから。
あのときも本当は凄く心細くて、不安で、眠れなかった。
だから、あかりを寂しさから守ってくれるって言ってくれた結衣ちゃんを、好きになったんだ。
「学校でも何度もお礼言われたのにまだ言うかっ」
「…でも、あかりの恋もあのとき始まってたんだな」
「…うん」
「私の恋は、始まった時から終わってたのかー…」
「そ、そんなこと…」
「…じゃあ、私と付き合ってくれる?」
「え…と…」
「…あかりの悪い所だな」
「気を遣いすぎるのは良くない!」
「……」
「私にもちなつちゃんにも、結衣のファンにも遠慮することなんてないからな」
「もちろん、結衣本人にも!」
「私はあかりが笑ってくれるならそれでいい!」
「京子ちゃん…」
「結衣のやつ、今疲れてるみたいだからさ」
「…結衣ちゃんが?」
「陸上部では大会で入賞したから期待されまくってるし…」
「先輩も同級生も後輩も結衣に猛アタックしてるみたいで、気が休まらないんじゃない?」
そういえばさっきも少し元気なかったような…。
「私さ、あかりと居ると、安心するんだよね」
「それはきっと結衣も、ちなつちゃんもそう」
―――だから、あかりと居ると安心する。
いつか、結衣ちゃんから聞いた言葉。
「あかりにしか、できないことだから」
「結衣のところに行ってあげて」
「…うんっ」
あかりにも、できることがあるんだ。
◆
校門で、結衣ちゃんを待つ。
辺りはもう薄暗くなり始めていた。
それでも。
「あかり?」
結衣ちゃんは、あかりを見つけてくれた。
「結衣ちゃん…お疲れ様」
「ありがと」
「…もしかして、私のこと待ってた?」
「うん。一緒に…帰らない…?」
◆
「京子と一緒に帰ったのかと思ったよ」
「えへへ、今日は結衣ちゃんと帰りたいなって…」
結衣ちゃんと並んで歩くのも、久しぶりな気がする。
ごらく部の部室で二人きりになって以来かも…?
「…私と?」
「…うん、結衣ちゃんと」
「……」
「あのね…」
「やりたいこと、見つけたんだ」
「…やりたいこと?」
「うん…」
「あかりね、結衣ちゃんの傍に居たい」
「え?」
「結衣ちゃんを笑顔にしてあげたいの」
「……」
「…結衣ちゃん、前に言ってくれたよね?」
「あかりと居ると安心するって」
「だから、あかり…」
「いつも傍に居るだろ?」
「最近は、そうでもないか…」
「そうじゃ、ないの…」
言うんだ。
ずっとずっと隠してきた、この気持ちを。
誰のためでもない、あかりのために。
「結衣ちゃんのこと、好きなの」
「あの日、結衣ちゃんがあかりのことも守ってやるって言ってくれたときから、ずっと…」
「もしかして、風邪のときの…?」
「…あ、あんな昔のこと…」
「覚えててくれたんだ…嬉しいなぁ」
「…まぁ、約束だし…」
「それから、何度も結衣ちゃんに助けてもらって…」
「どんどん結衣ちゃんのこと好きになって…」
「結衣ちゃんが小学校を卒業する時も、中学を卒業する時も、あかりは結衣ちゃんと離れるのが嫌で泣いたんだよ」
「…そう、だったんだ…」
「だから、あかり…」
「もう結衣ちゃんと、離れたくない」
「遠くに…行ってほしくない…」
「……」
「別に、今すぐ答えがほしいわけじゃないから…その…」
あ…遠慮するなって京子ちゃんに言われたばっかりだった…。
ど、どうしよう…。
「私、さ…」
「まだ好きって気持ちがどういうものか、よくわからなくて…」
「あかりに対する気持ちも、京子に対する気持ちも、ちなつちゃんに対する気持ちも、どれも同じくらい大切で…」
「……」
「それでも、今は…」
「あかりの優しさが、欲しい」
「…結衣ちゃ―――」
「あかり」
体が、結衣ちゃんの方に引き寄せられる。
「あ…」
「…よろしくね、あかり」
結衣ちゃんの体温。
結衣ちゃんの匂い。
「結衣ちゃん…」
…嬉しい。
その日、あかりは結衣ちゃんと恋人同士になった。
◆
「……おはよう、結衣ちゃん」
「おはよ、あかり」
あのあと。
結衣ちゃんの家にお泊りして。
「朝ご飯作っておいたよ」
「ありがと~」
「わぁ、オムライスっ」
「ふふ、好きでしょ?」
「うんっ」
あれ?結衣ちゃんもう制服…?
「…朝練?」
「うん、もう出ないと」
「そっかぁ…」
「帰りも、また遅いから…」
「うん…」
一緒に登下校は、難しいのかな…。
「だから、これ」
「え?」
これ、鍵…?
「今度、合鍵作りに行こう?」
「……」
そ、それって…。
「ふふ、顔赤いよ」
「だ、だって…!」
「じゃあ、行ってきます」
「…気をつけてね、結衣ちゃん」
「あかりもね」
◆
「あかりちゃん、何か良いことでもあった?」
「え?どどど、どうしてかなちなつちゃん」
「わかりやすすぎ…」
「うぅ…」
「まぁそこがあかりちゃんの良いところだけど」
そうかなぁ…。
結衣ちゃんに、しばらく皆には内緒って言われたのに…。
これじゃバレちゃうよぉ…。
「はぁ…。そっかー…」
「え?なにが…?」
「やっぱり、私のやり方じゃファンの子と変わらないんだよね…」
「好きな子がいないっていうのも、今は恋より陸上っていうのも、私を傷つけないための…」
「ちなつちゃん…」
「でも、これで勝ったと思わないことね!」
「あかりちゃんが隙を見せたら横から奪っていっちゃうんだから!」
「だ、だめだよぉー!」
「あ、やっぱり付き合い始めたんだ…?」
「……」
またしても…。
あかりのばかばかっ。
「ふふ…」
「もぉっ!」
「頑張ってね、あかりちゃん」
「結衣先輩のこと、幸せにしてあげてね」
「…うん」
◆
「ただいま」
「あ、結衣ちゃんおかえり~」
「えへへ、お掃除とお洗濯しておいたよぉ」
「ありがと」
「ご飯はもうちょっと待っててね?」
「……」
「どうしたの結衣ちゃん?」
「…癒されるなぁと思って」
「…えへへ」
◆
「ど、どうかな…?」
あかりの作ったオムライス。
結衣ちゃんのオムライスには負けるかもしれないけど…。
でも、愛情はたっぷり込めた。
「うん、美味しいよ」
「本当?」
「本当」
疑ってるわけじゃないけど。
でも…。
「…嬉しい」
「ふふ…」
◆
「それじゃあまた明日ね、結衣ちゃん」
流石に二日連続でお泊りはできない。
二人でご飯を食べた後、結衣ちゃんに別れを告げる。
「送っていくよ?」
「明日も早いんだよね?あかりなら大丈夫だから」
「でも…」
「慣れた道だもん。大丈夫!」
「…そう?」
「うんっ」
「おやすみなさい、結衣ちゃん」
「おやすみ、あかり」
◆
「赤座さん、ありがとね~」
「えへへ、どういたしましてー」
「……」
「凄いね、あかりちゃん」
「え?」
「他のクラスからあかりちゃんに頼みごとしにくる人がいるなんて…」
最近何だか色々なことをお願いされる。
どうやら噂になっているみたいで…。
「す、凄いかな…?あかりは当然のことをしてるだけで…」
「でも、赤座さんまじ天使って皆言ってるよ?」
「て、天使って…」
「あかりはただ、結衣ちゃんや京子ちゃんやちなつちゃんからもらったものを、他の人にも分けてあげてるだけで…」
「…やっぱり天使じゃない」
「そうなの、かな…」
「私なら結衣先輩からもらった愛は独り占めするもん!」
「そ、そっかぁ…」
あかりだって独り占めにしたい。
でもあかりの中の幸せな気持ちが、独り占めさせてくれない。
「人助け部、みたいなの作ってみたら?」
「うーん…」
ちょっと考えてしまう。
「ふふ…」
「どうしたの?」
「やりたいこと、見つかったんじゃない?」
「あ…」
◆
「生徒会、ですか?」
「ええ、赤座さんは授業態度もいいし、普段の生活態度もいいし…」
「人助けまでしてるそうじゃない」
先生の耳にまで入ってるんだ…。
女子高だから噂が広まりやすいのかな?
