紅莉栖「メールで告白しちゃう男の人って…」(300)

電話レンジ(仮)の爆発事件から1週間。

Dメールを研究していた頃の熱気は過ぎ去り、俺たちはただ
ダラダラと夏休みを過ごしていた。

ガランとしたラボ内。

今日は、まゆりが補習授業、紅莉栖は講習会、ダルはメイクイーンで行われているイベントに行ってしまい
ラボの中には俺だけが残されていた。

となれば、一人残された俺がやる事といえば一つしかあるまい。

談話室に置かれたティッシュ箱から、ティッシュを3枚ほど抜き取る。

岡部「…うむ、準備は万端だ…」

俺はX68000の前に座り、ネットの海から、女の子達のあられもないあんな画像やこんな画像を探した。

ほどなくして、我が頼れる息子が反応する画像が見つかり
俺はズボンからなにを取り出し、画面を見ながら手で刺激し始める。

岡部「うっ……くうっ……」

刺激を始めて数分、俺は今にも達してしまいそうだった。

この画像…けしからんな……。

実にけしからん…。

あ、もうダメだこれ……。

岡部「うっ……ううっ…」

そんな時、背後でラボのドアが引き開けられ―――。

鈴羽「うーっす。 岡部倫太郎、いるー?」

突然鈴羽が入ってきた。

岡部「え……?」

しまった…! カギを掛け忘れていたなんて…!

岡部「ちょおっ!!おおおおおまおまおま…!」

なんたる失態…。 己の不用心さに呆れて物も言えない。

岡部「待てえええっ! 待ってくれ…っ!」

慌てて我が頼れる息子をズボンに仕舞おうとするが、大きくなっているためなかなか収まらない。

鈴羽は、顔に?マークを浮かべて歩み寄ってくる。

やめろ……くるな……っ!

鈴羽「なになにー? 何してんの~?……あ」

どうやら鈴羽は、俺の様子を見て察してしまったらしい。

終わった。 俺、エル・プサイ・コングルゥ…。

鈴羽「…岡部倫太郎さ~。 そーゆー事するときは、ちゃんとカギ閉めた方がいいよ?」

岡部「…え?」

……しかし、鈴羽の反応は意外なものだった。

鈴羽「まぁ、急に開けたあたしも悪いんだけどねー」

岡部「あ、いや…」

鈴羽「ん? ああ、そうそう。 店長が、預かってたブラウン管が直ったから取りに来いってさ」

岡部「あ、そうですか……じゃなくてだ」

鈴羽「え?」

岡部「女の子ならば、普通こういう時“いやーん!HENTAI!”とか“きゃー!近寄らないで!”とか言うもんじゃないのか…?」

鈴羽「あー…。 いいんじゃない?べつに。 男の子だもんね」

なん…だと…?

岡部「そ、そうですか。 すみませんでした」

鈴羽「じゃー、下で待ってるからさ、終わったら取りに来てよね。 あと、ほどほどにしとけよ~。あっはは」

鈴羽はそう言ってはにかむと、再びラボのドアを開けて行ってしまった。

岡部「あの……女」

理解のある幼なじみキャラ……だと?

漫画やネット上だけの存在だと思っていた。

聖女か?

あれが聖女…。

岡部「あの………女ああああぁぁぁぁぁ!!」

正直、どストライクすぎるだろう。

こうして、女に免疫のない、DTの俺は何とも妙ちくりんな理由で恋に落ちてしまったのだった。

どうにか落ち着いた俺は、一階に降りてブラウン管を受け取ると、足早に店を出た。

もちろん店内には鈴羽もいて、はたきで埃を掃除していたが、さっきの事もあり目を合わす事が出来なかったのだが…。

それにしても見たか、おい。 はたき掃除の時は三角巾にエプロン姿だったぞ…。

けしからんな…。 ため息が漏れる。

岡部「はぁ……まさかこの俺が、あのバイト戦士の事を気にする事になるとはな…」

阿万音…鈴羽か…。

そして、ラボへと続く階段を見上げて、俺は再びため息をついた。

そんな時、不意に――――。

鈴羽「手伝おっか?」

岡部「うおおわっ! ってうおおっ!」

急に鈴羽がヒョイと視界に入って目をあわせてくる。

俺は思わず、持っていたブラウン管を落としそうになるが、鈴羽がそれを支えた。

鈴羽「うわー…危ないなぁ。 ねー、そんなに驚く事ないじゃ~ん。ちょっと傷付くよ?」

岡部「す…すす……すまん」

鈴羽「…ありゃ、どしたの? いつもの威勢はどこ行ったのさ」

岡部「いや、た…たたす…たすかった…うん」

鈴羽「なに~? あっはは。岡部倫太郎、動揺しすぎ。 今の君、ちょっと可愛いよ?」

岡部「あ………ええ?」

鈴羽「……ああもう、調子狂うなー。 もういいや、さっさと運んじゃおーよ」

岡部「あ、あり……」

鈴羽「ん?」

岡部「……がとぅ…」

鈴羽「お、おーう…」

何とか二人してブラウン管テレビをラボに運び込む。

岡部「ぜぇ……ぜぇ……」

鈴羽「なんだー岡部倫太郎。 はぁ、だらしないぞー。はぁ…はぁ」

見ると、鈴羽が額の汗を拭っている。

ぐう…っ!!

岡部「な、なぁ、バイト戦士よ…」

鈴羽「ん? なに~?」

岡部「…運んでくれた礼だ。 ちゃ…茶でも飲んでいかないか…?」

ああ、俺は何を言ってるんだ…。

鈴羽「…あ、もしかしてさっきの事で気ぃつかってんの? 大丈夫。誰にも言わないって~」

岡部「あ、いや、そういうわけじゃないんだが…」

さっきの事を思い出して、思わず赤面してしまう。

鈴羽「うーん、でもあんまり遅くなると店長が怒るからなぁ…」

岡部「じゃ、じゃあ…この後飯でも食いにいくとか…。せめて何かご馳走したいというかだな…」

いや、本当はちょっと話がしてみたいだけなんだが…。

鈴羽「えっ? 岡部倫太郎、奢ってくれんの?」

岡部「も…もも…もちろんだす!」

噛んだ。 しかし、これは好感触…いけるか?

鈴羽は、腕を組んで考えている。

なんだ…? これはどういう事だ…?

鈴羽「うーん……。 今日はやっぱやめとく」

なに? 今なんて言った?

冷静に思い返してみる。 やっぱやめとく?

止めておく?

岡部「な、なぜだ…?」

鈴羽「なぜって…何ででもぉ~。 だけど、うん。 また今度誘ってよ」

岡部「お、おうふ」

やった。 次のチャンスがあるという事でいいんだよな?これ。

っていうか、恋だよなこれは。

その後、一人になってひとしきりそわそわしている所でダルが帰ってきた。

早速、さっきの事を話し、会話の内容も伝えて、どうだろうかと尋ねてみる。

ダル「わかんね」

岡部「え?」

ダル「いや、だからわかんねって。 そもそも、何で僕に聞いちゃったん?」

ああ、たしかに…。

岡部「そうか…すまなかったな。 今の話…忘れ―――」

ダル「られる訳ねーよ! ってか、オカリンがいきなりナニの話しだすから」

ダル「いつ逃げようかとドキドキしちゃったじゃねーか。 謝罪と賠償を要求する!」

岡部「ならば俺は遺憾の意を表明する! …というか、大事なところはそこじゃなくてだな…こ、ここ…」

ダル「もうやめて! オカリンのライフポイントは0よ!」

岡部「恋しちゃったって事なんだよおおおおおおぉぉぉぉぉ!」

ダル「はい、言ったああぁぁ!」

ダルと、その場でハイタッチを交わす。

紅莉栖「ほ、ほぉ~? お、岡部がこここ、恋…だと?」

岡部「なん…」

ダル「…だと?」

談話室で座って話していた俺とダルの隣に、いつの間にか紅莉栖が佇んでいた。

紅莉栖は、俺たちを氷のような表情で見下ろしてくる。

紅莉栖「その話…詳しく聞かせてもらおうかしら」

岡部「だ、だが断る」

ダル「残念牧瀬氏、だが断られたわけだが」

紅莉栖「ちょ、いいから話せっつってんのよ!殺すぞ」

…ふざけるな! 紅莉栖なんぞに話してみろ…。

こいつ、きっとふれ回る友達がいなくてもふれ回るに違いない。

最悪の場合、@ちゃんねるにコテハン・鳳凰院凶真の誹謗文章スレが立つことだろう。

それだけは避けねばならん。

岡部「だ、ダルよ、助けて…」

我が頼れる右腕、ダルに助けを求めて手を伸ばす。

すると、急に伸ばした腕に鈍痛が走った。

メキリ…と骨が軋む。

カバに咬まれたら、きっとこんな感じなのだろう。

岡部「うぐぅ!?」

腕の方に目をやる。 まゆりだ。

まゆり「トゥットゥルー♪ オカリンオカリン、まゆしぃもその話、聞きたいなぁー」

まゆりが、俺の腕を掴んでいた。

まゆり「いいよね?」

岡部「わかった……全て…話そう……」

岡部「…と、言うわけだ」

俺は仕方なく事の顛末を説明した。

紅莉栖「…それは間違いなく勘違いね。 恋じゃない。 断じて」

まゆり「まゆしぃも、紅莉栖ちゃんに全面的に同意だよぉ」

岡部「な、なんでだ!? っていうかまゆり、お前全面的とか言わないだろう! そして助手よ!どういう事か説明してもらおうか…ぜぇ…」

一気に話して息が上がってしまった。

紅莉栖「そ、それは…そう、吊り橋後悔よ」

吊り橋…? ってあの吊り橋か?

ダル「ああ、男女が一緒に吊り橋を渡ったドキドキを、恋だと勘違いしちゃうアレか」

岡部「なっ!」

ダル「※ただし(以下略)だけどな。 ほんまかいなTVでやってた」

ああ、あの腐女子御用達の眉唾情報ご紹介番組か…。

紅莉栖「そう。 あんたは短時間の内に…オ、あ、アレを起点として…っ! 何度もドキドキする場面があった」

ダル「なんで言い直すん? もっかいちゃんと言ってよ。 そこ一番重要なとこだろ常考」

紅莉栖「やかましいわ! つまり、岡部のそれは、吊り橋のドキドキを恋のドキドキだと勘違いしてるって事」

まゆり「なぁーんだ~♪ えっへへー。 オカリン、よかったね」

岡部「な…に?」

まゆり「早めに勘違いだって気付けて」

岡部「ふ、ふざけるなっ!」

ダル「お、オカリン!?」

岡部「これが例え吊り橋のドキドキであったとしても…俺にとっては恋のドキドキと何ら代わりはない!」

むしろ、吊り橋から恋へクラスチェンジしたのだ。

ネズミが白馬に。

カボチャが馬車に、っていうアレだ。

そうに違いない。

紅莉栖「こいつ…早く何とかしないと…」

やかましい!

紅莉栖「でもさ…」

紅莉栖が残念そうな顔になり、更に反論してくる。

紅莉栖「それって、あんたが自分勝手にドキドキしてるだけで、阿万音さんはむしろ引いてるんじゃない?」

なん…だと…?

ダル「あー、あるある。ってか、もし僕が阿万音氏の父親だったら、そんな動機の奴が近寄ってきた時点で殺しちゃうかもしんね」

岡部「だ、ダルまで…」

紅莉栖「それは無いから安心して、橋田」

ダル「即答かよ!ってかさすがに失礼だろ」

まゆり「そうだねぇ。 まゆしぃもちょっと引いちゃうかもしれないのです…」

くっ……こんな事、話さなけりゃ良かった。

紅莉栖「これはもう…実況検分しか無いわね」

岡部「はい?」

まゆり「なるほどぉ、発生当時の状況を再現してみようってわけだねぇ♪ さっすが紅莉栖ちゃん」

岡部「おいまゆり、今日はやけに物わかりがいいな」

ダル「うは、これなんてエロゲ? 待ってて、今カメラ用意するから」

ダル!悪のりするなよ!

紅莉栖「さあ岡部、早くやりなさい。 ってか早くやれ早く」

岡部「い、いやだ…!」

まゆり「オカリン、時間がもったいないよぉー」

ダル「よしよし…シーン1、テイクワン…アクション!」

岡部「い、いやだ! お前らふざけるな!」

俺は、靴も履かずにラボから逃げ出した。

急いで実家に帰り、昼間の事を思い出してみた。

あれは…恋だ。 間違いない。

俺は…阿万音鈴羽が好きになってしまったのだ。

そこで、紅莉栖に言われた事を思い出す。

俺は……俺はそうだとしても…鈴羽は?

やつは、本当はどん引きしてしまっていたんじゃないのか…?

そんな時、携帯がけたたましく着信音を鳴らした。

紅莉栖かメール魔に違いない。 くそっ。こんな時に…。

岡部「…ってうおっ!」

frm.バイト戦士
sub.おなかすいたー
『どっかに草とか虫が一杯採れる場所ないかなー? そうすれば、あたしのサバイバル技術が生かせるんだけど』

草とか虫?

おなかすいた?

虫?

岡部「鈴羽…。 お前、一体どんな生活をしているんだ…?」

俺の…鈴羽に対する興味は、ますます深まっていくばかりだった。

翌朝ラボに来ると、ブラウン管工房の前では鈴羽が掃き掃除をしていた。

ふ、フフフ……フゥーッハハハ! なんたる偶然! ここで巡り会ったのも奇跡に違いない!

岡部「よ、よう。バイト戦士」

鈴羽「あ、おっはー。 岡部倫太郎、今日早いじゃーん」

岡部「う、うむ。 それよりバイト戦士よ、朝から掃除か?大変そうだな?」

鈴羽「いや~、他にする事無くってさー。 このお店暇でしょ?あっはは」

鈴羽がはにかむ。

岡部「どれ……俺が、て、てて、手伝おうか?」

ここは、鳳凰院凶真流のやさしさアピールと洒落込むか。

鈴羽「え? いいっていいって。あたしの仕事だし、他にやる事なくなっちゃうよー」

岡部「で、でも…」

そう言うと、鈴羽は首を横に振って、ばつの悪そうな顔で頭を掻いた。

しまった。 これは残念な選択肢を選んだようだぞ…。

岡部「そ、そうか。 いらぬ気遣いをしてしまったようだな」

鈴羽「ううん。 っていうか岡部倫太郎さ、昨日から様子が変だよ? 大丈夫~?」

まずい…挙動不審に見られていたか。

岡部「そうか? そんな事は無いと思うが…」

鈴羽「ふーん。 じゃ、あたし…」

あ、まずい。 鈴羽が掃除に戻ろうとしている。

なにか話題を…。

岡部「あっ。 …時にバイト戦士よ。 お前、昨日のメールだが…」

鈴羽「えっ? あー、あれね。 どう? いい場所あるかな?」

鈴羽は、チラチラとこっちを見ながらと目を輝かせている。 メールの内容が内容だけに、複雑な気分だ。

岡部「いや…そうじゃないんだが…。 お前、普段どんな物を食べているんだ?」

鈴羽「え?」

岡部「いや、草とか虫とかって書いてあったから…」

鈴羽の表情が少し険しくなる。 これは…まずいか…?

鈴羽「…うん。 あの…ね? あの…色々あんだって」

小さくなってしまった。

しかし、聞かずにはいられない。

岡部「色々ってお前、どこに住んでるんだ? 両親は――――」

そこまで言ったところで、鈴羽が急に目を見開いた。

鈴羽「しっつこいなー!もう!  それは君には関係ないじゃん!」

岡部「うぐっ…!」

今まで、どこかとぼけていたような鈴羽が、急に感情を顕わにする。

鈴羽「あ、ゴメン…」

岡部「…いや、俺の方こそすまん…」

俺は、とぼとぼと階段を上がり、ラボに入るとラボメン達の挨拶をすり抜け窓を締め切った。

右手をグッ…と力強く握る。

……やったぞ。 やってやったった!!

岡部「ふ…ククク……フゥーッハハハハハハハ!」

ダル「く、空襲警報!?」

紅莉栖「ちょ、岡部!? どうした!?」

岡部「どうした…だと?」

これが笑わずにいられようか…?

俺は…アプローチ2日目にして、ついに鈴羽の感情を引き出す事が出来たのだ!

見たかあの声、あの表情!

剥き出された感情!

フハハ…鈴羽攻略ルートも、ここにきて急進展を見せたぞ!

岡部「フゥーッハハハ! フハッ!フハッ!フフフ…フゥーッハハハハハハハ!」

ダル「オカリンがついに壊れたお。 元から壊れてたけど、友として複雑な気分っつーか…」

まゆり「ねぇねぇオカリン?」

岡部「フゥーハ…ハ、なんだまゆりよ?」

まゆり「うるさい」

岡部「…あ……おおう」

ダル「無茶しやがって…オカリン」

俺は、一息つくために冷蔵庫からドクターペッパーを取り出した。

ダル「んで、どういう事なん?」

俺は、なんだなんだと聞いてくるラボの連中に、先ほどの鈴羽とのやりとりを説明する。

ダル「なにやってんだよオカリンェ…」

紅莉栖「ワロスワロス。 これはメシウマ展開くるー?」

岡部「なにっ!? 上手くいっているだろ…? なんで…?」

俺が狼狽えていると、まゆりが会話に割って入ってくる。

まゆり「オカリンはアスペかなぁ?」

岡部「え? ま、まゆり?」

アスペ…? アガペーの事か?

まゆり「それのどこが上手くいっているのか、まゆしぃにはさっぱりさっぱりなのでーす♪」

紅莉栖「そうよ。それ、結果的には阿万音さんをただ怒らせただけじゃない。 もしかしたら傷ついてるかも」

岡部「なにっ!」

傷ついてる? 何故だ?

ダル「オカリン…人にはさ、触れられたくない事情ってのが少なからずあるんだお」

岡部「お、おおう?」

まさかダルにこんな事を言われるとは…。

ダル「つまり、オカリンはその領域に、土足どころかスパイクで踏み込んだってワケ」

なん…だと?

