あかり「好きってなんだろう」(230)

「あかりちゃんは恋したことある?」

そう訊ねられたのはいつだっただろう。
確か、夏休みに入るその直前。好きな人はいっぱいいる。でも、その気持ちが
恋愛感情なのかどうかと聞かれれば、途端にわからなくなった。

みんなのことが大好き。
でも、その好きはきっと、恋愛感情としての好きじゃない。
好きっていうのは、どういうことなんだろう。

ちなつ「あかりちゃん、どしたの?」

ゆさゆさと肩を揺すられてはっとする。
ちなつちゃんが不思議そうに私を見ていた。

あかり「あ、えっと、考え事してたんだぁ」

ちなつ「ふーん、珍しいね」

あかり「ひどいよっ!?」

ごめんごめんと笑いながら、ちなつちゃんは「はい」と鞄を差し出してきた。
それを受取って、そういえばもう放課後なのだということを思い出す。

ちなつ「さあ、今日も気合いれなきゃね」

立ち上がって教室を出ると、ちなつちゃんはそう言って意気込んだ。
なにが、と訊ねようとしてなんとなく察する。
「あかりちゃんは恋したことある?」と訊ねてきたのは紛れもなくちなつちゃん。
そのときちなつちゃんは、「私は結衣先輩が好きなの」と言っていた。

あかり「……」

そっかぁ。
ちなつちゃんは、恋してるんだなぁ。

あかり「結衣ちゃんにアタックしなきゃだね!」

ちなつ「もちろんよ!絶対振り向かせてやるんだから!」

打倒京子先輩よ!
びしっと決めポーズをするちなつちゃん。
改めて好きな人のために色々としようとしているちなつちゃんを見ていると、
本当に可愛いと思う。

ちなつ「どうしたの?」

あかり「ちなつちゃん、可愛いなぁって」

ちなつ「な、なに言ってるのあかりちゃん!?なんか変だよ今日!」

あかり「えへへ、そうかなぁ」

変といえば、きっと今日だけではないと思う。
恋したことがあるかと訊ねられたあの日から、
ずっとこんなことばかり考えてるのだから。

ちなつ「まああかりちゃんが恥ずかしいこと言うのはいつものことだけど」

あかり「そうかな?」

ちなつ「そうだよ」

不満げな顔をしながらちなつちゃんが言い、私は首を傾げた。
うーん、恥ずかしいことってたとえばなんだろう。
あかり、他の子と感覚ずれちゃってるのかなぁ。

ちなつ「でも櫻子ちゃんは向日葵ちゃんみたいにツンツンしてるよりはいいと思うけど」

あかり「そっかぁ」

>ちなつ「でも櫻子ちゃんは向日葵ちゃんみたいにツンツンしてるよりはいいと思うけど」

ちなつ「でも櫻子ちゃんや向日葵ちゃんみたいにツンツンしてるよりはいいと思うけど」

いつのまにか部室の前。
ちなつちゃんはもう一度「よしっ」と気合を入れなおして、部室の扉に手をかけた。

ガチャッ
ガチャッガチャッ

ちなつ「……」

あかり「……」

ちなつ「開かない」

あかり「開かないね」

鍵がかかっていて、扉はまったく動こうとはしなかった。
まだ結衣ちゃんや京子ちゃんは来ていないのだ。

ちなつ「なんだー、結衣先輩まだなんだ……」

あかり「みたいだねぇ」

二年生は帰りのホームルームが短いから、いつも私たちよりもうんと早く部室に
来て待っているのに。
二人が鍵を持っているから、二人が来なければ部室に入れない。

ちなつ「待っとく?」

あかり「待っとこっか」

ちなつ「はあ……早く結衣先輩に会いたかったのになあ」

壁際にずるずると座り込みながら、ちなつちゃんが言った。
私もちなつちゃんの隣に並ぶ。

ちなつ「今日はよりにもよって体育あったからくたくたなのにー」

あかり「結衣ちゃんに癒してもらえるの?」

ちなつ「好きな人と話してたら疲れとかそんなことだってどうでもよくなるもん」

あかり「そういうものなんだぁ」

ちなつ「そういうものなの」

ふーん、と相槌。
私にはよくわからない。よくわからないけど、ちなつちゃんがそう言うんだったら
きっとそうなんだろう。

あかり「いいなぁ」

ちなつ「なにが?」

あかり「恋してるって、いいなぁって」

ちなつ「うん、いいよ」

あかり「あかりも誰かに恋できるかなぁ」

ちなつちゃんは「さあ」と言って黙り込んで。
もちろん相手がいないといけないっていうのは充分わかっている。
でも、ちなつちゃんを見ていると、あかりもしてみたいなぁなんて思ってしまうのだ。

ちなつ「まあそのうち、できるんじゃない?」

あかり「うん」

ちなつ「急ぐことでもないよ」

あかり「うん」

ちなつ「……なんて、私が言えたことじゃないんだけどね」

どういうこと?とちなつちゃんを見る。
ちなつちゃんはその口許に苦い笑みを浮かべながら、
「私も急いでなかったわけじゃないんだよね」と。

あかり「ちなつちゃんも急いでたの?」

ちなつ「うん、好きな人が欲しかったんだよね」

あかり「すぐに作れるんだね」

ちなつ「そうかもね、作ろうと思えばすぐ作れるよ。でもさ、あかりちゃん」

あかり「うん?」

ちなつ「作るものじゃないんだよね、好きな人なんて」

あかり「それじゃあちなつちゃんは結衣ちゃんが」

ちなつ「違うよ!結衣先輩のことは本当に好きだもん」

あかり「あ、うん……そうだよね」

ただね、とちなつちゃんは溜息を吐くように漏らした。
たまーに、この好きってどういう好きなのかな、なんて考えちゃうんだ。

あかり「……」

ちなつ「……」

あかり「そっかぁ」

ちなつ「私はちゃんと恋のつもり」

あかり「うん」

ちなつ「でも、これって本当にそうなのかなって、時々不安になっちゃう」

そこまで言ってから、ちなつちゃんはいつもの顔に戻った。
いつもの強気で勝気な。
私は「恋ってどんなのだろうね」と呟いた。ちなつちゃんは「わかんない」と答えた。

無言離席すまん
出来る限り書くが明日は帰れないので次止まったときはもう落としてもらって構わない

それから結衣ちゃんたちがきて、いつもどおりの部活の時間。
ちなつちゃんはいつもみたいに「結衣先輩!」と抱きついていった。
その姿を見ながら、ちなつちゃんはあんなことを言っていたけどやっぱり
本当に好きなんじゃないのかなぁと思った。

だって今のあかりには、好きの基準がわからない。

―――――
 ―――――

それから数日後のことだった。
放課後、帰り道。後から遅れてやって来たちなつちゃんは、なんだかひどく
暗い顔をしていて。

京子ちゃんが「どうしたの?」と訊ねたって首を振って何も言わない。
何も言わないし、ずっと泣きそうな顔をして黙り込んでいた。

京子「もしかしてさ、結衣となにかあった?」

その様子に何か悟ったのか、京子ちゃんが言った。そういえば、後からちなつちゃんと
一緒に来るはずだった結衣ちゃんがいなかった。

ちなつ「べ、べつになんでもないです……!」

一瞬驚いたように固まったちなつちゃんだったけど、すぐに頑なに首を振った。
京子ちゃんが困ったように私を見る。
その視線に何も答えられないまま、それから私たちは無言で歩いて。

ちなつ「……それじゃあ」

いつのまにこんなところまで来ていたのか、ちなつちゃんに何も訊ねられないまま、
私たちはいつもの別れ道へと来てしまっていた。
ちなつちゃんは顔を上げようともしないまま、そう言って背を向けようとした。

京子「あ、ちなつちゃん!」

それを、京子ちゃんが引き止める。
私はこんなちなつちゃんを引き止める勇気がなかったから、京子ちゃんがそうしてくれて
少し安堵した。

ちなつ「なんなんですか」

京子「いや、あのさ……あかりが」

あかり「あかりっ!?」

突然名前を出されて驚く。
京子ちゃんはそれを無視して続けた。

京子「どうせ私には何も話してくんないでしょ?でもあかりならなんでも聞いてくれっからさ」

そう言いながら、京子ちゃんはちなつちゃんの肩を掴んで私のところへと
ちなつちゃんの身体を押した。

ちなつ「京子先輩?」

京子「なにかなかったらべつにいいけど、あかりと一緒に帰ったら?」

ちなつ「でもあかりちゃんと方向が」

京子「あかりが送ってくれる」

あかり「えっ!?」

聞いてないよぉ、と言う前に京子ちゃんは「じゃ、また明日」と手を振った。
きっと京子ちゃんなりのちなつちゃんへの気遣い。
でも私のことも少しは考えて欲しい。ちなつちゃんと一緒に帰るのが嫌なわけでは
ないけど、今のちなつちゃんと一緒にいるのは少し辛い。

あかり「あの、ちなつちゃん……」

京子ちゃんが見えなくなって、周りは私たち二人だけ。
黙り込んだちなつちゃんの隣にいるのは私一人で、必然的に自分から話しかけなきゃ
いけないことになる。いつもだったらすらすら言葉が出てくるのに。

ちなつ「……あかりちゃん」

あかり「へっ!?」

ちなつ「ほんとに、一緒に帰ってくれる?」

一瞬迷いながらも、こくこくと頷いた。
一人にしてほしい、と言われなくてほっとする。
けど、一緒にいるのは辛いはずなのに一人にしてほしいと言われるのも嫌なんて、
なんだか矛盾してるよね。

あかり「ちなつちゃんさえ、嫌じゃなければ」

ちなつ「そっか」

あかり「うん、そうだよ」

わかった、というようにちなつちゃんがこくっと頷いて、先に立って歩き始める。
私はその後をついていくべきなのかそれとも追いついて隣を歩くべきなのか迷って躊躇い、
それから結局後ろをついていくことにした。

二歩ほど離れ、斜め後ろ。
ちなつちゃんのふさふさした髪の毛が揺れ、綺麗な項が見える。
それを見ながら、ちなつちゃんは本当に可愛いなぁと思った。恋する乙女って
感じだよね。ちなつちゃんの様子なんて忘れて、そんなことを考えて。

ちなつ「……話したくないわけじゃないんだよ」

あかり「えっ、うん」

数分間無言で歩いて、そしてふいにちなつちゃんは口を開いた。
「でも自分でもなんて言えばいいかわからないっていうか」
そう、ちなつちゃんは言って立ち止まる。

ちなつ「ちょっと寄り道してもいいかな?」

ちなつちゃんのいう寄り道は、近くの公園だった。
もう夕暮れ時だからか、人の姿はあまりない。たまにジョギングの人や、犬の散歩を
しにくる人の他、だからひっそりと静かで。

ちなつ「ごめんね」

あかり「ううん、いいよ」

奥のベンチに座りながら、首を振る。
飲み残してしまっていた水筒のお茶を鞄から取り出して、口に含む。
魔法瓶のはずが、朝の頃より少しぬるかった。

ちなつ「京子先輩も意外といいとこあるんだよね」

あかり「京子ちゃんはいい子だよ」

ちなつ「どうだろ……」

あかり「結衣ちゃんもいつも京子ちゃんは――」

言いかけて、はっとする。
そういえば結衣ちゃんとは一緒に帰って来てないし、結衣ちゃんと何かあったから
ちなつちゃんは元気なくて、だったら今結衣ちゃんの話題出したら。

あわあわと話題を変えようとしたとき、ちなつちゃんは「私さ」となんの感情も
読み取れない声で。

ちなつ「私さ、結衣先輩に告白したの」

あまりにも突然だったから、間抜けな声で間抜けな顔をして「へ?」と言うことも
出来なかった。
ただぽかんとちなつちゃんを見るだけ。ちなつちゃんはそれにも気付いていないのか、
隣に置いた鞄についているキーホルダーを指で弄びながら続けた。

ちなつ「そしたら振られちゃった」

あかり「振られたって……」

だからちなつちゃんはこんなに元気ないのだろうか。
だとしたら私は、あかりはどうすればいいんだろう。
あんなに可愛いちなつちゃんが、こんなに暗い顔をしちゃっているのに、
私は何も出来ずに、何もわからずに、知らないうちにぎゅっとこぶしを握り締めることしかできなかった。

ちなつ「でも、変なんだ、私。全然悲しくないんだよね。悲しくないわけじゃ、ないと思うけど」

ちなつちゃんの手の中にあるキーホルダー。
それが嫌な音をたてた。外れるよ、そう声をかけるまえに、そのキーホルダーと鞄を繋げていた
紐はぷつんと切れた。

ちなつ「私、この前あかりちゃんと話してたときからずっと考えてた」

あかり「うん……」

ちなつ「ほんとに好きなのかな、とか、そんなこと。でも、ちゃんと結衣先輩への
    気持ちを信じたかったから、それなら告白しちゃえばいいって思って」

あかり「だから……?」

ちなつ「うん。でも、だめだったんだよね、わかんないの、悲しいけど悲しくなくって」

こんなふうに感じちゃう自分が一番、悲しいの。

ちなつちゃんはそう言って、居場所をなくしてしまったキーホルダーを
ぐっとそのてのひらの中で握り締めた。

あかり「……」

ちなつ「私ね、ちゃんと結衣先輩のこと好きだったんだよ?ほんとだよ?」

あかり「ちなつちゃん……」

ちなつ「でも私、恋してる自分が好きだったのかなとか、そんなことも思っちゃって」

「よくわかんない」とちなつちゃんはベンチに背中を預けた。
切れた紐がベンチの下に落ちて、見失う。私は「でも」と聞こえるか聞こえないかの声で
言った。聞こえていませんように、とも思って、聞いてくれますように、とも思った。

あかり「ちなつちゃん、ほんとにちゃんと、恋してたよ。あかりにはそう見えたもん」

ちなつ「……」

あかり「あかりはそんなちなつちゃんを見てるのが好きだったんだもん」

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom