【オリジナル】 少女「私を…殺して……」魔族少年「……………」 (882)


「ふぁ?あ……今日も良い天気だ……」?

森の中を1人の少年が歩いていた

漆黒のローブを纏い、こちらもまた漆黒の毛を腰まで伸ばしている

その様子には紛れもなく気品が漂っており、ある国の貴族だと説明されれば誰もが信じてしまうだろう

しかしそれは、男が森を1人で歩いていなければの話だが…………?

「……………ん?」?

ここで男は眉をひそめる

どうやら何かの気配を感じ取ったようだ?

男は辺りを警戒しながら静かに目を閉じ、精神を集中させる
?
「…………なるほど、少数では敵わないとみて人海戦術で来たか……」?

少年はさらに精神を集中させる

「50人か。ったく、何度挑んでくれば気が済むんだか」?

少年は面倒臭そうに呟くとそのまま歩を進める

恐らく後10歩歩いた所で何者かに襲われるであろう事を知りつつ

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文字化けしとる

ちょっと確認してみます 〜

「ふぁ〜あ……今日も良い天気だ……」

森の中を1人の少年が歩いていた

漆黒のローブを纏い、こちらもまた漆黒の毛を腰まで伸ばしている

その様子には紛れもなく気品が漂っており、ある国の貴族だと説明されれば誰もが信じてしまうだろう

男が森を1人で歩いていなければの話だが…………

「……………ん?」

ここで男は眉をひそめる

どうやら何かの気配を感じ取ったようだ

男は辺りを警戒しながら静かに目を閉じ、精神を集中させる

「…………なるほど、少数では敵わないとみて人海戦術で来たか……」

少年はさらに精神を集中させる

「50人か。ったく、何度挑んでくれば気が済むんだか」

少年は面倒臭そうに呟くとそのまま歩を進める

恐らく後10歩歩いた所で何者かに襲われるであろう事を知りつつ


「……来るぞ。全員準備は良いか?」

「はい、我ら精鋭部隊48名。全員準備は整っております」

「よし。あと5歩、4、3、2、1……」

ヒュッ! ドス! ドス!

案の定、少年は10歩進んだ所で何者かの奇襲を受けた

少年はそれを予め察知していたので悠々と躱す

「…ッ! 矢を躱されたぞ! 第二部隊! 放て!」

今度は少年の背後から数十本の矢が飛んで来た

少年からは全くの死角となっている

隠れ潜んでいたほとんどの者は、誰しも絶対に命中すると確信したに違いない攻撃……

しかし………

「よっと」

少年は背後から飛んで来た矢を見る事はせずに、そのまま高くジャンプした

足裏に魔力を使用したので常人離れの跳躍だった

「良し! 空中では身動きは取れん! 火炎魔術だ! 急げ!!」

そう、指揮をとっていた男は最初からこれが狙いだった

如何に魔族といえども空中では身動きがとれないと踏んでいたのだ


少年が眼下の森を見下ろすと、魔術師5人が自分に向け呪術を唱えているのが見えた

「شضغب:٥!」

男に向かって火炎魔術が発射される

直径5mはあろうかという大きな火炎球が、決して遅くはないスピードで少年に直撃し爆風と煙を起こす

「やったか!?」

指揮を取っていた男が木陰から身を乗り出して空中で起こった煙を見る

精鋭魔術師5人がかりでやっと出せる魔術が直撃したのだ。いくらかは手傷を負わせているハズ

「どうした、そんなに身を乗り出して?」

その肩に手がポンッと置かれる

指揮を取っていた男は飛び退きざま腰の刀を抜きその手に切りかかった

「おっと! アブッ!」

少年はサッと手を引き、二、三歩ほど後ろに下がる

その目には言葉とは裏腹に余裕が見て取れた

そんな少年を男は殺気のこもった目で睨みつける

「貴様ァ! よくもその薄汚い手でこの俺に触りやがったなッ!!」

男はいきり立ち、少年に切りかかった


「うぉ!? バカッ! 危ねえだろ!」

少年は次々繰り出される剣技を次から次へと躱していく

全てを紙一重で躱す余裕を見せつけているので男の怒りは最高潮に達した

「貴様! 俺をなめやがって! これでも喰らえ!! نضحهغشح!」

詠唱と共に剣に電流が走る

「死にやがれ! この化け物おぉおぉぉッ!!」

男は眩しいほどの閃光を剣に走らせ、力の限りに斬りかかった

今までこれを受けて生き残った魔族がいない一撃を……

「うおっ! 眩しッ!」

如何に今まで余裕を見せていた少年と言えども、この一撃を喰らう事は避けなくてはならない

「よっと」

「なっ!?」

そこで少年は、先程と同様に足裏に魔力を使って思いっきり飛びず去った

男は驚愕の表情を見せていた

恐らく今まで躱された事無かったのだろう………

しかし少年が飛びず去った方向にはもう一人の人間が罠を張っていた

「今だ! 全員で仕留めろ!!」

女性の声が響き渡る


年の頃は恐らく10代後半から20代前半であろう

その声に呼応して、十数人の詠唱が森に響き渡った

「سضحكل١٥!」

詠唱の瞬間、眩い光が少年を包み込む

魔族にとって最も効果があると言われている呪術……光呪術だった

この聖なる光の魔術は使用者が限られるものの、ほとんどの魔族に対して絶大な効果があるのだ

「それではな、とっとと地獄に行け」

魔物を覆っていた光が一瞬の内に収束したかと思った次の瞬間、それがさらに大きな力で圧縮されて行く

噂に違わぬ素晴らしい威力だった

「グッ!ぐうぅ……」

そして、今まで余裕を見せつけていた少年は明らかにもがいていた

手足を振り回しなんとか光から逃れようとしているが、聖なる力が働いているのでどうしようも無いようだ

「姉さん! 奴は!?」

男が走って女の元へとやって来た

どうやらこの二人は姉弟らしい

呼ばれた女は静かに指を差す

その方向にはこれ以上無いくらいに圧縮された光とそれによって苦しんでいる少年がいた

「よっしゃ! 姉さん、早くトドメを刺しちまえよ!」

「言われなくとも。全員保護魔術をかけろ!」

そう言うとパールと呼ばれた女は開いた手を前に伸ばし、力を込めてグッと握る

その瞬間、光が空間を支配した

凄まじい勢いでの破裂、拡散、そして訪れる静寂……

後には大きな穴がぽっかりと一つ空いているだけだった

「これで終わりだな。引き上げるぞ」

女はまるで小さな虫を一匹潰したに過ぎないとでも言わんばかりの態度で指示を出す

しかし、他の精鋭たちは喜びを隠せないらしい

5度目にしてようやくあの魔物を葬り去る事が出来たのだから

早速仲間同士で飲み会の相談をしたりしている

「なぁ、姉さん。俺も皆と一緒に飲みに行って良いか?」

「お前はまだ未成年だろう。あと半月待て」

「で、でもさぁ……せっかくあの野郎を殺せたんだし今日くらいは……」

女は剣に手をかける

「いい加減にしろ。お前は我が伝統あるローズ家の名を穢すつもりか?」

男はまだ未練があるようだったが、姉から出る殺気を感じ取り口を慎んだ

「そうだそうだ! あと半月なんだから我慢しなさい」

「なっ!?」

「え!?」

葉っぱがヒラヒラと落ちて来たかと思った次の瞬間、2人の目の前に人が降ってきた

いや、正確には魔物が……たった今仕留めたと思っていた男が降ってきたのだ



ーー


ふぅ、なんとか逃げられたみたいだな……少し焦ったぞ

どうやら二人とも完璧に俺を仕留めたと思っていたらしい。馬がニンジン砲喰らったような顔をしてやがる

このままじゃ気まずいので俺はにこやかや笑いながら二人に話しかけた

「全く……なんだかんだで危なかったんだぞ。危うく死にかける所だ……っと!? おほぅ!?」

と、次の瞬間! またしても急に切りかかって来やがった! しかも今度は2人同時に!

「شضغب:!」

ちょっとお姉さん!? その火炎魔術は危ないですよ!?

こんな森の中でそれは余りにも危険ですってば! ……って、熱ッ! かすったぞ!

「うおおぉぉおぉ! نضحهغشح!!」

「شضغب:!」

今度は挟み撃ちかよ!

流石姉弟! 息がぴったし!

体勢を大きく崩した俺に思いっきり飛び込んで来やがった

……でも

「勢いを付けすぎだぜ?俺が躱したらどうするつもりだ? كعلم!」

そう言って俺は転移魔術を唱えて近くの木の枝に転移した

さっきもこれで脱出したんだよね

「な!? うわっ!?」

「う…ぐ……」

やっぱり鉢合わせだ

辛うじて剣は当たらなかったみたいだが、俺の目から見てもかなりの衝撃だ

「パール様!? ソモン様!?」

精鋭たちが激突した2人に慌てて駆け寄って行く

うーん……どうやら2人とも頭から血を流して気絶しているみたいだな

「き、貴様! よくもこの御二方をッ! شضغب:٢」

精鋭たちがそれぞれ火炎呪術や光呪術を唱えてくる

しかし俺には当たらない。全員頭に血が登っているから命中精度が低すぎる

「おまえらなぁ、なにも考えずに火炎呪術を打つんじゃねぇ! ここら辺をハゲ山にする気か!?」

なにせ48人が一斉に呪術を放つのだ……環境破壊にも程がある!

しばらくは我慢していたが限界だ……もう付き合ってられるか!

「كعلم!」 


ーー


突然男が音もなく消え去った

転移魔術を使ったのだ

そして森は再び静寂を取り戻す

呆然としている精鋭たちと気絶している姉弟をその胸に抱いて………



ーー


「このッ! この恥晒しどもめ!! たかが一匹の魔物相手にこのザマだと!?」

屋敷の大広間にお父様の怒声が響き渡る

またお姉様とお兄様、失敗したんだ………

「申し訳ありません、お父様……返す言葉もございません」

「ち、違うんです父上! あの野郎、転移の魔術を使いやがって………」

「なんだと? もう一度言ってみろッ!!」

「ぅ………」

「言い訳なぞ聞きたく無い! 俺が聞きたいのはあの魔物を殺したという報告だけだッ! わかったらとっとと俺の前から消えろ!!」

「………はい、次こそ必ず」

「………………」

あ、お兄様とお姉様がこっちに来ちゃう

急いで掃除を続けないと………

私は咄嗟にテーブルに置いてあった花瓶を手に取って磨き始める

これならお兄様もお姉様も何も言えないハズ

そう思っていた……

「おい、イリス。満足か?」

背後から急にお兄様に話しかけられた

明らかにむしゃくしゃしているらしく、とても怖い……

「ま、満足って何がですか? ソモンお兄様?」


「俺らが怒られんのを見てほくそ笑んでんだろうが!」

「そ、そんな事ないです! 私は……」

そこまで言った瞬間左頬に激痛が走った

お兄様に剣の柄で殴られたのだ

そのまま私は倒れてしまう

「うるせぇよ! てめぇいい気になりやがって!」

そのまま何度も何度も踏みつけられ、蹴飛ばされ、髪を掴まれて壁に叩きつけられた

「ぅ……ぐ…」

あまりの激痛に体がバラバラになってしまったかのような錯覚を覚えた。息を吸うたびにあばら骨がずきずきと痛む

「チッ、そのツラ二度と見せんな!!」

お兄様はそのまま階段を上がって行ってしまう

やっと終わった……そう思って壁に手をつき、必死に立ち上がろうとした

「痛いッ!」

すると唐突に髪の毛を引っ張られた

そうだ! まだパールお姉様がいたんだ!!

「イリス、貴方も我がローズ家の一員のくせになんの役にも立たなくて……申し訳ないと思わないのか?」

「痛い! や、やめて下さい!」

あまりにも強く引っ張られたせいで涙が出てくる

「ん? 泣けば全てが解決すると思ってるのか? ふーん…」


「ち、違います! お願いですからやめて下さい!」

「ああ、わかった」

「え!? きゃっ!」

私はそのまま突き飛ばされて床を惨めに転がった

そしてなんとか身体を起こそうとしたら……

ガチャン!

何か食器のような物が割れる音が屋敷内に響く

後ろを見るとさっきまで私が磨いていた花瓶が割れていた

「何事ですか?」

「ええ、イビスお母様。この子がまた花瓶を割ったんです」

「え? ち、違ッ……ヒッ!」

お母様は私を睨んで

「また貴方ですか……やっぱりもう一度お仕置き部屋にいく必要があるみたいですね」

お仕置き部屋という単語を聞いただけで全身がすくみ上がる

そんな名前からは想像も出来ないほどに残酷な事をされるのだ

そしてお母様はそれを楽しんでいる

「ち、違いますッ! 私じゃありません! 割ったのはお姉様です!」

声を張り上げて反論する

それでも声の震えを止める事は出来なかった

「貴方って子は…どうして、そう平気で嘘をつくのかしら。パールがそのような事をするハズが無いでしょう? やはりお仕置き部屋ですね」

そう言うとお母様は手のひらをかざして何かを唱えた

その瞬間、私は何も身動きが取れなくなった……拘束魔術だ

「それでは行きましょうか? 今日は面白いゲームがあるんですから」

にこやかに残酷な笑みを浮かべながら、お母様は私を引きずって行く

口さえも動かせない私は、お姉様の薄ら笑いを見ながらただ引きずられて行くしかなかった



ーー


私の名前はローズ・イリシュテン。皆からはイリスと呼ばれています

長い伝統を持つローズ家の末娘なんです

ローズ家とはこのバームステンという街を代々治めていて、数多くの偉大な魔術師が生まれたという偉大な家系

実際、お父様のローズ・オルタンシャ

お母様のローズ・イビス

お姉様のローズ・パール

そしてお兄様のローズ・ソモン

この4人は幼い頃から既に魔術師としての才能を発揮し、現在ではこのバームステン内での実力が他の人とは格段に違う

お父様はほとんどの属性の魔術を扱えるし、お母様も拘束魔術のエキスパート

お姉様とお兄様はまだ若いにも関わらずその実力はかなり高い

この様な家系だからこそ、ローズ家は代々魔物討伐を請け負っている

自分たちの治める街を魔物から守っているんです

そのような伝統ある家系に私は生まれてしまった

全く魔術が使えないにも関わらずに………

だから私は家族全員にローズ家の出来損ない、汚点、などと言われながらこの14年間育った

毎日理不尽な暴力を受け、まるで奴隷のような扱いを受けながら

ある時は技の実験台にされ、ある時は憂さ晴らしの対象として殴られたり蹴られたりした

特にお母様は私の失敗を見つけるや否や、すぐにお仕置きという名目で拷問をする

それは今も例外では無い



ーー


屋敷の地下にある鉄の扉。普段使用人たちが立ち入り禁止のこの部屋から、うめき声が聞こえてくる

「う……あぁ…」

「フフフ、どうしたのかしら? まだゲームは続けるというのに。楽しいでしょう?」

「もぅ、やめて…下さい。お願い…します……うぐっ!」

「嫌よ、せっかくコツが掴めて来たのですから。なかなかに面白いですね、このダーツというゲームは」

なんとイビスはイリスを裸のまま壁に貼り付けにし、その裸体に向かってダーツの矢を延々と投げ続けているのだ

既にイリスの身体には無数の矢が刺さっており、全身が血まみれになっている

「痛い……んです。お願い……もう許して………」

「顔には当たってないから大丈夫です。この程度の事ローズ家の者なら当然の様に耐えられます」

イビスは全くの荒唐無稽な理論を展開して取り合おうともしない

そしてまた一本矢を取っては投げる。

「イッ! ぅ…うぅ……ぅぐ…」

「フフフ、大丈夫ですよ。死にはしません。どれ、もう一本………」

矢を手に取って狙いを定めている最中で扉をノックする音が聞こえて来た

恐らくメイドの誰かだろう

「何事です?」

「イビス様! オルタンシャ様がお呼びでございます。どうかおいでください!」

「オルトさんが?」

イビスは名残惜しいようだったが、この様に自分が呼ばれるのはよほどの事だと思い直したようだ

「わかりました。すぐ行きますーーーーーイリス、わかってますね?ちゃんと良い子にして待っているのですよ?」

そしてイビスはイリスの拘束魔術を解いて出て行き、部屋にはイリスが残された


苦痛から逃れられた少しの間イリスは1人で考えていた

自分が生まれて来た意味を

父にはいない者として扱われ、母、兄、姉には虐められる毎日

メイドもこの事は全員知っているがただ傍観しているだけ

こんな風に毎日苦痛を強いられて身体は傷だらけ

そして心にはそれ以上の苦痛がある

こんな所でただ毎日生きているだけ

なんの目標、楽しみも無い

誰からも必要とされていない


そしてイリスはついに…たどり着く

自分の存在が無意味である事に………


ーー


「ハァ、ハァ」

私は森の中を走っている

あの部屋から逃げ出した時点で、口に出す事さえ憚られる恐ろしい拷問を受けるのは目に見えている

それならばいっそ………死んで楽になろう

森は魔物の住処となっていて、人間が1人で入る事は自殺行為に他ならない

お父様でさえ無闇に1人で入る事はしないのだ

そんな中に私は今1人でいる

もし今魔物と遭遇したら……死ぬ

うん、それがいい

最後の最後で魔物に殺されるという役目を果たす事が出来るんだ!

このつまらない人生の最後が誰かの役に立つのならこれほど嬉しい事は無い

もうどのくらいの距離を走ったんだろう?


いずれにしてももう戻れない

私には既に魔物に殺される運命しか無い


その時、背後の草むらがガサリと音を立てた

私が振り向くとそこには1人の人物がいた

人間? いや、あり得ない

人間が1人で森の中を歩くなど考えられない

だとするとこの人も………魔物

しかし今の私に恐怖感は無い

あるのは安堵だけ……もう辛い思いをしなくて済むのだ、ようやく死ねるのだという気持ちで溢れている

「………………」

ほら、魔物が近づいて来た……


あの手で絞め殺されるのかな……

魔術で身体を焼かれるのかな……

もう、どうでもいいや…………死ねるならそれで良い、他には何も望まない

今こそ心の底から懇願しよう……





「私を…殺して……」



「……………」


これから来るであろう痛みに耐える為ぎゅっと目を瞑る

さぁ、早く……私をコロシテ……


「酷い格好してるな……これでも羽織れ」

「…………え?」

恐る恐る目を開けると魔物が私に向かってローブを差し出している

それよりも、今この人はなんと言った?

「あの……?」

「話は後だ。取り敢えずこのローブを羽織れ。俺の魔力で作った即席の物だが今の格好よりは大分増しになる」

「あ、はい……ありがとうございます…」

私は言われた通りにローブを羽織ってみる

……温かい

「よし! なかなか似合っているな。その真っ白な髪の毛と漆黒のローブはなかなか相性がいい!」

目の前の人は腕を組んで満足そうに頷いている

………いや、そうじゃなくて!

「あのっ! 貴方は……その……魔物…なんですよね?」

勇気を出して聞いてみる

さっきは魔物だと信じて疑わなかったが、よくよく考えれば私だって1人で森にいるのだ

この人が人間だったとしても何もおかしくない気がして来た

「ん? そうだぞ。世間一般で人間は俺の事を魔物と呼んでいるな」

あっさりと認めた! やっぱりこの人も魔物なんだ!

でもそれにしてはなんか不自然と言うか、人間っぽいと言うか………


「失礼な話だとは思わないか? 俺をスライムやグール、挙げ句の果てには大イモリと同じグループに分類してるんだぜ? 」

「人間だって犬や猫と同じ分類にしたらブチ切れるだろ? そのくせ俺はどこ行っても魔物だー魔物だー! って言われてよ……俺は魔物じゃなくて魔族だっての! 」

これは……私に愚痴を言っているの………?

「その点エルフは良いよな、人間に混じって生活してもなんらお咎め無しだぜ? 外見が美しいってのはそこまで人の認識を変えるのかよ! 君はどう思う?」

いきなり話を振られた!? え? 何て答えれば良いの?

その、外見の話をしてたんだよね?

「その………、貴方は…充分に格好良いと…思います」

アレ? なんか目を丸くしてじーっとこっちを見てる?

……私何か失礼な事を!?

「ご、ごめんなさい! 私何か失礼な事を…言っちゃいましたか?」

今は怖くないが仮にも相手は魔物……

何か気に障る事を言ってしまったら怒って襲いかかってくるかも………

って、私はそれを望んでいるんじゃないの!

恐る恐る相手を見ると、魔物はお腹を押さえて俯いている

まさか、何かの魔術を唱えているの?

「くっ…ふふっ……」

何か声が聞こえた

これは……笑い声?

「くっくく…あはははッ! そうか? 俺は格好良いのか……、そんな事を言われたのは初めてだ!」

魔物はお腹を抱えながら大きな声で笑い始めた

最初は呆気に取られていたが、心の底から楽しそうなその声を聞いているとなんだかこっちまで楽しくなって来た

「ふふっ、笑いすぎですよ」

「いや、だって……真面目な顔で貴方は格好良いって………プッ……クク……ゴホッゴホッ!」

あ、最終的にむせ始めた。こういう人よくいるよね!

「ゴホッ、ゲホッ……すぅーはぁー……よし、落ち着いた………ぶふっ!…」

魔物は深呼吸して呼吸を整えている

その仕草がますます人間っぽくてとっても可笑しい!

もっとたくさんの事をこの魔物さんと話したいと思ったので、私は思い切って質問をした

「あ、あのッ! 私、イリス。ローズ・イリシュテンです。貴方のお名前をお聞きしても良いですか?」

「ローズ・イリシュテン……イリス……とても綺麗な名前だな。名前は顔を表すとよく言うが本当にその通りだ」

初めて名前を褒められた! 綺麗な名前って……

今まで自己紹介するとみんなローズ家である事にしか注目してくれなかったから……

それが凄く嬉しい

「俺の名前はカルディナルだ。よろしくな、イリス!」

そして私に向けられた笑顔は……初めての笑顔は、魔物のものとは思えない優しさと慈愛に満ちていた


今回はここまでです

寝ます



女の子はいつの時代も夢に憧れる生き物だろ?

絵本の王子様とお姫様の物語とかでこんなシーンがあると、自分もやってみたくなるのは女の子の性だ

だからイリスにこんな願望があっても全く可笑しくはない、むしろ可愛らしいじゃないか!


でもな、絵本で見るのと実際にやって見るので相違点がいくつかあるのもこの世の真理


たとえば………



「あったぞ! 街への入り口だ!」

こんな風に少しテンションが上がって軽く走ろうとすると………


「きゃッ!!」「ッ!!」


こうやってしがみついてくるんだよね、揺れるから

しかも、首に手を回された状態でしがみ付かれるって事はだな………

「ルディさんッ! ご、ごめんなさい!」

「い、いや全然気にしてないぞ!?」

瞬間的に顔と顔が急接近するんだよ! ウルウルした目をして、さらに真っ赤な顔がだッ!

この顔を見ちまうと…色々意識しちまってだな……その、イリスの事を………



体温を
華奢な身体を
柔らかい身体を
柔らかそうな唇を
少し汗ばんでる額を
髪から漂ういい匂いを
全身から漂う女の子の匂いを


……………………………………………














俺は変態かッッ!!!




再開します

>>118の続きから




あーもー! こんな邪な考えイリスに抱くなんてアホなのか俺は!?

     いやでも、男としてはごく当たり前な反応な訳で……別に悪いってわけじゃ………

悪いわアホッ! 出会って一月も経ってないのに何考えてやがんだこのバカッ!!

     ふっふっふ…男が変態で何が悪いッ!

格好悪いわッ! しょうがない、脳内で歌を歌って気を紛らわせよう。

     もっと自分に素直になれよ……



こんな脳内のやり取りが森を抜けるまでに幾度となく繰り返されてんだよ。もう本当に疲れた………


「ーーーさん? ルディさんッ!」

「は、はいッ!?」

やべっ! 凄くぼーっとしてた!

「大丈夫ですか? なんか心ここにあらずって感じでしたけど……」

実際に無かったからな……



「ああ、大丈夫。少し考え事をしてただけだから。それよりも街だ! やっとゆっくりと休めるぞ。うおぉぉぉ!」

「ちょ、ちょっとルディさん!?」

もうこうなったらヤケだ! 門まで突っ走る!

「ちょっとぉ!? 怖い、怖いですって!」

「大丈夫だって、あの夜もこれくらいのスピードだったんだぞ? しかも森の中を」

「そんなの関係ないですって! きゃーっ!」

イリスは痛いくらいにガッシリと俺にしがみ付いてくる。なんか信じられない位に柔らかいなコイツ…………



病みつきになりそうだ…………








………だから変態か俺はッ!!










「ル、ルディさんッ!! 前! 前を見て下さいぃぃ!」

イリスは何やら慌てた様子で前を指差す。ハッとして前を見ると、少し離れた所に、地を埋め尽くすほどの魔物がいた


「あちゃー、レッドジェリーかよ。門の前にウヨウヨと湧きやがって、本当に面倒くさい……」


レッドジェリーとはその名の通り赤いゲル状の魔物で、この世界では結構有名な魔物だ

あんた達の世界で言えばスライムとは行かないまでもドラキーくらいかな?

ゲル状でありながら大福の様な固有の形を持ちアメーバの様に移動をする

捕食の際は獲物を体内に取り入れ、三日三晩かけて溶かすという結構危険な奴だ

大きさも万別千差で、小さい物は人間の握り拳、大きな物は高さが5mを超える個体もいる

こう言えば恐ろしい奴だが、移動のスピードはかなり遅いので、人間は滅多に被害に遭わない

それどころか新人の魔術師や剣士などの練習相手になっているくらいだ

さらにあの赤い身体は炎の魔力が含まれており、物を燃やす際の燃料としても重宝されている

もっとも、加工せずに火をつけるととんでもない事になるけどな

まぁ、加工前も結構高値で取引されてるし、冒険者の財産源と言っても過言では無い


ーー


「ーーーーーーーと、こんな奴だ」

群れから10mくらい離れた所で立ち止まり、レッドジェリーの説明をイリスにした



「そ、そうですか…… でもなんか気持ち悪いですね」

イリスは青い顔をしてレッドジェリーから顔をそむけ、心なしか身体も少し震えている

確かに見た目は気持ち悪いな…… テールモンキーの方は危険だけど可愛いし

「まぁ確かに気持ち悪いな。でも意外と触り心地は良いんだぜ? 触って……みないよな」

イリスは首をブンブンと振って拒絶する。ここまで嫌われればレッドジェリーも本望(?)だろう………


さて、どうしようか………魔術で一気に吹っ飛ばすって手もあるけど、街の真ん前であまりそんな事はしたくないし……………

かと言ってコイツらが移動するのを待つならば、優に一日は待たなくてはいけないし…………

うん……やっぱり吹っ飛ばそう、しょうがないから。 それじゃあまずはイリスを降ろしてっと……

「ぁ………」

「今からあいつら吹っ飛ばすから少し待っててくれ」

残念そうにするイリスを横目で見ながら、レッドジェリーの群れに向けて手のひらをかざす

何にしようかな……うーん…電撃にするか水撃にするか……… それとも光……いや凍結? 消滅で一掃するのもアリだな


その時、街の大門の横にある小さな扉がギギギィ……と軋む音を立てて開き、中から数人の魔術師と剣士が出てきた

「ルディさん、あれは……?」

「多分討伐隊だ。門の真ん前に魔物がいれば邪魔以外の何ものでもないからな」

これで俺が呪術を使う必要もなくなった訳だ…と思ったのも束の間、安心するのはまだ早いかもしれない

ざっと見る限りではこれは新人の演習の様な気がする

もちろん実力者も見張りについていて危険は無いだろうが、これを全部討伐するのにはどれくらい時間がかかるのやら………




「おーい!お前ら何者だー!」


遠くから声が聞こえる。どうやら先頭にいた研修生が俺達に気付いたみたいだ



「俺達は旅の者だ。街に入ろうと思ったらコイツらに阻まれちまっててな」

それを聞くと先頭の男は「待っていてくれ」と言い残し街中に入って行った

恐らく責任者へ指示を仰ぎに行ったんだろう

「大丈夫ですかね……?」

イリスは不安そうな表情で俺を見上げて来た

「多分大丈夫だろ。いざとなったら俺が吹き飛ばせばいいんだし」



マ モ ノ ダ ロ ウ ト ニ ン ゲ ン ダ ロ ウ ト ナ




ーー


しばらくすると、見るからに身分の高そうな50歳位の男が出て来た

胸の徽章(バッジ)から察するに、魔術と剣技を両方極めたかなり位の高い者みたいだ

短い茶髪、貫禄のある口髭、全身を纏う明らかに高価な鎧、そして背中にさした大剣が印象的な男だ

「お前たち無事か?」

男はハリのある大きな声で俺たちに呼びかけて来た

「ああ、無事だ。だがツレはあまり身体が強くなくてな。出来るだけ早く休ませたい」

「え!? ルデ…ムグッ!?」

「こう言った方がとっとと片付けてくれるんだよ。これ、暮らしの知恵な」

イリスの口を手で優しく塞ぎながら、頭を指差しイタズラっぽく笑う

他にも風邪に罹った時とかに、少し症状を大袈裟に申告すると良く効く薬を処方してくれるぞ

「分かった! すぐに片付ける。皆の者かかれ!」

まさに鷺の一声、男の合図と共に一斉にレッドジェリーの討伐が始まった

レッドジェリー討伐のセオリーとしては、まず魔術でダメージを与えその後剣で切り刻むのが一般的だ

斬って良し、凍結させてバラバラにするも良し、水流で流すもよし、光で消滅させるもよし、本当に弱点だらけな奴だ

「凄いですね……皆どんどんやっつけてますよ」

「弱いからな。それに上司であるあの男がいるから士気も高まったんだろう」

先ほどあの男が出て来た時、全員が一斉に尊敬の眼差しを向けていたのを見逃さなかった。かなりの人望があると見て間違いないだろう

「あの、ルディさん」

討伐の風景をしみじみしながら見ていると、不意にイリスにローブの裾をクイクイ引っ張られた



「その……もう一度私を抱えてくれませんか?」

「ん? どうしたんだ? どこか具合でも悪いのか?」

正直恥ずかしいんだけど……

「あの、なんかアレを見てたら怖くなっちゃって……だから…」

ああ、確かに普通の女の子には耐え難い光景かもな。レッドジェリーの残骸がグチャグチャと音を立てて飛び散るあの光景は………

「分かったよ、でもさっきのじゃなくて普通の抱っこにするぞ」

腕を広げてイリスを抱っこする。
あぁ〜やっぱり軽いなぁ…それに柔らけ〜、良い香りもするし………



だから変態か俺はッ!!


ーー


「おらっ! おらぁ!」
「خضحفلنل!」
「ぬんっ!」
「سضحكل!」
「خضحفلنل!」
「نضحهغشح!」


なんだがんだで10分くらい経過したが……レッドジェリーの討伐もそろそろ終わりそうだな

見た限り全員そこそこ優秀だし、よほどの事が無い限りこのまま押し切れる

早い所イリスに街の見学もさせたいしな

頼むからよほどの事よ……起こってくれるなよ…………




ーー


ふむ、この短時間でここまでやれるとは今年の訓練生はなかなかに筋が良いようだな

この調子で行けばそう遠くない未来に、全員がこの街の自警団として働く事が出来そうだ


それにしてもまさかこの時期に旅人が来るとは思わなかった。しかも子供がたった二人きりでとはな

一方は漆黒の髪を腰近くまで伸ばしている少年。もう一方は銀髪を肩の少し下辺りまで伸ばした少女

どちらも漆黒のローブを身体にまとっており、恐らく同じ店で買ったものではないかと思われる


しかし、この森をたった2人で抜けるとは正直恐れ入った。恐らく彼らはかなりの実力者なのだろう

特にあの黒髪の少年。彼からは、ただならぬ雰囲気が漂っているように感じる

私の直感だが、彼は私と同程度……もしくは私以上の実力者かもしれないな。後でいろいろ話でもしたいものだ


ーー


この時点ではルディ、この男を含め全員が危険はないだろうと安心し切っていた

もちろんそれは当然の事で、高々レッドジェリー程度の討伐に危険性などあるわけがない


だから既にレッドジェリーがほとんど討伐されていて、ルディとイリスが通れる道が出来ているにも関わらず訓練を続行したレゼダの判断も頷ける

しかしこの時、既に忍び寄っていたのだ。ウィスタリア地方で最も危険とされている魔物が



…………………そして



「…………ん?」

「これはっ!」


ルディと男はこの異変に同時に気付いた

瞬間、ルディはイリスを強く抱きしめ直してから門に向かって全力で走り、男は逆にルディ目掛けて走る




「全員退却!! 街中に避難しろっ!!」

男は大声で退却を呼びかける。これから来る魔物は訓練生にはとても太刀打ちできるような物では無いのだ

「レ、レゼダ様…」

「早く退却しろ! 死にたいのかっ」

「は、はいッ!」

本来ならこの時点でこの男、レゼダも街に退却しなくてはならないのだが、不幸にもここには旅人が二人いる


彼には街を護る者として、二人の救出は義務なのだ



ーー



クッ…油断した

まさか最後の最後にこのような事態になるとは……私の失態だ…
だがあの二人は自分の命に代えてでも守って見せる

「おい、君たち大丈夫か!?」

「俺は全然平気だ。しかしこいつが……」

少年の腕の中で一人の少女が泣きそうな表情で震えていた。 少年よりも一か二つくらい年下だろうか、綺麗な銀髪……いや、白髪の少女だ


「早く戻らなくては! 二人とも、私について来てくれ!」

とにかくこのような場所で話している暇はない。時は一刻を争うのだ。二人を街まで連れて行き安全を確保しなくてはならない

一刻も早く! とにかく今は逃げる事だけに専念しなくては!

「おい、来るぞ」

「なに!?」

少年の声に反応して後ろを向くと木々がガサガサと揺れ………そして奴が姿を表した



名前はグレーンスネーク…………その名の通り巨大な蛇だ

全長9〜10mはあろうという巨体が、今まさに獲物を仕留めんと滑るようにこっちにやって来る

「マズイぞ……このままじゃ追いつかれる」

少年は冷静に私に話しかけて来た。確かにこのままでは追いつかれてしまうだろう……迎え撃つしかない!

「分かった! 君たちはこのまま街に逃げろ。私がこいつの相手をする」

背中から大剣を引き抜きグレーンスネークに対して構える。 正直、私一人ではこいつを倒す事は出来ないだろう………

せいぜいこの二人が街へつくまでの足止めにしかならない

「おい、あんた一人でコイツに勝てんのか?」

「わからん、しかしやるしかない! 君たちは早く避難しろ!」



嘘だ……分かっている



私はここで死ぬ……



グレーンスネークは既に狩りの体勢にはいっていた。 身体を起こして私たちを見据えおり、その高さは優に5mを超えている

目が合った瞬間私目掛けて、その巨体からは考えられないほどの俊敏な動きで飛びかかってきた

大きな口を裂けるくらいに広げ、獲物を丸呑みにせんとばかりに……


「グオッ……」


初撃はなんとか躱せた…が、頭部に何か硬いものがぶつかり膝をついてしまった

恐らくグレーンスネークの攻撃によって地面が抉れた際、飛び散った石が直撃したのだろう

私が倒れた隙を見逃すハズもなく、その巨体が大きな口を広げ、私目掛けて突進を………


「صضننحغنو:٥」


死を覚悟したその時、私の周りを赤い靄のような物が覆った

これは……障壁の魔術!?


ドンッ! と大きな音がしてグレーンスネークの巨体が宙を舞い、数メートル離れた場所に土煙を巻き上げながら墜落する

「おい、無事か?」

少年が慌てた様子で私の元へ走って来た


い、今のはこの少年が?!



「ああ…かたじけない」

差し伸べられた手を掴み起き上がる。この巨体を簡単に弾き返すほどの魔術を使うとは……やはりこの少年只者では無い………

「あんたはコイツを連れて街に行け。この蛇は俺がどうにかする」

少年は抱えていた少女を私に押しやるとグレーンスネークに向き直った


先ほど弾き返されたせいで、グレーンスネークはシューッシューッと怒りの声をあげている



「そんな……危険だ! 君がこの少女を抱えて街に逃げるんだ!」

「それはあんたをみすみす死なせる事になる。俺なんかに構ってないでとっとと行け」

「そんな事は出来ん! 私には君たちをーーー」



「黙れよ」



少年の静かな一言

しかしそのたった一言で、私は何も言い返せなくなってしまった

その少年は明らかに威圧感……いや、溢れんばかりの殺気を纏っていたのだ

私の身体を駆け抜けたこの久しぶりの感情は、紛れもなく…………恐怖………



「弱いくせに格好つけてんじゃねぇ! 俺らを護りたいってんなら俺の言う事を黙って聞きやがれッ!」



たかが齢(よわい)16程度の少年の言葉に、私は一言も言い返せなかった

本能が告げている…この少年には決して逆らってはいけないと……

だから私は………


ーー


「レゼタ様ッ、ご無事ですか!?」

「ああ、問題ない! お前たちは自警団を連れて来いッ! 私は……」

ガタッ……ガチャッ…ガチャガチャッ!

「何だこれは!? 扉が開かんぞ!?」

普段街を出入りする時は大門ではなく横の小さな扉を使っている。大門は他の街や国の身分の高い者を迎える時にしか開かないのだ

「ぐっ! うおぉおおッ!」



どんなに力をいれても開かない。これは一体!?

「あ、あのレゼダ様……実は先ほど上からの命令で、レゼタ様がこちらに来たら扉を封印せよとの命令が………」

「なんだとッ!」


なぜそんな馬鹿な事を!


「早く開けろ! まだ外には少年が一人いるんだ!」

「そ、それが……この封印術は時間が過ぎない限り解けないようになっておりまして……大体1時間ほどお待ちを…」


な……に………?


「ふざけるなッ! なぜそんな勝手な真似をした!!」

新人に怒鳴っても仕方が無いとは思いつつ止められなかった

「う、上からの命令でして…」

「お前たちは上とは違って二人の旅人がいた事を知っていただろう! もっと応変臨機に行動しろッ!」

くそっ! こうなったら………

「この大門を開けろ! 今すぐにだ!」

「は…しかし……」

「急いで門の管理所に連絡するんだッ! 急げ!!」

「は、はいっ!」


くそっ!クソッ!!

私はなんという事を……少女を置いてすぐに応援に行こうなどと楽観的に考えた結果が……この有様だ……

……そうだッ! 少女は!? 一体どこに!?


「き、君っ! 何をやってるんだ!?」

「やめなさい! 爪が剥がれ落ちてしまいます!」


開かずの扉の前が何やら騒がしい……まさか!?

急いで扉に向かうとそこには扉に爪を立てて必死に扉を開けようとしている少女と、それを止めようとしている新人の姿があった

「だからやめなさい! 本当に爪が剥がれて……」

「いやッ! 離してっ! 離してッ!!」

取り押さえている新人に対して必死に抵抗するも、力の弱い少女が訓練を積んだ者に敵うハズもない



「死んじゃうッ! ルディさんがっ! ルディさんが死んじゃう!」

少女は綺麗な白髪を振り乱しながら必死に叫んでいる

「おい、離してやれ」

それを見た私は堪らずに命令する

「しかし………」

「二度は言わんぞ」

新人は渋々といった様子だったがおとなしく少女を離した

少女は自らを阻む者がいなくなったと知るやいなや一目散に扉へと走って行く

しかし、私としても少女の行動を許すわけにもいかない

「君、止めなさい」

少女に後ろから声をかける

「止めませんッ! ルディさんッ! ルディさんッッ!!」

「君が何をしようともその扉は開かない。封印の魔術が施されているんだ。壊す事もできん」

辛い事だが事実を伝えなくてはならない

「そんな……どうして…!? どうしてルディさんがまだ外にいるのに封印の魔術なんかしたんですかッ!」

少女の視線が私に突き刺さる……

私は何も言い返せず

「……すまない」


ただ謝る事しか出来ない


「うぅ…ルディさん………どうして……う…うわぁあああッ!!」

少女は扉を叩きながら泣き出してしまった

その背中に…私は何も声をかける事が出来なかーーー




「おい…イリスッ! どうしたっ! なんで泣いてるんだ!!」



「えっ…………?」

「なっ!?」



い、今の声は……?


「ルディ…さん……?」

「おいっ! まさか…そいつらになんか変な事されでもしたのか!?」

「ルディさん!? 本当に…本当にルディさんなんですかッ!?」

「むしろ俺以外の誰に聞こえるんだよ? まだ10日しか旅してないとはいえそれはあんまりだぜ……」

「よかった…本当に…本当によかったよぉ……」

「あぁもう泣かないでくれ! それとな、ちょっと扉の前からどいてくれよ、開けたいから」

「グスッ……わかりました」

「サンキュ! ん…? あれ……? 開かない?」


…………まさか…グレーンスネーク相手に一人で生還するとは……


「君ッ! 無事か!」

「あ、あんたはさっきの!? なんで扉が開かねぇんだよっ! ま、まさかこの隙にイリスに変な事をしようとしてんじゃねぇだろうな!!」

「すまない、この扉には封印の魔術が施されているんだ。開くには1時間かかる」

「ハァ!? ふざけんなッ! じゃあ俺は1時間外にいなきゃいけねぇのかよ! 寂しいッ!」

「今街の大門を開けるように命令を出している! すまないがもう少し待っていてくれ」

「チッ……仕方ない。一体どの位かかるんだよ?」

「五分以内には必ず開けさせる。怪我はないか?」

「全然。ピンピンしてるぜ?」

「グレーンスネークはどうなった? 追い払ったのか?」

「可哀想だけど殺した」

「こ、殺したのか? あのグレーンスネークをか!?」

「ああ、すぐそこに転がってるよ。後で皮とか肉とかを買い取ってもらう場所を紹介してくれ」




そんなバカな…信じられない……たった一人の少年があのグレーンスネークを簡単に殺すなんて……

「レゼダ様! 大門を開く準備が整いました。自警団も集合済みです」

「ん? ああ、ご苦労。それでは早速門を開けろ」

ギシギシと軋みながら、ゆっくりと大門が開いて行く

少しずつ見えてくる外の風景の中に、ポツンと一人佇む少年の姿が確認出来た

「ルディさんッ!」

少女が、いの一番に街の外に飛び出し、我々も慌ててその後に続いく


「ルディさん! お怪我は……」

「ねぇよ、この通りピンピンしてる。そんな事よりもほら、街に行くぞ」

少年は少女の手を引いて街の中に向かって歩いて行く

「君、ちょっと待ってくれ!」

慌ててその後ろ姿に声をかけると少年は面倒臭そうに振り返った

「なんだよ? そいつの処理は後でする。今は宿に行かせてくれ」

「一つだけ……名前を聞かせてくれ」

少年は少し意外そうな顔をして私を真正面から見据えたが、フッと表情を緩めた

「俺の名前はカルディナル、こいつはイリスだ。また、後でな」

今度こそ少年と少年は街の中へと入って行った………


ーー


グレーンスネークは、その巨体を門から10mほど離れた場所に横たわらせていた

血のように真っ赤だった目は赤黒く濁り、すでにその生命を散らした事を語っている

その傍らでは、私の上司である自警団団長とその他の自警団員が数十名が既に解析に入っていた


私は団長の背中に声をかける



「団長、これは一体どのような呪術を……」

「……わからん。グレーンスネークの硬い皮をこうも容易く貫くとは……」

「大体グレーンスネークを一人で始末する事など可能なのですか?」

「前例は無い。その少年に実際に聞くしか無いだろうな………」


そう、グレーンスネークの討伐は言葉通り命懸けで、一匹討伐するには自警団員の精鋭30名ほどの戦力が必要となるはず

過去には自警団員50名で討伐に向かうも、全員が殉職した事すらあるのだ

そのような魔物をたった一人で始末する事などまさに未聞前代である

「レゼダ、お前はこの戦いを実際に見なかったのか?」

何時の間にか私の隣に移動していた団長が私にそう聞いて来た

「はい、私は何も……」

「そうか……… 使った呪術が一体どのような物なのかも見ていない訳か?」

「はい」

グレーンスネークの屍体はそれは酷い有様だった

胴の部分はほぼ無傷だが、頭部はもはや原型をとどめていないくらいにグシャグシャになっている

例えるならばそう……まるで無数の杭を、一気に打ち込んだかのようだ


「火、水、光、風、氷、電、闇、その他もろもろ、どれも当てはまらんな…」

「ええ、こんな事が出来る人間などこの世に………っ!?」




…………人間にはデキナイ?




それなら誰だったらデキル?



こんな事がデキルのは…………


グレーンスネークを一人でコロセるのは……


まさかあの少年の正体は………



もし、もしそうだったならば……










私はとんでもない過ちを犯したのでは………?

以上です

前回よりは2倍くらい文字量が多くなってますね………


こんにちは
珍しく昼間に投下です

とりあえず投下する前に何度か見直してますので、これで文法がおかしかったら私の国語力がないだけです



「えぇ、先ほどいらっしゃいましたよ。部屋は410号室ですね」

「そうか…ありがとう。よし、いくぞ」

レゼダは部下を数人引き連れて宿屋の奥へと進んで行った。宿泊客の何人かは好奇の目で彼らを見るが、それすらも今のレゼダには眼中に入らなかった


その理由というのは………


ーー



「しかしレゼダ様。本当にあの少年は何者なんでしょうか?

グレーンスネークを1人であの様な状態にする事など本当に可能なのですか? もしくはレゼダ様のお考え通り、あの少年はーー」

「今からそれを確認しに行くのだ。少し静かにしていろ」

もし、私の仮説が正しければ……我々はあの少年を討伐せねばなくなるかもしれん

そう…彼が魔族だったとしたら……全ての辻褄が合うのだ………

あの時の溢れんばかりの殺気

グレーンスネークを1人で始末できるほどの魔力


そして………謎の呪術


しかし我々に倒せるだろうか……? グレーンスネークをも簡単に殺すあの少年を……

…………いや、出来る出来ないの問題ではない。やらなくてはならないのだ

我々が…街を守る自警団が……


この命に代えてでも………


魔族は悪

街の中に入れてはならない

絶対に殺さなくてはならない存在……



「レゼダ様、ここですね」

「ああ」


階段で向かった4階の一番奥にその部屋はあった

扉をノックしようと手を上げたものの、その手は空中で停止し動かす事が出来なくなってしまった

「レゼダ様?如何なさいましたか?」

部下が不審そうな目で私を覗き込んでくる

それもそうだろう

私の手はドアを叩く寸前でピタリと静止したのだから………

しかし私自身もなぜ手が止まってしまったのか全く分からない

それは恐怖ゆえか、緊張ゆえか、はたまた命を救ってもらった事から来る負い目ゆえなのか………


…………私にも分からない


「あぁ、すまない。少し考え事をしただけだ」

私はドアを叩いた

コンッコンッ

木製のドアは小気味良い音を立てて室内の人物に来客を告げる

「……………」

ノックからホンの数秒間、しかし私にとっては永遠とも思える時間が流れる

相手がどの様な反応をするのか…… もしいきなり攻撃して来たらどう対処すればいいのか……

たった数秒間で、50を超える様々な思いが私の中を駆け巡った

私も部下も一言を発する事無く、只々相手の反応を待つという緊張に満ち満ちた時が流れる。

しかしその時はとても呆気ないありふれた音で終わりを迎える事となった


ガチャ……キィィ………


鍵が開く音とドアが軋みながら開く音。そして開いたドアの先には1人の少年ーーカルディナルと名乗った少年が立っていた

少年は私の後ろにいる4人の自警団に驚いた様子を見せる事も無く、ドアを大きく開き我々を中へと招き入れた

………それはまるで、我々がやって来る事を覚悟していたかの様にも見える


やはりこの少年は魔族なのだろうか?


それからお互いが椅子に座るまでの間、私は少年の一動一挙をつぶさに観察した

…が、なにも不審な点や動きは見受けられなかった

しかし油断は出来ない。この少年は何を思っているかなど我々に知る術は無いのだから…………



ここから逃げる手段?

我々を始末する手段?

それともなにも考えていない?

この少年が魔族であるというのは我々の思い違い?


……よそう、考えるだけ無駄な事だ


そして私はここに来る前に用意しておいたセリフを口に出した


ーー


予想はしていた

あの蛇を1人で始末できるほどの人間など今まで存在した事は無い

そんな事が出来るのは魔族くらいだ。そう、俺の様に………


必ず怪しまれると思った


だから怪しまれない様に蛇を倒す事はせず、ただ逃げ回って時間を潰そう。そう思っていた

そうすればその内助けが来る。俺の事を怪しまれる事もなかった

しかし出来なかった……

イリスをレゼダという男に託して蛇と対峙した瞬間、おれの身体中を何かが駆け巡った

それはまるで蛇の様に脚へと絡みつき、まるで水の様に俺を満たしていった

最初その『何か』の正体は分からなかったが、辺りを見渡した瞬間その正体は鮮明に俺の脳を支配した


誰もいない……

俺以外誰も………


さっきまでいた見習い達も………


その責任者のレゼダという男も…………


今まで片時も離れずに過ごした……イリスも……………


途端に脚が竦んだ

息が詰まり呼吸が出来なくなった

この胸が痛いくらいに早鐘を打ち始めた





恐怖





蛇が怖かったのではない

『独り』が怖かったのだ

ほんの10日前までは長き時を『独り』でいたにも関わらず俺は『独り』に恐怖した


そしてそれを自覚した瞬間、俺の中をイリスが支配した

イリスの声が…
イリスの笑顔が……
イリスの温かさが………
イリスとの食事が…………
イリスと共に過ごした時が……………



そして………




ーーーーー

ーーー






砂煙が周りを満たし、そこを突き抜けて鼻腔を蹂躙する血の匂い


それもそうだろう


俺の半径1m以内を除き、周りの大地は血を吸い紅で満たされていた

無意識の内に障壁の魔術を張っていたのだろうか、返り血は一滴たりとも身を穢してはいない

やがて砂塵が治まり、この大地を赤く染めた生物の正体が現れた

先ほどまで獰猛な唸り声をあげていた生物は、既に物言わぬ塊に成り果てていた


その巨大な頭をグシャグシャに潰されて…………


俺はその光景を呆然と見つめていたが、ハッと我に帰った

どれほどの時間が過ぎ去った頃だろうか、俺は門に向かって走った


後の事も先の事も考えずひたすら走った


やがて門の内側からイリスの声が……泣き声が聞こえてきた時、俺は不謹慎ながらも安堵した


街の大門が開き中からイリスが一目散に駆け寄ってきて抱きついてくれて本当に嬉しかった



本当なら俺もイリスを抱きしめ返して……泣きたかったのかもしれない



でも俺にはそんな事は出来ない

俺は…イリスにとっての支えにならなくてはならないから……

どんなことがあっても、イリスの前で弱い所を見せることは出来ない


俺に出来るのはせいぜいイリスを安心させるために道化を演じることだけ………

どんなに怖いことがあっても、悲しいことがあっても……明るく振る舞う事しか出来ない


そしてそれは……今も同じ事だ。
魔族である事を疑われるのは慣れている

でも、その時に感じる胸に突き刺さる痛みにはいつまで経っても慣れる事はない

でもその痛みをイリスに見せるわけにはいかない


俺は……イリスの支えだから…………


ーー


「先ほどの失態を詫びにきた」

レゼダは俺の前に立ち上がるなり深く頭を下げ、それに倣って部下の面々も頭を下げた

「旅人がいながら未熟な訓練生の訓練を実施したことは、完全に私の失態だった。

一歩間違えれば取り返しのつかない事態になっていたかもしれん。本当に済まなかった

私に出来る償いがあーーー」

「構わない」

俺はレゼダの謝罪を途中で遮った

「確かにアンタには大きな失態があった。だがそれを俺に謝罪するくらいなら二度とこの様な事が起こらない様にしろ

今回は幸いにも怪我人はいな……アンタは頭に怪我したんだっけか……重傷人はいなかったんだ。

その幸運に感謝して次に生かす事だけを考えろ」


少し長い説教になったがまぁいい

どうせこのくらいに高い地位になると、他人からの説教なんて滅多に受けないだろうからな。いい薬になるだろう。


「それでだ。あのグレーンスネークを売却したいんだが頼めるか?」

俺にとってはこっちの話題の方が重要だ。なにせグレーンスネークは高く売れる

皮は丈夫な鎧や盾、鞄などに加工され肉は食用になり、牙はナイフに、目や肝は漢方薬になる


「分かった。せめてもの償いにこの街1番の商会に案内しよう。出来るだけ高く買い取る様にさせる」

そんな必要はないんだけどなぁ……まぁいいか、好意には甘えよう


「ところで連れの少女の姿が無いが、どうしたんだ? 出来れば彼女にも謝罪させて欲しいんだが」

「あぁ、イリスならーーー」

「ルディさ〜ん。上がりましたよ〜♪」

どうやら答える前に答えが来たようだな

「そうか、湯加減はどう…だ…っ………」




………………一刻停止






……………………………………ふぅ、落ち着いた……

いや、別に賢者がどうとかじゃなくて……俺魔族だし。うん、もうちょっと頑張ろう!


「イリス。俺、もうちょっと頑張るよ………」

「? はいっ! 私も頑張ります!」

にっこりとした笑顔で応えてくれる

なにこの子は……天使の生まれ変わりなんじゃないのか?

白い肌、美しい裸体、上気して赤らんだ顔、………美しすぎる



……………じゃなくてっ!!



「きゃっ!?」

急いでイリスに毛布を投げつけ体を隠す

「ど、どうしたんですか? この毛布はーー」

「いいからしばらくそのままにしてなさい! それでお前達は……」

振り向いた先には顔をそらしてイリスを見ようとしないでいるレゼダと………

「てめぇらポケーっとしてんじゃねぇっ! とっとと出てけぇええっ!!」

仄かに殺気を込めて怒鳴ってやると、部下共は怯えたように逃げて行き、レゼダの方も

「あぁ…その、部屋の外で待つ。私もついて行った方が商会の面々の印象も良いだろう」

そう言い残して部屋を出て行った

「たくっ! あの野郎共め…」

「あの? ルディさーー」

「イリスは早く浴衣を直してくれっ!」


風呂上りのイリスの格好は、この宿に置いてある瑠璃色の浴衣姿でサイズもピッタリだ

ただ一つほど問題があって……

「……えっとこうかな? あれ?」

全く着こなせてないんだよ! ほとんど開けた(はだけた)格好だったからな?

本人は軽く逆上せてたみたいで、それに全く気付いてなかったようだ

ま、まぁぎりぎりで下の大事な所と上のお山の頂点は隠れてたけどな!!

「あっ! 帯落としちゃいました」

「お、おい!?」



イリスは落とした帯を前屈みになって拾おうとすると、前でクロスしてある部分がバッサリと開いて……

「止まれえぇえぇぇ!!」

大声で静止を呼びかけてイリスを止める

「ど、どうしたんですか? その、何か私失礼な事を……?」

うん。俺の理性に対してかなり失礼な事を……

「い、いやそうじゃなくてよ………ああそうだイリスは帯結べないんじゃないのか俺が結んでやるよ!」


一気に喋り切ってから答えを聞くよりも早く帯を拾い上げイリスの後ろに回る

その間わずか1秒、もちろん目は瞑ったままだ!

「本当ですか? お願いします。実は難しくて結べなかったんです!」


この数日で分かったことがある

イリスはとんでもなく不器用だ……

その度合いは、話し方や生い立ちからは考えられない

服を一人で上手に着れない

食事も結構危なっかしい

料理も出来ない

恐らく掃除とかも出来ない


また、自分の事に無頓着であり、俺に対して大ダメージを与えてくる事も少なくない

今から考えてみれば、最初に会った時も薬を塗るって言った途端に服を脱ぎ始めたからな………

恥じらいがないって事はないんだろうけど……… この10日間一体俺の理性をどれ程までに摩耗させて来たか………



「結べたぞ。キツくないか?」

「はい、大丈夫です!」

「よし、ひとまずこれで安心だな」

元気良く返事してくれるイリスの頭を撫でつつ俺は事のいきさつを手短に伝えた

外に自警団が来ている事やイリスに謝罪したいこと、さっきの蛇を売りに行く事などだ

「イリスはどうする? 多分暇だろうし別行動でもーーー」

「行きます! ついて行きます! ルディさんと一緒にいられるなら退屈なんてありえませんっ!!」

食い気味に返事をして来た……

「そうか? それじゃあ行くぞ」

イリスを連れて部屋のドアを開けると、そこにはレゼダが立っていた

「待たせてすまなかった、ちょっと準備しててな。ところで部下達の姿が見えないけど?」

「部下は帰らせた。あまり大勢で向かっても邪魔だからな。それよりも……」

レゼダは先ほど俺にした通りの謝罪をイリスにもした

イリスはそれをムスッとしながら黙って聞いていたが、謝罪が終わると『いえ、別に気にしてません』とぶっきらぼうに返事をした

レゼダは少し気まずそうにしていたが、『商会まで案内する』と言うと先を歩き始めた

「なぁどうしたんだ? そんなにムスッとして」

歩きながらイリスに小声で聞く

「さっきあの人はルディさんを外においたまま扉を封印しました。そんな人なんか許したくないです」

イリスはムスッとしたまま小声で返事をした

まぁ厳密にはアイツの部下が封印したんだけどな

「……そうか。…………ありがとう」

「え? 何か言いましたか?」

「いや、別になんでもない」


俺なんかの為に心から怒ってくれるイリスに感謝をしつつ、宿屋の外へ出た

この街は大通りが二つ存在し、それが街の中心で直角に交わっている

その中心は大きな広場となっていて、男と女が泣きながら抱きしめあっている銅像が置かれていた

人通りもそれなりに多く、あちこちで物の売り買いが盛んに行われているようだ

たまに見かける狭い小道は恐らく住宅街などに繋がっているのだろう

つまり俺たちは、この大通りから外れなければ迷子にはならないという事だ

銅像という目印もあるので、そう簡単には迷子にならないだろうな


「この街は随分と賑わっているんだな。周りが森に囲まれているにも関わらず……結構珍しいな」

店の中には魚介類の専門店もある。ここから海までは一体どれ程あるんだろう?



「確かに凄く賑やかですね。さっきのケーキ屋さんなんかたくさん人が並んでましたよ」

さすが女の子だけはあってそういう店には敏感みたいだな。後で買って行こうかな……… 俺も甘いものは嫌いじゃない

そんな会話を2人でしていると前方にいたレゼダが説明をしてくれた

「この街はここから北に関所を設けていてな。そこで様々な物を売買しているんだ」

「魔物がいるこの御時世に関所なんか通る奴いるのか?」

「当たり前だろう? 魔物を狩って生活しているハンターや鉱山目当ての団体などたくさんいる」

そ、そうなのか…… 今まで関所なんか通らずに森を一直線に突き進んでいたから知らなかった………

「特にここは経済の中心を担う街バームステンから最も近い街だからな。立ち寄る人間も多い」

「あぁ…なるほど………」

イリスの方をちらっと見ると複雑な表情で俯いている。どうやらまだ完全には吹っ切れてないみたいだな…………


ーー


「それにしてもお腹空きましたね」

「そうだな。前にご飯食べたの随分昔な気がするよな。まだ4時間位しか経ってないのに……」

「ならば商会に行く前に腹拵え(はらごしらえ)でもしてはどうだ?」


そう言ってレゼダはすぐそばにあった一軒の店を指差した

「これは何の店だ? ええ〜っと……あれはキノコの絵か?」

「採れたての山菜や野菜が美味しい店だ。味は私が保証する」

「どうする? ここでいいか?」

「はいっ!」

満場一致で店に入ると、なるほど……野菜独特の香りがする。そして店員からメニューを受け取りイリスと一緒に眺める

「これが美味しそうだな」

「ルディさん! こっちも美味しそうですよ!」

「そうだなぁ………迷うな……」


結局俺とイリスはサラダと山菜の揚げ物のセットを、レゼダはフルーツジュースを注文した

「いいのか? 飲み物だけで?」

「一応私はまだ仕事中だからな。食事を取ったり酒を飲むわけにもいかない」

なるほど。それは悪い事をしたかな……………


ーー


「あの……ルディさん……少しおトイレに行ってきます……」

料理待ちの最中、ほんのりと顔を染めてイリスが席を立った。別にいちいち報告しなくてもいいのに…律儀と言うかなんと言うか……



そんな事を思いながらボーッと注文を待つ体勢に戻る

するとこの機をずっと待っていたのであろう、レゼダが話しかけてきた

「…少しいいだろうか? 聞きたい事があるのだが……」

その表情はかなり強張っていて、口に出す言葉を一句一言吟味しているようだった

ここまで腫れ物扱いされると流石に少し悲しい……

でもそれも仕方のない事か……俺はこくんと頷いて先を促す事にする

「かたじけない。早速だが…旅はどの位続けているんだ?」

「もうかなり長いこと続けている。生まれた時から親に連れられて国々を転々としていたからな」


大嘘だがな………


「親はどうしたんだ?」

俺は黙って首を横に降った。これで恐らく通じるだろう


……大嘘だけど


案の定、レゼダは小さくすまない、と詫びをして次の質問に移った

「歳は幾つだ?」

「俺は17、イリスは14」

大嘘だけどな…実際は50超えてるし………本当は何歳だっけ?

「旅の目的はなんだ?」

「特にない」


これは本当の事だ


「ふむ……」

レゼダはなにやら考え込む仕草をしながら次の質問に移る

「どうやら呪術を得意としているようだが何が使えるんだ?」

「一通りは使える。火 水 雷 氷 風 光 その他諸々だ」

「その歳それ程までにか………」

「これ位出来ないと生きていけないような環境で育ったからな……

だからグレーンスネークも簡単に始末出来るわけだ」

「っ!?」




友人が攻め込んできたので一旦休止です…

18時頃から再開します


少し早いですが再開を

少し>>157とかぶせて投下します



「ふむ……」

レゼダはなにやら考え込む仕草をしながら次の質問に移る

「どうやら呪術を得意としているようだが何が使えるんだ?」

「一通りは使える。火 水 雷 氷 風 光 その他諸々だ」

「その歳それ程までにか………」

「これ位出来ないと生きていけないような環境で育ったからな……

だからグレーンスネークも簡単に始末出来るわけだ」

「っ!?」

レゼダは案の定驚いた様子を見せる。そりゃそうだろうな

どのように聞こうかと思っていたデリケートな話題を相手から出してくれたんだから


「俺は実践経験だけで言えば恐らくアンタの数十倍はある。物心ついた時から戦ってるからな」

実際は数十倍じゃきかないだろうけど

「だから分かるんだよ。アンタが何を考えているかがな。今までもそうだったし」

「……どういう意味だ?」

「別に白を切る必要なんかないよ」

「………分かった。それでは率直に聞こう」

「どうぞ?」

「君は一体何者なんだ?」

「何者とは……魔族なのかそうではないかという事か?」

「……………………」

「別に黙る必要なんかない。それに俺も慣れてるからな」


嘘だ



人間から半ば恐れられ疑われる事には、何年経っても慣れる事はない

「そしてその問いに対する答えだが……」

ここで一旦区切って溜めを作り……そして一気に吐き出す

「仮にここで俺が魔族ではないと言ったところでアンタはそれを信じないだろ?」

「………」

「だからそれについては保留しとく。強いて言うなら旅人だとでも言うさ」

「……分かった。不快にさせてしまったならばすまない」

「不快にならないと言えば嘘になるけどよ。まぁいいさ、この位で怒る程、器は小さくないつもりだ」

自分ではカラカラ笑いながら言えたとは思うが…向こうはどう受け取っただろう………

どっちにしろ空気は気まずいけどな


ーー


「旅は楽しいか?」

向こうもそれを思ったらしく、俺に対して話題を振ってきた


そうだな………少しからかってやろうかな



「まぁな。何度か死にかけたけど楽しい事も多い」

「君程の実力者でも危険な事があるのか? 例えばどういう事が?」

「最近じゃ…そうだな………サキュバスに会った時かな」

「サキュっ!?」

「ああ、アンタが想像した通りのサキュバスだ。あいつらはマジでやばい……」

「き、君! あまりそういう話はーーー」

「森を歩いてたらいきなり飛びかかって来てよ。しかもいきなり全裸で。

よっぽど腹を空かせてたのか知らねぇが一瞬でローブを捲られてーーー」

「分かった! もういい! 君がそんな辛い目に遭っていたなんて知らなかったんだ!」

「………何か勘違いしてるようだが、俺は微塵も精気を吸われてねーぞ?」

「……む? それでは何故危険な目に遭ったと言うのだ?」

「何とか逃げる事は出来たんだが、それから三晩三日追い回されたんだよ……全くの不休不眠で。

後ろを振り向くと真っ裸の女が血走った目で俺を追いかけて来ててな。その形相が死ぬ程怖かった」

今思い出しても悪寒が走る……あの時は本当に死ぬかと思った………

「なまじ美人だから対処に困るんだよ。人型でさらに美人。始末するのも心が痛むし……」



ちなみにこのサキュバスからはイリスに出会う数日前、バームステン近辺の森辺りでやっと振り切ったんだけどな………

その時運悪く、近くに人間がいたんだよ

それがあの馬鹿姉弟って訳で………俺もやっと逃げ切って油断してたんだな



全く気付かないまま独り言でこう言ったんだ

『魔族じゃなきゃ逃げきれんかったぞ! あの変態女!』ってな………

それから何度も命を狙われる羽目に……一体どこまで俺を苦しめやがるんだあのサキュバスは!

……いや、あいつのおかげで俺はイリスと出会えたんだから……結果オーライかな?


「それは……凄まじい体験だな………」

俺のゲンナリした表情から如何に酷い目に遭ったのか察してくれたのだろう。レゼダの目は気の毒な少年を見るものになっていた………


ーー


「ルディさん! お料理来ましたよっ!」

「分かったから……あんまりはしゃがない」

それから10分もした頃ようやく料理が運ばれて来た。 既にトイレから戻っていたイリスはワクワクしながら俺の裾を引っ張る



料理がテーブルに置かれいよいよ食事が始まる。俺も結構楽しみにしてたりするんだよ………


いいだろ? 魔族でも…それくらいはな……


「それではいただきますっ!」

「いただきます」

イリスに倣い手を合わせ食前の挨拶を行う。しかしそこでイリスの動きはピタリと止まり、俺もサラダを口に入れる直前で止まる

「どうしたんだ? 食べないのか?」

さっきまでの元気はどこへやら……何故か神妙な顔をしてピタリと停止しちまってる

イリスはそのまま恐る恐るといった体(てい)で俺の方を見つめてきた

その目を見る事約5秒、俺はイリスの言わんとしている事を理解した

イリスは一応名門の家で育ったが、食事などはいつも独りぼっちだった

もちろんそんなイリスにテーブルマナーを教えてくれる人間などいる訳も無い

だからナイフ、フォーク、スプーン、ハシなどの使い方が分からない訳だ

今までは野外での食事だったので、串に刺した魚や木の実が主な食事だったから困りはしなかったが………

ふぅ、仕方が無い

「ほら、口開けな」

自分の口元まで運んだサラダをイリスに食べさせてやる

イリスはそれをもきゅもきゅと必死に食べている

ちょっと量が多すぎたか? 次は半分くらいにしとくかな………


「どうだ?美味いか?」

イリスは口を動かしながらコクコクと頷いて返事をしてくる

そのあまりにも可愛らしい仕草に自然と笑みが零れてしまう

娘を持った父の気持ちの片鱗を味わった気分だな…………


「君はハシの使い方が上手だな。この大陸には最近伝わったばかりの物なのだが」

片手で自分、片手でイリスの食事を器用に行う俺を見て、レゼダが感心したように声をかけてきた

「俺はもともとハシが主流の大陸生まれだからな」

「ほう! それではここから遥か南の地から海を渡ってここまで来たのか! 是非そちらの話を聞かせてもらいたい!」

「いいぜ、どんな事から聞き……ちょっと待ってくれ。

イリス。口元のドレッシング拭き取るぞ」

「んっ…ぷはっ……ありがとうございます!」


ーー


とまぁこんな感じで和やかに食事は終わった

イリスに関しては、何故か飲み物すら俺が飲ませることになったんだが……細かいことは気にしない



その後俺たちはレゼダの紹介でウィスタリアで最も大きい商会に蛇を売り付けに行った

そこで買取額を聞いた時は度肝を抜かれたね。なんせあんな大物を人間に売り付けた事なんて初めてだったからな

なんと値段は7000万エカ

(エカてのは単位で円と同じくらいだと思ってくれ。つまり7000万円だ)


もちろん旅人の俺たちにとって、それ程の大金は邪魔以外の何物でもない

1万エカの紙幣にしても7000枚必要になるのだから……


そこで支払いは全世界で共通して使える小切手にしてもらう事にした

6990万エカの小切手を一枚、1万エカの紙幣を10枚、合計7000万エカだ

(この世界は小切手を1万単位で切れるから6990万みたいな半端な額でも構わないんだよな)


その後はレゼダに礼を言い、イリスの手を引き宿に戻った。もちろん途中のケーキ屋でケーキを買うのも忘れずにな


ーー


そして部屋に入った所で

「صضننحغنة」

「ルディさん?」

イリスの手を掴んだまま小さく障壁の魔術を唱えると、俺たちの周りを黒い靄が覆う

「どうしたんですか? それに……これ………」

「障壁の魔術だ。これは主に内から外への音を遮断する。つまりこれから内緒話をするんだ」

口元に指を当ててそう言う。なにせさっきから尾行されてるしな

「内緒話ってーーー」

「俺の正体に疑いを持たれている」

「え……?」


ここで俺はイリスにこれまでの経緯をすべて話した


「そんな……だってルディさんはあの人を助けたんですよ!? なのになんでっ!!」

「そういうものなんだよ。魔族の扱いってのはな。恩とかそういう事は関係なく悪と決めつけられる」

「そんな……そんなのってぇ………ひど…すぎます………」

イリスの声はだんだんとか細くなっていき最後には嗚咽に変わった

「わ、私は…悔しい………グスッ…です……なん、で…ルディさん…みたいな…いい人がこんな目に遭わなくちゃ……」

「仕方ないんだよ。……これも俺の運命だ。受け入れてる」



頭を撫で、柔らかい口調で安心させるようにそう言う

「だから早い所この街を出る事にしようと思うんだ。あと2、3日くーーー」

「明日出ましょう!」

「え?」

「明日の朝出来るだけ早く出ましょう! その方がいいです! こんな街なんかっ!」

涙を湛えた瞳に強い意思を込めて俺にそう言ってきた


しかし………


「それで良いのか? 今日来たばっかりなんだぞ? イリスだって色んな店とかを見て回りたいだろうに……」

人間の、しかも少女にとって旅とは決して楽なものじゃない

食事は粗末なものだし寝る場所などの確保も大変だし、他にも色々と不便な事ばかり

しかしイリスは首を横に振る


「そんな事はどうでもいいんです! 私は、私はイヤです! こんな街っ!」

「イリス………」

「ルディさんは言いましたよね? 私はもっと自分の意見を伝えた方が良いって

だから言えるんです! 私はこんな街早く出たいんですっ!!」

自分のために心から怒ってくれる少女にこれ以上何が言えるってんだ………

俺は頷く事しか出来なかった


「わかった、明日この街を出よう。 ………ごめんな……イリス」


俺はそう言って俺の胸に顔をうずめて泣きじゃくるイリスの頭を優しく撫でる


明日出よう。この街を



よほどの事が起こらない限りは…………


まだ続きはあるんですがここからちょっとだけR18なので一旦終了

続きはまた24時頃から再開します

それともう一言





























期待しない方が吉


暫らく賢者モードになってた(恥ずかしさで)…………

今回から一回の投下量を少なくしてみる



一体何があったんだろう………?


私は今ウィスタリア街道をトボトボ一人で歩いている

と言うのも今朝私たちが旅支度をしていた時、急に昨日の人がやって来てルディさんを連れて行っちゃったせいなんです

レゼダという人だったけど、昨日なんかとは全然違う表情をしていて怖かった

なんか……こう………親の仇を見るような目だった

ルディさんは笑いながら『心配するな。しばらく街でも見学してな』と言ってたけど……やっぱり心配です

少しの間宿屋でルディさんの帰りを待っていたけど、ジッとしてる事に耐えられなくなったので少し散歩する事にしたんです

道行く人はみんな楽しそうな表情をしていたけど、それを見るたびに私の心はどんどん沈んで行く

なにかとても嫌な予感がする……… この街で一体何が起こっているんだろう………………

「ん? なんだろ……あれ?」

道を歩いていたら、大きな建物が目に入って来た。なんか神々しい感じがして思わず足を止めちゃったけど………

どうやら出入りは無料で出来るらしい。私は何かに操られるかのようにフラフラとその建物に入りました



「あら? こんにちはお嬢ちゃん」

「あっ……こんにちは」

中に入ると、お姉さんが私に声をかけて来た。白い髪をたなびかせ、とても清楚な感じのする綺麗な人だった



「貴女、この街の人じゃないでしょ? 大聖堂は初めてかしら?」

お姉さんは人懐っこい笑顔を見せながら私に話しかけて来る。ここは大聖堂だったんだ……

「はい。私、この街には昨日来たばっかりなんです」

「へぇ、そうなの? 団体旅行で来たのかしら?」

「いえ、二人で来ました」

「へぇ〜 たった二人でここまで来たのね。一番近い街のシェーヌからでも5日ぐらいかかるのに」

お姉さんは驚いたように私を見てくる。やっぱり普通じゃないのかな、二人だけの旅って………

「私の連れの方が凄い実力の方なので」

「ふーん………」

それきりお姉さんは、なにも言わずに私を見つめて来た。な、なんだか恥ずかしい………


「あ、あの。この大聖堂にある大っきな像はなんですか?」

女の人の視線をズラすために咄嗟に出た言葉にしては、なかなかいいものだと思う

多分、街の広場にあった像を大きくした物だと思う



男の人と女の人が抱きしめあっている銅像……


女の人は涙を流しつつも満面の笑みを、男の人は優しい笑みを浮かべつつも悲しそうな表情をしていた



「これはこのウィスタリアに伝わる神話をモチーフにした銅像よ。

女性は美の象徴である『ウィスタリア』男性は武神エカルラートの息子『フィセル』を表してるの」





神話


それはどの街にも必ず一つはある壮大な伝承の事

事実か作り話かの論争が未だ絶えない分野であり、それぞれが独立または繋がり合った物語になっているという事を聞いた事がある



「貴女は知ってる? この街の神話 『美しき少女の贖い』という物語を」

「いえ、全然知らないです。神話自体ほとんど聞いた事がなくて………」

「あら、もし良かったらお話しましょうか? 一人の少女の贖いの物語を」

「い、いえ、私は……その……」

最初は断ろうと思っていた私だったけど、にっこりと優しく微笑むお姉さんの顔を見ると、なんだか断ってはいけないような気になって来た

ここで断ったら、私はきっと……いや、絶対に後悔すると思う

「………聞かせて下さい。お願いします」

「フフッ、別に頭を下げる必要なんでないわよ。私が話したいから話すんだもの。さ、そこの椅子に座って」

そう言ってお姉さんは私を椅子に座らせると語り始めました

ウィスタリアに伝わる一人の少女の神話を



ーー



「だから俺はなにもしてないつってんだろ!」

ルディはドンッ! と机を力任せに叩く。その目には明らかに苛立ちが込められていた

「そういきりたたないでくれ。私もこうして君を疑いたくはないんだ」


ルディとレゼダはウィスタリア自警団本部の取調室で、机を挟んで座っている

この狭い密室で、二人はかれこれ2時間近く会話をしているのだ


いや、会話というのは適切ではない




ルディはレゼダに尋問されているのだ



その尋問の内容というのは、昨日発生した自警団員四人の失踪事件についてである


昨日、レゼダがルディとイリスに謝罪に来た時に連れていた四人の部下達

彼らが全員失踪したのだ

レゼダは商会に行く際、彼らを『帰らせた』とルディに説明をしたが、それは全くの嘘であった

本当は隠れながらルディとイリスを尾行していたのである

それはルディ達がレゼダと別れた後もずっと続いていたのだ

本来ならば今日の早朝、四人とも自警団本部で待機しているレゼダの元に報告へ戻る手はずであった

しかしいつまで経っても四人が戻る事は無かった。もちろん徽章(バッジ)についているトランシーバーで呼びかけもしたが反応はついに無かった

そしてレゼダはこの失踪事件の犯人として最も疑わしいルディを呼び出したのだ

しかもレゼダが訪れた時、二人が旅支度をしていたのも疑われる要因になっている

これはルディにとって運が悪かったとしか言いようがないが、とにかくこれはレゼダに良い印象を与えるものではなかった

こうしてルディは、半ば強制的に連行されてしまったのだ



ーー



「だいたいなんで俺が自警団員四人を連れ去る必要があるんだよ! 別にんな事しても利点が俺には無いだろ!」

「う……む…」

もちろんレゼダは密かにルディを監視していた事を本人には言っていない

そして同時に、ルディも監視に気づいていたという事をレゼダには言っていない

つまりこの尋問は、ルディが主導権を握っているのだ。レゼダには攻め手が少ない

いや、それどころか本来ならばルディをここで尋問する事さえ出来ないはずなのである


しかしレゼダもここで、はいそうですか と済ませる事は出来ない

あの四人はレゼダが特に目をかけて育ててきた大事な愛弟子なのだから



「しかしそれならば、何故あんなにも早い時間に旅支度をしていたんだ? 昨日の昼過ぎに来て今日の早朝に発つ事など普通ではないだろう」

この疑問は尤もである。ルディは昨日レゼダに“旅に目的は無い”と答えているのだから

ルディもこの質問には適当に答える事は出来ない

「別に構わないだろ。俺とイリスがいつこの街を出発しようとアンタ達には関係がない!」

「あからさまに不自然な行動をしたのだから無関係ではないだろう。特にこのような事件の直後はな!」

「ったく……察しろよ。自分の事を魔族と疑う自警団のいる街に、長く滞在したいと思う人間なんかいるわけねぇだろ」

その言葉を聞いてレゼダは押し黙る。ルディの語った理由は誰もが納得できるものだったからだ

ルディはその沈黙をレゼダの投了と見なし席を立った

「これでもういいだろう? 俺だってこんな事を言いたくないから今まで黙ってたんだ」

「ま、待て!」

レゼダはルディの腕を掴むが、ルディはそれを乱暴に振り払う

「いい加減にしろ! 俺をここに留めたいのなら俺がこの事件に関与してる証拠を持って来い!」

ルディも苛立っているのである。折角イリスが自分のためを思っての提案を、事件に関与しているのではと疑問の要因にされている事に


今から投下時刻は不定期に人間組から
魔族達はネタバレを削るのが少し大変なので

あと、これ必要な設定なのか? てのもあるかと思いますが、もともと自分用のなのでご勘弁



ローズ・イリシュテン (イリス)

種族 : 人間
分類 : 旅人 (ローズ家 次女)
性別 : 女
一人称 : 私
二人称 : 貴方
歳 : 14
髪色 : 白
髪型 : 肩の少し下まで ストレート
眼色 : 薄い水色
身長 : 152cm
出身 : バームステン
武器 : なし
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

なし

【特徴】

生物なら必ず持っているはずの魔翌力を全く有していない特異体質の少女。それゆえ名家であるローズ家では汚点扱いされていた

母からの拷問の末家から逃げ出しルディと出会う。そこで初めての優しさに触れ、ルディについて行く事を決意する

ウィスタリアで神話と出会い、それ以降街から街を神話を求めて旅する事を目的とする

ルディには特別な感情を抱いているが、それが恋愛感情なのか恩人に対する感謝と尊敬なのかは本人にも分かっていない

心優しく純粋で、人の心を自分のように感じる感受性を持つ。ルディに対しては特にそれが顕著である

とても不器用なので料理、食事、掃除などの作業を1人では充分にこなせない。それにルディは頭を悩ましている

自分よりも歳上の人間に囲まれて育ったので、姉という立場に憧れている。いつか年下の子供に「お姉ちゃん」と呼んでもらう事が密かな夢

2人目


ローズ・オルタンシャ (オルト)

種族 : 人間
分類 : ローズ家 家長・呪術剣士
性別 : 男
一人称 : 私
二人称 : 貴様
歳 : 50
髪色 : 白髪
髪型 : 短髪
眼色 : 灰色
身長 : 185cm
出身 : バームステン
武器 : 剣・ナイフ
得意呪術 : 水撃
特殊呪術 : 瞬間転移

【使用可能呪術】

火炎・水撃・雷撃・水撃・光・瞬間転移

【特徴】

大陸の中心とも言えるバームステンを治める名家の家長

その実力は人類の中では最高レベルであり、特に瞬間転移は世界でオルトのみが使用可能

家に絶対の誇りを持っており、それゆえ無能なイリスを許す事が出来なかった

冷静だが怒りによって状況判断力が鈍る事もあり、それは息子のソモンに受け継がれている

イビスとは幼馴染み。昔はやんちゃな行為を、彼女に止められる事が多かったようだ

最近、引退後を視野に入れた趣味作りとして料理を始めたが、その独創的かつ前衛的な見た目と味と臭いに、ソモンとパールが哀れにも犠牲になった………

>>289
ミスです



カルディナル (ルディ)

※ウィスタリア出発直後の状態


種族 : 魔族
分類 : ????
性別 : 男
一人称 : 俺
二人称 : アンタ・お前
外見 : 17歳程度
実歳 : ????
髪色 : 漆黒
髪型 : 長髪 ストレート
眼色 : 漆黒
身長 : 170cm
出身 : ????
武器 : なし
得意呪術 : 古代呪術・魔力集中
特殊呪術 : 魔力布・魔力糸

【使用可能呪術】

火炎・雷撃・風撃・水撃・光
氷結・物理障壁・呪術障壁
空間障壁・拘束・魔力集中・混乱

????
????
????
????
????
消滅の呪術 (竜巻)



【特徴】

世界を旅する魔族の少年。外見は17歳程度だが、実際の年齢は明らかになっていない

非常に整った顔立ちをしており、街に入れば道行く女性の5人に4人は振り返る。本人に自覚はあるものの、それを煩わしく思っている

他の魔族と比較しても強力な呪術、膨大な魔力を有している故、人間を殺さないように戦う事が大の苦手。結果としていらない苦戦を強いられる事が多い

イリスの事を第一に考え行動し、その結果自分や赤の他人が傷付く事になろうとも躊躇はしない

普段は冷静だが意外と熱血な一面もあり、他人のために怒りを表す事もある

苦い物が大の苦手。以前、別の大陸でコーヒーを飲んだ時、思いっきり目の前の人に吹き掛けてしまい土下座した事がある



グロゼイユ (ロゼ)

種族 : 魔族
分類 : サキュバス
性別 : 女
一人称 : アタシ・私
二人称 : 貴方
外見 : 20歳
実歳 : 12歳
髪色 : 赤
髪型 : 長髪 軽いウェーブ
眼色 : 赤
身長 : 164cm
出身 : バームステン近辺の森
武器 : 尻尾・爪
得意呪術 : 全体的に不得意
特殊呪術 : 魅了・魔翌力集中

【使用可能呪術】

火炎・水撃・魅了・魔翌力集中

【特徴】

サキュバス年齢はまだ12歳のひよっこ

艶やかな表情と仕草で男を誘惑し食事を行う。12歳と言えどもその性欲は留まる所を知らない

戦闘力は前回の食事の質と量によって変化し、ルディと戦った時は相手が彼でなければ敵う者のいない程の力であった

食後に餌を[ピーーー]のは本能。人間が食べた後に片付けをするのと同じ事である

攻められるのが好きなドMだが、本人には自覚症状はなかった。好きな人にはとことん攻められたい。なのでルディは、彼女を[ピーーー]か拘束するか以外で止める事は出来ない

空腹時にルディを森で見かけて襲いかかった際に一目惚れした。その愛は本物であるが、魔族故にその表現が歪んでいる

冷え性なので薄くて際どい服を着れないのが悩み。翼と尻尾を厚手のセーターとロングスカートにしまい込み、今日も彼女は薄い服を着ている女性を涙目で見つめている

saga忘れたのでもう一度投下



グロゼイユ (ロゼ)

種族 : 魔族
分類 : サキュバス
性別 : 女
一人称 : アタシ・私
二人称 : 貴方
外見 : 20歳
実歳 : 12歳
髪色 : 赤
髪型 : 長髪 軽いウェーブ
眼色 : 赤
身長 : 164cm
出身 : バームステン近辺の森
武器 : 尻尾・爪
得意呪術 : 火炎
特殊呪術 : 魅了

【使用可能呪術】

火炎・水撃・魅了・魔力集中

【特徴】

サキュバス年齢はまだ12歳のひよっこ

艶やかな表情と仕草で男を誘惑し食事を行う。12歳と言えどもその性欲は留まる所を知らない

戦闘力は前回の食事の質と量によって変化し、ルディと戦った時は相手が彼でなければ敵う者のいない程の力であった

食後に餌を殺すのは本能。人間が食べた後に片付けをするのと同じ事である

攻められるのが好きなドMだが、本人には自覚症状はなかった。好きな人にはとことん攻められたい。なのでルディは、彼女を殺すか拘束するか以外で止める事は出来ない

空腹時にルディを森で見かけて襲いかかった際に一目惚れした。その愛は本物であるが、魔族故にその表現が歪んでいる

冷え性なので薄くて際どい服を着れないのが悩み。翼と尻尾を厚手のセーターとロングスカートにしまい込み、今日も彼女は薄い服を着ている女性を涙目で見つめている


本編は24時位に投下予定


3章 登場人物



シトロネル (シトロ)

種族 : 人間
分類 : 行商人
性別 : 男
一人称 : 俺
二人称 : お前
歳 : 17
髪色 : オレンジ
髪型 : 短髪 ギザギザ
眼色 : 橙色
身長 : 168cm
出身 : ラピス
武器 : ダガー
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

なし

【特徴】

行商人の少年

8歳の頃に自警団の両親が殉職しそれ以降の5年間は、独りぼっちで生きてきた

スラム街でゴミを漁っていた所をルイに拾われ、それ以降行商人として世界を回る事になる

非常に明るく前向きな性格で、商売人には非常に向いている。しかし頭があまり良く無いので計算が苦手

呪術に興味があり、いつか自分も使えるようにならないかと思っている

戦闘力は中の上。ダガーの扱いに長けているが魔物を傷付ける事には慣れていない

クランとは親友であり喧嘩仲間。取っ組み合いの喧嘩をする事もあるが、クランの豊満な胸に理性が削られるのですぐに逃げ出す



サアラ (サラ)

種族 : 人間
分類 : 行商人
性別 : 女
一人称 : わたくし
二人称 : 貴方
歳 : 19
髪色 : 黒
髪型 : 腰まで 軽い癖っ毛をリボンで結わえている
眼色 : 灰色
身長 : 160cm
出身 : アルマニャック
武器 : なし
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

なし

【特徴】

行商人の少女

おっとりとして非常に温厚な性格かつ素晴らしい美貌の持ち主。それ故、どこかのお嬢様であると言われれば、10人中10人が信じてしまうだろう

シトロとクランの事は弟妹の様に思っており、2人の喧嘩や取っ組み合いを諌める役割を担っている

8歳の頃、母親からも父親からも、髪の色が自分たちと違うという理由で虐げられていた。そんな彼女を救ったのがルイであった

以後、行商団の会計役として世界を回る。金銭のやりくりで彼女の右に出るものは少ないだろう

胸が小さい(ほぼ無い)のが悩みで、毎晩牛乳と腕立て伏せは欠かさない。一月に一度は、クランの胸を見てどんよりと落ち込む



クラン

種族 : 人間
分類 : 行商人
性別 : 女
一人称 : アタシ
二人称 : アンタ
歳 : 18
髪色 : 若草色
髪型 : 襟まで 癖毛
眼色 : 若竹色
身長 : 166cm
出身 : 不明
武器 : ナイフ
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

なし

【特徴】

行商人の少女

野生的でいつでも笑顔。ボーイッシュではあるものの女性の可愛らしさも秘めており、そんな彼女に惹かれる男も少なくは無い。キラリと光る八重歯がチャームポイント

可愛いと言われる事に慣れておらず、外見を少し褒められるだけで赤面する乙女らしい一面を持っている

まだ彼女が小さい頃、両親に捨てられ奴隷商に売られる。その後8年余り各地を転々と移動していた

そんな彼女を買い取ったのがルイである。なにか惹かれるものがあったのかも知れない

運動が大好きで活発な性格。シトロとはよく喧嘩するが、最近何故か取っ組み合いをしてくれなくなったので少し寂しがっている

洋服を作るのが得意で、行商団4人の服は彼女が全て作っている。料理の腕もピカイチ

最近胸が大きくなった事をコンプレックスに思っている。本人曰く「動き辛い」「邪魔」「服がすぐに着れなくなる」だそうだ

サラに一度胸について相談した事があり、その日が彼女の命日にならなかった事はまさに奇跡であった



ブルイヤール (ルイ)

種族 : 人間
分類 : 行商人
性別 : 男
一人称 : 俺
二人称 : 君・お前
歳 : 39
髪色 : 紅掛花色 (紫っぽい)
髪型 : 短髪
眼色 : 薄茶色
身長 : 185cm
出身 : バームステン
武器 : 斧
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能呪術】

なし


【特徴】

行商人の男

16の頃から独りで各地を旅し、30%の運と70%の実力で今の行商団を築いた

非常に大柄で筋肉質、いかつい顔を持つ屈強な男だが、とても穏やかな目と朗らかな笑顔を持つ

呪術の才は無いが、持ち前の筋肉と巨大な斧で敵を蹴散らす

シトロ、サラ、クランの事は我が子の様に思っており、その成長を見届けることが彼の最大の楽しみとなっている

凄まじい酒豪であり一晩に10L以上を飲んだ記録もある。しかしその翌日、けろっとして仕事に励んでいた

最近、子供達が自分以上にしっかりしてきた事を誇りに思う反面、反抗期が来るのではないかと内心ビクビクしている。しかしその心配は杞憂に終わりそうだ


オマケ要素的に



第3章 3話

side : Cardinal


【boy's day】



「それではルディさん! 行って来ます!」

イリスの元気の良い挨拶に、俺も元気良く返す

「ああ、楽しんできてくれよ!」

イリスは「はい!」と大きく返事をして出て行った。窓から宿屋の入口を見ると、イリスが小走りに急いで行くのが見えた

おいおい、そんなに急ぐと転ぶ……って危ねぇ! 今躓きかけてたぞ!?

こ、こうなったら俺もついて行って……いやいや、それはダメだろ!

でも心配だ……… 一応この街の周囲に感知魔術は展開してるけど……それじゃ足りないか?

こうなったら気付かれないようにコッソリと後を………


「何やってんだルディ?」


振り向くといつの間にやら来ていたシトロが俺を不審な目で見ていた

そりゃそうだな。大の男が窓にへばり付いている様なんて、誰がどう見たって不審に決まってる

もちろんこんな所を見られたぐらいで動揺はしない。なにせ俺は魔族だからな


「俺が何をしているかなんて関係ない。むしろなんでお前がここにいるんだ?」


「まずはその顔を何とかしろよ。首筋まで真っ赤だぜ?」





ーー





「ったく…… なんで俺の所に来たんだよ」

「いいじゃねえか別に。ルディだってどうせヒマだろ?」


現在は場所を移して宿の食堂に来ている

朝食がまだだというシトロに付き合っている俺、という図だ



「ヒマじゃない」

「じゃ、なんの用事があるんだ?」

しつこい奴だ……

「これからイリス達の後をつけるんだよ」

「は?」

シトロは間抜けヅラを晒して俺を見てくる

「なんだよ? そんな馬が人参砲喰らったような顔をして」

「つけるってイリスちゃんをか? お前、ムッツリスケベなのか?」

「失礼な事を言うんじゃねぇ!」

お前っ! 本気で消滅……いや、衝撃の呪術掛けてやろうか!?

「いや、なんでつけるんだよ? 理由がわからねぇ」

なんだこいつは? そんな事もわからねぇってのかよ……

「いいか? 耳を穿ってよく聞け。昨日イリスはあの姿で皆の前に出たんだ」

あの姿は本当に凄かった! この世に一瞬の映像を留めておく魔術があったら是非とも収めておきたかった

「それが?」

「当然この街の男共も見たはずだ! あのイリスをっ! それが原因で襲われたりしたらどうする!?」

「いや、どうするっつわれても……」

「どうしようもないだろ!? だから未然に防ぐ必要があるんだ!」

シトロは俺の演説に目を丸くしてやがる。やっと分かったかこのバカ!

シトロは暫く考え込んでいたが不意に口を開いた

「多分大丈夫だろ。クランがいるし」

「クラン?」

なんでここでアイツの名前が出て来るんだ?

「いや、アイツ意外と強いんだよ。昔もクランとサラが2人でとある街を見物してた時もな……」

「何かあったのか?」

「暴漢に襲われかけたんだよ。宿屋の近くでな。その時は俺とルイにも悲鳴が聞こえたからすぐに駆け付けたんだけどよ」

そこまで言うとシトロは愉快そうに笑いながら続けた

「現場にいたのはサラとクランと、股を押さえながら惨めに四つん這いに蹲ってる男だったんだよこれが」

シトロは我慢できなくなったのか、腹を抱えてゲラゲラ笑い出した

つーか汚ねぇ! 唾が飛んでる!



「だから大丈夫だよ。クランもサラもイリスを気に入ってるし絶対に悪いようにはしないからよ」


…………まぁ、ここまで言われりゃ信じるっきゃないな


「わかったよ。それなら俺もーーー」

「暇になったんだなっ!!」

机から身を乗り出して俺を見てくるシトロ。なんか目がキラキラしてませんか?

「それならちょっと頼みがあるんだ! 頼むこの通りだ!」

シトロは手を合わせてこちらに拝みたのんで来た

「別に構わねぇよ。お前の言う通り、どうせ暇だしな」

「本当か!? それじゃあ今から原っぱに行くぞ!!」

原っぱ? なにをするつもりなんだこいつは?

ま、何でもいい。余程の事じゃなきゃ驚かねぇよ……




ーー




「魔術を使えるようになりたいだぁ!?」

「ああ、頼むっ!!!」

前言撤回! こいつぁ驚かされた

「俺も1種類でもいいから魔術を使いたいんだ! お願いします!!」

「いや、別にいいけどよ…… 結構根気いるらしいぞ? 魔術の習得って」

全くの素人が1つの魔術を習得するのには約3年はかかる

どんなに才能があっても1年はかかるらしい

それをこの数日で!? 俺達は後少しでお前達とは別の地域に向かうんだぞ!?


「大丈夫だ! 根気なら誰にも負けない! ドンと来いってんだ!!」

自分の胸を思い切り叩くシトロ。まぁ、多少は頼もしく見えない事もない

「その勢いがいつまで続くか楽しみだな…………」

さて……と、それじゃあ最初にこいつの要望を………あ!

「おい待て! 今のなし。この世はいつでもギブアンドテイク! 俺はお前に魔術を教えるからお前も俺にくれ」

「え゛………とは言っても大した物は………」

「いやなに、大した物じゃない。イリスの着てたドレスあっただろ? アレをくれよ」

「は? いや、それならクランかルイに言えばタダでくれると思うぞ?」

「それは千も承知だ。ただ理由付けが欲しいだけだ」

「理由?」




シトロの言う通り、ルイかクランに言えばあのドレスをタダで譲って貰えるのは想像に難くない

しかしそれでは余りに申し訳ない気がしてならないんだよ

この旅で結構親切にしてもらったし、50万エカもきっちり貰ってる

その上タダでアレを貰うのは流石に心苦しい

そこでこの魔術の訓練だ!


これの代金として貰うなら、自分に対して多少の申し開きはできるってもんだ


クク、俺も結構頭がいいな………




ーー




シトロから無事快諾をもらったし、早速訓練に移るぞ!


「それでだ……お前はなんの魔術を使えるようになりたい?」

「なんの、と言われてもな……… どんなのがあるんだ?」

「基本的なものとしては火炎、水撃、風撃、雷撃の4種だ。それから頭一歩抜けたのが氷結と大地。さらに高等なのが光」

「ふむふむ……」

シトロはいつの間にか取り出していた羊皮紙とペンでメモをとっていた

思いのほか勉強熱心みたいだ。こりゃこっちも真面目に応えてやらんとな

ドレスの事もあるし

「他には障壁の魔術、拘束呪術、転移魔術や混乱の呪術もある。まぁこれは応用系だから今は除外しよう」

「なぁ、一つ質問いいか?」

「なんだ? 言ってみろ」

「魔術ってのと呪術ってのは何か違うのか? ルディは使い分けてるだろ?」

そうか。まずはそこからか

「そうだな。魔術の修行より先にその辺の用語解説するか」



“魔術”と“呪術”、この2つの違いは害意が有るか無いかだ

例えば俺が相手に攻撃しようと思って唱えた火炎は火炎“呪術”になる

しかし道を明るくする、食料を焼くなどの目的で唱えたのなら火炎“魔術”となるって事だ

転移は相手に害を与えようも無いから“呪術”として使う事はない。これは簡単だ

その反面障壁は区別が難しい。自分や他者を護るために唱えたら“魔術”となり相手を跳ね返すのを目的とするなら“呪術”となる

つまり術者本人にしか明確な判断が出来ず、他者はその場の状況で判断するしかない



とまぁ、このような事を掻い摘んで解説しといた。分かっただろ?

「なるほど。そんでこの区別をする意味は?」

「特にない」

「ないのかよ!」

シトロのツッコミはごく当然だとは思うが、本当にないのだから仕方ない

「ない。だから攻撃する時に『火炎魔術を使った』と言っても全然構わない。文法的にもおかしくない」

「なんだよ……それなら別にいいじゃん区別しなくても」

「でも呪術士にそう言ったら笑われるだろうな。『区別も出来てねぇのかよ』みたいに」

「ああ、 そっち方面で困るのか…………」

「そゆこと。それじゃ、この辺で本題に入るぞ」

俺がそう告げると、シトロは待ちわびていたいたのだろうか

「おっしゃ!」

気合を込めてガッツポーズをする

「まずシトロはどの魔術を習得したい?」



「そこなんだよ悩むのは……」

シトロは腕を組んで考え込む

「予め言っておくけど火炎、水撃、雷撃、風撃のどれかにしとけよ。誰でもまずはこれから入るんだ」

「ああ分かってる。その中で1番実用性があるのはやっぱり水撃か?」

「いや、1番は火炎だな。魔物は火が苦手な奴が多い。例外もいるけどな。それに夜も照らせるし爆煙で煙幕を張る事も出来る」

「いやでもさ、水撃なら飲み水に困る事がなくなるだろ? それが魅力なんだよ」


ああ、なるほど。よく勘違いする奴がいるけどコイツもその類か


「シトロ。教えといてやるが水撃で発生させた水は飲む事が出来ない」

「え? それってマジ?」

「大マジだ。水撃で発生させた水は俺達が普段飲んでいるものとは作りが違うんだ。性質はほぼ一緒だけどな」

「飲んだらどうなるんだ?」

「喉の渇きが増す」

「ダメじゃねぇか!!」

因みに草木に与えるのもタブーだ。枯れはしないが成長を阻害しちまう


「だから素直に火炎にしとけ。殆どの奴はまず火炎から入るからよ」

「よ、よし! 火炎にする」

決まったな。それじゃやってやるか!




شضغب


ひとまずペンと羊皮紙を借りて、このような文字を書く

「なにこれ? ミミズ?」

んなわけねぇだろ!

「ザルネアだ」

「はい?」

なんだその『お前は何を言っているんだ?』的な顔は!

「だからザルネアっていう文字だっつってんだ!」

「あ、あぁ〜…… 聞いた事があるような〜ないような……」


目が泳いでるところを見るにどうやら全く知らないようだ。一般人なら当然と言えば当然だが



「呪術は全てこのザルネア律を使う。これは火炎魔術のザルネアだ」

「ふーん……発音が分からないんだけどなんて読むんだ?」

「شضغب」

「え?」

「شضغب」

「も、もう一回!」

「شضغب」

「え、え〜っと……○□×△?Ωα」

「なんだそりゃ。شضغبだ」

「قثرمظخ!」

「違う。شضغب」

「هلقيص!」

おお、少し近付いたぞ! 意外とこいつ才能あるんじゃないか?


「まだ発音が甘いな。とにかく正しく発音出来るまで練習だ。これが出来なきゃ話にならんしな」





ーー





結局俺達はこの後、2時間以上を発音の練習に費やした

この詠唱がしっかりと出来ないと魔力の暴発が起こり得るから、とにかく入念にいく必要がある


「ぜぇ……はぁ……شضغب! ま、まだか……?」

ん?

「おい、今のもう一回言ってみろ。結構良い線行ってたぞ」

「マジ!? えぇっと……شضغب!」

おお! 完璧じゃないか

「よし。これで発音は大丈夫だ」

「マジでか!? よっしゃぁあああぁああ!!!」

シトロは両手を天に突き上げるとそのまま後ろにバタンと倒れこんだ



「やっと! やっと終わった!!」

「ああ、お疲れさん。明日からも発音の練習は毎日欠かさずしろよ」

「あいよ〜! はっはぁ! どうだ見たか俺の実力をぉ!!」

テンション振り切れてるところ申し訳ないが、まだ魔術習得の入口に来たところなんだよね

「次はとうとう火炎を実際に発現させる練習だ。ここからは地獄だと思えよ」

「ドンと来いッ!」



それじゃあまずは魔術詠唱のメカニズムの解説だ

普段俺達は身体に魔力を浴びている

よく人間はごく微量の電磁波を発しているとか聞いた事あるだろ? それと同じだと思ってくれ

電磁波と違うのは、魔力は念じれば活発に発生させる事が出来るという点だ

つまり魔術を使うには


1.念じて魔力を活性化させる
2.魔術のイメージをする
3.魔術を詠唱する
4.完成


という手順を踏まなくちゃいけないわけだ


詠唱は言うなれば“変換”を担っている部分

魔力は最初、なんの性質も有していない。俗に言う無属性の状態だ

そこから魔力を変質させるための“触媒”として詠唱があるんだ

熟練者ならば無詠唱でも“変換”させる事は出来るが、やはり威力は数百から数千倍も落ちる

なにせ触媒なしで変換させようってんだからな

もちろん正しい発音で詠唱しなければ正常に変換が行われず、魔術が出ない。もっと悪ければ暴発することもある

な? 俺達は簡単に唱えてるように見えるけど意外と面倒だろ?



「魔術のイメージってなんだ?」

「どこから火炎を出すか、とか火炎の形状はどうするか、とかだな」



「1番メジャーなのは火炎球を手のひらから出すやつか?」

「それは呪術レベルだ。魔術なら指先から出せれば良い。شضغب」

「おおっ!」

人差し指を立てて、その先端から炎を出して見せる

「この程度で旅は格段に楽になる。焚き火や灯りには困らなくなるぞ」

「ほぇ〜 やっぱり魅力的だ。早速練習しようぜ!」


…………………………………


「おい、ルディ?」

「…………………………………」

「おいってば!」

「………………まさにガスだね」

「は?」

「な、なんでもない! ほら、早く練習しろ!」


なんとなく言ってみたくなったんだよ! 後悔はしてる…………




ーー




訓練は夕方まで続いた

シトロは結局火炎を出せなかったが、それが当然のことだから別になんとも思わない

むしろもし一日で習得したら俺の方が弟子入りしたいくらいだ

まあとにかく。そんなこんなで馬車に戻って来た俺達だったが


「ほら、ジュースでも飲んでくれ。シトロが世話になった礼だ」

「ありがとうございます」

「サンキュー 丁度喉乾いてたとこだからな」

ルイは今日は出店を開いていた

昨日はシェーヌの商会に商売をしに行ったようだが、今日はその時に余ったものを安く売っているらしい

しかし本当にいろいろあるな……

アクセサリ、服、布や綿、食料品、飲料水、ボードゲームまである

「これは?」

なにに使うのか良く分からない黒い置物を手に尋ねる




なんだこの……重くもなく軽くもなく、柔らかくも硬くもない妙な物体は……

「それは御守りの類でな。持っていれば魔者を遠ざける効果があるらしい。効果の程は分からないがね」

残念だがパチモンだ

だって俺が持ててるし……


置物を置いて、次は……と……

「それならこれは?」

これは……猫っぽいぬいぐるみ……? 目が妙に真っ青でちょいと買い手には難儀しそうだ

「ニャムというキャラクターのぬいぐるみだ。数年前にアンバーキングダムで貰ったものだ。買って行くかい?」

「遠慮しときます」

流石に人形はいらんしな。え〜っと……

「これ……うわっ!?」

「どうしたよルディ、そんな紙切れなんかで? ルイ、これは何なんだ?」

「ああ、それか。よく分からないんだがな、何でも南の大陸から来たものらしい」


痛っ………ヤバい。これは護符だ……しかもかなり強力な類の……


「おいおい、良く分からない物を店に並べるなよ…… これは俺が貰ってくから」


シトロが持っておくなら……まぁ安全かな。直接触れなければどうという事はないし


「そうしてくれ。ルディくんは別に欲しく無いだろ?」

「ええ、シトロの魔術の訓練が上手く行くように御守りとして持たしておきましょう」

「よっしゃ! また明日から頑張ろう! 頼むぜルディ!」

「はいはい………」

もう暫くはここにいるし、その間ならな……


「どうだ? せっかく出店が多く出ているんだから少し回ってこい」

「え、いいのかよルイ? てっきり店の手伝いしろとか言われると思ってたんだけどな」

「ルディくんがいるからな。たまにはお前も目一杯遊んで来い」

「マジかよルイ! 今日はいつにも増してかっこいいぜ!」

なるほど。この年代にも関わらず親代りであるルイの悪口を一言も聞かないのは、ルイがこんな人柄だからか

どっかのバカ家族にも見習って欲しいものだ




ーー




「いや、この玉蜀黍ってのはなかなか美味いものだな」

屋台で売っていた焼き玉蜀黍に歯を立てながらそう言ったら、シトロは驚いたようにこう言ってきた

「なんだよその言い方は? まるで今までこれを食ったことが無いような物言いだな」

あ、そうか……これ人間界じゃ結構メジャーな食べ物なんだっけ

「あ、いや……言葉の綾だ。こんなに美味しい玉蜀黍を食べた事が無かったからな」

「ふーん……旅のプロのルディもここまで驚くって事は、ここの奴は世界に誇れるって事なのかね…」



うん。なんとか納得してくれたようだな……… ふぃ〜、危ねぇとこだった


「そう言うシトロだっていろいろ旅してるんだろ? 最近はどこに行ったんだ?」

「え? んーとな……一番最近行ったのはバームステンだな」

バームステン? ウィスタリアじゃなくてか?

「いや、バームステン後はウィスタリアの予定だったんだけどよ、なんか事件があったらしくて通り過ぎたんだよ」

俺の不審そうな顔を見て察したのか、シトロはこう付け加えた


てか事件って多分俺たちの事だよな………スマン


「因みにバームステンにはいつ頃いたんだ?」

「えっとなぁ、確か202日だったから……いまから大体30日くらい前だな」

となると、俺とイリスが出会った頃の数日後って事になるぞ! あ、会わなくてよかった……



「あっ! ルディさ〜ん!」

俺が冷や汗を拭っていると、あっちから聞き慣れた声

「あれ? イリスじゃないか。それにサラとクランも」

前から3人がやって来た。なんだそのドでかい袋は?

「あ〜いいなぁ! アタシにも頂戴それ!」

「自分で買って来やがれ! あ、こら! 引っ付くなっ!!」

おいおい、お前らイチャイチャするなら他所でやってくれ………

「こら、2人とも周りの方にご迷惑です。早くやめてください」

「分かったよぉ〜 ケプッ……」

「お、俺の玉蜀黍が………見事に芯だけに…………」

「ここにまだ残ってるよ? 一粒」

「………………………………」

あ、シトロがめっちゃくちゃ震えてる………



「シトロさん? あの、大丈ーー」

「イリスはこっちだ」

「え?」

イリスは訳が分からないという風に俺を見てくる。大丈夫だ、すぐに分かる

「……クラン」

「ほぇ?」

「こんボケカスがぁあああぁぁああぁあぁ!!!」

「うわっ!?」

あーあ……やっぱり飛びかかったよ………そりゃシトロもキレるわなぁ


わーわーギャーギャー!!
ぷんすかふんすか!!
このウシオンナ!ギャーギャー!
心がセマいんだヨ おとこのクセに!わーわー!!


聞くに耐えない暴言の数々と共に取っ組み合いをしてるし…… どうすんのこれ?


いいぞ! やれやれ〜♪
嬢ちゃん頑張れ! 男なんかにゃ負けるな!
どっちが勝つか賭けますかな?
嬢ちゃんに500エカ!


ギャラリーまで集まってきたし…… どう収集つけんだよこれ


「はぁ…… ルディ様、イリスさん。暫くこの街をお二人で見学なさって下さい」

「いや、こいつらはどうするんだよ?」

今現在取っ組み合いの真っ最中なんだが?

「そうですよ。早く止めないと」

「大丈夫ですわ。いつもの事ですから……… それに暫く経たないと絶対に止められません」

サラは溜息を吐いてそう言うと、俺達の背後を指差した

「幸いにもすぐそこにシェーヌの大聖堂があります。神話を聞いてきたら如何でしょうか? その頃にはこちらも終わっていると思います」


わーわー!ギャーギャー!
ギャーギャー!ふんがー!!
ペチペチ! バチバチ!
شضغب!
なにそれ?


本当に終わるのか?


てか今シトロの奴、火炎呪術詠唱しなかったか!? ま、出てないけど


「大丈夫ですわ。なにせわたくしがいるんですから」

疑わしい目線に気付いたのか、サラは安心させるようにそう言った

その表情は諦め……とは違うな。無我の境地と言うか慣れていると言うか………とにかく安心感が凄い

「なんて言うか……サラも苦労してるんだな。頑張れよ」

「ええ、ありがとうございます。それではまた後ほど」

「ああ、行こうぜイリス」

「はい! それじゃサラさん、また後で」



「はい。また後でお会いしましょう。………………さて、どうしましょうか……」




ーー




大聖堂の扉は開かれていた

中は凄く厳かで、魔族人間関係なく圧倒される雰囲気だ

「これ入っていいのか?」

「多分大丈夫だと思います。入りましょう」


でかいシャンデリアと沢山のイス

そして最奥部には一つの像があった



草原の真ん中に一人の青年。そして一つの小さな石碑

青年は空を見上げて喜びとも悲しみとも取れる表情を露わにしている

これがなにを意味しているのかは分からない……いや、これから分かるのか……


ところで


「なぁ、イリス。その神話ってのはどうやって聞くもんなんだ?」

「えっと………さぁ?」

さぁ? って………

「いや、前回はどうしたんだ? ウィスタリアでは聞けたんだろ?」

「前回はたまたま大聖堂に人がいたんです。だからその方に聞いたんですけれど…… 誰かいませんかね……」

おいイリス、どこに行くんだよ……

はぁ、参ったなぁ…… ん? あっちに立て札があるぞ?



「なになに? 『神話の語り部の来堂日カレンダー』だと?」

え〜っと……今は東暦658年の第235日だから………げっ!?

「おい、イリス! 次に語り部が来るのは260日だ! あと25日も……イリス?」

いない!? 何でだよ! 今の今までここにいたのに!

慌てて周りを見渡すと……いた! 大聖堂のすぐ外にいる!


「へ〜………なん………」


なんか誰かと話してるみたいだが…… 誰だろ? あの3人じゃなさそうだし……

取り敢えず俺もそっちに行くとしようか


「おいイリス。一体なにをーーー」

「きゃあっ!?」

「え?」

俺が扉から顔を出した瞬間、イリスと会話していた人物が軽く悲鳴をあげた

まるでなにか信じられない物でも見たようにだ


「ど、どうしたんですかお姉さん?」

「い、いえ何でもないわ。ゴメンねビックリさせちゃって……」

そう言いつつもその人物は俺の顔をまじまじと見てくる。なんか気持ち悪いな……


「ルディさん。この方がウィスタリアで私に神話を教えて下さった方です」


なるほど、だからそんなに親し気に話してたのか

歳は大体17歳前後といった所か? 白い長髪を風にたなびかせた美しい女性だ

あと、なんとなくイリスと雰囲気が似ている。生き別れの姉なんじゃないかと思っちまうくらいだ

「そうですか。俺はカルディナル。ルディです。ウィスタリアではイリスがお世話になりました」

手を差し出して握手を求める

「え、あ! ど、どうも………は、初めまして」

相手も握手をしてくれたが、その手は軽く震えていたように思う


一体どういう事………





その瞬間、最悪のパターンが俺を襲った



まさかこの女……



俺の正体に気付いているのか……?



そうだとしたら全て合点がいく


俺に驚いた事も…
この挙動不審さも……
手が震えていた事も………


マズイな……ここで戦闘になるわけにはいかない………

そんな事をしたらイリスまで魔族であるという札を貼られちまう


くそっ! どうしろってんだ!




「ルディさんってば! 大丈夫ですか?」

「え? あっ、悪い」

どうやら俺が考え事をしてる間に話は勝手に進んでいたらしい。あの女性は、既に長椅子に座っている


「お姉さんはどうやら、ここの神話も知っていらっしゃるようなんです。なので今から教えて頂く事になりました」

イリスは嬉しそうな顔で俺にそう言ってくる。だが生憎、今の俺にそんな余裕は無いんだ!

「あ、あぁ〜……そのだな………」

「さ、早く行きましょう! 私もう待ち切れません!」

「お、おい! あんまり引っ張らないでくれって!」

イリスに裾をズルズル引っ張られて大聖堂の中へ

こうなりゃ自棄だ! あとは地となれ森となれ!!

女性の横にイリス、そしてその横に俺が座る



「…………………………………」


「…………………お姉さん…?」


「………………………………………………………ふぅ……」


女性はしばらく天井を見上げていたが、やがて小さく息を吐いて軽く微笑んだ

「ゴメンね………ちょっと疲れてるから」

「いえ、謝る事なんて…… それに私はそんな事を言ってるんじゃなくて……」

……イリスのこの表情………… これは人の心を理解しようとしている表情だ

俺もこの旅路で何度か向けられたこの表情…… 一体何に気付いたんだ?


「なに?」

「なんかお姉さん……泣いているみたいだったので……」

「え?」


もちろん女性は涙は流していないし、声も別段震えていなかった

それでもイリスの言葉に反応をしたという事は、多分この人は泣いていたのだろう


俺達には見えない心の奥深くで………


「あ、いやごめんなさい! ただなんとなくそう思っただけなので………」


女性は申し訳なさそうに頭を下げるイリスをジッと見つめていたが、やがてふと微笑んでイリスの頭に手を伸ばした


「大丈夫よイリスちゃん。私は怒ったりなんかしてないからそんなに自分を責めないで」

「は、はい。ありがとうございます」

「ふふっ、どう致しまして」


なんかさっきから俺が無視されてるんだが…… それに神話はどうしたんだよ?


この女性は俺の事を気付いてんのかどうなのかもまだ分かってないし………


「大丈夫ですよ。ちゃんと貴方の事も覚えています」

「あ、そりゃどうも……」

なんだこの女は……人の心の隙間を見計らったかのように話しかけてきやがって………

「それに……旅人の方の素姓を探ろうだなんて無粋な事はしませんよ」





なっ!?



「そうですか……そりゃどうも…………」


なんだ? この女は………本当になんなんだ?


これは俺の正体に気付いての牽制なのか?

それとも、俺の様子を見てなにか勝手に察したりでもしたのか………


チッ、仕方ない

有難い事に探らないと言ってくれたんだ。有難く受け取っておくか




「ふふっ、それじゃあ語りましょう。このシェーヌに伝わる神話……『神となった少女』を」


投下終了

魔術と呪術の区別はウィスタリア地方の奴から始めた区別なので、最初の方はごちゃ混ぜになってます


最初にこれだけ言っておきます



ごめんなさい





注意

キャラ崩壊



番外編


【ルディとイリスのクリスマス大作戦】


うう、ん………

なんでだろう、なんか今日はやけに寒いですね。まだ夏なのに………

でもこのお布団は暖かいですよぉ〜 もうちょっと眠ってーー


「目を覚ませぇ! イリスゥ!」

バンッ!

「ひゃっ!?」

な、なんですか今の音!?

「おいおい、寝坊助だなイリスは〜♪」

「る、ルディさん!? どうしたんですその格好!」

「ん? これか? 気になるか? 気になるのかっ!? いたいけな少年の秘密が気になるのかぁ?」

ルディさんは目を輝かせて聞いて来た

「は、はぁ……正直すごく気になります」

今のルディさんの格好は全身に茶色い毛皮を着込んで、頭からは角が生えている

そしてその鼻には真っ赤なトマトが一つ…………

「ふははは! 今日のためにわざわざ狩って来たんだ! 今日の俺はトナカイだぜ!」

「は、はぁ……そうですか」

「クラッカーもこんなに用意したし! さぁ、行くぞ!」

「は? あの、今日はなにかありましたっけ……?」

「はぁ?」

私がそう聞くとルディさんは“何を言ってるんだコイツ?”という表情で私を見て来た


…………なんか少しイラっと来ます


「自分の格好見てみろ」

「え、何を言ってーー何ですかこれぇ!?」

真っ赤な洋服とズボン。そして白いモコモコ。さらには帽子まで!?

「行くぞイリス! いやさサンタガール! 今日は皆にプレゼントだぁ♪」

「え、ちょっと!? 服つかんでなにする……きゃああぁああぁああ!!」

一体何がどうなってるんですかぁあああぁああ!!!



ーーシトロ・ルイーー


「よし、寝てるな」

「あの、大丈夫ですか……? こんな急に忍び込んで………」

男性専用の馬車で眠っているシトロさんとルイさん。起こさないようにしないと………

「ほら見ろ! シトロのやつ律儀に手紙と靴下ぶら下げてんぞ!」

「こ、声が大きいです!」

シーっと強く嗜めるように注意する

「えーっと……手紙には………」


“呪術の才能が欲しい”


「る、ルディさんどうするんですか? こればっかりはどうにも……」

「…………………ふむ」

ルディさんは何かしら考えるようなポーズを取る

でも一体どうするんでしょうか?


「イリス、その紙を貸してくれ」

「え? はいどうぞ」

えっと、ルディさん? 何するつもりですか?



“呪術の才能が欲しい”

「……これを消してと」

“ が欲しい”

「こうしておこう」


“新たな快感が欲しい”


「よし!」

「よくないですよ!? 絶対にダメですよ!? よし、じゃないですって!!」

「シーッ、イリス。声が大きいぞ♪」

笑いながら人差し指を口に当ててそう言って来た



む、ムカつきます………



「よし、それじゃあシトロに新しい快感を与えてやろうか」



そう言うとルディさんは両手を組み、人差し指を突き出した

そのままシトロさんをうつ伏せにして、そして…………



「悪絶割滅尻突!!」


「ぐああああああああぁあぁぁぁぁあああぁあ!!!」



シトロさんは大声をあげ、そのままピクリとも動かなくなった


「よし!」

「よしじゃなーい!!!」

なんて事してるんですか!! これじゃシトロさんが可哀想過ぎます!!

「大丈夫だ! きっと明日には新たな快感に目覚めているさ!」

「そんな事あるわけーー」

「えっと……ルイの方はぁ〜っと……」

「無視して進めないで下さい!」


“酒”


「酒か………」



「お酒ですか。ルディさん持って来てますか?」

「この前ウィスタリアの病院で消毒用に使ったものならここにあるぞ。これで良いだろ」

ちょっと!?

「だ、ダメですよ! それは飲むためのものじゃないんですよ!?」

「大丈夫だって。このへべれけにそんな気遣いは無用だ」

「失礼過ぎます! とにかくそれは預かります!」

ルディさんの右手にある瓶を取ろうとすると

「ダメだって! 絶対にこれで兵器だから」

「兵器じゃダメでしょう!! いいから渡して下さい!」

「ダメだって……こら!」

「んんんっ! あっ!」

ポロッ

「あ……」

私とルディさんが揉み合った所為で、手から瓶が抜け落ち………


「くぎゃああぁあぁああぁあああッッ!!!」


「る、ルイさんの鼻に! ルディさん!」

「さ、次行くぞ!」

「ルディさああぁぁあぁぁああぁあんッッッ!!!!」



ーークラン・サラーー


「とは言っても隣の馬車なんだけどな。どうだイリス?」

「2人とも寝ています」

と、言うよりもさっきからルイさんの悲鳴が………… もういいや、考えるのはやめましょう……

「よし、靴下は……両方あるな。手紙には何と?」

「えっとですねぇ……クランさんの方から読み上げますね」


“アクセサリーが欲しい”

“胸が欲しいです。クランさんの様になりたいとは言いません。ですが! あと1cm! 本当にそれだけで良いですので! 他は何も望みません!”


よほど強い筆圧で書いたみたいですね……… とても力強い字です


「サラさん……… いい加減諦めたらどうですか………」

少し可哀想だけれども現実を受け入れないとダメですよ………

「クランの方にはこれをやろう」

「え、それは何ですか?」

ルディさんが取り出したのはネックレスだ。でも材質がわからない……

「触って見る?」

「はい。ひゃ!?」

なんか柔らかくてぶにょぶにょしてます………

「ほ、本当にこれは何なんですか? こんなもの触った事ないですよ……」

「これはな、10頭の牛の[ピーー]を[ピーー]って[ピーー]たものーーー」

「いやああぁああぁああ!!!! ルディさんなんて物をプレゼントしようとしてやがるんですか!!」

おおお、思いっきり触って……いゃあぁあぁあああ!!!



「いやいや、これ結構貴重なんだぞ? 柔らかいし一頭の雄牛から2つしか取れないし…… ほら、綺麗に20個繋がってるだろ?」

「あ、本当だ……綺麗ですねぇ…………って! ンなわけないでしょう!!」

「ナイスノリツッコミ♪ テヘペロ♪」


ぶ、ぶん殴りたい………



「それじゃあ次はサラだけど……」

はぁ……

「こればっかしはどうにもなぁ………あっ!」

「なんですか?」

またルディさんが変な事を思いついた様です

「イリスよ! 胸は揉めば大きくなるという! ここは俺がーー」

「ふんっ!」

殴りました。思いっきり殴らせて頂きました!

お腹を抑えて悶絶しているルディさんを尻目に、私はサラさんに手を合わせる

「ごめんなさい。これは私達には叶えられません。でもせめて、私にも祈らせてください」

たっぷり30秒祈りました。これでせめてものプレゼントになったでしょうか………

「い、イリス……お前、いつから…そんなに強、く……」

「知りません! ふーんだっ!」



ーーレゼダーー


「ウィスタリアに来たぜ! ヒャッホー♪」

「ルディさん! 静かにして下さい!」

今のルディさんは毛皮着込んで角生やして、さらには鼻にトマトを付けてるんですよ!! どっからどう見ても不審者です!

「さあ! レゼダに会いに行くぜ!!」

「あ、待って下さい!! 走ると転んじゃいーーー」

「ふみゅ!」

あーあ、転んじゃった……… 顔がトマト果汁塗れです…………



『…………………ふむ』


「ルディさん。レゼダさんはまだ起きてますよ」

「本読んでやがるな。なにがふむ、だ! かっこ付けやがって……ペッ!」

いや、ツバを吐かないで下さい…

「でもどうするんですか? このままじゃ何もできませんよ?」

本当は何もしない方が良いんですけどね……

「仕方ない。眠ってもらおう。イリス、ちょっとこのトマトを持っていてくれ」

え? ルディさん、相手を眠らせる呪術を使うーーー

「うりゃぁあああぁああ!」

バリーン!



「ルディさん!?」

「うおっ!? き、君はルデーー」

「クラッカーアタック!!」

バンバンッ!


「うおっ!? 紙吹雪がっ!」


「そして先手必勝! 必殺トナカイ流星イズナ落し!!」

「ただの突進じゃないですか!!」

「ぐぉあ!? 角が……目に……」

い、痛そう………

「止めだ! ふんっ!」

「ぐっ……………」

「よし、任務完了だ。初めてクラッカーが役に立ったな!」

全然完了じゃないですよ! それに使い方が間違ってます!

レゼダさんの部屋はそれはひどい有様です。窓ガラスは割れ本は散らばり、棚は全て倒れてしまってます

「クリスマスの夜に起きてるのが悪い! ロマンを求めるならこれが正解だ!」

「モラルを求めるなら大々的に間違ってます!!」



「まぁまぁ、さてとコイツは特に手紙を書いてないなぁ。このクズが………」

「たとえ手紙があってもこの有様じゃどうしようもないですっ!」

「うーん、仕方ない。コイツの顔に塩辛でも塗りたくっとくか」

「ちょっ!? どこからそんな発想が!!」

ベチャ! グリグリ!

レ、レゼダさんの鼻からイカの足が……………

「ふぅ、終わったぜ……」

ルディさんは何かをやり遂げたような表情です

「私達、絶対に何かを失ってますよね…………」



ーーロゼーー


「寝てるな?」

「はい、寝ています」

ロゼさんはスースーと可愛らしい寝息を立てて寝ています

その様子はあの時のロゼさんからは考えられないほど可愛らしいです

「尻尾がフリフリとしてますね」

「ああ、イリスの言うとおり邪魔だな。切り落とすか?」

「私そんな事一言も言ってません!」

「なはは、フラチャマナカンジョークだ♪」

「フラ、何ですって!?」

「さてサンタガール。手紙を読んでくれ」

「はぁ、分かりましたよ………」

もう、この流れにも慣れました………

「それじゃあ読みますね」

「ドンと来いっ!」


“ルディ”



「…………………………………」

「…………………………………」

「次行くぞ!」

「こんな時だけ純粋に恥ずかしがらないで下さいっ!!」

「てへぺろ♪」



ーーオルトーー


「よし! とうとう最終目的地のバームステンだ!」

「はぁ……でも本当にお父様達にも渡すんですか?」

私はそれ程でも無いけれど、ルディさんはあまり私の家族にいい印象を持っていないと思うんですけど……

「この世には蓼食う虫も好き好きという言葉がある! 行くぞ!」

「それ絶対に使い方が違います!」


ああ、早く帰りたい……



「屋敷に潜入したのはいいですけれど……」

なんか途轍もなく嫌な臭いがします……… 何なんでしょうか……

「なぁ、イリス………」

「はい?」

「屁でもこいーー」

「ふんっ!」

殴りました。今度は顔を!



階段でのたうちまわっているルディさんを放って、階段を降りていく

この変な臭いは……厨房から………?

『ーーーーーー』

中から声が聞こえて来ます。これは……お父様の声?

音を立てない様に扉を小さく開けると、中にいるのは紛れもなくお父様だ

………は?

「おいおい、お前の親父は黒魔術の研究でもしてるのか?」

いつの間にやら復活していたルディさん。私の肩越しにそんな事を聞いて来た

………こればっかりは否定できませんね


厨房はひどい有様だった

鍋からは紫色の煙がもくもくと上がっていて、その中身がまた酷い………

オタマと牛の頭と人参まるごと一本。魚の骨とチューブのからしがそのまま入っている

その隣においてある悪魔への供物としか思えない物体………恐らくケーキでしょうか………

真っ赤なクリームからふつふつと気泡が出ています……

そして最も驚くべきところは……



『ふむ、我ながら上手く行ったな。ソモンもパールも喜ぶだろうな』


「何だってあのバカはあんなにも満足気なんだ?」

「ごめんなさい、私にもわかりません」

もう早くこの家から出たいです! 過去の事とか関係無しに! この臭いから逃れたいっ!

「仕方ない。あの男へのプレゼントは現実だ」

そう言うとルディさんはいきなりドアを蹴り飛ばして中へと入って行った

「おい、そこのバカ男!」

「な、なにっ!? 貴様ーーー」

「先手必勝! فحمضمكغن!!」

「ぐっ……はっ…………」

ルディさんの唱えた呪術を受けて、お父様は身体をくの字に曲げて後ろへと飛ばされた

慌てて私も中へと入った

「る、ルディさん! 今のは……」

お父様はまるで大きな丸太で突き飛ばされた様に飛ばされいた。そんな呪術見た事も聞いた事もありません!

「衝撃の呪術だ。ただ単純に高密度の魔力を飛ばすだけの術だが、物理的な威力はピカイチだ」

そう言うとルディさんは厨房に散乱するお皿やお箸を踏み越えて、お腹を抑えて横たわっているお父様へと歩いて行きました



そのままお父様の両腕を両膝で押さえつけ、胸板へと座り込んだ

「よぉ、メリークリスマス。ローズ・オルタンシャ殿?」

「き、貴様ァ! なぜここに来たァ!!」

お父様は脚をバタバタと振り回して必死に抵抗しているけれど、ルディさんは退かせない

「なに、今日はお前に現実を教えてやろうと思ってな。イリス、そのケーキ持ってこい」

え? この、ケーキと呼ぶと神様が怒り狂いそうな物体をですか!?

「イリスだとっ!?」

「ほら、早く持ってこいってば」

しょ、正直触るのも嫌なんですが…………仕方ないですね

お皿の両端を恐る恐る摘まみながら

「ど、どうぞ……」

「サンキュー」



ルディさんは私から受け取ったケーキの皿を、手の平に乗せる様に持ち構えた

「貴様ッ その家族のために作った私のケーキをどうするつもりだ!」

「こうするんだ、よッッ!!」

「ふゅ…………………」

ケーキを顔に被った途端、バタバタと振り回していたお父様の脚はパタンと落ち、ピクリとも動かなくなりました……


「ふぅ……これで大丈夫だ。この家の奴らも安心しただろうな!」

「否定はしません」



ーーイビスーー


「ここがお母様のお部屋です」

「あのババアか。寝ているだろうな?」

小さくドアを開けて見たところ中は暗くなっている。多分寝ています

「大丈夫そうだな、入るぞ」

「はい」

すぅすぅ寝息を立てているお母様の方へと歩いていく。うん、よく寝ています

「おっと…」

カタンという音と一緒にルディさんの少し焦った声が聞こえて来ました

「ルディさん、どうしました?」

「悪い悪い、写真立て落としちまった。え〜っと……ここで良いのか?」

「ええ、多分そこであっていると……」

「しかし、これは誰の写真だ? やけに格好良い男と凄い美女の写真だけどよ?」

写真立てと睨めっこしながらそんな事を言うルディさん。私はその後ろから写真立てを覗き込んでみる



「ああ、この写真ですか……」

「え? イリス知ってるのか?」

「ええ、しんこんりょこうですよ。お父様とお母様の」

「は?」

「ルディさん?」

そのままルディさんは固まってしまった

まるで幽霊でも見た様な顔でピッタリとです

尤も、その格好でこの暗い部屋にいるルディさんも幽霊と大差ない存在だとは思いますが……



「さ、さて……コイツの願いは何ぞ?」

たっぷり3分かけて復活したルディさん。自分の任務(自己満足)を思い出したらしく、ベッドの端に置いてあった手紙を私に差し出して来た

「えっとですねぇ………」


“クリスマスくらい、オルトさんと2人きりで過ごしたい”


「…………………………………」

「…………………………………」


なるほど、やるべき事は一つですね……

「ルディさん。例の物を……」

「ほれ、匂いは嗅ぐなよ」

お皿を手の平に乗せる様に持って…………

「お母様。これで貴女もお父様と同じ場所へいけますよ♪」


おおきく振りかぶって……


「えい」



ーーソモンーー


「クゴォーグゴォー!!」

「うっるせぇ!」

「本当に……うるさい、です」

お兄様ってこんなにイビキがうるさかったんですね……… いつも遠くで一人ぼっちだったから気付きませんでした

「コイツはこういう行事に興味なさそうだし早く次にーーー」

「いえ、ちゃんとお手紙ありますよ。ほら」

お手紙を手に取ってルディさんに見せる

ルディさんはポカーンとしてます


“動物に好かれる様になりたい”


「こんなお願いですか………」

何と言うか……いつの間にかこの欲しい物が、物ではなく願い事になって来てますよね?

サンタガールは物はあげられてもお願いは叶えてあげられませんけど…………

「あの、どうします?」

「まかせろ」

そう言ってマジックペンのキャップを外すルディさん………油性ですよ?



「きゅっきゅっきゅっ、と………うん。なかなか愛らしい顔になったじゃないか!」

「くっ………ふふ……」

だ、ダメです! わ、笑っては………くふふっ……

「る、ルディさ…ん………私にも、マジックペン……貸して下…さい」

笑いを必死に堪えながらルディさんにそう言ってマジックペンを受け取る

「お兄様。これは昔のお返しです♪」


きゅっきゅっきゅっ……と

あ、それとこのケーキ(?)もどうぞ!

お父様が作った素晴らしいものですからね!

「えい」



ーーパールーー


「なんか……とてつもなく凄い部屋だな………」

ちょっと頭のおかしくなっているルディさんも圧倒されてますね

でもそれ以上に私も驚いてます!

「お姉様、こんなにたくさんのお人形持ってたんですね………」

部屋は可愛いお人形で埋め尽くされてます。そして肝心のお姉様はというと

「くぅーくぅー」

ベッドの中で大きなクマのお人形を抱きしめて眠ってました

「さて、ちゃんと願い事は書いてあるか?」

「ありますね。読みます」


“新しい人形が欲しい”


「へぇ、最後の最後にキチンとした願いが出たな」

「そうですね。これならルディさんもお願い事を叶えられますよね?」



「ああ、これがあるからな」

そう言ってルディさんが取り出したのは、赤い着物を来た髪の長い女の人の人形です

「それはどういうものなんですか?」

「俺の生まれた大陸で作られた人形だ。なんらかの念が込められている様だな」

「へぇ……興味深いですね」

マジマジとお人形を見てみると、やっぱり可愛らしい顔をしています

「でもおかしいなぁ……」

「何がですか?」

なんでプレゼントする側のルディさんがそんな不審がってるんですか?

「俺が手にいれた時はこんなに髪が長くなかったんだがな。まぁ、いいか」

「良くないですよっ!!」

それ思いっきり曰く付きの人形じゃないですか!! なんてものお姉様にプレゼントしようとしてやがるんですかっ!!

もうさっきまでのイメージが崩れました! 不気味としか思えません!!



「いやほら、なんか高性能っぽくていいじゃん! 散髪の練習も出来るし」

「それはこのローズ家じゃなんの利点にもなりません!!」

これから代々散髪店になるローズ家なんて目も当てられませんよ!

「とにかくこれを渡しておいて………」

「いや、だから……もういいです…………」

「このケーキ(?)はどうする?」

「やめておきましょう………流石にお姉様には可哀想過ぎますし」

「そうか………」

いやなにシュンとしてるんですか!? そんなにこのケーキ(?)をぶつけるのが楽しみだったんですか!?

「この人形だらけの部屋を見ると、このバカも一応女だって事がわかるな」

「ええ、私も知りませんでした。お姉様にこんな趣味があったなんて……」



お部屋もピンクをベースとしてますし。サラさん以上に乙女なんじゃないですか……?

「よし、ケーキ(?)ぶつけて行こう!」

「なんでそうなるんですか!? やめて下さい!!」

ケーキ(?)を構えるルディさんを慌てて後ろから羽交い締めにする

私は小さいからルディさんにオンブされるようになっちゃってるんですが……

「うっさい! 俺が楽しければそれで良いんだ!」

「ダメです! 人としてそれはダメです!!」

「俺は魔族だぜ!!」

「関係ありませんっ!!」

このっ……早くそのケーキ(?)を離し……え?

「あ……」

ルディさんの手からぽろっとお皿が落ちて………私の、顔に………



世界がスローモーションになって行く…………



「あ、イリス…………」

「は、はい…………」

「メリークリスマス♪」

「め、メリー…………」


ベチャ…………












「嫌あぁああぁあああッッ!!!」

「イリス!?」

こ、ここは……ベッド…? そ、そうか……私達、宿に泊まっていたんだった……

「どうした? そんな飛び起きたりして?」

「はぁ…はぁ……ルディさん。おはようございます……」

「あ、ああおはよう。まだ夜だけど……… 大丈夫か? 汗が凄いぞ」

そう言って差し出されたタオルを受け取り汗を拭う。あ、冷たい……

「軽く氷結魔術使っといたからな。冷んやりしてていいだろ」

「あ、ありがとうございます。あの………」

「ん、どうしたそんな顔して?」

「あの、ルディさんってトマトは何に使うものだと思いますか?」

「はぁ?」

思いっきり怪訝な顔をされました……… そりゃまぁそうですよね……



「なぁ、本当に大丈夫か? な、なんなら医者でもーー」

「だ、大丈夫です! ですから窓を開けないで下さい!!」

窓から飛び立とうとするルディさんを慌てて呼び止める。ルディさんならこんな夜遅くでもお医者さんを叩き起こしてしまいそうです!

「本当にか? 凄く顔色悪いんだけど………」

「大丈夫です。ちょっと嫌な夢を見ただけで……」

「夢? どんな夢だ?」

「あ、それは……えっと………」


い、言えません……ルディさんが乱心してとんでもない事をしていたなんて……


「あ、あはは…なんでもないです。てへぺろ♪」

「てへぺろって………」

「ま、まぁまぁ! 私はもう一度寝ますね、お休みなさい」

そう言って布団を頭から被る

「お、お休み……」






全くもぅ……私の頭はどうなっているんですか! ルディさんがあんな事をするわけないのにあんな夢を見るなんて

でも夢ってどんなにあり得ない状況でも受け入れちゃいますよね? 何ででしょう?

ま、まさか、あれがルディさん含む皆さんの本当の姿だったり!?





……そんな訳ありませんよね




ですよね?


もう一度言っておきます


ごめんなさい





後悔はしてる
でも反省はしてない


一日遅れましたが、皆さんメリークリスマス!



第4章 最終話


【ルディの焦り】


「ルディさん! なんで教えてくれなかったんですか!!」

「いや、だってあの人首無し馬に乗ってたじゃん」

それはデュラハンという魔族の分かりやすい特徴の一つだし……

「私はそんなに魔族の特徴に詳しくないんです! ちゃんと教えてください!」

「ごめんなさい」

さっきから謝るだけの俺だけど、絶対に悪くないよね?

「まったくもう……驚きすぎて死ぬかと思ったんですからね」

「ははっ、悪い悪い」

笑いながらその頭を撫でてやると、イリスはムスッとしながらもされるがままになってくれる

「主ら、なにそこで乳繰り合っておるのじゃ………」

「はぁ!? 何言ってやがる!」

「誰ですか?」

後ろを振り向くとそこにいたのは……



「ふっくっく、そう照れるでない。なかなかお似合いじゃと思うぞぉ?」

「ニヤニヤしながらそんな事を言うんじゃない……」

「女の子?」

さっきの妖狐だ

「わしゃに声をかけず本部から出ていくのは酷いのではないかえ? ずっと待っておったというのに……」

「ああ、悪い悪い。でもアンタだって勤務中だろ?」

「ふっくっく。わしゃあここの名誉顧問なるものである。いてもいのうても関係ありゃせん」

ピンと尻尾を立てて威張ってるが……威張るところじゃないよな? そこ……

「ルディさん。この女の子はどなたですか?」

このイリスの言葉を耳敏く聞きつけた妖狐は、懐から扇子を取り出しピシッとイリスに向けた

「ふっくっく、小娘。わしゃを見た目で判断せん方がよいぞ? こうみえても其方の10倍以上は生きておる」

「じゅ、10倍以上!?」

「ふっくっく、そこまで驚く事かの? 其方の横の男なぞーーー」

「あ、ああ! そうだそうだ、次にあった時アンタの名前を聞きたかったんだよ!」

年齢の話になりそうだったので、慌てて方向変換する

イリスにはあまり知られたくない情報だからな



「む? わしゃの名前じゃと? ああ、そう言えばまだ名乗っとらんかったの」

そう言うと妖狐は身なりを整えて向き直る

「わしゃの名前は藍晶(ランショウ)じゃ」

「ほぉ、やっぱりエクリュ大陸出身なだけはある」

「そうじゃろうて。因みに名前の書き方は分かるかの?」

「“藍晶” こうでいいのか?」

「その通りよ! やはり主も同じ出身なんじゃの! 疑っておった訳じゃありゃせんがやはり嬉しいのぉ!」

「俺もだよ。あそこの奴らは誰も外へ出て行こうとしないからなぁ」

「え? えっ?」

にこやかに対談する俺と藍晶からただ一人置いて行かれているイリス

説明しなくちゃなんねぇよな

「イリス、俺とこの藍晶は出身の大陸が同じなんだよ」

「そうじゃそうじゃ! ふっくっくっく」

「は、はぁ……なるほど」

「ところで主らの名前はなんじゃ? わしゃにばかり名を語らせるのは無作法とは思わんかの?」

「悪い悪い。俺はカルディナル、ルディだ。それで……」

サッと目をイリスに向ける

「こいつはイリス。俺の旅のツレをしている人間だ」



「初めまして、イリスです」

「よろしゅう頼む」

これで一通りの挨拶は終わったな

「よし、それでは行こうか!」

は?

「何処へだよ?」

「何を言っておる。主らはトリシャという青い蛇娘の居住地へと行くのだろうが」

藍晶はなに当たり前の事を聞いてくるのか、という様子でそう返して来た

「藍晶もついて来るのか?」

「当たり前じゃ。わしゃあ主と話をするのを楽しみにしておったのじゃからな」

「いやまぁ、そうだろうけどよ……」

「大体、主らはトリシャの居住地の場所が分かるのかの?」



あ、そう言えば聞いてねぇ………

「イリス、お前なにか聞いてない?」

「い、いえ何も」

一縷の望みも消え去った……

「決まりのようじゃの! さぁ、黒船に乗った気持ちでわしゃについて参れ!」

そうして意気揚々と歩き出した藍晶に、俺たちはついて行かざるを得なかった




ーー




「藍晶様、こんにちは」

「こんにちはじゃ」

「あ、藍晶様。お元気ですか?」

「見ての通り元気じゃよ!」

「藍晶様、よろしかったらこれをどうぞ。お連れの方々も」

「済まんのう」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

こうして歩いていると、道ゆく人々(魔族)は皆藍晶に声をかけてくる



「やけに人気があるんだな」

「ふっくくく、これが人望というものよ」

本人も満更ではないらしく、今もらった木の実を口に運びながら、誇らしげにこちらを見て来た

一方イリスはというと

「…………………………」

さっきからギュッと俺を掴んで、必死に離れないようにしている

そりゃそうだろう

さっきから話しかけて来るのはヒョウ種のガルンナ(獣人)、蝶の羽を持つヒョムルという種類の魔族などなど

木の実を渡して来たのは下半身が蜘蛛のアラクネだ

流石にこれほどの魔族に囲まれちゃ、イリスもおっかないだろうな

木の実にも手をつけてないし

そんな事を考えながら歩いていると、不意に上空から怒鳴り声が聞こえて来た



「アンタねぇ! こんな所に巣を張ってんじゃないわよ!」

「そっちが勝手に私の巣に引っかかったんでしょ!? よそ見してたんだから責任はそっちじゃない!」

上を見上げると……なんじゃありゃ?

「主ら、なに言い争いをしておるのじゃ?」

「藍晶様!?」
「藍晶様!?」

異口同音とはこの事か

いや、こっちの大陸では同音異口っていうんだっけっかな

「ルディさん。あれって」

「女郎蜘蛛種のアラクネとハーピーの喧嘩だ」

ハーピーとは、人間で言うところの腕が翼、足が鳥のものになっている魔族だ

普通は程々に素早いから蜘蛛の巣に引っかかるなんてヘマはしないはずなんだが………

あーあー、2人とも一斉に藍晶に向かってお互いの悪口言い合ってるよ……



「もうよい! お互いの言い分は分かった! 今すぐ助けるからしばし待っておれ!」

藍晶はげんなりした様子でそう言う

「全く…… アラクネの巣から一人を助け出すのがどれほど大変か分かっておるのかのぉ………」

「それなら俺がやろうか?」

「は?」

藍晶にとっては、まさかの申し出だったようだ

「いや、しかし客人にそのような面倒をさせるわけには……」

「大丈夫だよ、ほんの一瞬で終わるから。イリス、ちょっと待っててな」

そう言ってから思い切りジャンプし、巣を作っている糸へ手を掛ける

「よっと………」

「あ、あなた誰?」

「もしかして新入りの人?」

「まぁそんなもんだ」

自分たちの説明は省略しておく



「それよかこの巣だが、ハーピーにくっ付いている部分だけ切り取っちまってもいいか?」

「え、えぇ。別に構わないけれど……私の糸を切断できるの? かなり太く作ってあるし………」

アラクネの放出する糸は、もはや糸と呼べるような代物ではない

綱と言った方が的確だろう

とは言っても、俺にとっちゃなんの問題もない

「それじゃ切るからな。一二の、三!」

「え? きゃあぁああ!!?」

無詠唱の風撃魔術によって、ハーピーに付着していた部分の糸だけを一瞬で切り離した

ハーピーは自分を支えていた糸の突然の消失に反応出来ず、そのまま地面へと落下して行った

「おい! 飛べよ! ああっ、たくっ!」

巣から手を離し、落下するハーピー目掛けて落ちて行く

勢いをつけた分、こちらの方がスピードは速い

「よっと……」

空中でハーピーを抱えて……そのまま着地した



「ルディさん、無事ですか!」

「無事だよ」

トテトテと駆け寄って来るイリスに笑いながら返事をする

「あ、あのっ!」

「ん? ああ、悪い悪い。ほら、降りてくれ」

抱きかかえていたハーピーを地面に降ろしてやる

「大丈夫だったか?」

「は、はい! ありがとうございました!」

ハーピーはぺこりと頭を下げて来る

うん、感謝されるってのはいいもんだぜ!

「いやいや、そんな大した事をしたわけじゃないよ。それよりも、これからは巣に引っかからないよう気を付けろよ?」

「はい!」

小っこくて素直な奴だ

なんか、イリスを彷彿とさせるハーピーだ

いや、すぐ隣に本物がいるんだけどな?



「ちょっとー!」

上空からアラクネの声が聞こえる

「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもないわよ! 巣が全く壊れてないんだけれどどうやったの!?」

「別に難しいことじゃない。付着している部分の糸のギリギリ表面を切断しただけだ」

「いや、一瞬でそれをやるってかなり凄いことじゃないの!?」

藍晶も同調するように

「わしゃにもそんな事など出来ぬぞ。実に恐ろしいほどの魔術の才じゃ……」

こう言って来た



「まぁな。それじゃ行こうか。案内頼むぜ」

「う、うむ」

と、歩き出そうとしたら後ろからハーピーが声をかけて来た

「ね、ねぇ、 そこのお兄さん! 名前ッ! 教えて!」

やけにどもってるなぁ……

「俺はカルディナル。ルディと呼んでくれ。それじゃまたな」

「ま、また今度!」

手やひらひらと振って別れを……痛いっ!

見るとなぜかイリスが俺を抓ってやがる!!

「イ、イリス……… 俺、なにかしたか?」

「知りません。ふーんだ……」

「絶対になんか怒ってるだろ……」

「怒ってません」

絶対に怒ってるよコレ!

なんか怖いもん



「主よ」

そんな俺をジト目で見ながら話しかけて来る藍晶

「なんだよ?」

「主には女難の相が出ておる。心するがよいぞ」

「はぁ………?」

なんだかよく分からん………




ーー




10分も歩いただろうか、とうとう目当ての場所が見えてきた

「あ、あの……ルディ、さん。あそこって……」

「ああ、イリスの言いたいことは嫌という程わかるぞ」

藍晶によって連れてこられたのは岩肌にぽっかりと空いた洞穴だ

その洞穴は明らかに人の出入りが激しい

いや、違うな


ラミアの出入りが激しい



「彼奴等は全員一処で生活しておる。かのトリシャも例外ではなかろうて」

「そ、そうなんですか…… で、でも……その、なんて言うか……」

「ラミアがあんなにもうじゃうじゃたむろしてるのは、正直凄い不気味だな」

「ルディさん!?」

「だってよ? 鱗の色が赤とか青とか黄色とか、多種多様じゃん。眩暈が起きそうだ」

「でもそんな正直に口に出すのは失礼ですよ!」

「ふっくっく、包み隠さず率直に物を言うは魔族の特性よ。心配せずとも彼奴等はその程度で怒り狂いはせん」

藍晶は扇子で口元を隠し、愉快そうに笑う

「そ、そうですか……」

「尤も、その発言が魔族から発せられたものであれば……の話じゃがな」



藍晶はそう話を終わらせると、洞穴へと進み出て近くにいた赤いラミアに声をかけた

「そこの者。尋ねたいのじゃが」

「藍晶様!? 如何なさいましたか?」

「畏まらずともよい。主の仲間にトリシャというものがおろう。其奴のもとへ案内を頼みたいのじゃ」

「か、畏まりました! 後ろのお客様方もどうぞこちらへお越しください!」

藍晶相手に多少の緊張は仕方ないのだろう

しかし道案内は比較的スムーズに行われた

「こちらでございます。この部屋がトリシャの部屋です」

「そうか、ご苦労じゃった。もう下がってもよいぞ」

「はい。失礼いたします、藍晶様」

赤いラミアは俺達に一礼をして下がって行った

トリシャの部屋と彼女は言っていたが、早い話は一部屋ほどのスペースなだけだ

もちろんドアは付いていない



「おい、トリシャ。いるか?」

「はいはーい」

部屋の中へ声を掛けると、それに呼応して返事があった

「いらっしゃい、ルディとイリス……と、ら、藍晶様!?」

トリシャにとって藍晶の存在は想定外だったらしい

声がひっくり返ってるし

「うむ、しばし邪魔させて頂こうぞ」

「は、はい! す、すぐにおおお茶のじゅじゅ準備ををを!!」

テンパりすぎだろ………

このあとトリシャがコップを落として割るという失敗を犯すのだが、5分後には皆にお茶が行き渡り雑談の準備が整った

「粗茶ですが………」

「うむ、頂こう」

「ありがとうございます」

「ありがとう」

茶を微かに口に含んで見ると、微かに甘いものの後から渋みが口中を支配した



「ふむ、薬草茶か。癖が強いのぅ………」

「も、申し訳ありません! お口に合われませんでしたか!?」

「なんだ。見た目の通り味覚もお子様なのか」

「なんじゃと?」

「ちょ!? ルディ!!」

俺と藍晶のやり取りに冷や汗を流すトリシャ

お前藍晶のこと、どんだけ怖がってるんだよ………

「はぁ〜 温かくて美味しいです。お代わり頂いてもいいですか?」

「本当!? 沢山あるからじゃんじゃん飲んでね!」

「ありがとうございます。それでは頂きますね」

「なんだ、やっぱりイリスの方が大人だな。小っちゃい藍晶ちゃんはジュースの方がいいんじゃないか?」

「やかましい! んぐっんぐっ……ぷはぁ! おい、わしゃにももう一杯注ぐのじゃ!」

「は、はい! ただいま!」

「あの、藍晶さん。あまりご無理をなさらない方が……」

「無理などしておらん! こんなもの何杯でも飲み干してやるわ!」

「おいおい藍晶。エクリュ大陸の作法では、茶というものはゆっくりと味わって飲むのが主流じゃなかったか?」

「むぐぅ………」



これから先のことは残念だが割愛させてもらおう

ただ言っておく事としては、俺と藍晶はなかなかに楽しく会話をしたぞ

トリシャとイリスは俺たちの話について来れないから、2人で個別に話していたようだ

すっかりと打ち解けられたようで、俺としても嬉しい限りだ


ただ問題が一つあってな……

久々の外からの来客に興味を持った魔族達が、俺たちを覗き見しにやって来たんだ

部屋の外にはラミア、ガルンナ(獣人)、ハーピー、サハギン、アーマー族、ドラゴニアン(竜人族)

鳥翼族、サキュバス、インキュバス、人狼、挙げ句の果てにアルラウネ(植人族)やアラクネまでもが来やがった

特に敵意はない(ギラギラした目で俺やイリスを見ていたサキュバスとインキュバスは除く)から問題はないんだが……

結局最終的には、全員からの質問責めにあわされた

イリスなんかしどろもどろになりながら答えてたよ

あ、それと藍晶が貧乳同盟に加入したぞ

本人曰く『このような戯れも愉快なことじゃ』との事だ

そんなこんなで沢山の奴等と楽しく進んでいた茶会ではあったが、藍晶の発した一言で全てが終わりを告げることになった


「そう言えばの、最近のことじゃが主によく似た魔族の娘と外で会ったのぅ」

「へぇ、そりゃさぞかし強そうなオーラを発していたんだろうな」

「まあのぅ。確か名をノアールと言ったーーー」

それを聞いた瞬間、湯のみを口に運ぼうと思っていた腕が力を失いそのまま落下した

もちろん湯のみは派手な音を立てて砕け散る事となった

「どうしたの? 大丈夫?」

「ルディさん? どうかしたんですか?」

トリシャとイリスが何か言っているような気がする

しかし今はそんな事に構っている場合じゃない!

「い、いつだ!? どこで会ったんだ!!!」

激しく問いただす



藍晶は気迫に圧倒された素ぶりを見せたものの、すぐに回復しこう返して来た

「こりゃ! それが人様にものを尋ねる態度か! きちんとせい!」

そう言われて初めて俺は藍晶の肩を掴んでいる事に気付き、慌てて手を離す

「済まない。でも大切な事なんだ、教えてくれ!」

藍晶は顎に手を当てて思い出す素ぶりを見せる

「そうじゃのぅ……… 今から15日ほど前の事かのぅ」

な……に……?

「15日前!? 本当か!?」

「わしゃの記憶が確かならのぅ。少なくとも1月は経っておるまいて」

「他には! 他にはなにか言ってなかったか!?」

「そうじゃの、確か次はアンバーキングダムに向かうと言っておった。かの娘なら人間に混ざってもわかるまいて」

アンバーキングダム………

俺はそこで……アイツに会わなくちゃならないようだな



「ありがとう藍晶」

そう言ってから茶を一気に啜り、徐に立ち上がる

「イリス、すぐに出発するぞ。目指すはアンバーキングダムだ」

この言葉にはイリスも藍晶も、そしてトリシャも驚いたようだ

「ルディさん? いきなりどうしたんですか?」

「そうよ。せっかくルディの仲間が沢山いる場所だっていうのに、こんなに早く出て行く事なんてないでしょ?」

「そうじゃよ、わしゃたちもお主等のような者ならば大歓迎じゃ。永住も考えていいとおもうのぅ」

「そうそう、藍晶様の言う通り! こんなに広いんだから2人くらい増えたっても大丈夫だって!」

「そうそう。この渓谷な、男の人口がすくねぇんだよ! ルディみたいな奴が来るだけでかなり変化があるんだって!」

2人以外にもたくさんの魔族がそう引き止めて来てくれる

ははっ、嬉しい事言ってくれるじゃねぇか……



「悪いな。その気持ちは嬉しいんだけどよ、俺にはやるべき事が出来たんだ」

「ルディさんに、ですか……?」

「ああ」

ジッとイリスを見つめる

「もしかして、そのノアールという人の事でしょうか?」

「そうだ」

イリスはしばらくの間考えを巡らせていたようだが、やがてそっと目を閉じた

そして静かに深呼吸をする

「分かりました」

「イリス……?」

「私の神話巡りの旅、そしてルディさんの目的の旅、どちらもきちんと終わらせましょう!」

イリスは決心したようにそう宣言した

「そしてそれが全部終わったら……」

そこでイリスは藍晶の方へと向き直った

「もちろんじゃ。いつでも戻ってくるが良いぞ」

「そうそう! 私も待ってるからね!」

「私もよ」

「もちろん俺もだ」

周りからの声にイリスはというと

「みなさん。ありがとうございます!」

感極まってるよ

ま、俺もなんだけどな……



「それでは行きましょうルディさん」

「そうだな」

俺たちは洞穴の外に向かって歩き始める

後ろからは、藍晶とトリシャを先頭にしてぞろぞろと見物客の集団が着いて来る

なんて言うか、百鬼夜行みたいだ

「ルディとイリスがきた洞窟からならアンバーキングダム行きの道があるわよ」

「ありがとうトリシャ。でもな、ちょいとショートカットしていくつもりなんだよ。ほら、イリス」

「はい」

そう言ってイリスを抱き上げる

目指すは……ここから上空だ

「ここは死火山の火口に出来た窪みじゃからの、上に向かえば山の頂上から出られるじゃろうて」

「やっぱりそうか。アンバーキングダムまではどのくらいの距離がある?」

「人間ならば大体5日ほどかのぅ。しかし、主ならばもっと早く着こうぞ」

多分俺なら半日ほどで到着できそうだな

「別れは惜しいけれど、二度と会えないわけじゃないものね」

「はい。またすぐにトリシャさん達に会いに戻ってきます!」

「ふっくっく、わしゃ達はそう気が長い方ではないからの」

藍晶の言葉に、後ろに控えている魔族全員が頷いた



「分かったよ。なるべく早めに戻ってくるよ」

魔力を足裏に溜めて……

「またな!」

思い切りジャンプした

「きゃっ! くっ……」

「本気で飛ばすからな! しっかり捕まってろよ!」



願わくば、ノアールに追い付きたい

願わくば、ノアールの行動を止めたい

願わくば、ノアールと共に過ごしたい

俺は自分の心と向き合いながらアンバーキングダムへと向かって走り出した


短かったですが今回の章はこれで終わりです


忘れてたので4章登場キャラ紹介



オートリシャン(トリシャ)


種族 : 魔族
分類 : ラミア
性別 : 女
一人称 : 私
二人称 : あなた
対 ルディ : ルディ
対 イリス : イリス

外見 : 20歳
実歳 : 25歳
髪色 : 青
髪型 : ストレート、背中まで
眼色 : 青
全長 : 400cm
出身 : 魔族の渓谷
武器 : 尻尾
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能魔術】

なし

【特徴】

怖がりなラミアの女性

洞窟でイリスやルディと出会い、2人を魔族の渓谷まで案内する

胸には民族衣装のような青い布を巻き、動物の小骨で作った首飾りをしている

魔族の渓谷には人間を襲わない魔族のみが生活しているので、本人も獲物を丸呑みした事はない

ラミアなので胴体部には獲物を丸呑みするための口が存在しているが、一度も使ったことはない

蛇でありながらカエルが大の苦手。あのヌルヌル感やカエル独特の動きが嫌いらしい

貧乳同盟加入者



藍晶(ランショウ)

種族 : 魔族
分類 : 妖狐
性別 : 女
一人称 : わしゃ
二人称 : 主、其方、その他
対 ルディ : 主
対 イリス : 娘

外見 : 8歳
実歳 : 320歳
髪色 : 黄金
髪型 : ショートカット
眼色 : 水色
身長 : 130cm
出身 : エクリュ大陸
武器 : 尻尾 扇子
得意呪術 : 風撃
特殊呪術 : 浮遊

【使用可能魔術】

火炎、水撃、風撃、雷撃、昏睡

【特徴】

魔族の渓谷で最年長の魔族で、現在320歳。尻尾のふかふかには定評がある

子供扱いされるのを極端に嫌い、重々しい雰囲気を纏おうとした結果今の口調に落ち着いた

騎士団に所属しており、実は実力は団長以上。寧ろ渓谷で最強

ルディでもまともにやり合えば、負けはしないものの相当の深手は追う事になるだろう

しかし本部や渓谷の見回りを担当している

ルディと同じくエクリュ大陸出身で、着ている巫女装束は自分で作ったものである

もともとは神社の護り神のような存在であったが、時の経過と共に廃れたので移住してきた

寝る時は自分の身の丈ほどもある尻尾を抱きかかえて眠る

貧乳同盟加入者



ティユール

種族 : 魔族
分類 : デュラハン
性別 : 女
一人称 : 私
二人称 : 貴様 お前 貴方
対 ルディ : ルディ殿
対 イリス : イリスさん

外見 : 24歳
実歳 : 24歳
髪色 : 茶髪
髪型 : セミロング
眼色 : 黒
身長 : 167cm
出身 : 魔族の渓谷
武器 : 大剣 鎖鉄球
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【使用可能魔術】

なし

【特徴】

物語では名前が出なかった魔族の渓谷における騎士団の女団長

高い実力と冷静な判断力から、渓谷における民からの信頼度は高い

コシュタ・バワーという種類の首無し馬の魔物に乗り渓谷を駆けるその姿は、老若男女問わず魅了する

非常に真面目であるが生真面目というわけではなく、書類仕事中には部下と雑談する事も珍しくない

藍晶は形式上部下という事になっているが、幼い頃から世話になっている引け目もあり敬語で接する

と、いうより藍晶相手に敬語で話さないのはルディくらいだ

デュラハンであるため頭と体は別々に行動させる事が出来る。しかし普段は頭部分主体で体を動かしている

以前とある事情から体部分を酷使し過ぎた為、体にボイコットされた事がある

その時の体部分は、藍晶の家で3日間むくれていたようだ

物語では触れなかったが、検査の時にイリスとかなり仲良くなったようだ

しかし恵まれた体型ゆえ、貧乳同盟には入れなかった模様……



ニゼル (魔法ジジイ)

種族 : 魔族
分類 : 魔法使い
性別 : 男
一人称 : わし
二人称 : あなた
対 ルディ : ルディさん
対 イリス : イリスさん

外見 : 75歳
実歳 : 95歳
髪色 : 銀髪
髪型 : フードを被っているので不明
眼色 : 茶色
身長 : 156cm
出身 : 魔族の渓谷
武器 : なし
得意呪術 : 感知魔術
特殊呪術 :

【使用可能魔術】

火炎、氷結、雷撃、水撃、風撃、昏睡、拘束

【特徴】

魔族の渓谷に感知魔術を張っている老人

人当たりの良い性格で、緑色のフードの奥から覗かせる笑顔は見る人をホッとさせるだろう

昔は騎士団の副団長であったが、今は引退して感知魔術専門に回っている

衰えはしたものの未だに実力はかなりのもの。怒らせると怖いお爺ちゃんだ

藍晶とは遊び仲間。よくチェスや将棋などを楽しんでいる


こんな感じで投下終わり

今日はIDにFが多い



カルディナル (ルディ)

種族 : 魔族
分類 : キメラ
性別 : 男
一人称 : 俺
二人称 : アンタ・お前
外見 : 17歳
実歳 : 約500歳
髪色 : 漆黒
髪型 : 長髪 ストレート
眼色 : 漆黒
身長 : 170cm
出身 : 名も無き研究所
武器 : なし
得意呪術 : 古代呪術・魔力集中
特殊呪術 : 魔力布・魔力糸

【使用可能呪術】

火炎・雷撃・風撃・水撃・光
氷結・大地・物理障壁・呪術障壁
空間障壁・拘束・魔力集中・混乱


衝撃の呪術
????の呪術
斬撃の呪術
????の呪術
消滅の呪術
磔の呪術

【特徴】

約500年前、とある研究所で作り出された3種類のキメラの内の一体

同じ境遇のノアール、グラフィットと共に研究所を破壊、研究員を皆殺しし脱走。今に至る

制作コンセプトは殺戮。他の2人と比べても彼の暗殺能力は頭一つ抜けている

強力な呪術、膨大な魔力を有している故、殺さないように戦う事が大の苦手。結果としていらない苦戦を強いられる事が多い

自らを作り出した挙句、人体実験紛いの所業を行った研究員を許しはしなかったが、人間自体を憎む事はない

最も得意な攻撃はギロチン状にした魔力布による切り裂きや、ピアノ線状にした魔力糸による切断。しかし研究員を惨殺したトラウマから使うのは好きでは無い

最近イリスの性格が明るくなった事を喜ばしく思っているが、少々明るくなり過ぎではないかと思っている面もある



ローズ・イリシュテン (イリス)

種族 : 人間
分類 : 旅人 (ローズ家 次女)
性別 : 女
一人称 : 私
二人称 : 貴方
歳 : 14
髪色 : 白
髪型 : 肩の少し下まで ストレート
眼色 : 薄い水色
身長 : 152cm
出身 : バームステン
武器 : なし
使用可能呪術 : なし
得意呪術 : なし
特殊呪術 : なし

【特徴】

生物なら必ず持っているはずの魔力を全く有していない特異体質の少女。それゆえ名家であるローズ家では汚点扱いされていた

母からの拷問の末家から逃げ出しルディと出会う。初めての優しさに触れルディについて行く事を決意する

ウィスタリアで神話と出会い、それ以降街から街を神話を求めて旅する事を目的とする

意外と内弁慶である事が発覚しルディに対してはもはや漫才相手レベル。紛う事なき天然である

ルディへの依存度が非常に高い事がアンバーキングダムの一件で露呈した。最早ルディなしで生きて行く事が出来ない程である

シェーヌで出会った貧乳美少女サラと貧乳同盟を発足。これからどんどん会員を増やす気である

類稀なる料理センスを持ち、この前は魚の内臓と眼球でとった出汁で紫色のスープを作るという荒技に出た。無論ルディを悲劇が襲った



ノアール

種族 : 魔族
分類 : キメラ
性別 : 女
一人称 : ボク
二人称 : キミ
対 ルディ : カルディナル
対 イリス : ????


外見 : 17歳
実歳 : 約500歳
髪色 : 漆黒
髪型 : 長髪 ストレート
眼色 : 漆黒
身長 : 165cm
出身 : 名も無き研究所
武器 : なし
得意呪術 : 特になし
特殊呪術 : 傀儡 (かいらい)

【使用可能呪術】

火炎・雷撃・風撃・水撃・光
氷結・大地・物理障壁・呪術障壁
空間障壁・拘束・魔力集中・混乱


衝撃の呪術
????の呪術
斬撃の呪術
????の呪術
消滅の呪術
磔の呪術


【特徴】

約500年前、とある研究所で作り出された3種類のキメラの内の一体

同じ境遇のカルディナル、グラフィットと共に研究所を破壊、研究員を皆殺して脱走。今に至る

制作コンセプトは密偵。傀儡の呪術で他人を操り情報などを得る事ができる

傀儡の呪術は生物のもつ魔力のバランスを狂わせて、その性格を自分好みにするものである

一度これを使うとその人間が元の性格に戻る事は未来永劫あり得ない。ノアール自身も直す事は出来なくなる

自らを作り出した挙句人体実験紛いの所業を行った研究員を非常に憎んでいた

その事から全ての人間という存在を非常に憎んでおり、人間は皆死ぬべきであるという思想を持つ

趣味は人間を殺し合わせる事。傀儡の呪術を身に付けさせてくれた事に関してだけは研究員に感謝している

飄々とした性格の下に隠れる残忍性や深い憎しみは常人には計り知る事は出来ない程。紛う事なき危険人物である

カルディナルとグラフィットは同じ遺伝子を持つ唯一無二の仲間として認識している。特にカルディナルには自分を救ってくれた事に対する憧れに近い感情を持つ



第6章 1話


【ショートストーリー集 �】


こんにちは、イリスです

私たちはこの度、この魔族の渓谷でしばらくの間生活する事になりました

その間に起こった様々な事を語りたいと思います



〈家作り〉


「しかし主ら、あれほど惜しみながら別れたと言うのにすぐに戻ってきたのぅ」

「それを言うなって……」

ルディは渋い顔をしてそう返す

「しかしわしゃ達は皆歓迎ムードじゃからの。わしゃも実のところ嬉しいしの」

「ありがとよ、藍晶(ランショウ)」

「ふっくっく、主はなかなかに素直じゃのぅ」

「ま、イリスと出会ってからはかなり素直になったよ。よっと、こんなもんでいいかな……」

「よいと思うぞ。それでは渓谷まで帰るとしよう」



「俺が7本持とう。藍晶は残りの3本を頼む」

「なんじゃ? 別にわしゃ5本でも構わんぞ? 最大で9本まで持てるしの」

藍晶は金色に光る自慢の9本の尻尾で大木を持ち上げながらそう言った

「最近魔力を使う事が格段に減ったからな、リハビリだ」

そう言ってルディは7本の大木を担ぎ上げた

無論、魔力集中で筋力を上げている

「リハビリなどせずとも主は良いじゃろうに………」

藍晶は空中に浮かび、呆れたようにそう言った

「しないよりはした方が良いだろ? それにしてもその浮遊魔術は便利そうだな」

「ふっくくく、妖狐という種の特権じゃ。では帰るとしよう。娘も首を長くして待っておろう」

「だな。もう一人の方は胴を長くして待ってるだろ」

そう言って2人は山頂を目指して進んで行った




ーー




「遅いわねぇ〜」

「遅いですね」

一方こちらは青鱗青髪のラミアであるトリシャとイリス

「こっちにきてからも色々とやる事があるのに……全くもう」



トリシャは尻尾を軽く地面にパシッパシッと叩きつけながら腕を組んでいた

と、そこへ

「お〜い2人とも〜!」

「あら、こんにちは」

「こんにちは。え〜っと……」

1人のハーピーがやってきた

初めてここにきた時に、アラクネの巣からルディに助け出されたハーピーである

「アルドアーズよ。ルドアって呼んでね」

「ありがとうございますルドアさん」

「ふふ、別にさん付けしなくてもいいのに」

ルドアはそう言ってイリスの横に腰を下ろした

「ところで貴女何しに来たの?」

トリシャがルドアに聞いた

「暇だったからね、なにか手伝う事はないかなって思って。今から家作るんでしょ?」

ルドアはそう言いながら横に聳え立つ大木をコンコン叩いた

「この木に目を付けたのはイリス?」

「はい。この木の中腹に家を作りたいなって思って」

「ふ〜ん、ツリーハウスだなんていい趣味してるわ本当に。でも飛べる私と違ってイリスは出入りし難いんじゃない? 枝の上に作っちゃったら」



「だから階段を作るのよ。そうすれば誰でも入れるでしょ?」

トリシャが横からそう答えた

「ふーん、人間って不便ね」

ルドアはそう言って背伸びをした

と、そこへ

「おーい」

「あ、ルディさんが帰ってきました!」

「あら本当……藍晶様!?」

「うわっ!? 本当だ!」

7本の大木を担いだルディと3本の大木を尻尾で巻きつけた藍晶が帰って来た

「斜面にいく時に会ってな、木の運搬を手伝って貰ったんだ」

ルディはそう言うと担いでいた大木をゴロゴロと置いた

藍晶もそこに3本の大木を降ろして背伸びをした

「ふぅ〜 久々に力仕事をすると疲れるの」

「これからもっと疲れる事になる」

ルディはそう言って木の上へと登って行った

既に家を一軒作れるほどのスペースと土台は確保済みだ

「それじゃやるぞ! 皆頑張れよ!!」

「おお〜!!」




ーー




それから50分ほど後

「確かこの辺りだったかな……」

そう言いながらあたりを見渡しているのはティユールだ

魔族の渓谷における騎士団の女団長である



今日は鎧もつけずラフな格好で、その綺麗な茶髪を棚引かせながら歩いていた

「あれか。なんだ、もう出来上がっているじゃないか。だがなにやら騒がしいな……」

ティユールはルディとイリスの家作りに協力しようとここまで来たのだ

しかしなにやら騒がしい気配を感じて訝しがった

「おい」

丁度階段に腰をかけていたハーピー、ルドアに声をかけた

「あ、団長。こんにちは」

「うむ。なかなかに素晴らしい家が出来たじゃないか」

ティユールは上を見上げながらそう言った

「はい、この家や階段自体は開始30分程度で出来上がったんですけれどもね……」

ルドアは含みを持たせるようにそう言った

「なにか問題でも発生したのか?」

「えぇ、まあ……」

そう言ってルドアは上を指差した

家の中からなにやら言い争う声が聞こえてくる

「どうぞご覧になって下さい…… 藍晶様は呆れて帰られてしまいました………」

「うむ」



ティユールは階段を登って行きドアをノックした

「ティユールだ。入るぞ」

そう言ってからティユールはドアを開けた


「だからなイリス! ベッドは2つ必要なんだってば!!」

「いいえ、一つで十分です!! これ以上木を切る必要はありません!!」

「ちょっと2人とも………少し落ち着いて……」

「トリシャは黙ってろ! お前はベッド要らずだからこの問題の重要性が分からないんだ!」

「トリシャさんもルディさんに言ってください!」

「ひゃう!」



「……………………何を言い争っているんだ」

「お、良いところに来た! お前からもこいつに言ってやってくれ!」

「ティユールさん! ルディさんが酷いんです!!」

「はぁ……だいたい想像できるが詳しく話してみろ」




ーー





「つまり持ってきた大木の余りではベッドが一つしか作れなかった。だからルディ殿は新しく木を持って来て作ろうと言ってるんだな?」

「ああ」

「一方イリスさんは、たかだか一つのベッドを作るために木を切り倒す必要はないと……」

「ええ」



「ちなみにイリスさん。ベッドが一つの場合、2人はどこで眠るつもりなんだ?」

「2人で一つのベッドです!」

「だからそれはダメだって言ってんだろ!」

「旅の途中は2人で抱き合って眠る事なんかザラにあったじゃないですか!」

「宿では二つのベッドで寝てただろ! 旅路とここを一緒くたにするな!」

「がるるるる〜!」

「唸ってもダメ! ティユールからもなんとか言ってやってくれ!」

「そうです! ルディさんになんとか言ってください!」

「………………………………」


なんて事はない。イリスが単にルディと一緒に寝たいだけなのだ

しかしルディとイリスは運が悪かった


2人は誰に相談した?


そう! 生まれてこの方24年、その間全く浮いた話のないティユールだ!


ティユール自体の人気はとても高い

しかし若い頃から自警団団長を務める彼女に誰も告白できないだけなのだ

さらに悪い事に、ティユール自身はそれに気付いてないわけで………



「…………貴様ら」

「どうした?」

「ティユールさん?」

「そんな惚気を聞かせるために私を呼んだのかぁああぁああぁああっ!!!」

どっかーんとキタらしい

ティユールが吼えた!

流石にルディとイリスも気圧されたようだ

「い、いや、別に呼んでない……」

「やかましい!! 貴様らここで成敗して…っ! こら身体! 命令を聞け!!」

どうやら身体部分が頭の命令を聞かないようだ

こう言う部分はデュラハン独特の性質だろう

「こいつらは私に対して宣戦布告をして来たんだぞ! 受けて立たねば騎士の名が廃る……こらっ! 何をする!!」

とうとう耐えられなくなったらしい

腕はいきなり頭を掴むと、そのまま出来上がっているベッドへ投げた

「うわっ!?」

そして体部分はルディとイリスに謝るように頭(?)を何度もペコペコ下げると、そのまま外へ全力疾走して行った

「こら待て!! 身体!!」

頭もそのままピョンピョン地面を跳ねながら出て行ってしまった

後に残されたルディとイリスとトリシャは、ただ呆気に取られる以外なにも出来なかった………




結局ベッドは二つ作る事になりました



〈イリスの買物〉


魔族の渓谷にだって市場はある

渓谷内には川だってあるし湖だってあるから魚には困らない

さらには森だってあるし、家畜を飼う牧場だってある

足りないものは人の住処に行けば買ってこれる

もちろん人間に近い魔族、サキュバスやインキュバスが買いに行く必要があるのだが

そんな市場に買物に来た1人の少女………


「あ、人間の子供だ」

「この前来た娘でしょ? 名前なんて言ったっけ?」

「えっと……イヤス? モラス? そんな感じだっただろ?」

「なんか違う気がするな…… なんつったっけ?」


もちろんイリスの事である

魔族の渓谷に初めて住む事になった人間と言う事もあって、まさに注目の的である



「…………………………」

当のイリスは緊張しているのかニコリともせずに市場を歩いていた

緊張のし過ぎか、少し顔が青くなっている

それもそうだ

イリスは魔族の群れの中をたった1人、しかも彼女は魔術が使えないのだ

安心とは分かっていてもやはり緊張するだろう

これは日本人が屈強な外国人の人混みを1人で歩く心境と似ているだろう


「えぇっと……何を買うんだったっけ……?」

イリスはカバンからゴソゴソとメモを取り出した

ルディが料理の材料を買ってくるようにお願いしたのである

「えっと……アルカネ豆を4つ。アルラウネの店で買えると思う……」

イリスは首を傾げた



アルラウネがどんな魔族なのか知らないのだ

「あ、イリスちゃん?」

「はい? きゃあぁあああ!!」

不意に後ろから声をかけられたイリスはそちらを振り向き次の瞬間絶叫した

「ちょ、ちょっとぉ! そんなに怯えないでよ!」

「あ、いや……別に怯えたわけじゃ……ちょっとびっくりしただけで」

「ちょっとぉ?」

「すみません!」

イリスに声をかけたのはアラクネ、上半身が人間下半身が蜘蛛の姿の巨大な魔族だ

その魔族にイリスは見覚えがあった

「あ、もしかしてあの時ルドアさんが引っかかった巣の……」

「そうそう! 覚えててくれたんだ」

アラクネはニッコリと微笑みながらそう言ってきた

「アラクネ属女郎蜘蛛種のミュエルよ。よろしくね」



「はい、よろしくお願いします」

イリスは差し出された手を握り握手した

「でも私の名前よく分かりましたね」

「ええ、ルドアから聞いたの。私私たち生まれた時からの幼馴染だから」

「そうなんですか!」

「ええ、もうかれこれ4年の付き合いよ」

「………は?」

「それでイリスちゃんはなにを買いにきたの?」

「え、あ、えっとですね……これを」

イリスはミュエルにメモを差し出した



「どれどれ? アルカネ豆を4つ、それと魚と牛肉ね」

ミュエルはメモに一通り目を通す

「それじゃついて来なさい」

「案内してくれるんですか?」

「ええそうよ。お姉さんに任せなさい!」

ミュエルはそう言って胸を叩いた

ミュエルさんは4歳だから私の方がお姉さんなんじゃないかな? とイリスは思ったが黙ってついて行くことにした




ーー





「あの方々がアルラウネという魔族の方ですか?」

「そうよ。見ての通り身体が植物で出来てるの」

アルラウネという魔族を一言で表現するならば花の魔族だ

根の代わりに数十本の触手を蠢かせ、地上を這いずり回る……もとい、移動する事ができる

花冠の中央、雌しべに当たる部分に人間の女性と相違ない生物が下半身を埋没させている状態だ

肌の色が綺麗な浅葱色(わずかに緑を帯びた薄い青色)であるのが特徴である



「早く行きましょうよ」

ミュエルは1人でさっさと行ってしまった

「ねぇねぇ、アルカネ豆4つある?」

「はい、ありますよ。これですね……」

店頭に立つアルラウネが野球ボールほどはあろうかという豆を4つ机においた

「800エカです」

「うん、ありがとう。ほら、イリスちゃん! 早くお金払わないと」

ミュエルがそうイリスを呼んだ

「は、はい」

イリスはトテトテとミュエルの横まで歩いて行った

「ひゃっ!? 人間の女の子!! ちょっと皆!! 噂のイリスちゃんが来たわよ!!」

イリスはアルラウネの群れに一瞬で囲まれた



「…………人間って凄いわね〜」

ミュエルはそう熟熟(つくづく)思った




ーー




イリスが家に辿り着いたのはそれからおよそ30分も後のことである

「た、ただいま帰りました………」

「お帰り、随分と遅かった……な!?」

ルディが仰天したのも当然だ

イリスはその両手にパンパンに膨らんだ麻袋を持っていたのだから

「ど、どうしたんだ……それ?」

「それが……お店に行くたびにタダで沢山のオマケを付けて貰っちゃいまして……」



イリスは二つの袋をドサっと降ろした

「そりゃ凄いな……」

「ルディさんも手伝ってください」

「あん? 手伝うってなにをーーー」

ルディはそう言いながら、イリスと一緒に家の外に出て、そして言葉を失った

「…………………………………」

「凄いでしょう?」

ツリーハウスから眼下を見渡したルディの目には、10を超える麻袋しか目に入ってこなかったのだった



ここまで持ってくるのは力持ちのガルンナ(獣人族)やミュエルに手伝って貰いました



〈花畑〉


ルディとイリスはここに来てまだ日が浅い

なので今日は2人でこの渓谷を散歩することになった

「ルディさん、まずはどうしましょう?」

「まずは1番最下層から行こうか。俺たちの作ったツリーハウスも最下層だし」

「はい」

言うなればお隣さんだ




ーー




最下層は草木が生い茂っている場所が多い

人間が生活するにも全く困らないだろう

遥か遠くには沢山の木々が生い茂っている

もっとも、あれらは材料として使えないのだが



「あ、花が沢山ありますよ!」

「綺麗だな」

あたり一面花畑だ

蝶々や蜂などが沢山飛んでいる

「いい匂い………」

「そうだな、普段俺たちが見ているものよりも色も香りも上だな」

「やっぱり土壌がいいんでしょうか?」

「俺でもそこまでは分からないよ」

「はぁ………」

「ん?」

「ルディさんにも分からないことあるんですね」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ………」

「ルディさんともあろう方が。まったく………」

イリスはしらっとした顔を作って見せた



と、そこに

「あれ、アンタたちそこで何してるの〜?」

遠くから声が聞こえて来た


「あ、ルディさん。誰か来ましたよ! しかも空を飛んでます!」

「あれはヒョムルだな」


ヒョムルとは巨大な蝶々の羽と触覚を持つ魔族である

身体は大体10歳くらいで成長が止まってしまうから、小柄な者が多い

主食はもちろん花の蜜である



「あ、この前来た人間と魔族のコンビさん?」

「ああ、俺はカルディナル。ルディだ。こっちはイリス」

「こんにちは。イリスです」

「こんにちは。アタシはリエール。見ての通りヒョムルよ」

「見たところヒョムル属アゲハ種といったところか?」

「黒と黄色の模様がとっても綺麗ですね」

「そう? ありがと!」

リエールはクルリと回って羽を見せて得意になっている

「俺たちは散歩をしてるところだ。リエールは何をしに来たんだ?」

「それがね、プムリの花が切れちゃったから摘みに来たの」



「プムリの花ってなんですか?」

「アタシたちヒョムルはたくさんの花を集めて蜜を作り出す種族なんだ。でもそれには特定の花が必要でね」

「つまりそのプムリの花がないと蜜が作れないって訳か」

「うん。4ヶ月に一度くらいの頻度だからすっかり忘れてたの」

ヒョムルという種族にとっては結構一大事らしい

「ルディさん、私たちもお手伝いしましょう!」

「そうだな。どうせ今日は暇だし」

「ええ!? いいわよ別に! それにすっごく大変よ?」

「大変って?」



「プムリの花は他の花に混ざってポツンと生えてるの。しかも花びらが限りなく透明だから探すのが難しいの!」

「そりゃ大変だ。一日で見つかるのか? このとてつもなくデカい花畑で……」

「最長記録は5人で探して7日。最短は同人数で探して時2日」

絶望的な数字だ……

「今日はアタシ以外に3人来てるけれどね、3時間探して全く見つかってないの」

「そうか………」

これは無理そうだなとイリスは思った

そしてルディがふとイリスを見てみると、なにやら目を瞑っているのに気付いた

「イリス? どうしたんだ?」

「………………………………あっち」

イリスは徐にそう言うといきなり駆けて行ってしまった

「お、おい!」



ルディは慌ててイリスを追いかけて、それにリエールも続いた

しばらく行くとイリスは急に立ち止まり、キョロキョロと辺りを見渡し始めた

「イリス、急に走り出してどうしたんだ?」

「はぁ、はぁ……ヒョムルの身体は急な運動に耐えられないんだから………」

「少し静かにお願いします。多分この辺に………」

イリスは四つん這いになって真剣に何かを探している

ルディもリエールもわけが分からず、ただそれを見守るしかない

「あっ……もしかして、これ? あの、リエールさん!」

イリスは手招きしてリエールを呼んだ

「どうしたの?」

「ほら、これ!」

「え、あっ!! プムリの花!!」



イリスが指差していたそれは紛れもなくプムリの花であった

太陽をサンサンと浴びて、透明な花びらがキラキラと輝いている

「ありがとうイリス!! いえ、イリスさん!! え、でもどうして!? どうしてこんなに早く見つけられたの!?」

「えっと、なんとなくここにあるんじゃないかなって」

「イリスさんありがとうございました!! 貴方はアタシ……私たちもの恩人です!!」

「べ、別に敬語なんかじゃなくても……」

「…………………………」

そう答えるイリスをルディは真剣な目で見つめている


「一体、どういう事なんだ?」



ルディはイリスが無意識に読心の呪術を使っているのではないかと思った事がいままでに何度かあった

ルディ自身も何度か心を読まれた事があったし、シェーヌで神話を教えて貰った女性に対しても“泣いているみたい”と言っていた

しかしこれはそれだけでは片付けられない事だ





読心の呪術はある程度知能がある生物にしか使えない





人間や魔族ならもちろん効果がある

魔物は効果があるものと無いものがある

虫、鳥、その他の生物には効果が無い

そしてもちろん花だってそうだ


それならなぜイリスは、迷う事もなくプムリの花に到達出来たのだろうか?


「ルディさ〜ん!」



「あ、悪い。どうした?」

「ほらこれ! 花の蜜を沢山もらえました!」

いつの間にやら、イリスは琥珀色の液体が入った瓶を片手に持っていた

「あの人たちに貰ったんです!」

背後にはリエールを始めとするヒョムルが集まって来ていた

「いいのか? こんなに沢山貰っちまって?」

「いいのいいの! この花はそれだけの価値があるから! それにどうせ今日のお弁当だから」

こんなにも早くプムリの花が見つかったのだから、たしかに弁当は要らないだろう

「ありがとうございましたイリスさん!! いえ、イリス様!! これは大切に使わせて頂きます!!」

「「「ありがとうございました!!」」」

「は、ははは……どう致しまして」

「良かったなイリス。パシリが出来たぞ!」

「嬉しくありません!!」



この日からイリスはヒョムルから “女神!” “天使!” と崇められる事になりました


ここまでで

次回もこんな感じが続きます



第6章 2話


【ショートストーリー集 �】



〈釣り大会〉



「ルディさん! 早く早く!!」

「おいおい、そんなに慌てるなって……ったく」

そう言いながらも微笑ましげにイリスをみるルディ

今日は湖で釣りをする事になったのだ

「ルディさん! 楽しみですね!」

「そうだな」



とはいっても、ルディは釣りの経験がほとんどない

ルディの場合、釣るよりも掴み取りした方が効率は何倍も良いのだ

わざわざ釣りをする必要が無い

「あ、見えて来ましたよ湖!」

イリスはパタパタと走って行ってしまった


いま2人がいるのは最下層から100mほど高いところだ

この渓谷は、斜面を螺旋状に川が流れており、その途中の所々に水が溜まる場所が出来るのだ

それがいまから皆が釣りをする湖である

ちなみにこの川をずっと下っていくと、やがてシェーヌにたどり着く



「ルディさん! 竿の準備はいいですか!? エサはありますか!?」

ルディは竿とエサを掲げてイリスに見せる

竿は昨日作ったもので、エサには練り餌を準備してある

「でもまずは受付が先だ。ほら、あそこで」

そう言って指差した方向には大きなテントがあり、そこには沢山の魔族が並んでいた

受付をしてるのは青い鱗で身体中が覆われた半魚人である


「おい、受付を頼む」

ルディはテントにいる男の半魚人に声をかけた



「はいよ、ここに名前を……ってお前ら新入りか!」

「ああ」

ルディは用紙にサラサラと名前を書きながらそう言った

「今回は俺らサハギン属主催の大会によく参加してくれたな。ルールは知ってるか?」

「いや、どういったルールだ?」

「ルールは簡単、釣った魚の重さで勝負だ。もちろん手掴みは禁止。魚類以外はカウントしない」

半魚人はそう言いながら大きいバケツを二つ手渡して来た

「頑張れよ」

「俺とイリスは別チームなのか」

どうやら今回は個人戦らしい



ルディが受付から戻ると、イリスは沢山の魔族に囲まれていた

「相変わらず凄い人気だな」

「あ、お帰りなさいルディさん!」

ルディが戻ると周りにいたドラゴニアン(竜人族)、アラクネ、アルラウネ、ガルンナ(獣人族)、人狼などはイリスに手を振りながら離れて行った

「皆さんさようなら! 頑張りましょうね〜!」

イリスもそれに手を振り返す

「結構イリスも馴染んできたじゃないか」

「はい。流石にここに来て50日くらい経てばこうなりますよ!」

イリスは威張るように腰に手を当てて返事をした

「そりゃそうか。ほれ、イリスのバケツだ。釣った魚はこれに入れてくれ」


その後ルディは一通りのルール説明をした

イリスは個人戦である事に半分不満、そして半分緊張しているようだ



「……そうですか。それなら初めてのルディさんとの対決と言うわけですか………」

「そうだな。どうする? 俺とイリスは隣同士で釣るか?」

「えっと……………………」

イリスはしばらく考えていたが、やがて首を横に振った

「いえ、ここらかは個別行動にしましょう! 自分で自分のポイントを探して釣りをしたいです!」

「そうか」

イリスの目は爛々と輝いていた

「それじゃ勝負だ。イリスにゃ絶対に負けねぇからな!」

「はい! 受けて立ちます!!」


そして釣り大会が開催された




ーー




「さてと、イリスにゃああ言ったが俺はほとんど釣りの経験はねぇからなぁ………」

ルディは頭をぽりぽりと掻きながら湖の周りを歩いていた



と、そこに一人のフードを被った人物がいた

「あ、そこの人。ちょっといいか?」

「はて、何か用事かね?」

「あっ! 魔法ジジイ!」

振り向いたその男は、初めてここに来た時イリスの検査を行った老人であった

「静かにせんと魚がにげてしまうじゃろ」

「あ、悪い。隣いいか?」

「ああ。座っても良いぞ」

ルディは魔法ジジイの隣に座った

「確か本名はニゼルと言ったな。どうだ? 釣れてるか?」

「程々にの。ほれ、ウキを見てみるのじゃ」

魔法ジジイ、もといニゼルの垂らしているウキが左右にピクピクと揺れている



「釣り上げなくていいのか?」

「あの状態はまだ魚が餌をつついている状態じゃ。もう少し待つのじゃ」

「ふーん」

と、いきなりウキが水面から消えた

「ほれ、今じゃよ」

ニゼルが竿を瞬間的に強く引く

すると竿の先がプルプルと震えているのがルディにも分かった

「こうなれば後はこっちのものじゃ。静かに竿を立てて行けば……ほれ」

全長18cmほどの魚は、まるでニゼルの手へと吸い込まれるかのように掴まれた

「流石だな。伊達に歳は喰ってないわけか」

「まあのぅ。ほっほっほ!」

得意げに笑っているニゼルだが、彼は知らなかった

95歳の彼よりも、320歳の藍晶よりも、ルディの方が歳上であるという事実を

「あのさ、俺にもコツを教えてくれねぇか? 初心者だからどうにも勝手が分からなくてな」

「ほっほっほっほ。修行は厳しいぞ?」


なんだかんだでこの2人、かなり相性はいいようだ




ーー




「とまぁこんな感じじゃ。分かったかの?」

「はい! ありがとうございます藍晶さん!」

一方こちらもレクチャーを受けていたようだ



「本当に助かりました。藍晶さんがこんなに釣りがお上手だったなんて」

「ふっくっく! わしゃにとって釣りなど容易いものよ」

藍晶は、9本の黄金の尻尾をパサパサ振りながら得意げにそう言った

その言葉通り、藍晶のバケツには既に4匹の魚が泳いでいた

「しかし娘よ。ここはわしゃのポイントじゃからここで釣りをするのは許さんぞ?」

「はい、大丈夫です! 私だって絶対にいいポイントを見つけてみせます」

「頑張るのじゃ〜」

「はい!」

そうしてイリスは藍晶と別れて歩き始めた




ーー




「釣れねぇ…… 全く釣れねぇ!!」

一方ルディは全く魚が釣れていない状態だ

隣のニゼルは既に7匹の魚を釣っているというのにだ



「ほっほっほ、誰も喰いつかんのぅ!」

隣でニゼルは微笑ましげに笑っている

「あんまり笑ってくれるな!」

「いやはや、ここまで釣りのセンスがない者も珍しい。ウキがピクリとも動いとらん」

「畜生…… こんなハズじゃ………」

「おっと、また一匹かかった」

落胆しているルディの目の前で6匹目の魚を釣り上げたニゼル

ついにルディがぷっつんと来たようだ

「場所を変える! 絶対に大物を釣り上げてやるからな!! 覚えてろ」

言うや否や猛ダッシュでかけて行ってしまった

「ほっほっほ! 誰にでも苦手な事はあるんじゃな」




ーー




「くそっ! どこか良いポイントは………ん?」

ルディはキョロキョロと当たりを見渡しながら歩いていたが、不意にそれが止まった



「おい、そこ釣れてるか?」

「…………? !!」

ルディが声をかけたのは、女性の身体を持つ首無し死体……もといティユールの身体部分だ

今日は頭は居ないらしく、服装も可愛らしいワンピースだ

「隣座ってもいいか?」

身体は隣をサッサッと軽く掃除して手を指した

どうやら座ってもいいらしい

「失礼するぞ……っと、お前ももうこんなに釣れてるのか」

バケツには10匹の魚が泳いでいる

身体は手で胸を叩いた。どうやら自慢しているらしい

その後ルディの持つバケツを指差した

「ああ、俺か? 見てみろよ」

ルディはバケツを身体に差し出した

「見ての通りまだ一匹も釣れてないんだ。あ、てか首がない状態で物とか見れるのか?」

身体はコクコクと体を傾けて頷いた

原理は分からないが、物を見る事はできるらしい



「そっちはよく釣れてて良いな。やっぱり場所を選ばなくちゃいけないのかねぇ……」

身体はしばらくジッとしていたが、不意にルディの持つ竿を指差し、その後湖を指差した

「ん、なんだ? ここで釣れってか?」

身体はコクコクと頷いた

「良いのか? せっかくそんなに釣れてるのに」

身体は相変わらずコクコク頷いている

「そっか、それなら厚意に甘えさせてもらうよ。えっと、エサエサ………」

ルディは竿に餌を付けて湖に糸を垂らした

「………来い……来いっ!」

ルディは釣りにしては余りにも真剣過ぎる目でウキを追う

しかしウキは全く動かない

隣の身体のウキはピクピクと動いているのにだ



「………………………………」

「…………………っ!!」

魚が釣れた


もちろん身体の方がだ



「なんでだよ! 俺の何がいけないってんだ! 神は俺を見捨てたかぁあぁあああ!!」

身体は魚を針から外しバケツへ投入した

そして荒れているルディをチョンチョンと指で突つく

「ちくしょーーーん? なんだ?」

一瞬で我に返るルディ

この辺りは流石と言うべきか……



身体は少し考える仕草をしてから両手を握り、人差し指だけを立てた

そのままそれを本来頭があるべき場所まで持って行って立てた

「なんだそれ? 角のつもりか?」

身体はコクコクと頷いた

その後手を胸の前に持って来て大きくバツ印を作る

「なにそれ、鬼?」

身体は相変わらずその動作を繰り返す

しかしルディにはなにが言いたいのかよく分からなかった

すると次は両手の平をルディに向けて、指を軽く折り曲げた

猫の手のようである

そしてまたバツ印を作る

「……えっと、驚かすのがダメ、って事か?」

今度は手で三角を作る

どうやら惜しいらしい

「それじゃ怖いのがダメ?」

また三角

「え、えぇっと……なんだ……? 殺気……とか?」

途端に身体がコクコクと激しいくらいに頷き始めた

どうやら正解らしい



「えと、つまり殺気を抑えろってことか?」

コクコク頷いた

「俺、そんなに殺気放ってた?」

ルディがそう聞くと身体はコクコク頷く

「………………そうか……ちょっと意識してみる」

ルディは深呼吸してもう一度糸を垂らした

なるべく無心で、出来るだけ落ち着いてだ

するとどうだろう、なんとウキがピクピクと動いたではないか!

「ひ、引いていいか!?」

身体は左右に肩を揺らした

どうやらまだダメらしい

「静かにだ…… 無心で待て! 落ち着けカルディナル!」

自分に言い聞かせるようにそうブツブツと呟いている

端から見たら不審者だろう



「まだかまだかまだか!? ………きたっ!!」

ウキが水面から消えた瞬間を狙い竿を瞬間的に強く引く

ルディの腕には確かな感触が伝わって来た!

「おっしゃあ! 釣れたぞ! 釣れたぞおいっ!!」

余程嬉しかったのか大声で叫ぶルディ

身体はそんなルディに拍手を送っている

ルディはバケツに魚を投入し身体へと向き直った

「ありがとよ! 本当に釣れたぜ!! えっと……ティユール……じゃないんだよな……」

デュラハンの本体はあくまで頭部分だ

目の前にいるのはティユールの身体ではあるがティユールではない



「えっと……それじゃあさティユ、でいいか? いや、安直すぎるかな……」

それを聞いた身体は肩を左右に揺らした

どうやらティユで良いらしい

「そうか! いや本当にありがとうティユ! お前は本当にいい奴だ!! 頭があったなら撫でてやりたいくらいだぜ!」

ルディはティユの手を両手で包むように持ちブンブンと振る

ティユの方は少し恥ずかしかったのだろうか、パッと手を離して身体を背けてしまった

「あ、悪い。いきなり手なんか握って」

ティユは慌てて両手を振った

どうやら気にしていないという意思表示らしい



それに安心すると

「よっしゃ! 今から頑張るぜ!!」

そう意気込んでルディは再び糸を垂らしたのだった




ーー




それから2時間後


大会の出場者はゾロゾロとテントへ戻ってきていた

いよいよ集計が始まるのだ

ルディとティユがテントへ魚を持って行った帰り道、同じくバケツを持ったイリスに会った

「お、イリス!」

「ルディさん! お疲れ様です! あ、そちらの方はティユールさんの身体部分の!」

「便宜上ティユと呼ぶことにした。イリスもそう呼びな。いいよな?」

ティユはコクリと頷いた



「よろしくお願いしますティユさん!」

イリスとティユは握手をした


「ところで、どうだったよイリスの方は? ま、俺の成果を見て驚くなよ!」

ルディはそう言って自分の成果を教えた

「うわぁ! そんなに沢山釣れたんですか!!」

ルディの成果は十数匹であった

一方イリスの方はと言うと

「なんだイリス。バケツに一匹しか入ってないじゃないか」

イリスの持つバケツには1匹の魚しか泳いでいなかった

「ふっふっふ、これは俺の勝ちのようだな。まあ次があるさ!」

イリスの肩をポンポンと慰めるように叩くルディ

と、そこへ

「おーい、イリス。持ってきたぞ!」



イリスの背後から誰かがやって来た

男のドラゴニアン(竜人属)がヨタヨタとやって来た

それもそうだろう。なぜなら……

「うわっ!?」

「!!」

イリスの身長くらいある巨大な魚がその手に掴まれていたのだから

ティユももし声が出せたなら驚いていただろう

「イリス! それってまさか!!」

「はい、私が釣り上げたんです!」

「厳密には俺も手伝ったんだがな。まぁ人間の娘だしそれくらいのハンデはありだろう」



「ありがとうございました、ジュネさん。あの時助けてもらえなかったら湖に落ちてました」

「まあ、ここには沢山のサハギンがいるから落ちても絶対に助かったとは思うがな」

一方ルディはと言うと……

「マジでこんな大物を釣り上げるとは………」

ただただ呆然としていた




もちろんこの大会はイリスが優勝し、商品の丈夫な材質で作られた釣竿を獲得した



この日からイリスの趣味に釣りが追加されたとか……



〈渓谷のBAR〉



ある日ルディは呼び出された

いや、呼び出されたと言ってもそう大げさな物ではなく、この前釣り大会で知り合ったジュネ1人に私事で呼び出されたのだ

そのままジュネに引き連れられて向かった先は、壁にポツンと空いた洞窟であった

「なぁ、ジュネ。ここは一体……」

ルディはジュネにそう聞いた

「すぐに分かる。ほら、見てみろ」

洞窟の最奥部にはポッカリと開けたスペースがあり、そこにカウンター式の椅子や幾つかの机があった



「ここは、酒場か?」

「BARと呼んでくれ。そうしないと怒るんだ、アイツ達が」

そう言ってジュネが指差した先には、カウンター越しにこちらを見ているアルラウネ、サキュバス、アラクネ、ハーピー、サハギンなどがいた

いずれも女性である


そしてそれとは逆方向から、野太い男の声が聞こえてきた

「おーい、こっちだこっち!」

そう2人に大きく声をかけてきたのはトラ種のガルンナだ

その他には釣り大会の時テントにいたサハギン、初めて見る顔に人狼、アーマード(機械族、アーマー族ともいう)、インキュバス、鳥翼族のタカ種がいた

ハーピーと鳥翼族の区別としては、腕自体が翼になっているのがハーピー、翼が背中から生えているのが鳥翼族である

「お前がルディか。なかなかに小柄な奴だ」

「オッサンがデカ過ぎるんだ。ガルンナと俺たちとを比べるのが間違ってるんだよ」

サハギンは溜め息を吐きながら椅子を引いてルディとジュネに座るように勧めた



「初めましてになるな。ワシはビストル、見ての通りトラ種のガルンナだ」

この中では年配なのだろうか、落ち着いたガルンナである

「俺はテルニ。あの時テントで受付をしてたサハギンだ」

青い皮膚に青い髪の青年だ。多少荒っぽい口調である

「…………スール………アーマード」

銀色に輝く鎧の魔族は無機質な声でそう言った

「私は人狼のテュルコアーズ。テュルと呼んでくれたまえ」

銀髪の髪の合間からピョコンと生えた2本の犬耳が特徴的な少年の魔族だ

なにやら頭の良さそうな印象をルディは受けた

「我はピュース。誇り高き鳥翼族のタカだ」

みるからにプライドの高そうなタカである

「こんばんは。僕はナーシス、インキュバスです」

ルディと同い年か少し年下の印象を受ける童顔の少年だ

もっとも、魔族の歳など外見からは計れないが……

「俺は……まぁ一応自己紹介しておこう。ドラゴニアンのジュネだ」

ここまで連れて来た、緑の鱗を纏うドラゴニアンの青年である


皆は席から立ち上がり次々にルディに挨拶してきた



「俺はカルディナル、ルディだ。便宜上魔法使い族となっているが自分の出生についてはよく分かっていない」

「そう言えばカルディナルには魔族のような特徴がないな」

サハギンのテルニがルディを見つめながらそう言った

「実は人間であるなどと言うのではなかろうな?」

鳥翼族のピュースはジロリとルディを見ながらそう言った

「まさか。人間がここまで長生き出来るわけがないだろ」

「ん? お前は何歳なんだ?」

ガルンナのビストルが意外そうにそう聞いた

「詳しくは覚えてない。でも藍晶よりも歳上だと言っておこう」

それを聞いた瞬間、全員が驚いた様子でルディを見つめた

「藍晶様よりも歳上!? 凄いねキミ!!」

身を乗り出してそう言ってきたのはインキュバスのナーシスだ



「ナーシス、声が大きすぎるぞ」

「だって驚きじゃないか! こんなに歳上の魔族がいるなんて!」

ナーシスはガルンナのビストルの静止を全く意に介さずまくし立てる

「それを言ったらワシの種族だって長生きする者は200までは生きるぞ」

「ランショウサマ、三百二十サイ」

「全くダメじゃないか。藍晶様からしたら私たちは子供のような物だろう」

ビストルはアーマードのスールと人狼のテュルにケチョンケチョンにされてむくれてしまった

「とにかく何か注文をせねばなるまい。これ以上はあの者に失礼だろう」

そう人狼のテュルが言うと、それを聞きつけたのかハーピーが席に向かって飛んできた

「注文をどうぞ」



「ワシは麦酒を頼む。スールにはアルコール入りのオイル、他にはどうする?」

「僕は果実酒を頼むよ、ピュースはお酒ダメなんだよね?」

「べ、別にダメではない!」

「よく言うよ、この前俺たちの住んでる湖に墜落したくせによ」

サハギンのテルニはニヤニヤと笑いながらそう言うと、鳥翼族のピュースは顔を赤くして俯いてしまった

「それじゃあピュースにはなにかジュースを。ジュネはいつもの発酵酒でいいよね? テルニはどうする?」

「俺は適当にカクテルでも頼むよ」

「私にはバター酒を持ってきてくれたまえ。カルディナル君はどうするのかね?」

人狼のテュルに話を振られたルディはすこし考え込む仕草を見せた



「ここにオススメとかはないのか?」

「オススメ? う〜ん……いろいろと揃ってるからね、どれとは言えないけれど………」

ハーピーは腕を組んで考えていたが、やがて何かを思いついたように明るい顔を見せた

「そうだ! カーディナルっていう赤ワインのカクテルがあるわよ」

「カーディナル? 俺の名前とそっくりだな。じゃあそれを一つ」

「はいはーい。他に料理とかはどうする?」

「適当に持ってきてくれ。羊と豚を多めにな」

「はいはーい! っと、もう飲み物は出来たみたいよ」

ハーピーがそう言って避けると、そこには触手で沢山のグラスを持ったアルラウネが立っていた

「はい、お待ちどうさま」

慣れた手付きでトントンとグラスを置くとすぐに引っ込んでしまった

どうやら料理を作りに行ったらしい



「えー、それでは! ワシ達の住む渓谷にまた1人男の魔族がやって来た! そこにいるカルディナルだ!」

ルディはいきなりビストルが演説を始めたので驚いた

と、いうかルディはここに連れてこられた理由をまだ聞かされていないのだ

「ご存知の通り、ワシら魔族は戦闘本能が強いため平和を望む者が少ない! しかも男は女と比べてさらに極端に少ない!! それはこの渓谷の男女比を見ても明らかだ!!」

確かにそうだ

ルディの主観では男女比は1 : 9くらいに思える

「と言うわけで! 今日は種族の代表1人ずつが集まりカルディナルの歓迎会を行う! 男だけのむさ苦しい会だがーー」

「僕がいる限りむさ苦しいなんてことはないよ!!」

ムキになって反論したのはインキュバスのナーシスだ

「我もだ。貴様のように老いた覚えはない」

鳥翼族のピュースもそう頷いた



「いや、アンタは酒が飲めないだけだろ。それ以外はジジイじゃねーか」

「六十二サイ……チャントシタ ロウジン」

再びスール、そしてテルニの反論に遭い項垂れるピュース

「その点俺たちは若いからな。俺は18歳、テュルは15歳、ナーシスは24歳だっけか?」

そう言ったのはサハギンのテルニだ

「そうだけど……それじゃ僕が1番年寄り見たいじゃないか!」

「がっはっは! ワシは72歳だ! ナーシスなど全然若い若い!」

「慰めになってないよ全く……」

「だがインキュバスという種族の成長は外見がおよそ20に達したらそれ以上は成長しないだろう。それならば我々の中で1番若いと言えるのではないか?」

人狼のテュルは慰めるようにそう言う

「むしろ私としてはスールの年齢や寿命の方が興味深いね。アーマードは非常に珍しい種族だ」

テュルはスールをじっと見つめてそう言った

アーマードは全身が甲冑であり、それ自体が本体の魔族である

そのため表情は全くわからない



唯一分かるのは、アルコール入りオイルは喉の部分から飲むと言うことだけである

なぜそんな事が分かるのかって?

それは……


「オホン! 話がずれたが……とにかくカルディナルの来谷を祝って、カンパ……ってスール! なに既に飲んでいるんだ!!」

「オイシイ」

スールは先ほどからゴクゴクとオイルを飲んでいるのだ

「乾杯をする前に飲むのはマナー違反だ!」

「別にいいだろう。既に料理も運ばれてきたのだから」

ジュネはそう言いながら豚肉を口に運ぶ

「こらジュネ! 貴様もドラゴニアンの端くれなら少しは空気を………」

「いただきましょう。さ、カルディナルも存分に食べたまえ」

「お、ありがとよ」

ルディは人狼のテュルに料理を取り分けた皿を渡してもらっていた

「おい………ワシの乾杯……」

「オッサン、早く食わねぇとなくなっちまうぞ? ピュースも普通に食ってるし」

「やはり牛は美味い。我の好物なだけはある」

テルニもピュースも既に食事を楽しんでいる

ナーシスもグラスを片手に野菜を口に運んでいた

スールは……食用オイルを頼んで口(?)に運んでいる



「な、なぁ……ビストル。元気出せって! 別に乾杯しなくたってどうとも………」

「せっかく久々の乾杯音頭だったのに……ワシがどれだけこの挨拶を考えた事か………」

どんよりと沈んでいるビストルにはルディの励ましの言葉は届かないようだ

テュルはそんなルディの肩をポンと叩いた

「この男はたまにこうなるのだよ。カルディナルが心配する事などなにもありはしない」

反対側からジュネにポンと叩かれた

「どうせすぐに元気になる。しばらく放って置いてくれ」

「あ、ああ…………」

ルディは全身から負のオーラを漂わせているビストルに引け目を感じながらも、料理に舌鼓を打つ事に専念した




ーー




「ところでさぁ。ルディ君はイリスちゃんと、どんな風に知り合ったの?」

食事が一通り落ち着いたところで、ナーシスがルディにそう訪ねた



「確かに気になる。ルディといりに普通は接点など出来るはずがない」

ジュネもそう頷いた

「俺とイリスの出会いか? それは残念ながら秘密だ」

ルディは酒でほんのりと赤くなった顔をイタズラっぽくニヤリとさせてそう言った

「なんでだよ! 別に減るもんじゃねーしいいだろ!?」

「残念だがこれは俺とイリスの中だけで留めておくべき事なんだ」

「なになに!! まさかイリスちゃんに一目惚れしたルディ君がイリスちゃんを誘拐したとか!!?」

「違うわ!」

ルディは目を蘭々と輝かせてそう聞いてきたナーシスをペシッと叩いてそう返した

そんな様子を見ていたテュルが口を開く

「私の予想ではイリスさんはかなり身分の高い方。そして外の世界を知らぬうら若き乙女」

皆が耳を傾けた

「そしてイリスは言う! 『私をここから連れ出して! 私に外の世界を見せて!』と!!

それにカルディナルは『分かりましたお嬢様。このカルディナル、身が朽ち果てるまで貴女と共に行く事を誓います』と!」

「おお! なんかそれっぽいではないか!」

ピュースは感嘆の声をあげた

テルニやビストルもなるほど、としたり顔で頷いている

「そして月の綺麗な夜にかけ出した2人は迫り来る追っ手を振り払い、満月の夜のもと誓いの口付けをーーー」

「してないっつの」

ルディのチョップがテュルの頭に直撃

テュルはそのオオカミの耳をペタンと折り曲げ頭を手で押さえてうずくまる



「なんかの小説じゃねぇんだから…… 流石にそれはない」

「でもよく出来た話だと思ったよ? 意外と正解に近いんじゃないかな?」

ナーシスがニコリと笑いながらルディにそう言った

「ま、当たらずとも遠からずってとこだな」

「ちなみに1番最初の出会いはどちらがなんて声をかけたんだ?」

そう聞いたのはテルニだ

ルディはしばらく考えていたが、やがて静かに口を開いた


「イリスが『私を…殺して……』って言ってきたのが最初だ」


これには流石に全員が呆気に取られてしまった




ーー




「ルディってさ、どれくらい強いんだ?」

しばらくしてそんな事を聞いてきたのはテルニだ



「どうしたんだね、藪から棒に……」

テュルがテルニにそう聞く

「だってさ、ほぼ無力なイリスをたった一人で護りながら旅をしているんだろ? よほど強くなきゃ無理だって」

なるほど、テルニの言う事も尤もである

「ワシもそんな事はできん。余りに難し過ぎる」

「大丈夫だよビストル。君みたいな魔族は、最初から人間がついて行きたいだなんて思わないから」

ナーシスの優しくも辛辣な言葉に、ビストルは再びどんよりと沈んだ

「そうだろう。人間は第一印象でその人間の事を見極めようとする種族だ。ビストルのような男は見ただけで逃げられる事間違いない」

そこにテュルの追い打ちが入った

ビストルはしばらく再起不能だろう……

その様子を静かに見ていたルディであったが、やがて口を開く



「別に自分の強さには興味ない。でも今まで生きてきて負けた事なんか記憶にないな」

「それは頼もしい言葉だな。今度我の部下と親善試合でもしてみるか?」

ピュースの提案にルディはこう答えた

「別に構わないが余程の強者を用意しろよ? 俺の呪術は強力すぎて制御が難しいんだ」

「ふむ。どれほど強力なのか教えてくれないかね?」

テュルがそう聞いてきた

「そうだな……この前ウィスタリアにグレーンスネークが出たのは知ってるか?」

「ウィスタリアのグレーンスネーク? 知ってるも何も大ニュースだぞそりゃ」

「うむ。ウィスタリア近郊の森に住み着いていたものがいたのは皆知っている。私もいずれ捜査に赴く手筈だった。

しかしそれはウィスタリアの近くで討伐されたと聞いたが?」

「我が一族も上空から何度もその存在を確認していた。もし万一この渓谷に来たならば大惨事だからな」

テルニ、テュル、ピュースがそれぞれそう言った



ルディはその情報の早さに多少驚いたが、そんなそぶりを見せずに続けた

「そのグレーンスネークを討伐したのが俺だ」

ルディがそう言った瞬間、周りから……寡黙なスールからさえも驚きの声があがった

ルディはそれを制しながら

「なにもそこまで驚く事じゃない。たまたま俺が磔の呪術を使えたが故だ」

「は、磔の呪術!?」

突如テュルが大きな声をあげた

「知ってるのか? テュル?」

「知ってるも何もかの有名な“アクゼナ史律”を用いた古代の呪術だ! まだ扱える人がいたなんて……」

テュルはすっかりルディを羨望の眼差して見つめている

「ほ、他には何か扱えるのかね!? 例えば消滅の呪術とかはどうなんだね!?」

「俺が扱えるのは消滅、磔、衝撃、爆撃、斬撃、災害、の6つだ。これ以外に何かあるのかもしれないが、これ以上は俺も知らない」

「6つもだと!! 素晴らしいではないか!!」

テュルはすっかり興奮している



「君には是非とも私の研究所にきて欲しい! もちろん礼は弾む!!」

「っ!!」

研究所という単語が出た瞬間、けたたましい音が響き渡った

ルディが自分の持っていた皿を落としてしまったのだ

席についていた7人はギョッとし、店の奥からはラミアが皿を回収しにやって来た

ルディは次の瞬間ハッとしたようだった

「あ、ああ……悪い。少し酔ったみたいだ。それでなんだっけ? 研究所だったか?」

「う、うむ。私の研究は様々なことを調べているのだが、その中に魔術の成り立ちというものがあるのだよ」

テュルは自分の研究について説明を続けた



「そこでカルディナルにはその呪術の威力の計測、さらにはその詠唱の発音を知りたいのだ」

ルディはしばらく考えていたようだったが、やがて小さく頷いた

「分かった。それくらいの事なら協力しよう」

「本当か!? ありがとうカルディナル! 礼を言わせてくれ」

「いや、いいってそんな頭下げなくても」

深々と頭を下げるテュルをルディは手で制する


しかしテュルはそんな事は聞いていないらしい

満面の笑みにプラスして、耳をパタパタ振って喜んでいた




ーー




4時間後

兎にも角にも、終始このような雰囲気のままルディの歓迎会は恙なく(つつがなく)終わった



ルディも上機嫌で解散をしたのだが、そのあと家に帰ってからが大変であった

当初ルディはこんなにも長く身を拘束されるとは思っていなかった

だから出かける時にイリスにこう言ってしまったのだ


『すぐに戻ってくる』


その結果が4時間の放置

流石のイリスもプッツリと来たらしい


その晩ルディに起こった事は語る必要もない些細な事である


ただ一つ言える事があるとすれば


ルディはしばらくの間、夜の7時には家に帰る規則正しい生活をする事になったとか…………



〈ティユールの憂鬱〉


「なぁ、身体よ。最近私の扱いが酷くないか?」


「いや、別に酷いからどうというわけではないのだ。騎士団の団長としてあまり遊びにうつつを抜かすことは……」


「そりゃまぁ私だって釣り大会に出たかったとも! しかし私にはその日会議があってだな。

だからと言ってお前1人で大会に出場するな! 私たちは2人で1人だろう!」


「分かっている。団長としての責任の重さはな。それに本当は争いが嫌いなお前を私に付き合わせて申し訳ないとは思っているさ」



「それならばもっと可愛い服を来てくれだと!? そ、それは嫌だ!」


「なんでって恥ずかしいからに決まっているだろう! 私にはそんな可愛い服など似合わん!!」


「ま、待て! なに私を褒めているんだ!! やめろ! 私は可愛くない!!」


「そそそ、そんなワンピースなんか着れるか!! り、リボンまでつけろだと!? 無理無理! 絶対に無理だ!」


「なに? それなら支配権をしばらく私に譲れ だと!? 絶対に無理だ!! そんな事したら万が一の時に対処できんぞ!」


「それなら自分を鍛える!? ちょっと待て、お前いつからそんなに積極的になったんだ!! 今までそんな事言わなかったくせに!」



「なに? 直に話したい人が出来た? 誰だそれは…………ルディ殿だとぉ!?」


「釣り大会で? ボディーランゲージで会話して? お礼を言ってくれた? 優しかった? 格好良かった? 名前をつけてくれた? 撫でて貰いたい?」


「名前ってなんの事だ? え? 今度から私をティユと呼べ!? なんだその単純すぎる名前は?」


「わ、わかったわかった! そんなに怒るな! お前にとっては嬉しかったんだな! 分かったから!」


「だ、だが! とにかくこの頭の主導権はお前には譲れん! この渓谷の安全が護れなくなるからな! 分かったな!」


「お、おい! 身体! どこへ行く! 私を置いていくな! こら!!」


「…………………まったく、しょうがない奴だ」



以上です

あとpixivにも1章を投稿しました

↓からどうぞ
http://www.pixiv.net/member.php?id=6631374



第6章 3話


【ショートストーリー集 �】




「ルディさん、申し訳ありませんが今日は10時過ぎまで帰って来ないでください」

このようなセリフがイリスの口から出るとは誰が思ったことか

ルディはその言葉の意味を咀嚼出来ずに固まった

しかしイリスはニコニコしながら

「さ、早く外に行ってください! 今日は暖かいですし!」

「ちょっと! おい!」

ルディを家の外へ押し出してしまった


それから1時間後………ある志を胸に秘めた者がツリーハウスへ集結した



ラミアのトリシャ、妖狐の藍晶、ハーピーのルドア、ヒョムルのリエール、そしてもう1人

「ど、どうも……サキュバスのフーと申します」

緊張の面持ちでいるのは、見た目が20歳くらいの赤い髪のサキュバスだ

「ふっくっく、緊張せぬとも良い。ここにいるのは皆が同志じゃからの。上も下もありゃせん」

「そうそう。イリスちゃんだって別に重苦しい会を開こうとしたわけじゃないんだからね」

藍晶とトリシャがフーを元気付ける

「そ、その……すみません……」

フーは顔を真っ赤にして俯いてしまった

この女性がサキュバスだなんて誰も思わないであろう仕草である



「ねぇねぇ、イリス〜 紅茶まだ〜?」

「こ、こらルドア! イリス様に向かって失礼よ!!」

「は、ははは…… すぐに持って行きますね」

リエールを初めとするヒョムルの中では、すでにイリスは神格化しているのだ

なにせあの後もう一輪プムリの花を探し出したのだから

もはや奇跡という言葉ですら片付けられない出来事である


「それでは、皆さん集まりましたね?」

イリスはティーカップを置いてからそう言った



「そうじゃの。今回来るのはこれだけじゃ」

「随分と少ないわね。ま、私の仲間もなんだけど」

「わ、私の種族は……その…私だけ、です……から」

「紅茶おいしー」

「それではイリス様。始めましょう!」

「分かりました」

イリスはコホンと咳払いをしてから声を張り上げた


「それではただ今より、第一回貧乳同盟お茶会を始めます!」

「「「「わー!!」」」」

「わ、わー…………」



〈貧乳同盟のお茶会〉


紅茶とクッキーをテーブルに置きながらスタートしたこの会合

その正体は、イリスとサラの立ち上げた貧乳同盟の初めての集まりだったのだ


「えっと、初めましてですよね? フーさんで良いですか?」

「は、はい! サキュバスのフーです! 尻尾も羽もちゃんと生えてます!」

「べ、別に脱ぐ必要は無いって! こら、やめなさい!!」

いきなり服を脱ぎ出そうとしたフーを慌ててトリシャが止めた

やはりこの辺りはサキュバスである



「それじゃあまずはこのメンバーカードをどうぞ。それからこの名簿に名前を」

そう言ってイリスが差し出した名簿にはすでに沢山の名前が記入してある

「凄いのぅ 一体何人がこの名簿に名を記しておるのじゃ!?」

「えっと……創設者の私とサラさんを除くと38人くらいですね。まだまだ増えますよ!」

ニコニコしながらイリスがそう言った

その間にフーも名前を書き終えたようだ

「このカードは大事に持っておいて下さいね。サラさんのお店で安くお買い物が出来ますから」

「わ、わかりました………」



「えっとですね、それで今回の会なんですけれどもまだ一回目なのでどう言ったことをするのか決めてないんです」

イリスはそう言った

「なるほど。だから今日私たちでそれを決めたいと言うのね?」

「はい。紅茶を飲みながらお話するだけでは特徴がないと思いまして」

「ふむ………そうじゃのぅ………あ、こういうのはどうじゃ?」

「なにか思い付かれたんですか? 藍晶様」

「クッキーうまー」

「うむ。この貧乳同盟、人間の世界にとっては自分の欠点を認め合うもの同士の会であるのじゃろ?

しかし魔族にとって胸の大きさを気にする種族は実は少ない。そこにおるラミアなど正にそうであろう?」



「は、はい。私たちの種は胸よりも胴の太さや長さを重要と考えております」

「それでは不公平じゃ。だからの、自分の気にしている点を皆に打ち明けてそれについて談義しようではないか! どうじゃ?」

なるほど、確かにそれなら皆公平に自分のコンプレックスを打ち明けることになる

「藍晶さん、それってすごくいい考えだと思います! その案を採用しても良いですか?」

イリスは賛否を求めるように皆を見渡した

どうやら皆賛成のようだ

そして、実際にそのような話をして見ることになった


「ありがとうございます。それではまずは私からーーー」

そうイリスが言いかけた瞬間、ビシッと手が上がった



「フーさん、どうかされましたか?」

「あ、あのっ! わ、私に……一番最初に発言させてもらっても構わないでしょうか!」

顔を赤くしながらも確固たる意思を持った目でそう言って来た

「えぇ、構いませんよ。皆さんもそれで良いですよね?」

「わしゃもちろん構わんぞ」

「私も別に平気よ」

と、藍晶とトリシャ

「アタシもイリス様さえ宜しいのでしたら大丈夫です」

「うん、いいんじゃな〜い?」

「だからルドア!! イリス様に向かってその口の聞き方は失礼です!!」

「いいじゃないの別に。あ〜紅茶おいしー」



「べ、別にいいですって! それにリエールさんも私のことを様付けは………」

「いえいえ、アタシ達……じゃなかった! 私達、イリス様で神話を作ろうかと議論をしているんですよ!」

「そ、それはやめて下さい! 絶対!」

「あ、あの〜 始めてもいいでしょうか……?」

「あ、すみません。それではフーさん、お願いします!」

フーは静かに息を吐き出すと語り始めた


サキュバスに生まれながら貧相な胸であることを

他のサキュバスと比べて極端に幼児体系であることを

仲間の豊満な体型を見ながら毎日を過ごす苦行を

怨みを

憎しみを

殺意を


その他もろもろ…………



延々と延々と延々と延々と延々と!
延々と延々と延々と延々と延々と!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!!!!!
延々と延々と延々と延々と延々と!!!!!!!!!!!!!



それこそ10時直前まで!


その結果


次の日から、トリシャ、藍晶、リエール、ルドア、イリスの5人は自分以上の胸を持つ魔族を恨めしい目で睨むようになりましたとさ










ちなみに……


「ちくしょお!! なんで俺はイリスに追い出されたんだぁあぁあああ!!! カーディナルもう一杯持って来い!!」

「ちょ、ちょっと飲み過ぎよ!? 大丈夫なの!?」

「大丈夫に決まってんだろボケェ! とっとと持って来ぉおぉぉおおぉおぉおおおぉい!!!」

「唾を撒き散らさないで!!」

「イリスゥウゥウウウ!! うわあぁああぁあああ゛ぁあ゛ぁん!!!」

「わ、分かったから! あんまり机を叩かないで!! そして泣かないで!!」

「うぐあ゛ぁあああぁあぁあぁあああぁあぁあああ!!!!」

「誰か助けてルディを!! そして私を!!!」


その頃ルディはBARで荒れてましたとさ






ある日、ルディとイリスにちょっとした大事件が起きた

ちょっとした大事件、というのは矛盾しているように感じるかもしれないが、それでもこうとしか表現できないのである

ことの始まりはそう、ルディが人狼のテュルに研究所に呼ばれたことだろう



彼の研究所は渓谷の中腹、底からの高さが450mほどの場所にある大きな建物であった

ルディはイリスを連れてそこに赴き、約束通りアクゼナ史律を用いた呪術……磔、爆撃、消滅、災害、衝撃、斬撃の呪術の威力を計測したのである

テュルは貴重なデータの提供に喜び、ルディとイリスに飲み物を提供したのである






ーー





「それでは君、冷蔵庫にある飲み物をこちらの御二方に出してくれたまえ」

テュルはソファに座ったルディとイリスを指してそう言った

「わ、わかりました!」

テュルは白衣を着ている銀髪の少女、同じく人狼である助手にそう言った

助手はあたふたとした様子で応接間を出て行った

「申し訳ないが私はすぐに呪術の解析に入る。君たち2人はいつまでゆっくりして行ってくれても構わない。

しかし帰る時は私にも一声かけてくれ。大した事は出来んがせめて見送りはしよう」



テュルはそう言うと応接間から出て行き、ルディとイリスは2人ぽつーんと残された

「ルディさん、お疲れ様でした」

「おう。流石にこれだけアクゼナ史律を唱えるのは久しぶりだ」

「でもテュルさん、すっごく喜んでましたよ! 本当に嬉しいかったんでしょうね!」

イリスは笑顔でルディにそう言った

「お、お待たせしました〜」

と、そこへ先ほどの助手が戻ってきた

自分の上司が下手に出ていた相手だけあって、かなり緊張しているようだ

それでもなんとかグラスに薄い赤色の液体を注ぎ、2人の前に出した



「ありがとう」

「ありがとうございます」

「い、いえ。それでは私はあちらで控えておりますので、なにか御用がありましたらーー」

「あ、ちょっといいですか?」

助手の言葉を途中で遮りイリスが立ち上がった

「実は私、ちょっとした同盟を設立しましてね。もしよろしかったら少しお時間頂けないでしょうか?」

ルディはそのイリスの余りのセールストークっぷりに、思わず吹き出してしまった

イリスの貧乳同盟は、すでに50を超える人数が入っている

どうやらこの助手も入会資格があると判断されたようである

ルディは会話している2人を微笑ましく思いながら、グラスの液体を傾けた



「カルディナル。少し聞きたい事があったのをすっかり………何を飲んでいる貴様!!」

何かをルディに訪ねに戻ってきたのだろう、テュルがやって来た

そしてテュルはルディの飲んでいる液体を確認するや否や、大声で怒鳴った

「きゃっ!」

「テュルさん、一体どうかしたんですーー」


ポンッ!


そんな小気味良い音、丁度コルクを引き抜いたような音を立ててルディが白い煙の中に消えた

そしてその煙が止んだ時、そこにいたのは……


「………ここ、どこぉ……………?」


あどけない表情をした5歳くらいの黒い髪の少年であった……



〈ちびっ子カルディナル〉


それから30分後

その少年は絵本を読んでご満悦である

それを見守るのはイリス、そしてテュルとその助手の3人だ

少年の服を替えたり、グズる少年をあやしたりで大変だったのだが、やっと落ち着いて一息ついているのだ

「まったく! 君はなにを考えているのかね!? よりにもよってアレを飲ませるとは!!」

「も、申し訳ありません!」

テュルの叱責にこれ以上ないくらい小さくなる助手



「テュルさん、アレって何なんですか!? そしてやっぱりあの子供って……」

「最近開発していた除草剤だよ。冷暗状態で保存をしなくてはならないが、環境に負荷を全く与えない代物だ。

そしてもちろんあの少年はカルディナルだよ。全くとんでもない事をしでかしてくれたな!」

テュルはそう言ってからもう一度助手を睨んだ

どうやら本気で怒っているらしく、人狼特有の歯軋り、そして唸り声をあげている

助手はなにも言えずに俯いている

「そ、それでルディさんは元に戻れるんですよね!?」

「済まないが約束は出来ない。私はあの除草剤にこのような副作用があった事も知らなかったのだ」

「そんなっ!?」

「もちろん努力はしよう。すぐにでもカルディナルの体を元に戻す薬の開発に当たる」

テュルはそう言うとソファから立ち上がった



「それまで君たちはこの研究室で待っていてくれたまえ。薬ができるまでもしかしたら2,3日かかるかもしれないが、その場合は泊まってくれても構わない」

「わ、私も薬の開発をお手伝いします! こうなってしまったのも私の責任ですし……」

「いや、君はついて来ないでくれ。邪魔だ」

テュルは助手の言葉をバッサリと叩き切った

やはりまだ怒りは収まらないようである

と、そこへ


ツンツン


「はい? あ、ルディさん……」

片手に絵本を持ったルディがイリスの元へやって来た



「どうかしたんですかルディさん?」

「……えほん」

「え?」

「えほんよんで、おねえちゃん」





イリスが固まった……





「お、お姉、ちゃん? わ、私?」

イリスが指で自分を指すと、ルディはコクリと頷いた

「お、お姉ちゃんに絵本を読んでもらいたいの……?」

コクリ

「あ、あの! それじゃあね!! ルディさ……ルディくんにお願いがあるんだけれどもね!」

「なぁに?」

ルディはキョトンとした表情で聞き返して来た



「わ、私の事は……イ、イリスお姉ちゃん! って呼んで!」

テュルと助手はそのやり取りにあっけに取られている

「おねぇちゃんを?」

「そ、そう! 呼んで!!」

「うんわかった! イリスおねぇちゃん!」

ルディはにへら〜っと笑ってそう言った

「っ! くっ! …………………」

イリスは俯いてブルブルと震えた

「だ、大丈夫かね……?」

そんなイリスに声をかけようと近付いたテュル



しかしテュルの心配は結果として無駄に終わった

イリスはいきなりルディをガバッと抱き寄せると力強く抱きしめた

「うわ! い、イリスおねぇちゃん?」

「な、なにをしているのかね?」

「テュルさん! この子は私が育てます!! 絶対に立派な魔族に成長させて見せます!!!」

イリスはこれ以上ないくらいに使命感溢るる表情をしてそう言った

テュルはそんなイリスを、口をポカーンと開けて見ることしか出来なかった………




ーー




「さ、ルディくん。ここが私たちのお家ですよ」



「うわぁ〜!」

ルディは自分の家を見た瞬間、感嘆の声をあげた

なにせ立派なツリーハウスだ

子供にとってはこれ以上ないくらいワクワクする家であろう

ルディは辛抱堪らなかったのか、階段目掛けて一直線に駆け出して行った

「ダメ! 待ってルディくん!」

そんなルディをイリスは止めた

「ここの階段は急だからね、一緒に手を繋いで行こう」

「うん! ありがとうイリスおねぇちゃん!」

「はぅ! 可愛い!! ルディくん可愛い!!」



「わ、あんまりなでないでよぉ〜」

「ごめんねルディくん! ごめんね!」

イリスは謝っているものの、全く撫でる手を止める気配はない

結局イリスが手を止めたのはそれから5分も後のことであった



「うわぁ! とっても広い!」

ルディは家に入るなり中を走り回った

リビング、洗面所、お風呂、台所、寝室、トイレ、ベランダ

余すところなく走り回った

「それじゃあルディくん! 一緒にご本読もうか!」

「うん!」

さっきはイリスがルディを抱きかかえ、猛ダッシュで研究所から逃走したから絵本を読めなかったのだ




ーー

「イリスおねぇちゃん! おそといきたい!」

「よし! 行こっか!」

ーー

「イリスおねぇちゃん! かけっこしよ!」

「うん! 負けないからね!」

ーー

「イリスおねぇちゃん! おはなばたけがあるよ!」

「少し摘んで行こっか!」

ーー

「イリスおねぇちゃん! はやくはやく!!」

「ルディくんは足が速いね! お姉ちゃん疲れちゃうよ」

ーー

「このかいだんをうえまできょうそうしよ!」

「ダメだよルディくん! 危ないから」

ーー

「うみだぁ〜! すっごくおおきい!!」

「違うよルディくん。これは湖だよ」



そんなこんなで夕暮れ時が近付いてきた



「うわぁ〜! こんなにうえまできちゃった!」

「随分階段を登ったもんね。ほら、私たちのお家があんなに下にあるよ」

イリスは下の方を指さした

その先には言うまでもなく2人のツリーハウスがある

「ちっちゃい! ねぇイリスおねぇちゃん!! あんなにちいさいおうちにぼくたちはいれるの!?」

「ふふ、入れるんだよ? あんなに小さいのにね」

イリスはルディを撫でながらそう優しく言った

ルディはイリスにされるがままになっている

しかしその表情には間違いなく喜びが現れていた

「もうすぐ夜になっちゃうし、そろそろお家に帰ろっか」

「うん…………」



「どうしたの?」

「ううん、なんでも……ふぁ………」

どうやら眠くなってきたようだ

目を擦りながら必死に立っている

イリスはそんなルディのそばに背中を向けてしゃがみ込んだ

「ルディくん、おんぶしてあげる。掴まって」

「うん………」

ルディはイリスの首に手を回して掴まると、そのまま首を垂れてしまった

スースーと首筋にかかる寝息を感じながら、イリスは階段を降りて家を目指したのであった




ーー




家に着いたとき、辺りは既に薄暗くなっていた

イリスはルディをベッドに優しく寝かせると、そのまま台所へ………え?


あの、イリスさん? 何をなさるおつもりで?



「ルディくんの為に美味しいご飯を作らなきゃ! 頑張るぞ!!」


こ、これはマズイことになった

以前イリスの手料理を食べたルディがどうなったか、彼女は分かっているのだろうか?

いや、あの時のルディは冷や汗をかきながら、青い顔をしながら、引きつりながら! イリスに美味しいと言ったのである

だから気付いていなくても不思議ではないが……

ちょっと待て?

イリスは今まで何度も何度もルディの心を読んできたではないか!?

なぜこういう時ばかりはそれを発揮しないんだ!!



「えっと、今日はお魚の料理にしましょう」

イリスは冷蔵庫から魚をムンズと掴むと、それをまな板に置いた

「煮付けでも作りましょうか。えっと、まずはお湯を沸かして」

そう言ってイリスはなんと鍋に水をいっぱいに注いだ!

そのままレッドジェリーを原料とした発火剤に火をつけて沸かし始めたのだ!

ちなみにセオリーとしては、フライパンに水と料理用酒を半々に注いで沸かすのだが……



それから15分後


「よし、沸きましたね。随分と時間がかかったなぁ……」

当たり前である


「えっと……それじゃあ魚を投入」

次にイリスは魚を丸々一匹! 水洗いすらしていない魚を投入したのだ!

無論、鱗を撮る作業もしていないし切り落としてもいない!

ついでに言えば、この魚は焼いて食べるものだ!!



「次はお砂糖を入れないと……お砂糖は何処でしょうか……」

イリスはそんな事気にも止めずに棚から砂糖を探している

「あ、これかな? えっと……ん?」

イリスがムンズと掴んだ袋にはルディの字でこう書いてあった


SALT


「全くもう……ルディさん間違えてますよ? お砂糖ならSATOですってば」


イリスはヤレヤレと言った表情で“塩”の袋を手にとった



「そしてこれを……どのくらい入れましょうか? 多分ルディさん、子供になってるから甘い方がいいよね?」


そしてイリスは袋の中身を全部ぶちまけた


そのまま煮詰める……いや、湯掻く(?)こと40分……

既に鍋の湯は初めの1/3まで減ってきていた

恐らく死海も真っ青の塩分濃度であろう

「おかしいなぁ…… 色が全然変わりませんよ?」

醤油を入れていないのだから当たり前だ

「着色料とかいるのかなぁ……… えっと、これでいいかな?」

そう言ってイリスが取り出したのは茶色い絵の具である







茶色い絵の具である



「あ、色が変わりましたよ!」

そりゃ当然だ

「あ、でも少し色が濃いかな?」

白の絵の具を投入

「もう少し綺麗な感じで」

水色の絵の具を投入

「いや、もう少し明るく」

赤の絵の具を投入

「いやーーーー」


そんなことを何度も何度も繰り返すうちに………

鍋の中身は真っ黒の液体に成り果てていた

これほどダークマターという表現が似合う物体も珍しいだろう



「完成しました!!」


完成しましたじゃねーよ!!!





どうすればこんな物が出来上がるのか、どうすればこんな物を作ろうとするのか、謎は尽きない

だが今一番の謎は、なぜこの惨状でイリスは満足しているのか、であろう


「ルディく〜ん、ご飯できた……っと、まだ眠ってますね。ふふ、可愛い寝顔」


ルディ、九死に一生を得た


「それじゃあ悪いけれど、先に私が味見を………」

イリスはお玉で煮付け(?)を救って


「頂きます」






それからの事はイリスの記憶にない


ただ分かったのは、自分が倒れて病院に運ばれたこと


それだけだ



彼女を発見したテュルはこう語った


「カルディナルの体を元に戻す薬を持って行ったのだが、家の中からカルディナルの泣き声が聞こえてきたのだよ。

そして中に入ったら、泡を吹いて倒れているイリスと、彼女に縋り付いて泣いているカルディナルがいたのだ。

そして机の上には生臭くそれでいて鼻がツーンとする程の刺激を持つ液体があったのだ。一体誰があのような危険物を………」



「てな事をテュルは言っていたんだが?」

「…………………うぅ」

「なぁ、俺はあれだけ言ったよな? 二度と料理を作るなと」

「いや、その………」

「もしテュルが来なかったらそのまま死んでいたかもしれないんだぞ!」

「そ、そんな! 人の作った物を毒物みたいにーーー」

「テュルが持ち帰って調べたところ、ほんの一滴でウィメフェンが死んだらしいぞ」

「………………………………」



「分かったな? もう二度と料理を作るな! 俺との約束だからな!!」

「はい、ルディさん……約束します……」

ルディは既に元に戻っていた

しかし子供になっていた頃の記憶はなくなったらしい

ルディはふぅっと息を吐いてから立ち上がる



「今日は病院で休め。明日退院出来るらしいから迎えにくる」

「わ、分かりました………」

「………5時間」

「え?」

「イリスの胃洗浄に必要だった時間だ」

「……………い、胃洗浄」

流石にショックだったようだ

「それじゃあな、俺は家に帰るから」

「はい。ありがとうございました、ルディさん」

「それじゃあまた明日、イリスおねぇちゃん」

「はい……………え?」

「…………………ん?」



〈遠い空の下で〉


イリスが倒れたのと同時刻のこと

バームステン ローズ家にて



「よし、出来たぞソモン!」

「ち、父上……… これは一体……?」

引きつった顔をしているのはローズ・ソモン、ローズ家の長男である

そしてそんなソモンの前に皿を置いたのは言うまでもなくローズ・オルタンシャその人である



「今日は魚の煮付けとやらを試みた。遠慮はいらん」

ソモンは目の前の物体を見て唖然とした

魚の煮付けだって? 暗殺用毒薬の間違いじゃないのか!?

「あ、あの……父上。味見は、なさったのですか?」

「しておらん。自分の舌では公正な判断が出来んからな」

「そ、そうでしたか……」

ソモンは生まれて初めて父親をぶん殴りたくなった

今までどんなに厳しく叱られてもそこまでは思わなかったにも関わらずだ

「あ、あの……な、何故この煮付けは……緑色、なのでしょう……」

「ありふれた色ではつまらん」

「そ、そうでしたか………」

確かに緑色の煮付けなら退屈はしなさそうだ……



「おい、ソモン。まさか貴様、食べたくないと言うのではないだろうな?」

「い、いえ! 別にそういうわけでは!」

「ならとっとと食え!」

とうとう進退窮まった!

ソモンに生き残る道は………

「そ、そうだ! 父上! 先の練習試合での件、覚えておいでですか!?」


最近行ったオルトとソモンの練習試合

そこでソモンはオルトに一撃与えることが出来たのだ!

そしてオルトは言った!



『なにか一つ望みを叶えてやろう』と!



「なるほど、どうやら貴様はそこまでして私の料理を食いたくないと?」

「ち、違います! 俺がそれを食べる前にまず父上から食べて頂きたいのです!」

「なに?」

「まず父上が食べて自己評価をしてくださった方が、俺としても評価しやすくなりますので!」

オルトは少し考えていたが、やがて分かった、と一言つぶやき煮付けを口に運んだ


そして泡を吹いてひっくり返った




「た、助かった……… 俺、強くなって本当に良かった………」

ソモンはひっくり返った父親を横目で見ながら安堵の息を吐いた


「俺も……姉貴と同じように家を捨てようかな…………」


そうポツリと呟いて、ソモンは食器を片付け始めたのであった


以上です

今回は少し遊びすぎたので次回から自重します…。

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