油揚げ「僧侶さん…僧侶さん…」(20)

油揚げの朝は早い。



僧侶「なんだい?」

油揚げ「自分……何で喋れるんすかね?」

僧侶「何でだろうね」

油揚げ「自分……何で自我あるんすかね?」

僧侶「さあ」

油揚げ「自分……何で軽く手足あるんすかね?」

僧侶「あるからある。そうそう悩む事では無いと思うよ」

油揚げ「……これ悩まなくていい案件すか?」

僧侶「………」

油揚げ「沈黙はやめてくだせえ……」

僧侶「疑問は天に任せて心穏やかに……今は無を極めなさい」

油揚げ「……はい」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「自分……一晩寝て考えたんすけど……」

僧侶「うん」

油揚げ「自分……妖怪なんじゃって……」

僧侶「それは無いよ」

油揚げ「……え。何故言い切れるんすか?」

僧侶「もしそうなら今頃、私が浄化にいるからね」

油揚げ「………」

僧侶「知ってるかい?浄化された妖怪は優しい光に包まれてもがき苦しみ悲痛な叫びを挙げながら消えていくんだよ」

油揚げ「………」

僧侶「良かったね妖怪じゃ無くて。ははは」

油揚げ「自分……妖怪じゃ無くて良かったッス……マジで……はは……」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「自分……ソイフードっすよね?」

僧侶「そうだね」

油揚げ「僧侶さんは……その……ぶっちゃけソウルフードがソイフードって言うか……」

僧侶「………」

油揚げ「精進料理……イートインしちゃってる系なんすよね……?」

僧侶「してないよ」

油揚げ「は?でも……」

僧侶「君は少し誤解をしているね。僧侶は精進しきってるからもう精進料理は卒業しているんだよ」

油揚げ「………」

僧侶「それに私は肉しか食べない」

油揚げ「僧侶って言うのは……」

僧侶「疑問は天に任せて心穏やかに。今は無を極めなさい」

油揚げ「はい……」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「自分……夢があるんすよ」

僧侶「そう、夢を持つ事はいい事だね。それで夢と言うのはなんだい?」

油揚げ「……笑わないすか?」

僧侶「笑うものか」

油揚げ「自分……お相撲さんになりたいんす」

僧侶「あのドスコーイって言うやつかな?」

油揚げ「そうッス!かちあげぶちかまし勇魚打ち!ゴワス!」

僧侶「そうか、なら大きくならないといけないね。厚揚げの様に」

油揚げ「……そ、そうッスね」

僧侶「夕食は精進料

油揚げ「いいいいいいッス!自分、お相撲さんにはなれそうもないッスから!」

僧侶「夢は諦めたらそこで終わりだよ?」

油揚げ「………」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「もしっすよ?もし……自分の身に何かあったら……」

僧侶「そこを心配するかい?私は僧侶だよ」

油揚げ「そうっした……」

僧侶「もしそんな事になったならば君を確りと極楽浄土へと導いてあげます」

油揚げ「……僧侶ですもんね。その辺はお茶の子さいさいっすよね……」

僧侶「うん」

油揚げ「で……その後って言うか……」

僧侶「大丈夫。お墓も供養の仕方も考えてあるよ」

油揚げ「早いッスね……」

僧侶「ちゃんと命日には油揚げで食卓を飾る事になるだろうね」

油揚げ「………」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「自分……新発見しちゃったかもしれねえっす……」

僧侶「ほう」

油揚げ「見ててくださいね。……ほあっ!」ブクッ!

僧侶「………」

油揚げ「ね?中に空気入れると自分膨らむんすよ!」

僧侶「中に色々入りそうだね」

油揚げ「………」

僧侶「酢飯とか五目酢飯とか黒酢飯とか」

油揚げ「………」

僧侶「………」

油揚げ「ゼッテエ入れねえッスよ……」

僧侶「そう」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「この辺に……狐っていねえッスよね……?」

僧侶「どうだったかな」

油揚げ「自分……狐に食われるの嫌なんでそこんとこハッキリさせときたいって言うか……」

僧侶「うん」

油揚げ「これ以上自分に危機迫るの困っチングって言うか……」

僧侶「これ以上?おかしな事を言うね。ここに今、危機があるのかい?」

油揚げ「い、いえ……」

僧侶「………」

油揚げ「きききき狐みたいな物をチラチラ見掛けたんで!自分……テンパっちまって……」

僧侶「そうなんだ。大丈夫、この辺りに狐はいないよ」

油揚げ「そうッスか……あ、安心した……はは……」

僧侶「………」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「僧侶さんは……自分と二人きりで寂しくねえッスか?」

僧侶「特に寂しくは無いね」

油揚げ「何故ッスか?」

僧侶「悟りを開きかけてる途中だから寂しさを感じてる余裕は無いんだよ」

油揚げ「はぁ……」

僧侶「それに君がいるしね。色々満たされているよ」

油揚げ「………」

僧侶「………」

油揚げ「うおおおおお……自分……自分嬉しいッス!僧侶さんにそんな事言って貰え

僧侶「いや、いずれ色々と満たされるかな」

油揚げ「………」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「自分……マジ僧侶さんリスペクトしてるんで……」

僧侶「そう。ありがとう」

油揚げ「……マジっすよ?」

僧侶「うん」

油揚げ「だから……その……あの……」

僧侶「………」

油揚げ「ぶっちゃけて言います。自分を食べないでくれますか……?」

僧侶「………」

油揚げ「………」

僧侶「大丈夫だよ。私は君を食べようなんて一度も考えた事が無い」

油揚げ「………」

僧侶「本当だよ」

油揚げ「………」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「自分……何者なんすかね……」

僧侶「疑問は天に任せて心穏やかに。今は無を極めなさい」

油揚げ「仰る事はわかるんですが……どうしても気になって……」

僧侶「………」

油揚げ「………」

僧侶「ハッキリ言える事は一つだけあるよ」

油揚げ「なんすか……」

僧侶「君は油揚げだと言う事だね」

油揚げ「それはわかってるんすけど……そうじゃ無くて……」

僧侶「それ以外に言い様が無いよ。さあ、疑問は天に任せて心穏やかに」

油揚げ「はい……」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「自分こんなんじゃないッスか。で、自分と似た境遇って言うか自分と同じような奴っているんすかね?」

僧侶「いるよ」

油揚げ「マジッスか!」

僧侶「………」

油揚げ「いやぁ、会ってみたいっす!厚揚げかなぁがんもかなぁ!それともお豆腐さん!」

僧侶「………」

油揚げ「その方ってどこにいるんすかね?」

僧侶「疑問は天に任せて心穏やかに。今は無を極めなさい」

油揚げ「……え?」

僧侶「疑問は天に任せて心穏やかに」

油揚げ「………」

僧侶「………」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「自分……水だけで生きてるじゃないですか」

僧侶「うん」

油揚げ「ビタミンとかコラーゲンとか取らなくていいんすかね?」

僧侶「問題が無いよならいいんじゃないかな」

油揚げ「脂質なんか取った方が良いような気がするんすけど……」

僧侶「いらないよ。ただね」

油揚げ「ただ……なんすか?」

僧侶「発行食品だけは気を付けなさい。君が君で無くなるかもしれない」

油揚げ「……どう言う事ッスか?」

僧侶「祈りなさい。心穏やかに」

油揚げ「………」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだよ?」

油揚げ「………」

僧侶「失礼……なんだい?」

油揚げ「自分……ここにいてもいいんすよね……?」

僧侶「勿論だよ。私と君は天が命を分け与えた兄弟みたいなものなんだからね」

油揚げ「兄弟……ッスか……」

僧侶「生けとし生ける者皆兄弟ってね。なんとも余計な……いや、素晴らしい事だね」

油揚げ「………」

僧侶「………」

油揚げ (うわあああ……僧侶さんがチラチラどす黒い部分をさらけ出してきたっす……)

僧侶「さあ、天に任せて心穏やかに」

油揚げ「………」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「なんだい?」

油揚げ「自分……やっぱりこのままじゃいけない気がするんすよ……」

僧侶「うん」

油揚げ「自分……僧侶じゃないんで禅は理解出来ないって言うか……バットコミュニケーションって言うか……」

僧侶「それで?」

油揚げ「それでですね……旅に出ようかと」

僧侶「そう」

油揚げ「止めないでおくなせえ!別れは辛き泣く事もさもありかな!自分は僧侶さんの泣きっ面を

僧侶「行ってきなさい」

油揚げ「え……いいんすか?」

僧侶「世間に視野を広げ自分を大きくする事も時には大事な事なのかもしれないね」

油揚げ「………」

油揚げ「僧侶さん僧侶さん」

僧侶「お帰り」

油揚げ「はい……」

僧侶「どうだった?視野は広げられたかい?」

油揚げ「視野どころか自分自身ビローンと広がるかと思ったッス……」

僧侶「そう」

油揚げ「ドック的な物が牙的な物でですね……なんすかアレ……」

僧侶「犬なんだろ?」

油揚げ「ドック的な物ッス」

僧侶「犬だよね?」

油揚げ「いや……だからドック的な物と……」

僧侶「そう。わかった」

油揚げ「自分……犬なら犬ってハッキリ言うんで……」

僧侶「ふふっ」

油揚げ (な、なんで笑うんだ……?)

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