紅莉栖「橋田はスパイクどころか、Godzillaに乗って上陸してくるけどな」

ダル「そう、あえて遠慮しないのが僕のジャスティス! おほっ、おほふ」

紅莉栖「死ね。 氏ねじゃなく死ね」

ダル「むほっ、ありがたきお言葉!」

全く…こんな連中と話していてもしょうがないな。

ダル「あれ?オカリンどこ行くん? 今きたばっかじゃん」

岡部「俺は腹痛のため早退する…」

紅莉栖「…岡部」



その夜は、鈴羽からのメールが来なかった。

人の心…か。

ダルの言葉を思い返す。

俺は、本当に馬鹿な事をしてしまったのかも知れんな。

明日は謝ろう。 うん、きっとだ。

……そして、鳳凰院凶真らしくはないが、正攻法でいってやろうではないか。

次の日、俺は張り切っていた。

普段はオシャレには気を使わないのが俺というものだが、今日はなんとヒゲを剃り、眉を整え、整髪料まで使用したのだ。

そして仕上げにおろしたての白衣を羽織る。

岡部「うむ、完璧だな」

ラボの前に来ると、二階の窓から“ブフゥー”と何かを吹き出す音が聞こえた。

岡部「ダルのやつめ…。 後で見ていろよ…」

今日も、鈴羽はブラウン管工房の前で掃き掃除をしている。

岡部「おはよう…す、鈴羽」

鈴羽「あ、おっはー。 って、え? すずは?」

岡部「う、んむ。 いつまでもバイト戦士と呼ぶのも、いささか失礼かと思ってな……嫌か?」

鈴羽「うーん、まあ…バイト戦士よりは、そっちのがいいけど」

キターーーーーーッ!

岡部「キタ…じゃなくって。 そうか、良かった…! 鈴羽…鈴羽か…」

鈴羽「あー、あのさ…」

岡部「ん? なんだ鈴羽よ」

鈴羽「いや、何でもない…」

頭上から、ダメ、今日もダメっぽい、と聞こえる。

やかましいぞお前ら!

岡部「そうか…。 じ、実はその…昨日の詫びをしようと思ってな」

鈴羽「あー、あれもういいよ。 あたしこそどうかしてた。 ゴメン…」

岡部「い、いやっ。 俺が悪かったんだ。 その…人の心に土足で踏み込んだ訳だし」

鈴羽「岡部倫太郎…」

岡部「ダルにも注意されたよ。 本当にその通りだった。 すまん…」

…二階からどよめきが起こる。

鈴羽「う、うん」

素直に謝った。 今日は素直に行こう。 素直に。

岡部「あ、あの…鈴羽?」

鈴羽「あ、うん。 なに?」

岡部「も、もしだぞ? もし嫌じゃなかったら…」

鈴羽「なんだよー、まどろっこしいのは嫌いだよ?」

しまった、俺の馬鹿…。

岡部「うっ、ああ。 あの、鈴羽って、サバイバル料理が出来るんだろう? 良かったら俺にも食わせてもらえないか…?」

俺は思い切って訊いた。 よくやった俺。

後は野にでも山にでもなるがいい。

鈴羽「え…? マジ?」

岡部「う…うむ、マジだ」

鈴羽は、視線を合わせたり逸らせたりしている。

鈴羽「うーん、べつにいいけど…」

鈴羽が、珍しくもじもじしながら答える。

岡部「なにっ! そっ、それは本当か!?」

思わずテンションメーターが振り切った。

鈴羽「で、でも…引いちゃうかも…」

岡部「そ、そんな事はない! 頼む」

俺は、嬉しさのあまり、無意識に鈴羽の手を掴んでしまっていた。

鈴羽が“ひゃっ”と声をもらす。

俺は、ハッとして手を離した。

それからしばらく考えたあと、鈴羽が答える。

鈴羽「う、うん…わかった。 だけど期待しないでよ?」

岡部「いいや、するさ! するだろう!! だって鈴羽の手料理…あ」

鈴羽「え?」

しまった……素直になりすぎた。

少し落ち着け、俺。

急いで咳払いをして誤魔化す。

岡部「と、とにかくあれだ……あり…がとう…」

鈴羽「…うん。 じゃあバイト終わったら呼び行くから」

やったった…。 やってやったったぞ…。

岡部「あ、ああ。 慌てなくていい。 仕事も大変だろうからな」

まあ、ブラウン管工房だが。

鈴羽「うん、ありがと。 それじゃねー。 さーて、お仕事お仕事、っと」

心なしか、鈴羽が張り切っているように見えた。

岡部「…と、言うわけだ」

ダル「オカリンェ…。 アンタ…僕ぁいつかやるんじゃないかと思ってたお」

岡部「サンクス、我が頼れる右腕《マイフェイバリットライトアーム》よ」

紅莉栖「ぐ…くく…岡部のくせに…」

まゆり「…」

ふはは、実に愉快だ。 紅莉栖のこの歯がゆそうな顔。

まゆりなんか見てみろ、黙りこくっているじゃないか。

岡部「フゥーッハハハハ! どうだ諸君、この鳳凰院凶真の、華麗なる切り崩し!」

ダル「いや、まさかここまでとは…。ってか、曲がりなりにも阿万音氏の手料理を獲得したってすげーっす」

岡部「ああ、まさに聖餐と呼ぶに値するだろう…」

ダル「それに、さっきの阿万音氏の反応見てたら、まんざらでも無いようだったお」

岡部「そうだろうそうだろう! ダルはよく解っているな! フゥーッハハハ!」

ダル「なぁなぁオカリン、そんな事より、僕も食べに行っていい? 阿万音氏の手料理」

こいつ……。

岡部「…ダルよ。お前は右腕であり親友だ。 だが…今日ばかりは自重してほしい」

いくら褒められても、鈴羽の手料理だけは一口たりともやらん。

ダル「ううう……無念」

紅莉栖「ちょ、調子に乗って失敗しても知らないからな! ってかしろ!失敗して私に泣きつけ!」

まゆり「紅莉栖ちゃん…? 今日は、なんかうるさいねぇー。 セミかな?」

まゆりがハエたたきを掴んで窓側へ寄る。

紅莉栖「ひっ…!」

ま、まゆりのキャラがここ数日で別人のようだ…。

岡部「ま…まあまあ、妬くな妬くな」

紅莉栖「や、妬いとらんわ!」

岡部「フッ…お前達にも、いずれ今日教わったサバイバル料理を伝授してやるさ」

紅莉栖「ぐぬぬ…」

そんなこんなで、すっかり日も暮れた頃…。

鈴羽「う、うーっす。 岡部倫太郎いる?」

岡部「ひゃ、ひゃい!」

まだかまだかと首を長くしていたのだが、実際にその時が来ると心臓が跳ね上がる。

紅莉栖の、クスリと笑う声が聞こえた。

あ、うまいな今の。

見ると、鈴羽も笑っている。 結果オーライ。

俺は、心臓に合わせて、ソファから跳ね上がると鈴羽のいる玄関へバタバタと向かった。

背後からは、ダルのはやし立てる“ヒューッ”だとか“ホォーィ”だとかが聞こえる。

ダル、やめろ…。 今だけは勘弁してくれ…。

岡部「…おつかれさま、鈴羽」

鈴羽「あ、うん。 ご、ごめ。 お待たせ」

岡部「い、いや~? 今来たところだ…あ」

紅莉栖「デートか…。 さっきからおるだろ…」

岡部「やかまひぃ!」

またもや紅莉栖が吹き出す。

くそう、紅莉栖め。 人のちょっとした間違いを、いちいちチクチクチクチクとよォ…。

ってか、チクチクチクチクと、殺気めいた視線を送ってくる輩も約一名いるしよォ…。

…こうなれば一刻も早く、ここを離れるのが吉、か。

岡部「それじゃあ――」

鈴羽「それじゃあ――」

言いかけて、鈴羽と被る。

ギクリ、としてしまう。

鈴羽「あ、え? なに?」

鈴羽は、明らかに動揺してキョロキョロと視線を泳がせた。

岡部「あ、おお。 じゃ、行こうかって事で…」

鈴羽「う、うん」

俺たちがラボを出ると、目の前に植木鉢が、パカーンと小気味よい音を立てて落ちてきた。

主に、鈴羽の目の前に。

これは確か、まゆりの“サボテンちゃん3号なのです☆”だったはず…。

まゆり…。

俺は、偶然だと信じたい。

鈴羽と並んで、秋葉原の街を一緒に歩く。 鈴羽は、黙って自転車を押している。

時々、そこを曲がる、だとか、足下注意、だとか。

そんな会話がポツポツとあるくらい。

雲一つないため、俺たちの頭上には星空の大パノラマが広がっていた。

誰だ。 東京は星が見えないって言った奴は。

そうだ、今の時期なら、天の川も見えるんだろうか?

俺たちが住む、この銀河の中心点と、それに集った星々が。


……ポエム乙。

俺は自嘲して、歩く鈴羽の横顔を見た。

前を見据えたその顔は、とても綺麗で、とても愛おしい。

ふと、鈴羽は俺の視線に気付くとキョロキョロしだす。

鈴羽「ん? あ、ごめん。 遠かった?」

岡部「あ、いいや…こうして歩くのも悪くないな、と思って」

鈴羽「そ、そっか。良かった。 さーて、もうすぐ着くよ」

岡部「ああ」

それから俺たちは、これといった会話もなく、気がつくと俺は空き地に立っていた。

空になっている土地と書いて空き地。

…やっぱり、予想していたとはいえ、さすがに目の当たりにすると辛いな。

鈴羽…お前は……。

鈴羽「あっはは……引いた?」

少しだけ驚いたが、引きはしない。

岡部「…そんなわけあるか。 これから食料、調達するんだよな?」

鈴羽「うん…」

岡部「何をしている、俺は朝から何も食べていないのだぞ」

鈴羽「えーっ! まじで!」

岡部「まじだ。 だから、張り切って探すぞ」

鈴羽「わ、わかったよ」

大の大人が二人、こんな時間に草や虫を探して空き地をウロウロする。

…って虫? 虫って言ってたっけ?

いや、さすがに虫は無いだろう。なあ? 鈴羽流ジョークってやつだろ。

鈴羽「はい、召し上がれ」

鈴羽はパチパチと燃える焚き火の側から一本の串を抜き取ると、俺に差し出した。

岡部「サンクス…」

バッタだ。

これ、バッタ。

バッタだよな?

バッタ(飛蝗)は、バッタ目(直翅目)・バッタ亜目 (Caelifera) に分類される昆虫の総称。イナゴ(蝗)も含まれるが
地域などによってはバッタとイナゴを明確に区別する。漢字表記では、「蝗虫」や「蝗」とも。

これはバッタだ。

岡部「お…おうふ」

串を持つ手が震える。

鈴羽「ああ…あのさ、無理しなくていいよ? ね、えへへ…」

鈴羽が、気にするな、とでもいうように微笑む。

でもそれは、どこか寂しそうな笑みだった。

岡部「なっ、何を無理する事がある。 俺は、誰かが一生懸命作ってくれた料理を無碍にはせん」

鈴羽「おーっ、かっこいいねー」

パチパチと手をたたきながら、表情が少し明るくなる。

鈴羽は、期待まじりの目で見つめてきた。

岡部「それに俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だッ! バッタくらいで何を恐れるというのか!」

鈴羽「うんうん、あたしは結構おいしーと思うんだ。 気に入ってくれると嬉しいな」

ドッキリじゃないよな? だってバッタだ。

そこの草むらに、大方、紅莉栖あたりが隠れてるんじゃないのか?

カットはいつ入る?

そうしたら、まずはダルを蹴ってやる…。

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          _rf^「 ,ノリ 尨彡'         ̄]斗rノリ ... イ  ̄〕
       rf^「 ,ノリ 尨彡'′           〔〈〉rf尨_彡'  ̄´}
      rノリ 尨彡′     /   __ ノ.:f仆-  イ.:::....__{_
     r仆尨'′      ___ / {   /. . :.:.:::__rf尨_彡'.::::... -‐=弓、__
      尨′}     ´ '⌒ヽ人 .′. . .:f^「 リ- . イ.::::::::::::::.:.:.. .  ̄ ̄\
      〈_}. イ     \‐=≦ :..\ . .:rリ ,尨___彡'.::::::::::::.:. . ., -‐= =ミ、、
      厂:. \      >‐-  --ョ[尨___彡'...:::.:.:.:.:.:.:.:... . .′..:.:.:.:.:.:.:.::..ヾ,
     ′ :. .. ≧=ー/-‐―ァ元ケ^´.::.:.:.:...//...::::.:.:.:.:.:.:........{..{..........:.:.:.:.:.:.::::::..′

     {   :....;}ト、         {/.:.:.:............ ,≫__ ....:.:.:::::\V...........:.:.:.:.:.:.:::::::::::.
      ハ    i.. |l      , .:.:.:.:.:............/ .. 三三 . ...:.:.:.:::::i{:.............:.:.:.:.:.::::::::::::

ええい、ゴタゴタ言うな。

バッタではなく鈴羽の手料理だっ!

きっと美味い! 美味いに違いない!

―――――いったれ。

岡部「フゥーッハハハハハ…あむっ!フハッ!?」

思い切ってかぶりつく。

岡部「フゥーッ……フゥーッ……」

口の中に、嫌な音が響き渡る。
岡部「フグッ……! フゥーッ………」

途端、俺の意識はブラックアウトした。

ダル「オカリン…ムチャしやがって…」

ダル…?

ダルか…? なんでこんな所に…。

やっぱりドッキリか…。 鈴羽とこんなに上手くいくわけないもんな。

岡部「…あぁ、ダル、そこにいるのか…?」

目を開けると、目の前には鈴羽の顔があった。

顔の向こうには星空が見える。

鈴羽は、俺の顔を、細い手先でパタパタと扇いでくれていた。

鈴羽「残念~、橋田至じゃないよー。 気がついた? でもまさか一口で気を失うなんてね、あっはは」

鈴羽がはにかむ。

佃煮で似たようなのあるしな

岡部「う、うますぎてつい…な」

鈴羽「はいはい」

ん? まて、後頭部が暖かくて柔らかい。

この状況は………膝枕…だと?

膝枕!? 膝枕キテターーーー!

岡部「す、すす…すまん!」

急に照れくさくなり、慌てて起き上がろうとする。

鈴羽「いーよ。 まだそうしてて」

おおう…。

岡部「そ、そうか…ならお言葉に甘えて…」

柔らかい…。

目を閉じると、鈴羽のいい匂いがした。

鈴羽「…岡部倫太郎さ。 こんな馬鹿みたいな夕食に、よくつきあってくれる気になったよね」

岡部「いや、馬鹿ではないぞ…立派な料理だった。 うまかったし」

鈴羽「うそつけー。あっはは」

お互い笑いあって、また黙る。

聞こえるのは虫の声と、鈴羽の息だけ。

時々、車の排気音が邪魔をしていく。

このまま…こうしていたいものだ。

ふと、鈴羽が話し始める。

鈴羽「あたしさ、お父さん…探してんだよね」

俺は、あえて目を開けないまま聞き返す。

岡部「鈴羽の…父親を?」

鈴羽「うん…そう」

岡部「今、この街にいるのか?」

鈴羽「…多分ね」

岡部「…そうか」

鈴羽「どーしても一回会っておきたくってさ…」

岡部「……そうか」

鈴羽「どこにいるんだろうね、父さん」

岡部「……」

鈴羽「会いたいなぁ…」

頬に、水滴がポタリと落ちる。

俺はギクリとした。

でも、目は開けない。

これは開けたらダメなパターンの気がする。

決してチキンだからとか、そんなじゃない。

鈴羽「…父さん…」

岡部「…なにか…あてはあるのか?」

しばらく黙った後、鈴羽が答える。

鈴羽「……うん…今度ね、タイムマシーンオフ会ってのがあるんだけど…」

そういえば、ダルも行くって言ってたっけ。

岡部「…そこに来るかもしれないのか?」

鈴羽「うん、そう。 多分、それが最後のチャンス」

岡部「最後って……まだまだ時間はあるんだろう? そんなすぐに諦めちゃダメだ…」

鈴羽「うん、ごめん。 でも、多分それが最後…」

岡部「……そうか」

最後…。 父親と会える最後のチャンス?

なんてこった…。 こいつ、ずっと一人でそんな事に立ち向かおうとしていたのか…。

鈴羽「…この街って、昼は暖かいけど、夜はちょっとキツいね」

岡部「…ん?」

鈴羽「昼は店長や綯、んで、ラボのみんな……岡部倫太郎がいる。 すっごく、あったかい…いい街」

岡部「……そうだな」

鈴羽「夜になると…あたし、この街じゃひとりぼっちだから……」

岡部「…」

また、頬に雫が落ちる。

鈴羽……。

鈴羽「ねえ、岡部倫太郎ってさ?」

岡部「……」

鈴羽「もしかして、あたしの事、好いてくれてる?」

俺は、再びギクリとしたが、何も答えない。

もちろん好きだが、答えられなかった。

ドラマの主人公だったらここいらで起き上がって、ハッピーエンドまで持って行くんだろうが俺には無理だ。

俺の馬鹿っ。

心臓が早鐘のように鳴りだす。

鈴羽「ねたフリ…」

そう言いながら鈴羽が、俺の頬を指でグイグイ押してくる。

うん……寝た振りだ。 すまん。

鈴羽「…ばーか。あっはは」

目は閉じていても、そこに鈴羽のはにかむ顔が見えるようだった。

いい匂いがする。 暖かいし、柔らかい。

俺は、そのまま眠りについた。

それからというもの、俺たち二人は、毎日鈴羽のバイト終了時間にあわせて、いろんなところを回った。

鈴羽の情報を基に、父親を探して回る。

手がかりは、鈴羽の父親が大切にしていたというピンバッジのみ。

宇宙規模から見ると、猫の額ほど小さいこの街も、ミジンコほど小さい人間の身体で歩き回ってみると、驚くほどでかい。

夕方かけては、何も見つからずにサンボで牛丼を食べて帰る日々が続いた。

岡部「さすがに広いな…この街は…」

鈴羽「…ごめん。 こんな事に付き合わせちゃってさ」

岡部「あ、いや。 俺は好きでやってるだけだ」

鈴羽「えー? 誰が?」

岡部「誰がとかじゃない…。 とにかく、こうするのが運命石の扉の選択だと言っている」

鈴羽「…はいはい」

何としてでも、鈴羽と父親を会わせてやりたい。

そう願う一心だ。 あきらめるつもりはない。

俺たちは、夕食を済ませて再び捜索を開始する。

岡部「鈴羽は駅前の方を頼む。 俺はラボ方面を探す」

鈴羽「オーキードーキー!」

手分けして探そう。 その方が捗る。

しばらくピンバッジの写真を片手に捜索を続けてみるが、やはり手掛かりとなる情報は見つからなかった。

ふむ……いったん鈴羽と合流するか。

鈴羽の向かった先へ歩みを進める。

駅前に出た。

ふと、ごった返す人混みの中にどよめきのようなものが起こっている事に気付いた。

4℃「おいおい、そりゃないだろうがよォ。 人がせっかく思い出せそうなんだぜ?」

鈴羽「もういいよ。 それより、早くそれ、返してくんないかな?」

なんだあれは…。 鈴羽が、柄の悪い男に絡まれている。

それより、あれは……日本人か?

男の手には、鈴羽のピンバッジ…。

手掛かりとして見せたはいいが、ナンパついでに取り上げられたってところか。

これは、まずいんじゃないか?

4℃「あー、そうだ。 もしかしたら、お前がデートしてくれたら思い出すかもしれねェな」

なんだと?

鈴羽「ばっかじゃない? するわけないじゃん気持ち悪い」

おお…。

周囲の観客から笑いが起きる。

4℃「おいおい、テメェ…女だからって調子乗ってっとタダじゃすまねえぞ!」

あ、まずい。 このままじゃあの男、鈴羽に手をあげるかもしれん。

いくしかない。

手足が震え出す。

ええい!

岡部「す、鈴羽? どうしたというのだ」

鈴羽「あ、倫太郎! こいつが急に絡んできてさ…」

4℃「なんだぁテメェ。コイツの彼氏か?」

岡部「…仲間だ。 見ろ、騒ぎになってきているぞ。 ここは穏便に済ませようじゃないか」

あくまで穏便に済ませよう。

4℃「今更穏便に、だと…? …テメェら、さっきから二人ともナメた態度とりやがって」

4℃「おかげでえらい恥かいちまったぜ? この落とし前、どうつけてくれんだよ!」

まずいな…こいつ、どんどんヒートアップしている。

岡部「…わかった。とりあえず俺から謝ろう。 すまなかった」

俺は、男に対して頭を下げた。

鈴羽「り、倫太郎!」

やめろ、これでいいんだよ。

これで……。 俺は、強くない。

岡部「……だから、そのピンバッジをこっちに渡してくれ。 大切なものなんだ」

4℃「なんだ情けねぇなぁ…。 おい、女。 テメェのオタク彼氏、謝ってんだけど?」

言わせておけば…。

お前の格好も相当痛い。

日本語を喋っているのに違和感があるくらいだ。

鈴羽「…っ!」

岡部「…さぁ、早く返してくれ。 頼む」

4℃「チッ…」

さすがにここまできて、この大衆の前で恥の上塗りをしている事に気付いた男が舌打ちする。

4℃「…くく…お前ら、自分たちが囲まれてるって知ってて、そんな余裕ぶってんのか?」

なに…?

周囲を見渡す。 人混みをかき分けて、黒っぽい服を着た男たちが姿を現す。

しまった…。 こいつ、一人じゃなかったのか。

男たちは、俺と鈴羽を見て“へへ”とか、いかにも悪役っぽい笑いをしている。

4℃「で? お前は何をしてほしいって? このヴァイラルアタッカーズの4℃様に」

岡部「バッジを…返して下さい。 とても大切な……ものなんです」

男は手のひらの上で、鈴羽のバッジをコロコロと転がす。

やめろ、もう触るな。

ほしゅほしゅ

4℃「わかったよ。 返してやるさ、こんなの…ただのきたねぇゴミだ!」

ゴミ…だと?

鈴羽「っ!」

男が、バッジを頭上に掲げる。

地面に叩きつける気か…!?

こいつ、救いようがない!

クズがっ――!

4℃「ほーらよっと!って…なんだテメェ!」

思うより先に身体が動いていた。

俺は、振りかぶった男の腕を力いっぱい握りしめる。

4℃「は、離しやがれ!…クソッ!」

俺の、突然の行動に驚いた男が、情けない声をあげる。

岡部「貴様がさっさと離せクソ野郎!バッジ…返せよ…っ」

男は、俺を振り払おうと必死にグイグイ引っ張る。

こいつ…言ってる割に力がない。

これは…いけるか?

鈴羽「倫太郎!後ろ!」

岡部「えっ?」

次の瞬間、背中に衝撃が走った。

蹴られたのか…? 息が出来なくなり、そのまま地面に倒れ伏す。

鈴羽「ダメ! もうやめて!倫太郎!」

これは……まずい事になった…。

周囲からは、外野のざわめき。

男の仲間と思しき連中が、歩み寄って来るのが解った。

続いて、わき腹に衝撃。

追い討ちとは、いかにもDQNらしい。

一瞬、意識がなくなりかける。

息が…出来ない。

4℃「ボコボコにするだけで済ませてやろうと思ったが、もう許さねえ」

もう…ダメなのか…?

4℃「テメェの前で、たっぷり彼女を可愛がってやるよ」

こいつ!!

まだだ…。 まだ諦めるな。 鈴羽だけでも逃がさないと。

鈴羽の方を見ると、男二人に腕を掴まれそうになっている。

大丈夫。 まだ立てそうだ。

何とか立ち上がる。 息も出来るようになってきた。

ただ、足許がおぼつかない。

でも、俺はどうなっても構わない。

俺は、男たちを睨みつける。

4℃「おいおい、思ったより根性あるじゃねえか…」

今のうちに笑っておくがいい。

俺はタイミングを見計らうと、身を翻し、鈴羽に掴みかかろうとしている男に捨て身のタックルを仕掛けた。

男「うぐおっ!」

岡部「ぐああっ!」

ぶつかった勢いのままもつれ、俺と男はガードレールに激突する。

男は今の激突で気を失ってしまったようだ。

お前らが悪いんだ。

どうなろうと、知った事か…。

岡部「………いてぇ」

痛む部分を触ってみると、後頭部に生ぬるいものが。 多分俺の血。

鈴羽「り、倫太郎っ!」

鈴羽が、泣きそうな顔になって駆け寄ってくる。

こんな結果になってしまって、すまない…。 馬鹿だ、俺。

俺は、何とか声を絞り出す。

岡部「す、ずは…。 にげ…ろ…」

鈴羽さえ逃げ延びてくれればそれでいい。

4℃「…おいおい、テメェ、とうとうやっちまったな…」

俺と鈴羽の背後から、男達が寄ってくる。

頼む鈴羽、逃げてくれ…。

4℃「もう勘弁ならねぇ。 ぶっ殺してやるよ…」

男は、いつの間にか金属バットを手にしている。

ああ、頭おかしいな、こいつ。

やられる。

くそっ……。

岡部「す、鈴羽ァァァァ!! 逃げろおおおおぉぉ!」

半ばヤケクソ気味で叫んでやる。

4℃「うるせぇ! カスがッ!」

パカンという音とともに、左足に激痛が走った。

岡部「ぐああああああああああああああああああああっ!!」

本当に殴りやがった…。

嘘だろ…。

くそったれ…。

意識が遠のき、遠くで鈴羽の泣きわめく声が聞こえる。

泣いてないで逃げろって…。

はやく…。

俺はもういいから…。

《トゥットゥルー♪》

あ、幻聴だ。 何でまゆり…?

男「うぎゃあああぁぁぁぁぁ!」

次に、他の男の悲鳴。 な、なんだ?

ぼやけた目を凝らす。

路地裏から、見慣れた少女が姿を現した。

彼女の足許には男が転がっている。

え?まゆり…? なぜここに…。

まゆり「トゥットゥルー♪ まゆしぃ☆でーす」

男「な、なんだこの女」

男の一人がまゆりに歩み寄る。

男「おい、今なにしやがっ…」

その男は、何の前触れもなく、断末魔すらあげることなく頭からドサリと地面に崩れ落ちる。

周囲が一層どよめく。

koeeee

まゆりが、男たちの輪の中に割って入ってきた。

まゆり「あのねー、男の人が何人も集まって、弱いものイジメしか出来ないのかなぁー?」

弱いものって……ちょっとへこむな。

4℃「な、なんだありゃ…」

リーダー格の男がたじろぐ。

4℃「テメェ、そいつらに何をしやがった!」

まゆり「何だろうねー、えっへへ♪ あなたも体験してみる?」

4℃「ひっ…!」

周りの男達からも、小さな悲鳴が聞こえた。

まゆり「でもねー、まゆしぃはうっかり屋さんなんだー。 いっつも、みんなに言われちゃうんだよねー」

こいつ…こんな時に何を言ってるんだ…?

まゆり「うっかりうっかり♪ えっへへー。 だからねぇ…」

そこまで言って、まゆりの瞳から光が消えたのが解った。

俺は、ゾクリと総毛立つ。

まゆり「うっかり、人を殺しちゃうかもしれないねー。 うっかりうっかり…」

ああ、お前が敵でなくてよかったよ。

まゆり、後は頼んだ…。

俺の意識は、深く混沌へと沈んでいった。


さるよけに、ちょっとペース落とします。
ほんとすみません。

鈴羽「倫太郎」

名前を呼ばれる。

岡部「ん…? ああ…」

鈴羽の声だ。

目を開けてみる。

また膝枕されていた。 どうやら、俺は鈴羽の膝に縁があるらしい。

顔を見上げる。

目が真っ赤だ。 …不甲斐なさすぎるな、俺。

岡部「奴らは…どうした?」

鈴羽「椎名まゆりがフラフラと追っかけてったよ」

そうか。 まゆり乙。

鈴羽「残ったやつは、あたしがやっつけといたから」

なるほど、足下を見ると、先ほどの奴らの仲間と思しき男が4人転がっていた。

よほど打ち所が悪かったのだろう。 全員起きる気配もない。

岡部「なるほど、やるな…」

え? やっつけた?

岡部「…って、鈴羽が?」

鈴羽「そうそう。 あれ、言ってなかったっけ」

岡部「なにを…?」

鈴羽「あ、いや…。 実はあたし、そこいらの人間よりメチャクチャ強いんだよね…あはは」

あのな……。

岡部「……そういうことは…先に言え…」

先に言ってくれ。 頼むから。

鈴羽「ごめーん。 でも…」

岡部「ん?」

鈴羽「岡部倫太郎、かっこよかったなぁ…なんて、あっはは」

YESっ…! 密かに右手を握りしめる。

岡部「…当たり前だ。 俺を誰だと思っている…」

鈴羽「ふふ…そうだね」

ああ、膝枕が心地よい。 これは癖になるな。

岡部「もう少し、こうしてていいか?」

鈴羽「ん、いーよ…」

鈴羽の細い指が俺の髪をすいて、何度も何度も頭を撫でてくれた。

って、いてっ……傷は触るなよ……!

鈴羽「あ、ごめーん」

なんやかんやで、以上のような事もあったが、その後は無事に捜索活動を続ける事が出来た。

が、日々の捜索も虚しく、結局鈴羽の父親は見つからない。

そうして、俺たちの時間は、手からすり抜けていく水のように過ぎていき―――。


とうとう、タイムマシーンオフ会前日。

ラボには、鈴羽が泊まりに来ていた。 やつは今はシャワーを浴びている。

も、もちろんラボには俺と鈴羽だけ……。

ゴクリ

……ではないのだが。

俺から無理を言って、ラボメン全員に集まってもらっていた。

紅莉栖も、まゆりも、ダルも、ルカ子も、フェイリスも。 いい年こいてお泊まり会だ。

紅莉栖「岡部……覗くなよ」

の、のぞっ…。 覗き!?

その発想は無かった…!

…じゃなくて。

岡部「だ、誰が覗くかッ! 俺たちは純粋でプラトニックな仲であってだな…」

フェイリス「えーっ!?じゃあ凶真達ってば、もしかしてCどころかBも行ってなかったりニャ?」

しまった。 余計な事を口走ったな…。

この猫娘め…!

るか「ブフゥッ! うぐっ…けほっ、けほっ」

岡部「ルカ子はちょっと落ち着け!さっきからそわそわと…」

ダル「まあまあ、オカリン強がんなって。 覗きは僕が許可するお!」

岡部「やめろこのHENTAIめ!」

ダル「オカリンひでー。 僕はHENTAIじゃないよ? HENTAIという名の紳士だよ」

岡部「前から言おうと思っていたがな……HENTAIもHENTAI紳士も一緒だ馬鹿者!」

一同「アハハハハ」

そんな話をしていると、鈴羽がシャワーを終えて出てきた。

いつもは、おさげにしている髪を、頭の後ろで結ってである。

こ、これもたまらん…。 か、かか、かわいい。

鈴羽「誰が覗くって~?」

岡部「おわっ…ちがっ…!」

鈴羽「倫太郎、あたしの風呂を覗くなんて、いい度胸してんじゃーん?」

岡部「違うんだっていてててててててて!あーー!ダル!ダル!助けて!」

ダル「だが、断る!」

そんな、賑やかな会話が夜遅くまで続いた。

紅莉栖「ふふ、阿万音さん…疲れてたのか真っ先に眠っちゃったわね」

意外にも、この集まりを楽しみにしていた鈴羽が真っ先に眠ってしまっていた。

安心しきったような寝顔だ。

俺は、これが見られて、満足に思う。

フェイリス「寝顔が、かっわいいニャー♪ ニャウ~ッ」

岡部「うむ…フェイリス、解っているとは思うが……いたずらするなよ」

フェイリス「ニャニャ、凶真ってば、そんな妄想するんだ。 やらしー」

ダル「うは…たまらん」

まゆり「ダルくん、自重」

ダル「は、はい」

ルカ子「あはは、みなさん、もう少し静かにしましょう…。阿万音さん、起きちゃいますし」

岡部「そうだな…」

ラボの中には、暑さとは違った、とても暖かい空気が流れていた。

鈴羽、お前の言うとおりだ。

こいつらと居ると暖かいな。

鈴羽「…ううん、父さん……」

沈黙を破って、鈴羽が寝言を呟く。

また、父親の夢でも見ているのだろうか。

会わせてやれなくてすまなかったな…。

でも、明日はきっと会える。

そうに違いない。

ふと―――。

紅莉栖「ちょ、ちょっと橋田」

何かに驚いた紅莉栖が声をあげる。

ダル「え?」

岡部「なっ…んだと?」

見ると、ダルの頬には涙が伝っていた。

堰を切ったように、ぽろぽろ、ぽろぽろと。

ダル「ん? なんなん…? って、え? なに? なんぞコレ?」

どうやらダル自身は涙を流していた事に気付いていなかったようで、慌てて涙を拭っている。

岡部「…大丈夫かダル。 お前…塩分の取りすぎなんじゃないか?」

ダル「ぼ、僕はウミガメかお…」

紅莉栖「ふふっ…ウミガメってよりウミウシだけどな」

ダルめ、ここでそんなボケをかますとは面白いやつだ。

さて、と改めて皆に向き直る。

紅莉栖「? どうしたの、岡部」

岡部「みんな…今日は本当にありがとう」

ダル「うおっ!」

まゆり「ええっ!」

紅莉栖「驚いた…。 狂気のマッドサイエンティストが珍しいわね。 明日は雪かしら」

岡部「茶化すな…。 お前たちには、きちんと礼を言っておきたかった」

ありがとう。

紅莉栖「べ、べつに礼などいらんわ。 私達は私達で来たいから来ただけ…げふんえふん」

紅莉栖…。

ダル「うん、オカリン。 牧瀬氏の言うとおりだお。 こっちこそ、呼んでくれてありがとうなのだぜ?」

ダル…。

まゆり「…そうだねぇー。まゆしぃも、そう思う。 ありがとう、オカリン」

まゆり…。

みんな、ありがとう。

ダル「さーて、おまいら? 朝までマリオカートとボンバーマン大会やるけど異存はないかお?」

…親戚の子供同士で集まるとやるよな。

紅莉栖「異議なし」

フェイリス「みんニャ、フェイリスのドラテクで翻弄してやるのニャ」

るか「凶真さん、あの…その……やり方…教えて下さい…っ!」

お、おうふ…。 その切ない顔はやめろ…。

まゆり「んー、いいよぉ、るかくん。 今のもう一回リピートだよぉ」

なんだそれ…。 思わず笑ってしまう。

涙が出そうなほど、胸の中が暖かさで満たされるのを感じた。

岡部「…ああ、教えてやろう。 ただし、キノピオはもらったぞ」

紅莉栖「プッ……キノピオとか、いかにも狂気のマッドサイエンティストらしいな」

岡部「貴様……キノピオを馬鹿にするのか…?」

紅莉栖「えっ、いや、そんな訳じゃ…」

岡部「紅莉栖……お前はどうせピーチ姫とか使っちゃうんだろう?」

スイーツメリケン処女にはお似合いだな…。

紅莉栖「なっ……私はマリオ派……! って、今あんた、名前で…」

岡部「あ、間違えた…」

紅莉栖「この野郎…」

この、お馬鹿で優しい時間は、ゆっくりと過ぎていった。

タイムマシンオフ会当日。

その日は、昼まで皆がラボで雑魚寝をして過ごした。

昨夜はマリオカートが大いに盛り上がり、ダルが運転に合わせて身体が左右に動く事から

それに突っ込んだ紅莉栖の大声で鈴羽も起き出してしまい、結局ラボメン全員で朝8時まで遊び倒してしまった。

全員が目覚めたのは昼頃。

フェイリス達がコンビニにそうめんを買いに行き、全員でそれをすすった後

ラボに集まったメンバー達はそれぞれ解散していってしまった。

ガランとしたラボの中。

ラボには今度こそ、俺と鈴羽だけが残されていた。

談話室に置かれたソファに並んで座る。

鈴羽「あー、すごく楽しかったよ。 ゲームなんて初めてやったからね」

岡部「そうか。 まあ、あれはかなり古いやつだったからな。今のゲームはすごいらしい」

鈴羽「へぇー。 あたしのいたところじゃ、ゲームなんて無かったから」

岡部「そうなのか? 随分寂しいところだな」

鈴羽「うん…」

沈黙。

でも、以前ほどギクリとするような感じの静けさではない。

鈴羽「ね、倫太郎」

またもや沈黙を破ったのは鈴羽だった。

岡部「なんだ?」

鈴羽「ちょいと膝枕してくんないかなー? いつもしてあげてばっかりだったじゃん」

うむ、そうだったな。

岡部「…べ、別にいいぞ」

鈴羽「やったー、ありがと。 それじゃ…よいしょ」

鈴羽が、ポフッと横になる。

両腿の上には、鈴羽の頭。

岡部「…お父さん、会えるといいな」

鈴羽「うん」

岡部「いや、会えるか。うん、きっと会える。 二人であんなに頑張ったんだ。俺が保証する」

鈴羽「あー、そうやって泣かそうとするの禁止ー! 次やったら50円ー」

岡部「まじか…」

鈴羽「ん…まじ」

50円て…。 小学生かよ。

俺は、鈴羽がたまらなく愛おしくなり、髪をすいてやったり、鈴羽のおさげを振り振りする。

鈴羽「くすっ…倫太郎、何やって…」

そう言って、笑って見上げてきた鈴羽と目が会う。

膝の上の鈴羽と、まるで呼び合ったかのように、見つめあう瞳。

窓からは、夕方のキツい西日が射していた。

ふと

鈴羽「…倫太郎、いーよ。 はい、んーっ」

鈴羽が目を閉じて、こちらに頭を浮かしてくる。

唇が微かに開く。

む、むう…。

いや、し、しかし……。

いきなり来られても…なあ?

岡部「……ぐぅ……ぐぅ……」

チキン…。 俺のチキン!

鈴羽が目を開ける。

鈴羽「あ、またねたフリ…」

…すまん。

鈴羽「ずっるー。 ここまで好きにさせといて…」

軽く、指で鼻をピンとしてくる。

いたっ…。

鈴羽「岡部倫太郎、あたしは……君が好きだ」

あ………うん。

――――俺も。

言おうとして、鈴羽が起き上がる。

鈴羽「それじゃ、行ってくるよ」

完全に、目を開けるタイミングを逃してしまった。

鈴羽は、鏡の前で髪をチョイチョイと直して、玄関で長いソックスを履いている。

俺が、今言ってやれるのはこれくらいだろう。

なんせ、俺だしな。 チキンの。

あえて寝たふりをしながら声をかける。

岡部「…いってらっしゃい」

しばらく間をおいて、鈴羽がこたえた。

鈴羽「……うん、いってくるよ」

ドアの閉まる音がすると、今度こそ俺はラボに一人残された。

岡部「ハアッ……ハアッ……」

走り疲れて息が切れる。

真夏の夕方はひどく暑い。

岡部「くそっ……どうしてこんな事に…」

ついさっき、鈴羽から届いたメールが信じられず、再び目を通す。

frm.鈴羽
sub.ごめんね
『さよなら』

くそっ……なんだよ……これっ!

一向に電話は繋がらず、メールの返信もない。

…父親に会えなかったのか?

だとしたら、ショックなのには違いない。

しかし……それにしても、何で突然こんなもの送って来るんだ……!!

再び走り出す。 どこだ? どこにいるんだ…鈴羽!

さよならってなんだよ! お前、どこに行く気なんだよ!

お前がいないと…、お前がいてくれないと……俺は……俺は……。

運動不足のせいか、過度に酸素を要求してくる脳と肺が鬱陶しい。

苦しい……死ぬ……。

……鈴羽、どこにいるんだよ。

俺は、2時間ちかく秋葉原の街を走って回ったが、鈴羽の姿を見つける事は出来なかった。

もう、この街にはいないのか…?

疲れ果てて、立ち止まる。

街頭のビルに取り付けられたビジョンでは、ラジ館の屋上に墜落した人口衛星が
先ほど突如として消失したという報道がされていた。

街角に座り込む。

もう……ダメだ……。

これだけ探しても見つからないなんて…。

恨むぞ…。

この街の広さを。 この街を…。

座り込んで膝に顔を埋めて、どれくらい経っただろうか。

ふと、顔を上げると紅莉栖が立っていた。

紅莉栖「あ、あんた……こんな所で何やってんだ…」

随分走り回ったのだろう。

髪は乱れ、汗が滲んでいる。

目が赤い。

岡部「なにやってるって……? …もう…無理。 見つからない…見つけられないんだ…」

紅莉栖「なっ…!」

岡部「俺は……俺が、鈴羽の願いを叶えてやれなかったから……」

岡部「鈴羽の気持ちに…ちゃんと向き合わなかったから……」

……神様が罰を与えたんだ。

全部無くなってしまえ。

そんな酷い仕打ちをする神様も、この街も。

……それに、鈴羽が何もいわずに俺の前から消えたのが一番の証明だ。

だって、そういう事だろ?

俺を置いていなくなるほど、大事な用事があったんだろ、始めから。

俺なんて…。

居ても居なくても一緒だったんだ。

紅莉栖「あ、あんた…阿万音さんが、本当にそう考えてたって思うの…!?」

岡部「ぐうっ…!」

見ると、紅莉栖が俺の胸ぐらを締め上げている。

く、紅莉栖…?

紅莉栖「この期に及んで、何いってんだ! この馬鹿! 唐変木!」

岡部「…なん…だと?」

紅莉栖「…これ、阿万音さんからの手紙! 読め!早く!」

鈴羽からの、手紙…?

紅莉栖「ラボの郵便受けに入ってたんだよ! ちゃんと確認しろ、馬鹿!」

なん…だと…? ってか、読んだのか?これ。 封が切られてるぞ。 先に読むか?普通。

え? なんで読んじゃったのよ先に。

岡部「か、貸せっ!!」

俺は、紅莉栖の手から手紙を奪い取る。

手が震えて、なかなか切り口を開けられない。

…やっとの事で手紙を取り出す。

岡部「なん…だ…これ…」

『岡部倫太郎へ。』

『倫太郎がこれを読んでるって事は、もうあたしが居なくなった後って事だね。

ごめん、倫太郎。

あたしは、父さんに無事に会えたのかな。 それとも、会えなかったのかな…。

倫太郎には、父さんをあんなに一生懸命探してもらったのに、結果報告すらせずに去るなんて、あたし最低だよね。

でも、顔を見ると離れられなくなりそうだから、このまま行きます。

卑怯なあたしを許して下さい。

いつも、倫太郎には辛い思いばかりさせてしまいました。

最後の最後まで、本当にごめんなさい。

『さて、急な話になるのですが、あたしには、どうしても行かなきゃいけない所があります。

それは、父さんに会えても会えなくても、行かなきゃならないところです。

行ったら、きっと倫太郎とはもう会えないと思います。 でも、あたしは倫太郎に会えなくなるのが、つらい。

とてもこわい。 こわいです。
せっかく、倫太郎に会えたのにね。
本当は、行きたくない。

また、いつもの朝みたいに声をかけてもらいたい。
また、かっこつけて逆に変になってる倫太郎が見たい。
また、悪い奴からあたしを守って欲しい。
また、一緒に街を歩き回って、帰りにサンボに行きたい。
また、倫太郎のきったない部屋に遊びに行きたい。
また、あたしの料理を食べて欲しい。
また、一緒に星を眺めたい。 また、一緒に歩きたい。
また、一緒に笑いたい。

行きたくないよ。

倫太郎、迎えにきてくれないかな? なんちゃって。
最後にこんな、愚痴みたいな手紙になっちゃってごめんね。
でも、岡部倫太郎がなかなか好きって言ってくれないから、これはそのお返しなのだー!わはは。

ありがと、あたしの大好きな岡部倫太郎。
ありがとう。
ごめんね。

膝から力が抜け、崩れ落ちる。

何も考えられない。 目の前が真っ暗になった気分だ。

岡部「すず…は………」

崩れ落ちた俺に、紅莉栖がカツカツと歩み寄る。

紅莉栖「…岡部、ちょっとこっち来い」

岡部「…え?」

紅莉栖「いいから、来い!」

恐る恐る、紅莉栖に近づく。

岡部「うおっ…!」

急に、紅莉栖に抱き締められる。

思わず、ポカンとしてしまい、力が抜ける。

岡部「く、紅莉栖…なんで?」

紅莉栖「はぁ……あんたって、本当に罪作りな男だな…」

岡部「え?」

紅莉栖「解らないならいい。 でも、もうしばらくこうさせて。 阿万音さんが居ると遠慮しちゃうから…」

岡部「それは……どういう意味だよ…」

紅莉栖「…黙ってろ、馬鹿。 いつもの頼れるアドバイスやらんぞ」

岡部「…す……すまん」

そのまま、数分が経過する。

どうすりゃいいんだ、これ。

俺の両腕が泳いでいる。

抱きしめ返せばいいのか?

いやいや、ダメだろそれは……。 ダメダメ。

何故か紅莉栖は、俺にしがみついたまま何度もため息をついている。

ふと、紅莉栖が耳元で小声で囁いた。

紅莉栖「この世に神なんていない……あんたは、まだやり直せる」

岡部「な…に…?」

紅莉栖は、そう言うと俺を突き放した。

紅莉栖「電話レンジ、修理しておいたから」

岡部「…えっ!」

あれは……爆発したはず。

確かに俺は見た。

ルカ子を女の子にするためのDメールを送ろうとした瞬間、まゆりが何かをしたと思ったら

急に電話レンジは煙を吹いて爆発したのだ。

修復不可能なほどに。

紅莉栖「お前らがイチャイチャしてる間に、いくらでも修理する時間はあったわ」

あ………。

岡部「そう……だったのか」

紅莉栖「全く、ラボの象徴()ともあろうマッドサイエンティストさんが、毎日ふらふら出歩いてて世話無かったぞ」

確かに、俺は鈴羽の父親捜索にあたるようになってから、ろくにラボに顔を出していなかった。

なるほど…俺が居ない間、ダルも紅莉栖もまゆりも、ラボに残って電話レンジを修理してくれていたのか。

…不甲斐ないな。 狂気のマッドサイエンティストよ。

岡部「う、うむ……それはすまなかった。 埋め合わせは必ずしよう」

紅莉栖「わ、わかればいい。 それじゃ、これからまたDメールの実験するんでしょ?」

当たり前だ。 やる事は一つ。

岡部「すぐにラボに戻る」

紅莉栖「…じゃあ、行って。 私はこのままホテルに帰る」

岡部「なに? 助手は一緒に来ないのか?」

なぜだ……?

紅莉栖「助手じゃない。 ってか……また助手か」

岡部「…ああ、助手は助手だろう。 この俺の助手なのだからな」

紅莉栖「…はあ、やっと名前で呼んでくれるようになったと思ったのに。 期待した私が馬鹿でした」

岡部「……いや、でも俺は、お前が助手で本当によかったと思うよ……」

紅莉栖「……現金すぎるぞ。 自分勝手なやつ」

本当に自分勝手だ。 申し訳ない。

岡部「そうだな」

紅莉栖は、ふい、と振り返るとラボとは反対方向に向かって歩き出す。

俺は、紅莉栖の背中に声をかけた。

岡部「助手よ」

彼女は立ち止まらない。

岡部「ありがとう。 気をつけて帰れよ」

紅莉栖の後ろ姿が、だんだんと小さくなっていった。

しばらくしてメールが届く。

frm.助手
Sub.ばか岡部www
『ここまでやってやったんだから、必ず阿万音さんとは上手くいきなさいよw

まあ、ダメだったら私が慰めてやらん事もないが…(笑)

っていうか死ね! 氏ねじゃなくて死ね! 爆発しろリア充!

また明日、ラボで』

岡部「……ううむ」

俺は携帯をしまい、ラボに駆け出した。

ありがとう、紅莉栖。

既に暗くなってしまった秋葉原の街を一気に駆け抜ける。

身体の疲れなど、この際無視する。

ラボの前に到着すると、ブラウン氏が店じまいの準備をしていた。

岡部「…ミスターブラウン、今日はもう閉店か?」

天王寺「おう、岡部。 オメェうちのバイトしらねーか? 後で顔出すって言って、まだ来てねぇんだよ」

ブラウン氏は、作業の手を止めて俺に向き直る。

天王寺「……」

急に黙ったかと思うと、あっちこっち見回しながら、コソコソと喋る。

変なクスリなら買わんぞ。 断じて。

天王寺「…なんかあいつ、今頃どっかで泣いてるんじゃねえかって気がしてよ…」

うわ……ブ、ブラウン氏がそんな事を言うと気味が悪いな。

天王寺「また明日になれば店に来るんだろうなぁ? バックレたら承知しねぇぞ…」

岡部「…う、うむ」

天王寺「まあ、気がするってだけなんだけどよ、俺の勘はこれで、結構当たっちまうんだよな…」

痛々しいな。 ムキムキのおっさんが勘だとか予感だとか。

そろそろ終わりにして、ブラウン氏がこれ以上、黒歴史を作り上げないようにしてやらなければ。

岡部「す、鈴羽なら俺が今から連れ戻す。 その代わり、ちょっと揺れるが勘弁してくれ」

天王寺「なにぃ? 岡部テメェ、またあのグラグラをやるつもりか」

岡部「…鈴羽を見つけるためだ。 その代わり、家賃増額でも何でもすればいい」

望むところだ。

天王寺「ああん? 話がさっぱり見えねぇな……」

いや……その、勘とやらで察してくれ。

ブラウン氏が黙って、俺の顔を睨む。

や、やっぱり……こわい…。

思わず目が泳ぐ。

ブラウン氏は、ひとしきり俺の顔を睨むと、軽くため息をついた。

天王寺「…チッ、本当にバイトを連れ戻すためなんだろうな? 嘘だったら、本当に家賃上げっからな」

ブラウン氏…。

天王寺「……しゃあねぇ。 とりあえず、お前に任すわ。 行け、どんだけでもグラグラやりやがれ」

岡部「わかった…約束する!! ありがとう、ミスターブラウン!」

天王寺「お、おう。 …それじゃ、もうちょっと店を開けとくからよ。 言っとくが、ビルは壊すなよ!」

やれだの壊すなだの。 忙しいおっさんだな。

いいおっさんだが。

聞くか聞かないかのところで俺は駆け出し、階段を2段飛ばしで駆け上がる。

岡部「ダル!」

俺は、ラボに飛び込むなり叫んだ。

ダル「おいおい、なにやってんだお。 遅いぞオカリン。 牧瀬氏から話は聞いたん?」

岡部「ああ、待たせたな。 それで…」

ダル「うん、電話レンジ(仮)はいつでも使用可能だお。 あとは、阿万音氏のメールアドレスと送る文章があればおk」

岡部「そうか……ありがとう、ダル」

ダル「よせよ、オカリンに礼を言われるとむず痒いでござる。 礼なら、全部終わった後に、だぜ?」

そう言って照れたダルは、帽子を目深に被ってPCの画面に向き合う。

ダル「……鈴羽を……頼んだぞ」

岡部「…え?」

今のは、明らかにダルとは声色が違う。 壮年の男のような声だった。

ダル「ん? なんか言った?」

……こういう時だけイケメンになりやがって。 今の隠し芸は驚いたぞ。

鈴羽のメールアドレスを、うーぱの付箋に書いて渡すと、ダルはそれをPCから入力する。

しばらくして、まゆりもラボに戻ってきた。

ダル「あ、まゆ氏おかえり」

まゆり「トゥットゥルー♪ 紅莉栖ちゃんからメールが来たので戻ってきました。 オカリン、ちゃんと戻ってるねぇ。よかったー」

岡部「すまなかったな、まゆり。 お前にも迷惑をかけた…」

ダル「まゆ氏は、オカリンが血相変えて飛び出してった後、すぐに阿万音氏を探しに行ってくれてたのだぜ」

まゆり…。


岡部「そうだったのか……ありがとう、まゆり」

まゆり「ううん、いいの。 スズさんが居なくなって寂しそうにしてるオカリンなんて、見たくないからねぇ」

どいつもこいつも……。

後で全員50円払えよな。

視界がぼやけそうになるが、グッとこらえる。

岡部「よし、文章は打ち終えた…。送り先は、3時間前の鈴羽の携帯だ!」

ダル「え? なんだ、本人あてかよ。 オカリン、チキンすぐる」

まゆり「もーぅ、自分で会いにいきなよー。 オカリンの悪いとこだよー?」

いいんだ。 俺はチキンだから。

―――あとは、これを送るだけだ。

ダル「ま、それじゃ、電話レンジ(仮)起動するお!」

―――なんとしても、鈴羽を取り戻す。

まゆり「オカリン、スズさんによろしくね♪」

―――たとえ、それが自分勝手な事でも関係ない。

電話レンジ(仮)のターンテーブルが逆回転を開始する。

―――その辺にいる神様とやら。聞いているか? 罰を当てたけりゃ、好きなだけ俺に当てろ。 俺には、鈴羽が必要だ。

ダル「綺麗なターンテーブルだろ? 逆回転してんだぜ、これ」

―――だから、罰を当てられようと、何度でもねじ曲げてやる。

すぐさま、放電現象が始まる。

―――お前には負けない。 鈴羽は、どこへも行かせない。

岡部「いくぞ!」

―――鈴羽、待っててくれ。

俺は、送信ボタンを押した。

―――また、一緒に星を眺めよう。



―――また、一緒に歩こう。




―――また、一緒に笑おう。







岡部「届けえええええええええ!」

視界がグニャリ、と歪む。

ダルやまゆりの姿が見えなくなる。

モノクロの世界。

地面に立っているのか、宙に浮いているのかも解らない、不思議な感覚。

俺の身体は、白黒を漂う。

ふと、足許に地面の感覚が戻ってくる。

身体が、重力に引っ張られる。

白黒だった世界に色が付く。

岡部「…ここは」

ラボだった。 ダルやまゆりは居るが、鈴羽の姿は無い。

岡部「そんな……まさか」

失敗だった……?

俺が何か言ったところで、変わるものじゃなかったっていうのか……?

失敗した。

俺は、床に膝をつく。

岡部「くそぉっ!!」

床を叩く。 ガツッと鈍い音がして、手がビリビリと痺れた。

そうだ……まだ、何か手はないか…?  なにか……。

ダル「うわ、びっくりした。オカリンなにやってるん?」

……え?

まゆり「はやくスズさんのところへ行ってあげなよー」

なに?  なんだ? この二人の反応は。

―――まさか。

いい意味で、心臓が高鳴る。 俺は慌てて携帯を取り出した。

着信履歴だ、もしかすると、そこにこそ、答えがあるかもしれない。

震える指で、着信ボックスを開く。 …どうか、有ってくれ……頼む……。

岡部「……あ……っ」

俺は、思わず声をあげた。

frm.鈴羽
sub.岡部倫太郎へ
『なにこれ、ずるーい!
なんか、未来からメールが届いたんだけど(笑)

あたしもだよ、倫太郎。
ラジ館で待ってる。』

送信時刻は12分前。

しまった、これは大遅刻だ。

……なにやってんだよ、オカリン。

俺は、呆気に取られたダルとまゆりを置いて、すぐさまラボを飛び出す。

外に出ると、まだ昼間の蒸し暑さが残っていた。

周囲の店は、殆ど店じまいをしたようで、街の明かりは少ない。

走りながら、ふと、空を見上げる。

夜空には、煌々とした月の輪郭が浮かんでいた。

俺は、ダルから借りて珍しくハマった厨二の塊のようなアニメの中の、一つの詩を思い出す。

『乙女、黒き夜、悲しみを弔い 独り、深き悲しみの帳に沈む。』

―――頬に暖かい風を受けて、俺は秋葉原の街をひた走る。

『されど、寄り添う月は、白銀に満ち、贖いの夜は、静かに去りぬ。』

―――鈴羽。

―――いま、むかえにいくぞ。

ポエリン乙。


おわり。

エピローグはこの曲の中に詰まってるので、あえて書きませんでした。

よかったら聞いて下さい。

阿万音鈴羽で「君をつれて」

http://www.youtube.com/watch?v=_OO-BHfMIdk&sns=em

こんな時間なので、音量に気をつけて。

それでは、乙でした。


皆さん、本当にありがとう!!

最後のやつはDTBか

>>294
御名答です。

その通り。


ありがとう。

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