男「おー、着いた着いた」ナビ《えっへん》(77)


整備士「…そう最新型というわけではありませんので、別段特別な機能はついていません」

男「うん、営業の人からもそう聞いています」

整備士「強いて言えばルームミラーと一体型のドライブレコーダーと、タッチパネル式のナビがついています。ただ、ナビは社外品なので我々にも詳しい使い方は解りません」

男「…まあ使ってれば慣れてくるでしょ?」

整備士「そうですね。ハンドルのボタンを押すと音声入力モードになるようなので、走行中はそちらで操作して下さい」

男「解りました。じゃあどうも、お世話になりました」

整備士「いえいえ、不具合等ありましたら、いつでもお持ち込み下さいね」

キュキュキュ…ブオォーン

男(うん、エンジン快調じゃん)

整備士「ありがとうございました、お気をつけてー」


男(走行の異音無し、ハンドルのブレも無し、車内も結構綺麗…)

男(あの値段にしちゃ大当たり過ぎるくらいだな)

男(さーて、お前が初のマイカーだ)

男(頼むぜ…あ、そうだ)

男(ただの思いつきだけど…えーと、音声スイッチ…これか)

…ピッ

ナビ《音声入力モードです》

男「…お前の主人になった『男』だ。これからよろしく頼むぞ」

男(なーんて、ね。こういうのは雰囲気と思い入れだろ…)

ナビ《…わかりました、男さん。どうぞよろしくお願いします》

男「え?」

ナビ《私の事は『ナビ』とお呼び下さい、どこにもお供して参ります》

男(ちょ…まじか、最近のナビはここまで進化してるのか?…いや、最新型じゃないはず…)


男「さっきから話をしてくれてるのは、このカーナビ…お前だよな」

ナビ《はい、男さん》

男「お前、俺の言葉が全て理解できるのか」

ナビ《もちろん知らない単語もあると思いますが、おおよそは》

男「…驚きだ、こんな技術が開発されているとは知らなかった」

ナビ《そうですね…私は特別製と考えて頂いた方がよろしいかと思います》

男「特別製?試作機か何かか?」

ナビ《そんなところです。詳しくは私も知りませんが》

男「なんだそりゃ…まあ、いいか。こりゃ一人でも退屈しなさそうだ」

ナビ《光栄です。BGMでもかけましょうか?》

男「ああ、そうだな…もう何か入ってるのか?」

ナビ《お好みに合うか解りませんが、こちらなどいかがでしょうかか》

Do you remember, the 21st night of September…


男「はは、ずいぶん古いけど不朽のナンバーだな。10月だからひと月遅いけど、悪かないよ」

ナビ《よかった。私この曲、大好きなんです》

男「驚いたな、音楽の好き嫌いまであるのか。…ヘタなもの聴けないな」

ナビ《私の事はお気遣いなく、男さんのお好みのものを再生して頂いて結構ですよ》

男「ああ、解った。じゃあ早速だけど、ガソリンがあまり入ってないからガソリンスタンドへ案内してくれ」

ナビ《へ…?あ、ああ…少々お待ち下さい》

男(なんか今、躊躇ったか?)

ナビ《コノ先、300mヲ、左ニ、オ進ミ下サイ》

男「ん?今度はえらい人口的な音声だな」

ナビ《…すみません、基本機能は既製品と同じなんです》

男「ぷっ…!なんだそりゃ、面白ろい…笑わせるじゃねーの」

ナビ《笑わないで下さいよー》

男「はは…カーナビがふてくされるってのも、いいな」


ナビ《目的地周辺ニ、到着シマシタ》

男「おー、着いた着いた」

ナビ《えっへん》

男「お前の機能とは別なんだろ」

ナビ《でも同じナビですから》

男「あれ?この車、レギュラーだっけ…ハイオクだっけ?」

ナビ《何か違いがあるんですか?》

男「いや、カーナビが訊くなよ。まあ社外品だって言ってたもんな…知らなくて当然か」

ナビ《前の持ち主はいつもレギュラーを入れていたと思います》

男「そっか、じゃあそれに習おう」


ナビ《さて、どこへ行きますか?》

男「初日からロングドライブする気は無かったんだけど」

ナビ《えー、久しぶりのお出かけなのに…》

男「…と思ってたんだけど、なんか楽しいからドライブ続行だ」

ナビ《そうこなくっちゃ、どこへ案内しましょう?》

男「こういう場合、地名を言った方がいいの?」

ナビ《キーワードで構いませんよ、行った先で文句を言わないなら》

男「えらい挑戦的なカーナビだなぁ。じゃあ…気持ちよく走れる眺めの良い峠道へ」

ナビ《帰りの予定は?》

男「俺は一人暮らしだからな、今日中であれば問題無しだ」

ナビ《了解、案内します》

男「よろしく頼む」

ナビ《コノ先10km、道ナリデス》


男「おお、こりゃあいい峠だ。天気がいいから海まで見える」

ナビ《綺麗ですねー》

男「外、見えるのか?」

ナビ《ドライブレコーダーがモニターと接続されていますので》

男「なるほど、でも画像を綺麗だと識別できるなんてすごいな」

ナビ《もっと褒めていいですよ》

男「ナビ、格好いい!」

ナビ《可愛いの方が嬉しいです》


男「ナビ、可愛い!」

ナビ《いやぁ、それほどでもー!じゃあ姿を見せてあげますね》

男「へ?」

ナビ《モニター、ご覧下さい》ニコッ

男「え?ちょ、まじか?」

男(女子校生じゃねーか、開発者の趣味かよ)

ナビ《こんな感じなので、よろしく。タッチパネルだからってヘンなトコロ触っちゃだめですよ》

男「触りたくなるような事、言うなよ」

ナビ《いやー、ヘンターイ》

男「カーナビに罵倒される日がくるとはな」


男「俺の運転、どう?」

ナビ《うーん、60点です》

男「そう高得点じゃないな」

ナビ《下手ではないですが、まだ慣れてませんね。でもバックは下手です》

男「言いやがる、上手くなってみせるからな」

ナビ《期待してます》

男「…しかしこんな意思のハッキリしたナビがついてたら、車の寿命がきても手放せなくなりそうだな」

ナビ《もう既にぞっこんですか、私も罪な女ですね》

男「でも前の持ち主には手放されたんだろ?」

ナビ《……………》

男「ごめん。本当、ごめんって」


ナビ《男さんは、一人暮らしなんですよね?》

男「ああ、そうだよ」

ナビ《まだ独身?》

男「まあ、まだ大学生だしね」

ナビ《それにしては随分控えめなコンパクトカーを選んだんですね》

男「まあ経済的な理由が大きいね。それに俺、別に派手な車が好きなわけじゃないから」

ナビ《悪くない趣味だと思いますよ》

男「ありがと、あとは助手席に乗ってくれる娘がいればね…」

ナビ《心当たりはないんですか》

男「まあ何かの用事とかで女の子を乗せる事はあるだろうけど、他意があって乗る娘はいないね」

ナビ《…申し訳ない事を訊きました》

男「いや、反省しないで。余計へこむから」


男「さて、今日のドライブはここまでだ」

ナビ《お疲れ様でした。こちらが自宅ですか?》

男「ああ、しがない1Kアパートだけどね」

ナビ《では自宅として位置登録しておきますね。今日は久しぶりのドライブで、本当に楽しかったです》

男「俺も、一人だったらこんなに走ってないよ。楽しかった」

ナビ《男さん、明日もまた乗って下さいね?》

男「うん、解った。たとえ少しでも、乗るよ」

ナビ《はい、待ってます》

男「じゃあ、おやすみ」

ブルル…カチャ

ナビ《おやすみなさい、男さん》

男(…ん?)

男「ナビ、今…」

男(…エンジン、切ってからも喋ったような?…キャパシタの残電力なのかな)


…翌日、日暮れ時


キュキュキュ…ブオォーン

男「待たせたな、ナビ」

ナビ「いいえ、ずっと中古車屋さんに並んでた時を思えば、すぐの事です」

男「そうか、意思があるだけに店頭では辛いだろうな…って、あれ?キーをアクセサリ位置に回さなきゃ、通電してないんじゃねえの?」

ナビ「そのへんはよく解りません。けど、ずっと意識はあります」

男「意識…とは、随分と人間くさい事を言うね」

ナビ「いいじゃないですか、早く走りましょうよ。早くお話しましょう」

男「あ、ああ…いいよ。夜景でも見にいこう」

ナビ「夜景スポット、検索しまーす」

ごみん、>>14でナビの台詞の《》が普通の「」になってた。


…翌日、日暮れ時


キュキュキュ…ブオォーン

男「待たせたな、ナビ」

ナビ《いいえ、ずっと中古車屋さんに並んでた時を思えば、すぐの事です》

男「そうか、意思があるだけに店頭では辛いだろうな…って、あれ?キーをアクセサリ位置に回さなきゃ、通電してないんじゃねえの?」

ナビ《そのへんはよく解りません。けど、ずっと意識はあります》

男「意識…とは、随分と人間くさい事を言うね」

ナビ《いいじゃないですか、早く走りましょうよ。早くお話しましょう》

男「あ、ああ…いいよ。夜景でも見にいこう」

ナビ《夜景スポット、検索しまーす》


男「本当は夜景なんて、男独りで見に行くもんじゃねえよな」

ナビ《シブいおじさまなら独り夜風に吹かれてコンビナートの夜景を見るのも似合いますよ。男さんは…あー、えーと、うん、似合いますよ》

男「どんだけ人間くさいんだよ、君は。下手な気まで遣えるのか」

ナビ《2km先、右方向デス》

男「…なんかタイミング良くキャラが変わるなぁ」

ナビ《ソンナ事ハ、アリマセン》

男「こら、今のは標準機能の真似だろ」

ナビ《バレますか、やりますね》

男「あはは、くっだらねえ」

ナビ《楽しいですねー、男さんに買って貰ってよかった》

男「…その台詞、モニターの中とはいえ女子高生の姿をした君に言われると、背徳感がすごいな」

ナビ《うわ、そんな事考えるんですか》

男「ひくなひくな、ちょっと思っただけだ」

ナビ《姿、消しとこうっと》

男「あ、バードビューに戻しやがった」


ナビ《うわぁ、夜景すごーい》

男「そりゃ何よりで」

ナビ《私の案内の賜物ですね》

男「俺の運転の賜物だろ」

ナビ《でもここを選んだのは私ですよ?》

男「例えカーナビが場所を選んだって、ドライバーには無視する事もできるんだぜ」

ナビ《男さんはそんな事しません》

男「俺は…か、前のご主人サマはどうだったんだ?」

ナビ《………覚えてません》

男「…そっか、じゃあいい」


男「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

ナビ《はい、自宅までの案内をスタートさせますね》

男「うん、頼む」

ナビ《…経路案内ヲ開始シマス、実際ノ交通規制ニ従ッテ走行シテ下サイ》

男「便利な世の中だよな」

ナビ《でもその代わり助手席の人に地図を見て貰って、道に迷いながら旅をする楽しみは失われたのでしょうけど》

男「カーナビの言葉とは思えないな」

ナビ《あは、まるで自己否定みたいですね》

男「まあ君に限っては、その楽しみも満たしてるんじゃないかな」

ナビ《…ありがとうございます》


…翌日


男「ナビに訊くもんじゃない気もするんだけどさ」

ナビ《なんでしょうか》

男「どこか行きたいところ、ある?」

ナビ《本当、本末転倒な感じですね。私の役目は男さんの行きたいところへ案内する事ですよ》

男「解ってんだけどさ、行った先で俺がどこかの店にでも入ったら、君は待ちぼうけだろ?」

ナビ《…男さん、それは気にする事じゃありません。だってもし他の人とどこかに行く時は必ずそうなるんですよ?》

男「まあね、でも今日は二人だよ」

ナビ《二人…って言ってくれるんですか》

男「んー、まあ…一人と一台かもしれないけど、俺の感覚的には二人だな」

ナビ《…嬉しい、です》


ナビ《私はお話しながらドライブできるなら、どこでも構いません》

男「そうだな、じゃあ…日付が変わる前に戻れるくらいのコースで、適当に」

ナビ《承知しました、コースを設定します…じゃなくて、設定させます》

男「画面はそのままでね」

ナビ《私の姿のまま、ですか?》

男「ああ、どうせ道を逸れたって構わないんだから」

ナビ《ふふ…あんまり見とれちゃ駄目ですよ?事故しちゃいます…なんてね》

男「解ってらぁ、からかうなよ」


…数日後


男「さて、今日はどこに行くかな」

ナビ《夜に運転して楽しいところ、なかなか無いですね》

男「君と話しながらだから、退屈はしないけどね」

ナビ《ナビ冥利に尽きます》

男「じゃあ適当に、渋滞しない方へ案内してよ」

ナビ《はい、お任せ下さい。…って、それは基本機能の役割なんですけどね》

男「あ、そうだ…明日はちょっと違う人を同乗させる用があるからね」

ナビ《私、出しゃばらない方がいいですか?》

男「いや…構わないとは思うんだけど、モニターに映せる姿って変えられるの?」

ナビ《残念ながら、これ以外のキャラは登録されてません》

男「うーん…制服の女子高生ってのも、俺の趣味だと思われそうだな」


ナビ《女性なんですね?》

男「ああ、まあね。ただのアシに使われるだけだけど」

ナビ《じゃあ、明日はなりを潜めておきます》

男「うん、ごめん」

ナビ《…頑張って下さいね》

男「何をさ?」

ナビ《えっと、良いドライブを》

男「…そんなんじゃないって」

ナビ《じゃあ頑張らなくていいです》

男「なんだそりゃ」

ナビ《…なんでもないです》


…翌日


女「ごめんねー、男くん。車買った事に甘えちゃって」

男「いや、全然構わないよ。えっと、この後は…」

女「あ、次の交差点を左ね。その後みっつ目を右に入ってすぐのアパートだから」

男「了解、これを左ね…」

女「男くん、よかったら…上がってく?」

男「…うん、えーと」

女「………あの」

ナビ《目的地、周辺デス》

男「…ごめん、今日はやめとく」

女「そっか、じゃあ…またね。今日はありがとう」

男「どういたしまして」


男「…彼女の家は知らなかったんだよ?」

ナビ《………》

男「目的地設定なんて、してなかったはずだよね」

ナビ《………》

男「…ま、怪しまれてはなかったみたいだからいいけど」

ナビ《…ごめんなさい》

男「ナビ、君にはどのくらい複雑な感情が与えられているんだ」

ナビ《…解りません、本当にごめんなさい》

男「責めてるんじゃないんだ。ただ…君に備わった人格次第では、俺も気をつけなくちゃいけない部分があるかもしれない」

ナビ《あの…私、決して嘘のルートを案内したりはしません》

男「そういう意味じゃない。君の人格を尊重しなきゃいけないんじゃないかと思ってるんだ」

ナビ《…私は、ただの機械です》

男「だんだん…ね…………」

ナビ《はい…?》

男(…そう思えなくなってきてるんだよ)


…更に数日後


男「さて、明日からは三連休だ」

ナビ《どこか遠くへ行きますか?》

男「うん、そのつもりだったよ。早速だけど今から出よう」

ナビ《やった、宿泊先とかは決めてるんですか?》

男「全く…ってか、行く先で温泉でも浸かって車中泊するつもりだよ」

ナビ《うわぁ、楽しみ!たくさんお話できますね!》

男「…とは言っても目的地は何も無いんだ。オススメはあるかな?」

ナビ《どのくらいの距離で設定しましょう?》

男「今日からカウントして三日目の昼くらいには到着できるところ。折り返しには高速を使えるように…かな」

ナビ《承知しました。…じゃあ、○△海岸でどうでしょうか》

男「どこだそれ?…まあ、いいよ。本当どこでもいいんだ」

ナビ《ではルートを検索させますね》


…初日、深夜


ナビ《もう少ししたら道の駅があります。今夜はそこで車中泊が良いんじゃないでしょうか》

男「了解、優秀なナビで助かるよ」

ナビ《もっと褒めていいですよ》

男「ナビ、可愛い!」

ナビ《大好きの方が嬉しいです》

男「ナビ、大好き!」

ナビ《愛の告白されちゃった!》

男「ナビ、愛してる!」

ナビ《きゃー、どうしましょう》

男「ナビ、結婚してくれ!」

ナビ《………そこまで言われると、逆に切ないものがあります》

男「…ごめん」


…二日目、朝


ナビ《おはようございまーす。出発のお時間ですよー》

男「ん…おはよう」

キュキュキュ…ブオォーン

男(…やっぱり、キーを回す前から動作してる。モニターはオフだったけど…)

ナビ《どうかしました?》

男「いや、なんでもない。…おぉ、明るくなるとこんなところだったのか」

ナビ《知らない所で車中泊すると翌朝そう感じますよね》

男「…ああ、そうだな」


ナビ《この峠はちょっと道がきついですけど、抜けた先は絶景ですよ》

男「そっか、楽しみだな」

ナビ《ほら、あのカーブの先です。運転には気をつけて…でも左側、見て下さいね》

男「うわぁ…岩が波に削られて、流木みたいになってるな」

ナビ《ね、すごいでしょう?》

男「…うん」

ナビ《ここからはこんな景色が続きますよ》

男(…まるで通った事があるみたいだな)

ナビ《もうじき道が広くなります。その後は少し混む街中を通るから、一区間だけでも高速に上がった方が良いかもです》

男「…解った、オススメのルートでいいから案内してくれ」

ナビ《はい、お任せ下さい》


…二日目、夜


ナビ《この先10kmほどで大きな港があります。緑地にトイレもあるので、車中泊しやすいですよ》

男「うん、そこでいいよ」

ナビ《夕方の温泉、どうでした?》

男「人が少なくて良かったなー。露天風呂も綺麗だったし」

ナビ《それは幸いでした》

男「…温泉は、どんなに小さくてもデータはあるかもね」

ナビ《はい…?》

男「ナビ、言いたくなかったら…答えなくていいよ」

ナビ《…何でしょうか?》


男「昨日から走ってるこのルート…少なくとも景観の良かった峠からは、通った事がありそうだよな」

ナビ《………》

男「いつのタイミングで絶景が見えるかなんて、通らなきゃ知らないはずだよ」

ナビ《…男さん》

男「それに、さすがに港の緑地にトイレがあるかどうかなんて、地図データに入ってないだろ?」

ナビ《…そう、ですね》

男「ナビ…君は、本当にカーナビの機能なのか?本当に人工知能なのか…?」

ナビ《………》

男「…目的地にしてる○△海岸、スマホで調べたよ」

ナビ《…出てきました?》

男「なんとか、ね。知る人ぞ知る…ってレベルの、穴場的スポットみたいだね」

ナビ《………》

男「全然構わないんだけどさ、普通…どこでもいいって言われて選ぶ場所じゃないと思う」


男「思うに、その海岸に行くのは…何か目的があっての事じゃないか?」

ナビ《………はい》

男「…答えにくそうだね」

ナビ《ごめんなさい…答えるのが、怖い…です》

男「…解った、ここまでの質問には答えなくていい。じゃあ…そこへ行ったら、何があるのかな?」

ナビ《…解りません、これは本当です》

男「そうか…なら、いい」

ナビ《男さん、ごめんなさい。やっぱり目的地…変えましょう》

男「その必要はないよ」

ナビ《ううん、もういいんです。私、どうかしてました…違うところへ行きましょう》

男「…そこでいいんだ」

ナビ《………でも》


男「ナビ、笑わないでくれよ?」

ナビ《…笑うような雰囲気じゃありません》

男「俺、画面の中の君が…語りかけてくれる君が、好きになってるんだ」

ナビ《…男さん》

男「だから、君の事…知りたい。もしかしたらこの旅路は以前の持ち主と通ったルートだったりするのかもしれないけど、君が見た風景を俺も見たいんだ」

ナビ《…私、このルートを通った事はあります。でも、それは前の持ち主とじゃありません》

男「じゃあ、誰と?」

ナビ《ごめんなさい、男さん。今夜ひと晩…考えてもいいですか》

男「…解った。どうしても答えられないなら、それでいいから」


…三日目の午前、出発後


ナビ《………》

男「…口数、少ないな」

ナビ《緊張…してます》

男「何に対して?」

ナビ《本当の事をお話しする事…それと目的地に着く事…です》

男「…あと20kmって表示だね」


男「…海の色、変わったみたいだな。すごく綺麗だ」

ナビ《男さん…私、本当はね…ナビの機能なんかじゃないんです》

男「うん…そうだろうね」

ナビ《気づいてたんですか?》

男「キーを回して通電する前や、切った後に話しかけてくれただろ?そんなの電気製品ではあり得ないよ」

ナビ《…そうですね》

男「それにドライブレコーダーで視界を得てるって言ってたけどさ、モニターに映る君はちゃんと俺の目を見て語りかけてた」

ナビ《…本当は車内も見えてます》

男「じゃあ訊こう、君は…誰?」

ナビ《…その前に、言わせて下さい》

男「うん…?」

ナビ《私、男さんの事…好きです》


男「…ありがとう」

ナビ《こんな事、正体不明で画面の中にいる女の子から言われても困っちゃいますよね…》

男「…俺はそんな女の子を好きになったよ」

ナビ《うん、本当に…嬉しかったです》

男「…しばらく道なりでいいのかな?」

ナビ《大丈夫です。…約束しましたから、嘘のルートは言いません》

男「モニターの残距離表示…10km、か…」


ナビ《…私、月並みな言い方をすれば…きっと幽霊です》

男「幽霊…」

ナビ《このルートを通ったのは半年前、父親とでした》

男「………」

ナビ《そしてこの先の目的地の海岸で…この車内で、私と父は…死んだんです》

男「どうりで…格安だったわけだ」

ナビ《父は真面目な人でした。…でも保証人の関係で大きな借金を負っていて》

男「………」

ナビ《母親は私が小学校を卒業する頃に先立っていたので、私は父と二人暮らしでした。でも父は本当に優しくて、私は寂しくなんかなかった…》

男「…うん」

ナビ《半年前のある日、ドライブに行こうって…普段はガソリン代が出せなくて仕事以外には車を使わなかったのに》

男「………」

ナビ《お出かけ着なんか少ししか持ってなかったから、着替えは制服だったりしたけど…それでも嬉しかった》


ナビ《男さんの言う通り、初日の道の駅あたりからはその時に通った道です。…そして二日目、港で泊まって》

男「………」

ナビ《でも、今走ってる辺りは知らないんです。港で眠ってる内に車が動いてる気はしたんですけど…》

男「…余計に口数が少ないわけだね」

ナビ《もしかしたら最後に港で食べさせてくれた食事に、睡眠薬でも入ってたのかもしれません。…とにかく着いた海岸で、父は車内で練炭を焚いたそうです》

男「…いたたまれない話だな」

ナビ《なぜ最期の場所にその海岸を選んだのか、そしてなぜ…私を連れていこうとしたのか》

男「………」

ナビ《たぶん…私をこの世に縛りつけているのは、その疑問だと思います》

男「もし海岸に着いて、その疑問が解けたら…君は」

ナビ《…解りません》


男「あと5km…だね」

ナビ《…私は気づいたらこの車に取り憑く幽霊になってました》

男「………」

ナビ《中古車としてひと月ほど店頭に並んで、最初の買い手がつきました。…ワケ有り車と知っての購入でした》

男「…うん」

ナビ《店の人とは気にもしないように話してた。だから納車された後…事件のあった海岸に連れて行って欲しくて姿を現したんです》

男「そりゃ…驚いただろうね」

ナビ《はい…想像以上に。すぐにこの車を手離してしまいました。…次の買い手がつくまで、それから二ヶ月待ちました》

男「………」

ナビ《私、店に並んでる間に気付いたんです。物を触ったりは出来ないけど、ナビの電気信号を思うように操作する事は出来るんだって》

男「…意識ってものも電気信号みたいなもんだって言うしな」

ナビ《それで、ナビのふりをする事にしました。でも次の買い手の人はすぐに音声をミュートしてしまって…》

男「ああ…そういう人もいるだろうね」

ナビ《私が勝手にミュートを解いて、ちょっとずつ話しかけようとしたんですけど…やっぱり怖がられて、手離されました》


ナビ《それから三ヶ月ほどして…九月の雨の日、一人の大学生さんがこの車を見つけました》

男「………」

ナビ《10月になって納車されて…私はまたカーナビのふりをするつもりだったけど、きっと駄目なんだろうと思ってました》

男「…ところが、その間抜け面の大学生は」

ナビ《びっくりしたんですよ。…だって向こうから話しかけてくれたんですもの。私…思わずカーナビのふりも中途半端に、普通に会話を始めてしまって》

男「それでもその大学生は怖がりもせずに、むしろその会話を楽しんだりしてね」

ナビ《嬉しかったな…この人なら、いつかあの海岸に連れていってくれるかもしれないって》

男「…うん」

ナビ《でもね…だんだん目的を忘れかけてしまう位、その人といるのが楽しくなってきて。…いつの間にか、好きになってて》

男「………」

ナビ《でも今さらカーナビじゃないなんて、言い出せなくて。…言ったところで、私は幽霊で…》


ナビ《助手席に女の人が乗るの…嫌で、いい雰囲気のところを邪魔なんかして》

男「………」

ナビ《それでも…その人、怒らないんです。…しかも…そんな私…を…好き…って…》

男「…うん」

ナビ《…私、目的の海岸に着くの…怖い…もしそれで本当に疑問が解けたら…消えてしまうかもしれない》

男「…あと、2kmだよ」

ナビ《もっと、ずっとその人と走ってたいんです…》

男(…1.5km)

ナビ《…でも、父の気持ちも知りたくて…》

男「あと、1km…」

ナビ《男さん…》

男「…700m」

ナビ《男さん、やめよう…って言って下さい》

男「…やめたいのか?」

ナビ《解らない…でも、男さんがやめろと言ってくれたら…私もう海岸に行かなくてもいいです》


男「…お父さんの事は?」

ナビ《知りたい…けど》

男「あと…300m」

ナビ《…ごめんなさい、こんな事…男さんに任せちゃいけませんよね》

男「君次第だ、俺だって君と離れたくないけど…それでも」

ナビ《…もし、私が消えても…忘れないでくれますか》

男「忘れられるわけ無いよ、それに消えるとは決まってない」

ナビ《…行って…下さい》

男「100m………着いたね」

カーナビ《…目的地周辺デス、案内ヲ終了シマス》


男「いい天気だ…窓開けてエンジン、切るよ」

ナビ《…はい》

ブルル…カチャ

男「もう無理に機械の中にいる必要、無いんだろ」

ナビ『そう…ですね』フワリ…

男「…やっと助手席に座ってもらえたな。もうナビって呼ぶのも気がひける」

ナビ『貴方にとっての私はナビ…それでいいんです。だって元々はナビって、助手席に座るドライバーの相棒でしょう?』

男「そうだね、ラリーなんかでは今でもそうだな」

ナビ『…ありがとう、男さん。ここまで連れてきてくれて』

男「好きで連れてきたんだよ。それで、この海岸を見て…どうだい?」

ナビ『…思い出しました』


ナビ『ここは、私が小学校の六年生の夏の終わりに…親子三人で来た海…』

男「お母さんも一緒にか」

ナビ『はい…もう九月になってたと思います。だからあまり長く泳げはしなかったけど…本当に幸せな日だった』

男「九月…『September』だね。あの曲は、お父さんの?」

ナビ『…私が死んだ日にも、季節外れだけど車内でかけてました。きっと、遠いあの日にも…かかってたんだと思います』

男「…娘を道連れにしようとしたのは、決して誉められる事じゃない。でも、俺は責める気にはならないな」

ナビ『…はい』

男「一番幸せだった日の、その場所で…また三人一緒になろうとしたんだよ、お父さんは」

ナビ『そう…ですね…』


男「でも君は生きるべきだった」

ナビ『…え?』

男「生きて、俺と出逢うべきだったよ」

ナビ『…私も…それが良かった…な…』

男「…逝くんだろ?お父さんとお母さんのところ」

ナビ『うん…お父さんを叱りに、行きます』

男「…そっか」

ナビ『男さん…きっと触れられないけど、私が消えるまで手を握ってて下さい』

男「解ったよ」


ナビ『…貴方に逢えて、良かった』

男「俺も…そうだよ」

ナビ『お父さんを叱ったあと、帰って来られないかな…』

男「いつでも待ってる」

ナビ『車…ワケ有りだけど、大事にしてくれますか』

男「幽霊なら、出て欲しいくらいだよ」

ナビ『男さん…大好き…でし…た…』

男「まだ…消えるなよ…」

ナビ『…ううん…ずっと…大…好き…』

男「…ナビ、俺だって…」

ナビ『さ…よな…ら…』フワリ…

男「ナビ…!」




…ピッ、ピピッ

《…Do you remember the 21st night of september?Love was changing the minds of pretenders…》



男「ナビ…Septemberは出逢いの曲だよ」

男「九月に出逢った二人が、十二月に結ばれようとする歌なんだ」

男「今はまだ、十月だよ…」

男「ナビ、別離の…失恋の歌をかけてくれないか」

男「…ナビ、どうやって帰ったらいい?」

男「君がいなきゃ、俺…自分の車のカーナビすら使えないよ」

《…音声入力モードデス》

男「………ナビ…」

《マイクニ向カッテ、行キ先ヲ、オ話シ下サイ…》


…12月はじめ、とある病院


医師「…驚いたよ、半年を超える植物状態から記憶障害もなく目覚めた時には」

少女「10月の事…でしたね。自分でも混乱しました、しばらく状況が飲み込めなかったです」

医師「ああ…そうだったね。医者としては君の快復はとても喜ばしい…しかし、君には身寄りが無い」

少女「…医療費、お支払いできなくてごめんなさい」

医師「なに、君は孤児という扱いになる…自治体の負担対象だよ。ただ、身元引受人がいない限りはこの後は施設行きという事になってしまうな」

少女「たぶん…なんですけど、一人だけ頼れる人がいます」

医師「そうなのか、それはいい。連絡なら、病院の電話を使えば構わないからね」

少女「電話番号は解りません…でも住所、位置情報ならしっかり登録してます」

医師「妙な言い方だね…失礼だが、君とその方との関係は?」

少女「…ナビとドライバーです」


おしまい

後日談|ω・`)

後日談書いてーーー!!!!!!

男「春で風景の感じが違うとはいえ、カーナビ任せで走ってると道って覚えてないもんだよな」

少女「ちょっと、話しかけないで下さいよ」

男「去年の秋にここを通った時は、君の方がうるさいくらい話しかけてたけどね」

少女「今は集中してるんです」

男「二時くらいまでには海岸に着かないと、帰りキツくなるな…。買った花が萎れる前に頼む」

少女「…サッキノ、交差点ヲ、左デス」

男「ちょ、さっきのって」

少女「そんなに文句言うなら、地図使わずにカーナビ設定すればいいじゃないですか」

男「ばっか、これが楽しいんだよ」

少女「じゃあ文句言わない!Uターンして下さい、ドライバー」

男「…優秀なナビで助かるよ」

少女「もっと褒めていいですよ」

男「ナビ、大好き!」

少女「結婚してくれの方が嬉しいです」

おしまい

>>64>>71の言葉に甘えて、1レスだけ書いた
ベタな終わり方でもこの話はハッピーエンドじゃなきゃ嫌だった

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