まどか「マミさん保健室登校だったんですか?w」(158)

   

あらあら……今日も私のスレが乱立しているわ。慕われているのはうれしいけど、困ったものねぇ。

QB「そうかい?全部立て逃げの糞スレばかr」

ダンッ

QB「ああ、全く今日も瘴気が濃いね。君の出番さ」

ウフフ、さて、今日も行ってみましょうかぁ。準備はいい?

どんなのがお望みかしら?

>>8

QB「気を付けて。彼女は放っておいても、勝手におっぱじめるよ」

下駄箱に伸ばしかけた手が、ピクリとして、止まる。

まどか(あ、また……)

上履きが、ありません。

できれば、他の人には知られたくない。私は、なるべく不自然じゃない動作で、下駄箱の周囲を見回ります。……不自然すぎますよね。

(クスクス……)

誰かに笑われている気がします。みんな、ごく当たり前に上履きを取って、それを履いて教室へと向かって行きます。
私には、そんな当たり前のことも、許されないみたいです。

私がしたことって、そんなにも、いけないことなんでしょうか。

結局、私は職員室でスリッパを借りて、教室へと向かいました。

みんなと、履いているものが違う。ただそれだけで、どうしてこんなにも胸が苦しくなるんだろう。

……私の上履き、今頃は焼却炉で燃えているのかな……。

足取りは一歩踏み出す毎に重くなり、やがて、立ち止まってしまいました。

教室に、行きたくない。

さやかちゃんも仁美ちゃんも、もう友達じゃないんです。

しばらく廊下に立ち止まって、床をじっと見つめていました。スリッパを履いた私の足……惨めです。

私は、静かに身を翻して、歩き出しました。これって逃げ、なんでしょうか。でももう、あの人たちと顔を合わせたくありません。

私は保健室へと向かいました。

「あら?鹿目さんじゃない。どうしたの?」

保険の先生が、私に微笑みかけてくれます。保険委員の私のこと、覚えてくれてたんですね。

たったそれだけのことでも、涙が滲むくらい、うれしいです。

まどか「ちょっと、お腹が痛くなっちゃって……。少し休ませてもらっても、いいですか?」

いいわよ、そう言って私をベッドへと誘ってくれる先生の手、とっても温かいです。

「今日は先約の子がいるから、こっちのベッドで我慢してね」

そういうと、先生はレールから垂れ下がるカーテンを引いて、行ってしまいました。

ハァ……ため息ひとつを、残して。

先生、ごめんなさい。毎日毎日迷惑かけて、ごめんなさい。

いつも私が使うベッドは、今日は誰かが休んでいるみたいです。表の様子が良く見える、窓際のベッド。

誰かが外から見ているような気がして、実は好きではありません。こっちのベッドの方が気が楽でした。

まどか「……」

何となく、その隣の人のことが、気になりました。ひょっとして、私と同じような……人なのかな。

カタカタと物音がして、ドアを開け閉めした気配がしました。どうやら先生が、部屋から出ていったみたいです。

すると、隣のベッドから衣擦れする音がして、誰かが立ち上がったのが分かりました。

まどか「……え?」

がさがさと……勝手に保健室の棚を、漁っているみたいです。一体何をしているんだろう。私は耳をすまします。

「……うっ……」

痛みに耐えるような、苦しそうなうめきが聞こえます。私は、怖いけれど、カーテンを少しだけ開けて、その様子をうかがいました。

金髪の立巻きの髪が、揺れていました。

×立巻き

○縦巻き

マミ「……あら?」

まどか「……!!」

目が合ってしまって、私は、慌ててカーテンを閉めてしまいました。知らない人……たぶん、3年生の人だと思います。

