ほむら「私が残したもの」(215)

――忘れないで。

――いつも、どこかで、誰かがあなたを見守っている。

――彼女を忘れない限り、あなたは独りじゃない。

――――――――――――――――――――――――――――――――

ほむら「…ごちそうさま」カシャン

まどか「えっ?まだ半分近く残ってるよ?」

ほむら「うん…何だか食欲、なくて」

さやか「杏子に見たれら八つ裂きにされちゃうよ」

ほむら「…」

まどか「具合悪いの…?」

ほむら「そうではないんだけど…ちょっとね」

さやか「何か困ってることがあるんなら、言いなよ。相談に乗るからさ」

ほむら「…ありがとう。でも、大丈夫よ」スクッ

ほむら「ごめん。お金、置いていくから…先、帰るね」テクテク

さやか「えっ、ちょっと」アリアトヤシター カランカラン

まどか「大丈夫かな…心配だよ」

さやか「うん。――あれ?」

まどか「どうかした?」

さやか「あいつ、カバン忘れてってる」

まどか「あ、ほんとだ」

さやか「何か心ここにあらずって感じだったもんね」

まどか「すぐ追い付けるはずだから、渡してくるね。ここで待ってて」グッ
まどか「何これ。すんごい重い…。」

さやか「ん?何か、でっかい本が入ってるみたいだね」

まどか「チャックが閉まりきらなくて、ちょっと出てる…何か古そうな本だよ」

さやか「日記帳かなぁん?」キラリン ジジーッ

まどか「え、ダメだよ勝手に見ちゃ」

さやか「…何これ」

まどか「黒…魔術?」カランカラン タタタ

ほむら「はっ、はっ…ごめんなさい、忘れ物して――っ!!」

さやか「あっ」
まどか「あっ」

ほむら「…見た、の?」

まどか「ご、ごめん…」

さやか「いやー、日記帳か何かかなと思ってさー。あはは。…ごめん」

ほむら「…」

まどか「ほむらちゃん…どうしてそんな本見てたの?それに、別に隠さなくても…」

ほむら「…」カアアッ

さやか「――なに照れてんの?」

ほむら「ち、違うわよ…!」ホムッ

まどか「何か悩んでることがあるんだったら…言って欲しいなって」

まどか「ほむらちゃんには、助けられてばっかりだったから…私も力になりたいよ」

ほむら「はぁ…」チャクセキ

ほむら「知ってるわよね。ワルプルギスの夜を4人で撃退した日から…」

ほむら「私は、時間を止められなくなった」

まどか「うん」

ほむら「今では、私は弾薬の尽きかけた銃器類と、四次元ポケットみたいな
    能力しか残されてない、最弱の魔法少女よ」

さやか「でも四次元ポケット、役に立ってるよ?兵站の重要性を説いてたのは、ほむらじゃん」

ほむら「あんな苦し紛れの言い分を、信じてくれてたのね…さやか」

さやか「なにー!でたらめだったのかぁ!」

まどか「あはは」

ほむら「今は皆が、少しずつグリーフシードを分けてくれてるけど」

ほむら「いつまでもこのままじゃいけないから…何か、その」

ほむら「…新しい、魔法を…」

ほむら「身に付け、たくて…」

さやか「ウ…ク…」プルプル

まどか「ほむら、ちゃん…」

さやか「あっはははははははははははは!」

ほむら「――っ!!だから言いたくなかったのよ!」カアアア

まどか「さやかちゃん、笑ったら可哀想だよ…一生懸命なんだから」

さやか「あは…はぁ…ごめんごめん…いやいや」

ほむら「…」

さやか「あのほむらが、そんな可愛らしく悩んでたなんて想像するとさぁ…んふっ、あはは」

ほむら「…帰るわ」

さやか「待ちなって!ごめんって!」

さやか「全く…そんな心配しなくっても、あたしたちがちゃんと守ってあげるってのに」

さやか「誰も魔女になんてさせない!って決めたじゃん」

まどか「それから…QBも見なくなったね」

ほむら「でも、いつまでも甘えてるわけにもいかないもの…」

さやか「まあいいけどね。で、何か使えそうなものはあったの?」

ほむら「黒魔術って、どうも色々材料がいるらしくって…ここらじゃ手に入らないものも多いの」

ほむら「毒虫とか、天竺鼠の糞とか…」

ほむら「動物を殺して使うのもちょっとね…」

まどか「そういうものなんだ…」

さやか「じゃ、全然ダメだったってこと?」

ほむら「――1つだけ…このページのやつが」ペラペラ

さやか「ふんふん。蝋燭に赤と黒の布、刃渡りの長い刃物、赤ワインに水、麦…か。確かにこれなら揃うね」

まどか「これで、何が起きるの?」

ほむら「異界の精霊を呼んで使役する…らしいわ。この場合は火の精ね」

さやか「へえ、良さそうじゃん!」

まどか「かっこいいね」

さやか「これやってみようよ!布もナイフもすぐそこで買えるでしょ」

まどか「さやかちゃんが張り切ってどうするの」ティヒヒ!

ほむら「実は…もう材料は揃えてあるんだけど…」

さやか「さすが!って、もうやったってこと?」

ほむら「いえ…ほら、ここを読んで。この儀式には4人いないといけないのよ」

まどか「…ほんとだ。そうみたいだね」

さやか「じゃあマミさん呼ぼ!それで4人でしょ」

まどか「マミさん絶対こういうの好きだろうなあ」

ほむら「え、いえ、あの」

まどか「どうしたの?」

ほむら「本当に…やるの?自分が言うのも何だけど…無駄だと思うの…」

さやか「いやいや、パンピーがやればそうかも知れないけどさ。あたしたちは魔法少女だよ?
    そういう素質がある人間がやれば、本当に効果があるかも知れないよ」

ほむら「まどかは魔法少女じゃないわ」

さやか「細かいことは気にしない!4人中3人もいれば十分でしょ!さ、行くよ!」スック

まどか「さやかちゃんハシャイジャッテ!」

ほむら「え、え、あの…」グイグイ

――――――ほむホーム――――――

ほむら「わざわざ来てもらって、ごめんなさい…」

マミ 「いいのよ。何かこういうのってワクワクするじゃない」

まどか「やっぱりマミさんもこういうの好きなんですね」

マミ 「小学生の頃に、こっくりさんとかやったのを思い出すわ」

さやか「それとはちょっと違うような…」

マミ 「それに、暁美さんがみんなのために努力しようとしてるんだもの。
    協力しないわけにはいかないわ」

ほむら「そ、それを言われると…」カアア

さやか「じゃー火を付けるよ!蝋燭は5本でいいんだね?」

ほむら「ええ…その五芒星の頂点にそれぞれ配置してくれるかしら」

急造でしつらえた祭壇の上には、白いチョークで五芒星が描かれた赤い布が敷かれ、
その前にはグラスに注がれた赤ワインと水、そして麦が一房、備えてある。
さやかはその五芒星の頂点に蝋燭を置き、火をつけた。
ほむらが五芒星の中心にナイフを突き立てる。

ほむら「始めるわよ。――電気を消して」

まどか「はーい」カチッ

さやか「おお…」

マミ 「雰囲気出るわね」

ほむら「じゃあ、教えた通りに」

祭壇を中心として、東にほむら、南にまどか、西にさやか、北にマミが立つ。
ほむらは人差し指と中指を立てて、自分の目の前の空中に大きな五芒星を描いた。

ほむら「ヨド・ヘー・ヴァウ・ヘー」

まどか「アドナイ」

さやか「エヘイエー」

マミ 「アグラ」

ほむら「ラファエル」

まどか「ガブリエル」

さやか「ミカエル」

マミ 「アウリエル」

ほむら「来れ…幽世の精よ」


フッ


5本の蝋燭の火が揺らぎ、4本が唐突に消えた。

ほむら「!?」

フシュルルルルル

まどか「えっ!?」

ほむら「何いまの音…」

マミ 「私も聴こえたわ」

さやか「…」プッ

まどか「あ、さやかちゃん!」

さやか「…あははははははははは、引っ掛かってやんの…!っくくく…」

マミ 「もう、美樹さんたら」

ほむら「邪魔しないで…!」

さやか「だってさぁ、何か、最初に確認した時と、順番違ってたよ?」

ほむら「え、嘘…」


ヒタッ

マミ 「…え?」

ほむら「さやか…!」

さやか「いや…今のはあたしじゃ…まどか?」

まどか「ち、ちがうよぉ!」


ヒタッ


全員 「!!」

さやか「ちょっと…何なの」

まどか「ゴ、ゴキブリか何かだよ、きっと…」

マミ 「そっちの方が嫌よ…」

ほむら「まどか…ちょっと傷ついたわ…綺麗にしてるつもりなのに…」


ズルズルッ

まどか「ひっ!!」

さやか「で、電気つけよう!」カチッ

マミ 「――っ…」チャキッ

ほむら「…カーテンの裏から聞こえたわね」ジャコッ


ズズズッ


さやか「たあああああああっ!」バッ

まどか「うぁっ!」
ほむら「ちょっ、待っ――!」

マミ 「何もいない…わね」

さやか「っ!?」スザッ

まどか「どうしたの!?」

さやか「何か…床が濡れてる…」

ほむら「やめてよ…」

さやか「いやほんとだって…ほら――きゃっ!?」

まどか「ひぇっ…何これ…」

さやかが更にカーテンをめくると、水に濡れた髪の毛の束が隅に固まっていた。

マミ 「いや…何よそれ…」

さやか「ほほほむら、ちゃ、ちゃんと隅っこも、掃除しないから…!あはは…」

ほむら「『清め』で掃除はさっきしたじゃない…それに、長すぎる…私だってそこまで長くないわ…」

マミ 「白髪も結構混じってるわ…確かに暁美さんの髪じゃ…」

まどか「やだやだ…」

ほむら「…」

さやか「――さて、時間も時間だし、帰らないと」

ほむら「えっ!?ちょっと!」

まどか「わ、私も…今日はお夕飯いらないって、パパに言ってないし…」

ほむら「まどか!?」

マミ 「そ、そういうことなら今日は片付けして解散かしらね」

ほむら「――っ!」ウルウル

さやか「じゃ、じゃあね」ソソクサ

ほむら「まだこんな時間じゃない!ゆっくりしていって!泊まってってよ!」

まどか「ほむらちゃん、ごめんね…パパが、待ってるから…」オドオド

ほむら「まどかぁ…!」

マミ 「…」ヌキアシサシアシ

ほむら「!!!」ガシッ

マミ 「あっ、ちょっと!」

ほむら「マミさん!マミさんは一人暮らしよね!まだ大丈夫よね!?」グググ

マミ 「えっ、えーっと…」

ほむら「独りにしないで…!」ウルウル

マミ 「――あ、そうだ」

ほむら「…!!」ウルウル

マミ 「暁美さん…私のうちに来ない?」

ほむら「…マミさぁん!」ダキッ

マミ 「うふふ、こんな怯える暁美さん初めて見たわ」

ほむら「うぅ…」カアア

――――――マミホーム――――――

ほむら「ごめんなさい…押し掛けちゃって」

マミ 「いいのよ、私だってあの部屋にいるのは怖かったんだから」

ほむら「どうしよう…何か、悪魔…みたいなのを喚んでしまったんでしょうか…」

マミ 「何とも言えないわね…もちろん、似たようなことは今までなかったのよね?」

ほむら「ありませんよ…引っ越そうかしら…」

マミ 「そうだ!」

ほむら「はい?」

マミ 「こんな時、頼りになりそうな子がいるじゃない!」

ほむら「!杏子…」

マミ 「そう、彼女は教会の娘だったんだもの。悪魔祓いとか、そういうことも知ってるんじゃないかしら」

ほむら「そうですね…明日は土曜で休みだし――隣町に行ってみます」

マミ 「皆で行きましょう。あの場にいた以上、悪影響がないとも言えないし…」

ほむら「そうですね…それにしてもこういう時、携帯の一つも持っててもらわないと不便ですね」

マミ 「うふふ、そうね」

ほむら「じゃ、まどかとさやかには私からメールしておきますね」

マミ 「お願いね。じゃ、お風呂に入ったら寝ましょうか。――先に入る?」

ほむら「いいんですか?…じゃ、お言葉に甘えます」

*  *  *

ほむら「さっぱりしました…次どうぞ」フキフキ

マミ 「ええ、そこにお布団敷いておいたから。先に寝ててもいいのよ?」

ほむら「ありがとうございます。でも、髪が乾くの結構時間かかるので」

マミ 「風邪をひかないようにしてね」トタトタ

マミ 「~♪」ヌギヌギ タユン ガチャ

マミ 「…!」

マミ 「暁美さん…結構抜け毛が多いのかしら…」

マミ 「長いから流れにくいだけよね…」

マミ 「…」ゾクッ

マミ 「まさか…ね」

*  *  *

ほむら「おやすみなさい」

マミ 「おやすみなさい」パチン

ほむら「…」

マミ 「…」

ほむら「…マミさん」

マミ 「…どうしたの?」

ほむら「豆電球だけ…点けてもらってもいいですか」

マミ 「いいわよ。…暁美さん、意外に怖がりなのね」クスクス

ほむら「…///」

*  *  *

ほむら「スゥ・・・スゥ・・・」

マミ 「クー・・・クー・・・」



ヒタッ




ヒタッ




ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ


*  *  *

――――――翌朝 隣町――――――

まどか「さやかちゃん遅いなあ」

ほむら「もう…寝坊でもしたのかしら」

マミ 「メール、したのよね?」

ほむら「はい。了解♪って返ってきてました」

まどか「電話してみるね」

まどか「…」

まどか「出ない…」

ほむら「大方、慌てて走ってるから気付いてないのね」

マミ 「そうね。もう少し待って――っ!?」

シュタッ!

杏子 「はぁ…はぁ…」

ほむら「杏子!?」

マミ 「佐倉さん!」

杏子 「――っ!」ビクッ

まどか「どうしたの?こんなとこで変身なんかして…」

杏子 「…」キョロキョロ

杏子 「…ふう」ヘンシンカイジョ

ほむら「――使い魔でもいたの?何かと戦ってたようだけど…」

マミ 「特にソウルジェムの反応はないけど…」

杏子 「いや、それがさ――何か、変なのがいて」

ほむら「…っ」

マミ 「変な、のって――?」

杏子 「それが、判んないのさ。ソウルジェムには、かすかに反応するんだけど」
杏子 「魔女とも使い魔とも、何か違うんだよな…」

ほむら「ちょうど良かったわ。あなたに会いに来たの」

杏子 「ああ、そういや雁首揃えてどうしたんだ?こんなとこまで…って、さやかはハブ?」

マミ 「もちろん一緒よ。ちょっと遅れてるようだけど…」

杏子 「ふーん。で、何の用さ?」

ほむら「ここじゃ何だから、そこのMammy'sに入りましょう。さやかにはメールしとくわ」

杏子 「え、あたし金ねーぞ。おごってくれんのかい?」

ほむら「…場合によっては」

杏子 「よっしゃ!」

――――――Mammy's――――――

杏子 「――大体話は分かった。まったく、何やってんだか」モシャモシャ

ほむら「うるさいわね…それで、その、悪魔祓いみたいなことって、杏子は…」

杏子 「エクソシズムのことか?そりゃあカトリックの話だね。言ったろ?うちはプロテスタントなんだよ」

マミ 「あまり詳しくなくてごめんなさい…キリスト教でも、派が違うってこと?」

杏子 「ほむらさ、あんた見滝原に来る前はミッションスクールにいたんだろ?何で知らないのさ」モグモグ

ほむら「う…」

マミ 「ほら、元々は身体が弱かったって言ってたじゃない。――あまり学校には行けてなかったんでしょ?」

ほむら「そう、ですね…」シュン

杏子 「まあプロテスタントにも似たようなのはあるけどね。でもそんなに体系化されてないし、
    それにしたって、悪霊に取り憑かれた人間から悪霊を追い出すような儀式だからな」ガツガツ

ほむら「そう…」

まどか「杏子ちゃんの教会と関わりのある人で、そういうのに詳しい人っていないの?」

杏子 「いないな。――そもそも、異端な教義に走ったせいで破門同然だったわけだしね」ゴキュゴキュ

まどか「あ、ご、ごめん」

杏子 「いいって。…それにしてもさやかはどうした?」ゲフッ

まどか「あ!」

ほむら「幾らなんでもおかしいわね…」

マミ 「もう一度電話してみましょう」

マミ 「…出ないわ」

ほむら「…」

杏子 「…厭な予感がするな」

まどか「さやかちゃんの家に行きましょう!」ガタッ

マミ 「ええ!」

ほむら「杏子の分は私が出しておくから、タクシーを止めておいて!」

杏子 「しゃあ!」タタタ

――――――タクシー車内――――――

まどか「やっぱり出ないよ…」プルルルル プルルルルル ピッ

マミ 「何もないといいけど…」

杏子 「落としたか失くしたか、ならいいけどな」 …ポーピーポーピーポー

ほむら「ええ…」 ピーポーピーポーピーポー

まどか「運転手さん、出来るだけ急いで!」 ピーポーピーポ…

運転手「あいよ」

* * *

まどか「運転手さん、次の信号を左に曲がったところで止めてください」 

マミ 「…」

まどか「あ、その辺で大丈夫です」

運転手「1,640円ね」

杏子 「あのマンションだよな?何か…エントランスに人だかりが」

ほむら「何かあったのかしら…」

マミ 「ひとまず私が立て替えておくわ、先に行って!」

まどか「は、はい!」バタン

ザワザワ ザワザワ

まどか「あ、おじさん!」

杏子 「誰だ?」

ほむら「さやかの家の隣の人だったかしら…」

男性 「おや、鹿目さんとこの」

まどか「何か…あったんですか?」

男性 「それがさ…美樹さんとこのさやかちゃんが、突然おかしくなっちゃって」

まどか「!!!」

杏子 「どういうことだ!」

男性 「っ!と…お友達かな?」

まどか「さやかちゃん…どうしちゃったって言うんですか!?」オロオロ

男性 「いや、何か突然倒れて…意識はあるみたいなんだけど、喋れなくなって、ずっと涙をこぼして…」

ほむら「…!さっきすれ違った救急車はまさか!」

杏子 「追うぞ!」ダッ

まどか「うん!でも――どこの病院に…!」

ほむら「この辺で救急を受け入れてるのは見滝原病院しかないわ!」

マミ 「そうね!急ぎましょう!」

――――――病室――――――

さや母「さやか…さやか…どうしたの…しっかりして…」

さやか「」ボタボタ

さや父「先生…さやかはどうしてしまったんでしょうか…」

医師 「…」

まどか「さやかちゃん!」タタタ
杏子 「さやか!」タタタ

さや母「――まどかちゃん…来てくれたの」

ほむら「…これは…!」

さやかの様子は明らかに異常だった。

上半身を起こしてベッドに入っているので意識はあるようだが、目が左右別々の方向を見ている。
そして、その目からとめどなく滂沱の涙が溢れ続けていた。
既に上着と掛け布団のかなりの部分が濡れて変色している。到底常識では考えられない涙の量だった。

まどか「さやかちゃん!…しっかり、して――!」

さやか「…!」ボタボタ

まどかに気付いたのか、さやかの両の目が大きく見開かれた。だが相変わらず焦点は定まらない。
震える右手がわずかに持ち上がる。

まどか「さやかちゃん!」ガシッ

さやか「…!」ボタボタ ビクン

まどかがさやかの右手を両手で握り込むと、さやかは何かに怯えるように身体ごと
まどかに握られた手を振りほどこうとした。そして激しく痙攣し始める。
二人の看護師がまどかを引き離し、さやかを取り押さえた。

さやか「」ビクンビクン

さや母「さやか!さやか…!」

医師 「鎮静剤、点滴用意!――すみません、ご家族の方以外は外して頂けませんか」

マミ 「そんな…!」

さや父「来てくれたのは嬉しいけど…今は、先生の言うことを聞いてくれるかな…」

まどか「は、はい…」ウルウル

――――――待合室――――――

まどか「さやかちゃん…」ウルウル

ほむら「どうしよう…私の、せいだ…」

マミ 「自分だけのせいにしないで。あれをやったのは、私たちみんななんだから」

杏子 「ちくしょう…何なんだ…さやかに何しやがった…!」

ほむら「杏子…やっぱりあれは、悪魔憑き――なのかしら」

杏子 「わかんねえよ!…あたしだって、悪魔だの何だのなんて…」

マミ 「ところで…みんな、気付いていたかしら?」

まどか「え?」

マミ 「ほんとにわずかにだけど…ソウルジェムが反応していたわ。
    魔女でも使い魔でもないけど…この世ならざる何か、なのは間違いない」

杏子 「それって…あたしが今日追い回されてたのも――!」

マミ 「多分ね」

杏子 「くそっ…!あの時、ビビらずに倒しておけば…っ!」ガン

ほむら「何とかしないと…とにかく、さやかの身体から追い出す方法を考えましょう」

杏子 「それにしたって…一体何が憑いたのかも判らねーんじゃ、調べようが…」

まどか「"悪魔祓い"はダメだけど…。"悪霊払い"で検索したら、市内に幾つか神社とお寺がヒットしたよ」ピコピコ

マミ 「この際、お寺でも神社でもいいわ!手分けして相談しましょう!」

ほむら「――そうね。悩んでばかりでは、さやかは助けられない」スック

まどか「さやかちゃん…待っててね」

――――――神社――――――

まどか「ここだね…」

ほむら「広いわね…社務所はどこかしら」

まどか「あ、マミさんからメール」ティロティロリーン

まどか「住職不在で、もう1つのお寺に回ってみるってさ…」

ほむら「仕方ないわ。この神社が当たりなら、それでいいんだから」


ジャリッ


まどか「あ、あっちに案内板があるよ」

ほむら「見てみましょう」


ジャリッ


まどか「えーと、受付ってのがあっちに――」


ジャリジャリジャリジャリジャリ


ほむら「!?」
まどか「ひゃっ!!」

異様な気配に気付いて振り向くと、灰色の何かが二人に迫ってきていた。
それが地面を這いずると、地面は雨が降った後のように変色していく。

ほむら「ソウルジェムが殆ど反応しない…こいつは――!」

まどか「何で!?さやかちゃんに取り憑いてたんじゃないの!?」

ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ

ほむら「――くっ!」ピシュン!ピシュン!

サイレンサー付きのオートマチック拳銃で銃撃するが、手が震えて正確にヒットしない。

ほむら「…っ!まどか!走って!」ピシュン!ピシュン!

まどか「う、うん!」タタタ

少し冷静さを取り戻したほむらの銃撃はその「何か」にヒットしたが、
飛沫が飛び散るだけでまったく怯まない。

ほむら「ダメだ、ひとまず距離を取らないと――!」シュルルル

まどか「っ!ほむらちゃん!!」

ほむらと「何か」の間にはまだ10メートル近い距離があったが、「何か」から
伸びた髪の毛のような触手がほむらの足に絡まり、ほむらは転倒した。

まどか「ほむらちゃん!」タタタ

ほむら「まどか!来ちゃダメ!!神主さんを呼んできて!!」

まどか「――っ、うわああああああん!」タタタタタ

まどかが本殿の方に走り去るのを確認すると、ほむらは閃光手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。

ほむら(1…2…3…!)ポイッ

ドコオオオオオオン!

強烈な光と爆音が辺りを支配した。
水飛沫と、髪の毛の焦げる不快な臭いがほむらの顔にかかる。

その間に、ほむらは盾の中からアーミーナイフを探り当てた。
右足に絡まった髪の毛に押し当て、引き切る。

ほむら(くっ…!思ってたより硬くて…切れない――!)ブチブチブチ

ほむら「――はっ!」シュルシュル

アーミーナイフを持った右手に、さらに濡れそぼった髪の毛の束が絡みつき、
右半身の自由が完全に奪われた。

ズルズルズル

「何か」が髪の毛を引き込み始め、ほむらの身体が徐々にそれに向かって引きずられていく。

ほむら「しまっ、た――!」

ほむら(こんな…とこで…)

ほむら(やっと、まどかを契約させずに、ワルプルギスの夜を乗り越えたのに…)

ほむら(まど…か…)

ウジュルウジュルウジュルウジュルウジュルウジュル

「何か」はほむらの身体に覆い被さり、侵食していく。

ウジュルウジュルウジュルウジュルウジュルウジュル

ほむら(…まどか…)

ほむら「…!」

ほむら「ごめん…ごめん、ね…」ガクッ

ほむらの両目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

ウジュルウジュルウジュルウジュルウジュルウジュル

* * *

まどか「急いでください!こっちです!」タタタタ

まどか「…!!」

まどかが神主と巫女を連れて案内板のところに戻ると、そこにはほむらの姿はなかった。
代わりに、大量の水をぶちまけたような跡と、夥しい髪の毛が残されている。

まどか「…そ、そん、な――!」ガクッ

まどか「ほむらちゃん…ほむらちゃん…!」フラッ

まどかを眩暈が襲った。
急激に走ったことと、眼前の光景により受けたショックで、まどかはその場に倒れ伏した。

神主 「お、おい!」

巫女 「大丈夫!?」

神主 「ひとまず、社務所へ運ぶんだ!」

* * *

まどか「うう…えぐっ…」グスグス

マミ 「鹿目さん、もう泣かないで。…暁美さん、死んだと決まった訳じゃないんだから」

杏子 「そうだな。さやかの様子を見ても、すぐに命がどうこうって手合いじゃないはずだ」

まどか「でも…でも…」グスグス

巫女 「――あの…こちらも参拝終了時間ですので…そろそろ…」

マミ 「あ、ごめんなさい。休憩所を貸していただいて、ありがとうございました」

巫女 「いえ、それはいいんですけど…お友達、心配ですね」

杏子 「…」

マミ 「では、私たちはこれで。――鹿目さん、立てる?」

まどか「はっ…はい…」グスグス

巫女 「お役に立てなくて申し訳ありません」

杏子 「まどかを介抱してくれただけで十分だよ。ありがとな」

巫女 「お気を付けて」

* * *

マミ 「これからどうしましょうか…」

杏子 「…もうここらにはいなそうだしな。――ほむらの家に行ってみるか」

まどか「正気に戻ってるかも知れない…ってこと?」

杏子 「いや…それならあたしたちの誰かに連絡はあるだろ。じゃなくて、
    もうあいつの行きそうな場所を当たるしかないってことさ」

マミ 「そうね。暁美さんの出没しそうなところと言えば――」

杏子 「自分の家か、まどかの家か、マミの家…」

まどか「あとは学校…かな…。自衛隊の駐屯地はもう行ってないし…」

杏子 「こうやって列挙してくと、ほむら行動半径狭いな…」

マミ 「あなたが広すぎるのよ。中学生の女の子なんて、そんなものよ」

まどか「じゃあ、まずほむらちゃんの家に…!」

杏子 「はぁ、魔女と戦った日より疲れるな、今日は…。よし行くか!」

* * *

――――――まどホーム前――――――

まどか「今日は、誰も来てないってさ…」バタン

杏子 「結局どこにもいなかったな…」

マミ 「困ったわね。――もうかなり時間も遅いし、鹿目さんはこのまま家に戻りなさい」

まどか「そんな!どうしてですか!」

マミ 「鹿目さんは、私たちと違って普通の女の子なのよ。…これ以上は危ない」

杏子 「そーだな。あとはあたしたちに任せな。親御さんも心配するぞ」

まどか「いやです!ほむらちゃんを見付けるまで、私も――!」

マミ 「言うことを聞いて。…あなたにもしものことがあったら、暁美さんも悲しむわよ」

杏子 「それでなくたって、貧血を起こしたんだ。もう限界近いはずだぞ」

まどか「…」

マミ 「何か分かったら、すぐに連絡するから」

杏子 「マミからな。あたし電話持ってねーし」

まどか「うぅ…」

――――――まどかの部屋――――――

まどか「…」バタン

まどか「ほむらちゃん…」ウルッ

まどか「どこに行っちゃったの…大丈夫なの…?」シクシク

まどか「ごめん。…ごめんね…!」シクシク


ガサッ


まどか「!?」ビクッ


ズルズル


まどか「ほむら…ちゃん?」

まどか「ほむらちゃん!」ガタッ

まどかの部屋の窓の外、庭に灰色のほむらが立っていた。
無表情にまどかを見つめている。

まどか(!!ほむらちゃん…じゃ、ない…!)

ほむらの表情が大きく崩れ、髪が異様に伸びると、窓枠に髪が絡みついた。

まどか「ひゃっ!いやあああ!」メリメリ

もの凄い力で鍵が弾け飛び、窓が開け放たれる。

まどか「やだっ!もうやだあぁぁぁぁあ!」

ドシュン!

ほむらの身体を魔力の銃弾が貫いた。
直後、ほむらの身体は原型を止めなくなり、灰色のゲル状に変化する。

マミ 「鹿目さん!大丈夫?」タタタ

まどか「マミさん!」

杏子 「ソウルジェムがわずかに反応したから戻ってきてみれば、ビンゴだったな!」

ウゾゾゾゾゾゾ

灰色の「何か」は、地面にへばりついたまま動かない。

杏子 「効いてるみたいだな…今度こそ、止めを刺してやる!」

まどか「マミさん!後ろ…!」

マミ 「――なっ!」
杏子 「!?」

振り返ると、灰色のほむらが三人立っていた。

マミ 「なっ…何なの!?こんな…!」

杏子 「一体だけじゃ、なかったってのか――!」

まどか「…ひっ!」

更に、壁から染み出すように灰色のゲル状の「何か」がこぼれ落ちると、
ほむらの姿をかたちづくる。

杏子 「何だ!?何なんだ、こいつらは!」

パアアアアアアアアアアン!

マミ 「くっ!」
杏子 「ぐっ!」

突如、激しい閃光が彼女らの眼前にスパークした。
その光を受け、灰色のほむらたちは再び崩れ落ちてゲル状に戻る。

ほむら「まどか!マミさん!杏子も!今のうちにこっちへ!」

まどか「ほむらちゃん!」

マミ 「あなた――!」

ほむら「急いで!」

杏子 「どうやら本物みたいだな!まどか、あたしにつかまれ!」

――――――ほむホーム――――――

まどか「ほむらちゃん…ほむらちゃん!」ウルウル

ほむら「心配かけたわね…もう大丈夫よ」

マミ 「暁美さん…今までどうしてたの?」

ほむら「…」

ほむら「ごめん、なさい…」

ほむら「全部…私のせい、なんです…!」グスッ

杏子 「おい、自分だけを責めるなって、何度――」
ほむら「違うの!」

ほむら「あれは――私なの」

まどか「…え?」

マミ 「何を言ってるの…?まさかあなた――!」

ほむら「私は取り憑かれてないし、偽物でもない。…このまま聞いて」

マミ 「…」

ほむら「あれは私。――私が時間を巻き戻すたびに、そこに取り残された、もう一人の…」

まどか「そん…な…」

杏子 「それは変だろ。巻き戻したからって、何でほむらが増えんのさ?」

ほむら「そうね。そこは私も知らなかったこと…」

ほむら「どうやら私の能力は――同じ世界の時間を戻すのではなく…より『新しい』平行世界へ飛ぶこと」

マミ 「平行、世界…」

まどか「今まで知らなかったって…誰に聞いたの?」

ほむら「インキュベーターがそう言っていたわ…この世界の、ではないあいつが」

杏子 「何だかわけ分かんなくなってきちまったぞ、大丈夫か?」

ほむら「…ごめんなさい。ちゃんと話すわ…」

ほむら「今日、神社で、私は――あいつに食われた」

まどか「――っ!!ごめん、なさい…ほむらちゃん…間に合わな、くって…」グスン

ほむら「気にしないで。――言い方が悪かったわね。呑み込まれた、と言った方がいいかしら…」

ほむら「その時、あいつの想いや記憶が、私に流れ込んできたの…」

――――――――――――――――――――――――――――――――

ほむら『私は…鹿目さんとの出会いをやり直したい』

ほむら『彼女に守られる私じゃなくて――彼女を守る私になりたい!』

ほむら『――うっ!くっ…』

QB 『契約は成立だ。君の願いはエントロピーを凌駕した』

QB 『さあ解き放ってごらん。その、新しい力を!』

ほむら『――っ!』パシッ

ギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン

ほむら『…』

ほむら『…?』

ほむら『何も…起こら、ない――?』

ほむら『QB…どういう、こと…?』

QB 『――なるほどね』

ほむら『なんなの!?何がなるほどなの!?』

QB 『暁美ほむら、君には素質が足りなかったようだ』

ほむら『何で!?だって、確かに契約して――!』

QB 『正確に言うとね、君の願い自体は叶っているんだ』

ほむら『何を、言ってるの…』

QB 『君の願いなら、本来は時間を巻き戻すような力が発動したはずだった』

QB 『でもね、時間そのものを――宇宙の運行を逆転させるような奇跡を起こすには、
    君の背負った因果では到底足りなかったんだ』

ほむら『そんな…!』

QB 『でも、安心するといい。それとは別の方法で君は過去に戻っているんだよ』

ほむら『…戻って、ない、じゃない…』

QB 『僕たちが今いるこの世界はね、無限に存在している平行世界の1つでしかないんだ』

QB 『平行世界は、絶えず生まれ続けている。今、この瞬間もね』

ほむら『平行…世界――』

QB 『だから、例えば――僕らのいるこの世界よりも、1年遅く生まれた平行世界にジャンプすれば』

QB 『ジャンプした者は、実質的には1年分を遡ったのと同じ体験をすることになるんだ』

QB 『余程のことがない限り、平行世界の紡ぐ歴史は殆ど同じものだからね』

ほむら『…』

QB 『宇宙の熱的死から逃れるために、より新しい平行世界へジャンプする――僕らはそういう研究もしているんだ』

QB 『だから、恐らく君はその方法で過去に戻っているはずだよ』

ほむら『わからない…わからないよ…』

QB 『ジャンプと言ってもね。肉体ごと別の平行世界に行くことはできないんだ』

QB 『別の平行世界の「自分」に自らを送り込んで上書きすることを、僕らはジャンプと呼んでいる』

QB 『つまりジャンプした後でも、元々の肉体と精神は元の世界から失くなるわけじゃないんだ』

ほむら『…いや…』

QB 『だから、移動というよりは、コピーと言った方がより正確な表現になるかな』

QB 『でないと、ジャンプした先の平行世界で、自分が二人存在しちゃうからね』

ほむら『そんな…じゃあ…私は…』

QB 『しょうがないね。ここよりも新しい平行世界に旅立った、もう1人の君に望みを託すしかないよ』

ほむら『わたし、は、もう…鹿目さんを守れない、というの…?』

QB 『その表現は適切ではないね。もう1人の君も、間違いなく君なんだ』

ほむら『いやだ…いやだ…』

QB 『仕方ない。君の素質が足りなかったんだ』

ほむら『――いやあああああぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁあああ!!!』


パリン


QB 『きゅっぷい』

QB 『ま、こうなるよね』

QB 『長い魔法少女の歴史の中で、魔女になるまでの時間は君が一番短かったよ…暁美ほむら』

魔女 『 …ウ… ………ウ…ウ…… …』グネグネ

――――――――――――――――――――――――――――――――

ほむら「…」

まどか「そんな…ひどい…ひどいよ…」

マミ 「そんな仕組みだったなんて…」

杏子 「胸くそわりいな…」

ほむら「その後、まどかを救えずに時間を巻き戻す…いえ、別の平行世界へ飛ぶたびに、
    残された私は――魔女になっていった。例外なく」

まどか「ほむら…ちゃん…」

ほむら「そして…魔女は元の魔法少女の能力を受け継ぐことが多いみたい」

杏子 「まさか…」

ほむら「そう…魔女になった私たちは、まどかのいる――
    まどかの生きている世界を求めて、長い旅を始めたの…」

ほむら「どういう原理かは解らないけど、私と違って、肉体ごと『ジャンプ』できるみたい」

まどか「…!」

ほむら「魔女ってね、殆ど何も見えないんだ。真っ暗で。寒くて」

ほむら「自分が何者かも段々判らなくなっていって」

ほむら「そんな、孤独で孤独でしかたない旅を続けて…ここに辿り着いた」

ほむら「あの時の黒魔術もどきが、呼び寄せるような作用を持っていたのかは分からないけど」

ほむら「私は…まどかを見つけた」

ほむら「真っ暗な中に、暖かくて優しい光が見えたの」

ほむら「見つけた」

ほむら「やっと、見つけた…」

ほむら「ずっと、ずっと探してた」

ほむら「たった一つの、私のひだまり…!」

ほむら「でもね、私…臆病だから」

ほむら「出ていけなくって」

ほむら「こんな姿を鹿目さんに見られたくなくって」

ほむら「でも、我慢できなかった…!」

ほむら「一度でもいいから触れたかった!」

ほむら「私を見つけて欲しかった!」

ほむら「私に気づいて欲しかった!」

まどか「ほむらちゃん!やめて!もうやめて!!」
杏子 「おい、錯乱するな!」

ほむら「私を暖めて欲しかった!」

ほむら「助けて欲しかった…!!」

ほむら「助けて。…助けてよぉ!!」

まどか「ほむらちゃん…!!」

ほむら「――まどか!助けて!もう厭!いやなの!」

まどか「ほむらちゃん!!落ち着いて!お願い!」

ほむら「…うう、うううぅうううぅぅぅうううぅぅうううう!!!」

* * *

ほむら「はぁ…はぁ…」

マミ 「落ち着いたようね」

ほむら「ごめんなさい…あいつに呑まれてから、ちょっと精神が不安定で…」

ほむら「たまに、自分が『どの』自分なのか、判らなくなるんです…」

まどか「ほむら、ちゃん…」

杏子 「とにかくだ、あいつらは別の世界のほむらの――魔女、なんだな?」

ほむら「そうよ。さやかに取り憑いたのは多分…3回目の、私…」

マミ 「どうして判るの?」

ほむら「この世界に引き寄せられたあいつらは、私を呑み込んだ時は寄り集まって一つになっていた…」

ほむら「だから、今まで取り残された私が例外なく魔女になっていったのが分かったの…」

ほむら「でも、その時流れ込んできたあいつらの記憶の中に、3回目の私の記憶はなかった…」

ほむら「マミさんの攻撃を受けたことでその連結が解かれ、おかげで私も開放されたのよ」

マミ 「そうだったの…」

ほむら「ソウルジェムの反応が鈍かったのは、きっと――魔力が極めて弱いのと…
    長い流浪の時間を経て、何かもう別物になりつつあるから――なんだと思う」

杏子 「でもさ、なんでさやかに取り憑きなんてしたのさ?」

ほむら「きっと…まどかに触れたい、一緒にいたいという想いと、もう合わせる顔がないという
    想いが募って――まどかに一番近しい、さやかの身体を借りれば…と思ったんでしょう」

まどか「…」グスグス

ほむら「でも結局――長い流浪の旅の果てに、言葉も何もかも失って…ただ泣き続けるだけの
    惨めな存在になっていたことに気付いただけだった…」

マミ 「あれが現れた場所が濡れていたのは、そういうことだったのね…美樹さんの症状も…」

杏子 「状況は分かったよ。――で、さやかからあいつを…ほむらを、引き剥がせるのか?」

ほむら「3回目の私は、特に想いが強い。…いずれにしても、まどかの声しか届かないと思う…」

まどか「いいよ。私――さやかちゃんのところへ行く」

ほむら「まどか…」

まどか「さやかちゃんも、可哀想なほむらちゃんも…私が、助けてみせる。救ってみせる…!」

マミ 「そうね…その役目は、鹿目さんしか出来ないと思うわ…」

杏子 「さやかに危害がなさそうなことは判ったんだ。明日に備えて、もう寝るぞ」

ほむら「そうね。あれだけ涙を流し続ければ、水分が失われ過ぎて危険だけど…病院で点滴を受けていれば」

マミ 「じゃあ明日。――朝9時に病院で落ち合いましょう」

杏子 「やっぱ腹減った。ほむら、何か食わせろ」

マミ 「じゃあ私は先に帰るわね。――暁美さん、辛いだろうけど…元気、出してね?私たちがついてるから」

ほむら「…ありがとうございます。じゃあ、また明日…」

まどか「私も帰るね。パパとママ、心配してると思うから…」

ほむら「えぇ…」

まどか「――ほむらちゃん」

ほむら「なに?」

まどか「…うまく、言えないけど…。ありがとう――ありがとうね!」

ほむら「…!」ウルッ

――――――翌日 病院前――――――

マミ 「集まったわね。…鹿目さん、心の準備はいい?」

まどか「――はい!」

ほむら「安心して。あいつが…私がまどかに何かしようとしても、必ず私たちが守るから」

杏子 「さやかの身体を傷付けんなよ?」

まどか「大丈夫だよ。それに、怖くなんかない。――ほむらちゃんは、ほむらちゃんだから…!」

ほむら「まどか…」

マミ 「じゃ、面会の手続きをしましょう」

* * *

受付 「522病室…美樹さん、ですか…」

マミ 「はい。面会したくて…」

受付 「――少々お待ち下さい」

受付の女性が立ち上がり、奥の上司らしい男性と耳打ちを始めた。

杏子 「何なんだよ…」イライラ

上司 「えーっと…美樹さんと面会をご希望、なんですね?」

まどか「そうです。もう、受付時間は始まってますよね?」

上司 「それが…夜のうちに、抜け出されてしまっていて」

マミ 「!!!」

ほむら「しまった…その可能性を考慮していなかった!」

杏子 「あんたら何やってたんだよ!」

上司 「申し訳ありません…現在、全力で捜索しておりますので…!」

上司 「もちろん、ご家族の方と警察へのご連絡はこれからすぐに――」

マミ 「行きましょう!きっともう、ここにはいないわ!」

杏子 「そうだな!昨日ほむらを探したところをもう一度回れば…!」

まどか「さやかちゃん…!」

ほむら「きっと、まどかの家にいるはず!急ぎましょう!」タタタ

* * *

――――――まどホーム――――――

まどか「いない…」

杏子 「庭にもいねーぞ」

まどか「どこに行ったの…さやかちゃん…ほむらちゃん…」

ほむら「仕方ない…私の家に行ってみましょう」

* * *

ほむら「鍵はかかったまま。中を確認しても、いなかったわ…」

マミ 「暁美さん、他に心当たりは…ない?」

ほむら「…」

ほむら「もしかしたら…あそこに…!」

まどか「あるんだね!」

ほむら「説明は後!ついてきて!」タタタ

* * *

まどか「ここは…?」

マミ 「ワルプルギスの夜の被害で大破した地域ね…あちこちで復興工事してるわ」

杏子 「今日は日曜だから、誰もいないな」

ほむら「ここにいるはず…」

まどか「…どうして?」

ほむら「3回目の私が…まどかのソウルジェムを、撃ち砕いた場所、だから…」

まどか「――!」

4人は、まだ災害の爪痕が生々しい工事現場を歩き回った。
そして、倒壊した柱がそのままになっているところに、蹲った人影を見つけた。

まどか「あれは…!」

ほむら「やっぱりいたのね…」

マミ 「暁美さん…」

杏子 「さやか!」

4人が声をかけると、人影は怯えたように立ち上がり、後ずさった。

まどか「ほむらちゃん!」

さやか「…!」ビクッ

マミ 「暁美さん…こっちに来て…怖くないから」

さやか「…!」ガクガク

ほむら「――ダメ!そう言えば、3回目の私は…!」

マミ 「っ!…そうね…。私は、引っ込んでた方が良さそう…」

まどか「ほむらちゃん!」

まどかが両手を広げて、さやかに少しずつ近づいていく。

まどか「――ほむらちゃん!」

さやか「…!」ガクガク

まどか「ほむらちゃん!私はここだよ!」

さやか「…!」ボロボロ

まどか「もういいの…。もう、いいんだよ…!」

さやか「…!」ボタボタ

まどか「私は元気だから!ほむらちゃんのおかげで!生きてるよ!幸せだよ!」

さやか「…!…!…!」ボタボタボタボタ


ズルッ

さやかの身体が二重にぶれたように見えた次の瞬間、灰色の何かがさやかから滲みだし、分離し始めた。

ズルッズルッズルッ

杏子 「出てきた…!」

ほむら「今のうちに、とどめを…!」

まどか「やめて!」

マミ 「鹿目さん…」

まどか「ほむらちゃん…こっちに来て…大丈夫だから…」

ズルズルズル

灰色の何かは完全にさやかから分離した。同時に、さやかが膝からくずおれる。

杏子 「さやか!」ガシッ

それは少しずつまどかに近づいていく。しかし、何か躊躇するような動きだった。

まどか「ほむらちゃん…怖がらないで…私、ほむらちゃんに感謝してるんだから…!」

ズルズルズル ブワッ

灰色の何かから、大量の液体が滲み出し始めた。次第に地面に広がり、まどかの足元を浸す。

まどか「ほむらちゃん…もう、泣かないで…私は、ここにいるから…!」

まどかが手を差し伸べると、灰色の何かから髪の毛のような触手が伸び始める。
それがまどかの手と触れ合うと、それは突然端の方から空中に溶けるようにして、消滅した。

まどか「…!」

ほむら「消えた…」

マミ 「――どうしたっていうの?」

まどか「わからない…私、何もしてないのに…!」

さやか「う…」

杏子 「さやか!」

まどか「さやかちゃん!」

ほむら「…」

マミ 「暁美さん…。きっと、これで良かったのよ…」

ほむら「…」

まどか「ほむらちゃん…」

――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか(あれ以来…他の「ほむらちゃん」も、姿を現すことはありませんでした)

まどか(それだけでなく、どういう訳か魔女そのものがいなくなったかも知れないって)

まどか(マミさんと杏子ちゃんが不思議がっています)

まどか(だから、私が触ったからじゃなくて、別の原因で消えてしまったのかも)

まどか(それは、もしかしたら、いつかどこかの世界で、凄い才能をもった少女が)

まどか(すべての宇宙、すべての世界での魔女の救済を願った…からなのかも知れません)

まどか(もちろん、実際のところは誰にも分からないけど)

まどか(さやかちゃんは、順調に回復して…ほむらちゃんとじゃれあっています)

まどか(ほむらちゃんの記憶を、取り憑かれていた間に追体験したせいで)

まどか(何だか、私よりほむらちゃんとばかり仲良くなっちゃって)

まどか(ほむらちゃんも、私に構ってくれる時間が減って、ちょっと、悔しいです)

まどか(ほむらちゃんは、あのことはもう話したがらないけど)

まどか(私は、あの悲しい魂たちのことはずっと忘れないと思います)

まどか(頑張ったほむらちゃんが…どこかで救われていますように)

――――――――――――――――――――――――――――――――

――忘れてはいけない。

――いつも、どこかで、何者かがあなたを見ている。

――彼女がいる限り、あなたは決して独りではない。



ヒタッ



おわり

以上で終わりです。
お付き合いいただきありがとうございました。

お憑かれさまでした。

SS初挑戦「変なグリーフシード拾った」が、望外に前向きな評価が多かったので
調子に乗って2つめを作ってしまいました。
ほむほむがタイムリープした後ってどうなってるのっと…という疑問から始まった
プロットが何故かホラーに。。
かなり展開端折ったけど、それでも長いね…

ネタがかぶってるとか、気にしたら負け。俺が。

【また調子に乗って次回予告】
◆まどか「ダーク・シュナイダー…さん?」(×BASTARD! 進捗:70%)
 何故か見滝原に降臨したD・Sのせいで、ほむほむの計画狂いまくり。
 D・Sの魔の手から、マミさんのおっぱいを守れ!

◆ミギー「まどか、安易な契約は慎むべきだ」(×寄生獣 進捗:2%)
 人類の利用をめぐって、インキュベーターと寄生生物の宇宙人対決!?

次回予告とかキモすぎだろ……

寄生獣の進捗が2%なのは、当初考えていた
「寄生生物に乗っ取られたQBがひたすらまどかを追ってくる」
というホラー展開なプロットを今回の話に使っちゃったからw

バスタの方は、もっと気楽なお話になる予定です。
いつになるか分からんが、完成したら投下します。

題材の作品が古いのは年齢的に仕方がない。

最後にもう一度

お 憑 か れ さ ま で し た ! ノシ

>>202
許せ
やる夫スレの影響だ、たぶん

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