「生徒会は全校生徒のためにあるんだから、赤座さんにぴったりだと思うけど」
「……」
生徒会。
中学のときあかりは入らなかったけど、お姉ちゃんが生徒会長だったという話を聞いたことがある。
「夏休み明けに選挙があるから、よく考えてみてね」
「…はい」
◆
夏休み。
結衣ちゃんも京子ちゃんもちなつちゃんも部活があるみたいで、なかなか会う機会がない。
そんなわけで…。
「おっす!あかりちゃん!」
「櫻子ちゃん久しぶりっ」
「えへへ、久しぶり~」
挨拶が終わったとたん抱き締められて、ぐりぐりされた。
「あ、暑いよぉ…」
「久しぶりのあかりちゃん分を補給するのだ」
「あかり分って何…?」
「小動物可愛い!みたいな…?」
「そ、そっかぁ…」
◆
「最近向日葵ちゃんとはどう?」
「うーん…」
「実はあんまり会ってないんだ」
「そうなの?」
「向日葵の学校少し遠くて、通学時間が結構あるみたいで…」
「朝は早いし、夜は遅いし…」
「私も生徒会やってるし、お姉が家出てったから家事もやらないといけないし…」
「た、大変だね…」
「でも、これで良かったと思ってるんだ」
「え?」
「いい加減向日葵から自立しないとさ」
「胸張って向日葵の隣に居たいから…」
「ふふ…」
ちなつちゃんが二人を見て微笑んだ理由が、やっと分かった気がする。
「あ、これ誰にも言わないでね…!」
「あかりちゃんだから、つい話しちゃったっていうか…その…」
「大丈夫、言わないよぉ」
「…そ、そっか」
「そういえば櫻子ちゃん、生徒会やってるんだ?」
「うん。向日葵には負けてられないからね!」
「楽しい?」
「楽しいよ~!皆のために陰ながら頑張るの!」
「皆のため…かぁ」
「あかりちゃんみたいになりたいんだ」
「あかりみたいに?」
「中学の時はいっぱい助けてもらったじゃん?」
「そ、そうだっけ…」
「そうだよ」
「皆のために、お礼を言われないようなことまでやってさ」
「すげーかっこいいって思った」
「か、かっこ…」
「かっこいいよ、あかりちゃん」
「……」
「ありがとう櫻子ちゃん」
「え、何が?」
「ふふ…内緒だよ」
「えぇー…?」
櫻子ちゃんの言葉で。
あかりは、決心した。
◆
「ただいまー…」
「あ、お姉ちゃんおかえりなさい」
「あかり…」
「お、お姉ちゃん…」
また、抱き締められちゃった。
お姉ちゃんもあかり分…足りないのかな?
「……」
「…疲れてる?」
「…少しだけね」
いつも笑顔だったお姉ちゃんが、少し疲れた顔をするようになったのは就職活動が始まってからだ。
でも、内定はもう貰っているはずなんだけど…。
「でも、あかりのお陰で明日も頑張れるわ」
「あかりの…?」
「そう。あかりがいるから、私はいつだって笑顔でいられる…」
「お姉ちゃん…」
あかりの存在が、いろんな人に元気をあげられているなら…。
それは凄く嬉しいことだ。
「一緒に、頑張ろうね」
「あかりも、頑張れそうなこと見つかった?」
「うんっ」
「うふふ…」
「その笑顔で一年は戦えそうだわ…」
「お、お姉ちゃん凄い…」
◆
「お待たせ!結衣ちゃん!」
「…あかり」
今日は結衣ちゃんとお祭り。
平日はあんまり会えないし、休日はいつも結衣ちゃんのお家だったから、初めてのデートだ。
「ど、どうかな…?」
新しく買った、少しだけ大人っぽい浴衣。
結衣ちゃん、気に入ってくれるかな?
「…似合ってるよ、凄く」
「本当?」
「本当」
「えへへ…」
「結衣ちゃんも似合ってるよぉ」
「ありがと、あかり」
「行こうか」
「うんっ」
「何か欲しいものとか、やりたいこととかある?」
「うーん…」
「結衣ちゃんと一緒ならなんでもっ」
「…遠慮してない?」
「してないよ?」
「あかり、結衣ちゃんと一緒ならなんでも美味しく食べられるし、どんなことでも楽しめるよぉ」
そう、結衣ちゃんの傍に居られるだけで。
「……」
「じゃあ、私に付き合ってもらおうかな」
「お供します、隊長っ」
「ふふ、懐かしいなそれ」
あの頃からずっと、あかりの居場所は結衣ちゃんの隣だから。
◆
「ここ、穴場なんだ」
「わぁ…」
「蚊もたくさんいるけど…」
「あかり虫除けスプレー持ってるよぉ」
「さすが、用意がいいね」
「えへへ」
「花火まで…あと少しかな」
「楽しみだねぇ」
「うん」
「あのね、結衣ちゃん」
「ん?」
「あかり、もう一つやりたいこと見つけたよ」
「ほんと?…何やりたいの?」
「それはねぇー」
「それは…?」
「内緒だよっ」
「えー…。気になるじゃない」
「新学期になったら教えてあげるね」
「……」
「分かった、楽しみにしてるよ」
そのとき。
夜空に綺麗な花が咲いた。
「わぁー…」
「……」
「綺麗だねぇ結衣ちゃん」
「…そうだね、綺麗だ」
「また来年も、見に来たいな…」
「あ、でも結衣ちゃん大学受験かぁ…」
「一日くらい、なんとかなるよ」
「本当?」
「本当」
「じゃあ、楽しみにしてるね!」
◆
「あかりちゃん、今日から生徒会?」
「うんっ」
夏休みが明けて。
あかりは生徒会役員に立候補した。
演説は凄く緊張したし、噛み噛みだったけど…。
たくさんの人に応援されて、無事に当選することができた。
―――あかりちゃんの人望があれば余裕だよ。
生徒会に立候補すると打ち明けた時にちなつちゃんがそう言ってくれたように、かなりの票が入ったみたいで。
最近は上級生もあかりに頼みごとをしてくれるようになった。
誰かの役に立っている、それが凄く嬉しい。
結衣ちゃんとの時間がその分減って、少し寂しいけど。
―――応援してるよ、あかり。
結衣ちゃんは、そう言ってくれた。
だからあかり、頑張るからね!
◆
生徒会の仕事にも少し慣れてきた。
相変らず休み時間や放課後に頼みごとをされたりもして。
結衣ちゃんは冬の駅伝大会の練習が忙しくて、なかなか二人の時間を取れなくなってしまったけど。
充実してる。
毎日が楽しい。
「それじゃあお先に失礼しますっ」
生徒会のお仕事が終わって。
今日で一週間も終わり。
土日は久しぶりに結衣ちゃんに会いたいな…。
でも、練習があるのかな…?
そういえば、合鍵貰ってたんだ…。
お掃除とかお洗濯とか、やってあげよう。
◆
「ふぅ…」
土日の分の宿題を手早く終わらせて。
少し量が多かったけど、結衣ちゃんに会いに行きたいから。
「あ、結衣ちゃんの家でやっても良かったんだよね…」
「…まぁいっか」
そろそろご飯の時間だ。
ご飯食べたら、結衣ちゃんのお家行っちゃおうかな…?
スーキースーキーダーイスーキー
「あ、電話だ」
…公衆電話?
…誰だろう?
「…もしもし?」
『……』
「あ、あの…?」
『あか…り…』
「京子、ちゃん…?」
『結衣…結衣が…』
「……え?」
◆
七森病院。
病院は、あんまり好きじゃない。
匂いとか、雰囲気とか。
でも、今は…。
「京子ちゃんっ!!」
「あ、あかり…」
「結衣ちゃんは?どうして事故になんて…」
「ご、ごめ…私の…せいで…」
…まるで、昔の京子ちゃんだ。
「京子ちゃん…」
不安になる気持ちを、抑えて。
「大丈夫だから…」
「何があったのか、教えて?」
◆
『おーっす結衣!』
『何しに来た』
『つれないなぁ結衣にゃん』
『あ、これお土産のラムレーズン』
『どうせお前が食べるんだろ』
『へへ、お見通しで』
『当たり前だ』
『練習どうよ?』
『……』
『きつい、かな…』
『あかり分、足りてないかも』
『本人に言えばいいのに』
『あかりだって生徒会のこととか…色々あるだろ』
『そうだけどさ…』
『あかりはやっとやりたいこと見つけたんだ』
『重荷には…なりたくないから』
『ねぇ…なんでそういうふうに思っちゃうの?』
『なんで、って…』
『結衣はさ、あかりのこと好きじゃないの?』
『……』
『まだ自分の気持ち、はっきりしない?』
『この間一緒に花火見に行ったときは…』
『綺麗になったな、って思ったけど…』
『それだけ?』
『…一緒に居ると、安心する』
『それだけ?』
『どういう…意味だよ…』
『他に自覚してる気持ちはないの?』
『私から見れば分かりやすいんだけど…』
『……』
『結衣がそんなんじゃ、あかりが可哀想だよ』
『…なんで京子にそんなこと言われなきゃいけないんだよ』
『だって、私あかりのこと好きだし』
『え?』
『なんだよー。結衣も気付いてなかったのかよー』
『だってお前はちなつちゃんが…』
『あれは…複雑な乙女心というか…』
『なんだよそれ』
『だってあかりは結衣のこと好きだったし…』
『ちなつちゃんが私のこと好きになってくれたら、あかりは気兼ねなく結衣と…』
『……』
『私はあかりに笑ってて欲しいんだよ』
『結衣がそんななら、私があかり貰っちゃうよ?』
『……』
『…なんで、嫌だって一言言えないんだよ…』
『……』
『もういいよ、知らないから』
『きょ、京子…』
◆
「それで、結衣の家飛び出して…」
「車、気が付かなくって…」
「結衣が…追いかけてきてて…私のこと…庇って…」
「だ、大丈夫だよ京子ちゃん」
「大丈夫…だから…」
「ごめん…あかり…」
結衣ちゃん、大丈夫だよね…?
あかりを…あかり達を、置いていったりしないよね…?
◆
どれくらい時間が経っただろう。
京子ちゃんは、少し落ち着いたみたい。
そんな京子ちゃんの手を握りながら、あかりはずっと結衣ちゃんのことを考えていた。
今頑張ってる結衣ちゃんに、あかりは何もしてあげられないのかな…?
「結衣先輩っ!」
「あ、ちなつちゃん…」
「あかりちゃん、結衣先輩はっ!?」
「まだ、わかんない…」
「さっき結衣ちゃんのお父さんとお母さんがきて、今先生から話聞いてるみたい…」
「………そう」
「でも、どうしてこんなことに…」
「…それは」
「私の、せいなんだ…」
「京子先輩…?」
「京子ちゃんそれは…」
「いいの。本当のことだし」
さっきと同じように、ちなつちゃんに説明する京子ちゃん。
少し落ち着いたのか、さっきよりはっきりとした口調で。
「……」
「だから、私のせいなんだ」
「京子先輩…」
「京子ちゃんのせいじゃないよ、あかりがもっと結衣ちゃんを…」
「あかりは頑張ってるじゃん!」
「結衣が、あかりに遠慮するから…」
「それなのに学校じゃたまにイライラしてるみたいで…」
「会いたいなら、会いたいって…言えばいいのに…」
「それで、結衣先輩を挑発したんですか…」
「……」
「もう、しょうがないですね京子先輩は…」
「だって…」
「あかりも結衣も大事な幼馴染だから…」
「京子ちゃん…」
そのとき。
お話が終わったのか、結衣ちゃんのお父さんとお母さんが出てきた。
「あ…」
「あの、結衣ちゃんは…?」
「大丈夫よ」
「意識もハッキリしてるから」
「心配させちゃって、悪かったね」
「「「よ、よかったぁ…」」」
三人の声が揃う。
本当に、よかった。
「ただ…」
「…え?」
その先の言葉は、誰のことなのか、誰に対して言ってるのか、全然分からなかった。
◆
結衣ちゃんが事故に遭ってから、一週間。
あかりは毎日結衣ちゃんのお見舞いに来ていた。
学校が終わったらすぐ病院へ来て、結衣ちゃんのお世話。
面会時間が終わったら結衣ちゃんの着替えを持って結衣ちゃんの部屋へ行き、お掃除とお洗濯をしたあと家に帰る。
その頃には日付も変わっていて。
朝早めに起き、休み時間中に終わらせられなかった宿題をやって、また学校へ。
体が休まる気はしなかったけど、でも…結衣ちゃんのためだから…。
「…結衣ちゃん」
「…あかり」
「お着替え、持って来たよ」
「うん…ありがと」
「結衣ちゃんのためだもん」
「……私のため、か」
「何か言った?」
「いや、なにも…」
「……」
「あかり、生徒会は?」
「え、えと…今日は…活動なくて…」
「昨日もそう言ってなかった?」
「そ、そう…だっけ…」
「私のことはいいからさ」
「せっかくやりたいこと見つけたんだから…」
「でも…」
「いいから」
「どうせリハビリしても…」
「そんなことわかんないよっ!」
「……」
「きっとまた、走れるようになるから…」
結衣ちゃんは、もう走れない。
―――足に後遺症が残るかもしれないんだって。
あのとき結衣ちゃんのお母さんが言った言葉。
でも、あかりはそれを信じたわけじゃない。
「そんなこと、わかんないよ…」
あかりが言った言葉を繰り返す結衣ちゃん。
卑屈になっちゃってる…。
あかりが、なんとかしなきゃ。
「結衣ちゃん、あかりも一緒に頑張るから…」
「いいんだ、もう…」
「あかり」
「別れよう」
「え…?」
「あかりの重荷になりたくないんだ」
「で、でも…あかり…」
「…違うか」
「え?」
「あかりがどんなに頑張ってくれても、私はもう走れないから」
「あかりが傍に居たら、辛い」
―――あかりと居ると安心する。
「あかりの優しさが、辛い」
―――あかりの優しさが、欲しい。
「結衣…ちゃ…」
「ごめん、一人にしてくれないか」
「……」
「結衣ちゃん、また―――」
「もう、来なくて…いいから」
「……」
◆
「あかり、おかえりなさ―――」
「……」
「あかり?」
「……」
「どうしたのあかり?泣いて―――」
「……」
ごめんねお姉ちゃん。
でも…今は…。
階段を駆け上がり、自分の部屋に逃げ込む。
どうして、こんなことに…。
◆
「ん…」
「あれ、寝ちゃってた…」
楽しい夢を見てた気がする。
あかりと結衣ちゃんと京子ちゃん、三人で遊んでいたころの夢。
中学に入って、ちなつちゃんや生徒会の人達と遊んだ夢。
結衣ちゃんと、恋人になってからの夢。
「夢…じゃ、ないんだよね…」
―――あかり、別れよう。
「結衣ちゃん…」
―――もう、来なくて…いいから。
「いやだよ…」
でも、あかりが隣に居ると結衣ちゃんが辛い思いをする。
どうしたらいいの?
…どうしようも、ないの?
◆
「……」
涙も枯れ果てて。
「……」
こんなときでも、お腹が空く。
人間って不思議だ。
「…はぁ」
きっともう、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも寝てるよね。
◆
あれ…?
リビング、電気ついてる…?
「あかり…?」
「お、お姉ちゃん…」
「ご飯、温めてあげるね」
「ど、どうして…」
「……」
冷めてしまったお料理をレンジに入れて、温めてくれるお姉ちゃん。
目元が少し、赤い気がした。
「ほら、こっちきて座って?」
「…うん」
「…結衣ちゃんと、喧嘩でもしたの?」
「……」
「…そう」
「結衣ちゃん、あかりと一緒に居ると辛いって…」
「あかり、もうどうしたらいいのか…」
「分からない?」
「…うん」
「あかりは、どうしたいの?」
「あかりは…」
「あかりがしたいようにすればいいの」
「でも、それは結衣ちゃんを苦しめるだけで…」
「お姉ちゃんは、そうは思わないけど」
「どういう、こと…?」
「お姉ちゃんの口からは、言えないかな…」
「でも、これだけは覚えていて」
「あかりが結衣ちゃんを想うように、あかりも色んな人から想われてるの」
「……」
「どんな決断をしても、後悔しないようにね」
京子ちゃんも、ちなつちゃんも、あかりのことを応援してくれた。
櫻子ちゃんは学校が違ってもあかりのことを友達だと思ってくれてる。
色んな人に応援されて、あかりは生徒会に入った。
そして、お姉ちゃんはきっとあかりのために泣いてくれたんだ。
でも…。
結衣ちゃんはあかりのこと、どう思ってるのかな…。
◆
翌日。
今日が土曜日で良かった。
こんな顔じゃ学校行けないもんね…。
台所で遅めの朝食をとる。
今日はお父さんもお母さんもお姉ちゃんも出かけてるみたいだ。
正直、ほっとした。
「何して過ごそうかな…」
結衣ちゃんの顔が、頭をよぎる。
「お見舞い…行けないよね…」
「……」
「とりあえず、着替えてから考えよう…」
◆
「赤座あかりぃー!!」
着替え終わったあと。
リビングでぼーっとテレビを眺めていたら、突然の櫻子ちゃんの訪問。
「…さ、櫻子ちゃん?」
「…こんなとこで何してんの?」
「こんなとこって、ここあかりのお家だよっ」
「ていうか、どうやって入ったの!?」
鍵はかけてたはずなのに…。
「そんなことはいいから」
「そ、そんなことって…」
「あかりちゃんには、行かなきゃいけないところがあるでしょ?」
「…!」
「で、でも…」
「なんで遠慮するの?」
「好きな人に遠慮なんてすることない!」
「櫻子ちゃん…」
櫻子ちゃんが言うと凄く説得力がある…。
「あかりちゃんが一番やりたかったことって何?」
「そ、それは…」
…忘れるわけない。
結衣ちゃんの傍に居ること。
結衣ちゃんを、笑顔にすること。
「行かないと、絶対後悔するよ」
「……」
「あかり、行ってくるね…」
「あかりちゃん!頑張って!」
◆
病院への道を走る。
足がもつれて転びそうになっても。
結衣ちゃんに、会いたい。
もうそれしか考えられなかった。
大通りに出て、横断歩道を渡り、そして…。
病院に入ると、ちなつちゃんがいた。
「何しに来たの?あかりちゃん」
なんだか怖い。
「何って…」
「結衣先輩から聞いたんでしょ?」
「あかりちゃんと居ると辛いって」
「……」
「結衣先輩を苦しめに来たの?」
「ち、違うよ!」
「あかり、結衣ちゃんに元気になってほしくて…」
「…本当に?」
「……」
本当に?
本当に結衣ちゃんのため?
「……」
「どうなの?あかりちゃん」
「あかりは…」
「あかりが…結衣ちゃんの傍に居たいから、ここに来たの」
「……」
「ほんとに、あかりちゃんも結衣先輩も世話が焼けるんだから…」
「二人とも望んでることは同じなのに、お互いに遠慮しあうなんて」
「…まぁある意味お似合いなのかも…」
「ちなつちゃん…」
「私じゃ、だめだから…」
「結衣先輩のこと、今度こそ幸せにしてあげてね」
「うんっ」
「頑張ってね、あかりちゃん」
◆
船見結衣。
そう書かれたネームプレートがある部屋。
昨日の出来事が、鮮明に蘇る。
「……」
深呼吸をして、ノックを二回。
「……」
息を整えて、待つ。
「…どうぞ」
…伝えるんだ。
あかりの気持ちを。
「…結衣ちゃん」
「あかり、なんで…」
「結衣ちゃんが、心配だから」
「…私なら、別に」
「身の回りのことだって、両親が来てくれるし―――」
「あかりが心配なの!」
「あかり…」
「好きな人の心配しない人なんていないもんっ!」
「結衣ちゃん、我慢しなくていいんだよ…」
「……」
「でも、それじゃあかりが…」
「あかりに迷惑かけたくないんだよ…」
「あかりは、迷惑だなんて思わないもん」
「どんなに辛くても、結衣ちゃんと一緒なら…なんだって乗り越えられるよ」
「それでも、走れなかったら…」
「そのときは、あかりが結衣ちゃんおんぶして走るよ!」
「……」
「なんだよ、それ…」
「ほ、本気だよ!」
「…高校生活、私に全部くれるの?」
「人生全部あげたっていいもん」
「…あかり、一晩で頑固になったな…」
「結衣ちゃんの頑固に勝つためだもん…」
「そっか…」
「ごめんね、辛い思いさせて…」
「迷惑かけるけど…私…」
「あかりが好きだ」
「傍に、居てほしい」
やっと聞けた。
結衣ちゃんの気持ち…。
「…うん」
「嫌だって言っても、離れないからねっ」
こんどこそ、あかりは結衣ちゃんと恋人同士になった。
◆
あの日櫻子ちゃんがあかりの家に来たのは、京子ちゃんとちなつちゃんの差し金だったみたい。
―――あかりちゃんを素直に応援できるのは櫻子ちゃんだけだからね。
京子ちゃんは結衣ちゃんを、ちなつちゃんはあかりを挑発。
それぞれの本音を聞きだすところまで計画していたみたいで。
驚いたことに、全てを計画したのはお姉ちゃんだった。
でも、そのお陰で…。
「はい、あ~ん」
ウサギさんの形に剥いたリンゴを結衣ちゃんに差し出す。
「ま、待ってあかり…。それは…」
「結衣ちゃんは、こういうの嫌…?」
「い…嫌じゃない…けど…」
「けど…?」
「ひ、人の目が…痛い」
「あ~あ~、妬けちゃいますね!」
「ずるいぞあかり!私にも!」
「だめだよぉっ!結衣ちゃんのために用意したんだからっ!」
結衣ちゃんのお世話は三人で一日ずつ交代ということになった。
四人で話し合って決めたことだ。
あかりは毎日でも良かったんだけど、結衣ちゃんはやっぱりあかりが生徒会を続けることも望んでるみたいだから。
そして…。
◆
「結衣ちゃん、きたよぉー」
「あかり、いらっしゃい」
「はい、頼まれてた雑誌」
「ありがと」
「お着替えも持ってきたよ~」
「ここに置いておくね」
「…あかり」
「なぁに?」
「後遺症、心配いらないって」
「え?」
「リハビリ頑張れば、また…走れるようになるって」
「……本当?」
「……本当」
「結衣ちゃん…」
「…私、寂しがりだから…」
「一人じゃ頑張れないかもしれないから…」
「あかり、一緒に頑張ってくれる…?」
「…も、もちろんだよっ」
「一緒に…頑張ろうね。結衣ちゃん」
これから先、大変なことはいっぱいあると思う。
だけど、二人一緒ならきっと…。
おしまい!
ハッピーエンドが好きです
しかし手っ取り早く結衣ちゃんを挫折させるために事故らせるしかなかったのが辛かった
支援ありがとでした!
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