……ほんの少し間があって、また物音が聞こえてきます。音から察するに、包帯を巻き直しているようです。

私は、もう一度カーテンを数センチだけ開けて、その人を見ました。

マミ「……何?」

今度は顔をこちらへ向けないで、言葉だけを投げ掛けてきました。左腕に巻いた包帯を取って、何かを見ているみたい……。

まどか「……え?!」

私は思わず、声を上げてしまいました。その何か……最初は分かりませんでした。当たり前です。こんなの、初めて見ます。

腕の骨が見えてしまうくらいの、深い深い傷だったのです。

まどか「そ、それって……」

私は慌てて飛び起きてしまいました。尋常ではない傷です。まるで、大きなハサミにでも、切られてしまったような。

マミ「……誰にも言わないでくれる?保険の先生にも、うまいこと誤魔化してあるから……ね?」

相変わらず、私を見ようとはしません。傷口に……そのパックリと口を開けた傷口に、消毒液を振り掛けていました。

随分と手慣れているように見えました。

マミ「あなたに迷惑はかけないから」

まどか「そ、そんな……放ってなんておけませんよ!」

その人が振り向きました。私はビクリと体を震わせました。怒らせてしまったんじゃないかと思ったんです。

マミ「……大丈夫。血は止めてあるから、後は傷口が塞がるのを待つだけなの。ちょっと深いから、時間がかかるだけ」

その人は、優しく笑います。

マミ「心配してくれてありがとう……。でも大丈夫だから」

まどか「あっ……はぁ、……はい」

その人は、優しく優しく、私を拒むのです。

その時、保健室の窓から、風が部屋の中に入り込んできて、カーテンが揺れました。その人の腕から垂れる包帯も、揺れます。

QB「やあマミ、傷の具合はどうだい?」

マミ「……」

QB「おっと、学校では話しかけない約束だったね」

マミ「……」

まどか「……」

……お人形が、言葉をしゃべっています。

QB「おおよそ君たちは、他の個体の視線を気にしすぎるね」

白くて、猫みたいにも見えますけど、何だか動物というよりは、お人形さん、です。

QB「マミ、君は選ばれた人間、魔法少女なんだ。君の力を思う存分に使えば、君を悩ます他人なんて……」

マミ「……」

その人は、しゃべるお人形を睨みます。一言も話しませんが、やっぱり見えているみたいです。

QB「やれやれ、訳が分からないよ」

私は恐る恐る、声を絞り出しました。

まどか「あ、あの……この、白いのは……」

その人とお人形は、私の顔を見てから、お互いの顔を見合わせました。

マミ「……キュゥべえ?」

QB「ふむ……彼女からは、それほど強い因果は、感じられないんだが……。鹿目まどか、君にはその資格がありそうだね」

まどか「……え?」

何だかよく分かりません。お人形さんは、その姿には似合わないような、難しいことをお話します。

マミ「そう、彼女に……。鹿目さん、と言ったわね」

私は浅く、頷きます。

その人は、包帯の束を右の掌に乗せて、目の高さくらいに掲げました。

まどか「ふぇ……?」

それから目の前で起きたのは、信じられないような出来事でした。包帯がわずかに光ると、ひとりでに動き出して、その人の傷口をあっという間に縛り上げたのです。

そう、まるで、魔法みたいに。

マミ「……手品じゃないのよ。この力について、知りたいと思うなら……今日の放課後、またここに来て、鹿目さん」

私の頭は、もういっぱいになってしまって……気がついたら、その人も、お人形さんも、いなくなっていました。

まどか「何だったの……あれ」

保健室のベッドに、仰向けになって、私は考えていました。考えったって分かるはずはないんですけど……。

でも、そのことを考えているうちは、いつもの嫌な気持ちが、忘れられます。

まどか「優しそうな人だったなぁ……」

あの人なら、私のしたこと、許してくれるんじゃないかな……。

私は結局、放課後までずっと保健室にいました。授業の合間の休憩、お昼休み、午後の部活の時間……。

私はずっと保健室にいます。時々聞こえてくる誰かの楽しそうな、笑い声。私のこと、嘲笑っているような、声。

いつもなら、心に突き刺さるのに、今日は不思議と平気でした。

その人はいつの間にか、保健室の入り口に立っていました。本当に、不思議な人。

マミ「さぁ、行きましょう」

なぜか、安心します、この人の笑顔。

まどか「あ……は、はい」

数時間ぶりに声を出したので、何だかかすれてしまいました。でも今日は、変な汗が吹き出ることもありません。

一緒に誰かと帰るのなんて、どのくらいぶりだろう。

マミ「私は巴マミ……魔法少女よ」

その人……マミさんは、そう私に教えてくれました。私は、うまく表情を作ることができません。

マミ「フフ……少しは驚いてくれてもいいのに」

まどか「あ、あの……すみません」

こんな時、どんな顔をして話せばいいのさえ、忘れてしまっていました。

それから私とマミさんは、他愛のないことを話しながら、夕暮れ時の町を歩きました。家族のこと、部活のこと……。

部活なんて、もうずっと行っていないけれど。

マミさんは私を、お家に案内してくれました。とっても広くて、きれいで……誰もいない、部屋です。

マミ「さぁ、上がって」

まどか「お、お邪魔、します」

誰もいないから遠慮しないで。マミさんは笑顔でそう言います。何となく、分かってきました。

この人は、どこか私に似ています。きっとこの人なら、私のこと……。

QB「やあ、鹿目まどか。来たんだね」

お人形さんです。目が真っ赤です。

マミ「この子は、キュゥべえ。私の大事な友達なの」

マミさんは紅茶のティーカップを私に差し出しながら、そう教えてくれました。友達。その言葉だけで、嫌な気分になってしまいます。

マミ「あなたには、私たちのこと、きちんと話しておかないといけないと思って……ね」

そういうとマミさんは、左腕をすっと前に伸ばしました。……またです。包帯が、ひとりでに動き出して、マミさんの腕からするすると離れていきます。

まどか「あ、あれ?傷が……」

骨まで見えてしまうほどの、痛々しい傷だったんです。それが、どこにもありません。これが……魔法。

マミさんは私に、ひとつひとつ、ゆっくりと、丁寧に、話して聞かせてくれました。

魔法少女のこと、キュゥべえのこと、そして……願いのこと、宿命こと、魔女のこと。

マミ「私の腕の傷……見たでしょう?」

私は、ティーカップの中でたゆたう紅茶に視線を落としたまま、頷きます。

マミ「願いの代償は……決して小さなものではないわ。だからあなたには、きちんと考えてほしいの」

夕日が部屋に差し込んで、私も、マミさんも、橙色に染まります。何だか、頭がいっぱいです。

マミ「……一度にお話しすぎちゃったかしら。ゆっくり、考えてくれれば、いいのよ」

薄日の中で、マミさんが少しだけ、微笑みます。

まどか「……ただいま」

返事は、ありません。私は自分の部屋に入り、鍵をかけました。

QB「入っていいかい?」

お人形さん、キュゥべえが、付いてきてしまいました。私は黙って、首を縦に振ります。ベッドに倒れ込んで、天井を見上げました。

願い。私の、願い。命をかけてでも、叶えたい願い。

そうマミさんに問われた時、私の脳裏に浮かんだのは……私は、恐ろしくなります。みんなに嫌われて……当然です。

まどか「……ねぇ、キュゥべえ」

QB「うん?」

何でも、本当に何でも、叶えられるの?私は、聞かずにはいられませんでした。

QB「もちろんさ。君が、心から、叶えたいと思うならね」

心から……。心の底から。一番暗くて、深い、私の心の底から。

マミ「願い事が決まった……?」

次の日の帰り道、私の言葉にマミさんは驚き、振り返りました。

マミ「鹿目さん……本当にそれは、良く考えた、答えなの?」

まどか「はい、……そのつもりです」

マミさんは、じっと私の顔を見つめます。怒っているようにも、苦しんでいるようにも、見えます。マミさんも、そういう顔、するんですね。

マミ「鹿目さん、あなたが叶えたいのは……どんな願いなの?」

まどか「……」

言ったら、きっとマミさんも、私を嫌いになるでしょう。

マミ「……私には、言えないこと……?」

マミさん、そんな顔、しないでください。胸が苦しくなるんです。

まどか「……ごめんなさい」

マミ「……」

マミさんは、私に背を向けました。夕焼けに染まるマミさんの背中。今日はなぜだか、小さく見えます。

マミ「ひとつだけ教えて。それは……あなた自身のための、願いかしら……」

マミさんは、私の顔を見ないで、そう問いかけました。

まどか「……はい」

私自身の、ためです。どうしようもないくらい、私のための、願いです。救い難いくらい。醜いくらいに。

だから、言えません。

私の、願いはーーー

まどか「行ってきまーす」

もうこんな時間!急がないと遅刻です。お家の居心地が良くて、ついつい出るのが遅くなってしまうんです。

パパ「行ってらっしゃーい、気を付けるんだよー」

たつや「ばい、ばいー」

私は小さく手を振って、玄関からダッシュです。急がないと置いていかれちゃうよ。

まどか「お待たせっ、仁美ちゃん!」

あらあら、もう今日は来ないのかと思いましたわ、と仁美ちゃんが笑います。仁美ちゃん、一番の友達です。

まどか「えへへ、ごめんね。さぁ行こうっ」

私たちは、学校へと急ぎます。

まどか「セーフだねっ」

私は昇降口に駆け込むと、上履きに履き替えて先を急ぎます。……おっといけない、忘れてました。……これでよし。

まどか「みんな、おはよーっ」

クラスのみんなの、笑顔。みんなみんな、私の友達です。

「今日は転校生が来るらしいよ」

「へぇ、どんな子だろうね」

まどか「へぇー、仁美ちゃん、転校生だって」

あら、楽しみですわ、と仁美ちゃん。みんな、笑顔。

窓の外、遠くで細い煙が上がっています。頼りなく、空へと伸びて、消えていきます。

燃えてる燃えてる。さやかちゃんの上履き、燃えてるよ。

メガほむ「あ、暁美、ほむらです。あ、あの、その……。よ、よろしくお願い、します」

転校生のほむらちゃん。見ているだけで、守ってあげたくなるような、かわいい子です。触れたら、壊れてしまいそう。

まどか「私、保険係なんだ。連れてってあげるね」

ほむらちゃんを案内してあげます。私、内緒だけど、魔法少女なんだ。みんなを守るのが、私の使命なんだよ。

だから、ほむらちゃんも、守ってあげる。優しくしてあげる。クラスメイトだもん。友達だもん。


でも悪いことした子は、許さない。

マミ「魔女の気配……。近いわ」

マミさんの掲げるソウルジェムが、激しく明滅します。魔女。私、まだまだ緊張してしまいます。

マミ「……!誰かが結界に飲まれたみたい。急ぐわよっ」

まどか「はい!マミさん!」

私たち、正義の味方です。みんなを守るため、私は戦います。悪いものは、許しません。

結界へ突入します。あれは……ほむらちゃん!

ほむら「いつも……あんなのと……戦ってるんですか?……怖く、ないんですか……?」

ほむらちゃんとマミさんと、私。マミさん、何だかうれしそうです。マミさんがうれしそうだと、私もうれしい。

魔法少女になって、本当に良かった。私、正しいことをしています。間違ったことを、許しません。

だから、ずっと魔女と戦い続ける宿命を背負ったことも、後悔していません。

「美樹の奴、また保健室に来てるみたいよ」

「うっわー、最悪。通りで校舎の1階がドブ臭いわけだよねーっ」

「いい加減、学校来るんじゃねえっての。つか消えろ」

「ね、暁美さんも、そう思うでしょ?」

ほむらちゃんは、良く分からずにおどおどしています。私、すぐにほむらちゃんに助け船を出します。

まどか「ほむらちゃんは、さやかちゃんが何しちゃったか、知らないんだよー。だから、分かんないって」

「おー出たな保険係」

「未だにさやかちゃんとか言ってるの、お前だけだぜ」

だって私、魔法少女だもの。みんなと違う、優しさがあるんだよ。

まどか「さやかちゃんだって、私の友達だからねー」

そう、さやかちゃんがしてしまったのは、口にするのも憚られるような、忌々しいことなのです。

絶対に、誰にも許されないくらい。家族にも、口をきいてもらえなくなるくらい。一番の親友が、裏切るくらい。

毎日、保健室に登校して、みんなの声に耳をふさいで、ひとりで縮こまっているしかないくらい。

……魔法に頼って、事実をねじ曲げてでも、逃れたいと思うくらい。

そうでしょう?さやかちゃん。

QB「君たちの仲間が、また増えるかもしれないよ」

キュゥべえがマミさんに、言います。私もマミさんも、お互いに顔を見合わせて、笑いました。

マミ「本当?キュゥべえ。何だか今までひとりで戦ってきたのが、嘘みたいね……」

そう言ってマミさんは、私に微笑みます。マミさんの笑顔、大好きです。

マミ「すごいわ。暁美さんも願いが決まれば、きっと一緒に戦ってくれるし……魔法少女チーム結成ねっ」

まどか「はい、マミさん。ほむらちゃん、とってもいい子だから……」

私、今、正しいことをしている。みんなを助ける、魔法少女。仲間もどんどん増えていきます。

マミさん、私のこと……

マミ「鹿目さんと出会えて良かった、私……。鹿目さんは、私の、天使みたいなものね」

体が震えるほど、うれしい。誰かに必要とされるって、こんなにうれしいことなんですね。

マミ「それでキュゥべえ、それは誰なの?」

QB「美樹さやかさ」

心臓が、止まるかと思いました。

マミ「美樹さん……て?」

まどか「……私の、クラスメイト……友達、です」

私は、マミさんの顔が見れません。今、私、どんな顔をしているか、分からないから。

マミ「……?そうなの……。それなら、鹿目さんからお話してもらった方が、いいかしら」

まどか「……話、ですか?」

さやかちゃん、私の友達、です。今でも、そうです。そうだけど。

マミ「ええ。みんなでお話しましょう。ものの弾みで願いを決められても、困るし……。よく考えた上で、仲間になってくれるなら……うれしいわ」

マミさんの笑顔、大好きなのに。今は、見ているだけで、胸が苦しくなります。

私、いやです。嫌われたく、ないです。

私は、待っていました。さやかちゃんのお家の、エントランスの前で。きっと今日も、保健室から逃げるように、帰ってくるはずですから。
私が、そうだったから。

さやか「……ぁがぅっ……」

さやかちゃん、私の顔を見て、足が地面にくっついてしまったように、動かなくなりました。

まどか「さやかちゃん……」

今のさやかちゃん、かつての私そのままです。

知られていないはず。きっと分からないはずです。私は、結構うまくやってきたはずですから。

まどか「ちょっと……いいかな?」

さやか「……うん。……いいけど……」

さやかちゃん、私の顔を見ようとしません。そんなだから……いじめられるんだよ、さやかちゃん。さやかちゃんが、悪いの。

薄墨を垂らしたような、暗い暗い雲で覆われた空の下、さやかちゃんと一緒に歩きます。私も、さやかちゃんも、一言も話しません。

私が怖いのかな……さやかちゃん。私は……怖かったよ。

昔、よくふたりで遊んだ公園。日が暮れて、夜がやってくるまでのわずかな間、薄明かりに照らされています。

まどか「このブランコ、こんなに小さかったかなぁ、さやかちゃん」

私は、ブランコに座って、少しだけ漕ぎます。両足が地面を擦って、すぐに止まってしまいました。

さやか「……うん」

さやかちゃん、上の空です。私は、少し胸が苦しくなります。何だろう、なぜだか、イライラします。

まどか「ねえ」

ブランコをギュッと止めて、さやかちゃんを見ます。……睨みます。

まどか「聞いてる?」

さやか「!……う、うん、聞いてる」

イライラします。

まどか「さやかちゃん……キュゥべえに、会ったでしょ?」

さやかちゃんは、小さく頷きます。本当に、さやかちゃんなんだね。私は、人違いか何かだったらいいと、思っていました。

まどか「どこまで聞いたの?」

思わず、吐き捨てるような、投げ付けるような、言葉になってしまいます。私、こんなじゃいけませんよね。

さやか「……願いを、叶えてくれるって……」

さやかちゃんの、願い。さやかちゃんが、叶えたいもの。

まどか「それで……どうするの?」

さやかちゃんを見つめます。……聞くまでもありません。さやかちゃんには、どうしても叶えたいものが、あるのです。

光が、失われていきます。辺りが、闇に覆われていきます。ポツンと灯る街灯が、パチパチ点滅しています。

さやか「……あたし、どうしても知りたいことが、あるんだ……」

まどか「……知りたいこと……?」

胸が、ムカムカします。こんなじゃいけません。私は魔法少女、正義の味方です。やましいことなんて、ないです。

さやか「……あたし、何か……大変なことをしてしまったんだ……みんなに嫌われて当然の……大変なこと」

嫌われて当然……。そうだよね、あんなことしたら、嫌われて当然だよ。それだけひどいこと、なんだよ。あんな、こと……。

さやか「……でもね、それが何だったかが……分からないんだ……何をしてしまったのか……覚えてないの……」

覚えていない。さやかちゃんは、覚えていない。

……当然だよね。さやかちゃんは、何もしていなんだから。

まどか「そんなことに、願いを……」

さやか「そんなことなんかじゃないっ!だってあたしはそのせいで……みんなに……まどかにまで……」

私の体が、震えました。地面に付いた爪先の感覚が、なくなっていきます。

まどか「……私が……?」

さやかちゃんは、何も言わずに、目尻に涙を溜めます。それがポロリと、零れ落ちます。足元は暗くて、涙の行方は、分かりません。

私は、魔法少女です。正しい、ことだけをします。いじめなんて、しません。してません。してないよ。

おいもしかして
まどか「戦隊ごっこしようよ」書いた奴か!

まどか「ねぇさやかちゃん……私じゃないよ」

さやかちゃんは、ただただ黙って泣くだけです。きっとそれは、私が……本当は、私が流すはずだった、涙です。

まどか「さやかちゃん……私ね、魔法少女なの。みんなを……魔女から、命がけで、守ってるの。私……」

さやか「……知ってる。キュゥべえが教えてくれたよ」

さやかちゃん、どこを見ているんだろう。まるで私なんかここにいないみたいに、私のことを見ようとしないんです。

さやか「……でも……まどかは……あたしを……守ってくれない……っ」

私、頭がいっぱいに、なってしまいます。

>>101
フフ……それは読んだわ……でも違うわね。

さやかちゃん、私、こんなにも優しいよ……?いじめられっ子のさやかちゃんにも……クラスで一番優しいよ……?

さやかちゃん、私の一番の友達の、さやかちゃん。一番の友達だったのに、私を……裏切ったさやかちゃん。

まどか「……仕方ないよ。あんなこと、しちゃったんだから……」

さやか「え……?」

仕方ないよ。仕方ないの。本当に、本当にひどいことを、口に出すだけで吐き気がするほどのひどいことを、したの。

まどか「ひどいことなんだよ……」

みんなが、目を背けるくらい。みんなが、存在を無視したくなるくらい。みんなが、何もなかったことにしたくなるくらい。

あんなに素敵で優しいマミさんだって、絶対に許してくれないくらい。そばに誰ひとり、いなくなるくらい。

まどか「さやかちゃんだって……助けてくれなかったよ……」

さやか「……?」

私、もう心が、壊れてしまいそうです。私は悪くない。私は……いい人なの。間違ってなんか……いないの。

まどか「ねぇ……親友だと思ってた人に……、上履き捨てられて焼かれたら……どう思う?さやかちゃん……」

さやかちゃんは、はっとして私を見ます。ようやく、私を見てくれました。

さやか「まどか……?どうして、あたしの上履きのこと……知ってるの……?」

不思議です。全てのものが、歪んで見えます。わずかな光が滲んで、まるでお月さまが
いっぱいあるみたい。

私、泣いているんですね。

まどか「……どうして?」

決まっているよ、さやかちゃん。私が、私がやったからだよ。魔法の力はすごいの。どんなことだって、できちゃうの。
上履き捨てるのなんて簡単。教科書にひどいこと、たくさん落書きするのなんて、一瞬でできるの。ページを糊でくっつけたりも、ね。
一度、机がバラバラになって表に捨てられていたでしょう?私、素手でできちゃうんだから。さやかちゃん、破片を一生懸命拾って……笑っちゃった。
私ね、クラスの人気者なの。みんな、私の言うことは信じてくれるの。さやかちゃんのこと、みんなに言いふらすのも、私なの。
他にもたくさん……数えるのが、嫌になるくらい、たくさん、たくさん、したよ?さやかちゃん。……どうしてだと思う?

まどか「……それだけっ、それだけひどいことをっ、さやかちゃんはしたの!許されないことを、したからっ!!」

息が、苦しいです。……私、知らないうちに、叫んでいたみたいです。さやかちゃんは、ぼうっと、私を見ていました。

さやか「うそ……だよね……」

まどか「……本当だよ?魔法少女は、嘘なんてつかないんだから……」

さやか「……教えて……」

さやかちゃんは、どうかしちゃったみたいにおぼつかない足取りで、私に近付いてきます。私の、肩を掴みます。

さやか「……教えて……あたし、一体何をしてしまったの……?まどかが……まどかが、そんなことをするくらい、ひどいことって……何なの?」

それは。……それは、本当にひどいことです。親友のさやかちゃんが、私をいじめる、くらいに。

私が、命と引き換えにして、その罪を、私を裏切ったさやかちゃんに、押し付けるくらいに。

まどか「……覚えていないなんて、最低だよ」

私は、ブランコから立ち上がります。体が、私のものじゃないみたいに、思うように動きません。

まどか「もういい。私、さやかちゃんを仲間だなんて、認めない……。願いなんて、叶えさせない。……許さない……」

さやか「まどか……!待って、お願いだから……!」

私は、歩き出します。暗い暗い路地へと向かって。重い足を、引きずるようにして。

さやかちゃん、思い出して。さやかちゃんを苦しめるあのこと……。私がさやかちゃんに押し付けたあのことは……。

さやかちゃんが、私を裏切りたくなるような、ことです。……私には、もう分からないんです。

私がさやかちゃんにしたこと……罪を全て押し付けて逃げたこと……は、もっともっとひどい、最低の、ことだから。

私、何だか、魔女みたい、ですね。

まどか「マミさん……さやかちゃん、やっぱり怖いって。……今はまだ、なる気はないって……」

マミ「そう、残念ね……。でも、無理強いするものじゃないわ。命がかかっているんだものね」

マミさんにまで、嘘をつきます。マミさんは、私の嘘を聞いて、微笑みます。マミさん……私、どうしようもないです。

マミ「……?どうしたの、早く上がったら……?」

まどか「マミさん……もし、もしもですけど……」

もし、マミさんが今、もう一度願いが叶うのだとしたら、何を願いますか……?自分のためですか?他人のためですか?

……私みたいに、人を呪うためには、決して、願いを使わないんでしょう。

まどか「……グリーフシード、持ってますか……」

私は、ソウルジェムを手の上に呼び出しました。……今日の、空のような、色をしていました。

マミ「……どうして?!」

まどか「……魔女と、戦っていたんです」

負けて、しまいましたけど。私の心に巣食う、魔女に。

マミさんは、グリーフシードふたつを費やして、私を助けてくれました。命がけの戦いで勝ち取ったものを、私なんかに。

まどか「マミさん……ごめんなさい」

マミ「なぜ謝るの……私たち、仲間よ……良かった」

マミさんは、私を軽く抱き締めました。……温かいです。私は強く強く、マミさんを抱き返しました。

マミ「あら、どうしたのかな……よしよし、もう大丈夫だから……」

頭を、撫でてくれます。また涙が、溢れてきました。

QB「おや……マミ、グリーフシードを使いきってしまったのかい?」

マミ「ええ……ちょっと色々と、ね」

QB「そうかい……それで、ワルプルギスの夜に、勝てるかい?」

マミ「……」

マミさんの体が、こわばるのが分かりました。何かに、おびえるように。

まどか「マミさん……?」

ワルプルギスの夜。マミさんが以前に言っていました。大きな禍を呼ぶ魔女だ、と。仲間を集めなければ、倒せない、と。

QB「暁美ほむらや、美樹さやかも、まだ契約していないんだ。君たちだけで、勝てるのかい?」

私は、また涙を流しました。マミさんが私に使ってくれたグリーフシードは、きっと、ワルプルギスの夜を倒すための、ものだったのです。それを、私は……。

マミ「大丈夫よ……鹿目さんと、一緒なら……ね」

マミさん。私、悪い子なんです。ひどいことを……本当にひどいことをしたんです。それを、親友に押し付けて、逃げました。

……最低の、人間です。魔法少女、失格です。

マミ「……きっと、大丈夫だから……」

私たちは、抱き合いました。私も、マミさんも、震えていました。

夜が、来ました。みんなの心に、絶望という闇をもたらす、夜が。

家が、ビルが、マンションが、工場が、道路が、人間が、砕けて、散り散りになって、舞い上がって空を焦がし、地面へと叩き付けられました。

高らかな笑い声と一緒に、使い魔たちは舞い躍り、命あるものから全てを奪い尽くします。魔女は、ただただ絶望の運命を刻みます。

マミさんは、死にました。全ての魔力を使い果たして、私とほむらちゃんを守るために身を投げ出して……ジェムを砕かれたのです。

私が守りたかったものが今、目の前でひとつ残らず叩き潰されていきます。焼き尽くされていきます。

ほむらちゃん。ほむらちゃん、だけでも。

まどか「じゃあ、行ってくるね」

ほむらちゃん、泣いています。私は不思議と、涙は出てきませんでした。

まどか「ワルプルギスの夜を止められるのは、私だけしかいないから」

止められるかどうかは、分かりません。……ただの犬死にかもしれません。

まどか「それでも、私は、魔法少女だから」

取り返しのつかない、償いようのない、罪を犯した魔法少女、だけれど。

まどか「みんなのこと、守らなきゃいけないから」

私の大事なもの……本当に大事なものは、私自身が、この手で、壊してしまったけれど。

まどか「だから、魔法少女になって本当に良かったって……そう思うんだ」

救いようのない願いで、私は魔法少女になってしまったけど。けれど……ほむらちゃんは、助けられた。それだけで、私は。

まどか「さようなら……ほむらちゃん。……元気でね」

私は、魔女へと向かって、飛び上がりました。決して後ろは振り返らずに。私が泣いているのを、ほむらちゃんには見て欲しくないから。

最期くらいは、魔法少女として、恥ずかしくない自分で、いたいから。

もし……もしも願いが、もうひとつあるなら……、私は……あの時の私を止めて、と願います。憎しみに任せて、誰かを呪わないで……罪を、受け止めて。

ほむらちゃん。あなたがもし、何かを願うなら……。私のためには、願わないで。私は、あなたを命をかけるほどの、価値もない。

もう、私ひとりの命だけで……十分です。……もうこれで私の罪を、許してください……神様。

ほむらちゃんは……私のために、命を使って……出口のない、答えのない、戦いを続けています。私はそれを、ただ見守るだけです。

……ただひとつ、違うのは……私の罪は、私のソウルジェムと一緒に砕けて、消えました。繰り返す時の中の私は……あの罪を知ることすら、ありません。

これは……私ひとりが背負うべきものなのでしょう。

この償いをいつか終えることができたら……マミさんや、みんながいる空の向こうへ、行くことができるのでしょうか。

懺悔します。私の……犯した、罪は……



おわり

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom