杏子「どこにも無い……!」(240)

ありません

佐倉杏子は焦っていた。

杏子「もう……。見滝原は全部回った、よな……?」

ビルに挟まれた細道で、ジェムの濁りそうな憔悴した顔をうなだれる。

杏子「何だってこんな時に限って売ってねえんだ……!」ズダンッ

隣のコンクリートを思い切り叩く。痛みを気にしている暇もないように思える。

杏子「ああヤバい、早くキメねーと……」

まるで禁断症状かのように、せわしなく身体を揺らしている。

杏子「一本だ、一本でもいいから……なんとかして手に入れねーと………」

杏子「金ならあるんだよ! 誰か、頼むからあたしに売ってくれよ……!」

杏子「………」

聞いている人が居るわけでもない。とりあえず行動しなければ始まらない。

杏子「そうだな、こうなったらなりふり構ってる場合じゃねぇし……」

杏子「コピー品でも……手に入れば………」

トコトコ…

――ブンブンイレブン――

「いらっしゃいませー」

杏子 (………!) トコトコ…

杏子 (どういうことだよおい……!)

似たようなパッケージの並ぶ棚を前に、開いた口がふさがらない。

杏子 (『まちのお菓子屋さん』シリーズのやつもねーじゃねーか!)

『ポテトチップス』や『サクサクしっとりチョコ』が豊富に並んでいる中、
『堅焼きプレッツェル』が並ぶべき場所だけがぽっかりと空いている。

杏子 (何で……!? 何で今日に限ってポッキーが根こそぎ買い占められてんだ!?)

無いなら仕方ないと妥協してこれである。

杏子「ああっクソ!」スタスタ

杏子 (ここに無いんなら、あとは……)

ガーッ

最後の望みを頼りに店を後にする。
若干、確認するのが怖いと思いながらも…

――マミリーマート――

マミマミマミーミ マミマミマー♪

そして早足でたどり着いた店にも…

杏子 (冗談だと言ってくれよ……!)

杏子 (最大限の妥協だぞ? 妥協に妥協しての『ボクのおやつ』シリーズだぞ?)

やはり、棚には『チョコプレッツェル』だけが見あたらない。

杏子「ふっざけんな!!」

頭を抱え、つい声を荒げて吠えてしまう。

「お、お客様……? どうなさいました?」

杏子「! あ、ああいや……何でもねぇ。悪い」

ガーッ トコトコ…

杏子 (仕方ねぇ……。誰かに頼ってみるとするか)

杏子 (とりあえず……。さやか、持ってっかなぁ……?)

杏子 (やべぇ、ちょっと頭痛来たかも……)

――美樹ハウス前――

さやか「もすこし~ あなたの~ こどもで~ いさせてぇ~ください~♪」

さやか「はぁー、もう秋も終わりか寒いのう……あれ?」

自宅の玄関の前、杏子が爪を噛みながら貧乏揺すりをしている。

さやか (……? 何かイライラしてる?)

さやか「おーい、杏子ー?」

杏子「あ、さやか!」

さやか「どうしたの? 今日、何か約束してたっけ?」

杏子「ごめん、約束はしてねーんだけど……」

さやか「いや、悪いってことではないのだよ。今日も親は居ないし、とりあえず入んなよ」

杏子「え? あ、お邪魔します……」

ギィー…

さやか「ほい、麦茶」カラン…コトッ

杏子「あ、ありがと」

さやか「それで、どうしたの? 何か……その。怒ってる……?」

杏子「え? そんなことは無いぞ」

さやか「でもさっきから、ちょっとこう、イライラしてない?」

テーブルを、無意識にこつこつと手で突いている。

杏子「あーっと、これはだな……」サッ

さやか「その、あたしが気づかないうちに何か悪いことしちゃったなら……えと。言って欲しいな」

不安げな表情で見つめる。

さやか (思い当たるフシが多すぎる……)

杏子「……そういうのじゃなくて!」

さやか「……?」

杏子「つまりだな……。ポッキーが、身体にポッキーが足りないんだ」

さやか「………はい?」

杏子「頼む、1本でいいからポッキーを恵んで……いや、売ってくれ!」

さやか「あー、なるほどね。どこにもポッキーが売ってなかったと」

杏子「朝からもう見滝原にある300店舗以上を回ったんだよ……。でもどこにも置いてねーんだ」

さやか (すごい執念だなおい)

杏子「店員に聞いても品切れだって言われるばかりで……。何でだよ、わけがわかんねぇ」

さやか「何でってそりゃ……今日、ポッキーの日だからじゃないの?」

杏子「……? 何だそれ、初めて聞いたぞ」

さやか「かな~り有名だと思うんだけど……」

杏子「初代ポッキーの発売日とかそういうことか?」

さやか「違うって。今日、11月11日じゃない?」

杏子「たしか……そうだな」

さやか「数字の1って棒じゃん? 棒だけが4つ並んでるから、棒のお菓子ポッキーの記念日」

杏子「………」

さやか「ほーら、もう忘れないでしょ?」

さやか「多分、そのせいでポッキーみんな買ってるってことじゃないかなあ」

杏子「ば………ばっかじゃねえのか!?」

杏子「なんッのありがたみもねーじゃねえか、何が記念日だよ!?」

さやか「いやあたしに言われても……。メーカーさんが勝手になさってることなので」

杏子「つまりその冗談みたいな記念日のせいであたしは今苦しんでるのか!」

さやか「苦しんでるの?」

杏子「苦しいよ! 砂漠で水を搾り取られるような苦しさだよ!」

さやか「麻薬じゃないんだから……」

杏子「いやマジで頭痛とか来てるんだよ……。自分でも不思議だけど」

さやか (それ逆に食べない方がいいんじゃないかなー……)

さやか「今年は特に、2011年だからってのもあるんじゃない?
    11/11/11なんて珍しいし、せっかくだから食べましょうよねえあなたウフフ、みたいな」

杏子「そんなんで日頃からポッキー食ってないような奴が買い占めてるっつーのか!? アホか!!」

さやか「吉野屋が150円引きでイライラするみたいなね」

杏子「日付がゾロ目でもジャックポット出る訳でもねーのに、ああうっぜぇー……」

さやか「まあ記念日なんてそんなもんですって」

さやか「ってかポッキーぐらい我慢して他のお菓子食べればいいじゃん。トッポでもいいし、
    たい焼きだってあんた好物でしょ?」

杏子「ポッキーだけは特別なんだよ! ずっと食ってるうちにこの全身の細胞に刻みついんてんだ。
   トッポとか何が最後までチョコたっぷりだ、ポッキーの裏表ひっくり返して劣化しただけじゃねえか」

さやか「ちょ、そのへんにしときなさい、それ以上言うと全国のトッポ派に殴られるから」

さやか「……それに、そんだけポッキー愛に溢れてんならポッキーの日ぐらい知っときなさいよ」

杏子「うぐ……。そ、そんなキャンペーンとか関係ないんだよ! あたしはポッキーが好きなだけなんだ!」

さやか「はいはい」

杏子「ともかくだ、そういうわけだから……頼む!」

さやか「ん?」

杏子「ポッキーを持ってたら、一本でもいいのであたしに下さいっ! 300円までなら出せます!!」ズザッ

そう言って、床にべったりと額を付けて土下座する杏子。

さやか「はい……?」

さやか (杏子、あんたこんなキャラだっけ……!?)

先日見た姿とは比べものにならないほど落ちぶれたその姿に、
驚きながらも嗜虐心が煽られる。

さやか (………)

さやか「……そんなに欲しいの? いやしんぼさん?」

杏子「欲しい!」

さやか「そっかー。でもタダじゃあげられないなぁ~?」

杏子「い、いくらだ……?」

さやか「いやお金じゃなくてさ」

杏子「……?」

さやか「……そうだね、こう、四つん這いでよちよち歩いて、3回まわってわんわんお! みたいな」

杏子「………はぁ!? さやかてめぇ何」

さやか「欲しくないの? ポッキー」

杏子「う……」

さやか「ほらほら、何も難しいコトじゃないよ?」

杏子「だ、だってそんなの……///」

杏子 (おい、マジか……? マジでそんなことやんなきゃいけないのか……?)

さやか「どうしたの? 杏子ちゃんのポッキー愛はそんな程度なのかな?」

杏子「ぬ……う………」

杏子 (ここまで来たらもう………)

杏子 (………さやか相手なら……すぐ済むし………)

さやか「あはは、なんてまぁ冗d」

杏子「分かったよっ! やってやるよ!!」ガバッ

さやか「えっ」

腹を決めれば行動は早い。土下座の姿勢から少し起き上がり、のそのそと犬の散歩を開始する。

さやか「あ、え、ちょっと!?」

杏子 (な、何も考えるなあたし……! 終わるまでは何も……!)

それでも恥ずかしさは隠しきれず、やや早足で3周を終えると、

杏子「わ、わんわん!」

真っ赤な顔で、うるんた目線を投げながらご主人様に吠えかけた。
ちゃんと、丸めた両手も顔の下に並べている。

さやか (ほ、本当にやりおったぞコイツ……!)

杏子「………///」

さやか (うーん、写メりたい表情だけど……それより………)

さやか「んとさー、その……」

杏子「言われた通りにやったぞ、さやか!」

杏子「だから……ご、ごほうびくれよ……! ポッキー!」

さやか「あ、あははは、ごほうび、あげたいところなんですけどね?」

杏子「お、おい……。まだ何かさせられんのか……?」

さやか「……ごめん」

杏子「……?」

さやか「ポッキー、実は持って無いんだよね………」

杏子「………」

その一言で、急に真顔に戻る。

杏子「はっ!?」

さやか「いやそのえーと、何だかんだ言って別にポッキー持ってるわけじゃないというかですね」

杏子「てっめぇー……!」

杏子「騙したな?」

さやか「騙したというよりは、お互いのコミュニケーションの失敗というか」

杏子「騙したよな?」ギロリ

さやか「申し訳ありませんでした」ペコリ

杏子「………そっかー。あはは、騙されちゃったかー」

さやか「待って待って目が怖いよ!? さっきみたいな目つきの方がかわいいなー、なんて」

杏子「そんなさやかには、お仕置きが必要だよねぇ?」ジャキッ

流し目で獲物を見据えながら、さっと魔法少女に変身する。

さやか「ちょ、ちょっと杏子!? その物騒な槍を仕舞おう?」

杏子「ほら痛み消しといた方が良いぞ」ツカツカ

さやか「暴力は良くないぞーっ、話し合いで解決をしようー!」ズザザッ

杏子「そういう段階は……とっくのとうに過ぎてんだよッ!!」 ドスッ ドスドスッ

さやか「うぎゃっ、やめて! 痛くないけどそんなにいっぱい穴空けないで!!」

ズバババッ

さやか「あんっ、あたしの太ももをスライスにしないで! 斬られてる感はあるんだって痛くないけど!!」

杏子「はぁ……はぁ……」

さやか「ひぃ……やっと終わったあ……?」

杏子「無駄に魔力使っちまった、クソ」

さやか「あたしの身体の修復のほうが魔力使ってるんだけどなー」

杏子「お仕置きだからな。しかし……」

杏子「無いんなら仕方ねぇな。邪魔したな、他探しに行ってくるよ」

さやか「え、あ……」

スタスタ… ギィー バタン

さやか「行っちゃった……」

さやか「ううん、悪いコトしちゃったかなぁ……」

さやか (グッっとくる表情だったけど……)

さやか (……でも、ホントにあんな犬のマネするぐらいだもん、相当食べたいんだよね? ポッキー)

さやか (ふむ………) パカッ

pi po pi pi prrrrr prrrrr prrrrr...
「はい?」

さやか「あ、もしもし―――」

――住宅街――

杏子「はぁー、時間を無駄にしちまったぞ……」

杏子「クソ……。手の震えが止まらねぇ……。早く手に入れないと」

杏子 (ってかもう盗むか? 誰かから)

杏子 (普段ポッキーを崇拝してない連中からなら盗んだって……)

杏子 (……いや、だめだな。盗むなっつー約束があるし、さすがにな)

きょろきょろと、道行く人を見回す。

杏子 (それに……)

杏子 (ポッキーの日でバカ売れっつーワリには、誰も持って無い気がするな……?)

実際、視界に入る人混みのどこにも、わかりやすい赤色のパッケージが見あたらない。

杏子 (朝から、店どころか街中ですらパッケージを見た記憶が……ねーよな?)

杏子 (……まあいいや。次はとりあえず……ほむら、かな)

トコトコ…

――ほむホーム――

少女が一人、ソファに座ってお菓子の箱を見つめている。

ほむら「………」ドキドキ

ほむら (頑張るのよ……! 暁美ほむら………!)

ぐっと両手を胸の前で握って自分を励ます。

ほむら (この日のために、何度イメージトレーニングをしたことか)

ほむら (一ヶ月前から毎晩毎晩、まどかの顔を思い描きながら……嗚呼)

ほむら (大丈夫、大丈夫よ……! ポッキーの日に乗っかって、まどかとポッキーゲーム!)

ほむら (で、出来るだけ自然に……他意の無いように振る舞えば……いける! いけるわ!)

ほむら (ポッキーを咥えてちょっと戸惑うまどかを優しく抱き留め、目をつぶって二人は少しずつ少しずつ囓っていき、
    だんだん近づいていくうちに吐息も触れ合う距離になってついにはチョコレートより甘い口づけを……!)

ほむら「マドカァー!」

ガチャッ

杏子「ほむらー? ちっと邪魔するぞ!」

ほむら「!?」

ほむら「ちょっと! インターフォンぐらい鳴らしなさいよ!!」

杏子「あ、悪い……。でも、いつもこうじゃねーか?」

ほむら「まああなたはそうだけれど。……ねえ、何か聞いた?」

杏子「何をだ?」

ほむら「……ならいいわ。急にどうしたのよ、何かヤク中みたいな顔してない?」

杏子「いやそれが……」

言いかけて、ほむらの前にあるお菓子のパッケージを見て衝撃が走る。

杏子「って……おいおいおいおい!! その神々しいオーラを纏った赤いパッケージは!!!」

ほむら「え?」

杏子「あたしの愛するポーッキィーじゃねーかあぁぁぁぁ!!」ダダッ

叫びながら、逆転ランニングホームランの勢いでテーブルに駆け込みつかみ取ろうとするが、

ほむら「ちょっと」パシッ

杏子「あり?」スカッ

ほむらがそう簡単に渡すはずもない。

ほむら「こら、なに自然にパクろうとしてるのよ。私の大事なポッキーを」

杏子「あ、悪い……。朝からずっと会えなくて震えてたからつい」

ほむら「どういうこと?」

杏子「それがどうも、見滝原中を回ったんだけど、ポッキーの日とやらでどこにも売ってねぇんだよ」

ほむら (ポッキーの日だから……? でも売り切れって……あらかじめ買っておいて良かったわ)

ほむら「そう、仕方ないわね。諦めなさい。このポッキーは私の物」

杏子「た、頼む! 一本も食えてなくてそろそろ体調がヤバいんだ!」

ほむら「……? お腹がすいてるなら、チャーハンぐらい作ってあげるわよ」

杏子「違う、ポッキーじゃなきゃダメなんだ、ポッキーが無いと手の震えが収まんねぇ……」

ほむら「………何寝ぼけたことを」

杏子「マジなんだって!!」

ほむら (佐倉杏子の魔法少女としての特性なのかしら……? そんなアホな話はないわよね)

杏子「だから、改めてお願いだっ! あたしにそのポッキーを譲ってくれ! 500円までなら出す!!」ドゲッ

そしてまた、さやか相手と同様…いやそれ以上に深々と土下座をする。

ほむら (何か金額が現実的で悲しくなるわね……)

ほむら (……そうね……せっかくなら………)

ほむら「……頭を上げなさい、佐倉杏子」

杏子「譲ってくれるのか!?」ガバッ

ほむら「そうね。譲ってあげないこともないけれど、もちろんタダというわけにはいかないわ」

杏子「う……も、もちろんだ。いくらだ……?」

ほむら「お金というわけではないのよ」

杏子 (げっ……! またこのパターンか!?)

ほむら「そうね、ポッキーの日だから……」

杏子「………」ゴクリ

ほむら「私と、ポッキーゲームをしなさい」

杏子「………え?」

ほむら「ポッキーゲームをするのよ杏子。知らない?」

杏子「は? いや、知ってる……けど………え?」

ほむら「どうするの? 折らず離さず、成功すれば……それでポッキーは貴女の物よ」

杏子「いやだってその……き、きす……するやつ、だろ………///」

ほむら「ええ。知ってるなら話は早いじゃない」

杏子「待てよ、落ち着けよ! あんたはまどか一直線じゃなかったのか!?」

ほむら「当然。だから貴女とキスしても、別に何とも思わないわよ?」

杏子「そーゆーことじゃねーだろ!?」

ほむら「じゃあどういうことなの?」

杏子「あ、あたしは……その、したこと………ないし……」

杏子「その、初めて……は、とっときたい、っつーか……さ……///」

ほむら「! ………それも、そうね」

ほむら (うっかりしてたわ。杏子で練習しようにも、自分のファーストキスを台無しにしたら意味無いじゃない!)

ほむら (杏子もファーストキスなら、さやかに後々恨まれそうだし……。どうしようかしら)

ほむら (何かしら利益は欲しいのよね………)

ほむら「む……」

ほむら「……! そう、じゃあこうしましょう」

杏子「ん?」

ほむら「キスをしたら、負けにすればいいわ」

杏子「はぁ?」

ほむら「複数人でやる場合のルールを改変するだけよ。私は目を開いたまま、貴女は目を閉じてゲームを開始する」

杏子「ん……? 何か違うのか?」

ほむら「そして、キスしてしまったら負け。逆に、口を離した時、残りの長さが5cm以上でも……やっぱりあなたの負けよ」

杏子「……つまり、チキンゲームか」

ほむら「ええ。これなら、貴女が相当無茶しない限りキスは回避できるでしょう」

杏子「………」

ほむら「どうする?」

杏子「……よし。乗った!」

ほむら「良い返事ね。それじゃ、ゲーム用のポッキーを一本出すわね」

ピリリッ ガサガサッ…

杏子 (うおぉ、食いたい……っ!) ゴクッ

ほむら「はい、目をつぶって」

杏子「おう」パチッ

杏子「んむっ」

ほむら「咥えたわね。準備完了、まだ食べちゃダメよ?」

ほむら「いい? スタートの合図をするまで、絶対に目を開けてもいけないし食べてもいけない。
    その時点で貴女の負けが決定するわ」

杏子「わ、わふぁっふぁ」

杏子 (はやく囓りてぇ……!)

はやる気持ちを抑えながら、目を閉じて律儀にポッキーを咥える杏子。

ほむら (よし。これなら………)

それを前にして、ほむらは音を殺して立ち上がる。

杏子 (……? まだか?)

ヒタ… ヒタ…

ほむら (えっと……。あ、あったわ)

棚の奥から取り出したるは、一台のコンパクトデジカメ。

ほむら (よしOK、杏子の前に戻って……) ササッ

ほむら (撮りまくるッ!) パシャパシャパシャパシャパシャ

杏子 (え? 何か……変な音してねぇ?)

杏子「ほうあー? あんー?」

ほむら「あっと、ごめんなさいね。……そう、定規を探していたのよ。審判用にね」

適当に嘘をつきながら、液晶画面で作品の出来映え確認する。

そこには、閉じた目を悩ましげに寄せ、ポッキーを咥えた口をやや上に向けて突きだした、
佐倉杏子の素敵な画像が刻まれていた。

ほむら (グッド! やるじゃない暁美ほむら!)

ほむら (これならけっこう高いレートでトレードできるはず……)

ほむら (さやかの秘蔵☆まどフォトライブラリー、コンプリートまでまた一歩近づいたわ……!)

杏子「ふぁあふー!」

ほむら「あっと、今始めるわね」

とりあえずカメラは後ろにしまい、杏子の肩を軽く掴む。

ほむら「ここまででいい、と思ったら口を離して目を開けなさい」

ほむら「もちろん折れたりしてもダメよ?」

杏子「ふぉう」

ほむら (欲しい物は頂いたし、あとはポッキーゲームの練習に集中しましょう……)

ほむら「じゃ、スタート! ……はむっ」

杏子 (来たッ!)

杏子 (よっしゃあ!) ボリボリボリボリッ

杏子 (うっ………めええええ! これだ、これこそがポッキーだ!!)

ついに出会えたその食感その味に、思わず頬が緩み、口を離してしまいそうになる。

杏子 (っとやべえ!)

杏子 (離したら負けだったな、そこは気をつけて食わねーと……って)

杏子 (落ち着け? ヘタに勢いづけて食って負けちまったら、残りのポッキーも逃し……最悪キスも奪われちまう)

杏子 (いまは辛抱の時だ……我慢だ!)

既にポッキー欲は限界に近いにもかかわらず、健気に自らを律してゆっくりとした食べ方へと変更する杏子。

杏子 (………あれ、あたしどんだけ食ったっけ?)

しかしもう、現在の長さについての手がかりはなく…
ちょっとばかり、落ち着くのが遅かったのかも知れなかった。

杏子 (やっば……)

ボリボリ…

ほむら (これ……結構、最初っから顔が近いわね………///)

目の前からもぐもぐと迫り来る顔に、今更ながら緊張するほむら。
イメージトレーニングの成果はあまり無さそうだ。

ほむら (杏子相手でもこれなのに……。ま、まどか、相手で……心臓、持つかしら……///) ドキドキ

ボリボリ…

ほむら (か、囓ってる感覚が伝わってくるのも……その、アレね………) ドキドキ

ボリ…

ほむら (! っと、危ない……? 結構、折れないようにするのも難しいわ)

ほむら (杏子は目を閉じてるから仕方ないかしら)

ほむら (相手の動きに合わせて優しく咥えてないと……)

ほむら (………なるほど)

ほむら (実際にやってみると、やはり得られる情報は多いわね……)

ほむら (……あれ? 杏子の動きが止まった……? 思いの外冷静ね)

ほむら (………ちょっと、脅かしてあげましょう)

ほむら (長さはほとんど変えず、端っこだけを削りまくる……!) ガリガリガリガリガリッ

ガリガリガリッ

杏子 (うおっ!? 一気に来た!?)

杏子 (ちょ、待てよコレ結構食ったんじゃないのか?)

ガリガリガリッ

杏子 (……あれ、このルール、良く考えればほむらがバリボリ食い尽くせばあたしの負けなのか!)

杏子 (こいつはそれなりに勝負に関しては淑女なはず……いやでも……)

ガリガリッ

杏子 (まだ食うのか!? マジで殺しに来てるんじゃねえのかおい!)

杏子 (ああっ……! 近い近いこれ絶対近い!!)

冷静になれば、鼻から漏れる息が触れる感覚がないなとか、あまり顔に体温を感じ無いなとか、
目印になるサインはいろいろあったのだろう。

しかし既に自爆に近い形で立ち位置を見失っていた杏子は、落ち着きを取り戻すことが出来ず…

ガリッ

杏子 (だ………)

杏子「ダメだあぁぁぁっ! ここまで!!」バッ

恐怖に負け、咥えていた端をそれ以上食べることなく離してしまった。

ほむら (あれ……?)

思ったより早いギブアップに訝しく思いながら、残ったポッキーを指でつまみ上げる。

杏子「う……嘘だろ……」

二人の唾液で少しとかされたそれは、どう見ても半分以上残っていた。

ほむら「………ぷっ」

杏子「!?」

ほむら「結構チキンなのね、貴女」

杏子「あぁ!? てめぇ……」

ほむら「自分のために狂犬のように魔女だけを狩りまくる、あの佐倉杏子とは思えないわ」

杏子「ほむらァ……!」

ほむら「それともあれかしら、思いの外ピュアってことかしら? そんなにファーストキスが大切だった?
    ふふふ、カッワイイじゃない……!」

杏子「っぐ………」

ほむら「あら図星? お姉さん、そういう子好きよ?」プププ

杏子「うぐぐぐぐ………///」

杏子「……覚えてろ」ボソッ

ほむら「え?」

杏子「覚えてろ! この借りはぜってーに返してやるからな! 死ぬまで覚えてろコラ!!!」

ズダダダダ… ガチャン バタン!

悔しそうに捨て台詞を残すと、そのままダッシュでほむホームから逃げ去っていった。

ほむら「あら………。行っちゃった」

ほむら (ちょっと調子に乗って煽りすぎたわね……)

ほむら (咥えポッキーの写真で十分な代金は頂いたし、あげるつもりだったのだけれど………)

ほむら「どうせ10箱以上、予備買ってあるし」

ほむら (………)

ほむら (……私は私で、準備しないと)

pi pipi po pi prrrrr prrrrr...
「もしもし?」

ほむら「もしもし、まどか? えっと―――」

――通学路――

杏子「ふぅ………」

杏子 (あーくっそ、今日は朝からひでぇ目に遭ってばっかりだ……)

杏子 (一応、ほんの少しだが食えたおかげで落ち着いたけど……)

杏子 (………でも、多分すぐ切れるな、コレ。やっぱひと箱分ぐらい必要だ……)

杏子 (諦めてもう寝た方がいいのか? 眠れねぇし……睡眠薬かなんかをパクるか)

杏子 (……いやそれなんかおかしいな。本末転倒とかそんな感じだ)

杏子「はぁ………」

杏子 (さやか、ほむらと続いてダメなら……)

杏子 (まぁ、あいつしか居ねぇよなぁ。行ってみるか……)

トコトコ…

――マミホーム――

マミ「……よしっ」

マミ (準備完了ね)

一人暮らしには贅沢なマンションの自室、なぜか魔法少女姿のマミがいる。
いつもの三角テーブルは片付けられ、リビングはがらんとしていた。

マミ「ミュージック・スタート!」カチッ

目の前のステレオのボタンを押すと、

サールティー オーラー イー♪ アマリーシェー カンティア マーサー♪ エスチーアー♪

例のあのテーマが流れ出す。

マミ「スゥ……」

大きく息を吸って、

マミ「魔女め! 正義の魔法少女、この巴マミが、サクッとスカッとティロフィナってあげるわ!」

誰もいない虚空に向け、指を突き出しながら宣言する。

今日もマミさんの一人芝居……いや、日課のトレーニングが始まった。

マミ (カモン!)

ザザザッ

いつものように、スカートから大量のマスケット銃を召還し、

マミ「はあっ!」

チャキチャキッ! チャキチャキチャキッ!

脳内の敵に向けて撃ちまくる。

ちゃんとトレーニング用に弾は抜いてあるらしく、その銃の発砲音は彼女の頭にしか聞こえていない。
迷惑なのは、ドタドタ踏みならされる下の階の住人ぐらいだろう。

マミ「っ! 危ないわね」サッ ササッ

攻撃らしき何かを軽やかなステップでかわし、

マミ「ほら! これでどう!?」チャキチャキッ

また召還した銃でお返しをする。

マミ「……! 当たらないですって!?」

マミ「ふふ、なかなかやるじゃない!」

なかなかやるらしい。

本物の魔女相手ではない。何をやっても許される。

それをいいことに、普段以上に無駄なくるくるとした動きが多いようだ。
特に意味もなく、リボンをびよんびよんと振り回したりもしてみせる。

そのまましばらくして、どうやら戦闘もそろそろ頃合いか。
だいぶ自分が満足できたことを確認すると、いつも通りの締めに入る。

マミ「とどめよ!」

やっぱり弾が入っていない、無駄に大きな銃を召還すると…

マミ「ティロ・フィn―――」

玄関に向け、妄想の中でとっておきの一撃を放つ。はずが、

ガチャッ

杏子「おいマミ! ちょっと頼みがある!」

マミ「!?」

実に悪いタイミングの来訪者に突如、邪魔をされてしまったのだった。

杏子「……あれ? 変身して何やってんだ、自室に魔女でも居たのか?」

マミ「………」

杏子「珍しーな、物好きな魔女もいるんだな……って、部屋が使い終わった銃だらけ? 何かBGM流れてるし」

マミ「………」

杏子「それに……。何でそのティロフィナ銃を、あたしに向けてんだ?」

マミ「………///」

ようやく、状況を認識して顔を赤らめる。

マミ「ティロ……」

杏子「え、わあああ待て待て落ち着け! 何かしらねーけど落ち着け!!」

マミ「フィナーレ!!!」ブンッ

杏子「はっ!? 投げるってうごふっ!!」ドスン

マミ「ふんっ……チャイムも鳴らさないあなたが悪いのよ」パンッ パンッ

両手をはたき、腰に回す。
くしゃみを途中で止められたような気持ち悪さは、まあこれで解消できた。

マミ (さて。大丈夫、さすがに一番イタい所は見られてないはずだから……)

マミ (とりあえず、寝てる佐倉さんは放っておいて、部屋の片付けでもしましょうか………) ガサゴソ…

マミ「それで何? 優雅な午後のティータイム前の運動を邪魔して」

杏子「優雅だったか……?」ボソッ

マミ「何か言った?」

杏子「何でもございません」

マミ「要件を言いなさい」

杏子「えっと……ポッキー、持って無いか?」

マミ「ポッキー?」

杏子「今日はポッキーの日とやらで、手に入んなくて……。あれば、是非とも分けて欲しいんだ」

マミ (ティータイム用おやつボックスにあったと思うけれど……)

マミ (……何か腹の虫が治まらないわね。このまま渡すというのも)

マミ (………)

マミ「そう。ポッキーの日ね」

マミ「分けてあげてもいいけれど、条件があるわよ」

杏子「あー、そういう流れなのは分かってたよ」

マミ「そう? なら話は早いわ。簡単な事よ。私に、ゲームで勝ってみせなさい!」

杏子 (ま、た、か、よ………) ハァ…

深いため息を一つ。

マミ「……? どうしたの?」

杏子「いや……。マミまでポッキーゲームかよ、ってちょっとな……」

マミ「ポッキーゲーム? そんなしょうもない遊びしないわよ」

杏子「え、違うのか?」

マミ「あんなの勝ちも負けも無いじゃない、恋人同士でイチャイチャするだけの、
   ゲームとは名ばかりの……ああ何かムカムカするわね!」

杏子 (何でさっきからこんなイライラしてるんだ……?)

杏子「それじゃ、一体何すんだ?」

マミ「ちょっと待ってて」スクッ

立ち上がり、部屋の奥にあるクローゼットへと姿を消す。

杏子 (……?)

マミ「………あったわ」ガサゴソ

しばらく中身を漁って戻ってきたマミは、何やら長い棒の束を手にしていた。

杏子「なんだコレ……」

マミ「ミカドっていう、ヨーロッパ生まれのゲームよ」

杏子「これがゲーム……? 見たことも聞いたことも無いぞ」

マミ「ええ、日本ではマイナーでしょうね」

杏子「何でそんな、どマイナーなモン持ってるんだよ……」

マミ「私のハートのイケナイ所をくすぐるのよ、マイナーだからこそね」

杏子「はぁ、左様で」

杏子 (イケナイ所って何だ……)

杏子「確かにマミはマイナーな洋物のテーブルゲーム持ってたなぁ。カタンとか、操り人形とか」

マミ「何言ってるの? カタンはメジャーじゃない」

杏子 (………そうかぁ?)

杏子「……ところで、そのミカドとやらは……ポッキーの日と関係あんのか?」

マミ「海外では、このゲームを元にして『MIKADO』っていう名前で売られてるのよ? ポッキーって」

杏子「え、そうなのか!」

杏子「……『Pocky』じゃダメなんだろうか」

マミ「それは知らないわ……。大人の事情でしょう、大魔王クッパだってアメリカ行けばBowserよ」

杏子「そんなもんか……」

杏子「まぁいいや。それより、これどうやって遊ぶんだ? ただの棒にしか見えないんだけど」

マミ「ええ、遊び方もシンプルよ。まずはこうやって持って……」

棒の束を手に持ち、テーブルの真ん中に立てるマミ。

マミ「で、離す」バララッ

杏子「うわ、散らばっちまったぞ」

マミ「これで準備は完了よ。あとは、他の棒を動かさないように、一本ずつ取っていくだけ」

杏子「……え? そんだけ?」

マミ「そうよ。簡単でしょう?」

杏子 (簡単もなにも……。取るだけ? 余裕じゃねーか)

マミ「棒には得点があって、この色が2点、こっちが3点で……。
   あとこの模様のついたほうの、1本だけ派手な方がミカドっていう特別な棒。20点よ」

杏子「高得点すぎんだろ……」

マミ「あとの模様つきはマンダリン、10点ね。まあ、派手なほうが高得点とだけ覚えておけばいいわ」

杏子「なるほど」

マミ「ただし、ミカドとマンダリンは特別に、それを取った次の1本を取るときに限って、
   手だけでなく持っているその棒を道具として使ってもいいことになっているの」

杏子「ふーん?」

杏子 (道具として? ……手で取った方が楽だろ?)

マミ「1本ずつ取っていって、他の棒を動かしちゃったらプレイヤーが交代。
   これを繰り返していって、最後に合計得点が多い方が勝ちよ」

マミ「オッケー?」

杏子「オッケーだ」

マミ「それじゃあ始めましょう。佐倉さん、あなたからプレイしていいわよ」

杏子「! ……へへ、その慢心を後悔するんじゃねえぞ?」

マミ「さあ、後悔するのがどちらなのかはまだわからないわよ?」

杏子 (だって要するに、上から取っていけば終わりじゃねえか……?)

いちおうは初めての一手である。慎重に指先を使い、そーっとつまむと…

杏子 (………) サッ

特に難なく、まずは1本目をゲットできた。

杏子「ははは、余裕じゃねーか。ほら後悔すんのはそっちだろ?」

マミ「………」

マミは答えない。ただ、口元で両手を組み、じっと杏子の動きを見つめている。

杏子 (……? な、なんか不気味だなおい……)

杏子 (ま、いいや。さくさく取ってポッキー貰うぜ!)

2本目、今度はあまり気を遣わずに取ろうとして、

カタッ

杏子「あっ!?」

他の棒を動かしてしまった。

マミ「うふふふふ。油断したわね? 見た目より難しいわよ……。もっと慎重にならないと」

杏子「ちっ、やられた……!」

続くマミのターン、これはもう無双という他はない。

マミ (………) サッ

あるときは、端を摘んで一瞬で事を終わらせる。

マミ (……これは………) コロコロッ

あるときは、軽く転がしながら棒を端っこまで運んでいく。

そうして謎のテクニックを披露しながら、4本5本と次々に棒を獲得していく。
そこに傲慢さはみじんもない。全身全霊をかけて棒を拾う、戦う女の目がテーブルを見据えていた。

杏子「おいおい、どんだけ上手いんだよマミ……」ボソッ

呟くと、マミの冷徹な目線がぎょろりと杏子に向いた。

杏子「!?」

マミ「うっふっふっふっふ」

マミ「これまで数々の魔女と戦いながら生き延びてきた、この私の勝負強さを嘗めてもらっちゃ困るわね」

マミ (……まあ、ちょっとでも気を抜いたら滅法弱いんだけれど)

杏子「………あたしだって、それなりに生き延びてきたつもりだけどねぇ?」

杏子 (いやいいんだけど、なんでこんな本気なんだ……?)

その後7本拾ったところでマミも失敗、杏子にターンは移る。

杏子「ははは、マミも失敗するもんなんだな?」

マミ「あら、仕方ない場合もあるわ。下らないことを言うより、自分のプレイに集中したらどう?」

杏子 (……それもそうだな………)

杏子 (だが、1本目で慎重に行けば拾えることは分かってる。だったら、やっぱり上からやれば………)

今度は気を抜くことなく、そろりそろりと慎重に棒を掴む。大丈夫、上に何も乗っていないし、あとは引っ張るだけだ。

杏子 (よし、行ける!)

そう思った瞬間、

カタタッ

なぜか一本の棒が音を立てて転がっていった。

杏子 (えっ!? どういうことだおい!)

マミ「ふふふ。罠にかかったわね」

マミ「上から取っていけばいいって物でもないって事よ。よく観察していれば、
   今取ろうとした一本の重さが支えていた一本が下にあったことに気づいたはず……。まだまだね、佐倉さん」

杏子「何だと……。ちっくしょ、まだだ、まだ次がある! さっさとターンを終わらせやがれ!」

マミ「言われなくても」

その後、相変わらず余裕で拾いまくるマミだったが、杏子もまたコツを掴んで拾えるようになってきていた。

マミ (ふぅん。上達が早いわね……。ここは、とどめを刺しておくべきかしら)

今は杏子のターン。棒を掴もうと手を伸したところを狙って声をかける。

マミ「ねえ佐倉さん?」

杏子「何だ?」

マミ「そういえばこの前美樹さんが、佐倉さんのことスキ―――」

杏子「!?」ビクッ

カシャシャ…

マミ「―――が多い戦い方だって、あら随分手が震えちゃって。私のターンね」

杏子「ひ、卑怯すぎんだろ今の!?」

マミ「え? 世間話ぐらい良いじゃない」

杏子「いやそうじゃなくて!」

マミ「何が?」ニコニコ

杏子「だからその……。あああクッソ、いいよさっさとやれ!!」

マミ (………)

機械のように、自分のターンはただ棒を拾うことだけに専念するマミ。

杏子 (仕返ししてやろうか……?)

杏子「なあマミ?」

マミ「………」

声をかける物の…

杏子「マーミー?」

マミ「………」

まるで耳を貸してくれない。

杏子「巴マミ? マミちゃーん?」

杏子「おいドリル! ティロ・フィナーレ!」

杏子「わーわーわー!!! 聞け!!!」

マミ「………」

杏子自身が存在しないかのように無視される。

杏子 (……やっべぇ、鉄壁だ………)

1. 初恋ばれんたいん スペシャル
2. エーベルージュ
3. センチメンタルグラフティ2
4. ONE ~輝く季節へ~ 茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司のSS
茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司を主人公にして、
中学生時代の里村茜、柚木詩子、南条先生を攻略する OR 城島司ルート、城島司 帰還END(茜以外の
他のヒロインEND後なら大丈夫なのに。)
5. Canvas 百合奈・瑠璃子先輩のSS
6. ファーランド サーガ1、ファーランド サーガ2
ファーランド シリーズ 歴代最高名作 RPG
7. MinDeaD BlooD ~支配者の為の狂死曲~
8. Phantom of Inferno
END.11 終わりなき悪夢(帰国end)後 玲二×美緒
9. 銀色-完全版-、朱
『銀色』『朱』に連なる 現代を 背景で 輪廻転生した久世がが通ってる学園に
ラッテが転校生,石切が先生である 石切×久世
10. Dies irae

SS予定は無いのでしょうか?

しかし聞かれていなかったわけではなく、マミもまた報復に出る。

マミ (そうね、じゃあ……)

マミ「そうそう、佐倉さん、ロッソ・ファンタズマ―――」

杏子「!?」ビクッ

カシャシャ…

マミ「―――に代わる新しい名前を、ってまた動いたわね。私のターン」

杏子「……ほんっとやめて下さい。なぜかマミの黒歴史なのにあたしの黒歴史になってるし、ほんっとやめて下さい」

マミ「黒歴史? 失礼ね、こんなにステキな命名なかなか無いのよ? ロッソ・ファンタズマ! ロッソ・ファンタズマ!!」

杏子「分かったから繰り返すのをやめろ!!」

杏子「これ以上酷い事すると魔女化するぞ! 襲っちゃうぞ!?」

マミ「何よ、性質はどうせポッキー食いたい、でしょ? 餌付けしてペットにしてあげるわ」

杏子「この人今日、ヒッデェな……」

そうしてイジりにイジられながらゲームは終了。
残るは得点計算だけとなったが…

マミ「数える必要、無いわよね?」

杏子「………はい」

一目で分かる本数の差。杏子の5倍はあろうかという棒を確保し、
しかも20点のミカド棒までマミが持っているとあっては勝てるわけがない。

マミ「ふふ、これで分かったでしょう? 後悔するのは、この私に勝負を挑んだあなたの方だったということが」

杏子「そうだな……」

杏子 (はぁ、結局ここでも……ポッキーは貰えねぇのか………)

杏子「……お邪魔、しました………」トコトコ…

マミ「え?」

ギィー バタン

背中に精一杯の哀愁を背負い、杏子はマミホームを後にした。

マミ「あ、れ……?」

マミ (いつもなら、もう一戦だ! とか言ってくるはずなのに……? 元気ない? あれ?)

マミ (……ちょっと、悪いことしちゃった………?)

――マミマンション前――

ガーッ トコトコ…

杏子「………はぁ」

杏子 (何かもう朝から酷すぎるだろ……今日………)

杏子 (呪われてんのかなー、厄払いしてもらったほうがいいかもしれねえ)

杏子 (………)

杏子 (あとは………)

学校に行ってるわけでもないし、知り合いなんてほとんど居ない。魔法少女仲間がダメとなれば、

杏子 (まどか、しか居ねぇよなぁ……)

杏子 (………正直)

杏子 (あんまりソリの合う奴じゃねーんだよな……)

マミの友人。ほむらの恋人。さやかの親友兼嫁。
間に人を挟んだ関係はあっても、本人が魔法少女でもないし、直接友人と言えるか不安な領域にいる。

杏子 (うーん………)

杏子「………いや、だめだ。手の震えも止まんねーし、棒状の物がみんなポッキーに見えてきた」

杏子 (背に腹は替えられねぇ……行ってみよう)

――鹿目邸――

杏子 (……よし。押すぞ………)

ピンポーン…

杏子 (………) ドキドキ

ブツッ

『はい? どちらさまですか?』

杏子「あっ! えーっと、佐倉杏子、です」

『さくらきょうこさん?』

杏子「その……。まどか、居ますか……?」

『ああ! まどかのお友達か。ちょっと待っててね、呼んでくるよ』

杏子「お願いします……」

杏子 (……そうか、よく帰りについてってるから場所知ってるけど、邪魔したことねーんだよな)

杏子 (な、なんか急に悪いことしてる気分に………)

ガチャッ

まどか「杏子ちゃん?」

杏子「! まま、まどか……その。久しぶり……?」

まどか「うん? 三日ぶりぐらいだね! 今日はどうしたの?」

杏子「いや、その……悪い。急に来といて何なんだけど」

まどか「ううん、悪く何て無いよ?」

まどか「えっと、わたしに用があるんだよね?」

杏子「ああ」

まどか「そっか! よかった、じゃあ入って入って」グイグイ

杏子「お、おお……?」

手を掴まれ、やけににこにこしたまどかに強引に連れ込まれる。

杏子 (……? 何で嬉しそうなんだ?)

まどか「ティヒヒ、ようこそわたしのおうちへ!」

知久「やあ、いらっしゃい」

杏子「お、お邪魔します……」

知久「まどか、後で部屋に持って行くけど……お茶でいいかな?」

まどか「うん、杏子ちゃんはお茶でも大丈夫?」

杏子「あ、ああ、何でも……」

トコトコ…

杏子「あれ、まどかの親父さんか?」

まどか「うん、わたしのパパだよー」

杏子「……ああ、あれか。主夫っつーやつか、もしかして」

まどか「そうそう。パパの料理、すっごく美味しいんだよ?」

杏子「ふぅん………」

杏子 (なんつーか……。平和な家、だなぁ………)

階段を上り、ドアを開ける。

まどか「はい、ここがわたしの部屋。どうぞどうぞ」キィ…

杏子「うん、えっと……お邪魔します」

まどか「それで、何か困った顔してた、よね?」

杏子「! あ、ああ。大した事じゃねーんだけど……」

まどか「杏子ちゃんが来てくれるのは、それだけでも嬉しいなって思うんだけど」

まどか「えっと、何かわたしに手伝えるなら、それはもっと嬉しいなって……」

杏子「う………」

まどか「教えて、もらえないかな」

杏子 (何か……どんどん自分が重罪人になってる気がしてくるぞコレ……)

杏子「えーっと、その、何だ。マジで深刻な話じゃねーんだ」

まどか「……?」

杏子「聞いても怒らないでもらえると有り難い」

まどか「怒らないと思うよ?」

杏子「そのだな」

まどか「うん」

杏子「……ポッキー、持ってねーか?」

まどか「………へ? ポッキー?」

まどか「そっか、今日ポッキーの日だね。学校でさやかちゃんが言ってた」

杏子「ああ、あたしもさやかから聞いたんだ。それのせいかは知らねーけど、どこの店にも売ってないんだよ」

まどか「え、そうなの……?」

杏子「そんでまぁ、どーしても……食べたいもんで、持ってたら、ちょっと欲しいなって……」

杏子「……いやホント下らない用事で悪い………」

まどか「そんなことないけど……。うーん、どうだろ、あったかな……?」

コンコンッ

まどか「あ、丁度良かった! どうぞー」

知久「はい、お茶持ってきたよ。丁度良かったってなんだい?」キィー

まどか「パパ、うちにポッキーってあったっけ?」

知久「ポッキー?」

まどか「うん、今日ポッキーの日だから食べたいなーって」

知久「ああ、そういえばそうだね。うーん、でも……うちには無かったかな。夕飯の材料と一緒に買ってこようか?」

まどか「それが何処にも売ってないんだって……」

知久「え、本当に?」

杏子「朝からいろいろ見て回ってるけど……どこにも無いんだ」

知久「そ、そんなに売れてるの……?」

杏子 (はぁ、ダメか……。万策尽きた、か………)

もうだめだ。さくらきょうこは、めのまえがまっくらになり……かけた。が、

知久「ううん、それじゃあ……」

知久「作ってみる? ポッキー」

何やら妙な提案を持ちかけられる。

杏子「………はぁ?」

まどか「……パパ? 一体何を」

知久「いやいや、冗談じゃなくってさ」

杏子「ポッキー、知ってるよな……?」

知久「もちろん。折ったときの食感がうれしいよね」

まどか「本当に作れるの? クッキーやケーキなら分かるけど……」

知久「おいおい、まどかも信用してくれないのか? 結構それっぽいのが作れるんだよ。
   面白いと思うし、やってみない?」

――30分後――

「「ただいまー!」」

タツヤ「たらいあーっ!」

知久「あはは、おかえりタツヤ」

まどか「なんだか、そんなに特別なものを買う訳じゃないんだね?」ガサッ

スーパーの袋を漁る。

普通の板チョコをミルクチョコレートとホワイトチョコレートの2種類、
あとはアーモンドダイスと牛乳ぐらいなもの。

杏子「ホントに……これでポッキー作れんのかよ……?」

知久「まだ疑ってるねー? 材料自体は大体、家にもとからあるからね。牛乳は足りなさそうだから買ってきたけど」

杏子「だって……。ポッキーだぞ……」

まどか「まぁやってみようって、パパはお菓子作りも得意だし、嘘もつか……嫌な嘘はつかないよ?」

杏子「あー、うん、悪い人じゃねーのは分かる」

知久「ほら、二人とも手を洗っておいで」

まどか「はーい。いこっ、杏子ちゃん!」クイクイ

杏子「お、おう……」

まどか「それで、まずはどうするの?」ワクワク

知久「まずはプレッツェル、ポッキーの芯に当たる部分を焼こうか。
   そのバターをレンジでちょびっとだけ溶かして」

まどか「はーい」ピッ

ウィィー……

知久「うん、そんなものでいいよ」

まどか「もう?」ピッ

知久「柔らかくすれば良いんだ。それをボウルに入れて、じゃあ杏子ちゃん、混ぜてみて」

杏子「え、あ? ああ……」カタカタ…

杏子 (何か流されてるなー、あたし……)

知久「そしたらまどか、砂糖を50g計って、そのボウルに入れて」

まどか「うん、50gだね?」サラサラ…

杏子「ん、ジャリジャリしてきた」

知久「次は牛乳をカップ半分。それで砂糖も溶けるよ、少しずつ注いで、よく混ぜてね」

まどか「はーい」ジョボボ

杏子「こんなもんで……いいのか?」シャカシャカ

知久「うん、そしたら次は薄力粉とベーキングパウダーだ。もう計ってあるから、これを……」トサッ

まどか「わ、けっこう量があるね!」

知久「お菓子作り、ちょっと久々だから色々遊ぼうと思ってね」

まどか「遊ぶ……?」

知久「まあまあそれは後で良いから。このふるいをつかって、まどか、ボウルの中にふるっていくんだ」

まどか「うん、やってみる」ガサガサ

知久「杏子ちゃんは、あんまり泡立てないように、全体をなじませる感じで混ぜていってね」

杏子「お、おう……? 努力する」シャカシャカ

まどか「えーと、こうして……」トントン…

杏子「ほー、すげえ綺麗な粉になるな……」シャカシャカ

まどか「面白いねー!」

杏子「ああ、悪くないな」

少しまどかがこぼしながらも、なんとか全量を入れて杏子が混ぜ終わる。

杏子「ふぅ、結構腕、疲れるな……」

知久「うん、お疲れ様。そのくらいで良いと思うよ、よく混ざってる」

杏子「これで終わりか?」

知久「次はこれを棒状にして焼くんだけどね。その前に、生地を寝かせるよ」

まどか「寝かせる?」

知久「うん。30分ぐらい、冷蔵庫に入れてほっとくだけ。そうすると、焼いたときにサクサクした食感になるんだよ」

まどか「へえー、そうなんだ!」

杏子 (そんなちょっとしたことで、味が変わるモンなのか……)

杏子 (うーん、料理なんてサバイバル程度にしかできねーけど……。結構、お菓子作りって楽しい……?)

知久「ほら、さっきのお茶持ってきたから……ソファでちょっと休憩しててごらん」

杏子「あっ……ありがとう、ございます」

杏子「ふぅ……」コクッ

杏子 (ん、麦茶じゃない……? なんか美味いな)

まどか「えへへ、焼いたらどうなるのかなぁ、楽しみ!」

杏子「そうだな……。今の段階ではまぁ、それっぽいけど……さてどうかね」

まどか「んもうー、パパを信用してってばー!」

杏子「はは、悪い悪い」

まどか「………迷惑、だったかな」

杏子「え?」

まどか「ううん、ちょっと強引だったかなって。ポッキー欲しいってだけだったのに、作ろうだなんて」

杏子「いや、そんなこた無いよ、結構面白いし」

まどか「そう? よかった!」

杏子「ぶっちゃけ最初は正気を疑ったけど……。作ってる感じ、ふざけちゃないみたいだしな」

まどか「わたしも最初はちょっと、ね。えへへ」

杏子「だろ?」

杏子「しっかし……。なんかあんた、今日はやけに上機嫌じゃねーか?」

まどか「え!? ……分かっちゃう、かな? えへへ……///」

杏子「何か良いコトでもあったのか?」

まどか「……うん。杏子ちゃんと、二人でお話しできた!」

杏子「……は?」

まどか「えっと、ずっと、仲良くなりたいなって思ってたんだ……。
    杏子ちゃん普段からすごくかっこいいし、ちょっと憧れちゃうなって」

杏子「な、何を言って……///」

まどか「さやかちゃんとかほむらちゃんとは仲良さそうに話してるから、
    嫌われちゃってるのかなって、思ってて……」

杏子「ンなわけねーだろ、どこに嫌う要素があんだよ」

まどか「そ、そう? ありがとう!」

杏子「っ………」

杏子 (なるほどな……)

杏子 (……こりゃマミやほむらも、短い間に手籠めにされるわけだ)

まどか「……?」

pipi pipi pipi

まどか「あ、タイマー鳴ったよ!」

杏子「みたいだな。えっと……まどかの親父さんは」

知久「こ~こ~に~い~る~よ~」

杏子「うわっ!?」

キッチンの影からゆらりと姿を現す。

杏子「そんな所に……」

まどか「もー、変なコトしないでよ!」

知久「はは、ごめんごめん。それじゃ、生地を形にしよっか」

まどか「生地、冷蔵庫から出して良いんだよね?」

知久「うん、出したらそこの小麦粉を振った台の上に置いて」

まどか「はい」ガサゴソ…

知久「ええと……あった、はい、杏子ちゃん」ヒョイ

杏子「おう?」パシッ

麺棒を杏子に渡す。

知久「それを使って、生地を均一に、薄くのばすんだ。大体2、3mmぐらいかな? 結構力を入れた方が良いよ」

杏子「ごろごろーってやればいいんだよな?」

知久「うん、そうそう」

杏子「……よし、やってみる」

まどか「頑張ってー!」

両手に麺棒を構え、思い切って力を入れると、

杏子「っりゃああああ!!」ドスッ

生地が真っ二つに割れた。

まどか「ありゃ……」

知久「……うん、ごめんね。力を入れすぎだね」

杏子「ご、ごめんなさい………///」

知久「大丈夫大丈夫、リトライだ。最初は優しく力を入れ始めた方が良いね」

杏子「はい……」ゴロゴロ…

杏子 (あ、なるほど……。結構弾力あって、力込めないと薄くならないのな………)

ゴロゴロ…

杏子「……よし、こんなもん、かな」

なかなか均一に延ばされた生地が完成する。

知久「うん、いい腕前だ。そしたらあとは棒の形に切るだけだね」

まどか「包丁で切るの?」

知久「まずは長方形になるように、端っこを落としたいんだけど……ポッキーって長さどのくらいだったかな?」

杏子「13.5cmだ」

まどか「え?」

杏子「13.5cm、間違いないぞ」

知久「……すごい自信だね、ああうん、多分そのくらいだとは思うけど」

杏子「多分この中で一番多く食ってるからな、任せろ」

まどか「たしかにいつも食べてるよね……」

知久「それじゃまどか、縦を13.5cmにして、横はそれに併せて平行に切れ目を入れてくれるかな」

まどか「ちょっとまってね、13.5cm……」

杏子「お、おい、手を切るなよ?」

まどか「大丈夫、パパのお手伝いぐらいならしてるんだから」サクッ…

まどか「できたっ!」

杏子「結構やるな、綺麗な長方形だ……」

まどか「えっへん」

知久「良い感じだね。じゃ、あとは細切れにするだけだ。厚さと同じように、2~3mmの幅で、
   ポッキーの棒をいっぱい切り出すんだ。できるかい?」

まどか「大丈夫……いけるっ!」

杏子「怪我だけはしないでくれよ……?」

まどか「もう、信用してよー!」

杏子 (まどかは魔法少女じゃねーから心配なんだよ……)

ストン… ストン… ストン… ストン…

リズム良くまどかが包丁を滑らせる度、均一な「ポッキーのもと」がどんどん出来上がっていく。

杏子「……マジで上手いなおい」

知久「ほー、腕を上げたねまどかも。それ、かなり切りにくいはずなんだけど……」

まどか「ウェヒヒヒ……わたしに斬れない物は無いよっ!」

まどか「よし、できたっ!」

台に並ぶ大量の「ポッキーのもと」。

杏子「結構沢山できたなー」

知久「うん、あとはこれを綺麗な棒状に丸めて焼くだけだよ。
   この……クッキングペーパーを敷いたトレイに乗せていってね」

杏子「わかった。丸く、丸く……」ゴロゴロ…

まどか「わたしもわたしも」ゴロゴロ…

ゴロゴロ…

杏子「うーん……。どうしても形が歪んじまうな」

まどか「だねぇ……?」

知久「ま、そこは手作りの味って所だね。機械じゃないから、仕方ない部分はあるよ」

杏子「そうか……」

知久「焼くと硬くなるから、トレイの上でできるだけ真っ直ぐになるようにだけは気をつけてね」

杏子「了解だ!」

まどか「け、結構数があって大変かも……!」

知久「ごめんね、ちょっと分量多かったかも……。僕も手伝うよ、みんなで頑張ろう」

杏子「っはー、出来たぞ!」

まどか「大変だったね……」

知久「ご苦労様。焼き上がりを見れば、きっと疲れも吹き飛ぶよ」

まどか「そっか、あとは焼くとできあがるんだ……うう、ドキドキする」

杏子「ちゃんと焼けるかな……? あたしが混ぜてたから失敗したら……」

知久「大丈夫だよ、僕がちゃんと確認してるから」

杏子「そ、そっか……」

知久「それじゃ、この170℃に予熱したオーブンに入れて……」ガタッ

pipi pi

知久「このまま、タイマーが鳴るまで10分間焼くんだ」

杏子「おお、熱そう……」

まどか「それで完成なの?」

知久「いや、10分たったら、オーブンの温度を130℃に下げてまた10分。温度の下げ方は分かるよね?」

まどか「うん、分かるけど……お出かけ?」

知久「ちょっとタツヤの相手してくるだけだよ。それじゃ、よろしく」

ぶぅーん。オーブンレンジが回りながら低い音を立てている。

杏子「お、何か色が変わってきてる気がしないか?」

まどか「うん、ポッキーっぽくなってきてる気がする!」

杏子 (あのポッキーを錬成する……! 恐れ多い実験に手を出しちまったなー)

杏子「………」

まどか「ねぇ、杏子ちゃん」

杏子「ん?」

まどか「杏子ちゃんはポッキー、大好きみたいだけど」

杏子「そりゃな、あたしの血と肉の半分ちょいはポッキーだ」

まどか「どうしてそんなに好きなのかなって。おいしいから?」

杏子「……ま、それが一番の理由だけど」

まどか「他にも、やっぱり理由があるの?」

杏子「………面白い話じゃねーぞ?」

まどか「……駄目?」

杏子「別にかまいやしねーけど……」

杏子「えーと、幼稚園の頃の友達だったと思うんだけど」

まどか「うんうん」

杏子「……ま、仲の良い奴がいてな。今思うと、結構親が甘やかしてたんだろうなぁ。いつもなんか食ってた」

杏子「そいつと仲良くなって、初めて分けて貰ったお菓子が……たしかポッキーだったんだよ」

杏子 (元気してっかなぁ、あいつ………)

まどか「そっか、想い出のお菓子なんだね……」

杏子「かなー。そんで、貰って食ったときがもう、ものすごい美味かったんだな。ああ、これは運命だと……。
   当時のことだからそんな言葉、知りゃしないけどさ」

まどか「あはは、そんなに衝撃的だったんだ」

杏子「それで、親父にすごい駄々こねたんだ。あのお菓子をもっともっと食べたいって」

まどか「杏子ちゃんの、お父さん………」

杏子「そんな高級品ってわけでも無いからな。何だったか忘れたけど、お手伝いしたら買ってくれて」

杏子「それ以来、手伝いとか良いコトする度に、ごほうびだよーってポッキーくれてさ」

杏子「……ま、そんなとこだな。食うと安心すんだよ、ポッキー」

まどか「……そっか………」

まどか「………ごめん」

杏子「ああいや、言いたくなきゃ言わねーから。気にすんな」

杏子 (……なんか空気に乗せられて、ちょい口が軽かった気もするが)

まどか「でも……」

杏子「あんたが気にすることじゃねーって。ほら、その、本人以上に周りに気に病まれるとむしろ辛いっつーか」

まどか「うん……。その、ありがとね? 杏子ちゃんのこと、また一つ教えてくれて」

杏子「ん……ああ。そんな、知ったってしょーがねーと思うけどな、あたしのことなんて」

まどか「そんなこと―――」

pipi pipi pipi

杏子「おっと、10分だ。まどか、オーブンの温度操作を頼む」

まどか「あ、えっと……このボタンで」pi pi pi

まどか「……130℃で合ってたよね?」

杏子「ああ、確かな」

杏子「……おお、もうこれ見た目的には完成してんじゃねえか!」

まどか「ホントだ、ちょっとイビツだけどポッキーみたい!」

その後、待ちきれない10分をじっくりと待って…

pipi pipi pipi

まどか「で、できたっ!?」ガタッ

杏子「えっと、これ止めればいいのか? 親父さん呼んだ方が……」

知久「はい、お待たせ」ヌッ

杏子「うおっ!? し、神出鬼没だなあんた……」

まどか (パパも今日は楽しそうだなあ……)

知久「それじゃ、二人とも、やけどしないようにこれをつけて」

鍋つかみを2組、それぞれに渡す。

杏子「おう……」モソモソ

知久「ポッキー……の、芯、お披露目といこうか」ガチャッ

開けると、ふわりと甘いお菓子の香りがキッチンに広がる。

まどか「うわあ、いい匂い……」

杏子 (既に美味いこと決定してんだろこれ……!)

オーブンの中のトレイを杏子とまどかの二人で取り出し、
テーブルの鍋敷きの上にのせる。

トレイに乗せていた、不健康に白いだけだったポッキーの芯たちは、
こんがりと焼けていい薄茶色に仕上がっていた。

知久「うん、なかなかうまくいったね」

杏子「本当にポッキーに見えてきたぞ……」

まどか「ね、ね、食べても大丈夫?」

知久「やけどしないように気をつければ大丈夫だよ」

まどか「やった、じゃあ一本だけ……」

杏子「あ、あたしも貰うぞっ……!」

競うように、焼き上がった棒の一本を取り上げると、
揃って口に運んで…

ポキキッ

っと、とてもいい音を鳴らして噛み折った。

杏子「おお………おお!!」モグモグ

まどか「ポッキーだ、芯だけのポッキーだ!」モグモグ

知久「どうだい、見た目はちょっとヨレヨレしてるけど、なかなかそれっぽい仕上がりだろう?」

杏子「ああ……。疑ってすまなかった、これは確かに手作りポッキーと名乗っていい出来映えだ!」ポリポリ

まどか「すごいそれっぽいよパパ!」パリモグ

知久「はは、喜んでもらえて良かった。でも、ポッキーには大事なもう一つの要素があるよね」

杏子「そうだな……。ようやくここで買ってきたチョコの出番ってわけだな?」

知久「ご名答。まずは、買ってきた板チョコを……細かく包丁で刻むんだ」

まどか「わたしの出番だねっ!」

杏子 (まどかも調子乗ってんなー……)

知久「そのままだと砕けて散らばっちゃうから、包丁をちょっとコンロであぶってからやるといいよ」

まどか「あ、はーい」チチチ… ボボッ

まどか「暖めて……刻む」ザクッ ザクッ

まどか「こんな感じでいいかな?」

知久「それでいいよ。ホワイトチョコレートの方も、杏子ちゃんパッケージを開けてあげてもらえるかな。
   全部刻んじゃおう」

杏子「わかった」ビリリッ

知久「うん、刻めたね。ここからが重要だ、チョコレートにはテンパリングっていう作業が必要なんだよ」

杏子「テンパリング?」

知久「そう。チョコレートをただ溶かして固めるだけだとね、中の成分がバラバラになって、
   おいしくなくなっちゃうんだよ」

まどか「そうなんだ……」

知久「だから、温度をしっかりと調整しながら溶かさないといけない。ちょっと大変だけどね、
   その温度調整作業をテンパリングっていうんだ」

杏子「はぁー……。知らなかった……」

知久「まずは、大体45℃ぐらいに暖めて溶かして、その後水で冷やして27℃前後にする。
   最後に30℃ぐらいまで温め直して、ようやく完了だ。その状態で固めると、チョコレートは美味しく固まってくれる」

杏子「や、やけに細かいんだな……?」

知久「チョコレートって、結構デリケートなお菓子なんだよ」

知久「あと作業は、こうしてお湯の中にボウルを入れて湯煎でやるんだけど、チョコレートは水に弱いからね。
   絶対に湯煎の水をボウルの中にこぼさないこと、そこだけ気をつけて」

まどか「わかった!」

杏子「しっかし……。まどかの親父さん、やけにお菓子作りとかチョコとか詳しいんだな」

知久「いやあ、毎年バレンタインになると、ママが去年とは違う物が欲しいっていうからね。
   いろいろ作らされて、その経験のせいかな。ポッキーもそれで作ったんだよ」

杏子「バレンタイン……? ってーと、女が男にチョコ送るあれじゃねえのか?」

まどか「あはは、うちでは逆なの」

杏子「ま、まどかん家のお袋さん、強いんだな……?」

まどか「強いっていうか、かっこいいよ? 杏子ちゃんみたいに」

杏子「あたしはそんなんじゃねーってーの」

杏子 (しかし、バレンタイン……なぁ。好きな奴に、チョコ………)

杏子 (………///)

知久「杏子ちゃんも、2月になったらまたおいでよ。バレンタインチョコの作り方、教えてあげるよ」

杏子「なっ……! あ、あたしは別に………///」

知久「……分かりやすいよ?」

杏子「う……っぐ、くそ………///」

杏子「じゃあ……き、来てやるよっ! 2月になったら覚悟しとけよ!」

知久「はは、心してお待ちしております」

その後、温度計と格闘しながら十数分。
杏子がミルクチョコレート、まどかがホワイトチョコレートを担当して、
上限温度や下限温度を何度かオーバーしながらも、ようやく作業が完了する。

まどか「ほ、本当に大変だった……!」

杏子「チョコレート扱うのってこんな神経いるのかよ……」

知久「お疲れ様。テンパリングしなくていいチョコレートもあるんだけどね。
   残念ながら、スーパーには売ってなかったから」

まどか「そっかぁー」

知久「あとは、その温度を維持したまま、ついに芯にチョコレートをつける作業さ」

杏子「よっし! 本番だ!」

まどか「ついに完成だね!」

知久「このスプーンでほら、すくってかけるといいよ。やってごらん」

杏子「おう!」

渡されたスプーンで、美味しく焼き上がって待機しているポッキーの芯にチョコレートをかける。

杏子「おおお……!」

適度にテンパリングされたチョコレートが、しっかりと芯の8割をくるんでいく。

知久「温度も丁度良さそうだね。一応、持ち手の部分を……この、空き箱の穴に刺して冷ますといいよ」

杏子「………♪」

まどか「………♪」

ついに苦労した完成品が次々に生まれる姿に、短調ながらも
楽しく作業を続けていく二人。

ちょっといびつだが、確かにポッキーと言える手作りのお菓子が積まれていく。

知久「……うん。それじゃ、そろそろ遊びに入ろうかな」

杏子「ん?」

まどか「遊び?」

知久「そう。ほら、普通のポッキーもいいけど、ちょっと変わり種もいいだろう? だから例えば……」ガサガサ…

言いながら、スーパーの袋からアーモンドダイスを取り出す。

知久「これを広めの皿に空けて……」

杏子「ああ、そういやそんなの買ってたな」

知久「チョコを塗ったポッキーを、固まる前にここに転がして……」ゴロゴロ

まどか「アーモンドがくっついた!」

知久「あとはもういちどチョコをスプーンでかければ、ほら。アーモンドクラッシュポッキーの完成」

杏子「なるほど! ちょ、ちょっとやらせてくれ……」

知久「あとは、ホワイトチョコを使って、変わった味を作ることも出来るよ」

まどか「そういえば、まだホワイトチョコレートは使ってないね」

知久「これを三分の一ほど別の容器に移して……」ガサカタ

知久「それで、苺ジャムを混ぜてみる」カシャカシャ

杏子「ああ、つーことはもしかして?」

知久「うん、これをかけると……」トロッ…

知久「はい、桃色のいちごポッキーのできあがり」

まどか「ティヒヒ、面白い!」

杏子「へぇ……桃色か。そんじゃ、まどか味のポッキーだな、こいつは」

まどか「え? でも苺は赤色だもん、杏子ちゃんの色だよ?」

杏子「いやどう見ても赤じゃなくて桃色だぞ、これ」

まどか「……じゃ、二人のポッキーだよ! ね?」

杏子「………そ、そうだな」

まどか「他の色も作れるかな?」

知久「そうだね、ブルーベリージャムとオレンジジャムがあるよ」

杏子「オレンジはどう考えてもマミだよな」

まどか「ブルーベリーは……。うーん、さやかちゃんかほむらちゃんか難しいところだね……?」

杏子「ま、美味しそうだし作ってみようぜ」

まどか「うん!」

brrr... brrr...

まどか「あれ、ケータイに電話だ」パカッ

まどか「……マミさん?」

杏子「マミ?」

まどか「もしもし? ……はい、いえ大丈夫ですよ! ……え? あ、はい、居ますよ?
    ……そうですか。はい、大丈夫です。……分かりました! 待ってます はーい」…pi

杏子「何だって?」

まどか「『佐倉さんはそこに居るかしら?』だって。……あ、居るって言ったらマズかったかな?」

杏子「いや、問題ねーけど……」

まどか「そっか、今からうちに来るって。ほむらちゃんも後で来るって行ってたし、賑やかになるねー」

杏子 (……? マミ、何しに?)

芯の形もそれぞれ個性的で、味もまたさまざまなチョコレートでコーティングされた
ポッキーを作り続け、相当な本数の製造が完了した頃。

ピンポーン…

まどか「あ、誰か来た! ちょっと見てくる」トタタ…

杏子「おう」

手のあいたまどかが玄関で応対する。ちょっとすると、

マミ「お、お邪魔します」

ほむら「お邪魔します……」

まどか「いらっしゃい!」

連絡のあった二人が姿を現した。

杏子「あん? マミとほむら一緒に来たのか」

ほむら「ええ……。予定外、完全に予定外だけれどね……」

ほむら (マミも杏子もなんでここに居るのよ、私とまどかの二人だけの時間を返してよ……!)

ほむら (………心の準備をするために、訪れる時間を遅く設定したのが間違いだったのかしら……)

マミ「佐倉さんを探してるって暁美さんに連絡したら、彼女も探してるって言うから一緒にね」

杏子「……え? あたしを?」

ほむら「ええ。ええと、まずは……ごめんなさい」

マミ「ごめんなさい、佐倉さん」

杏子「ん? は? え? 何か謝るようなことやったのか?」

マミ「いえ、ポッキーぐらいならいくらでもあげられるのに、
   ずいぶんと気落ちしているあなたの様子に気づかず、ちょっと悪ふざけをしすぎたかもしれないなと思って」

言いながら、塩ミルクチョコ味のポッキーを取り出して渡す。

ほむら「私も、ポッキーはまだ別の箱があったのよ。それなのにその、変に煽って悪かったとは思ってるわ」

ほむらは、赤いノーマルポッキーを取り出して渡す。

杏子「お、おう……。なんだなんだ、この二人が優しいと気味悪いんだけど……」

マミ「失礼ね。本当に悪かったなと思ってるのよ」

杏子「それに、ポッキー不足はもう解消したっつーか……」

ほむら「え?」

まどか「はいっ、ほむらちゃんもマミさんもこっち向いて?」

ほむら「へ?」 マミ「はい?」クルッ

振り向いた口に、まどかがポッキーを押し込む。

ほむら「もがっ」 マミ「むぐっ!?」

ほむら「なるほど、これは良くできているわね……」モグモグ

マミ「本当、美味しいわね」モグモグ

まどか「ティヒヒ、パパに教わって杏子ちゃんと二人で作ったんだよ!」

ほむら (………佐倉杏子ォ! ……いや、でも私にも多少責任はある……のかしら?)


結局、これだけ人が集まってしまっては、ほむらの希望も叶うはずはなく。

まどか「ほむらちゃん、これがわたしの味だよー。あ~ん」

ほむら「あ~ん……///」

ほむら (こ、これでも……結構幸せ度高い……っ!)

今はまだポッキーゲームは早いかも知れないなと、ちょっとした触れ合いで幸せをかみしめる。


マミはといえば、

マミ「ふふふ、これはなかなかオススメのお茶なんです。いかがですか?」

知久「いや、とても美味しいね。僕もそんな紅茶は詳しくないんだ、一体なんて言うお茶なんだい?」

知久とちょっとした飲み物の談義を交わしたり。


杏子 (ふーん、何か、これが……まどかん家の空気なんだな。ぬるいけど暖かくて、落ち着くや)

そんな和やかなポッキーパーティに、最後の来訪者が訪れる。

brrr... brrr...

まどか「あ、電話……? さやかちゃんから?」ピッ

杏子「さやかから?」

ほむら「そういえば、青毛だけ居なかったわね」

まどか「はい、もしもーし。………え? うん、居るよ?」

まどか「うん、いまわたしの家で……え、あ、わかった。待ってるねー」

パタン

杏子「何だって?」

まどか「良く分かんないけど、大慌てで杏子ちゃんいるかなって聞かれた」

杏子「え、またあたし?」

まどか「うん。今から来るらしいから、引き留めといてって」

マミ「美樹さんにもポッキー、頼んでいたの?」

杏子「いや、頼んだっつーか騙されたっつーか、ううん……なんだ?」

そして10分後。

ピンポーン…

まどか「あ、さやかちゃんだね、行ってくる」トタタ…

杏子「適当に追い払ってもいーんだぞ」

まどか「そ、そんなことできないよー!」

またまどかが応対に出る。と、

さやか「杏子ー!!」ドドドドドッ

そのまどかが戻るよりも速く、さやかがダッシュでリビングに姿を現した。

さやか「さやかちゃんただいま参上!」

ほむら「うるさいわねー、人様の家でぐらい静かに出来ないのかしら」

マミ「それより美樹さん、その大きなカバンは一体……」

さやかはその身体の大きさには似合わない、登山にでも行くかのようなどでかいリュックを背負っていた。

さやか「え、これ全部ポッキーだよ! 杏子欲しがってたからさ!」

杏子「………はぁ?」

さやか「ほらほら、一杯あるぞー?」ドサドサ…

言いながらリュックをひっくり返すと、本当に山ほどポッキーが詰まっていた。

さやか「どう? すごいでしょ!」

杏子「………さやか。正直に言え、どっから盗んできた?」

さやか「え」

マミ「……美樹さん、まさかあなたまで犯罪に手を染めるなんて」

さやか「ちょっと?」

ほむら「ええ、あの子ならやりかねないと思ってました。普段からおかしな言動をしていて……」

さやか「おいほむら!」

まどか「さやかちゃん、一緒に行ってあげるから、謝りに行こう?」

さやか「まどかまで!? 違うって、ちゃんと許可を得て貰ってきたんだって!」

杏子「はぁ? おいこっちは真剣な話してんだぞ」

さやか「あたしも真剣だってば! これは、仁美から貰ってきたの!」

まどか「……え? 仁美ちゃん?」

さやか「全ての事件の犯人は仁美だったのよ」

杏子「あーっと、さやかの治癒魔法って脳みそまでは治んねぇとかそういう」

さやか「聞けって!」

さやか「あんたがビックリするほどポッキー欲しがってたからさ、さやかちゃんとしても協力したくてさ。
    でもまぁ特にいいアイデアがあるわけでもないし、仁美に電話したのよ」

さやか「そしたら『ごめんなさい、わたくしのわがままのせいで……』とか言われて、何かと思ったらあやつ、
    自宅でポッキーパーティしてたのよ。ポッキーの日記念に」

マミ「……? それがなぜわがままなの?」

さやか「それが、ただのパーティじゃなくて、政財界のお偉いさんを呼んでの大パーティらしくって。
    1が6つも並ぶなんて素敵な日ですわー! とか父親に言ったら、なんかいつのまにか勝手にそうなったって」

ほむら「……まさか、ポッキーが売ってなかったのは」

さやか「うん。志筑家の財力で、見滝原中のポッキーを買い占めていたそうです」

杏子「ンな……アホな………」

まどか (……う~ん、仁美ちゃんのパパなら………無いとは言えないなあ………)

ほむら「……でも、いくらなんでもパーティするためだけにポッキーを買い占める?」

さやか「あー、ほらこの画像見てよ」

言いながら、自分のケータイで撮影した画像を皆に見せる。
そこにはなにやら茶色で描かれた人の顔が写っている。

まどか「あれ、これって……仁美ちゃんの顔?」

さやか「そうそう、ポッキーで作った仁美の顔アート。隣に写ってるおじさん、実物大だよ。
    大体縦が10mぐらいあるって言ってたかなー」

マミ「10m!?」

さやか「総計何十万本だか忘れたけど……。それが作りたかったらしい。仁美のパパが」

マミ (やだ、ちょっと私のも作って欲しくなるじゃない……)

杏子「………おいおいおい、ちょーっと待てよ、そんだけ迷惑な買い占めしといて、しかもその食べ物で遊んで無駄にしてるだと?」

さやか「いや、無駄にはしてないって。食べてたよ」

杏子「え?」

さやか「参加者の紳士なおじさま方が、『ひとみんぺろぺろ! もぐもぐ!』とか言いながらちゃんと食べてたから、無駄にはしてないと思う」

杏子「……それホントに参加者か? 紛れ込んだ不審者じゃねーか?」

さやか「不審者じゃないと思うけどなぁ……。仁美のパパも一緒に食べてたし」

さやか「そういうわけで、犯人は仁美! あたしも盗んだ訳じゃなく、分けて貰っただけなのだ!」

ほむら「………」

マミ「何というか」

まどか「うん……」

杏子「なぁ………」

さやか「……あれ? ちょっとちょっと、事件解決の上に物資確保に成功したさやかちゃんに、
    もうちょっと賞賛の反応があってもよくない? あれ?」

残念そうに戸惑うその口に、

杏子「まあ、くいなよ」

お手製ポッキーを押し込む。

さやか「むぐっ……。これは……ポッキー? え、あんた手に入れてたの!?」

杏子「いや、作ったんだよ。まどかと一緒に」

さやか「へ、へぇー……。あ、結構おいしい」モグモグ

さやか「あれ、じゃあこの重ったいリュック背負ってちょっと恥ずかしく道を駆け抜けてきたあたしの苦労は一体!?」

ほむら「そうね、無駄骨だったわね」

さやか「そんなー!」

まどか「で、でも、さやかちゃんの気持ちは伝わったから、全部が無駄ってわけじゃないんじゃないかなって」

マミ「そうよ。美樹さんの優しさが、凄く分かりやすい形で見られたもの」

杏子「ま、そうだな。正直、ここまでしてくれるとは思ってなかったかな。
   ……ありがとな、さやか」ニッ

さやか「え! あー、うん。どういたしまして……///」

さやか (おおう、ちょっと不意打ちだったかも………)

まどか「ティヒヒ、それじゃみんなそろったところで、改めて……ポッキーパーティー開催だよ!」


知久がずいぶん大量に用意してくれたおかげで、まだまだ手作りポッキーは尽きそうにない。
さやかの持ちこんだポッキーも含めれば、あと何時間だってポッキーを食べ続けることが出来るだろう。

さやか「だからこれはどうみてもさやかちゃん味でしょーが!」

ほむら「違うわよ。これは私の色よ、そう言ってくれたもの。ねえまどか?」

まどか「あ、えっと、その……」アセアセ

杏子「おいやめろって、まどか困ってんじゃねえか……」

マミ (色が被って無いことをどう受け止めるべきなのかしらね……)

時々、喧嘩のようなじゃれ合いをしながら、その日遅くまで5人のパーティは続いたのだった。

――夜、鹿目邸前――

さやか「いやー、楽しかったね!」

ほむら「貴方のおかげで無駄に賑やかだったわ」

さやか「相変わらず一言多いな!」

マミ「ちょっとポッキー、食べ過ぎちゃったかも……」

杏子「……まどか、その。今日はありがとな。親父さんにもよろしく言って置いてくれ」

まどか「え、ううん。こちらこそ、ありがとう! 杏子ちゃんとポッキー作って、とっても楽しかったよ!」

杏子「あー、うん、あたしも、楽しかったよ」

杏子「………」

杏子「その。………友達、でいいんだよな、あたしたち……」ヒソヒソッ

恥ずかしそうに、杏子が耳元にささやいて確認する声を、

まどか「……もっちろん!」ダキッ

まどかが満面の笑顔で杏子を抱きしめて肯定する。

杏子「うおっと……///」

さやか「おやおやー? あたしの大事な嫁のまどかが誰かに奪われてる気配がするぞー?」

まどか「な、何言ってるのさやかちゃん……///」

杏子「………そうだよさやか。まどかはな、あたしの嫁なんだから」

まどか「……え!?」

さやか「なんですと!?」

杏子「いやー、こんな素敵な子はなかなか居ないよ。ほら、さやかにゃ勿体ねーから手を引きな」シッシッ

さやか「ぬぁにをー! 幼い頃から育て上げてきた、あたしの光源氏計画をどうしてくれる!」グイッ

杏子「はっ、ホントにさやかが育ててたら、もっと粗暴で雑な子になってるはずじゃねーの?」グイッ

まどかの両手を引っ張り合う。

まどか「ちょっと! 二人とも……///」

ほむら「そこの二人、今すぐ手を離さないと、こめかみにいいかんじの穴を空けるわよ」

マミ「大岡裁きじゃないんだから……。美樹さんも佐倉さんもやめなさいって、もう」

さやか「あ、いやちょっとした冗談ですってばー……」パッ

杏子「ちっ……!」パッ

さやか「ま、杏子がまどかと仲良くなってくれたみたいで、正直うれしくはあるんだけどね?」

杏子「な、なんだよそりゃ。さやかにゃ関係ねーだろ……///」

マミ「あら、私たち、ずっと思ってた事よ? 実現したらいいなって」

まどか「マミさんまで……///」

ほむら (敵がどんどん増えていく……。まどか、恐ろしい子……!)

さやか「さて、そろそろ帰んないとね。明日は休みだけど、いつまでもここいたら日付変わっちゃうし」

マミ「ええ。それじゃ、また会いましょう。さようなら」

ほむら「またね、マミ」

さやか「まったねー!」

杏子「それじゃ、また……来るよ。じゃーな」ノシ

まどか「うん、またね!」ノシ

お互いに、また会うことを確かめ合って、挨拶を交わして帰る。

仁美パパの暴走から始まった、杏子のポッキーを求める長い一日もこれでおしまい。

その後、杏子が知久さんのお菓子講座に足繁く通うようになったのは……
また、別のお話。

~fin~

はい、もし読んでくれた方居たらお疲れ様でした。ごめんなさい。
ポッキーの日なのに杏子ちゃん×ポッキーなSS無くて寂しいなぁ、と思って適当に立てて慌てて書いたもんで、
オチもなく特に後半ぐだぐだと長いだけになって申し訳ない。反省は若干している。
おやすみなさい。

<おまけ>

――深夜――

ギィーッ

詢子「うぃ~っ、たっだいま~……」フラフラ

しんと静まった家の中に、帰宅を知らせる声が響く。

知久「あ、おかえり。今日も……結構、飲んでるね」

薄暗いリビングのテーブルで、コーヒーを飲みながら応える。

詢子「そりゃー飲まなきゃやってらんないよ。あンのハゲ、いつかとっちめたる……」フラフラ

知久「はは、変わらず相性悪いみたいだね」

詢子「悪いなんてモンじゃないね、きっとこりゃ生まれ持っての因縁だね」

いつもの調子で、いつもの相手のいつもの悪口。

詢子「……あれ? これ、ポッキー?」

知久「うん。まどかのお友達が来てね、ポッキーの日にポッキー食べたいって話になったみたいで。
   久々に作ったんだよ」

詢子「へぇー、なっつかしいなーこれ。何年前だろ……」

知久「どうだったかな? 結婚前だったと思うけど」

詢子「ふうん、ポッキーの日か。……ポッキーゲームもやったっけなぁ、若い頃は」

知久「詢子が恥ずかしがって負けてばっかりだったけどね」

詢子「このっ、いらんことばっかり覚えてるな……」

詢子「……よし、じゃあアタシがそんなのは過去だと教えてやるよ」

言って、テーブルの上のポッキーを口に咥える。

知久「え?」

詢子「………」ボリボリ…

それをほとんど、数センチを残してかみ砕いてしまうと、

詢子「んむっ……」

知久「!」

わずかばかりの残り知久の口元に差し込み、口づけを交わした。

知久「ん……」

詢子「………」

言葉を交わすこともなく、詢子が咀嚼したポッキーを唾液ごと交換する。

二人はじっくりと時間をかけ、お互いを味わってそれを飲み込んだ。

詢子「っは……」

時間ももう忘れた頃、ようやく詢子はその唇を離した。

詢子「っと」グイッ

垂れ落ちそうな唾液の雫を、シャツの袖でぬぐう。

詢子「………ほら。これで証明できたろ?」

知久「……でも顔が赤いよ?」

詢子「こ、これは酒のせいだよ、酒のな」

知久「お酒じゃ顔が赤くならないってこと、知ってるからね」

詢子「フン………///」

ちょっとだけ倒錯的な夜を過ごす二人。

それを、物陰から覗く娘の姿。

まどか (ほ、ほむらちゃんの言ってたポッキーゲームって……あんなことするの!?)

まどか (さすがに、わたしたちには早いんじゃないかな……? ほむらちゃん………///)

誰も得も損もしなさそうな勘違いが、また一つ生まれていた。

~fin~

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom