有栖川夏葉「ピンヒール・レトリーバー」 (12)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2021年04月05日 (月) 00:20:59 ID: 6ld/3/YM0
「どうかしら」
訊ねるまでもなく、答えはわかっている。
そのような表情で、有栖川夏葉は左手を腰に当て、もう一方の手で夕焼けみたいな髪を宙へ躍らせる。
とも...
大崎甘奈「恩返し」 (19)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年11月16日 (月) 01:01:28 ID: /zpbsw/P0
それは、よく晴れた日のことだった。
稲穂が風に吹かれて、金色の海が波打っていて、あとの視界にあるものと言えば、空に浮かぶ薄く伸びた雲ぐらい。
美しくのどかな景色に心を奪われなが...
大崎甘奈「セブンスヘブン」 (16)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年11月04日 (水) 18:55:34 ID: znERYMcG0
天国は七つあるのだという。
天国に行くと、第一から順番に回って行って、最後に第七天。
そこには一番偉い天使様がいるとか、神様がいるとか。
テレビか、インターネ...
樋口円香「歩道橋」 (11)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年10月31日 (土) 08:38:34 ID: nn/l7lqf0
片側三車線の大きな道路を結ぶ歩道橋がある。
その道路はしばらく歩かなければ横断歩道はなく、反対側へ行くにはその歩道橋を渡る必要があった。
歩道橋の階段は全部で三十六段。 ...
有栖川夏葉「一張羅」 (9)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年09月22日 (火) 21:16:47 ID: p5W+m0Hg0
汗を迸らせ、歯を食いしばり、飛来する拳を最小限の動きで回避した男は勇猛に眼前の相手へと迫る。
目視してからでは間に合わないほどの速さの左腕が相手の下顎を射抜いて、続く右腕がこめかみ...
渋谷凛「レフェリーの判断なんて」 (12)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年09月15日 (火) 00:37:01 ID: e1J45WPZ0
つい数週間前までは、わたあめみたいな雲がもくもくと盛り上がっていた空を見上げる。
もうどこにもそんなものはなくて、代わりに薄くて小さな雲がまばらに散りばめられていた。
...
有栖川夏葉「トロピズム」 (10)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年08月16日 (日) 14:40:58 ID: pO5Rz81k0
備え付けられたエアコンが、ごうごうと雄叫びを上げながら冷気を必死に吐き出していた。
窓から射し込んだ陽の光は、その健気な努力を嘲笑うかのように届く範囲の一切をじりじりと焦がす。
...
渋谷凛「ゴースト レイト」 (28)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年07月04日 (土) 22:33:03 ID: 4if+2Hlr0
嫌な空気の夜だった。真綿で首を絞められているかのように呼吸がしにくかった。
空にはどんよりと重たい雲が浮かび、月も星も見えない。
現在私がいる場所が神社というのもあって、言いよ...
有栖川夏葉「ここぞで開け!」 (13)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年05月21日 (木) 19:33:53 ID: wq3E2ozi0
彼女は片手に持ったグラスを、手首を軸にくるくる回す。
それに伴って、氷がからんからんと小気味の良い音を立てる様は、どこか楽器のようだった。
「なんて言うんだっけ。夏っち...
樋口円香「本日快晴」 (11)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年04月27日 (月) 19:05:13 ID: dc/j2zoZ0
煌びやかなドレッサーの前に、ぽつんと取り残されて、もうどれくらいの時間が過ぎたのだろう。
仰け反る形でやや横着に壁に掛かっている時計を見やる。
前回に時刻を確認した際より、長針...
渋谷凛「しゅわしゅわ」 (15)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年04月26日 (日) 17:59:01 ID: wquxKVH70
室外機が巻き上げる、むわりとした風を足で浴びる。
通常であれば心地良いとは言い難いそれも、今はなんだか特別な気がした。
車を回してくるから待っていて、と担当のプロデューサ...
渋谷凛「最後はだいたい、いつもこんな感じ」 (7)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年04月19日 (日) 22:02:02 ID: nO0X6WpI0
鳴り止まぬ歓声と万雷の拍手に背を向け、私はステージを後にする。
確かな熱さを感じるほどに眩しいスポットライトは太陽のようで、まだ体が熱を帯びていた。
当然ではあるが、舞台...
樋口円香「天国とは程遠く、地獄と呼ぶには温かで」 (9)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年04月13日 (月) 20:23:18 ID: HUVzNnIg0
わざとらしい咳払いが背後で響いて、そこからさらに数拍置いて「円香、今いいか」と声がした。
振り返ればそこには私を担当しているプロデューサーがいて、何やら紙束を抱えている。
...
渋谷凛「バードストライク」 (12)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年04月02日 (木) 00:49:41 ID: 4Bdl7bcD0
「ねぇ、プロデューサー。恋、って何か。説明できる?」
イヤホンを外し、空中に言葉を放り投げるように訊ねてみる。
それから数秒の沈黙が流れたあとに、空中からではな...
有栖川夏葉「選手宣誓」 (20)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年03月30日 (月) 02:53:03 ID: d/1h7rEH0
二限の講義の終わりを告げるチャイムが、響く。
それを受けて教壇の上の先生が「では今週はここまでにします」と言えば、特に号令などはなく、私たち生徒は席を立ち、思い思いの方へと散って行...
渋谷凛「春の訪れ、こねて作った薄いもの」 (12)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年03月16日 (月) 23:46:14 ID: IE5PJN5R0
寒さには、いろいろ種類がある。
タクシーを降りて、雲の裏側から薄ぼんやりと照らしている月を見て、私はそんなことを思う。
エアコンの効きすぎた部屋で感じる寒さと真冬の野外で感じる...
渋谷凛「しとど晴天大迷惑」 (15)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年02月29日 (土) 20:24:07 ID: 5cL2iVcA0
順番が次に迫った打者が待機する場所を、ネクストバッターズサークルという。
私がそれを知ったのは数か月前の体育の時間で、教えてくれたのはソフトボール部員であるクラスメイトだった...
渋谷凛「テレフォンパンチ」 (11)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年02月13日 (木) 01:27:25 ID: YwNItfWC0
ニ月中頃、春を待たずして街は桜色に染まる。
喫茶店、レストラン、スーパーマーケットなど、ありとあらゆる店々で流れる音楽は恋を歌うものが多くなり、限定のチョコレートを用いたメニューや...
モバP「…………凛かわい」渋谷凛「………………」 (16)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年01月20日 (月) 01:49:09 ID: Dv/lOIx40
P「…………」
P「………………」
P「……………………」
P「…………………………凛かわい」
凛「!?」
P「………………」
凛「………………」
渋谷凛「君の隣、寒凪ぎ」 (10)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2020年01月04日 (土) 00:16:30 ID: t6ePEyr60
可能な限り音量を絞った、控えめなアラームが枕元で響く。
やや足りていない睡眠時間のせいか、無意識でそれを止めて再び寝入ろうとしてしまうのを、ぎりぎりのところで踏みとどまる。
渋谷凛「いつもどおりの普通だって」 (11)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2019年12月24日 (火) 03:21:57 ID: FLJvNdsK0
スタッフの人に導かれるままに、バックヤードを進む。
普段は搬出搬入で用いるのであろう大きな扉は開け放たれていて、これでもかというくらい十二月の風を吸い込んでいた。
「こん...
渋谷凛「これは、そういう、必要な遠回り」 (50)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2019年12月08日 (日) 20:18:09 ID: clFucneV0
■ 一章 不在
「申し訳ございませんが、部署をお伺いしてもよろしいですか」
とある芸能プロダクションを訪れ、受付で目的の人物を伝えたところ、返ってきたのはそんな言...
モバP「何それ」渋谷凛「ゾンビだけど……」 (12)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2019年10月31日 (木) 00:54:51 ID: 8Bd1QtaZ0
P「そんなことを聞いてるんじゃなくて」
凛「うん」
P「なんで今年はそんなかわいくないやつなの」
凛「え? でも、かわいいって言われたよ」
P「誰に」
鷺沢文香「転機」 (9)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2019年10月27日 (日) 16:16:24 ID: ExFi4aza0
本という単語は大変面白いもので、ひとくちに本と言ってもその種別は様々です。
小説一つを取っても、現代小説や時代小説、サイエンスフィクションに推理小説など、細かく区分けていけば...
神谷奈緒「フレンドライクミー」 (13)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2019年09月16日 (月) 22:47:46 ID: ajLiiV4A0
暦の上では秋とはよく言うし、街のご飯屋さんのメニューも秋刀魚やら栗ごはんやらが目立つようになってきたけれど、依然として太陽は健在のようで、じりじりとした日差しは容赦なくあたしの頭めがけて降り...
モバP「中秋の名月なんだって」渋谷凛「へぇ」 (6)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2019年09月13日 (金) 22:20:38 ID: dClKCXRA0
「中秋の名月なんだって」
横を歩いていたプロデューサーが立ち幅跳びさながらの動きで私の正面へと躍り出る。
突然の出来事に、彼の動きに伴って生み出された革靴とアスファルト...
有栖川夏葉「共犯者」 (8)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2019年07月28日 (日) 22:45:58 ID: BHC7fOb90
「鍛えてるって聞いてたけど細いんですね」
私の担当プロデューサーが用意してくれたお仕事のための打ち合わせで先方にそう言われ、思考が止まってしまう。
言い返すべく...
有栖川夏葉「とっておきの唄」 (13)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2019年07月20日 (土) 23:40:56 ID: +a76L7SS0
かたかたとキーボードを叩く音が、二人分。いま、事務所に響くのはそれだけだった。
一つは残業中の私の担当プロデューサーのもので、もう一つは私のものだ。
彼が取り組んでいるの...
P「間接キスってあるだろ」夏葉「あるわね」 (12)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2019年07月10日 (水) 03:20:52 ID: jUCKm0BU0
夏葉「それで、その間接キスがどうかしたの?」
P「いや、ふと間接キスって単語を思い出してさ、それでいろいろ考えてて」
夏葉「……何か考え込んでると思ったら、そんなくだらないこ...
神谷奈緒「今はまだよくわからないけれど」 (16)
1 : ◆TOYOUsnVr. saga 2019年06月28日 (金) 06:10:44 ID: hRYw497E0
教室の窓から見える、学校前の公園の木々はもうすっかりその葉を落とし切っていた。
吹きつける冷たい風を受け、枝をしならせる様はなんだか痛々しい。
「奈緒、なにぼーっとしてん...